芥川龍之介: 運
first published:『文章世界』1917年1月号
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desc: 以平安京都为背景,借老陶工讲述贫苦少女的经历:少女拜佛求得富贵,人人称她运气极佳,作者却借老人点明外在好运与内心幸福的鸿沟,讽刺人的欲望与命运的虚无。
目のあらい簾が、入口にぶらさげてあるので、往来の容子は仕事場にいても、よく見えた。清水へ通う往来は、さっきから、人通りが絶えない。金鼓をかけた法師が通る。壺装束1をした女が通る。その後からは、めずらしく、黄牛に曳かせた網代車2が通った。それが皆、疎な蒲の簾の目を、右からも左からも、来たかと思うと、通りぬけてしまう。その中で変らないのは、午後の日が暖かに春を炙っている、狭い往来の土の色ばかりである。
工坊入口,竹帘垂挂,稀疏缝隙,可窥街景。此街通往清水,行人络绎不绝。既有挂着铜鼓的僧人,亦有身着壶装的女子。其后,黄牛拉着“网代车”罕见地经过。这些皆为透过竹帘稀疏缝隙所见,左左右右,来来往往。春日午后,温暖阳光,烘烤大地,唯有狭窄街道的泥土颜色没有变化。
その人の往来を、仕事場の中から、何と云う事もなく眺めていた、一人の青侍が、この時、ふと思いついたように、主の陶器師へ声をかけた。
工坊之中,年轻武士无所事事,看街上人来人往。此时,他突然想到什么,对工坊主人——某陶匠说道:
「不相変、観音様へ参詣する人が多いようだね。」
“去拜观音菩萨的人依然很多呢。”
「左様でございます。」
“是啊。”
陶器師は、仕事に気をとられていたせいか、少し迷惑そうに、こう答えた。が、これは眼の小さい、鼻の上を向いた、どこかひょうきん3な所のある老人で、顔つきにも容子にも、悪気らしいものは、微塵もない。着ているのは、麻の帷子であろう。それに萎えた揉烏帽子をかけたのが、この頃評判の高い鳥羽僧正4の絵巻の中の人物を見るようである。
陶匠正专注工作,敷衍应答。这老翁小眼,鼻子朝上,长相有趣,不论面相还是表情,完全不像坏人。他身着麻布单衣,头戴皱巴巴的软乌帽,犹似近来大火的鸟羽僧正的画卷人物。
「私も一つ、日参でもして見ようか。こう、うだつが上らなくちゃ、やりきれない。」
“我也想每天拜拜观音。如此碌碌无为,实在无法忍受。”
「御冗談で。」
“开什么玩笑。”
「なに、これで善い運が授かるとなれば、私だって、信心をするよ。日参をしたって、参籠5をしたって、そうとすれば、安いものだからね。つまり、神仏を相手に、一商売をするようなものさ。」
“我没开玩笑。如果真能获得好运,我一定虔诚拜佛。无论是每日参拜,还是集中参拜,我都可以做到。换句话说,这就好比与神佛做生意。
青侍は、年相応な上調子なもの言いをして、下唇を舐めながら、きょろきょろ、仕事場の中を見廻した。――竹藪を後にして建てた、藁葺きのあばら家だから、中は鼻がつかえるほど狭い。が、簾の外の往来が、目まぐるしく動くのに引換えて、ここでは、甕でも瓶子でも、皆赭ちゃけた土器かわらけの肌をのどかな春風に吹かせながら、百年も昔からそうしていたように、ひっそりかんと静まっている。どうやらこの家の棟ばかりは、燕さえも巣を食わないらしい。……
”武士毕竟年少,说话声调很高。他舔舔下唇,东张西望,环视工坊。这间陋室背靠竹林,稻草屋顶,狭小无比,似乎鼻子都能碰壁。但门帘外的街道却生机勃勃,人来人往。这里的瓶瓶罐罐,都是暗红陶器。和煦春风吹过,一切寂静无声,仿佛百年以来就是如此。这屋子,连燕子都不愿在此筑巢……
翁が返事をしないので、青侍はまた語を継いだ。
老翁并未回答,于是年轻武士继续说道:
「お爺さんなんぞも、この年までには、随分いろんな事を見たり聞いたりしたろうね。どうだい。観音様は、ほんとうに運を授けて下さるものかね。」
“到了您这个岁数,一定经历过很多吧。您觉得,观音真的能带给人好运吗?”
