芥川龍之介: 酒虫

10722 words
54 minutes
芥川龍之介: 酒虫
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first published:『新思潮』1916年6月号
audio: www.youtube.com/watch?v=unbV61XioQY
desc: 刘大成想要根除酒虫,接受异域僧人的疗法,赤身躺于烈日之下。最终他吐出酒虫,从此再也无法饮酒,可代价却是身心俱损、家产散尽。

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近年にない暑さである。どこを見ても、泥で固めた家々の屋根瓦が、鉛のやうに鈍く日の光を反射して、その下に懸けてあるつばめの巣さへ、この塩梅あんばいでは中にゐる雛や卵を、そのまゝ蒸殺むしころしてしまふかと思はれる。まして、畑と云ふ畑は、麻でも黍でも、皆、土いきれにぐつたりと頭をさげて、何一つ、青いなりに、しほれてゐないものはない。その畑の上に見える空も、この頃の温気うんきてられたせいか、地上に近い大気は、晴れながら、どんよりと濁つて、その所々に、あられ1炮烙ほうろくで煎つたやうな、形ばかりの雲の峰が、つぶつぶと浮かんでゐる。――「酒虫しゆちう」の話は、この陽気に、わざ/\炎天の打麦場だばくぢやうへ出てゐる、三人の男で始まるのである。

这是近年未有的炎热。放眼望去,家家土房的屋顶砖瓦都如铅般反射着沉闷的日光,让人不由担心屋檐下的鸟巢,居住此内的雏鸟和未孵化的蛋会不会闷死。庄稼地里,稻子也好谷子也罢,都热得精疲力尽地耷拉着头,绿叶无一不被蒸干发蔫儿。抬眼望天,似乎也被这高温蒸透,虽是万里晴空,但靠近地面的空气却是浑浊而又沉闷。形似山峦的云峰,如同炒锅炒出来的白色碎年糕般一团团地浮在空中。《酒虫》这个故事,就发生在这样的大热天里特地来到打麦场的三个男人身上。

不思議な事に、その中の一人は、素裸で、仰向けに地面ぢびたへ寝ころんでゐる。おまけに、どう云ふ訳だか、細引ほそびきで、手も足もぐる/\巻にされてゐる。が格別当人は、それを苦に病んでゐる容子もない。背の低い、血色の好い、どことなく鈍重どんじゅうと云ふ感じを起させる、豚のやうに肥つた男である。それから手ごろな素焼すやきの瓶が一つ、この男の枕もとに置いてあるが、これも中に何がはいつてゐるのだか、わからない。

让人诧异的是,其中一个男人竟然赤身裸体,仰面朝天地躺在地上,更奇特的是,不知为何,他被细绳捆住了手脚,却丝毫没有痛苦的样子。这个男人身材短小,面色红润,肥胖笨重如猪。他头边放着一个大小适中的素烧瓶子,不知道里面装有什么。

もう一人は、黄色い法衣ころもを着て、耳に小さな青銅からかねの環をさげた、一見、象貌しやうばう奇古きこ沙門しやもん2である。皮膚の色が並はづれて黒い上に、髪やひげの縮れてゐる所を見ると、どうも葱嶺さうれい3の西からでも来た人間らしい。これはさつきから根気よく、朱柄しゆえ麈尾しゆびをふりふり、裸の男にたからうとするあぶや蠅を追つてゐたが、流石に少しくたびれたと見えて、今では、例の素焼の瓶の側へ来て、七面鳥しちめんちょう4のやうな恰好をしながら、勿体らしくしやがんでゐる。

另外一个人身穿黄色法衣,戴着青铜小耳圈,看上去是一位相貌古怪的僧人。他皮肤格外黝黑,发须卷曲,看起来像是来自中亚异域。从刚才开始,他一直不断地挥动红柄拂尘,为裸身男子赶走蚊蝇。似乎感觉有些疲累,他走到素烧瓶子旁边,像只火鸡一样故作姿态地蹲下来。

あとの一人は、この二人からずつと離れて、打麦場の隅にある草房の軒下に立つてゐる。この男は、あごの先に、鼠の尻尾のやうなひげを、申訳だけに生やして、踵が隠れる程長い皁布衫さうふさんに、結目をだらしなく垂らした茶褐帯さかつたいと云ふ拵へである。白い鳥の羽でつくつた団扇を、時々大事さうに使つてゐる容子では、多分、儒者か何かにちがひない。

