芥川龍之介: 野呂松人形
first published:『人文』1916年8月
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desc: 一封突如其来的邀请函寄到 “我” 手中,陌生之人邀我前去观赏野吕松人偶表演。听闻对方是友人相识,我便登门造访,得以观赏这场别具一格的野吕松人偶戏。这些人偶举止古雅滑稽,却又透着几分诡异与悲凉,其一举一动、一言一语,渐渐令 “我” 深陷这份奇异的魅力之中
野呂松人形を使うから、見に来ないかと云う招待が突然来た。招待してくれたのは、知らない人である。が、文面で、その人が、僕の友人の知人だと云う事がわかった。「K氏も御出の事と存じ候えば」とか何とか、書いてある。Kが、僕の友人である事は云うまでもない。――僕は、ともかくも、招待に応ずる事にした。
我忽然收到一封邀请函,邀请我一同观看野吕松木偶戏。来函之人我并不认识,可他似乎是我一位朋友的熟人,因为来信中写着“届时 K 先生也将到访”之类的话。毫无疑问,K 是我的朋友。因此,我还是决定应邀前往。
野呂松人形と云うものが、どんなものかと云う事は、その日になって、Kの説明を聞くまでは、僕もよく知らなかった。その後、世事談を見ると、のろまは「江戸和泉太夫、芝居に野呂松勘兵衛と云うもの、頭ひらたく色青黒きいやしげなる人形を使う。これをのろま人形と云う。野呂松の略語なり」とある。昔は蔵前1の札差2とか諸大名の御金御用3とかあるいはまたは長袖4とかが、楽しみに使ったものだそうだが、今では、これを使う人も数えるほどしかないらしい。
关于野吕松木偶,在那日听到 K 的讲解前,我一直都知之甚少。后来读《世事谈》时,发现有如下记载:“江户和泉太夫,有名野吕松勘兵卫其人,操平头黑脸之傀儡,谓之野吕松木偶,略曰野吕松。”据说从前藏前的札差、各大名的御金御用、长袖者等都喜欢玩耍,但现在会操作它的人大概已屈指可数。
当日、僕は車で、その催しがある日暮里のある人の別荘へ行った。二月の末のある曇った日の夕方である。日の暮には、まだ間があるので、光とも影ともつかない明るさが、往来に漂っている。木の芽を誘うには早すぎるが、空気は、湿気を含んで、どことなく暖い。二三ヶ所で問うて、漸く、見つけた家は、人通りの少ない横町にあった。が、想像したほど、閑静な住居でもないらしい。昔通りのくぐり門をはいって、幅の狭い御影石5の石だたみを、玄関の前へ来ると、ここには、式台の柱に、銅鑼が一つ下っている。そばに、手ごろな朱塗の棒まで添えてあるから、これで叩くのかなと思っていると、まだ、それを手にしない中に、玄関の障子のかげにいた人が、「どうぞこちらへ」と声をかけた。
当日,我驱车前往日暮里,奔赴某人的别墅观看表演。时值二月末,天气阴沉,近乎傍晚时分,街道上的幢幢光影,缥缈荡漾。枝丫虽未染上新绿,但湿润的空气还是带来了些微暖意。三两番询问过后,终于找到了这户位于僻静小道旁的人家。但它似乎并不像我想象的那般幽静。穿过古朴的便门,沿着逼仄的花岗石路走到门口,便能发现一面挂在台阶柱子上的铜锣,旁边还附有一根适配的朱漆木棍。我心想,大约客人到访都要敲之通报,正打算拾起木棍,便听见玄关拉门后传来一声“请进”。