「左様でございます。昔は折々、そんな事もあったように聞いて居りますが。」
“会啊。我曾听说过一些事。”
「どんな事があったね。」
“是什么事呢?”
「どんな事と云って、そう一口には申せませんがな。――しかし、貴方がたは、そんな話をお聞きなすっても、格別面白くもございますまい。」
“这些事一句两句话说不清楚。但你就是听了,也不会觉得有趣。”
「可哀そうに、これでも少しは信心気のある男なんだぜ。いよいよ運が授かるとなれば、明日にも――」
“这么可怜啊,我好歹还想信佛呢。若能赐我好运,我明日就去拜佛。”
「信心気でございますかな。商売気でございますかな。」
“你是真心想拜还是做生意而已?”
翁は、眦に皺をよせて笑った。捏ねていた土が、壺の形になったので、やっと気が楽になったと云う調子である。
老翁笑了,眼角皱纹挤成一团。他手中捏着的泥土已变成壶形,所以心情也愉快了。
「神仏の御考えなどと申すものは、貴方がたくらいのお年では、中々わからないものでございますよ。」
“我就是告诉你神意,你这个年龄也理解不了啊。”
「それはわからなかろうさ。わからないから、お爺さんに聞くんだあね。」
“也许我确实不明白。可正是因为不懂才向您请教啊。”
「いやさ、神仏が運をお授けになる、ならないと云う事じゃございません。そのお授けになる運の善し悪しと云う事が。」
“不,这并非神赐运与否之事。而是,赐予好运抑或厄运之事。”
「だって、授けて貰えばわかるじゃないか。善い運だとか、悪い運だとか。」
“好运抑或厄运,到手即可知晓。”
「それが、どうも貴方がたには、ちとおわかりになり兼ねましょうて。」
“此乃你等之辈无法理解之事。”
「私には運の善し悪しより、そう云う理窟の方がわからなそうだね。」
“比起好运抑或厄运,您此番言论我更不明白。”
日が傾き出したのであろう。さっきから見ると、往来へ落ちる物の影が、心もち長くなった。その長い影をひきながら、頭に桶をのせた物売りの女が二人、簾の目を横に、通りすぎる。一人は手に宿への土産らしい桜の枝を持っていた。
太阳开始西斜,街上的影子拉长了。拖着长长的影子、头顶木桶的两名卖货女子从门帘外走过。一人手持樱花枝,似乎是带到住处的礼物。
「今、西の市で、績麻の鄽を出している女なぞもそうでございますが。」
“如今,西市开麻纺店的女子也是这样。”
「だから、私はさっきから、お爺さんの話を聞きたがっているじゃないか。」
“所以,我刚才就说了,想听您讲讲这些故事。”
二人は、暫くの間、黙った。青侍は、爪で頤のひげを抜きながら、ぼんやり往来を眺めている。貝殻のように白く光るのは、大方さっきの桜の花がこぼれたのであろう。
两人暂时沉默。武士用指甲拔着下巴上的胡子,百无聊赖地看着街道。方才的樱花似乎凋零了,如贝壳一般,泛着白光。
「話さないかね。お爺さん。」
“您是不是不想说呀?”
