白井智之: エレファントヘッド 一/前兆
desc: 精神科医生象山深爱着自己的家人。但他心知肚明:再幸福美满的家庭,也会因一道微小的裂痕,彻底分崩离析 ——。不久后,他偶然得到神秘药物,就此被卷入一连串超乎常理的杀人案件之中
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ミイラ取りがミイラに、と言われても遠い国の話のようだが、精神科医が精神病に、となると他人事ではない。精神科医が精神病に罹りやすいというのは統計的にも知られた話で、あの大学の先生が診察室の窓から飛び降りたとか、この病院の先生が存在しない患者の診察を始めたとか、そんな噂話は枚挙に暇がない。
去找木乃伊的人自己也变成木乃伊,听上去似乎是某个遥远国度的事情,可是要是精神科医生自己也变成精神病,那就很难说事不关己了。精神科医生易于罹患精神病,这在统计数据上已然是众所周知的情形。这个大学的医生从诊室的窗户里一跃而下,那个医院的医生开始为不存在的患者看病等等,诸如此类的流言不胜枚举。
自宅を見張る女を目にして、象山晴太が考えたのはそんなことだった。
在看到那个监视着自家的女人之后,象山晴太首先想到的就是这个。
神々精医科大学附属病院の精神科で患者を診ること二十三年。見知らぬ誰かに見張られている、なんとかしてほしいと言い立てられたことは数えきれない。だが自分が見張られていると確信したのはこの日が初めてだった。
象山已在神神精医科大学附属医院诊治病患二十三年,号称被陌生人监视的患者求他想想办法,像这样的事情早已见怪不怪了,但这时他头一遭确信自己被人监视了。
専門家がこんなことをしていいのかと不安になりながら、自分の頰をつねる。痛い。神経系異常なし。既往歴、薬歴ともになし。自分が文句の付けどころのない健康体であることを鑑みれば、あの女は本当に象山の自宅を見張っているとみて差し支えないだろう。
他捏了捏自己的脸颊,内心盘算着身为专家这么做是不是太蠢了。好痛,看来神经系统并无异常,既往病史和用药史均是空白。鉴于自身的健康状况挑不出一丝毛病,那就不妨认定那个女人是真在监视象山的家。
そのミニバンは自然公園の出口の前、道路を挟んだ側の路肩に停まっていた。象山の家との距離は五メートルほど。さらに十メートルほど離れたところには馴染みのコンビニがある。
那辆面包车就停在自然公园的出口跟前,马路对侧的路边。距离象山家约五米左右,再隔开十米多远就是熟悉的便利店。
象山はコンビニに併設されたガラス張りの喫煙所に入り、キングバットの小箱を取り出した。ジッポーで火を点けながら、車のドアミラーに目を凝らす。
象山走进便利店附设的玻璃吸烟室,取出一小盒 King Hitter,一边用 Zippo 点着了火,一边紧盯着车的后视镜。
女は黒のデリカの運転席からカーブミラー越しに象山の家を見張っていた。顔は見えないが、ひどくくすんだストール1を肩に巻いている。ネズミ色、いや水浴び後のゾウ色といったところか。耳にはネックバンド型のイヤホン、首には一眼レフ2。週刊誌の記者か、あるいは。
女人正坐在一辆黑色 Delica 的驾驶座上,通过街上的凸面镜监视着象山的房子。虽说看不清对方的脸,不过她肩上围着一条非常黯淡的披肩,是鼠灰——不对,是洗澡后的大象颜色。耳朵上戴着颈挂式耳机,脖子上挂着单反,大抵是周刊杂志的记者。
やはりドアミラーに映ったところだけでは何も分からない。象山はナンバープレートの番号を記憶に刻み込んで、喫煙所を出た。ドアをノックしても逃げられるのが落ちだろう。腹を括ってボンネットの前へ回り込もうとした、そのとき。
仅通过后视镜果然看不出什么,象山将车牌号镌刻在记忆之中,走出了吸烟室,倘若上前敲门的话,想必就能将其吓跑了吧。就在他下定决心要绕到引擎盖前面的时候——
「お父さん?」
“爸爸?”
後ろから声をかけられた。
身后传来了呼唤的声音。
振り返ると、自然公園から出てきた男女が象山に手を振っていた。
回头望去,一对从自然公园里出来的男女正朝象山挥着手。
「どうしたの? ボーナスを入れた財布でも落としたような顔してたけど」
“怎么了?瞧你的表情,就像搞丢了装满奖金的钱包一样。”
女のほうが駆けてきて、象山の背中を叩く。黒のウレタン3マスクで顔の半分を覆っているが、もちろん見間違えることはない。長女の舞冬だった。
少女跑了过来,拍了拍象山的后背。黑色的聚氨酯口罩遮住了她的半张脸。她无疑是长女舞冬。
「いや、えっと──」
“不是,呃——”
路肩から荒々しいエンジン音が轟いた。舞冬が目を剝く。デリカは強引に十字路を右折し、ガガッ、とドアミラーをガードレールに擦らせて猛スピードで走り去った。
一阵震耳欲聋的引擎声自路边传来。舞冬瞪大了双眼,得利卡强行在十字路口右转,后视镜嘎的一声蹭到了护栏上,就这样飞快地扬长而去。
「なに今の。知り合い?」
“怎么了?是你认识的人吗?”
平たく整えた眉が寄る。
舞冬那整齐的俏眉蹙了起来。
象山が「いや」と首を振ると、
象山摇摇头说:
「週刊誌のカメラマンでしょう」
“不认识,是周刊杂志的摄影师吧。”
「アカダマの知名度が上がった証拠ですよ。度が過ぎるようなら手を打ちますが、あまり気にし過ぎないでください」
“这是赤玉知名度上升的证据哦,要是有出格的行为会采取措施的,还请不要过分担心。”
もう一人の男──舞冬のマネージャーのムイが、シャッターを切るジェスチャーをしながら言った。舞冬を家まで送りに来たのだろう。大食駅から象山の家までは自然公園を突っ切るのが一番早い。
而另一个男人——舞冬的经纪人 Mui 则一边摆着按快门的手势一边说道。他是来送舞冬回家的吧。从大食站到象山家,穿过自然公园是最近的路线。
舞冬を安心させるように笑いながら、さりげなく家の周囲に視線を走らせる。口早に来週の予定を確認すると、象山に「わたしはこれで」と頭を下げ、大食駅へ引き返して行った。
他一边笑着让舞冬安心,一边若无其事地将视线转向房子周围,快速确认完下周的计划后,向象山行了个礼说“那我走了”,随即返回了大食站。
「ま、仕方ないね」
“唉,真没办法。”
舞冬はマスクの中でため息を吐き、気持ちを振り切るように顔を上げた。
舞冬在口罩里叹了口气,像是要把郁闷甩开似地抬起头说道:
「お母さんと彩夏には言わないでね。心配させちゃうから」
“这事别告诉妈妈和彩夏哦,会让他们担心的。”
「ああ」
“嗯。”
玄関ポーチをくぐったところで、扉の横に停めたロードバイクに目が留まった。ハンドルに取り付けたバックミラーに、自分の強張った顔が映っている。
象山穿过玄关门廊,将目光停在了门边的公路自行车上,安装在车把上的后视镜里映出了自己紧绷的脸。
象山は幸せだった。幸せ過ぎるといってもいい。精神科医として実績を積む傍ら、妻と結婚し、二人の娘を授かった。妻は女優として活躍を続け、娘たちもそれぞれ選んだ道を歩んでいる。
象山是幸福的,甚至可谓是幸福过了头。作为精神科医生累积实际成绩的同时,与妻子结了婚,生下两个女儿。妻子以女演员的身份一直活跃在公众视野,女儿们也走上了各自选择的道路。
自分でもどうかと思うほど幸せだ。だからこそ、象山は不安でならなかった。あまりに上手く行き過ぎている。こんなときはたいてい、大きなしっぺ返しが待ち受けているものだ。
幸福到连自己都觉得有些不真实。正因如此,象山才感到坐立不安。一切进展得过于顺利。这种时候,往往会有巨大的报复在暗中等待着。
バックミラーに映った自分を見つめる。
象山凝视着后视镜里的自己。
デリカに乗った女を見つけたときの言いようのない感覚──ミイラ取りがミイラに、精神科医が精神病を患ったような心許ない気分が、胸にこびりついて消えなかった。
当他发现那个开着得利卡的女人时那种难以言喻的感觉——就似去找木乃伊的人变成木乃伊,精神科医生患上了精神病——这样的不安一直萦绕心头,久久难以驱散。
初めて父さんが殺されるのを見たのは五歳のときだった。
他初次看到父亲被杀是在五岁那年。
テレビの中の父さんは屈強な欧米人の男に手足を縛られていた。男たちは父さんをギロチン[^27]台に寝かせ、縄を切って刃を落とした。切断された父さんの頭は血を撒き散らしながらごろんと転がってブリキのバケツに落ちた。
电视里的父亲被一个强壮的欧美男人绑住了手脚,男人们将父亲平放在断头台,割断绳子让铡刀掉了下来。父亲登时鲜血四溅,被切断的头颅滚到了铁皮桶里。
それでも父さんは死ななかった。CMが終わると首の繫がった父さんがスタジオに現れ、身振りの大きなタレントたちから拍手喝采を浴びていた。
但父亲并没有死,广告结束后,脑袋好端端连在身上的父亲又出现在演播室里,赢得了动作夸张的表演者们的铺天盖地的拍手喝彩。
父さんは奇術師だった。
父亲是个魔术师。
象山不二夫は過激なステージマジックを得意とする異端の奇術師で、短剣を刺される、胴を切断されるといったお馴染みの演目では飽き足らず、ギロチンで斬首される、手足を縛って水槽に沈められる、はては電気椅子で高圧電流を流されるといった見世物めいた演目まで取り入れ、命がけのショーを繰り返していた。
象山不二夫是擅长激进流舞台魔术的异端魔术师。他对于身插短剑,躯干锋利等耳熟能详的节目仍感不足,遂引入了断头台斩首,紧绑手脚沉入水槽,甚至在电椅上通高压电流的杂技节目,重复着命悬一线的演技。
父さんがフジヤマテレビのプロデューサーに見出されたのは、ちょうど自分が生まれた頃だったという。初のテレビ出演となった『百回死んだ男 絶体絶命スペシャル』が高視聴率を記録したのを皮切り4に、父さんはたびたびテレビに出演するようになる。二つ名の〝百回死んだ男〟そのままに、父さんは特番のたび、北極海に重りを付けて沈められたり、カリフォルニアで身体に爆弾を巻かれ爆破されたり、棺桶に入れてロンドンの地下に埋められたりした。
据说父亲被富士山电视台发掘之时,恰好是自己出生的那年。父亲首次在电视上出演的节目《死了一百次的男人 千钧一发特别篇》创下了极高的收视率。以此为开端,父亲开始频频出现在电视节目上。就这样,每一次的特别节目,父亲不是被带到北冰洋上绑着重物沉入海底,就是在加利福尼亚被炸弹炸死,或是被塞入棺材埋在伦敦的地下。
テレビでは怪人めいた不死の男を演じていたものの、普段の父さんは穏やかで優しかった。母さんが嫌な顔をするので家では奇術を披露しなかったが、それでもときどき、空の財布から百円玉を出したり、割れた茶碗を元通りにしたり、画用紙に描いたカブトムシを取り出してみせたりした。
虽然父亲在电视上扮演的是怪人般的不死之人,可平日里的他却沉静而温柔。因为母亲并不喜欢,因此他并不在家里表演魔术。尽管如此,他仍旧时不时耍耍从空钱包里掏出百円硬币,把打碎的茶杯恢复原状,又或是把图画上的独角仙拿下来的戏法给她看。
そんな温厚な性格も仇になったのだろう。〝百回死んだ男〟としてテレビ出演を重ねるうち、父さんは徐々に塞ぎがちになっていった。
可这般温厚的性格终究成了他的仇敌,身为“死了一百次的男人”,一停不停地出演电视节目,父亲逐渐变得沉闷起来。
スタッフにひどい仕打ちをされたとか、不義理を働かれたというわけではない。お茶の間の人気者だった父さんは、テレビ関係者からも丁重に扱われていた。だが皮肉なことに、その特別扱いが父さんを追い詰めていった。
他并没有遭到工作人员的虐待,也不曾遭遇不讲道理的事。父亲是茶馆店里的红人,电视台的工作人员也对他毕恭毕敬。但讽刺的是,正是这样的待遇让父亲走投无路。
テレビタレントの賞味期限は短い。さまざまな才能の持ち主がテレビの舞台に引っ張り出されては、すぐに飽きられ、忘れ去られていく。ひとたび人気に陰りの出た者は「時代遅れ」「終わった人」の烙印を押され、ときに視聴者の嘲笑に晒されることになる。
电视明星的保质期通常很短,各种有才的人被拉上电视节目的舞台,旋即被人厌倦和遗忘,一旦人气下降,就会被打上“过气”“淘汰者”的烙印,甚至有时还会遭到观众的讥嘲。
父さんがその冷酷なシステムに気づいたのは、テレビの人気者になった後だった。スタッフや視聴者からスターのような扱いを受けるたび、父さんは彼らが掌を返し、自分を嘲笑する日を思い描いた。そしていずれ現実になるであろう想像に心を磨り減らしていったのだ。
父亲看清这样的体制,是在他成为电视红人之后。每当他收到来自工作人员和观众们明星般的追捧时,父亲就会情不自禁地想象着他们嘲笑自己的那一天。就这样,他的心气逐渐被迟早会化为现实的想象消磨殆尽。
息子が十歳のとき。父さんは一念発起し、妄鳴山に別荘を建てた。〝百回死んだ男〟としてのテレビ出演で稼いだ資金を注ぎ込んだその別荘を、父さんは不死館と名づけた。
儿子十岁那年,父亲下定决心,在妄鸣山建了别墅。父亲将自己作为 “死了一百次的男人” 出演电视节目所得的报酬投进了别墅,并将其命名为 “不死馆”。
父さんには二つ夢があった。
父亲有两个梦想。
自ら引き際を決め、引退後は誰の詮索も受けずにひっそりと暮らすこと。そして時折り別荘に子どもたちを招待して、朝から晩までたっぷり奇術を楽しんでもらうこと。この二つの夢を叶えるために建てられたのが不死館だった。本館には子どもたちを泊めるための客室が、別館には奇術ショーのための秘密の地下室が用意されていた。
其一是主动引退,引退后不接受任何人的采访,过上平静的生活,其二是偶尔邀请孩子们到别墅做客,从早到晚尽情享受魔术的乐趣。不死馆正是为了这两个梦想而建的。主屋里设有专供孩子们住宿的客房,别屋里设有专门用来表演魔术的秘密地下室。
だが父さんの夢は叶わなかった。
可父亲的梦想并没能实现。
最後のテレビ出演となる予定だった『百回死んだ男 最後の奇蹟』の撮影中、父さんは地上十メートルの気球で首を吊ろうとし、地上へ落下。頭蓋骨が陥没して脳挫傷を起こし、病院へ搬送された。輸血と開頭手術により一命を取り留めたものの、退院後の父さんは以前のように流暢に喋ることも、真っすぐ歩くこともできなくなっていた。
在预定最后一次出镜的电视节目《死了一百次的男人 最后的奇迹》的拍摄过程中,父亲在离地十米的气球上上吊,结果不慎摔落到地上,颅骨塌陷引发脑挫伤,被紧急送往了医院。虽然通过输血和开颅手术勉强保住一命,但出院后的父亲已然没法像往常那样流利地说话,也没法正常地走路了。
それからの父さんは人が変わったようだった。
从那以后,父亲仿佛变了个人。
リハビリもかねて名残市のマジックバーで働き始めたものの、三カ月後にワインボトルで客を殴って退職。世間から逃げるように山中の不死館へ移り住み、酒に溺れた。わけの分からないことを言って母さんを殴ったかと思えば、「許してくれ」と泣き叫び、「もう死んでやる」とナイフを振り回す。息子の自分は殴られこそしなかったが、目が合うだけで「笑うな」と怒鳴られ、奇術ショーの舞台となるはずだった地下室に閉じ込められた。
他在康复治疗的同时,顺便去名残市的魔术酒吧打工,但三个月后因用酒瓶殴打客人而辞职。为了避世幽居,他搬进了山中的不死馆,沉溺于酒精之中。时不时说着莫名其妙的话殴打母亲,哭着大叫 “原谅我”,挥舞着刀说 “我要死了”。虽说身为儿子的自己并没有挨打,但只要和他对视一眼,就会被痛骂“不许笑”,还会被关进原本被用作魔术表演舞台的地下室。
父さんはいったいどうなってしまったのか。
父亲究竟是怎么了?
自分はどうすればよかったのか。
自己又该怎么办呢?
