谷崎潤一郎: 细雪(上) 二十二
first published:『中央公論』1943年1月号・3月号
audio: https://www.youtube.com/watch?v=eVpx6_KKUVs
desc: 在大阪船场坐拥百年老店、历史底蕴深厚的莳冈家,鹤子、幸子、雪子、妙子四姐妹交织出百态人情。小说如华美画卷,循着四季流转,细致描绘出昭和十年间关西上流社会的日常光景。
三女雪子是四姐妹中容貌最为出众之人,婚事却屡屡未果,年过三十依旧独身。幸子夫妇为此忧心不已、四处奔走,性格沉默寡言的雪子却对每一门亲事都无意应允,岁月便这般缓缓流逝。
辰雄は七月一日から丸の内の店に出勤するので、六月末に先に立って行って、当分麻布の親戚の家に寄食しながら、手頃な借家を自分でも捜し、人にも捜して貰っていたが、大森に一軒見付かったから大体それにきめたと云う手紙が来た。で、家族は八月の地蔵盆1を済ましてから、廿九日の日曜の夜行で上京する、辰雄もその時は前日の土曜日からかけて大阪へ帰って来、出発の当夜駅頭に於いて改めて親戚知友の見送りを受ける、と云うことに極まった。
辰雄从七月一号起开始在丸之内支行履职,所以六月末就先行赴京,暂且在麻布的亲戚家寄居,自己着手同时也委托他人寻找适合的住房,终于在大森找到一栋,大体定下来后就写信回来了。信中还说,全家人过了八月的地藏盆节后,于二十九号星期天晚上乘夜车赴东京,辰雄提早一天于星期六回大阪,出发的当夜在车站上再次与前来送行的亲戚朋友话别。
姉の鶴子は八月に這入ると、親戚や夫の銀行関係の方面などへ、毎日一二軒ずつ挨拶廻りをしていたが、廻るべき所へ一と通り廻ってしまったあとで、最後に蘆屋の分家、―――幸子の所へ、二三日泊りがけでやって来た。これは形式張った暇乞いとは違って、この程じゅう引き揚げの準備万端のために眼の廻るような思いをし、所謂「神憑り」で働いた骨休めをかねて、久し振に姉妹四人が水入らずでくつろぎ、ゆっくりと関西に於ける名残の時を惜しもうと云うのであった。それで、その間は何も彼も忘れていたいからと、音やんの女房に留守を頼み、身軽になって、末の三つになる女の児だけを子守に背負わせて連れて来たが、ほんとうに、四人がそう云う風に一つ屋根の下に集って、時間の制限もなく、呑気に語り暮すと云うことは、何年ぶりになるであろう。考えてみれば、鶴子は今までに蘆屋の幸子の家へ数えるほどしか来ていなかったし、来てもほんの一二時間、家事の相間を見て来るだけであったし、幸子の方から上本町へ訪ねて行っても、子供が大勢纏わり着くので、おちおち話している暇もなかったと云うような訳で、少くともこの二人の姉妹は、お互に結婚生活をするようになってから、しんみり語り合う機会を持たなかったと云ってもよいのであった。だから今度は、姉の方も妹の方も、前からその日の来るのを楽しみにし、こう云う話もしよう、ああ云う話も聞いて貰おうと、娘時代から此方十何年来溜っている話題の数々を考えていたのであったが、
姐姐鹤子自八月以来,挨家挨户去向亲戚和丈夫银行方面的熟人辞行,每天走一两家,该去的都去了,最后才到芦屋的分家幸子这儿来住了三两天。这与徒具形式的辞行有所不同,这一阵子为了迁居,准备万端,忙得她晕头转向,“鬼神附体”似的干了这么久,她也该休息几天了,另外,时隔多年,姐妹四人能亲密无间地轻松聚会,从容述说对关西的依依不舍,姐姐很珍惜这一段时光。鹤子说这几天想要把一切通通忘掉,于是托付音爷爷的老婆看家,一身轻松自在,只有三岁的小女儿让保姆背着带来了。说真的,四姐妹上次像这样集合在一个屋顶下,不受时间限制,悠闲地谈心聊天,还不知是哪年的事儿了。仔细想来,时至今日,鹤子只来过芦屋分家几次而已,都是趁着家务活的间隙来坐一时片刻。而幸子去上本町的本家时,因为有一大帮孩子缠着,也没有空闲能安静地说会儿话,至少可以说这姐妹俩出嫁后从没有说私房话的机会。因此,姐姐也好妹妹也好,早就盼着这一天来临。这件事想说说,那桩事儿要问问,从做姑娘时起直至如今,十几年中该积累了多少话题啊。