受附のような所で、罫紙の帳面に名前を書いて、奥へ通ると、玄関の次の八畳と六畳と、二間一しょにした、うす暗い座敷には、もう大分、客の数が見えていた。僕は、人中へ出る時は、大抵、洋服を着てゆく。袴だと、拘泥しなければならない。繁雑な日本の étiquette も、ズボンだと、しばしば、大目に見られやすい。僕のような、礼節になれない人間には、至極便利である。その日も、こう云う訳で、僕は、大学の制服を着て行った。が、ここへ来ている連中の中には、一人も洋服を着ているものがない。驚いた事には、僕の知っている英吉利人さえ、紋附にセルの袴で、扇を前に控えている。Kの如き町家の子弟が結城紬6の二枚襲7か何かで、納まっていたのは云うまでもない。僕は、この二人の友人に挨拶をして、座につく時に、いささか、étranger の感があった。
我在接待处放置的格纸本上签下了自己的名字。进到里间,入眼便是已经打通的两间房,一间约为八叠,一间约为六叠。略显昏暗的房间内,已有不少客人落座。出席活动时,我惯穿西服。因为若是着袴,难免拘泥于繁杂的礼节,身穿西裤便不会过多受限。对于像我这般落拓不羁之人,可谓方便至极。所以那日,我自然是穿着大学制服去的。可谁能料想,在场全无一人与我是同样的装束。甚至于我认识的英国人,此刻都穿着带有家徽的薄哔叽袴,面前还规矩地摆着一把桧扇。而出身于商贾之家的 K 更不必说,他穿着一件结城绸样的二重和服盛装出席。当我同他二人打完招呼落座之际,竟生出了一股异国人之感。
「これだけ、お客があっては、――さんも大よろこびだろう。」Kが僕に云った。――さんと云うのは、僕に招待状をくれた人の名である。
“来了这么多客人,――先生一定很高兴。” K 对我说。――先生便是给我寄送邀请函的那位。
「あの人も、やはり人形を使うのかい。」
“他也会操作木偶吗?”
「うん、一番か二番は、習っているそうだ。」
“嗯。听说他正在学第一场还是第二场来着。”
「今日も使うかしら。」
“他今天也会表演吗?”
「いや、使わないだろう。今日は、これでもこの道のお歴々が使うのだから。」
“应该不会吧。今天来表演的可都是些经验老到的行家。”
Kは、それから、いろいろ、野呂松人形の話をした。何でも、番組の数は、皆で七十何番とかあって、それに使う人形が二十幾つとかあると云うような事である。自分は、時々、六畳の座敷の正面に出来ている舞台の方を眺めながら、ぼんやりKの説明を聞いていた。
接着,K 又向我传授了许多与野吕松木偶有关的知识。原来今天的表演,共有七十多场,要用到二十多种人偶……我呆呆地听着,不时抬眼看向搭设在这六叠房间正前方的舞台。
舞台と云うのは、高さ三尺ばかり、幅二間ばかりの金箔を押した歩衝である。Kの説によると、これを「手摺り」と称するので、いつでも取壊せるように出来ていると云う。その左右へは、新しい三色緞子の几帳が下っている。後は、金屏風をたてまわしたものらしい。うす暗い中に、その歩衝と屏風との金が一重、燻しをかけたように、重々しく夕闇を破っている。――僕は、この簡素な舞台を見て非常にいい心もちがした。
所谓的舞台,其实就是高约三尺、宽约十一尺的镀金隔扇屏风。据 K 所言,这叫做“手摺”(剧栏板),可随时拆解。左右两边都挂着崭新的三色锦缎幔帐,后面似乎是围了一圈金屏风。此时,屏风上的金箔仿佛都被幽暗的环境熏染上了烟气,荧然闪烁,吃力地冲破这四合的暮色。我看着这朴素的舞台,心情大好。
「人形には、男と女とあってね、男には、青頭とか、文字兵衛とか、十内とか、老僧とか云うのがある。」Kは弁じて倦まない。
“木偶也有男女之分,男木偶有青头、文字兵卫、十内、老僧等。” K 乐此不疲地说着。
「女にもいろいろありますか。」と英吉利人が云った。
英国人问道:“女木偶也各式各样吗?”