象山には分からないことだらけだったが、それでも一つ、学んだことがあった。
很多地方虽仍懵懵懂懂,不过象山还是学会了一样事情。
どんなに幸せな家族も、たった一つの小さな亀裂から、あっという間に瓦礫の山に変わってしまう。
无论多么幸福的家庭,都会因为一个小小的裂隙,转瞬间化为一堆瓦砾。
事故から一年後、十一歳で児童養護施設に入れられた象山は、一人で猛勉強に励むようになる。十八歳で神々精医科大学の入学試験に合格すると、奨学金で大学に通い、六年後には医師国家試験に合格。大学病院に勤める傍ら、妻と巡り合い、二人の娘を授かった。
事故发生后一年,十一岁的象山就被送进了儿童福利机构,独自一人开始拼命学习,十八岁那年,他通过了神神精医科大学的入学考试,拿着奖学金升入大学,六年后又通过了国家医师考试。在大学期间,象山遇到了自己的爱人,生下了两个女儿。
それでも。
即便如此——
いや、だからこそ。
不对,正因为如此——
象山がその教訓を忘れたことは一度もなかった。
象山从未忘却这个教训。
2
象山家の朝は忙しい。
象山家的早晨总是很忙。
八月二十二日、午前七時十二分。象山は昨日下ろしたばかりのナイトウェアの袖を捲り、ダイニングテーブルに朝食を並べた。
八月二十二日上午七点十二分,象山卷起昨天刚放下的睡衣袖子,在餐桌上摆好了早餐。
ウッドチェアに座ってテレビを点けると、やたらと涙袋の大きな女性タレント──伊豆美崎が自宅で大麻を育てていたローカルアイドルグループのメンバーを糾弾していた。身内でもないのに朝から大変な剣幕だ。ミヤギ放送の朝の情報番組、『ハローどっこいしょ東北』である。
当他坐在木椅子上打开电视时,眼袋超大的女艺人——伊豆美崎正在声讨在自家种大麻的地方偶像团成员。明明不是自家亲属,却一大清早就这样咄咄逼人。这是宫城广播电视的早间新闻节目《你好呀,东北》。
音量を下げ、味噌汁を一口。ハタハタの塩焼きに箸を伸ばしたところで、
象山调低音量,喝了口味噌汤。刚把筷子伸到叉牙鱼上,就传来了一声质问——
「もぐもぐ博士のバッジ、テーブルに置いてなかった?」
“嚼嚼博士的徽章没放在桌子上吗?”
妻の季々が引き戸を開けてリビングに飛び込んできた。炭酸水メーカーにボトルをセットしてガスを注入しながらアロエの鉢植えに水をやり、「ダイエットサプリ スーパーヒョロリン」なるカプセル剤を飲みながらリビングを舐めるように見回す。このサプリの効能には医師として言いたいことが山ほどあるが、今それを指摘すべきでないことはサルでも分かる。
妻子季季推开拉门冲进客厅,她给汽水机装上瓶子,为芦荟盆栽浇水,然后一边吃下了名为“减肥营养品 超级瘦身灵”的胶囊剂,一边环顾着客厅的角角落落。有关这个营养品的功效,身为医者的象山虽然有一大堆意见,但就连猴子也明白眼下并不能将其戳穿。
「九時の新幹線に乗らなきゃなんないのに。どこ行ったの、博士!」
“我还得坐九点的新干线呢。你到底去哪儿了啊,博士!”
キャビネットとハンドバッグを一通りごそごそやった後、ふいに天啓を得たようにキッチンへ向かい、「あった!」と食器棚の抽斗から小さなピンバッジを取り出した。すぐに踵を返し、シャワールームへ駆け込む。
季季稀里哗啦地翻了一通柜子和手提包后,突然灵光一现似地走向厨房。随着一声“找到了!”,她从餐具柜的抽屉里拿出一枚小小的胸针,立刻转身冲进淋浴间。
季々は女優だ。県内最大手の芸能プロダクション、ホワイトロッジに所属し、ローカル局制作のテレビドラマやCM、舞台などで活躍している。愛らしい風貌とは裏腹にやたらと食が太く、かつてはテレビ出演といえば大食い関連のバラエティ5番組ばかりで何が本業かよく分からない時期もあったが、年齢を重ねた近頃はその手の仕事は落ち着き、実力派女優としての評価を確立しつつあった。
季季是女演员,隶属于县内最大的娱乐经纪公司 White lodge,乃是地方电视台制作的电视剧、广告、舞台剧之类的常客。与可爱的外表相对,她的食欲异常旺盛。曾经有一段时间,她每次在电视上出镜都是参加大胃王相关的综艺节目,乃至于一度搞不清她的主要业务。但随着年龄的增长,她的工作也逐渐稳定下来。
今日は午後から花蒔市内で「もぐもぐ食育フェスタ」なるイベントに登壇するという。大食いで知られる女優に食育を語らせるのはどうかという気もするが、本人はあまり気にしていない様子だ。
今天下午,她将参加在花莳市举办的 “嚼嚼味觉教育嘉年华”。虽然让以大胃王驰名的女演员谈论味觉教育似乎有些不妥,但她本人似乎不以为意。
カラスも驚きの速さでシャワーを浴びた季々がリビングの引き戸を開け、「今日も暑いの?」「もうやなんだけど」と滴を飛ばしながらポリウレタン製のコルセット6のホックを留める。シャツワンピースを羽織った季々の腹回りは先ほどまでとは別人のように細くくびれていた。若い頃は何を食べても太らないと不安そうにしていた季々も、四十を過ぎてからは体形の維持に苦労している。炭酸水を愛飲し、効果の怪しいサプリを常用しているのもそれが理由だ。
季季以把乌鸦吓一跳的速度淋完了浴,打开了客厅的推拉门。嘴里嚷嚷着 “今天咋也这么热啊” “真是受够了”,一边挥洒着水滴,一边扣紧了聚氨酯制的紧身胸衣。身穿衬衫连衣裙的季季的小肚子和先前判若两人。年轻时无论吃什么都不必担心发胖的季季,年过四旬之后也开始为维持体型而烦恼。她钟爱汽水,经常服用可疑的营养品也是出于这个缘由。
「あれ、もぐもぐ博士──」
“啊,嚼嚼博士——”
「ここにいるよ」
“在这在这。”
象山が差し出したピンバッジを襟に留め、コスメポーチと炭酸水ボトルをレザーバッグに突っ込むと、季々は「じゃ」とリビングを飛び出した。玄関へ向かう足音。ガチャ、バタン。
季季将象山递过来的胸针扣在衣领上,把化妆包和汽水瓶插进皮包里,说了声“再见”就冲出客厅,接着是一阵 “喀嚓喀嚓” 奔向玄关的脚步声。
「お父さんのパジャマ、昔のスパイ映画の悪党みたいだね」
“爸爸的睡衣和老间谍电影里的恶棍很像啊。”
タイミングを合わせたように、長女の舞冬がリビングの引き戸を開けた。第一声から察するに、昨日の不審な車のことを気にしている様子はなさそうだ。ピッ、ピッ、と勝手にエアコンの設定温度を下げると、電動歯ブラシを咥えてキッチンへ向かい、低糖質の冷凍食品セットを電子レンジに放り込む。エアコンは冷気を吐き出す代わりに、ぱきぱきと気の抜けた音を奏で始める。そろそろ換え時だろうかと思ったところで、
像是看准了时机一般,长女舞冬推开了客厅的拉门。从登场的第一句话来看,她似乎丝毫不在意昨天那辆可疑的车。她嘀嘀嘀按了一阵,擅自调低空调的温度,然后衔着电动牙刷走向厨房,将低糖冷冻食品套餐甩进了微波炉。不过空调吐出的并非冷气,而是丢了魂一般嘎吱嘎吱地响了一声,就在象山觉得差不多该换空调的时候——
「ねえ、お父はん」
“喂,阿爸。”
舞冬がキッチンから言った。歯を磨きながら喋ったせいででたらめな関西人のようになっている。エアコンの型番を探しながら「何?」と答えると、
舞冬从厨房里喊了一声。因为是边刷牙边说话,登时变成了口齿不清的关西人。象山一边寻找着空调的型号,一边应了声 “干啥”。
「お父さんのパジャマ、昔のミステリー映画で最初に殺される人みたいだね」
“爸爸的睡衣,就像老侦探电影里第一个被杀的人呢。”
次女の彩夏がリビングの引き戸を開けた。季々と入れ替わりでシャワーを浴びていたらしく、セミロングの髪をタオルで拭きながらテレビに目を留めて「時間、やば」と手を速める。涙袋のでかい女性タレントの言葉を遮って、司会の蓑家閑がぼやく。「伊豆さん。そりゃ大麻はよくないけど、別に人殺したわけじゃないんだから」
次女彩夏一把推开了客厅的拉门,似乎继季季之后洗完了澡。只见她一边用毛巾擦着半长不长的头发,一边看着电视,嘴里嘟囔了一声“来不及了”,然后加快了手速。这时主持人蓑家闲打断了大眼袋女艺人,说了句牢骚话——“伊豆女士,大麻固然不好,但也不是啥杀人重罪吧”。
「今日もバイト?」
“今天也要打工吗?”
「そ」
“对。”
彩夏はドライヤーのコードをほどきながら一音節で答え、ゲームのキャラクターが描かれたスマホケースを開いた。
彩夏只回了一个音节,解开了吹风机的电线,然后翻开了绘有游戏角色的手机壳。
彩夏は高校生だ。二年前に入学した神々精国際高校は偏差値も進学実績もまずまずのくせにやたらと校則が厳しいことで知られている。本来は部活の加入も必須らしいのだが、彩夏は持病を言い訳に部活に入らず、体育祭やキャンプなどの課外活動もほとんど欠席していた。
彩夏是高中生,于两年前升入神神精国际高中。这所学校的偏差值和升学成绩只是还算过得去,却以严苛的校规而闻名。学校原本要求所有学生必须参加社团活动,可彩夏以自身患病为借口,没有参加任何社团,体育祭和露营等课外活动也几乎次次缺席。
そんな彩夏が休日の朝から何の準備をしているのか。バイトである。彩夏は一時間でも暇があればシフトをねじ込もうとする根っからのバイト狂いで、夏休みともなれば働き蜂のように朝から晩までバイトに明け暮れていた。自堕落なのか勤勉なのか父親にもよく分からない。学校にばれたら𠮟られるだけでは済まなそうだが、そこは友人と口裏を合わせてうまくごまかしているようだ。
那彩夏从休息日的早上开始都在准备些什么呢?当然是准备打工了。彩夏是个打工狂魔,哪怕有了一小时空闲,也要挤出时间去打工。一到暑假,她更是像一只工蜂般一天到晚都在打工,连自己的老爹都搞不懂这到底算自甘堕落还是刻苦勤勉。倘若被学校知道了,恐怕不是挨批就能完事的吧。不过在这方面,她似乎通过和朋友统一口径,稳妥地蒙混过去了。
「今日はエルムか。ランチは十一時からじゃなかったか?」
“今天是去榆树吗?午餐不是从十一点开始的吗?”
エルムはバイト先の飲食店の一つ。正式な店名をストリートキッチンELMという。
榆树是她打工的餐厅之一,正式名称是榆树街头小厨。
「今日は違うとこ」ドライヤーから熱風が吹き出し、切り揃えた前髪が膨らむ。「キャンプランドで試供品のコカコカライム配んの」
“今天不是在那里哦。”吹风机里热风吹胀了剪齐的刘海,“是在露营地分发可乐酸橙。”
神霧山キャンプランドは神々精市唯一のキャンプ場、コカコカライムは最近やたらとテレビCMを打っている身体に悪そうなアルコール飲料だ。脳天爆発、コカコカライム。
神雾山露营地是神神精市唯一的露营地,而可乐酸橙是近来频繁在电视节目上露面,似乎有害健康的酒精饮料。脑门炸裂,可乐酸橙。
「え、四十度?」
“诶,四十度?”
歯ブラシを咥えて『ハローどっこいしょ東北』を見ていた姉の舞冬が歯磨き粉を飛ばし、ドライヤーの熱風が飛沫を吹き飛ばした。
舞冬叼着牙刷看着《你好呀,东北》,牙膏沫从嘴里喷了出来,又被吹风机的热风带走了。
「昨日に続き、今日もとてつもない暑さになりそうです」お天気キャスターが涼しげなスタジオで言う。「こまめに水分を摂るなど、熱中症にご注意ください」
“继昨天之后,今天也是异常炎热的一天。”天气预报播报员在凉爽的演播室里说着这样的话,“请勤补水分,谨防中暑。”
象山家のエアコンは相変わらずぱきぱき変な音を鳴らしている。
象山家的空调依旧发出古怪的嘎吱声。
「よりによってこんな日に外でバイトしなくても」
“偏偏选这种日子在外边打工啊。”
彩夏は生まれつき腎臓の血管に狭窄があった。ナトリウムや水分が十分に排出されず、血圧が高くなりやすい。毎食後に一錠、血管を広げて血圧を下げるカルシウム拮抗薬を服用している。気温の高い夏は冬のヒートショックのようなリスクは少ないが、とはいえあまり無茶はしてほしくないのが親の本音だった。
彩夏患有先天性肾脏血管狭窄,钠和水分没法及时排除,令血压极易升高。因此每次餐后都要服用一片用于舒张血管降低血压的钙抗结剂,虽说相比寒冬,在高温的夏天发生热休克的风险不算大,但身为父母,本意还是希望孩子别太乱来。
「平気平気。飲み物いっぱいあるから」
“没事没事,喝的东西很多的。”
まさかコカコカライムを飲むつもりか。 さらなる小言が口を突きかけたところで、ピーッ、と電子レンジが鳴った。彩夏がドライヤーのスイッチを切る。
你该不会打算喝可乐酸橙吧——就在进一步诘问的话刚滚到嘴边时,微波炉响起了“嘀”的一声,彩夏关掉了吹风机。
「お姉ちゃん。そこの日焼け止め、取って」「やだ」「いいじゃん」「わたし、あんたの道具じゃないから」「けち」「うるさい」「けっち」根負けした舞冬がキャビネットの日焼け止めを取り、彩夏の顔めがけて放り投げる。「ぎゃー」お天気キャスターが指示棒を下ろし、「以上、お天気でした」満面の笑みを加える。
“姐姐,帮我把那里的防晒霜拿来吧” “不拿” “求你了” “我又不是你的工具” “真小气” “烦什么烦” “小气死了”——再也按捺不住的舞冬拿起柜子里的防晒霜朝彩夏的脸扔了出去。伴随着 “呀——” 的一声,天气预报播报员放下了指示棒,满脸堆笑地说,“好了,以上就是今天的天气预报”。
「やば」彩夏がテレビを見て、「本当に遅刻する」
“不好。”彩夏看着电视说道,“这下真要迟到了。”
「父さんのロードバイク、乗ってもいいぞ」
“你可以骑爸爸的公路自行车去。”
「いい」
“才不要。”
「なんで」
“为什么?”
「なんか、いかつい」
“就感觉……太粗线条了。”
手足に日焼け止めを塗りたくりながら素っ気なく答える。バックミラーやテールライトをカスタムしているのが気に入らないのか。仕上げに制汗スプレーを吹きつけると、
她一面为手脚抹上防晒霜,一面冷淡地回应道。她是不喜欢定制的后视镜和尾灯吗?只见她忙了一阵,最后又喷了止汗露。
「行ってきます」
“我走了。”
転げるようにリビングを出て行く。「帰りは」「夜」「血圧の薬は」「持った」「気を付けて」ガチャ、バタン。 舞冬が一つため息をついて、低糖質食セットを運んできた。食器棚の抽斗から取り出した「喉ケアサプリ スズナール」の瓶を並べ、ウッドチェアに腰を下ろす。
彩夏跌跌撞撞地走出客厅。“啥时回来” “晚上” “血压药呢” “带了” “路上小心”,然后就是开门和关门的声音。舞冬叹了口气,取出了低糖套餐,接着又从餐具柜的抽屉里取出一瓶“润喉宝 芜菁素”,坐在了木椅上。
ようやく穏やかな朝が戻ったと思いきや、舞冬の表情が妙に強張っていた。「喉ケアサプリ スズナール」には医師として言いたいことがあったが、それを指摘するタイミングが今でないのはサルでも分かる。たぶん。
本以为安稳的早餐已经回归,不承想舞冬的表情莫名僵硬起来。有关这个“润喉宝 芜菁素”,身为医者的象山虽然有一大堆意见,但就连猴子也明白眼下并不是戳穿的时机,应该是吧。
「さっきの話なんだけど」
“关于刚才的事——”
左手でサプリの瓶を転がしながら、ごぐっ、と喉を鳴らす。舞冬は気を張っているとき、消化物が喉をせり上がってしまう癖があった。
舞冬的左手转动着营养品的瓶子,喉咙眼里发出咕咚一声。她有一个坏毛病,就是精神紧张的时候,消化物会涌上喉咙。
「さっきの話」が何のことかすぐに思い出せない。素早く記憶を浚って7、「お父はん」とエセ関西風に声をかけられたのを思い出した。
象山一时想不起所谓 “刚才的事” 指的是什么,便快速梳理了一下记忆,旋即想起了被舞冬用似是而非的关西腔叫 “阿爸”的事。
「スパイ映画の悪党が着てる服の話?」
“是有关间谍电影里恶棍的衣服吗?”
わざとおどけて答える。
象山故意怪声怪气地回答。
「会ってほしい人がいるの」
“有个人想见你一面。”
もう一度、ごぐっ、と喉が鳴った。
舞冬的喉咙里再度发出咕咚的怪声。
「恋人?」
“恋人吗?”
