梶井基次郎: ある崖上の感情
first published:『文藝都市』1928年7月1日発行7月号
audio:https://www.youtube.com/watch?v=IVhjJKtz5vc
desc: 一篇描写两名青年因好奇而从高处俯瞰窗外景色的对话与心境的作品。它将从悬崖上望见的、下方家家户户窗内展开的生活景象,与观看的自己与被观看的自己这种双重人格的主题融为一体,是一篇实验性的心理小说。作品凝视着人类世界的悲欢离合,刻画了主人公从产生“物哀”之感,直至怀抱一种超越其上、名为“带有某种意志的无常感”的严肃情感的全过程
1
ある蒸し暑い夏の宵のことであった。山ノ手の町のとあるカフェで二人の青年が話をしていた。話の様子では彼らは別に友達というのではなさそうであった。銀座などとちがって、狭い山ノ手のカフェでは、孤独な客が他所のテーブルを眺めたりしながら時を費すことはそう自由ではない。そんな不自由さが――そして狭さから来る親しさが、彼らを互いに近づけることが多い。彼らもどうやらそうした二人らしいのであった。
那是某个闷热夏夜发生的事。在山手町的一个咖啡厅里,有两名青年在聊天。从谈话的模样来看,他们似乎不是朋友。不同于银座等地,在空间狭小的山手町咖啡厅里,只身一人的客人要望着其他桌的客人来打发时间,可不是那么轻松的事。这样的不轻松,以及因为空间狭小而带来的亲近感,常常让他们彼此相互亲近。他们两人似乎就是这样认识的。
一人の青年はビールの酔いを肩先にあらわしながら、コップの尻でよごれた卓子にかまわず肱を立てて、先ほどからほとんど一人で喋っていた。漆喰の土間の隅には古ぼけたビクターの蓄音器が据えてあって、磨り滅ったダンスレコードが暑苦しく鳴っていた。
一名青年喝了啤酒后,醉意显现在摇摇晃晃的肩膀上,尽管杯底弄脏了桌面,但他毫不在意,手肘抵在桌子上,打从刚才起就一个人说个不停。入门处的灰泥地面角落,摆了一台老旧的胜利牌留声机,严重磨损的舞曲唱片播放着音乐,令人觉得闷热。
「元来僕はね、一度友達に図星を指されたことがあるんだが、放浪、家をなさないという質に生まれついているらしいんです。その友達というのは手相を見る男で、それも西洋流の手相を見る男で、僕の手相を見たとき、君の手にはソロモンの十字架がある。それは一生家を持てない手相だと言ったんです。僕は別に手相などを信じないんだが、そのときはそう言われたことでぎくっとしましたよ。とても悲しくてね――」
“曾经有朋友说我,似乎天生就是喜爱流浪、不肯成家的个性。我那位朋友会看手相,而且看的是西方的手相,他看了我的手相后对我说:‘你的手上有所罗门的十字架。这是一辈子不会成家的手相。’ 我并不相信手相这种事,但当时听他那么说,也吓了一跳。心里很难过——”
その青年の顔にはわずかの時間感傷の色が酔いの下にあらわれて見えた。彼はビールを一と飲みするとまた言葉をついで、
青年脸上,在醉意下短暂地浮现感伤之色。他喝了口啤酒后,接着往下说:
「その崖の上へ一人で立って、開いている窓を一つ一つ見ていると、僕はいつでもそのことを憶い出すんです。僕一人が世間に住みつく根を失って浮草のように流れている。そしていつもそんな崖の上に立って人の窓ばかりを眺めていなければならない。すっかりこれが僕の運命だ。そんなことが思えて来るのです。――しかし、それよりも僕はこんなことが言いたいんです。つまり窓の眺めというものには、元来人をそんな思いに駆るあるものがあるんじゃないか。誰でもふとそんな気持に誘われるんじゃないか、というのですが、どうです、あなたはそうしたことをお考えにはならないですか」
“我独自站在那座山崖上,望着每一扇敞开的窗户,总会想起那件事。我失去在人世间定居的根,像浮萍一样漂流。而且我总是站在那样的山崖上,望向人们的窗户。这就是我的命运。我逐渐有这种体认。——不过,比起这个,我更想谈的是……窗户的景致,应该原本就有某样会驱策人们产生这种想法的东西吧。每个人都会突然受这种念头引诱吧?你觉得呢?难道你不会这么想吗?”
もう一人の青年は別に酔っているようでもなかった。彼は相手の今までの話を、そうおもしろがってもいないが、そうかと言って全然興味がなくもないといった穏やかな表情で耳を傾けていた。彼は相手に自分の意見を促されてしばらく考えていたが、
另一名青年并未喝醉。对于他刚才说的话,并不觉得多有趣,但还是应了声 “这样啊”,摆出并非完全不感兴趣的平静表情,静静聆听。对方催促他发表意见,他思考了半晌。
「さあ……僕にはむしろ反対の気持になった経験しか憶い出せない。しかしあなたの気持は僕にはわからなくはありません。反対の気持になった経験というのは、窓のなかにいる人間を見ていてその人達がなにかはかない運命を持ってこの浮世に生きている。というふうに見えたということなんです」
“这个嘛……我只想得到和你想法相左的经验。不过,你的想法我也不是不懂。所谓想法相左的经验,是看着窗里的人,就会觉得这些人怀有某种无常的命运,活在俗世中。”
「そうだ。それは大いにそうだ。いや、それがほんとうかもしれん。僕もそんなことを感じていたような気がする」
“没错。大致就是这样。不,也许真的就是如此。我也觉得自己有这种感觉。”
酔った方の男はひどく相手の言ったことに感心したような語調で残っていたビールを一息に飲んでしまった。
喝醉的男子说话的口吻,仿佛对方说的话令他大为感佩,将剩余的啤酒一饮而尽。
「そうだ。それであなたもなかなか窓の大家だ。いや、僕はね、実際窓というものが好きで堪らないんですよ。自分のいるところからいつも人の窓が見られたらどんなに楽しいだろうと、いつもそう思ってるんです。そして僕の方でも窓を開けておいて、誰かの眼にいつも僕自身を曝らしているのがまたとても楽しいんです。こんなに酒を飲むにしても、どこか川っぷちのレストランみたいなところで、橋の上からだとか向こう岸からだとか見ている人があって飲んでいるのならどんなに楽しいでしょう。『いかにあわれと思うらん』僕には片言のような詩しか口に出て来ないが、実際いつもそんな気持になるんです」
“没错。这么一来,你也算是厉害的窗户大师了。其实我爱死窗户了。我常想,要是时时刻刻都能从自己所在的位置看见别人的窗户,不知道会是多快乐的事。而我也都会事先打开窗户,让自己随时都暴露在别人的目光下。就像现在喝酒这样,如果在某个像河边餐厅这样的地方,有人从桥上或对岸看着我们,在这种情况下喝酒,那会是多快乐的事啊。虽然我只能用短短一句 ‘别有情趣在心头’ 的诗句来形容,不过我向来都是这样的心情。”