还有一人离他们甚远,站在打麦场角落的一个茅草屋外。他下巴上长着几根胡须,像老鼠尾巴一样,身着粗布长衫,长至脚跟,松松垮垮地系着茶褐色的带子。时不时地摇着白色羽扇,似乎是个读书人。

この三人が三人とも、云ひ合せたやうに、口をつぐんでゐる。その上、碌に身動きさへもしない、何か、これから起らうとする事に、非常な興味でも持つてゐて、その為に、皆、息をひそめてゐるのではないかと思はれる。

三人似乎达成默契,闷不做声,连多余的动作也没有,好像对即将发生的事情充满好奇,屏息凝神地等待着。

日は正に、亭午ていご5であらう。犬も午睡ごすゐをしてゐるせいか、吠える声一つ聞えない。打麦場を囲んでゐる麻や黍も、青い葉を日に光らせて、ひつそりかんと静まつてゐる。それから、その末に見える空も、一面に、熱くるしく、炎靄をたゞよはせて、雲の峰さへもこのひでりに、肩息をついてゐるのかと、疑はれる。見渡した所、息が通つてゐるらしいのは、この三人の男の外にない。さうして、その三人が又、関帝廟に安置してある、泥塑の像のやうに沈黙を守つてゐる。……

已至正午,似乎狗也在午睡吧,听不到一声犬吠。日光明晃晃地照在打麦场周边夏麻和苞谷的绿叶上,四下寂静无声。整个天空也因这热气而沉闷,连云彩也被闷到难以呼吸。所见之处,有气息的似乎只有这三个人。而此三人,宛如放在关帝庙中的泥塑一样,沉默不言……

勿論、日本の話ではない。――支那の長山ちやうざんと云ふ所にあるりう氏の打麦場で、或年の夏、起つた出来事である。

当然,这不是发生在日本的故事。这是某个夏天,发生在中国长山县刘姓一家的打麦场的故事。

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裸で、炎天に寝ころんでゐるのは、この打麦場の主人で、姓は劉、名は大成と云ふ、長山では、屈指の素封家そほうかの一人である。この男の道楽は、酒を飲む一方で、朝から、殆、さかづきを離したと云ふ事がない。それも、「独酌する毎にすなはち一甕いちをうを尽す」と云ふのだから、人並をはづれた酒量である。尤も前にも云つたやうに、「負郭ふくわく6の田三百畝、半はきびう」と云ふので、いんの為に家産がわづらはされるやうなおそれは、万々ない。

赤身躺在这毒日头下的是这家打麦场的主人,姓刘,名大成,是长山县当地屈指可数的大财主。此人嗜酒成性,从早到晚几乎不离酒杯,而且酒量超群,“每独酌辄尽一瓮”。前文提到,刘家“负郭田三百亩,辄半种黍”,因此即使嗜酒成性,也不担忧家产因其所累。

それが、何故、裸で、炎天に寝ころんでゐるかと云ふと、それには、かう云ふ因縁がある。

说到为何赤身裸体躺在烈日下,则有这样一段缘由!

――その日、劉が、同じ飲仲間の孫先生そんせんせいと一しよに(これが、白羽扇はくうせんを持つてゐた儒者である。)風通しのいゝへやで、竹婦人ちくふじん7もたれながら、棋局を闘たゝかはせてゐると、召使ひの丫鬟あくわんが来て、「唯今、宝幢寺はうどうじとかにゐると云ふ、坊さんが御見えになりまして、是非、御主人に御目にかゝりたいと申しますが、いかゞ致しませう。」と云ふ。

一天,刘大成正和酒友孙先生(正是手持白扇的那位儒者)在通风的房间里,倚着竹席下棋。这时丫鬟过来禀报:“一位自称来自宝幢寺的和尚求见,老爷意下如何?”