「女には、朝日とか、照日とかね、それからおきね、悪婆なんぞと云うのもあるそうだ。もっとも中で有名なのは、青頭でね。これは、元祖から、今の宗家へ伝来したのだと云うが……」
“女木偶大概有朝日、照日,还有巫婆、恶婆吧。其中最有名的还要数青头,据说是从鼻祖世代相传,到了本家的……”
生憎、その内に、僕は小用に行きたくなった。――厠から帰って見ると、もう電燈がついている。そうして、いつの間にか「手摺り」の後には、黒い紗の覆面をした人が一人、人形を持って立っている。
不巧,我忽然想去小解。回来之时,房间里已然亮了灯。不知何时,一位以黑纱覆面的人手持木偶站在了“手摺”之后。
いよいよ、狂言が始まったのであろう。僕は、会釈えしゃくをしながら、ほかの客の間を通って、前に坐っていた所へ来て坐った。Kと日本服を来た英吉利人との間である。
终于,狂言要开始了。我微微颔首,从众宾客身旁穿行而过,回到原位,坐在了 K 与身穿和服的英国人之间。
舞台の人形は、藍色の素袍に、立烏帽子をかけた大名である。「それがし、いまだ、誇る宝がござらぬによって、世に稀なる宝を都へ求めにやろうと存ずる。」人形を使っている人が、こんな事を云った。語と云い、口調と云い、間狂言8を見るのと、大した変りはない。
舞台上的木偶是身着蓝色素袍、头顶乌黑漆帽的大名。操控它的匠人口中说着“吾至今尚未拥有足矜之物,故欲遣人前往京师以求得稀世珍宝”。无论是台词还是语调,都与“间狂言”无异。
やがて、大名が、「まず、与六を呼び出して申しつけよう。やいやい与六あるか。」とか何とか云うと、「へえ」と答えながらもう一人、黒い紗で顔を隠した人が、太郎冠者9のような人形を持って、左の三色緞子の中から、出て来た。これは、茶色の半上下10に、無腰しと云う着附けである。
不久,只听见“先将与六唤出吧。喂喂,与六可在?”大名唤道。于是,另一个以黑纱覆面的人手持着状似太郎冠者的木偶,从左边的三色锦缎中走出,应声道“在”。木偶身上穿着茶色肩衣半袴,腰间未佩刀剑。
すると、大名の人形が、左手を小さ刀の柄にかけながら、右手の中啓11で、与六をさしまねいで、こう云う事を云いつける。――「天下治まり、目出度い御代12なれば、かなたこなたにて宝合せをせらるるところ、なんじの知る通り、それがし13方には、いまだ誇るべき宝がないによって、汝都へ上り、世に稀なるところの宝が有らば求めて参れ。」与六「へえ」大名「急げ」「へえ」「ええ」「へえ」「ええ」「へえさてさて殿様には……」――それから与六の長い Soliloque が始まった。
这时,大名左手按住刀柄,右手执半开折扇指向与六说:“天下大治,盛世修明,为得瑰宝皆四处寻觅。汝亦知吾尚未有足矜之物,以故汝速往京师以求得稀世珍宝!”与六答:“是。”大名催促:“快!”“是。”“嗯。”“是。”“嗯。”“是,大人……”而后,与六便开始了他大段的独白。
人形の出来は、はなはだ、簡単である。第一、着附の下に、足と云うものがない。口が開いたり、目が動いたりする後世の人形に比べれば、格段な相違である。手の指を動かす事はあるが、それも滅多にやらない。するのは、ただ身ぶりである。体を前後にまげたり、手を左右に動かしたりする――それよりほかには、何もしない。はなはだ、間ののびた、同時に、どこか鷹揚な、品のいいものである。僕は、人形に対して、再び、étranger の感を深くした。
木偶的制作十分简单。其衣物下方无脚,与后来能开口、转眸的木偶相比,可谓是天差地别。手指倒是能够活动,却不常展现。除前后弯曲身体或左右移动手臂之外,几乎再没别的动作了。显得素净古朴、落落大方、雅致脱俗。这令我又对木偶产生了深刻的异国人之感。
アナトオル・フランス14の書いたものに、こう云う一節がある、――時代と場所との制限を離れた美は、どこにもない。自分が、ある芸術の作品を悦ぶのは、その作品の生活に対する関係を、自分が発見した時に限るのである。Hissarlik の素焼の陶器は自分をして、よりイリアッド15を愛せしめる。十三世紀におけるフィレンツェの生活を知らなかったとしたら、自分は神曲を、今日の如く鑑賞する事は出来なかったのに相違ない。自分は云う、あらゆる芸術の作品は、その製作の場所と時代とを知って、始めて、正当に愛し、かつ、理解し得られるのである。……
阿纳托尔·法朗士曾写过这样一段话:“没有任何美能超乎时代与地点的限制。只有当我发现自己在生活上与某件艺术品有所联系之时,才会对这件艺术品感到兴味盎然。例如,希沙立克的素烧让我更爱《伊利亚特》。若是不了解 13 世纪佛罗伦萨的生活,我必定无法像今天这样欣赏《神曲》。因此我以为,一切艺术品,只有了解其创作的地点和时代,才能更合理地爱与理解……”