「なるほど、なんだかそれは楽しそうですね。しかしなんという閑かな趣味だろう」
“原来如此,确实感觉挺欢乐的。不过,你这情趣可真悠闲啊。”
「あっはっは。いや、僕はさっきその崖の上から僕の部屋の窓が見えると言ったでしょう。僕の窓は崖の近くにあって、僕の部屋からはもう崖ばかりしか見えないんです。僕はよくそこから崖路を通る人を注意しているんですが、元来めったに人の通らない路で、通る人があったって、全く僕みたいにそこでながい間町を見ているというような人は決してありません。実際僕みたいな男はよくよくの閑人なんだ」
“哈哈哈。不,我刚才不是说,从那处山崖上可以看见我房间的窗户吗?我房间的窗户离山崖很近,从我的房间只看得到山崖。我常从窗户提醒走那条山崖道路的人们要小心,不过原本就没什么人会走那条路,就算有人走,也绝不会有人像我一样,站在那里长时间望着市镇街道。像我这样的,还真是个大闲人呢。”
「ちょっと君。そのレコード止してくれない」聴き手の方の青年はウエイトレスがまたかけはじめた「キャラバン1」の方を向いてそう言った。「僕はあのジャッズというやつが大嫌いなんだ。厭だと思い出すととても堪らない」
“等等,那唱片可以停下来吗?”在一旁聆听的青年,朝刚换上《商队》的女服务生说道,“我最讨厌爵士乐了。光想到对这种音乐的讨厌就受不了。”
黙ってウエイトレスは蓄音器をとめた。彼女は断髪をして薄い夏の洋装をしていた。しかしそれには少しもフレッシュなところがなかった。むしろ南京鼠の匂いでもしそうな汚いエキゾティシズムが感じられた。そしてそれはそのカフェがその近所に多く住んでいる下等な西洋人のよく出入りするという噂うわさを、少し陰気に裏書き2していた。
女服务生没说话,默默关掉留声机。她留着短发,身穿一件轻薄的夏季洋装。但没半点新鲜感,反而让人感觉到一种肮脏的异国风情,仿佛可以闻到白老鼠的气味。而这也暗中证实了那项传闻,听说这附近住了许多下层阶级的洋人,常会出入这家咖啡厅。
「おい。百合ちゃん。百合ちゃん。生をもう二つ」
“喂。小百合。小百合。来两杯生啤。”
話し手の方の青年は馴染のウエイトレスをぶっきら棒3な客から救ってやるというような表情で、彼女の方を振り返った。そしてすぐ、
话多的那名青年,用一副要把熟识的女服务员从粗鲁的客人那里救出来的表情,转头望向女服务生喊道。接着又马上说道:
「いや、ところがね、僕が窓を見る趣味にはあまり人に言えない欲望があるんです。それはまあ一般に言えば人の秘密を盗み見るという魅力なんですが、僕のはもう一つ進んで人のベッドシーンが見たい、結局はそういったことに帰着するんじゃないかと思われるような特殊な執着があるらしいんです。いや、そんなものをほんとうに見たことなんぞはありませんがね」
“不过,我看别人窗户的这项嗜好,存在着一种不好向人启齿的欲望。一般来说,这算是一种偷窥别人秘密的追求,而我这种嗜好,似乎带有一种特殊的执着,会让人以为我是想更进一步看别人的床上风光,最后可能会导出这样的结果。哎呀,我可是真的从没看过那种画面。”
「それはそうかもしれない。高架線を通る省線電車にはよくそういったマニヤの人が乗っているということですよ」
“或许是吧。通过高架铁路的省线电车上,就常坐着这种偷窥狂呢。”
「そうですかね。そんな一つの病型があるんですかね。それは驚いた。……あなたは窓というものにそんな興味をお持ちになったことはありませんか。一度でも」
“是吗?真有人这么病态啊。真令人惊讶……你对眺望窗户从来没产生过兴趣吗?”
その青年の顔は相手の顔をじっと見詰めて返答を待っていた。
那名青年静静注视着对方的脸,等候对方回答。
「僕がそんなマニヤのことを言う以上僕にも多かれ少なかれそんな知識があると思っていいでしょう」
“既然我谈到偷窥狂的事,你可以当作我也对这方面有些了解。”
その青年の顔にはわずかばかりの不快の影が通り過ぎたが、そう答えて彼はまた平気な顔になった。
青年脸上略微闪过一丝不悦之色,但他如此回答后,又恢复若无其事的神情。
「そうだ。いや、僕はね、崖の上からそんな興味で見る一つの窓があるんですよ。しかしほんとうに見たということは一度もないんです。でも実際よく瞞される、あれには。あっはっはは……僕がいったいどんな状態でそれに耽っているか一度話してみましょうか。僕はながい間じいっと眼を放さずにその窓を見ているのです。するとあんまり一生懸命になるもんだから足許が変に便りなくなって来る。ふらふらっとして実際崖から落っこちそうな気持になる。はっは。それくらいになると僕はもう半分夢を見ているような気持です。すると変なことには、そんなとき僕の耳には崖路を歩いて来る人の足音がきまったようにして来るんです。でも僕はよし人がほんとうに通ってもそれはかまわないことにしている。しかしその足音は僕の背後へそうっと忍び寄って来て、そこでぴたりと止まってしまうんです。それが妄想というものでしょうね。僕にはその忍び寄った人間が僕の秘密を知っているように思えてならない。そして今にも襟髪を掴むか、今にも崖から突き落とすか、そんな恐怖で息も止まりそうになっているんです。しかし僕はやっぱり窓から眼を離さない。そりゃそんなときはもうどうなってもいいというような気持ですね。また一方ではそれがたいていは僕の気のせいだということは百も承知で、そんな度胸もきめるんです。しかしやっぱり百に一つもしやほんとうの人間ではないかという気がいつでもする。変なものですね。あっはっはは」
“没错。在那样的兴趣下,我曾经从山崖上看过一扇窗。但我真的什么也没看到。不过,事实上我常被它骗到。哈哈哈……我到底是在什么样的状态下沉迷其中,我就说给你听吧。有很长一段时间,我一直目不转睛地盯着那扇窗。因为看得太认真,一时没站稳。我摇摇晃晃,感觉马上就要跌落山崖。哈哈,走到这一步,我觉得自己有种半梦半醒的感觉。说来也奇怪,当时我几乎都听到了有人靠近的脚步声。不过我心里已拿定主意,就算真有人靠近,我也不在乎。但是那脚步声悄悄来到我背后,突然停下了。那应该是我自己想多了吧。我不禁觉得,那个朝我悄悄靠近的人仿佛知道我的秘密。他可能随时会一把揪住我的后颈,或是将我推落山崖,这份恐惧几乎令我喘不过气来。但我还是紧盯着那扇窗。当时我抱持的是一种豁出去的心情。而另一方面,我自己也很清楚,那大概是我自己的心理作用,就此才这么大胆。但还是一直隐约觉得,搞不好真有人躲在我身后。很怪对吧?哈哈哈。”