「なに、宝幢寺?」かう云つて、劉は小さなを、まぶしさうに、しばたたいたが、やがて、暑さうに肥つた体を起しながら、「では、こゝへ御通し申せ。」と云ひつけた。それから、孫先生の顔をちよいと見て「大方あの坊主でせう。」とつけ加へた。

“什么?宝幢寺?”刘大成眨着放光的小眼睛,拖着难耐炎热的肥胖身躯站起,说道,“快,让他进来吧。”接着他瞄了孙先生一眼,说:“应该是那个传说中的和尚吧。”

宝幢寺にゐる坊主と云ふのは、西域せいいきから来た蛮僧である。これが、医療も加へれば、房術も施すと云ふので、この界隈では、評判が高い。たとへば、張三の黒内障が、忽、快方に向つたとか、李四の病閹べうえんが、即座に平癒したとか、殆、奇蹟に近い噂が盛に行はれてゐるのである。――この噂は、二人とも聞いてゐた。その蛮僧が、今、何の用で、わざわざ、劉の所へ出むいて来たのであらう。勿論、劉の方から、迎へにやつた覚えなどは、全然ない。

这位宝幢寺的和尚是一位来自西域的异域僧人。据说医术高明,又精通房中术,在当地颇具盛名。经他医治,张三的黑内障立见好转,李四的顽疾即刻痊愈,医术可谓神乎其技。这种传言,二人也有耳闻。但今天这个和尚究竟为什么特意跑来刘大成的住处呢?当然,刘氏也不记得曾邀请过他。

序に云つて置くが、劉は、一体、来客を悦ぶやうな男ではない。が、に一人、来客がある場合に、新来の客が来たとなると、大抵ならば、快く会つてやる。客の手前、客のあるのを自慢するとでも云つたらよささうな、小供らしい虚栄心を持つてゐるからである。それに、今日の蛮僧は、この頃、どこででも評判になつてゐる。決して、会つて恥しいやうな客ではない。――劉が会はうと云ひ出した動機は、大体こんな所にあつたのである。

顺便一提,刘大成并不好客,但有客人在场,新客到访之时,大都会高兴相迎。因为抱有在客人面前显摆自己广结人缘的心态,满足自己孩子一样的虚荣心;况且这位和尚又享有盛誉,并不是什么会给自己丢脸的客人。大概如此,刘大成才同意接待这个和尚的吧。

「何の用でせう。」

“会是什么事儿呢?”

「まづ、物貰ひですな。信施しんぜ8でもしてくれと云ふのでせう。」

“大概是来化缘的吧。”

こんな事を、二人で話してゐる内に、やがて、丫鬟の案内で、はいつて来たのを見ると、背の高い、紫石稜しせきれうのやうな眼をした、異形いぎやうな沙門である。黄色い法衣を着て、その肩に、縮れた髪の伸びたのを、うるささうに垂らしてゐる。それが、朱柄の麈尾を持つたまゝ、のつそりへやのまん中に立つた。挨拶もしなければ、口もきかない。

正当二人说着,丫鬟领着和尚进入屋内。和尚身材高挑,目如紫晶,长相怪异,身穿黄色法衣,卷曲的头发凌乱垂肩,手持红柄拂尘,伫立在屋子中间,缄默其口。

劉は、しばらく、ためらつてゐたが、その内に、それが何となく、不安になつて来たので「何か御用かな。」と訊いて見た。

刘大成心中忐忑,渐渐不安起来。开口问道:“何事来访?”

すると、蛮僧が云つた。「あなたでせうな、酒が好きなのは。」

和尚缓缓开口说道:“你,爱喝酒吧?”

「さやう。」劉は、あまり問が唐突だしぬけなので、曖昧な返事をしながら、救を求めるやうに、孫先生の方を見た。孫先生は、すまして、独りで、盤面に石を下してゐる。まるで、取り合ふ容子はない。

“嗯……”刘氏感觉问题唐突,一边含糊其词,一边求助般望向孙先生。而孙先生却在一旁独自摆弄棋子,不打算回应。

「あなたは、珍しい病に罹つて御出になる。それを御存知ですかな。」蛮僧は念を押すやうに、かう云つた。劉は、病と聞いたので、けげんな顔をして、竹婦人をでながら、「病――ですかな。」

“你得了一种怪病,知道吗?”和尚断言道。刘大成一听说自己有病,大为惊讶,一边摸着身后竹席,一边说:“怪病?”