僕は、金色の背景の前に、悠長な動作を繰返している、藍の素袍と茶の半上下とを見て、図らず、この一節を思い出した。僕たちの書いている小説も、いつかこの野呂松人形のようになる時が来はしないだろうか。僕たちは、時代と場所との制限をうけない美があると信じたがっている。僕たちのためにも、僕たちの尊敬する芸術家のためにも、そう信じて疑いたくないと思っている。しかし、それが、果して、そうありたいばかりでなく、そうある事であろうか。……
金色的屏风背景前,身着蓝色素袍和茶色肩衣半袴的木偶重复着缓慢悠长的动作,看着他们的身影,我便不由想起了法朗士的这段话。总有一天,我们写的小说也会变得像野吕松木偶一样吧。我愿相信有不受时间和地点限制的美的存在。为了我们,也为了我们所敬重的艺术家,我愿如此坚信不疑,但说到底,是希望存在这样的美,还是真的存在这样的美呢?……
野呂松人形は、そうある事を否定する如く、木彫の白い顔を、金の歩衝の上で、動かしているのである。
野吕松木偶似乎是在对此表示否定一般,木雕的白脸在镀金的隔扇屏风前转动。
狂言は、それから、すっぱが出て、与六を欺し、与六が帰って、大名の不興を蒙る所で完った。鳴物は、三味線のない芝居の囃しと能の囃しとを、一つにしたようなものである。
后来,狂言的剧情中出现了一个蒙骗与六的骗子,与六回来后受到了大名的严厉斥责。伴奏似乎是没有三味线的歌舞伎和能乐杂子的融合体。
僕は、次の狂言を待つ間を、Kとも話さずに、ぼんやり、独り「朝日」をのんですごした。
在等待下一场狂言开始的间隙,我没有再和 K 闲谈,只一人默默地喝着朝日啤酒。
(大正五年七月十八日)
Footnotes
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蔵前:因位于浅草御藏(过去江户幕府的米仓)前而得名,现位于东京都台东区东南部 ↩
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札差:江户时代特有的金融商人,专门服务于旗本、御家人,代其去幕府米仓领米 ↩
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御金御用:江户时代,幕府、藩、旗本为弥补财政赤字,对农民和商人临时征收赋税的人 ↩
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長袖:指公卿、僧侣、神职、学者、医师等文职人员 ↩
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御影石:[名]花崗岩の石材の通称 ↩
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結城紬:结城市制造的结实耐用的丝织物 ↩
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二枚襲:[名]和服で、長着二枚を重ねて着ること ↩
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間狂言:能剧演出中间插演的短小滑稽剧,由狂言师出演 ↩
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太郎冠者:狂言角色之一,大名等主人的手下仆人中的第一人 ↩
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半上下:江户时代武士及庶民的简易出仕礼服,由肩衣和半袴组成 ↩
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中啓:[名]扇の一種。親骨の上部を外側にそらし,たたんだままでも半分開いたように見えるのでこの名がある ↩
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御代:[名]天皇の治世。また、その在位期間 ↩
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それがし:[名]自称。他称から自称に転用されたもの。もっぱら男性が謙遜して用い、後には主として武士が威厳をもって用いた ↩
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アナトオル・フランス (Anatole France, 1844-1924):法国作家、文学评论家、社会活动家。 ↩
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イリアッド:荷马所作史诗,主要叙述了特洛伊战争 ↩