白井智之: エレファントヘッド 二/変異

26792 words
134 minutes
白井智之: エレファントヘッド 二/変異
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desc: 精神科医生象山深爱着自己的家人。但他心知肚明:再幸福美满的家庭,也会因一道微小的裂痕,彻底分崩离析 ——。不久后,他偶然得到神秘药物,就此被卷入一连串超乎常理的杀人案件之中

1#

妄鳴山から吹き下ろす湿っぽい風がブナの枝を揺らしている。

自妄鸣山上吹下的风裹挟着潮气,摇晃着山毛榉的枝条。

父さんは地面に手を突いて首を伸ばし、崖の下を見下ろした。母さんの死体に目を留め、「ひっ」と首を引っ込める。

父亲把手按在地上,把脖子伸得老长,俯视着悬崖底下。当他注意到母亲的尸体时,“啊” 地一声缩回了脖子。

「お前がやったのか」

“是你干的?”

こちらを振り返って言った。

父亲转过身来问了一句。

「そうだよ」

“是。”

象山は胸を反らした。小学校の教室に入ってきた大きな蜂を皆の前で潰したときの気分とよく似ていた。

象山昂起了胸。此时的心情与当着同学的面拍碎闯进小学教室的大蜜蜂非常相似。

「すまない。許してくれ」父さんの声が震えた。「おれが悪かった」

“对不起,请原谅我。” 父亲颤着声说,“是我错了。”

額を土に擦り付ける。歯がカチカチ鳴っている。

他把额头蹭在土上,牙齿喀嚓喀嚓地响着。

象山は戸惑った。

象山一时间摸不着头脑。

なぜ父さんが謝っているのか?

父亲为什么要道歉呢?

この半年ほどの父さんは分からないことだらけだった。なぜ〝百回死んだ男〟をやめてしまったのか。なぜ不死館へ引っ越したのに奇術ショーを開かないのか。なぜ酒を飲んでいるところを見ただけで、地下室に閉じ込めようとするのか。

这半年来,父亲做了很多搞不懂的事。为什么放弃“死了一百次的男人”?为什么搬进不死馆却不开魔术表演?为什么只要自己看到他喝酒,就会被关进地下室呢?

だが何より分からなかったのが、なぜ母さんを殺さないのか、ということだった。

但最让人搞不懂的莫过于他为什么不杀掉母亲。

父さんは暇さえあれば母さんを殴り、蹴飛ばし、髪を摑んでののしっていた。よほど腹の立つことがあったのは間違いない。だったら蜂のように殺してしまえばいいのに、なぜ何もしないのか。母さんに弱みでも握られているのか。

爸爸一旦没事就会对母亲拳打脚踢,揪发辱骂,肯定是有令他极度愤怒的事情。既然如此,那就像蜜蜂一样把她杀掉就好了,为何什么都不做呢?母亲握着他的把柄吗?

象山は元の父さんに戻ってきてほしかった。空の財布から百円玉を出したり、割れた茶碗を直したり、画用紙に描いたカブトムシを取り出したりしてくれた、あの優しかった父さんに。

象山想找回原来的父亲,那个从空钱包里变出百円硬币,把打碎的茶杯复原,将图画上的独角仙凭空拿下来。

そこで象山は一計を案じた。母さんを殺すことにしたのだ。

于是象山有了主意。他决定杀了母亲。

不死館を出てすぐ右手の茂みに「転落注意」と書いた看板がある。別荘を建てたばかりの頃、父さんが立てたものだ。この看板を尻目にブナ林を十五メートルほど進んだところに、犬死崖いぬじにがけと呼ばれる崖があった。  その名の通り、犬死崖の下にはよく野生動物が落ちていた。タヌキにヤマネコ、ノウサギの親子が死んでいるのも見たことがある。

走出不死馆的门,右手边草木丰茂之处有一块写着 “小心跌落” 的告示牌。那是爸爸在别墅刚建成的时候立在这里的。沿着山毛榉林往前走十五米左右,有一处名为 “犬死崖” 的悬崖。顾名思义,犬死崖下经常有野生动物跌落。象山还见过摔死的狸猫、山猫和野兔母子。

野生動物は普通、崖から落ちたりしない。だがこの崖の上は傾斜がきつく足場が悪いこと、丈のある草が茂っていて視界が悪いこと、さらに夜になるとブナの枝に遮られて月明かりが届かなくなることから、山に慣れた野生動物もうっかり足を滑らせてしまうのだ。二十メートル下の岩盤に叩きつけられたノウサギの頭は卵のように砕け、色の濃い血が飛散していた。

野生动物通常是不会摔下悬崖的,可这个悬崖的坡度极陡,几无落脚之处,杂草丛生,视野极差,加之一到晚上,月光在山毛榉的枝叶遮挡之下难以企及地面,因此哪怕在山上住惯的野生动物也会不慎失足。野兔的脑袋撞到了二十米下的岩盘上,像鸡蛋一样迸裂开来,鲜艳的血四处飞溅。

象山は「森におかしなものがある」と言って母さんを連れ出し、「転落注意」の看板を横目にブナ林へ入った。さすがに母さんはノウサギほど間抜けではなかったらしく、うっかり足を滑らせることはなかったが、崖のすぐ近くで膝を蹴ると、「え」と笑って下へ落ちた。手足の捻じくれた死体は踊っているみたいでおかしかった。

象山以 “森林里有奇怪的东西” 为由把母亲带了出来,斜眼看着“小心跌落”的牌子,就这样走进了山毛榉林。母亲果然不似野生动物那样笨,并没有不慎失足。不过只要在悬崖朝膝盖踢上一脚,她便“啊”的一声栽了下去,手脚扭曲的尸体就似跳舞一般可笑。

目障りな母さんがいなくなれば、きっとあの頃の優しい父さんが戻ってくる。そう思っていたのに。

当碍眼的母亲不复存在之时,那个温柔的父亲一定会回来的。象山就是这样想的。

「許してくれ。お前を苦しめるつもりはなかったんだ」

“原谅我吧,我也不想让你受苦。”

母さんの死体を見下ろした父さんは、なぜか目を赤く腫らして、唇を戦慄わななかせていた。

父亲俯视着母亲的尸体,不知为何,他的眼睛变得又红又肿,嘴唇不停地颤抖着。

「地下室に閉じ込めたのはやりすぎだった。本当は自分でも分かってたんだ」

“其实我也明白,把你关在地下室实在太过分了。”

手を突いて立ち上がり、崖の縁から離れようとする。だが気球から落ちて以来、平らな道も真っすぐ歩けなくなっていた父さんが、足場の悪い斜面を上れるはずもない。すぐに足を滑らせ、崖に落ちた。首を伸ばして崖の下を覗くと、父さんと母さんが楽しそうにタンゴを踊っていた。

他双手撑地站起身来,想要离开悬崖边缘,但是从气球上跌下来之后,父亲连平路都走不稳,遑论爬上难以立足的斜坡了。转眼间他就失足跌落悬崖。象山伸长脖子往崖底看去,只见父亲和母亲正在欢快地跳着探戈。

何がなんだか分からない。自分はどうすればよかったのか。いったい何がいけなかったのか。

这究竟是怎么回事?自己该如何是好?到底哪里出了问题?

それから一月ほど、象山は崖の下の死体を観察し続けた。死斑しはんが浮き、肉が腐り、カラスが肉をついばみ出した頃、象山はようやく答えを見つけた。

此后的一个月里,象山继续观察着悬崖下的尸体。在尸斑浮现,皮肉腐烂,苍鸦啄出尸肉之时,象山终于得出了答案。

自分は遅すぎたのだ。

自己的动作太慢了。

一度壊れたものは、どんなに手を尽くしても元の姿には戻らない。割れた茶碗が本当に元に戻ることはないし、それは家族も同じだ。

事物一旦坏掉,再怎么殚精竭虑也无法恢复原初的样子,破碎的茶杯不可能真的复原,家人也是同样。

だからこそ。大切なものを守るには、それが壊れる前に亀裂を塞いでおくしかない。

正因为如此,为了守护珍爱之物,唯有在其破碎之前填补裂隙。

象山は両親の死からそれを学んだのだった。

这便是象山从过世的父母身上学到的东西。

2#

「アンちゃんって、パルパラの透明探偵の声優やってる、あの鯊田アンホのこと?」

“你说的小安,就是帕尔帕拉透明侦探的声优鲨田安福吗?”

アカダマの新曲『魔法のきのこ』が鯊田アンホ主演のドラマの主題歌に決まったと聞いて、彩夏は早口言葉のように「やば」と繰り返した。「まじやば」

听说赤玉的新歌《魔法蘑菇》被定为鲨田安福主演的电视剧主题曲后,彩夏就像绕口令一样重复着 “真的假的”。

「あんまりアカダマが有名になって、変な人が家に来たりしなきゃいいけど」

“赤玉好像变得太出名了,别有什么奇怪的人找上门来才好。”

季々がアロエの鉢に肥料を撒きながら言う。数年前に主演したドラマがヒットした際、ストーカーに追い回されたのを思い出したのだろう。

季季一边往芦荟花盆里撒肥料一边说道,或是想起了自己几年前主演的电视剧爆火时被跟踪狂撵得团团转的情景吧。

「平気でしょ。誰も顔知らないんだし」

“没事吧?反正没人认识我。”

舞冬はあっけらかん1とつぶやく。

舞冬满不在乎地嘟囔着。

八月二十九日、土曜日。珍しく誰も用事がないらしく、朝からゆったりした時間が流れていた。

八月二十九日,周六,一家人难得没事,从早上开始悠闲度日。

「そういや舞冬。先週の土曜日、おかしなことなかった?」

“对了,舞冬,上周六有没有发生什么奇怪的事?”

ナイフでレタスサンドを斜めに切りながら、何気ない口調で尋ねる。昨夜、和泉に聞かれたことが引っかかっていた。

象山一边用刀斜切生菜三明治,一边用若无其事的口吻问道。昨天晚上和泉对他说的事令他始终心存芥蒂。

「土曜日?」舞冬は肘を搔いて、「別にないよ。なんで?」

“周六?” 舞冬挠了挠胳膊,“没啊,怎么了?”

「だったらいいんだ」

“那就好。”

しつこく食いつかれたらどうしようかと思ったところで、彩夏が「お姉ちゃん、リモコン取って」と横から割り込んだ。

正盘算着要是被她缠上该怎么办,彩夏便从一旁插话道:“姐姐,帮我拿遥控器。”

「わたしはあんたの道具じゃないから。いつも言ってんでしょ」

“我又不是你的工具,这话我说过不知道多少次了吧。”

「あー、はいはい。すいませんね」彩夏が手を伸ばしてリモコンを取り、「最高気温二十四度? 夏、本当に終わっちゃったの?」

“啊,是哦是哦,不好意思。” 彩夏伸手拿起遥控器,“最高气温二十四度?夏天真的结束了吗?”

