白井智之: エレファントヘッド 六/進行
desc: 精神科医生象山深爱着自己的家人。但他心知肚明:再幸福美满的家庭,也会因一道微小的裂痕,彻底分崩离析 ——。不久后,他偶然得到神秘药物,就此被卷入一连串超乎常理的杀人案件之中
1
地下室は狂乱状態に陥っていた。
地下室里已然陷入了癫狂状态。
「病院に着替えを持ってきた季々が内臓をぶちまけたんだよ。警察はわたしを異常者と疑ってる。このままじゃ豚箱行きだ!」
“到医院那换洗衣服的季季把内脏都呕了出来,警察怀疑我是个疯子,再这样下去就要进局子了!”
死にぞこないが手術台に蹲って叫び、苦しそうに胸を押さえる。それを見た修復者が指を突き立て、
未死者蹲在手术台上大喊大叫,痛苦地捂着胸口,看到这一幕,修复者竖起了手指。
「そんなことで喚くな。こっちはライブ中に舞冬の頭が吹っ飛んだんだぞ。ステージは血まみれ、観客はパニック、警察は完全にテロ扱いだ。動画が出回って世界中で騒ぎになってる。誰だか知らないが、わたしの時間を滅茶苦茶にしやがって。糞! 糞!」
“别为这种事情大声嚷嚷,我这边演唱会开了一半,舞冬的头就炸了开来,舞台上溅满了血,观众陷入恐慌,警察把这当成恐怖袭击。视频放出来后,全世界一片哗然。不知道是谁!把我的时间线搅得乱七八糟,可恶!可恶!”
「二人ともシャバにいんだろ? だったらいいじゃねえか」くたびれた声を出したのは逃亡者だ。「おれはとうとう警察にパクられちまった。半年以上逃げ回った結果がこれだよ。ふざけやがって」
“你们两个都还是自由身吧?这样不就得了?” 逃亡者发出疲惫的声音,“我终于落到警察手里了。东逃西窜半年多,结果却是这样。开什么玩笑!”
「羨ましいな。留置場にいれば娘の頭が破裂しても疑われずに済む」
“真羡慕啊,只要待在拘留室里,哪怕女儿的脑袋突然炸开来也不会被怀疑。”
修復者の憎まれ口に、逃亡者が煙草ケースを床に叩きつけた。
修复者恨恨地说道,逃亡者将烟盒往地上一敲。
「人を踏み台にしたカスが偉そうな口を利くな」
“把人当成垫脚石的废物别说大话了。”
「見ろ。本性を現したぞ」
“瞧,本性暴露了吧?”
「野郎、ぶっ殺してやる」
“混蛋,看我不杀了你!”
「落ち着け」
“都给我冷静点。”
象山は二人の間に分け入り、同時に肩を押さえた。
象山钻入两人中间,同时按住了他们的肩膀。
「一つ、いい知らせがある」
“有一个好消息哦。”
「なんだラッキー野郎。犯人が分かったのか?」
“幸运的混蛋,怎么了,你知道凶手是谁了吗?”
「違う。だがそれに匹敵する朗報だ」
“不是哦,但这是足以与之匹敌的好消息。”
象山は指を三つ立てた。
象山竖起了三根手指。
「わたしたちが直面してる問題はこの三つだ。一、彩夏、季々、舞冬を殺した犯人は誰か。二、その犯人はどうやって彼女たちを殺したのか。三、わたしたちはその犯人をどう罰すればいいのか」
“我们所面临的问题就是这三个:一、杀害彩夏、季季、舞冬的凶手究竟是谁?二、那个凶手是怎么杀她们的?三、我们该如何惩罚凶手?”
三、のところで三人が怪訝な顔をした。
听到第三条,在这里的三个人全都面露诧异之色。
「よく考えろ。人質ルールは、我々がそれぞれに暮らしを守ろうとしていたからこそ成立したルールだ。全員の暮らしがこれだけ滅茶苦茶になったらもう意味をなさない。犯人がこの四人以外の誰かなら煮るなり焼くなり刻むなりするところだが、我々は同じ人間だからそうもいかない。何もお灸を据えられなけりゃ、犯人を見つけたところで意味がない」
“仔细想想吧,人质规则是为了让我们各自守护各自的生活而建立的规则,要是所有人的生活都被搅得一塌糊涂,那也就没有意义了。凶手如果在我们四个之外,煮也好烤也好剁碎也好什么都行,但我们是同一个人,所以没法这样做。要是什么惩治办法都没有,就算找到凶手也没意义。”
「つまり、こう言いたいのか」死にぞこないが声を力ませた。「あんたは犯人を懲らしめる方法を見つけた、と」
“也就是说,你找到的是这个吗?” 未死者大声说道,“你找到了惩治凶手的办法。”
頷く代わりに、象山は二時間前の記憶を鏡に映した。
象山并未点头,而是把两小时前的记忆投影到镜子里。
「象山さん、おれが巨人探偵使いなの知ってたんすか」
“象山先生,你知道我是玩巨人侦探的吗?”
ウレタンマスクを顎に下げたエデンが唾を落とす。アクセサリーを外したエデンは毛刈り後の羊のように二回り小さく見えた。
伊甸将聚氨酯口罩压在下巴底下,唾沫四溅地说着。摘掉附属品的伊甸犹如剃了毛的羊,看起来小了两圈。
「知るわけないだろ」
“我怎么可能知道。”
「じゃあなんで分かったんすか」自分の鼻を指し、「これがおれだって」
“那你是怎么发现的?” 伊甸指着自己的鼻子,“怎么发现这人是我?”
象山はエデンのダウンをつまんだ。
象山捏了捏伊甸的羽绒服。
「普通に考えれば、このダウンと手袋は寒さを凌ぐため、キャップとマスクは顔を隠すためってことになる。でも人のいない家で顔を隠しておく必要はない。何者かが突然、ねぐらに乗り込んできたのに気づいて、とっさにキャップとマスクを身に着けたと考えられる」
“正常情况下,羽绒服和手套是为了抵御寒冷,棒球帽和口罩是为了遮住面孔。可在无人的空屋里把脸遮住就显得毫无必要了。你应该是发觉某人突然闯进了自己的老巢,才立刻套上了帽子和口罩。”
エデンは中途半端に頷く。「そすね」
伊甸暧昧地点了点头,说了声 “没错”。
「だがきみのスマホにはプレイ中のゲームが映っていた。レザーの手袋を嵌めていたらスマホの操作はできない。きみはついさっきまで手袋を外しており、わたしが扉を開ける音に気づいてキャップやマスクと一緒にそれを嵌めたんだ」
“可你的手机上有个正在运行的游戏,要是戴着皮手套,那就不能操作手机了。你直到刚才都没戴手套,一听到我开门的声音,就把它连同帽子和口罩一起戴上了。”
「なるほど」
“确实呢。”
「ではなぜ手袋を嵌めたのか。知っている人が見たら素性がばれてしまうような特徴がそこにあったからだ。そんな変わった手をしてる人間はめったにいない。わたしの知り合いの中じゃ一人だけ。さらにその男は、半年ほど前から忽然と行方を晦ませていた」
“那你为何要戴上手套呢?因为那里有个一旦被认识的人看去就会暴露身份的特征。拥有这样奇怪的特征的人少之又少。在我认识的人中只有一个,而且那个人从半年前开始就突然不知所踪了。”
手袋を摑み、引き抜く。人差し指から小指まで、E、D、E、N、とタトゥーが彫ってあった。
象山抓住手套,将其拽了下来,只见从食指到小指,分别纹了 E、D、E、N。
「いや、頭いいっすね。さすがドクターっす」
“真是聪慧,真不愧是医生你啊,”
キャップを外し、〝E〟と〝D〟の指で頭の裏を搔く。
伊甸摘掉帽子,用纹了 “E” 和 “D” 的手指挠了挠头。
「でもこれで、おれの言ったことも証明されたんじゃないすか」
“不过我说的话也得到证明了吧?”
何のことだ。
什么意思?
「肌に刻まれたものには必ず大きな意味がある。ほら、このタトゥーがなければ、先生の名推理も成り立たなかったわけでしょ」
“刻在肌肤上的东西一定有莫大的意义。瞧,要是没有这个纹身,医生的推理也成立不了喽。”
相変わらず楽天的だ。象山は適当に相槌を打ち、黴臭い六畳間を見回した。
他倒是一如既往的乐观,象山随口应了一声,环顾着霉味肆虐的六叠间。
「腕利きのドラッグディーラーだった男が廃屋暮らしとは、随分派手に落ちぶれたな。やっぱりやくざに目を付けられたのか?」
“昔日颇有能耐的卖药人居然会住在废屋里,真是落魄不堪呐。果真是被黑帮盯上了吗?”
「やくざ」頭を搔いていた指が止まった。「おれ、やくざと何かあったんすか」
“黑帮?” 挠头的手指停了下来,“我跟黑帮之间有发生什么了吗?”
違ったらしい。
貌似搞错了。
「なんでこんなところにいるんだ」
“那你为什么在这里?”
「週刊誌のカメラマンが家の周りうろついてんすよ。どっからばれたのか知りませんけど、あの人は今、みたいなサムい記事載せようとしてんでしょう。何誌か競ってるみたいで、あっちもこっちもでかいバッグのおっさんが見張ってるんです」
“周刊杂志的摄影师总是围着我家转来转去,不晓得是怎么被他们发现的。大概是想搞一篇惨兮兮的报道吧。貌似有好几个杂志在竞争,到处都是拿着大包的大叔在监视。”
かつて天才子役と呼ばれた男は、毛布の下から商売道具の入ったボディバッグを取り出した。
这位曾经身负天才童星之名的男人从毯子下边抽出了装满吃饭家伙的腰包。
「ま、写真撮られるだけなら別にいいんすけどね。仕事してるとこ見られちゃったらさすがにまずいじゃないすか。殺して埋めんのも面倒だし。だからしばらく身を隠すことにしたんです」
“嘛,如果只是拍张照倒也没啥,可卖货的时候万一被人瞧了去,那可就糟糕透了。杀人埋尸什么的也很麻烦,所以我决定出去躲一阵子。”
ふと思い出したように、
然后他突然想起什么似地说道:
「そういえば例のやつ、どうでした?」と腕に注射を刺すジェスチャーをする。「頭が割れてないってことは、効かなかったすか」
“这么说来,那东西怎么样?” 他做了个往手臂上打针的手势,“脑袋没有劈开,说明没效果吗?”
「効き過ぎて途方に暮れてたところだ」
“太有效了,我正不知道该怎么办呢。”
笑みを堪えて言った。
象山硬憋住笑。
四つの時間の象山は皆、エデンを捜していた。修復者に至っては戊庭台の闇カジノまで出かけていったほど。この幸運を逃す手はない。
四条时间线上的象山都在寻找伊甸,修复者甚至去了戊庭台的黑赌场,这般幸运的际会实在是机不可失。
「残りのシスマを買いたい。金ならいくらでも出す」
“我想买剩下的西斯玛,出多少钱都行。”
「まじすか」
“当真吗?”
