芥川龍之介: 猿
first published:『新思潮』1916年9月号
audio: https://www.youtube.com/watch?v=fVifzpi-tMI
desc: 远洋航行结束,军舰上一众海军候补生的日常骤然被打破。煤仓失窃案败露,全员接受身体与随身物品搜查,一名候补生揪出了案犯。可在制服犯人之际,对方脸上浮现出令人惊惧的神情。次日犯人即将被押送海军监狱,而这场罪行背后,还藏着出人意料的隐情与真相。
私が、遠洋航海をすませて、やつと半玉1(軍艦では、候補生の事をかう云ふのです)の年期も終らうと云ふ時でした。私の乗つてゐたAが、横須賀へ入港してから、三日目の午後、彼是三時頃でしたらう。勢よく例の上陸員整列の喇叭が鳴つたのです。確、右舷が上陸する順番になつてゐたと思ひますが、それが皆、上甲板へ整列したと思ふと、今度は、突然、総員集合の喇叭が鳴りました。勿論、唯事ではありません。何にも事情を知らない私たちは、艙口を上りながら、互に「どうしたのだらう」と云ひ交はしました。
那时我刚刚结束远洋航行,雏妓(军舰上对见习军官的称呼)好容易快要自立了。我乘的A号军舰驶进了横须贺港口。第三天下午,大约三点钟,响亮地传来通知上岸的人集合的号声。记得该轮到右舷的人上岸了。大家刚在上甲板排好,这一次,又突然响起了全体集合的号声。事情当然不同寻常。不了解内情的我们,一边走上舱口,一边互相说着:“出了什么事?”
さて、総員が集合して見ると、副長がかう云ふのです。「……本艦内で、近来、盗難に罹つた者が、二三ある。殊に、昨日、町の時計屋が来た際にも、銀側2の懐中時計が二個、紛失したと云ふ事であるから、今日はこれから、総員の身体検査を行ひ、同時に所持品の検査も行ふ事にする。……」大体、こんな意味だつたと思ひます。時計屋の一件は、初耳ですが、盗難に罹つた者があるのは、僕たちも知つてゐました。何でも、兵曹が一人に水兵が二人で、皆、金をとられたと云ふ事です。
全体集合之后,副舰长说了大致这样的话:“……最近舰里发生过两三起丢东西的案子。尤其是昨天镇上钟表店的人来的时候又丢了两只银壳怀表。今天要对全体人员进行身体检查,同时检查一下随身物品……”钟表店的事情是初次听说的,至于有人丢东西的事,我们早有所闻。据说一个军士和两个水兵都丢了钱。
身体検査ですから、勿論、皆、裸にさせられるのですが、幸、十月の始で、港内に浮んでゐる赤い浮標3に日がかんかん照りつけるのを見ると、まだ、夏らしい気がする時分なので、これはさう大して苦にもならなかつたやうです。が、弱つたのは、上陸早々、遊びに行く気でゐた連中で、検査をされると、ポツケツトから春画が出る、サツクが出ると云ふ騒ぎでせう。顔を赤くして、もぢもぢしたつて、追付きません。何でも、二三人は、士官に擲られたやうでした。
既然是检查身体,大家都得脱光衣服。幸而方交十月初,漂在港内的红浮标受着烈日照晒,看上去使人觉得还像是夏天呢,所以这也算不了什么。感到尴尬的是那些打算一上岸就去逛的伙伴们,一检查,就从兜里翻出了春画什么的,局促不安地涨红了脸也来不及了。有两三个人似乎还挨了军官的揍。
何しろ、総員六百人もあるのですから、一通り検査をするにしても、手間がとれます。奇観と云へば、まああの位、奇観はありますまい。六百人の人間が皆、裸で、上甲板一杯に、並んでゐるのですから。その中でも、顔や手首のまつ黒なのが、機関兵で、この連中は今度の盗難に、一時嫌疑をかけられた事があるものですから、猿股4までぬいで、検べるのならどこでも検べてくれと云ふ恐しいやうな権幕です。
一共有六百人呢,检查一遍要耽误不少工夫。真是洋洋大观。六百个人都脱了衣服,把上甲板排得水泄不通。尤其是脸和手腕子都黑黝黝的轮机兵,由于这次失盗,他们一度遭到嫌疑,这会子连三角裤衩都扒了下来,气势汹汹地要求查个仔细。
