梶井基次郎: のんきな患者
first published:『中央公論』1932年1月1日発行1月号・新年特別号
audio:https://www.youtube.com/watch?v=aV-u8aoAysM
desc: 故事讲述了因沉重的肺结核症状而卧病在床的主人公,穿插回忆着与母亲间诙谐的对话、因同一种病症离世的人及其家属等市井平民的生活样貌。透过那些因家境贫寒、只能依靠迷信与病痛抗争的人们坚强不屈的身影,能看出作品将视野拓展至社会层面的创作倾向;与梶井此前描绘内心意象的散文诗式文体不同,这部作品展现出他向客观、正统小说转型的痕迹。作者在搁笔完成这部作品约三个月后便离世,成为了作者公开发表的最后一篇小说
一
吉田は肺が悪い。寒になって少し寒い日が来たと思ったら、すぐその翌日から高い熱を出してひどい咳になってしまった。胸の臓器を全部押し上げて出してしまおうとしているかのような咳をする。四五日経つともうすっかり痩せてしまった。咳もあまりしない。しかしこれは咳が癒ったのではなくて、咳をするための腹の筋肉がすっかり疲れ切ってしまったからで、彼らが咳をするのを肯じなくなってしまったかららしい。それにもう一つは心臓がひどく弱ってしまって、一度咳をしてそれを乱してしまうと、それを再び鎮めるまでに非常に苦しい目を見なければならない。つまり咳をしなくなったというのは、身体が衰弱してはじめてのときのような元気がなくなってしまったからで、それが証拠には今度はだんだん呼吸困難の度を増して浅薄な呼吸を数多くしなければならなくなって来た。
吉田有肺部的毛病。只要天寒的日子到来,隔天他马上就发高烧,狂咳不止。他咳嗽的模样,就像要把胸内的器官全部咳出来似的。才过四五天,整个人就瘦了一大圈。也不太咳嗽了。但这并不表示咳嗽已经痊愈,而是用来咳嗽的腹部肌肉已疲惫不堪,它们已同意他咳嗽。还有另一个原因,就是心脏极度衰弱,一旦咳嗽,乱了心脏的节奏,在恢复平静之前,得吃不少苦头。也就是说,他之所以不再咳嗽,是因为身体衰弱,已没有刚开始生病时的活力,证据就是他现在呼吸越来越困难,得时常采取急促的呼吸方式。
病勢がこんなになるまでの間、吉田はこれを人並みの流行性感冒のように思って、またしても「明朝はもう少しよくなっているかもしれない」と思ってはその期待に裏切られたり、今日こそは医者を頼もうかと思ってはむだに辛抱をしたり、いつまでもひどい息切れを冒しては便所へ通ったり、そんな本能的な受身なことばかりやっていた。そしてやっと医者を迎えた頃には、もうげっそり頬もこけてしまって、身動きもできなくなり、二三日のうちにははや褥瘡のようなものまでができかかって来るという弱り方であった。ある日はしきりに「こうっと」「こうっと」というようなことをほとんど一日言っている。かと思うと「不安や」「不安や」と弱々しい声を出して訴えることもある。そういうときはきまって夜で、どこから来るともしれない不安が吉田の弱り切った神経を堪たまらなくするのであった。
在病情恶化到这个地步之前,吉田本以为这只是一般的流行性感冒,而且总想着“也许明天早上就会好转”,结果完全辜负了他的期待。他心想,就今天请医生来看看吧,结果还是强忍着病躯,总是气喘吁吁地上厕所,做的尽是出于本能而又被动的事。好不容易请来医生时,他的面容已消瘦憔悴,才短短两三天,连褥疮都长了出来,足见他有多虚弱。一天,他几乎一整天都喃喃自语着“呃……呃……”,有时也会用虚弱的声音说“真不安啊……真不安”。像这种时候,夜里一定会有一股不知来自何处的不安,将吉田虚弱不堪的神经彻底摧毁。
吉田はこれまで一度もそんな経験をしたことがなかったので、そんなときは第一にその不安の原因に思い悩むのだった。いったいひどく心臓でも弱って来たんだろうか、それともこんな病気にはあり勝ちな、不安ほどにはないなにかの現象なんだろうか、それとも自分の過敏になった神経がなにかの苦痛をそういうふうに感じさせるんだろうか。――吉田はほとんど身動きもできない姿勢で身体を鯱硬張らせたままかろうじて胸へ呼吸を送っていた。そして今もし突如この平衡を破るものが現われたら自分はどうなるかしれないということを思っていた。だから吉田の頭には地震とか火事とか一生に一度遭うか二度遭うかというようなものまでが真剣に写っているのだった。また吉田がこの状態を続けてゆくというのには絶えない努力感の緊張が必要であって、もしその綱渡りのような努力になにか不安の影が射せばたちどころに吉田は深い苦痛に陥らざるを得ないのだった。――しかしそんなことはいくら考えても決定的な知識のない吉田にはその解決がつくはずはなかった。その原因を臆測するにもまたその正否を判断するにも結局当の自分の不安の感じに由るほかはないのだとすると、結局それは何をやっているのかわけのわからないことになるのは当然のことなのだったが、しかしそんな状態にいる吉田にはそんな諦めがつくはずはなく、いくらでもそれは苦痛を増していくことになるのだった。
吉田过去从没有过这样的经验,所以这种时候,造成他不安的原因最令他感到苦恼。是心脏的功能变衰弱了吗?还是说,这种疾病常有这种现象,没必要为此感到不安?或是他自己的神经质让他感到痛苦?——吉田以几乎无法动弹的姿势僵着身子,勉强将空气送往胸中。他心想,要是这时候突然出现某个打破此种平衡的东西,他不知道会有什么下场。所以这时吉田脑中甚至浮现出像地震或火灾这类一生中只遭遇过一两次的事件。吉田想要继续维持这种状态,需要不间断地努力,保持紧张感,倘若这种如履薄冰的努力出现一丝不安的暗影,吉田将会马上陷入痛苦的深渊中。——但是对没有这方面决定性知识的吉田来说,这种事就算他想破头,也不可能有解决办法。不论是要推测其原因,还是判断它是否正确,到头来还是只能凭借自己的不安感,如果是这样,最后当然会搞不清楚自己到底在做些什么。不过,让处在这种状态下的吉田就此放弃是不可能的,因此他只会一味地让自己更加痛苦。
第二に吉田を苦しめるのはこの不安には手段があると思うことだった。それは人に医者へ行ってもらうことと誰かに寝ずの番についていてもらうことだった。しかし吉田は誰もみな一日の仕事をすましてそろそろ寝ようとする今頃になって、半里もある田舎道を医者へ行って来てくれとか、六十も越してしまった母親に寝ずについていてくれとか言うことは言い出しにくかった。またそれを思い切って頼む段になると、吉田は今のこの自分の状態をどうしてわかりの悪い母親にわからしていいか、――それよりも自分がかろうじてそれを言うことができても、じっくりとした母親の平常の態度でそれを考えられたり、またその使いを頼まれた人間がその使いを行き渋ったりするときのことを考えると、実際それは吉田にとって泰山を動かすような空想になってしまうのだった。しかし何故不安になって来るか――もう一つ精密に言うと――何故不安が不安になって来るかというと、これからだんだん人が寝てしまって医者へ行ってもらうということもほんとうにできなくなるということや、そして母親も寝てしまってあとはただ自分一人が荒涼とした夜の時間のなかへ取り残されるということや、そしてもしその時間の真中でこのえたいの知れない不安の内容が実現するようなことがあればもはや自分はどうすることもできないではないかというようなことを考えるからで――だからこれは目をつぶって「辛抱するか、頼むか」ということを決める以外それ自身のなかにはなんら解決の手段も含んでいない事柄なのであるが、たとえ吉田は漠然とそれを感じることができても、身体も心も抜き差しのならない自分の状態であってみればなおのことその迷妄を捨て切ってしまうこともできず、その結果はあがきのとれない苦痛がますます増大してゆく一方となり、そのはてにはもうその苦しさだけにも堪え切れなくなって、「こんなに苦しむくらいならいっそのこと言ってしまおう」と最後の決心をするようになるのだが、そのときはもう何故か手も足も出なくなったような感じで、その傍に坐っている自分の母親がいかにも歯痒いのんきな存在に見え、「こことそこだのに何故これを相手にわからすことができないのだろう」と胸のなかの苦痛をそのまま掴み出して相手に叩きつけたいような癇癪が吉田には起こって来るのだった。