エデンがボディバッグのジッパーを下げる。中身は空だった。
伊甸拉开腰包的拉链,里边空空如也。
「毛布が臭くなったんで新しいの買いに行ったら、カメラマンのおっさんに見つかっちゃって。しつこく追いかけてくるんで閉口したんすけど、そこでふと閃いたんです」
“毛毯发臭,刚想去买条新的,不料却被摄影师大叔发现了,像这样死缠烂打真让人受不了,于是我突然灵光一现。”
こっち、と手を振りながら部屋を出る。框から土間へ下りると、人形の置き物──案山子ではなかったのか──から布を取った。
他摆了摆手,走出房间,从地板框下到毛坯地上,将盖在人偶身上的布取了下来——原来这并不是稻草人。
「脳を引っ搔き出すとこ、見てみたいなと思って。実験台にしてみました」
“我想研究一下能不能抠出脑子,就把这当成试验台了。”
紙袋を被せられた人間が柱に縛られていた。稲穂のように頭が垂れている。胸には一眼レフ。袖を捲り上げた右腕には赤い注射痕が並んでいた。
头戴纸袋的某人被绑在了柱子上,脑袋似稻穗般耷拉着,胸前挂着单反,袖子卷起的右臂上有一排红色的针眼。
「せっかくなんで余ってた十八個、全部打っちゃいました」
“难得多出十八支,我全打给他了。”
切れ目の入った舌をぺろりと出して、
他吐了吐纹过图案的舌头。
「でも駄目でしたね。脳は出てきませんでした。頭ん中がうるさい、死なせてほしいって泣き出したんでちょっと期待したんすけど、うるさいって怒鳴ったら、柱に頭打ってすぐ死んじゃいました」
“可是没用啊,脑子没抠出来。他哭着说脑子里吵成一团,只求一死。我本来还抱有一点期待,可他却大吼一声 “吵死了”,一头撞在柱子上死翘翘咯。
気づけば全身の肌が粟立っていた。 一度のシスマ注射で意識が二つに分かれるとすると、このカメラマンの脳には 2¹⁸、つまり262,144の意識が同居していたことになる。たった四つでも気が滅入るのだから、これではまともではいられないだろう。
回过神来的时候,象山全身寒毛直竖。倘若一针西斯玛能将意识一分为二,那么这位摄影师大叔的脑子里就同时存在着 2¹⁸,即 264144 个意识。仅仅是四个就令人郁闷不已,这样的话恐怕真要活不下去了吧。
「なんで、残念ながらシスマはもうありません」
“为什么会这样?遗憾的是,西斯玛已经没了。”
「仕入れ先を教えてくれ」
“告诉我进货渠道。”
「企業秘密っす」
“商业机密。”
人差し指で×をつくる。象山はスマホを取り出し、エデンを撮った。
他用食指比出了 “×”,于是象山掏出手机,对着伊甸拍了几张照。
「週刊袋叩の編集部に位置情報付きで写真を送ってやろうか」
“你说把带着定位的照片群发给周刊编辑部会怎样呢?”
エデンが青くなった。
伊甸的脸眼看着转为青色。
「ひどいっすよ。まじで」
“实在是太过分了。”
「どこから仕入れた?」
“哪里进货?”
いやあ、困ったな、と腕を組んで、
伊甸一脸为难地抱着胳膊。
「あれは韓国から流れてきたんです」
“这是从韩国流进来的。”
穴だらけの唇に指を当て、声を潜めて言った。
他把手指贴在打满了孔的嘴唇上,压低声音说道:
「四年前、韓国の新村大学精神医学研究所で、精神科の患者さんがいっぱい飛び降り自殺した事件、覚えてますか」
“你还记得四年前,韩国新村大学精神医学研究所发生的精神病患集体跳楼自杀事件吗?”
象山は頷いた。もちろん覚えている。
象山点了点头,这事当然记得。
院内で虐待があったのではないか。何者かが患者を突き落としたのではないか。はたまた数年前に自殺した患者の呪いではないかと、当時は根も葉もない当て推量が盛んに飛び交っていた。神々精医科大病院の理事長が屋上への患者の出入りを禁止するきっかけになった事件でもある。
是医院内存在虐待行为,是有人把患者推下了楼,又或者是几年前自杀的病人留下的诅咒——当时这般无中生有的猜测一时间满天乱飞。这也成了神神精医科大学附属医院的理事长禁止患者出入屋顶的契机。
「自殺した患者さんたち、実は同じ薬の治験に参加してたらしくて。もちろん開発は中止、研究所も閉鎖になったんすけど、この研究所、銀行や製薬会社からたくさん融資を受けてたんです。患者の家族がいっぱい訴訟を起こしたのもあって、大学はべらぼう1な負債を抱えることになりました。で、ちょっとでも資金を回収したいと思った彼らは、研究所に保管されていた未承認の医薬品を売り飛ばしたんです」
“那些自杀的患者似乎参加了同一种药物的临床试验。药物的开发当然中止了,研究所也关门大吉。可这间研究所从银行和制药公司拿了不少贷款,因为患者家属纷纷提出诉讼,大学也背负了沉重的债务。为了筹措资金,他们出售了保管在研究所里未获批的医药品。”
背筋が寒くなった。まさか──。
脊背传来一阵寒意,难不成——
「もちろん正規じゃ無理ですから、マフィアやブローカーの手を借りて平壌や延辺へばらまいたんだとか。でも効果も分からない代物ばかりですから、大した値は付きません。で、最後まで買い手のなかった余り物が、海を渡っておれんとこに流れてきた。それがB‐シスマチン2溶液。仮薬名、シスマです」
“当然了,正规手段是不可能的,所以便借助黑手党和中间人,在平壤和延边卖了一些。但尽是些效果不明的东西,也就没什么价值,最后成了无人问津的滞销货。漂洋过海流入了这里。这就是 B-血清胱抑素溶液,临时药名是西斯玛。”
自殺した患者たちもシスマを投与されていたのだろう。十八回投与されたこの男ほどでなくとも、頭の中にたくさんの自分が現れ、勝手なことを喋り出したら、自分は気が変になってしまった、もう生きていたくないという気になってもおかしくない。
自杀的患者也都被用了西斯玛吧。就算不似这个被连打十八针的男人这么严重,可要是大脑里出现了多个自己,想必都会觉得自己的脑子坏了,萌生轻生的念头并不奇怪。
「きみはこれがどんな薬か知ってたのか」
“你知道这是什么药吗?”
「噂は聞いてました。胡散臭い話ばっかでしたけどね。快楽のあまり生きる意味を感じなくなるとか、自分の脳を搔き出すとかいうのもその一つです」
“我听过各种谣言,全都是些胡说八道的话。说什么快乐得感受不到活着的意义,把脑子抠出来也是其中之一。”
別の時間で脳をかち割られた結果、自分で脳を搔き出したとしか思えない死に方をした者がいたのだろう。
应该是在另一个时间线里被劈开了大脑,结果只能当成是自己抠出来的。
「他には?」
“还有吗?”
「こんなのもありました。意識が分裂して、夢の中にいくつもの自分が現れるようになる」
“还有这样的呢。意识分裂,梦中出现好几个自己。”
この男、知ってやがったのか。
这男人其实全知道吗?
「ま、眉唾3もんすよね。いかにも都市伝説っぽいっていうか」肩を竦めたまま象山を見て、目をでかくする。「まさか、象山さん。分裂したんすか、意識」
“真是的,太可疑了,简直就像都市传说一样。”伊甸耸耸肩看向象山,把眼睛瞪得老大,“难不成象山先生意识分裂了吗?”
時間も、世界も、何もかもだ。
时间,世界,每一样都分裂了。
「あ」エデンは手を打った。「実はもう一つあるんすよ」
“哦对。” 伊甸拍了拍手,“其实还有一种。”
ボディバッグの側面のポケットを開け、錠剤の入ったアルミシートを取り出す。
他拉开腰包侧边的口袋,取出了包裹着药片的铝袋。
「ロシェンナトリウム水和物。仮薬名がロシェンです。ブローカーによると、これはシスマの薬効を抑制するために開発されたものだそうです」
“水合洛森纳,临时药名洛森,按照中间人的说法,这是为了抑制西斯玛的药效而开发的。”
抑制?
抑制?
ということは、つまり──。
也就是说——
「分裂した意識を元に戻すってことでしょうね」そう言いながら〝E〟で顎を搔く。「ま、無理でしょうけど」
“就是能让分裂的意识复原吧。” 说着,伊甸用刺了 “E” 的手指挠了挠下巴,“嘛,这没可能吧。”
「なんでだよ」
“为什么?”
「一度生まれた意識を脳から消すんすよ。そんなの胎内で育った赤ん坊を受精卵に戻すようなもんです。こんな錠剤一つでそんなことができると思います?」
“让一度生成的意识从大脑里消失,就像把胎盘里长大的婴儿变回受精卵一样,你觉得区区一个药片能做到这点吗?”
片頰を歪めて、嫌にまともなことを言う。
伊甸拧巴着半边脸,惹人嫌地说起了正经话。
象山は何も言い返せなかった。
象山没有回一个字。
「結論を言えば、やはりエデンの言った通りだった。この薬で一度生まれた意識を消し去ることはできない」
“就结论而言,正如伊甸所说,这种药无法抹除曾一度产生的意识。”
寝る前にポケットに入れておいたアルミシートを取り出し、象山は言った。
拿出就寝前放在口袋里的铝包药片,象山说了这样的话。
「何が朗報だ。何の役にも立たねえじゃねえか」
“这算哪门子好消息,有屁用啊。”
バケツに座り、ギロチン台に肘を置いて、逃亡者が毒づく。
屁股下垫着水桶,胳膊肘戳在断头台上的逃亡者咒骂道。
「話は終わってない。わたしはエデンを脅し、賢祐というブローカーに連絡させた。そして相応の金額と引き換えに、シスマとロシェンの正確な薬効を確かめさせた」
“话还没讲完呢,我威胁伊甸,让他联系了一个名叫贤祐的中间人,并以相应的金钱换取了洛森的确切药效。”
象山は二十四年前、解剖実習で観察した脳を鏡に映した。スマホをピンチアウトするように側面のひだを拡大する。
象山将二十四年前解剖实习时观测到的大脑投射在镜子里,就像手机的扩大手势一样放大了侧面的褶皱。
「わたしたちの脳の縁上回にはカウフマン野と呼ばれる神経の集合体がある。カウフマン野が海馬に蓄積された膨大な情報を順序立てて整理することで、我々は〝時間〟を認識していると考えられる。シスマは本来、このカウフマン野の機能が減衰し、時間の認識が曖昧になった高齢者や認知症患者のために開発されたものだった。
“在我们大脑的缘上回有个名叫考夫曼区的神经集合体。在海马体中所累积的庞大信息,通过考夫曼区的有序整理,可能形成了我们形成对于 ‘时间’ 的认知。西斯玛原本是为考夫曼区功能衰减,对时间认知不清的老年人和痴呆症患者开发的。
だが治験の結果は予期せぬものだった。シスマを投与された人間の縁上回4では、カウフマン野そのものが分裂、増殖してしまっていた。わたしたちの意識、ひいては時間が分裂したのもそれが理由だろう」
但实验的结果却超出预期,在注射过西斯玛的人中,缘上回的考夫曼区本身发生了分裂和增殖。这就是我们的意识乃至时间分裂的理由吧。”
修復者が首を屈め、電気椅子から身を乗り出す。「それで?」
修复者弯着脖子,从电椅上探出身子,问了句 “然后呢”。
「一方のロシェンには、このカウフマン野の働きを抑制する作用がある。シスマと同時に投与することで、シスマの効能を制御できるのではないかと期待されていた。
“而另一方面,洛森则有抑制考夫曼区的作用。开发者曾将其与西斯玛同时给药,期待能抑制西斯玛的功效。
とはいえエデンの言った通り、一度分裂してしまったカウフマン野を消し去ることはできない。ただしシスマとロシェンの両方を投与された人間は、極めて高度に、ほとんど随意的といっていい要領でカウフマン野を制御できるようになる。治験担当医の記録によれば、患者の中には特定の有害なカウフマン野を脳から隔離し、意識を平静に保つことに成功した者もいたという」
尽管如此,正如伊甸所言,我们无法抹消曾一度分裂的考夫曼区,但同时投用了西斯玛和洛森的人,便能占据制高点,以随心所欲方式控制考夫曼区。根据负责临床试验的医生的记录,患者中也出现了成功地将某些指定的有害考夫曼区与大脑隔离开来,使意识保持平静。”
「カウフマン野を、隔離?」
“隔离,考夫曼区?”