「さうです。」

“是的。”

「いや、幼少の時から……」劉が何か云はうとすると、蛮僧はそれをさへぎつて、

“不可能,我从小……”刘大成刚想解释,却被和尚打断。

「酒を飲まれても、酔ひますまいな。」

“你喝多少酒都不会醉,是吧?”

「……」劉は、ぢろぢろ、相手の顔を見ながら、口を噤んでしまつた。実際この男は、いくら酒を飲んでも、酔つた事がないのである。

“……”刘大成呆呆地看着对方的脸,无话辩解。确实,无论他怎么喝,从没醉过。

「それが、病の証拠ですよ。」蛮僧は、うすわらひをしながら、語をついで、「腹中に酒虫がゐる。それを除かないと、この病はなほりません。貧道は、あなたの病を癒しに来たのです。」

“这就是你得病的证据,”和尚轻轻一笑,继续说道,“你的腹中有酒虫。不除掉它,你的病就好不了。贫僧,就是为治你的病而来。”

「癒りますかな。」劉は思はず覚束おぼつかなさうな声を出した。さうして、自分でそれを恥ぢた。

“能治好吗?”刘大成没底气地问道,连自己都觉得羞愧。

「癒ればこそ、来ましたが。」

“我来就是为了治好你。”

すると、今まで、黙つて、問答を聞いてゐた孫先生が、急に語を挟んだ。

此时,一直默不作声的孙先生插言道:

「何か、薬でも御用ひか。」

“需要用什么药吗?”

「いや、薬なぞは用ひるまでもありません。」蛮僧は不愛想に、かう答へた。

“不,什么药都不用。”和尚面色冷淡地说。

孫先生は、元来、道仏の二教を殆、無理由に軽蔑してゐる。だから、道士とか僧侶とかと一しよになつても、口をきいた事は滅多めつたにない。それが、今ふと口を出す気になつたのは、全く酒虫と云ふ語の興味に動かされたからで、酒の好きな先生は、これを聞くと、自分の腹の中にも、酒虫がゐはしないかと、いささか、不安になつて来たのである。所が、蛮僧の不承不承な答を聞くと、急に、自分が莫迦ばかにされたやうな気がしたので、先生はちよいと顔をしかめながら、又元の通り、黙々として棋子を下しはじめた。さうして、それと同時に、内心、こんな横柄な坊主に会つたり何ぞする主人の劉を、莫迦げてゐると思ひ出した。

孙先生一向对佛道二教颇为不屑,因此即便和道士僧侣同在一处,也几乎不理睬。这次他插嘴问话,完全是酒虫之说引起了他的兴趣。同样嗜酒的孙先生,听了和尚的话后,不禁担心起自己腹内是否也有酒虫。然而,听到和尚敷衍的回答,他感觉自己被轻视了,皱了皱眉头,又像刚才一样沉默不语地独自下棋了。如此一来,对于同意接待傲慢和尚的刘大成,孙先生的内心也不悦起来。

劉の方では、勿論そんな事には頓着とんちやくしない。

而刘大成却丝毫没有察觉:

「では、針でも使ひますかな。」

“那么,需要针灸吗?”

「なに、もつと造作のない事です。」

“不,更简单。”

「ではまじなひですかな。」

“那就是念咒治病?”

「いや、呪でもありません。」

“也不是念咒。”

かう云ふ会話を繰返した末に、蛮僧は、簡単に、その療法を説明して聞かせた。――それによるに、唯、裸になつて、日向にぢつとしてゐさへすればよいと云ふのである。劉には、それが、甚、容易な事のやうに思はれた。その位の事で癒るなら、癒して貰ふのに越した事はない。その上、意識してはゐなかつたが、蛮僧の治療を受けると云ふ点で、好奇心も少しは動いてゐた。

这样一问一答重复几次后,和尚简单地介绍起治疗方法——赤身裸体,一动不动地站在日头下,如此一来就能痊愈。刘大成觉得这真是相当简单的治疗方法了。如果仅此就能痊愈,真是再好不过。此外,接受和尚治疗这件事,也使刘大成动起了好奇之心。