さて、その日になって、泊りに来てみると、姉はこの間じゅうの、―――と云うよりは、十何年来の所帯2の疲れが一遍に出た形で、何よりも按摩を呼んで貰い、昼間から二階の寝室に上って、勝手に寝ころばして置いて貰うのを喜ぶと云った有様であった。幸子は、姉が神戸をよく知らないので、オリエンタルや南京町の支那料理屋などへも案内しようと思っていたのに、そんな所へ連れて行ってもらうよりは、此処で誰に気がねもなくのんびりと手足を伸ばしていたい、御馳走なんぞ食べさしてくれないでも、お茶漬で結構だから、と云ったりして、一つは炎暑のせいもあったが、足かけ三日の間、何のこれと云う纏まった話もせず、ただごろごろして過してしまった。
可是,等到这天姐姐住到这里时,竟是那样地疲乏不堪,不只是这一阵子累的,简直是十几年来操持家务的疲劳一齐涌出来了。首先,她叫人来做了按摩,大白天都趴在楼上寝室里,无拘无束地随意躺着。幸子想到姐姐对神户不太熟悉,打算带她上东方饭店和南京街的中国饭馆,可是姐姐推辞说,与其去上馆子,倒不如就在这里毫无顾虑、悠闲自在地伸展胳膊腿儿,即使没有美味佳肴,茶泡饭也能心满意足。也是因为炎天暑热,前后三天时间,她们没有好好儿说过一次话,就这样无所事事地过去了。
鶴子が帰って行ってから数日過ぎて、いよいよ出発の日が二三日後にさし迫った頃、亡くなった父の妹に当る人で「富永の叔母ちゃん」と呼ばれている老女が、或る日ひょっこり訪ねて来た。幸子は、今まで一度も見えたことのない叔母が、暑い日ざかりに大阪から出て来たのには何か用件があることと察し、その用件も大凡そ分っているような気がしたが、矢張思った通り雪子と妙子の身柄に関しての問題であった。―――つまり、今までは本家が大阪だったから、二人の妹たちが彼方此方へ往ったり来たりもよかったけれども、これからそうは行かないとすると、もともと二人は本家に属する人なのであるから、これを機会に本家と一緒に東京へ行くべきであると思う、ついては、雪子は別に支度をする必要もないことであるから、明日にも上本町へ帰って、家族と一緒に立って貰いたい、妙子の方は仕事を持っていることだから、跡始末のために多少おくれるのは仕方がないとして、一二箇月後にはこれも間違いなく引き揚げて貰いたい、尤も仕事その物を止めさせようと云うのではないから、東京へ来てからでも人形の製作に耽ることは差支えない、むしろ東京の方がああ云う仕事には便宜が多いくらいであろう。義兄も、折角世間に認められ出した仕事であるから、当人の製作態度が真面目でさえあるなら、東京に於いて又仕事部屋を持つことを許してもよいと云っている、―――と云うようなことなのであるが、実はこの問題は、先達鶴子ちゃんが泊りに来ていた間に相談すべきであったのだけれども、休養させて貰いに来て、そう云う肩の凝る話を持ち出したくなかったので、何も云わないでしまったから、大儀ながら叔母ちゃんが行って話してほしいと云うことで、今日は私が鶴子ちゃんの使で出向いて来た、と云うのであった。
鹤子回去后又过了几天,眼看再过两三天就要动身了。这一天,亡父的一位妹妹、姐妹们称为“富永姑母”的老太太突然来访。幸子从未见过的这位姑母,冒着酷暑从大阪赶到这里,幸子察觉到一定有什么事情,而且是什么事也大体猜出来了。不出所料,她正是为雪子和妙子的事来的。姑母说:“至今为止本家在大阪,两位妹妹两边轮换住住也没有什么,但是今后就不能这样了。因为她们原来是属于本家的人,应当借此机会和本家一起到东京去。雪子也没有什么需要准备的,希望她明天就回上本町去,和全家人一起动身。妙子因为有工作,为了处理善后,多少晚一点也是没有办法,但是,希望她在一两个月以后也一定要到东京去。当然,这并不是叫她停了工作,到东京以后也不妨专心去制作偶人,何况在东京从事那样的工作,有利条件更多一些。你姐夫也说了,这工作已经开始得到社会的承认,只要她态度认真,也允许她在东京拥有工作室。其实,上次鹤子来这里就应该和你们谈这个问题,但是她是来休息的,不想提起这些沉重的话题,所以什么也没说就回去了。鹤子说辛苦姑母去说一说,今天我就是受鹤子委托来的。”