逃亡者がゆっくりと繰り返す。
逃亡者缓缓地复读了一遍。
「その患者の脳では、一つのカウフマン野だけが蛋白質に覆われ、海馬や脳幹、他のカウフマン野などとの繫がりが失われていたそうだ。
“据说在该患者的脑内,只有一个考夫曼区被蛋白质覆盖,与海马体、脑干和其他考夫曼区断绝了联系。
海馬との繫がりがなくなれば、その意識は記憶を失う。脳幹との繫がりを失えば、その意識は肉体を失う。そうなったら何もできない。過去を思い出すことも、世界を認識することもない。ただ脳の中にあるだけの存在になる」
一旦与海马体断绝了联系,那个意识便会失去记忆,一旦与脑干断绝了联系,那个意识便会失去肉体。如此一来便再无能为,既没法回想过去,也无法认知世界,就只是存在于脑内而已。”
「つまりこういうことだな」修復者が唇の端を持ち上げる。「ロシェンを摂取し、犯人の意識を隔離する。すると我々の人生は守られ、犯人は何もない場所で無限の罰を受け続けることになる」
“就该这样。” 修复者扬起嘴角,“摄取洛森,将凶手的意识隔离开来。如此以来,我们的人生就得到了保护。凶手则会在一无所有的地方受到无穷无尽的惩罚。”
死にぞこないも頷いた。
未死者点了点头。
「素晴らしい」
“太棒了。”
「残された問題は二つ。犯人は誰か。どうやって三人を殺したのか。全員が納得の行く形でこの謎を解く必要がある」
“那就剩下两个问题。凶手是谁?他又是怎么连杀三人的?务必以所有人都能接受的方式解开这个谜题。”
指でアルミシートを転がしながら三人を見回した。異論は上がらない。
象山一边用手指拈着铝包,一边环视三人。并没有人提出反对。
「季々と舞冬が死んだとき、この四人がどこで何をしていたのかを確かめたい。まずわたしから説明しよう」
“我想确认一下季季和舞冬死的时候,在场的四人在什么地方,又在做什么事情。先由我来说明吧。”
象山は鏡に記憶を映し、二人の死の状況──季々が家の前で内臓を吐いたこと、象山は指一つ触れていないこと、舞冬は東北自動車道をドライブ中に死んだこと、象山は七十キロ以上離れた神々精市内にいたことを説明した。
象山在镜子上映出自己的记忆,说明了两人死亡时的状况——季季在家门口呕出了内脏,象山连一根手指头都没碰,舞冬则是在东北高速公路上驾车时丧命,彼时象山还在七十公里以外的神神精市内。
「カローラのブレーキに細工して事故を起こさせたんじゃないのか?」
“会不会在卡罗拉的刹车上动了手脚,才导致事故发生呢?”
本気とも冗談ともつかぬ表情で修復者が言う。
修复者带着不知认真还是玩笑的表情说道。
象山は「まさか」と鏡を指し、ニュースの映像を映した。柔道の上手そうな餃子耳のアナウンサーが原稿を読み上げる。
“怎么可能!” 象山指着镜子,上面映出了电视新闻的影像。一个看起来很擅长柔道的饺子耳广播员正在朗读稿件。
──関係者への取材によりますと、自動車に故障や不具合が生じていた形跡はなく、事故の原因は運転手の不注意とみられるということです。
——通过对相关人员的采访,据悉汽车并无发生故障或抛锚的迹象。事故的原因可能是司机的疏忽。
「エデンのスマホで見た動画だ。自動車に細工はされてない。別のニュースによれば、死体から睡眠薬や幻覚剤の類も検出されていないそうだ。舞冬はこの時間で殺されたんじゃない。他の時間からの連鎖現象によって運転中に命を落とし、その結果、この事故が起きたんだ」
“这是我在伊甸的手机上看到的视频。汽车并没有被动过手脚,另一条新闻还说尸体上也未检测出安眠药或致幻剂的成分。舞冬并不是在这条时间线上遇害的,她在开车的时候因为其他时间线的连锁反应而丧命,结果导致了这次事故。”
「確かにそうとしか思えないな」
“的确也只能这么认为了。”
妙に余裕ぶった態度で、逃亡者が鏡の中を切り替える。
逃亡者以异常从容的态度切换了镜子的画面。
「だがアリバイの固さはおれが数段上だ。なぜかって? 警察にパクられたからだよ」
“可我的不在场证明要比你强好几个档次哦。为什么?当然因为我被警察抓了啊。”
そう言って無地のスウェットの袖をひらひらさせる。どうやら今も留置場にいるらしい。
他边说边甩了甩素色运动衫的衣袖,看样子他还在拘留室里。
「昨日の夜、裏島のスマホで彩夏が吹っ飛ぶのを見て、醬窯のマンションへ駆けつけたって話はしたよな。裏島の原付で東栄荘に帰った数時間後、仲間を連れた芋窪が訪ねてきたんだ」
“昨天夜里,我不是说过我在里岛的手机上看到彩夏爆炸,就跑到酱窑的公寓了吗?就在我开着里岛的电动车返回东荣庄的数小时后,芋窪就带着跟班找上门来了。”
──あんた、主治医匿ってんだろ。
——是你窝藏了你的主治医生吧?
鏡の中の芋窪が裏島を問い詰める。逃亡者は息を殺し、板を剝がして床下へ潜り込もうとする。
镜中的芋窪向里岛质问道,逃亡者正屏住呼吸掀开木板,打算钻到地板下面去。
「どこで足が付いたんだ?」
“他怎么会知道你的行踪?”
「実はシャイン醬窯に乗り込んだとき、彩夏たちの住んでる505号室に入ろうとして、うっかり506号室の錠を抉じ開けちまったんだ」
“其实我去阳光酱窑的时候,本想进彩夏他们住的 505 室,却不小心撬开了 506 室的锁。”
よほど動揺していたのだろう。エレベーターを降りた逃亡者は、501、502、503の扉の前を通り過ぎ、その二つ隣りの扉を開けてしまった。あいにくそこは506号室。今どき珍しく、このマンションは4の付く番号を飛ばしていたのである。
大概是动摇过度了吧,出了电梯的逃亡者从 501、502、503 室门前经过,打开了相邻的第二扇门。不幸的是这里是 506 室,这栋公寓的编号跳过了 4,这在当今已经很少见了。
「玄関の靴を見てすぐ間違いに気づき、おれは廊下に戻った。こんとき風呂場に隠れていた住人の女がおれの顔を見ていたらしい。そいつが警察に通報し、芋窪たちが防犯カメラの映像をたどっておれの帰った場所を突き止めたってわけだ」
“当我看到摆在门口的鞋子时,我立刻意识到弄错了,于是回到走廊。这时藏在浴室里的女住客好像看到了我的脸,那家伙报了警,然后芋窪他们根据监控顺藤摸瓜找到了我回去的地方。”
鏡の中では芋窪が板を外し、床下に蹲った逃亡者を覗き込んだ。この男は昨年の夏も同じ場所で〝もぐら男〟を捕まえている。当然、この部屋の地下に人が身を潜められる空間があることも知っていた。
镜子里,芋窪正掀开地板,俯视着蹲在地板下的逃亡者。去年夏天,这个男人也在同一个地方抓获了 “鼹鼠男”,他当然知道这个房间的地下有可供人藏身的空间。
「おれは強制性交の容疑で逮捕され、神々精警察署の留置場に入れられた。もっともやつらの本命は彩夏殺しだ。ださいスウェットに着替えて取り調べを待ってると、正午を過ぎた辺りで連中が急に騒がしくなった。そこから延々と待たされ、取調室に入れられたのは夜の八時過ぎ。そこでようやく季々と舞冬が死んだことを知らされた」
“我因为涉嫌强迫性交遭到逮捕,被关进了神神精警署的拘留室。不过他们最关心的仍是彩夏被杀的事情。我换上了一件脏兮兮的运动衫等待受审。中午刚过,他们那边突然吵闹起来。我没完没了地等着,直到被送进审讯室时,已经是晚上八点多了。刚到那里,我终于获知了季季和舞冬死亡的消息。”
──先生、あんたいったいどんな手を使ったんだ。
——医生,你到底用了什么手段?