再者,折磨吉田的,是他认为有方法可以对付这份不安。所谓的方法,就是派人去请医生来诊治,以及请人不睡觉地守在他身边。但现在这个时间,每个人忙完一天的工作,都准备要上床就寝了,要开口请人走上两公里的乡间小路去请医生来,或叫自己已年过六十的母亲不眠不休地陪在身旁,吉田实在开不了口。而等到他终于下定决心开口请托时,吉田又不知道该如何让理解力欠佳的母亲明白他目前的状况——就算他能勉强说出口,但想到母亲以平时那不慌不忙的态度来看待此事,或是拜托去请医生的人摆出很不情愿去的神情,这对吉田来说,就像要搬动泰山一样,根本就是空想。但为什么会愈发不安呢?——说得更明白一点——为什么不安会逐渐形成不安呢?这是因为他心想,接下来人们逐渐都睡了,要请人去找医生来,真的开不了口,而连母亲也就寝后,就只剩自己一个人被留在荒凉的黑夜时分,要是在这段时间当中,那来路不明的不安真的变成现实,他不就只能束手无策吗?——所以眼前的情况,他只能闭上眼睛决定“是要忍耐,还是开口拜托”,除此之外,他根本没任何解决办法。但就算吉田隐约有这种感觉,处在身心都进退两难的状态下,他更加无法舍却这样的迷惘,结果就只能让那无力改变的痛苦愈来愈严重。最后他再也承受不了痛苦,下定决心“既然这么痛苦,那就干脆说了吧”,但这时不知为何,他有一种束手无策的感觉,而坐在身旁的母亲,看起来令他又急又气,他心想:“明明就坐得这么近,为什么就是不能让对方明白心里的想法呢?”他怒火上涌,很想一把抓起心里的痛苦,向对方砸去。
しかし結局はそれも「不安や」「不安や」という弱々しい未練いっぱいの訴えとなって終わってしまうほかないので、それも考えてみれば未練とは言ってもやはり夜中なにか起こったときには相手をはっと気づかせることの役には立つという切羽つまった下心もは入っているにはちがいなく、そうすることによってやっと自分一人が寝られないで取り残される夜の退引きならない辛抱をすることになるのだった。
但到头来,这最后还是化为一句句不死心的柔弱倾诉,以不断说着“真不安啊”而告终。仔细想想,虽然说这是不死心,但这当中肯定也暗藏了他的其他居心,倘若半夜出了什么状况时,这有助于引起别人的注意。借由这么做,他才得以忍受只有他一人无法成眠的夜晚。
吉田は何度「己が気持よく寝られさえすれば」と思ったことかしれなかった。こんな不安も吉田がその夜を睡むる当てさえあればなんの苦痛でもないので、苦しいのはただ自分が昼にも夜にも睡眠ということを勘定に入れることができないということだった。吉田は胸のなかがどうにかして和らんで来るまでは否でも応でもいつも身体を鯱硬張らして夜昼を押し通していなければならなかった。そして睡眠は時雨空の薄日のように、その上を時どきやって来ては消えてゆくほとんど自分とは没交渉1なものだった。吉田はいくら一日の看護に疲れても寝るときが来ればいつでもすやすやと寝ていく母親がいかにも楽しそうにもまた薄情にも見え、しかし結局これが己の今やらなければならないことなんだと思い諦めてまたその努力を続けてゆくほかなかった。
“要是我能舒服地入睡就好了。”吉田已不知这样想过多少次。这样的夜晚,吉田若能以睡觉来解决,他的不安也就不会带来任何痛苦,所以他之所以会感到痛苦,就只是因为他不管白天还是夜晚都无法判断自己什么时候有睡意。吉田在胸口的痛苦症状逐渐缓和前,就算他再不情愿,也得一直处在全身僵硬的状态下。而他的睡眠就像阵雨时的微弱阳光般,不时来到头顶,然后又逐渐消失,几乎和他没任何瓜葛。母亲一整天都在照顾他,相当疲惫,因此睡觉的时刻到来,她总是睡得香甜,看在吉田眼里,觉得母亲很快乐,也很无情。但他就此看开,认为这就是自己现在非做不可的事,除了做强迫自己入睡的努力外,别无他法。
そんなある晩のことだった。吉田の病室へ突然猫が這入って来た。その猫は平常吉田の寝床へ這入って寝るという習慣があるので吉田がこんなになってからは喧ましく言って病室へは入れない工夫をしていたのであるが、その猫がどこから這入って来たのかふいにニャアといういつもの鳴声とともに部屋へ這入って来たときには吉田は一時に不安と憤懣の念に襲われざるを得なかった。吉田は隣室に寝ている母親を呼ぶことを考えたが、母親はやはり流行性感冒のようなものにかかって二三日前から寝ているのだった。そのことについては吉田は自分のことも考え、また母親のことも考えて看護婦を呼ぶことを提議したのだったが、母親は「自分さえ辛抱すればやっていける」という吉田にとっては非常に苦痛な考えを固執していてそれを取り上げなかった。そしてこんな場合になっては吉田はやはり一匹の猫ぐらいでその母親を起こすということはできがたい気がするのだった。吉田はまた猫のことには「こんなことがあるかもしれないと思ってあんなにも神経質に言ってあるのに」と思って自分が神経質になることによって払った苦痛の犠牲が手応えもなくすっぽかされてしまったことに憤懣を感じないではいられなかった。しかし今自分は癇癪を立てることによって少しの得もすることはないと思うと、そのわけのわからない猫をあまり身動きもできない状態で立ち去らせることのいかにまた根気のいる仕事であるかを思わざるを得なかった。
某天夜里发生了这么一件事。突然有只猫跑进吉田的病房。那只猫平常就习惯爬上吉田的床睡觉,但自从吉田变成这样后,就嫌它吵,想办法不让它进病房来。那只猫也不知道是从哪儿进来的,突然像平常一样喵喵叫着跑进屋里,这令吉田感到满腔的不安和愤懑。吉田想喊睡在隔壁房间的母亲,但母亲也染上了流行性感冒,两三天前就躺着休息了。对于这件事,吉田考虑到自己和母亲的情况,提议请一位护士来看顾,母亲却说“只要忍一忍就行了”,这想法对吉田来说是很痛苦的,母亲却相当坚持,不接纳他的意见。而这种状况下,吉田觉得自己实在无法只为了一只猫而将母亲叫醒。对于猫的事,吉田心想“我就是想到有可能会发生这种事,才会那么神经质地出言提醒”,他变得神经质而付出痛苦的牺牲,最后却没人理会,这令他愤愤不平。但现在他就算发火,也得不到任何好处,想到这点,他不禁觉得,自己要在不太能动的状态下,让那只莫名其妙闯入的猫离开,是需要多大耐性的一项任务啊。
猫は吉田の枕のところへやって来るといつものように夜着の襟元から寝床のなかへもぐり込もうとした。吉田は猫の鼻が冷たくてその毛皮が戸外の霜で濡れているのをその頬で感じた。すなわち吉田は首を動かしてその夜着の隙間を塞いだ。すると猫は大胆にも枕の上へあがって来てまた別の隙間へ遮二無二首を突っ込もうとした。吉田はそろそろあげて来てあった片手でその鼻先を押しかえした。このようにして懲罰ということ以外に何もしらない動物を、極度に感情を押し殺したわずかの身体の運動で立ち去らせるということは、わけのわからないその相手をほとんど懐疑に陥れることによって諦めさすというような切羽つまった方法を意味していた。しかしそれがやっとのことで成功したと思うと、方向を変えた猫は今度はのそのそと吉田の寝床の上へあがってそこで丸くなって毛を舐めはじめた。そこへ行けばもう吉田にはどうすることもできない場所である。薄氷を踏むような吉田の呼吸がにわかにずしりと重くなった。吉田はいよいよ母親を起こそうかどうしようかということで抑えていた癇癪を昂ぶらせはじめた。吉田にとってはそれを辛抱することはできなくないことかもしれなかった。しかしその辛抱をしている間はたとえ寝たか寝ないかわからないような睡眠ではあったが、その可能性が全然なくなってしまうことを考えなければならなかった。そしてそれをいつまで持ち耐えなければならないかということはまったく猫次第であり、いつ起きるかしれない母親次第だと思うと、どうしてもそんな馬鹿馬鹿しい辛抱はしきれない気がするのだった。しかし母親を起こすことを考えると、こんな感情を抑えておそらく何度も呼ばなければならないだろうという気持だけでも吉田はまったく大儀な気になってしまうのだった。――しばらくして吉田はこの間から自分で起こしたことのなかった身体をじりじり起こしはじめた。そして床の上へやっと起きかえったかと思うと、寝床の上に丸くなって寝ている猫をむんずと掴まえた。吉田の身体はそれだけの運動でもう浪のように不安が揺れはじめた。しかし吉田はもうどうすることもできないので、いきなりそれをそれの這入って来た部屋の隅へ「二度と手間のかからないように」叩きつけた。そして自分は寝床の上であぐらをかいてそのあとの恐ろしい呼吸困難に身を委せたのだった。
