白井智之: エレファントヘッド 四/増殖
desc: 精神科医生象山深爱着自己的家人。但他心知肚明:再幸福美满的家庭,也会因一道微小的裂痕,彻底分崩离析 ——。不久后,他偶然得到神秘药物,就此被卷入一连串超乎常理的杀人案件之中
2 修复者
九月三日、木曜日。──分岐から四日。
九月三日,周四——分支点后的第四天。
「すまなかった」
“对不起。”
醬窯駅前のロータリーに面した喫茶店、LOGE。象山はテラス席のテーブルに両手を突き、頭を下げた。
在酱窑站前正对转盘的咖啡店 “LOGE”,象山把双手撑在露天座位的台板上,深深地低下了头。
「謝罪はいりません」
“用不着道歉。
素っ気なく言って、季々はハンドバッグからクリアファイルを取り出した。頰が削げ、眼窩が窪み、喉に甲状軟骨が浮き出ている。十キロは落ちたのではないか。濃く引いたリップがかえって顔色の悪さを際立てていた。
季季冷冰冰地说着,从手提包里拿出了透明文件夹。只见她脸颊瘦削,眼窝凹陷,喉部的甲状软骨清晰可辨。该不会瘦了十公斤吧。涂得很浓的嘴唇反倒愈加凸显出苍白的脸色。
「ここに名前を書いてください」季々が広げたのは離婚届だった。「他の欄はもう書いてあります。署名しないなら──」
“请在这里签上你的名字。” 季季摊开的文件是离婚协议书,“其他栏都填好了,要是不肯签名的话——”
「待ってくれ」象山はわざとらしくならないように声を震わせた。「きみは誤解してる。確かにわたしは舞冬の恋人の春くんをホテルに連れて行った。でもそれにはやむをえない理由があったんだ」
“等下!” 象山颤抖着声音,努力不显得做作,“你误会了,我的确带舞冬的恋人春君去了酒店,可我这么做是有不得已的理由的。”
真っ赤な唇が歪む。
鲜红的嘴唇变得扭曲起来。
「何よ、それ」
“什么意思?”
「まだ言えない」
“现在还没法告诉你。”
「そんなの信じられるわけないでしょ」
“我凭什么相信呢?”
季々が声を張り上げる。道を歩いていた中学生が「やば」と足を速める。
季季抬高了嗓门,路过的中学生 “呀” 了一声,脚步也加快了。
「いつか話せる日が来る。それまで待ってほしい。この通りだ」
“总有一天会告诉你的,希望你能等到那一天,事情就是这样。”
羞恥心に油を注ぐように、象山は椅子を降り、床に膝を突いて土下座した。
就似往羞愧之火里狠狠地添了一把油一样,象山自椅子上站起身来,双膝跪地摆出土下座的姿势。
十秒、二十秒、三十秒──、季々は何も言わない。
十秒、二十秒、三十秒——季季什么话都没说。
考えていることは手に取るように分かる。女優としてもタレントもどきとしてもピークを過ぎた彼女に、今の生活水準を維持しながら二人の娘を大学に通わせる稼ぎはない。舞冬の音楽活動は家計の足しになるだろうが、ムイと一緒にアカダマの活動を支えてきたのは自分だ。季々にそんな知恵はない。納得のできる筋書きがあるなら、これからも夫婦でいたいのが本音だろう。
象山对季季的想法了如指掌。作为一个已经过了巅峰时期的女演员和电视明星,她显然没有足够的收入维持现在的生活水平并供两个女儿上大学。舞冬的音乐活动虽能补贴家用,但和穆伊一起支持赤玉活动的人正是自己,季季并不具备这样的智慧。若能给出让她信服的事情经过,她其实还是希望延续夫妻关系的。
「勝手にすれば」
“那就随你吧。”
クリアファイルをバッグにしまう音。椅子が引かれ、ヒールの足音が遠ざかっていく。
传来了透明文件夹收入包里的声音,随后椅子被拽了开来,高跟鞋的脚步声逐渐远去。
床に額を付けたまま微笑んだ。
额头紧贴在地的象山露出了微笑。
足音が聞こえなくなるのを待って椅子に座る。紙おしぼりで手を拭き、コーヒーカップを取る。
待脚步声远去后,象山坐回了椅子,用纸巾擦了擦手,端起了咖啡杯。
冷めたコーヒーに口を付けたところで、ふと季々の言葉がよみがえった。
他喝了口变凉的咖啡,骤然想起了季季的话。
──他の欄はもう書いてあります。署名しないなら──。
——其他栏都填好了,要是不肯签名的话——
彼女はいったいどんな手を用意していたのだろう?
她究竟准备了怎样的手段呢?
0 逃亡者
九月四日、金曜日。──分岐から五日。
九月四日,周五——分支点后的第五天。
象山はインターホンのチャイムで目を覚ました。
象山被对讲机的铃声惊醒了。
壁に寄りかかるように立ち上がり、そこが自宅のリビングであることに気づく。いつの間にか不死館から帰ってきたらしい。シャツの染みを見るに、昨夜も泥酔したまま寝てしまったようだ。テーブルには案の定、見覚えのない酒瓶が並んでいた。
他依靠着墙壁站起身来,意识到这是自家的客厅。不知何时自己已从不死馆归来了。从衬衫上的污渍来看,昨晚也是喝得烂醉睡了过去。就如所想的那样,桌面上摆满了从未见过的酒瓶。
奥歯を嚙んで頭痛を堪え、インターホンのモニターを見る。芋窪の顔の左半分が映っていた。横にはニキビ面の刑事。後ろには黒のセダン。〝もぐら男〟の事件に進展があったのだろうか。
他紧咬牙关忍着头痛,看向对讲机的屏幕。上面显示着芋窪的左半边脸,侧边是满脸粉刺的刑警,后边停着一辆黑色轿车。是 “鼹鼠男” 一案有进展了吗?
通話ボタンに触れようとしたところで、違和感を覚えた。
正要按下通话键时,忽然感到一丝违和感。
スマホを取り出す。病院からの着信履歴が大量に並んでいたが、芋窪からの連絡はない。
掏出手机,屏幕上密密麻麻排满了医院的未接来电,却唯独没有芋洼的消息。
芋窪とは十年来の仲である。先月、多重人格について話を聞きに来たときのように、用事があるならスマホを鳴らせばいいはずだ。なぜ事前に連絡せず、騙し討ちのように家を訪ねてきたのか。
芋洼和我有十年交情了。如果真有事,他应该会直接打电话给我,就像上个月他来问我多重人格的事时那样。可这次,他为什么不事先联系,反而像搞突然袭击一样直接找上门来?
象山が立ち尽くしていると、モニターの芋窪は何やら愚痴をこぼしながら道を歩いて行った。ニキビ面が後に続く。車に戻らないということは、隣人にでも話を聞くのか。
象山呆呆地立着,屏幕上的芋窪一边口吐怨言一边往路上走去,粉刺脸紧随其后。两人没回车里,是要盘问邻居吗?
足音を殺して階段を上り、書斎の窓を薄く開く。カーテンの隙間から道を見下ろしたところで、お隣りの玄関からインターホンのチャイムが鳴った。
蹑手蹑脚地走上楼梯,把书房的窗微微打开一条缝。就在象山透过窗帘的缝隙往下窥探的时候,门铃响了起来。
「警察です。朝から申し訳ない」まったく申し訳なくなさそうなふてぶてしい声。「隣りのご主人を捜してるんです。行き先に心当たりはないですか」
“我是警察,很抱歉这么早就上门打扰。” 他的声音听起来很不客气,“我们在找隔壁的男主人,你这边有线索吗?”
やはり目当ては自分らしい。病院が警察に連絡したのか、あるいは──。
果然是冲自己来的,是医院报警了,还是——
「強制性交の容疑で逮捕状が出てましてね」
“此人涉嫌强制性交,逮捕令已经发出了。”
象山は頭が真っ白になった。
象山的脑子一片空白。
1 幸せ者
九月五日、土曜日。──分岐から六日。
九月五日,周六——分支点后的第六天。
「ちょっとできすぎじゃない?」
“是不是巧合过头了?”
春が意識を取り戻したとの一報を受け、象山は神々精医科大学附属病院へジャガーを走らせた。
得知春恢复意识的消息后,象山开着捷豹前往神神精医科大学附属医院。
「わたしの誕生日に目を覚ますって、ドラマじゃないんだからさ」
“居然在我生日这天醒来,又不是在演电视剧。”
助手席の舞冬が、病院行きのバスの背中を見ながら言う。今日は舞冬の二十歳の誕生日だった。
坐在副驾座位上的舞冬一边望着开往医院的公交车车尾,一边说道。今天是舞冬的二十岁生日。
「これ、去年の誕生日に春にもらったの」
“这是去年生日时阿春送给我的。”
嬉しそうにマフラーと手袋を見せる。まだ九月だというのに真冬のような格好をしているのはそれが理由か。どちらもクマをモチーフにしているようで、マフラーには耳の生えたフードが、手袋には肉球の刺繡が付いていた。忌々しいことに、舞冬の小さな顔によく似合っている。
她快活地展示着围巾和手套。尽管才到九月,她却裹得和寒冬腊月一样。这就是原因吗?两样东西似乎都是小熊主题。围巾上有熊耳朵的兜帽,手套上绣着肉垫图案。令人火大的是,这套东西和舞冬小巧的脸庞很搭。
「検査はこれからだ。まだ安心はできないよ」
“检查才刚开始,还不能掉以轻心。”
医師らしく娘を諭す。できれば記憶をすべて失っていてくれないものか、というのが本音だったが、そんなことは喉がもげても言えない。
象山以医生的身份劝诫女儿。要是可以的话,最好让那家伙失去所有记忆,但这样的话并没法说出口。
午前八時三十分。駐車場の端にジャガーを停めると、
上午八点三十分,象山把捷豹停在了停车场最边上。
「父さんは仕事だから、ここからは一人で行きなさい」
“爸爸还有工作,这里你一个人去吧。”
ネクタイを締め直しながら言った。診察まではまだ三十分以上あるが、ここで春と顔を合わせるわけにはいかない。
象山一边调整着领带一边说道。虽说距离诊察尚有三十分钟,但决不能在此和春碰面。
「一緒に来てくれないの?」
“你不陪我一起去吗?”