白い煙の向こうで、憔悴し切った面の芋窪がキャメルを嚙む。
隔着白烟,面色憔悴的芋窪正咬着骆驼香烟。
「季々は午前十一時過ぎ、自宅での事情聴取の最中に内臓を吐き出したらしい。舞冬は午後一時五十分ごろ、保護されていた醬窯警察署の小会議室で頭を破裂させたそうだ。どちらの時間もおれは神々精警察署の留置場の中にいた。
“上午十一点过后,季季在家里接受调查的过程中呕出了内脏。下午一点五十分前后,舞冬在重重保护的酱窑警署的小会议室里炸开了头。这两个时间点我都在神神精警署的拘留室里。
取り調べでは一生分の罵声を浴びたよ。飯抜き、飲み物なし、休憩なし。それが五時間だ。とはいえおれには鉄壁のアリバイがある。午前一時過ぎにようやく取調室を蹴り出され、留置場の薄っぺらい布団に潜り込んだ。そんでここへやってきたってわけだ」
我在审讯里挨了这辈子所有的痛骂,不给饭不给水不给休息,整整五个小时,不过多亏我有铁打的不在场证明。到了凌晨一点多,终于被撵出了审讯室,钻进了拘留室单薄的被子里。所以我才能出现在这里。”
何らかの時限装置を使えば、留置場にいても遠隔殺人は可能だろう。ただしそんな装置を使えば必ず証拠が残る。芋窪が「どんな手を使ったんだ」と言っている以上、そうした手がかりは見つからなかったのだろう。
倘若用了某种定时装置,即便身在拘留室也能实现远程杀人。不过使用这类装置一定会留下证据,既然芋窪问过 “你到底用了什么手段”,那就理应没找到这方面的线索吧。
「というわけで、おれに家族は殺せねえよ」
“也就是说,我杀不了家人。”
逃亡者はいつものようにポケットから草バットを取り出そうとして、ああ、とため息を吐いた。さすがに留置場へ大麻入りの煙草を持っていくことはできなかったらしい。
当逃亡者像往常一样试图从口袋里摸出草 Hitter时,却 “啊” 地叹了口气。看样子果然没法把装着大麻的香烟带进拘留室去。
「わたしはきみと違って警察に捕まるようなへまはしない」
“我和你可不一样,不会犯被警察逮走的错误。”
呆れたような笑みを浮かべ、修復者が静かに切り出す。電気椅子に浅く腰かけ、顔の前に手を組んでいた。
修复者露出讶然的笑容,平静地说了这番话。只见他将小半个身子坐在电椅上,双手交叉放在面前。
「その意味じゃきみほど強固なアリバイはないかもしれないが、犯人ではないのは明らかだ。わたしは家族を取り戻すためにあらゆる手を尽くしてきた。噓を見抜いた舞冬を疎ましく思っていたのは事実だが、だからって殺したりはしない」
“从这层意义上说,或许没有比你更颠簸不破的不在场证明了。但我也显然不是凶手。为了找回家人,我用尽了一切手段。虽然对看穿谎言的舞冬心怀恼恨,但也不能因此杀了她。”
「くだらねえ感情論だな。おれらしくない」
“真是无聊透顶的感情论,哪配跟我比。”
逃亡者がやり返す。修復者は肩を竦めて、
逃亡者回击道,修复者耸了耸肩。
「わたしの時間の舞冬が死んだのはライブハウスのステージだ。わたしもそのとき、現場にいた」
“我时间线上的舞冬死在 Live house 的舞台上,当时我也在现场。”
「アリバイはねえってことか。怪しいな」
“你是说你没有不在场证明吗?那就很可疑咯。”
「あいにくわたしの時間に舞冬を殺せた人間はいないよ」
“不巧的是在我的时间线里没人能杀舞冬。”
修復者は第三病棟の会議室を鏡に映した。
修复者把第三病房楼的会议室投射在镜子里。
「三日に病院の前で彩夏が爆発した後、わたしは深夜まで事情聴取を受けた。その傍ら、何度も季々と舞冬のスマホを鳴らしたが、どちらとも連絡がつかなかった。季々は『マルチなマルチ』の同窓会に、舞冬はツアーファイナル公演の打ち上げに参加していて、結局朝まで連絡が取れずじまいだった」
“三号那天,彩夏在医院爆炸后,我一直被调查到深夜。与此同时,我也往季季和舞冬的手机拨了不知多少次电话,却始终没能联系上。季季去参加《千面千手》的同窗会,舞冬则参加了最终巡演的庆功宴,结果直到早上都联系不到。”
修復者の時間では、象山も彩夏も三日のツアーファイナル公演に招待されていない。象山がムイから誘いを受けたとき、修復者はまだ家族と別居していたからだ。
在修复者的时间线里,象山和彩夏都没被邀请参加三号的最终巡演。象山在接到穆伊邀请时,修复者还在与家人分居。
「朝方に帰宅して仮眠を取ったわたしは、ジャガーを転がして青葉市麻林区半町のライブハウス、モンキーハウスへ向かった。わたしの時間の舞冬はこの日、一蛮町のホテルで休憩を取った後、事務所の先輩であるコカインベビーズの主催イベントに出演することになっていた。一刻も早く娘を捕まえるには、直接会場へ行くしかないと思ったんだ」
“我在家小睡了片刻,然后开着捷豹去了青叶市麻林区半町的 Live house——猿屋。在我的时间线上,舞冬当天在一蛮町的酒店休息后,还要参加同事务所的前辈可卡因宝贝主办的活动。我想要尽快找到女儿,就只能直接赶去会场了。”
鏡の中の修復者は窓口で当日券を買い、厚い扉を開けてライブハウスに入っていく。象山の時間の舞冬はスケジュールを理由にこのイベントの出演を断っていたが、修復者の時間では都合が合ったらしい。
镜中的修复者在窗口买了当日票,推开厚厚的门走进了 Live house。象山时间线上的舞冬以日程安排为由回绝了这次活动,不过按照修复者的时间线,这里就不存在什么冲突。
「予定の午後一時を五分ほど過ぎたところでアカダマのライブが始まった。舞冬は喪服みたいなフォーマルドレスを着て、巨大なトマト──じゃなくてきのこの被り物で顔を隠していた」
“预定开场的下午一点过去五分钟,赤玉的现场演出就开始了。舞冬穿着好似丧服的礼服,用巨大的西红柿——不对,是蘑菇头套遮住了脸。”
モンキーハウスの収容人数は三百人ほど。前日のツアーファイナル公演が行われたアシッドルームと比べるとキャパは四分の一だ。空調設備も年季が入っているらしく、修復者の前の薄毛の男はサウナにいるような汗を搔いている。それでも人気沸騰中のアカダマがオープニングアクトに登場するとあって、フロアは芋を洗うような混雑ぶりだった。
猿屋能容纳三百人左右,与前一天举办最终巡演的酸之间相比,规模只有四分之一。空调设备似乎也有些年头了,修复者面前那个发量稀少的男人满头大汗,就像在洗桑拿浴一样。尽管如此,人气高涨的赤玉还是在开场表演中登场,舞台前登时变得拥挤不堪。
「この日の舞冬は少し緊張してるようだった。やっぱり自分たちのライブと別のバンドのイベントじゃ勝手が違うんだろう。声もあまり出てなかったし、一曲目の『あんぱんトリップ』の後には水を飲もうとしてペットボトルを倒してしまった。あのときはわたしまで冷や汗を搔いたよ。床を拭きにムイが出てきたのはおかしかったけどね」
“那天的舞冬似乎有些紧张,自己的演唱会果然和其他乐队的活动不一样吧,就连声音都不怎么响亮。第一首《夹馅面包旅行》结束后,喝水时居然弄撒了宝特瓶,当时连我都吓出一身冷汗,虽然穆伊跑出来擦地板也很奇怪。”
はは、と笑いながら、鏡の中の時間を進める。
他一边哈哈笑着,一边推进着镜子里的时间。
「それでも途中から調子を取り戻したようだったけど、持ち時間も残り少なくなった午後一時五十分。最後の曲と言って始まった『魔法のきのこ』がBメロに入ったところで、なぜか舞冬の歌声が途切れた。ステージを見ると、舞冬の頭がぺしゃんこに潰れていた」
“尽管如此,途中似乎也恢复了状态。可就在时间所剩无几的下午一点五十分,声称是压场曲的《魔法蘑菇》进入第二段主歌的时候,舞冬的歌声莫名中断了,朝舞台望去,她的头已被压得稀碎。”
鏡の中の舞冬は頭のあるはずのところから大量に血を垂らして、ステージの中央に立ち尽くしていた。ギターのterumoが腰を抜かし、ステージ近くの観客から悲鳴が上がる。舞冬は酔っ払いのようにたたらを踏んだ後、右の眼球とマイクを同時に落とし、数秒後に俯せに倒れた。
镜子里的舞冬在舞台中央呆立不动,头部所在的位置流出了大量鲜血。吉他手 terumo 吓得瘫倒在地,舞台周围的观众惨叫连连。舞冬像喝醉酒般胡乱踏了几步后,右眼球和麦克风同时跌落,数秒之后就趴倒不动了。
「三百人の観客はパニックに陥り、二つしかない出口へ殺到した。後で見たニュースによると、百人以上の怪我人が出たらしい。わたしも目撃者として警察に事情を聞かれた。舞冬の父親であることを明かすと、ステージで死体の確認をさせられた」
“三百多人的观众陷入恐慌,涌向仅有的两个出口,根据事后的报道,似乎有一百多人因此受伤。我作为目击者也被警察询问了现场的情况。在我表明自己是舞冬的父亲时,就被迫上台辨认尸体。”
修復者がステージに上がり、死体を見下ろす。頭蓋骨が砕け、脳と血と肉が混ざり合いながらフロアのほうへ飛び散っていた。首も平たく潰れているが、胸から下に異変は見当たらない。
修复者走上舞台俯视着尸体。舞冬的头骨碎裂,脑组织和血肉混杂在了一起,在地板上飞溅开来,脖子也压扁了,胸口以下没有发现异常。
──娘です。間違いありません。
——没错,是我女儿。
一メートルほど離れたところにはきのこの被り物が落ちていた。色が赤いせいで一見、ただ落下しただけのように見えるが、よく見ると舞冬の血が大量にかかっていた。
大约一米多远的位置,掉落着蘑菇头套。由于颜色原本就是红色的,乍一眼望去,似乎就只是掉在地上而已,仔细一看,上面沾着大量来自舞冬的鲜血。
「ご覧の通り。舞冬が死んだとき、わたしはフロアの後方にいた。もちろん他の誰も、三百人が見守っていたステージの真ん中で舞冬の頭を破裂させるなんて真似はできない。わたしの時間に犯人はいない」
“正如你们看到的那样,舞冬死亡的时候,我正在内场的后排。当然了,无论什么人都不可能在三百人众目睽睽之下的舞台中央打爆舞冬的脑袋,所以在我的时间线上没有凶手。”
もう一度、爆発の前後の記憶を確認したが、ステージの舞冬に近づいた者は見当たらなかった。修復者の言う通り、舞冬がこの時間で殺されたとは思えない。
众人再度确认了爆炸前后的记忆,没有看到任何人靠近舞台上的舞冬。正如修复者所言,舞冬不像是在这条时间线上被杀的。
「前日に続いてモンキーハウスの控室で刑事たちに問い詰められながら、わたしは季々のスマホを鳴らし続けた。事情聴取を終えて帰宅したのは午後十一時過ぎだ。それまで連絡が取れなかったことから、何となく予想はしていた。はたして寝室を覗いてみると、冷たくなった季々がベッドに横たわっていた」
“继前日之后,我又在猿屋的休息室遭到了刑警们的各种盘问。期间我一直在拨季季的电话。调查结束回到家里已经是晚上十一点多了。由于之前一直没有联系上,所以多少也能预感到什么。果不其然,一进卧室,我就看到已经变凉的季季躺在床上。”
それでも何が起きているかまでは予想できなかったのだろう。腹がへこんで抜け殻のようになった季々、そして口からベッドへこぼれた腸管やら肝臓やらを目にして、修復者は「うおっ」と壁に腰を打ちつけた。
即便如此,发生的事情还是远超预想,望着肚腹凹陷宛如空壳的季季,以及从嘴里流淌到床上的肠管和肝脏,修复者 “哇” 地一声,腰撞在了墙上。
「幸せ者や逃亡者の話によると、季々が死んだのは午前十一時過ぎだったはずだね。同窓会で朝まで飲み食いした後、ベッドで休んでいたところで内臓を吐いたんだろう」
“按照幸运者和逃亡者的说法,季季死亡时间应该是上午十一点多。大概是在同窗会上吃喝到天亮,躺床休息的时候把内脏呕了出来。”
象山の時間の季々はこのときすでに目を覚ましていた。修復者の時間のほうが同窓会が長引き、帰宅も遅くなったのだろう。夫との別居から同居再開に至るまで詮索されそうな話題が多く、なかなか帰らせてもらえなかったのかもしれない。
象山时间线上的季季此刻已经醒了,修复者时间线上的同窗会似乎要更长一些。季季和丈夫从分居到再度同居,大概会有很多可供盘究的问题,所以迟迟不肯放她回去吧。
「季々が死んだ時間、わたしはジャガーで半町へ向かっていた。ライブまではまだ時間があったけど、早めに行けばどこかで舞冬を捕まえられるんじゃないかと思ってね」
“在季季死亡的时间点,我正开着捷豹赶赴半町。虽然距离演唱会还有一些时间,但我总觉得要是早点去的话,应该可以在某处揪住舞冬。”
鏡の中の時間が遡る。修復者はジャガーで見覚えのある県道を走っていた。モニターの時刻は午前十一時二分。確かにアリバイがある。
镜中的时间回溯了。修复者开着捷豹行驶在眼熟的县道上,显示器上的时间是上午十一点零二分,他确实有不在场证明。
「見ての通り、人の内臓を引き摺り出すような時限装置があった形跡もない。わたしは犯人じゃないよ」
“正如所见的那样,根本没有任何迹象表明现场有能把人内脏拖出来的定时装置,所以我不是凶手。”
再び時間が進み、寝室。死体の周囲に目を凝らしたが、そんな虫の良い装置は確かに見当たらなかった。
时间再度向前流逝,场景来到卧室。凝神望向尸体周围,却完全没发现那种方便的装置。
「残る容疑者は死にぞこないか」
“剩下的嫌疑人就是未死者吗?”