こくんと頷く。
舞冬点了点头。
舞冬は大学の同級生と交際していた。親の意向は影響していない。純粋な恋愛関係である。
她正在和大学同学交往,这是纯粹的恋爱关系,不受父母的意见所左右。
「そりゃ構わないけど」
“我是无所谓。”
ある可能性が浮かび、象山は言葉に詰まった。あまり幸せなことばかり続くと、ふいに大きなしっぺ返しがやってくる。そんな危惧が当たってしまったのか。
某种可能性突然浮现在脑海里,象山顿口无言。要是幸福一直持续下去,就有可能突然遭遇巨大的报应,难不成怕什么来什么吗?
「お前、まさか──」
“莫非你——”
「できてないよ」
“我没怀孕哦。”
舞冬が唇を尖らせた。
舞冬撅起了嘴唇。
「ただ、ツアーが始まったら忙しくなるし、それまでにちゃんと紹介しておきたいと思っただけ」
“我只是觉得,巡演开始后可能会忙不过来,想在那之前好好介绍一下。”
ツアーとは、今年の十月から全国七カ所で行われるアカダマのライブ公演、ぶっとびトリップツアーのことだ。
所谓巡演,指的是今年十月开始在全国七个地方举办的赤玉现场公演,号称是 “一飞冲天周游旅行”。
長女の舞冬には二つの顔がある。一つは東北経済大学メディアコミュニケーション学部に通う大学生。もう一つが音楽ユニット、アカダマのボーカル、eriminだ。高校二年のときライヒプロモーション主催のオーディションで銀賞を獲得し、一年後に音楽活動をスタートさせた。
长女舞冬有两张面孔,其一是东北经济大学传媒系的大学生,其二便是音乐组合赤玉的主唱 erimin。高二那年,她在 Reich Promotion 主办的一场选秀中摘得银奖,一年后便开始了音乐活动。
舞冬がアカダマのeriminであることは公にされていない。アカダマはメンバーの素顔や本名を公開しない覆面ユニットで、舞冬は恋人やごく一部の親しい友人を除き、大学の同級生にも自身の音楽活動を打ち明けていないという。
舞冬是“赤玉”的 erimin 一事并未公之于众,因为“赤玉”是不公开成员长相和本名的蒙面组合,除去恋人和少数密友之外,她甚至从未向大学同学透露过自己的音乐活动。
象山は当初、メンバーの素性を一切明かさないという事務所の方針に疑問を抱いていた。だが蓋を開けてみると、この戦略は予想を大きく上回る成功を収めた。デジタルEPとしてリリースした『あんぱんトリップ』が動画アプリで話題となり、『ぶっとびシロップ』『チョコレートで天国』『サウナにGO』『まぜものまぜまぜ』『魔鳥注意報!』も軒並み二百万から五百万回の再生を記録。十月から始まるぶっとびトリップツアーのチケットはすでに完売しており、ついにeriminの素顔が明かされるのではないかとSNSでも話題を呼んでいた。アカダマのプロデューサー兼舞冬のマネージャーのムイによれば、すでに複数のメジャーレコード会社から声がかかっているという。
起初,对于事务所不透露成员真实身份的策略,象山一直抱有疑虑。不过待一切揭晓之际,这一策略所取得的成功大大超出预期。以数字 EP 形式发布的《夹馅面包旅行》在视频平台上引发热议,随后的《一飞冲天糖浆》《巧克力天堂》《桑拿GO》《混合混合物》《魔鸟警报!》也都创下了两百万至两百五十万的播放纪录。从十月开始的一飞冲天周游旅行的门票早已售罄。erimin终于要公开长相了——这在社交平台上也成了话题。根据赤玉的策划者兼舞冬的经纪人穆伊透露,已经有多家大牌唱片公司向她抛出了橄榄枝。
「ムイさんには言ってあるのか?」
“穆伊那边也知道了吗?”
「もちろん。アイドルじゃないし、真剣に考えてるなら構わないって」
“当然了,我们又不是偶像,只要认真考虑就无所谓。”
あの男ならそう言うだろう。アカダマの裏方を一手に担うムイは、少年のように純朴で、どうかと思うほど屈託のない男だった。
像是那家伙会说的话。一手包办赤玉幕后工作的穆伊是个像少年一般单纯,无忧无虑的男人。
「だったら父さんが断る理由はない。いつでも連れてきなさい」
“那么我这个当爹的也没有理由拒绝吧,你可以随时带他过来。”
象山が微笑むと、舞冬もようやく口元を綻ばせた。
象山露出了微笑。舞冬夜终于咧开了嘴。
「あんまり怖い顔しないでね。春、緊張しいだから」
“别摆出一张吓人的脸啦,阿春会很紧张的。”
「どうしようかな」
“那该怎么办呢?”
ちょっと、と笑い声が弾けた。
一阵轻快的欢笑声迸裂开来。
象山は家族を愛している。
象山深爱着他的家人。
女優として確固たる地位を築いた妻に、たゆまぬ努力で道を切り拓く長女、そして持病をものともせず等身大で生きる次女。何度人生をやり直したところで、こんなに素晴らしい家族と巡り合えるとは思えない。
身为女演员的妻子构筑了坚实的地位,长女也通过不懈努力为自己开拓了道路,再加上不顾宿疾坚持自我的次女。无论人生重来几回,都再难遇上这般美好的家人。
そんな幸福を嚙み締めるたび、象山は猛烈な不安に襲われた。どこかに小さな亀裂が隠れているのではないか。すべてを瓦礫の山に変えてしまう、たった一つの小さな亀裂が──。
每当品味着这样的幸福时,象山便会感到一阵强烈的不安。会不会在某处隐藏着一条细小的裂缝,将这一切都化为瓦砾呢?只要一条细小的裂缝——
「伊豆さん、それはさすがに言い過ぎじゃないの?」
“伊豆小姐,这话说得有些过头了吧。”
尖った声が聞こえ、思わずテレビに目をやる。司会の蓑家閑が涙袋のでかい女性タレント、伊豆美崎を窘めていた。
刺耳的声音传了过来,象山不由自主地看向了电视,只见主持人蓑家闲正在责备那个眼袋很大的女艺人伊豆美崎。
「たかが盗撮くらいでさ。この子たちだって将来があるわけだから」
“只不过是偷拍而已吧,这些孩子也该有他们的未来。”
今度は東京の名門中学校で男子生徒が女子更衣室を盗撮していたらしい。
这回似乎聊的是东京某所名牌中学的男生偷拍女更衣室的事情。
「たかがって、蓑家さん──」
“什么叫‘只不过’,蓑家先生。”
「そんなに怒ってばかりじゃ早死にするよ」
“总是发怒可是会短命的哦。”
盗撮の一言が引き金になり、デリカの運転席に座っていた女の姿が脳裏をよぎった。耳にイヤホン、首には一眼レフを提げた女の姿が。
“偷拍” 一词成了契机,象山的脑海中骤然闪过了那个坐在得利卡驾驶座上,耳朵上戴着耳机,脖子上挂着单反相机的女人。
あまり気にしないようにとムイは言っていたが、週刊誌にeriminの素顔をすっぱ抜かれたら、アカダマのプロモーションプランは根底から覆ってしまう。ましてや恋人が挨拶に来たところを撮られでもしたら、舞冬の努力はすべて水の泡だ。東北に拠点を置く独立系の音楽事務所に、週刊誌のスクープを握り潰す力があるとも思えない。
虽说穆伊要他们别太在意,但倘若 erimin 的长相被周刊杂志曝光的话,那么赤玉的宣传计划就会被连根拔起,更别提恋人拜访的场面万一被拍了去,舞冬的所有努力也将付诸东流。一个以东北为据点的独立音乐事务所,似乎并不具备压制周刊杂志独家爆料的能力。
あの女は何者なのか。正体を見極め、対策を講じる必要がある。
那个女人究竟是谁?必须挖出真相,采取对策。
象山は衣装棚を開け、ネクタイを選びながら言った。
象山打开衣柜,边挑选领带边说:
「今日は遅くなるよ」
“今天要晚点回来了。”
3
「ぼく、監視されてるんです」
“我被人监视了。”
涼しげな目元に尖った鼻、薄い唇。外はうだるような猛暑だが、男の白い肌には汗ひとつ浮いていない。無造作に放置したような長髪の癖毛は清潔感を損ねる一歩手前でかえって色気を引き立てている。患者用スツールに浅く座ったその男は、どこかのアイドルグループの真ん中で黄色い声を浴びていてもおかしくないような、非の打ちどころのない美男子だった。
冰凉的眼睛,尖峭的鼻子,轻薄的嘴唇。外边酷热难耐,男人白皙的皮肤上却不见一丝汗水。随意打理的卷曲长发虽然有损清爽感,却反倒衬托出了些许性感。这个浅坐在患者用椅上的男人堪称是无可挑剔的美男子,哪怕站在某个偶像团体的中央 C 位,也不会有任何非议。
「今朝は郵便物が悪魔に漁られてました。うちのドアポスト、蓋が固くなってるんで、誰かが開けると後で分かるんです」
“今早的邮件被恶魔顺走了。我家门上的信箱盖子很紧,一旦被人打开我肯定就能知道。”
この男と話していると美容外科の処置室に迷い込んだような気分になるが、あいにくここは精神科の第二診察室だ。デスクでは観葉植物のフリーセアが葉を広げ、スピーカーからはディズニーオルゴールメドレー──今は『ホール・ニュー・ワールド』だ──が流れている。
一旦和这个男人对话,就似误入了整容外科的诊疗室。但不巧的是,这里乃是精神科的第二诊室,观叶植物彩苞凤梨在此舒展开了叶片,扬声器里播放着迪士尼八音盒组曲——此刻播放的是《A Whole New World》。
象山は大げさにならないように肩を竦めた。
象山不甚夸张地耸了耸肩。
「悪魔も大変ですね。こんなに暑いのに」
“这种大热天,恶魔也挺不容易的。”
「本当ですよ。見つけたら水でもかけてやろうと思ってます」
“也是哦,要是被我找到,真想给他浇一盆冷水。”
強気なことを言いながらも、男は絶え間なく指を組んだり離したりを繰り返している。あまり暴力的な言動が目立つ場合は措置入院を検討する必要があるが、水をかけるくらいなら許容範囲か。
虽然嘴上说着强硬的话,可男人仍旧一停不停地交叉手指复又松开。要是表现出太过惹眼的暴力言行,就必须考虑强制入院治疗。不过倘若只是泼冷水的程度,应该在允许的范围内吧。
「たとえ相手が悪魔でも、乱暴なことはやめてくださいね」
“哪怕对方是恶魔,也不要粗暴行事哦。”
やんわりと釘を刺しながら、タブレットに表示したカルテに目を走らせる。
象山一边为他打预防针,一边看着平板电脑上显示的病历。
裏島一年。三十五歳。半年前、神々精市内の公園で散歩中のコーギーにチョークスリーパー8を極めようとして飼い主に通報され、警察官に神々精医科大学附属病院の精神科へ連れて来られた。自称フリーカメラマンだが、カメラを持っているところは見たことがない。継続的に被害型の妄想症状が現れているが、アルツハイマー病や統合失調症の兆候はなし。象山は妄想性障害、つまり原因不明の妄想症と診断を下していた。
里岛一年,三十五岁。半年前在神神精市市内的公园与散步的柯基玩裸绞而被狗主人报警,被警察带进了神神精医科大学附属医院的精神科。虽说自称自由摄影师,却从没见过他拿着照相机。虽然持续出现被害妄想的症状,但并没有阿尔茨海默病或者精神分裂症的征兆,被象山诊断为妄想性障碍,即原因不明的妄想症。
「ぼくだって乱暴なことはしたくないですけど、悪魔はずっと迷惑行為を繰り返してるんですよ」
“我并不想做粗暴的事,可恶魔一直在翻来覆去地做着给人添麻烦的行为。”
裏島は大げさに下顎を突き出す。まるで今朝食べたハタハタ9だ。
里岛夸张地探出了下颚,简直像极了今天早上吃的叉牙鱼。
「あんまり頭に来たんで、エアコンで部屋をきんきんにして吟醸酒を食らってたら、今度はぱきぱき、ぼたぼたって動物を解体するような音が聞こえてきたんです。あれ、野良猫でもばらばらにしてるんでしょうね。次はお前の番だって、ぼくを脅してるんだと思います」
“我被气坏了,于是就打开空调把房间弄得像冰窖一样,喝起了吟酿酒。这时又听到了啪啦啪啦,咕嘟咕嘟的声音,像是在肢解动物。瞧,我把野猫大卸八块了是吧,下回就轮到你了——大概是在这样威胁我吧。”
リビングのエアコンがぱきぱき鳴っていたのを思い出す。この男の部屋のエアコンもかなり古くなっているのだろう。
这令象山想起了自家客厅里的空调嘎吱作响的事。这个男人家的空调想必也相当旧了吧。
「困った連中ですね」
“真是让人头疼的家伙们呐。”
どんなに突拍子もない言葉も否定しないのが、患者と接する際の鉄則だ。まかり間違っても「それは空気の逆流音ですよ」などと口にすることはない。
不否认任何荒腔走板的言论,这是与病患接触时的铁律。哪怕是误会,也绝不能说出“这是空气的逆流音”之类的话。
裏島と良好な関係を築くことに、象山はこの半年を費やしてきた。妄想性障害に特効薬はなく、認知行動療法も効果は限られる。症状を改善させるには、患者と対話を重ね、意識を少しずつ対象から逸らしていくしかない。そのための第一歩であり、もっとも困難を伴うのが、患者との信頼関係を築き上げることだった。
为了和里岛建立良好的关系,过去六个多月,象山一直有在努力。对于妄想性障碍并没有特效药,认知行为疗法也鲜有疗效。为了改善症状,唯有和患者不断对话,逐渐将意识从对象身上偏移,为此迈出的第一步,也是最困难的一步,就是与患者建立互信关系。
「実は半月前、窃盗もやられました」
“其实半个月前我家还遭过贼。”
ふいに穏やかでない言葉が飛び出す。
对方嘴里突然蹦出一句不太安稳的话。
「何を盗られたんです?」
“有被偷什么东西吗?”
「命の次に大事なもの。酒です。夜更けに缶ビールを一パック買ったんですけど、翌朝、目を覚ましたら、缶が全部空になってたんです」
“我把酒看得比命还重要。那天深夜买了一罐啤酒,结果第二天早上醒来一看,罐子都喝空了。”
思わずこぼれそうになった苦笑を嚙み殺し、「それはひどい」と腕を組む。
象山强忍着差点蹦出嘴来的苦笑,抱着胳膊说了声“那可太过分了”。
何者かに監視され、攻撃を受けている。裏島の訴えは被害型妄想の典型的なものだ。だが彼の症状のすべてが教科書通りかといえば、そうとは言えない部分もある。
遭到某人监视,受到攻击。里岛的控诉正是典型的被害妄想症状,可要是说他的一切症状都如教科书上所写的那样,倒也不尽如是。
この種の妄想はほとんどの場合、何らかの具体的な犯人像と結びついている。自分を騙そうとする家族。監視する隣人。噓の噂を広める同僚。陰謀を企てる国際機関や秘密結社なんてのもある。だが裏島は、自身を監視し、意地悪にビールまで奪っていく悪魔の正体を、具体的に語ったことがなかった。
这种妄想大都与某种具体的犯罪形象相系相连。欺骗自己的家人,监视自己的邻居,散播谣言的同时,甚至还有策划阴谋诡计的国际组织和秘密结社之类。但里岛从来没提到过具体是谁在监视自己,乃至于故意抢走啤酒的恶魔究竟是什么人。
この男の妄想はどこからやってきたのか。悪魔がいると思い込むきっかけがあったとすれば、それはいったい何だったのか。
这个男人的妄想症状究竟从何而来呢?倘若是某个契机令他深信存在恶魔,那究竟是什么呢?
「ねえ先生」裏島はだらんと伸びたピンクのパーカーの袖から指を出し、とんがった鼻を搔いた。「もし先生が、ぼくみたいに悪魔に監視されたら、いったいどうします?」
“话说啊医生——”里岛里松垮的粉色连帽衫袖子里伸出手指,挠了挠尖峭的鼻子,“要是医生像我一样被恶魔监视的话,又会怎么做呢?”