この叔母の話は、本家が東京へ行くことになったと聞いた日から、いずれは持ち上るであろうと予期されていたところのもので、目指された二人は、口に出して語り合いこそしなかったけれども、内々少からず憂鬱を感じていたのであった。本来ならば、この間から鶴子がひとりで引越しの準備に忙殺されていることは分っていたのだから、雪子と妙子とは云われないでも上本町へ戻って、姉の手伝いをすべきであったのに、二人ともなるべく本家へ行くことを避けていたのは、―――それでも雪子は呼び付けられて一週間ばかり泊って来たけれども、妙子の如きは急に製作が忙しくなったと云い出して、仕事部屋に立て籠ったきり、蘆屋にさえ、先日姉が来ていた間にちょっと一晩戻っただけで殆ど寄り着かず、大阪の方へは全然帰らずじまいであったのは、―――何よりもその問題に先手を打って、自分達は関西に居残りたいのだと云う意志表示をしている積りなのであった。
自从听说本家要迁到东京那天起,幸子就料到这个问题迟早会提出来,两位当事人虽然口里没说,心中却颇为郁闷。这一段日子,鹤子准备搬家忙得不可开交,雪子和妙子当然知道,不待说也该回上本町去给姐姐帮忙。可是她俩都尽量避免到本家去,这主要是为了先发制人,借以表示她们希望留在关西的意愿。尽管如此,雪子还是被叫去住了一个星期。妙子突然声称活儿忙,成天躲在工作室里,连芦屋的分家也几乎不来落脚,只是早几天姐姐来时回家歇了一宿,大阪更是压根儿没回去过。
が、叔母はなお言葉をついで、これは此処だけの話だが、どうして雪子ちゃんやこいさんは本家へ帰るのを厭がるのであろうか、辰雄さんとの折合がよくないのだとも聞いているけれども、辰雄さんは決して雪子ちゃん達の考えるような人ではないし、二人に対して何の悪感情も持ってはいない、ただ、名古屋の旧家に生れた人で、考え方が非常に律義なので、今度のような場合に、二人が本家へ附いて来ないで大阪に居残ると云うのは、世間体が悪く、むずかしく云えば兄としての体面に関すると思っているらしいので、もし云うことを聴いてくれないと、鶴子ちゃんが板挟みになって苦しまなければならない、それで、この際幸子ちゃんへ折入っての頼みと云うのは、二人は幸子ちゃんの云うことなら聴くのだから、幸子ちゃんから巧い工合に説き付けて貰えないであろうか、誤解してくれては困るが、こう云ったからとて、二人が戻って来ないのを幸子ちゃんのせいにしているのではない、いっぱし分別のある大人で、もう奥様と云われてもよい年頃になっているものが、厭だと云うのを、端から何と云ったって、そう無造作に、子供を引き戻すような訳に行かないことは云う迄もないが、誰から云うよりも、幸子ちゃんから云って貰うのが一番利き目がありそうだと云うことに相談がきまったので、是非一つ承知させて貰いたい。
姑母还说:“这些话只在这里说说,我听说是因为和辰雄关系不好,雪子和小妹不愿回本家。但是,辰雄绝不是雪子她们所想象的那样一个人,对她俩也没有任何意见。他是名古屋的旧家庭出身,考虑问题非常古板。因此,像这次搬家,她俩不跟随本家而留在大阪叫人看着不光彩。说得难听点,这关系到他这个姐夫的面子问题。如果她俩说了也不听,鹤子可就夹在中间左右为难了,所以这次我特地来拜托你,因为她俩听幸子你的话,由你去好好说服她们。请你不要产生误解,我虽然这样了,但是绝没有把她俩不回本家一事归咎于你的意思。她们都是通情达理的大人了,照说早已到了做太太的年龄了,不用说,她们自己不愿意,旁人无论怎么说,也不会像哄小孩那样轻易把她们弄回去。但是,无论由谁来说都不如请你出面有效,这是我们商量好了的,请你一定答应。”
そう云って叔母は、「今日は雪子ちゃんもこいさんもお内にいてやおまへんか」と、昔ながらの船場言葉で云った。
姑母接着问道:“今天雪子和小妹都不在家吗?”她这时说的是过去的船场方言。
「妙子はこの頃ずっと製作が忙しいて、めったに戻ってけえしえへん。………」と、幸子も古めかしい云い方に釣り込まれながら、「………雪子はおりゃっけど、呼んで来まおか」
“妙子近来一直忙着做偶人,很少回来……”幸子让这种老古董的语言吸引住了,不觉也用方言说,“雪子在家,把她叫来吗?”