逃亡者が手術台に横たわった男に水を向ける。
逃亡者把关注的焦点引到了未死者身上。
「わたしが家族を殺したと? 人工呼吸器に繫がれてベッドを下りることもままならない、このわたしが?」
“你是说我杀了家人?跟人工呼吸机绑在一起,连床都下不了的我?”
ベッドに肘を突いて上半身を浮かせ、ざらついた声を吐く。
他把手肘撑在床上,抬起上半身,发出沙哑的声音。
「疑われたくないなら、ちゃんと状況を説明しろ」
“不想被怀疑的话,就把情况交代清楚。”
逃亡者はにべもない。死にぞこないは大きく息を吸い込み、
逃亡者冷淡地说道。未死者深深地叹了口气,然后又说:
「午前十一時過ぎ、季々が内臓を吐いて死んだとき。わたしと季々は同じ部屋にいた。季々は着替えの下着を届けに病室へ来ていたんだ」
“上午十一点多,季季呕出内脏死亡的时候,我和季季正同处一室。季季是来病房给我送换洗衣服的。”
ひゅう、と逃亡者が口笛を吹く。
逃亡者 “咻” 地吹了声口哨。
「一緒にいたのか? 怪しいな」
“是说你们在一起?太可疑咯。”
死にぞこないは鏡に病室を映した。ベッドを囲んだカーテンが開き、スマホを耳に当てた季々が顔を出す。窓の向こうではシイの新芽が揺れていた。
未死者将病房的场景投射在镜子上。围着床的帘子被拉了开来,把耳朵贴在手机上的季季露出了脸,米槠树的新芽在窗外摇曳不定。
──あの子、いったいどこ行ったのよ。
——那孩子到底去哪儿了呢?
季々が不安そうにつぶやく。彩夏が爆発したことはまだ知らないようだ。死にぞこないの時間の彩夏もアカダマのツアーファイナル公演に呼ばれていたはずだから、その帰り道で爆発した可能性が高い。この時刻ならすでに死体は見つかっているだろうが、まだ身元が分かっていないのだろう。
季季满怀不安地嘟囔着。她似乎还不知道彩夏爆炸的事。未死者时间线上的彩夏应该也被邀请去了赤玉的最终巡演,所以很有可能是在回家路上爆炸的,这个时间点尸体理应已被发现了吧,但身份想必还未得到确认。
──ご飯食べて帰ってくるんじゃないか?
——吃完早饭就回来了吧。
夢で彩夏の死を知っているはずの死にぞこないが、象山と同じことを言ってとぼける。病室のテレビが点いているらしく、何やら不気味なBGM──コントラバスの不協和音が響いていた。おかげで死にぞこないの楽観的な言葉に説得力が感じられない。
未死者在梦中理应已经知道了彩夏死亡的事,却和象山说着一样的话装傻充愣。病房里似乎开着电视,室内回荡着气氛诡异的背景音乐——低音大提琴的不谐音,正因为如此,未死者的乐观言论显得毫无说服力。
──舞冬も勝手に出かけちゃうし。いったい何考えてんのよ。
——舞冬也自说自话出门去了,到底在想什么呢?
季々がトートバッグを肩から下ろす。死にぞこないがベッドの上で姿勢を変えたのだろう、鏡の中がぐらりと揺れる。
季季把大手提包从肩膀上拿下来,虽然还没有死,但或许是在病床上换了个姿势吧,镜子里的景象晃了一晃。
──着替え持ってきたよ。
——我带了换洗衣服哦。
そこで季々が視界から消えた。窓の外のシイが揺れる。
这时,季季的身影从视野里消失了,眼前唯余窗外摇曳的米槠树。
──おえええっ。
——唔呕呕呕。
物を吐く音に、ぼとぼとと重い物の落ちる音が重なった。救急車のサイレンが聞こえたかと思えばみるみる大きくなり、すぐに小さくなって消える。
呕吐的声音和重物落下的声音重叠在一起,救护车的警笛骤然变大,又骤然变小,迅速断绝了。
死にぞこないが点滴スタンドを摑み、上半身を起こす。季々は床に手足を突き、苦しそうに肩を上下させていた。
未死者抓着输液架支起了上半身,只见季季手脚撑在地板上,肩膀痛苦地上下起伏。
「見ての通りだ。わたしにアリバイがあるかと問われれば、ない。なにせ季々が死んだとき、同じ部屋にいたんだからね」
“正如你们看到的那样,若问我有没有不在场证明,那就是没有。毕竟季季死的时候和我同处一室。”
鏡の中の時間を巻き戻し、季々がカーテンを開けた場面を見せる。
镜中的时间倒流起来,回到了季季打开帘子的场面。
「でもわたしは幸せ者と分岐してからの九日間、一歩も病室を出ていない。病室に内臓を引き摺り出すような道具はないし、そんなことをする体力もない。わたしが犯人というのは荒唐無稽だよ」
“但是自从我和幸运者踏上不同的分支以来,已经九天没离开病房半步了。病房里可没有能把内脏拖出来的工具,我也没有干这种事情的体力。说我是凶手未免太荒唐了吧。”
逃亡者を真っすぐに見て言う。逃亡者は何も答えない。
未死者直视着逃亡者的眼睛说道,而逃亡者没回复一个字。
象山はふと妙な感覚を覚えた。死にぞこないが鏡に映した記憶の中の何かを、自分は見たことがある──そんな気がする。
象山骤觉古怪,未死者在投射在镜中的记忆,其中有着什么似曾相识的物事——他有了这样的感觉。
内臓を吐き出す季々の仕草は、象山の時間の季々とよく似ていた。だがそれだけではない。他にもこの記憶の中の何かが、自分の記憶と重なっている。いったい何だ?
季季呕出内脏的动作,与象山时间线上的季季十分相似。但还不仅仅是这样,除此之外,记忆中的某样物事与自身的记忆重叠在了一起。这究竟是什么呢?
「その後はどうなったんだ」
“后来如何了?”
象山の動揺など知るはずもなく、修復者が尋ねる。
修复者并未感知到象山的动摇,又问了一句。
「病院が警察を呼んで、わたしは別の階の病室へ移された。ムイからの電話で舞冬の死を知らされたのはその四時間後だ。死体が見つかったのは神々精駅から西へ二百メートルほどの市道。舞冬はそこでロードバイクを漕いでいた。わたしもよく乗っていたあの自転車だ。前の籠に図書館の本が入っていたというから、その先の図書館へ向かっていたんだろう。午後一時五十分ごろ、道の端を走っていた舞冬の頭が破裂するのを複数の通行人や車の運転手が目撃していた」
“医院报了警,我被转移到其他楼层的病房。四小时后,我接到了穆伊的来电,得知了舞冬的死讯。发现尸体的位置是神神精站向西两百米左右的市道,舞冬在那里骑着公路自行车,就是我经常骑的那辆。车头的筐里放着图书馆的书,应该是打算去前面的图书馆吧。下午一点五十分前后,有好几个路人目击到在路边骑车的舞冬头部裂了开来。”
さぞかし肝を潰したことだろう。
这些人想必吓破胆了吧。
「ほぼ同時に警察官が病室へやって来て、大食の自然公園で見つかった変死体が彩夏のものである可能性が高いと伝えられた。この二つの事件はどちらも病院の外で起きてる。当然、わたしには固いアリバイがある」
“几乎在同一时间,警察来到了病房,告诉我在大食自然公园里发现的怪死尸体有可能是彩夏。这两起凶案都发生在医院之外,我自然就有了牢不可破的不在场证明。”
反論が上がらないのを確かめると、死にぞこないは疲れ果てた様子で手術台に横たわり、マスクを押さえて大きく息を吸った。
确认过没有反驳后,未死者筋疲力尽地瘫倒在手术台上,按着面罩深深地吸了口气。
「またこうなるのか」
“又是这样吗?”