黒のデリカが脳裏をよぎった。
那辆黑色的得利卡倏然在脑海掠过。
思わず目を瞑る。あの女は実際に象山の家を見張っていた。この男を監視している悪魔とはまったくの別物だ。
象山不禁闭上了眼睛,那个女人是真的在监视象山家,她和这人所谓的恶魔完全是两码事。
「わたしは医師です。悪魔に立ち向かう術は学んでいません。残念ですが諦めるほかないでしょう」
“我是医生,还没学会该怎么对抗恶魔。很遗憾,我只能投降了。”
といっても、と間髪入れずに言葉を継ぐ。
虽然这么讲,可他还是立刻接了句话:
「この国では一億人以上の人たちが、それぞれ問題を抱えながら、それなりに折り合いをつけて暮らしています。だから悪魔がいたって、それなりになんとかやっていけるんじゃないか。とまあ気楽に考えますね」
“这个国家有一亿多人,每个人都有每个人的问题,却各自达成妥协各自生活。所以即便真有恶魔存在,我们也能以某种方式苟且度日,像这样乐观地考虑就行了。”
「なるほど」
“原来如此。”
裏島は背筋を伸ばして、右手を頰に押しつけた。
里岛挺直了腰杆,将右手贴在右脸颊上。
「諦めるというのは、なかなか良い案ですね」
“看来投降是个不错的选项呢。”
そんな仕草まで妙に様になっていた。
他连这样的动作都透着奇怪的味道。
4
神々精医科大学附属病院の理事長はインターネットを恐れている。
神精医科大学附属医院的理事长非常害怕网络。
きっかけはお隣りの名残総合病院の職員が「おっさんの病室臭すぎ」と患者をからかう文言をSNSに投稿し、それから二年足らずで閉院に追い込まれたことだった。
契机是隔壁的名残综合医院的职员把“大叔的病房臭死个人”之类调侃病患的言论传到了社交网络上,之后不到两年就被迫关门。
地域の人口減少によってただでさえ経営が傾いているところに、職員へのクレームがSNSで拡散するような事態になれば、長年囲い込んできた地域の患者さえも失いかねない。患者の揶揄が許されないのは当然として、あの先生が話を聞いてくれなかったとか、この看護師が休憩室で小言を洩らしていたとか、ほんの些細な口コミでも病院にとっては致命傷になりうる。理事長は日々、ネット上の書き込みに目を光らせては、患者と接する際の心得を職員のメールアドレスに送りつけ、病院を炎上から守り抜こうとしていた。
由于地区的人口减少,原本就在惨淡经营,要是针对职员的投诉一旦在SNS上散布出去,那就有可能连长年的铁杆患者都会丢失。当然,对患者的嘲讽绝不能容忍。但诸如 “那位医生没认真听我说话”、“这个护士在休息室发牢骚” 之类的琐碎网络评价,对医院而言都可能是致命打击。理事长日日紧盯网络舆情,不断向全体员工邮箱发送接待患者的守则,竭力守护医院免遭舆论风暴。
そんな理事長の不安にもっとも振り回されてきたのが、精神科であることは間違いない。
最令理事长放不下心的,无疑精神科。
三年前まで、第三病棟の屋上には小さな広場があった。開放病棟の患者たちが自由に日を浴びられるようにと整備されたもので、象山も診察の合間に足を運んでは、患者たちに交じってキングバットをふかしていた。
直到三年前,第三病房楼的屋顶有一个小广场,这是为了让开放病房的患者们能够自由地沐浴在阳光下而修建的。象山也经常在诊疗的空隙来到这里,和患者们一起抽 King Hitter。
だが三年前、韓国の大学病院でセンセーショナルな事件が起きる。精神科の患者が相次いで屋上から飛び降り、命を絶ったのだ。事件は日本でも大きな話題を呼び、院内で虐待があったのではないか、何者かが患者を突き落としたのではないか、はたまた数年前に自殺した患者の呪いではないかと根も葉もない当て推量が飛び交った。
可就在三年前,韩国大学医院发生了骇人听闻的事件。精神科患者纷纷自屋顶跳下,相继轻生。这事在日本也引发了热议,是医院内存在虐待行为,是有人把患者推下了楼,又或者是几年前自杀的病人留下的诅咒——这般毫无根据的流言一时间满天乱飞。
韓国警察の見解は、精神病棟という閉ざされた環境の中で集団パニックが生じた、という至極まっとうなもので、現地の専門家からも異論は出ていなかった。
而韩国警方的见解是,在精神病院这种封闭的环境中滋生了集体恐慌,这可谓是十分正经的观点,当地的专家也没有提出异议。
だが神々精医科大病院の理事長は、この事件に最悪の対応を選んだ。
可神神精医科大学附属医院的理事长却对该事件采取了最糟糕的回应。
同様の事件が起きないよう対策を講じるとすれば、患者たちが羽を伸ばせる環境をさらに増やし、ストレスの軽減に努める、ということになるだろう。だが日頃からネットの風評に怯えていた理事長は、それとは正反対の策を講じた。患者たちの屋上への出入りを禁止したのである。
若要采取对策防止类似事件发生,就该为患者创造一个相对自由的环境,尽力减轻压力。但平时就被网上的谣言吓得胆战心惊的理事长却采取了与之完全相反的策略,即禁止患者出入屋顶。
こうして第三病棟の屋上に、まったく人気のない広場が取り残されたのだった。
就这样,在第三病房楼的屋顶上面,留下了一个空无一人的广场。
「先生に聞きたいことがある。いつものところでどうだ?」
“有点事想咨询你,老地方见怎么样?”
午後五時五十分。十三階の医局で入院患者のカルテを整理していたところにひどいだみ声の男から連絡を受け、象山は階段を上って第三病棟の屋上を訪れた。
下午五点五十分,象山在十三楼的医生办公室整理入院患者的病历,就在这时,他接到了一个声音严重嘶哑的男人的联络。于是他走上楼梯,来到了第三病房楼的房顶。
「病院ってのはなんでこんなに辛気臭いんだろうな」
“医院里为什么这么憋屈啊。”
シイの木の下の日陰から、芋窪鈴馬が声を飛ばす。手すりに肘を突き、向かいの第一病棟の廊下を行き交う職員を眺めながら。
芋窪铃马在米槠树的背阴处喊了一声,他将胳膊肘撑在扶手上,望着对面的第一病房楼的走廊上来来往往的职员。
「生きた心地がすんのはこの屋上くらいだ」
“能让人感到活着的去处也只有这个屋顶了。
第一病棟に背を向け、黄ばんだ目で屋上を見回す。レモンイエローのベンチにピンクの貯水槽。巨大な土桶に植えられたシイの葉が揺れている。東北にはシイがほぼ自生していないこともあって、どこか遠くの公園が地上五十メートルまで浮かんできたような非現実的な印象を受ける。
他转身背对着第一病房楼,用他那昏黄的眼睛环顾周遭。柠檬黄的长椅,粉色的蓄水池,巨大的土桶里种着的米槠树的叶子在摇晃不定,这种植物在东北地区几乎没有野生,给人一种缺乏现实的感觉,就好似远方的公园悬浮到了离地五十米的地方。
「用件は何でしょう」
“找我有什么事吗?”
象山がタブレットを小脇に木陰へ入ると、
象山腋下夹着平板电脑走进了树荫。
「多重人格者ってのは本当にいるのか?」
“多重人格的患者真的存在吗?”
芋窪はカップ入りのアイスコーヒーを差し出しながら言った。
芋窪边问边递出一杯冰咖啡。
「中学生の娘を強姦しようとしたカス野郎が、自分は多重人格だって言い張ってるんだ。おれが娘を襲うはずがない。やったのはカリフォルニア育ちのジェイクって変態野郎なんだと」
“那个对上初中的女儿欲行不轨的人渣坚称自己是多重人格,说自己绝不可能袭击女儿,凶手名叫杰克,是个在加利福尼亚长大的变态。”
口を開けば無知と偏見が溢れ出るこの男は、神々精警察署の刑事課に籍を置く警察官だった。
这个一开口就满是无知和偏见的男人乃是神神精警署刑事科的警官。
「すぐにぼろが出ると思ったんだがな。朝から晩まで十二時間、飯、水、休憩なしで怒鳴り倒してやっても、ジェイクはいるって言い張って譲らねえんだよ」
“本以为很快就能抓住他的小辫子,可任凭我们从早到晚整整十二个小时,不给饭,不给水,不给休息,只对他破口大骂,他也坚称杰克是存在的,怎么都不肯让步。”
階級は警部補。職業倫理は緩み切っているがそれなりに鼻は利くようで、市内の酔っぱらいやひったくりやかっぱらい、まれに人殺しや放火犯などを熱心に追い回し、それなりの釣果を上げている。十年前、市営住宅で七十代の女性が殺された事件──死体がバラバラにされ、十センチおきにぴったりと並べられていた──について意見を求められたのがきっかけで、その後も時折り相談を受けていた。
芋窪的级别是警部补,虽说在职业伦理上有些松懈,不过鼻子倒是挺灵,他对追捕市内的醉鬼,抢劫犯和窃贼之类异常热心,偶尔也会追查杀人犯和纵火犯,亦颇有斩获。十年前,市营住宅发生了一起七十多岁的老妇遇害事件,尸体被肢解成数块,每块恰好相隔十厘米——他找象山征求意见正是以这桩案子为开端,此后也会时不时过来咨询。
「考えてみろ。おれなんかこの酒漬けの脳味噌で一個の人格を切り盛りすんので精一杯なわけだよ。それがあのカスの脳に二個も三個も人格が収まってるなんて、そんな虫のいい話があるとは思えねえんだよな」
“想想看吧,我靠这个掉进酒缸的大脑维持一个人格都已经竭尽全力了,可那个人渣的大脑里竟会有两三个人格,真的存在这种只对自己有利的说法吗?”
「その方については診察してみないと分かりません。ただ、俗にいう多重人格──医学的にいうところの解離性同一性障害は実在する疾患です。WHOの診断基準にも記載がありますし、わたしも何度か診察しています」
“得去诊察一下才能知道。不过俗称的多重人格,也就是医学上所谓的解离性同一性障碍是实际存在的疾病。WHO 的诊断标准上也有记载,我也曾多次诊疗过相关病例。”
数人の患者を思い浮かべながら答える。
回答的时候,象山的脑子里浮现出几个患者的身影。
「そいつらはもとから脳味噌がでけえのか?」芋窪はシイの葉から肩に落ちたアブラムシに目を留め、「それとも後から膨らんで頭蓋骨がぎゅうぎゅうになってんのか?」鬱陶しそうに弾き飛ばす。
“那家伙的脑子原本就比较大吗?”芋窪的目光停留在从米槠树叶片表面掉下来的蚜虫身上,伸出手指烦躁地将其弹飞,“还是说得病后膨胀了,把头盖骨撑得满满的?”
「脳の大きさは変わりませんよ。複数の人格を持つ解離性同一性障害の患者さんも、別に脳が何倍も仕事をこなしてるわけじゃありません」
“大脑的大小是不会变化的,罹患解离性同一性障碍的患者,大脑的负荷也不会增加数倍。”
象山はコーヒーを飲み干し、カップの蓋を外した。容器を二つに仕切るように手を置く。
象山喝干了咖啡,打开杯盖,把手放在将容器一分为二的位置上。
「この病気の方は、何らかのストレスに対応するために人格を分裂させています。意識の入った器をこうやって切り分けることで、ストレスが器全体に広がらないようにしてるんです。だから脳の大きさ自体は変わりません」
“患有这种疾病的人,会为了应对某种压力而将人格分裂。以这样的方式分割盛放意识的容器。使压力不至于扩散至整个容器,因此大脑的大小本身是不会改变的。”
芋窪は足元にカップを置き、ポケットから青のキャメルを取り出した。
芋窪将杯子放在脚边,从口袋里取出一包蓝色的骆驼牌香烟。
「言ってることは分かるが、なんか虫が良すぎる気がすんだよな」
“我懂你的意思,可感觉这样的说法太过理想化了。”
そう言われても困る。
这种说法也着实令人犯难。
「一つ付け加えると、わたしや芋窪さんの脳に複数の人格を存在させるだけの性能がないかといえば、決してそんなことはありません」
“我还得补充一点,如果说我和芋窪先生的大脑不具备容纳多重人格的能力,那就绝对是错的。”
象山は芋窪のカップを取り、二つの容器を横に並べた。
象山拿起芋窪的杯子,将两个容器并排摆放。
「我々の脳にはこれくらい──いや、実際はこれを遥かに上回る容量があると言われています」
“比方说我们的大脑有这么多容量——不对,实际上远远不止。”
「人間は脳を十パーセントしか使っていない、みたいなやつか」
“人类仅使用了大脑的百分之十,是这样的说法吗?”
「それはデマです。もっと単純な話ですよ。芋窪さんは地上でもっとも脳の大きい動物を知っていますか?」
“那是谣言,事实上还要简单。芋窪先生,你知道地球上脑容量最大的动物是什么吗?”
芋窪が、ぶっ、と口で屁をこく。
芋窪“噗”地用嘴憋出放屁声。
「知るわけねえだろ」
“我怎么可能知道。”
「アフリカゾウです。脳は約四・二キロ。人の脳が約一・四キロですから、およそ三倍ですね。アフリカゾウは確かに賢いですが、人の三倍の知性を持っているかといえばそんなことはありません」
“是非洲象哦。它的脑约重四点二公斤,而人脑约重一点四公斤,因此约是三倍。非洲象很聪明倒是不假,可它的智力有人类的三倍吗?”
「そりゃ図体がでけえからだろ」
“那是因为它块头大吧。”
「おっしゃる通り。身体の大きい動物はその分脳も大きくなる傾向にあるので、人とアフリカゾウの脳をそのまま比べることはできません。そこで異なる種の知性を比較するために考え出された基準の一つが、大脳化指数です。これは脳の重さを体重の三分の二乗で割り、定数をかけ合わせた値で表されます」
“就是这个道理。体型较大的动物脑容量往往较大,因此人类和非洲象的大脑并不能直接拿来比较。因此,为了比较不同物种的智力,人类想出的标准之一便是脑化指数。即用大脑的重量除以体重的三分之二次方,然后乘以某个常数。”
芋窪はゾウに尻を撫でられたような顔をした。
芋窪露出一副像是被大象摸了屁股的表情。
「ネコの大脳化指数を一とすると、アフリカゾウは一・三。ゴリラは一・五から一・八。チンパンジーですら二・二から二・五です。ところがわたしたち人間の大脳化指数は、七・四から七・八にまで達します」
“倘若猫的脑化指数为一,那么非洲象就是一点三,大猩猩是一点五到一点八,黑猩猩则是二点二到二点五,不过我们人类的脑化指数则达到了七点四到七点八。”
「そんだけおれたちが賢いってことだろ」
“这就是说我们更聪明吧。”
「その通りですが、それだけでは説明がつきません。さまざまな動物の進化の過程を観察すると、彼らの大半が脳と身体を同時に大きくしてきたことが分かります。でも人は進化の途中で身体を大きくするのをやめ、なぜか脳ばかり大きくしてきました。我々の大脳化指数が著しく大きいのは、むしろ身体が小さ過ぎるせいなんです」
“就是这样,但仅凭这点仍无法解释。要是观察各种动物的进化历程,便能发现他们中的绝大多数同时增大了大脑和身体,可是人类在进化的过程中停止增大体型,却不知为何只扩张了大脑。我们的脑化指数之所以这么高,毋宁说是我们的身体太小了。”
象山は芋窪の頭を指し、
象山指着芋窪的头说:
「現にゴリラの脳の皮質ニューロンは四十三億個、チンパンジーでさえ六十二億個ほどなのに対し、人は桁違いの百十五億個。これにもっとも近いのは、百十億個の皮質ニューロンを持つアフリカゾウです。アフリカゾウの体重はだいたい四千キロから七千キロですから、芋窪さんの脳にも、あと二、三人の身体を動かしてもお釣りが来るくらいの性能は備わっているはずですよ」
“事实上,大猩猩的大脑皮层神经元有四十三亿个,黑猩猩也有六十二亿个,而人类则有一百一十五亿个,相差悬殊。最为接近人类的乃是拥有一百一十亿个大脑皮层神经元的非洲象,考虑到非洲象的体重一般在四吨到七吨之间,因此按芋窪先生的大脑性能,再额外控制两三个人理应还绰绰有余。”
「よく分かった」芋窪はカップをひったくり、吸い殻を捨てた。「大変面白いお話だが、あいにくおれはラクダにしか興味がねえんだ」
“知道了。”芋窪夺过杯子,扔掉烟头,“这说法确实有趣,但不巧的是我只对骆驼感兴趣。”
キャメルのケースを振って、屋上を出て行こうとする。
他晃了晃骆驼烟盒,预备离开屋顶。
「あ、待ってください」
“哦,请等一下。”
芋窪が迷惑そうに足を止める。
芋窪不耐烦地停下了脚步。
象山が勤務中に着信を受けたのには理由があった。こちらもこの男に用があったのだ。
象山在工作时间接电话也是有原因的,他自己也有事情要委托眼前的这个人。
「頼みたいことがあるんです」タブレットの画面をタップし、メモしておいた文字を読み上げる。「この車の持ち主を教えてくれませんか」
“有件事想拜托你一下。”象山轻触平板电脑的屏幕,念出了事先记下的一串数字,“你能告诉我这辆车的主人是谁吗?”
家の前に停まっていた黒のデリカのナンバーだった。
这正是停在自家门口的那辆黑色得利卡的车牌号。
「馬鹿言うな。今は昭和じゃねえんだぜ。そんなもん洩らしたら良くて停職、下手したら地方公務員法違反で書類送検だ」
“别说这种蠢话了,现在可不是昭和时代。要是胆敢泄露这种信息,轻一点会被勒令停职,搞不好就会因为违反地方公务员法而被移交法院。”
昭和から時代を飛び越えてきたような脂臭いスーツの男が、呆れた様子で手を振る。飯、水、休憩なしで容疑者を怒鳴り倒していたくせに、どの口が言うか。
这个身穿油腻西装,一眼看去就像是从昭和时代穿越来的男人呆然地摆了摆手。明明对嫌犯实施了不给饭不给水不给休息只给痛骂的暴力,现在居然还有脸说这样的话。
「そこをなんとか。この車に家を見張られてるんです」
“帮帮忙吧,这辆车在监视我家。”
「被害届は?」
“你报案了吗?”