猫来到吉田枕边后,像平时一样,想从他棉睡衣的衣领旁钻进被窝里。吉田的脸颊感觉到那只猫冰冷的鼻头,它的毛皮因户外的冰霜而濡湿。吉田动了动脖子,将棉睡衣的缝隙堵住。结果那只猫大胆地爬到枕头上来,死命地朝其他缝隙里钻。吉田这才缓缓抬起单手,将猫的鼻头推开了。他以极度压抑情感的些微动作,让这只除了惩罚外,什么也不懂的动物离开,这是让这只莫名其妙的动物陷入纳闷,借此让它放弃的一种方法。吉田被逼急了,不得不这么做。不过,正当他觉得自己好不容易成功了时,那只猫改变了朝向,接着慢吞吞地爬到吉田的床上,在那里缩起身子,开始舔起毛来。这么一来,吉田就完全拿它没辙了。如履薄冰的吉田,呼吸顿时变得沉重起来。他犹豫着该不该叫醒母亲,原本压抑的怒火开始变得激昂。对吉田而言,这或许也不是什么无法容忍的事。但在他容忍的这段时间,虽然是处在分不清究竟是睡是醒的睡眠状态下,但他必须考虑到完全无法入睡的可能性。而这得忍受多久,得依那只猫而定,也得依不知道什么时候才会醒的母亲而定,想到这点,他无论如何也无法再继续傻忍下去。但想到要叫醒母亲,就得压抑这种情感,可能还得一再地叫她才行,光是有这样的念头,就已经令吉田大感费事。——过了一会儿,吉田开始缓缓撑起已有好一阵子没自己起身的身躯。好不容易在床上坐好,接着他一把抓住窝在床上睡觉的那只猫。光是做出这样的动作,吉田的身体就已经像起浪一样,不安地开始摇晃。但吉田已无计可施,于是他突然把那只猫丢向它爬进来的房间角落,心想“希望别再为它浪费精力了”。接着他在床上盘腿坐好,承受那可怕的呼吸困难来袭。
二
しかし吉田のそんな苦しみもだんだん耐えがたいようなものではなくなって来た。吉田は自分にやっと睡眠らしい睡眠ができるようになり、「今度はだいぶんひどい目に会った」ということを思うことができるようになると、やっと苦しかった二週間ほどのことが頭へのぼって来た。それは思想もなにもないただ荒々しい岩石の重畳する風景だった。しかしそのなかでも最もひどかった咳の苦しみの最中に、いつも自分の頭へ浮かちょうじょうんで来るわけのわからない言葉があったことを吉田は思い出した。それは「ヒルカニヤの虎」という言葉だった。それは咳の喉を鳴らす音とも連関があり、それを吉田が観念するのは「俺はヒルカニヤの虎だぞ」というようなことを念じるからなのだったが、いったいその「ヒルカニヤの虎」というものがどんなものであったか吉田はいつも咳のすんだあと妙な気持がするのだった。吉田は何かきっとそれは自分の寐つく前に読んだ小説かなにかのなかにあったことにちがいないと思うのだったがそれが思い出せなかった。また吉田は「自己の残像」というようなものがあるものなんだなというようなことを思ったりした。それは吉田がもうすっかり咳をするのに疲れてしまって頭を枕へ凭らせていると、それでもやはり小さい咳が出て来る、しかし吉田はもうそんなものにいちいち頸を固くして応じてはいられないと思ってそれを出るままにさせておくと、どうしてもやはり頭はそのたびに動かざるを得ない。するとその「自己の残像」というものがいくつもできるのである。
吉田的痛苦终于不再那么难以忍受。他终于能有比较像样的睡眠,并且有余力心想“这次真是吃尽了苦头呢”,这时,过去痛苦的两个星期所发生的种种,这才一一浮现脑中。那根本称不上是思想,而是粗犷的岩石重叠而成的风景。但他想起自己在咳得很严重,并深深为此所苦的时候,总有一句莫名其妙的话语浮现脑中。那句话是“希尔加尼亚之虎”。这与咳嗽时喉咙发出的声响有关联,而吉田之所以会有这个想法,是因为他一直在心中默念“我是希尔加尼亚虎”,但“希尔加尼亚虎”到底是什么呢?吉田总是咳完后感到纳闷。吉田心想,那一定是他在睡前看的小说里出现的文字,但他想不起来是出自哪里。吉田另外还想到,有所谓的“自我残影”这种东西。当吉田咳得精疲力竭,头靠向枕头时,还是会微微轻咳,但吉田已没力气让脖子用力,去应付这些轻微的咳嗽,于是任凭自己咳嗽,如此一来,每次咳嗽,头部就非得随之震动不可。这样便可形成许多“自我残影”。
しかしそんなこともみな苦しかった二週間ほどの間の思い出であった。同じ寐られない晩にしても吉田の心にはもうなにかの快楽を求めるような気持の感じられるような晩もあった。
不过,这全都是那痛苦的两个星期间发生的回忆。尽管一样是无法成眠的夜,但有些夜晚,吉田能感受到追求快乐的心情。
ある晩は吉田は煙草を眺めていた。床の脇にある火鉢の裾に刻煙草2の袋と煙管とが見えている。それは見えているというよりも、吉田が無理をして見ているので、それを見ているということがなんとも言えない楽しい気持を自分に起こさせていることを吉田は感じていた。そして吉田の寐られないのはその気持のためで、言わばそれはやや楽しすぎる気持なのだった。そして吉田は自分の頬がそのために少しずつ火照ったようになって来ているということさえ知っていた。しかし吉田は決してほかを向いて寐ようという気はしなかった。そうするとせっかく自分の感じている春の夜のような気持が一時に病気病気した冬のような気持になってしまうのだった。しかし寐られないということも吉田にとっては苦痛であった。吉田はいつか不眠症ということについて、それの原因は結局患者が眠ることを欲しないのだという学説があることを人に聞かされていた。吉田はその話を聞いてから自分の睡むれないときには何か自分に睡むるのを欲しない気持がありはしないかと思って一夜それを検査してみるのだったが、今自分が寐られないということについては検査してみるまでもなく吉田にはそれがわかっていた。しかし自分がその隠れた欲望を実行に移すかどうかという段になると吉田は一も二もなく否定せざるを得ないのだった。煙草を喫うも喫わないも、その道具の手の届くところへ行きつくだけでも、自分の今のこの春の夜のような気持は一時に吹き消されてしまわなければならないということは吉田も知っていた。そしてもしそれを一服喫ったとする場合、この何日間か知らなかったどんな恐ろしい咳の苦しみが襲って来るかということも吉田はたいがい察していた。そして何よりもまず、少し自分がその人のせいで苦しい目をしたというような場合すぐに癇癪を立てておこりつける母親の寐ている隙に、それもその人の忘れて行った煙草を――と思うとやはり吉田は一も二もなくその欲望を否定せざるを得なかった。だから吉田は決してその欲望をあらわには意識しようとは思わない。そしていつまでもその方を眺めては寝られない春の夜のような心のときめきを感じているのだった。
某天晚上,吉田望着香烟。在床边的火盆旁,看得到烟草袋和烟管。与其说看得到,不如说是吉田刻意细看,所以望着它们,让他兴起一种难以言喻的快乐。而吉田之所以睡不着,是因为心情的缘故,说起来,这是高兴过头的一种心情。吉田甚至明白,自己的脸颊因为开心而微微发烫。但吉田完全不会有朝其他方向睡觉的念头。因为这么一来,自己好不容易才感觉到像春夜般的心情,又会变成像生病般的寒冬心情。不过,无法入眠对吉田来说,是件痛苦的事。关于失眠,吉田曾听人提到某个学说称,其原因出在患者本身不想睡。吉田听了这种说法后,当他睡不着时,便会心想,该不会就是因为内心不想睡吧?于是他一整晚都在检测,不过就算没针对自己的失眠做检测,他自己也心知肚明。然而,当来到自己是否要将隐藏的欲望付诸实际的阶段时,吉田又非得加以否定不可。不管要不要抽烟,光是来到伸手就能拿到抽烟用具的距离时,他此刻宛如春夜般的心情肯定就会暂时被吹跑,这点他也很清楚。如果他抽起了烟,接下来这几天不知道会有多可怕的咳嗽痛苦向他袭来,吉田自己也大致猜得出来。而最重要的是,他若因为那个人的关系而尝到苦头,母亲马上就会大发雷霆,这时如果趁母亲入睡,抽起那个人忘在这里的香烟——想到这点,吉田不得不马上否定这样的欲望。所以吉田绝不想意识到自己的这项欲望。而他一直望着那个方向,感觉到内心的雀跃,就像那难以成眠的春夜一样。
ある日は吉田はまた鏡を持って来させてそれに枯れ枯れとした真冬の庭の風景を反射させては眺めたりした。そんな吉田にはいつも南天の赤い実が眼の覚めるような刺戟で眼についた。また鏡で反射させた風景へ望遠鏡を持って行って、望遠鏡の効果があるものかどうかということを、吉田はだいぶんながい間寝床のなかで考えたりした。大丈夫だと吉田は思ったので、望遠鏡を持って来させて鏡を重ねて覗いて見るとやはり大丈夫だった。
某天,吉田要人拿镜子来,让寒冬时庭院的枯黄景致反射在镜子中来欣赏。南天竹的鲜红果实,总是以醒目的刺激感映入吉田眼中。他有很长一段时间躺在床上思考,要是用望远镜看镜子反射出的风景,不知道望远镜是否还能发挥功效。吉田认为应该没问题,于是他叫人拿望远镜来,与镜子叠在一起看,果然没问题。
ある日は庭の隅に接した村の大きな櫟の木へたくさん渡り鳥がやって来ている声がした。
有一天,村里一棵与庭院角落相连的大麻栎树上,来了许多候鸟,不时传出鸟叫声。
「あれはいったい何やろ」
“那到底是什么?”
