芥川龍之介: 偸盗

81163 words
406 minutes
芥川龍之介: 偸盗
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first published:『中央公論』1917年4、7月号
audio: www.youtube.com/watch?v=HenOcCFyBb4
desc: 故事背景为平安时代末期,彼时京都瘟疫横行、饥荒肆虐,社会彻底崩坏。

主角太郎是一位独眼武士,在狱中邂逅了美艳冷酷的女盗首领沙金,对其一见倾心,遂与弟弟次郎一同入伙盗贼团伙。兄弟二人被沙金迷惑,陷入嫉妒与反目的纠葛。小说赤裸展现了盗贼世界的杀戮、背叛与贪欲,深刻揭示了绝境中人性的自私与情谊的脆弱。

#

「おばば、猪熊いのくまのおばば。」

“婆婆,猪熊婆婆。”

朱雀綾小路すざくあやのこうじつじで、じみな紺の水干すいかん揉烏帽子もみえぼしをかけた、二十ばかりの、醜い、片目の侍が、平骨ひらぼね1の扇を上げて、通りかかりの老婆を呼びとめた。――

在朱雀绫小路的十字路口,一个二十出头、面貌丑陋的独眼武士,身着不起眼的藏青水干,头戴黑纱软帽,手持平骨折扇,喊住了过路的老太婆。

むし暑く夏霞なつがすみのたなびいた空が、息をひそめたように、家々の上をおおいかぶさった、七月のある日ざかりである。男の足をとめた辻には、枝のまばらな、ひょろ長い葉柳はやなぎが一本、このごろはやる疫病えやみにでもかかったかと思う姿で、かたばかりの影を地の上に落としているが、ここにさえ、その日にかわいた葉を動かそうという風はない。まして、日の光に照りつけられた大路には、あまりの暑さにめげた2せいか、人通りも今はひとしきりとだえて、たださっき通った牛車ぎっしゃわだち3が長々とうねっているばかり、その車の輪にひかれた、小さなながむしも、切れ口の肉を青ませながら、始めは尾をぴくぴくやっていたが、いつかあぶらぎった腹を上へ向けて、もううろこ一つ動かさないようになってしまった。どこもかしこも、炎天のほこりを浴びたこの町の辻で、わずかに一滴の湿りを点じたものがあるとすれば、それはこのながむしの切れ口から出た、なまぐさい腐れ水ばかりであろう。

那正是七月里的大日头天,缭绕着夏日闷热云霞的天空,屏气凝神般盘踞在家家户户上空。在男人驻足的十字路口,有一株枝叶稀疏、细长瘦高的长叶柳,那样子就像染上了这阵子流行的瘟疫,只身片影投落在地,就连这儿,都没有一丝风来摇撼早已被烈日晒得枯干的叶子。更别提那酷日当头的大路上了,许是酷暑难耐,好一阵子都不见半个人影,只有之前牛车经过留下的弯曲绵延的车辙,还有被车轮轧成两截的小蛇,截断处还泛着青,开始尾巴还一颤一颤的,不觉间就已肚皮朝天,一动不动了。这里也好,那里也罢,在这浸浴着炎日尘灰的十字路口,若说有那么一点湿润,想必也只能是从蛇的截断处流出的,骚腥恶臭的腐水了。

「おばば。」

“婆婆。”

「……」

老婆は、あわただしくふり返った。見ると、年は六十ばかりであろう。あかじみた檜皮色ひわだいろ帷子かたびらに、黄ばんだ髪の毛をたらして、しりの切れた藁草履わらぞうりをひきずりながら、長い蛙股かえるまたつえをついた、目の丸い、口の大きな、どこかひきの顔を思わせる、卑しげな女である。

老太婆慌忙转身。她看上去也就刚到六十岁。身穿一件脏兮兮的深棕色水干,枯黄的头发披散着,脚上趿拉着一双没后跟的草鞋,手拄一根长长的蛙腿形拐杖,圆眼大嘴,不知哪儿总是让人联想到癞蛤蟆,就是这样一个卑贱的女人。

「おや、太郎さんか。」

“哎呀,是太郎啊。”

日の光にむせるような声で、こう言うと、老婆は、杖をひきずりながら、二足三足あとへ帰って、まず口を切る前に、上くちびるをべろりとなめて見せた。

老太婆的声音像是被阳光噎住一般说道。她拖着拐杖往回走了两三步,开口前,先伸出舌头舔了舔上唇。

「何か用でもおありか。」

“有什么事吗?”

「いや、別に用じゃない。」

“没,也没什么大不了的。”

片目は、うすいあばた4のある顔に、しいて作ったらしい微笑をうかべながら、どこか無理のある声で、快活にこう言った。

独眼在他那浅麻子脸上挤出一丝生硬的微笑,用不无勉强的声音快活地说:

「ただ、沙金しゃきんがこのごろは、どこにいるかと思ってな。」

“我只是琢磨着,沙金这段日子人在哪呢。”

「用のあるは、いつも娘ばかりさね。とびたかを生んだおかげには。」

“你呀只要找我,就一定是我女儿的事。这可全靠乌鸦窝里出了金凤凰哟。”

猪熊いのくまのばばは、いやみらしく、くちびるをそらせながら、にやついた。

猪熊婆婆讽刺地咧开嘴唇一笑。

「用と言うほどの用じゃないが、今夜の手はずも、まだ聞かないからな。」

“也不是什么大不了的事,只是我还不知道今晚的安排呢。”

「なに、手はずに変わりがあるものかね。集まるのは羅生門、刻限は上刻じょうこく5――みんな昔から、きまっているとおりさ。」

“什么,安排哪会有什么变化?在罗生门集合,时间是亥时上刻,一切照旧。”

老婆は、こう言って、わるがしこそうに、じろじろ、左右をみまわしたが、人通りのないのに安心したのかまた、厚いくちびるをちょいとなめて、

老太婆言毕,狡猾地左顾右盼一番,见没有行人便安下心来,舔了舔厚厚的嘴唇:

「家内の様子は、たいてい娘が探って来たそうだよ。それも、侍たちの中には、手のきくやつがいるまいという事さ。詳しい話は、今夜娘がするだろうがね。」

“宅子里的情况,我女儿已经打探得差不多了。而且侍卫也没有中用的。详细情况,今晚我女儿会告诉大家。”

これを聞くと、太郎と言われた男は、日をよけた黄紙きがみの扇の下で、あざけるように、口をゆがめた。

听到这,这个叫太郎的男人,在遮阳的黄纸扇下,讽刺地歪了歪嘴:

「じゃ沙金しゃきんはまた、たれかあすこの侍とでも、懇意になったのだな。」

“这么说,金沙又跟那的哪个侍卫搞在一起了?”

「なに、やっぱり販婦ひさぎめか何かになって、行ったらしいよ。」

“说什么呢,好像是扮作女商贩之类去打听的。”

「なんになって行ったって、あいつの事だ。当てになるものか。」

“扮成什么,她这人啊,可不打准儿。”

「お前さんは、相変わらずうたぐり深いね。だから、娘にきらわれるのさ。やきもちにも、ほどがあるよ。」

“你呀,还是疑心这么重。就是因为这样,我女儿才讨厌你。就算是嫉妒也要有个限度呀。”

老婆は、鼻の先で笑いながら、つえを上げて、道ばたのながむしの死骸を突っついた。いつのまにかたかっていた青蝿あおばえが、むらむらと立ったかと思うと、また元のように止まってしまう。

老太婆轻蔑地一笑,举起拐杖,捅了捅路边的死蛇。不知何时聚集而来的绿头苍蝇嗡地轰然而起,随后又落回原处。

「そんな事じゃ、しっかりしないと、次郎さんに取られてしまうよ。取られてもいいが、どうせそうなれば、ただじゃすまないからね。おじいさんでさえ、それじゃ時々、目の色を変えるんだから、お前さんならなおさらだろうじゃないか。」

“这个事儿呀,你要是不上心,小心被次郎夺走了哟。被他夺走也倒无所谓,只是如果那样的话,这事儿可就没那么轻易了结了吧。就连老爷子都会时不时甩个脸色,你就更不用提了。”

「わかっているわな。」

“明白。”

相手は、顔をしかめながら、いまいましそうに、柳の根へつばを吐いた。

他眉心深锁,憎恶地往柳树根上啐了一口。

「それがなかなか、わからないんだよ。今でこそお前さんだって、そうやって、すましているが、娘とおじいさんとの仲をかぎつけた時には、まるで、気がふれたようだったじゃないか。おじいさんだって、そうさ、あれで、もう少し気が強かろうものなら、すぐにお前さんと刃物三昧はものざんまいだわね。」

“其实你一点儿都不明白。就说现在,你看着满不在乎似的,可当时发觉我女儿和老爷子的关系时,你简直像发了疯一样。老爷子要再强势一点儿,马上就要跟你动刀动枪了呀。”

「そりゃもう一年前の事だ。」

“都是一年前的事了。”

「何年前まえでも、同じ事だよ。一度した事は、三度するって言うじゃないか。三度だけなら、まだいいほうさ。わたしなんぞは、この年まで、同じばかを、何度したか、わかりゃしないよ。」

“不管是几年前,都是一样。人不都说有一必有三嘛。如果只有三次,倒也还好。就拿我来说,活到这把年纪,同样的糊涂事不知干了多少回呀。”

こう言って、老婆は、まばらな齒を出して、笑った。

老太婆说到这,露出稀疏的牙齿笑了起来。

「冗談じゃない。――それより、今夜の相手は、曲がりなりにも、藤判官とうほうがんだ、手くばりはもうついたのか。」

“这倒不是开玩笑。话说回来,今晚的对手不管怎么说也是藤判官家,人已经安排妥当了?”

太郎は、日にやけた顔に、いらだたしい色を浮かべながら、話頭を転じた。おりから、雲の峰が一つ、太陽の道に当たったのであろう。あたりが翛然ゆうぜんと、暗くなった。その中に、ただ、ながむしの死骸だけが、前よりもいっそう腹の脂を、ぎらつかせているのが見える。

太郎那晒黑的脸上浮出一丝焦躁的神色,转换了话题。正在这时,一座云峰挡在太阳前面,四周倏忽暗了下来。其间只有那死蛇,肚皮上的油光更显耀眼。

「なんの、藤判官だといって、高が青侍の四人や五人、わたしだって、昔とったきねづかさ。」

“什么呀,说是藤判官,最多也就四五个资历尚浅的青衣侍卫,我可是宝刀未老呢。”

「ふん、おばばは、えらい勢いだな。そうして、こっちの人数は?」

“哼,婆婆,口气可真是不小呀。那么,我们这边有多少人?”

「いつものとおり、男が二十三人。それにわたしと娘だけさ。阿濃あこぎは、あのからだだから、朱雀門に待っていて、もらう事にしようよ。」

“跟平常一样,男的有二十三个,然后就只有我和女儿了。阿浓那个身体,只能等在朱雀门接应。”

「そう言えば、阿濃も、かれこれ臨月だったな。」

“这么说来,阿浓怕是快生了吧。”

太郎はまた、あざけるように口をゆがめた。それとほとんど同時に、雲の影が消えて、往来はたちまち、元のように、目が痛むほど、明るくなる。――猪熊いのくまのばばも、腰をそらせて、ひとしきり東鴉あずまがらすのような笑い声を立てた。

太郎又轻蔑地歪了歪嘴。与此同时,云影不见了,道路转眼又恢复了原样,亮得人眼睛发疼。猪熊婆婆挺直腰板,发出一阵乌鸦般的笑声:

「あの阿呆あほうをね。たれがまあ手をつけたんだか――もっとも、阿濃あこぎは次郎さんに、執心しゅうしんだったが、まさかあの人でもなかろうよ。」

“那个傻瓜呀,也不知是跟谁搞在一起了——不过阿浓对次郎可是痴心一片,该不会是他吧。”

「親のせんぎはともかく、あのからだじゃ何かにつけて不便だろう。」

“孩子的父亲是谁姑且不论,挺着个大肚子总归会有种种不便吧。

「そりゃ、どうにでもしかたはあるのだけれど、あれが不承知なのだから、困るわね。おかげで、仲間の者へ沙汰をするのも、わたし一人という始末さ。真木島まきのしまの十郎、関山せきやま平六へいろく高市たけち多襄丸たじょうまると、まだこれから、三軒まわらなくっちゃ――おや、そう言えば、油を売っているうちに、もうかれこれひつじになる。お前さんも、もうわたしのおしゃべりには、聞き飽きたろう。」

“其实,办法也不是没有,但是她不答应,可真愁人。拜她所赐,现在只能我一个人去通知大家了。真木岛的十郎、关山的平六、高市的多襄丸,往下还得再去三家呢——哎呀,光顾着跟你闲聊,都快到未时了。你也是,听够我唠叨了吧。”

蛙股かえるまたつえは、こういうことばと共に動いた。

拐杖随着这句话也动了起来。

「が、沙金しゃきんは?」

“那,沙金呢?”

この時、太郎のくちびるは、目に見えぬほど、かすかにひきつった。が、老婆は、これに気がつかなかったらしい。

这时太郎的嘴唇几乎不被察觉地抽搐了一下。而老太婆似乎并没有注意。

「おおかた、きょうあたりは、猪熊のわたしのうちで、昼寝でもしているだろうよ。きのうまでは、家にいなかったがね。」

“今天大概是在我们猪熊家午睡吧。昨天之前都没在家。”

片目は、じっと老婆を見た。そうして、それから、静かな声で、

独眼一直盯着老婆婆,然后平静地说:

「じゃ、いずれまた、日が暮れてから、会おう。」

“那,就这样吧,太阳落山了再见面吧。”

「あいさ。それまでは、お前さんも、ゆっくり昼寝でもする事だよ。」

“好嘞。在那之前,你也好好睡个午觉。”

猪熊いのくまのばばは、口達者に答えながら、つえをひいて、歩きだした。

猪熊婆婆一边麻利地答着话,一边拄着拐杖迈开步来。

綾小路あやのこうじを東へ、さるのような帷子姿かたびらすがたが、藁草履わらぞうりの尻しりにほこりをあげて、日ざしにも恐れず、歩いてゆく。――それを見送った侍は、汗のにじんだ額に、険しい色を動かしながら、もう一度、柳の根につばを吐くと、それからおもむろに、くびすをめぐらした。

她沿着绫小路往东去,披着水干的样子就像一只猴子,草鞋跟扬起灰尘,无惧烈日地向前走去。武士目送她离去,渗着汗水的额头蒙上一层戾气,朝着柳树根又啐了一口,然后缓缓转过身走了。

二人の別れたあとには、例のながむしの死骸にたかった青蝿あおばえが、相変わらず日の光の中に、かすかな羽音を伝えながら、立つかと思うと、止まっている。……

两人分开后,那死蛇上停着的绿头苍蝇仍在日光中发出微微的振翅声,似乎要飞起来,却还是停住不动。

#

猪熊のばばは、黄ばんだ髪の根に、じっとりと汗をにじませながら、足にかかる夏のほこりも払わずに、杖をつきつき歩いてゆく。――

猪熊婆婆泛黄的发根已经被汗水浸得湿漉漉的,她顾不得脚上的夏日尘灰,拄着拐杖步步向前。

通い慣れた道ではあるが、自分が若かった昔にくらべれば、どこもかしこも、うそのような変わり方である。自分が、まだ台盤所だいばんどころ6婢女みずしをしていたころの事を思えば、――いや、思いがけない身分ちがいの男に、いどまれて、とうとう沙金しゃきんを生んだころの事を思えば、今の都は、名ばかりで、そのころのおもかげはほとんどない。昔は、牛車ぎっしゃの行きかいのしげかった道も、今はいたずらにあざみの花が、さびしく日だまりに、咲いているばかり、倒れかかった板垣いたがきの中には、無花果いちじゅくが青い実をつけて、人を恐れない鴉の群れは、昼も水のない池につどっている。そうして、自分もいつか、髪がしらみしわがよって、ついには腰のまがるような、老いの身になってしまった。都も昔の都でなければ、自分も昔の自分でない。

虽说是常走的路,但与自己年轻时候相比,这条路到处都发生了难以置信的变化。她想起了自己在大户人家厨房做婢女——不,是想起了自己竟被身份相差悬殊的男人勾引、最终生下沙金的事。现今的都城已是徒有虚名,全然没有曾经的风貌了。曾经络绎不绝过着牛车的街道,如今只剩蓟花讽刺地在温暖的阳光中孤独绽放。东倒西歪的断壁残垣中,结着无花果的青果。成群结队的乌鸦一点也不怕人,大白天的也聚集在枯干的池塘里。而自己也不知不觉头发斑白,皱纹纵横,弯腰驼背,俨然变成一个老者。都城不再是曾经的都城,自己也不再是曾经的自己喽。

その上、かたちも変われば、心も変わった。始めて娘と今の夫との関係を知った時、自分は、泣いて騒いだ覚えがある。が、こうなって見れば、それも、当たりまえの事としか思われない。盗みをする事も、人を殺す事も、慣れれば、家業と同じである。言わば京の大路小路おおじこうじに、雑草がはえたように、自分の心も、もうすさんだ事を、苦にしないほど、すさんでしまった。が、一方から見ればまた、すべてが変わったようで、変わっていない。娘の今している事と、自分の昔した事とは、存外似よったところがある。あの太郎と次郎とにしても、やはり今の夫の若かったころと、やる事にたいした変わりはない。こうして人間は、いつまでも同じ事を繰り返してゆくのであろう。そう思えば、都も昔の都なら、自分も昔の自分である。……

而且变化不止发生在外貌,还发生在内心。记得刚刚发现女儿和现任丈夫的关系时,自己也是又哭又闹的。但是事已至此,又只觉得理所当然。盗窃也罢,杀人也罢,习惯以后其实都跟家业一样。就像都城的大街小巷都长满杂草一般,自己的心已变得麻木不仁,再也不会对这炎凉的生活感到痛苦。但是若换个角度来看,一切似变却未变。女儿现今的行事,和自己曾经的行事惊人地如出一辙。就连太郎和次郎,也不过就是在重蹈现任丈夫的覆辙。如此看来,人这东西,不过是一直周而复始罢了。这样想来,都城也还是曾经的都城,自己也还是曾经的自己呀。……

猪熊いのくまのばばの心の中には、こういう考えが、漠然とながら、浮かんで来た。そのさびしい心もちに、つまされたのであろう、丸い目がやさしくなって、ひきのような顔の肉が、いつのまにか、ゆるんで来る。――と、また急に、老婆は、生き生きと、しわだらけの顔をにやつかせて、蛙股かえるまたつえのはこびを、前よりも急がせ始めた。

猪熊婆婆心中漠然浮现这样的想法。也许是这孤独的心境使然,她圆圆的眼睛变得目光柔和,癞蛤蟆般的脸也在不知不觉间缓和了下来。这时,她那皱纹嶙峋的脸上突然来了精神,浮现一抹诡异的笑容,然后拄着拐杖,开始加速疾行。

それも、そのはずである。四五間先に、道とすすき原とを(これも、元はたれかの広庭であったのかもしれない。)隔てる、くずれかかった築土ついじがあって、その中に、盛りをすぎた合歓ねむの木が二三本、こけの色の日に焼けたかわらの上に、ほほけた、赤い花をたらしている。それをそらに、枯れ竹の柱を四すみへ立てて、古むしろ7の壁を下げた、怪しげな小屋が一つ、しょんぼりとかけてある。――場所と言い、様子と言い、中には、こじきでも住んでいるらしい。

她这样做是有她的原因的。在前面四五间远的地方,有一道快要坍塌的土墙,将道路和芒草丛生的原野(这里或许曾经是谁家的庭院)隔开,里面长着两三棵繁盛不再的合欢树,太阳暴晒下的青苔色墙瓦上,垂落着蔫巴巴的红花。在那下面,无精打采地立着一间奇怪的小屋,四角立着枯竹柱子,挂着旧草帘作为墙壁。这地方,这情形,怎么看都像是叫花子的藏身之所。

別して、老婆の目をひいたのは、その小屋の前に、腕を組んでたたずんだ、十七八の若侍で、これは、朽ち葉色の水干に黒鞘くろざや太刀たちを横たえたのが、どういうわけか、しさいらしく、小屋の中をのぞいている。そのういういしい眉のあたりから、まだ子供らしさのぬけない頬のやつれが、一目で老婆に、そのたれという事を知らせてくれた。

而特别吸引老太婆目光的,是在那小屋前面,有一个十七八岁的年轻武士抱着胳膊站在那里。他身穿赤黄色水干,腰际横挎着一把黑鞘长刀,不知怎的,正煞有介事地窥视着小屋里的情况。看着他眉宇间的不谙世事,和他稚气未泯的消瘦脸颊,老太婆一眼就认出那是谁了。

「何をしているのだえ。次郎さん。」

“干什么呢,次郎?”

猪熊いのくまのばばは、そのそばへ歩みよると、蛙股かえるまたつえを止めて、あごをしゃくりながら、呼びかけた。

猪熊婆婆走到他身边,停下拐杖,扬起下巴喊道。

相手は、驚いて、ふり返ったが、つくも髪の、ひきつらの、厚いくちびるをなめる舌を見ると、白い齒を見せて微笑しながら、黙って、小屋の中を指さした。

对方一惊,回过身来,看着她霜鬓下癞蛤蟆般的脸上,正伸出舌头舔着厚厚的嘴唇,太郎露出了雪白的牙齿微微一笑,不声不响地朝小屋里指了指。

小屋の中には、破れ畳を一枚、じかに地面へ敷いた上に、四十格好がっこうの小柄な女が、石を枕にして、横になっている。それも、肌をおおうものは、腰のあたりにかけてある、麻の汗衫かざみ一つぎりで、ほとんど裸と変わりがない。見ると、その胸や腹は、指で押しても、血膿ちうみにまじった、水がどろりと流れそうに、黄いろくなめらかに、むくんでいる。ことに、むしろの裂け目から、天日てんぴのさしこんだ所で見ると、わきの下や首のつけ根に、ちょうど腐ったあんずのような、どす黒いまだらがあって、そこからなんとも言いようのない、異様な臭気が、もれるらしい。

小屋里,有一张残破的草席直接铺在了地上,有一个四十岁上下的矮个女人枕着石头躺在那里。而且,她身上得以蔽体的只有腰间的一件麻布汗衫,几乎就是全身赤裸。只见她胸腹黄肿发亮,仿佛用手指轻轻一按就会流出脓水似的。更有甚者,借着从草帘的裂缝射进的阳光可以看见,在她的腋下和脖颈处,有一块如烂杏般的瘆人黑斑,似乎正散发着难以形容的别样臭气。

枕もとには、縁の欠けた土器かわらけがたった一つ(底に飯粒がへばりついているところを見ると、元はかゆでも入れたものであろう。)捨てたように置いてあって、たれがしたいたずらか、その中に五つ六つ、泥だらけの石ころが行儀よく積んである。しかも、そのまん中に、花も葉もひからびた、合歓ねむを一枝立てたのは、おおかた高坏たかつき8へ添える色紙しきしの、心葉こころばをまねたものであろう。

枕边仅一件边缘破损的陶器(从底部粘着的饭粒来看,里面似乎曾经盛过粥),似乎被扔在那里弃之不用,也不知是谁的恶作剧,里面整齐地码着五六块沾满泥巴的石块。在那正中间,立着一枝合欢花,花和叶都已干枯殆尽,大概是模仿在高脚盘上垫彩纸供花枝的心境吧。

それを見ると、気丈な猪熊いのくまのばばも、さすがに顔をしかめて、あとへさがった。そうして、その刹那せつなに、突然さっきの蛇の死骸を思い浮かべた。

见到此情此景,就连一向胆子壮的猪熊婆婆也锁起了双眉,向后退步。而且就在那一瞬间,她的脑海中猛然浮现了刚才那条死蛇。

「なんだえ。これは。疫病えやみにかかっている人じゃないか。」

“怎么回事儿?这人莫不是染上传染病了?”

「そうさ。とてもいけないというので、どこかこの近所のうちで、捨てたのだろう。これじゃ、どこでも持てあつかうよ。」

“像是这么回事儿。可能实在是不行了,所以被这附近哪户人家扔到这了吧。这副样子,在哪都无济于事了。”

次郎はまた、白い齒を見せて、微笑した。

次郎又微微一笑,露出皓齿。

「それを、お前さんはまた、なんだって、見てなんぞいるのさ。」

“那你在这看个什么劲呢?”

「なに、今ここを通りかかったら、野ら犬が二三匹、いい餌食えじきを見つけた気で、食いそうにしていたから、石をぶつけて、追い払ってやったところさ。わたしが来なかったら、今ごろはもう、腕の一つも食われてしまったかもしれない。」

“什么呀,我刚刚经过时,有两三条野狗像是觅得美食似的想要吃掉她,我就用石头把狗赶跑了。如果没有我,她现在恐怕都被啃掉一条胳膊喽。”

老婆は、蛙股かえるまたつえにあごをのせて、もう一度しみじみ、女のからだを見た。さっき、犬が食いかかったというのは、これであろう。――破れ畳の上から、往来の砂の中へ、斜めにのばした二の腕には、水気すいきを持った、土け色の皮膚に、鋭い齒の跡が三つ四つ、紫がかって残っている。が、女は、じっと目をつぶったなり、息さえかよっているかどうかわからない。老婆は、再び、はげしい嫌悪の感に、おもてを打たれるような心もちがした。

老太婆用拐棍支着下巴,又仔仔细细地端详了一遍那女人的身体。刚刚被狗咬的地方就是这里了吧。只见在那张残破的草席上,在从路上飘落的沙土之中,有两条胳膊斜放在那里,浮肿的土黄色皮肤上,印着三四个锐利的齿痕,上面还残留着紫色淤青。那女人始终紧闭双目,都看不出是否还在呼吸。老太婆再次感到一股强烈的厌恶之情迎面扑来。

「いったい、生きているのかえ。それとも、死んでいるのかえ。」

“到底她是活着呢,还是已经死了?”

「どうだかね。」

“谁知道呢。”

「気らくだよ、この人は。死んだものなら、犬が食ったって、いいじゃないか。」

“这人可真是自在。如果已经断气,被野狗吃掉有什么不好呢。”

老婆は、こう言うと、蛙股かえるまたつえをのべて、遠くから、ぐいと女の頭を突いてみた。頭はまくらの石をはずれて、砂に髪をひきながら、たわいなく畳の上へぐたりとなる。が、病人は、依然として、目をつぶったまま、顔の筋肉一つ動かさない。

老太婆这么说着,伸出拐杖,从远处用力地捅了一下那女人的脑袋。只见她的脑袋跌下石头,头发拖在沙土上,就那么不省人事地掉落在草席上。而这个病人依然紧闭双目,连脸上的肌肉都没有一丝颤动。

「そんな事をしたって、だめだよ。さっきなんぞは、犬に食いつかれてさえ、やっぱりじっとしていたんだから。」

“你这么做也没用。刚刚就算被狗咬了,她都一动未动。”

「それじゃ、死んでいるのさ。」

“那不就是死了么。”

次郎は、三たび白い齒を見せて、笑った。

次郎第三次露出雪白的牙齿,笑了起来。

「死んでいたって、犬に食わせるのは、ひどいやね。」

“就算是死了,喂狗吃也太不像话了吧。”

「何がひどいものかね。死んでしまえば、犬に食われたって、痛くはなしさ。」

“有什么不像话的。一旦断气,就算被狗啃也不会觉得疼。”

老婆は、つえの上でのび上がりながら、ぎょろり目を大きくして、あざわらうように、こう言った。

老太婆倚在拐杖上直起身,眼睛瞪得溜圆,冷笑道:

「死ななくったって、ひくひくしているよりは、いっそ一思いに、のど笛でも犬に食いつかれたほうが、ましかもしれないわね。どうせこれじゃ、生きていたって、長い事はありゃせずさ。」

“就算还没断气,与其这样苟延残喘,或许还不如一狠心,让狗咬断喉咙的好。反正看她这副样子,就是活也活不了多久了。”

「だって、人間が犬に食われるのを、黙って見てもいられないじゃないか。」

“就算是这样,我也不能眼睁睁地看着这人被狗吃掉呀。”

すると、猪熊いのくまのばばは、上くちびるをべろりとやって、ふてぶてしく空うそぶいた。

一听这话,猪熊婆婆舔了舔上嘴唇,厚颜无耻地佯装听不见。

「そのくせ、人間が人間を殺すのは、お互いに平気で、見ているじゃないか。」

“话是这么说,不过看到人杀人的时候,你倒是满不在乎呀。”

「そう言えば、そうさ。」

“这么说也是啊。”

次郎は、ちょいとびんをかいて、四たび白い齒を見せながら、微笑した。そうして、やさしく老婆の顔をながめながら、

次郎搔了搔鬓角,第四次露齿而笑。然后温和地看着老太婆的脸问道:

「どこへくのだい、おばばは。」と問いかけた。

“您这是要去哪呀,婆婆?”