舞冬が珍しく唇を尖らせる。
舞冬难得撅起了嘴。
「急に恋人の父親が現れたんじゃ、春くんもびっくりするだろ」
“恋人的父亲突然出现,会把春君吓坏的吧。”
「あー、それもそうか」
“哦,这倒也是。”
襟元のバッジを見て頷く。助手席を降り、「ありがと」と手を振ると、舞冬はクマの耳を揺らしながら救命救急センターへ歩いて行った。
舞冬看着领口的徽章点了点头。她走下副驾座位,挥挥手说了声 “谢啦”,随即摇晃着熊耳朵往急救中心方向快步走去。
2 修复者
九月十二日、土曜日。──分岐から十三日。
九月十二日,周六——分支点后的第十三天。
象山は青葉市太百区の高級マンション、メリックタワー戊庭台のロビーでエレベーターを待っていた。
象山在青叶市太百区的高级公寓——Merrick tower 戊庭台的大厅里等候电梯。
──他の欄はもう書いてあります。署名しないなら──。
——其他栏都填好了,要是不肯签名的话——
季々の言葉がこだまする。九日前、離婚届を突きつけながら、季々はそう口にした。
季季的言语回响在脑海里。九天前,季季一边递出离婚协议书,一边说了这样的话。
彼女の奥の手は思わぬところから明らかになった。飲んだくれの象山0が強制性交の容疑で警察に手配されたのだ。舞冬が春に事情を質し、答えに窮した春がホテルへ強引に連れ込まれたと噓をついたのだろう。
她的杀手锏自意料不到的地方显露出来。酗酒的象山 0 因涉嫌强制性交被警方通缉。应该是舞冬向春询问事情的原委,春理屈词穷,便谎称自己被强行带进了酒店。
象山0の時間と自分の時間で、舞冬や春の状況に違いはない。こちらの時間の春も、おそらく同じ言い訳を口にしている。それを聞いた季々は、夫が離婚を拒むなら警察に通報しようと考えたのだろう。逮捕は法律上の離婚事由には含まれないが、離婚協議がこじれたとき、季々の側に有利に働くのは間違いない。
象山 0 的时间线和自己的时间线是一样的,以及舞冬和春的情况也没分别。这条时间线的春大概也编了同样的借口。季季听说后,大概是打算若丈夫拒绝离婚的话就报警。逮捕在法律上虽算不上离婚理由,但当离婚协议陷入纠纷时,这种情况无疑有利于季季一方。
もしあの日、醬窯の喫茶店で季々に謝罪していなければ、自分も今ごろ、象山0と同じように警察に追われていたはずだ。
要是那天他没有在酱窑的咖啡店里和季季道歉,那么现在的自己恐怕也会和象山 0 一样被警方追逼。
とかく人生には落とし穴が散らばっている。どれだけ注意深く行動しても、すべてを避けることはできない。家族を修復し、人生を取り戻すには、やはりシスマが必要だった。
总而言之,人生中充斥着陷阱。无论多么小心谨慎,也无法避开所有的坑。为了修复家庭,拿回人生,果然还是需要西斯玛。
それにしてもエレベーターが遅い。左手首に目を落とし、どこかで腕時計を失くしたのを思い出す。ポケットからスマホを出そうとしたところで、ようやく壁のライトが灯った。
不过,这里的电梯真是慢啊。象山的视线落在左腕上,这才想起在某处弄丢了手表。正待从口袋里摸出手机,墙上的灯终于亮了起来。
「大変お待たせしました」
“让您久等了。”
扉が開くなり、スリーピースに蝶ネクタイの男が恭しく会釈する。
门一打开,穿着成套洋装打着蝴蝶领结的男人恭恭敬敬地点头行礼。
メリックタワー戊庭台の二十五階の一室では、毎夜、高レートのポーカーやバカラ、クラップスなどが行われている。蝶ネクタイの男は闇カジノ〈2510〉のフロアマンだった。
在梅里克塔戊庭台二十五层的某个房间,每晚都会举行高利率的扑克、百家乐(Baccarat) 和双骰子(Craps) 之类,领结男乃是非法赌场 “2510” 的看门人。
「象山様ですね。お久しぶりです。どうぞこちらへ」
“是象山先生吧?好久不见,这边请。”
エレベーターの扉を押さえ、中へ手を向ける。
他按住电梯门,向里边伸出了手。
「今日は遊びにきたんじゃない」
“今天不是来玩的哦。”
「え?」
“有何贵干?”
「元子役の男に用がある。呼んできてくれないか」
“我有事要找那个当过童星的男人,能帮我叫他吗?”
「エデンさんですか」男は迷惑がることもなく答える。「残念ながら、うちにはしばらく見えてませんね」
“是伊甸先生吗?” 男人毫不犹豫地回答,“非常遗憾,我们这边有段时间没看到他了。”
気づかれないように舌を打った。エデンはやたらとバカラが得意で、よく薬で稼いだ金を突っ込んではゼロを何個も増やしていた。ここにもいないとなると、いったいどこで何をしているのか。
象山悄悄咂了咂舌。伊甸非常擅长百家乐,时常把卖药赚来的钱都砸进去,然后增加好几个零。要是他不在这里,那究竟是在做什么呢?
「思い当たる行き先はないか」
“你知道他有可能去哪吗?”
「どうでしょう──」
“怎么说呢——”
男は蟀谷を押さえた。
男人按着太阳穴。
〈2510〉のスタッフが自分を無下にできないのには理由がある。
“2510” 的工作人员不能怠慢自己是有理由的。
象山はこれまで二十人以上の同僚に〈2510〉を紹介してきた。闇カジノにとって、うぶな医者ほどうまい客はない。種銭は十分だし、社会的な信用を失ってはまずいから、警察に店を売ることもない。何より彼らは、どんな人間よりも自分の才能を信じている。
象山迄今为止已经向二十多位同事介绍过 “2510”。对于黑赌场而言,没用比不谙世事的医生更好宰的客人了。既有足够的本钱,又害怕失去社会信用,所以绝不会把店卖给警察。最重要的是,他们比任何人都相信自己的才能。
医者の大半は小中高から医学部、そして医師国家試験に合格するまで、狭い一本道での成功体験を重ねている。彼らは自分が優秀であることを疑わない。そんな人間が一度か二度、カジノで運の良い勝ち方をすると、それを自分の才能が発揮された結果と思い込む。そしてカジノにのめり込み、やがて〈2510〉の売上に大きく貢献することになるのだ。
大多数医生从小学、初中、高中一直读到医学院,又通过了国家医生考试,都是在狭路上累积成功经验的人。他们对自身的优秀没有丝毫怀疑,这种人一旦在赌场上撞大运赢上一两次,便会深信这是自身的才能得以发挥的结果。于是便沉溺赌场不可自拔,用不了多久就会 “2510” 的流水作出巨大的贡献。
「エデンさんのビジネスは順調に見えました。自分から青葉市を離れたとは思えません」
“伊甸先生的生意看起来顺风顺水,我不觉得他会主动离开青叶市。”
フロアマンの男は蟀谷から指を離し、残念そうに言った。
守门人将手指从太阳穴上挪开,遗憾地说道。
「となると考えられる理由は一つでしょう」
“他会这样做的理由恐怕只有一个。”
見込みのない患者に病状を告げる医師のように、
就像医生向医治无望的病患告知病情一样——
「本職の方たちに目を付けられて、お灸を据えられたんじゃないでしょうか」
“会不会被同行收拾了呢?”
1 幸せ者
十月十一日、日曜日。──分岐から四十二日。
十月十一日,星期日——分支点后的第四十二天。
県道沿いのショッピングモール、バッズの国際物産フェアで買った北京ダックに齧りつこうとしたところで、テーブルのスマホが震えた。薄皮に豆板醬を塗っていた舞冬が手を拭いて立ち上がり、スマホを持ってリビングを出て行く。
象山一家在县道边的购物中心 “花芽” 举办的国际物产展销会上买来了北京烤鸭,正待下嘴的时候,桌面上的手机传来了震动。在薄面皮上抹着豆瓣酱的舞冬擦了擦手,拿着手机起身出了客厅。
「もしもし?」
“喂?”
季々が「まったく」と鼻息を吐く。彩夏は録画した『殺人メシ』を見ながら薄皮に胡瓜を押し込んでいる。
“真是的。” 季季叹了口气,彩夏则一边看着提前录好的《杀人美食》,一边往薄面皮里塞黄瓜。
「待って。予定は空いてるけどさ。春は大丈夫なの?」
“等等,我没有预约,阿春你没事吧?”
テレビを見るふりをしながら、廊下から洩れる声に耳をそばだてた。舞冬に電話をかけてきたのは恋人の春らしい。
象山佯装看着电视,竖起耳朵偷听走廊里传来的声音。给舞冬打电话的似乎是恋人春。
九月五日、舞冬の誕生日に意識を取り戻した春は、その後も順調に回復し、翌週の九月十一日にリハビリを終え退院した。象山が期待したような記憶の欠落はなく、後遺症も見つかっていない。
九月五日,舞冬生日当天,春恢复了意识,之后恢复得十分顺利。翌周九月十一日,便完成康复训练出院了。没有象山期待的记忆丧失,也没发现后遗症。
「そりゃただで温泉入れるのは嬉しいけど。予約する前に相談してよ」
“免费泡温泉我当然高兴啊,不过预约之前也要找我商量下吧。”
舞冬の声が大きくなる。彩夏が廊下のほうを見た。「また喧嘩?」
舞冬扯起了嗓门。彩夏看向走廊问了声 “又吵架了?”