話し手の男は自分の話に昂奮を持ちながらも、今度は自嘲的なそして悪魔的といえるかも知れない挑んだ表情を眼に浮かべながら、相手の顔を見ていた。
说话的男子,把自己的故事讲得慷慨激昂,但接着浮现出自嘲般,也可说是像恶魔般的挑衅神色,注视着对方。
「どうです。そんな話は。――僕は今はもう実際に人のベッドシーンを見るということよりも、そんな自分の状態の方がずっと魅惑的になって来ているんです。何故と言って、自分の見ている薄暗い窓のなかが、自分の思っているようなものでは多分ないことが、僕にはもう薄うすわかっているんです。それでいて心を集めてそこを見ているとありありそう思えて来る。そのときの心の状態がなんとも言えない恍惚なんです。いったいそんなことがあるものですかね。あっはっはは。どうです、今から一緒にそこへ行ってみる気はありませんか」
“这件事你觉得怎样?——事实上,比起看别人的床上风光,我现在反而觉得自己的状态更吸引人。因为我自己隐约明白,我所看的那扇昏暗的窗户里头,大概不是我所想的那种画面。而我一直专注地望着它,那画面反而变得愈来愈鲜明。这种时候的心理状态,是一种难以言喻的陶醉。这到底是不是真的呢?哈哈哈。如何?要不要这就和我一起去一探究竟啊?”
「それはどちらでもいいが、だんだん話が佳境には入って来ましたね」
“那倒无所谓,不过,这番话倒是渐入佳境呢。”
そして聴き手の青年はまたビールを呼んだ。
聆听的那名青年又点了啤酒。
「いや、佳境には入って来たというのはほんとうなんですよ。僕はだんだん佳境には入って来たんだ。何故って、僕には最初窓がただなにかしらおもしろいものであったに過ぎないんだ。それがだんだん人の秘密を見るという気持が意識されて来た。そうでしょう。すると次は秘密のなかでもベッドシーンの秘密に興味を持ち出した。ところが、見たと思ったそれがどうやらちがうものらしくなって来た。しかしそのときの恍惚状態そのものが、結局すべてであるということがわかって来た。そうでしょう。いや、君、実際その恍惚状態がすべてなんですよ。あっはっはは。空の空なる恍惚万歳だ。この愉快な人生にプロジット4しよう」
“哎呀,你说渐入佳境,确实不假。我是真的渐入佳境。因为一开始对我来说,窗户不过只是某种有趣的东西罢了。后来我逐渐意识到自己在窥望别人秘密的这种心情。对吧?接下来,在这样的秘密当中,我开始对床上风光的秘密感兴趣。不过,我看到的画面,似乎都与我想象的相去甚远。但我逐渐明白,当时的陶醉状态,最后代表了一切。我说的没错吧。不,那种陶醉状态确实就是一切。哈哈哈。一切皆空的陶醉万岁。为这愉快的人生干杯吧。”
その青年にはだいぶ酔いが発して来ていた。そのプロジットに応じなかった相手のコップへ荒々しく自分のコップを打ちつけて、彼は新しいコップを一気に飲み乾した。
那名青年已醉得不轻。他喊了声干杯,见对方没回应,自己便粗鲁地提起酒杯与对方碰杯,将新装满的啤酒一饮而尽。
彼らがそんな話をしていたとき、扉をあけて二人の西洋人がは入って来た。彼らはは入って来ると同時にウエイトレスの方へ色っぽい眼つきを送りながら青年達の横のテーブルへ坐った。彼らの眼は一度でも青年達の方を見るのでもなければ、お互いに見交わすというのでもなく、絶えず笑顔を作って女の方へ向いていた。
他们在交谈时,有两名洋人打开店门走进来。他们一进来便对女服务生送秋波,而后坐在了这两名青年身旁的桌位上。他们完全没朝这两名青年看一眼,彼此也没目光交会,就只是满脸堆欢地看向女服务生。
「ポーリンさんにシマノフさん、いらっしゃい」
“宝林先生,西玛诺夫先生,欢迎光临。”
ウエイトレスの顔は彼らを迎える大仰な表情でにわかに生き生きし出した。そしてきゃっきゃっと笑いながら何か喋り合っていたが、彼女の使う言葉はある自由さを持った西洋人の日本語で、それを彼女が喋るとき青年達を給仕していたときとはまるでちがった変な魅力が生じた。
女服务生马上展现出夸张的迎宾表情,一张脸显得朝气蓬勃。接着她有说有笑地和他们聊了起来,用的是洋人那种不太照语法走的日语,当她说出这样的话语时,展现出与接待青年们时完全不同的奇特魅力。
「僕は一度こんな小説を読んだことがある」
“我曾经看过这样一部小说。”
聴き手であった方の青年が、新しい客の持って来た空気から、話をまたもとへ戻した。
聆听的那名青年,从新来的客人带进的气氛中,拉回原本的话题。
「それは、ある日本人が欧羅巴へ旅行に出かけるんです。英国、仏蘭西、独逸とずいぶんながいごったごたした旅行を続けておしまいにウィーンへやって来る。そして着いた夜あるホテルへ泊まるんですが、夜中にふと眼をさましてそれからすぐ寝つけないで、深夜の闇のなかに旅情を感じながら窓の外を眺めるんです。空は美しい星空で、その下にウィーンの市が眠っている。その男はしばらくその夜景に眺め耽っていたが、彼はふと闇のなかにたった一つ開け放された窓を見つける。その部屋のなかには白い布のような塊りが明るい燈火に照らし出されていて、なにか白い煙みたようなものがそこから細くまっすぐに立ち騰っている。そしてそれがだんだんはっきりして来るんですが、思いがけなくその男がそこに見出したものはベッドの上にほしいままな裸体を投げ出している男女だったのです。白いシーツのように見えていたのがそれで、静かに立ち騰っている煙は男がベッドで燻らしている葉巻の煙なんです。その男はそのときどんなことを思ったかというと、これはいかにも古都ウィーンだ、そしていま自分は長い旅の末にやっとその古い都へやって来たのだ――そういう気持がしみじみと湧いたというのです」
“讲的是一个日本人前往欧洲旅行的故事。他去了英国、法国、德国,展开了漫长的旅程,最后来到维也纳。在抵达的那一晚,他投宿某家酒店。半夜他突然醒来,便再也睡不着,于是在一片黑暗中,他望着窗外景致,感受游子情怀。夜空满是美丽的星斗,维也纳这座城市就沉睡在这片星空下。男子沉浸于这样的夜景中,但他突然从这片黑暗中发现一扇敞开的窗户。明亮的灯火照出房内一团像白布的物体,并有一道像白烟般的东西,从那里冉冉而升。那东西愈来愈清楚,男子意外从中看到的,是在床上云雨的一对全身赤裸的男女。看起来像白色床单的东西就是他们,而那冉冉而升的白烟,是男子在床上抽雪茄所燃起的烟。这名男子当时脑中想到的是什么呢?他心中涌现无限感慨,心想——这里果然是古都维也纳,我经过漫长的旅行,最后终于来到了这座古都。”
「そして?」
“然后呢?”