真木島まきのしまの十郎と、高市たけち多襄丸たじょうまると、――ああ、そうだ。関山せきやま平六へいろくへは、お前さんに、言づけを頼もうかね。」

“真木岛的十郎、高市的多襄丸——啊,对啦,你去帮我给关山的平六捎句话吧。”

こう言ううちに、猪熊いのくまのばばは、つえにすがって、もう二足三足歩いている。

说话间,猪熊婆婆已经倚着拐杖迈出两三步了。

「ああ、行ってもいい。」

“啊,我会去的。”

次郎もようやく、病人の小屋をあとにして、老婆と肩を並べながら、ぶらぶら炎天の往来を歩きだした。

次郎总算是把病人的小屋抛在了脑后,跟老太婆并肩往烈日下的路上悠悠踱步而去。

「あんなものを見たんで、すっかり気色きしょくがわるくなってしまったよ。」

“看到那样的玩意儿,整个心情都变差了。”

老婆は、大仰おおぎょうに顔をしかめながら、

老太婆夸张地皱起脸,

「――ええと、平六のうちは、お前さんも知っているだろう。これをまっすぐに行って、立本寺りゅうほんじの門を左へ切れると、藤判官とうほうがんの屋敷がある。あの一町ばかり先さ。ついでだから、屋敷のまわりでもまわって、今夜の下見をしておおきよ。」

“那个,平六的家你知道吧?顺着这条路一直走到立本寺门前,然后向左拐,那儿就是藤判官的宅子。平六家就在那前面一条街。你到了之后,顺便在藤判官家宅子周围转一转,为今晚的行动踩踩点。”

「なにわたしも、始めからそのつもりで、こっちへ出て来たのさ。」

“我本来就是这么盘算着,才来这边的。”

「そうかえ、それはお前さんにしては、気がきいたね。お前さんのにいさんの御面相じゃ、一つ間違うと、向こうにけどられそうで、下見に行っても、もらえないが、お前さんなら、大丈夫だよ。」

“是这样啊。这么说来,你小子算是机灵。你大哥那副模样呀,一不留神可能就会让对方看出破绽,所以踩点他是派不上用场了。不过要是你小子就没问题了。”

「かわいそうに、兄きもおばばの口にかかっちゃ、かなわないね。」

“真是可怜呀,大哥哪里架得住被婆婆这张利嘴。”

「なに、わたしなんぞはいちばん、あの人の事をよく言っているほうさ。おじいさんなんぞと来たら、お前さんにも話せないような事を、言っているわね。」

“哪里,我还是嘴下留情呢。要是换了老爷子,那些话毒辣得都没法跟你说。”

「それは、あの事があるからさ。」

“那是因为有过那件事。”

「あったって、お前さんの悪口は、言わないじゃないか。」

“就算有,他也没说你的坏话呀。”

「じゃおおかた、わたしは子供扱いにされているんだろう。」

“这么说来,你们基本上还是把我当孩子呀。”

二人は、こんな閑談をかわしながら、狭い往来をぶらぶら歩いて行った。歩くごとに、京の町の荒廃は、いよいよ、まのあたりに開けて来る。家と家との間に、草いきれを立てている蓬原よもぎはら、そのところどころに続いている古築土ふるついじ、それから、昔のまま、わずかに残っている松や柳――どれを見ても、かすかに漂う死人しびとのにおいと共に、滅びてゆくこの大きな町を、思わせないものはない。途中では、ただ一人、手に足駄あしだをはいている、いざりのこじきにきちがった。――

两人一边闲聊,一边在这狭窄的小路上慢悠悠地走着。两人一步一步向前迈进,都城街头的荒凉便一步一步在四周展开。房子与房子之间艾蒿丛生,蒸腾出一阵阵热气,到处都是断断续续的古老旧址残墙,仅有留存下来的松树和柳树还一如往昔——不管看向那一处,这座偌大的城市都给人一种行将就木之感,四处弥散着一股微弱的死亡气息。一路上只遇到一个残疾的乞丐,将木屐套在手上向前爬行。

「だが、次郎さん、お気をつけよ。」

“不过,次郎你可要小心了。”

猪熊いのくまのばばは、ふと太郎の顔を思い浮かべたので、ひとり苦笑を浮かべながら、こう言った。

猪熊婆婆脑海中突然浮现出太郎的脸,苦笑着说道。

「娘の事じゃ、ずいぶんにいさんも、夢中になりかねないからね。」

“你大哥也对我女儿非常着迷。”

が、これは、次郎の心に、思ったよりも大きな影響を与えたらしい。彼は、ひいでたまゆの間を、にわかに曇らせながら、不快らしく目を伏せた。

此言一出,似乎给次郎的心造成了超出想象的影响。他俊朗的眉宇间骤然笼上了一层阴云,不快地垂下眼睛。

「そりゃわたしも、気をつけている。」

“这件事我也在注意着。”

「気をつけていてもさ。」

“注意又能怎么样。”

老婆は、いささか、相手の感情の、この急激な変化に驚きながら、例のごとくくちびるをなめなめ、つぶやいた。

见次郎的情绪发生了如此激烈的变化,老太婆微微吃了一惊。她照例舔了舔嘴唇,小声嘟囔道:

「気をつけていてもだわね。」

“该注意的还是得注意呀。”

「しかし、兄きの思わくは兄きの思わくで、わたしには、どうにもできないじゃないか。」

“但是,就算大哥有大哥的想法,他又能把我怎么样。”

「そう言えば、もふたもなくなるがさ。実はわたしは、きのう娘に会ったのだよ。すると、きょうひつじ下刻げこくに、お前さんと寺の門の前で、会う事になっていると言うじゃないか。それで、お前さんのにいさんには半月近くも、顔は合わせないようにしているとね、太郎さんがこんな事を知ってごらん。また、お前さん、一悶着ひともんちゃくだろう。」

“你这么说未免太直接了。其实我昨天见过女儿了。她不是说今天未时下刻要在寺院门口和你见面么。而且她已经有半个月没在你大哥面前露面了,你让太郎知道这事儿试试看。到时保准又要跟你闹别扭。

次郎は、老婆の娓々びびとして説くことばをさえぎるように、黙って、いらだたしく何度もうなずいた。が、猪熊いのくまのばばは、容易に口を閉ざしそうなけしきもない。

次郎像是想要打断老太婆的絮絮叨叨,默默地、烦躁地点了好几次头。可是,猪熊婆婆可没那么容易闭上嘴。

「さっき、向こうのつじで、太郎さんに会った時にも、わたしはよくそう言って来たけれどね、そうなりゃ、わたしたちの仲間だもの、すぐに刃物三昧はものざんまいだろうじゃないか。万一、その時のはずみで、娘にけがでもあったら、とわたしは、ただ、それが心配なのさ。娘は、なにしろあのとおりの気質だし、太郎さんにしても、一徹人いってつじんだから、わたしは、お前さんによく頼んでおこうと思ってね。お前さんは、死人が犬に食われるのさえ、見ていられないほど、やさしいんだから。」

“刚才我在对面的十字路口遇到了太郎,我也跟他说得清清楚楚。不过那样一来,我们不是要对自己人刀兵相向了么。我只是担心,如果你们一旦发生冲突,会伤到我女儿。我女儿反正也就那么个性格,太郎又是一根筋,我琢磨着这事儿还是拜托你比较好。因为你心地善良,连死人被狗啃都看不下去。”

こう言って、老婆は、いつか自分にも起こって来た不安を、しいて消そうとするように、わざとしわがれた声で、笑って見せた。が、次郎は依然として、顔を暗くしながら、何か物思いにふけるように、目を伏せて歩いている。……

说到这,老太婆像是要把这份不知何时升起的不安强压下去,故意哑着嗓子干笑起来。而次郎依然面沉似水,若有所思,低眉垂目的走着。……

大事おおごとにならなければいいが。」

“希望别闹出什么乱子才好。”

猪熊いのくまのばばは、蛙股かえるまたつえを早めながら、この時始めて心の底で、しみじみこう、祈ったのである。

猪熊婆婆拄着拐杖加快脚步,并从此刻开始在心底深深祈祷。
かれこれその時分の事である。すわえ9の先にながむし死骸しがいをひっかけた、町の子供が三四人、病人の小屋の外を通りかかると、中でもいたずらな一人が、遠くから及び腰になって、その蛇を女の顔の上へほうり上げた。青くあぶらの浮いた腹がぺたり、女のほおに落ちて、それから、腐れ水にぬれた尾が、ずるずるあごの下へたれる――と思うと、子供たちは、一度にわっとわめきながら、おびえたように、四方へ散った。

前后也不过这个时候,有三四个市井孩童拿着树枝挑起死蛇,从病人的小屋外经过,其中一个调皮的孩子远远弯下腰来,将蛇扔到那女人的脸上。那微青泛着油光的肚子啪哒一下,不偏不倚正落在女人的脸颊上,而渗着腐水的尾巴就耷拉在她下巴上——孩子们哇哇惊声尖叫着,四下奔逃开去。

今まで死んだようになっていた女が、その時急に、黄いろくたるんだまぶたをあけて、腐った卵の白味のような目を、どんよりそらえながら、砂まぶれの指を一つびくりとやると、声とも息ともわからないものが、干割れたくちびるの奥のほうから、かすかにもれて来たからである。

一直形同死尸的女人,此时突然挑开松弛泛黄的眼睑,腐烂蛋清般的双眼,浑浊的目光投向天空,一根沾满沙土的手指微微一颤,从她那干裂的嘴唇深处,游出一丝细微的声响,不知是声音还是呼吸。

#

猪熊いのくまのばばに別れた太郎は、時々扇で風を入れながら、日陰も選ばず、朱雀すざく大路おおじを北へ、進まない歩みをはこんだ。――

太郎跟猪熊婆婆分开后,时不时摇扇扇风,也不躲避在阴凉下,只是一味沿着朱雀大街,无精打采地向北走去。

日中の往来は、人通りもきわめて少ない。栗毛くりげの馬に平文ひらもんくらを置いてまたがった武士が一人、鎧櫃よろいびつを荷なった調度掛ちょうどがけを従えながら、綾藺笠あやいがさに日をよけて、悠々ゆうゆうと通ったあとには、ただ、せわしないつばくらが、白い腹をひらめかせて、時々、往来の砂をかすめるばかり、板葺いたぶき檜皮葺ひわだぶきの屋根の向こうに、むらがっているひでりぐもも、さっきから、凝然と、金銀銅鉄をかしたまま、小ゆるぎをするけしきはない。まして、両側に建て続いた家々は、いずれもしんと静まり返って、その板蔀いたじとみ蒲簾かますだれの後ろでは、じゅうの人がことごとく、死に絶えてしまったかとさえ疑われる。――

晌午的街上,行人少得可怜。路上有一匹栗色的马,马背上置着一个平纹漆器马鞍,鞍上骑了一个武士,身后跟随着一个仆人提着铠甲柜,武士身着斜纹蔺草斗篷遮阳。他们慢悠悠地走过之后,只有燕子闪耀着白白的肚皮,不时地从大道的沙土中匆忙掠过。聚拢在木板屋顶、柏树皮葺的屋顶上的卷积云从头至尾都纹丝未动,似乎要将金银铜铁都熔化一般,丝毫不肯动摇。大道两侧,每家每户都悄无声息,这叫人禁不住怀疑,住在这些木板窗和草帘背后的城中人们,莫不是已经死绝。
猪熊いのくまのばばの言ったように、沙金しゃきんを次郎に奪われるという恐れは、ようやく目の前に迫って来た。あの女が、――現在養父にさえ、身を任せたあの女が、あばたのある、片目の、醜いおれを、日にこそ焼けているが目鼻立ちの整った、若い弟に見かえるのは、もとよりなんの不思議もない。おれは、ただ、次郎が、――子供の時から、おれを慕ってくれたあの次郎が、おれの心もちを察してくれて、よしや沙金のほうから手を出してもその誘惑に乗らないだけの、慎みを持ってくれる事と、いちずに信じ切っていた。が、今になって考えれば、それは、弟を買いかぶった、虫のいい量見りょうけんに過ぎなかった。いや、弟を見上げすぎたというよりも、沙金のみだらなびのたくみを、見下げすぎた誤りだった。ひとり次郎ばかりではない。あの女のまなざし一つで、身を滅ぼした男の数は、この炎天にひるがえるつばくらかずよりも、たくさんある。現にこう言うおれでさえ、ただ一度、あの女を見たばかりで、とうとう今のように、身をおとした。……

就像猪熊婆婆所说,沙金被次郎夺走的危机终究还是迫在眉睫了。那个女人现在连养父都肯委身,更何况弟弟乃年轻气盛,晒得黝黑却眉目周正,她看不上满脸麻子、独眼丑陋的我,也是情理之中的事。我只是……次郎——那个从小敬慕我的次郎——我一直坚信他能察觉到我的心意,即使沙金对他出手,他也不会陷入那诱惑,而是会谨慎行事。不过,现在想来,是我高看他了,这不过是我一厢情愿罢了。不,与其说怪自己高看了他,倒不如说是低估了沙金风骚献媚的招数。不单是次郎一人。只要那女人一个眼神,就肯为她粉身碎骨的男人简直多过夏天飞舞的燕子。就连话出此言的我,也是在见到那女人的一瞬间,就沦落到现在这副失魂落魄的田地。……
すると四条坊門しじょうぼうもんつじを、南へやる赤糸毛あかいとげ女車おんなぐるま10が、静かに太郎の行く手を通りすぎる。車の中の人は見えないが、べに裾濃すそご11に染めた、すずしの下簾したすだれが、町すじの荒涼としているだけに、ひときわ目に立ってなまめかしい。それにつき添った牛飼いのわらべ雑色ぞうしき12とは、うさんらしく太郎のほうへ目をやったが、牛だけは、つのをたれて、漆のように黒い背を鷹揚おうようにうねらしながら、わき見もせずに、のっそりと歩いてゆく。しかしとりとめのない考えに沈んでいる太郎には、車の金具の、まばゆく日に光ったのが、わずかに目にはいっただけである。

正在这时,在四条坊门的十字路口,一辆张着红线帘子的侍女牛车静静地从太郎前方穿过,向南驶去。看不见车里的人,不过绢丝的幔帐从上到下渐次染红,在这四下荒凉的街上,尤其妖艳显眼。随行的牛童和杂役看了看形迹可疑的太郎,只有牛低垂牛角,黑漆也似的宽阔背脊端然起伏,目不斜视地慢腾腾向前迈步。但是太郎正沉浸在自己的思索中不得要领,只看到车上的金属装饰在晃眼的阳光下闪闪发光。

彼は、しばらく足をとめて、車を通りこさせてから、また片目を地に伏せて、黙々と歩きはじめた。――

他姑且停住脚步,让车经过,然后又将一只眼睛的视线投向地面,默默开步走去。
(おれが右のひとや放免ほうめん13をしていた時の事を思えば、今では、遠い昔のような、心もちがする。あの時のおれと今のおれとを比べれば、おれ自身にさえ、同じ人間のような気はしない。あのころのおれは、三宝を敬う事も忘れなければ、王法にしたがう事も怠らなかった。それが、今では、盗みもする。時によっては、火つけもする。人を殺した事も、二度や三度ではない。ああ、昔のおれは――仲間の放免といっしょになって、いつもの七半しちはんを打ちながら、笑い興じていた、あの昔のおれは、今のおれの目から見ると、どのくらいしあわせだったかわからない。

想我在右京监狱做放免的时候,感觉已经遥不可及了。那时的我与现在相比,连我自己都觉得简直判若两人。那时的我既不忘尊僧礼佛,又恪守法道。而现在,偷鸡摸狗、杀人放火对我来说已经不是什么稀罕事儿了。啊,过去的我呀,总是跟同伴们一起赌赌钱,玩得不亦乐乎。现在看来,那时的我呀不知有多快活。

考えれば、まだきのうのように思われるが、実はもう一年前になった。――あの女が、盗みのとがで、検非違使けびいしの手から、右のひとやへ送られる。おれがそれと、ふとした事から、牢格子ろうごうしを隔てて、話し合うような仲になる。それから、その話が、だんだんたび重なって、いつか互いに身の上の事まで、打ち明け始める。とうとう、しまいには、猪熊いのくまのばばや同類の盗人が、ろうを破ってあの女を救い出すのを、見ないふりをして、通してやった。

虽说想来就像是昨天,但其实已经是一年前的事了——那个女人因盗窃,经检非违使之手送到这右京监狱来。一次偶然的机会,我开始隔着牢房栅栏跟她聊天。然后随着聊天次数越来越多,我们彼此之间也更加了解了。最终,当猪熊婆婆带着同伙的贼人劫狱将那女人救出去时,我就装作没看见,将他们放走了。

その晩から、おれは何度となく、猪熊のばばの家へ出はいりをした。沙金しゃきんは、おれのく時刻を見はからって、あの半蔀はじとみの間から、雀色時すずめいろどきの往来をのぞいている。そうしておれの姿が見えると、鼠鳴ねずみなきをして、はいれと言う。家の中には、下衆女げすおんな阿濃あこぎのほかに、たれもいない。やがて、しとみをおろす。結び燈台へ火をつける。そうして、あの何畳かの畳の上に、折敷おしき高坏たかつきを、所狭く置きならべて、二人ぎりの小酒盛こざかもりをする。そのあげくが、笑ったり、泣いたり、けんかをしたり、仲直りをしたり――言わば、世間並みの恋人どうしが、するような事をして、いつでも夜を明かした。

从那一晚起,我开始频繁出入猪熊婆婆的家。沙金估摸着我该来了,就从半悬窗中间望着黄昏时分的大街。看到我的身影,就娇声招呼让我进门。除了女仆阿浓,家里谁都不在。然后我们撂下窗板,点上油灯。在几张榻榻米上,一个挨一个地摆满木餐盘和高脚盘,仅我俩二人在此饮酒作乐。最后两人时哭时笑,一会儿翻脸吵架,可很快又和好如初——我们就像世上所有普通的恋人一般,总是这样闹到天亮。

日の暮れに来て、のひき明け方に帰る。――あれが、それでも一月ひとつきは続いたろう。そのうちに、おれには沙金が猪熊のばばのつれ子である事、今では二十何人かの盗人のかしらになって、時々洛中らくちゅうをさわがせている事、そうしてまた、日ごろは容色を売って、傀儡くぐつ同様な暮らしをしている事――そういう事が、だんだんわかって来た。が、それは、かえってあの女に、双紙の中の人間めいた、不思議な円光をかけるばかりで、少しも卑しいなどという気は起こさせない。無論、あの女は、時々おれに、いっそ仲間へはいれと言う。が、おれはいつも、承知しない。すると、あの女は、おれの事を臆病だと言って、ばかにする。おれはよくそれで、腹を立てた。………)

日暮时来,夜明时归——这样持续了一个月。在这段日子里,我知道了沙金其实是猪熊婆婆前夫的孩子,而且她现在已经是二十几个盗贼的头头儿,时常在京城里作奸犯科。不止如此,她平素还会出卖美色,过着妓女一般的生活——这些事,我都渐渐知道了。可是,这些事反而使那个女人看上去像故事中的人物一样,笼罩在一个神秘光环之下,让人一点也提不起轻视她的念头。当然,那个女人时不时就叫我入伙,但是我一直都没有应承。她就说我是胆小鬼,瞧不起我。我常常因此而恼火。……
「はい、はい」と馬をしかる声がする。太郎は、あわてて、道をよけた。

“驾、驾……”,赶马的声音传了过来,太郎赶忙让开了路。

米俵を二俵ずつ、左右へ積んだ馬をひいて、汗衫かざみ一つの下衆げすが、三条坊門の辻を曲がりながら、汗もふかずに、炎天の大路おおじを南へ下って来る。その馬の影が、黒く地面に焼きついた上を、つばくらが一羽、ひらり羽根を光らせて、すじかいに、空へ舞い上がった。と思うと、それがまたつぶてを投げるように、落として来て、太郎の鼻の先を一文字に、向こうの板庇いたびさしの下へはいる。

只见一个身着汗衫的下人牵着一匹马,马背上左右各驮了两袋装米的草包,他牵着马转过三条坊门十字路口,连汗都顾不上擦一把,沿着这热天的大道南下而来。马的影子黑漆漆地烙在地面上,一只燕子披着光闪闪的羽毛,敏捷地斜冲入空,又像落石一般掉落下来,笔直掠过太郎的鼻尖,飞进了对面的房檐下。

太郎は、歩きながら、思い出したように、はたはたと、黄紙きがみの扇を使った。――

太郎走在路上,然后像突然想起似的,哗嗒哗嗒扇着黄纸扇。
(そういう月日が、続くともなく続くうちに、おれは、偶然あの女と養父との関係に、気がついた。もっともおれ一人が、沙金しゃきんを自由にする男でないという事も、知っていなかったわけではない。沙金自身さえ、関係した公卿くげの名や法師の名を、何度も自慢らしくおれに話した事がある。が、おれはこう思った。あの女のはだは、おおぜいの男を知っているかもしれない。けれども、あの女の心は、おれだけが占有している。そうだ、女のみさおは、からだにはない。――おれは、こう信じて、おれの嫉妬しっとをおさえていた。もちろんこれも、あの女から、知らず知らずおれが教わった、考え方にすぎないかもしれない。が、ともかくもそう思うと、おれの苦しい心はいくぶんか楽になった。しかし、あの女と養父との関係は、それとちがう。

这样的日子有一搭没一搭地过着,我偶然发觉了那个女人和她养父的关系。其实本来我也不是不知道,沙金不止有我这么一个男人,就连沙金自己都不止一次向我吹嘘过跟她有关系的公卿和法师姓甚名谁。不过我一直这么想,这个女人的肌体可能早被很多男人熟知,不过占据她心灵的,只我一人。对,女人的贞操不在于肉体——我一直这样坚信着,以此来压抑自己的妒火。当然,这也许不过是那个女人不知不觉渗透给我的想法而已。不过不管怎么说,这样一想,我痛苦的心绪就能轻松几分。但是,那女人和她养父的关系可就不一样了。

おれは、それを感づいた時に、なんとも言えず、不快だった。そういう事をする親子なら、殺して飽きたらない。それを黙って見る実の母の、猪熊いのくまのばばもまた、畜生より、無残なやつだ。こう思ったおれは、あの酔いどれのおやじの顔を見るたびに、何度太刀たちへ手をかけたか、わからない。が、沙金はそのたびに、おれの前で、ことさら、手ひどく養父をばかにした。そうしてその見え透いた手くだがまた、不思議におれの心を鈍らせた。「わたしはおとうさんがいやでいやでしかたがないんです」と言われれば、養父をにくむ気にはなっても、沙金をにくむ気には、どうしてもなれない。そこで、おれと養父とは、きょうがきょうまで、互いににらみ合いながら、何事もなくすぎて来た。もしあのおじじにもう少し、勇気があったなら、――いや、おれにもう少し、勇気があったなら、おれたちはとうの昔、どちらか死んでいた事であろう。……)

当我察觉到他们的关系时,心里说不出地不痛快。如此苟且的父女,就算诛之也难为快。而明知一切却默不吭声的亲娘、那猪熊婆婆,更是残忍至极、畜生不如。我这样想着,看到那个醉醺醺的老家伙的脸,不知多少次把手伸向长刀。可是每当这时,沙金都会故意当着我的面,狠狠地嘲弄她的养父。这显而易见的诡计不知怎地,每每都能奇妙地让我心软。只要她一说“我简直讨厌死我那个爹了”,不管我有多么憎恨她的养父,却都没法对她生出半分恨意。所以我和那个养父,尽管互相敌对,但也一直都没做出什么出格的事来。如果那个老家伙更有勇气一点,不,要是我更有勇气一点的话,那么我们之间应该早有一人命丧黄泉了吧。……
頭を上げると、太郎はいつか二条を折れて、耳敏川みみとがわにまたがっている、小さい橋にかかっていた。水のかれた川は、細いながらも、焼やき太刀だちのように、日を反射して、絶えてはつづく葉柳はやなぎと家々との間に、かすかなせせらぎの音を立てている。その川のはるか下に、黒いものが二つ三つ、の鳥かと思うように、流れの光を乱しているのは、おおかた町の子供たちが、水でも浴びているのであろう。

抬头一看,太郎不知不觉已拐过两条路,来到了耳敏川上的小桥前。干涸得只剩下一条涓涓细流的小河,如淬火的长刀一般反射着日光,穿过疏疏密密的翠柳和人家,水声潺潺。在远处下游,有两三个黑影,像水鸟一样扰乱了流淌的光带。大概是这附近的孩子在水里洗澡吧。

太郎の心には、一瞬の間、幼かった昔の記憶が、――弟といっしょに、五条の橋の下で、はえった昔の記憶が、この炎天に通う微風のように、かなしく、なつかしく、返って来た。が、彼も弟も、今は昔の彼らではない。

一瞬间,儿时的记忆突然涌上太郎心头——和弟弟一起在五条的桥下捉大马哈鱼的记忆——就像是这热天里的一缕清风,伤感而又亲切,向着太郎席卷而来。只是,如今他也罢弟弟也罢,都早已今非昔比了。

太郎は、橋を渡りながら、うすいあばたのある顔に、また険しい色をひらめかせた。――

太郎一边过桥,凹凸不平的脸上又浮现出一丝厉色。

(すると、突然ある日、そのころ筑後ちくご前司ぜんじ小舎人ことねりになっていた弟が、盗人の疑いをかけられて、左のひとやへ入れられたという知らせが来た。放免ほうめんをしているおれには、獄中の苦しさが、たれよりもよく、わかっている。おれは、まだ筋骨のかたまらない弟の身の上を、自分の事のように、心配した。そこで、沙金しゃきんに相談すると、あの女はさもわけがなさそうに、「ろうを破ればいいじゃないの」と言う。かたわらにいた猪熊のばばも、しきりにそれをすすめてくれる。おれは、とうとう覚悟をきめて、沙金といっしょに、五六人の盗人を語り集めた。そうして、その夜のうちに、ひとやをさわがして、難なく弟を救い出した。その時、受けた傷の跡は、今でもおれの胸に残っている。が、それよりも忘れられないのは、おれがその時始めて、放免ほうめんの一人を切り殺した事であった。あの男の鋭い叫び声と、それから、あの血のにおいとは、いまだにおれの記憶を離れない。こう言う今でも、おれはそれを、この蒸し暑い空気の中に、感じるような心もちがする。

突然有一天,我得到通知说,在筑后的前任国司处做喂侍童的弟弟,因涉嫌盗窃被关进左京监狱。身为放免的我,比谁都清楚监狱中的苦楚。想到弟弟的体格还没长结实,我就像对待我自己的事一样担心不已。于是我去找沙金商量,那个女人若无其事地说道:“劫狱不就得了?”猪熊婆婆也不断地从旁敲着边鼓。最终我下定决心,跟沙金一起召集了五六个贼人。就在那晚大闹监狱,将弟弟顺利救出。那时受伤留下的伤疤,至今仍留在我的胸口。但是,比这更让我难以释怀的,是在那时候,我第一次砍死了一个放免。那男人尖锐的惨叫声和血的气味,至今都徘徊在我的记忆里,不肯离去。就连现在,在这闷热的空气中,我似乎也能感觉得到。

その翌日から、おれと弟とは、猪熊の沙金の家で、人目を忍ぶ身になった。一度罪を犯したからは、正直に暮らすのも、あぶない世渡りをしてゆくのも、検非違使けびいしの目には、変わりがない。どうせ死ぬくらいなら、一日も長く生きていよう。そう思ったおれは、とうとう沙金の言うなりになって、弟といっしょに盗人の仲間入りをした。それからのおれは、火もつける。人も殺す。悪事という悪事で、なに一つしなかったものはない。もちろん、それも始めは、いやいやした。が、してみると、意外に造作ぞうさがない。おれはいつのまにか、悪事を働くのが、人間の自然かもしれないと思いだした。……)

从那第二天开始,我和弟弟为了掩人耳目,躲在了猪熊沙金的家里。只要犯过一次罪,在检非违使的眼里便再难翻身,不管你之后是清白度日还是为非作歹。如若早晚都难逃一死,那么多活一天也是好的。这么一想,我也最终顺了沙金的话,跟弟弟一起加入了盗贼的团伙。从那以后,我杀人放火,无恶不作。当然,开始的时候我也是不情不愿的。不过做着做着,就发现其实没那么麻烦。不知什么时候起,我开始觉得,或许人之初,性本恶吧。……
太郎は、半ば無意識につじをまがった。辻には、石でまわりを積んだ一囲いの土饅頭どまんじゅうがあって、その上に石塔婆せきとうばが二本、並んで、午後の日にかっと、照りつけられている。その根元にはまた、何匹かのとかげが、すすのように黒いからだを、気味悪くへばりつかせていたが、太郎の足音に驚いたのであろう、彼の影の落ちるよりも早く、一度にざわめきながら、四方へ散った。が、太郎は、それに目をやるけしきもない。――

太郎几乎毫无意识地转过十字路口。在十字路口边有一座坟冢,四周围着一圈石头,坟冢上并排立着两块墓碑,在午后的阳光中暴晒着。墓碑底部趴着几只壁虎,身体像煤炭一样黑漆漆的,看着让人恶心,一听到太郎的脚步声,这些壁虎惊恐地乱作一团,不等太郎的影子落地,就向四处奔逃而去了。但是太郎都没心思看它们一眼。

「おれは、悪事をつむに従って、ますます沙金しゃきん愛着あいじゃくを感じて来た。人を殺すのも、盗みをするのも、みんなあの女ゆえである。――現にろうを破ったのさえ、次郎を助けようと思うほかに、一人の弟を見殺しにすると、沙金にわらわれるのを、おそれたからであった。――そう思うと、なおさらおれは、何に換えても、あの女を失いたくない。

随着我的罪孽愈见深重,我对沙金的爱意也愈见浓厚。无论是杀人还是盗窃,一切都是为了那个女人。就连劫狱,都不只是为了救出次郎,还因为怕沙金会嘲笑自己对唯一的弟弟见死不救。这样一想,不管用什么来交换,我都不想失去那个女人。

その沙金を、おれは今、肉身の弟に奪われようとしている。おれが命を賭けて助けてやった、あの次郎に奪われようとしている。奪われようとしているのか、あるいは、もう奪われているのか、それさえも、はっきりはわからない。沙金しゃきんの心を疑わなかったおれは、あの女がほかの男をひっぱりこむのも、よくない仕事の方便として、許していた。それから、養父との関係も、あのおじじが親の威光で、何も知らないうちに、誘惑したと思えば、目をつぶって、すごせない事はない。が、次郎との仲は、別である。

如今,我的亲生弟弟要夺走沙金,那个我拼了命救出来的次郎要夺走沙金。是准备夺走,还是已经夺走,我都不得而知。我从不怀疑沙金的心,她勾引别的男人,我想是为了行事方便,因此都包容了她。还有她跟养父发生关系,我认为是那个老东西仗着父亲的威势,在她懵懂无知的时候诱惑了她,这样一想我也就睁一只眼闭一只眼,听之任之了。但是,她和次郎的关系却是另当别论。

おれと弟とは、気だてが変わっているようで、実は見かけほど、変わっていない。もっとも顔かたちは、七八年前の痘瘡もがさが、おれには重く、弟には軽かったので、次郎は、生まれついた眉目みめをそのままに、うつくしい男になったが、おれはそのために片目つぶれた、生まれもつかない不具になった。その醜い、片目のおれが、今まで沙金の心を捕えていたとすれば、(これも、おれのうぬぼれだろうか。)それはおれの魂の力に相違ない。そうして、その魂は、同じ親から生まれた弟も、おれに変わりなく持っている。しかも、弟は、たれの目にもおれよりはうつくしい。そういう次郎に、沙金が心をひかれるのは、もとより理の当然である。その上また、次郎のほうでも、おれにひきくらべて考えれば、到底あの女の誘惑に、勝てようとは思われない。いや、おれは、始終おれの醜い顔を恥じている。そうして、たいていの情事には、おのずからひかえ目になっている。それでさえ、沙金には、気違いのように、恋をした。まして、自分の美しさを知っている次郎が、どうして、あの女の見せるびを、返さずにいられよう。――

我跟弟弟,看上去性格相去甚远,可事实上并不像外表那样差那么多。在七八年前,我们俩害了天花,我的病重,弟弟的病轻,所以次郎得以保持那副天生的容貌,长成一个俊美的男子,而我却因此瞎了一只眼,成了后天的残疾。如若这样一个独眼又丑陋的我能一直抓住沙金的心(也许是我太自恋了吧),那必定是仰仗内在的人格魅力。而与我同根生的弟弟,也有着跟我一样的人格魅力。并且不管在谁看来,弟弟都比我英俊。所以沙金被弟弟吸引也是情理之中。而在我和那个女人的诱惑之间,显然后者在次郎心里占了上风。不,是我始终以自己丑陋的容貌为耻,所以在与沙金的情事中,我一直自然而然地畏手畏脚。可是即便这样,我依然像个疯子一般恋着沙金。何况深知自己长相俊美的次郎,如何能抗拒那个女人的妩媚呢?