象山もこの数週間、舞冬が恋人と口論する声をたびたび耳にしていた。 病気や怪我がきっかけで態度が横柄になる人間というのは珍しくない。自分は気の毒な目に遭っている、優しくされて当然だという思いが、普段は抑え込んでいる傲慢さを露わにしてしまうのだ。ましてやあの浅はかな男のこと。入院中、舞冬が献身的に面倒を見たものだから、ぞんざいに扱っても構わないと呆れた勘違いをしたのだろう。
这几周来,象山也时不时听到舞冬和恋人争执的声音。因为患病或受伤而变得暴躁的人并不稀见。这些人认为自己既然遭遇不幸,被温柔以待也是理所应当的事,于是将平时压抑的傲慢表露无遗,更不用说那个浅薄的男人了。住院期间,舞冬忘我地照顾着他,令他产生了可以马虎对待的错觉。
「いや、日帰りだからとかじゃなくて」
“不,不是当天来回的问题。”
「死ね、ヨネジロー!」
“去死吧!米次郎!”
テレビでは鯊田アンホ演じるシリアルキラーが刑事の喉に饅頭を押し込もうとしていた。やたらと不気味なBGM──コントラバスの不協和音が流れる。
电视里,鲨田安福饰演的连环杀手正在往警察喉咙里塞馒头,背景音乐是低音大提琴的不谐音,诡异的气氛表露无遗。
「わたし、アカダマのeriminなんだよ。春みたいに毎日暇なわけないじゃん」
“我可是赤玉 erimin啊,不可能每天都像阿春你这么闲。”
とうとう舞冬が怒鳴った。
舞冬终于怒吼起来。
食卓の雰囲気は台なしだったが、象山は内心、安堵していた。
餐桌上的气氛十分沉默,可象山心里却暗中松了口气。
改めて恋人を紹介したいと言われたらどうしようかと思っていたが、この様子ならもう二人は長くないだろう。
本来还在想要是哪天舞冬再度提出介绍恋人该如何是好,不过照这幅样子,两人应该好不了多久了。
「お姉ちゃんも大変だねえ」
“姐姐也很不容易啊。”
彩夏は気の抜けた声を出すと、カルシウム拮抗薬を口へ放り込んだ。
彩夏发出了泄气的声音,把钙抗结剂放进了嘴里。
2 修复者
十一月二日、月曜日。──分岐から六十四日。
十一月二日,周一——分支点后的第六十四天。
「大学生の男が失踪してね」
“有个大学男生失踪了。”
売店のコーヒーに口を付けようとしたところで、芋窪刑事が切り出した。
象山正要把小卖部买来的咖啡送入口中时,芋窪刑警开口说道:
「前に付き合ってたって女に会ってぶったまげた1よ。あのアカダマのボーカルってだけでも度肝を抜かれたのに、よく聞きゃ随分馴染みのある苗字じゃねえか」
“我找他之前交往过的女友问话,真是吓得不轻。光是那个赤玉的主唱就够吓人的了,仔细一听,姓氏很耳熟啊。”
第三病棟の屋上に無神経な胴間声が響く。誰かに聞かれていないかと不安になったが、二人の他に人影はない。小心者の理事長の判断で、三年前から患者の屋上への出入りは禁じられている。
第三病房楼的屋顶响起了毫无轻重的破锣嗓子。象山担心会不会被别人听了去,不过这里除去他俩之外似乎再无其他人的身影。谨小慎微的理事长从三年前开始就禁止患者进入屋顶。
「おたくの長女の元彼はどこへ消えたのか。思い当たる節はねえか?」
“你长女的前男友去哪了?你有什么眉目吗?”
象山は木陰の手すりにもたれると、
象山倚靠在树荫下的栏杆上。
「ありますよ」逡巡しているふうにゆっくりと息を吐いた。「春くんはやくざに攫われたんでしょう」
“有是有。” 他缓缓地吐了口气,似乎是在犹豫,“春君是被黑帮抓走了吧。”
風が止み、シイのざわめきが消える。
风停了,米槠树的沙沙声也平息下来。
「やくざ」芋窪が声を硬くした。「女にでも手を出したのか」
“黑帮?” 芋窪的声音僵硬起来,“他是对女人出手了吗?”
象山は一拍、声を詰まらせて、
象山顿了一顿,然后哽咽着说:
「舞冬に話を聞いたということは、わたしが家族と別居していることもご存じですね」
“既然问过舞冬了,你也知道我和她们分居的事吧。”
「ああ。まあな」
“嗯,是啊。”
「でしたら話は早い。結論から言うと、あの男が手を出したのは女じゃない。薬です」
“那就方便说了,从结论上讲,那个男人出手的对象不是女人,而是药。”
コーヒーで喉を湿らせ、街に目を向ける。県道に沿って背の低いビルが並んでいる。
象山用咖啡润了润喉咙,将目光投向市街,县道沿边,低矮的建筑成排而立。
「二カ月ほど前、バッズの裏の路地で彼と会いました。彼はガールズクラブを叩き出されたところでした。わたしは一目で彼がアンフェタミンの常習者だと気づきました」
“大约两个月前,我在 ‘花芽’ 后边的巷子里遇到了他。他刚被人踹出风俗店。我一眼就看出他是个安非他命的瘾君子。”
雲が太陽を覆う。木陰がさらに暗くなる。
云层遮蔽了阳光,树荫显得愈加阴暗。
「所持していれば通報しようと思い手荷物を探ってみると、財布に学生証が入っていました。そこになぜか、聞き覚えのある名前が書かれています。わたしはその男が、翌日、挨拶に来る予定だった長女の交際相手であることに気づきました」
“我想着要是带在身上的话就报警,于是便借故翻看了他的随身物品,在钱包里找到了学生证。不知为何,上面的名字很是眼熟。我突然意识到这个男人就是预定第二天登门拜访的长女交往对象。”
はは、と芋窪が煙を吐き出す。「そらご愁傷様」
“啊哈哈。” 芋窪吐了口烟,“请节哀。”
「わたしが立ち尽くしていると、店からガラの悪い男が出てきました。彼は店の代金を払っていなかったんです。わたしはとっさに彼の腕を引き、すぐ近くのホテル──ガネーシャに連れ込みました」
“就在我呆立在那里的时候,从店里走出一个凶神恶煞的男人。那家伙进店没给钱,我立即攥住他的胳膊,迅速把他拽到了附近的酒店,也就是象头神。”
「変な部屋ばかり揃えてるホテルか」街のその辺りを見ながら、「よく変態が死ぬ」
“那间酒店尽是些怪房间吧?” 芋窪望着街景,“经常有变态死在里边。”
象山は頷いた。
象山点了点头。
「わたしの考えたことは一つだけ。どうすれば娘を傷つけずに済むか、ということです。わたしは彼を𠮟り、薬物依存症外来を受診すると約束させて、店に支払う金を渡しました」
“我脑子里的事情只有一件,就是怎样才能不伤害女儿。我答应带他去药物依赖症门诊接受治疗,还给了他一些钱叫他付账。”
「先生も人の親だな」
“医生也是为人父母的人呢。”
芋窪が苦笑する。
芋窪苦笑道。
「でも、翌日、家へ挨拶に来た春くんは、わたしとの約束をまったく覚えていませんでした。おまけにアンフェタミンの作用で記憶が混濁していたんでしょう。わたしとガネーシャに入ったこと、そこで金をもらったことを繫ぎ合わせ、あろうことかわたしに身体を売ったと言い始めたんです」
“可到了第二天,前来登门拜访的春君完全忘了和我的约定。是安非他命的效果让记忆变模糊了吧。他竟把我俩一起进入象头神的经历和从我那里拿到钱的事情联系起来,声称向我出卖了肉体。”
芋窪は咳き込み、脂臭い息を吐いた。
芋窪咳了一阵,吐出一口带着油脂味的臭气。
「そいつは災難だ」
“那可真是一场灾难。”
「わたしのやったことは間違いでした」
“我的所作所为就是一个错误。”
シイの幹の近く、影の濃いところへさりげなく移動する。左手で側頭部を押さえ、精一杯、無念さを表現する。
象山不动声色地靠近米槠树干附近的阴凉处,左手按着脑袋,竭尽全力地表达着自己的遗憾。
「わたしの渡したはした金はすぐになくなったでしょう。そして彼は首が回らなくなった」
“我给他那点钱估计很快就花光了,然后又欠下了很多债。”
頭を起こし、海のほうに目を向ける。
而后他把头一抬,望向了远方的海面。
「今ごろどこかの劣悪な工場で働かされてるか、臓器を取られて青葉湾にでも沈められているでしょうね」
“现在的他有可能在哪个黑工厂里强制劳动,或者被摘掉器官,沉入青叶湾了吧。”
0 逃亡者
十一月二十日、金曜日。──分岐から八十二日。
十一月二十日,周五——分支点后的第八十二天。
アルミ製のゴミ入れの蓋を開けると、パイナップルをタレに漬けたような悪臭が鼻を抉った。
当铝制垃圾桶的盖子被打开的时候,一股调料汁泡菠萝的恶臭扑鼻而来。
象山は小雨の舞う中、神霧山キャンプランドのゴミ置き場を訪れていた。空き瓶に空き缶、スナック菓子の袋、鶏の骨、サンマの頭、トウモロコシの芯、ニンジンのヘタ、その他大小さまざまなゴミの詰まった袋から、食べられそうなものを取り出していく。
在飘荡的细雨中,象山来到了神雾山露营地的垃圾堆放处,从装满空瓶、空罐、零食包装袋、鸡骨头,秋刀鱼头、玉米芯、胡萝卜蒂等大大小小的垃圾袋中,寻找可以入口的东西。
三日前に来たときよりも日持ちのしそうな菓子が多い。食いでのありそうなものを選んでアウトドアバッグに詰め込み、ジッパーを閉める。ゴミ入れの横に週刊誌が落ちていたので、ついでに脇のポケットに入れておいた。