「そして静かに窓をしめてまた自分のベッドへ帰って寝たというのですが――これはずいぶんまえに読んだ小説だけれど、変に忘れられないところがあって僕の記憶にひっかかっている」
“然后他静静关上窗,回到床上睡觉了。这是我很早以前看过的一本小说,可有些地方怎么也忘不了,一直留存在记忆里。”
「いいなあ西洋人は。僕はウィーンへ行きたくなった。あっはっは。それより今から僕と一緒に崖の方まで行かないですか。ええ」
“真羡慕洋人。我也好想去维也纳。哈哈哈。先不管这个,你接下来要和我一起去山崖那里吗?”
酔った青年はある熱心さで相手を誘っていた。しかし片方はただ笑うだけでその話には乗らなかった。
酒醉的青年很热心地邀对方一同前往。但对方就只是笑而不答。
2
生島(これは酔っていた方の青年)はその夜晩く自分の間借りしている崖下の家へ帰って来た。彼は戸を開けるとき、それが習慣のなんとも言えない憂鬱を感じた。それは彼がその家の寝ている主婦を思い出すからであった。生島はその四十を過ぎた寡婦である「小母さん」となんの愛情もない身体の関係を続けていた。子もなく夫にも死に別れたその女にはどことなく諦らめた静けさがあって、そんな関係が生じたあとでも別に前と変わらない冷淡さもしくは親切さで彼を遇していた。生島には自分の愛情のなさを彼女に偽る必要など少しもなかった。彼が「小母さん」を呼んで寝床を共にする。そのあとで彼女はすぐ自分の寝床へ帰ってゆくのである。生島はその当初自分らのそんな関係に淡々とした安易を感じていた。ところが間もなく彼はだんだん堪らない嫌悪を感じ出した。それは彼が安易を見出していると同じ原因が彼に反逆するのであった。彼が彼女の膚に触れているとき、そこにはなんの感動もなく、いつもある白じらしい気持が消えなかった。生理的な終結はあっても、空想の満足がなかった。そのことはだんだん重苦しく彼の心にのしかかって来た。そのうちに彼は晴ればれとした往来へ出ても、自分に萎びた古手拭のような匂いが沁みているような気がしてならなくなった。顔貌にもなんだかいやな線があらわれて来て、誰の目にも彼の陥っている地獄が感づかれそうな不安が絶えずつきまとった。そして女の諦めたような平気さが極端にいらいらした嫌悪を刺戟するのだった。しかしその憤懣が「小母さん」のどこへ向けられるべきだろう。彼が今日にも出てゆくと言っても彼女が一言の不平も唱えないことはわかりきったことであった。それでは何故出てゆかないのか。生島はその年の春ある大学を出てまだ就職する口がなく、国へは奔走中と言ってその日その日をまったく無気力な倦怠で送っている人間であった。彼はもう縦のものを横にする5にも、魅入られたような意志のなさを感じていた。彼が何々をしようと思うことは脳細胞の意志を刺戟しない部分を通って抜けてゆくのらしかった。結局彼はいつまで経ってもそこが動けないのである。――
那天晚上,生岛(喝醉的那名青年)很晚才回到他位于山崖下的租屋处。他打开门时,感受到一股难以言喻,却又习以为常的忧郁。因为他想起睡在这屋子里的那名家庭主妇。生岛叫这名年过四十的寡妇 “阿姨”,和她保有没爱情可言的肉体关系。没有孩子,丈夫又过世的这名妇人,有一种看破一切的平静,与她发生这样的关系后,她还是用和之前一样的冷淡和亲切来对待他。生岛对她没半点爱意,对此他完全没必要伪装。他叫那名妇人 “阿姨”,和她上床。完事后,妇人马上回自己床上去。生岛当初对于他们这样的关系有一种淡淡的安逸感。但过没多久,他逐渐感到嫌弃,难以忍受。就像他从中看出安逸一样,同样的原因也对他造成了反效果。他碰触女人的肌肤时,没任何感动,那败兴的感觉始终挥之不去。虽然解决了生理上的需求,但内心的幻想得不到满足。它变得愈来愈沉重,重重压向他心头。之后他来到热闹的大街上,他觉得有种像老旧手巾的气味渗进自己体内。就连容貌也出现讨厌的线条,仿佛每个人都可以看出他深陷地狱,难以自拔,这份不安紧缠着他。而妇人那宛如看破一切的平静态度,极度刺激他那焦躁的厌恶。但这份怒气该往 “阿姨” 的哪一点宣泄呢?他很明白,就算他说今天要走,阿姨也不会有任何怨言。那么,为什么他不离开呢?生岛那年春天自一所大学毕业后,没找到工作,尽管对家乡的人说自己四处奔忙,但其实每天都提不起劲儿,总是倦怠地过日子。不管再怎么轻松的事,他也感觉自己完全没投入的意愿。仿佛他想要做什么的念头,就这样通过不会刺激脑细胞意志的部分,直接脱落。到最后,不管经过再久的时间,他还是留在那里,没任何行动。