やがて、眠そうな声で、青侍が云った。
武士不久后问道,声音带着困意。
「では、御免を蒙って、一つ御話し申しましょうか。また、いつもの昔話でございますが。」
“蒙你诚意,那我就讲一个吧。虽然是很久以前的老套故事。”
こう前置きをして、陶器師の翁は、徐に話し出した。日の長い短いも知らない人でなくては、話せないような、悠長な口ぶりで話し出したのである。
老翁说了这开场白,然后开始缓缓讲述。他的语气无比缓慢,只有不知日子长短的人才能有那样的语速。
「もうかれこれ三四十年前になりましょう。あの女がまだ娘の時分に、この清水の観音様へ、願をかけた事がございました。どうぞ一生安楽に暮せますようにと申しましてな。何しろ、その時分は、あの女もたった一人のおふくろに死別れた後で、それこそ日々の暮しにも差支えるような身の上でございましたから、そう云う願をかけたのも、満更無理はございません。
“那是三四十年前的事了。那女子当时还是姑娘。她曾去清水寺拜观音祈愿,祈求一生平安喜乐。女子当时痛失母亲,艰难度日,如此祈愿,十分正常。
「死んだおふくろと申すのは、もと白朱社の巫子で、一しきりは大そう流行ったものでございますが、狐を使うと云う噂を立てられてからは、めっきり人も来なくなってしまったようでございます。これがまた、白あばたの、年に似合わず水々しい、大がらな婆さんでございましてな、何さま、あの容子じゃ、狐どころか男でも……」
“姑娘去世的母亲原是白朱社的巫女,曾经很有人气。但后来有人传言,她会巫术,能使唤狐狸,便再无人找她。她身材高大,脸上有白色麻子,年轻水灵,看不出真实年龄。那副模样,别说狐狸,就连男人也完全……”
「おふくろの話よりは、その娘の話の方を伺いたいね。」
“她母亲的事就罢了,赶紧说说姑娘的事吧。”
「いや、これは御挨拶で。――そのおふくろが死んだので、後は娘一人の痩せ腕でございますから、いくらかせいでも、暮の立てられようがございませぬ。そこで、あの容貌のよい、利発者の娘が、お籠りをするにも、襤褸故に、あたりへ気がひけると云う始末でございました。」
“不,这只是开头。母亲死后,姑娘孤苦伶仃,手无缚鸡之力。无论她怎么拼命,依然清贫如洗。姑娘这般容貌,这般聪慧,闭关参拜之时,却如此褴褛,她自觉难为情。”
「へえ。そんなに好い女だったかい。」
“哦?这姑娘如此出众?”
「左様でございます。気だてと云い、顔と云い、手前の欲目6では、まずどこへ出しても、恥しくないと思いましたがな。」
“是啊,不管是气质还是脸蛋,都无可挑剔,连我这般挑剔之人都说不出缺点。”
「惜しい事に、昔さね。」青侍は、色のさめた藍の水干の袖口を、ちょいとひっぱりながら、こんな事を云う。翁は、笑声を鼻から抜いて、またゆっくり話しつづけた。後の竹籔では、頻に鶯が啼いている。
“活在那个时候真是太可惜了。”武士稍整褪色的蓝色衣袖,说道。老翁哼着鼻子一笑,接着缓缓讲述。身后的竹林之中,不时传来黄莺的叫声。
「それが、三七日の間、お籠りをして、今日が満願と云う夜に、ふと夢を見ました。何でも、同じ御堂に詣っていた連中の中に、背むしの坊主が一人いて、そいつが何か陀羅尼7のようなものを、くどくど誦していたそうでございます。大方それが、気になったせいでございましょう。うとうと眠気がさして来ても、その声ばかりは、どうしても耳をはなれませぬ。とんと、縁の下で蚯蚓でも鳴いているような心もちで――すると、その声が、いつの間にやら人間の語になって、『ここから帰る路で、そなたに云いよる男がある。その男の云う事を聞くがよい。』と、こう聞えると申すのでございますな。
“三七佛事期间,姑娘每日拜佛。结愿之夜,她做了个梦。同在大殿拜佛的人中,有个驼背和尚。那和尚正叽里咕噜念经。也许是心理因素,困意袭来之时,姑娘耳边依然萦绕着那念经声。后来,又仿佛听到走廊地板下蚯蚓的声音。这声音渐渐变成人声‘你回去的路上,会有男子与你说话。你要听从他的话’。