こう思えば、次郎と沙金しゃきんとが、近づくようになるのは、無理もない。が、無理がないだけ、それだけ、おれには苦痛である。弟は、沙金をおれから奪おうとする。――それも、沙金の全部を、おれから奪おうとする。いつかは、そうして必ず。ああ、おれの失うのは、ひとり沙金ばかりではない。弟もいっしょに失うのだ。そうして、そのかわりに、次郎と言う名のかたきができる。――おれは、敵には用捨しない。敵も、おれに用捨はしないだろう。そうなれば、落ち着くところは、今からあらかじめわかっている。弟を殺すか、おれが殺されるか。……)

这么一想,次郎跟沙金越走越近也不无道理。可是,就是因为不无道理,就是因为这样才让我痛彻心扉。弟弟要从我手里抢走沙金——要从我手里夺走沙金的全部。总有一天,一定会这样的。我失去的,又岂止是一个沙金啊。连弟弟也要一并失去了。取而代之的是名叫次郎的仇敌——对敌人我绝不手软,敌人想必也不会对我客气。那么结果现在就可以预知。不是他死,就是我亡。……
太郎は、死人しびとのにおいが、鋭く鼻を打ったのに、驚いた。が、彼の心の中の死が、におったというわけではない。見ると、猪熊の小路のあたり、とある網代あじろへいの下に腐爛ふらんした子供の死骸が二つ、裸のまま、積み重ねて捨ててある。はげしい天日てんぴに、照りつけられたせいか、変色した皮膚のところどころが、べっとりと紫がかった肉を出して、その上にはまた青蝿あおばえが、何匹となく止まっている。そればかりではない。一人の子供のうつむけた顔の下には、もう足の早いありがついた。――

一股死人的气息猛扑进太郎敏锐的鼻腔,他吃了一惊。但这并不是他心中所认为的死亡应当发出的气味。定睛一看,在猪熊小路旁边一片竹篱笆墙下,有两具腐烂了的童尸,尸体全身赤裸,重叠着丢弃在那里。在炎炎烈日的照射下,已经变色的皮肤上皮开肉绽,到处青一块紫一块,上面停着许多绿头苍蝇。不仅如此,一个脸朝下趴着的孩子,脸下面早有蚂蚁捷足先登。

太郎は、まのあたりに、自分の行く末を見せつけられたような心もちがした。そうして、思わず下くちびるを堅くかんだ。――

太郎仿佛亲眼看到了自己的下场。下意识地咬紧了下唇。

「ことに、このごろは、沙金しゃきんもおれを避けている。たまに会っても、いい顔をした事は、一度もない。時々はおれにめんと向かって、悪口あっこうさえきく事がある。おれはそのたびに腹を立てた。打った事もある。った事もある。が、打っているうちに、蹴っているうちに、おれはいつでも、おれ自身を折檻せっかんしているような心もちがした。それも無理はない。おれの二十年の生涯は、沙金のあの目の中に宿っている。だから沙金を失うのは、今までのおれを失うのと、変わりはない。

特别是这一阵子沙金也在避开我。就算偶尔见了面,也从没有过好脸色,有时甚至对着我恶语相向。那时我心里可真是窝火啊。打也打过她,踢也踢过她。可是,打她踢她时,我更像是在折磨自己。那也是理所当然。因为在我这二十几年的生命,都停驻在沙金的那双眸子中。所以失去了沙金,就跟失去这二十几年的自我没什么两样。

沙金を失い、弟を失い、そうしてそれとともにおれ自身を失ってしまう。おれはすべてを失う時が来たのかもしれない。……)

失去沙金,失去弟弟,接着失去自己。也许已经到了我将失去全部的时刻。……
そう思ううちに、彼は、もう猪熊のばばの家の、白い布をぶら下げた戸口へ来た。まだここまでも、死人のにおいは、伝わって来るが、戸口のかたわらに、暗い緑の葉をたれた枇杷びわがあって、その影がわずかながら、涼しく窓に落ちている。この木の下を、この戸口へはいった事は、何度あるかわからない。が、これからは?

他一边想着,来到了猪熊婆婆家悬着白布的门口。就连这里都传来那股死人的气息。门口旁有一棵树叶暗绿的枇杷树,树影稀疏,但是投到窗子上却是一阵清凉。不知多少次,从这棵树下走进这门口。那么,以后呢?

太郎は、急にある気づかれを感じて、一味の感傷にひたりながら、その目に涙をうかべて、そっと戸口へ立ちよった。すると、その時である。家の中から、たちまちけたたましい女の声が、猪熊いのくまおじの声に交じって、彼の耳を貫ぬいた。沙金しゃきんなら、捨ててはおけない。

太郎突然感到一阵疲惫袭来,一丝伤感油然而生,眼里浮上泪花,悄然靠近门口。就在这时,屋子里突然传出了尖锐的女声,和猪熊老爷的声音交织在一起,灌进了他的耳朵。如若是沙金,那可不能弃之不顾。

彼は、入り口の布をあげて、うすぐらい家の中へ、せわしく一足ふみ入れた。

他慌忙挑起门口的布帘,一脚踏进昏暗的屋子里。

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猪熊のばばに別れると、次郎は、重い心をいだきながら、立本寺りゅうほんじの門の石段を、一つずつ数えるように上がって、そのところどころ剥落はくらくした朱塗りの丸柱の下へ来て、疲れたように腰をおろした。さすがの夏の日も、斜めにつき出した、高いかわらにさえぎられて、ここまではさして来ない。後ろを見ると、うす暗い中に、一体の金剛力士が青蓮花あおれんげを踏みながら、左手のきねを高くあげて、胸のあたりにつばくらふんをつけたまま、寂然と境内けいだいの昼を守っている。――次郎は、ここへ来て、始めて落ち着いて、自分の心もちが考えられるような気になった。

跟猪熊婆婆告别以后,次郎心情沉重,走到立本寺门前,一级一级数着台阶向上登着,来到红漆斑驳的圆柱子下面,疲惫地坐下身来。夏天的毒日头被斜探出头的高高瓦檐挡住,照不到这里。向后看,一尊金刚力士在昏暗中脚踩青莲,左手高举金刚杵,胸前落着燕子粪,寂然地守护着寺院的白昼。次郎来到了这,才算冷静下来,方能思考自己的心绪。

日の光は、相変わらず目の前の往来を、照りしらませて、その中にとびかうつばくらの羽を、さながら黒繻子くろじゅすか何かのように、光らせている。大きな日傘ひがさをさして、白い水干すいかんを着た男が一人、青竹の文挾ふばさみにはさんだふみを持って、暑そうにゆっくり通ったあとは、向こうに続いた築土ついじの上へ、影を落とす犬もない。

太阳的光焰依然将眼前的大路照得亮堂堂,在阳光中飞舞的燕子,翅膀宛若黑丝绸缎般闪着光。路上一个男子撑着一把巨大的阳伞,身穿白色水干,手里拿着一个夹有文书的青竹呈文夹,炎热难耐似的缓缓走过。在那之后,对面绵延的土墙上连只狗影都不见。

次郎は、腰にさした扇をぬいて、その黒柿くろがきの骨を、一つずつ指で送ったり、もどしたりしながら、兄と自分との関係を、それからそれへ、思い出した。――

次郎拔出腰间的扇子,用手指将黑檀扇骨一根一根捻开,又再合上,思考着哥哥和自己的关系该何去何从。

なんで自分は、こう苦しまなければ、ならないのであろう。たった一人の兄は、自分を敵のように思っている。顔を合わせるごとに、こちらから口をきいても、浮かない返事をして、話の腰を折ってしまう。それも、自分と沙金とが、今のような事になってみれば、無理のない事に相違ない。が、自分は、あの女に会うたびに、始終兄にすまないと思っている。別して、会ったのちのさびしい心もちでは、よく兄がいとしくなって、人知れない涙もこぼしこぼしした。現に、一度なぞは、このまま、兄にも沙金にも別れて、東国へでも下ろうとさえ、思った事がある。そうしたら、兄も自分を憎まなくなるだろうし、自分も沙金を忘れられるだろう。そう思って、よそながらいとまごいをするつもりで、兄の所へ会いにゆくと、兄はいつも、そっけなく、自分をあしらった。そうして、沙金に会うと、――今度は自分が、せっかくの決心を忘れてしまう。が、そのたびに、自分はどのくらい、自分自身を責めた事であろう。

为什么我非得这么痛苦呢?唯一的哥哥却把自己当作敌人。每次照面,就算我先开口搭话,他答得也都十分不悦,将我谈话的兴头也灭了下来。不过考虑到我现在和沙金的情况,他这样的反应也是情理之中。但每次跟那个女人见面,我始终觉得对不起大哥。特别是每次见面之后感到寂寞时,常常觉得大哥很可怜,为此我总是偷偷掉泪。实际上我甚至不止一次想过就这样离开大哥和沙金,去东国。这样一来,也许大哥就不会恨我了,而我也能忘掉沙金。我本打算背地里跟大哥告别,可到了大哥的住处一见他,总是冷言冷语。而一见到沙金——好不容易下定的决心都抛到九霄云外了。每当这时,我都自责得无以复加。

しかし、兄には、自分のこの苦しみがわからない。ただいちずに、自分を、恋の敵だと思っている。自分は、兄にののしられてもいい。顔につばきされてもいい。あるいは場合によっては、殺されてもいい。が、自分が、どのくらい自分の不義を憎んでいるか、どのくらい兄に同情しているか、それだけは、察していてもらいたい。その上でならば、どんな死にざまをするにしても、兄の手にかかれば、本望だ。いや、むしろ、このごろの苦しみよりは、一思いに死んだほうが、どのくらいしあわせだかわからない。

但是,大哥他从不明白我的苦痛,只是一门心思把我当成情敌。大哥骂我也罢,啐在我脸上也罢,甚至要杀我,我都绝无二话。我只希望他能体恤我有多么憎恶自己的不义之举,而对他又是多么同情。这样的话,不管是怎么个死法,只要是死在哥哥手里,我都算是死得其所。不,与其像现在这样痛苦,我倒宁愿一死,那样不知有多幸福。

自分は、沙金に恋をしている。が、同時に憎んでもいる。あの女の多情な性質は、考えただけでも、腹立たしい。その上に、絶えずうそをつく。それから、兄や自分でさえためらうような、ひどい人殺しも、平気でする。時々、自分は、あの女のみだらな寝姿をながめながら、どうして、自分がこんな女に、ひかされるのだろうと思ったりした。ことに、見ず知らずの男にも、なれなれしく肌を任せるのを見た時には、いっそ自分の手で、殺してやろうかという気にさえなった。それほど、自分は、沙金を憎んでいる。が、あの女の目を見ると、自分はやっぱり、誘惑に陥ってしまう。あの女のように、醜い魂と、美しい肉身とを持った人間は、ほかにいない。

我爱着沙金,但同时也恨着她。那女人水性杨花的习性,哪怕只是想想都让我怒从心生。不止如此,她还满口谎言。而且某些杀人手段之残忍,连我和大哥都心生犹豫,她却能泰然处之。有时,看着那个女人淫贱的睡姿,我常会想自己怎么会看上这种女人。特别是当我看到她任那些不认识的男人狎昵地对她动手动脚时,甚至会想要亲手结果了她。我恨沙金,已经到了如此地步。可是,一看到那女人的眼睛,我却还是深深地陷入她的诱惑中。再也没人像她那样,拥有着魔鬼的灵魂,天使的身体。

この自分の憎しみも、兄にはわかっていないようだ。いや、元来兄は、自分のように、あの女の獣のような心を、憎んではいないらしい。たとえば、沙金とほかの男との関係を見るにしても、兄と自分とは全く目がちがう。兄は、あの女がたれといっしょにいるのを見ても、黙っている。あの女の一時の気まぐれは、気まぐれとして、許しているらしい。が、自分は、そういかない。自分にとっては、沙金が肌身はだみけがす事は、同時に沙金が心を汚す事だ。あるいは心を汚すより、以上の事のように思われる。もちろん自分には、あの女の心が、ほかの男に移るのも許されない。が、肌身をほかの男に任せるのは、それよりもなお、苦痛である。それだからこそ、自分は兄に対しても、嫉妬しっとをする。すまないとは思いながら、嫉妬をする。してみると、兄と自分との恋は、まるでちがう考えが、元になっているのではあるまいか。そうしてそのちがいが、よけい二人の仲を、悪くするのではあるまいか。………

我的这份憎恨,大哥似乎并不了解。不,大哥原本就与我不同,对那个女人的兽心并未憎恨至此。比如说,在看待沙金和其他男人的关系上,大哥和我的看法就完全不同。不管看到那个女人跟谁在一起,大哥都缄默不语,认为那是她一时的心血来潮,心血来潮自然可以宽容接受。但我绝对不行。对我来说,沙金的身体脏了,就意味着她的心也脏了,或者说,这比心脏了还要严重。当然,我不能容忍她将心思放到别的男人身上。但是,她委身于别的男人就更让我痛苦。正因为如此,我对大哥也嫉妒得很。一边觉得对不起他,一边嫉妒他。这么看来,大哥和我的恋爱观本就完全不同。而这种差异,无疑会让我们二人的关系愈加恶化。……

次郎は、ぼんやり往来をながめながら、こんな事をしみじみと考えた。すると、ちょうどその時である。突然、けたたましい笑い声が、まばゆい日の光を動かして、往来のどちらかから聞こえて来た。と思うと、かんだかい女の声が、舌のまわらない男の声といっしょになって、人もなげに、みだらな冗談を言いかわして来る。次郎は、思わず扇を腰にさして、立ち上がった。

次郎一边深深思索,一边看着大路发呆。恰恰这个时候,从路上某处突然传出一阵尖锐的笑声,仿佛震动了晃眼的阳光。随着女人的尖声一同传来的,是一个男人含糊不清的声音,两人旁若无人地开着淫荡的玩笑。次郎不由得将扇子插在腰间,站了起来。

が、柱の下をはなれて、まだ石段へ足をおろすかおろさないうちに、小路こうじを南へ歩いて来た二人の男女なんにょが、彼の前を通りかかった。

在他离开柱子下面,正要迈下台阶时,一对男女从他面前经过,顺着小路向南走去。

男は、樺桜かばざくら直垂ひたたれ梨打なしうち烏帽子えぼしをかけて、打ち出しの太刀たち濶達かったついた、三十ばかりの年配で、どうやら酒に酔っているらしい。女は、白地にうす紫の模様のあるきぬを着て、市女笠いちめがさ被衣かずきをかけているが、声と言い、物ごしと言い、紛れもない沙金である。――次郎は、石段をおりながら、じっとくちびるをかんで、目をそらせた。が、二人とも、次郎には、目をかける様子がない。

男人穿着紫红配大红里子直垂,戴着黑纱软帽,随意地佩着一把锻花长刀,年龄在三十上下,样子像是喝醉了。女人穿着白底衬浅紫花纹的衣服,头上顶着赶集斗笠,从声音和言谈举止来看,那女人正是沙金。次郎走下台阶时,一直紧咬嘴唇,别开视线。不过,那两个人谁都没有瞧次郎一眼的意思。

「じゃよくって。きっと忘れちゃいやよ。」

“那说好了,千万不能忘哟。”

「大丈夫だよ。おれがひきうけたからは、大船おおぶねに乗った気でいるがいい」

“没问题啊。君子一言,驷马难追,你就放一百个心吧。”

「だって、わたしのほうじゃ命がけなんですもの。このくらい、念を押さなくちゃしようがないわ。」

“我可是拼上了性命的呀。不能不这么千叮咛万嘱咐。”

男は赤ひげの少しある口を、のどまで見えるほど、あけて笑いながら、指で、ちょいと沙金の頬を突っついた。

男人张开长着些许红须的大嘴,哈哈大笑起来,笑得仿佛能看得到喉咙。他用手指戳了一下沙金的脸颊说:

「おれのほうも、これで命がけさ。」

“我也一样啊,都是拼了命的。”

「うまく言っているわ。」

“说的比唱的好听。”

二人は、寺の門の前を通りすぎて、さっき次郎が猪熊のばばと別れた辻まで行くと、そこに足をとめたまましばらくは、人目も恥じず、ふざけ合っていたが、やがて、男は、振りかえり振りかえり、何かしきりにからかいながら、辻を東へ折れてしまう。女は、くびすをめぐらして、まだくすくす笑いながら、またこっちへ帰って来る。――次郎は、石段の下にたたずんで、うれしいのか情けないのか、わからないような感情に動かされながら、子供らしく顔を赤らめて、被衣かずきの中からのぞいている、沙金の大きな黒い目を迎えた。

两人通过寺院门前,走到刚刚次郎和猪熊婆婆分开的十字路口,两人在此驻足,不顾他人眼光地打情骂俏。最后,那男人在十字路口路口向东折去,边走还不断回头,几次三番地调戏着沙金。沙金也转过身来,尚在吃吃发笑,又回到这边来。次郎伫立在石阶下,心中涌动着一股情感,不知是高兴还是悲哀。沙金像孩子一样涨红了脸,从斗篷里朝外看,次郎迎上了沙金那大大的黑色眸子。

「今のやつを見た?」

“看到那才那家伙了?”

沙金は、被衣かずきを開いて、汗ばんだ顔を見せながら、笑い笑い、問いかけた。

沙金把斗篷解开,露出汗津津的脸,笑笑地问。

「見なくってさ。」

“没看见。”

「あれはね。――まあここへかけましょう。」

“那家伙呀。哎呀,就坐这儿吧。”

二人は、石段の下の段に、肩をならべて、腰をおろした。幸い、ここには門の外に、ただ一本、細い幹をくねらした、赤松の影が落ちている。

两人肩并肩,坐在了石阶的最后一层。幸运的是,门外仅有的一棵纤细扭曲的赤松,将树影投落在了这里。

「あれは、藤判官とうほうがんの所の侍なの。」

“那是藤判官家里的侍卫。”

沙金は、石段の上に腰をおろすかおろさないのに、市女笠いちめがさをぬいで、こう言った。小柄な、手足の動かし方に猫のような敏捷びんしょうさがある、中肉ちゅうにくの、二十五六の女である。顔は、恐ろしい野性と異常な美しさとが、一つになったとでもいうのであろう。狭い額とゆたかな頬と、あざやかな歯とみだらなくちびると、鋭い目と鷹揚おうようまゆと、――すべて、一つになり得そうもないものが、不思議にも一つになって、しかもそこに、つめばかりの無理もない。が、中でもみごとなのは、肩にかけた髪で、これは、日の光のかげんによると、黒い上につややかな青みが浮く。さながら、からすの羽根と違いがない。次郎は、いつ見ても変わらない女のなまめかしさを、むしろ憎いように感じたのである。

沙金如是说,一边脱下赶集斗笠,一边准备坐到石阶上。她身材小巧,手脚动起来像猫一样敏捷,身材不胖不瘦,年龄大概二十五六。她的脸可以说汇聚了惊人的野性与脱俗的美丽,她额头窄小,脸颊丰满,牙齿洁白,嘴唇充满风情,眼光锐利,鹰眉入鬓——这一切,本不可能合为一体,但是它们却奇迹般地聚在这一张脸上,而且聚合得天衣无缝。特别是那一头披肩长发,在日光的照耀下乌黑泛青,宛如鸟儿的羽毛一般。对这个女人无论何时都不曾改变的媚态,次郎甚至感到了一丝憎恨。

「そうして、お前さんの情人おとこなんだろう。」

“他还是你的情人吧。”

沙金は、目を細くして笑いながら、無邪気らしく、首をふった。

沙金眯起眼睛笑了起来,天真无邪地摇了摇头。

「あいつのばかと言ったら、ないのよ。わたしの言う事なら、なんでも、犬のようにきくじゃないの。おかげで、何もかも、すっかりわかってしまった。」

“那家伙愚蠢至极。只要是我说的话,不管什么,他都像狗一样言听计从。多亏了他,我把一切都弄得清清楚楚。”

「何がさ。」

“你都知道些什么?”

「何がって、藤判官とうほうがんの屋敷の様子がよ。そりゃひとかたならないおしゃべりなんでしょう。さっきなんぞは、このごろ、あすこで買った馬の話まで、話して聞かしたわ。――そうそう、あの馬は太郎さんに頼んで盗ませようかしら。陸奥出みちのくで三才駒さんさいごまだっていうから、まんざらでもないわね。」

“什么?还不是藤判官宅子里的情况呗。他对我大说特说。就在刚才,连那里最近买了马的事都跟我说了。对啦对啦,要不要让太郎把那马偷来呢?说是在陆奥出产的三岁马驹,还算凑合。”

「そうだ。兄きなら、なんでもお前の御意ぎょい次第だから。」

“是啊。大哥什么都依你。”

「いやだわ。やきもちをやかれるのは、わたし大きらい。それも、太郎さんなんぞ、――そりゃはじめは、わたしのほうでも、少しはどうとか思ったけれど、今じゃもうなんでもないわ。」

“讨厌。我最讨厌吃醋了。说起太郎呀——开始的时候我确实对他有些想法,不过现在完全没有了。”

「そのうちに、わたしの事もそう言う時が来やしないか。」

“用不了多久,你就会这么说我了吧。”

「それは、どうだかわかりゃしない。」

“那个,我可不知道。”

沙金は、またかんだかい声で、笑った。

沙金又高声娇笑起来。

「おこったの? じゃ、来ないって言いましょうか。」

“生气啦?那我跟他们说你不来了?”

内心女夜叉ないしんにょやしゃさね。お前は。」

“你内心就是个母夜叉。”

次郎は、顔をしかめながら、足もとの石を拾って、向こうへ投げた。

次郎紧锁双眉,拾起脚边的石子扔了出去。

「そりゃ、女夜叉にょやしゃかもしれないわ。ただ、こんな女夜叉にょやしゃにほれられたのが、あなたの因果だわね。――まだうたぐっているの。じゃわたし、もう知らないからいい。」

“说不定我还真是个母夜叉。只是,迷上我这么个母夜叉,也算是你的因果报应了。——你还在怀疑么?那我可就不管了。”

沙金は、こう言って、しばらくじっと、往来を見つめていたが、急に鋭い目を、次郎の上に転じると、たちまち冷ややかな微笑が、くちびるをかすめて、一過した。

沙金这么说完,盯着大道片刻,然后突然将锐利的目光转向次郎,一丝冷笑忽地在嘴角一闪而过。

「そんなに疑うのなら、いい事を教えてあげましょうか。」

“既然你这么怀疑,那我就再告诉你一个好消息吧。”

「いい事?」

“好消息?”

「ええ」

“对呀。”

女は、顔を次郎のそばへ持って来た。うす化粧のにおいが、汗にまじって、むんと鼻をつく。――次郎は、身のうちがむずがゆいほど、はげしい衝動を感じて、思わず顔をわきへむけた。

女人把脸凑到次郎旁边,淡淡的脂粉味混着汗味扑鼻而来。次郎感到一股强烈的冲动,身体里都痒痒的,不自觉地将脸别向一边。

「わたしね、あいつにすっかり、話してしまったの。」

“我呀,把所有的事都告诉那家伙了。”

「何を?」

“什么事?”

「今夜、みんなで藤判官とうほうがんの屋敷へ、行くという事を。」

“今晚大家要去藤判官宅子的事呀。”

次郎は、耳を信じなかった。息苦しい官能の刺激も、一瞬のあいだに消えてしまう。――彼はただ、疑わしげに、むなしく女の顔を見返した。

次郎简直不敢相信自己的耳朵。那令人呼吸困难的感官刺激也瞬间烟消云散。——他只一脸狐疑、茫然错愕地回头看着女人的脸。

「そんなに驚かなくたっていいわ。なんでもない事なのよ。」

“你用不着这么吃惊吧。这也不是什么大不了的事。”

沙金は、やや声を低めて、あざわらうような調子を出した。

沙金声音里满是嘲弄,低声细语道,

「わたしこう言ったの。わたしの寝る部屋は、あの大路面おおじめん檜垣ひがきのすぐそばなんですが、ゆうべその檜垣ひがきの外で、きっと盗人でしょう、五六人の男が、あなたの所へはいる相談をしているのが聞こえました。それがしかも、今夜なんです。おなじみがいに、教えてあげましたから、それ相当の用心をしないと、あぶのうござんすよって。だから、今夜は、きっと向こうにも、手くばりがあるわ。あいつも、今人を集めに行ったところなの。二十人や三十人の侍は、くるにちがいなくってよ。」

“我是这么说的:‘我的卧室正好挨着朝向大路的栅栏,昨晚在栅栏外,我听到有五六个男人的声音,肯定都是盗贼。他们商量着要到你们那去呢。而且就在今晚。咱俩关系好我才告诉你的,你要不小心一点,怕是有危险。’所以今晚对方一定有所部署。那家伙现在已经去召集人马了。今晚必定能找来二三十个侍卫。”

「どうしてまた、そんなよけいな事をしたのさ。」

“你为什么跟他说这些多余的话?”

次郎は、まだ落ち着かない様子で、当惑したらしく、沙金の目をうかがった。

次郎依然心绪难平,困惑地看着沙金的眼睛。

「よけいじゃないわ。」

“一点儿都不多余。”

沙金は、気味悪く、微笑した。そうして、左の手で、そっと次郎の右の手に、さわりながら、

沙金微笑的样子让人心头发毛。她左手轻抚次郎的右手:

「あなたのためにしたの。」

“还不都是为了你。”

「どうして?」

“这话怎么说?”

こう言いながら、次郎の心には、恐ろしいあるものが感じられた。まさか――

此话一出,次郎心里感到某种恐惧。难道说——

「まだわからない? そう言っておいて、太郎さんに、馬を盗む事を頼めば――ね。いくらなんだって、一人じゃかなわないでしょう。いえさ、ほかのものが加勢をしたって、知れたものだわ。そうすれば、あなたもわたしも、いいじゃないの。」

“你还不明白?我先这么跟那家伙一说,然后再让太郎去偷马——的话。再怎么样,他一个人都于事无补。不,就算去搬救兵,也就是那几个老相识,成不了什么气候。这样一来,对你对我岂不都好么。”

次郎は、全身に水を浴びせられたような心もちがした。

次郎感觉自己像是全身被浇了水一样。

「兄きを殺す!」

“你要杀了我大哥!”