テレビを点けるなり派手なため息をつく。週間天気予報が灰色の雲に埋め尽くされていた。司会の蓑家閑も「なんとかなりませんかねえ」とぼやいてお天気キャスターを困らせている。

刚打开电视,她就大大地叹了口气。一周天气预报被灰色的云层覆盖着。主持人蓑家闲也发着牢骚说 “就不能想点办法吗”,令天气预报员不知该如何作答。

カメラがズームアウトすると、見慣れた『ハローどっこいしょ東北』のスタジオセットに三人のコメンテーターが並んでいた。いつもよりテーブルが広く見えるのは、コメンテーターが一人少ないせいだ。ジャーナリストの伊豆美崎こと和泉早希は、ガレージに停めたジャガーのトランクに入っていた。

镜头变焦后,三名评论员并排坐在眼熟的《你好呀,东北》的演播室里。桌子看上去比平时宽敞了些,那是因为少了个评论员。记者伊豆美崎,也就是和泉早希,此刻正躺在停放于自家车库的捷豹的行李箱里。

リビングを見回し、ささやかな達成感を嚙み締める。家を見張っていた曲者くせものは消えた。妻や娘たちが気づかないうちに、象山はまた小さな亀裂を塞いだのだ。

环顾客厅,象山品味着小小的成就感。监视自家的歹人已被抹去了,在妻女尚未觉察的时候,象山又补上了细小的裂隙。

あの女の住所を突き止めるのは容易ではなかった。芋窪刑事に探りを入れ、自動車検査登録事務所で車の持ち主を照会できると分かったところまでは順調だったがしょうかい先にあった。ネットで手続きを調べてみると、個人が照会しょうかいを行えるのは、裁判の手続きに必要な場合など一部のケースに限られていたのだ。

找出那个女人的住所绝非易事。虽然从芋窪刑警处获悉可以在车辆检测登记办事处查到车主信息,看似一切顺利,但壁障就在前方。试着在网上查询了下程序,发现个人仅在某些特地的情况下有查询权限,例如涉及法律程序时。

そこで象山は一計を案じた。知人の車を拝借し、妄想症患者の裏島一年をねたのだ。

于是象山心生一计,他借来了朋友的车,撞了妄想症患者里岛一年。

二日後、診察にやってきた裏島にMRI検査同意書に署名させ、文字を写して偽の委任状を作った。それを持って自動車検査登録事務所を訪れ、訴訟そしょうのために車の持ち主が知りたいと言って、デリカの持ち主を照会させた。象山は自ら照会理由をつくり出すことで、登録事務所に女の素性を開示させたのだ。

两天后,他让前来看病的里岛在核磁共振的检查同意书上签名,誊下字迹做成了假委任状。他拿着这些资料去了车辆检测登记办事处,以诉讼需求为由要求查询车主信息,并成功查到了得利卡的车主。通过自行编造的查询理由,让登记办事处公开了女人的个人信息。

「そういえば明日、彼氏が挨拶に来るから」

“说起来,男朋友明天就要登门拜访了。”

サプリの瓶の蓋を開けながら、舞冬が何でもないような口調で言う。彩夏は炭酸水を噴き、派手に咽せ込んだ。

舞冬一边拧开营养品的瓶盖,一边用若无其事的口吻说道。彩夏喷了一口汽水,使劲地咽了下去。

「それって、まさか──」

“难不成你已经——”

「できてないよ」

“怎么可能啊。”

舞冬が苦笑する。彩夏はうわ言のように「やば」と繰り返した。

舞冬苦笑着说。彩夏则梦呓般地重复着 “真的假的”。
午前十時から三時間、神々精警察署で〝もぐら男〟の事件に関する事情聴取を受けると、象山はジャガーを西へ走らせ、妄鳴山の不死館へ向かった。

从上午十点开始,象山为“鼹鼠男”事件在神神精警署做了三个小时的笔录后,驾驶着捷豹向西直奔妄鸣山不死馆。

父さんと母さんが崖に落ちて死んだのが三十六年前のこと。不死館はその後、誰の手に渡ることもなく、ブナ林の中にひっそりと放置されていた。

三十六年前,他的父母在此坠亡,此后不死馆并未被人接手,就这样静静地放置在山毛榉林中。

二年前、ある理由で隠れ家が必要になった象山は、三十四年ぶりに不死館を訪れた。屋根がわらが剝がれ、煉瓦仕上げの壁はヤブガラシのつるに覆われていたが、幸い不埒な若者の遊び場にされた様子はなかった。発電機とブレーカーを取り換えると、不死館はすぐに息を吹き返した。

两年前,出于某个缘由,象山需要一处藏身之所,于是他时隔三十四年再度造访了 “不死馆”。屋顶的瓦片已然剥落,砖墙上也爬满了白粉藤。幸运的是,这里并没有变作无赖少年的游乐场。换掉发电机和断路器后,不死馆即刻恢复了生机。

玄関ポーチの前にジャガーを停め、エンジンを切る。トランクを開け、ぱんぱんに膨らんだポリエステル2製のシュラフを担ぎ出す。たちまち蚊と蠅が周囲を飛び回り始める。

象山把捷豹停在门口,熄掉引擎,打开行李箱,搬出胀得快要炸开来的涤纶睡袋,蚊子和苍蝇即刻在周围转来转去。

玄関の扉には指紋認証式の錠が取り付けてあった。センサーの調子が悪いときはテンキーで暗証番号を入力することもできるが、実際に使ったことはない。プラスチックのカバーを開け、センサーに親指をかざす。ガチャ。再びシュラフを抱え、寄りかかるようにして扉を開ける。芳香剤の甘ったるい匂い。

玄关上装着指纹锁,感应器失灵时,还可以用数字键盘输入密码,但实际上从未用过。象山掀开塑料盖,把拇指按向传感器,听到喀嚓一声响之后,他再度抱起睡袋,用身子顶开了门。周身弥漫着芳香剂的甜香。

玄関ホールにシュラフを転がす。紐を引いて口を開けると、和泉の傷んだ髪がぱらぱらとこぼれた。シュラフがぎゅうぎゅうに詰まっているのは、死体を毛布で包み、隙間に防腐剤を詰め込んであるせいだ。万が一にもトランクから臭いが洩れ、家族に気づかれたら取り返しがつかない。

象山把睡袋放倒在玄关大厅里,解下绳子松开袋口,和泉受损的头发哗哗地淌了出来。睡袋被塞得满满的,那是因为尸体外边裹着毯子,并在缝隙里塞了防腐剂。万一行李箱里散发出臭气被家人发现,那就彻底完了。

腕に止まった蚊を潰し、ポケットからスマホを取り出した。生田医久いくいこに電話をかける。

象山拍死停在手臂上的蚊子,从口袋里掏出手机,给生田医久彦去了电话。

「こんにちは、生田です!」

“你好,我是生田。”

自衛隊員も耳を塞ぐような声だった。

这声音大到连自卫队员都要捂住耳朵。

「うるさいな」ため息を吐きながらシュラフに屈み込み、髪を摑んで和泉の頭を引っ張り出す。「きみ、死体みたいな臭いがするって病院で噂になってるよ。〝仕事〟の後はシャワー浴びてから出勤しろって言ったよね」

“吵死了。” 象山屈着腰叹了口气,抓住头发把和泉拽了出来,“医院里的人都说你身上有股尸臭,你就不能干完 ‘活’ 后洗个澡再去上班吗?”

「ごめんなさい。ごめんなさい」

“对不起,对不起。”

か細い声に、ざらざらとしたノイズが重なる。

细弱的话声和刺耳的噪音重叠在了一起。

「新しい仕事がある。不死館の死体を三日以内に処理してくれ」

“我有个新 ‘活’,三天之内把不死馆的尸体处理掉。”

「三日ですか」さらに声がしぼんだ。「あの、月曜まで学会で廣崎ひろさきなんですけど」

“三天?” 电话里的声音变得愈加萎靡,“那个,到周一为止我在广崎参加学术会议。”

「きみ、自分の立場分かってる?」

“你明白自己的立场吗?”

でかい涙袋に蚊の死骸を擦り付けた。濁った眼球が明後日あさってを向く。

象山将蚊子的尸体蹭在鼓胀的睡袋上,浑浊的眼球转向了全然不同的方向。

「ごめんなさい。ごめんなさい。すぐに戻ります──」

“对不起,对不起,我马上回来——”

画面をタップして通話を切った。

象山轻触屏幕,挂断了电话。

和泉は数日以内に解体される。肉は細切れにされカラスとネズミの胃袋に、骨は灰になって妄鳴川に消える。和泉早希はこの世界から姿を消す。

和泉将在数日内被肢解,肉会被分成小块成为乌鸦和老鼠的腹中之物,骨头将化外灰烬消失在妄鸣川里,和泉早希的存在将从这个世界上彻底抹杀。

象山が手を動かすことはない。奇術の天才だった父さんが気球から落ちたように、人は必ず間違いを犯す。膨大な手間のかかる死体の処理となればなおさらだ。リスクを排除するには、人に仕事をさせ、それを見張る側に回るのが一番だった。

象山不会亲自动手。就像身负魔术天才的父亲最终从气球上跌落一样,人难免犯错,尤其是处理那些耗时甚巨的尸体。为了消除风险,最好的办法莫过于驱使他人干这样的活,然后自己退居幕后。

生田医久彦は神々精医科大学附属病院の産科に勤める医師だ。曾祖父の代からの医師家系の出で、分家も含めると二十二人もの親族が神々精医科大の関連病院で働いている。自身が生まれたとき、母親が羊水塞栓そくせん症で死んだのがきっかけで、小学生の頃から産科を志していた。現在は臨床と研究の両面で、家名に恥じぬ実績を上げている。

生田医久彦是神神精医科大学妇产科的医生,出身于曾祖父那一代就从医的医生世家,包括分家在内,共有二十二名亲属在神神精医科大学相关的医院工作。他出生的时候,母亲死于羊水栓塞,因此他从小学就立志进入妇产科。如今的他,无论是临床还是研究,都取得了无愧于家名的实绩。

象山には縁のない話だが、名家の倅にはそれなりの苦悩があるらしい。生田を追い詰めたのは、親族からの厚い期待と、それに応えられなかった者へ浴びせられる容赦のない嘲笑ちょうしょうだった。