「はっと思って、眼がさめると、坊主はやっぱり陀羅尼三昧でございます。が、何と云っているのだか、いくら耳を澄ましても、わかりませぬ。その時、何気なく、ひょいと向うを見ると、常夜燈のぼんやりした明りで、観音様の御顔が見えました。日頃拝みなれた、端厳微妙の御顔でございますが、それを見ると、不思議にもまた耳もとで、『その男の云う事を聞くがよい。』と、誰だか云うような気がしたそうでございます。そこで、娘はそれを観音様の御告だと、一図に思いこんでしまいましたげな。」
“姑娘猛然惊醒,那和尚依然在念经。她仔细听着,却听不懂他念的是什么。这时,她无意看向对面,昏暗的长明灯光下,可见观音像的面容,与白天参拜时一样,端庄神秘。不可思议的是,似乎又有人在她耳边说‘要听那个男子的话’。于是,姑娘一心认为,那是观音的神谕。”
「はてね。」
“这也太奇怪了。”
「さて、夜がふけてから、御寺を出て、だらだら下りの坂路を、五条へくだろうとしますと、案の定後から、男が一人抱きつきました。丁度、春さきの暖い晩でございましたが、生憎の暗で、相手の男の顔も見えなければ、着ている物などは、猶の事わかりませぬ。ただ、ふり離そうとする拍子に、手が向うの口髭にさわりました。いやはや、とんだ時が、満願の夜に当ったものでございます。
“夜深了,姑娘离开寺院,顺着平缓的下坡路,向五条街走去。果不其然,一个男子从身后抱住了她。温暖的早春,漆黑的夜晚,姑娘看不清男子的面容,更不知对方穿的是什么衣服。只是在挣扎之时,触碰到男子嘴边的胡须。结愿之夜,果然灵验。
「その上、相手は、名を訊きかれても、名を申しませぬ。所を訊かれても、所を申しませぬ。ただ、云う事を聞けと云うばかりで、坂下の路を北へ北へ、抱きすくめたまま、引きずるようにして、つれて行きます。泣こうにも、喚こうにも、まるで人通りのない時分なのだから、仕方がございませぬ。」
“姑娘问男子的姓名和住址,他都不回答。男子只说‘你照我的话去做’,接着沿着下坡路一直向北,连抱带拽掳走了她。姑娘又哭又喊,无奈深夜无人,无济于事。”
「ははあ、それから。」
“哎呀,后来呢?”
「それから、とうとう八坂寺の塔の中へ、つれこまれて、その晩はそこですごしたそうでございます。――いや、その辺の事なら、何も年よりの手前などが、わざわざ申し上げるまでもございますまい。」
“后来,姑娘最终被带到八坂寺的塔中。那晚就在那里度过了。这详情就不需要我这把年纪的老头讲了吧。”
翁は、また眦に皺をよせて、笑った。往来の影は、いよいよ長くなったらしい。吹くともなく渡る風のせいであろう、そこここに散っている桜の花も、いつの間にかこっちへ吹きよせられて、今では、雨落ちの石の間に、点々と白い色をこぼしている。
老翁挤了挤眼角的皱纹,笑了笑。街上的影子更加长了。微风吹拂,樱花散落,纷飞至此。雨滴落下,石缝之中散落着白色的花瓣。
「冗談云っちゃいけない。」
“别开玩笑了。”
青侍は、思い出したように、頤のひげを抜き抜き、こう云った。「それで、もうおしまいかい。」
武士拔着下巴的胡须,突然想起来什么,问道:“就这么结束了吗?”
「それだけなら、何もわざわざお話し申すがものはございませぬ。」翁は、やはり壺をいじりながら、「夜があけると、その男が、こうなるのも大方宿世8の縁だろうから、とてもの事に夫婦になってくれと申したそうでございます。」
“如果就这么结束的话,我就不会特意讲给你听了。”老翁一边摆弄着壶,一边说道,“天亮了,男子说:‘不管怎样,这也是我们的前世姻缘,你就嫁给我吧。’”
「成程。」
“这样啊。”
「夢の御告げでもないならともかく、娘は、観音様のお思召し通りになるのだと思ったものでございますから、とうとう首を竪にふりました。さて形ばかりの盃事をすませると、まず、当座の用にと云って、塔の奥から出して来てくれたのが綾を十疋に絹を十疋でございます。――この真似ばかりは、いくら貴方にもちとむずかしいかも存じませんな。」