沙金は、扇をもてあそびながら、素直にうなずいた。

沙金一边拿过扇子在手中把玩,一边毫不掩饰地点了点头。

「殺しちゃ悪い?」

“不能杀么?”

「悪いよりも――兄きを罠にかけて――」

“不是能不能的事——只是这样设圈套陷害大哥——”

「じゃあなた殺せて?」

“那你能下得了手?”

次郎は、沙金の目が、野猫のねこのように鋭く、自分を見つめているのを感じた。そうして、その目の中に、恐ろしい力があって、それが次第に自分の意志を、麻痺まひさせようとするのを感じた。

次郎感觉到沙金的目光像野猫般锐利地盯着自己,而且那目光中有一股可怕的力量,渐渐麻痹了他自己的意志。

「しかし、それは卑怯だ。」

“可是,这么做也太卑鄙了。”

「卑怯でも、しかたがなくはない?」

“不卑鄙,又有什么法子呢?”

沙金は、扇をすてて、静かに両手で、次郎の右の手をとらえながら、追窮した。

沙金扔开扇子,静静用两手捉起次郎的右手,穷追不舍。

「それも、兄き一人やるのならいいが、仲間を皆、あぶない目に会わせてまで――」

“而且,只干掉大哥一个也就罢了,还要让同伴们都陷入危险——”

こう言いながら、次郎は、しまったと思った。狡猾こうかつな女はもちろん、この機会を見のがさない。

此言一出,次郎就觉得不妙。这个狡猾的女人,自然不会错过这个机会。

「一人やるのならいいの? なぜ?」

“干掉他一个人就可以呗?为什么?”

次郎は、女の手をはなして、立ち上がった。そうして、顔の色を変えたまま、黙って、沙金の前を、右左に歩き出した。

次郎松开她的手,站了起来,脸色阴沉,沉默不语。在沙金前来回踱步。

「太郎さんを殺していいんなら、仲間なんぞ何人殺したって、いいでしょう。」

“既然你连太郎都能下得去手,那么杀几个同伙更是不在话下吧。”

沙金は、下から次郎の顔を見上げながら、一句を射た。

沙金仰头望向次郎的脸,扔出这么一句话。

「おばばはどうする?」

“那婆婆怎么办?”

「死んだら、死んだ時の事だわ。」

“死了再说死了的事吧。”

次郎は、立ち止まって、沙金の顔を見おろした。女の目は、侮蔑ぶべつと愛欲とに燃えて炭火のように熱を持っている。

次郎停下脚步,俯视着沙金的脸。那女人的眼中燃烧着侮蔑与爱欲,像炭火一般灼热滚烫。

「あなたのためなら、わたしたれを殺してもいい。」

“为了你,我可以去杀任何人。”

このことばの中には、さそりのように、人を刺すものがある。次郎は、再び一種の戦慄を感じた。

这句话中,仿佛暗藏着蝎子蜇人的毒针。次郎再次感到一阵战栗。

「しかし、兄きは――」

“可是,大哥——”

「わたしは、親も捨てているのじゃない?」

“我可是连爹娘都不要了呀。”

こう言って、沙金は、目を落とすと、急に張りつめた顔の表情がゆるんで、焼け砂の上へ、日に光りながらはらはらと涙が落ちた。

说完这句话,沙金垂下眼睛,一直紧绷的表情突然松弛下来,眼泪和着日光,扑簌簌地低落在炎热的沙地上。

「もうあいつに話してしまったのに、――今さら取り返しはつきはしない。――そんな事がわかったら、わたしは――わたしは、仲間に――太郎さんに殺されてしまうじゃないの。」

“再怎么样我都跟那家伙说了——事到如今已经没有退路了——这事儿要是被他们知道了的话,我……我一定会被同伴们,被太郎杀死的。”

その切れ切れなことばと共に、次郎の心には、おのずから絶望的な勇気が、わいてくる。血の色を失った彼は、黙って、土にひざをつきながら、冷たい両手に堅く、沙金の手をとらえた。

伴随着沙金断断续续的话,次郎心中自然地涌起一股绝望的勇气。他面无血色,沉默地跪在地上,冰冷的双手紧紧抓着沙金的手。

彼らは二人とも、その握りあう手のうちに、恐ろしい承諾の意を感じたのである。

他们两人都能感觉到,这交握的手意味着一个可怕的承诺。

#

白い布をかかげて、家の中に一足ふみこんだ太郎は、意外な光景に驚かされた。――

太郎掀开白布,一脚刚踏进屋里,就被眼前这意外的景象惊呆了。

見ると、広くもない部屋へやの中には、くりやへ通う遣戸やりどが一枚、斜めに網代屏風あじろびょうぶの上へ、倒れかかって、その拍子にひっくり返ったものであろう、蚊やりをたく土器かわらけが、二つになってころがりながら、一面にあたりへ、燃え残った青松葉を、灰といっしょにふりまいている。その灰を頭から浴びて、ちぢれ髪の、色の悪い、ふとった、十六七の下衆女げすおんなが一人、これも酒肥さかぶとりにふとった、はげ頭の老人に、髪の毛をつかまれながら、怪しげな麻の単衣ひとえの、前もあらわに取り乱したまま、足をばたばた動かして、気違いのように、悲鳴を上げる――と、老人は、左手に女の髪をつかんで、右手に口の欠けた瓶子へいしを、空ざまにさし上げながら、その中にすすけた液体を、しいて相手の口へつぎこもうとする。が、液体は、いたずらに女の顔を、目と言わず、鼻と言わず、うす黒く横流れするだけで、口へは、ほとんどはいらないらしい。そこで老人は、いよいよ、気をいらって無理に女の口を、割ろうとする。女は、とられた髪も、ぬけるほど強く、頭を振って、一滴もそれを飲むまいとする。手と手と、足と足とが、互いにもつれたり、はなれたりして、明るい所から、急にうす暗い家の中へはいった、太郎の目には、どちらがどちらのからだとも、わからない。が、二人がたれだという事は、もちろん一目見て、それと知れた。――

只见不甚宽敞的房间里,一扇通往厨房的拉门斜倒在竹编屏风上,可能被拉门带倒,熏蚊香的陶器滚落在地,碎成两半,周围到处都是烧剩下的青松叶和着烟灰。一个胖胖的十六七岁女佣,卷发上沾满烟灰,脸色极差,她的头发被一个酒满肚肥的秃老头攥在手中,身上的麻布单衣已经被抓乱,袒胸露怀,两脚拼命乱蹬,像个疯子一样大喊大叫;而那个老头左手抓住女人的头发,右手拿着一个缺口的瓶子举到半空中,要将里面的黑褐色液体强行灌倒进女人嘴里。那液体在女人脸上肆意横流,眼睛和鼻子都留下了浅黑色痕迹,不过似乎没流到嘴里。于是老头愈发气急败坏,试图强行掰开女人的嘴。女人大力挣扎着,几乎头发都要脱落般拼命摇头,一滴都不肯喝。两人的手啊脚啊,一会儿缠作一团,一会儿又分开。一下子猛地从光亮的地方进到昏暗的屋子里,太郎都看不清那是谁的手谁的脚。不过,这两个人是谁可是一眼就能一清二楚。

太郎は、草履ぞうりを脱ぐももどかしそうに、あわただしく部屋の中へおどりこむと、とっさに老人の右の手をつかんで、苦もなく瓶子へいしもぎはなし14ながら、怒気を帯びて、一喝いっかつした。

太郎顾不上脱鞋,慌忙地纵身跳进房间里,瞬间抓住老头的右手,一把夺下瓶子,怒喝道:

「何をする?」

“你干什么?”

太郎の鋭いこのことば、たちまちかみつくような、老人のことばで答えられた。

面对着太郎的厉声责问,老头立马顶撞回去:

「おぬしこそ、何をする。」

“倒是你,你想干嘛?”

「おれか。おれならこうするわ。」

“我?我是想要这样。”

太郎は、瓶子へいしを投げすてて、さらに相手の左の手を、女の髪からひき離すと、足をあげて老人を、遣戸やりどの上へ蹴倒けたおした。不意の救いに驚いたのであろう、阿濃あこぎはあわてて、一二けんはいのいたが、老人のしりえへ倒れたのを見ると、神仏かみほとけをおがむように、太郎の前へ手を合わせて、震えながら頭を下げた。と思うと、乱れた髪もつくろわずに、脱兎だっとのごとく身をかわして、はだしのまま、縁を下へ、白い布をひらりとくぐる。――猛然として、追いすがろうとする猪熊のおじを、太郎が再び一蹴いっしゅうして、灰の中に倒した時には、彼女はすでに息を切らせて、枇杷びわの木の下を北へ、こけつまろびつ15して、走っていた。………

太郎把瓶子扔开,然后把老头的手从女人头发上扯开,抬脚就把老头踹倒在拉门上。不曾想到会有人来救自己,阿浓一惊,慌慌张张地爬出一段距离,看到老头已经向后倒下去了,便像拜佛一样在太郎面前双手合十,哆哆嗦嗦地给他磕头。之后,也顾不上整理那一头乱发,就像兔子一样窜了出去,赤着脚丫敏捷地钻过白布帘子,到廊檐去了——猪熊老头想要起身去追,又被太郎一脚踹倒在灰堆里。此时,阿浓已经连呼带喘、连滚带爬地从枇杷树下往北去了。……

「助けてくれ。人殺しじゃ。」

“救命啊!杀人啦!”

老人は、こうわめきながら、始めの勢いにも似ず、網代屏風あじろびょうぶをふみ倒して、くりやのほうへ逃げようとする。――太郎は、すばやく猿臂えんびをのべて、浅黄の水干すいかん襟上えりがみをつかみながら、相手をそこへ引き倒した。

老头早已没有了开始时的气势,他大喊大叫着踩倒竹编屏风,向厨房逃窜——太郎把长臂利落地一伸,一把抓住他浅黄色水干的领口,将他拽倒在地。

「人殺し。人殺し。助けてくれ。親殺しじゃ。」

“杀人啦——杀人啦!救命啊——杀亲爹啦!”

「ばかな事を。たれがおぬしなぞ殺すものか。」

“少胡说八道了。谁说要杀你了?”

太郎は、ひざの下に老人を押し伏せたまま、こう高らかに、あざわらった。が、それと同時に、このおやじを殺したいという欲望が、おさえがたいほど強く、起こって来た。殺すのには、もちろんなんのめんどうもない。ただ、一突き――あの赤く皮のたるんでいるうなじを、ただ、一突き突きさえすれば、それでもう万事が終わってしまう。突き通した太刀たちのきっさきが、畳へはいる手答えと、その太刀のつかへ感じて来る、断末魔の身もだえと、そうして、また、その太刀を押しもどす勢いで、あふれて来る血のにおいと、――そういう想像は、おのずから太郎の手を、葛巻つづらまきの太刀のつかへのばさせた。

太郎用膝盖制住老头,高声嘲弄道。而与此同时,太郎心中升腾起一股难以抑制的强烈冲动,想要杀掉这老东西。杀他自是易如反掌。只要一刀——在他那松弛的红脖子上,只要来那么一刀,那就万事大吉了。刀锋扎穿他的脖子插进榻榻米的手感,从刀把上感受到他垂死的挣扎,还有逆着刀势喷涌而来的血腥味。想象着这些,太郎的手不自觉地就探向了缠着藤条的刀把。

うそじゃ。うそじゃ。おぬしは、いつもわしを殺そうと思うている。――やい、たれか助けてくれ。人殺しじゃ。親殺しじゃ。」

“你撒谎,撒谎!你小子一直都想宰了我——喂,谁来救救我啊?杀人啦!杀亲爹啦!”

猪熊のおじは、相手の心を見通したのか、またひとしきりはね起きようとして、すまいながら、必死になって、わめき立てた。

猪熊老头好像看穿了太郎的心思,又是一阵挣扎,一边扑腾还一边拼死嚎叫。

「おぬしは、なんで阿濃あこぎを、あのような目にあわせた。さあそのしさいを言え。言わねば……」

“你为什么要那样对待阿浓?你一五一十给我说清楚,要是不说……”

「言う。言う。――言うがな。言ったあとでも、おぬしの事じゃ。殺さないものでも、なかろう。」

“我说,我说。我说归说。可就算说了,你也未必就不杀我啊。”

「うるさい。言うか、言わぬか。」

“少废话!你是说,还是不说?”

「言う。言う。言う。が、まず、そこを放してくれ。これでは、息がつまって、口がきけぬわ。」

“我说、我说、我说。不过,你能不能先放开?不然我喘不过气来,没法开口啊。”

太郎は、それを耳にもかけないように、殺気立った声で、いらだたしく繰り返した。

太郎仿佛没听见一样,用杀气腾腾的声音焦躁地重复了一遍:

「言うか、言わぬか。」

“你说还是不说!”

「言う。」と、猪熊のおじは、声をふりしぼって、まだはね返そうと、もがきながら、「言うともな。あれはただ、わしが薬をのましょうと思うたのじゃ。それを、あの阿濃あこぎ阿呆あほうめが、どうしても飲みおらぬ。されば、ついわしも手荒な事をした。それだけじゃ。いや、まだある。薬をこしらえおったのは、おばばじゃ。わしの知った事ではない。」

“我说。”猪熊老头声嘶力竭地,边挣扎边说道:“我说还不行么?刚才我只是想让她喝药。可是,那个蠢货阿浓说什么都不肯喝。最后我也只好动粗了。就是这么回事儿。不,还有。药是老太婆弄的。可跟我没什么关系啊。”

「薬? では、堕胎薬おろしぐすりだな。いくら阿呆でも、いやがる者をつかまえて、非道な事をするおやじだ。」

“药?那是堕胎药吧。不管她有多蠢,在她不愿意的情况下做这些丧尽天良的事,都是你这老东西的错!”

「それ見い。言えと言うから、言えば、なおおぬしは、わしを殺す気になるわ。人殺し。極道ごくどう。」

“你看。这是你让我说的,我说了你却还是想要杀了我。你才是杀人的歹徒呢。”

「たれがおぬしを殺すと言った?」

“谁说要杀你了?”

「殺さぬ気なら、なぜおぬしこそ、太刀たちつかへ手をかけているのじゃ。」

“你不想杀我,为什么要握着刀把?”

老人は、汗にぬれたはげ頭を仰向あおむけて、上目に太郎を見上げながら、口角にあわをためて、こう叫んだ。太郎は、はっと思った。殺すなら、今だという気が、心頭をかすめて、一閃いっせんする。彼は思わず、ひざに力を入れながら、太刀たちつかを握りしめて、老人のうなじのあたりをじっと見た。わずかに残った胡麻塩ごましおの毛が、後頭部を半ばおおった下に、二筋のけんが、赤い鳥肌とりはだの皮膚のしわを、そこだけ目だたないように、のばしている。――太郎は、そのうなじを見た時に、不思議な憐憫を感じだした。

老头仰起汗湿的脑袋,抬眼看着太郎,嘴角都起了泡沫,大叫着。太郎心中一动。一个念头在心头一闪而过——要想杀他,现在正是时候。他不自觉地往膝盖上使劲,同时紧握刀把,眼睛盯盯地注视着老头的脖子。只见他后脑勺上还残留着些许花白头发,下面有两条不大明显的肌腱,在粗糙暗红的皮肤下延伸而去。太郎看着他的脖子,不可思议地产生了一丝怜悯。

「人殺し。親殺し。うそつき。親殺し。親殺し。」

“杀人啦!杀亲爹啦!你个骗子——杀亲爹啦!杀亲爹啦!”

猪熊のおじは、つづけさまに絶叫しながら、ようやく、太郎のひざの下からはね起きた。はね起きると、すばやく倒れた遣戸やりど小盾こだてにとって、きょろきょろ、目を左右にくばりながら、すきさえあれば、逃げようとする。

猪熊老头不停地大喊大叫,最后终于从太郎膝盖底下挣扎了出来。起身后他马上拿起倒在地上的拉门当成挡箭牌,贼眉鼠眼地东张西望,想要伺机而逃。

――その一面に赤く地ばれのした、目も鼻もゆがんでいる、狡猾こうかつらしい顔を見ると、太郎は、今さらのように、殺さなかったのを後悔した。が、彼はおもむろに太刀の柄から手を離すと、彼自身をあわれむように苦笑をくちびるに浮かべながら、手近の古畳の上へしぶしぶ腰をおろした。

看着他那满脸红胀、眼歪鼻斜的狡猾样子,太郎真后悔刚刚没有杀了他。他缓缓将手从刀把上拿开,唇上浮起一丝自怜自哀的苦笑,不情愿地坐在了旁边破旧的榻榻米上。

「おぬしを殺すような太刀は、持たぬわ。」

“要用来杀你的,可不是这把刀。”

「殺せば、親殺しじゃて。」

“你要是杀了我,那就相当于弑父。”

彼の様子に安心した、猪熊のおじは、そろそろ遣戸やりどの後ろから、にじり出ながら、太郎のすわったのと、すじかいに敷いた畳の上へ、自分も落ちつかないしりをすえた。

看着太郎的样子,猪熊老头放下心来,终于从拉门后面缓缓挪蹭出来,忐忑不安地坐在太郎斜对面的榻榻米上。

「おぬしを殺して、なんで親殺しになる?」

“杀你,怎么就成了弑父呢?”

太郎は、目を窓にやりながら、吐き出すように、こう言った。四角に空を切りぬいた窓の中には、枇杷びわの木が、葉の裏表に日を受けて、明暗さまざまな緑の色を、ひっそりと風のないこずえにあつめている。

太郎将视线转向窗外,气急败坏地说道。窗子将天空切割成出一个四方形,枇杷树叶聚集在寂静无风的树稍上,前前后后在日光的照射下忽明忽暗,呈现深深浅浅的绿色。

「親殺しじゃよ。――なぜと言えばな。沙金は、わしの義理の子じゃ。されば、つながるおぬしも、子ではないか。」

“可不就是弑父么——为什么这么说呢?沙金是我的继女,那这么一来,以你跟她的关系,可不就是我的孩子么?”

じゃ、その子をにしているおぬしは、なんだ。畜生かな、それともまた、人間かな。」

“那你霸占自己的孩子做老婆,算什么东西?是畜生还是人啊。”

老人は、さっきの争いに破れた、水干すいかんそでを気にしながら、うなるような声で言った。

老头瞅着刚刚争斗中扯破的衣袖,哼哼唧唧地说道:

「畜生でも、親殺しはすまいて。」

“就算是畜生,也没有杀自己丈人的。”

太郎は、くちびるをゆがめて、あざわらった。

太郎歪了歪嘴冷笑道:

「相変わらず、達者な口だて。」

“你还是这么舌尖嘴滑。”

「何が達者な口じゃ。」

“什么舌尖嘴滑呀?”

猪熊のおじは、急に鋭く、太郎の顔をにらめたが、やがてまた、鼻で笑いながら、

猪熊老头突然用锐利的目光盯着太郎的脸,少顷,从鼻子里哼笑道:

「されば、おぬしにきくがな、おぬしは、このわしを、親と思うか。いやさ、親と思う事ができるかよ。」

“那我来问问你,你啊,当不当我是父亲?不对,你能不能把我当成父亲啊?”

「きくまでもないわ。」

“这还用问?”

「できまいな」

“做不到吧。”

「おお、できない。」

“嗯,做不到。”

「それが手前勝手じゃ。よいか。沙金はおばばのつれ子じゃよ。が、わしの子ではない。されば、おばばにつれそうわしが、沙金を子じゃと思わねばならぬなら、沙金につれそうおぬしも、わしを親じゃと思わねばなるまいがな。それをおぬしは、わしを親とも思わぬ。思わぬどころか、場合によっては、打ち打擲ちょうちゃくもするではないか。そのおぬしが、わしにばかり、沙金を子と思えとは、どういうわけじゃ。にして悪いとは、どういうわけじゃ。沙金をにするわしが、畜生なら、親を殺そうとするおぬしも、畜生ではないか。」

“这可不是你能作得了主的。你给我听好了。沙金是老太婆带来的,可不是我的孩子。不过我跟老太婆成了夫妻,就不得不把沙金当成我的孩子,同样的,如果你跟沙金成了亲,也必须把我当成父亲。可是你却根本不把我当父亲看待。非但如此,还三不五时对我又打又骂的。那么你凭什么只单方面要求我把沙金当成孩子看待?我把她当成老婆又有什么不对?我把沙金当老婆是畜生所为,那你要杀自己的爹不更是畜生了?”

老人は、勝ち誇った顔色で、しわだらけの人さし指を、相手につきつけるようにしながら、目をかがやかせて、しゃべり立てた。

老头一脸得意,用皱巴巴的食指指着太郎,眼放贼光,滔滔不绝。

「どうじゃ。わしが無理か、おぬしが無理か、いかなおぬしにも、このくらいな事はわかるであろう。それもわしとおばばとは、まだわしが、左兵衛府さひょうえふ下人げにんをしておったころからの昔なじみじゃ。おばばが、わしをどう思うたか、それは知らぬ。が、わしはおばばを懸想けそうしていた。」

“怎么样。到底是我没理还是你没理?再怎么样这点事儿你总能想得明白吧。而且我跟老太婆两个,在我还是左兵卫府下人的时候就是青梅竹马。我不知道那时老太婆她怎么想我,不过我可是惦记着她的哟。”

太郎は、こういう場合、この酒飲みの、狡猾こうかつな、卑しい老人の口から、こういう昔語りを聞こうとは夢にも思っていなかった。いや、むしろ、この老人に、人並みの感情があるかどうか、それさえ疑わしいと、思っていた。懸想した猪熊のおじと懸想された猪熊のばばと、――太郎は、おのずから自分の顔に、一脈の微笑が浮かんで来るのを感じたのである。

在这样的情况下,从这个酗酒又卑鄙狡猾的老狐狸口中听到这样一番往事,太郎感觉像在做梦一样。不,太郎之前甚至都怀疑这个老东西根本不具备常人的情感。爱着猪熊婆婆的猪熊老头和被猪熊老头爱着的猪熊婆婆——想着这两个人,太郎感到自己脸上浮上一丝微笑。

「そのうちに、わしはおばばに情人おとこがある事を知ったがな。」

“后来,我发现老太婆有了情人。”

「そんなら、おぬしはきらわれたのじゃないか。」

“那是因为婆婆讨厌你了吧。”

情人おとこがあったとて、わしのきらわれたという、証拠にはならぬ。話の腰を折るなら、もうやめじゃ。」

“有了情人也不证明她讨厌我啊。你要是再插话,我就不说了。”

猪熊の爺は、真顔になって、こう言ったが、すぐまた、ひざをすすめて、太郎のほうへにじり寄りながら、つばをのみのみ、話しだした。

猪熊老头一本正经地说道。说罢,他跪着蹭到太郎身边,咽了咽唾沫,开口说道:

「そのうちに、おばばがその情人おとこの子をはらんだて。が、これはなんでもない。ただ、驚いたのは、その子を生むと、まもなく、おばばのかたが、わからなくなって、しもうた事じゃ。人に聞けば、疫病えやみで死んだの、筑紫つくしへ下ったのと言いおるわ。あとで聞けば、なんの、奈良坂ならざかのしるべのもとへ、一時身を寄せておったげじゃ。が、わしは、それからにわかに、この世が味気なくなってしもうた。されば、酒も飲む、賭博ばくちも打つ。ついには、人に誘われて、まんまと強盗にさえ身をおとしたがな。あやを盗めば綾につけ、にしきを盗めば、錦につけ、思い出すのは、ただ、おばばの事じゃ。それから十年たち、十五年たって、やっとまたおばばに、めぐり会ってみれば――」

“再后来,老太婆怀了那个情人的孩子。不过这也不是什么大不了的事。只是让我吃惊的是,这个孩子生下后不久,老太婆就不知所踪了。跟人打听,有人说染了瘟疫死了,有人说去了九州。后来得知她去投奔了奈良坂的熟人。从那以后,我就觉得呀,活在这世上是一点儿滋味也没有了。于是我就开始酗酒、赌博。最后被人拉下马,沦落成一介强盗。见金偷金,见银偷银,得过且过,满脑子都想着那老太婆。就这样过了十年、十五年,终于又辗转跟老太婆见了面。”

今では全く、太郎と一つ畳にすわりこんだ老人は、ここまで話すと、次第に感情がたかぶって来たせいか、しばらくはただ、涙に頬をぬらしながら、口ばかり動かして、黙っている。太郎は、片目をあげて、別人を見るように、相手のべそをかいた顔をながめた。

老头跟太郎坐在一张榻榻米上,话说到这儿,情渐浓时竟潸然泪下,有好一阵子只是嘴唇翕动,却发不出半点声响。太郎抬起他的独眼,像看陌生人那样,注视着老头啜泣的脸颊。

「めぐり会ってみれば、おばばは、もう昔のおばばではない。わしも、昔のわしでなかったのじゃ。が、つれている子の沙金を見れば、昔のおばばがまた、帰って来たかと思うほど、おもかげがよう似ているて。されば、わしはこう思うた。今、おばばに別れれば、沙金ともまた別れなければならぬ。もし沙金と別れまいと思えば、おばばといっしょになるばかりじゃ。よし、ならば、おばばをにしよう――こう思い切って、持ったのが、この猪熊の痩世帯やせじょたい16じゃ。………」

“见了面后才发现,老太婆早已不是从前那个她了。而我也不再是从前那个我了。可是,她带来的那个孩子,沙金,却跟年轻时的老太婆一模一样,看上去就像曾经的老太婆又回到我身边一样,于是我琢磨着,现在如果离开老太婆,那就必须离开沙金。如果不想跟沙金分开,那就只有跟老太婆在一起这么一个法子了。好,这样的话,我就娶老太婆为妻——这决心一下,才有了现在这潦倒的猪熊一家……”

猪熊のおじは、泣き顔を、太郎の顔のそばへ持って来ながら、涙声でこう言った。すると、その拍子に、今まで気のつかなかった、酒くさいにおいが、ぷんとする。――太郎は、あっけにとられて、扇のかげに、鼻をかくした。

猪熊老头将自己哭泣的脸凑到太郎的脸边,泪水哽咽地说着。他一凑近,之前全然没有注意到的酒气猛地扑鼻而来。太郎一惊,用扇子遮住鼻子。

「されば、昔からきょうの日まで、わしが命にかけて思うたのは、ただ、昔のおばば一人ぎりじゃ。つまりは今の沙金一人ぎりじゃよ。それを、おぬしは、何かにつけて、わしを畜生じゃなどと言う。このおやじがおぬしは、それほど憎いのか。憎ければ、いっそ殺すがよい。今ここで、殺すがよい。おぬしに殺されれば、わしも本望じゃ。が、よいか、親を殺すからは、おぬしも、畜生じゃぞよ。畜生が畜生を殺す――これは、おもしろかろう。」

“所以啊,从过去直到今天,我爱得死去活来的都只是曾经的老太婆,也就是现在的沙金。为此你每每骂我是畜生。你就这么恨我这把老骨头吗?如果你真的这么恨我,那不如索性杀了我吧。就今天,在这杀了我吧。能死在你手上,我也算死而无憾了。只是,你若杀了我,就成了弑父的畜生了,这样你也不在乎吗?畜生杀畜生——真有意思。”

涙がかわくに従って、老人はまた、元のように、ふて腐れた悪態あくたいをつきながら、しわだらけの人さし指をふり立てた。

随着泪痕渐干,老人又变回之前那副别别扭扭的讨厌嘴脸,他用力摇着皱巴巴的食指喊道:

「畜生が畜生を殺すのじゃ。さあ殺せ。おぬしは、卑怯者じゃな。ははあ、さっき、わしが阿濃あこぎに薬をくれようとしたら、おぬしが腹を立てたのを見ると、あの阿呆あほうをはらませたのも、おぬしらしいぞ。そのおぬしが、畜生でのうて、何が畜生じゃ。」

“畜生杀畜生。那来杀我呀。你这个胆小鬼。哈哈,刚刚我给阿浓灌药,看你那副火冒三丈的样子,难不成是你让那蠢货大肚子的?你不是畜生谁是畜生啊。”

こう言いながら、老人は、いちはやく、倒れた遣戸やりどの向こうへとびのいて、すわと言えば、逃げようとするけはいを示しながら、紫がかった顔じゅうの造作ぞうさくを、憎々しくゆがめて見せる。――太郎は、あまりの雑言ぞうごんに堪えかねて、立ち上がりながら、太刀たちつかへ手をかけたが、やめて、くちびるを急に動かすとたちまち相手の顔へ、一塊のたんをはきかけた。

老头一边说着,一边迅速跳到拉门后面,“哎呀”一声大叫,状要逃跑,青紫的脸上面目可憎。太郎不堪他满口的污言秽语,站起身来,用手握住了刀把,可又停了下来,嘴唇一动,将一口痰啐在老头脸上。

「おぬしのような畜生には、これがちょうど、相当だわ。」

“像你这样的畜生,只配这么对待。”

「畜生呼ばわりは、おいてくれ。沙金は、おぬしばかりのかよ。次郎殿のでもないか。されば、弟のをぬすむおぬしもやはり、畜生じゃ。」

“叫我畜生,你还是免了吧。沙金又不是你一个人的老婆呀。她不也是次郎的老婆么。那么你偷弟弟的老婆,也是名副其实的畜生啊。”

太郎は、再びこのおやじを殺さなかった事を後悔した。が、同時にまた、殺そうという気の起こる事を恐れもした。そこで、彼は、片目を火のようにひらめかせながら、黙って、席をって去ろうとする――すると、その後ろから、猪熊のおじはまた、指をふりふり、罵詈ばりを浴びせかけた。

太郎再一次开始后悔自己刚刚没有痛下杀手,同时又对自己心中涌起的杀意感到恐惧。他那仅剩的一只眼中怒火熊熊,一言不发,转身就要愤愤离去——可是在他身后,猪熊老头又指手画脚地骂骂咧咧。

「おぬしは、今の話をほんとうだと思うか。あれは、みんなうそじゃ。ばばが昔なじみじゃというのも、うそなら、沙金がおばばに似ているというのもうそじゃ。よいか。あれは、みんなうそじゃ。が、とがめたくも、おぬしはとがめられまい。わしはうそつきじゃよ。畜生じゃよ。おぬしに殺されそくなった、人でなしじゃよ。………」

“你小子以为我刚刚说的都是真的?那都是我骗你的。说老太婆是我的青梅竹马是假的,说沙金像老太婆年轻时候也是假的。你听好喽,那些都是骗你的。你奈我何?我就是个骗子,是畜生,是差点被你宰了的混蛋……”

老人は、こう唾罵だばを飛ばしながら、おいおい、呂律ろれつがまわらなくなって来た。が、なおも濁った目に懸命の憎悪ぞうおを集めながら、足を踏み鳴らして、意味のない事を叫びつづける。――太郎は、堪えがたい嫌悪けんおの情に襲われて、耳をおおうようにしながら、匆々そうそう、猪熊の家を出た。外には、やや傾きかかった日がさして、相変わらずその中を、つばくらが軽々と流れている。――

老头就这么一直谩骂不休,慢慢地口齿都含糊不清了。但是他浑浊的眼中仍积聚着仇恨,像要跟谁拼命似的,两脚跺得直响,不知所云地大叫不绝。太郎感到一份难耐的厌恶之情直向他袭来,于是捂住耳朵,匆匆出了猪熊家。外面日头已经西斜,唯有燕子还在那落日的余晖中轻盈地飞流而过。

「どこへ行こう。」

“去哪好呢?”