尽管与象山无关,但名门之子似乎也有相应的苦恼。将生田走投无路的正是来自亲人的厚望,以及未能回应期望的人遭遇的无情嘲笑。

──医久彦は本当に良い子だよ。

——医久彦真是个好孩子啊。

──根性なしの母親のせいで苦労したのにね。

——明明是因为有个没毅力的娘才遭了这么多罪。

──お兄ちゃんなんて三浪して薬剤師なんだから。

——他哥可是考了三次才考上药剂师的。

──女遊びばっかりのおじさんに爪の垢飲ませてやりたいよ。

——真想让他那个整天只会玩女人的叔叔好好学学。

──でも医久彦だけは、本当に良い子だ。

——只有医久彦是个好孩子呐。

何か一つ間違いを犯せば、自分もすぐに笑われる側へ回る。なまじ医師として優秀だったばかりに、生田はそんな不安から逃れられずにいた。

只要出了任何差错,自己就会立即沦为被讥嘲的一方,作为一名优秀的医者,生田始终无法甩脱这种不安。

いつまでも優等生でい続けることに耐えられなくなったのだろう。生田は三十を過ぎた頃から闇カジノにのめり込んだ。

大概是不堪忍受一辈子当优等生了吧。生田三十岁出头就迈进了黑赌场。

そこから先はあっという間だった。半年足らずで数億の借金を抱えた生田は、カジノで知り合った中国人、〝慈善スイシャン〟こと刘圖リウ・トウーそそのかされ、違法行為に手を染める。初めは発注はっちゅう書を書き換えて余分に仕入れた鎮痛剤を横流しするだけだったはずが、〝慈善〟の要求はたちまちエスカレート。拒めばそれまでの違法行為を暴露すると脅され、一年後には胎児の売り渡しを強要されるまでになっていた。

接下来的变故都是转瞬间发生的,生田不到半年就负债数亿,受赌场上结识的号称“慈善”的中国人刘图的唆使,终于涉足了违法行为。起初只是涂改订单,将多余的镇静剂偷卖出去,但 “慈善” 的要求很快变本加厉,胆敢拒绝的话,就将之前的违法行为公之于众,一年之后,生田甚至被迫贩卖胎儿。

〝慈善〟の考案した手口はよく練られていた。三十週前後の妊婦にインフルエンザやB型肝炎ウイルスの不活化ワクチンと偽って子宮収縮剤を投与し、赤ん坊を早産させる。救命措置を施すふりをして赤ん坊を隔離し、酸素供給装置の付いた防音ボックスに入れる。妊婦には助けられなかったと噓をつき、埋葬手続きを請け負う約束をする。そして病院から防音ボックスを持ち出し、〝慈善〟の元へ届けるというわけだ。

“慈善” 策划的手段相当高明。他让生田将冒充成流感或乙肝疫苗的宫缩剂注射给三十周左右的孕妇,使婴儿早产,然后假装实施抢救措施,将婴儿隔离起来。装入带有供氧装置的隔音盒中。最后谎称没能帮孕妇救下孩子,并答应帮助办理埋葬手续,再将隔音箱从医院里带出来,送到 “慈善” 的手上。

五年前の春。論文のアブストラクトをまとめて深夜に病院を出たところで、象山は生田と鉢合わせした。駐車場をきょろきょろ見回しながらキャリーケースを引いていた生田は、マラリア患者も搔かないような脂汗を搔いていた。

五年前的春天,当象山整理完论文摘要,深夜离开医院之时,意外撞见了生田。只见他一边在停车场东张西望,一边拽着行李箱,身上流的油汗比疟疾患者都多。

象山は生田を問い詰め、事情を聞き出した。生田はこのときまでに七人の赤ん坊を〝慈善〟に売り渡していた。

象山追问生田,打听出的实情。自此为止,生田已将七个婴儿卖给了 “慈善”。

象山は〝慈善〟を事故に見せかけて殺す方法を提案し、生田はそれを実行した。

象山提出了用伪装事故的手段杀死 “慈善” 的方法,生田将之付诸实施。

「先生のおかげで、ようやく地獄から戻ってこられました」

“多亏了您,我终于从地狱逃回来了。”

生田は涙を流して象山に感謝したが、実際は服従する相手が替わっただけだった。

生田泪流满面地感谢象山,但事实上只是换了个主子而已。

和泉の顎を摑み、シュラフから身体を引っ張り出す。何か硬い物が引っかかってうまくいかない。手を突っ込んで探ってみると、引っかかっているのはブラジャーだった。

象山拽着和泉的下巴,将她的身子从睡袋里拉了出来,某个坚硬的东西卡在了口子上,象山把手伸进去一摸,原来是胸罩。

キャビネットの抽斗を開け、ケーパーナイフを取り出す。シュラフに手を入れてカットソーを裂き、ブラジャーを外す。思ったよりも大きな乳がこぼれた。十円玉みたいな乳首を押し潰し、無理やり上半身を引っ張り出す。

于是象山拉开收纳柜的抽屉,从里边摸出卡巴刀,然后把手探进睡袋,划开针织衫,解下了胸罩。比想象还大的乳房跳了出来。他使劲捏着十円硬币大小的乳头,硬是把上半身拽了出来。

「ったく」

“真是的。”

汗を拭いながら立ち上がり、刃を下にしてケーパーナイフを落とした。乳を狙ったつもりが、さく、と右目に刃が刺さる。とろとろした硝子しょうし体が涙袋を覆った。切れ味、問題なし。

象山一边擦汗一边站起身来,将卡巴刀的刀刃朝下,直直刺入下去,本打算扎到胸上,不料刺进了右眼,黏糊糊的玻璃体瞬间覆盖了眼袋,看来锋利度没有问题。

キャビネットの開き戸からキングバットのケースを取り出す。蓋を開け、一つ咥えてジッポーで火を点けた。甘い煙を吸い込み、肺を燻す。

他又从收纳柜里掏出 King Hitter 的烟盒,打开盒盖,衔起一支,用 Zippo 点着了火,吸了一口带着甜香的烟气,熏蒸肺部。

象山が吸っているのは煙草ではない。ケースも巻紙もキングバットだが、中身は乾燥大麻だった。

象山抽的并不是烟,烟盒和卷烟纸虽然是 King Hitter,但里边装的是干燥大麻。

大麻の主成分であるカンナビノイドには強い精神活性作用がある。それでいて依存性は低く、癌や呼吸器疾患しっかんのリスクも少ない。象山は学生時代から、煙草の巻紙で乾燥大麻を巻き、ハーブで匂いをごまかした〝草バット〟を愛飲していた。産科の生田を服従させてからは、大麻の仕入れから紙の巻き直しまですべてこの男にやらせている。

大麻的主要成分大麻素具有强烈的精神活性效应,成瘾性低,患癌及呼吸道疾病的风险较低。从学生时代开始,象山就爱吸把干燥大麻卷进烟纸卷,利用药草掩盖气味的 “草 Hitter”。自从让妇产科的生田用过后,从采购大麻到重新卷纸,一切都交由他做了。

ふう、と煙を吐き出したところでスマホが震えた。ホーム画面にアラートが浮かぶ。「〈あやかやか〉が生配信を始めました!」

当象山吐出一口烟气之时,手机颤动起来,屏幕上跳出了提醒—— “‘AYAKAYAKA’ 开始直播!”

配信アプリのスナッチを開くと、ミイラのように包帯を巻いた男が夜の公園を走り回っていた。パリパリなんとかというゲームのキャラクター、透明探偵だ。公園の便所のドアが開き、頭に懐中電灯を括りつけた男が猟銃を構える。画面の左下でヘッドセットを着けた彩夏が「あっ」と叫んだ。「死ぬ」

点开直播应用的快照,只见一个缠满绷带仿佛木乃伊一样的男人正在夜晚的公园来回奔跑,这正是帕尔帕拉游戏中的角色——透明侦探。这时公园厕所的门打了开来,头上绑着手电筒的男人举起了猎枪,屏幕左下角戴着耳机的彩夏 “呀” 了一声,然后大叫着 “死吧!”

象山は外へ出ると、ジャガーの助手席からタブレットを取って不死館へ戻った。五メートルほどの短い廊下を抜け、本館から別館へ向かう。

象山走到外边,从捷豹的副驾座位上取来了平板电脑,随即返回不死馆。穿过五米左右的短走廊,从主屋走向别屋。

小さなホールの真ん中で、床のタイルを一つ、横へずらした。足元にぎりぎり身体の入りそうな穴が現れる。地下を覗くと、十五メートル下の小さなベッドに人が寝ているのが見えた。

走到小小会客厅的正中央,象山挪开了一块地砖,脚底出现了一个堪堪钻进身体的洞。往地下一看,可以望见十五米下的小床上睡着一个人。

壁に埋め込まれた発電機のスイッチを入れ、エレベーターの扉を開ける。かごに乗り、レバーを倒して地下室へ下りる。

象山按下嵌入墙里的发电机开关,打开电梯门。然后他进了轿厢,放倒操纵杆,就这样下到了地下室。

この地下室はもともと隠し部屋だった。建築当時はマントルピースの裏にエレベーターの扉が隠れていて、暖炉を横に動かさなければ籠に入れなかったのだ。この地下室に子どもたちを呼び、奇術ショーを開くのが父さんの夢の一つだった。

这个地下室原本是秘密房间,建造当初,父亲将电梯的门隐藏于壁炉后边,除非将壁炉移动到一侧,否则就无法进入轿厢。将孩子们召集于此举办魔术表演一直是父亲的梦想之一。

だが夢は叶わなかった。気球から落ちて重傷を負った父さんは、記憶を封じ込めるように、奇術道具を地下室へ運び込んだ。それ以降、父さんはめったにこの部屋に近づかなくなる。それでも唯一、この部屋へやってきたのが、虫の好かない息子を地下室に閉じ込めるときと、数日後にそこから息子を連れ出すときだった。

可梦想最终未能实现。从气球上跌落身负重伤以后,为了封印记忆,父亲将魔术道具尽数转移到地下室,从那以后,父亲便极少靠近这个房间了。但唯一的例外,便是把他那讨厌虫子的儿子锁进地下室,以及数日后再将之带出来。

チン、とベルが鳴り、扉が開く。先ほどずらした床のタイル──こちらから見た天窓から細く光が差し、五メートル四方の部屋を淡く照らしている。煉瓦仕上げの黒ずんだ壁に腐った床板。宙を舞う埃。カサカサと鳴っているのはゴキブリの足音か。

随着 “叮” 的一声,门打了开来,之前挪开的地砖——从此处看去便是天窗,正透过微弱的光线,微微照亮了这个五米见方的房间。黑砖砌成的墙,腐坏的地板,漫天飘舞的尘土,沙沙的响动大抵是蟑螂的脚步声。