“想到梦中的话,姑娘认为这是观音的神谕,最终同意了。于是,两人走了过场,喝了交杯酒。男子从塔中拿出十匹绫罗,十匹丝绸,给姑娘用。——这等行为,恐怕你做不到吧。”
青侍は、にやにや笑うばかりで、返事をしない。鶯も、もう啼かなくなった。
武士笑了,并未回答。黄莺也不再鸣叫。
「やがて、男は、日の暮に帰ると云って、娘一人を留守居に、慌しくどこかへ出て参りました。その後の淋しさは、また一倍でございます。いくら利発者でも、こうなると、さすがに心細くなるのでございましょう。そこで、心晴らしに、何気なく塔の奥へ行って見ると、どうでございましょう。綾や絹は愚な事、珠玉とか砂金とか云う金目の物が、皮匣に幾つともなく、並べてあると云うじゃございませぬか。これにはああ云う気丈な娘でも、思わず肚胸とむねをついたそうでございます。
“不久,男子说黄昏会回来,便留下姑娘一人,急急忙忙出去了。姑娘越发觉得寂寞。再怎么聪颖,到了这个时候都会害怕。于是,姑娘无聊地踱步,不知不觉到了塔内的深处,结果你猜她发现了什么?绫罗丝绸自不必说,还有珠宝金沙,装在几个箱子里,并排放着,就连平日沉着淡定的姑娘也大吃一惊。
「物にもよりますが、こんな財物を持っているからは、もう疑はございませぬ。引剥でなければ、物盗りでございます。――そう思うと、今まではただ、さびしいだけだったのが、急に、怖いのも手伝って、何だか片時もこうしては、いられないような気になりました。何さま、悪く放免の手にでもかかろうものなら、どんな目に遭うかも知れませぬ。
“拥有这么多财宝,毫无疑问此人不是劫匪便是窃贼。姑娘想到这里,之前的寂寞变成了慌张害怕。她觉得一刻都待不下去了。万一被抓,可就遭殃了。
「そこで、逃げ場をさがす気で、急いで戸口の方へ引返そうと致しますと、誰だか、皮匣の後から、しわがれた声で呼びとめました。何しろ、人はいないとばかり思っていた所でございますから、驚いたの驚かないのじゃございませぬ。見ると、人間とも海鼠ともつかないようなものが、砂金の袋を積んだ中に、円くなって、坐って居ります。――これが目くされの、皺だらけの、腰のまがった、背の低い、六十ばかりの尼法師でございました。しかも娘の思惑を知ってか知らないでか、膝で前へのり出しながら、見かけによらない猫撫声で、初対面の挨拶をするのでございます。
“姑娘正准备返回塔口,寻找逃离出口之时,突然听到箱子后面传来嘶哑的声音。她原以为塔内无人,不由大惊失色。她定睛一看,一团又像人类又像海参的圆圆东西坐在金沙堆上。原来是一位六十岁左右的老尼姑,满面皱纹,弯腰驼背,身材矮小。不知道她是否察觉到姑娘想逃跑,伸出膝盖,用和外表不匹配的温柔声音和姑娘寒暄。
「こっちは、それ所の騒ぎではないのでございますが、何しろ逃げようと云う巧みをけどられなどしては大変だと思ったので、しぶしぶ皮匣の上に肘をつきながら心にもない世間話をはじめました。どうも話の容子では、この婆さんが、今まであの男の炊女か何かつとめていたらしいのでございます。が、男の商売の事になると、妙に一口も話しませぬ。それさえ、娘の方では、気になるのに、その尼がまた、少し耳が遠いと来ているものでございますから、一つ話を何度となく、云い直したり聞き直したりするので、こっちはもう泣き出したいほど、気がじれます。――
“姑娘觉得此时不能嚷嚷,不管怎样,不能让她发现自己想逃跑,否则就麻烦了。于是勉强应付,将手支在箱子之上,心不在焉地与她聊天。谈话中,她得知,这老尼姑曾是男子的烧饭仆人。但凡谈到男子生意之事,她都闭口不谈。老尼姑耳朵背,听不清,一句话要问好几遍,姑娘急得直想哭。