上甲板で、かう云ふ騒ぎが、始まつてゐる間に、中甲板や下甲板では、所持品の検査をやり出しました。艙口にはのこらず、候補生が配置してありますから、上甲板の連中は勿論下へは一足でもはいれません。私は、丁度、その中下甲板の検査をする役に当つたので、外の仲間と一しよに、兵員の衣嚢やら手箱やらを検査して歩きました。こんな事をするのは軍艦に乗つてから、まだ始めてでしたが、ビイムの裏を探すとか衣嚢をのせてある棚の奥をかきまはすとか、思つたより、面倒な仕事です。その中に、やつと、私と同じ候補生の牧田と云ふ男が、贓品を見つけました。時計も金も一つになつて、奈良島と云ふ信号兵の帽子の箱の中に、あつたのです。その外にまだ給仕がなくなしたと云ふ、青貝の柄のナイフも、はいつてゐたと云ふ事でした。
上甲板正闹得天翻地覆,中甲板和下甲板已开始检查起随身物品来了。每个舱口都派了见习军官来站岗,上甲板的人们当然一步也走不下来。我刚好负责下甲板,就和其他伙伴一道去检查水兵的衣囊和小箱子什么的。自从上了军舰,我还是头一遭干这种事儿,既要摸摸横梁后头,又要把放衣囊的隔板里边翻个遍,比想象的要麻烦多了。后来,跟我一样当见习军官的牧田,好容易找到了赃物。怀表和钱一股脑儿都在姓奈良岛的信号兵的帽盒里。据说其中还有服务员丢失的那把柄上镶着蓝贝壳的小刀呢。
そこで、「解散」から、すぐに「信号兵集れ」と云ふ事になりました。外の連中は悦んだの、悦ばないのではありません。殊に、機関兵などは、前に疑はれたと云ふ廉があるものですから、大へんな嬉しがりやうでした。――所が集つた信号兵を見ると、奈良島がゐません。
于是下令“解散”,接着就要求“信号兵集合”。其他伙伴就别提有多么高兴了。尤其是曾经被怀疑过的轮机兵,更是欢喜万分。可是信号兵集合后才发现奈良岛不在。
僕は、まだ無経験だつたので、さう云ふ事は、まるで知りませんでしたが、軍艦では贓品が出ても、犯人の出ないと云ふ事が、時々あるのださうです。勿論、自殺をするのですが、十中八九は、石炭庫の中で首を縊るので、投身するのは、殆、ありません。最も一度、私の軍艦では、ナイフで腹を切つたのがゐたさうですが、これは死に切れない中に、発見されて命だけはとりとめたと云ふ事でした。
我缺乏经验,对这方面的事一无所知。据说在军舰里,有时会出现找到赃物而抓不到犯人的情况。当然,犯人已经自杀了,十之八九是在煤库里上吊,几乎没有跳海的。不过,我乘的这艘军舰听说还有用小刀剖腹的,没有死掉就被人发现了,总算保住了一条命。
さう云ふ事があるものですから、奈良島が見えないと云ふと、将校連も皆流石に、ぎよつとしたやうでした。殊に、今でも眼についてゐるのは、副長の慌て方で、この前の戦争の時には、随分、驍名を馳せた人ださうですが、その顔色を変へて、心配した事と云つたら、はた眼にも笑止な位です。私たちは皆、それを見ては、互に、軽蔑の眼を交してゐました。ふだん精神修養の何のと云ふ癖に、あの狼狽のしかたはどうだと云ふ、腹があつたのです。
正因为如此,奈良岛失踪的消息好像使军官们吓了一跳。特别是副舰长那个慌劲儿,我至今还记得清清楚楚。他的脸色变得刷白,那种担心的神情,看上去怪可笑的。上次打仗的时候,他还曾以骁勇驰名呢。我们看着他,互相交换轻蔑的眼色,心想:平时还净讲什么精神修养呢,怎么竟惊慌失措成这个样子。
そこで、すぐに、副長の命令で、艦内の捜索が始まりました。さうなると、一種の愉快な興奮に駆られるのは、私一人に限つた事ではないでせう。火事を見にゆく弥次馬の心もち――丁度、あんなものです。巡査が犯人を逮捕に行くとなると、向うが抵抗するかも知れないと云ふ不安があるでせうが、軍艦の中ではそんな事は、万々ありません。殊に、私たちと水兵との間には、上下の区別と云ふものが、厳として、――軍人になつて見なければ、わからない程、厳としてありますから、それが、非常な強みです。私は、殆、踴躍して、艙口を駈け下りました。