雪子はさっき、玄関に叔母の声が聞えた時から姿が見えないのであるが、多分二階の部屋へ逃げ込んで小さくなっているのであろうと、幸子は察して、上って行ってみると、果して六畳の居間の、悦子の寝台に腰かけたまま俯向いて考え込んでいる様子が、簾越しに見えた。
刚才听到姑母在大门口的声音后,就不见雪子的人影了,幸子估摸她大概是逃到二楼躲起来了。幸子上楼,透过帘子看见雪子果然在那六铺席间的寝室里,坐在悦子床上,在那里低头沉思。
「とうとう叔母ちゃんが来やはってんわ」
“姑母到底来了。”
「………」
「どないする、雪子ちゃん、―――」
“怎么办呢,雪子?”
暦の上では秋に這入っているのだけれども、この二三日暑さがぶり返して、土用3のうちと変らない熱気の籠った、風通しの悪い室内に、珍しく雪子はジョウゼットのワンピースを着ていた。彼女は余りにも華奢な自分の体が洋服に似合わないことを知っているので、大概な暑さにはきちんと帯を締めているのであるが、一と夏に十日ぐらいは、どうにも辛抱しきれないでこう云う身なりをする日があった。と云っても、日中から夕方迄の間、家族の者達の前でだけで、貞之助にさえそう云う姿を見られることを厭うのであるが、それでも貞之助は、どうかした拍子に見ることがあると、今日は余程暑いんだなと、心づいた。そして、濃い紺色のジョウゼット4の下に肩胛骨の透いている、傷々しいほど痩せた、骨細な肩や腕の、ぞうっと寒気を催させる肌の色の白さを見ると、俄に汗が引っ込むような心地もして、当人は知らぬことだけれども、端の者には確かに一種の清涼剤になる眺めだとも、思い思いした。
尽管日历上已经入秋了,但这两三天酷暑卷土重来,和盛夏不相上下,这间通风不良的房间充满了热气,连雪子也罕见地穿上了乔其纱的连衣裙。她自知身体过于纤细不宜穿西服,不太热时都是规规矩矩穿着和服、系上带子,一整夏只有那么十来天热得不堪忍受时,才穿上这身衣裳。而且,只在中午到傍晚这一段时间,在家人面前穿穿,甚至还不愿让贞之助看见这副模样。贞之助偶尔看到她这身打扮,就会想到今天真是热到顶点了。他看到藏青色乔其纱连衣裙下面露着的肩胛骨,瘦得可怜,瘦削的肩膀和胳膊上的皮肤白如冰雪,一见便使人顿生凉意,甚至觉得连汗也倏忽间消了。她自己虽不知道,但旁人看她一眼不啻如服了一剂清凉剂。
「―――明日にも帰って来て、皆と一緒に立ってほしい、云うてはるねんけど、―――」
“她说了要你明天就回去,和大家一起走。”幸子说。
雪子は黙って項垂れたまま、裸体にされた日本人形のように両腕をだらりと側面に沿うて垂らして、寝台の下にころがっていた悦子の玩具の、フートボール用の大きなゴム毬に素足を載せながら、時々足の蹠が熱くなると毬を廻して別な所を蹈んでいた。
雪子默默地低着头,如同裸体日本偶人似的,一双手无力地耷拉在两侧,一双赤脚踩在床旁悦子当足球踢的一个玩具大橡皮球上,待脚心热了,又把球滚到另一边踩着。
「こいさんは?」
“小妹呢?”