「出してません」
“没。”
家の前に車を停められただけでは出しようもない。
仅仅只是家门前停了辆车,所以也没办法报案。
「じゃあどうにもならねえな」
“那我这边也没办法了。”
芋窪はカップを捻り潰そうとして、「いや」と手を止めた。
芋窪正待捏扁杯子,却“唔”的一声停下了手。
「やり方があるんですね」
“有办法对吗?”
「手は貸さねえよ。でも自動車検査登録事務所に行けば一般人でも登録番号の開示請求ができる。いくつか条件があったはずだが、その気になりゃなんとかなるだろ」
“我是帮不了你的。不过要是你去车辆检测登记办事处的话,哪怕是普通人也能申请查看注册号码。虽然有一些条件,但只要你真想知道,总归会有办法的。”
なるほど。刑事の手を借りずに済むならそれに越したことはない。
原来如此。要是能不借助警察的手就能办妥,那自然再好不过。
「ありがとうございます。やってみます」
谢谢,我会试试看的。”
象山が頭を下げると、
象山低头行了个礼。
「これで貸しはちゃらだ。先生がかわいい患者さんに手を出したらそんときは容赦しねえぞ」
“这下我们就两不相欠了。医生你要是胆敢对可爱的患者下手,我可不会手下留情的哦。”
ふいに一陣の風が吹き、時代錯誤な男の頭をシイの葉が引っ叩いた。
一阵风骤然吹过,米槠树叶片掉了下来,拍在了某个与时代格格不入的男人的脑袋上。
5
待ち侘びていたパレードがやってきたと思ったら、気づいたときにはもう余韻もなく通り過ぎている。この年の夏には、喩えるならそんな虚しさがあった。
就像是期待已久的游行队伍终于到来,待回过神来的时候已经无影无踪,丝毫没留下余味。倘若打个比方,这一年夏天就是如此空虚。
七月の終わりまでずるずると梅雨前線が居座っていた時点で、嫌な予感はしていた。八月に入って梅雨が明けたと思いきや、台風に次ぐ台風。その合間も夏らしい青空は見られず、中途半端な曇り空が続いた。
一直到七月末,梅雨前线仍盘踞于此,这已让人预感不妙。待八月来临,本以为梅雨行将散去,不承想又迎来了接连不断的台风。哪怕是在台风的间隙,也看不到夏日该有的湛蓝天空,唯有持续不断的半阴半晴。
そして迎えた八月二十一日。学生たちの夏休みも残りわずかとなったその日、ついに忌まわしい雲が消え去り、眩い日差しが列島を照らした。爽やかというには些か日差しが強すぎたが、待ち侘びた夏の到来に誰もが胸を躍らせた。翌二十二日、もぐもぐ博士のバッジを胸に「もぐもぐ食育フェスタ」へ出かけた季々や、試供品のコカコカライムを配りにキャンプ場へ向かった彩夏も、それまでよりはどこか潑溂としていたような気がする。
终于迎来了八月二十一日,在学生们的暑假所剩无几的这天,不祥的乌云终于散去,耀眼的阳光照耀着列岛。阳光过于炙热,很难称得上舒爽,可等待已久的夏天终于到来还是令所有人都雀跃不已。第二天,八月二十二日,季季胸前戴着“嚼嚼博士”的徽章参加了“嚼嚼味觉教育嘉年华”,彩夏也拿着试用装的可乐酸橙前往了露营地,两人似乎都比先前活泼了不少。
だが八月二十三日。列島は再び雨雲に覆われた。
可到了八月二十三日,列岛再度为雨云所覆盖。
まさかそんなはずはない。例年はあんなにも鬱陶しい灼熱の日々が、たった二日で終わるはずがない。誰もが自分にそう言い聞かせたはずだ。だがこの年の夏、天気予報に太陽が並ぶことはついぞなかった。
这不可能。往年那令人心烦的炎热日子,绝不会仅仅两天不到就结束了。每个人都这般告诉自己。而今年夏天的天气预报里从未出现连续的晴天。
そんな世間の気だるい空気に誰よりも影響を受けるのが、精神科の患者たちである。八月二十七日。顔を曇らせた患者たちが立て続けに症状の悪化を訴えた、木曜日の午後。
而在如此压抑的氛围中,影响最大的莫过于精神科的病患们。八月二十七日,周四下午,脸色阴沉的患者们接连抱怨着症状恶化。
「ついにやられましたよ」
“我终于投降了。”
第二診察室の引き戸がぴったり閉まったのを確かめて、裏島一年もそう切り出した。
确认完第二诊室的门关得严严实实后,里岛这般开口道。
さりげなくカルテを見返す。前回受診したのが八月二十二日だから、まだ五日しか経っていない。
象山随手翻了下病历,上回诊察是在八月二十二日,因此仅仅过了五天。
「ぼく、諦めようとしたんです。どうせ悪魔から逃れられないなら、相手をせずに自由気ままに生きてやろうって」
“我大概要投降了吧。既然没法甩脱恶魔,那就别与他为敌,自由自在地活下去吧。”
がりがりと癖毛を搔き回しながら言う。沈鬱な表情にも、海外のファッションモデルのような色気が漂っている。
他一边说着,一边挠着头发上的卷毛。虽然面色阴沉,却透露出堪比海外时装模特的迷人气质。
「でも駄目でした。悪魔はとうとうぼくの命を狙い始めたんです」
“可是行不通啊,恶魔终于开始威胁我的性命了。”
ふいにピンクのパーカーを捲り上げる。胸にさらしのようなサポーターが巻いてあった。
里岛突然掀起了粉色连帽衫,只见他的胸口围着一条漂白布模样的松紧式绷带。
「一昨日の夜でした。原付10で近所の酒屋にビールを買いに行ったら、真っ青な車が猛スピードで十字路に突っ込んできたんです。運転手が悪魔に操られていたんでしょう。とっさに受け身を取ったから胸骨だけで済みましたけど、あのままだったら全身粉々で今ごろ雲の上でしたよ」
“前天晚上,我骑着电动车去附近的小酒馆买啤酒,突然一辆深蓝色的车飞速冲进了十字路口,司机一定是被恶魔操纵了。多亏我立刻受身,所以只有胸骨受伤,否则现在的我搞不好已经在天上了。”
オルゴール版の『星に願いを』が意味深に響く。パーカーの裾を下ろす仕草もひどくぎこちなかった。
八音盒般的《向星祈愿》意味深长地回荡着,里岛放下连帽衫下摆的动作也显得非常笨拙。
「そのこと、警察には?」
“这事你报警了吗?”
「言ってません。お巡りさんじゃ悪魔には敵いませんから」
“没报,因为警察是敌不过恶魔的。”
大げさに手を振り、「痛っ」と胸を押さえる。十字路で一時停止したのかと尋ねたくなり、ぐっと言葉を吞み込んだ。
他夸张地摆了摆手,然后捂着胸口大喊一声“好痛”。象山很想问他是不是把电动车停在了十字路口,但还是硬生生把话憋了回去。
「裏島さんが無事で良かったです。患者さんの命を守るのが我々の一番の使命ですから」
“里岛先生,平安无事真是值得庆幸。保护患者的性命是我们的头号使命。”
「でも嫌がらせは止んでません。昨日は一日中痛くて寝込んでたんですけど、だんだん布団からひどい臭いがし始めたんです。あれはきっと毒ガスですよ。あいつらのやり口は陰湿で先が読めません」
“可骚扰并没有停止。昨天一整天我都痛得躺在床上,被褥里渐渐飘出一股可怕的臭味,这一定是毒瓦斯,恶魔的伎俩太过阴毒,让人难以想象。”
下顎を突き出し、ハタハタ顔でぼやく。
里岛扬起下巴,摆出叉牙鱼的脸嘟囔着。
「裏島さん。脳の検査はされましたか?」
“里岛先生,你做过脑部检查了吗?”
「してませんよ。ぼく、頭は頑丈ですから」
“没,我的头牢得很哦。”
「念のためやっておきましょう」クリアファイルからMRI検査同意書を抜き、裏島に差し出した。
“以防万一还是检查下吧。” 象山从透明文件夹中取出核磁共振 MRI 检查的同意书递给里岛。
「ざっと目を通して、問題なければ一番下に署名してください」
“大致看下吧,要是没有疑问,就在最底下签上名字。”
裏島は野良猫のように身を縮め、訝しげに目を細めていたが、
里岛好似流浪猫般蜷着身子,狐疑地眯起了眼睛。
「悪魔が悪いものを植えつけていないか調べる検査だと思ってもらえれば」
“我得看看恶魔是否在你体内植入了什么邪恶之物,只要把这当成这样的检查就好。”
象山がそう付け加えるなり表情を崩し、
象山又补充了一句,里岛的表情马上松弛了下来。
「それは大切ですね」と子どものような字で署名した。
“这的确很重要。”他像小孩一样签下了自己的名字。
「ぱんつくったことある?」
“你做过面包吗?”
目的地の近くに駐輪場がないので、仕方なく「コンセプトホテルガネーシャ11」の駐車場にロードバイクを停めた。県道から脇道に入り百メートルほど。寂れた雑居ビルとナラ枯れしたシイが辺りの印象を暗くしている。
由于目的地周边没有停车场,因此象山只得把公路自行车停在了“象头神概念酒店”的停车场里。从县道拐进岔道大约一百米的位置上,寂寥的商住楼和凋敝的米槠树使得周围的氛围变得愈加阴暗。
「え、パンツ食ったの?」
“啊?你吃内裤?”
フェンスとタイヤを繫ぐようにチェーンロックをかけていると、兄弟らしき少年が二人、フェンスに寄りかかって子どもらしいやり取りをしていた。
就象山在把栏杆和轮胎锁在一起的时候,一对看似兄弟的少年正倚在栏杆上,说着孩子气的话。
「お前、やば。パンツ食ったの、やば」
“傻了吧,谁说吃内裤了。”
弟がシイの枝で兄を叩く。顔についたアブラムシに気づいて、兄が「うえー」と叫ぶ。ホテルで仕事中の母親を待っているのだろうか。
弟弟模样的人用米槠树的枝条拍打哥哥。待注意到脸上沾着的蚜虫后,哥哥“呀”了一声。他们大概是在等在酒店工作的母亲吧。
午後三時五十分。受付終了まで十分のところで、象山は神々精自動車検査登録事務所へ駆け込んだ。
下午三点五十分,距离停止接待时间还有十分钟的时候,象山终于赶到了神神精车辆检测登记事务。
「こちらになりますね」
“请来这边。”
担当者は眼鏡の汚れた太り肉の男で、睫毛だけがアイメイクを施したように長かった。男は一瞬、素性を怪しむように象山を睨んだが、そのまま鉛筆でチェックを入れて書類を確認し、登録情報を印刷した。
负责该业务的是一个戴着脏眼镜的胖男人,唯有睫毛像是画了眼妆一样长。男人瞬间怀疑似地瞪了象山一眼,但随即还是用铅笔打了个勾,确认了申请表,然后打印了车辆的登记信息。
「第三者への開示は規約違反になるんで、ご注意ください」
“向第三方公开信息是违规行为,请注意。”
睫毛をぴくぴくさせながら言う。
他忽闪着睫毛说道。
紙面に目を落とすと、登録者氏名の欄に和泉早希とあった。これが象山の家を見張っていた、あの女の名前か。
象山低头看向纸面,只见登记栏里的名字填的是和泉早希,这就是那个一直监视着象山家的女人的名字吗?
ふと妙な感覚に囚われた。まったく知らない名前なのに、つい最近、どこかで目にしたような気がする。患者だろうか。だが住所の欄には青葉市麻林区とある。県内一の人口を擁し、大病院が林立する青葉市から、わざわざ神々精市の病院を受診しに来る患者がいるとは思えない。
象山骤然被某种古怪的感觉禁锢了。虽是个完全陌生的名字,但最近似曾在哪里见过。是患者吗?但地址栏填的是青叶市麻林区,很难想象会有患者从县内人口第一,大医院林立的城市特地跑来神神精市的医院就诊。
睫毛の職員が「本日は終了しました」と書いたプレートを持ってフロアを出て行く。自動ドアが開き、
长睫毛职员拿着写有“今天停止办理”的牌子走出楼层,自动门打了开来。
「りかちゃんとべんきょうしてる?12」
“理科有在好好学吗?”
外から少年の声が聞こえた。
外边传来了少年的声音。
そうか。区切る位置によって意味が変わる──ぎなた読み13だ。
对啊,断句不同,意思也会改变——也就是弁庆读法。
和泉早希なる人物に心当たりはない。だが、いずみさき──伊豆美崎なら知っている。ミヤギ放送の朝の情報番組『ハローどっこいしょ東北』でよく見かける、やたらと涙袋の大きな女性タレントだ。数日前も大麻を育てていたローカルアイドルや女子更衣室を盗撮した中学生にひどく憤っていた。
象山并不知道和泉早希是何方神圣,但对于 IZUMISAKI——也就是伊豆美崎却有所耳闻。她就是宫城广播电视的早间新闻节目《你好呀,东北》里经常出境的那个眼袋超大的女演员。数日前,她还对种植大麻的本地偶像和偷拍女更衣室的初中生表示义愤填膺。
ホテルの駐車場へ引き返しながらスマホで検索をかける。タレントかモデルの類と思い込んでいたが、伊豆美崎はフリーのジャーナリストだった。主にメディアや芸能関連の問題を取材しているという。
象山一边返回酒店停车场,一边用手机搜索。本以为伊豆美崎是艺人或模特之类,不承想是自由记者,主要采访关于媒体和娱乐的问题。
芸能専門のジャーナリストが、なぜ象山の自宅を張っていたのか。標的は当然、アカダマのeriminこと舞冬ということになる。父親の知らぬ間に何かトラブルに巻き込まれていたのか。
专职报道娱乐新闻的记者又怎会盯上象山家呢?其目的当然是赤玉的 erimin,也就是舞冬了。她是在父亲所知的范畴之外卷入了什么纠纷吗?
多くの地方音楽事務所がそうであるように、ライヒプロモーションも決して清廉潔白ではない。社員がオーディションの応募者に性的な関係を求めたとか、十代のアイドルにテレビ局員を接待させたとか、県主催イベントのテーマ曲を発注するよう職員を脅したとか、そんな噂は枚挙に暇がない。過去にはセールスのため事実を捻じ曲げることもあったようで、数年前に所属バンドのメンバーが入水自殺した際は、恋人との心中だったにもかかわらず、「声の出なくなる病を苦に一人で身を投げた」というでたらめな発表を行っていた。
就像诸多地方音乐事务所一样,帝国选拔也绝非清白无瑕的。据说该公司的职员曾对选秀报名者提出性要求,让十多岁的偶像接待电视台工作人员,或是威胁工作人员要其签下县政府主办的活动的主题曲等,诸如此类的传闻不胜枚举。过去还发生过为了不影响销量而歪曲事实的情况。数年前其麾下的乐队投水自杀,尽管是和恋人一起殉情,公司却对外公布了“罹患无法发声的疾病而单独自杀”这般荒唐透顶的消息。
だがことアカダマに関しては、敏腕プロデューサーのムイが厳しく目を光らせていること、さらにデビュー早々に活動が軌道に乗ったこともあって、ジャーナリストに探られるような事態は生じていないはずだった。
可是关于 “赤玉” 组合,因为处在能干的制作人穆伊的严格监督之下,外加她一出道就走上了正轨,理应不会发生被记者追踪的情况。
あの女は象山の家の前で何をしていたのか。象山がまだ気づいていない危険が舞冬の身に迫っているのか。
那个女人究竟在象山家门口做什么呢?是不是有象山不曾觉察到的危险正在逼近舞冬呢?
悩んでも意味がない。本人に確かめるのが一番だろう。
烦恼也无济于事,向本人确认才是最好的办法吧。
象山は紙面に記された和泉の住所に目を落とした。
象山的目光落在了纸面上印着的和泉住址。
6
象山家の朝は忙しい。
象山家的早晨总是很忙。
重みのある雲がベールのように空を覆った、八月二十八日。午前七時十八分。
八月二十八日,天空被一层颇有重量感的云层覆盖,时间是早上七点十八分。
スパイ映画の悪党風のナイトウェアを着たまま、トーストとオニオンスープをテーブルに並べる。ウッドチェアに座ってテレビを点けたところで、
象山仍穿着那条间谍电影里恶棍模样的衣服,将吐司和洋葱汤摆在了桌面上,坐着木椅子打开电视。
「やばい。寝坊した」
“完蛋,睡过头了。”
慌ただしい足音が階段を下りてきた。跳ね上がった前髪を押さえながら膝でリビングの引き戸を開けた彩夏は、陸上部か水泳部と見紛うほどこんがり14日焼けしていた。
一阵匆促的脚步声自楼梯由上而下地传来。只见彩夏捂着上翘的刘海,用膝盖顶开了客厅的拉门。她整个人晒得黑黢黢的,直教人误以为是田径队员或游泳队员。
「部活始めたのか?」
“你开始社团活动了吗?”