易于保存的零食相比三天前要多了不少,象山挑出一些看似能吃的东西,塞进了户外背包,然后拉上拉链。垃圾箱旁还掉了一本周刊杂志,他也顺手塞进了侧袋里。
「脳天爆発、コカコカライム。試供品お配りしてまーす」
“脑门爆炸,可乐酸橙,派发试吃装啦。”
キャンプ場を出ようとしたところで、入り口のほうから舌っ足らずな声が聞こえた。ライムグリーンのレインコートを着た女が二人、道を通る人に瓶を配っている。
刚要离开露营地,入口处就传来了口齿不清的声音。两名身穿黄绿色雨衣的女子正在给路过的人分发瓶子。
ふいに喉の渇きが込み上げた。もう二カ月は酒を飲んでいない。毎日のように酒の入っていた瓶や缶を漁っているにもかかわらずだ。
象山突感一阵口渴,自己已然两个月滴酒未沾了。尽管他每天都在搜寻装酒的瓶瓶罐罐。
アルバイトの姉ちゃんに顔を見られたところで、通報される心配はまずないだろう。象山は吸い寄せられるようにライムグリーンのテントに近寄った。レインコートを着た女がにっこり笑い、「どうぞ」と冷えた瓶を差し出す。フードのサイズが合っていないのか、ぶっとく引いたアイラインが半分くらい雨に流されていた。
即便被打工的小姐姐看到了脸,也不用担心被报警吧。象山仿佛被吸引过来似的靠近黄绿色的帐篷,身穿雨衣的女子嫣然一笑,说了声 “请”,递过来了一个冰镇过的瓶子。或许是雨衣兜帽尺寸不合适的缘故吧,粗粗绘制的眼线已然被雨水冲刷掉了一大半。
ブナ林を抜け、放棄された畑の畦道を進む。頭上まで伸びたススキを搔き分けた先に、寂れた小屋が現れる。
象山穿过山毛榉林,沿着废弃的田间小道前进,拨开一直长到头顶的芒草,出现在眼前的是一间空空荡荡的废弃小屋。
警察に手配されている以上、大食の自宅には帰れない。妄鳴山の不死館も元は父さんの別荘だから、いつ見つかってもおかしくない。ねぐらを失った象山は、神々精市内の空き家を転々とした挙句、一週間前からこの廃屋に身を潜めていた。
既然被警方通缉,就没法回家大吃大喝了。妄鸣山的不死馆原本是父亲的别墅,随时都有可能被找上门来。失去了栖身之地的象山只能辗转于神神精市内的空屋,结果从一周前就躲在这间废屋内。
引き戸を開け、玄関の框に尻をつく。瓶の蓋を外し、コカコカライムを喉へ流し込んだ。うまい。これまでに飲んだどんな酒よりもアルコールが身に沁みる。なんだか分からない香料の香りまで上質なものに思えてくるからおかしい。脳天爆発とはこのことか。
象山拉开移门,坐在了门槛上,随即拧开瓶盖,将可乐酸橙灌入喉咙。滋味倒还不错,比之前喝过的任何酒都要上头,甚至连那些不知名的香料的气味也很高级,太怪了,这就是传说中的脑门爆炸吗?
上機嫌のまま壁にもたれ、ゴミ入れで拾った週刊袋叩2を斜め読みした。ぱらぱらと三面記事を捲って、ふと手が止まる。
他心情愉悦地倚在墙上,斜眼读着从垃圾桶里捡来的周刊杂志。正当他哗哗地翻阅社会新闻时,手骤然停了下来。
アカダマ・eriminの父親が強姦容疑で指名手配されていた!
赤玉 erimin 之父因强奸被通缉!
ドラマ『殺人メシ』の主題歌『魔法のきのこ』でブレイク中の音楽ユニット、アカダマ。待望の初ライブツアーもスタートし全国各地のアカちゃん(アカダマのファン)を熱狂させているが、そんなアカダマのボーカル・erimin(本名非公開)の父親が強制性交の疑いで県警に指名手配されていたことが本誌の取材で明らかになった。
音乐组合赤玉因电视剧《杀人美食》的主题曲《魔法蘑菇》一炮而红,期待已久的首次巡演也正式开场,全国各地的阿赤(赤玉发粉丝)纷纷为之疯狂。经过本刊的采访,证实了赤玉主唱erimin(本名非公开)的父亲由于涉嫌强制性交而被警方通缉。
eriminの父S氏は今年八月の事件発覚後に失踪し、現在も逃亡を続けている。詳しい被害の内容は明らかにされておらず、所属事務所のライヒプロモーションにも取材を申し込んだが回答はなかった。同社はコカインベビーズのボーカルの三紀夫が自殺した際、強引な情報工作を行ったことでも知られる。今後の対応に注目だ。
erimin 之父于今年八月罪行曝光后失踪,母亲仍在逃亡,详细的受害情况并未公开,我刊向其所属的事务所帝国选拔申请了采访,但未收到回应,在之前可卡因宝贝主唱三纪夫自杀一案中,该公司因强行压制消息而广为人知,今后应是重点关注对象。
象山は世界に見捨てられたような気分で記事を読み終えた。
象山以被世界抛弃的情绪读完了这篇文章。
なぜこんなことになってしまったのか。
为什么会变成这样呢?
シスマによって分岐した象山たちのうち、一人は家族との暮らしを守り、もう一人もそれを取り戻そうとしている。そんな中で自分は何をしているのか。なぜ警察に追われ、日本中の晒し者にされなければならないのか。
在西斯玛的作用下陷入分支的象山们,一个守住了和家人们的生活,另一个也在奋力将之找回,在这种状况下,自己又在做什么呢?为什么偏偏自己被警察追捕,在全日本丢人现眼呢?
雑誌を土間に投げ捨てる。柱に立てかけてあった案山子が音を立てて倒れた。以前は畑の物置きとして使われていたのだろう、納戸には一輪車や耕耘機が置いてあった。
象山把杂志抛在地上,倚靠着柱子的稻草人应声倒下。这里之前大概用作田间的库房吧,储藏室里放着独轮车和耕田机。
コカコカライムを一息に飲み干す。どこからかあどけない笑い声が聞こえた。案山子が笑ったのか。もちろん違う。近くで子どもが遊んでいるのだろう。どうやらこの辺りも子どもの遊び場になっているようだ。ちょうどいい空き家を見つけたと思っていたが、長くは住めそうにない。
刚一口气喝干了可乐酸橙,就听到某处传来了孩童们天真的欢笑声。是稻草人在笑?当然不是,是小孩在周围嬉戏吧。看来这附近似乎也成了孩子们的游乐场。本以为找到了一间合适的空屋,但似乎住不了多久了。
「糞っ」
“可恶。”
象山は新聞紙の詰まった案山子の頭を蹴り飛ばした。
象山一脚踹飞了塞满报纸的稻草人头。
1 幸运者
一月三日、日曜日。──分岐から百二十六日。
一月三日,周日——分支点后的第一百二十六天。
「四月四日の午後って空いてます? ツアーファイナルの翌日、新生コカインベビーズから自主イベントの打診が来てます。受ける場合はオープニングアクトになりますね」
“四月四日下午有空吗?最终巡演的第二天,新生的可卡因宝贝探问我们要不要参与独立活动。要是接受的话,将会是开场表演。”
「あー。いちおう予定あるんですけど、空けましょうか」
“啊,我已经有安排了,要调整吗?”
「いえ、そちらを優先してください」
“不,以你的安排优先。”
「いいんですか?」
“可以吗?”
「舞冬さんはeriminである前に、二十歳になったばかりの大学生です。プライベートも大事にしてください」
“舞冬小姐在成为 erimin之前,首先是刚满二十岁的大学生哦,请注意个人隐私。”
タレントとマネージャーの会話を盗み聞きしながら週刊誌の与太記事を斜め読みしていると、ムイが引き戸を開けてリビングに顔を出した。
象山一边偷听着艺人和经纪人的谈话,一边斜眼阅读周刊杂志上的报道。就在这时,穆伊拽开了拉门,把头伸进客厅。
「皆さん、四月三日のツアーファイナルはお越しになりますか。シークレットゲストも登場しますよ」
“各位,四月三日的最终巡演你们会来吗?还会有秘密嘉宾登场哦。”
「ゲスト?」彩夏が弾かれたようにスマホから顔を上げた。「もしかして──」
“嘉宾?” 彩夏像弹起来似的从手机上抬起了头,“难不成——”
「アカダマが主題歌を担当したドラマ『殺人メシ』で主演を務めた、俳優の鯊田アンホさんです」
“就是那个有赤玉演唱主题曲的电视剧——《杀人美食》的主演,演员鲨田安福先生。”
彩夏は椅子から転げ落ちた。
彩夏惊得从椅子上跌落下来。
「行く行く行く。絶対行く」
“要去要去,一定要去!”
「春休みは病院の食堂でバイトするんじゃなかったのか」
“你不是还有在医院食堂的打工吗?”
「それどころじゃないよ。アンちゃんはパルパラの透明探偵の声もやってるからね。絶対行く。首になっても行く」
“哪里管得了这么多。小安还为帕尔帕拉的透明侦探献过声呢。我一定要去,就算被炒鱿鱼也要去。”
「それじゃわたしも行こうかな。季々は?」
“那我也去吧,季季呢?”
スマホでメールを打っていた季々はカレンダーのアプリを開き、「あ」と指を止めた。「その日、『マルチなマルチ』の同窓会だ」
正在用手机编辑信息的季季打开日历应用,然后 “啊” 地一声停下了手指,“那天有《千面千手》的同窗会。”
「途中で抜けたりできないの?」
“没法中途离场吗?”