そこでとうとう、劉も、こつちから頭を下げて、「では、どうか一つ、癒して頂きませう。」と云ふ事になつた。――劉が、裸で、炎天の打麦場にねころんでゐるのには、かう云ふいはれが、あるのである。

终于,刘大成接受了和尚的建议,低头请求道:“那么,请您为我治病吧。”于是发生了开篇刘大成赤身裸体躺在烈日下的那一幕。

すると蛮僧は、身動きをしてはいけないと云ふので、劉の体を細引で、ぐるぐる巻にした。それから、僮僕どうぼくの一人に云ひつけて、酒を入れた素焼の瓶を一つ、劉の枕もとへ持つて来させた。当座の行きがかりで、糟邱そうきうの良友たる孫先生が、この不思議な療治に立合ふ事になつたのは云ふまでもない。

为了不让刘大成的身体乱动,和尚用细绳将他全身捆绑起来。接着,又让仆人拿一个装满酒的素烧瓶子,放在刘大成头的旁边。在场的孙先生,作为刘大成的酒肉朋友,自然也一同见证这不可思议的治疗方式。

酒虫と云ふ物が、どんな物だか、それが腹の中にゐなくなると、どうなるのだか、枕もとにある酒の瓶は、何にするつもりなのだか、それを知つてゐるのは、蛮僧の外に一人もない。かう云ふと、何も知らずに、炎天へ裸で出てゐる劉は、甚、迂濶なやうに思はれるが、普通の人間が、学校の教育などをうけるのも、実は大抵、これと同じやうな事をしてゐるのである。

酒虫究竟是何物?如果从肚里去除了它,会变成怎样?放在一边的酒瓶是作何用处?知道答案的只有和尚一人。如此说来,一无所知就赤身躺在烈日下的刘大成,是多么愚蠢可笑。然而,普通人在学校接受教育这种行为,大概也就是如此吧。

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暑い。額へ汗がぢりぢりと湧いて来て、それが玉になつたかと思ふと、つうつと生暖なまあつたかく、眼の方へ流れて来る。生憎、細引でしばられてゐるから、手を出して拭ふ訳には、勿論行かない。そこで、首を動かして、汗の進路を変へやうとすると、その途端に、はげしく眩暈めまひがしさうな気がしたので、残念ながら、この計画も亦、見合せる事にした。その中に、汗は遠慮なく、まぶたをぬらして、鼻の側から口許をまはりながら、頤の下まで流れて行く。気味が悪い事おびただしい。

好热。汗一股股涌向额前,积聚成珠,热滚滚地流向眼睛。然而双手被细绳捆绑,根本无法擦拭。本想着晃动脑袋,改变汗水流动的路线,然而晃了几下却感到强烈的眩晕感,最终也无计可施。于是,汗水肆无忌惮地打湿眼眶,从鼻子两侧流到嘴边,一直流到下巴。真是让人难受。

それまでは、眼をいて、白く焦された空や、葉をたらした麻畑を、まじ/\と眺めてゐたが、汗が無暗むやみに流れるやうになつてからは、それさへ断念しなければならなくなつた。劉は、この時、始めて、汗が眼にはいると、しみるものだと云ふ事を、知つたのである。そこで、屠所としよの羊の様な顔をして、神妙に眼をつぶりながら、ぢつと日に照りつけられてゐると、今度は、顔と云はず体と云はず、上になつてゐる部分の皮膚が、次第に或痛みを感じるやうになつて来た。皮膚の全面に、あらゆる方向へ動かうとする力が働いてゐるが、皮膚自身は、それに対して、がうも弾力を持つてゐない。それでどこもかしこも、ぴり/\する――とでも説明したら、よからうと思ふ痛みである。これは、汗所あせどころの苦しさではない。劉は、少し蛮僧の治療をうけたのが、忌々しくなつて来た。

刚才还能睁着眼睛,望着焦灼泛白的天空,看着绿叶耷拉下来的庄稼,而如今汗流不止,连眼睛都睁不开。这时刘大成才第一次感受到汗水渗入眼睛时辣辣的滋味儿。此时的他,如同待宰的羔羊,老实地闭着双眼一动不动地晒在毒日头下。无论是脸还是身体,暴露出来的皮肤逐渐感觉疼痛,像是被一股莫名的力量四面拉扯,却毫无抵抗之力。只感到处处疼痛,火辣辣的疼痛。这种痛苦远比流汗更难受。此时刘大成有些后悔接受这蛮僧的治疗了。