「こいさんは仕事の都合もあるやろさかい、今直ぐとは云わんけど、きっと後から引き揚げて来ないかん云うのんが、兄さんの意見やそうな」
“小妹有些工作没完,没叫她马上就走,但是以后一定得搬去,据说这是姐夫的意思。”
「………」
「叔母ちゃんは、そこはあんじょう5云うてはるけど、結局あたしが雪子ちゃんを引き留めると見て、あたしを説き付けに来てはるねんわ。そやよってに、気の毒やけど、あたしの立ち場も考えて貰わんと、………」
“姑母说得很委婉,不过,归根到底他们认为是我要留着你,她是来说服我的。虽然很遗憾,不过,请你也考虑一下我的处境吧。”
幸子は雪子を可哀そうに思う一方に、ややともすると自分が雪子を家庭教師代りにしていると云う批難があるのに、反抗する気分も強かった。本家の姉が大勢の子供をどうにか手一つで育てて行っているのに、分家の妹はたった一人の女の児の面倒をさえ見られないで、人手を借りている、と云う風に世間が取っているとすれば、―――雪子までが幾らかそんな風に思い、多少でも恩に着せる気持がもしあるとすれば、―――彼女は自分の内部にある母としての誇が傷つけられるように感じた。なるほど、今のところ雪子は役に立っていてくれるけれども、雪子がいないからと云って悦子の躾に困るような自分ではない積りであるし、早晩嫁に行く雪子であってみれば、そう云う人を当てにしている訳もない。悦子も雪子がいなくなれば淋しがりはするであろうが、聞き分けのない児ではないから、当座の寂寥に堪えて行くことは明かで、雪子自身が案じているであろうように、泣いたり駄々を捏ねたりはしまい。自分は婚期におくれている妹を慰めてやりたいと思うだけで、義兄に楯を突いてまで引き留める気はないのであるから、本家から連れ戻しに来た以上、その命令に従うように本人に説きすすめるのが道でもあるし、又、兎も角も一度帰って貰って、雪子なしでも立派にやって行けるのだと云うところを、雪子にも、世間にも見て置いて貰う方がよいかも知れない。
幸子一方面怜惜雪子,另一方面,由于人家动辄说她把雪子当家庭教师使唤,致使她对这些责难产生了强烈的对抗情绪。本家的姐姐有一大帮小孩,好歹都由她一个人拉扯,而分家的妹妹仅有一个女儿需要照料还要借助他人,假如社会上有这样的议论——甚至雪子也多少有那样一点施恩的想法——那就伤害了幸子作为母亲的自尊心。的确,眼下雪子在为她代劳,但是,不能说没有雪子她就不能教好悦子,何况雪子早晚要出嫁,自己不能总是依靠她。雪子走后悦子自然会觉得寂寞,但她不是不懂道理的孩子,一时的寂寞肯定能够忍受,她决不会像雪子担心的那样哭闹撒娇。自己仅仅是想给迟迟未婚的妹妹一种安慰,并不打算强留雪子而得罪姐夫,既然本家要带雪子回去,劝说雪子服从命令才是正理。而且,好歹让雪子回去一次,让雪子也让其他人看看,没有雪子她自己也能教好悦子,这也许不失为一个好办法。
―――「ここは一遍、富永の叔母ちゃんの顔を立てて、帰りいな」雪子は無言で聞いているだけであったが、幸子の意志がそうはっきりしているからには、それに聴従する外はないと観念しているのが、様子で分るような打ち萎れた姿勢をしていた。
“这一次,你还是看在富永姑母的面子上回去吧。”雪子只是无言地听着,但是从她萎靡不振的神态可以推知她的心思,既然幸子的话说得这样清楚,她也只好听从了。
「東京へ行ったかて、行ききり云うことあれへんさかい、………それ、いつか陣場さんの持って来やはった話なあ、あれかて、あのままになってるけど、もし見合いでもすることになったら、是非帰って来て貰わんならんし、そうでのうても、きっとええ折があるさかいにな」
“去了东京以后,也不是就不回来了……前一阵子阵场夫人说的那件婚事,还一直搁着的。但是,如果要相亲什么的,必须要你回来的,即使不相亲也一定有其他的好机会。”
「ふん」
“嗯。”
「そんなら、雪子ちゃんは明日間違いのう帰ります云うてもええなあ」
“那么,我就对姑母说你明天一定回去,行吗?”