副舰长一声令下,我们立即在舰内搜查开了。这时沉湎在愉快的兴奋当中的,恐怕不只是我一个人。这就好比是着火时看热闹的那种心情。警察去抓犯人的时候,不免要担心对方会抵抗,军舰里却绝不会有这样的事。我们和水兵之间严格地存在着等级之分——只有当了军人才能知道这个界线是多么清楚。对我们来说,这是个极大的仗势。我几乎是兴高采烈地跑下了舱口。
丁度、その時、私と一しよに、下へ来た連中の中に、牧田がゐましたが、これも、面白くつてたまらないと云ふ風で、後から、私の肩をたたきながら、「おい、猿をつかまへた時の事を思出すな。」と云ふのです。
牧田也是这时跟我一道下去的伙伴中的一个,他兴致勃勃地从背后拍拍我的肩膀说:“喂,我想起了那次逮猴子的事儿。”
「うん、今日の猿は、あいつ程敏捷でないから、大丈夫だ。」
“嗯,今天的猴子没那么敏捷,放心好了。”
「そんなに高を括つてゐると、逃げられるぞ。」
“可别麻痹大意,让他跑掉了。”
「なに、逃げたつて、猿は猿だ。」
“不过是一只猴子,跑就跑呗。”
こんな冗談を云ひながら、下へ下りました。
我们边说着笑话,边走下去。
この猿と云ふのは、遠洋航海で、オオストラリアへ行つた時に、ブリスベインで、砲術長が、誰かから貰つて来た猿の事です。それが、航海中、ウイルヘルムス、ハフエンへ入港する二日前に、艦長の時計を持つたなり、どこかへ行つてしまつたので、軍艦中大騒ぎになりました。一つは、永の航海で、無聊に苦んでゐたと云ふ事もあるのですが、当の砲術長はもとより、私たち総出で、事業服のまま、下は機関室から上は砲塔まで、さがして歩く――一通りの混雑ではありません。それに、外の連中の貰つたり、買つたりした動物が沢山あるので、私たちが駈けて歩くと、犬が足にからまるやら、ペリカンが啼き出すやら、ロオプに吊つてある籠の中で、鸚哥が、気のちがつたやうに、羽搏きをするやら、まるで、曲馬5小屋で、火事でも始まつたやうな体裁です。その中に、猿の奴め、どこをどうしたか、急に上甲板へ出て来て、時計を持つたまま、いきなりマストへ、駈け上らうとしました。丁度そこには、水兵が二三人仕事をしてゐたので勿論、逃がしつこはありません。すぐに、一人が、頸すぢをつかまへて、難なく、手捕りにしてしまひました。時計も、硝子がこはれた丈で、大した損害もなくてすんだのです。あとで猿は、砲術長の発案で、満二日、絶食の懲罰をうけたのですが、滑稽ではありませんか、その期限が切れない中に、砲術長自身、罰則を破つて、猿に、人参や芋を、やつてしまひました。さうして、「しよげてゐるのを見ると、猿にしても、可哀さうだからな」と、かう云ふのです。――これは、余事ですが、実際奈良島をさがして歩く私たちの心もちは、この猿を追ひかけた時の心もちと、可成よく似てゐました。
那只猴子是远洋航行到澳大利亚时,炮长在布里斯班跟人要来的。航海途中,驶入威廉港的两天之前,它拿了舰长的手表销声匿迹。于是整个军舰闹得人仰马翻。一方面也是因为长途航行中大家正闲得无聊,炮长本人自不用说,我们连工作服也没换,全体出动,下自轮机舱,上至炮塔,都找了个遍,这场混乱,非同小可。其他人讨来和买来的动物也不少。我们跑去时,一路上又是给狗绊住,又是塘鹅叫,用绳子吊起来的笼子里,鹦哥像发了疯似的扇翅膀,好像是马戏棚子着了火似的。过一会儿,那猴子也不知是打哪儿怎么钻出来的,手里拿着那只表,忽然在上甲板出现了,蓦地想往桅杆上爬。刚好有两三个水兵在那儿干活呢,它当然逃不了。其中一个人马上就抓住了它的脖子,于是它乖乖受擒。手表只是玻璃碎了,损失不大。后来炮长提议罚猴子绝食两天。可是多有意思,期限还没到呢,炮长就破坏了罚规,亲自喂猴子胡萝卜和白薯吃。他还说什么:“瞧它那么垂头丧气的,即便是猴,于心也不忍啊。”——说句题外的话,我们去找奈良岛时的心情,确实颇像是追猴子时的心情。