向かいのベッドではペペ子が鼾を搔いていた。

对面病床上,佩佩子正发出阵阵鼾声。

錠付きのロッカーを開け、バイアル瓶と注射器を取り出す。バイアル瓶のゴム栓に針を刺し、液体を吸い上げる。ベッドに近づき、ペペ子の腕に針を刺した。催眠鎮静剤のイソミタールを静脈に注入する。これで数時間は目を覚まさない。

象山打开带锁的橱柜,从中取出小瓶和注射剂,将针头扎进小瓶的橡胶塞,抽出液体,然后靠到床边,将针头刺入佩佩子的胳膊,注入了催眠镇静剂异戊巴比妥。如此一来,他便能一连昏睡好几个小时。

ブリキのバケツに注射器を捨てる。裸のペペ子を仰向けにして、アクリル製の風呂椅子を頭に被せる。股を広げ、傷だらけの肛門に潤滑剤ローションを塗り込む。

把注射器随手甩进铁皮桶后,象山将赤身裸体的佩佩子仰面朝天,搬起亚克力的洗澡椅盖在他的头上,掰开双腿,为伤痕累累的后庭涂上润滑剂。

ペペ子は男だった。陰茎と陰囊いんのうは切除済み。本当は性別適合手術のようにちつや外陰部を作りたかったが、技術が足りず断念した。とはいえ週に一度、生田に脛毛すねげを剃らせているから、顔さえ隠せば見た目は女と変わらない。

佩佩子是男人,男根和阴囊已被切除,虽打算模仿变性手术再造下阴,但由于技术不足只得作罢。话虽如此,由于每周都会安排生田为其剃一次腿毛,因此只要把脸遮住,看起来便和女人没什么分别。

頭を覆った風呂椅子にタブレットを置く。配信アプリのスナッチで〈あやかやか〉の動画を再生し、動画の左下、彩夏の顔をピンチアウトで拡大する。

象山将平板电脑放在遮挡头部的洗澡椅上,点开直播应用的快照播放 “AYAKAYAKA” 的视频,然后用手指放大视频左下角的彩夏的脸。

あられもない姿の〝彩夏〟が目の前に横たわっていた。

没有体统的 “彩夏” 在眼前玉体横陈。

パンツを脱ぎ、陰茎を〝彩夏〟の〝膣〟に挿入する。〝彩夏〟は怯えた表情で斜め下を見つめていたが、象山が腰の振りを大きくするにつれ「あっあっ」と喘ぎ始めた。垂れ下がった乳に手を滑らせる。「やばい」乳首を舐める。

象山脱掉内裤,将男根插入 “彩夏” 的 “下阴”,“彩夏” 带着恐惧的表情往斜上方看去。随着腰部摆动幅度的加大,象山开始 “啊啊” 地喘气,手划到了下垂的乳房上,一边喊着 “不行了” 一边舔舐着乳头。

「あー、気持ちいい」

“啊,真爽——”

〝彩夏〟の瞳を見つめ、陰茎を突き上げる。

象山盯着 “彩夏” 的眼睛,男根昂起了头。

「あ、死ぬ──」

“啊,要死了——”

快感に身を委ねたそのとき、〝彩夏〟の顔が滑り落ちた。

就在他沉溺于快感之际,“彩夏” 的脸滑落下来。

タブレットが床へ落ち、透明な風呂椅子の向こうに痣と髭に覆われた醜い顔が現れる。ペペ子は足を引き寄せ、象山の腹を蹴った。とろとろになったレタスサンドが口から噴き出す。象山はベッドから転げ落ちた。

平板电脑摔在了地上,透明的洗澡椅后边露出一张满是瘀青和髭须的丑陋脸颊,佩佩子把腿一收,踹向了象山的腹部,黏糊糊的蔬菜三明治自嘴里喷出,象山从床上滚了下来。

「うわー、死んじゃった」

“哇哇,死了死了——”

彩夏の悔しそうな声。頭を上げると、乳を揺らしてエレベーターに駆け込むペペ子が見えた。扉が閉まり、籠が上がっていく。

彩夏懊恼的声音传了过来。象山抬起头,望见佩佩子摇晃着乳房冲进电梯,门关了起来,轿厢升了上去。

象山は唇を拭って立ち上がった。こんな場合に備え、不死館の窓や扉はすべて外から塞いである。問題は玄関の扉だ。せっかく指紋認証の錠を取り付けたのに、象山は先ほどジャガーにタブレットを取りに行った際、ロックを解除したままにしていた。

象山擦擦嘴唇站起身来。为了防备这种状况,不死馆的门窗皆从外边堵死了。问题是玄关的大门,虽然千辛万苦装上了指纹识别锁,可象山刚才去捷豹取平板电脑的时候,却把锁解除了。

「今のは避けれないですよねー」

“刚才那一下是躲不开的吧。”

籠が戻ってくるのを待ち、エレベーターに乗り込む。一階へ上り、短い廊下を抜けて本館へ向かう。

等轿厢开回来,象山走进电梯上到一楼,穿过短廊奔往主屋。

玄関ホールにペペ子の姿が見えた。象山に気づいて振り返ったところでシュラフに躓き、でかい乳を床に打ちつける。すかさず寝返りを打って象山を睨むと、和泉早希の右目に刺さっていたナイフを抜いた。〝膣〟から潤滑剤が垂れる。

门厅里可以望见佩佩子的身影。觉察到象山的气息后,他扭头看了过来,却不慎被睡袋绊了一跤,巨大的乳房撞在了地板上。只见他立即翻过身来,眼睛死死盯着象山,拔出了扎在和泉早希右眼的小刀。润滑剂自 “下阴” 垂垂滴落。

「来るんじゃねえ」

“别过来。”

肺の弱った老人のような声だった。ナイフを象山に向け、後ろ歩きで玄関へ向かう。

这声音活像一个肺功能虚弱的老人。他用刀子指着象山,后退着往大门靠了过去。

「これで終わりだ。お前も、季々も」

“你和季季都到此为止了。”

ひび割れた唇が吊り上がる。ペペ子の指がドアハンドルに触れた瞬間、ガチャ、とロックがかかった。

他那干裂的嘴唇往上吊起。就在佩佩子把手触碰到门把的一瞬,随着咣当一声,门锁了起来。

「ナイスタイミング」象山は口笛を吹いた。「五分間開きっ放しだと勝手にロックがかかるんだ」

“时机刚好。” 象山吹了声口哨,“打开五分钟就会自动上锁的哦。”

ペペ子は「糞っ」と扉を蹴り、でたらめにナイフを振り回した。肘を鳩尾に打ち込み、蹲ったところで喉を絞め上げる。余った左手で顔を摑んだ。目やら鼻やらに指を押し込み、ぎゅっと力を込める。泣きながら「ごめんなはい」と繰り返すペペ子を突き倒し、引き摺るようにして別館へ運んだ。

“可恶” 佩佩子一声怒骂,朝门踹了一脚,胡乱挥舞着刀子。象山用手肘猛击他的上腹部,然后矮着身子去掐他的咽喉,再以空出来的左手抓住他的脸,将手探入眼睛和鼻子,随即灌注力气。象山把边哭边翻来覆去喊着 “对不起” 的佩佩子打倒在地,拖着他去了别屋。

イソミタールを打ち過ぎて耐性が付いていたのだろう。次はサイレースかジアゼパムを持ってくるよう生田に命じておかなければ。

或许是异戊巴比妥用得太多产生耐药性了吧,下次得命令生田带点氟硝西泮或者地西泮过来。

ペペ子はかつて、妻の季々のストーカーだった。自宅や事務所はもちろん、ドラマの撮影現場、登壇イベント、果ては娘の学校まであらゆる場所に出没し、自分を愛してほしい、気持ちを受け止めてほしいと迫った。よれよれのポロシャツからペペロンチーノを食った日ののような臭いを漂わせていたため、事務所の関係者からペペ男と呼ばれていた。

佩佩子曾是妻子季季的跟踪狂,不仅在自家和事务所,就连电视剧的拍摄现场,登台活动,乃至于女儿的学校等各种地方都有出没。他逼迫季季爱上自己,接受自己的心意。由于他那皱皱巴巴的 Polo衫 会散发出吃了蒜香意面后特有的屁味,因此被事务所的人称作佩佩男。

当時の季々は七年ぶりに出演したドラマ『マルチなマルチ』の詐欺師役が評判を呼び、東北エリアのローカル番組への出演が急増していた。季々は半年ほどペペ男を無視し続けたものの、舞冬の通う高校にまで姿を見せたと知るに至り、涙を流してその不審者の存在を夫に打ち明けた。

当时恰逢季季时隔七年出演电视剧《千面千手》,她饰演的骗子一角大受好评,因此在东北地区的地方节目出镜次数骤然增加。起初季季尝试无视佩佩男,持续了大约半年,可当她得知这人竟出现在女儿舞冬就读的高中时,终于流着泪向丈夫告发了这个可疑人物。

家族を守るには、どんな亀裂も放置してはならない。

为了守护家人,任何裂隙都不能置之不理。

象山はその時点で、すでに四人、季々にまとわりついた男を殺していた。

那个时候,象山已经杀了四个纠缠季季的男人。

当初はいつものように男を殺し、死体を消し去ればよいと考えていた。だがペペ男を尾行し、バイト先の洋食屋でパスタを炒める姿を眺めるうち、象山はこの男に画期的な使い道があることに気づいた。

象山原本以为只要像过去那样杀了这个男人,然后毁尸灭迹即可。可当他跟踪佩佩男,望见其在打工的西餐厅炒意大利面的模样时,象山发觉这个男人有划时代的用途。

ペペ男はやたらと乳がでかかった。道を歩くたび、フライパンを振るたび、二つの脂肪の塊がぶんぶん揺れた。そのくせ子どものように背が低く、肌もつるつるしていて、妙に男好きのする身体をしていた。

这个男的胸很大,每走一步路,每颠一次锅,两团脂肪块就会剧烈摇晃。尽管如此,他的个子却矮得像个小孩,皮肤也特别光滑。身体出奇地符合男性口味。

この頃、神々精医科大病院に勤める同年代の男の多くが離婚や別居の憂き目に遭っていた。原因はどれも同じ。女だ。幼い頃から金に不自由せず、そのくせ青年期の大半を勉強に費やしてきた坊ちゃんたちは、たいてい性欲が何周か捻じ曲がっていた。どこの馬の骨とも知れぬ若い女に惚れ込んで家族にくだり半3を突きつけられた外科医もいれば、リハビリセンターで一目惚れした七十女に睡眠薬を盛って刑事沙汰になりかけた麻酔科医や、寝ている娘の局部を映した動画がネットに洩れて妻に訴えられた小児科医もいた。