「ふん」
“嗯。”
「そう極まったら、機嫌直して叔母ちゃんに会いなさい」
“既然这样定了,那就打起精神去见见姑母吧。”
雪子が顔のこしらえをして、ジョウゼットを浴衣に着換えている間、幸子は先に応接間へ降りて行って云った。
雪子要稍微化个妆,换下连衣裙穿上单和服。幸子先下楼来到客厅里说道:
「雪子今降りて来やっけど、よう分ってくれて、もうちゃんと承知してやすさかいに、叔母ちゃんからは何もその話せんと置いとくれやす」
“雪子马上下来。她很懂道理,完全答应了,您就不用再提这事了。”
「そうですか、それであたしも使に来た甲斐がごわしたわ」
“是吗?那我这一趟也算没白跑了。”
すっかり気をよくした叔母は、そのうちに貞之助も戻って来やすさかいに、ゆっくり晩の御飯でもたべて行っとくれやすとすすめるのを、いえ、それよりは早う鶴子ちゃんを安心さしてやりましょう、こいさんに会えんでえらい惜しゅうごわっけど、幸子ちゃんからあんじょう話しといておくれやすと云って、夕方、少し片蔭の出来るのを待って帰って行ったが、明くる日の午後には雪子も、幸子や悦子にほんの当座の挨拶をして、ちょっと行って来る、と云う形で出て行った。
姑母的心情全变好了。贞之助也快回家了,幸子劝她慢慢地吃了晚饭再回去,她谢绝道:“不不,我还不如早点回去,好让鹤子放心。可惜这次没见着小妹,请幸子替我好好说一说吧。”等到傍晚稍微阴凉了些,她就回去了。
荷物なども、蘆屋に滞留中は三人の姉妹が必要に応じて晴れ着を融通し合うことにしていたので、自分の物と云っては、着換えの羅衣や下着類が二三枚来ていただけなのであるが、それに読みさしの小説一冊を縮緬の風呂敷に小さく包んだのをお春が持って、阪急の駅まで送って来たところは、二三日の旅に出るほどにも見えない身軽さであった。悦子も、昨日富永の叔母が見えた時はシュトルツ氏方へ遊びに行っていて、夜になってから始めて事柄を聞かされたのであったが、暫く手伝いに行くだけで直き戻って来るように話されたせいもあるかして、幸子の思っていた通り、そんなに跡を追う様子もなく済んでしまった。
第二天下午,雪子和幸子、悦子简单地告了别,说是“出去一下”就走了。住在芦屋期间,出客的衣服都是根据需要,三姐妹互相换着穿用。她的行李只有自己几件丝绸单衣和替换的内衣内裤而已,还有一本没读完的小说,一齐包在一个小小的绉绸包袱皮里,由阿春拎着送到阪急线车站。那行装甚至比出门旅行两三天的还要轻简。昨天富永姑母来时,悦子正在舒尔茨家玩耍,到晚上才告诉她这件事,说雪子只是暂时去帮帮忙,不久就回来。所以,正如幸子预想的那样,悦子并未怎样追着赶着要雪子。
出立の日は、辰雄夫婦と、十四歳を頭に六人の子供と、雪子と、九人の家族が、女中一人と子守一人を連れ、総勢十一人で、大阪駅を午後八時半発の列車に乗り込むことになった。幸子は見送りに行くべきだけれども、自分が行けば尚更姉ちゃんが泣き出したりして見っともない光景を演じるであろうからと、わざと遠慮して、貞之助が一人で行ったが、待合室には早くから受付が出、百人近くも集った見送り人の中には先代の恩顧を受けた芸人、新町や北の新地の女将や老妓も交っていたりして、さすがに昔日の威勢はなくとも、旧い家柄を誇る一家が故郷の土地を引き払うだけのものはあった。妙子は、とうとう逃げ廻って最後の日まで本家へ顔を出さずにいて、漸く出立の間際に駅頭へ駈けつけ、混雑に紛れて義兄にも姉にも簡単な挨拶をしただけであったが、帰りしなに、プラットフォームから改札口へ歩いて行く途中で、
启程那天,辰雄夫妇和以十四岁孩子为首的六个小孩,加上雪子,全家九人,另外带了女佣和保姆各一人,共计十一人,在大阪站搭乘那趟晚八点半开的列车。幸子照说应去送行,但她担心自己去了恐怕会使姐姐哭得更难看,有意回避,只有贞之助一个人去了。候车室里早已安排了专人接待,前来送行的将近一百人,其中有蒙受了先代恩顾的艺人,新町和北新地的老板娘和老妓女也混杂其中。虽然不再有昔日的威势,但是作为一个依然以旧时名望为豪的世家,这举家迁离故土的场面也是与之相称的了。妙子一直躲到最后一天也没去本家露面,临到要开车了,她才跑到站台上,在一片混乱中和姐夫、姐姐简单地道了别。她正要回去,从站台走向检票口途中,身后有人说:
「えらい失礼ですけど、あんさん蒔岡はんの娘ちゃんでっか」
“非常冒昧,您是莳冈家的小姐吗?”
と、うしろから呼びかけられて、振り返って見ると、それは舞の名手として有名な新町のお栄と云う老妓であった。
妙子回头看时,原来是位叫阿荣的老妓女,当年善舞,在新町一带颇有名气。
「そうです、わたし妙子です」
“是啊,我是妙子。”
「妙子さん云やはんのん、何番目の娘ちゃんでしたかいな」
“是妙子小姐吗?您在家排行第几来着?”
「一番下の妹です」
“我是最小的。”
「まあ、こいさんでっか。えらい大きうなってでしたなあ、もう女学校卒業しやはりましたんでっか」
“啊,是小妹哪,长这么大了,念完女子中学了吧?”