「まさか」ヘアワックスで無理やり寝ぐせを整えながら、「キャンプ場でコカコカライム配ったからだよ」
“才怪。” 她一边用发蜡硬生生地整理着睡乱的头发,一边说,“这是因为我在露营地分发了可乐酸橙。”
脳天爆発、コカコカライム。たった二日で過ぎ去った盛夏の一日によりによってそんなバイトを入れるとは、運が良いのか悪いのか。
脑门炸裂,可乐酸橙。在仅仅两日的炎炎盛夏居然能找到这样的打工,真不知算好运还是厄运。
「今日は?」
“今天呢?”
「エルムで調理台の交換。臨時業務だからバイト代二割増し」
“去榆树换厨房工作台。因为是临时业务,所以打工费增加两成。”
「そんなにバイトして何に使うんだ」
“打这么多工究竟想干什么?”
「そりゃまあ、いろいろあんの」
“这个嘛,当然很多地方要用。”
スマホに両手でメッセージを打ち込みながら生返事をする。手帳型のカバーには包帯を巻いた男のイラストが描いてあった。ゲーム好きの患者に聞いたことがある。パルパルなんとかというスマホゲームに登場するキャラクター、透明探偵だ。曰く、敵に見つからずに移動でき、〈見えない爆弾〉で攻撃もできる最強クラスのキャラクターだが、装備を調えるには相当なコイン、つまりは課金が必要だとか。
她一边用双手在手机上敲着信息,一边敷衍地回应着。手账形状的封面上有一个身缠绷带的男人的插画。象山曾听到一个喜欢玩游戏的病人提起过这个。该角色是在手游“帕尔帕拉”中登场的角色——透明侦探。据说角色能在不被敌人看到的情况下移动,用“无形炸弹”实施攻击,是最强的角色之一。不过调整装备需要花费相当多的金币,也就是说必须氪金。
「よし。杖が折れたお婆さん助けて遅れたことにした」
“好吧,我就说是帮了一个拐杖折断的老奶奶吧。”
スクールバッグにスマホを放り込んで玄関へ向かおうとしたと思いきや、「あ」と踵でブレーキをかけ、テレビに目を留めた。「アンちゃんだ」
她把手机扔进书包,正待往门口走去,却突然“啊”了一声,用脚后跟踩了刹车,眼睛直直地盯着电视。 “是小安呀。”
つられてテレビを見る。俳優の鯊田アンホが映画撮影のために行ったという筋トレの成果を得意げに披露していた。司会の蓑家閑が大胸筋を撫で、大げさに驚いてみせる。『ハローどっこいしょ東北』だ。
被她的话声吸引,象山也看向了电视。只见演员鲨田安正在自豪地展示着他为拍电影而进行的肌肉特训的成果。主持人蓑家闲抚摸着他的胸大肌,夸张地表示惊讶。是《你好呀,东北》。
彩夏はテレビを見つめながら自分の腹を撫でると、
彩夏一边看着电视,一边摸了摸自己的肚子。
「ねえ、お母さんが飲んでるサプリあるじゃん」
“妈妈不是在吃那个营养品吗?”
Tシャツ越しに肉をつまんで言った。
她隔着 T 恤捏着肚子上的肉说。
「スーパーヒョロリン?」
“超级瘦身灵?”
「そう。あれ、本当に瘦せるの?」
“是吧,吃那个真的会瘦吗?”
彩夏は今でも瘦せ過ぎなくらいだが、お年頃というやつか。
彩夏现在仍瘦得有些过头,或许是青春期的缘故吧。
「瘦せないよ。多少太りづらくなるかもしれないけど、飲んだからって瘦せることはない。だいいち彩夏は血圧の薬飲んでるから、飲み合わせの問題がある。まず薬剤師さんに──」
“瘦不了的。最多变得稍微不易发胖,但也不是吃了就能减肥。最要紧的是你在吃降压药,还存在能不能一起服用的问题,首先该问问药剂师……”
「あー、はいはい」彩夏は億劫そうに手を振った。テレビの時刻を見て、「やばい。本当に怒られる」
“哦,好好。” 彩夏不耐烦地摆了摆手,看了眼电视上的时钟,“完蛋,这下真的要被骂了。”
「父さんのロードバイク」
“骑爸爸的公路自行车吧。”
「乗らない」
“不骑。”
「薬」
“药呢?”
「持ってる」
“带了。”
リビングを出る。ガチャ、バタン。
她走出客厅,嘎吱,砰!这般摔门而去。
気を取り直してトーストにラズベリージャムを塗ろうとしたところで、今度は舞冬が階段を下りてきた。半端な欠伸をしながらリビングを見回して、
象山刚想重整精神在吐司上涂抹树莓酱,舞冬就下了楼梯。只见她一边打着零零碎碎的哈欠,一边环顾客厅。
「お母さんは?」
“妈妈呢?”
「まだ寝てる。昨日、遅かったから」
“还在睡吧。昨天很晚才回来。”
そっか、と答えながら食器棚の抽斗を開け、「喉ケアサプリ スズナール」を取り出す。テレビでは俳優の鯊田アンホとお笑い芸人のカントン粕ヶ谷が、今夜放送されるという『科学探偵スペシャル 時間とは何か?』の魅力を語っている。
“这样啊。” 她一边应了一声,一边打开餐具柜的抽屉,取出一瓶 “润喉宝 芜菁素”。电视里,演员鲨田安正和搞笑艺人广东粕谷讨论着预定今晚播出的《科学侦探特别节目 时间究竟是什么?》的魅力。
「ねえ、例の件だけど」舞冬が、ごぐっ、と喉を鳴らした。「今週の日曜日、いい?」
“对了。有关那件事——”舞冬说着,喉咙里发出“咕”的一声,“就定在这周日,可以吗?”
喉に力を込め、せり上がる消化物を抑えているのが分かる。例の件とはもちろん、東北経済大学の同級生にして恋人でもある青年をこの家に連れてくるという一件のことだろう。
可以感受到她的咽喉紧绷,像是在压抑着上涌的消化物。所谓的 “那件事”,无疑指的是她把东北经济大学的同班同学,同时也是恋人的年轻男性带到自家的事。
「大丈夫だよ」タブレットでスケジュールを確認しながら答える。「春くんはお酒飲むの」
“可以。” 象山一边用平板电脑确认日程一边回答,“春君喝酒吗?”
「飲む。台湾のビールが好きなんだけど、神々精のバッズにしかショップがないから、よくわたしが買ってってる」
“嗯,他爱喝台湾啤酒。但只有神神精的‘花芽’才有卖。我也经常去买。”
なかなかこだわりが強いらしい。
似乎挺讲究的样子。
日曜日までに台湾ビールを買いに行こうと決めたところで、ピンポーン、とチャイムが鳴った。インターホンのモニターにムイの眉から上が映っている。暑くもないのにハンカチでしきりに額を拭っていた。
就在象山决定要在星期天前准备好台湾啤酒的时候,门铃“叮咚”一声响了起来。对讲机的屏幕映出了穆伊眉毛以上的画面。明明并不是很热,他却用手帕频频擦拭额头。
「きたきた」
“来了来了。”
舞冬がモニターをタップして遠隔で錠を開ける。ガチャ、とロックの外れる音に続いて、「失礼します」とよく通る声が響く。数秒後、ムイが深々とお辞儀しながらリビングの引き戸を開けた。
舞冬戳了下屏幕,远程打开了锁。伴随着喀嚓一声,锁解了开来,随即传来一声清澈的 “失礼了”。数秒过后,穆伊拉开了客厅的拉门,深深地鞠了一躬。
「随分焼けましたね」
“晒得够呛啊。”
こちらも浅黒かった肌がさらに黒くなっている。彩夏が陸上部員なら、ムイは一年ぶりに帰ってきたマグロ漁師のようだ。
他本就偏浅黑的肌肤变得愈加黢黑,如果说彩夏是田径队成员的话,那么穆伊就活似时隔一年回家的金枪鱼渔夫。
「実は週末、恋人と海に行きまして」
“实际上,周末我和恋人到海边去了。”
はにかみながら短く刈った頭を搔いてみせる。手首には腕時計の跡がくっきり残っていた。
他害羞似地挠了挠短发。在他的手腕上,还清晰地残留着手表的印子。
まるで少年のように屈託のない男だが、ムイはアカダマの裏方を一手に担う敏腕プロデューサー兼マネージャーだった。
穆伊看起来就像一个无忧无虑的少年,事实上他是能干的制作人兼经纪人,一手负责赤玉幕后工作。
呼び名からも分かるように、ムイは日本人ではない。タイのソンクラー15出身で、本名はチャウワットなんとかというらしい。
从名字就能看出,穆伊并不是日本人,他来自泰国的宋卡,真名是 Chaowat 之类的吧。
六年前、ムイは東アジアにおける仏教の変容を研究するため、チェンマイ大学から東京大学へ留学した。だがそこで派手に道を踏み外す。どういうわけか日本の音楽、それも無名のレコード会社がリリースする三流以下の作品──歌が音痴なら演奏も素人、ミックスもでたらめな粗造品の数々に魅了され、それらを買い漁ることに取り憑かれてしまったのである。
六年前,穆伊为了研究东亚佛教的嬗变,从清迈大学转去了东京大学留学。可在那个地方,他彻底偏离既定的道路。不知为何,他被日本的音乐吸引,特别是那些无名的唱片公司发行的不入流的作品——唱歌跑调,演奏外行,混音也一团糟的粗劣制品,他如痴如醉地购买这些东西。
留学の延長を繰り返した挙句、ビザを取り消されそうになったムイは、就労ビザを手に入れるべく全国の音楽事務所やレコード会社に履歴書を送りつけた。数え切れない会社に門前払いを食らう中、唯一、ムイを面接に呼び、あまつさえ採用してしまったのが、青葉市に拠点を置く悪名高き音楽事務所、ライヒプロモーションだった。
由于反复延长留学期限,穆伊的签证差点被取消。为了获得工作签,他向全国的音乐公司和唱片公司投送了他的简历。在无数公司将其拒之门外时,唯一叫他过来面试,并真的雇佣了他的,正是设在青叶市声名狼藉的音乐事务所——帝国选拔。
採用担当者がよほど人を信じやすいタイプだったのか、あるいは外国人採用による助成金でも狙っていたのか。いずれにせよ音楽業界にするりと入り込んだムイは、水を得た魚のごとくプロデュース作品を次々ヒットさせていくことになる。メルシー&フォクシーを音楽フェスのメインステージに立たせ、コカインベビーズの全国ホールツアーを成功させた彼が、昨年、満を持して世に放ったのが、謎のボーカルeriminを擁する音楽ユニット、アカダマだった。
不知是负责招聘的人特别容易相信别人,还是他们打算雇佣外国人以获取补助金。无论如何,穆伊轻而易举地杀进了音乐界,并且如鱼得水般催产了一个又一个爆火的作品。他让 Merci & Foxy 站上了音乐节的主舞台上,还成功组织了 Cocaine babies 乐队的全国巡演。就在去年,他又推出了以神秘歌手 erimin 为核心的音乐组合“赤玉”。
「わたしが海に行ったことなんかよりずっと大事な話があるんです」
“相比我去海边,有件事更重要哦。”
ムイは日焼けした指を鳴らすと、
穆伊用他那被晒黑的手打了个响指。
「アカダマの新曲『魔法のきのこ』が、フジヤマテレビ系列で十月から放送されるドラマの主題歌に決定しました」
“赤玉的新歌《魔法蘑菇》已被选定为富士山电视台十月开播的电视剧的主题曲啦。”
ショーの司会者のように叫んで、景気よく手を叩いた。
他就像节目主持人一样大喊大叫,兴奋地拍手叫好。
ドラマは『殺人メシ』というタイトルで、一家皆殺しが十八番のシリアルキラーが殺人現場の冷蔵庫で見つけた有り合わせの食材からあっと驚く手料理を作り上げる新感覚のグルメストーリーだという。めったにテレビドラマを見ない象山にも、デビュー間もないインディーレーベル所属のアーティストの起用が異例であることは想像が付いた。
该剧名为《杀人美食》,是一部新感觉美食片,讲的是一个擅长灭人满门的十八号连环杀手用在杀人现场的冰箱里找到的现成食材亲手做出令人惊诧的料理。起用隶属于独立唱片公司麾下且刚出道不久的艺人极为罕见,哪怕是极少看电视剧的象山也能想象得到。
「放送は十月から。主演は鯊田アンホさんです」
“十月开播,主演是鲨田安先生。”
「凄くない? アンちゃんのドラマの主題歌だよ」
“很厉害吧,这是小安的电视剧主题曲耶。”
すでに話を聞いていたらしい舞冬が、ほら、とテレビを指して跳び上がった。テーブルが揺れ、オニオンスープがこぼれそうになる。テレビでは鯊田アンホとカントン粕ヶ谷が『科学探偵スペシャル』の宣伝を続けていた。「あなたは誰ですか?」鹿撃ち帽とインバネスコートを身に着けた鯊田アンホが尋ね、「わたしはアインシュタインです」白髪のかつらを被ったカントン粕ヶ谷が舌を出す。
舞冬似乎早就听过这个消息,兴奋地指着电视跳了起来。桌子随之晃了晃,洋葱汤都快洒出来了。电视上,鲨田安福和广东粕谷继续着《科学侦探特别篇》的宣传,身穿猎鹿帽和披肩大衣的鲨田安福问了声“你是谁?”,戴着白色假发的广东粕谷则吐着舌头说 “我是爱因斯坦”。
「舞冬さんは来月で二十歳になりますから、出演できるイベントの幅もぐっと広がります。ここから一気にギアを入れて、アカダマをもっと大きくしていきたいと思っています」
“舞冬小姐下个月就二十岁了,能参加的活动范围将大大拓展。我想从现在开始一口气升挡加速,把赤玉越做越火。”
ムイが興奮気味にまくしたてる16。舞冬も両拳を握って喜びを嚙み締めている。
穆伊兴奋地唠叨不止,舞冬也兴奋得紧握拳头。
ふと胸騒ぎがした。いつもの不安が首をもたげる。
一阵不安骤然涌上心头,熟悉的忧虑又开始蠢蠢欲动。
あらゆることが順調に進んでいる。だからこそ気を引き締めなければならない。こんなときはたいてい、すぐ近くに落とし穴が口を開けているものだ。
一切都在顺利进行。正因为如此,才务必打起精神。到了这种时候,通常就有陷阱在咫尺之处张着血盆大口。
「今後の展開について、少しご相談させてください」
“关于以后的发展,我想在这里稍微谈谈。”
ムイからプロモーションプランの説明を聞きながら、午後の診察の後、和泉早希の家を訪ねようと決めた。
象山一面听着穆伊的发展规划,一面打定主意待下午的诊疗结束后去趟和泉早希的家。
「脳に異常は見つかりませんでした」
“大脑里没有发现任何异常。”
モニターにMRIの撮影画像を映す。
屏幕上显示着核磁共振的扫描图像。
裏島は一瞬、いつものハタハタ顔でモニターを見つめた後、 「悪魔の思い通りにはいかなかったわけですね。ああ、良かった」 安堵した様子で癖毛を搔いた。ピンクのパーカーは相変わらずサポーターで膨らんでいるが、身振りはいくらか自然になっている。
“看来恶魔没有如愿以偿,真是太好了。” 里岛瞬间摆出一如既往的叉牙鱼脸盯着屏幕,随即如释重负地挠了挠自己的卷发。粉色连帽衫依旧被绑带撑得老大,但他的动作明显自然了些。
「でもやつらは諦めてません。とうとう今朝、悪魔がぼくの部屋に入ってきたんです」
“可他并没有放弃。就在今早,恶魔终于进了我的房间。”
それは大変だ。
那可真不得了了。
「部屋で対面したんですか?」
“在房间里面对面了吗?”
「まさか。そしたらぼくは死んでますよ」
“怎么可能,这样的话我就死翘翘了。”
そうなのか。
是这样的设定吗?
「アンちゃんの出てる番組見ながらワンタン麵食べてたら、突然、誰かが歩いてるみたいに床が揺れたんです。それで振り返ったら、畳がミシッて鳴ったんですよ。あれは絶対、悪魔の足音です」
“我一边看小安的节目,一边吃云吞面,地板突然传来晃动,似乎有人在走路。回头一看,榻榻米传来吱吱的声音,那绝对是恶魔的脚步声。”
「なるほど。困った話ですね」
“原来如此,真是伤脑筋啊。”
鉄則通りの相槌を打ちながら、象山は裏島の症状に思いを巡らせた。
象山一边雷打不动地随声附和,一边回想着里岛的症状。
この男の妄想は少し変わっている。具体的なところと曖昧なところが混在しているのだ。悪魔から受けた嫌がらせについてはいつも具体的に語るのに、本来もっとも饒舌に語るべき悪魔についてはほとんど語ったことがない。枝葉ばかり多く、幹の見えない木のようだ。この男の妄想を生み出しているのはいったい何なのか。
这个男人的妄想有些不同寻常。具体的部分和模糊的部分混杂在一起,他总是具体地讲述恶魔对自己的骚扰,却几乎从未提及本该详细描述的恶魔本身。就似一棵只见枝叶不见主干的树。究竟是什么东西造就了这人的妄想呢?