近来神神精医科大学附属医院的同龄男性大都遭遇了离婚和分居的痛苦。原因殊途同归,全都因为女人。这些从小不缺钱,却把大多数青春时光用在了学习上的少爷们,性欲也极度扭曲。有迷恋上来路不明的年轻女人,被家人逼迫离婚的外科医生,也有在康复中心对七十岁的老妪一见倾心,偷偷下安眠药却差点吃了刑事官司的麻醉科医生,甚至还有给睡着的女儿拍局部视频传到网上而被妻子起诉的儿科医生。

象山は彼らの話を耳に挟むたび、恐怖におののいた。自分は家族を愛しているが、それでも性欲はある。いつか自分も彼らと同じ過ちを犯すかもしれない。万に一つでもその危険があるなら、予めリスクを潰しておく必要がある。

每当听闻这些人的事情,象山都吓得瑟瑟发抖。他深爱他的家人,可他也有性欲。保不定某天自己也会犯下和他们一样的错误。只要有万分之一的风险,就必须提前消除。

不倫を防ぐには、別の方法で性欲を満たすこと。そこで目を付けたのがペペ男だった。

为了防止出轨,就得用别的办法满足性欲,于是他盯上了佩佩男。

象山は異性愛者だ。ペペ男を抱いても倫理的な問題はない。性的な対象でない者と交わったところで、それは犬を撫でているのと同じことだ。

象山是个异性恋,抱着佩佩男不存在道德问题,和并非性对象的人交合,和抚摸小狗也没什么两样。

象山は発電機を取り換えて不死館をよみがえらせると、地下室の奇術道具を空き部屋へ移し、そこにペペ男を閉じ込めた。当初は二、三回遊んで捨てるつもりだったが、行為を重ねるうちに殺すのが惜しくなり、ずるずると生田に世話をさせ続けていた。

于是象山换掉发电机,让不死馆复活,然后将地下室的魔术道具全都转移到空房间,把佩佩男关在那里。刚开始他打算玩两三回就把他处理掉。但事办多了,又舍不得将其杀死,就这样一直拖拖拉拉地让生田养着他。

「──ごめんなはい。許してくらはい」

“——对不起,原谅我吧。”

地下室の床に倒れたペペ子が、嘔吐えずきながらうめく。

佩佩子瘫倒在地下室的地板上,一边呕吐一边哀嚎。

閉じ込めた当初のペペ子は犬ころのように血気盛んで、たびたび象山に襲いかかり、意味もなく声を張り上げたり、煉瓦仕上げの壁をよじ登って天窓から逃走を図ったりした。だがこの半年ほどはすっかり大人しくなっていたため、抵抗を諦め、自分の運命を受け入れたものと思い込んでいた。

被囚禁之初,佩佩子像狗一样血气旺盛,时不时扑向象山,毫无意义地大吼大叫,抑或尝试爬上砖砌的墙壁从天窗逃走,不过这半年来,他变得相当老实。因此象山还以为他已不再抵抗自己的命运。

今回のことに味を占めて馬鹿な真似を繰り返さないよう、しっかりおきゅうを据えておく必要がある。象山はベッドの枕からカバーを外し、ペペ子の頭に嵌めた。案山子のようになったペペ子が、ばふっ、と変な音を出す。黄ばんだカバーが黒く濡れる。

为了防止他从这次的事情里尝到甜头重蹈覆辙,看来有必要好好敲打一下。于是象山从床上的枕头上扒下枕套,套在了佩佩子的头上。化作稻草人模样的佩佩子发出噗噗的怪声,泛黄的枕套被水沾湿化作了黑色。

バケツから使用済みの注射器を取り、顔のあるところに針を刺した。

象山从水桶里拿起用过的注射器,朝脸部的位置扎了下去。

「んぁっ」

“唔!”

ペペ子が波打つ。布から針を抜き、刺す。ぷす。布に血が滲む。ぷすぷすぷす。血の面積が増えていく。

佩佩子一阵挣扎,象山把针从布上拔下来,然后噗的一声再次扎入,布面上开始渗出血迹,随着噗噗噗的声音,血的面积越扩越大。

カバーで頭を覆ったのは、首から下へ血が飛ぶのを防ぐためだった。〝彩夏〟と交わろうとして股に血が付いていたら最悪だ。

之所以用枕套罩住头,是为了防止血溅到脖子以下。和 “彩夏” 交媾的时候,万一大腿上沾到了血,那可就糟透了。

いや、とペペ子を見下ろして考える。これまで抱いた回数はゆうに百を超えている。できるだけ丁寧に扱ってきたものの、さすがにあちこちガタが来ていた。肌はくすみ、乳は曲がり、〝膣〟からはすぐに糞が垂れてきてしまう。家のエアコン同様、そろそろ換え時かもしれない。

不——象山低头看向佩佩子,暗暗思忖着。迄今为止抱他的次数已经超过一百次了,虽说已竭尽所能小心处置,但依旧到处掉链子。皮肤变得暗黄,乳房变得歪曲,就连 “下阴” 也很快会淌出粪便。或许和家里的空调一样,是时候换掉了吧。

ばふっ、ばふっ。

哗啦,哗啦。

真っ赤に染まった布が上下に揺れる。

染成鲜红色的布上下起伏。

「じゃあ今日はこれくらいにしときましょう。皆さん、ありがとうございました」

“那今天就到这里啦,谢谢大家。”

ベッドの下から〈あやかやか〉の声が聞こえた。

床底下传来了彩夏的声音。

3#

午後九時四十五分。閉店まであと十五分のところで県道沿いのショッピングモール、バッズに駆け込むと、象山は二階の酒屋で台湾ビールの六缶パックを二つ買った。

晚上九点四十五分,距离打烊还有一刻钟。象山冲进县道旁的 “花芽” 购物中心,在二楼的酒馆买了两拎六听装的台湾啤酒。

階段を下りようとしたところで、踊り場に見覚えのある顰めっ面が見えた。思わず足を止める。神々精警察署の芋窪だ。

刚走下楼梯,象山就在楼梯平台上看到了某张似曾相识的苦瓜脸,不禁停下了脚步。对方是神神精警署的芋窪。

「──ここらにはもういねえだろ」

“——已经不在这里了吧?”

階段の下に目をやると、舞冬くらいの年齢の女の子が人目を避けるようにトートバッグを抱えていた。痴漢でも出たのか。隣りにはいつかのニキビ面の刑事の姿もあった。

往楼梯下边一看,只见那里有个和舞冬差不多年纪的女孩,怀里抱着手提袋。是闹色狼了吗?女孩的旁边也站着那个满脸粉刺的刑警。

顔を合わせたところで困ることもないのだが、人を犯し、顔を血だるまにした直後に刑事と会うのはさすがに気が引ける。象山は階段を引き返し、反対側の階段から一階へ下りた。裏の出口からショッピングモールを出て、駐車場へ向かう。

虽说碰面并没什么可为难的,但刚侵犯了别人弄得满脸是血就去见刑警,着实教人情何以堪。于是象山自楼梯折返,从对面楼梯下到一楼,穿过后门离开购物中心,前往停车场。

「おっぱいどすか」

“要奶子吗?”

普段は通らない裏手の道を歩いていると、ネオンカラーの看板を持った男に声をかけられた。「セクシークラブ マーニー」とある。雑居ビルの細い階段の上から聞き覚えのあるアトランタベース──『あんぱんトリップ』が洩れていた。

当象山走在平时难得一走的小路上时,一个手拿灯光招牌的男人向他搭话。上边写的是 “性感俱乐部玛尼”,商住楼的逼仄楼道里飘出了耳熟能详的 Atlanta Bass——夹馅面包旅行。

惹かれなかったといえば噓になる。〝彩夏〟との行為が尻切れトンボに終わり、象山は股間の疼きを持て余していた。

倘使说内心毫无波澜,那就是撒谎了。和 “彩夏” 办事半途而废,象山股间的疼痛着实难以排遣。

とはいえこんなところで性欲を発散するわけにはいかない。それがありなら、何のためにペペ子をつくったのか分からない。ビールの入った袋を持ち替え、黙って店の前を通り過ぎようとした、そのとき。

话虽如此,总不能在这种地方发泄性欲。如果能这样也行,那就没必要造出佩佩子了。正当他拎着装啤酒的袋子一言不发地从店门口经过时——

「うわあああっ」

“哇呀!”

男が一人、ゴムボールのように跳ねながら階段を落ちてきた。頭をアスファルトに打ち付けたかと思えば、身体がぐるりと回って象山の足元に倒れる。顔を見るとひどいすきっ歯だった。続けて眉のない男が階段を下りてくる。

一个男人像皮球一样一蹦一蹦摔下楼梯,脑袋撞上柏油路面,身子转了个圈,倒在了象山脚下。象山看着他的脸,发现他牙长得乱糟糟的。紧接着一个没有眉毛的男人走下楼梯。

「ケツに入れてるもん出せ」

“把屁股里的东西拿出来!”

返事を待たずにすきっ歯男の尻から財布を抜き、札入れを開く。

不等对方回应,他就从歪牙男的屁股袋里拿出钱包,将其打了开来。

「一文なしじゃねえかよ」財布を投げつけ、「さっさと金下ろしてこい」胸倉を摑んだ。

“这不是一个子都没有吗?” 他把钱包往地下一扔,一把攥住男人的胸口 “快去取钱!”

「いやあ、本当すいません。実は口座も空っぽなんです」

“哎呀,不好意思,其实我的账户里也一个子都没有哦。”

へへ、と頭を搔く。床屋が途中でやる気をなくしたような髪型だった。

歪牙男 “嘿嘿” 地挠着头。那发型好似理发师中途撂挑子一样。

「親に電話しろ」

“给你爸妈打电话。”

「えっと、ぼく、みなし子でして」

“那个,我是孤儿呢。”

今さら事態の深刻さに気づいたのか、すきっ歯は膝を畳み、頭と両手をアスファルトに押しつけた。

或许是此刻才意识到事态的严重性,歪牙男叠起膝盖,把脑袋和双手压在柏油路上。

「女でもツレでも同僚でもいい。早く電話しろ」

“女人也好同学也好同事也好,快给我打电话。”

「彼女なんかいません。学校も全然行ってないし、配送のバイトも首になっちゃったんで。もう本当、一人ぼっちっていうか」

“我没有女朋友,早就不上学了,就连送货的活也被炒了鱿鱼。我真的是一个人啊。”

看板の男がオールデンの踵で手の甲を踏む。うぎゃ、とすきっ歯が喘ぐ。

被招牌男用爱尔登鞋的脚后跟踩着手背,歪牙男呼哧呼哧地喘着气。

「おっぱい揉んどいてすかんぴんだから払えねえってそんな馬鹿な話あるか。バッズでババアの財布でも盗ってこい」

“只摸了奶子所以不给钱?哪有这种蠢事?那就去 ‘花芽’ 偷老太婆的钱包!”