私は、その時、一番先に、下甲板へ下りました。御承知でせうが、下甲板は、何時もいやにうす暗いものです。その中で、磨いた金具や、ペンキを塗つた鉄板が、あちらこちらに、ぼんやりと、光つてゐる。――何だか妙に息がつまるやうな気がして、仕方がありません。そのうす暗い中を、石炭庫の方へ二足三足、歩いたと思ふと、私は、もう少しで、声を出して、叫びさうになりました。――石炭庫の積入口に、人間の上半身が出てゐたからです。今、その狭い口から、石炭庫の中へ、はいらうと云ふので、足を先へ、入れて見た所なのでせう。こつちからは、紺の水兵服の肩と、帽子とに遮られて、顔は誰ともわかりません、それに、光が足りないので、唯その上半身の黒くうき出してゐるのが、見えるだけです。が、直覚的に、私は、それを、奈良島だと思ひました。さうだとすれば、勿論、自殺をするつもりで、石炭庫へはいらうと云ふのです。
当时,我第一个走到下甲板。你大概也知道,下甲板一向是黑咕隆咚的,这儿那儿,擦得干干净净的金属机件和上了油漆的铁板发着暗淡的光。——我觉得有些喘不上气来,简直受不了。我摸着黑,朝着煤库走了两三步,只见煤库的装煤口露出一个人的上半截身子。我差点儿喊出声来。这个人正从这小口子向煤库里钻呢,先把脚伸进去了。脸给深蓝色水兵服的领子和帽子遮住了,从这边看不出是谁。而且光线不足,只能看见上半身朦朦胧胧地浮现出来。但是我立即感觉到那就是奈良岛。这么说来,他当然是为了自杀而进煤库的喽。
私は、異常な興奮を感じました。体中の血が躍るやうな、何とも云ひやうのない、愉快な昂奮です。銃を手にして、待つてゐた猟師が、獲物の来るのを見た時のやうな心もちとでも、云ひませうか。私は、殆、夢中で、その男にとびかかりました。さうして、猟犬よりもすばやく、両手で、その男の肩をしつかり、上からおさへました。
我感到兴奋异常。这是一种无法形容的愉快的兴奋,浑身的血仿佛都要沸腾起来。这也可以说是握枪等待的猎人看到猎物时的那种心情吧。我几乎是不顾一切地扑向那个人,比猎犬还敏捷地用双手按住他的肩膀。
「奈良島。」叱るとも、罵るともつかずに、かう云つた私の声は、妙に上ずつて、顫へてゐました。それが、実際、犯人の奈良島だつた事は云ふまでもありません。
“奈良岛。”我的声音尖而发颤,也说不清是责备呢还是骂他。那个人当然就是犯人奈良岛。
「………」
奈良島は私の手をふり離すでもなく、上半身を積入口から出したまま、静に、私の顔を見上げました。「静に」と云つたのでは、云ひ足りません。ある丈の力を出しきつて、しかも静でなければならない「静に」です。余裕のない、せつぱつまつた、云はば半吹き折られた帆桁が、風のすぎた後で、僅に残つてゐる力をたよりに、元の位置に返らうとする、あの止むを得ない「静に」です。私は、無意識ながら予期してゐた抵抗がなかつたので、或不満に似た感情を抱きながら、しかもその為に、一層、いらいらした腹立たしさを感じながら、黙つて、その「静に」もたげた顔を見下しました。
奈良岛没有甩开我的手,他从装煤口露出半截身子,安详地抬头望望我的脸。光用“安详”这个字眼儿还不足以形容。这是使出了浑身的力气,可又不得不保持的那种“安详”。他没有选择的余地,被逼得无可奈何,好比是风暴过去后,被刮断了的帆桁凭靠剩下的那点力气,试图回到原来的位置去。这就是那种迫不得已的“安详”。由于没有遇上我原来预料到的那种抵抗,我就无意之中产生了类似不满的心情,因而越发感到焦躁气愤,默默地俯视着那张“安详地”仰望着我的脸。