修復者が重苦しくつぶやいて、木箱を開ける。紙を取り出し、鉛筆を走らせる。
修复者憋闷地嘟哝了一声。只见他打开木箱,从里边拿出了纸和笔。
「四人の容疑者の状況をまとめるとこんなところだ。残念ながら、季々の内臓を引き摺り出せた者も、舞冬の頭を破裂させられた者も見当たらない」
“将四个嫌疑人的情况总结起来就是这样。非常遗憾,即找不到将季季内脏拽出来的元凶,也没有发现把舞冬的头打爆的那个人。”
幸せ者:象山と季々が彩夏を探しに行こうと家を出たところで、隣人に話しかけた季々が内臓を吐いて死亡した。
幸运者:季季和象山欲出去寻找彩夏,离开家后,和邻居交谈了几句,季季呕出内脏而亡。
修復者:象山は自動車で青葉市中町へ移動していた。季々は同窓会から帰宅後、自宅のベッドで内臓を吐いて死亡した。
修复者:象山驱车前往青叶市半町。季季自同窗会回家后,在自家床上呕出内脏而亡。
逃亡者:象山は神々精警察署の留置場にいた。季々は自宅での事情聴取の最中に内臓を吐いて死亡した。
逃亡者:象山被关在神神精警署的拘留室里,季季在家中接受问话的时候呕出内脏而亡。
死にぞこない:象山は重傷を負い入院していた。季々は病室に下着を届けにきたところで内臓を吐いて死亡した。
未死者:象山身负重伤住进医院。季季前来病房送内衣的时候呕出内脏而亡
幸せ者:象山は警察に見つからないように神々精市内を移動していた。舞冬は東北自動車道を走行中に頭が破裂して死亡した。
幸运者:象山为了不被警察发现在神神精市内游荡。舞冬在东北高速公路上行驶时头部破裂而亡。
修復者:象山はモンキーハウスでアカダマのライブを見ていた。舞冬はステージでの歌唱中に頭が破裂して死亡した。
修复者:象山去往猿屋观看演唱会。舞冬在舞台上唱歌的途中头部破裂而亡。
逃亡者:象山は神々精警察署の留置場にいた。舞冬は保護されていた醬窯警察署の小会議室で頭が破裂して死亡した。
逃亡者:象山被关在神神精警署的拘留室里。舞冬身处于受保护的酱窑警署,在小会议室里头部破裂而亡。
死にぞこない:象山は重傷を負い入院していた。舞冬は自転車で図書館へ向かっている途中、頭が破裂して死亡した。
未死者:象山身负重伤住进医院。舞冬骑着自行车去往图书馆,中途头部破裂而亡。
紙を三人に向けて言った。
他将纸转向其余三人,继续说道:
「もちろんそんなはずはない。彩夏のときと同様、犯人はわたしたちが気づいていない何らかの方法で季々と舞冬を殺したことになる」
“这当然是不可能的,和彩夏那会一样,凶手是用我们都不曾发觉的某种方法杀死了季季和舞冬。”
でも、と修復者は声を上ずらせる。 「そんなことが本当にできるのか? 彩夏が爆発しただけでも十分不可解だったのに、犯人は内臓を引き摺り出したり、頭だけを破裂させたりすることもできるらしい。まるで人間の身体を自在に操れるみたいだ。そんなことがありえるのか?」
“可是——” 修复者扯起了嗓门,“这种事真能做到吗?光是让彩夏爆炸就够让人百思不得其解了,凶手居然还拽出内脏,或者只让脑袋爆炸。简直就像可以任意操纵人的身体一样,这有可能吗?”
本当はすべて幻覚なのではないのか──修復者はそんな疑念に囚われ始めているようだった。
难不成这一切都是幻觉吗——修复者的内心似乎开始被这般疑念所禁锢。
もちろんそうではない。自分たちはまだ正気を失ってはいない。
当然不是了,我们还没有陷入疯癫。
犯人は必ずいる。悪魔のようなやり方で家族を殺した犯人が。
凶手肯定是存在的——以恶魔般的手段将家人依次屠戮的凶手。
象山は家族のために生きてきた。その家族を奪われた自分が、今も生き続けている理由は一つしかない。
象山一贯为家人而活。失去家人的自己苟活至今的理由只剩一个。
犯人を突き止め、終わりのない地獄へ落とす。
那就是找出凶手,将其打入无边无涯的地狱。
だがそのためには、犯人が家族を殺した方法を突き止めなければならない。
但若想如此,就必须找出凶手杀害家人的方法。
象山は棺桶に腰を下ろし、アルミシートを握り締めた。
象山坐在棺材里,手里紧攥着装药片的铝包。
「各種メディアにて報じられております通り、一昨日の午後二時ごろ、弊社所属アーティストのeriminが東北自動車道の下り車線を走行中、事故に遭い亡くなりました。遺体の損傷が激しかったこと、また親族の方とも連絡が付かなかったことから、発表が遅れましたことをお詫び申し上げます」
“正如各家媒体所报道的那样,前天下午二时前后,弊社所属艺人 erimin 在东北高速公路的反向车道上遭遇事故不幸身亡。由于遗体严重受损,加之无法和家属取得联系,因此延迟公布,弊社对此深表歉意。”
ムイが深々と頭を下げる。カメラのフラッシュがスーツを光らせる。
穆伊深深地鞠了一躬,照相机的闪光灯瞬间照亮了他的西服。
「また一昨日の午前十一時ごろ、eriminさんのお母様である女優の象山季々さんが自宅付近で亡くなっているのが発見されました。お父様と妹さんも現在、行方が分からなくなっています。当社ではご家族の無事を祈りつつ、引き続き警察の捜査に協力して参りたいと考えています」
“前天上午十一点左右,erimin 的母亲,女演员象山季季被发现死于自家附近,erimin的父亲和妹妹也下落不明。弊社祈愿她的家人平安无事,同时也会协助警方继续调查。”
ハンカチで目尻を拭い、絞り出すように続ける。
他用手帕抹了抹眼角,用近乎挤出来的声音继续说道:
「なお近日中に当社主催でeriminさんとのお別れの会を開催いたします。レコーディングを済ませておりました新曲『ポンカス』も予定通りリリースさせていただきます」
“弊社将于今日举办 erimin 小姐的告别会,已经录制完成的新歌《碰废牌》也将如期发行。”
さすがに告知が早すぎたかと思ったが、動画サイトのコメント欄には「泣いた」「死ぬほど泣いた」「学校休んで行く」「新曲予約した」と好意的な声が並んでいた。そこに時折り「流出写真やばい」「死体見たけどグロすぎ」といったコメントが交ざっている。
虽然觉得通知的时机尚早,但在视频网站的评论栏中,“我哭” “哭死” “学校不去了” “新曲已预约” 等等正向评论滚滚而来,间或夹杂着 “泄露的照片太惨了” “看过尸体,太可怕了” 之类的评论。
ムイは動画を流したままブラウザのタブを増やし、掲示板のまとめサイトにアクセスした。トップに『【グロ注意】アカダマerimin事故現場画像』と記事タイトルがある。モザイクのかかった画像をクリックすると、道路に横たわった象山舞冬の死体が画面いっぱいに表示された。
穆伊一边播放着视频,一边添加了浏览器标签,进入了网络论坛信息的汇总网站,头条就是《【恐怖!慎点!】赤玉 erimin 事故现场照片》的帖文,点开打着马赛克的图片,屏幕上跳出了象山舞冬躺在马路上的尸体。
舞冬の頭はきれいに破裂していた。頭蓋骨が砕け、脳と血と肉が混ざり合いながら散らばっている。首も平たく潰れているが、胸から下の損傷は少ない。
舞冬的头彻底爆了,头盖骨碎裂,大脑和血肉混杂在一起散落一地,脖子也被压扁了,但胸口以下几无损伤。
死体の周りには一センチほどのシルバーボールがいくつか転がっていた。首元をよく見ると、首の左の付け根から右下へ向かって、細い糸を押しつけたような痕がついている。
尸体周围滚落着几个一厘米左右的银珠,仔细观察脖颈,可以看到从头部的左根部到右下方,有一道细线压过的痕迹。
「警察からの情報によりますと、eriminの乗っていたカローラは中央分離帯のガードレールに接触し、急激に減速したところを後続車両に突き飛ばされたものとみられます」
“根据警方提供的信息,驾驶卡罗拉的 erimin 撞上了中央隔离带的护栏,在急刹车的过程中被后方的来车追尾。”
動画のムイが記者の質問に答えて言う。
视频中的穆伊在回答记者提问时如是说道。
「その際の衝撃でシートベルトのバックルが破損したため、eriminはフロントガラスを突き破り、道路に転がった状態で発見されました」
“当时的冲击导致安全带扣损坏,erimin 是以撞破挡风玻璃,躺倒在路面上的状态被发现的。”
まさにそのとき、ネックレスが肌に押しつけられ、首元に痕を残したのだろう。直後にワイヤーが切れ、ボールが道路に飛び散った。舞冬の命はこのネックレスとともに散ったのだ。
大概就是在这个时候,项链勒在了皮肤上,在脖子上留下了瘢痕吧,紧接着挂链绷断,珠子飞到了路面上,舞冬的生命便随着这条项链一起消逝了。
記事の下に並んだ阿鼻叫喚の書き込みを斜め読みして、ムイは思わずほくそ笑んだ。
穆伊斜眼瞥着报道下方那一排近乎地狱哀嚎的留言,不由得窃笑起来。
死体の画像をネットに流したのはムイだった。警察官に見せられたポラロイド写真を隠し撮りし、色調を整えて掲示板に投稿した。
将尸体的照片传到网上是不对的。他偷拍了警察给他看的拍立得照片,调整色调后传到了论坛上。
狙いは人々の心にeriminの死を刻み込むことだった。今はワイドショーもSNSも事故の話題で持ち切りだが、ニュースの賞味期限は短い。瞬く間に新たな話題が人々の心を攫っていく。彼らの関心を繫ぎとめるには、他のニュースにはない視覚的なインパクトが必要だった。
这样做的目的是让 erimin 的死铭刻在世人的心中。虽然此刻的电视节目和社交网络都在热议事故的话题,但新闻的保质期是很短暂的,新话题会瞬间夺走人心。为了吸引住他们的眼球,必须要使其具备其他新闻所没有的视觉冲击。
ブラウザのタブをすべて閉じ、固まった腕を伸ばす。この三日間は警察による再三の事情聴取にマスコミ向けの記者会見、そして一日も早く追悼イベントを行うための会場予約にスタッフのアサインと、目の回るような忙しさだった。
穆伊关闭了所有浏览器的标签,伸展着僵硬的手臂,这三天里,警察接二连三地跑来问话,召开记者招待会,以及为了尽快举办追悼活动预约会场安排人手,着实忙得不可开交。
画面に映った顔を見て苦笑する。目元が腫れ、頰と顎が無精髭に覆われていた。一度帰ってシャワーを浴びよう。ガムを口に入れ、肩を回しながらテナントビルの地下駐車場へ向かった。
看着屏幕上的脸孔,穆伊露出了苦笑。眼睛浮肿,脸颊和下巴覆盖着乱糟糟的胡子。回去洗个澡吧,他往嘴里塞了口香糖,一边活动着肩膀,一边走向商住楼的地下停车场。
フーガ5のドアロックを外そうと電子キーのボタンを押す。ドアが反応しない。ハンドルを引くとロックが外れたままになっていた。昨夜、会見場のホテルから事務所に戻ってきたとき、錠をかけ忘れたらしい。
他按下电子钥匙的按钮,试图解开风雅的锁。车门毫无反应,一拽把手,才发现车门没锁。昨天晚上从招待会的旅馆返回事务所的时候似乎忘了锁车。
シートに腰を沈めたところで、スマホが震えた。
刚在座位上坐下,手机就传来了震动。
着信を切ろうとして、オレンジ色のアイコン──スキャナーズだ──に目が留まる。スキャナーズはドバイの技術者が開発した秘匿性の高い通信アプリで、詐欺や強盗などの犯罪グループに愛用されていた。
正待挂断来电,目光却被橙色的图标吸引了——是扫描仪应用。扫描仪乃是迪拜技术人员开发的一款匿名性极高的通信软件,向来是从事诈骗抢劫等犯罪团伙的最爱。
ガムを灰皿に吐き捨て、白目を剝いた男のアイコンをタップする。
穆伊将口香糖吐进烟灰缸,点开了白眼男的图标。
「お前がeriminを殺したのか」
“是你杀了 erimin 吗?”