外へ出て、思わずこう小首を傾けた太郎は、ふとさっきまでは、自分が沙金に会うつもりで、猪熊へ来たのに、気がついた。が、どこへ行ったら、沙金に会えるという、当てもない。

走出门来,太郎不由地侧首思忖。突然记起来自己是为了见沙金才来了猪熊家。但是,到哪才能见到沙金呢?他心里也没有答案。

「ままよ。羅生門へ行って、日の暮れるのでも待とう。」

“算啦。还是去罗生门,等着太阳落山吧。”

彼のこの決心には、もちろん、いくぶん沙金に会えるという望みが、隠れている。沙金は、日ごろから、強盗にはいるには、好んで、男装束おとこしょうぞくに身をやつした。その装束や打ち物は、みな羅生門の楼上に、皮子かわごへ入れてしまってある。――彼は、心をきめて、小路こうじを南へ、大またに歩きだした。

当然了,他这么决定也是隐隐含着几分期待能在那见到沙金。沙金一般在晚上行窃时,喜欢扮做男装。那些装束和兵器都在罗生门楼上的皮箱子里。他打定主意,沿着小路向南阔步而去。

それから、三条を西へ折れて、耳敏川みみとがわの向こう岸を、四条まで下ってゆく――ちょうど、その四条の大路おおじへ出た時の事である。太郎は、一町いっちょうを隔てて、この大路を北へ、立本寺りゅうほんじ築土ついじの下を、話しながら通りかかる、二人の男女なんにょの姿を見た。

他从三条大街向西一拐,沿着耳敏川对岸走到四条大街——正巧在他走到四条大街时,太郎隔着一条街,看见一对男女从立本寺的土墙下走了过去,沿着大路向北去了,两人边走还边有说有笑的。

朽ち葉色の水干とうす紫のきぬとが、影を二つ重ねながら、はればれした笑い声をあとに残して、小路こうじから小路へ通りすぎる。めまぐるしいつばくらの中に、男の黒鞘くろざや太刀たちが、きらりと日に光ったかと思うと、二人はもう見えなくなった。

赤黄色水干和浅紫色衣服的两个身影重重叠叠,走过一条条小路,身后留下一串串明朗的笑声。在纷飞的燕影中,男人的黑鞘长刀在阳光下寒光一闪,很快两人就消失了踪影。

太郎は、額を曇らせながら、思わず道ばたに足をとめて、苦しそうにつぶやいた。

太郎脸上阴云密布,不觉停在路边,痛苦地小声嘀咕道:

「どうせみんな畜生だ。」

“都是畜生。”

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ふけやすい夏のは、早くも上刻じょうこくに迫って来た。――

夏日的夜很快就深了,亥时上刻很快就到了。

月はまだ上らない。見渡す限り、重苦しいやみの中に、声もなく眠っているきょうの町は、加茂川の水面みのもがかすかな星の光をうけて、ほのかに白く光っているばかり、大路小路の辻々つじつじにも、今はようやく灯影ほかげが絶えて、内裏だいりといい、すすき原といい、町家まちやといい、ことごとく、静かな夜空の下に、色も形もおぼろげな、ただ広い平面を、ただ、際限もなく広げている。それがまた、右京左京うきょうさきょうの区別なく、どこも森閑と音を絶って、たまに耳にはいるのは、すじかいに声を飛ばすほととぎすのほかに、何もない。もしその中に一点でも、人なつかしい火がゆらめいて、かすかなものの声が聞こえるとすれば、それは、香の煙のたちこめた大寺だいじの内陣で、金泥きんでい緑青ろくしょうところはだらな、孔雀明王くじゃくみょおうの画像を前に、常燈明じょうとうみょうの光をたのむ参籠さんろうの人々か、さもなくば、四条五条の橋の下で、短夜を芥火あくたびの影にぬすむ、こじき法師の群れであろう。あるいはまた、夜な夜な、往来の人をおびやかす朱雀門の古狐ふるぎつねが、かわらの上、草の間に、ともすともなくともすという、鬼火のたぐいであるかもしれない。が、そのほかは、北は千本、南の鳥羽とば街道のさかいを尽くして、蚊やりの煙のにおいのする、夜色やしょくの底に埋もれながら、河原かわらよもぎの葉を動かす、微風もまるで知らないように、沈々としてふけている。

月亮还未升上天际。在这一望无际的深重的黑暗里,整个都城都在无声地沉睡。加茂川的水面在点点星辰的映照下,泛着微弱的白色光芒。大街小巷,灯影尽熄。宫殿也罢,原野也罢,住家也罢,全都在静谧的夜空下模糊了颜色,朦胧了踪影,连成一片,无边无际地延展着。右京和左京都别无二致,万籁俱寂,除了偶尔掠飞而过的杜鹃之外,什么都没有。如若说这其中能看到一点让人稍感慰藉的火光、能听到什么微弱的声响,那可能就是在香火弥漫的寺院正殿里,描金画绿、斑迹点点的孔雀明王的画像前,在长明灯光下祈祷参拜的人们,或是那四条大街和五条大街桥下、籍着焚烧垃圾的火光度过短短夏夜的叫花子。再不然就是朱雀门上的狐狸,每晚为了吓唬往来路人而在瓦上、草间点起的忽明忽暗的鬼火。除此之外,北到千本,南到鸟语街道,整个城市都埋在夜色深处酣眠,空气中只弥漫着驱蚊香的味道,河滩的微风也不知去向,连艾蒿的叶子都一动不动。

その時、王城の北、朱雀大路のはずれにある、羅生門のほとりには、時ならない弦打ちの音が、さながら蝙蝠こうもりの羽音のように、互いに呼びつ答えつして、あるいは一人、あるいは三人、あるいは五人、あるいは八人、怪しげないでたちをしたものの姿が、次第にどこからか、つどって来た。おぼつかない星明かりに透かして見れば、太刀たちをはくもの、矢を負うもの、おのを執るもの、ほこを持つもの、皆それぞれ、得物えものに身を固めて、脛布はばき藁沓わろうずの装いもかいがいしく、門の前に渡した石橋へ、むらむらと集まって、列を作る――と、まっさきには、太郎がいた。それにつづいて、さっきの争いも忘れたように、猪熊のおじが、物々しくほこの先を、きらりとやみにひらめかせる。続いて、次郎、猪熊のばば、少し離れて、阿濃あこぎもいる。それにかこまれて、沙金は一人、黒い水干に太刀をはいて、胡簶やなぐい17を背に弓杖ゆんづえをつきながら、一同を見渡して、あでやかな口を開いた。――

这时,在都城北面朱雀大街地处偏僻的罗生门旁,响起一阵不合时宜的拉弓声,就像蝙蝠拍打着翅膀,声音此起彼伏相互应和。之后一些装束古怪的人,或一,或三,或五,或八,渐次从各处聚集而来。借着朦胧的星光再一细看,只见这些人有的挎刀,有的背弓,有的执斧,有的持矛,大家都带着称手的兵器,腿上绑着绑腿,脚上穿着草鞋,一身行头干净利落。众人来到罗生门前的石桥上,黑压压聚集到一块,列队前进——走在最前面的是太郎。接下来是猪熊老头,他仿佛早已将之前的争吵抛在脑后,手中长矛的锋口在黑暗中闪着凛然的光。再接下来是次郎和猪熊婆婆,稍远一点是阿浓。沙金在大家的围绕下,穿着一身黑色水干,挎着长刀,背着箭囊,手里拄着弓,她环视着大家,轻启朱唇。

「いいかい。今夜の仕事は、いつもより手ごわい相手なんだからね。みなそのつもりで、いておくれ。さしずめ十五六人は、太郎さんといっしょに、裏から、あとはわたしといっしょに、表からはいってもらおう。中でも目ぼしいのは、裏のうまやにいる陸奥出みちのくでの馬だがね。これは、太郎さん、あなたに頼んでおくわ。よくって。」

“听好啦。今晚这一票,对手比以往都难缠。大家一定要在心里做好准备。前面这十五六个人跟着太郎,从后面进去;剩下的跟着我从前面进去。宅子后面的马厩里有一匹陆奥马,特别值钱。那匹马,太郎,就交给你了。没问题吧。”

太郎は、黙って星を見ていたが、これを聞くと、くちびるをゆがめながら、うなずいた。

太郎正默默地看着星星,听到沙金这么一说,抿唇点了点头。

「それから断わっておくが、女子供を質になんぞとっては、いけないよ。あとの始末がめんどうだからね。じゃ、人数がそろったら、そろそろ出かけよう。」

“还有,咱们话说在前头,不许抓女人和孩子做人质。之后处理起来太麻烦了。人都到齐了的话,就出发吧。”

こう言って、沙金は弓をあげて、一同をさしまねいたが、しょんぼり、指をかんで立っている、阿濃を顧みると、またやさしくことばを添えた。

说罢,沙金扬起手里的弓,向众人发出指令。然后回头看看咬着手指、一脸落寞的阿浓,又温柔地补上一句:

「じゃ、お前はここで、待っていておくれ。一刻いっとき二刻ふたときで、皆帰ってくるからね。」

“你就在这等着吧。过个一两刻,大家就都回来了。”

阿濃は、子供のように、うっとり沙金の顔を見て、静かに合点がてんした。

阿浓像个孩子一样,呆呆地望着沙金的脸,静静点了点头。

「されば、こう。ぬかるまいぞ、多襄丸たじょうまる。」

“那就出发!可不要大意啊,多襄丸。”

猪熊のおじは、ほこをたばさみながら、隣にいる仲間をふり返った。蘇芳染すおうぞめの水干を着た相手は、太刀のつばを鳴らして、「ふふん」と言ったまま、答えない。そのかわりに、おのをかついだ、青ひげのさわやかな男が、横あいから、口を出した。

猪熊老头挟着长矛,回头对着身边的同伴说道。那个身穿紫红水干的同伴把长刀的护手弄得直响,只是“哼”了一下,没有应声。倒是一个扛着斧子、满面青须,一身清爽的男人从旁发了话:

「おぬしこそ、また影法師なぞにおびえまいぞ。」

“倒是你,别再被影子什么的吓倒了。”

これと共に、二十三人の盗人どもは、ひとしく忍び笑いをもらしながら、沙金を中に、雨雲のむらがるごとく、一団の殺気をこめて、朱雀大路へ押し出すと、みぞをあふれた泥水どろみずが、くぼ地くぼ地へ引かれるようにやみにまぎれて、どこへ行ったか、たちまちのうちに、見えなくなった。……

此话一出,一行的二十三个贼人都一起嗤嗤窃笑,他们把沙金围在中间,就像一团雨云,笼着杀气,一窝蜂向朱雀大街压将去了。就像从水沟里溢出来的泥水流向洼地一样,这群人仰仗着夜色,不知去向何处,一眨眼的功夫就消失了。……

あとには、ただ、いつか月しろのした、うす明るい空にそむいて、羅生門の高いいらかが、寂然と大路を見おろしているばかり、またしてもほととぎすの、声がおちこちに断続して、今まで七丈五級の大石段に、たたずんでいた阿濃あこぎの姿も、どこへ行ったか、見えなくなった。――が、まもなく、門上の楼に、おぼつかないがともって、窓が一つ、かたりとあくと、その窓から、遠い月の出をながめている、小さな女の顔が出た。阿濃は、こうして、次第に明るくなってゆく京の町を、目の下に見おろしながら、胎児の動くのを感じるごとに、ひとりうれしそうに、ほほえんでいるのである。

剩下的,只有在皎皎月光下,背着微亮夜空的罗生门,罗生门上高高的飞檐正寂然地俯视着大道,还有杜鹃的叫声忽远忽近。刚才一直站在七丈五级大石阶上的阿浓此刻也不知所踪了。——不过,不一会儿,门楼上朦朦胧胧地亮起了灯,一扇窗应声而开,窗子里露出了一张小小的女人的脸,正眺望着远处月亮升起。阿浓这样一边俯视着渐渐亮起来的都城的街道,一边感受着腹中的胎动,脸上浮现出喜悦的微笑。

#

次郎は、二人の侍と三頭の犬とを相手にして、血にまみれた太刀たちをふるいながら、小路こうじを南へ二三町、下るともなく下って来た。今は沙金の安否を気づかっている余裕もない。侍は衆をたのんで、すきまもなく切りかける。犬も毛の逆立った背をそびやかして、前後をきらわず、飛びかかった。おりからの月の光に、往来は、ほのかながら、打つ太刀をたがわせないほどに、明るくなっている。――次郎は、その中で、人と犬とに四方を囲まれながら、必死になって、切りむすんだ。

次郎与两个侍卫和三条狗厮杀着,挥舞着鲜血淋漓的长刀,沿着小路往南后退了两三条街。现在他已经连沙金安危与否都无暇顾及了。侍卫们仗着人多势众,步步紧逼追砍。还有那些皮毛倒竖的大狗,一只只不分前后,猛扑过来。恰在此时,月光下,大道上虽然朦胧,但足够让人看清双方交错的长刀——这当中,次郎正被人和狗团团包围,拼死劈砍。

相手を殺すか、相手に殺されるか、二つに一つより生きる道はない。彼の心には、こういう覚悟と共に、ほとんど常軌を逸した、凶猛な勇気が、刻々に力を増して来た。相手の太刀を受け止めて、それを向こうへ切り返しながら、足もとを襲おうとする犬を、とっさに横へかわしてしまう。――彼は、この働きをほとんど同時にした。そればかりではない。どうかするとその拍子に切り返した太刀を、逆にまわして、後ろから来る犬のきばを、防がなければならない事さえある。それでもさすがにいつか傷をうけたのであろう。月明かりにすかして見ると、赤黒いものが一すじ、汗ににじんで、左の小鬢こびんから流れている。が、死に身になった次郎には、その痛みも気にならない。彼は、ただ、色を失った額に、ひいでた眉を一文字にひそめながら、あたかも太刀に使われる人のように、烏帽子えぼしも落ち、水干も破れたまま、縦横にやいばを交えているのである。

杀人或是被杀,只能两者取其一,别无他法。他的心中随着这样的觉悟涌出一股逸出常轨的凶猛勇气,力量每时每刻都在增强。他搪开对方劈来的刀,反向对方劈砍而去,同时猛地向旁边一闪,躲开脚下大狗的撕咬。这些动作,他几乎是在同一时间完成的。不止如此,他还要不时将挥出去的刀就势抡回来防备背后袭来的犬齿。尽管如此拼尽全力,次郎不知何时还是受了伤。借着月光,只见一道暗红和着汗水从左鬓流了下来。只是此刻的次郎已是拼死一搏,压根不觉痛。他脸上血色尽失,两道剑眉拧成一字,就像整个人被刀驱使一般,帽子也掉了,衣服也破了,只顾着与纵横的刀刃交错相交。

それがどのくらい続いたか、わからない。が、やがて、上段に太刀をふりかざした侍の一人が、急に半身を後ろへそらせて、けたたましい悲鳴をあげたと思うと、次郎の太刀は、早くもその男の脾腹ひばらを斜めに、腰のつがいまで切りこんだのであろう。骨を切る音が鈍く響いて、横にいだ太刀の光が、うすやみをやぶってきらりとする。――と、その太刀が宙におどって、もう一人の侍の太刀を、ちょうと下から払ったと見る間に、相手はひじをしたたか切られて、やにわにもと来たほうへ、敗走した。それを次郎が追いすがりざまに、切ろうとしたのと、狩犬の一頭がまりのように身をはずませて、彼の手もとへかぶりついたのとが、ほとんど、同時の働きである。彼は、一足あとへとびのきながら、ふりむかった血刀の下に、全身の筋肉が一時にゆるむような気落ちを感じて、月に黒く逃げてゆく相手の後ろ姿を見送った。そうしてそれと共に、悪夢からさめた人のような心もちで、今自分のいる所が、ほかならない立本寺りゅうほんじの門前だという事に気がついた。――

也不知持续了多久。突然一个武士举刀朝上砍来,但又猛地将上半身向后仰去,痛声尖叫。说时迟那时快,太郎的长刀已经迅速向那男人侧腹斜砍过去,直中腰眼。只听一声砍到骨头的钝响,那横劈过去的长刀冷光一闪,撕开了淡薄的黑暗——接着,那把刀在空中一舞,一刀便将正从下方挥刀而来的侍卫的手肘砍断,那侍卫立马顺着来时的路逃了回去。次郎紧追上去,正举刀要砍,几乎同一时刻,一条猎犬像皮球一样一跃而起,张开大嘴咬向他的手腕。他急忙向后退了一步躲开,挥舞的血刀之下,仿佛全身的肌肉一下子都松弛了下来,倍感沮丧,眼睁睁地看着对手向着微黑的月夜里逃将而去。这时,次郎就像从噩梦中刚刚醒来一般,发现自己正是在立本寺的门前啊。

これから半刻はんときばかり以前の事である。藤判官とうほうがんの屋敷を、表から襲った偸盗ちゅうとうの一群は、中門の右左、車宿りの内外うちそとから、思いもかけず射出した矢に、まず肝を破られた。まっさきに進んだ真木島まきのしまの十郎が、太腿ふともも箆深のぶか18射られて、すべるようにどうと倒れる。それを始めとして、またたくに二三人、あるいは顔を破り、あるいはひじを傷つけて、あわただしく後ろを見せた。射手いての数は、もちろん何人だかわからない。が、染め羽白羽のとがり矢は、中には物々しいかぶらの音さえ交えて、またひとしきり飛んで来る。後ろに下がっていた沙金でさえ、ついには黒い水干の袖を斜めに、流れ矢に射通された。

那不过是半刻钟之前的事。从前门攻入藤判官宅中的一群盗贼意外地遭遇中门左右和车棚内外的伏击,从天而降的箭矢着实让大家大为震惊。走在头里的真木岛的十郎,大腿深深地挨了一箭,一下滑倒在地。这之后一眨眼的功夫,又有两三个人或是划破了脸,或是伤了胳膊,众人慌忙向后退去。弓箭手的人数,自是不得而知。只见白羽箭和彩羽箭交错乱飞,中间甚至还夹杂着箭镞了不得的呼啸声。就连退到后面的沙金,也被流箭射穿了黑色水干袖子。

「おかしらにけがをさすな。射ろ。射ろ。味方の矢にも、やじりがあるぞ。」

“不能让头儿受伤!快射箭,射呀!我们的箭也不是作摆设的!”

交野かたの平六へいろくが、おのをたたいて、こうののしると、「おう」という答えがあって、たちまち盗人の中からも、また矢叫やたけびの声が上がり始める。太刀たちつかに手をかけて、やはり後ろに下がっていた次郎は、平六のこのことばに、一種の苛責かしゃくを感じながら、見ないようにして沙金の顔を横からそっとのぞいて見た。沙金は、この騒ぎのうちにも冷然とたたずみながら、ことさら月の光にそむきいて、弓杖ゆんづえをついたまま、口角の微笑もかくさず、じっと矢の飛びかうのを、ながめている。――すると、平六が、またいら立たしい声を上げて、横あいから、こう叫んだ。

交野平六叩响斧柄喝道。接着听到了几声“噢”、“噢”的应答,很快贼人中也开始响起弓箭手的吆喝声。手握刀把、退到后面的次郎感到平六的这句话里似乎带着一种苛责,他偷偷从旁瞟向沙金的脸。只见如此混乱的局面中,沙金依旧冷冷地站在那里。她故意背着月光,手拄长弓,丝毫不掩饰她嘴角的微笑,目不转睛地盯着双方箭矢飞错。这时,只听平六又焦躁地在一旁喊了起来。

「なぜ十郎を捨てておくのじゃ。おぬしたちは矢玉が恐ろしゅうて、仲間を見殺しにする気かよ。」

“为什么丢下十郎不管呀?你们怕挨箭,就打算对伙伴见死不救么?”

太腿ふとももを縫われた十郎は、立ちたくも立てないのであろう、太刀を杖にして居ざりながら、ちょうど羽根をぬかれたからすのように、矢を避け避け、もがいている。次郎は、それを見ると、異様な戦慄を覚えて、思わず腰の太刀をぬき払った。が、平六はそれを知ると、流し目にじろりと彼の顔を見て、

十郎大腿上中了箭,想站也站不起来,只能拄着长刀跪起来往前蹭,就像一只被拔光毛的乌鸦,左躲右闪地在箭雨中挣扎。次郎看着此情此景,感到一阵异样的战栗,不由自主地拔刀挥起来。平六瞧出了他的想法,斜睨着他的脸,轻蔑地嘲笑他道:

「おぬしは、おかしらに付き添うていればよい。十郎の始末は、小盗人こぬすびとでたくさんじゃ。」と、あざけるように言い放った。

“你还是跟着头儿吧。十郎还是交给我们这些个小喽啰吧。”

次郎は、このことばに皮肉な侮蔑ぶべつを感じて、くちびるをかみながら、鋭く平六の顔を見返した。――すると、ちょうどそのとたんである。十郎を救おうとして、ばらばらと走り寄った、盗人たちの機先を制して、耳をつんざく一声いっせいつのを合図に、粉々として乱れる矢の中を、門の内から耳のとがった、きばの鋭い、狩犬が六七頭すさまじいうなり声を立てながら、夜目にも白くほこりを巻いて、まっしぐらにいて出た。続いてそのあとから十人十五人、手に手に打ち物を取った侍が、先を争って屋敷の外へ、ひしめきながらあふれて来る。味方ももちろん、見てはいない。おのをふりかざした平六を先に立てて、太刀やほこが林のように、きらめきながら並んだ中から、人ともけものともつかない声を、たれとも知らずわっと上げると、始めのひるんだ19けしきにも似ず一度に備えを立て直して、猛然として殺到する。沙金も、今は弓にたかうすびょう20の矢をつがえて、まだ微笑を絶たない顔に、一脈の殺気を浮かべながら、すばやく道ばたの築土ついじのこわれを小楯こだてにとって、身がまえた。――

次郎听出话里暗藏的讽刺和鄙视,他紧咬着嘴唇,目光锐利地朝着平六脸上瞪了回去——正在这时,几个贼人分别奔向十郎,想要将他救起,可是对方却先发制人,随着一声震耳欲聋的号角,门内扑出六七条耳尖齿利的猎犬,直冲进纷乱的箭阵之中,即使在夜里也能看到它们卷起的白尘。紧随其后的是十到十五个侍卫,个个手里都拿着家伙,争先恐后地拥挤着夺门而出。盗贼这一方也没有坐以待毙。平六抡着斧子冲在最前面,刀戟如林,寒光闪闪,其间人兽齐鸣,难辨你我,众人浑不似开始时的胆怯,重振旗鼓,蜂拥而至。沙金也搭弓射箭,那微笑不绝的美丽面庞上浮现出一股杀气,她迅速躲到路边的土墙的豁口掩护起来,摆好架势准备迎战。

やがて敵と味方は、見る見るうちに一つになって、気の違ったようにわめきながら、十郎の倒れている前後をめぐって、無二無三に打ち合い始めた。その中にまた、狩犬がけたたましく、血に飢えた声を響かせて、戦いはいずれが勝つとも、しばらくの間はわからない。そこへ一人、裏へまわった仲間の一人が、汗とほこりとにまみれながら、二三か所薄手を負うた様子で、血に染まったままかけつけた。肩にかついだ太刀の刃のこぼれでは、このほうの戦いも、やはり存外手痛かったらしい。

很快双方打成一团,敌我难分,狂呼乱叫,围着十郎倒下的地方混战了起来。中间还挟着了猎犬那嗜血的尖利叫声,双方打得难舍难分,一时之间竟难分胜负。这时,派去后门同伙中有一个人赶来,身上沾满汗水和尘土,血迹斑斑,似乎受了两三处轻伤。他肩上扛着的长刀已刀刃缺损,可见他们那边也是一场恶战。

「あっちは皆ひき上げますぜ。」

“那边要撤啦。”

その男は、月あかりにすかしながら、沙金の前へ来ると、息を切らし切らし、こう言った。

那个男人借着月光来到沙金面前,上气不接下气地说道。

「なにしろ肝腎の太郎さんが、門の中で、やつらに囲まれてしまったという騒ぎでしてな。」

“太郎领着我们冲进门去,却被那些混蛋包围了,打得不可开交。”

沙金と次郎とは、うす暗い築土ついじの影の中で、思わず目と目を見合わせた。

沙金和次郎在土墙暗黑的阴影中,不由得对视了一眼。

「囲まれて、どうしたえ。」

“被包围了?怎么回事?”