「毒ガス攻撃も続いてますよ。おかげで布団が雨の日の牧場みたいな臭いになっちゃいました」
“毒瓦斯攻击还在继续,闹得我的被褥都发出了雨天牧场的骚臭气。”
認知行動療法の一環として計画的に行う場合を除き、医師が患者の妄想に積極的に立ち入ることはない。だが少しだけ、禁を犯してみたくなった。
医生通常不会主动介入患者的妄想,除非计划性地将其作为认知行为疗法的一环。但象山还是打算稍稍逾矩。
「裏島さんの命を狙っている悪魔とは、いったい何者なんでしょうか」
“觊觎里岛先生性命的恶魔,到底是什么样的呢?”
「それは──」とたんに裏島の目が泳いだ。「悪魔としか言いようがありません」
“这个嘛——”里岛的视线立刻游移起来,“只能说是恶魔。”
「見た目も人間とは違うんですか」
“他看起来和人类不一样吗?”
「そりゃそうですよ。目と口がうんと大きくて、舌も二つあります。翼はありませんけど、身体には恐ろしい文様があります」
“那是当然的,他的眼睛和嘴非常大,还长着两条舌头。虽然没有翅膀,但身上有可怕的花纹。”
それは紛れもなく悪魔だ。
这就无疑是恶魔了。
「その悪魔は、なぜ裏島さんを監視し、命を狙っているんでしょう」
“里岛先生,那个东西为什么要监视你,还要取你的性命呢?”
「それははっきりしています」裏島は歯切れよく答えた。「悪魔はぼくの力を知っていて、ぼくが世界をめちゃくちゃにするのを恐れているんです」
“这点再清楚不过了。” 里岛明白了当地回答道,“恶魔深知我的力量,害怕我把世界搅乱。”
ペンを落としそうになった。
象山吓得差点把笔掉在了地上。
この男、どうやら誇大型の妄想も隠し持っていたらしい。
这个男人身上似乎还隐藏着夸大妄想。
「裏島さんにはどんな力があるんです?」
“那么里岛先生有什么力量吗?”
「それは、説明するのは難しいんですけど」なぜか照れたように鼻を搔く。「あえて言語化するなら、そうですね。世界を操る力、でしょうか」
“这个很难解释得清。” 不知为何,他有些羞涩地挠了挠鼻子,“如果非要用语言表达的话,那应该是操纵世界的能力吧。”
何だそれは。
这算什么?
「先生は量子力学における多世界解釈をご存じですか。この世界のあらゆる物事は複数の可能性が重なり合った状態で存在しています。先生は今朝、ネイビーのネクタイを選びましたが、隣りのベージュのネクタイを選んだ先生も同時に存在します。信じられないかもしれませんが、派手なピンクのネクタイを選んだ先生もいます。机の鉢植えにはフリーセア17が植えてありますが、食虫植物のハエトリグサが植えてある世界もある。スピーカーからディズニーじゃなくコカインベビーズが流れている世界もあります」
“医生,你知道量子力学中多重世界的解释吗?在这个世界上,一切事物都处于多种可能性的叠加态。今早的你选了一条海军蓝的领带对吧,但同时也存在着选了旁边米黄色领带的你,甚至还存在着选择了鲜艳的粉色领带的你,当然信不信由你。又比如桌面上的盆栽里种着的是彩苞凤梨对吧,但也存在着种植着食虫植物捕蝇草的世界,还存在着扬声器里没有播放迪士尼而是可卡因宝贝的世界。”
「ピンクのネクタイは持ってませんけど」
“我没有粉色的领带。”
「紳士服屋の腕利き販売員が先生にそれを薦めた世界もある、ということです」
“也就是说,还存在着男士服装店伶牙俐齿的售货员把它推荐给你的世界哦。”
裏島は立て板に水でまくしたてる。そんな漫画でも読んだのだろうか。
里岛滔滔不绝地讲述着,他看过这种题材的漫画吗?
「実はぼく、天才なんです。その気になれば、あらゆる世界の出来事を操り、掏り替え、書き換えることができます」
“事实上我是个天才。只要我愿意,我就能够操纵、变更和改写这个世界上的一切事物。”
「それは──」なんとか鉄則にしがみついた。「大変な力をお持ちだ」
“那就是说——”象山勉强遵循了铁律,“你拥有非常强大的力量。”
「ぼくもいい大人ですから、世界をめちゃくちゃにしようなんて馬鹿げたことは考えてません。でも悪魔はぼくを信用してくれないんです」
“我好歹也是个成年人了,根本不会去想搅乱世界这种蠢事,但恶魔却不肯相信我。”
「困りましたね」
“真是棘手啊。”
象山が本音をこぼすと、裏島は珍しくフグのように頰を膨らませた。
象山吐露了自己的真心话,里岛则少有地像河豚一样鼓起了腮帮子。
「本当に。天才は大変なんですよ」
“是啊,当天才也很辛苦的。”
悪魔の正体は分からないままだった。
恶魔的真实面目仍是一个谜团。
看護師に呼ばれて十一階の閉鎖病棟でパニック発作を起こした患者にイソミタール18を打つと、象山はエレベーターで八階へ下り、売店でコーヒーを買った。
被护士叫到十一楼封闭病房的象山,在给恐慌发作的患者注射完异戊巴比妥后,乘坐电梯下到八楼,在小卖部买了咖啡。
腕時計を見る。午後六時十分。今日はロードバイクではなくジャガーで病院に来ているから、県道を飛ばせば七時過ぎには麻林区に着くだろう。夜討ちの取材でもない限り、和泉早希は帰宅しているはずだ。
看了眼手表,时间是下午六点十分。今天他没有骑公路自行车,而是开捷豹去的医院。要是快点开走县道的话,七点多理应就能抵达麻林区。除非有夜间采访,否则和泉应该已经到家了。
「ねえ、お腹出てきたんだけど」
“喂,你的肚子鼓出来了。”
ロビーでエレベーターを待っていると、隣りの呼子鳥食堂からそんな声が聞こえた。
在大厅等待电梯的时候,从隔壁的呼子鸟食堂传来了这样的声音。
この食堂は職員や面会者に加え、開放病棟の患者たちも利用できるようになっている。病院の外と近い環境で時間を過ごすことで、スムーズな社会復帰を実現しようという狙いだ。それゆえ他の病棟とは違う、よく言えば賑やかな、悪く言えば雑多で無秩序な空気が漂っていた。
这间食堂除去职员和探视者外,开放病房的患者也能自由使用,其目的在于让患者在一个与医院外部环境接近的地方度过一段时间,使其顺利地回归社会。故而此处弥漫着和其他病房楼迥异的气氛,往好了说是热闹,往坏了说就是杂乱无序。
「産科で診てもらいなよ」
“去妇产科看看吧。”
「今朝の揺れ、気づいた?」
“今天早上的震动有注意到吗?”
「コカインベビーズの三紀夫って女と自殺したらしいね」
“可卡因宝贝的三纪夫好像是和女人一起自杀的。”
「産科の生田って生ゴミみたいな臭いしない?」 “妇产科的生田医生是不是有股厨余垃圾的味道。”
「あたし気づいたよ。けっこう敏感だから」
“注意到了,我还是挺敏感的。”
「心中ってこと? やば」
“两边都死了吗?太惨了。”
「生ゴミってか、死体」
“说是厨余垃圾,倒不如说是尸体。”
「敏感って何それうける」
“敏感什么啊?”
「まじ芸能界やばすぎだよね」
“演艺圈真是太乱了。”
ふと足を止めた。
象山骤然停下了脚步。
それはおかしい。
这也太奇怪了。
この女の勘違いだろうか。いや、もし本当だとしたら──。
难不成是那个女人搞错了吗?不,如果真的是这样的话——
床が抜け落ちたような感覚に囚われる。空気のように当たり前だと思っていたものが、実はまったく違うものだったと気づいてしまったような。
象山被地板断裂的感觉禁锢了。就好似突然发觉空气之类司空见惯的东西事实上与认知到的完全不同。
食堂のフロアに入り、声の主を探した。ドラセナの鉢植えと壁に挟まれたテーブルで談笑している三人組に目を留める。象山はそのテーブルに歩み寄った。
他走进食堂的大厅,寻找声音的来源,随后视线锁定在了龙血树盆栽和墙壁之间的桌边,那里有谈笑风生的三人组。象山靠近了那张桌子。
「すみません」焙じ茶を飲んでいた女たちが一斉に顔を上げた。
“不好意思——” 喝着焙茶的女人们一齐抬起头来。
「今朝、神々精市で地震があったんですか?」
“今天早上,神神精市发生地震了吗?”
三人は顔を見合わせてから、 「ええ。そうですけど」
三个人面面相觑。 “嗯,是啊。”
手に傷痕のある女が答えた。病室でいつもゲームをしている四十手前の患者──夢沢文哉だ。日によって症状にばらつきがあり、ひどいときは保護室に入れられることもあったが、今日は調子が良いらしい。スマホを素早くタップし、象山に画面を見せた。
手上有伤疤的女人这般回答。她就是年近四十还整天在病房里打游戏的患者——梦泽文哉。她的症状每天都不一样,严重的时候甚至会被关进隔离病房里。但今天的状态似乎还算不错,她快速地点开手机,把屏幕举给象山看。
「ほら。午前七時三十二分。神々精市はほとんど震度二です」
“瞧,早上七点三十二分,神神精市的震度是二级。”
地震速報アプリを見る。象山の自宅のある大食も震度二だった。
查看地震速报的应用,象山家所在的大食震度也是二级。
「ありがとうございます」
“多谢。”
会釈して、テーブルを離れる。
象山点了点头,离开了桌子。
やはりそうだ。 自分はとんだ思い違いをしていた。となると──このままではまずい。
自己真的搞错了,这样的话——照这样下去就不妙了。
通路を歩きながらタブレットの電源を入れる。患者のデータベースにアクセスし、裏島一年の住所を確かめる。スマホを取り出し、神々精警察署の芋窪に電話をかける。
象山一边在通道上行走,一边打开平板电脑的电源,查看患者的数据库,确认了里岛一年的住址。然后他掏出手机,给神神精警署的芋窪拨了电话。
「やあ、アフリカゾウ先生。そっちからかけてくるとは珍しいな」 芋窪はあまり忙しくなさそうだった。
“喂,非洲象医生,你这边打电话过来可真是少见啊。”
「今から言うアパートを捜索してください。緊急です。神々精市空躁──」
“请立即搜查我现在报出来的公寓,情况紧急。神神精市空躁——”
「先生、何度も言わせんな」ボッ、とライターに火を灯す音。「今は昭和じゃねえんだ。令状もなしにガサ入れってわけにはいかねえのよ」
“医生,别让我翻来覆去地说了吧——”电话那头传来了点着打火机的声音,“现在可不是昭和时代了,我们没法在没有搜查令的情况下搜家。”
刑事ドラマよろしく椅子にふんぞり返るさまが目に浮かんだ。
眼前浮现出了芋窪神气活现地仰头躺倒在椅子上的样子,就像刑警剧里演的那样。
「ではわたしが一人でやります。芋窪さんは一緒にいてください」
“那就由我一个人来做,芋窪先生陪着我就行。”
会話が途切れる。
对话中断了。
象山は畳みかけた。
象山接着说道:
「患者に危険が迫ってるんです」
“我的患者面临危险。”
夕焼けがアパートの屋根を白く光らせた、午後六時二十四分。
晚霞将公寓的屋顶映照得白光闪闪,时间是六点二十四分。
担当患者の裏島一年が暮らす東栄荘で、土野毅と名乗る男が住居侵入の容疑で現行犯逮捕された。
在象山负责的患者——里岛一年所居住的东荣庄,一个自称土野毅的男子因涉嫌私闯民宅而被当场逮捕。
土野は裏島が入居していた103号室の下に隠れていた。畳と床板を剝がして床下に潜り込み、土を掘り返して、高さ七十センチほどの空間を作り上げていたという。地面に敷かれたビニールシートには、毛布、酒瓶、ペットボトル、菓子の袋、煙草の吸い殻、糞尿の溜まったレジ袋、それにムカデやゴキブリの死骸が散乱していた。
土野就藏在里岛所住的 103 号房的下方。他搬开榻榻米和地板,潜入地板下掘土挖坑,做成了一个高约七十厘米的空间。地面上铺了塑料布,上面散落着毛毯、酒瓶、宝特瓶、点心袋、烟蒂、存着粪尿的塑料袋,外加蜈蚣和蟑螂的尸体。
「皆さん気を付けて。そいつは悪魔がぼくを見張るために送り込んだ怪人もぐら男に違いありません」
“大家小心,这一定是魔鬼派来监视我的坏人。”
裏島は奇声を上げて土野に襲いかかろうとしたが、象山が「天才なら一度落ち着いてください」と窘めるやたちまち大人しくなり、「そうでした」と恥ずかしそうに頰を搔いた。
里岛怪叫着想要袭击土野,可象山的一句话 “既然是天才的话,凡事还请冷静点吧” 即刻令他老实了不少,羞赧地挠了挠脸颊说 “也是”。
芋窪は当初、不愛想な面で「何も出なかったら塀ん中でお勉強してもらうぞ」と特高警察ばりの暴言を吐いていたが、床下から男が見つかり、その男が二年前の農協組合長銃撃事件の容疑者だと分かると、「市民からの情報ってのは宝の山なんだよ」と掌を返して同僚にでかい顔をしてみせた。
刚开始,芋窪还板着脸孔,嘴里念叨着 “要是什么都没找到,就给我去牢里反省” 这般特高警察才会说的暴论,直到在地板下找到了那个人,并且发现他还是两年前农协主席枪击案的嫌疑人时,立刻沾沾自喜地对同僚改口说“来自市民的情报可是一座宝山啊”。
「どうして裏島さんの部屋に人が隠れてると分かったんですか?」
“你是怎么知道里岛先生的房间里藏了人的。”
騒動が一段落し、アパートの前の道路で一服しようとしたところで、目をぎらぎらさせたニキビ顔の刑事に尋ねられた。
当骚乱稍定,象山正准备在公寓前的马路边抽根烟时,一名目光如炬,满脸粉刺的刑警向他询问。
「たまたま患者たちが朝の地震について話してるのを耳に挟んだんです」
“我碰巧听到患者们在谈论早上的地震。”
象山はその地震に気づいていなかった。寝ている間に揺れたのかと思いきや、夢沢文哉に見せられたアプリによると、地震は午前七時三十二分、つまり象山がすでにリビングにいた時刻に起きていた。
象山自己并没有注意到那场地震。他本以为地震发生于他睡觉期间,不承想梦泽文哉给他看的应用显示地震发生于早上七点三十二分,也就是象山已在客厅里的时间。
なぜ自分は地震に気づかなかったのか。
为何自己没能注意到地震呢?
ちょうどその時間、ライヒプロモーションのムイが家を訪れていた。彼がアカダマの新曲がドラマの主題歌に決まったことを明かすと、
那是因为恰好在这个时间段,帝国选拔的穆伊造访了他家,当他头路赤玉的新歌已被选定为电视剧的主题曲之时。
──凄くない? アンちゃんのドラマの主題歌だよ。
——很厉害吧,这是小安的电视剧主题曲耶。
舞冬は珍しく跳び上がって喜びを露わにした。テーブルが揺れ、オニオンスープがこぼれそうになったあのとき、震度二の地震が床を揺らしていたのだろう。象山はその揺れを、舞冬が飛び跳ねたことによる揺れと思い込んでいたのだ。
舞冬难得跳起来表示喜悦。在桌面一阵摇晃,洋葱汤几乎快撒出来的时候,大概就是震度二级的地震摇晃了地板吧。而象山误以为摇晃是舞冬的跳跃造成的。
これ自体は何ということもない、日常に紛れ込んだささやかな勘違いだ。だがそこに裏島の妄想を重ねると、もう一つの事実が浮かび上がってくる。
这事本身并没什么,只是混杂于日常生活里的一个微不足道的小误会。可当里岛的妄想跟这个误会重合之际,却令另一个事实浮现出来。
──アンちゃんの出てる番組見ながらワンタン麵食べてたら、突然、誰かが歩いてるみたいに床が揺れたんです。
——我一边看小安的节目,一边吃云吞面,地板突然传来晃动,似乎有人在走路。
今日の診察で、裏島はそう口にしていた。
里岛在今天的诊疗中说了这样的话。
この床の揺れは地震によるものだ。舞冬が飛び跳ねたときもテレビには鯊田アンホが映っていたから、時間も合っている。
这次的摇晃是由地震造成的。当舞冬一跃而起的时候,电视上恰好在播放鲨田安福的画面,时间刚好对得上。
問題はその後だった。
问题是在那之后。
──それで振り返ったら、畳がミシッて鳴ったんですよ。
——回头一看,榻榻米传来吱吱的声音。
地震が引き起こした家鳴りだったとも考えられるが、可能性はもう一つある。
这有可能是地震引发的房屋异响,但还存在另一种可能性。
今朝の『ハローどっこいしょ東北』に鯊田アンホとカントン粕ヶ谷が出演していたのは、今夜放送されるという『科学探偵スペシャル 時間とは何か?』の宣伝のためだった。舞冬が飛び跳ねた後──つまり地震が収まった直後のタイミングで、二人はこんな茶番めいたやり取りをしていた。
今早播出的《你好呀,东北》之所以让鲨田安福和广东粕谷出境,为的是宣传今晚播出的《科学侦探特别节目 时间究竟是什么?》。舞冬跳跃的那一刻,也就是地震刚刚平息之时,两人正在进行以下的俏皮话。
──あなたは誰ですか?