主婦はもう寝ていた。生島はみしみし階段をきしらせながら自分の部屋へ帰った。そして硝子窓をあけて、むっとするようにこもった宵の空気を涼しい夜気と換えた。彼はじっと坐ったまま崖の方を見ていた。崖の路は暗くてただ一つ電柱についている燈がそのありかを示しているに過ぎなかった。そこを眺めながら、彼は今夜カフェで話し合った青年のことを思い出していた。自分が何度誘ってもそこへ行こうとは言わなかったことや、それから自分が執こく紙と鉛筆で崖路の地図を書いて教えたことや、その男の頑なに拒んでいる態度にもかかわらず、彼にも自分と同じような欲望があるにちがいないとなぜか固く信じたことや――そんなことを思い出しながら彼の眼は不知不識、もしやという期待で白い人影をその闇のなかに探しているのであった。
妇人已经睡着。生岛走过楼梯,发出嘎吱声响,回到自己房间。接着他打开玻璃窗,将憋在房里的夜间空气与外头凉爽的空气交换。他静静坐着,望向山崖。山崖的道路昏暗,就只有一颗挂在电线杆上的灯泡,告知它的所在地。他望着山崖,同时回想今晚在咖啡厅与他聊天的那名青年。不管他再怎么邀约,对方还是没说要去,而且他还执意用纸笔画出山崖道路的地图,告知对方地点,尽管对方表现出坚决抗拒的态度。但不知为何,他深信对方肯定也有同样的欲望。他回想着这一切,同时抱着一份期待,双眼在不知不觉间朝黑暗中探寻起白色的人影来。
彼の心はまた、彼がその崖の上から見るあの窓のことを考え耽った。彼がそのなかに見る半ば夢想のそして半ば現実の男女の姿態がいかに情熱的で性欲的であるか。またそれに見入っている彼自身がいかに情熱を覚え性欲を覚えるか。窓のなかの二人はまるで彼の呼吸を呼吸しているようであり、彼はまた二人の呼吸を呼吸しているようである、そのときの恍惚とした心の陶酔を思い出していた。
他的内心再度思索起他从山崖上看到的那扇窗。他从窗里看到的那半幻想半现实的男女姿态,那份热情和情欲无比高涨。而看得入迷的他,又感受到怎样的热情和情欲呢?窗内的两人宛如与他呼吸着同样的呼吸,而他同样也呼吸着他们两人的呼吸,他想起当时那份内心恍惚的陶醉。
「それに比べて」と彼は考え続けた。「俺が彼女に対しているときはどうであろう。俺はまるで悪い暗示にかかってしまったように白じらとなってしまう。崖の上の陶酔のたとえ十分の一でも、何故彼女に対するとき帰って来ないのか。俺は俺のそうしたものを窓のなかへ吸いとられているのではなかろうか。そういう形式でしか性欲に耽ることができなくなっているのではなかろうか。それとも彼女という対象がそもそも自分には間違った形式なのだろうか」
“相较之下,” 他继续展开思索,“我面对她的时候,又是如何?我就像中了邪恶的催眠一样,觉得扫兴极了。哪怕只有山崖上陶醉的十分之一也好,为什么我在面对她时,都没那种感觉呢?我的感觉该不会都被吸进窗内了吧?我该不会只能以这种形式沉浸在性欲中吧?还是说,像她这样的对象,原本就是和我合不来的类型?”
「しかし俺にはまだ一つの空想が残っている。そして残っているのはただ一つその空想があるばかりだ」
“不过,我还留有一个幻想。我仅剩的幻想也就只有这一个了。”
机の上の電燈のスタンドへはいつの間にかたくさん虫が集まって来ていた。それを見ると生島は鎖をひいて電燈を消した。わずかそうしたことすら彼には習慣的な反対――崖からの瞰下景に起こったであろう一つの変化がちらと心を掠めるのであった。部屋が暗くなると夜気がことさら涼しくなった。崖路の闇もはっきりして来た。しかしそのなかには依然として何の人影も立ってはいなかった。
不知何时,桌上的台灯聚集了许多昆虫。生岛见状,关闭电灯。就连这样的小动作,他都习惯性地排斥——从山崖俯瞰的景致发生的某个变化,从他心头掠过。房间变暗后,夜气变得更加沁凉。山崖道路上的黑暗变得更加清楚。但当中依然没任何人影。
彼にただ一つの残っている空想というのは、彼がその寡婦と寝床を共にしているとき、ふいに起こって来る、部屋の窓を明け放してしまうという空想であった。勿論彼はそのとき、誰かがそこの崖路に立っていて、彼らの窓を眺め、彼らの姿を認めて、どんなにか刺戟を感じるであろうことを想い、その刺戟を通して、何の感動もない彼らの現実にもある陶酔が起こって来るだろうことを予想しているのであった。しかし彼にはただ窓を明け崖路へ彼らの姿を晒さらすということばかりでもすでに新鮮な魅力であった。彼はそのときの、薄い刃物で背を撫でられるような戦慄を空想した。そればかりではない。それがいかに彼らの醜い現実に対する反逆であるかを想像するのであった。
他唯一留下的幻想,就是他与那名寡妇同床共枕时,突然将房间窗户打开的幻想。当然了,这时如果有人站在山崖的道路上,望向他们所在的窗户,发现他们此刻的模样,不知道会有多刺激。他脑中想着此事,并料想自己透过这样的刺激,应该会对那毫无任何感动的现实引发某种陶醉吧。然而,他光是打开窗户,朝山崖道路暴露他们的模样,就已经既新鲜,又充满魅力了。他当时幻想着一股犹如有把薄刃在他背后来回轻抚的战栗。不光如此,他想象着这对他们那丑陋的现实会带来多大的反扑。
「いったい俺は今夜あの男をどうするつもりだったんだろう」
“我今晚到底打算拿那个男人怎样?”