しかし、これは、後になつて考へて見ると、まだ苦しくない方の部だつたのである。――そのうちに、喉が渇いて来た。劉も、曹孟徳か誰かが、前路に梅林ありと云つて、軍士の渇をしたと云ふ事は知つてゐる。が、今の場合、いくら、梅子の甘酸を念頭に浮べて見ても、喉の渇く事は、少しも前と変りがない。頤を動かして見たり、舌を噛んで見たりしたが、口のうちは依然として熱を持つてゐる。それも、枕もとの素焼の瓶がなかつたら、まだ幾分でも、我慢がし易かつたのに違ひない。所が、瓶の口からは、芬々ふんぷんたる酒香が、間断なく、劉の鼻を襲つて来る。しかも、気のせいか、その酒香が、一分毎に、益々高くなつて来るやうな心もちさへする。劉は、せめて、瓶だけでも見ようと思つて、眼をあけた。上眼を使つて見ると、瓶の口と、応揚おうやうにふくれた胴の半分ばかりが、眼にはいる。眼にはいるのは、それだけであるが、同時に、劉の想像には、その瓶のうす暗い内部に、黄金きんのやうな色をした酒のなみ/\とたたへてゐる容子ようすが、浮んで来た。思はず、ひびの出来た唇を、乾いた舌で舐めまはして見たが、唾の湧く気色けしきは、更にない。汗さへ今では、日に干されて、前のやうには、流れなくなつてしまつた。

然而事后回想起来,这点痛苦还算不了什么。渐渐地,喉咙感到一阵干涩。刘大成曾读过曹孟德望梅止渴的故事,而现在,无论他怎么回想梅子的酸涩感,都无法解决此时的干渴。他试着摆动下巴,搅动舌头,仍然干渴难忍。如果头边没有那个素烧瓶子的话,还姑且能忍耐几分,然而从瓶口溢出的酒香,一阵阵向刘大成袭来。也许是心理作用,这酒香随着时间愈加浓郁,引得刘大成忍不住想去看一眼酒瓶。他睁开眼睛,使劲向上翻眼珠,却只看到了瓶口和半个胖鼓鼓的瓶身。虽然只看到了一半,但是在刘大成的想象里,早就看到了阴暗的酒瓶里,那满满的、泛着金黄色光泽的琼浆。刘大成不由得舔了舔干裂的嘴唇,却没有一丝唾液。连汗水也像被蒸发干了一样,不像之前那样多了。

すると、はげしい眩暈が、つづいて、二三度起つた。頭痛はさつきから、しつきりなしにしてゐる。劉は、心のうちで愈、蛮僧を怨めしく思つた。それから又何故、自分ともあるものが、あんな人間の口車9に乗つて、こんな莫迦げた苦しみをするのだらうとも思つた。そのうちに、喉は、益々、渇いて来る。胸は妙にむかついて来る。もう我慢にも、ぢつとしてはゐられない。そこで劉はとう/\思切つて、枕もとの蛮僧に、療治の中止を申込むつもりで、喘ぎながら、口を開いた。――

接着,强烈的眩晕感一次次袭来,头痛欲裂。刘大成心里更加怨恨和尚,也怨恨自己为何会听信和尚的胡话,做如此蠢事。喉头愈发干渴,胸闷难受,已经无法忍耐了,刘大成下定决心,打算要求和尚终止治疗。他气喘吁吁地、艰难地准备开口。

すると、その途端である。劉は、何とも知れないかたまりが、少しづゝ胸から喉へ這ひ上つて来るのを感じ出した。それが或は蚯蚓みゝずのやうに、蠕動ぜんどうしてゐるかと思ふと、或は守宮やもり10のやうに、少しづゝ居ざつてゐるやうでもある。兎に角或柔い物が、柔いなりに、むづりむづりと、食道を上へせり上つて来るのである。さうしてとうとうしまひに、それが、喉仏のどぼとけの下を、無理にすりぬけたと思ふと、今度はいきなり、どぜうか何かのやうにぬるりと暗い所をぬけ出して、勢よく外へとんで出た。