「無理。あの人たち、全然帰してくんないから」憂鬱そうに肩を落として、「晴太さんと彩夏で行ってきて」
“不行,那些人根本不会放我回去。” 她忧郁地垂下了肩膀,“晴太,你和彩夏一起去吧。”
「じゃあ二人分、関係者席を押さえますね」
“那就按两人份预留特别座位。”
彩夏がガッツポーズをする。舞冬は呆れたように笑いながら、「感謝しなさいよ」
彩夏摆出振臂高呼的姿势,舞冬讶然地笑道 “谢谢啦”。
象山は一人、平穏な日々の尊さを嚙み締めていた。
唯有象山独自品味着安稳日子的珍贵。
懸念があるとすれば、舞冬がまだ恋人と別れていないことくらいか。とはいえ最近は電話のやり取りを耳にすることもすっかりなくなっていた。あとはタイミングの問題だろう。
倘若说有什么顾虑的话,大概就是舞冬尚未和恋人分手吧。不过近来已然完全听不到电话里的争执了,剩下的就是时机问题了吧。
何もかも順調だ──思わず口元が緩んだところで、ふと胸騒ぎがよぎる。
万事顺利——就在自己忍不住舒展嘴角露出微笑的时候,心头忽而涌起一阵悸动。
こんなときこそ、何か大きなしっぺ返しが待ち受けているのではないか。数カ月ぶりにそんな思いが膨らむ。
到了这种时候,会不会有什么巨大的报应在等待着自己呢?数月之间,这样的想法愈演愈烈。
これが杞憂と切り捨てられないことは、自分以外の象山たちのことを思い出せば明らかだった。一人は警察に手配され逃亡の身。もう一人は家族を取り戻しつつあるものの、そのために多大な苦労を重ねている。
想到除我以外的象山们,就能清楚地明白这并非杞人忧天,更不是可以置之不理的事情。一个象山被警方通缉东逃西窜,另一个象山正为找回家人吃了莫大的苦头。
たった一つでも小さな亀裂を見逃せば、自分も彼らのような状況に陥りかねない。幸い自分はまだシスマを一つ持っているが、それを使ったところで時間遡行できる確率は五十パーセント。頼みのエデンの行方も分かっていない。
哪怕只有一个小小的裂隙,自己也有可能陷入和他们一样的境地。幸运的是,自己手上还有一支西斯玛。可就算用了它,时间回溯的概率也只有百分之五十,而最大的倚仗伊甸也已下落不明。
考えうるリスクをすべて潰しておく。できることは他にない。
把能想到的风险尽数抹消,已然没有其他的办法了。
象山は近いうちに不死館へ足を運ぼうと決めた。
象山决定近期去趟不死馆。
0 逃亡者
一月八日、金曜日。──分岐から百三十一日。
一月八日,周五——分支点后的第一百三十一天。
冷え切った風がマンションのフェンスを鳴らしている。日が傾くにつれ、風の勢いが増していた。早く寝床を見つけないと、今日もブナ林で夜を明かすことになる。
寒风吹响了公寓的栅栏。随着日落西山,风势也越来越大,要是不赶紧找到下榻之所,今晚也得在山毛榉林里过夜了。
鼻を啜り、肩を縮めて歩きながら、左右に並んだ家を眺めた。土壁が崩れ、木舞が露出した平屋に目が留まる。空き家かと期待したが、室外機のファンが回っていた。思わず舌を打ちそうになる。
象山啜着鼻子,缩着肩膀往前走着。看着左右并列的房屋,视线停留在一间土墙坍塌,木骨外露的平房。本以为是空屋,不承想空调室外机的风扇正转个不停,象山忍不住想要咋舌。
ふと顔を上げると、マンションの向こうに神々精医科大学附属病院の三つの病棟が見えた。第三病棟の屋上でシイが激しく揺れている。今日の寝床を見つけられないまま、とうとうかつての職場の近くまで来てしまったらしい。
蓦然把头一抬,越过公寓,可以望见神神精医科大学附属医院的三栋病房楼。在第三病房楼的屋顶上,米槠树剧烈地摇晃着。似乎今天仍旧找不到就寝之地,终于兜兜转转来到了以前的职场附近。
踵を返そうとして、歩道を歩いてくる人影に気づいた。
象山正待转身,突然瞥见人行道上走过来一个人影。
ふいに鼓動が速くなる。キャップの鍔を下げ、ウィンドブレーカーの襟で口元を隠す。
胸口传来一阵悸动,象山赶紧拉低帽檐,用风衣领子遮住下脸。
その少女は彩夏とよく似ていた。
迎面走来的少女很像彩夏。
制服は明らかに神々精国際高校のものだ。手にしたスマホのカバーには見覚えのある包帯の男──透明探偵が描かれている。体形が少し変わった気もするが、背丈と髪型はそっくりだ。
身上的校服显然是神神精国际高中的,手里拿着的手机外壳上绘有眼熟的绷带男——透明侦探。虽说身材略有变化,但身高和发型都和彩夏一模一样。
顔を逸らして少女とすれ違った直後、キャップの鍔を持ち上げて後ろを振り返った。 幻覚ではない。やはり彩夏だった。神々精医科大病院から出て来たようだが、新しいバイトを始めたのだろうか。
象山扭过脸,和少女擦肩而过,随即拉起帽檐回望身后。少女果然是彩夏,并非幻觉。她似乎是从神神精医科大学附属医院里出来的,难道是开始了新的打工吗?
ふと、それまで思いもよらなかった考えが浮かんだ。
象山忽然有了一个从未想过的主意。
空き家を転々とするばかりでは埒が明かない。今やるべきは、この状況を変えること。逃げ回るのをやめ、攻撃に転じることだ。
光是在空屋里东奔西走不会有什么结果,如今要做的就是打破眼下的局面,停止逃避,转为进攻。
そのためには、あの男の助けが要る。
为此,象山需要那个男人的协助。
象山はキャップを被り直し、神々精医科大病院の病棟を見上げた。
象山重新戴好帽子,抬头仰望神神精医科大学附属医院的病房楼。
2 修复者
三月八日、月曜日。──分岐から百九十日。
三月八日,周一——分歧点后的第一百九十天。
象山はついに、騒がしくも愛おしい、忙しなくも充実した家族との朝を取り戻した。
象山终于找回了一家子齐聚一堂,喧闹而惹人喜爱,忙碌而充实无比的早晨。
「ねえ、晴太さん」
“喂,晴太君。”
久しぶりの大きなベッドでよく眠れなかったという季々が、どこか緊張した様子でコーヒーカップを運んでくる。いつもは炭酸水ばかり飲んでいるくせに、何をしゃれこんだのかブランデーまで垂らしていた。相変わらず頰は削げ、眼窩も窪んだままだが、顔色が明るく見えるのは化粧のせいだけではないだろう。
在久违的大床上没能睡好的季季,略带紧张地端来了咖啡。尽管她平时只喝苏打水,但不知为何,今天居然还加了点白兰地。她眼眶凹陷,脸颊瘦削如故,但面色看起来却很鲜亮,似乎并不只是化妆品的功效。
「ねえ。どうしてすぐ本当のこと言ってくれなかったの」
“喂,你为什么不马上把真相告诉我?”
ティースプーンでコーヒーを搔き混ぜながら言う。春が家にやってきたあの日のことだろう。もちろん答えは用意してあった。
她边说边用茶匙搅拌着咖啡。大概指的是春来到自家的那一天吧。象山当然准备好了答案。
「舞冬を守りたかったんだよ」
“我想保护舞冬啊。”
両手で包むようにカップを受け取り、ため息交じりに言う。
他双手捧着杯子,叹了口气。
「季々たちの思い込みを解くには、あの男が薬物依存症であることを明かす必要があった。そんな男と付き合っていたことが世間に知れれば、eriminはたちまちワイドショーの餌食だ。そうならないようムイさんが手を打ったとしても、舞冬はこれからずっと、後ろめたさを抱えて活動していくことになる。あの子のこれまでの努力を思うと、どうしても本当のことは言えなかった」
“为了破除你们的误解,必须揭露那个男人是瘾君子。如果舞冬和那样的男人交往过的事情为世人所知,erimin 立刻就会成为八卦节目的饵食。哪怕穆伊为了避免这样而采取措施。舞冬在今后的活动里也会心怀愧疚。一想到她过去付出的努力,我就怎么都没法说出实话。”
廊下から服の擦れる音が聞こえた。舞冬が耳をそばだてていたのだろう。
走廊里传来了衣服摩擦的声音,大概是舞冬竖起耳朵在听吧。
「今は後悔してるよ。あの子はそんなに弱くない。わたしは自分の娘を見くびっていた」
“现在我后悔了。那孩子并没有那么脆弱,我也太小瞧自己女儿了。”
季々はティースプーンを置くと、ハンドバッグを取り、中から見覚えのある紙を出した。
季季放下茶匙,拿起手提包,从里边取出一张似曾相识的纸。
「サインしないでくれてよかった」
“幸好你没签啊。”
そう言って離婚届を破り、屑入れに捨てる。
言毕,她把离婚协议书撕碎,扔进了垃圾桶。
言うまでもなく、季々に言ったことはすべてでたらめだった。数カ月前、第三病棟の屋上で芋窪に言ったことも同じ。そもそも春は薬物依存症ではないし、攫ったのはやくざではなく象山だ。春の口を塞ぎ、一連の出来事は娘をこの男から守るための芝居だったことにする。エデンが見つからないまま敢行した失敗の許されない計画だったが、何もかも思い通りに進んだ。
自不必说,季季所听闻的一切都是信口胡诌。这和数月前在第三病房楼顶和芋窪说的话一模一样。春原本就不是瘾君子,掳走他的也不是黑帮,而是象山本人。封住春的嘴,再把这一连串事情说成了为保护爱女免遭渣男伤害的戏码。在没有找到伊甸的情况下,他果敢地实施了这不容失败的计划,而这一切都顺风顺水地进行着。
季々がカップを手に取る。息を吹きかけてからコーヒーに口を付けたところで、スマホが震えた。ディスプレイを見て、「あっ」と叫ぶ。
季季拿起杯子吹了口气,刚把咖啡送到嘴边,手机就传来了震动。她看了眼屏幕,随即 “啊” 了一声。
「やばい。時間忘れてた」
“糟糕,忘记时间了!”