生島は崖路の闇のなかに不知不識自分の眼の待っていたものがその青年の姿であったことに気がつくと、ふと醒めた自分に立ち返った。
生岛在不知不觉中发现,他的双眼朝山崖道路的黑暗中等候的,正是那名青年的身影,他就此回过神来,完全清醒。
「俺ははじめあの男に対する好意に溢れていた。それで窓の話などを持ち出して話し合う気になったのだ。それだのに今自分にあの男を自分の欲望の傀儡にしようと思っていたような気がしてならないのは何故だろう。自分は自分の愛するものは他人も愛するにちがいないという好意に満ちた考えで話をしていたと思っていた。しかしその少し強制がましい調子のなかには、自分の持っている欲望を、言わば相手の身体にこすりつけて、自分と同じような人間を製造しようとしていたようなところが不知不識にあったらしい気がする。そして今自分の待っていたものは、そんな欲望に刺戟されて崖路へあがって来るあの男であり、自分の空想していたことは自分達の醜い現実の窓を開けて崖上の路へ曝すことだったのだ。俺の秘密な心のなかだけの空想が俺自身には関係なく、ひとりでの意志で著々と計画を進めてゆくというような、いったいそんなことがあり得ることだろうか。それともこんな反省すらもちゃんと予定の仕組で、今もしあの男の影があすこへあらわれたら、さあいよいよと舌を出すつもりにしていたのではなかろうか……」
“我起初对那个男人充满善意。所以才会提到窗户的事,想和他好好聊聊。现在却很想让那个男人成为自己欲望的傀儡,这又是为什么呢?我认为自己喜爱的事物,别人一定也会喜爱,就这样抱持满怀善意的想法和他聊天。但我觉得自己似乎在不知不觉间,想在这种略带强迫的口吻下,将自己的欲望强加在对方身上,以创造出和我一样的人。而我现在等待的,就是在那欲望的刺激下,来到山崖道路上的那名男子,我所幻想的事,就是打开我们那扇丑陋的现实之窗,在山崖道路前完全暴露。我那没人知晓的心中幻想,仿佛与我自身无关,靠它自己的意志一步步推动着计划,真会有这种事吗?还是说,就连这样的反省也都在它预定的安排之中,如果那个男人的身影出现在那里的话,我不正打算朝他扮鬼脸嘛……该不会是这样吧?”
生島はだんだんもつれて来る頭を振るようにして電燈を点し、寝床を延べにかかった。
生岛摇了摇他那逐渐纠结的脑袋,点亮电灯,着手铺床。
3
石田(これは聴き手であった方の青年)はある晩のことその崖路の方へ散歩の足を向けた。彼は平常歩いていた往来から教えられたはじめての路へ足を踏み入れたとき、いったいこんなところが自分の家の近所にあったのかと不思議な気がした。元来その辺はむやみに坂の多い、丘陵と谷とに富んだ地勢であった。町の高みには皇族や華族の邸に並んで、立派な門構えの家が、夜になると古風な瓦斯燈の点く静かな道を挾んで立ち並んでいた。深い樹立のなかには教会の尖塔が聳えていたり、外国の公使館の旗がヴィラ風な屋根の上にひるがえっていたりするのが見えた。しかしその谷に当ったところには陰気なじめじめした家が、普通の通行人のための路ではないような隘路をかくして、朽ちてゆくばかりの存在を続けているのだった。
石田(那位聆听的青年)一天晚上沿着那条山崖道路散步。当他从平常惯走的马路转进这条别人告诉他的陌生道路时,他觉得很不可思议,心想,这地方竟然就在我家附近。原本这一带的地形就有许多坡道、丘陵、溪谷。在镇上的高处,紧邻皇族或华族的大宅院、拥有气派大门的人家,在宁静的道路旁排成两列,这条道路入夜后会点亮充满古风的煤气灯。可以望见树林深处耸立着教堂的高塔,外国公使馆的旗帜在别墅屋顶上飘扬。溪谷里则是阴暗潮湿的人家,遮掩住了一般行人不会通行的小路,在那里持续腐朽。
石田はその路を通ってゆくとき、誰かに咎められはしないかというようなうしろめたさを感じた。なぜなら、その路へは大っぴらに通りすがりの家が窓を開いているのだった。そのなかには肌脱ぎになった人がいたり、柱時計が鳴っていたり、味気ない生活が蚊遣りを燻したりしていた。そのうえ、軒燈にはきまったようにやもりがとまっていて彼を気味悪がらせた。彼は何度も袋路に突きあたりながら、――そのたびになおさら自分の足音にうしろめたさを感じながら、やっと崖に沿った路へ出た。しばらくゆくと人家が絶えて路が暗くなり、わずかに一つの電燈が足もとを照らしている、それが教えられた場所であるらしいところへやって来た。
石田走过那条路时,心生歉疚,就像是会遭人指责般。因为大部分路旁的人家都朝这条路敞开窗户。窗内有人打赤膊,有时挂钟鸣响,无趣的生活在这里熏燃蚊香。而且屋檐下的挂灯上头几乎都停着壁虎,这令他觉得不舒服。他一再走进死胡同,每次他都会从自己的脚步声中感到歉疚,最后好不容易来到那条山崖道路。走了一段路后,已无住家,道路变得昏暗,就只有一盏灯照向脚下,他就此来到像是对方告诉他的那处场所。
そこからはなるほど崖下の町が一と目に見渡せた。いくつもの窓が見えた。そしてそれは彼の知っている町の、思いがけない瞰下景であった。彼はかすかな旅情らしいものが、濃くあたりに漂っているあれちのぎく6の匂いに混じって、自分の心を染めているのを感じた。
站在这里,崖下的小镇果然尽收眼里。可以看见好几扇窗。那是他所熟悉的小镇,但这是他意想不到的俯瞰景致。他感觉到某种淡淡的游子情怀,掺杂在四周飘荡的浓浓的香丝草气味中,感染了他的心。
ある窓では運動シャツを着た男がミシンを踏んでいた。屋根の上の闇のなかにたくさんの洗濯物らしいものが仄白く浮かんでいるのを見ると、それは洗濯屋の家らしく思われるのだった。またある一つの窓ではレシーヴァ7を耳に当てて一心にラジオを聴いている人の姿が見えた。その一心な姿を見ていると、彼自身の耳の中でもそのラジオの小さい音がきこえて来るようにさえ思われるのだった。