「きみ、いくつだ」

“你多大了?”

眉なしと看板持ちが同時に象山を見た。一瞬遅れて、すきっ歯が首を起こす。

无眉男和招牌员同时看向了象山。片刻之后,歪牙男也抬起了脸。

「ぼく?」

“我吗?”

象山は頷いた。

象山点了点头。

「二十一ですけど」

“二十一。”

「家は」

“家在哪?”

「名残市です」

“名残市。”

車で一時間ほどの距離だった。

开车大约一个小时的距离。

「証明できるものを見せろ」

“有什么证件吗?给我看看。”

すきっ歯は不思議そうに首を傾げながら、血の滲んだ手で財布を拾い、カード入れから学生証を出した。

歪牙男莫名地歪着头,用渗血的手拾起钱包,从卡夹里抽出学生证。

陽川日向、一九九九年二月十日生まれ。住所は名残市横手。名残美術専門学校の視覚デザイン学科に在籍しているらしい。

阳川日向,一九九九年二月十日出生,家住名残市横手,似乎是名残美术专科学院视觉设计系的在册学生。

「今から二時間、わたしの言うことを聞け」

“接下来听我说两个小时的话。”

「は」

“哈?”

「それができるなら、代わりに金を払ってやる」

“要是能行,我就替你把钱付了。”

すきっ歯は眉をハの字にして呆然と象山を見ていたが、十秒ほどで腹を決めたのか、媚びるように両手を擦り合わせた。

歪牙男把眉毛撇成八字,呆然地盯着象山。十秒之后,他似乎定下了决心,谄媚地搓着双手。

「おじさん、あなた素晴らしい人だ」

“叔叔,你真是个大善人。”

象山が耳を揃えて二万二千円を払うと、眉なしはどこか釈然としない表情のまま、ポケットに両手を入れて階段を上っていった。看板持ちは、しっし、と手を振って、通りかがったサラリーマンに声をかける。「おっぱいおっぱい」

象山凑齐款项,总共付了两万两千円,无眉男带着无法释怀的表情双手插着口袋上了楼梯,招牌男则挥着手,向路过的上班族打招呼说 “奶子奶子”。

すきっ歯は店員から隠れるように狭い路地に入ると、

歪牙男躲开店员,走进一条逼仄的小巷。

「何するんすか」膝の土を払いながら象山を見た。「ぼく、背高いんで天井の電球とか換えれますよ。それとも絵のモデルとかすか」

“你要我干什么?” 歪牙男拍了拍膝盖上的泥土,望向了象山,“ 我个子高,可以换天花板上的灯泡,还可以当画画的模特。”

顔は醜いが、頭も悪いらしい。

这家伙长得不咋地,脑子似乎也不好使。

「あそこに行く」

“去这里。”

象山が「コンセプトホテルガネーシャ」の看板を指すと、すきっ歯は「ああ」と引きった笑みを浮かべた。

见象山指着 “象头神概念酒店” 的招牌,歪牙男 “啊” 了一声,露出痉挛的笑容。
二十二年前の春。象山が研修医、季々が無名の劇団員だった頃。合コンで知り合った季々をどうしても抱きたくなった象山は、馴染みのバーで彼女にしこたま赤ワインを飲ませ、県道沿いのホテル──ガネーシャへ連れ込むことにした。

二十二年前的春天,当时象山还是实习医生,季季仍是无名剧团成员。在联谊会上结识季季后,象山无论如何都想把她揽入怀中,于是便在熟悉的酒吧灌了她好多红酒,然后再带她去县道旁的酒店——象头神概念酒店。

日付が変わるまでには片づくだろうと高を括っていたのだが、象山の読みは大きく外れた。季々は胃袋がでかいだけでなく、肝臓もめっぽう強かった。いくらワインを飲んでも素面しらふのようにけろりとしている。それでもしつこく飲ませ続け、最後は霧雨にかこつけて「濡れるといけないから」と強引にホテルへ引き摺り込んだ。安っぽいゲートをくぐったときには、すでに空が白み始めていた。

本以为在零点之前就能搞定,但象山的预判却出了差错。季季不仅是大胃王,肝脏也极其强悍,无论灌多少红酒都面不改色。尽管如此,象山仍执拗地为她劝酒,最后指着濛濛细雨以不想淋湿为借口,硬是把她拽进了酒店。当两人穿过廉价的大门时,天空一起泛起了鱼肚白。

ようやく手に収めた果実を前に、象山の胸が高鳴っていたのは言うまでもない。だがフロントで受け取ったルームキーでドアを開けた瞬間、瞼の重そうだった季々が目をぱちくりさせ、「なにこれ」とつぶやいた。

面对终于到手的果实,象山的心怦怦直跳,可当他用在前台那里拿到的钥匙打开门的那一瞬,眼皮沉重的季季情不自禁地眨了眨眼,喃喃地说了句 “这是什么”。

クリーム色の内装に医療用のパイプベッド。その横には心電図モニターと点滴スタンド。天井にはわざわざカーテンレールが取り付けられている。そこはあろうことか病室風の部屋だった。

里边是奶油色的装修和医用钢管床,边上还有心电图监视器和吊瓶支架,天花板上还特地装了拉帘轨道。这是一间病房风格的情趣房。

象山が医師の卵であることは季々も知っている。自分のやっていることは学園風イメクラに通う教師と同じだ。どれだけ欲求不満なのかと呆れられたに違いない。

季季也知道象山是新人医生。自己所做的事就像整天光顾学园风风俗店的教师一样。她一定在暗自揣度这人究竟有多欲求不满吧。

季々がシャワーを浴びている間、象山はひどくいたたまれない気分で天井の蛍光灯を見つめていた。やるなら早くやりたいが、やらないならさっさと出て行ってほしい。悶々としながら手の中で煙草ケースを転がしていた。

当季季去洗澡时,象山以难堪的心情盯着天花板上的荧光灯。要做就赶紧做,不做就快点走人。象山悒悒不乐地转着手里的烟盒。

数分後、シャワールームから出てきた季々は、ベージュのガウンの腰紐をきつく締め、胸元を隠すように襟をしっかり合わせていた。

数分钟后,季季自淋浴间出来。米色长袍的腰带紧紧系在身上,衣领也密密地贴合在一起,将胸口遮得严严实实。

「雨、もうやんだかな?」

“雨停了吗?”

いたずらっぽい笑みを浮かべ、なぜか白い服を差し出す。

她俏皮地露出微笑,不知何故拿出了一条白色衣服。

「服、濡れたでしょ。着替え持ってきたよ」

“衣服湿透了吧?我带了换洗衣服哦。”

そう言って両手に広げたのはコスプレ用の白衣だった。

言毕,她用双手将 Cosplay 用的白大褂摊了开来。

なんということだ。この女はまだ自分に愛想を尽かしていない。それどころかロールプレイにも乗り気らしい。

这是怎么情况?这女人居然并不嫌恶自己,非但如此,她似乎还对角色扮演很感兴趣。

象山は矢も楯も堪らず季々を抱き寄せようとした、のだが。

象山迫不及待地欲将季季揽入怀中,然而——

「おえええっ」

“呕~”

数時間遅れでようやく酔いが回ったのだろう。季々はクリーム色の床に蹲り、見たことのない量のげぼを吐いた。

大概是醉意晚了几个小时才姗姗到来,季季蹲在奶油色的地板上,吐出了多到前所未见的呕吐物。
──あれは何号室だっただろうか。

——是在几号房呢?

シャワールームで汗を流し、台湾ビールの入った袋を提げて部屋を出る。ルームキーを見ると、すきっ歯の男を連れ込んだのは205号室だった。

在淋浴房洗了个澡后,象山拎着装满台湾啤酒的袋子出了房间,看了眼房间钥匙,之前带来的那个歪牙男是在 205 号房。

隣りの扉には203とある。4を飛ばしているのはげんかつ4か。罰当たりな部屋ばかり作っておいて、こんなところだけ縁起を気にしているのがおかしい。

隔壁门上写着 203,跳过了 4,大概是为了讨口彩吧。只用作惩罚的房间却在这种地方讲究彩头,真是奇哉怪也。

象山とすきっ歯が利用した205号室は、寺の本堂風の部屋だった。相変わらず装飾が細やかで、六角台に鎮座した薬師如来にょらいの前にはわざわざ香炉やりんが並べられていた。壁の火灯窓かとうまどが張り紙だったのには拍子抜けしたが、こればかりは仕方ないのだろう。ラブホテルの部屋にでかでかと窓を作るわけにはいかない。

象山和歪牙男所用的 205 号房是寺院正殿风的情趣房。装饰依旧精细。六角形的台子上供着药师如来,前面还特地摆了香炉和铜磬,不过墙上的火灯窗只是贴纸,不免教人扫兴。但这也是无法可想的,毕竟没法指望情趣酒店的房间开一扇大窗。

すきっ歯との行為はなかなか気持ち良かった。ことを終えた後、一万円を余計に渡してやると、すきっ歯は「あなたは神様のような人だ」と象山を拝みながら陰茎をしゃぶり、「いつでも呼んでください」とメモパッドにメールアドレスを書いて踊るように部屋を出て行った。

和歪牙男办事相当舒服,完事之后,象山多给了他一万元,“你真是神明一样的人” 歪牙男一边膜拜象山,一边吸吮着男根。事后他在便笺本上写下邮箱地址,留下一句 “请随时叫我”,便跳舞似地走出了房间。

あの男を次の〝彩夏〟にしてやってもいいかもしれない。醜い乱杭らんぐいには虫唾むしずが走るが、〝彩夏〟と交わるときは顔を隠すから問題ない。陰茎を切り落とし、胸にシリコンを詰め込んでやればなかなかの女になりそうだ。家族も友だちもいないと言っていたから、監禁するにも都合がいい。

让这个男人成为下一个 “彩夏” 也未尝不可。虽说丑陋参差的牙齿教人恶心,但和 “彩夏” 交合的时候会遮住脸,所以算不上问题。只要把他的男根切除,再在胸口塞上硅胶,他会是个不错的女人。加之他自称没有家人也没有朋友,所以监禁起来也相当便利。

思わずほくそ笑みながらエレベーターホールのボタンを押したところで、

象山不禁露出了微笑,按下了电梯间的按钮。

「象山さん?」

“象山先生。”

耳馴染みのある声が聞こえた。

传来了耳熟的声音。

「お世話んなってます。デリヘル帰りっすか。いいっすね」

“承蒙关照,是刚办完那个回家吗?真好?”