口紅の付いたカップが倒れ、コーヒーがシャツワンピースの下腹部の辺りを濡らす。「熱っ!」季々が椅子から跳ね上がる。
沾着口红的杯子被打翻了,咖啡浸湿了衬衫连衣裙的下腹部。季季大叫着 “烫”,从椅子上跳了起来。
象山は思わず笑い出しそうになり、慌てて唇を嚙んだ。
象山差点没憋住笑,遂慌慌张张地绷紧了嘴唇。
やはり象山家の朝はこうでなければ。
象山家的早晨果然要如此才对。
季々がシャツワンピースを脱ぎながら洗面所へ駆け込む。引き戸が閉まろうとしたところで、舞冬がリビングに滑り込んできた。
季季边脱连衣裙边朝盥洗室冲去,就在拉门即将关上之际,舞冬溜进了客厅。
「ねえ、お父さん。聞きたいことあるんだけど」
“爸爸,我有件事想要问你。”
さっきまで季々のいた椅子に座り、なぜか声を潜めて言う。
她一屁股坐在季季先前坐过的椅子上,不知为何压低了声音。
「どうした?」
“怎么了?”
布巾でコーヒーを拭きながら問い返す。
象山拿抹布擦着咖啡,嘴里反问了一句。
「お父さんが春と会ったときのことだけどさ。お父さん、街中で見かけた若い男の学生証を見て、それがわたしの彼氏だって気づいたんだよね」
“就是爸爸和阿春见面的时候,爸爸是在街上看了一个年轻男人的学生证,才发现他是我男朋友对吧?”
「ああ、そうだよ」
“嗯,是啊。”
家族にも、第三病棟の屋上で芋窪にしたのと同じ説明をしてあった。
就像当时在第三住院部楼顶对芋窪说的那样,他对家人也做了同样的解释。
「それ、おかしいと思うよ」舞冬はひそひそ話をするように身を乗り出す。「だってその日、春は学生証を持ってなかったんだから」
“可我觉得很奇怪耶。” 舞冬像是说悄悄话似地探出身子,“那天阿春并没有带学生证。”
何?
什么?
「わたしが持ってたの」
“在我手上。”
舞冬はスウェットパンツのポケットから学生証を出した。東北経済大学、メディアコミュニケーション学部。写真には舞冬が写っているのに、その右の欄になぜか春の名前が書いてあった。
舞冬从运动裤的口袋里掏出学生证,是东北经济大学传媒系没错。照片上明明是舞冬,但不知为何右栏却写着春的名字。
「春が台湾ビールが好きだって話、覚えてるよね。神々精のバッズにしか台湾ビールのショップがないから、よくわたしが買ってってたことも」
“还记得阿春喜欢台湾啤酒吗?只有神神精花芽的酒馆才有得卖,所以我经常去买。”
もちろん覚えている。春がやってくる前日、象山もわざわざバッズへ台湾ビールを買いに行ったのだ。
象山当然记得。春登门的前一天,象山也特地去花芽买了台湾啤酒。
「でもあの頃、わたしまだ十九だったじゃん。店員さんに身分証出せって言われたら困るでしょ? だからわたし、春の学生証預かってたの」
“当时我只有十九岁,要是被店员要求出示身份证明,那就不好办了。所以我才把阿春的学生证留在了我这里。”
よく見ると舞冬の顔写真はシールだった。春の写真の上にシールを貼って、自分の学生証に見せかけていたのだ。氏名は加賀美春だから、女性でも違和感はない。区切る位置によって意味が変わる──これもぎなた読みか。
仔细一看,舞冬的照片只是一张贴纸。她在春的照片上覆盖了贴纸,伪装成自己的学生证。名字是加贺美春,即便当成女性也不会觉得异样。断句不同,意思也会改变——也就是弁庆读法吗?
「お父さんが会ったとき、春が自分の学生証を持ってたはずはない。それを見てわたしの彼氏だと気づいたっていうのは噓だよね」
“和爸爸见面的时候,阿春不可能带着自己的学生证,你说看到学生证才发现他是我男朋友,都是骗人的吧?”
舞冬の言う通りだ。あのとき春が持っていた学生証は陽川日向なる専門学校生のものだった。
舞冬的话非常正确,当时春手上的学生证是美术专科学院的学生阳川日向的。
「本当のこと教えてよ。お母さんにも彩夏にも言わないからさ」
“告诉我真相吧。我不会对妈妈和彩夏说的。”
舞冬が囁く。暗い洞から響いてくるような声だった。
舞冬轻声细语着,可声音却似从黑暗的洞窟里发出来的一般。
「あの日、春と何したの?」
“那天你到底和阿春做了什么?”
0 逃亡者
三月十六日、火曜日。──分岐から百九十八日。
三月十六日,周二——分支点后的第一百九十八天。
通行人に見られないように傘で顔を隠しながら、インターホンのボタンを押した。
为了不被行人窥见面容,象山用雨伞遮住脸,按响了对讲机的按钮。
雨染みの浮いたアルミドアの向こうから、ピンポーン、とチャイムが響く。そそっかしい足音に続いて、ガチャ、と錠が外れる。
在沾满雨痕的铝合金门对面,叮咚地响起了一声门铃,伴随着粗重的脚步声,门锁咣当一下打了开来。
「象山先生?」
“象山医生?这是怎么了?”
アイドル顔負けの色男が、ぱっちりした目をさらにでかくして、象山の頭から爪先までを舐めるように見回した。「なんで?」と癖毛を搔き回す仕草も相変わらず様になっている。
令偶像汗颜的美男子睁大了水汪汪的眼睛,把象山从头到脚打量个遍,抓挠卷毛的动作依然如故。
「お元気ではなさそうですね。お茶でも飲みますか。お~いお茶ですけど」
“您看起来好像不大舒服,要喝点茶吗?是好~喝的茶哦。”
裏島一年は猫でも踏んだように「あ」と目玉を裏返らせた。
然后里岛一年就似踩到猫一样,嘴里 “啊” 了一声,把眼珠子翻了个底朝天。
「テレビで見たんですけど、先生ってeriminちゃんのお父さんなんですか? しかも警察に追われてるとか。そりゃお元気なわけありませんね。でも大変だったのは先生だけじゃない。ぼくもです。新しい先生はぼくの言うことを全然信じてくれないんですよ。あれは藪3。大藪です」
“我在电视上看到过了,医生就是 erimin 小姐的父亲吧?貌似还在被警察追捕,难怪身体不大舒服。不过头疼的不止医生,我也是哦。新换的医生根本不相信我的话,那家伙是庸医,彻头彻尾的大庸医。”
思い切り下顎を突き出す。ハタハタ顔が懐かしい。
他绝望地突出下巴,这张叉牙鱼脸真让人怀念。
「お茶、ください」象山は相手の半分ほどの声量で言った。「それと、もう一つお願いがあります」
“请给我倒杯茶。” 象山用比对方小一半的声音说道,“我还有一事相求。”
「先生が、ぼくに?」
“医生,有用得着我的地方吗?”
ゆっくりと頷く。
里岛缓缓地点了点头。
「実はわたしも悪魔に狙われてるみたいなんです」
“事实上,我好像也被恶魔盯上了。”
あああ、と唸りながらくるりと一回転して、裏島は頭を抱えた。
里岛发出 “啊啊啊” 的呻吟,骨碌碌转了一圈,然后伸出双手抱住脑袋。
「なんてことだ。ついに先生まで」
“怎么会这样,连医生也……”
「だからお願いです。わたしを匿ってもらえませんか」
“所以拜托你,能把我藏起来吗?”
妄想症の男は、いやいや、とパーカーの袖を振る。
这位罹患妄想症的男人咿咿呀呀地挥着连帽衫的袖子。
「ぼく、何もできませんよ」
“我什么都做不了啊。”
「中に入れてもらえるだけでいいんです。悪魔が現れたら自分で身を守りますから」
“只要让我进去就可以了。恶魔现身的话,我会保护我自己的。”
答えを待たずに玄関に身を差し入れる。
不等对方回答,象山就径直走进大门。
どうしてこんなに打ってつけの潜伏先があることを忘れていたのだろう。ここなら万一、人に見られてもすぐに身を隠せる。
怎会忘了还有如此理想的藏身地呢?若是这里,万一被人看到也能马上藏起来。
「ほら。裏島さんの部屋の床下には、絶好の隠れ場所があるでしょう?」
“瞧,里岛先生房间的地板下不是有个绝佳的藏身地吗?”
1 幸运者
三月十九日、金曜日。──分岐から二百一日。
三月十九日,周五——分支点后的第二百零一天。
ずるずると懸案事項を先延ばしにしていたが、いい加減、片を付けねばならない。象山は腹を決め、妄鳴山の不死館を訪れた。
一拖再拖悬而未决的事情是时候做个了结了。象山定下决心,造访了妄鸣山的不死馆。
エレベーターで地下室へ下りる。扉が開いた瞬間、
他乘坐电梯下到地下室,就在门打开的一瞬——
「死ねっ」
“去死吧!”