吉田の母親はそれを見つけて硝子障子のところへ出て行きながら、そんな独り言のような吉田に聞かすようなことを言うのだったが、癇癪を起こすのに慣れ続けた吉田は、「勝手にしろ」というような気持でわざと黙り続けているのだった。しかし吉田がそう思って黙っているというのは吉田にしてみればいい方で、もしこれが気持のよくないときだったら自分のその沈黙が苦しくなって、(いったいそんなことを聞くような聞かないようなことを言って自分がそれを眺めることができると思っているのか)というようなことから始まって、母親が自分のそんな意志を否定すれば、(いくらそんなことを言ってもぼんやり自分がそう思って言ったということに自分が気がつかないだけの話で、いつもそんなぼんやりしたことを言ったりしたりするから無理にでも自分が鏡と望遠鏡とを持ってそれを眺めなければならないような義務を感じたりして苦しくなるのじゃないか)というふうに母親を攻めたてていくのだったが、吉田は自分の気持がそういう朝でさっぱりしているので、黙ってその声をきいていることができるのだった。すると母親は吉田がそんなことを考えているということには気がつかずにまたこんなことを言うのだった。
吉田的母亲发现后,从玻璃纸拉门走出查看,像在自言自语般,故意说给吉田听,不过已习惯生气的吉田,怀着“随你便吧”的心情,故意不说话。吉田怀着这样的心思保持沉默,就他来说,这样还算好的,如果是在他心情不好的时候,他的沉默就会变得很难受,他会顶撞一句:“你似问非问地说那样的话,以为我看得到吗?”要是母亲说自己没那个意思,他就会向母亲责备道:“不管你再怎么说,都是你自己有这种心不在焉的想法,并且说了出口,只是你自己没发觉罢了,因为你总是说这种心不在焉的话,所以我才觉得自己有义务,不管怎样都得用镜子和望远镜来瞧个仔细,这样不是更痛苦吗?”不过,今天早上吉田觉得心情爽朗,所以就只是听母亲说,没有回应。这时,母亲没发现吉田正在想这件事,她又接着说道:
「なんやらヒヨヒヨした鳥やわ」
“好像是很娇弱的鸟呢。”
「そんなら鵯ですやろうかい」
“如果是这样,应该是栗耳鹎吧。”
吉田は母親がそれを鵯に極めたがってそんな形容詞を使うのだということがたいていわかるような気がするのでそんな返事をしたのだったが、しばらくすると母親はまた吉田がそんなことを思っているとは気がつかずに、
吉田觉得自己隐约明白,母亲是想说栗耳鹎,这才用那样的形容词,所以他才如此回应,但过了一会儿,母亲还是没发现吉田的心思,继续说道:
「なんやら毛がムクムクしているわ」
“感觉圆滚滚的。”
吉田はもう癇癪を起こすよりも母親の思っていることがいかにも滑稽になって来たので、
吉田没生气,反倒开始觉得母亲的想法无比滑稽。
「そんなら椋鳥ですやろうかい」
“如果是那样,应该是灰椋鸟吧。”
と言って独りで笑いたくなって来るのだった。
他如此说道,很想暗自偷笑。
そんなある日吉田は大阪でラジオ屋の店を開いている末の弟の見舞いをうけた。
某天,在大阪经营一家收音机店的幺弟前来探望吉田。
その弟のいる家というのはその何か月か前まで吉田や吉田の母や弟やの一緒に住んでいた家であった。そしてそれはその五六年も前吉田の父がその学校へ行かない吉田の末の弟に何か手に合った商売をさせるために、そして自分達もその息子を仕上げながら老後の生活をしていくために買った小間物店で、吉田の弟はその店の半分を自分の商売にするつもりのラジオ屋に造り変え、小間物屋の方は吉田の母親が見ながらずっと暮らして来たのであった。それは大阪の市が南へ南へ伸びて行こうとして十何年か前までは草深い田舎であった土地をどんどん住宅や学校、病院などの地帯にしてしまい、その間へはまた多くはそこの地元の百姓であった地主たちの建てた小さな長屋がたくさんできて、野原の名残りが年ごとにその影を消していきつつあるというふうの町なのであった。吉田の弟の店のあるところはその間でも比較的早くからできていた通り筋で両側はそんな町らしい、いろんなものを商う店が立ち並んでいた。
说到这个弟弟,几个月前,吉田和母亲、弟弟仍一起同住。五六年前,吉田的父亲为了让这位不肯上学的弟弟从事适合他的生意,同时也打算一边调教儿子,一边安排自己的老年生活,因而买下一间饰品店。吉田的弟弟想用一半的店面做自己的生意,将它改建成收音机店,至于饰品店,则一直是由母亲顾店。大阪市不断往南扩张,十多年前仍是杂草丛生的乡下土地,后来陆续辟建成住宅区、学校、医院等,当中有许多原本是当地农民的地主所建造的小型长屋,年复一年,原野的样貌逐渐消失,成就现今的小镇。弟弟的店面位于当地很早就建设起来的街道上,街道两侧店家林立,从事各种买卖,很像这种市镇会有的样貌。
吉田は東京から病気が悪くなってその家へ帰って来たのが二年あまり前であった。吉田の帰って来た翌年吉田の父はその家で死んで、しばらくして吉田の弟も兵隊に行っていたのから帰って来ていよいよ落ち着いて商売をやっていくことになり嫁をもらった。そしてそれを機会にひとまず吉田も吉田の母も弟も、それまで外で家を持っていた吉田の兄の家の世話になることになり、その兄がそれまで住んでいた町から少し離れた田舎に、病人を住ますに都合のいい離れ家3のあるいい家が見つかったのでそこへ引っ越したのがまだ三ヶ月ほど前であった。
吉田因病情恶化,两年前从东京回到老家。吉田回来的隔年,父亲在家中过世。过了一阵子,弟弟也退伍归来,稳定下来后便开始做生意,接着还娶了媳妇。趁这个机会,吉田、母亲及弟弟,便搬到吉田的哥哥在外的住家与他们同住。这位哥哥找到一栋好房子,还附一间别屋,适合病人静养,于是,在三个月前他们从原本住的小镇搬往稍远一点的乡下。
吉田の弟は病室で母親を相手にしばらく当り触りのない自分の家の話などをしていたがやがて帰って行った。しばらくしてそれを送って行った母が部屋へ帰って来て、またしばらくしてのあとで、母は突然、
吉田的弟弟在病房和母亲谈些无关紧要的家中琐事,待没多久就走了。过了一会儿,前去送行的母亲返回房内,半晌,母亲突然开口对吉田说:
「あの荒物屋の娘が死んだと」と言って吉田に話しかけた。
“听说那家杂货店的女儿过世了。”
「ふうむ」
“嗯……”
吉田はそう言ったなり弟がその話をこの部屋ではしないで送って行った母と母屋の方でしたということを考えていたが、やはり弟の眼にはこの自分がそんな話もできない病人に見えたかと思うと、「そうかなあ」というふうにも考えて、
吉田应完话,开始思考弟弟为什么不在这个房间里谈那件事,却在母亲为他送行时,在主屋告诉母亲,看来,在弟弟眼里,他只是个病人,连这种事都没必要告诉他,一想到这里,他不禁浮现“真是这样吗”的想法,并开口道:
「なんであれもそんな話をあっちの部屋でしたりするんですやろなあ」というふうなことを言っていたが、
“为什么连这种事也要到其他房间才说?”