「そんな事が、かれこれ午までつづいたでございましょう。すると、やれ清水の桜が咲いたの、やれ五条の橋普請が出来たのと云っている中に、幸い、年の加減か、この婆さんが、そろそろ居睡りをはじめました。一つは娘の返答が、はかばかしくなかったせいもあるのでございましょう。そこで、娘は、折を計って、相手の寝息を窺いながら、そっと入口まで這って行って、戸を細目にあけて見ました。外にも、いい案配に、人のけはいはございませぬ。――
“她们就这么聊着,一晃到了中午。聊到清水寺的樱花开了,聊到民众筹款建了五条街的桥等话题。幸运的是,因为上了年纪,也可能是姑娘搭话心不在焉,老尼姑开始犯困。于是,姑娘一边盯着老尼姑,一边悄悄爬到塔的入口处,把门打开一点往外看,外面恰好一个人都没有。
「ここでそのまま、逃げ出してしまえば、何事もなかったのでございますが、ふと今朝貰った綾と絹との事を思い出したので、それを取りに、またそっと皮匣の所まで帰って参りました。すると、どうした拍子か、砂金の袋にけつまずいて、思わず手が婆さんの膝にさわったから、たまりませぬ。尼の奴め驚いて眼をさますと、暫くはただ、あっけにとられて、いたようでございますが、急に気ちがいのようになって、娘の足にかじりつきました。そうして、半分泣き声で、早口に何かしゃべり立てます。切れ切れに、語が耳へはいる所では、万一娘に逃げられたら、自分がどんなひどい目に遇うかも知れないと、こう云っているらしいのでございますな。が、こっちもここにいては命にかかわると云う時でございますから、元よりそんな事に耳をかす訳がございませぬ。そこで、とうとう、女同志のつかみ合がはじまりました。
“如若此刻便逃走,便不会发生后面的事了。谁知姑娘想起男子早上所赠的绫罗绸缎,便又回去取。一不小心,被金沙袋子绊得摔了一跤,手不小心碰到了老尼姑的膝盖。老尼姑突然惊醒,惊呆片刻,突然着急地拉住姑娘的脚,哭着断断续续念叨,大意是‘万一姑娘逃跑了,自己就遭殃了’。但姑娘深知,这关乎自己性命,根本不听老尼姑的话。最后两个女人打起来了。
「打つ。蹴る。砂金の袋をなげつける。――梁に巣を食った鼠も、落ちそうな騒ぎでございます。それに、こうなると、死物狂いだけに、婆さんの力も、莫迦には出来ませぬ。が、そこは年のちがいでございましょう。間もなく、娘が、綾と絹とを小脇にかかえて、息を切らしながら、塔の戸口をこっそり、忍び出た時には、尼はもう、口もきかないようになって居りました。これは、後で聞いたのでございますが、死骸は、鼻から血を少し出して、頭から砂金を浴びせられたまま、薄暗い隅の方に、仰向けになって、臥ていたそうでございます。
“殴打、踢打、扔金沙袋,动静极大,连在梁上筑窝的老鼠都要掉下来了。两人疯狂扭打,因为年老,老尼姑力气不支。不久,姑娘夹着绫罗丝绸,喘着粗气从塔口偷偷溜出去。老尼姑已经无法说话。后来听说,她死的时候,鼻中流血,头上便是金沙,仰面躺在昏暗的角落里。
「こっちは八坂寺を出ると、町家の多い所は、さすがに気がさしたと見えて、五条京極辺の知人の家をたずねました。この知人と云うのも、その日暮しの貧乏人なのでございますが、絹の一疋もやったからでございましょう、湯を沸かすやら、粥を煮るやら、いろいろ経営してくれたそうでございます。そこで、娘も漸く、ほっと一息つく事が出来ました。」
“姑娘离开八坂寺,不敢去热闹之地,便去了五条京极附近的朋友家。这朋友也是个贫苦人,姑娘便送了他一匹绢。于是,朋友为她烧水煮粥。姑娘终于松了一口气。”
「私も、やっと安心したよ。」
“我也终于放心了。
青侍は、帯にはさんでいた扇をぬいて、簾の外の夕日を眺めながら、それを器用に、ぱちつかせた。その夕日の中を、今しがた白丁が五六人、騒々しく笑い興じながら、通りすぎたが、影はまだ往来に残っている。……
”武士从腰带中取出扇子,望着门帘外的夕阳,慢慢摇着。夕阳下,五六个人嬉闹着从帘外走过,长长的影子还留在地上……
「じゃそれでいよいよけりがついたと云う訳だね。」
“故事到此结束了吧?”