私は、あんな顔を、二度と見た事はありません。悪魔でも、一目見たら、泣くかと思ふやうな顔なのです。かう云つても、実際、それを見ないあなたには、とても、想像がつきますまい。私は、あなたに、あの涙ぐんでゐる眼を、お話しする事は、出来るつもりです。あの急に不随意筋に変つたやうな口角の筋肉の痙攣も、或は、察して頂く事が出来るかも知れません。それから、あの汗ばんだ、色の悪い顔も、それだけなら、容易に、説明が出来ませう。が、それらのすべてから来る、恐しい表情は、どんな小説家も、書く事は出来ません。私は、小説をお書きになるあなたの前でも、安心して、これだけの事は、云ひきれます。私はその表情が、私の心にある何物かを、稲妻のやうに、たゝき壊したのを感じました。それ程、この信号兵の顔が、私に、強いシヨツクを与へたのです。
我再也没有看到过那样的脸。连魔鬼对那样的脸看一眼,想必都会哭出来。你没有真正看到过,我这么说,你恐怕也是难以想象的。我大概能够把他那双泪汪汪的眼睛形容给你听。他嘴角的肌肉像是忽然变成了不随意肌似的抽动了几下,兴许这一点你也揣想得到。还有他那汗涔涔的、脸色很坏的面容,也还容易描述。但是把这一切加在一起的那种可怕的神色,任何小说家也是不能表达的。我当着你这个小说家的面,也敢这么断言。我感到,他的表情闪电般地击毁了我心里的什么东西。这个信号兵的脸竟给了我那么强烈的打击。
「貴様は何をしようとしてゐるのだ。」私は、機械的にかう云ひました。
我机械地问他道:“你想干什么?”
すると、その「貴様」が、気のせいか、私自身を指してゐる様に、聞えるのです。「貴様は何をしようとしてゐるのだ。」――かう訊ねられたら、私は何と答へる事が出来るのでせう。「己は、この男を罪人にしようとしてゐるのだ。」誰が安んじて、さう答へられます。誰が、この顔を見てそんな真似が出来ます。かう書くと、長い間の事のやうですが、実際は、殆、一刹那の中に、こんな自責が、私の心に閃きました。丁度、その時です。「面目ございません」――かう云ふ語が、かすかながら鋭く、私の耳にはいつたのは。
不知怎的,我觉得这个“你”,仿佛指的是我自己。倘若有人问我:“你想干什么?”我怎么回答好呢?谁能够心安理得地回答说:“我想把这个人当成罪犯。”有谁看见了这张脸,还说得出这样的话?这么写下来,时间就显得挺长似的,其实一眨眼的工夫我心里就闪过了这些自咎的念头。就在这当儿,我听见他说了声“太见不得人了”,声音虽然不大,我听着却很难过。
あなたなら、私自身の心が、私に云つたやうに聞えたとでも、形容なさるのでせう。私は、唯、その語が、針を打つたやうに、私の神経へひゞくのを感じました。まつたく、その時の私の心もちは、奈良島と一しよに「面目ございません」と云ひながら、私たちより大きい、何物かの前に首がさげたかつたのです。私は、いつか、奈良島の肩をおさへてゐた手をはなして、私自身が捕へられた犯人のやうに、ぼんやり石炭庫の前に立つてゐました。
你也许会把这情景形容作“听上去好像是我暗自这么说的”。我只感到,这话像打了一针似的刺着了我的神经。我当时真恨不得跟奈良岛一道说“太见不得人了”,朝着比我们伟大得多的什么东西低下头去。不知什么时候,我撒开了按着奈良岛肩膀的手,好像我自己就是个被抓住的犯人似的,呆呆地伫立在煤库前面。