「そりゃおまえがびっくりすると思うてさ」
“因为他觉得,你听了之后会吓一大跳。”
そう言いながら母は自分がそれを言ったことは別に意に介してないらしいので吉田はすぐにも「それじゃあんたは?」と聞きかえしたくなるのだったが、今はそんなことを言う気にもならず吉田はじっとその娘の死んだということを考えていた。
母亲如此说道,似乎并没有特别在意自己说的话,于是吉田很想马上反问一句:“那你吓到了吗?”但他现在不想谈这种事,就只是静静想着那女孩过世的事。
吉田は以前からその娘が肺が悪くて寝ているということは聞いて知っていた。その荒物屋というのは吉田の弟の家から辻を一つ越した二三軒先のくすんだ感じの店だった。吉田はその店にそんな娘が坐っていたことはいくら言われても思い出せなかったが、その家のお婆さんというのはいつも近所へ出歩いているのでよく見て知っていた。吉田はそのお婆さんからはいつも少し人の好過ぎるやや腹立たしい印象をうけていたのであるが、それはそのお婆さんがまたしても変な笑い顔をしながら近所のおかみさんたちとお喋りをしに出て行っては、弄りものにされている――そんな場面をたびたび見たからだった。しかしそれは吉田の思い過ぎで、それはそのお婆さんが聾で人に手真似をしてもらわないと話が通じず、しかも自分は鼻のつぶれた声で物を言うのでいっそう人に軽蔑的な印象を与えるからで、それは多少人びとには軽蔑されてはいても、おもしろ半分にでも手真似で話してくれる人があり、鼻のつぶれた声でもその話を聞いてくれる人があってこそ、そのお婆さんも何の気兼もなしに近所仲間の仲間入りができるので、それが飾りもなにもないこうした町の生活の真実なんだということはいろいろなことを知ってみてはじめて吉田にも会得のゆくことなのだった。
吉田以前就听说那女孩患有肺病,常年卧病在床。说到那家杂货店,从吉田弟弟家走过一处十字路口,再过两三家店就到了,是一家不太起眼的店。那女孩坐在店里的模样,吉田怎么也想不起来,不过他们家的老太太常到左邻右舍串门子,常见到面,所以吉田认得她。吉田对那位老太太的印象,是觉得她有点和善过了头,到令人生气的地步。这位老太太脸上总是挂着奇怪的笑容,和附近的太太们聊天,被当作嘲弄的对象——这种场面,吉田时常会目睹。不过这是吉田自己想多了,这位老太太耳聋,如果对方不比画动作,她就无法和人沟通,而且她自己说话时有浓重的鼻音,所以更容易给人一种受鄙视的印象,虽然多少确实会受人鄙视,但有人是觉得有趣才半开玩笑地用比画动作的方式和她沟通,尽管她说话鼻音浓重,但至少还有人肯听她说,所以这位老太太才得以毫无顾忌地融入左邻右舍,这才是市镇生活毫无掩饰的真实样貌,吉田也是在得知许多事之后,才逐渐晓悟个中道理。
そんなふうではじめ吉田にはその娘のことよりもお婆さんのことがその荒物屋についての知識を占めていたのであるが、だんだんその娘のことが自分のことにも関聯して注意されて来たのはだいぶんその娘の容態も悪くなって来てからであった。近所の人の話ではその荒物屋の親爺さんというのが非常に吝嗇で、その娘を医者にもかけてやらなければ薬も買ってやらないということであった。そしてただその娘の母親であるさっきのお婆さんだけがその娘の世話をしていて、娘は二階の一と間に寝たきり、その親爺さんも息子もそしてまだ来て間のないその息子の嫁も誰もその病人には寄りつかないようにしているということを言っていた。そして吉田はあるときその娘が毎日食後に目高を五匹宛嚥んでいるという話をきいたときは「どうしてまたそんなものを」という気持がしてにわかにその娘を心にとめるようになったのだが、しかしそれは吉田にとってまだまだ遠い他人事の気持なのであった。
一开始,吉田对那家杂货店的了解,主要是关于那位老太太,而不是那个女孩,但自从那女孩的病情逐渐恶化,他才发现女孩的情况与他类似,因而开始关注。听附近的人们说,她经营杂货店的父亲非常吝啬,既不请医生替女儿看病,也不买药给她吃。就只有那女孩的母亲,也就是刚才提到的那位老太太照顾她,女儿终日躺在二楼的房间里,而那位父亲、儿子以及娶进门不久的儿媳妇,没人肯靠近那个病人。某天,吉田听说那女孩每天饭后都得吃五条青鳉鱼,心想“她为什么要吃那种东西”,然后开始留意起那女孩。不过对吉田来说,那仍是别人家的事,和他八竿子打不着。
ところがその後しばらくしてそこの嫁が吉田の家へ掛取りに来たとき、家の者と話をしているのを吉田がこちらの部屋のなかで聞いていると、その目高を嚥むようになってから病人が工合がいいと言っているということや、親爺さんが十日に一度ぐらいそれを野原の方へ取りに行くという話などをしてから最後に、「うちの網はいつでも空いてますよって、お家の病人さんにもちっと取って来て飲ましてあげはったらどうです」
但在那之后不久,那家的儿媳妇到吉田家收账时,吉田在自己房里听她与家人的交谈,从中得知那女孩在开始吃青鳉鱼后,病情好转许多,那媳妇还说她公公平均每十天就会到野外抓鱼,最后还补上一句。 “我家的渔网常常闲着,你们要不要也去抓一些回来给家里的病患吃?”
というような話になって来たので吉田は一時に狼狽してしまった。吉田は何よりも自分の病気がそんなにも大っぴらに話されるほど人々に知られているのかと思うと今更のように驚かないではいられないのだったが、しかし考えてみれば勿論それは無理のない話で、今更それに驚くというのはやはり自分が平常自分について虫のいい想像をしているんだということを吉田は思い知らなければならなかったのだった。だが吉田にとってまだ生々しかったのはその目高を自分にも飲ましたらと言われたことだった。あとでそれを家の者が笑って話したとき、吉田は家の者にもやはりそんな気があるのじゃないかと思って、もうちょっとその魚を大きくしてやる必要があると言って悪まれ口を叩いたのだが、吉田はそんなものを飲みながらだんだん死期に近づいてゆく娘のことを想像すると堪らないような憂鬱な気持になるのだった。そしてその娘のことについてはそれきりで吉田はこちらの田舎の住居の方へ来てしまったのだったが、それからしばらくして吉田の母が弟の家へ行って来たときの話に、吉田は突然その娘の母親が死んでしまったことを聞いた。それはそのお婆さんがある日上がり框4から座敷の長火鉢の方へあがって行きかけたまま脳溢血かなにかで死んでしまったというので非常にあっけない話であったが、吉田の母親はあのお婆さんに死なれてはあの娘も一遍に気を落としてしまっただろうとそのことばかりを心配した。そしてそのお婆さんが平常あんなに見えていても、その娘を親爺さんには内証で市民病院へ連れて行ったり、また娘が寝たきりになってからは単に薬をもらいに行ってやったりしたことがあるということを、あるときそのお婆さんが愚痴話に吉田の母親をつかまえて話したことがあると言って、やはり母親は母親だということを言うのだった。吉田はその話には非常にしみじみとしたものを感じて平常のお婆さんに対する考えもすっかり変わってしまったのであるが、吉田の母親はまた近所の人の話だと言って、そのお婆さんの死んだあとは例の親爺さんがお婆さんに代わって娘の面倒をみてやっていること、それがどんな工合にいっているのか知らないが、その親爺さんが近所へ来ての話に「死んだ婆さんは何一つ役に立たん婆さんやったが、ようまああの二階のあがり下りを一日に三十何遍もやったもんやと思うてそれだけは感心する」と言っていたということを吉田に話して聞かせたのだった。
因为谈到这样的内容,吉田一时慌了起来。原来自己生病的事竟然已广为人知,甚至到这样大剌剌拿来讨论的地步,他大感震惊。但仔细想想,这也难怪,他现在才感到惊讶,表示他平时把自己的事想得太美好了,吉田这才深切明白这点。不过,令吉田感到印象深刻的是,那位媳妇竟然建议他吃青鳉鱼。事后家人笑着谈论这件事情时,吉田心想,家人该不会也有这个意思吧,所以他刻意很毒舌地说道“让鱼再长大一些吧”。但吉田想象那女孩吃着鱼,一步步朝死亡逼近的模样,便感到心情郁闷,难以承受。后来就再也没谈到那女孩的事,吉田也搬到了这处乡下村庄居住。没过多久,吉田的母亲去了弟弟家一趟,回来时提到那女儿的母亲突然过世的事。那位老太太某天从入门台阶朝客厅的长火盆走去时,可能是脑溢血发作,就这么一命呜呼了,这实在是非常不好的事,不过吉田的母亲还提到,那位老太太死了,那女孩想必情绪很低落,她对此相当担心。别看平常那位老太太那样,她可是会瞒着丈夫,偷偷带女儿去市民医院看病,自从女儿卧病在床,还会偷偷去帮她买药,这些都是某天老太太拦住吉田的母亲发牢骚时,自己说出来的事。吉田的母亲感叹,果然是天下父母心啊。吉田对这番话深有所感,平常对那位老太太的看法也就此完全改观,母亲又提到左邻右舍说的话,说那位老太太死后,那名父亲代替她,亲自照顾女儿,虽然不知道具体是怎样的情况,但那位父亲向邻居们说了这样一番话:“我那已故的老婆子,虽然是个没用的女人,但每天在一楼和二楼之间上上下下三十几趟,真亏她办得到,这一点实在不得不佩服她。”
そしてそこまでが吉田が最近までに聞いていた娘の消息だったのだが、吉田はそんなことをみな思い出しながら、その娘の死んでいった淋しい気持などを思い遣っているうちに、不知不識の間にすっかり自分の気持が便りない変な気持になってしまっているのを感じた。吉田は自分が明るい病室のなかにい、そこには自分の母親もいながら、何故か自分だけが深いところへ落ち込んでしまって、そこへは出て行かれないような気持になってしまった。
吉田最近听到和那女孩有关的消息,仅止于此,而当他回想着这些往事,并想象那女孩病逝的落寞心情时,不知不觉间,他感觉自己的心情变得无从依靠,说不出的古怪。吉田明明待在明亮的病房里,母亲也在他身旁,但不知为何,他就是感觉只有他一个人落入深渊,无法脱离。
「やはりびっくりしました」
“是吓了一跳啊。”
それからしばらく経って吉田はやっと母親にそう言ったのであるが母親は、「そうやろがな」かえって吉田にそれを納得さすような口調でそう言ったなり、別に自分がそれを、言ったことについては何も感じないらしく、またいろいろその娘の話をしながら最後に、