じゃらじゃらとシルバーアクセサリーを鳴らしながら廊下を歩いてきたのは、ドラッグディーラーのエデンだった。

随着一阵银饰的叮当声,走过来的人是卖药人伊甸。

そろそろ三十を越えたあたりか。目、鼻、口がどれも大きく、潑溂とした少年のような顔をしている。そのくせ二十年前のメンズファッション誌のラッキーアイテムをすべて身に着けたような騒がしい格好をしているせいで、どこかの儀式から抜け出してきた呪術師のようになっていた。

他年近三十,眼睛鼻子嘴巴都很大,一副阳光的少年的模样。但由于穿着过于芜杂,仿佛把二十年前的男性时尚杂志的所有开运单品都戴在身上似的,令他看起来活像自某个仪式逃脱的巫师。

「ご心配なく。奥さんに告げ口したりしねえっすから」

“别担心,我不会告诉尊夫人的。”

からから笑いながら右手を振る。指の真ん中、中節骨の辺りに、E、D、E、N、と泣きたくなるようなタトゥーが彫ってあった。

伊甸边笑边挥着右手,手指中央的中节骨一带刻着 E、D、E、N 这般能把人看哭的纹身。

「こんなところで取り引きか」

“你在这里卖货吗?”

エデンはじゃらりと頷く。

伊甸点了点头。

「ここ、本職がいないんすよ。あいつらいいかっこしいだから、こういう恥ずかしいホテルは使わないんです」

“这里没有专门干这行的,那些人总爱装模作样,所以不会用这种令人尴尬的酒店。”

エデンは暴力団や半グレの傘に入らず、独自のルートで海外から仕入れた大麻や幻覚剤、向精神薬などを売りさばいている。

伊甸并未归于任何黑社会或者小混混的保护之下,而是通过自己的独家渠道贩卖从海外采购来的大麻、迷幻剂和精神药品之类。

名前も見てくれもどうかしているが、実はこの男、十三歳まで子役として活躍していた。孤児の少年役を熱演ねつえんしたフジヤマテレビのドラマ『エデンの朝焼け』は三十パーセント超えの高視聴率を記録し、エンディングテーマの『楽園を探して』で披露した大人顔負けの歌唱も話題を呼んだ。だが最終回の放送から十日後、ゲスト出演したワイドショーの収録中に「気持ち悪い」とつぶやいてスタジオを退出。そのまま芸能界を引退した。

虽说名字和长相都很古怪,但事实上他在十三岁之前一直以童星的身份活跃在人们视野。他曾在富士山电视台的《伊甸朝霞》一剧中饰演一个孤独少年,该剧创造了超30%的高收视率。他在片尾曲《寻找乐园》中所展示出的成熟唱功也引发了热议。但就在最后一集播完的十天后,他在以嘉宾身份参与综艺节目的录制现场,途中突然说了句 “恶心死了”,随即离开了演播室。就这样彻底告别了演艺圈。

よほど自分の過去が受け入れがたかったのだろう。エデンは世間に知られた風貌を描き変えるように、肌という肌にタトゥーを彫り、穴を開け、金属をぶら下げていった。薬物を売り始めたのも効率よく彫り代を稼ぐためだったという。

或许难以接受自己的过去吧,伊甸在自己的每一寸皮肤上刺青,打孔,悬挂金属,就似想改变自己众所周知的外在一样。据说他开始贩卖禁药也是为了更为高效地赚取纹身费。

「新しい絵を描いたのか」

“你又纹了新图案吗?”

第三ボタンまで開いたシャツから見慣れない蛇が顔を出している。エデンから大麻を買うようになって十年ほど経つが、最近は生田に仕入れをやらせていたので、顔を合わせるのは久しぶりだった。

一条陌生的蛇自敞开到第三颗纽扣的衬衫里露出了头,从伊甸手上购买大麻已有十年,最近进货的事都交给了生田,因此很久没见了。

「ええ。ニシキヘビです」エデンが〝E〟の指でシャツを広げる。「蛇は再生や繁栄の象徴と言われてます。脱皮だっぴを繰り返して大きくなるんで」

“嗯,是蟒蛇哦。” 伊甸用纹着 “E” 的手指撑开衬衫,“蛇被认作是重生和繁荣的象征,它会不断地蜕皮成长。”

「お絵描き一つに大げさだな」

“你纹得也太夸张了。”

「その絵と死ぬまで添い遂げるんすからね。恋人みたいに飽きたからって捨てるわけにはいきません。肌に刻まれたものには必ず大きな意味があるんすよ」

“这些纹身会到死都陪伴着我。不能像恋人一样只因厌倦就抛舍,刻在肌肤上的东西一定有莫大的意义。”

真剣な顔で言ってから、

然后他正色道:

「そうそう。凄いの仕入れたんすよね」 照れ隠しのように馬鹿でかい声を出した。 「シスマって言うんすけど、聞いたことあります?」

“对对,我搞到了好货呢。” 他像是掩饰羞涩般大声说道,“叫西斯玛,你听过吗?”

廊下に人がいないのを確かめ、ボディバッグを開ける。〝E〟と〝D〟の指で取り出したのは、ビニールケースに入った10mgのアンプルだった。

确认过走廊上没有人后,伊甸打开腰包,用纹着 “E” 和 “D” 的手指夹出了装在塑料盒中的 10ml 安瓿瓶。

シスマ。聞いたことはない。隠語だろうか。ラベルには小さなハングル文字が並んでいた。

西斯玛——象山从没听过,是哪里的黑话吗?标签上排列着小小的韩文。

「奇妙な薬でしてね。必ず効き目が現れるわけじゃないんです。作用する確率はきっかり五十パーセント。十人中五人は打っても何も起こりません」

“这是一种古怪的药,不一定奇效,起效的概率是百分之五十,给十个人打药,会有五个人一点事都不会发生。”

象山は苦笑した。動物はプログラムではない。きっかり五十パーセントの確率で薬剤が作用することなどありえない。

象山露出了苦笑。动物又不是程序,药剂也不可能有百分之五十的概率起效。

「その代わり、効き目が現れた場合の効果は絶大です。ある男はシスマを打った数時間後、自らの頭をかち割り、脳を搔き出して死んだそうです。あまりの快楽に、それ以上生きる意味を感じなくなったんだとか」

“不过另一方面,一旦起效的话效果非常显著。据说有个男人打完几小时后,劈开了自己的头,抠出脑浆死了。是因为快乐过头,感觉不到活着的意义了吧。”

エデンは〝E〟の指で眉間を指した。

伊甸用纹着 “E” 的手指指了指自己的脑门。

「そんな変な物どこで仕入れたんだ」

“这种奇奇怪怪的东西,你是从哪搞到的?”

「企業秘密っす」

“商业机密。”

「紛い物を摑まされたんだろ」

“你是不是被人骗了?”

象山が鼻を鳴らすと、

象山哼了一声。

「やっぱりそう思います?」

“你也这么认为吗?”

エデンは肩を落とし、ぺろりと切れ込みの入った舌を出した。

伊甸耷拉着头,吐了吐纹了图案的舌头。

「本当に効果があるかはおれにも分かりません。自分で試すわけにもいきませんしね。死んでもいいから試してくれる人がいたら助かるんすけど」

“我也不知道是不是真的有效。又不能亲自试。要是有哪个不怕死的人替我试试就好了。”

ふと脳裏に、ぼろぼろになったペペ子が浮かんだ。すきっ歯を二代目の〝彩夏〟にするなら、あのストーカーは用済みだ。殺す前に臨床試験をしてみるのも悪くない。

象山脑海中突然浮现出那个伤痕累累的佩佩子。要是让歪牙男做成二代目 “彩夏”,这个跟踪狂就没用了。在杀人之前做个临床试验倒也不赖。

「それ、いくらだ?」

“多少钱?”

エデンは目を丸くした。

伊甸瞪大了双眼。

「一万でいいっす」

“一万就够。”

「二つくれ」

“给我两支。”

エデンは、うほ、と手を叩いた。

伊甸拍了拍手。

本当に五十パーセントの確率で作用するなら、二つ打ったとき効果が現れる確率は1/2+(1/2)2で七十五パーセント。お遊びなら十分だ。

如果真是百分之五十概率起效,那么打两针的起效概率就是1/2 +(1/2)2,即百分之七十五。拿来玩玩足够了。

「毎度あり」

“多谢惠顾。”

アンプルを二つ、一万円札と取り換えたところで、202号室のドアが細く開いた。グッチのコートを着た女がエデンに目を留め、待ちくたびれた様子でため息をつく。

象山拿两张万円大钞换了两只安瓿瓶,就在这时,202 号房门小心翼翼地打开一条缝,一个身穿古驰外套的女人紧紧地盯着伊甸,不耐烦地叹了口气。

「あ、脳が出なかったからってクレームはなしっすよ」

“哦,要是没抠出脑子,可别找我退货啊。”

慌ててボディバッグのジッパーを閉めると、エデンは取り引き相手の待つ部屋へ駆けて行った。

伊甸慌慌张张地拉上腰包的拉链,奔向了交易对象等待的房间。

4#

象山家の朝は忙しい。

象山家的早晨总是很忙。

だがこの日、八月三十日の忙しなさは、普段のそれを遥かに上回っていた。

可是这天——八月三十日,忙碌程度远超平常。

午後零時五十分。普段より念入りに髭を剃り、オックスフォードシャツの襟を整えてリビングへ行くと、白ワインで蒸した黒毛和牛ヒレステーキの芳醇ほうじゅんな香りが部屋を満たしていた。

下午十二点五十分,象山比平时更小心地剃掉了胡须,整理完牛津衬衫的衣领,然后走进客厅,白葡萄酒蒸过的牛里脊的醇香填满了整个房间。

「彩夏、テレビ消して。お父さん、玄関の家族写真、恥ずかしいから隠して。お母さん、芸能界の苦労話みたいなの要らないからね」

“彩夏,把电视关掉。爸爸,门口的全家福麻烦你藏起来,妈妈,就别说你那娱乐圈的艰辛往事了。”