「どうしたか、わかりません。が、事によると、――まあそれもあの人の事だから、万々ばんばん大丈夫だろうと思いますがな。」

“怎么回事我们也不知道呀。不过就现在看来——以太郎的本事,绝不会出错的。”

次郎は、顔をそむけながら、沙金のそばを離れた。が、小盗人こぬすびとはもちろんそんな事は、気にとめない。

次郎背过脸去,离开沙金身边。不过,那个小喽啰自然没有在意。

「それにおじじやおばばまで、手を負ったようでした。あのぶんじゃ殺されたやつも、四五人はありましょう。」

“还有老爷子和老太婆眼看也要败下阵来了。看那情形,被杀死的同伴怎么说也得有四五个。”

沙金はうなずいた。そうして次郎のあとから追いかけるように、険のある声で、

沙金点点头,从后面追上次郎厉声说道:

「じゃ、わたしたちもひき上げましょう。次郎さん、口笛を吹いてちょうだい。」と言った。

“那,咱们也撤吧。次郎,你来吹口哨。”

次郎は、あらゆる表情が、凝り固まったような顔をしながら、左手の指を口へ含んで、鋭く二声、口笛の音を飛ばせた。これが、仲間にだけ知られている、引き揚げの時の合図である。が、盗人たちは、この口笛を聞いても、くびすをめぐらす様子がない。(実は、人と犬とにとりかこまれてめぐらすだけの余裕がなかったせいであろう。)口笛の音は、蒸し暑い夜の空気を破って、むなしく小路こうじの向こうに消えた。そうしてそのあとには、人の叫ぶ声と、犬のほえる声と、それから太刀の打ち合う音とが、はるかな空の星を動かして、いっそう騒然と、立ちのぼった。

仿佛所有的表情都在次郎脸上凝固了,他把左手手指含在嘴里,吹出两声尖利的哨声。这哨声是通知同伴们撤退的暗号,只有同伴才知道。可是,这些贼人听到口哨声却都没有后退(事实上大概是因为他们被人和狗团团围住,连转身的余地都没有了)。口哨声划破闷热的夏夜空气,空洞地消失在小路的尽头。在那之后,人的叫声、狗的吠声、还有刀刃撞击声轩然而起,直冲云霄,似乎连星星都摇了三摇。

沙金は、月を仰ぎながら、稲妻のごとく眉を動かした。

沙金仰头望月,轻挑黛眉如一道闪电。

「しかたがないわね。じゃ、わたしたちだけ帰りましょう。」

“没办法啦。那我们俩先撤了吧。”

そういう話のまだ終わらないうちに、そうして、次郎がそれを聞かないもののように、再び指を口に含んで相図を吹こうとした時に、盗人たちの何人かが、むらむらと備えを乱して、左右へ分かれた中から、人と犬とが一つになって、二人の近くへ迫って来た。――と思うと、沙金の手に弓返ゆがえりの音がして、まっさきに進んだ白犬が一頭、たかうすびょうの矢に腹を縫われて、苦鳴と共に、横に倒れる。見る間に、黒血がその腹から、斑々はんぱんとして砂にたれた。が、犬に続いた一人の男は、それにもおじず、太刀をふりかざして、横あいから次郎に切ってかかる。その太刀が、ほとんど無意識に受けとめた、次郎の太刀の刃を打って、鏘然そうぜんとした響きと共に、またたくあいだ、火花を散らした。――次郎はその時、月あかりに、汗にぬれた赤ひげと切り裂かれた樺桜かばざくら直垂ひたたれとを、相手の男に認めたのである。

她话还没说完,次郎就像完全没有听见一样,又把手指含入口中想要再次发出信号,但见几个贼人突然乱了方寸,左右散开,从他们中间窜出一人一狗,向二人直扑过来——说时迟、那时快,只听沙金手中弓弦一响,一支箭划出一道高高的弧线,正中打头逼近的那条白狗的肚子上,白狗哀嚎着应声倒地。一眨眼的功夫,从肚子里淌出的黑血就把沙地染得血迹斑斑。在白狗身后紧随了一个男人,他对眼前的惨象毫不畏惧,挥舞着长刀向次郎横劈下来。次郎近乎下意识地接下了那一刀,两人短兵相接,刀刃铿锵作响,火星四溅。月光下,那人红色的胡须被汗水湿透,紫红配大红里子的直垂也在打斗中破烂不堪,次郎看着眼前的人认出了他。

彼は直下じきげに、立本寺りゅうほんじの門前を、ありありと目に浮かべた。そうして、それと共に、恐ろしい疑惑が、突然として、彼を脅かした。沙金はこの男と腹を合わせて、兄のみならず、自分をも殺そうとするのではあるまいか。一髪のかんにこういう疑いをいだいた次郎は、目の前が暗くなるような怒りを感じて、相手の太刀の下を、脱兎だっとのごとく、くぐりぬけると、両手に堅く握った太刀を、奮然として、相手の胸に突き刺した。そうして、ひとたまりもなく倒れる相手の男の顔を、したたか藁沓わろうずでふみにじった。

立本寺门前发生的一切都历历在目,同时,可怕的疑虑猛地向他侵袭而来。沙金会不会和这个男人狼狈为奸,不只要杀了我哥,还想置我于死地?在这千钧一发之际,次郎深陷此种疑虑之中,感到一阵狂怒,两眼发黑。他在对方的刀下动若脱兔,东钻西躲,然后两手牢牢握住长刀,奋然向对方胸口刺去。男人不敌应声倒地,次郎狠狠地将草鞋踩在他的脸上。

彼は、相手の血が、生暖かく彼の手にかかったのを感じた。太刀の先があばらの骨に触れて、強い抵抗を受けたのを感じた。そうしてまた、断末魔の相手が、ふみつけた彼の藁沓わろうずに、下から何度もかみついたのを感じた。それが、彼の復讐心に、快い刺激を与えたのは、もちろんである。が、それにつれて、彼はまた、ある名状しがたい心の疲労に、襲われた。もし周囲が周囲だったら、彼は必ずそこに身を投げ出して、飽くまで休息をむさぼった事であろう。しかし、彼が相手の顔をふみつけて、血のしたたる太刀を向こうの胸から引きぬいているうちに、もう何人かの侍は、四方から彼をとり囲んだ。いや、すでに後ろから、忍びよった男のほこは、危うくきっさきを、彼の背に擬して21いる。が、その男は、不意に前へよろめくと、鉾の先に次郎の水干の袖を裂いて、うつむけにがくりと倒れた。たかうすびょうの矢が一筋、颯然さつぜんと風を切りながら、ひとゆりゆって後頭部へ、ぐさと箆深のぶかく立ったからである。

次郎感到那男人的血温热地沾到了自己手上。刀尖直抵男人的肋骨,传来一阵强烈的抵抗。那男人死到临头,几次三番在次郎的草鞋之下张嘴撕咬。当然,这一切都给他的复仇之心带来了快意的刺激。但与此相伴的,他又被心中那难以名状的疲惫感侵袭着。若条件允许,他定要往那里一扑,酣畅淋漓地睡上一觉。可是,当他踩着那人的脸,将滴血的大刀从对方胸口拔出时,已有好几个侍卫从四面八方拥了上来将他团团围住。不对,正有一个男人鬼鬼祟祟地从后面靠上来,将锋利的矛头瞄准了他的后背。不过这个男人却冷不防地向前栽了下去,矛头划破了次郎的衣袖。原来一支箭凛然破风而来,正深深插入那男人的后脑。

それからのちの事は、次郎にも、まるで夢のようにしか思われない。彼はただ、前後左右から落ちて来る太刀の中に、獣のようなうなり声を出して、相手を選まず渡り合った。周囲に沸き返っている、声とも音ともつかない物の響きと、その中に出没する、血と汗とにまみれた人の顔と――そのほかのものは、何も目にはいらない。ただ、さすがに、あとにのこして来た沙金の事が、太刀からほとばしる火花のように、時々心にひらめいた。が、ひらめいたと思ううちに、刻々迫ってくる生死の危急が、たちまちそれをかき消してしまう。そうして、そのあとにはまた、太刀音と矢たけびとが、天をおおういなごの羽音のように、築土ついじにせかれた小路こうじの中で、とめどもなくわき返った。――次郎は、こういう勢いに促されて、いつか二人の侍と三頭の犬とに追われながら、小路を南へ少しずつ切り立てられて来たのである。

接下来发生的一切,对于次郎来说都像是做梦一样。他在前后左右纷至沓来的长刀之中,发出野兽般的嘶吼,不管对手是谁,都死命相拼。四周尽是鼎沸的人声物响,血汗淋漓的面孔此出彼没——除此之外,次郎眼中再无他物。不过,就算如此,留在他身后的沙金还是像长刀迸出的火花一样,时不时在次郎心中闪现。不过这一闪而过的思绪马上就在刻刻逼近的生死危机面前消失殆尽。接下来,刀枪剑戟的声音如同遮天蔽日的蝗虫一同振翅而飞,无休无止地回荡在土墙拦截的小路上。次郎在这种局势地胁迫下,被二人三犬紧追不放,时战时退地一步步沿着小路向南撤去。

が、相手の一人を殺し、一人を追いはらったあとで、犬だけなら、恐れる事もないと思ったのは、結局次郎の空だのみにすぎなかった。犬は三頭が三頭ながら、大きさも毛なみも一対な茶まだらの逸物いちもつで、子牛もこれにくらべれば、大きい事はあっても、小さい事はない。それが皆、口のまわりを人間の血にぬらして、前に変わらず彼の足もとへ、左右から襲いかかった。一頭のあご蹴返けかえすと、一頭が肩先へおどりかかる。それと同時に、一頭のきばが、すんでに太刀を持った手を、かもうとした。とまた、三頭ともともえ22のように、彼の前後に輪を描いて、尾を空ざまに上げながら、砂のにおいをかぐように、頤あごを前足へすりつけて、びょうびょうとほえ立てる。――相手を殺したのに、気のゆるんだ次郎は、前よりもいっそう、この狩犬の執拗しゅうねい働きに悩まされた。

次郎杀死一人,杀退一人,想来对付三条狗自是不在话下,可是事实证明他想得太天真了。虽说狗只有三条,不过都是不可多得的良犬,个头大,茶斑点,跟小牛犊比起来有过之而无不及。而且个顶个嘴边都粘着人血,像之前那样从左右两边向次郎腿上袭来。只见他刚刚踢开一条狗的下颚,另一条就一跃而起扑向他的肩头,与此同时,第三头又险些咬上他握刀那只手。之后,三条狗又把次郎团团围在中间,尾巴高高竖向空中,下颚靠在前脚上,像是在闻着沙土的气息,口中汪汪大叫——本以为杀掉对手后能松一口气,没想到这些狗执拗地胡搅蛮缠,这让次郎更为恼火。

しかも、いら立てば立つほど、彼の打つ太刀は皆くうを切って、ややともすれば、足場を失わせようとする。犬は、そのすきに乗じて、熱い息を吐きながら、いよいよ休みなく肉薄23した。もうこうなっては、ただ、窮余の一策しか残っていない。そこで、彼は、事によったら、犬が追いあぐんで、どこかに逃げ場ができるかもしれないという、一縷いちるの望みにたよりながら、打ちはずした太刀を引いて、おりから足をねらった犬の背を危うく向こうへとび越えると、月の光をたよりにして、ひた走りに走り出した。が、もとよりこの企ても、しょせんはおぼれようとするものが、わらでもつかむのと変わりはない。犬は、彼が逃げるのを見ると、ひとしくきりりと尾を巻いて、あと足に砂を蹴上けあげながら真一文字に追いすがった。

而且次郎怒气愈盛,挥出的刀愈没有准头,甚至连脚下都不那么稳固了。三条狗趁这个机会,呼着热气,无休无止地向他逼近。事已至此,次郎只剩一计可施。他想着若是这些狗追得倦了,说不定就能逃出生天,抱着这样一丝希望,次郎提着砍偏的大刀,见机跳过向他脚上袭来的大狗,借着月光拼死逃窜。可是这个主意本身就跟溺水时抓住救命稻草别无二致。这些狗一见他逃了,一律紧紧地卷起尾巴,后腿往沙土上一蹬,直线追将而来。

が、彼のこの企ては、単に失敗したというだけの事ではない。実はそれがために、かえって虎口ここうにはいるような事ができたのである。――次郎は立本寺りゅうほんじつじをきわどく西へ切れて、ものの二町と走るか走らないうちに、たちまち行く手の夜を破って、今自身を追っている犬の声より、より多くの犬の声が、耳を貫ぬいて起こるのを聞いた。それから、月にしらんだ小路こうじをふさいで、黒雲に足のはえたような犬の群れが、右往左往に入り乱れて、餌食えじきを争っているさまが見えた。最後に――それはほとんど寸刻のいとまもなかったくらいである。すばやく彼を駆けぬけた狩犬の一頭が、友を集めるように高くほえると、そこに狂っていた犬の群れは、ことごとく相呼び相答えて、一度に狺々ぎんぎんの声をあげながら、見る間に彼を、その生きて動く、なまぐさい毛皮の渦巻うずまきの中へ巻きこんだ。深夜、この小路に、こうまで犬の集まっていたのは、もとよりいつもある事ではない。次郎は、この廃都をわが物顔に、十二十と頭をそろえて、血のにおいに飢えて歩く、獰猛な野犬の群れが、ここに捨ててあった疫病えやみの女を、よいのうちから餌食にして、互いにきばをかみながら、そのちぎれちぎれな肉や骨を、奪い合っているところへ、来たのである。

他的逃跑计划不只是单纯的失败了,事实上这个举动反而将他推入了虎口。次郎险从立本寺的路口向西遁去,还没跑过两条街,蓦地听到前方一阵狗叫划破夜空,那声音听起来似乎比身后追赶他的狗数量更多。洒满青白月辉的小路上拥挤着一群狗,它们就像是长了脚的一团黑云,左来右往,横闯乱撞,状似抢食。最后不消片刻,一条猎犬迅速追赶上来,呼朋唤友般高声吠叫,那狂乱的狗群立刻悉数响应狺狺狂吼,一眨眼的功夫,他便被卷入了这攒动着散发着腥臊恶臭的兽皮漩涡中。深夜在这小路上聚集这么多的狗本不是寻常事。这十几二十条嗜血狂犬聚集于此,在这废墟中为所欲是因为争夺那个被丢弃的病妇,那病妇无疑就是它们的一餐宵夜,它们扬起獠牙,将那病妇身上的肉一块一块撕扯下来。这时候,太郎闯了进来。

犬は、新しい餌食を見ると、一瞬のいとまもなく、あらしに吹かれて飛ぶ稲穂のように、八方から次郎へ飛びかかった。たくましい黒犬が、太刀の上をおどり越えると、尾のないきつねに似た犬が、後ろから来て、肩をかすめる。血にぬれた口ひげが、ひやりと頬にさわったかと思うと、砂だらけな足の毛が、斜めに眉の間をなでた。切ろうにも突こうにも、どれと相手を定める事ができない。前を見ても、後ろを見ても、ただ、青くかがやいている目と、絶えずあえいでいる口とがあるばかり、しかもその目とその口が、数限りもなく、道をうずめて、ひしひしと足もとに迫って来る。――次郎は、太刀を回しながら、急に、猪熊のばばの話を思い出した。「どうせ死ぬのなら一思いに死んだほうがいい。」彼は、そう心に叫んで、いさぎよく目をつぶったが、喉をかもうとする犬の息が、暖かく顔へかかると、思わずまた、目をあいて、横なぐりに太刀をふるった。何度それを繰り返したか、わからない。しかし、そのうちに、腕の力が、次第に衰えて来たのであろう、打つ太刀が、一太刀ごとに重くなった。今では踏む足さえ危うくなった。そこへ、切った犬の数よりも、はるかに多い野犬の群れが、あるいは芒原すすきはらの向こうから、あるいは築土ついじのこわれをぬけて、続々として、つどって来る。――

眼见又有新的饵食,这群狗就像被暴风吹动的稻穗一样,瞬间从四面八方飞扑向次郎。先是一条健壮的黑狗从他的长刀上一跃而过,紧接着又有一条无尾狐似的大狗从背后直掠过他的肩膀。它染血的胡须凉飕飕地扫过次郎的脸,紧接着沾满沙土的腿毛又斜斜拂过次郎眉间。次郎不知该砍还是该刺,甚至都不知道该由哪一条开刀。无论前后左右,所见之处都是闪着绿光的眼珠子和喘息不止的嘴。而且那无数的眼睛和嘴塞满整条小路,步步紧逼。次郎挥舞着大刀,突然想到猪熊婆婆的话“横竖都是个死,那就索性死得痛快”。他心中这样呼喊着,干脆闭上眼睛。可是当狗要咬到他的脖子,温热的气息扑到他脸上时,他又不由自主地张开双眼,横着挥出刀去。也不知这样来来回回重复了多少次。可渐渐地他的腕力越来越弱,挥出去的刀也越来越重了。现在甚至连站都站不稳了。可是,越来越多的野狗群从草原对面和土墙的豁口源源不断地聚集而来,远远超过被他斩杀的数量。

次郎は、絶望の目をあげて、天上の小さな月を一瞥いちべつしながら、太刀を両手にかまえたまま、兄の事や沙金の事を、一度に石火せっかのごとく、思い浮かべた。兄を殺そうとした自分が、かえって犬に食われて死ぬ。これより至極な天罰はない。――そう思うと、彼の目には、おのずから涙が浮かんだ。が、犬はその間も、用捨はしない。さっきの狩犬の一頭が、ひらりと茶まだらな尾をふるったかと思うと、次郎はたちまち左の太腿ふとももに、鋭いきばの立ったのを感じた。

次郎绝望地一瞥天上那轮小小的月亮,手握长刀,电光火石间,他一下子想起大哥,想起沙金。本来想要杀死大哥,不料自己却反而死在狗嘴里。这就是天谴啊。想到这,他的泪水不由得浸湿眼角。可是那些狗却不给他时间感怀。之前的一条猎犬摇了摇褐色斑点的尾巴,敏捷地扑了上来,下一秒次郎已感觉到左腿上一排锋利的牙齿。

するとその時である。月にほのめいた両京二十七坊の夜の底から、かまびすしい犬の声を圧してはるかに戞々かつかつたる馬蹄ばていの音が、風のように空へあがり始めた。……

是时。从两京二十七坊朦胧的月夜深处,远远地传来一阵嗒嗒的马蹄声,盖过了这狂躁的狗叫,像风一样扬上苍穹。……

         ―――――――――――――――――

しかしその間も阿濃あこぎだけは、安らかな微笑を浮かべながら、羅生門の楼上にたたずんで、遠くの月の出をながめている。東山の上が、うす明るく青んだ中に、ひでりにやせた月は、おもむろにさみしく、中空なかぞらに上ってゆく。それにつれて、加茂川にかかっている橋が、その白々しらじらとした水光すずびかりの上に、いつか暗く浮き上がって来た。

在这期间,唯有阿浓一人脸上浮着一抹安和的浅笑,在罗生门的楼上倚楼长驻,远远地眺望月出。东山之上,天幕微亮透青,在暑气中消瘦了身形的月亮缓缓地寂然爬上半空。加茂川上的桥在盈盈的水光上昏暗地浮现出它的轮廓。

ひとり加茂川ばかりではない。さっきまでは、目の下に黒く死人しびとのにおいを蔵していた京の町も、わずかのに、つめたい光の鍍金めっきをかけられて、今では、こしの国の人が見るという蜃気楼かいやぐらのように、塔の九輪や伽藍がらんの屋根を、おぼつかなく光らせながら、ほのかな明るみと影との中に、あらゆる物象を、ぼんやりとつつんでいる。町をめぐる山々も、日中のほとぼりを返しているのであろう、おのずから頂きをおぼろげな月明かりにぼかしながら、どの峰も、じっと物を思ってでもいるように、うすいもやの上から、静かに荒廃した町を見おろしている――と、その中で、かすかに凌霄花のうぜんかずらのにおいがした。門の左右をうずめるやぶのところどころから、簇々そうそうとつるをのばしたその花が、今では古びた門の柱にまといついて、ずり落ちそうになったかわらの上や、蜘蛛の巣をかけたたるきの間へ、はい上がったのがあるからであろう。……

不只是加茂川。直到刚才都藏匿在黑暗的死亡气息中的都城街道,都一瞬间镀上了清冷的光芒,就像越国人见到的海市蜃楼一样,塔顶的金环和伽蓝院的屋顶都笼着一层朦朦胧胧的光晕,一切物象都包裹在模糊的光与影中。环绕着城市的群山似乎要将白天的余热还击回去,自将山顶朦胧的月光晕开来,若有所思地从浅浅的雾霭上静谧地守望这荒凉的城市。空气中似乎飘荡着一丝凌霄花的香气。原来在大门左右两侧的草丛中,簇簇凌霄花正伸展藤蔓,沿着古旧的门柱向上攀爬,将落的瓦片上和挂着蛛网的椽子间到处可见它们的身影。……

窓によりかかった阿濃あこぎは、鼻の穴を大きくして、思い入れ凌霄花のにおいを吸いながら、なつかしい次郎の事を、そうして、早く日の目を見ようとして、動いている胎児の事を、それからそれへと、とめどなく思いつづけた。――彼女は双親ふたおやを覚えていない。生まれた所の様子さえ、もう全く忘れている。なんでも幼い時に一度、この羅生門のような、大きな丹塗にぬりの門の下を、たれかに抱くか、負われかして、通ったという記憶がある。が、これももちろん、どのくらいほんとうだか、確かな事はわからない。ただ、どうにかこうにか、覚えているのは、物心がついてからのちの事ばかりである。そうして、それがまた、覚えていないほうがよかったと思うような事ばかりである。ある時は、町の子供にいじめられて、五条の橋の上から河原へ、さかさまにつき落とされた。ある時は、飢えにせまってした盗みのとがで、裸のまま、地蔵堂のうつばりへつり上げられた。それがふと沙金に助けられて、自然とこの盗人の群れにはいったが、それでも苦しい目にあう事は、以前と少しも変わりがない。白痴に近い天性を持って生まれた彼女にも、苦しみを、苦しみとして感じる心はある。阿濃あこぎ猪熊いのくまのばばの気に逆らっては、よくむごたらしく打擲ちょうちゃくされた。猪熊のおじには、酔った勢いで、よく無理難題を言いかけられた。ふだんは何かといたわってくれる沙金でさえ、かんにさわると、彼女の髪の毛をつかんで、ずるずる引きずりまわす事がある。まして、ほかの盗人たちは、打つにもたたくにも、用捨はない。阿濃は、そのたびにいつもこの羅生門の上へ逃げて来ては、ひとりでしくしく泣いていた。もし次郎が来なかったら、そうして時々、やさしいことばをかけてくれなかったら、おそらくとうにこの門の下へ身を投げて、死んでしまっていた事であろう。

凭窗而立的阿浓深深呼吸,贪婪地吸着凌霄花的香气,惦念着次郎,又想着腹中微动的胎儿能早些出世,阿浓想想东又想想西,思绪无边无际。她不记得自己的双亲,出生的地方也忘得一干二净。只记得小时候有那么一次,自己被人或背或抱地走过一个像罗生门一样的红漆大门。当然,这段记忆有几分真实、是不是真正发生过的事她都全无把握。不过,总算还是记得懂事之后发生的事。可懂事之后又净是发生一些让人想要忘怀的事。有一次,城里的孩子欺负她,将她从五条的桥上倒推到河滩上。还有一次,自己饥饿难耐去偷东西吃,结果被扒光衣服,悬在地藏堂的屋梁上。不曾想被沙金所救,于是也就自然而然地落草为寇了,可是痛苦的遭遇却未减分毫。就算她天性愚钝,感知苦痛之心还是有的。阿浓只要稍不顺猪熊婆婆的意,便会招来一顿毒打。而猪熊老头又总是借着酒劲胡搅蛮缠。甚至平时对她体贴照顾的沙金,一旦惹恼了,也会不分青红皂白地拖着她的头发到处转。更何况其他那些贼人,下手更是毫不心软。每次受到欺侮,阿浓总是逃到这罗生门上来独自啜泣。如若不是次郎出现,不时说些温柔宽慰的话,想必她早已从城门上一跃而下,命丧黄泉了。

すすのようなものが、ひらひらと月にひるがえって、いらかの下から、窓の外をうす青い空へ上がった。言うまでもなく蝙蝠こうもりである。阿濃は、その空へ目をやって、まばらな星に、うっとりとながめ入った。――するとまたひとしきり、腹の子が、身動きをする。彼女は急に耳をすますようにして、その身動きに気をつけた。彼女の心が、人間の苦しみをのがれようとして、もがくように、腹の子はまた、人間の苦しみをめに来ようとして、もがいている。が、阿濃は、そんな事は考えない。ただ、母になるという喜びだけが、そうして、また、自分も母になれるという喜びだけが、この凌霄花のうぜんかずらのにおいのように、さっきから彼女の心をいっぱいにしているからである。

什么东西像烟灰一样在月光中飞舞飘荡,从屋檐下飘向窗外蓝蓝的天际。毫无疑问,这正是蝙蝠。阿浓望着天空,如痴如醉地眺望着稀疏的星辰。此时腹中的孩子又是一阵胎动。她赶忙侧耳倾听,悉心感受孩子的动静。她的心挣扎着想要逃离人间疾苦。而她腹中的孩子却是挣扎着想要来品尝这世上的苦难。不过阿浓并没有考虑这些。即将成为母亲的喜悦,以及可以成为母亲的喜悦,就如同这凌霄花的香气一样,一直填满她整个心房。

そのうちに、彼女はふと、胎児が動くのは、眠れないからではないかと思いだした。事によると、眠られないあまりに、小さな手や足を動かして、泣いてでもいるのかもしれない。「坊やはいい子だね。おとなしく、ねんねしておいで、今にじき夜が明けるよ。」――彼女は、こう胎児にささやいた。が、腹の中の身動きは、やみそうで、容易にやまない。そのうちに痛みさえ、どうやら少しずつ加わって来る。阿濃あこぎは、窓を離れて、その下にうずくまりながら、結び燈台のうす暗いにそむいて、腹の中の子を慰めようと、細い声で歌をうたった。

这时,她突然意识到,胎儿躁动不安可能是由于睡不着的原因。正因为睡不着,孩子现在说不定正伸手踢腿地哭泣呢。“好宝宝,乖乖睡吧,天要亮了呢。”——她对着胎儿喃喃细语道。腹中的动静却将息未息,渐渐地,甚至疼痛都在一点点加剧。阿浓离开窗边蹲了下来,背对着油灯昏暗的灯光,抚慰着腹中的孩子,细声细气地哼起了歌谣。

君をおきて
あだし心を
われ持たばや
なよや、末の松山
波も越えなむや
波も越えなむ

我若弃君而去,
我若三心两意,
就让海浪没松山呀,
就让海浪没松山。

うろ覚えに覚えた歌の声は、のゆれるのに従って、ふるえふるえ、しんとした楼の中に断続した。歌は、次郎が好んでうたう歌である。酔うと、彼は必ず、扇で拍子をとりながら、目をねむって、何度もこの歌をうたう。沙金はよく、その節回しがおかしいと言って、手を打って笑った。――その歌を、腹の中の子が、喜ばないというはずはない。

阿浓的记忆时断时续,歌声也随着油灯摇曳的灯火颤颤悠悠,断断续续。这是次郎最喜欢的歌了。每次酒过三巡,他必要用扇子打着拍子,眯缝着眼睛,一遍又一遍地唱着这首歌。沙金总是说他怪腔怪调,拍手笑话他。肚子里的孩子怎么会有理由不喜欢这首歌。

しかし、その子が、実際次郎のたねかどうか、それは、たれも知っているものがない。阿濃あこぎ自身も、この事だけは、全く口をつぐんでいる。たとえ盗人たちが、意地悪く子の親を問いつめても、彼女は両手を胸に組んだまま、はずかしそうに目を伏せて、いよいよ執拗しゅうねく黙ってしまう。そういう時は、必ずあかじみた彼女の顔に女らしい血の色がさして、いつか睫毛まつげにも、涙がたまって来る。盗人たちは、それを見ると、ますます何かとはやし立てて、腹の子の親さえ知らない、阿呆あほうな彼女をあざわらった。が、阿濃は胎児が次郎の子だという事を、かたく心の中で信じている。そうして、自分の恋している次郎の子が、自分の腹にやどるのは、当然な事だと信じている。この楼の上で、ひとりさびしく寝るごとに、必ず夢に見るあの次郎が、親でなかったとしたならば、たれがこの子の親であろう。――阿濃は、この時、歌をうたいながら、遠い所を見るような目をして、蚊に刺されるのも知らずに、うつつながら夢を見た。人間の苦しみを忘れた、しかもまた人間の苦しみに色づけられた、うつくしく、いたましい夢である。(涙を知らないものの見る事ができる夢ではない。)そこでは、いっさいの悪が、眼底を払って、消えてしまう。が、人間の悲しみだけは、――空をみたしている月の光のように、大きな人間の悲しみだけは、やはりさびしくおごそかに残っている。……

可是,谁也不知道这个孩子到底是不是次郎的骨肉。阿浓自己对这件事绝口不提。若是有贼人坏心眼地打听孩子的父亲,她便用双手在胸前搅结,害羞地垂下眼帘,愈发沉默。这时她脏兮兮的脸上总是会添上一抹女人特有的血色,睫毛上凝出泪花。贼人们眼见如此,更是大肆起哄,嘲弄她连自己肚子里的孩子都不知道是谁的种,真是个蠢货。不过,阿浓在心中确信这孩子就是次郎的。她坚信自己恋慕的次郎的骨肉落生在她的腹中自是理所当然的。每当自己在这楼上孤枕独眠的时候,次郎都会到梦中与自己相见,如果他不是孩子的父亲,那么谁还会是呢。阿浓此时轻声吟唱,目眺远方,连蚊虫叮咬都不自知,流连梦境难以自拔。这凄美的梦似乎能使她将世间的一切苦难都抛诸脑后,却又给世间的苦难抹上了浓重的色彩。(这梦绝非不知眼泪为何物的人能见到的)。在那里,所有的恶都从眼前驱散,消失殆尽了。徒有世间的悲苦——那如洒满天际的月光般巨大的世间悲苦,仍孤独而庄严地存于天地之间。……

なよや、末の松山
波も越えなむや
波も越えなむ

就让海浪没松山呀,
就让海浪没松山。

歌の声は、ともし火の光のように、次第に細りながら消えていった。そうして、それと共に、力のない呻吟しんぎんの声が、暗を誘うごとく、かすかにもれ始めた。阿濃あこぎは、歌の半ばで、突然下腹に、鋭い疼痛とうつうを感じ出したのである。

歌声像火光一样,渐渐变弱直至消失。与此同时,一阵无力的呻吟声微弱地流泻出来,像是要将黑暗招致与此。阿浓歌唱到一半,突然感到下腹一阵尖锐的疼痛。

         ―――――――――――――――――

相手の用意に裏をかかれた盗人の群れは、裏門を襲った一隊も、防ぎ矢に射しらまされたのを始めとして、中門ちゅうもんを打って出た侍たちに、やはり手痛い逆撃さかうちをくらわせられた。たかが青侍の腕だてと思い侮っていた先手せんての何人かも、算を乱しながら、そびらを見せる――中でも、臆病な猪熊いのくまおじは、たれよりも先に逃げかかったが、どうした拍子か、方角を誤って、太刀たちをぬきつれた侍たちのただ中へ、はいるともなく、はいってしまった。酒肥さかぶとりした体格と言い、物々しくほこをひっさげた様子と言い、ひとかど手なみのすぐれたものと、思われでもしたのであろう。侍たちは、彼を見ると、互いに目くばせをかわしながら、二人三人、きっさきをそろえたまま、じりじり前後から、つめよせて来た。

话说众盗贼因为对方早有准备而阵脚大乱,从后门进袭的群贼也是迎面遭遇箭阵的重创,接着从中门里杀出来的侍卫们又给他们迎头痛击。打前锋的几个贼人本来并未将他们放在眼里,以为他们都不过是低级武士,此刻却乱了方寸,扭头逃窜——尤其是猪熊老头这个胆小鬼,比谁逃得都快,却不知怎的弄错了形势,搞错了方位,竟误入拔刀相迎的侍卫阵中。无论是他那啤酒桶般壮硕的身形,还是他手持骇人长矛的模样,都让人觉得是个了不得的人物。侍卫们一见他,互相使了使眼色,便有两三个人提刀从前后两侧一步步向他逼近。

「はやるまいぞ。わしはこの殿の家人けにんじゃ。」

“你们别激动。我可是这家的仆人。”

猪熊いのくまおじは、苦しまぎれにあわただしくこう叫んだ。

猪熊老头情急之下如是喊道。

「うそをつけ。――おのれにたばかれるような阿呆あほうと思うか。――往生ぎわの悪いおやじじゃ。」

“你撒谎。你当我们好糊弄是吧?你这个老东西,死到临头还狡辩。”

侍たちは、口々にののしりながら、早くも太刀を打ちかけようとする。もうこうなっては、逃げようとしても逃げられない。猪熊の爺の顔は、とうとう死人しびとのような色になった。

武士们骂骂咧咧地把刀挥了上来。到了这个地步,已经是避无可避。猪熊老头面如死灰。

「何がうそじゃ。何がうそじゃよ。」

“什么撒谎啊,什么撒谎啊。”

彼は、目を大きくして、あたりをしきりに見回しながら、逃げ場はないかと気をあせった。額には、つめたい汗がわいて来る。手もふるえが止まらない。が、周囲は、どこを見ても、むごたらしい生死の争いが、盗人と侍との間に戦われているばかり、静かな月の下ではあるが、はげしい太刀音たちおとと叫喚の声とが、一塊ひとかたまりになった敵味方の中から、ひっきりなしにあがって来る。――しょせん逃げられないとさとった彼は、目を相手の上にすえると、たちまち別人のように、凶悪なけしきになって、上下じょうげの齒をむき出しながら、すばやくほこをかまえて、威丈高いたけだかにののしった。

他双目圆瞪,环顾四周,焦急地寻觅着是否有路可逃。额上冷汗直流,双手颤抖不止。可是放眼望去,到处都是惨烈的生死交战,贼人和侍卫混战在一处。静谧的月光下,双方杀得难舍难分,刀剑声和哀嚎声不绝于耳。猪熊老头意识到自己已经绝无可能逃出生天了,于是眼睛凝视着对手上方,忽然像变了个人似的,凶相毕露,龇牙咧嘴,敏捷地架起长矛,气势汹汹地骂道:

「うそをついたがどうしたのじゃ。阿呆。外道げどう。畜生。さあ来い。」

“老子就是撒谎了怎么样?蠢货、败类、畜生!你们来啊!”