过了半晌,吉田才对母亲说了这么一句,母亲反而回了他一句“我想也是”,那口吻就像是要吉田接受她的说法似的,似乎对自己说的话没任何感觉,接着又聊了许多关于那女孩的事,最后还感叹道:
「あの娘はやっぱりあのお婆さんが生きていてやらんことには、――あのお婆さんが死んでからまだ二た月にもならんでなあ」と嘆じて見せるのだった。
“那女孩果然需要有那位老太太陪伴着才行——那位老太太死后,那女孩连两个月都没撑过。”
三
吉田はその娘の話からいろいろなことを思い出していた。第一に吉田が気付くのは吉田がその町からこちらの田舎へ来てまだ何ヶ月にもならないのに、その間に受けとったその町の人の誰かの死んだという便りの多いことだった。吉田の母は月に一度か二度そこへ行って来るたびに必ずそんな話を持って帰った。そしてそれはたいてい肺病で死んだ人の話なのだった。そしてその話をきいているとそれらの人達の病気にかかって死んでいったまでの期間は非常に短かった。ある学校の先生の娘は半年ほどの間に死んでしまって今はまたその息子が寝ついてしまっていた。通り筋の毛糸雑貨屋の主人はこの間まで店へ据えた毛糸の織機で一日中毛糸を織っていたが、急に死んでしまって、家族がすぐ店を畳んで国へ帰ってしまったそのあとはじきカフエーになってしまった。――
吉田从那女孩的话题中想起了许多事。首先,吉田发现他从市镇搬来乡下才短短几个月,这段时间却得知很多市镇居民的死讯。吉田的母亲每个月总会回市镇一两趟,每次一定会带回来这样的消息。而且大部分人都是因为肺病过世。从听到的这些消息可以知道,这些人从染病到过世的时间都很短。某位学校老师的女儿,约莫半年前过世,现在则是换成老师的儿子卧病不起。街上毛线杂货店的老板,不久前还都整天用装设在店里的毛线机织毛线,但突然就这么死了,一家人匆忙结束营业,搬回了故乡老家,之后那家店改为了咖啡厅。
そして吉田は自分は今はこんな田舎にいてたまにそんなことをきくから、いかにもそれを顕著に感ずるが、自分がいた二年間という間もやはりそれと同じように、そんな話が実に数知れず起こっては消えていたんだということを思わざるを得ないのだった。
吉田认为是因为待在这种乡下地方,并且偶尔听到这种事,所以才会感觉特别强烈,他不禁心想,他原本住在市镇的那两年间,这类的事其实也同样一再地发生然后消失,多得数不清。
吉田は二年ほど前病気が悪くなって東京の学生生活の延長からその町へ帰って来たのであるが、吉田にとってはそれはほとんどはじめての意識して世間というものを見る生活だった。しかしそうはいっても吉田は、いつも家の中に引っ込んでいて、そんな知識というものはたいてい家の者の口を通じて吉田にはいって来るのだったが、吉田はさっきの荒物屋の娘の目高のように自分にすすめられた肺病の薬というものを通じて見ても、そういう世間がこの病気と戦っている戦の暗黒さを知ることができるのだった。
大约是两年前,吉田病情恶化,因而在东京的学校办理了休学,回到镇上生活。对吉田而言,那几乎可以说是他第一次有意识地观察这个世界,展开生活。但吉田总是窝在家中,这类的知识大多是透过家人得知,就像刚才提到的那位杂货店老板的女儿吃青鳉鱼一样,人们也会给他推荐治肺病的良药,从中他也体认到,世人与疾病对抗的这场战役有多绝望。
最初それはまだ吉田が学生だった頃、この家へ休暇に帰って来たときのことだった。帰って来て匆々吉田は自分の母親から人間の脳味噌の黒焼き5を飲んでみないかと言われて非常に嫌な気持になったことがあった。吉田は母親がそれをおずおずでもない一種変な口調で言い出したとき、いったいそれが本気なのかどうなのか、何度も母親の顔を見返すほど妙な気持になった。それは吉田が自分の母親がこれまでめったにそんなことを言う人間ではなかったことを信じていたからで、その母親が今そんなことを言い出しているかと思うとなんとなく妙な頼りないような気持になって来るのだった。そして母親がそれをすすめた人間からすでに少しばかりそれをもらって持っているのだということを聞かされたとき吉田はまったく嫌な気持になってしまった。
起初是当吉田还是学生的时候,当时他休假返家。才一回到家,母亲便问他要不要吃焙焦人脑,这令他感觉很不舒服。当母亲以毫不迟疑的怪异口吻说出这番话时,吉田一再回望她的脸,不知道她是不是说真的,心情相当复杂。因为吉田相信自己的母亲不是会随便说这种话的人,但想到母亲现在竟然说出这样的话来,顿时令他觉得很不可靠。而当他听到母亲说,她已从推荐这秘方的人那里得到一些时,吉田觉得恶心极了。
母親の話によるとそれは青物を売りに来る女があって、その女といろいろ話をしているうちにその肺病の特効薬の話をその女がはじめたというのだった。その女には肺病の弟があってそれが死んでしまった。そしてそれを村の焼場で焼いたとき、寺の和尚さんがついていて、
听母亲说,有位前来卖蔬菜的女子,在跟她聊天时,开始谈到肺病特效药的事。那名女子有个染上肺病的弟弟,因病过世了。尸体在村里的火葬场火化时,寺院的和尚对她说:
「人間の脳味噌の黒焼きはこの病気の薬だから、あなたも人助けだからこの黒焼きを持っていて、もしこの病気で悪い人に会ったら頒けてあげなさい」
“焙焦人脑是治这种病的良药,看你也是个热心的人,你就当是救人,将这焙焦人脑带在身上,日后遇上受这种病所苦的人,就分给对方吧。”
そう言って自分でそれを取り出してくれたというのであった。吉田はその話のなかから、もうなんの手当もできずに死んでしまったその女の弟、それを葬ろうとして焼場に立っている姉、そして和尚と言ってもなんだか頼りない男がそんなことを言って焼け残った骨をつついている焼場の情景を思い浮かべることができるのだったが、その女がその言葉を信じてほかのものではない自分の弟の脳味噌の黒焼きをいつまでも身近に持っていて、そしてそれをこの病気で悪い人に会えばくれてやろうという気持には、何かしら堪えがたいものを吉田は感じないではいられないのだった。そしてそんなものをもらってしまって、たいてい自分が嚥まないのはわかっているのに、そのあとをいったいどうするつもりなんだと、吉田は母親のしたことが取り返しのつかないいやなことに思われるのだったが、傍にきいていた吉田の末の弟も
说完后,和尚取出焙焦人脑,交给了那个女人。吉田听完这故事后,脑中浮现几个画面,一是那个女人不治而亡的弟弟,二是来到火葬场想要埋葬弟弟的姐姐,三是尽管号称是和尚却很不可靠的一个男人,说出那样的话来,并翻动烧剩遗骨的画面。不过,女子相信了那番话,一直将自己弟弟的焙焦人脑带在身上,打算日后遇到为肺病所苦的人,就拿它来救人,她这份心意,令吉田感受到一股难以忍受的情感。而母亲竟然收下这种东西,明知他绝不会吃,却还做这种事,到底接下来打算怎么做?吉田觉得母亲做了一件无法挽回的错事,这时,在一旁聆听的幺弟也说:
「お母さん、もう今度からそんなこと言うのん嫌でっせ」
“妈,以后别再说这种话了,很恶心呢。”
と言ったのでなんだか事件が滑稽になって来て、それはそのままに鳧がついてしまったのだった。
感觉这起事件变得滑稽起来,最后就此了结。
この町へ帰って来てしばらくしてから吉田はまた首縊りの縄を「まあ馬鹿なことやと思うて」嚥んでみないかと言われた。それをすすめた人間は大和で塗師をしている男でその縄をどうして手に入れたかという話を吉田にして聞かせた。
回到这个市镇后没多久,又有人对吉田说“就当作是做件傻事”,要不要试试看用上吊过的绳子当药来服用?推荐他这么做的,是一位在大和当涂漆匠的男子,他还对吉田讲述了自己是如何取得这条绳子的。
それはその町に一人の鰥夫の肺病患者があって、その男は病気が重ったままほとんど手当をする人もなく、一軒の荒ら家に捨て置かれてあったのであるが、とうとう最近になって首を縊って死んでしまった。するとそんな男にでもいろんな借金があって、死んだとなるといろんな債権者がやって来たのであるが、その男に家を貸していた大家がそんな人間を集めてその場でその男の持っていたものを競売にして後仕末をつけることになった。ところがその品物のなかで最も高い値が出たのはその男が首を縊った縄で、それが一寸二寸というふうにして買い手がついて、大家はその金でその男の簡単な葬式をしてやったばかりでなく自分のところの滞っていた家賃もみな取ってしまったという話であった。
那个市镇有一名患有肺病的鳏夫,他病得不轻,几乎没人帮他治疗,被丢弃在一间荒屋里,最后他上吊身亡。由于男子生前欠了不少债务,他人一死,各方债主马上涌来,租给那名男子房子住的房东将这批人聚在一起,竞标拍卖男子的财产,以此善后。结果当中最高价卖出的,是男子上吊用的那条绳子,于是房东将它分成一寸、两寸来卖,买家争相抢购,房东不光靠拍卖得到的那笔钱给男子办了一场简单的丧礼,而且还收回了这男子积欠已久的房租。
吉田はそんな話を聞くにつけても、そういう迷信を信じる人間の無智に馬鹿馬鹿しさを感じないわけにいかなかったけれども、考えてみれば人間の無智というのはみな程度の差で、そう思って馬鹿馬鹿しさの感じを取り除いてしまえば、あとに残るのはそれらの人間の感じている肺病に対する手段の絶望と、病人達のなんとしてでも自分のよくなりつつあるという暗示を得たいという二つの事柄なのであった。
吉田听了这个故事后,只对相信这种迷信的人所展现的愚蠢感到荒谬,但仔细想想,人们的愚蠢不过只有程度的差异而已,如果这么想,把愚蠢的感觉移除的话,最后剩下的,就只有这些人面对肺病无计可施的绝望,以及病人们无论如何都想催眠自己,认为自己正逐渐好转的心态。
また吉田はその前の年母親が重い病気にかかって入院したとき一緒にその病院へついて行っていたことがあった。そのとき吉田がその病舎の食堂で、何心なく食事した後ぼんやりと窓に映る風景を眺めていると、いきなりその眼の前へ顔を近付けて、非常に押し殺した力強い声で、
前一年,母亲染上重病住院时,吉田曾陪同一起去了那家医院。当时吉田在医院的餐厅吃完饭后,心不在焉地望着窗外风景,突然一张脸凑到他跟前,是名女子,她压低声音在他耳边问道:
「心臓へ来ましたか?」と耳打ちをした女があった。
“来看心脏吗?”