「はあ、………」と云ったきり、妙子は笑いに紛らしたが、まだ女学校を出たばかりの二十歳前の小娘のように見られることは毎度なので、こう云う場合の胡麻化し方には馴れていた。それにしても、父の全盛時代にこの老妓、―――事実その時分からもう好い加減な老妓であったこの人が、船場の家へもよく挨拶にやって来て、家族の者達に「お栄さんお栄さん」と親しまれたのは、自分がやっと十になるかならぬ頃、かれこれ十六七年前のことなので、それから数えれば今の自分がそんな若さでないことは大凡そ見当が附きそうなものだのに、と思うと心中可笑しくもあったが、今夜は又特別に娘っぽい型の帽子や服を着けて来たせいでもあることは、自分にはよく分っていた。
“哈哈……”妙子笑着把话岔开了。每当别人把她当作刚从女子中学毕业不到二十岁的小姑娘时,她都这样老练地敷衍过去。在父亲事业的全盛时代,阿荣就已是徐娘半老了,她常到船场的家里来请安,家里人都亲热地叫她“阿荣姐、阿荣姐”。妙子当时不到十岁,说来这已经是十六七年前的事情了,从那时算起,应该算出妙子不至于那样年轻。想到这里,妙子心里不由得暗笑。她自己也明白,今天晚上她又特别穿戴着小姑娘间流行的帽子衣服,也难怪阿荣估摸不准。
「こいさん幾つになりはりましてん」
“小妹多大岁数了呢?”
「もうそない若いことあれしまへんで。………」
“已经没那么年轻了……”
「わたし覚えてはりますか」
“您还记得我吗?”
「はあ、知ってます、お栄さんでっしゃろ。………あの時分から、ちょっとも変ってはれしまへんなあ」
“嗨,记得的,您是阿荣姐吧?……您可是一点儿也没变呢。”
「変らんことがおまっかいな、ええお婆ちゃんになりましたがな。―――こいさんは何で東京へ行かはれしまへんのん」
“哪能没变呢,早就成老太婆了。——你怎么不去东京呢?”
「当分蘆屋の中姉ちゃんとこに置いて貰うてまんねん」
“暂时还要在芦屋的二姐家住一阵子。”
「そうでっか。本家の兄さんや姉さんが行ってしまやはって、えらい淋しいことですな」
“是吗?本家的哥哥姐姐走了,一定很寂寞呢。”
妙子は改札口を出てお栄に別れて、二三歩行きかけたところで、「妙子さんじゃありませんか」と、又一人の紳士に呼び止められた。「どうも暫く。僕関原です。この度は蒔岡君がご栄転で、―――」
妙子走出检票口,便和阿荣分手了,刚走两三步,又让一位绅士叫住了:“您不是妙子小姐吗?好久不见了!我是关原。这一次莳冈君荣迁——”
関原と云うのは辰雄の大学時代の同窓で、高麗橋筋にある三菱系の某会社に勤めていた関係から、辰雄が蒔岡家へ養子に来た当座は、まだ独身で始終遊びに来、鶴子の妹達とも馴染んでいたものであったが、その後結婚し、倫敦支店勤務を命ぜられて五六年英国に滞在し、つい二三箇月前に大阪の本社へ呼び戻されたばかりの男で、妙子は彼が最近帰朝した噂は聞いていたけれども、会うのは矢張八九年ぶりであった。
关原是辰雄的大学同学,在位于高丽桥附近的三菱系的某家公司任职。辰雄刚入赘莳冈家时,他还是单身,常来他们家玩,跟鹤子的妹妹们也熟悉了。他结婚以后,又被派往伦敦的分公司任职,在英国侨居了五六年,直到两三个月前才调回大阪总公司。妙子听说过他最近回国的消息,但是已有八九年没见面了。
「僕さっきからこいさんに気がついていたんですが、―――」と、関原は直ぐ「妙子さん」を止めて昔の「こいさん」と云う呼び方に戻りながら、「―――随分久し振りですなあ、最後にお目に懸ってから何年になるかなあ」
“我刚才就看到小妹了。”关原马上不叫“妙子小姐”,恢复用昔日的称呼“小妹”,“真是很久不见了,最后一次看到您过去多少年了呢。”
「このたびは又、御無事に帰朝なさいましてお目出とうございます」
“恭喜您这一次平安归国!”