こう言うことばと共に、ほこの先からは、火花が飛んだ。中でも屈竟くっきょうな、赤あざのある侍が一人、衆に先んじてかたわらから、無二無三に切ってかかったのである。が、もとより年をとった彼が、この侍の相手になるわけはない。まだ十合じゅうごうを合わせないうちに、見る見る、鉾先ほこさきがしどろになって、次第にあとへ下がってゆく。それがやがて小路のまん中まで、切り立てられて来たかと思うと、相手は、大きな声を出して、彼が持っていたほこを、みごとに半ばから、切り折った。と、また一太刀ひとたち、今度は、右の肩先から胸へかけて、袈裟けさがけに浴びせかける。猪熊いのくまおじは、尻居しりいに倒れて、とび出しそうに大きく目を見ひらいたが、急に恐怖と苦痛とに堪えられなくなったのであろう、あわてて高這たかばいにいのきながら声をふるわせて、わめき立てた。

正说着,矛头已飞溅出了火花。原来其中一个孔武有力,有一颗红痣的侍卫率先从一侧聚力劈砍下来。猪熊老头本就上了年纪,怎么可能敌得过这身强体壮的侍卫。才不过战了十个回合,眼看着猪熊老头的矛头愈发凌乱,渐渐向后退去。不久便退到了小路正中,那武士大吼一声举刀劈了下来,猪熊老头的矛柄应声从中间断成两截。接着又一刀从他的右肩斜砍到胸口。猪熊老头一屁股坐倒在地,眼珠子都快要弹了出来,一时之间惊恐不堪,苦痛难耐,惊慌失措地边爬边喊道:

「だまし討ちじゃ。だまし討ちを、食らわせおった。助けてくれ。だまし討ちじゃ。」

“我上当啦!上了你们的当啦!救命啊!我上当啦!”

赤あざの侍は、その後ろからまた、のび上がって、血に染んだ太刀たちをふりかざした。その時もし、どこからかさるのようなものが、走って来て、帷子かたびらすそを月にひるがえしながら、彼らの中へとびこまなかったとしたならば、猪熊いのくまおじは、すでに、あえない最後を遂げていたのに相違ない。が、そのさるのようなものは、彼と相手との間を押しへだてると、とっさに小刀さすがをひらめかして、相手の乳の下へ刺し通した。そうして、それとともに、相手の横に払った太刀たちをあびて、恐ろしい叫び声を出しながら、焼け火箸ひばしでも踏んだように、勢いよくとび上がると、そのまま、向こうの顔へしがみついて、二人いっしょにどうと倒れた。

红痣侍卫从后面踮起脚来,又一次抡起那染血的大刀。这时,若不是从哪跑来一个猴子一样的东西,在月光中挥舞着水干的下摆窜到他们中间,猪熊老头无疑已经惨死刀下了。可是,那个猴子一样的东西将二人隔开,小刀寒光一闪,刺穿了对方的胸膛。与此同时,也被那侍卫横挥的长刀砍中,这猴子一样的东西马上发出恐怖的叫声,像踩到烧红的火筷子一般猛地向上蹿了起来,就那样死死抓住武士的脸,两人一同倒在了地上。

それから、二人の間には、ほとんど人間とは思われない、猛烈なつかみ合いが、始まった。打つ。む。髪をむしる。しばらくは、どちらがどちらともわからなかったが、やがて、猿のようなものが、上になると、再び小刀さすががきらりと光って、組みしかれた男の顔は、あざだけ元のように赤く残しながら、見ているうちに、色が変わった。すると、相手もそのまま、力が抜けたのか、侍の上へ折り重なって、仰向けにぐたりとなる――その時、始めて月の光にぬれながら、息も絶え絶えにあえいでいる、しわだらけの、ひきに似た、猪熊のばばの顔が見えた。

于是两人仿佛丧失了人类的理智,剧烈地扭打作一团。时打时咬,时而又拉扯对方的头发,一时打得难舍难分。不久,那个猴子一样的东西占了上风,小刀再次一闪,于是被他按倒在地的侍卫眼看着失去了血色,只有那颗痣还跟原来一样红。那猴子似乎也抽去了最后一丝气力,仰面朝天地叠在武士身上。这时,才看清这个沐浴在月光下、半死不活、满是皱纹像癞蛤蟆一般的脸正是猪熊婆婆。

老婆は、肩で息をしながら、侍の死体の上に横たわって、まだ相手のもとどりをとらえた、左の手もゆるめずに、しばらくは苦しそうな呻吟しんぎんの声をつづけていたが、やがて白い目を、ぎょろりと一つ動かすと、からびたくちびるを、二三度無理に動かして、

老太婆大口喘气,横在侍卫的尸体上,左手还是死死地抓住他的发髻不放,不断痛苦地呻吟,接着白眼一翻,勉强动了动干瘪的嘴唇:

「おじいさん。おじいさん。」と、かすかに、しかもなつかしそうに、自分の夫を呼びかけた。が、たれもこれに答えるものはない。猪熊いのくまおじは、老女の救いをると共に、打ち物も何も投げすてて、こけつまろびつ、血にすべりながら、いち早くどこかへ逃げてしまった。そのあとにももちろん、何人かの盗人たちは、小路こうじのそこここに、得物えものをふるって、必死の戦いをつづけている。が、それらは皆、この垂死の老婆にとって、相手の侍と同じような、行路の人に過ぎないのであろう。――猪熊のばばは、次第に細ってゆく声で、何度となく、夫の名を呼んだ。そうして、そのたびに、答えられないさびしさを、負うている傷の痛みよりも、より鋭く味わわされた。しかも、刻々衰えて行く視力には、次第に周囲の光景が、ぼんやりとかすんで来る。ただ、自分の上にひろがっている大きな夜の空と、その中にかかっている小さな白い月と、それよりほかのものは、何一つはっきりとわからない。

“老头子,老头子。”她声音微弱,却满怀恋慕地呼唤着自己的丈夫。可是无人应声。猪熊老头一见老妇来搭救他,早就把兵器什么都丢得一干二净,连滚带爬地从血泊之中落荒而逃了。当然,这之后仍有几个贼人在小路各处挥舞着兵器和敌人殊死搏斗。不过,对于这个垂死的老太婆来说,他们和敌方的侍卫们没什么两样,不过就是路人罢了。——猪熊婆婆声音越来越弱,一遍一遍呼唤着丈夫的名字。得不到回应的凄凉,要比她身上的伤痛更加尖锐。她的眼睛已经模糊不清,周围的光景也渐渐朦胧。目之所见只有自己头上那一片广辽的夜空和那弯小小白月,除此之外别无它物。

「おじいさん。」

“老头子。”

老婆は、血の交じったつばを、口の中にためながら、ささやくようにこう言うと、それなり恍惚こうこつとした、失神の底に、――おそらくは、さめる時のない眠りの底に、昏々こんこんとして沈んで行った。

老太婆口中含着一口血水交杂的唾沫,喃喃自语着,就这样神智恍惚,直至不省人事,也许她将就此混混沉入深眠的谷底,再也无法转醒。

その時である。太郎は、そこを栗毛くりげの裸馬にまたがって、血にまみれた太刀たちを、口にくわえながら、両の手に手綱たづなをとって、あらしのように通りすぎた。馬は言うまでもなく、沙金が目をつけた、陸奥出みちのくで三才駒さんさいごまであろう。すでに、盗人たちがちりぢりに、死人しびとを残して引き揚げた小路は、月に照らされて、さながら霜を置いたようにうす白じろい。彼は、乱れた髪を微風に吹かせながら、馬上にこうべをめぐらして、しりえにののしり騒ぐ人々の群れを、誇らかにながめやった。

此时,太郎正骑着一匹没有马鞍的栗色大马,嘴里叼着鲜血淋漓的长刀,手拉缰绳,如风暴一般席卷而过。不用说,这匹马正是沙金看中的那匹陆奥出产的三岁良驹。贼人们被杀得四下奔逃,连同伴的尸体都顾不上。在月光的照耀下,小路上宛如降了一层白霜。微风吹拂着他的乱发,他在马背上回转头去,洋洋得意地望向身后骂骂咧咧的人群。

それも無理はない。彼は、味方の破れるのを見ると、よしや何物を得なくとも、この馬だけは奪おうと、かたく心に決したのである。そうして、その決心どおり、葛巻つづらまきの太刀たちをふるいふるい、手に立つ侍を切り払って、単身門の中に踏みこむと、苦もなくうまやの戸を蹴破けやぶって、この馬の覊綱はづなを切るより早く、背に飛びのるも惜しいように、さえぎるものをひづめにかけて、いっさんに宙を飛ばした。そのために受けた傷も、もとより数えるいとまはない。水干すいかんそではちぎれ、烏帽子えぼしはむなしくひもをとどめて、ずたずたに裂かれたはかまも、なまぐさい血潮に染まっている。が、それも、太刀とほことの林の中から、一人に会えば一人を切り、二人に会えば二人を切って、出て来た時の事を思えば、うれしくこそあれ、惜しくはない。――彼は、後ろを見返り見返り、晴れ晴れした微笑を、口角に漂わせながら、昂然こうぜんとして、馬を駆った。

这也不是不无道理。他眼见己方败退,就下定决心,想着就算不能大有所得,至少也要夺来这匹马。既下了这个决心,他便握紧缠着藤条的刀把,将阻截者一一杀退,独自一人闯入门中,毫不费力地踢开马厩的门,一刀砍断缰绳,似乎连飞身上马的时间都觉得浪费就一溜烟地冲出重围,风驰电掣而去。为了夺得这匹马,他身上已经伤痕累累。衣服袖子被扯破了,帽子耷拉在带子上,衣服下摆也是破烂不堪,沾满腥臭的鲜血。可是太郎却不管不顾,在刀光剑影中穿梭,见一个杀一个,见两个杀一双,想着冲出敌营后的场景太郎喜不自禁,心中无有半点遗憾。他不断回头向身后眺望,嘴角附上一丝明朗的微笑,昂首挺胸地策马而去。

彼の念頭には、沙金がある。と同時にまた、次郎もある。彼は、みずから欺く弱さをしかりながら、しかもなお沙金の心が再び彼に傾く日を、夢のように胸に描いた。自分でなかったなら、たれがこの馬をこの場合、奪う事ができるだろう。向こうには、人の和があった。しかも地の利さえ占めている。もし次郎だったとしたならば――彼の想像には、一瞬のあいだ、侍たちの太刀たちの下に、切り伏せられている弟の姿が、浮かんだ。これは、もちろん、彼にとって、少しも不快な想像ではない。いやむしろ彼の中にあるある物は、その事実である事を、祈りさえした。自分の手を下さずに、次郎を殺す事ができるなら、それはひとり彼の良心を苦しめずにすむばかりではない。結果から言えば、沙金がそのために、自分を憎む恐れもなくなってしまう。そう思いながらも、彼は、さすがに自分の卑怯ひきょうを恥じた。そうして口にくわえた太刀を、右手めてにとって、おもむろに血をぬぐった。

他的心中想着沙金,同时也想着次郎。一边怒斥自己自欺欺人的软弱,一边又在心中描绘着沙金再次对自己倾心的美梦。除了自己,又有谁能在这样的情况下夺得这匹马呢。对方占尽地利人和。如果是次郎的话——他的脑海中一下子浮现出弟弟惨死侍卫们刀下的情形。当然,这想像对他来说并非全然不愉快。不,倒不如说在他心中的某一个地方甚至在祈祷它能成为事实。如果不用自己动手就能杀了次郎,那么一来他的良心不需受到煎熬,二来归根究底,沙金也不会因此而憎恨自己。虽是这样想,不过他还是为自己的卑鄙而感到羞耻。于是他用右手取下嘴里衔着的长刀,徐徐拭去刀上的血渍。

そのぬぐった太刀を、ちょうどさやにおさめた時である。おりからつじを曲がった彼は、行く手の月の中に、二十と言わず三十と言わず、群がる犬の数を尽くして、びょうびょうとほえ立てる声を聞いた。しかも、その中にただ一人、太刀をかざした人の姿が、くずれかかった築土ついじを背負って、おぼろげながら黒く見える。と思う間まに、馬は、高くいななきながら、長いたてがみをさっと振るうと、四つのひづめに砂煙をまき上げて、またたく暇に太郎をそこへ疾風のように持って行った。

擦拭完毕后,太郎收刀入鞘。恰在此时,他转过十字路口,发现在前方的月光之下,说不上有二十条还是三十条狗正汪汪狂叫。不止如此,在那其中有一个模糊的黑色人影,正高举长刀,背靠半塌的土墙。太郎正在思忖着,那匹马高声嘶叫着,将长长的鬃毛一甩,四蹄刨起烟尘,眨眼之间便如疾风般驮着太郎前去了。

「次郎か。」

“次郎?”

太郎は、我を忘れて、叫びながら、険しくまゆをひそめて、弟を見た。次郎も片手に太刀たちをかざしながら、うなじをそらせて、兄を見た。そうして刹那せつなに二人とも、相手のひとみの奥にひそんでいる、恐ろしいものを感じ合った。が、それは、文字どおり刹那である。馬は、えたける犬の群れに、脅かされたせいであろう、首を空ざまにつとあげると、前足で大きな輪をかきながら、前よりもすみやかに、空へおどった。あとには、ただ、濛々もうもうとしたほこりが、夜空に白く、ひとしきり柱になって、舞い上がる。次郎は、依然として、野犬の群れの中に、傷をこうむったまま、立ちすくんだ。……

太郎忘我地大叫出声,一脸杀气地蹙眉看着弟弟。次郎单手擎着长刀,也扬起脖颈看向自己的大哥。就在那一瞬间,兄弟二人都在感知到了潜藏在对方眸子深处的可怕念头。不过就像文中说的这样,也仅仅就是一刹那。马似乎被狂吠的狗群惊着了,它仰头向天,前蹄划着大大的圆圈,比方才更加焦急地腾空跃起。只剩下蒙蒙的灰尘舞动着升上夜空,犹如一根白柱。次郎依然浑身是伤地困在野狗群中。……

太郎は――一時に、色を失った太郎の顔には、もうさっきの微笑の影はない。彼の心の中では、何ものかが、「走れ、走れ」とささやいている。ただ、一時いっとき、ただ、半時はんとき、走りさえすれば、それで万事が休してしまう。彼のする事を、いつかしなくてはならない事を、犬が代わってしてくれるのである。

一时间,太郎脸上血色尽失,方才的笑容早已失去了踪影。在他的心中,一个声音高叫着:“快跑,快跑。”哪怕只是跑出去一会儿,哪怕只一小会儿,就万事大吉了。他自己要做的事,总有一天要做的事,现在由狗来代替他完成了。

「走れ、なぜ走らない?」ささやきは、耳を離れない。そうだ。どうせいつかしなくてはならない事である。おそいと早いとの相違がなんであろう。もし弟と自分の位置を換えたにしても、やはり弟は自分のしようとする事をするに違いない。「走れ。羅生門は遠くはない。」太郎は、片目に熱を病んだような光を帯びて、半ば無意識に、馬の腹をった。馬は、尾とたてがみとを、長く風になびかせながら、ひづめに火花を散らして、まっしぐらに狂奔する。一町二町月明かりの小路は、太郎の足の下で、急湍きゅうたんのように後ろへ流れた。

“快跑啊,为什么不跑?”他的耳畔一直回荡着这个声音。是啊,反正早晚自己都要下手。或早或晚又有什么区别呢。“快跑吧,罗生门不远了。”太郎的那只独眼病态地闪着狂热的光芒,他几乎半无意识地踢了马肚子。只见马的尾巴和鬃毛长长的随风飘舞着,马蹄一踏,火花四溅,一股脑儿地狂奔而去。一条街,两条街,这洒满月光的小路像湍急的河流一般从太郎脚下向后流淌而去。

するとたちまちまた、彼のくちびるをついて、なつかしいことばが、あふれて来た。「弟」である。肉身の、忘れる事のできない「弟」である。太郎は、かたく手綱たづなを握ったまま、血相を変えて歯がみをした。このことばの前には、いっさいの分別が眼底を払って、消えてしまう。弟か沙金かの、選択をしいられたわけではない。直下じきげにこのことばが電光のごとく彼の心を打ったのである。彼は空も見なかった。道も見なかった。月はなおさら目にはいらなかった。ただ見たのは、限りない夜である。夜に似た愛憎の深みである。太郎は、狂気のごとく、弟の名を口外に投げると、身をのけざまに翻して、片手の手綱たづなを、ぐいと引いた。見る見る、馬のかしらが、向きを変える。と、また雪のようなあわが、栗毛くりげの口にあふれて、ひづめは、砕けよとばかり、大地を打った。――一瞬ののち、太郎は、惨として暗くなった顔に、片目を火のごとくかがやかせながら、再び、もと来たほうへまっしぐらに汗馬かんばおどらせていたのである。

可是忽然,他嘴唇微动,一个亲切的词溢了出来,那就是“弟弟”。那是跟他血脉相连、无法忘怀的“弟弟”。太郎紧紧抓住缰绳,脸色大变,牙关紧咬。在这个词面前,一切是非对错都从他眼底消失殆尽。这不是要他在弟弟和沙金之间做出选择,只是当下这个词如电光火石一般击中了他的心。他看不见天,看不见路,更看不见月亮。他所能看到的,只有无尽的黑夜,还有那如黑夜般深重的爱憎。太郎像疯了一般,大声喊出弟弟的名字仰身一侧,只手拉紧缰绳。一眨眼的功夫,马头已改变了方向。雪白的泡沫在它栗色的嘴边四溢,马蹄似乎要将大地击个粉碎。一瞬间,太郎面色惨淡,独眼仿佛燃烧一般又再次催着汗血宝马向来处奔去。

「次郎。」

“次郎。”

近づくままに、彼はこう叫んだ。心の中に吹きすさぶ感情のあらしが、このことばを機会として、一時に外へあふれたのであろう。その声は、白燃鉄はくねんてつを打つような響きを帯びて、鋭く次郎の耳を貫ぬいた。

太郎靠近弟弟时大声喊道。在他心中狂风暴雨般激荡的感情,都借着这句话,一并喷涌而出。那声音如同锻打烧红的铁块一般,尖锐地贯穿次郎的耳膜。

次郎は、きっと馬上の兄を見た。それは日ごろ見る兄ではない。いや、今しがた馬を飛ばせて、いっさんに走り去った兄とさえ、変わっている。険しくせまった眉に、かたく、下くちびるをかんだ歯に、そうしてまた、怪しく熱している片目に、次郎は、ほとんど憎悪に近い愛が、――今まで知らなかった、不思議な愛が燃え立っているのを見たのである。

次郎蓦地看向马背上的大哥。这不是平日所见的大哥。不,这甚至不是刚刚策马而去,对自己不管不顾的大哥。从那紧蹙的眉头、紧咬下唇的牙齿和那异常热切的独眼,次郎看到了大哥身上燃烧着一股接近憎恨的爱——那迄今为止自己都不曾知晓的爱。

「早く乗れ。次郎。」

“快上马。次郎。”

太郎は、群がる犬の中に、隕石のような勢いで、馬を乗り入れると、小路を斜めに輪乗りをしながら、叱咤しったするような声で、こう言った。もとより躊躇に、時を移すべき場合ではない。次郎は、やにわに持っていた太刀たちを、できるだけ遠くへほうり投げると、そのあとを追って、頭をめぐらす野犬のすきをうかがって、身軽く馬の平首へおどりついた。太郎もまたその刹那に猿臂えんびをのばし、弟の襟上えりがみをつかみながら、必死になって引きずり上げる。――馬のかしらが、たてがみに月の光を払って、三たび向きを変えた時、次郎はすでに馬背にあって、ひしと兄の胸をいだいていた。

太郎以陨石之势驱马来到野狗群中,在小路上斜斜地绕着圈子,大声喊道。情势紧急,容不得半刻犹豫。次郎猛地将长刀极力掷向远处,趁着野狗扭身去追刀的间隙,敏捷地一窜,抱住马脖子。太郎也在那一刹那伸出长臂,揪住弟弟的衣领,拼死把他拉上马来。马头摆动,马鬃在月华下流光溢彩,当马头扭转三次后,次郎已经稳稳当当地坐在了马背上,当胸紧紧地抱住大哥。

と、たちまち一頭、血みどろの口をした黒犬が、すさまじくうなりながら、砂を巻いて鞍壺くらつぼへ飛びあがった。とがったきばが、危うく次郎のひざへかかる。そのとたんに、太郎は、足をあげて、したたか栗毛くりげの腹をった。馬は、一声いななきながら、早くも尾を宙に振るう。――その尾の先をかすめながら、犬は、むなしく次郎の脛布はばきを食いちぎって、うずまく獣の波の中へ、まっさかさまに落ちて行った。

这时,突然一条满口鲜血的黑狗狂躁地卷土而来,大吼着扑向鞍座。尖利的牙齿险些咬到次郎的膝盖。在这紧要关头,太郎飞脚猛踢栗毛马的肚子。马儿一声嘶鸣,摇头甩尾地扬长而去,——结果马尾巴尖一掠而过,那条黑狗只咬到了次郎的绑腿布,便一个倒栽葱跌在黑压压的野狗群之中。

が、次郎は、それをうつくしい夢のように、うっとりした目でながめていた。彼の目には、天も見えなければ、地も見えない。ただ、彼をいだいている兄の顔が、――半面に月の光をあびて、じっと行く手を見つめている兄の顔が、やさしく、おごそかに映っている。彼は、限りない安息が、おもむろに心を満たして来るのを感じた。母のひざを離れてから、何年にも感じた事のない、静かな、しかも力強い安息である。――

次郎仿佛做着美梦一般,目瞪口呆地看着眼前发生的一切。在他的眼中,天地都不复存在,唯有怀抱自己的大哥的脸——那一半沐浴在月光之中、紧盯前方的大哥的脸——看上去又温柔又庄严。他感到无边无际的安祥正缓缓填满自己的心房。自从离开母亲膝下,他已经经年未曾感受过如此宁静且可靠的安祥。

「にいさん。」

“哥。”

馬上にある事も忘れたように、次郎はその時、しかと兄をいだくと、うれしそうに微笑しながら、頬を紺の水干の胸にあてて、はらはらと涙を落としたのである。

次郎甚至忘了两人此时正在马背上,他紧紧地抱住大哥,高兴的微笑着,将脸颊贴在大哥藏青色袍子的前胸,簌簌掉泪。

半時はんときののち、人通りのない朱雀の大路おおじを、二人は静かに馬を進めて行った。兄も黙っていれば、弟も口をきかない。しんとした夜は、ただ馬蹄ばていの響きにこだまをかえして、二人の上の空には涼しい天の川がかかっている。

不消一会儿工夫,俩人来到了空无一人的朱雀大街,静静地策马前行。大哥默不作声,弟弟也缄口不语。在这万籁俱寂的深夜,只有嗒嗒的马蹄声盘旋回响,悬在两人头上的是那清洌的天河。

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羅生門のは、まだ明けない。下から見ると、つめたく露を置いたいらかや、丹塗にぬりのはげた欄干に、傾きかかった月の光が、いざよいながら、残っている。が、その門の下は、斜めにつき出した高いのきに、月も風もさえぎられて、むし暑い暗がりが、絶えまなく藪蚊やぶかに刺されながら、えたようによどんでいる。藤判官とうほうがんの屋敷から、引き揚げてきた偸盗ちゅうとうの一群は、そのやみの中にかすかな松明たいまつの火をめぐりながら、三々五々、あるいは立ちあるいは伏し、あるいは丸柱の根がたにうずくまって、さっきから、それぞれけがの手当てにいそがわしい。

罗生门夜未央。从下面看,沾满冰冷夜露的屋瓦和红漆斑驳的栏杆上,还有倾斜而下的月光徘徊不定,欲去还留。不过门下高高的斜檐阻断了风月,闷热湿暗,呆在这里既要忍受数不胜数的斑脚蚊放肆叮咬,又要忍受酸涩凝滞的空气。从藤判官的宅子撤回的一群贼人,在这片黑暗中围绕在微弱的火把周围,三五成群,或站或卧或蹲坐在圆柱底下,从方才起,一直忙着处理各自的伤口。

中でも、いちばん重手おもでを負ったのは、猪熊の爺である。彼は、沙金の古いうちぎを敷いた上に、あおむけに横たわって、半ば目をつぶりながら、時々ものにおびえるように、しわがれた声で、うめいている。一時ひとときあいだ、ここにこうしているのか、それとも一年も前から同じように寝ているのか、彼の困憊こんぱいした心には、それさえ時々はわからない。目の前には、さまざまな幻が、瀕死ひんしの彼をあざけるように、ひっきりなく徂来そらいすると、その幻と、現在門の下で起こっている出来事とが、彼にとっては、いつか全く同一な世界になってしまう。彼は、時と所とを分かたない、昏迷こんめいの底に、その醜い一生を、正確に、しかも理性を超越したある順序で、まざまざと再び、生活した。

这一众人中,伤势最重的当属猪熊老头。他把沙金的旧衣服铺在地上,仰面躺下,双目微闭,时不时像受到惊吓一般发出嘶哑的呻吟。一时间,他疲惫不堪的心甚至有时分不清自己是不是一年以前就已经这样躺在这里了。眼前出现的种种幻觉像是要嘲弄濒死的他,络绎不绝地来来去去,那些幻象和罗生门下正发生的种种,对于他来说最后又归于同一个世界。他已分不清时间地点,在深度的昏迷中,他以准确且超越理性的顺序再一次鲜明地回顾了自己丑陋的一生。

「やい、おばば、おばばはどうした。おばば。」

“喂。老太婆,老太婆怎么样了。老太婆。”

彼は、暗から生まれて、暗へ消えてゆく恐ろしい幻に脅かされて、身をもだえながら、こううなった。すると、かたわらから額の傷を汗衫かざみそでで包んだ、交野かたのの平六が顔を出して、

他被生于黑暗又消于黑暗的恐怖幻象吓得够呛,扭身挣扎着,并这样呻吟着。交野平六正在一旁用汗衫袖子包扎额头伤口,闻言探过脸来:

「おばばか。おばばはもう十万億土へ行ってしもうた。おおかたはちすの上でな、おぬしの来るのを、待ち焦がれている事じゃろう。」

“老太婆呀。老太婆早就上西天了。现在八成坐着莲花台等你等得着急呢。”

言いすてて、自分の冗談を、自分でからからと笑いながら、向こうのすみに、真木島まきのしまの十郎のもものけがの手当をしている、沙金のほうをふり返って、声をかけた。

说完他又被自己逗得哈哈大笑,边笑边转头看着对面角落里为真木岛十郎包扎腿伤的沙金,扬声问道:

「おかしら、おじじはちとむずかしいようじゃ。苦しめるだけ、殺生せっしょうじゃて。わしがとどめを刺してやろうかと思うがな。」

“头儿,老头子看样是抗不过去了。看他这么痛苦怪让人觉得不忍心的。不如我给他个痛快?”