はっとして吉田がその女の顔を見ると、それはその病舎の患者の付添いに雇われている付添婦の一人で、勿論そんな付添婦の顔触れ6にも毎日のように変化はあったが、その女はその頃露悪的な冗談を言っては食堂へ集まって来る他の付添婦たちを牛耳っていた中婆さんなのだった。
吉田矍然一惊,望向女子,认出她是病房患者雇来的一名女看护工,当然了,女看护工几乎每天都会换不同的人,不过这位中年妇人总会说一些恶质的玩笑话,主导着聚在餐厅里的其他女看护工。
吉田はそう言われて何のことかわからずにしばらく相手の顔を見ていたが、すぐに「ああなるほど」と気のついたことがあった。それは自分がその庭の方を眺めはじめた前に、自分が咳をしたということなのだった。そしてその女は自分が咳をしてから庭の方を向いたのを勘違いして、てっきりこれは「心臓へ来た」と思ってしまったのだと吉田は悟ることができた。そして咳がふいに心臓の動悸を高めることがあるのは吉田も自分の経験で知っていた。それで納得のいった吉田ははじめてそうではない旨を返事すると、その女はその返事には委細かまわずに、
吉田听她这么说,一时不明白是什么意思,朝她回望了半晌,接着才意会过来,心想“哦,原来如此”。因为他在眺望庭园前,先咳了一阵子,结果那妇人误以为他是咳嗽后才望向的庭园,满心以为“咳嗽来到心脏了”,吉田这才明白是这么回事。依过去的经验,吉田也知道咳嗽会突然造成心悸。明白对方的意思后,吉田这才回答不是这么回事,但女子对他的回答置若罔闻。
「その病気に利くええ薬を教えたげまひょか」
“告诉你一个治这种病的良药吧。”
と、また脅かすように力強い声でじっと吉田の顔を覗き込んだのだった。吉田は一にも二にも自分が「その病気」に見込まれているのが不愉快ではあったが、「いったいどんな薬です?」と素直に聞き返してみることにした。するとその女はまたこんなことを言って吉田を閉口させてしまうのだった。
她再度像在吓人似的,以强悍的口吻如此说道,静静凝睇着吉田。对方满心认定吉田得了“那种病”,这惹得他很不高兴,但他还是坦率地反问“到底是什么药”。结果妇人又口出惊人之语,令吉田说不出话来。
「それは今ここで教えてもこの病院ではできまへんで」
“就算我在这里告诉你,也没办法在医院里用。”
そしてそんな物々しい駄目をおしながらその女の話した薬というのは、素焼の土瓶へ鼠の仔を捕って来て入れてそれを黒焼きにしたもので、それをいくらか宛かごく少ない分量を飲んでいると、「一匹食わんうちに」癒るというのであった。そしてその「一匹食わんうちに」という表現でまたその婆さんは可怕い顔をして吉田を睨んで見せるのだった。吉田はそれですっかりその婆さんに牛耳られてしまったのであるが、その女の自分の咳に敏感であったことや、そんな薬のことなどを思い合わせてみると、吉田はその女は付添婦という商売がらではあるが、きっとその女の近い肉親にその病気のものを持っていたのにちがいないということを想像することができるのであった。そして吉田が病院へ来て以来最もしみじみした印象をうけていたものはこの付添婦という寂しい女達の群れのことであって、それらの人達はみな単なる生活の必要というだけではなしに、夫に死に別れたとか年が寄って養い手がないとか、どこかにそうした人生の不幸を烙印されている人達であることを吉田は観察していたのであるが、あるいはこの女もそうした肉親をその病気で、なくすることによって、今こんなにして付添婦などをやっているのではあるまいかということを、吉田はそのときふと感じたのだった。
妇人煞有其事地一面叮嘱,一面说出偏方:抓来一只幼鼠,放进陶壶里焙焦,分多次少量吞服,还说“不用等到一整只吃完”,就能完全康复。而那位妇人说“不用等到一整只吃完”这句话时,还用可怕的神情瞪着吉田。吉田就这样完全被那名妇人控制,不过,妇人对于他咳嗽的事相当敏感,而且又谈到偏方,综合这几点来看,吉田想象得出,那名妇人在推销药物,一来是因为本身她从事看护工的缘故,二来,她的亲人当中肯定有人也得过这种病。自从吉田进这家医院后,最令他印象深刻的,就数这群神情落寞的女看护工了,吉田经过观察得知,她们不光只是因为有生活需求,而是有人因为死了丈夫,有人是上了年纪,没子女奉养,都是人生中留有不幸烙印的人。当时吉田突然有种感觉,这名妇人想必也是因为有亲人死于这种疾病,才来当女看护工的。
吉田は病気のためにたまにこうした機会にしか直接世間に触れることがなかったのであるが、そしてその触れた世間というのはみな吉田が肺病患者だということを見破って近付いて来た世間なのであるが、病院にいる一と月ほどの間にまた別なことに打つかった。
吉田因疾病的缘故,碰巧只有在这样的机会下才能直接与世人接触,而他接触的世人,全都一眼就看得出他是肺病患者而与他接近。不过待在医院的这一个月时间里,他又遇上了其他的事。
それはある日吉田が病院の近くの市場へ病人の買物に出かけたときのことだった。吉田がその市場で用事を足して帰って来ると往来に一人の女が立っていて、その女がまじまじと吉田の顔を見ながら近付いて来て、
那是某天吉田到医院附近的市场帮病患买东西时发生的事。吉田在那个市场办完事回医院时,看见马路上站着一名女子,她目不转睛地盯着吉田的脸,朝他走近。
「もしもし、あなた失礼ですが……」
“不好意思,打扰一下……”
と吉田に呼びかけたのだった。吉田は何事かと思って、「?」とその女を見返したのであるが、そのとき吉田の感じていたことはたぶんこの女は人違いでもしているのだろうということで、そういう往来のよくある出来事がたいてい好意的な印象で物分かれになるように、このときも吉田はどちらかと言えば好意的な気持を用意しながらその女の言うことを待ったのだった。
她出声叫住了吉田。吉田一时还以为怎么了,一脸纳闷地转头望向那名女子,心想,她大概是认错人了。街上常会发生这种事,大家往往都是给对方留下和善的印象而后道别,因此吉田也用一种和善的态度,等候女子接着往下说。
「ひょっとしてあなたは肺がお悪いのじゃありませんか」
“你该不会是有肺部的毛病吧?”
いきなりそう言われたときには吉田は少なからず驚いた。しかし吉田にとって別にそれは珍しいことではなかったし、無躾けなことを聞く人間もあるものだとは思いながらも、その女の一心に吉田の顔を見つめるなんとなく知性を欠いた顔付きから、その言葉の次にまだ何か人生の大事件でも飛び出すのではないかという気持もあって、
对方冷不防问了这么一句,吉田大为吃惊。不过,对吉田来说,早已见怪不怪,他心想,世上就是有人会问这么失礼的问题,而从女子那紧盯着吉田,少了点知性的表情来看,感觉似乎紧接着那句话之后,还会冒出什么人生中的重大事件来。
「ええ、悪いことは悪いですが、何か……」
“嗯,确实是有点毛病,怎么了吗?”