「所が」翁は大仰に首を振って、「その知人の家に居りますと、急に往来の人通りがはげしくなって、あれを見い、あれを見いと、罵り合う声が聞えます。何しろ、後暗い体ですから、娘はまた、胸を痛めました。あの物盗りが仕返ししにでも来たものか、さもなければ、検非違使の追手がかかりでもしたものか、――そう思うともう、おちおち、粥を啜っても居られませぬ。」
“还没呢。”老翁使劲摇头,“姑娘在朋友家里,突然发现门口的行人增多,还听到谩骂之声‘快看快看’。姑娘本就内疚不安,此刻更是苦恼。既怕那窃贼报复,又怕巡捕追捕。她一边想着,一边忐忑不安地喝着粥。”
「成程。」
“是吗?”
「そこで、戸の隙間から、そっと外を覗いて見ると、見物の男女の中を、放免が五六人、それに看督長が一人ついて、物々しげに通りました。それからその連中にかこまれて、縄にかかった男が一人、所々裂けた水干を着て烏帽子もかぶらず、曳かれて参ります。どうも物盗りを捕えて、これからその住家へ、実録をしに行く所らしいのでございますな。
“于是,她透过门缝向外看去。看热闹的男男女女中,五六名差役和一名狱官威严走过。人群中间,有个男子被绳子捆着,衣服被撕得四分五裂,头上也没有戴帽,被拽着走。好像是逮到了窃贼,现在去做记录。
「しかも、その物盗りと云うのが、昨夜、五条の坂で云いよった、あの男だそうじゃございませぬか。娘はそれを見ると、何故か、涙がこみ上げて来たそうでございます。これは、当人が、手前に話しました――何も、その男に惚れていたの、どうしたのと云う訳じゃない。が、その縄目をうけた姿を見たら、急に自分で、自分がいじらしくなって、思わず泣いてしまったと、まあこう云うのでございますがな。まことにその話を聞いた時には、手前もつくづくそう思いましたよ――」
“那窃贼正是昨晚五条坂所遇男子。姑娘看着看着,不知为何,泪水涌上眼眶。后来姑娘本人告诉我,并不是因为她爱上了那男子,只是看到他被绑着,突然自觉怜悯,不觉哭泣。我听到这故事,感慨万千。”
「何とね。」
“感慨什么?”
「観音様へ願をかけるのも考え物だとな。」
“拜观音也要深思熟虑啊。”
「だが、お爺さん。その女は、それから、どうにかやって行けるようになったのだろう。」
“但是,那女子后来日子过得不错吧?”
「どうにか所か、今では何不自由ない身の上になって居ります。その綾や絹を売ったのを本に致しましてな。観音様も、これだけは、御約束をおちがえになりません。」
“岂止不错,日子非常滋润。她卖了绫罗绸缎做本钱。这一点,观音倒是说话算数。”
「それなら、そのくらいな目に遇っても、結構じゃないか。」
“这样的话,就是吃点苦也没啥。”
外の日の光は、いつの間にか、黄いろく夕づいた。その中を、風だった竹籔の音が、かすかながらそこここから聞えて来る。往来の人通りも、暫くはとだえたらしい。
户外日光渐淡,黄昏已至。隐约传来风吹竹林之声。街上行人也消失了。
「人を殺したって、物盗りの女房になったって、する気でしたんでなければ仕方がないやね。」
“夺了人命,与窃贼成亲,这些本不在计划内,但都干了,实属无奈之举。”
青侍は、扇を帯へさしながら、立上った。翁も、もう提の水で、泥にまみれた手を洗っている――二人とも、どうやら、暮れてゆく春の日と、相手の心もちとに、物足りない何ものかを、感じてでもいるような容子である。
武士将扇子插回腰带,站了起来。老翁也在水桶里洗手,手上满是泥巴。春日黄昏,万般情绪之中,两人皆觉意犹未尽。
「とにかく、その女は仕合せ者だよ。」
“不管怎样,那女子还算幸福。”
「御冗談で。」
“开玩笑吧?”
「まったくさ。お爺さんも、そう思うだろう。」
“没有啊,您也这么认为吧?”
「手前でございますか。手前なら、そう云う運はまっぴらでございますな。」
“我吗?我可不要这种运气。”
「へええ、そうかね。私なら、二つ返事で、授けて頂くがね。」
“哦?我的话,毫不犹豫,肯定要啊。”
「じゃ観音様を、御信心なさいまし。」
“那你就去拜观音吧。”
「そうそう、明日から私も、お籠でもしようよ。」
“好啊,明天开始我就去拜观音。”
(大正五年十二月)