某扇窗里有位身穿运动衫的男子正在踩缝纫机。在屋顶上方的黑暗中,可以看见许多像衣服的东西,隐隐浮现白色的身影,感觉似乎是家洗衣店。另一扇窗则看到有个人耳朵紧贴着收音机,正专注地听着广播。看他那全神贯注的模样,石田耳中仿佛也传来广播微弱的声音。
彼が先の夜、酔っていた青年に向かって、窓のなかに立ったり坐ったりしている人びとの姿が、みななにかはかない運命を背負って浮世に生きているように見えると言ったのは、彼が心に次のような情景を浮かべていたからだった。
那天晚上他对那名酒醉的青年说,人们在窗内或坐或站的身影,看起来全都像是背负着无常的命运,活在这俗世中。之所以会这么说,是因为他心中浮现出这样的情景。
それは彼の田舎の家の前を通っている街道に一つ見窄らしい商人宿があって、その二階の手摺の向こうに、よく朝など出立の前の朝餉を食べていたりする旅人の姿が街道から見えるのだった。彼はなぜかそのなかである一つの情景をはっきり心にとめていた。それは一人の五十がらみの男が、顔色の悪い四つくらいの男の児と向かい合って、その朝餉の膳に向かっているありさまだった。その顔には浮世の苦労が陰鬱に刻まれていた。彼はひと言も物を言わずに箸を動かしていた。そしてその顔色の悪い子供も黙って、馴れない手つきで茶碗をかきこんでいたのである。彼はそれを見ながら、落魄した男の姿を感じた。その男の子供に対する愛を感じた。そしてその子供が幼い心にも、彼らの諦めなければならない運命のことを知っているような気がしてならなかった。部屋のなかには新聞の付録のようなものが襖の破れの上に貼ってあるのなどが見えた。
他乡下老家门前的街道旁,有一家模样穷酸、供行商投宿的旅馆,从大路上就能看见店里二楼的扶手后面,旅客赶在出门前吃早餐的模样。不知为何,当中有幕情景特别清晰地留在他心中。那是一名年约五十的男子,与一名约四岁,面有菜色的男孩迎面而坐,吃着早饭的画面。那名男子的脸阴沉地刻画了俗世的艰苦。他动着筷子,一句话也没说。那个面有菜色的男孩同样也不发一语,用不太熟练的动作扒着碗里的饭。他望着那一幕,用心感受那名落魄男子的模样,感受到男子对男孩的爱。而且他觉得,那个男孩年幼的心灵,似乎也明白他们必须接受的命运。房间里可以看到像是报纸副刊的东西贴在隔扇门的破损处。
それは彼が休暇に田舎へ帰っていたある朝の記憶であった。彼はそのとき自分が危く涙を落としそうになったのを覚えていた。そして今も彼はその記憶を心の底に蘇らせながら、眼の下の町を眺めていた。
那是他返乡休假的某个早上的记忆。他记得当时自己差点流下泪来。而现在他又从心底唤醒那个记忆,并望着眼下的小镇。
ことに彼にそういう気持を起こさせたのは、一棟の長屋の窓であった。ある窓のなかには古ぼけた蚊帳がかかっていた。その隣の窓では一人の男がぼんやり手摺から身体を乗り出していた。そのまた隣の、一番よく見える窓のなかには、箪笥などに並んで燈明の灯った仏壇が壁ぎわに立っているのであった。石田にはそれらの部屋を区切っている壁というものがはかなく悲しく見えた。もしそこに住んでいる人の誰かがこの崖上へ来てそれらの壁を眺めたら、どんなにか自分らの安んじている家庭という観念を脆くはかなく思うだろうと、そんなことが思われた。
特别让他兴起这股感怀的,是当中一栋长屋的窗户。某扇窗户里,挂着老旧的蚊帐。它隔壁的窗户,有一名男子一脸茫然地从栏杆上探出身子。而那隔壁看得最清楚的窗户里头,有点着灯的佛龛,和衣柜靠在一起,贴墙摆放。区隔这些房间的墙壁,看在石田眼里,感觉虚幻又悲戚。他心想,倘若住在里头的某人来到这座山崖,望向那些墙壁的话,应该会对自己习以为常的、安居的家庭这一观念,感到无比脆弱又虚幻吧。
一方には闇のなかにきわだって明るく照らされた一つの窓が開いていた。そのなかには一人の禿顱の老人が煙草盆を前にして客のような男と向かい合っているのが見えた。しばらくそこを見ていると、そこが階段の上り口になっているらしい部屋の隅から、日本髪に頭を結った女が飲みもののようなものを盆に載せながらあらわれて来た。するとその部屋と崖との間の空間がにわかに一揺れ揺れた。それは女の姿がその明るい電灯の光を突然遮ったためだった。女が坐って盆をすすめると客のような男がぺこぺこ頭を下げているのが見えた。
另一方面,在这片黑暗中,有一扇光线特别明亮的窗户对外敞开着。有一名童山濯濯的老翁将烟盒摆在面前,与一名像是客人的男子迎面而坐。石田朝那里凝望了一会儿后,发现从房内角落一处像是入门台阶的地方,有一个梳着日本传统发髻的女子,端着托盘走来,上头放着饮料之类的东西。这时,房间与山崖间的空间微微一阵摇晃。这是因为女子的身影突然阻挡了那明亮的灯光。女子坐下,往前递出托盘,那名像客人的男子朝她低头行礼。
石田はなにか芝居でも見ているような気でその窓を眺めていたが、彼の心には先の夜の青年の言った言葉が不知不識の間に浮かんでいた。――だんだん人の秘密を盗み見するという気持が意識されて来る。それから秘密のなかでもベッドシーンの秘密が捜したくなって来る。――
石田就像在看戏似的,望着那扇窗,但那天晚上青年说过的话,不知不觉间浮现他心头。——他逐渐意识到自己在偷窥别人秘密的这份心。接着在这样的秘密中,会想进一步探寻床上风光。
「あるいはそうかもしれない」と彼は思った。「しかし、今の自分の眼の前でそんな窓が開いていたら、自分はあの男のような欲情を感じるよりも、むしろもののあわれと言った感情をそのなかに感じるのではなかろうか」
他心想,或许真是如此。但如果那扇窗此刻真的在我眼前打开的话,我感觉到的应该不是像他那种情欲,而是触景伤情的一种感怀吧。
そして彼は崖下に見えるとその男の言ったそれらしい窓をしばらく捜したが、どこにもそんな窓はないのであった。そして彼はまたしばらくすると路を崖下の町へ歩きはじめた。
然后,他看向山崖下,找寻了一会儿那个男子所说的那扇窗,但怎么也看不到那扇窗。半晌过后,他开始朝山崖下的小镇走去。