「はあ、有難う。実は今、プラットフォームでちらとお見かけして、たしかにこいさんに違いないと思ったんですが、それにしてはあんまりお若く見えたもんだから、………」
“啊,谢谢!刚才在站台上一晃看到您,我想肯定是小妹,但是,又觉得看上去太年轻了,所以……”
「うふ、ふ、ふ」と、妙子はさっきと同じように胡麻化し笑いをした。
“嗯,嘿嘿!”妙子像刚才一样敷衍地笑着。
「それじゃ、蒔岡君と一緒に汽車に乗っておられたのが、雪子ちゃんですな」
“这样说来,和莳冈君一起上火车的就是雪子小姐?”
「はあ」
“是的。”
「僕はつい挨拶をしそびれちまったんだが、………お二人とも実にお若いことですなあ。こんなことを云っちゃ失礼ですが、僕は彼方にいる時分にも、始終船場時代のことを思い出しましてね。今度帰って来る時も、もう雪子ちゃんは勿論として、多分こいさんも結婚してしまわれただろう、そしていい奥さんやお母さんになっておられるだろうと思っていたんですが、蒔岡君からまだお二人ともお嬢さんでおられると聞いた時は、何だかこう、自分が五六年も日本を離れていたと云うことがのような、長い夢を見ていたような、………こんなことを云っちゃ悪いかも知れませんが、不思議な気がしましてね。ところが今夜お目に懸って見ると、雪子ちゃんにしてもこいさんにしても、ちっとも歳を取っておられないのには二度びっくりして、自分の眼を疑ったくらいなんですよ」
“我刚才错过和她打招呼的机会了,你们俩实在太年轻了!这样说也许有些失礼,我在外国的时候,也老是回忆船场时代的往事。这次回来时我又想过,雪子自不必说,多半妙子也结婚了,而且成了好太太、做妈妈了。后来听莳冈君说您两位都还待字闺中,我总觉得自己离开日本五六年不是真实的,像是做了一个长梦似的……说这些也许不合适,真叫人不可思议!不过,今天晚上看到你们,雪子也好,小妹也好,都还那么年轻,又使我大吃一惊,我甚至都怀疑自己的眼睛呢!”
「うふ、ふ、ふ」
“嗯,嘿嘿!”
「いや、ほんとうに、お世辞じゃありませんよ。なるほど、こんなにお若くっちゃ、まだ結婚なさらないのも一向不思議はないですな。………」関原は感心したように妙子の帽子の頂辺から靴の先まで見上げ見下ろしながら、「そう云えば、幸子ちゃんは今夜は?」
“不不,真的,这绝不是奉承话。说来也是,像你这样年轻,还没有结婚也就不足为怪了……”关原赞赏地从上到下打量着妙子,问道:“怎么,幸子小姐今天晚上没来吗?”
「中姉ちゃんは遠慮しましてん、別れ際に姉妹で泣いたりしたら可笑しい云うて、―――」
“二姐躲开了,她说姐妹们分手的时候哭哭哭啼啼地让人笑话。”
「ああ、そう云う訳ですか。さっき姉さんは僕に挨拶される時にも、眼に一杯涙を溜めておられましたが、今でもなかなかいい所がありますな」
“啊,原来如此!刚才我向令姐告辞的时候,她满眼含着泪水,到现在她的感情还那么丰富呢。”
「東京へ行くのんに泣く者があるやろか云うて、笑われてますねん」
“哪有去东京还哭鼻子的人呢,别人会笑话的。”
「いや、そんなことはありませんよ。僕なんか久し振で日本女性のああ云うところを見せられて、懐しい気がしますよ。………こいさんは関西に居残りですか」
“不,没有那回事。像我这种人,时隔多年,又看到了日本女性这种真情流露,倒勾起了怀旧之感……小妹留在关西吗?”
「はあ、わたしはちょっと………此方に用事がありますよってに、………」
“啊,我只是暂时……因为这边还有些事情……”
「ふん、そうそう、こいさんは芸術家なんだそうですな。僕聞きましたよ。偉いもんですな」
“啊,对了对了,我听说小妹都成艺术家了!我听说了,真了不起!”
「阿呆らしい。そんなん、英吉利仕込みと違いますか」
“得了吧,这些奉承话一准是你从英国学来的。”
妙子は関原がウィスキー好きであったことを思い出して、その晩も多少這入っているのであろうと察した。そして、如何です、ちょっとその辺でお茶でも、………と云うのを手際よく外して、阪急の方へ急いだ。
妙子记得关原爱喝威士忌,看来他今天晚上也灌了好几杯。当关原邀请说“怎么样?到那边去喝喝茶”时,妙子巧妙地摆脱了他,匆匆向阪急车站方向跑去。