と言うと、その女はいきなりとめどもなく次のようなことを言い出すのだった。それはその病気は医者や薬ではだめなこと、やはり信心をしなければとうてい助かるものではないこと、そして自分も配偶があったがとうとうその病気で死んでしまって、その後自分も同じように悪かったのであるが信心をはじめてそれでとうとう助かることができたこと、だからあなたもぜひ信心をして、その病気を癒せ――ということを縷々として述べたてるのであった。その間吉田は自然その話よりも話をする女の顔の方に深い注意を向けないではいられなかったのであるが、その女にはそういう吉田の顔が非常に難解に映るのかさまざまに吉田の気を測ってはしかも非常に執拗にその話を続けるのであった。そして吉田はその話が次のように変わっていったときなるほどこれだなと思ったのであるが、その女は自分が天理教の教会を持っているということと、そこでいろんな話をしたり祈祷をしたりするからぜひやって来てくれということを、帯の間から名刺とも言えない所番地をゴム版で刷ったみすぼらしい紙片を取り出しながら、吉田にすすめはじめるのだった。ちょうどそのとき一台の自動車が来かかってブーブーと警笛を鳴らした。吉田は早くからそれに気がついていて、早くこの女もこの話を切り上げたらいいことにと思って道傍へ寄りかけたのであるが、女は自動車の警笛などは全然注意には入らぬらしく、かえって自分に注意の薄らいで来た吉田の顔色に躍起になりながらその話を続けるので、自動車はとうとう往来で立往生7をしなければならなくなってしまった。吉田はその話相手に捕まっているのが自分なので体裁の悪さに途方に暮れながら、その女を促して道の片脇へ寄せたのであったが、女はその間も他へ注意をそらさず、さっきの「教会へぜひ来てくれ」という話を急にまた、「自分は今からそこへ帰るのだからぜひ一緒に来てくれ」という話に進めかかっていた。そして吉田が自分に用事のあることを言ってそれを断わると、では吉田の住んでいる町をどこだと訊いて来るのだった。吉田はそれに対して「だいぶ南の方だ」と曖昧に言って、それを相手に教える意志のないことをその女にわからそうとしたのであるが、するとその女はすかさず「南の方のどこ、××町の方かそれとも○○町の方か」というふうに退引きのならぬように聞いて来るので、吉田は自分のところの町名、それからその何丁目というようなことまで、だんだんに言っていかなければならなくなった。吉田はそんな女にちっとも嘘を言う気持はなかったので、そこまで自分の住所を打ち明かして来たのだったが、
此话一出,那女子突然滔滔不绝起来。她说,这病光靠医生或药物是没用的,如果没信仰的话,绝对无法活命,她的配偶最后就是死于这种病,而她自己后来也同样染病,但因为有信仰,后来保住了性命,所以你一定也要有信仰,治愈你的病——女子一直说个没完。这段时间,吉田自然是将注意力放在女子的脸上,而不是她说的内容,但女子可能是很难从吉田的神情看出他的心思,她多方揣测吉田的想法,而且很执拗地继续说那些话。而当话题转变为以下的内容时,吉田这才恍然大悟。女子说她是天理教教会的负责人,人们可以在那里聊天、祈祷,请务必要去那里坐坐,接着从衣袋里取出一张橡皮印刷机印刷的连名片都称不上的穷酸纸片,开始邀吉田前去。就在这时,一辆汽车驶来,发出“叭叭叭”的喇叭声。吉田很快就注意到了,心想,这名女子要是能早点结束这场谈话就好了,就此靠向路旁,但女子似乎完全没注意到汽车的喇叭声,反而还因为吉田的注意力没放在她身上而激动起来,要接着往下说,结果那辆车被逼得只能在马路上枯等。吉田觉得自己被对方拦住谈这个话题,尴尬至极,不知如何自处,催促那名女子靠向路旁,但她仍未注意到其他事情,话题也突然从刚才的“请务必要到我们教会来”,进展到“我接下来正准备回教会,请你也一起来”。吉田告诉她自己还有事要办,加以拒绝,结果女子改问他住哪个市镇。对此,吉田语带含糊地回了一句“在很南方”,想以此让女子明白,他根本无意告诉她,但女子似乎完全没退让的意思,马上接着问“在南方的哪里?是××镇,还是○○镇呢”,结果吉田被逼得将自己住哪个市镇、哪条街,全都招了出来。吉田完全不想对这名女子说谎,所以才会坦率地说出自己的地址。
「ほ、その二丁目の? 何番地?」
“哦,是二丁目吗?门牌几号?”
といよいよその最後まで同じ調子で追求して来たのを聞くと、吉田はにわかにぐっと癪にさわってしまった。それは吉田が「そこまで言ってしまってはまたどんな五月蠅いことになるかもしれない」ということを急に自覚したのにもよるが、それと同時にそこまで退引きのならぬように追求して来る執拗な女の態度が急に重苦しい圧迫を吉田に感じさせたからだった。そして吉田はうっかりカッとなってしまって、「もうそれ以上は言わん」と屹と相手を睨んだのだった。女は急にあっけにとられた顔をしていたが、吉田が慌ててまた色を収めるのを見ると、それではぜひ近々教会へ来てくれと言って、さっき吉田がやってきた市場の方へ歩いて行った。吉田は、とにかく女の言うことはみな聞いたあとで温和しく断わってやろうと思っていた自分が、思わず知らず最後まで追いつめられて、急に慌ててカッとなったのに自分ながら半分は可笑しさを感じないではいられなかったが、まだ日の光の新しい午前の往来で、自分がいかにも病人らしい悪い顔貌をして歩いているということを思い知らされたあげく、あんな重苦しい目をしたかと思うと半分は腹立たしくなりながら、病室へ帰ると匆々、「そんなに悪い顔色かなあ」
听对方一直到最后都用同样的方式追问,吉田突然恼火起来。这也是因为吉田突然意识到“如果说得这么详细,到时候或许又会纠缠不休”,不过主要是因为女子不肯退让,一再苦苦追问的态度,突然令吉田感到一股快要喘不过气来的压力。吉田不自觉地发起火来,板起脸瞪着对方说“我不会再说了”。女子突然露出震惊的表情,但她见吉田又急忙收回怒容,便又请他日后一定要到教会来,说完便朝刚才吉田走来的市场方向而去。吉田本想听女子把话说完后再委婉地拒绝,结果不知不觉被逼到这个地步,不由得慌了起来,甚至还大动肝火,这让他自己都觉得可笑。不过,这件事也让他明白,在阳光初照的上午时分,走在街道上的他,一脸气色不佳,十足的病人样,想到自己原来流露出如此阴郁的眼神,他便感到怒火中烧。回到病房后,他问母亲:“我的脸色真那么难看吗?”
と、いきなり鏡を取り出して顔を見ながら寝台の上の母にその顛末を訴えたのだった。すると吉田の母親は、
然后拿出镜子瞧自己的脸,并向躺在病床上的母亲讲了刚才的事情。母亲听后道:
「なんのおまえばっかりかいな」
“这没什么,不光只有你会遇到。”
と言って自分も市営の公設市場へ行く道で何度もそんな目に会ったことを話したので、吉田はやっとそのわけがわかって来はじめた。それはそんな教会が信者を作るのに躍起になっていて、毎朝そんな女が市場とか病院とか人のたくさん寄って行く場所の近くの道で網を張っていて、顔色の悪いような人物を物色しては吉田にやったのと同じような手段でなんとかして教会へ引っ張って行こうとしているのだということだった。吉田はなあんだという気がしたと同時に自分らの思っているよりは遙かに現実的なそして一生懸命な世の中というものを感じたのだった。
她说自己在前往市营的公共市场的路上也曾多次吃过这种苦头,吉田这才明白个中缘由。因为教会急着招揽信徒,这种女人每天早上都会在市场或医院这种人多的场所附近的道路上站岗,找寻气色不佳的人,用对待吉田的同种手段,想办法拉人去教会。吉田这才明白是怎么回事,同时感觉这世道远比他想象的还要现实,而且艰辛。
吉田は平常よく思い出すある統計の数字があった。それは肺結核で死んだ人間の百分率で、その統計によると肺結核で死んだ人間百人についてそのうちの九十人以上は極貧者、上流階級の人間はそのうちの一人にはまだ足りないという統計であった。勿論これは単に「肺結核によって死んだ人間」の統計で肺結核に対する極貧者の死亡率や上流階級の者の死亡率というようなものを意味していないので、また極貧者と言ったり上流階級と言ったりしているのも、それがどのくらいの程度までを指しているのかはわからないのであるが、しかしそれは吉田に次のようなことを想像せしめるには充分であった。
吉田平时常会想起一个统计数字。那就是死于肺结核的人口百分比。根据统计,罹患肺结核而丧命的一百个人当中,有九十多人属于极贫者,而属于上流阶级的人连一个都不到。当然了,这单纯只是针对“死于肺结核的人”所做的统计,并不代表在患肺结核的情况下极贫者的死亡率以及上流阶级人士的死亡率。此外,谈到极贫者和上流阶级,指的到底是何种经济程度,也不得而知。不过,这已足够让吉田产生如下的想象。
つまりそれは、今非常に多くの肺結核患者が死に急ぎつつある。そしてそのなかで人間の望み得る最も行き届いた手当をうけている人間は百人に一人もないくらいで、そのうちの九十何人かはほとんど薬らしい薬ものまずに死に急いでいるということであった。
也就是说,如今有许多肺结核患者接连丧命。当中能按照人们的期望,获得最周全的治疗者,一百个人当中连一个都不到,而当中的九十多人几乎连像样的药物也没服用,就匆匆死去了。
吉田はこれまでこの統計からは単にそういうようなことを抽象して、それを自分の経験したそういうことにあてはめて考えていたのであるが、荒物屋の娘の死んだことを考え、また自分のこの何週間かの間うけた苦しみを考えるとき、漠然とまたこういうことを考えないではいられなかった。それはその統計のなかの九十何人という人間を考えてみれば、そのなかには女もあれば男もあり子供もあれば年寄もいるにちがいない。そして自分の不如意や病気の苦しみに力強く堪えてゆくことのできる人間もあれば、そのいずれにも堪えることのできない人間もずいぶん多いにちがいない。しかし病気というものは決して学校の行軍のように弱いそれに堪えることのできない人間をその行軍から除外してくれるものではなく、最後の死のゴールへ行くまではどんな豪傑でも弱虫でもみんな同列にならばして嫌応なしに引き摺ってゆく――ということであった。
吉田从过往的统计中,单纯地抽出这类事情,将它套用在自己体验过的事情上,以此展开思考,但当他以杂货店老板女儿的死,以及自己这几个礼拜来所受的苦展开思考时,便忍不住有了这样的想法:如果以统计人数中的那九十多个人来思考会发现,当中肯定有男有女,有老有少。有人可以坚强地忍受自己的不如意或疾病的痛苦,肯定也有很多人承受不了其中任何一种苦。但疾病这种东西,绝不会像学校行军那样,将体弱而无法负荷的人从行军队伍中剔除。在抵达最后的死亡终点前,不管你是英雄豪杰,还是胆小鬼,全都要一同入列拖着走,不容分说——就是这么回事。