4
「今晩も来ている」と生島は崖下の部屋から崖路の闇のなかに浮かんだ人影を眺めてそう思った。彼は幾晩もその人影を認めた。そのたびに彼はそれがカフェで話し合った青年によもやちがいがないだろうと思い、自分の心に企らんでいる空想に、そのたび戦慄を感じた。
生岛从山崖下的房间望着山崖道路的黑暗中浮现的人影,心想 “他今晚也来了”。连续好几晚他都看到了那道人影。每次他都心想,那肯定是在咖啡厅和我聊天的那位青年,然后对自己心中的幻想感到战栗。
「あれは俺の空想が立たせた人影だ。俺と同じ欲望で崖の上へ立つようになった俺の二重人格だ。俺がこうして俺の二重人格を俺の好んで立つ場所に眺めているという空想はなんという暗い魅惑だろう。俺の欲望はとうとう俺から分離した。あとはこの部屋に戦慄と恍惚があるばかりだ」
“那是我幻想出来的人影。那是双重人格中的另一个我,基于和我一样的欲望来到山崖上。站在我喜欢的场所,望着另一重人格的我,这样的幻想是多么黑暗的诱惑啊。我的欲望终于与我分离了,这个房间接下来就只剩战栗和陶醉了。”
ある晩のこと、石田はそれが幾晩目かの崖の上へ立って下の町を眺めていた。
某天晚上,石田又来到山崖上,凝望眼下的小镇,这已不知是第几个晚上。
彼の眺めていたのは一棟の産科婦人科の病院の窓であった。それは病院と言っても決して立派な建物ではなく、昼になると「妊婦預ります」という看板が屋根の上へ張り出されている粗末な洋風家屋であった。十ほどあるその窓のあるものは明るくあるものは暗く閉ざされている。漏斗型に電燈の被いが部屋のなかの明暗を区切っているような窓もあった。
他凝望的是一栋妇产科医院的窗户。虽说是医院,但绝不是什么气派的建筑,而是一栋外观简陋的欧式建筑,每到白天,屋顶上就会挂出 “接受产妇照料” 的招牌。它有约莫十扇窗,当中有的明亮,有的漆黑而且紧闭,有的窗户里头像是用了漏斗形的灯罩,区隔出房内的明暗。
石田はそのなかに一つの窓が、寝台を取り囲んで数人の人が立っている情景を解放しているのに眼が惹かれた。こんな晩に手術でもしているのだろうかと思った。しかしその人達はそれらしく動きまわる気配もなく依然として寝台のぐるりに凝立していた。
当中有一扇窗,里头有好几个人围在床铺旁,这情景吸引了石田的目光。他心想,这么晚了还在动手术吗?但这些人看起来又不像是在动手术,就只是静静站在床铺旁。
しばらく見ていた後、彼はまた眼を転じてほかの窓を眺めはじめた。洗濯屋の二階には今晩はミシンを踏んでいる男の姿が見えなかった。やはりたくさんの洗濯物が仄白く闇のなかに干されていた。たいていの窓はいつもの晩とかわらずに開いていた。カフェで会った男の言っていたような窓は相不変見えなかった。石田はやはり心のどこかでそんな窓を見たい欲望を感じていた。それはあらわなものではなかったが、彼が幾晩も来るのにはいくらかそんな気持も混じっているのだった。
看了半晌后,他移动目光,开始望向其他窗户。洗衣店的二楼,今晚没看到那名踩缝纫机的男子。只是依然有许多洗好的衣服晾在黑暗中,隐隐看得见白色的外形。大部分的窗户都和平时的晚上一样,完全敞开。先前在咖啡厅遇见的那名男子所说的窗户,还是一样没看到。石田感觉到心里有想看那扇窗的欲望。这个欲望并不明显,但他已来过好几晚,当中多少掺杂了这样的念头。
彼が何気なくある崖下に近い窓のなかを眺めたとき、彼は一つの予感でぎくっとした。そしてそれがまごうかたなく自分の秘かに欲していた情景であることを知ったとき、彼の心臓はにわかに鼓動を増した。彼はじっと見ていられないような気持でたびたび眼を外らせた。そしてそんな彼の眼がふと先ほどの病院へ向いたとき、彼はまた異様なことに眼を瞠った。それは寝台のぐるりに立ちめぐっていた先ほどの人びとの姿が、ある瞬間一度に動いたことであった。それはなにか驚愕のような身振りに見えた。すると洋服を着た一人の男が人びとに頭を下げたのが見えた。石田はそこに起こったことが一人の人間の死を意味していることを直感した。彼の心は一時に鋭い衝撃をうけた。そして彼の眼が再び崖下の窓へ帰ったとき、そこにあるものはやはり元のままの姿であったが、彼の心は再び元のようではなかった。
当他不经意地望向靠近山崖下的窗户时,有个预感令他心头一震。当他得知那确实是自己心中想看的画面时,马上心跳加速。在坐立难安的心情下,他不时移开目光。接着当他的目光望向刚才那家医院时,又一个异样的画面令他为之瞠目。刚才围在床铺旁的那群人,在某个瞬间动了一下。看起来像是感到惊愕的动作。接着他看到一名穿着西装的男子向人们低头鞠躬。石田直觉,那里发生的事,意味着某个人的死亡。他内心一时受到强烈的冲击。而当他的目光再次回归山崖下的窗户时,里头的景物仍是原本的模样,但他内心已再也无法回归原样。
それは人間のそうしたよろこびや悲しみを絶したある厳粛な感情であった。彼が感じるだろうと思っていた「もののあわれ」というような気持を超した、ある意力のある無常感であった。彼は古代の希臘の風習を心のなかに思い出していた。死者を納れる石棺のおもてへ、淫らな戯れをしている人の姿や、牝羊と交合している牧羊神を彫りつけたりした希臘人の風習を。――そして思った。
那是超越人类的喜悦或悲伤的某种严肃情感。超越他以为自己感受到的 “触景伤情” 这种感怀,是带有某种意志力的无常之感。他想起古希腊的风俗。在安放死者的石棺表面,刻上人们淫乱的行径以及与雌羊交合的牧羊神图案,此种希腊人的风俗。
「彼らは知らない。病院の窓の人びとは、崖下の窓を。崖下の窓の人びとは、病院の窓を。そして崖の上にこんな感情のあることを――」
他们都不知道。医院窗户里的人们不知道山崖下窗户里的景象。山崖下窗户里的人们不知道医院窗户里的景象。他们也都不知道山崖上的人有这样的感怀。他心想。
一九二八年七月