正当这时,刘大成突然觉得一块难以形容的东西从胸腔慢慢地爬上喉头。既好像蚯蚓慢慢蠕动,又好像壁虎缓缓爬上来。总之是一个柔软的东西,蠕动着顺着食道往上爬。就这样逐渐向上,像撕裂喉咙一般硬挤出来,突然又似从黑暗逃脱的泥鳅一样,一下子从嘴里窜了出来。

と、その拍子に、例の素焼の瓶の方で、ぽちやりと、何か酒の中へ落ちるやうな音がした。すると、蛮僧が、急に落ちつけてゐた尻を持ち上げて、劉の体にかゝつてゐる、細引を解きはじめた。もう、酒虫が出たから、安心しろと云ふのである。

就在这时,“咚”的一声,素烧瓶子里像是掉进了东西一般,发出了声响。一直坐在刘大成身边的和尚突然起身,开始为他松解身上的绑绳:“酒虫已经出来了,您可以放心了。”

「出ましたかな。」劉は、うめくやうにかう云つて、ふらふらする頭を起しながら、物珍しさの余り、喉の渇いたのも忘れて、裸のまま、瓶の側へ這ひよつた。それと見ると、孫先生も、白羽扇で日をよけながら、急いで、二人の方へやつて来る。さて、三人揃つて瓶の中を覗きこむと、肉の色が朱泥しゆでいに似た、小さな山椒魚さんしやううをのやうなものが、酒の中を泳いでゐる。長さは、三寸ばかりであらう。口もあれば、眼もある。どうやら、泳ぎながら、酒を飲んでゐるらしい。劉はこれを見ると、急に胸が悪くなつた。……

“出来了吗?”刘大成呻吟般地问道。他抬起晕乎乎的头,惊讶之余忘了喉头的干渴,光着身子朝瓶子爬过去。孙先生见状也连忙边用白羽扇遮着太阳,边朝二人快步走来。三人一起望向瓶内,只见一条肉色如朱泥、身形似山椒鱼的虫子,在酒里游来游去。身长只有三寸,有口有眼,好像在一边游泳一边喝酒。刘大成看到此情形,突然感到一阵恶心。

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蛮僧の治療の効は、覿面てきめん11に現れた。劉大成は、その日から、ぱつたり酒が飲めなくなつたのである。今は、匂を嗅ぐのも、嫌だと云ふ。所が、不思議な事に、劉の健康が、それから、少しづつ、衰へて来た。今年で、酒虫を吐いてから、三年になるが、往年の丸丸と肥つてゐたおもかげは、何処にもない。色光沢いろつやの悪い皮膚が、脂じみたまま、険しい顔の骨を包んで、霜に侵された双髩さうびんが、わづかに、顳顬こめかみの上に、残つてゐるばかり、一年の中に、何度、床につくか、わからない位ださうである。

和尚的治疗立见成效。从那天之后,刘大成滴酒不沾。据说如今连嗅到酒味都觉得恶心。怪异的是,刘大成的身体却每况愈下。今年是吐出酒虫的第三年,原来圆头肥脑的刘大成如今却变了模样,油腻的皮肤失去了光泽,面露凶相,瘦骨嶙峋,双鬓花白,头发稀少,一年中不知有多少天卧病在床。

しかし、それ以来、衰へたのは、劉の健康ばかりではない。劉の家産も亦とんとん拍子に傾いて、今では、三百畝を以て数へた負郭ふくわくの田も、多くは人の手に渡つた。劉自身も、余儀なく、馴れない手にすきを執つて、佗しいその日その日を送つてゐるのである。

然而,从那以后,衰落的不仅仅是刘大成的健康状况,刘家的家业也日渐中落。三百亩负郭良田也大都转入他人之手,原本的财主刘大成如今只能下地劳作,凄凉度日。

酒虫を吐いて以来、何故、劉の健康が衰へたか。何故、家産が傾いたか――酒虫を吐いたと云ふ事と、劉のその後の零落とを、因果の関係に並べて見る以上、これは、誰にでも起りやすい疑問である。現にこの疑問は、長山に住んでゐる、あらゆる職業の人人によつて繰返され、且、それらの人人の口から、あらゆる種類の答を与へられた。今、ここに挙げる三つの答も、実はその中から、最、代表的なものを選んだのに過ぎない。