後は、お話しせずとも、大概お察しがつきませう。奈良島は、その日一日、禁錮室に監禁されて、翌日、浦賀の海軍監獄へ送られました。これは、あんまりお話したくない事ですが、あすこでは、囚人に、よく「弾丸運び」と云ふ事をやらせるのです。八尺程の距離を置いた台から台へ、五貫目ばかりの鉄の丸を、繰返へし繰返へし、置き換へさせるのですが、何が苦しいと云つて、あの位、囚人に苦しいものはありますまい。いつか、拝借したドストエフスキイの「死人の家」の中にも、「甲のバケツから、乙のバケツへ水をあけて、その水を又、甲のバケツへあけると云ふやうに、無用な仕事を何度となく反覆させると、その囚人は必自殺する。」――こんな事が、書いてあつたかと思ひます。それを、実際、あすこの囚人はやつてゐるのですから、自殺をするものゝないのが、寧、不思議な位でせう。そこへ行つたのです、私の取押さへた、あの信号兵は。雀斑のある、背の低い、気の弱さうな、おとなしい男でしたが……。
下面的事情,我不说你大概也料想得到。那一天奈良岛关了一天禁闭。第二天被押送到浦贺的海军监狱去了。有一件事,我不大愿意说,那里经常叫囚犯“运炮弹”。那就是在相隔八尺的两个台子上放上二十来斤重的铁球,让囚犯不断地搬来搬去。对囚犯来说,再也没有比这更痛苦的刑罚了。记得我过去向你借过陀思妥耶夫斯基的《死屋手记》,其中有这样一句话:“要是迫使囚犯多次重复无谓的苦工,诸如从甲桶往乙桶里倒水,再从乙桶往甲桶里倒回去,那个囚犯准会自杀。”海军监狱的囚犯真是这么干的,没有人自杀倒令人觉得奇怪呢。我抓到的那个信号兵就被押送到那儿去了。他满脸雀斑,个子矮矮的,一看就是个怯懦的老实人。
その日、私は、外の候補生仲間と、欄干によりかゝつて、日の暮れかゝる港を見てゐますと、例の牧田が私の隣へ来て、「猿を生捕つたのは、大手柄だな」と、ひやかすやうに、云ひました。大方、私が、内心得意でゞもあると思つたのでせう。
当天傍晚,我正跟其他的见习军官一道凭栏看着暮色即将降临的港口时,牧田来到我身边,用揶揄的口吻说:“你活捉了猴子,立了大功啊。”他大概以为我心里怪得意的呢。
「奈良島は人間だ。猿ぢやあない。」
“奈良岛是人,不是猴子!”
私は、つゝけんどんに、かう云つて、ふいとハンドレエルを離れてしまひました。外の連中は、不思議がつたのに違ありません。牧田と私とは、兵学校以来の親友で、喧嘩一つした事がないのですから。
我粗声粗气地回了他一句,迅速离开了栏杆。伙伴们一定觉得很奇怪。因为我和牧田在海军军官学校的时候就是莫逆之交,从来没拌过嘴。
私は、独りで、上甲板を、艦尾から艦首へ歩きながら、奈良島の生死を気づかつた副長の狼狽した容子を、なつかしく思ひ返しました。私たちがあの信号兵を、猿扱ひにしてゐた時でも、副長だけは、同じ人間らしい同情を持つてゐたのです。それを、軽蔑した私たちの莫迦さかげんは、完くお話しにも何にもなりません。私は、妙にきまりが悪くなつて、頭を下げました。さうして、出来るだけ、靴の音がしないやうに、暗くなりかけた甲板を、又艦首から艦尾へ、ひき返しました。禁錮室にゐる奈良島に、私たちの勢のいゝ靴の音を聞かせるのが、すまないやうな気がしたからです。
我独自沿着上甲板从舰尾走向舰首,欣慰地回顾副舰长由于担心奈良岛的安危,曾怎样惊慌失措。当我们把信号兵看作猴子的时候,唯独副舰长却把他作为人寄予同情。我们竟对副舰长抱轻蔑的态度,简直是愚蠢透顶,太不像话了。我羞愧得无地自容,低下了头。我尽量不让皮鞋发出声音,沿着暮色苍茫的上甲板从舰首折回到舰尾。我觉得让禁闭室里的奈良岛听到精神抖擞的鞋声未免太过意不去了。
奈良島が盗みをしたのは、やはり女からだと云ふ事でした。刑期は、どの位だか、知りません。兎に角、少くとも、何ヶ月かは、暗い所へはいつてゐたのでせう。猿は懲罰をゆるされても、人間はゆるされませんから。
据说奈良岛是为了女人的缘故而偷窃的。不知道刑期是多久。起码也得在黑暗的牢房里蹲上几个月吧。猴子是可以免受处分的,人却不行。
――五年八月――