ドスの利いた声が聞こえた。
传来了一个沙哑的声音。
「わたしなら見つからないようにやりますよ」
“如果是我做的,根本不会让人发现。”
「じゃあ事故か。だったら余計問題だ。ネットに死体の画像が流出してる。このままじゃ誰もおれたちに付いてこなくなるぞ」
“那就是意外了?这样就更麻烦了。尸体的照片已经传到了网上,再这样下去就没人追随我们了。”
「余計なお世話ですね」つい険のある声が出た。「あなたたちは何も分かってない。画像を洩らしたのはわたしです。この事故によって、アカダマは日本のポップミュージック史に名を刻む存在になります」
“真是多管闲事。” 穆伊的声音不知不觉地变得刺耳起来,“你们什么都不懂。泄露照片的就是我,因为这次事故,赤玉将在日本流行音乐史上留名百世。”
男は気圧されたように数秒黙り込んだが、
男人像是被震慑住一般,沉默了好几秒,
「親分も腹に据えかねてる。ライヒプロモーションが潰れたらお前は終わりだ。お行儀よくベッドで死ねると思うなよ」
“老大也气得不行,要是帝国选拔垮了,你也就完了,别以为你能干干净净地死在床上。”
捨て台詞を吐いて通話を切った。
撂下这句话后,对方便挂断了电话。
コンソールボックスにスマホを投げ込む。勝手なやつらだ。
穆伊将手机抛进座间储物箱里,真是个任性妄为的家伙。
苛立ちを鎮めようと深呼吸すると、汗の臭いが鼻を突いた。窓を開けようとスイッチに指をかけた、そのとき。
他做了个深呼吸,打算平复一下焦躁的心情,一股汗臭味扑鼻而来。就在他将手指按在按钮上打算开窗之际——
「ストップ」
“停下!”
肩を摑まれた。
某人揪住了自己的肩膀。
ルームミラーを見ると、象山晴太がバックシートで足を組んでいた。
穆伊望向后视镜,发现象山晴太正盘腿坐在后座上。
「普段は随分横柄なんだな。会見の好青年はどこへ行ったんだ?」
“平日里还挺横的嘛,招待会上的那个好青年去哪了呢?”
グローブボックスからサバイバルナイフを取り、象山の手の甲へ振り下ろす。象山は腕を引っ込め、ジャケットからスマホを取り出した。電話番号と通話時間が表示されている。
穆伊从手套箱里抽出求生刀,朝象山的手臂挥了下去。象山缩回手臂,从夹克里掏出手机,上边显示着电话号码和通话时间。
「わたしの仲間がきみの言葉を聞いてる。わたしが戻らなければ、明日の『ハローどっこいしょ東北』で蓑家閑がため息交じりにこう言うだろう。涙の記者会見で注目された敏腕プロデューサーが、eriminの死体画像を流出させたことを告白しました」
“我的同伴在听你讲话哦,要是我回不来的话,在明天的《你好呀,东北》里,蓑家闲就会叹着气说,在催人泪下的记者会上备受关注的优秀制作人,亲口交代自己泄露了 erimin 的尸体照片。”
ムイは舌を打った。この男は馬鹿ではない。対処を誤ればライヒプロモーションは致命傷を負う。
穆伊咂了咂舌。这家伙不是蠢货,倘若处置不当,帝国选拔就会受到致命一击。
「この前の質問に答えてもらおうか」象山は静かに言った。「彩夏に何をした?」
“你先回答我上次的问题吧。” 象山平静地说,“你对彩夏做了什么?”
この男はムイのやったことに気づいている。はぐらかしても無駄だ。
这人知道穆伊的所作所为,回避是不管用的。
「少し遊ばせてもらっただけですよ。それに見合う仕事はしたつもりですけど」
“就只是玩玩而已,我有打算善后。”
「狙いは何だ」
“目的是什么?”
「別に。どうせ面倒な仕事をするなら、楽しくやったほうがいいでしょう」
“没什么,反正要做的是麻烦的工作,还是开心点比较好吧。”
象山は、ぽきっ、と親指を鳴らした。
象山啪地打了个响指。
「きみをライヒプロモーションに送り込んだのはタイのマフィアか?」
“把你送进帝国选拔的是泰国的黑手党吗?”
「まあ、そう呼ぶのが無難でしょうね」
“嗯,还是这样叫比较妥当吧。”
「どうしてシノギが音楽事務所なんだ。金を稼ぐならもっと手っ取り早い方法があるだろ」
“为什么要找音乐公司?想要搞钱的话,更快的路子不是多得很吗?”
「釣り餌ですよ」
“是钓饵。”
正直に答えた。
穆伊如实回答。
「K-POPにはすっかり水をあけられましたが、日本のポップミュージックもタイやベトナムではそれなりに知られています。あなたの娘さんのような歌手に憧れる若い女性も珍しくない。
“虽说韩国的流行音乐 K-POP 呈一骑绝尘之势,不过日本的流行音乐在泰国和越南也有相当的知名度,对你女儿一样到底歌手心怀憧憬的女性也不在少数。
わたしの仲間たちはそんな女性を探しています。そしてナイトクラブでわたしの名刺を差し出し、魔法の呪文を唱える。──一緒に日本で仕事をしませんか?」
我的同伴们正在物色这样的女性,然后在夜总会上递上名片,吟诵这样的魔法咒语——要不要和我一起去日本工作。”
ドアミラーに映った自分の顔が笑っていた。アカダマのデビューが決まったとき、ファーストツアーのチケットが完売したとき、『魔法のきのこ』がドラマの主題歌に決まったとき、象山に見せたのと同じ笑みだった。
后视镜里映出了自己的笑脸,赤玉决定出道之时,初次巡演门票售罄之时,《魔法蘑菇》被定为电视剧主题曲之时,他也对象山展露过相同的微笑。
「彼女たちが日本でデビューすることはありません。でも大丈夫。どんな腕利きの弁護士も我々を訴えることはできません。詐欺だと言われたらこう返せばいい」
“她们不会在日本出道,不过没事,再厉害的律师也告不倒我们的,如果有人说这是诈骗,那就这样回答好了。”
──この名刺は本物です。チャウワット・クラダートはライヒプロモーションに籍を置く本物の音楽プロデューサーです。
——这张名片可没有假,曹瓦 · 克拉巴特是一名真正的音乐制作人,就职于帝国选拔。
「わたしはその一言のためにここにいるんです」
“我就是为了这句话才来到这里的。”
象山は「ご立派なことだな」とヘッドレストに頭をもたれさせた。
“那可真了不起啊。” 象山靠在头枕上说了一句。
「正直、うんざりしてますよ。三年前にわたしが入社した時点で、ライヒプロモーションの経営は火の車6でした。何もしなければ一年足らずで倒産していたでしょう。わたしはアーティストを発掘し、作品をヒットさせて、今日までライヒプロモーションを守り抜いてきました。
“实话说,我算是受够了。三年前刚进公司的时候,帝国选拔的经营状况已经是入不敷出了。要是什么都不做,撑不到一年也就关门破产了吧。是我发掘新的艺人,让他们的作品爆火,一直守护帝国选拔至今。
でも親分はそんなこと何の興味もない。わたしのことはアリバイのために籍を置いているだけの能なしと思ってるんでしょう。こんなに気の滅入ることはありません」
可老大对这种事情毫无兴趣,只把我当成为了寻求不在场证明而加入的废物,没什么比这更让人丧气的了。”
思わず息を荒らげていたことに気づき、ムイは咳払いした。
意识到自己情不自禁地激动起来之后,穆伊清了清嗓子。
「とにかく、所属タレントの妹と少し遊んだくらいで罰は当たりませんよ」
“总而言之,只是和负责艺人的妹妹稍微玩玩,根本不该遭报应吧。”
「きみの苦労話はどうでもいい」通話中であることを思い出させるように、象山はスマホを振った。
“你有多辛苦,我根本不在乎。” 象山摆了摆手机,提醒他通话正在进行。
「頼みがある。わたしを海外へ逃がしてくれないか?」
“那我有个请求,你能让我逃到国外去吗?”
ムイは呆れた。さっきまで自分を脅していたくせに、今度は頼み事とは厚かましいやつだ。
穆伊不禁呆然。这人刚才还在威胁自己,现在又有事相求,真是厚颜无耻。
「礼はする。わたしをタイへ連れて行ってくれたら、きみをこの島国で働かせて甘い汁を吸ってる親分を殺してやるよ」
“作为回报,要是你带我去泰国,我就杀掉那个派你去岛国工作,捞尽油水的老大。”
はは、と喉から笑い声が洩れた。
穆伊的喉咙里漏出哈哈的笑声。
「親分はノンタブリー7のバンクワン刑務所にいます。あなたは面会することもできません」
“老大现在在暖武里府的班克万监狱里,你连面都见不到。”
「テレビを点けてみろ」
“打开电视看看吧。”
聞き間違いかと思った。「は?」
“啥?” 穆伊还以为自己听错了。
「いいから点けろ」
“别废话,开就是了。”
シートの間から象山の手が伸び、カーナビの画面をタップする。
象山将手从座椅间伸出来,点击了导航屏幕。
「──ご覧いただくのは、三日の午後十時半ごろ、神々精市内の自然公園で撮影された映像です」
“——您将看到的是四月三日夜里十点半前后,在神神精市内自然公园拍摄到的影像。”
七インチの画面の真ん中で耳の潰れたアナウンサーが眉間を強張らせていた。
七英寸屏的正中间,耳朵变形的广播员正紧绷着眉毛。
「ビデオカメラを設置していたのは神々精市に住む男性。コミミズク8の巣を定点撮影するため、ヒノキの幹に小型カメラを設置していたという」
“安装摄像机的是居住于神神精市内的男性市民,据说他是为了定点拍摄短耳鸮的巢穴,在桧木的树干上安装了这台小型摄像机,”
ナレーションが女の低い声に変わり、低画質のモノクロ映像が流れる。ヒノキに挟まれた道の真ん中で男女が何やら言葉を交わしていた。背格好や服装を見るに、どうやら象山と彩夏らしい。
旁白变作了低沉的女声,低画质的黑白影像开始播放,一对男女正在柏木林中间的小道上谈论着什么。从身材和着装来看,似乎正是象山和彩夏。
「だが次の瞬間」
“可就在下个瞬间——”
画面の半分ほどにモザイクがかかった。カメラが揺れ、彩夏が消える。無数の肉片が地面に散らばったのが分かる。
画面的一半被打上了马赛克。镜头一阵摇晃,彩夏消失了,可以看到地上散落着数不清的肉片。
いったい何が起きたのか。自然公園に地雷が埋まっているはずもない。となると──。
究竟发生了什么?自然公园里不可能埋着地雷,这样的话——
「わたしがやった」
“是我干的哦。”
象山が耳元で囁く。ムイは悲鳴を上げた。
象山在耳边低语道。穆伊发出了惨叫。
「タイへ運んでくれたら、きみの願いを叶えてやる」象山は人差し指でモニターを指し、その指をムイの鼻先に向けた。「わたしには人を爆発させる力がある。面会せずとも、簡単にきみの親分を殺せる」
“只要你把我送到泰国,我就满足你的愿望。” 象山伸出食指指指屏幕,又指向了穆伊的鼻尖,“我有让人爆炸的能力,哪怕不见面,也能轻易干掉你的老大。”
ムイは画面を叩いてテレビを消した。
穆伊敲了敲屏幕,关掉了电视直播。
「条件があります」喉に力を込め、声の震えを抑える。「船代が二百万──口止め料込みで二百五十万用意してください」
“我有个条件。” 他勉力抑制住颤抖的咽喉,“船费两百万——连同封口费在内,请准备好两百五十万。”
「お安い御用だ」
“真够便宜的。”
「もう一つ」せり上がる胃液を吞み込んで、「日本を出るまで、二度とそのいかれた力を使わないと約束してください」
“还有一事。” 穆伊咽下了上涌的胃液,“还请你务必保证,在离开日本之前,不要再次使用那个古怪的能力。”
象山は一瞬、逡巡するように目を泳がせたが、
象山瞬间眼神游移,摆出了踌躇的姿态。
「分かったよ」すぐにこちらを見返し、「約束しよう」
“好吧。” 他即刻回头看了过来,“我答应你。”
いつかのムイと同じ笑みを浮かべた。
他露出了和之前的穆伊一样的笑容。
2
夕暮れ前に神霧山の麓の空き家へ戻ると、エデンの姿が消えていた。
傍晚回到神雾山麓的空屋时,伊甸已然不见了踪影。
寝床の部屋に書き置きがあった。神霧山キャンプランドの前の道路でカメラマンと鉢合わせしそうになり、潜伏先を変えることにしたという。土間の柱に縛られていた男の死体もなくなっていた。
卧室里留了一张纸条,说是在神雾山露营地前的道路上差点撞见摄影师,于是决定换一个地方藏身。绑在毛坯地柱子上的男人尸体也一起消失了。
象山にとってもここは決して安全ではない。逃亡者が滞在していたときも近くで子どもが遊んでいたことがあったという。
对于象山而言,这里也算不上绝对安全。逃亡者在此滞留的时候,据说附近出现过玩耍的小孩。
この先どうすべきか。
今后该如何是好呢?