乳を揺らしながらペペ子が突進してきた。
佩佩子摇晃着奶子冲了过来。
これは話が早い。象山が手に持っていたメスを前に向けると、ペペ子は自分からそこに突っ込んだ。痣だらけの下腹部に生えたグリップを見て「何だこりゃあ」と屁をこく。
说时迟那时快,象山将手中的手术刀指向前方,佩佩子主动撞了上去。看着满是瘀青的小腹突兀地长出来的刀柄,佩佩子毫无意义地问了句 “这是啥玩意”。
「お前はわたしの人生のリスクだ。だから消えてもらうことにした」
“你是我人生的风险,所以我决定把你抹杀。”
ペペ子が涎を垂らし、両手でグリップを摑んだ。象山は首を振る。
佩佩子淌下口水,双手紧握刀柄。象山摇了摇头。
「抜いたら血が噴き出るぞ。どうせ死ぬんだ。きれいに死ね」
“拔出来的话血会喷出来的,反正逃不过一死,就该死得干净一些。”
「嫌だ」涎が左右に散った。「きったなく死んでやる」
“不要。” 佩佩子唾沫四溅,“我偏要死得脏脏的。”
叫びながらメスを抜いた。じょろりとウーロン茶のような液体が垂れる。メスが刺さっていたのは膀胱だった。
他怪叫着拔出手术刀。乌龙茶色的液体潺潺而下,手术刀刺中了膀胱。
「本当に汚いな」
“真是脏啊。”
象山は腹を蹴ってペペ子を倒し、小便まみれのメスを喉に刺した。
象山向着腹部飞起一脚,把佩佩子踢倒在地,然后把沾满尿液的手术刀刺进了他的咽喉。
「きみがペペ子を殺したのか」
“是你把佩佩子杀了吗?”
象山が現れるのを待っていたのだろう。棺桶の中で目を覚ますなり、別の象山が胸倉を摑んで言った。
大概是守候已久了吧,象山刚在棺材里醒来,另一个象山就攥着他的前襟问道:
「質問に答えろ。幸せ者、きみがやったのか」
“回答我的问题,幸运者,是你干的吗?”
「寝たばかりなんだ。でかい声を出すなよ」
“我刚睡着,别这么大声。”
突然の顰めっ面に戸惑いながら、ゆっくりと身体を起こす。
面对突如其来的苦瓜脸,象山有些不知所措,只得缓缓地坐起身来。
幸せ者というのは象山の渾名だ。毎晩顔を合わせるのにいつまでも1だの2だのと呼んでいては味気ないので、半月前に渾名を決めた。幸運にも一度目のシスマで時間遡行に成功し、まだ二つ目を残していることが渾名の由来だった。
幸运者是象山的绰号。每晚见面的时候,总是叫 1 啊 2 啊什么的,实在过于无趣,所以半个月前定下了这样的绰号。所谓幸运是第一次用西斯玛就成功地回溯了时间,还剩第二次机会,这就是绰号的由来。
「こっちは待ちくたびれてるんだ。早く答えろ。きみがペペ子を殺したのか?」
“我都等得不耐烦了,赶紧回答,是你杀了佩佩子吗?”
さっきから犬のように喚いているのは修復者だ。二度目のシスマで時間を遡ったものの、首吊りに失敗して床に伸びていたせいでそれを棒に振った、象山2。初めにこの地下室で顔を合わせたときはワインレッドのナイトウェアを着ていた、あいつだ。家族を修復するため、エデンを捜し回ったり春を攫ったりとあらゆる手を尽くしていることが渾名の由来だった。
从刚才起就像条狗一样狂吠的,是修复者。靠着第二次西斯玛回溯了时间,却因为上吊失败瘫倒在地上,把一切都搞砸了的 ——象山 2。就是最初在这间地下室碰面时,穿着酒红色睡衣的那家伙。他的外号之所以叫 “修复者”,是因为他为了修复家人,四处寻找伊甸、掳走春,用尽了一切手段。
修復者は三月に入ってから虫の居所が悪かった。春が薬物依存症だったというでたらめな説明で芋窪を騙し、季々の信頼を取り戻したところまでは良かったのだが、家族との同居を再開した矢先、舞冬に噓を見抜かれていたことが発覚したのだ。
进入三月后,修复者的心情一直很糟。他用春有毒瘾这种荒唐的说辞骗过了芋窪,好不容易才重新赢回季季的信任,可就在他刚要重新和家人同住的节骨眼上,却发现自己的谎言早就被舞冬拆穿了。
「確かにわたしはペペ子を殺した。だからどうした?」
“佩佩子确实是我杀的,那又如何?”
自分の人生が上手く行かないからといって八つ当たりされても困る。象山は棺桶から立ち上がり、しっし、と手を振った。蓋を閉め、そこに腰を下ろそうとしたところでふと違和感に気づく。
仅仅因为对方人生的失意就被无缘无故地迁怒,实在很让人困扰。象山从棺材里起身,驱赶似地摆了摆手,刚坐着打算阖上盖子之际,骤然发现了龃龉之处。
「待て。どうして知ってるんだ?」
“等下,你是怎么知道的?”
象山はまだ昨日の出来事を彼らに明かしていない。なぜ修復者がこちらの時間の出来事を知っているのか。
象山尚未向他俩吐露昨天发生的事情,为何修复者会知道这条时间线上发生的事呢?
「こっちのペペ子も死んだんだよ」
“我这边的佩佩子也死了。”
数秒間、その言葉の意味が理解できなかった。
数秒的时间里,象山难以理解这句话的意义。
「仕事終わりに不死館へ行ったら、ペペ子が地下室で死んでいた。頸部と下腹部に刺し傷があって、下腹部のほうからは小便が洩れていた。でも刃物は見当たらない。もちろん部外者が不死館に立ち入った形跡もない。
“我下班后去了趟不死馆,发现佩佩子已经死在地下室了。他的颈部和腹部各有刺伤,小腹还漏出了尿,但没有发现刀具,当然也没有外人进入不死馆的迹象。
死体を観察してみると、二つの傷の形状がわたしが人を殺すのに使っているメスの刃と一致していた。ペペ子を殺したのはどうやらわたしらしい。でもこのわたしはペペ子を殺していない。ならば考えられる可能性は一つしかない」
我仔细确认了尸体,发现两个伤口的形状和我拿来杀人的手术刀完全吻合,显然是我自己杀了佩佩子。但这里的 ‘我’ 没有杀他,那么可能的解释就是——”
修復者の声が低く、険しくなる。
修复者的声音变得阴沉而严厉。
「わたし以外の象山晴太がペペ子を殺した」
“除了我之外的象山晴太杀死了佩佩子。”
この七カ月、三人の象山はそれぞれの時間を歩んできた。三つの時間は独立しており、互いに影響を及ぼすことはない──そう思っていたのだが。
在这七个月里,三个象山经历了各自的时间,三条时间线是独立的,不会互相影响——象山是这么以为的。
「ある時間で人が死ぬと、別の時間でも同じ死因で人が死ぬ。ゆえにきみが自分の時間のペペ子を殺したことで、わたしの時間のペペ子も死ぬことになった。これが合理的に導かれる結論だ」
“在某条时间线上,要是一个人死了,那么在另一条时间线上那人也会因为相同的理由死亡。因此你在你的时间线上杀了佩佩子,导致我的时间线上的佩佩子也死了。这就是合理的推论。”
この世界は複数の可能性が重なり合った状態で存在している。世界が一つに収縮するのは、誰かがそれを観測したときだけ。ゆえに三つの意識がそれぞれ世界を観測すれば、世界は三通りに収縮することになる。
这个世界是以多种可能性的叠加态而存在的,世界唯有被人观测之时才会坍缩为一个。因此要是三种意识分别观测世界,那么世界就会坍缩成三种形态。
とはいえ厳密に言えば、象山の三つの意識は完全に独立しているわけではない。一つの脳の中で重なり合ったような状態で存在していると考えられる。ゆえに一つの時間で人が死ねば、重なり合った他の時間にもその死が波及してしまう、ということだろう。
可是严格来讲,象山的三种意识并非完全独立,而是可视作在同一个大脑中以叠加态存在。因此要是某人在某个时间点死亡,那么其死亡也回波及其他时间。
「なぜペペ子を殺した?」
“你为什么要杀佩佩子?”
修復者が象山に詰め寄る。
修复者逼近了象山。
「リスクを減らすためだよ。ペペ子はわたしの素顔を知ってるし、過去にも地下室から逃亡を試みていた。きみたちのような目に遭わないため、殺しておくべきと判断した」
“这是为了降低风险。佩佩子知道我的长相,过去也曾试图从地下室逃走。为了不变成你们这样,我作出杀了他的判断。
修復者はしばし象山を睨んだ後、天窓を見上げ、長々しく息を吐き出した。
修复者盯着象山看了片刻,随即望向了天窗,长长地吐了口气。
「覆水盆に返らずだ。起きてしまったことは仕方ない。だが今後は勝手な真似は控えてもらおう」
“覆水难收啊,已经发生的事情也没办法了,但从现在开始,希望你别再乱来。”
「人を殺すときはきみの許可を取ればいいのか? 次は産科の生田を殺そうと思ってるんだが」
“那么杀人只要征得你的同意就行了吗?接下来我还想杀妇产科的生田哦。”
たちまち修復者の鼻息が荒くなった。
修复者登时变得气势汹汹。
「駄目に決まってるだろ。きみが生田を殺せば、わたしの時間でも生田が死ぬ」
“这肯定不行。要是你杀了生田,我时间线上的生田也会死吧。”
「何が困るんだ」
“碍着你了吗?”
「わたしは春を不死館に監禁している。きみにとって用なしでも、わたしはまだあの男に春の世話をさせる必要がある」
“我把春囚禁在不死馆,哪怕对你来说没什么用,我也必须让那个男人来照顾春。”
そういえばそうだった。春の口を塞ぐだけなら、さっさと殺してしまえばいい。わざわざ地下室に監禁しているのは、春を二代目の〝彩夏〟にするためだろう。
这么一想也是。如果只为堵住春的嘴,那就应该赶紧杀了他才对。特地把春囚禁的在地下室,大概是为了让他成为二代目 “彩夏” 吧。
「そう言われてもな。こっちにはこっちの都合があるんだ」
“就算你这么说,我也有我自己的理由。”
「きみが生田を殺したら、わたしはきみに報復する」
“要是你胆敢杀了生田,我会报复的。”
「報復?」
“报复?”