——你是谁?
──わたしはアインシュタインです。
——我是爱因斯坦。
テレビからこの台詞が流れたのと、裏島がミシッという音を聞いたのはほぼ同時だった。あたかも「あなたは誰ですか?」という言葉に反応したかのように、裏島の部屋の畳が鳴ったのだ。となるとその部屋には、日本語を理解する者が潜んでいた可能性がある。
当电视里传来这句台词的同时,里岛也听到了吱吱声。像是对“你是谁”这句话有了反应一样,里岛房间里的榻榻米发出了响动。这就意味着那个房间里可能躲藏着听得懂日语的人。
悪魔に監視され、命を狙われている──裏島はそんな妄想に囚われていた。彼が心を病んでいたのは確かだ。
被恶魔监视,被其觊觎性命——里岛正被这样的妄想禁锢着,他的确有心理疾病。
だがそうだからといって、裏島の身の回りの奇妙な出来事がすべて妄想の産物だったとは限らない。
但尽管如此,里岛身边的怪事也未必尽是妄想的产物。
──夜更けに缶ビールを一パック買ったんですけど、翌朝、目を覚ましたら、缶が全部空になってたんです。
——那天深夜买了一罐啤酒,结果第二天早上醒来一看,罐子都喝空了。
裏島の部屋に潜んでいた土野は、部屋の主に気づかれないように食べ物や飲み物を盗んでいたのだろう。減っていたものは他にもあったはずだが、裏島は酒以外のものに執着がなく、そのことに気づかなかったのだ。
躲在里岛房间里的土野,大概是趁屋主注意不到的时候偷了食物和饮料吧。缺少的物品应该还有其他,但由于里岛对酒以外的东西不甚在意,所以没能发觉。
──吟醸酒を食らってたら、今度はぱきぱき、ぼたぼたって動物を解体するような音が聞こえてきたんです。
——我喝起了吟酿酒。这时又听到了啪啦啪啦,咕嘟咕嘟的声音,像是在肢解动物。
裏島がそう言ったのは八月二十二日。この前の日から、日本列島は突如、猛烈な暑さに見舞われていた。普段の土野は、裏島が部屋にいる間、じっと息を殺していたはずだ。だがこの日ばかりは暑さに耐えきれず、ペットボトルの水を口にしてしまったのだろう。ぱきぱきとペットボトルを潰し、ぼたぼたと水滴をこぼしながら、水を喉へ流し込んだのだ。
里岛说这话的时候是八月二十二日。从前一天开始,日本列岛猝然遭遇了酷暑。平日里当里岛待在房间里的时候,土野通常都不发出声响。可唯独那天暑热难耐,他有可能喝了宝特瓶里的水。他啪啦啪啦地捏扁瓶子,咕嘟咕嘟地把水灌进喉咙。
──今朝は郵便物が悪魔に漁られてました。うちのドアポスト、蓋が固くなってるんで、誰かが開けると後で分かるんです。
——今早的邮件被恶魔顺走了。我家门上的信箱盖子很紧,一旦被人打开我肯定就能知道。
土野が口にしたペットボトルは、裏島が外出している間にこっそり買いに行ったものだ。とはいえ人と鉢合わせしたら一巻の終わり。部屋を出る前には当然、ドアポストから外の様子を確かめたはずだ。
土野喝的那瓶水是趁里岛外出时偷偷买的。但要是出门的时候撞见别人,那就彻底完了。在离开房间之前,他势必会通过信箱的洞口确认外边的情况。
──だんだん布団からひどい臭いがし始めたんです。あれはきっと毒ガスですよ。
——被褥里渐渐飘出一股可怕的臭味,这一定是毒瓦斯。
裏島がそう言ったのは八月二十七日。この二日前、裏島は原付で事故に遭った。翌二十六日、裏島は一度も部屋を出ることなく、布団の上で痛みに悶えていた。それまでは裏島が外出している間に便所で用を足していた土野だったが、この日は便所に行けず、手元にあったレジ袋で用を済ませるしかなかったのだろう。
里岛说这话的时候是八月二十七日。两天前,里岛骑电动车出了车祸,翌日八月二十六日,里岛一整天都没出过房间,一直在被褥里痛苦地挣扎着。在此之前,土野都是趁里岛外出时去厕所解手,但这天他没法去厕所,大概只能用手边的塑料袋解决了。
そして今日、八月二十八日。土野の出した音に気づいた裏島は、悪魔が部屋に入ってきたと象山に訴えたのだ。
然后就是今天,八月二十八日,里岛注意到土野发出的声音,遂向象山倾诉有恶魔进了房间。
裏島は悪魔に監視されていると信じ込んでいる。万が一にも「おーい」「出ておいでよ」などと口にしたら、土野は裏島に見つかったと誤解し、自棄になって裏島に危害を加えかねない。象山はそう考え、直ちに芋窪刑事に連絡を取ったのだった。
里岛深信自己被恶魔监视着。万一说出 “喂” “出来吧” 之类的话,土野就会误以为被里岛发现,然后破罐破摔加害里岛。象山想到此节,便立刻联系了芋窪刑警。
「お医者さんって、やっぱり頭いいんですね」
“医生果然很聪明啊。”
ニキビ顔の刑事がメモを取りながらつぶやき、芋窪に尻を蹴られる。
满脸粉刺的刑警一边做笔记一边嘟囔着,被芋窪踹了脚屁股。
「患者さんの命を守ることが我々の使命ですから」
“保护患者的性命是我们的头号使命。”
明日、あらためて神々精警察署で経緯を説明する約束をして、象山は現場を後にした。
约好明天再去神神精警署解释详情后,象山便离开了现场。
7
ジャガーを飛ばし、青葉市麻林区仏木町のマンション、ベルベット仏木にたどり着いたときには、午後十時を過ぎていた。
当象山开着捷豹,抵达青叶市麻林区佛木町的公寓——天鹅绒佛木时,已经是晚上十点多了。
とてつもない寄り道をしてしまったが、もう一つ、解決しなければならない問題が残っている。象山は路肩に車を停めると、用意していた厚手のブルゾンを羽織り、鍔19の広いキャップを被って運転席を降りた。
尽管绕了不少弯路,但还有一个问题亟待解决。象山把车停在路边,披上早已准备好的厚夹克。戴上宽檐帽走下驾驶座。
マンションの駐車場に目をやると、家の前で見たのと同じ黒のデリカが停めてあった。右のドアミラーに引っ搔いたような傷がある。あの日、強引に十字路を右折したせいで、ガードレールに擦れてできた傷だ。あの女はここにいる。 エントランスに入り、来客用のインターホンで908号室を呼び出す。十秒ほどで応答があった。
象山望向公寓的停车场,发觉那里停着一辆黑色得利卡,和之前在家门口看到的一样,右侧的后视镜上有一道像是剐蹭的印子,正是那天强行在十字路口右拐时造成的擦伤,那个女人就在这里。象山进入楼道口,通过访客用的对讲机呼叫了 908 号房。大约十秒钟后,里面有了回应。
「どなたですか」
“哪位?”
棘のある声だった。保険のセールスか宗教の勧誘と思っているのだろう。
声音中带着刺,大概把象山当成了推销保险或者劝诱宗教的吧。
「象山晴太と申します。娘の舞冬について話したいことがあります」
“我是象山晴太,想找你谈谈小女舞冬的事。”
一週間前、和泉早希は象山の顔を見ている。正直に素性を明かした。
一周前,和泉早希和象山有过一面之缘,象山坦诚地表明了自己的身份。
数秒の沈黙の後、
数秒的沉默之后——
「──お待ちください」
“请稍等一下。”
抑揚のない声が答えた。
里边传来了毫无起伏的应答声。
五分後、エレベーターの動く音に続き、ストールを巻いた和泉が姿を見せた。ネズミ色というにはくすみの多い、水浴び後のゾウのような色の、あれだ。テレビの印象よりも小柄に見えたが、涙袋は相変わらず馬鹿でかかった。
五分钟后,随着一阵开电梯的声音,裹着披肩的和泉在此现身。那是比所谓的鼠灰色还要黯淡,好似洗完澡的大象的颜色。虽说一眼望去的印象比电视上还要矮小,但眼袋依旧大得夸张。
「あちらで」
“去那边吧。”
和泉が指したのはマンションの横の小さな広場だった。街灯はなく、錆の浮いたブランコが闇に沈んでいる。幽霊の一つ二つ出そうな雰囲気だ。
和泉指了指公寓旁的小广场。那里没有路灯,唯有锈迹斑斑的秋千没入黑暗之中,就算飘来个把幽灵也毫不奇怪。
「用件は何でしょう」
“什么事?”
大きなヒノキの前を通り過ぎたところで和泉が振り返る。右手にはセブンスターの7mg。
刚越过一棵大柏树,和泉便回过了头,右手拿着一支 7mg 的七星牌香烟。
「うちの娘に何の用ですか」
“你找我女儿做什么?”
象山もキングバットの小箱を取り出し、一つ咥えて火を点けた。和泉は足元に灰を落とし、小さく息を吐く。
象山也拿出了小盒装的 King Hitter,衔起一支点上了火。和泉将烟灰弹在脚下,轻轻地呼了口气。
「コカインベビーズの三紀夫さんが入水自殺した際、ライヒプロモーションがまったく事実と異なる動機を公表したことはご存じですよね」
“可卡因宝贝的三纪夫投水自杀的时候,帝国选拔公布了与事实完全不符的动机,这事你也知道吧?”
その話は象山も聞いていた。
这事象山也有所耳闻。
「他にも十代のアイドルにテレビ局員を接待させたり、イベントのテーマ曲を受注するために市の職員を脅したり。ライヒプロモーションはこれまで多くの問題を起こしてきました。でもわたしは、それらはほんの氷山の一角に過ぎないのではないかと考えています」
“他们还让十多岁的偶像接待电视台工作人员,为了签下主题曲而威胁市政府的工作人员。帝国选拔迄今为止已经制造了很多问题,但我怀疑这只是冰山一角。”
「氷山の隠れたところで、うちの娘も問題に巻き込まれていると?」
“你的意思是,在冰山看不见的部分,小女也卷入了麻烦吗?”
「八月二十二日、土曜日。娘さんがどこで何をしていたかご存じですか」
“八月二十二日周六那天,你知道你女儿在做什么吗?”
和泉の息が荒くなる。『ハローどっこいしょ東北』のスタジオで大麻を育てていたアイドルを非難したときと同じ顔をしていた。
和泉的呼吸变得急促起来,脸上的表情也跟她在《你好呀,东北》的演播室里谴责种植大麻的偶像时一模一样。
この女が家の前に現れたのが二十一日だから、二十二日はその翌日だ。季々は花蒔の「もぐもぐ食育フェスタ」へ、彩夏は神霧山キャンプランドへ出かけていたが、舞冬は仕事も授業もなく一人で家にいたはずだ。
这个女人出现在自家门口是八月二十一日,翌日也就是二十二日,季季去了花莳的“嚼嚼味觉教育嘉年华”,彩夏去了神雾山露营地,舞冬既没有工作也没有课程,应该是独自在家的。
「家で課題でもやってたと思いますけど。それが何か」
“应该是在家里做课题吧,那又如何?”
和泉は一瞬、眉間を力ませたが、すぐに表情を消した。
和泉瞬间眉头紧锁,但旋即收起了表情。
「ごめんなさい。現時点ではこれ以上はお話しできません」
“不好意思,恕我眼下还没法多说。”
何がなんだか分からなかった。
这话真教人摸不着头脑。
「家族を見張っておいて、その理由は言えないと?」
“你的意思是监视别人家,却没法给出理由?”
「すみません」
“抱歉。”
「ライヒプロモーションのアーティストを守りたい気持ちは同じです。協力させてもらえませんか」
“我也想保护帝国选拔的艺人,跟你的心情是一样的。能让我参与进来吗?”
「ごめんなさい。多くの方の名誉とプライバシーに関わる問題なんです」
“不好意思,这关乎很多人的名誉和隐私。”
押しても引いても動かなかった。
好说歹说,对方都不为所动。
「分かりました」両手をブルゾンのポケットに入れ、大きく息を吐き出す。「ではこれ以上、娘の周囲を嗅ぎ回ることはしないと約束してください」
“好吧。” 象山把双手插入夹克口袋,大大地吐了口气,“那就请你答应我,别再去小女身边探查情报了。”
「すみません」
“抱歉。”
機械のように繰り返す。
和泉犹如机器般重复着。
「どうしてもお約束いただけませんか」
“无论如何都没法答应我的要求吗?”
返事はない。
对方杳无回音。
「では仕方ありません」
“那就没办法了。”
ブルゾンのポケットからメスを取り出した。ビニールのカバーを外し、刃先を和泉に向ける。
象山从夹克口袋里掏出手术刀,取下塑料套,将刀尖指着和泉。
「何のつもりですか」
“你想干什么?”
和泉は呆れたように頰を歪め、右手を半端に突き出した。
和泉呆然地歪着脸颊,半伸着右手指了过来。
「アスリートの硬い筋肉でも裂くことのできるナイフです。お静かにされるのが賢明かと」
“这是一把刀子,就连运动员坚固的肌肉也能割断,我觉得安静一点才是明智的哦。”
みるみる顔から血の気が引いた。指からセブンスターが落ちる。
和泉的脸色瞬间变得煞白,七星烟也从手指上掉了下来。
「おや。ブランコに誰かいますね」
“咦,秋千上有人啊。”
和泉が後ろを向いた隙に首に腕を回し、頸動脈を押さえた。──三、四、五秒。上半身が象山の腕にもたれる。絞め落とし、医者が言うところの頸動脈洞反射だ。
趁和泉背过身子之际,象山以迅疾的手法将手臂绕过她的脖子,压住了颈动脉——三秒,四秒,五秒,和泉的上半身瘫软在了象山的胳膊上。这便是勒杀,也就是医生口中的颈动脉窦反射。
膝に和泉の頭を載せると、石を拾って耳の付け根を殴り、顎関節を脱臼させた。口を大きく開け、喉の内側にメスを差し込む。タールとカフェインの饐えた20ような臭い。
他将和泉的头摆在膝盖上,举起石头砸向她的耳根,使其颞下颚关节脱臼。趁和泉嘴巴大张之际,将手术刀插入了咽喉内侧,传出一股焦油和咖啡因的酸臭味。
「司会のおじさんが言った通りでしたね」
“就像主持人大叔说的那样——”
喉の粘膜に刃を押し当て、人差し指に力を込めた。す、と血が滲み出す。そのまま力を強めて頸動脈を裂き、肌を突き破る寸前でメスを抜いた。噴水のように溢れた血が口へせり上がってくる。
象山用刀片抵住喉咙黏膜,食指发力,血渗了出来,就这样加大气力割断颈动脉,在即将刺穿外皮之际拔出手术刀,鲜血仿佛喷泉一般涌入口腔。
「あんまり怒ってばかりいると早死にするんですよ」
“总是发怒可是会短命的哦。”
歯間から血がこぼれそうになったところで、象山は和泉の顎を閉じた。
就在血即将从牙缝里溢出来之际,象山猛地阖上了和泉的嘴。
Footnotes
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ストール (stole) :[名]婦人用の長い肩掛け ↩
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一眼レフ:[名]レンズとファインダーが光学的に一つのルートでつながっている「一眼」の構造と、カメラ内部の「ミラー」で光を反射させる「レフ」機構を持つカメラ ↩
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ウレタン (urethane): 化学语境下指氨甲酸乙酯,生活语境中指聚氨酯 ↩
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皮切り:[名]物事のしはじめ ↩
-
バラエティ (variety):[名]「バラエティーショー」の略 ↩
-
コルセット (corset):[名]婦人用下着の一つ。胸下から腹部にかけて、体形を整える目的で着用 ↩
-
浚う:[動ワ五(ハ四)]比喩的に、胸のうちにある思いをことばなどにしてすっかり外に出す ↩
-
チョークスリーパー (choke sleeper):[名]相手の首を腕で絞めて気絶させる格闘技の技の総称 ↩
-
ハタハタ (鰰): 雷鱼 ↩
-
原付:[名]原動機付き自転車 ↩
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ガネーシャ (Gaṇeśa):[名]ヒンドゥー教の知恵と学問の神。ガナパティとも。長鼻・象面・四臂(しひ)・人身の姿をとり ↩
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可以是 理科有在好好学吗 (りか ちゃんとべんきょうしてる), 也可以是 和里香在学习吗 (りかちゃん とべんきょうしてる) ↩
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ぎなた読み:[名]文の句切りを間違えて読むこと ↩
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こんがり:[副]ほどよく焼くさま、ちょうどよい焼き色がついて、こうばしく焼けるさま、また、よく日焼けしたさまを表わす語 ↩
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ソンクラー (Songkla): 宋卡,泰国南部的一个重要府 ↩
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捲し立てる:[動タ下一]勢いよく続けざまにしゃべる ↩
-
フリーセア (Vriesea): 凤梨科莺歌属 ↩
-
イソミタール (Isomytal): 异戊巴比妥,主要用于催眠、镇静、抗惊厥及麻醉前给药 ↩
-
鍔:[名]帽子のまわり、または前に庇のように出ている部分 ↩
-
饐える:[動ア下一]飲食物が腐って酸っぱくなる ↩