いつになく大人っぽいボールチェーンのネックレスを下げた舞冬が、マウスウォッシュをぶくぶくしながらスーパーヒョロリンとスズナールの容器を食器棚の奥へ押し込む。

舞冬一反常态,脖子上戴着一串非常惹眼的珠子项链,一边咕嘟咕嘟地含着漱口水,一边将超级瘦身灵和芜菁素的瓶瓶罐罐推进了橱柜深处。

「自分だって人のこと道具扱いしてんじゃんね」文句を言いながらテレビを消そうとした彩夏が、「あ、お姉ちゃん。今日の乙女座は無理やり前に進もうとすると後悔するかも、だって」意趣返しとばかりに姉をからかう。つられてテレビを見ると、山羊座は八位。ラッキーアイテムは「新しい靴」だった。

“你也别把别人当工具啊。” 彩夏一边口吐怨言,一边准备关掉电视,“哦,姐姐,听说今天处女座的人太过硬来的话,可能会追悔莫及的哦。” 彩夏故意作弄姐姐。象山循着她的话看向电视,发现摩羯座排在第八,幸运物是 “新鞋”。

「あんたは死ぬまで占い師の言うことだけ聞いてれば」

“你就到死都听占卜师的话好了。”

舞冬が妹からリモコンを引ったくり、テレビを消して抽斗に放り込む。季々がテーブルのステーキにニンジンのグラッセ5を添えたところで、ブブッ、と舞冬のスマホが震えた。

舞冬从妹妹手里夺过遥控器,关掉电视并随手扔进了抽屉,正当季季为餐桌上的牛排添加法式胡萝卜时,舞冬的手机传来了 “噗噗” 的抖动。

「春、駅着いたって。迎えに行ってくる」

“阿春说他到车站了,我去接他。”

舞冬が、ごぐっ、と喉を鳴らして、慌ただしく玄関へ向かう。

舞冬 “咕” 了一声,急匆匆地向门口跑去。

「着いたらピンポンしてね」

“到家记得按门铃哦。”

シャツの下から手を突っ込んでコルセットのホックを留めながら、季々が声を飛ばす。ガチャ、バタン。象山は冷やしておいた台湾ビールをテーブルに並べる。彩夏は鏡の前で日焼けした肌の皮を剝がしている。

季季一边调整着衬衫下的紧身胸衣的挂扣,一边冲门口大喊大叫。喀嗒一声,象山把冰镇的台湾啤酒放在桌子上,彩夏则在镜子前抠着被太阳晒黑的皮。

「今日、バイトは?」

“今天去打工吗?”

「休むに決まってるでしょ。酔っ払いの相手してる場合じゃないよ」

“当然放假了,现在可不是陪酒鬼的时候。”

彩夏がらしからぬことを言い、ウェストのくびれた季々が苦しそうに笑った。

彩夏说了句不像她说的话。腰身纤细的季季苦笑起来。

舞冬に家族写真を隠すよう言われたのを思い出し、玄関へ向かう。額縁に入った写真は、昨年、四人でニューヨークへ旅行に行ったときにスタテン島で撮ったものだった。

这时象山想起了舞冬要自己把全家福藏起来的事,便朝玄关走了过去。相框里的照片是去年一家四口去纽约旅行的时候,在斯塔滕岛拍的。

季々と結婚して二十年。愛してきた家族が新たな形へ変わろうとしている。自分は最高の家庭を築き、この日までそれを守り抜いたのだ。

和季季结婚已有二十载,象山所深爱的家庭正逐渐发生改变。自己构筑了一个完美的家庭,并一直守护至今。

誇らしい気分で額縁を取り、飾り棚の上の収納に手を伸ばす。扉を開けると、象山が先月買ったフェラガモの靴が落ちてきた。とっさに額縁から手を離し、両手で靴底を摑む。額縁が床に落ち、芳香瓶を倒す。慌てて瓶を起こすと、膝がぶつかってアロエの鉢が倒れた。豪快な音を立てて腐葉土ふようどが広がる。

象山满怀着自豪拿起相框,把手伸向装饰柜的收纳格打开了门。自己上个月买的菲拉格慕皮鞋突然掉了出来。他不由得松开相框,用双手抓住鞋底。相框掉在了地上,撞倒了香薰瓶,象山慌忙扶起香薰瓶,可膝盖却磕到了芦荟盆栽,伴随着霸气的声响,腐叶土撒了一地。

酔っぱらいが暴れたような玄関を眺め、象山は苦笑した。鉢植えを起こし、額縁と靴を収納に入れる。ラッキーアイテムは新しい靴、とはなんたるでたらめか。

望着眼前像是被醉汉糟蹋过了玄关,象山面露苦笑。他扶起盆栽,将相框和鞋子放进收纳格。幸运物是新鞋,这是在睁眼说瞎话吗?

濡らしたハンカチで土とアロマオイルの混ざったどろどろを拭ったところで、インターホンのチャイムが鳴った。扉の磨りガラスの向こうにダークグレーのスーツが見える。時刻は午後一時ぴったりだ。

当他用沾湿的手帕清理泥土和芳香精油的混合物时,对讲机的门铃响了起来。越过大门的磨砂玻璃,可以窥见深灰色的西装。时钟恰好指向下午一点。

ハンカチを尻のポケットに押し込んだところに、季々と彩夏がそそくさとやってくる。緊張した面持ちでかまちのマットに並ぶ。

刚把手帕塞进屁股后面的口袋,季季和彩夏便匆匆而至,一脸紧张地并排站入口处的棕垫上。

「なんか土臭くない?」

“是不是有点土气?”

彩夏の鋭い一言を聞き流して、象山は扉を開けた。

象山把彩夏的敏锐之言当作耳旁风,把门打了开来。

「こんにちは」

“你好。”

スーツの男が深々と頭を下げていた。

西装男深深地鞠了一躬。

「か、加賀美と言います。初めまして」

“我,我叫加贺美,初次见面。”

不自然に大きな声で言って、ゆっくりと顔を上げる。

他不自然地大叫道,然后缓缓抬起了头。

象山は死ぬまで、その瞬間を忘れないだろう。

象山恐怕至死都不会忘记这个瞬间——

「──あれ?」

“咦?”

男は象山に目を留めると、口をあんぐりと開けてすきっ歯を剝き出しにした。

男人的目光死死定在象山身上,把嘴张得老大,牙齿都露了出来。

「昨日、一万円くれたおじさんじゃないすか」

“你不就是昨晚多给我一万円的叔叔吗?”

口早に言ってから、あっ、と顔を強張らせる。

他飞快地脱口而出,随即 “啊” 地一声绷紧了脸。

「……どういうこと?」

“……怎么回事?”

舞冬が父親と恋人の間で視線を往復させる。

舞冬的视线在父亲和恋人之间来回游移。

何が起きているのか分からなかった。

象山一时间不知道发生了什么。

万が一にもこんなことがないよう、自分は男をホテルへ連れ込む前、わざわざ学生証を確かめたのだ。この男は陽川日向。名残美術専門学校の視覚デザイン学科に通う名残市在住の二十一歳のはずだ。

为了以防万一,他把男人带进酒店前,还特地确认了他的学生证。这个男人理应是阳川日向,就读于名残美术专科学院视觉设计系,家住名残市,现年二十一岁。

「あ、そこにあるの、ひょっとして昨日の台湾ビールすか」

“啊,那个也在耶,应该就是昨天的台湾啤酒吧。”

男は玄関に身体を入れ、リビングを覗き込んだ。

男人将身体探进家门,打量着客厅。

「配送ドライバーのバイトやってたんで、パッケージとか覚えるの得意なんすよ。そのバッズの袋、ガネーシャの部屋の玄関に置いてたやつっすよね」

“我做过送货员哦,擅长记忆包裹一类的东西。那个花芽的购物袋就是之前放在象头神房间门口的吧。”

血の気が引いた。

象山的脸色眼看着变得煞白。

ごまかす気がないのか、それともただの間抜けなのか。

他是不想糊弄人,还是说仅仅是脑子不好。

「……ガネーシャって、あの、病院みたいな部屋があるホテルのこと?」

“……象头神?你指的是那个有着像医院一样的房间的酒店?”

季々もその言葉を覚えていた。二人で訪れたのは二十二年前だが、あの部屋はそう簡単には忘れられない。

季季也记得这事。两人前去开房虽是二十二年前的事,但那个房间并不是轻易就能忘却的。

「あは。ひょっとして、ぼくが本当に恋人のいないみなし子だと思ってたんすか?」男は歯茎はぐきを剝いて笑い始める。「あんな怖そうな眉なしのおじさんに本当のこと言うわけないじゃないすか」

“哈哈,难不成你真当我是没有恋人的孤儿?” 男人露出牙龈笑了起来,“我怎么可能对那个眉毛吓死人的大叔说实话呢?”

じゃああの学生証は──と質そうとして、バッズの階段で目にした光景が脳裏をよぎった。顰めっ面で被害者に話を聞く刑事たち。トートバッグを抱える若い女。

那张学生证是怎么回事——象山正待诘问,之前在花芽楼梯上看到的那一幕在脑海里一闪而过。一群紧锁眉头向受害者问话的警察,以及怀抱手提袋的年轻女子。

こいつは正真正銘のろくでなしだ。無銭で女の乳を撫で回し、金目当てに男の陰茎をしゃぶり、おまけにショッピングモールでスリまで働いていたとは。

这家伙明显是个骗子。不给钱就乱摸女人,为了钱就吮吸男根,甚至在购物中心扒窃。

「どういうこと?」舞冬が泣き出しそうな顔でつぶやく。「お父さんと春がホテルに行ったの?」

“到底什么情况?” 舞冬以一副泫然欲泣的表情喃喃地道,“ 爸爸和阿春去酒店了吗?”

へなへなとくずおれ、石段に尻を打ちつける。

她软绵绵地瘫倒在地,屁股重重地叩在石阶上。

「どういうことか説明してよ」

“把话说清楚。”

言葉の出てこない母を見かねたように、彩夏が冷たく言った。

望着哑口无言的母亲,彩夏冷冷地道。

小さな亀裂さえなかった完璧な家族が、一瞬で粉々になる音が聞こえた。

原本没有一丝裂隙的完美之家,瞬间传出了分崩离析般的破碎之音。

Footnotes#

  1. あっけらかん:[副]何もなかったように平気でいるさま

  2. ポリエステル (polyester): 聚酯纤维,涤纶

  3. 三行半:[名]転じて、離縁すること

  4. 験担ぎ:[名]ちょっとした物事に対して、よい前兆だとか悪い前兆であるとかを気にすること

  5. グラッセ ([仏] glacé):[名]料理で、焼き色をつける、つやをつけて煮る、糖衣をかける、凍らせるなどの調理を施したもの

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永雏多氢菲
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