「舞冬を殺す」
“我会杀了舞冬。”
気づけば修復者の喉を摑んでいた。
回过神来的时候,象山发觉自己扼上了修复者的咽喉。
この男はもう舞冬を愛していないのか。噓を見抜かれたのも、もとを正せば自分の詰めの甘さのせいだというのに。
难道这个男人已经不爱舞冬了?明明自己过于疏忽,才被她勘破了谎言。
「おいおい、自分同士で喧嘩すんなよ」
“喂喂,别自己打自己啊。”
いつの間にかギロチン台に寝そべっていた逃亡者が、首をもたげて言った。
不知何时躺在断头台上的逃亡者抬头说道。
こちらは二度のシスマ注射で二度とも時間遡行に失敗した、象山0だ。初めに会ったときは酒の染みついたシャツを着ていたが、裏島一年の部屋に潜り込んでからはピンクのパーカーばかり着ている。強制性交の疑いをかけられ、数日前まで空き家を転々としていたのが渾名の由来だった。
这个人是象山 0,他两度注射西斯玛,两度都没能回溯时间。初次见面时,他穿着沾满酒渍的脏衬衫,但自从躲进里岛一年的家后,便一直穿着粉色的连帽衫。由于涉嫌强制性交,他曾一度辗转于各地的空屋中,这就是绰号的由来。
「どうせ一緒にやってかなきゃならねえんだから。殴り合ってもくたびれるだけだぜ」
“反正我们也得一起行动,互相殴打也只会徒增劳累而已。”
引っくり返したバケツに座り、草バットを取り出しながら偉そうなことを言う。身の安全を確保したことで不安から解放されたのか、このところの逃亡者はすっかり上機嫌になっていた。不満ばかり洩らしていた以前とは別人のようだ。
他一屁股坐在翻转的水桶上,一边摸出草 Hitter,一边高高在上地说着。或许是人身安全得以确保而从不安中解脱出来,这段时间逃亡者的情绪变得非常不错,和过去苦大仇深的模样判若两人。
「家族に危害を加えるやつは殺す」象山は喉を摑んだ手に力を込めた。「たとえ自分だろうと殺す」
“伤害我家人的家伙都要杀掉。” 象山往扼颈的手上灌注了力道,“哪怕是我自己也照杀不误。”
「よしてくれ。せっかくの草がまずくなるじゃねえか」
“算了算了,难得的烟都没滋味了。”
逃亡者が億劫そうに尻を上げ、二人の間に分け入った。象山の腕を押さえ、修復者から引き離す。
逃亡者勉为其难地站起身子,挤进了两人中间,按着象山的手臂,把他从修复者身边拖了开来。
この男は地下室に現れるたび草バットを一つ吸う。夢の中の服装は就寝時のものが反映されるから、ポケットに草バットを忍ばせてベッドに入れば、夢の中でもそれを吸うことができるのだ。もちろん現実の草バットが減ることはない。
每当这个男人出现在地下室,都要来一支草 Hitter。梦中的服装直接映射了就寝时的状态,因此上床睡觉前只需在口袋里放上一支草 Hitter,就能在梦中享用。当然了,现实中的草 Hitter并不会减少。
「一晩に一本きりの貴重な葉っぱだ。静かに吸わせてくれ」
“这是一晚仅有一支的宝贝烟,请让我安静地吸吧。”
草バットの先を交互に向けて言う。
说着,他将草 Hitter 的前端交替指向两人。
象山も草バットを吸いたくなったが、あいにく持ち合わせがなかった。八月三十日にシスマを打って時間遡行した直後、どうやって春を追い返そうかと考えながら吸った二本が、ケースに残っていた最後の草バットだったのだ。その後、エデンが行方を晦ませてしまったため、新しい大麻も手に入れられないまま。一本でも残しておけば毎晩夢で吸えたのに──そう後悔しても後の祭りだった。
象山也想来一支草 Hitter,可惜身上没有,八月三十日那天注射西斯玛并完成时间回溯后,他一边苦思如何把春赶走,一边接连吸了两支烟,那是烟盒里最后的草 Hitter。之后由于伊甸失踪,也没法获取新的大麻。倘使当时留下一支烟,每天晚上就能在梦中享用了——事到如今也是悔之晚矣。
「でもまあ、幸せ者の気持ちも分かる。だからルールを決めよう」
“不过呢,幸运者的心情也是可以理解的,所以让我们定个规则吧。”
逃亡者は陽気に言って、咽せ込む修復者の鼻先に草バットを突き出した。
逃亡者快活地说道,将草 Hitter顶到了修复者的鼻子底下。
「こんなのはどうだ。ルール一。人を殺すときは、残りの二人にその必要性を十分に説明し、許可を得る。ルール二。一人から殺人の要望があったとき、残りの二人は自分の時間への影響を検討し、支障のない場合はそれを許可する」
“这样如何?规则一,每次杀人的时候,都要向其余两人充分解释杀人的必要性,获得许可。规则二,当一个人提出杀人时,其余两人要充分考虑对自身时间线的影响,在没有影响的情况下才能许可。”
「それじゃわたしが生田を殺したいと言っても、この男に却下されて終わりだろ」
“那么即便我说要杀了生田,也会被这个男人驳回吧。”
象山が文句を言うと、
象山抱怨道。
「最後まで聞け。大事なのは次だ。ルール三。もし誰かがこのルールを破り、残りの二人の許可を得ずに人を殺したときは、そいつの大切な人を一人殺す」
“听我把话说完,下面才是重点。规则三,要是有人打破了这个规则,在未经其余两人的许可下杀人,就把他最珍视的人杀了。”
ぎし、とギロチンの刃を吊るした紐が軋んだ。
断头台上吊着铡刀的绳子嘎吱作响。
「そんなこと、どうやって──」
“这种事情要怎么做——”
「簡単さ。ルールを破ったやつの大切な人を、残りのどちらかが自分の時間で殺せばいい。時間を越えた連鎖現象によって、そいつはすべての時間で死ぬことになる」
“很简单哦。只要其他人在自己的时间线里把违反规则的人最珍视的对象杀掉就行。由于跨越时间线的连锁反应,被杀的人会在所有的时间线上死亡。”
なるほど、いかにも象山の考えそうなルールだった。自分たちは常に、別の自分の大切な人を殺すことができる。いわば人質を取り合っているような状況だ。それを殺人の抑止に利用するというわけである。
原来如此,这完全是象山式的规则。自己始终可以杀死另一个自己的亲近之人,可谓是彼此之间拿对方的亲近之人互相挟持为人质,以此来制止杀人。
「殺すのに相応しいのは、そいつにとって大切で、かつ他の二人はいつ死んでも構わないと思ってる人物だ。今のおれたちでいえば、幸せ者の人質は家族──とくに修復者が愛情をなくしちまった長女の舞冬。修復者の人質は産科の生田。おれの人質は妄想症の裏島かな」
“适合被杀的人,应该是对那人来说十分重要,而对另外两人无足轻重的人物,就现在的我们而言,幸运者的人质是家人——尤其是失去修复者欢心的长女舞冬。修复者的人质是妇产科的生田,而我的人质就是妄想症患者里岛吧。 ”
草バットを象山に向けて、
逃亡者将草 Hitter 对准象山。
「今回、幸せ者がペペ子を殺したことは不問にする。ただし続けて生田も殺すというなら、まずおれたち二人に理由を説明し、許可を請うこと。修復者が容認するとは思えないが、それでも殺したければ好きにすればいい。ただしそのときは、おれか修復者が舞冬を殺す」
“对于幸运者杀害佩佩子一事,本次暂时不予追究。不过要是你想继续杀掉生田的话,首先得向我俩解释理由,请求许可。看样子修复者是不会同意的,但若仍旧想杀的话还请自便,不过到了那个时候,我和修复者会杀了舞冬。”
どうだ? と逃亡者が両手を広げる。
“如何?” 修复者将两手摊开。
この人質ルールを受け入れれば、これまでのように自由に人を殺すことはできなくなる。だが何より重要なのは家族を守ることだ。死の連鎖現象が確認された以上、象山は修復者や逃亡者からも家族を守らなければならない。
倘若接受这个人质规则,就没法像以前那样随心所欲地杀人了。但保护家人才是头等大事。既然死亡连锁的现象已经证实,象山就必须保护家人免遭修复者和逃亡者的伤害。
人質ルールがあれば、彼らが無暗に家族を殺す可能性は低くなる。象山にとって、このルールを受け入れるメリットは小さくなかった。
有了人质规则,他们悄无声息地杀害家人的可能性便小了不少,对于象山而言,接受这个规则也有不少裨益。
それに──象山はほくそ笑む。
何况——象山暗暗窃笑。
人を直接殺せないからといって、邪魔者を消す方法がなくなったわけではない。象山の頭には、自分で手を下さずに人を死なせる方法が浮かんでいた。
虽然没法直接下手杀人,可这并不意味着就没了抹消碍事者的手段。象山的脑海里浮现出一个不必亲自动手就能夺走他人性命的办法。
「いいだろう」
“好吧。”
象山は逃亡者の手を握った。逃亡者が修復者を見て、顎で催促する。修復者は象山を睨めつけると、わざとらしくため息を吐き、「分かったよ」と二人の手を摑んだ。
象山握住了逃亡者的手,逃亡者看向修复者,扬起下巴示意了一下。修复者瞪向象山,刻意地叹了口气,说了声 “知道了”,随即抓住了两人的手。
「ではルール成立だ」逃亡者は満足げにジッポーを取り出し、草バットに火を点けた。
“那么规则成立。” 逃亡者心满意足地摸出 Zippo,点燃了草 Hitter。