吐出酒虫之后,刘大成为何会日渐憔悴?又为何会倾家荡产呢?如果把吐出酒虫这件事和之后刘大成的遭遇看做因果关系的话,谁都会发出这样的疑问。这个问题,被住在长山县各行各业的人们一次次提及,同样又被这群人五花八门地解答。这里列举出的只是众多解说中,最具代表性的三种回答。

第一の答。酒虫は、劉の福であつて、劉の病ではない。たま/\暗愚あんぐの蛮僧に遇つた為に、好んで、この天与の福を失ふやうな事になつたのである。

第一种回答:酒虫是刘之福,并非刘之病。不巧遇到了愚昧的和尚,葬送了这天赐之福。

第二の答。酒虫は、劉の病であつて、劉の福ではない。何故と云へば、一飲一甕を尽すなどと云ふ事は、到底、常人の考へられない所だからである。そこで、もし酒虫を除かなかつたなら、劉は必久しからずして、死んだのに相違ない。して見ると、貧病、かたみ12至るのも、寧劉にとつては、幸福と云ふべきである。

第二种回答:酒虫是刘之病,并非刘之福。究其原因,饮尽一瓮这样的事情,确非常人可想象。所以如果没有去除酒虫,刘大成必死无疑。这样看来,只是贫病交加,不致有性命之忧,对刘大成来说是有福之事吧。

第三の答。酒虫は、劉の病でもなければ、劉の福でもない。劉は、昔から酒ばかり飲んでゐた。劉の一生から酒を除けば、後には、何も残らない。して見ると、劉はそく酒虫、酒虫は即劉である。だから、劉が酒虫を去つたのは自ら己を殺したのも同前である。つまり、酒が飲めなくなつた日から、劉は劉にして、劉ではない。劉自身が既になくなつてゐたとしたら、昔日せきじつの劉の健康なり家産なりが、失はれたのも、至極、当然な話であらう。

第三种回答:酒虫既非刘之病,也非刘之福。刘嗜酒成性,如果从他的生命里去除酒的话,空无一物。这样来看,刘即酒虫,酒虫即为刘自身。所以,刘大成去除酒虫,无异于自杀。从不能喝酒的那天开始,刘大成就不再是自己了。既然刘自身已经不复存在的话,他昔日的健康也好,家产也罢,随之消失也是理所当然的事情了。

これらの答の中で、どれが、最よく、当を得てゐるか、それは自分にもわからない。自分は、唯、支那の小説家の Didacticism13ならつて、かう云ふ道徳的な判断を、この話の最後に、列挙して見たまでゝある。

众说纷纭中哪种最准,我也不清楚。我只是模仿中国小说家的“启蒙主义”,在故事最后试着列举以上道德性的判断而已。

――五年四月――

Footnotes#

  1. :[名]小さく切った餅を乾かし、焼いたり揚げたりして、塩・しょうゆ・砂糖などで味をつけた菓子

  2. 沙門:[名]出家の総称

  3. 葱嶺:现在的帕米尔高原‌,位于中国最西端

  4. 七面鳥:🦃,因头颈裸露皮肤会变色而得名

  5. 亭午:[名](「亭」は至るの意 ) 日の南中すること

  6. 負郭:[名]城下付近の地

  7. 竹婦人:中国古代民间用于夏季纳凉的圆柱形竹制品

  8. 信施:[名]信者が三宝(仏・法・僧)に布施した物

  9. 口車:[名]口先だけの巧みな言いまわし

  10. 守宮:壁虎,因常栖息于宫殿墙壁上捕食害虫,被古人视为守护宫殿的瑞兽,故称守宫

  11. 覿面:[名]効果・結果・報いなどが即座に現れること

  12. 互に:[副]同一の行動、心情を、二人以上の人間が、交互に、あるいは同時に相手に対してとる状態を表わす語

  13. Didacticism:启蒙主义,通过文学、艺术等形式传递道德教诲或知识的行为

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