沙金は、あでやかな声で、笑った。

沙金娇笑连连。

「冗談じゃないよ。どうせ死ぬものなら、自然に死なしておやりな。」

“别开玩笑了。反正他横竖都是一死,就任他自生自灭吧。”

「なるほどな、それもそうじゃ。」

“也对啊,那就这么办。”

猪熊の爺は、この問答を聞くと、ある予期と恐怖とに襲われて、からだじゅうが一時に凍るような心もちがした。そうして、また大きな声でうなった。平六と同じような理由で、敵には臆病な彼も、今までに何度、致死期ちしごの仲間の者をそのほこの先で、とどめを刺したかわからない。それも多くは、人を殺すという、ただそれだけの興味から、あるいは自分の勇気を人にも自分にも示そうとする、ただそれだけの目的から、進んでこの無残なしわざをあえてした。それが今は――

猪熊老头听到这段对答,某种预期和恐惧同时向他袭来,一时之间感到周身像是被冻僵了似的,随后又大声地呻吟起来。别看他在敌人面前胆小如鼠,但到目前为止,他用跟平六一样的理由,不知用矛尖结果了多少濒死的同伴。而且其中大多数时候只是以杀人为乐,或是仅仅为了向他人彰显自己的勇气,手段何其残忍。而事到如今——

と、たれか、彼の苦しみも知らないように、の陰で一人、鼻歌をうたう者がある。

有人似是对他的痛苦无知无觉,在灯影下哼起了歌:

いたち笛ふき
猿かなず
いなごまろは拍子うつ
きりぎりす

黄鼠狼吹笛
猴子和着曲
蝗虫打拍子
蟋蟀鸣嘤嘤

ぴしゃりと、蚊をたたく音が、それに次いで聞こえる。中には「ほう、やれ」と拍子をとったものもあった。二三人が、肩をゆすったけはいで、息のつまったような笑い声を立てる。――猪熊の爺は、総身そうみをわなわなふるわせながら、まだ生きているという事実を確かめたいために、重いまぶたを開いて、じっとともし火の光を見た。ともしは、その炎のまわりに無数の輪をかけながら、執拗しゅうねい夜に攻められて、心細い光を放っている。と、小さな黄金虫こがねむしが一匹ぶうんと音を立てて、飛んで来て、その光の輪にはいったかと思うとたちまち羽根を焼かれて、下へ落ちた。青臭いにおいが、ひとしきり鼻を打つ。

接着响起“啪”的一声打蚊子的声音。中间还有人“吼,嘿”地打着拍子。有两三个人抖动肩头,屏息低笑着。猪熊老头浑身打颤,但似乎又要证明自己确实还活着,奋力撑开沉重的眼皮,双眼直直地盯视着火光。灯火旁晕出无数光圈,在执拗的黑夜锲而不舍的进攻下,小心翼翼地发着光。一只小小的金龟子嗡嗡地飞来,刚一进到光圈里,翅膀就被瞬间烧掉跌落下来。一股烧焦的味道直冲鼻翼。

あの虫のように、自分もほどなく死ななければならない。死ねば、どうせうじはえとに、血も肉も食いつくされるからだである。ああこの自分が死ぬ。それを、仲間のものは、歌をうたったり笑ったりしながら、何事もないように騒いでいる。そう思うと、猪熊の爺は、名状しがたい怒りと苦痛とに、骨髄をかまれるような心もちがした。そうして、それとともに、なんだか轆轤ろくろのようにとめどなく回っている物が、火花を飛ばしながら目の前へおりて来るような心もちがした。

就像那虫子一样,用不了多久自己也要一命归西了吧。一旦死去,我这一身血肉免不得喂了蛆虫苍蝇。这样一个我就要死去了。可是我的这些同伙就像什么都没发生一样欢声笑语,好不热闹。想到这,猪熊老头感到一股未可名状的愤怒与苦痛啃噬着他的骨髓。同时又感到有一个辘轳状旋转不止的东西正带着四溅的火花来到他的面前。

「畜生。人でなし。太郎。やい。極道ごくどう。」

“畜生。不是人。太郎。喂,你个败类。”

まわらない舌の先から、おのずからこういうことばが、とぎれとぎれに落ちて来る。――真木島まきのしまの十郎は、ももの傷が痛まないように、そっとねがえりをうちながら、のどのかわいたような声で、沙金にささやいた。

这些话自然而然地从他那已不灵活的舌尖断断续续迸出。真木岛十郎避开腿伤,轻轻地翻过身来,喉咙嘶哑地跟沙金低声耳语:

「太郎さんは、よくよく憎まれたものさな。」

“他真是对太郎恨之入骨呢。”

沙金は、眉をひそめながら、ちょいと猪熊の爺のほうを見て、うなずいた。すると鼻歌をうたったのと同じ声で、

沙金秀眉微蹙,朝猪熊老头那边望了一眼,点了点头。接着哼歌的那个声音问道:

「太郎さんはどうした。」とたずねたものがある。

“太郎怎么样了?”

「まず助かるまいな。」

“估计没能得救吧。”

「死んだのを見たと言うたのは、たれじゃ。」

“是谁说亲眼看见他死了的?”

「わしは、五六人を相手に切り合うているのを見た。」

“我说的,我亲眼看见他跟五六个人对战呢。”

「やれやれ、頓生菩提とんしょうぼだい、頓生菩提。」

“啊呀啊呀,佛祖保佑,佛祖保佑。”

「次郎さんも、見えないぞ。」

“次郎也不见了啊。”

「これも事によると、同じくじゃ。」

“说不定也是一个下场。”

太郎も死んだ。おばばも、もう生きてはいない。自分も、すぐに死ぬであろう。死ぬ。死ぬとは、なんだ。なんにしても、自分は死にたくない。が、死ぬ。虫のように、なんの造作ぞうさもなく死んでしまう。

太郎已经死了,老太婆也撒手人寰,我也很快就要随他们而去了吧。死……死到底是个什么东西?无论如何,我都不想死,可是,却终将死去。就像刚才那虫子一样,死得悄无声息。

――こんな取りとめのない考えが、暗の中に鳴いている藪蚊やぶかのように、四方八方から、意地悪く心を刺して来る。猪熊の爺は、形のない、気味の悪い「死」が、しんぼうづよく、丹塗にぬりの柱の向こうに、じっと自分の息をうかがっているのを感じた。残酷に、しかもまた落ち着いて、自分の苦痛をながめているのを感じた。そうして、それが少しずつ居ざりながら、消えてゆく月の光のように、次第にまくらもとへすりよって来るのを感じた。なんにしても、自分は死にたくない。――

这些漫无边际的想法如同黑暗中嗡嗡作响的斑脚蚊一样,从四面八方袭来,坏心眼地刺痛着他的心。猪熊老头感到那无形又恐怖的“死”正耐心地从红漆柱子后面窥探着自己的一举一动。残忍而又沉着地遥望着自己的痛苦。接着,他感到那“死”就像渐渐消逝的月光一样,缓步向他爬来,直至枕边。无论如何,我都不想死啊。

夜はたれとかいね
常陸ひたちすけいね
いねたるはだもよし
男山の峰のもみじ葉
さぞ名はたつや

漫漫长夜,与谁同枕眠
同枕眠者,常陆介
肌肤相亲,周身愉悦
男山峰上,红叶美如画
美名定将天下传

また、鼻歌の声が、油しめの音のような呻吟しんぎんの声と一つになった。とたれか、猪熊の爺の枕もとで、つばをはきながら、こう言ったものがある。

又有人哼起了歌,歌声和榨油棍般的呻吟声交织在一起。这时有人在猪熊老头的枕畔啐了一口,说道:

阿濃あこぎのあほうが見えぬの。」

“怎么没见阿浓这个蠢货?”

「なるほど、そうじゃ。」

“还真是的,没见到呢。”

「おおかた、この上に寝ておろう。」

“八成是在上面睡着了。”

「や、上で猫が鳴くぞ。」

“呀,上面有猫在叫呢。”

みな、一時にひっそりとなった。その中を、絶え絶えにつづく猪熊の爺のうなり声と一つになって、かすかに猫の声が聞こえて来る。と流れ風が、始めてなま暖かく、柱の間を吹いて、うす甘い凌霄花のうぜんかずらのにおいが、どこからかそっと一同の鼻を襲った。

大家一时间都鸦雀无声。只听见猪熊老头断断续续的呻吟声和微弱的猫叫声。微暖的风在柱子间徘徊流转,不知从哪飘来了凌霄花微甜的香气,静静侵袭着大家的鼻翼。

「猫も化けるそうな。」

“这猫是成了精了吧。”

阿濃あこぎの相手には、猫の化けた、老いぼれが相当じゃよ。」

“阿浓的男人想必就是猫妖变的老头吧。”

すると、沙金が、きぬずれの音をさせて、たしなめるように、こう言った。

这时沙金的衣襟悉悉索索作响,轻叱道:

「猫じゃないよ。ちょっとたれか行って、見て来ておくれ。」

“哪是什么猫啊。你们谁上去看看。”

声に応じて、交野かたのの平六が、太刀の鞘を、柱にぶっつけながら、立ち上がった。楼上に通う梯子はしごは、二十いくつの段をきざんで、その柱の向こうにかかっている。――一同は、理由のない不安に襲われて、しばらくはたれも口をとざしてしまった。その間をただ、凌霄花のにおいのする風が、またしてもかすかに、通りぬけると、たちまち楼上で平六の、何か、わめく声がした。そうして、ほどなく急いで梯子をおりて来る足音が、あわただしく、重苦しい暗をかき乱した。――ただ事ではない。

交野的平六应声而起,刀鞘正碰在柱子上。通往楼上的梯子有二十几节,平六走到柱子对面拾阶而上。在场的人都被一阵莫名的不安所笼罩,一时间竟没有一个人开口说话。此间,只有带着凌霄花香的晚风再次轻轻地拂过。忽然,楼上的平六大喊一声。接着,便听到了他慌忙下楼的脚步声,慌张地扰乱了这沉闷的黑暗——看来事情不简单。

「どうじゃ。阿濃あこぎめが、子を産みおったわ。」

“你们猜怎么着?阿浓把孩子生下来了。”

平六は、梯子はしごをおりると、古被衣ふるかずきにくるんだ、丸々としたものを、勢いよくともし火の下へ出して見せた。女のにおいのする、うすよごれた布の中には、生まれたばかりの赤ん坊が、人間というよりは、むしろ皮をむいたかえるのように、大きな頭を重そうに動かしながら、醜い顔をしかめて、泣き立てている。うすい産毛うぶげといい、細い手の指と言い、何一つ、嫌悪と好奇心とを、同時にそそらないものはない。――平六は、左右を見まわしながら、抱いている赤子を、ふり動かして、得意らしく、しゃべり立てた。

平六从梯子一下来,就快步来到火把下,将一个破斗蓬包着的圆鼓鼓的东西给大家看。这块又臭又脏的破布中裹着一个刚刚出生的婴儿。这婴儿与其说是个人,倒不如说像只剥了皮的青蛙,沉重的大脑袋东摇西晃,丑陋的小脸皱成一团,正大声啼哭。无论是稀疏的胎毛还是细弱的手指,无不唤起众人的嫌恶,同时又勾起大家的好奇。平六环顾左右,晃动着怀里的婴孩,得意地开口说道:

「上へ上がって見ると、阿濃め、窓の下へつっ伏したなり、死んだようになって、うなっていると、阿呆とはいえ、女の部じゃ。しゃくかと思うて、そばへ行くと、いや驚くまい事か。さかなのはらわたをぶちまけたようなものが、うす暗い中で、泣いているわ。手をやると、それがぴくりと動いた。毛のないところを見れば、猫でもあるまい。じゃてひっつかんで、月明かりにかざして見ると、このとおり生まれたばかりの赤子じゃ。見い。蚊に食われたと見えて、胸も腹も赤まだらになっているわ。阿濃も、これからはおふくろじゃよ。」

“我上去一看,就看见阿浓趴在窗下,像死去一般正不停呻吟,虽说她是个傻瓜,可毕竟还是个女人。我以为她身上哪里疼,便走到了她的身边,这一看可把我吓了一跳。只见一团鱼肠一样的东西被翻了出来,在黑暗中嗷嗷啼哭。我用手摸了摸,那东西竟然动了起来。我见他身上没毛,并不是猫。然后我猛地抓住他,借着月光一瞧,原来是一个刚刚出生的婴孩啊。你们看。他好像被蚊子咬了,前胸和肚子都红斑。阿浓从今以后就是妈妈了。”

松明たいまつの火を前に立った、平六のまわりを囲んで、十五六人の盗人は、立つものは立ち、伏すものは伏して、いずれも皆、首をのばしながら、別人のように、やさしい微笑を含んで、この命が宿ったばかりの、赤い、醜い肉塊を見守った。赤ん坊は、しばらくも、じっとしていない。手を動かす。足を動かす。しまいには、頭を後ろへそらせて、ひとしきりまた、けたたましく泣き立てた。と、齒のない口の中が見える。

平六站在火把前,有十五六个盗贼将他围在中间,或站或卧,每个人都像变了个人似的伸长脖子,脸上都挂着一丝温柔的微笑,守望着这个刚刚被赋予生命的丑陋的红色肉团。这婴儿一刻也不安宁,又是伸手,又是踢腿。最后把头往后一仰,又响亮地啼哭起来。每个人都能看见他那没有牙齿的小嘴。

「やあ舌がある。」

“呀!我看见舌头了!”

前に鼻歌をうたった男が、頓狂な声で、こう言った。それにつれて、一同が、傷も忘れたように、どっと笑う。――その笑い声のあとを追いかけるように、この時、突然、猪熊のおじが、どこにそれだけの力が残っていたかと思うような声で、険しく一同の後ろから、声をかけた。

之前哼歌的男人突然惊叫道。接着,在场的所有人似乎都忘掉了伤痛,哄堂大笑起来——像是要追逐这阵笑声一样,这时猪熊老头不知哪里来的力气,从大家身后大喊出声:

「その子を見せてくれ。よ。その子を。見せないか。やい、極道ごくどう。」

“让我看看那孩子。哟!让我看看!你不给我看看吗?喂,你这混蛋!”

平六は、足で彼の頭をこづいた。そうして、おどかすような調子で、こう言った。

平六用脚轻轻踢了踢他的脑袋。吓唬他说道:

「見たければ、見るさ。極道とは、おぬしの事じゃ。」

“你想看就看喽。混蛋?你才是个混蛋吧。”

猪熊の爺は、濁った目を大きく見開いて、平六が身をかがめながら、無造作につきつけた赤ん坊を、食いつきそうな様子をして、じっと見た。見ているうちに、顔の色が、次第にろうのごとく青ざめて、しわだらけのまなじりに、涙が玉になりながら、たまって来る。と思うと、ふるえるくちびるのほとりには、不思議な微笑の波が漂って、今までにない無邪気な表情が、いつか顔じゅうの筋肉を柔らげた。しかも、饒舌じょうぜつな彼が、そうなったまま、口をきかない。一同は、「死」がついに、この老人を捕えたのを知った。しかし彼の微笑の意味はたれも知っているものがない。

平六猫下腰来将婴孩抱到他面前,猪熊老头将他那浑浊的双眼睁得老大,像是要把孩子吃掉一样紧盯着不放。看着看着,他的脸色渐渐变得像蜡一样苍白,满是皱纹的眼角蓄满了泪珠,颤抖的嘴唇边荡起了一丝不可思议的微笑,从未出现过的纯真表情使他脸上的肌肉都松弛了下来。而且,原本多嘴多舌的他,此刻却沉默不语了。于是大家知道,“死”终于将这个老人捏在手里了。可是,他脸上的微笑究竟是何含义,谁都无从知晓。

猪熊の爺は、寝たまま、おもむろに手をのべて、そっと赤ん坊の指に触れた。と、赤ん坊は、針にでも刺されたように、たちまちいたいたしい泣き声を上げる。平六は、彼をしかろうとして、そうしてまた、やめた。老人の顔が――血のけを失った、この酒肥さかぶとりの老人の顔が、その時ばかりは、平生とちがった、犯しがたいいかめしさに、かがやいているような気がしたからである。その前には、沙金でさえ、あたかも何物かを待ち受けるように、息を凝らしながら、養父の顔を、――そうしてまた情人おとこの顔を、目もはなさず見つめている。が、彼はまだ、口を開かない。ただ、彼の顔には、秘密な喜びが、おりから吹きだした明け近い風のように、静かに、ここちよく、あふれて来る。彼は、この時、暗い夜の向こうに、――人間の目のとどかない、遠くの空に、さびしく、冷ややかに明けてゆく、不滅な、黎明れいめいを見たのである。

猪熊老头躺在那里,缓缓伸出手去,轻轻碰了碰婴孩的手指。那婴孩像被针扎似的,可怜兮兮地大哭起来。平六本想呵斥他几句,可还是作罢了。因为在老人的脸上——在老人那肥头肥脑却血色尽失的脸上,此刻闪耀着一副和平素全然不同、不可侵犯的庄严神情。在他身前,沙金也像是在等待他交代什么似的,屏息凝神地盯着养父的脸——那也是她情人的脸。但他还是没有开口。只是,在他的脸上有一抹神秘的喜悦,就像黎明将近时适时吹来的一阵清风,静谧而愉悦地荡漾出来。他此时正穿过黑夜的另一边,那目不可及的远空,他看到了清冷而孤寂地慢慢变亮,且永远不消不灭的黎明。

「この子は――この子は、わしの子じゃ。」

“这孩子——这孩子,是老子的种啊。”

彼は、はっきりこう言って、それから、もう一度赤ん坊の指にふれると、その手が力なく、落ちそうになる。――それを、沙金が、かたわらからそっとささえた。十余人の盗人たちは、このことばを聞かないように、いずれもをのんで、身動きもしない。と、沙金が顔を上げて、赤子を抱いたまま、立っている交野かたのの平六の顔を見て、うなずいた。

他的话字字清晰,然后又一次摸了摸婴孩的手指,那只手疲软无力,似乎随时都会落下。沙金在一旁轻轻托住他的手。那十几个盗贼像是没听到那句话一样,每个人都咽了咽唾沫,纹丝未动。交野平六正抱着孩子站在一边,沙金抬起头望向平六的脸,点了点头。

たんがつまる音じゃ。」

“痰堵在嗓子眼了吧。”

平六は、たれに言うともなく、つぶやいた。――猪熊の爺は、暗におびえて泣く赤子の声の中に、かすかな苦悶をつづけながら、消えかかる松明たいまつの火のように、静かに息をひきとったのである。……

平六嘟嘟囔囔地没有特别向着谁说。猪熊老头在婴孩怕黑的啼哭声中,延续着些微的苦闷,如同渐渐燃尽的火把那样,静静地停止了呼吸。……

おじも、とうとう死んだの。」

“老头子终于还是死了。”

「さればさ。阿濃あこぎを手ごめにしたぬしも、これで知れたと言うものじゃ。」

“好歹知道是谁强暴了阿浓。”

「死骸は、あの藪中やぶなかへ埋めずばなるまい。」

“尸体就埋在那边的竹林里吧。”

からすの餌食にするのも、気の毒じゃな。」

“要是被乌鸦吃了,还真是有点于心不忍。”

盗人たちは、口々にこんな事を、うす寒そうに、話し合った。と、遠くで、かすかに、鶏の声がする。いつか夜の明けるのも、近づいたらしい。

盗贼们你一言我一语,冷淡地合计着。这时,轻微的鸡叫声从远处传来。不知不觉中,天已经渐渐亮了。

「阿濃は?」と沙金が言った。

“阿浓呢?”沙金问道。

「わしが、あり合わせのきぬをかけて、寝かせて来た。あのからだじゃて、大事はあるまい。」

“我把身边的衣服都盖在了她的身上,让她睡上一觉。她那个身体,不会有事。”

平六の答えも、日ごろに似ずものやさしい。

平六的回答中也带着一丝不同往日的温柔。

そのうちに、盗人が二人三人、猪熊の爺の死骸を、門の外へ運び出した。外も、まだ暗い。有明ありあけの月のうすい光に、蕭条しょうじょうとしたやぶが、かすかにこずえをそよめかせて、凌霄花のうぜんかずらのにおいが、いよいよ濃く、甘く漂っている。時々かすかな音のするのは、竹の葉をすべる露であろう。

两三个盗贼将猪熊老头的尸体抬出门外。罗生门外仍是幽暗一片。拂晓的月光轻薄幽然,萧瑟的竹林里,竹梢沙沙作响,凌霄花香浮动,愈发浓郁香甜。时不时传来细微的声响,想必是滑落竹叶的露珠吧。

生死事大しょうじじだい。」

“生死有命。”

「無常迅速。」

“世间无常啊。”

「生き顔より、死に顔のほうがよいようじゃな。」

“这张脸,死了之后看起来比活着的时候顺眼多了。”

「どうやら、前よりも真人間らしい顔になった。」

“现在总算像个人样了。”

猪熊の爺の死骸は、斑々はんぱんたる血痕けっこんに染まりながら、こういうことばのうちに、竹と凌霄花との茂みを、次第に奥深くかれて24行った。

猪熊老头的尸体血迹斑斑,在这样的议论声中,慢慢被抬进了竹林和凌霄花的深处。

#

翌日、猪熊のある家で、むごたらしく殺された女の死骸が発見された。年の若い、ふとった、うつくしい女で、傷の様子では、よほどはげしく抵抗したものらしい。証拠ともなるべきものは、その死骸が口にくわえていた、朽ち葉色の水干のそでばかりである。

第二天,在猪熊家中发现了一具被残忍杀害的女尸。这个女人年轻、丰满而又漂亮,从受伤的情况来看,她似乎曾进行过激烈的抵抗。留下的证据只有尸体口中衔着的赤黄色衣袖。

また、不思議な事には、その家の婢女みずしをしていた阿濃という女は、同じ所にいながら、薄手一つ負わなかった。この女が、検非違使庁けびいしちょうで、調べられたところによると、だいたいこんな事があったらしい。だいたいと言うのは、阿濃が天性白痴に近いところから、それ以上要領をる事が、むずかしかったからである。――

另外,还有一件事让人百思不得其解,这一家的婢女阿浓也在同一地点,可是却毫发无损。这名女子在检非违使厅接受调查时,大致交代了事情的来龙去脉。说“大致交代”是因为阿浓天生跟白痴没什么两样,想要让她说得更详尽确是有些难为她了。

その夜、阿濃は、夜ふけて、ふと目をさますと、太郎次郎という兄弟のものと、沙金とが、何か声高こわだかに争っている。どうしたのかと思っているうちに、次郎が、いきなり太刀をぬいて、沙金を切った。沙金は助けを呼びながら、逃げようとすると、今度は太郎が、やいばを加えたらしい。それからしばらくは、ただ、二人のののしる声と、沙金の苦しむ声とがつづいたが、やがて女の息がとまると、兄弟は、急にいだきあって、長い間黙って、泣いていた。阿濃は、これをのすきまから、のぞいていたが、主人を救わなかったのは、全く抱いて寝ている子供に、けがをさすまいと思ったからである。――

那天夜里,阿浓在深夜猛地惊醒,只听得太郎次郎两兄弟正在跟沙金高声争吵着什么。还没弄明白怎么回事,次郎便突然拔刀砍向沙金。沙金边逃边喊救命,可是还没来得及逃跑,太郎又补了一刀。一时之间只听见两兄弟的谩骂和沙金痛苦的呻吟。不久,女人没了声息,兄弟二人猛地抱在一起,缄默地啜泣良久。阿浓从拉门的缝隙目睹了这一切,可是怕伤到在她怀里睡觉的宝宝,所以她并没有出去救她的主人。

「その上、その次郎さんと申しますのが、この子の親なのでございます。」

“还有啊,那个叫次郎的,就是这个孩子的爸爸。”

阿濃は、急に顔を赤らめて、こう言った。

阿浓突然脸涨得通红,如是说道。

「それから、太郎さんと次郎さんとは、わたしの所へ来て、たっしゃでいろよと申しました。この子を見せましたら、次郎さんは、笑いながら、頭をなでてくれましたが、それでもまだ目には涙がいっぱいたまっておりましたっけ。わたしはもっとそうしていたかったのでござりますが、二人とも、たいへんに急いで、すぐに外へ出ますと、おおかた枇杷びわの木にでもつないでおいたのでございましょう、馬へとびのって、どこかへ行ってしまいました。馬は二匹ではございません。わたしが、この子を抱いて、窓から見ておりますと、一匹に二人で乗って行くのが、月がございましたから、よく見えました。そのあとで、わたしは、主人の死骸はそのままにして、そっとまた床へはいりました。主人がよく人を殺すのを見ましたから、その死骸もわたしには、こわくもなんともなかったのでございます。」

“杀了沙金之后,太郎和次郎来到我的房间,让我多多保重。当我让他们看看孩子的时候,次郎笑着抚摸孩子的头,双眼满含泪水。我多么希望这样的时间能多停一会儿,不过他们俩都非常匆忙,很快就出门去了。马大概是拴在了枇杷树上,两人出门后骑上了马,不知跑去哪了。他们并不是骑了两匹马。我抱着孩子,从窗户往外看,他们两个人合乘着一匹马,因为有月亮,所以看得很清楚。他们走了以后,我也没动主人的尸体,又悄悄地爬上了床。因为经常能看见主人杀人,所以她的尸体对我来说也没什么可怕的。”

検非違使けびいしには、やっとこれだけの事がわかった。そうして、阿濃は、罪の無いのが明らかになったので、さっそく自由の身にされた。

这样检非违使总算把事情的原委弄清楚了,并且查明阿浓确实是无辜的,很快还了她自由之身。

それから、十年余りのち、尼になって、子供を養育していた阿濃は、丹後守何某たんごのかみなにがしの随身に、驍勇きょうゆうの名の高い男の通るのを見て、あれが太郎だと人に教えた事がある。なるほどその男も、うす痘瘡いもで、しかも片目つぶれていた。

十几年过去了,阿浓已削发为尼,并将孩子养育成人。有一次,她看到丹后国某位长官贴身侍卫从路上经过,这男人以骁勇善战著称,她告诉别人那就是太郎。那个男人脸上确实长着淡淡的雀斑,而且也是一只独眼。

「次郎さんなら、わたしすぐにも駆けて行って、会うのだけれど、あの人はこわいから……」

“如果是次郎的话,我肯定会跑去见他,可是那个人有点可怕……”

阿濃は、娘のようなしなをして、こう言った。が、それがほんとうに太郎かどうか、それはたれにも、わからない。ただ、その男にも弟があって、やはり同じ主人に仕えるという事だけ、そののちかすかに風聞された。

阿浓像个小姑娘一般娇羞地说道。至于那人是不是太郎,谁也无从知晓。不过后来又传出些风言风语,说那个男人也有个弟弟,为同一个主人效力。

(大正六年四月二十日)

Footnotes#

  1. 平骨:[名]扇で、折り畳んだとき、親骨の幅が地紙の幅と同じもの

  2. めげる:[動ガ下一]気力が失われる。負ける

  3. わだち:写作轍

  4. あばた:[名]痘瘡が治ったあとの皮膚に残る小さなくぼみ

  5. 亥の上刻:亥时是 21 点至 23 点,三等分后首段时段即为上刻

  6. 台盤所:[名]貴族の家では、食物を調理する台所

  7. むしろ:[名]藺・竹・藁・蒲などで編んで作った敷物の総称

  8. 高坏:[名]高杯とも書く。高い台のついた坏形の食器

  9. :[名]木の枝や幹からまっすぐ伸び出た、若く細い小枝

  10. 女車:[名]宮中の女房などが乗る牛車ぎっしゃ

  11. 裾濃:[名]同系色で、上方を淡くし、下方をしだいに濃くする染め方や織り方

  12. 雑色:[名]平安時代以後、公家・武家の家の従者

  13. 放免:[名]釈放された囚人で、犯罪人の捜索・逮捕・囚禁または流人の護送などにあたったもの

  14. 捥ぎ離す:[動サ五(四)]ねじってひきはなす

  15. 転つ転びつ: 倒れたりころがったり

  16. 痩世帯:[名]貧しい暮らし

  17. 胡簶:[名]矢を入れ、右腰につけて携帯する道具

  18. 箆深:[形動ナリ]矢が深く突き刺さるさま

  19. 怯む:[動マ五(四)]おじけづいてしりごみする

  20. 鷹護田鳥尾:[名]矢羽の名。護田鳥尾の薄黒い斑の部分が羽の上の方まであるもの

  21. 擬する:[動サ変]刀などを突きつける

  22. :[名]紋章の一種。水の渦巻とも,雲文,雷文の変化したものともいう

  23. 肉薄:[名]身を危険にさらして前進すること

  24. 舁く:[動カ五(四)](二人以上で)物を肩にのせて運ぶ

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永雏多氢菲
∴さて····どこへ行こうか?
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