すでに考えは決まっていた。
他已然定下了决心。
警察は死力を尽くして象山を捜しているだろう。頭の破裂した舞冬は交通事故として処理できたとしても、全身が爆発した彩夏や、内臓を吐いた季々はどうしようもない。警察はどこまでも象山を追い回すだろうし、一度捕まえればどんな屁理屈を捏ねてでも刑務所へ叩き込むはずだ。
警方肯定在拼命搜寻象山的下落,哪怕头部爆开的舞冬可以当作交通事故处理,但全身爆炸的彩夏和呕出内脏的季季就再也无法可想了。警察一定会挖地三尺追捕象山,一旦被抓,无论怎么狡辩都会被投入监狱。
自分に残された道は一つしかない。国外へ逃れるのだ。
留给自己的路只剩一条,那就是逃往国外。
日本に未練はない。もう家族はいないのだから、この街に留まる理由もない。
日本已然无可留恋了。家人皆已不在,没理由留在这个城市。
幸いムイのおかげでタイへ逃れる段取りが付いた。ライヒプロモーションの事務所へ向かう途中、一蛮町の雑踏でかすめたスマホの通話画面を見せると、ムイは象山の仲間が話を聞いていると信じ込んだ。さらにテレビのニュースで彩夏の爆発の映像を見せると、期待通り、象山を超自然的な力の持ち主と思い込んだ。
幸而还有穆伊,自己又有了逃往泰国的计划。在前往帝国选拔事务所的途中,他把在一蛮町的人群中偷来的手机的通话界面展示给穆伊看,让其深信象山的同伙在听他讲话,还让其看到了电视新闻里彩夏爆炸的影像。正如预期的那样,他相信了象山拥有超自然的力量。
とはいえまだ安心できる状況ではない。象山はフーガのバックシートで、日本を出るまでは力を使わないとムイに約束した。売り言葉に買い言葉で安請け合いしたものの、肝心の力がはったりなのだから制御することもできない。別の時間の象山がまた人を殺せば、連鎖現象によって似たような事件が起こりうる。それを防ぐには、犯人を見つけ、世界との繫がりを断つほかない。
尽管如此,眼下仍旧是不能安心的状态,象山在风雅的后座上向穆伊保证离开日本前不会使用能力。虽说是以讨价还价的方式得到了对方的轻易许诺,但最为关键的能力只是虚张声势,所以也无法控制。倘若另一个时间线上的象山又杀了人,那么连锁现象就有可能导致类似事件的发生。为了防止出现这种状况,唯有找出凶手,切断其与世界的联系。
季々と舞冬が死んだ四日以降、別の時間の象山たちは自分への疑いを強めていた。
季季和舞冬身亡已然过去四天,其他时间线上的象山对自己的怀疑愈加强烈。
明確な根拠はない。あえて言うなら、象山に前科があることくらいか。まだ人質ルールがなかった先月、象山はペペ子を殺した。それを機に人質ルールが採用されると、今度は生田を脅し、自殺を迫った。この手も追加ルールで封じられたものの、また新たな方法を見つけ、実行したのではないか。彼らがそう疑いたくなるのも理解できる。
他们没有明确的根据,非要说的话,大概就是象山有杀人的前科吧。就在尚无人质规则的上个月,象山杀死了佩佩子,以此为契机,人质规则得以采纳,然后他又威胁生田,迫使其自杀,这一做法虽然也被追加规则堵上了,但这回是不是又找到了新方法并付诸实施了呢?他们会有这样的怀疑也是可以理解的。
だが何より彼らを焚きつけているのは、象山への妬みだった。
但最让他们五内俱焚的,莫过于对象山的嫉妒。
二度シスマを打ち、二度とも時間遡行に成功したのは一人だけ。自分たちを踏み台にしてうまい汁を吸ってきた象山に、今度こそしっぺ返しを食らわせてやりたい──そんな思いが胸の底にあるのは確かだろう。
打了两针西斯玛,两次都成功回溯的就唯有他一人。这回一定得让这个以己方为踏板捞足好处的象山遭到报应——他们的内心想必存有这样的想法。
自分を守る方法は一つしかない。疑いの余地のない推理を披露し、真犯人を突き止めるのだ。
保护自身的方法仅有一个,那就是展示无可置疑的推理,查明真正的凶手。
とはいえ他の象山たちにも彼女たちを殺すのは不可能だったように思える。犯人はいったいどんな手を使ったのか。
尽管如此,其他几个象山似乎也不可能杀死她们,凶手究竟使用了怎样的手段呢?
盗んだスマホでブラウザを開き、掲示板のまとめサイトにアクセスする。トップの見出しをタップし、ムイが投稿したという死体の画像を開いた。頭部の潰れた舞冬が高速道路に転がっている。ぐちゃぐちゃに散らばった頭蓋骨、脳、肉。この上なく無残な死体の周りに、つるつるしたネックレスのボールが転がっているのがおかしい。
象山用偷来的手机打开浏览器,进入论坛信息的汇总网站。点击置顶的标题,打开穆伊发布的尸体照片。脑袋爆裂的舞冬倒在高速公路上,头骨、脑组织和肉块乱糟糟地撒满地面。奇怪的是,在无比惨烈的尸体周围,还掉了几颗光滑的项链珠子。
死体の首元には細い糸を押しつけたような痕が残っていた。夢の中で見た修復者の時間の死体──モンキーハウスのステージで頭が破裂した死体には、こんな痕はなかった。
尸体的脖颈上残留着细线勒过的痕迹,而就梦境中所见的修复者时间线上的尸体——猿屋舞台上头部爆开的尸体来看,并没有发现这样的印痕。
この痕は舞冬の死と関係なく、この時間に固有の出来事によって生じたことになる。車が減速し、身体が放り出された際、ネックレスが肌に強く食い込んだのだろう。
这道印痕和舞冬之死并无关系,只是由这段时间线固有的情况产生的。大抵是汽车减速,身体被甩出去的时候,项链猛力嵌入了脖子吧。
画像を拡大したり、SNSの投稿を漁ったりしてみたが、犯行方法の特定に繫がりそうな手がかりは見つからなかった。
无论是放大图像还是搜索社交平台上的帖文,都没有找到足以确定犯罪方法的线索。
動画アプリを開き、ニュース映像を再生する。コミミズクを定点撮影していたカメラに映っていたという、例の動画だ。自然公園の小道で象山と彩夏が言葉を交わしている。彩夏が歩き出そうとしたところで小道にモザイクがかかる。画面が揺れ、彩夏の欠片が地面を転がる。
象山又点开了视频网站应用,播放起新闻视频。那是顶点拍摄短耳鸮的摄像机拍下的视频,象山和彩夏正在自然公园的小路上交谈,彩夏刚欲迈步,小路便被打上了马赛克,画面一阵晃动,彩夏的碎片洒落满地。
何か見落としていた手がかりはないか。期待を込めてモザイクに目を凝らしたが、やはり新しい発見はなかった。
有没有什么遗漏的线索呢,象山怀着期待凝视着马赛克,果然并没有什么新的发现。
もとより彩夏が別の時間からの連鎖現象で命を落としたとすれば、この時間に手がかりが残っているはずもない。
若彩夏是因为其他时间线的连锁现象而丧命的话,理应不会在这条时间线上留下线索。
スマホの画面を消そうとして、ふと映像の中のもう一人の人物──死体を見下ろした自分に違和感を覚えた。
象山正欲关闭手机屏幕,却突然觉得视频中的另一个人物,即俯视尸体的自己有些不大对劲。
シークバーを戻し、爆発の瞬間を見る。彩夏が飛び散るのと同時に、象山は顔の向きを変えていた。まるで頰を打たれたかのように。
他遂拉回进度条,查看爆炸的瞬间。彩夏爆裂的同时,象山把脸一偏,就像是挨了一记耳光。
数秒考えて、そのときのことを思い出す。彩夏の腎臓が飛んできて、象山の顔にへばりついたのだ。
思考了数秒,他终于想起当时的情形。彩夏的肾脏飞了过来,打在了象山的脸颊上。
一つの仮説が浮かんだ。
一个假设浮现在脑海之中。
犯人は誰か。どうやって彩夏を殺したのか。そんな答えに飛びつこうとすると、足元の穴に落ちてしまう。
凶手究竟是谁,他又是如何杀死彩夏的?若要飞身扑向这个答案,就会落入脚底的深坑。
大事なのは、どこで爆発が起きたか──これだ。
最要紧的是这个——爆炸究竟发生在什么位置。
それさえ分かれば、残る疑問の答えも明らかになる。
只要明白了这点,余下的疑问也就迎刃而解了。
スマホを置き、漆喰の壁に目をやる。窓から茜色の日が差していた。夜更けはまだ遠い。
象山放下手机,瞥了眼刷着石灰的墙壁,暗红色的阳光自窗户射入,距离夜晚尚且很远。
地下室で自分たちと会うのが待ち遠しい。象山は初めてそう思った。
象山急不可耐地想要和地下室的象山们见面,这时他头一次有了这样的想法。