芥川龍之介: 父
first published:『新思潮』1916年3月号
audio: www.youtube.com/watch?v=PIpC_d86LzM
desc: 中学生们齐聚车站,准备踏上修学旅行之旅。此间发生的一桩往事,并未以当事父子二人的视角叙写,而是借孩子友人的视角娓娓道来。正因没有直白描摹父子二人的内心思绪,反倒能让读者细细揣摩、体悟其中情思。故事结尾处,那份身处现场的父亲心中所想,亦是如此……
自分が中学の四年生だった時の話である。
那是我中学四年级时的事儿了。
その年の秋、日光から足尾へかけて、三泊の修学旅行があった。「午前六時三十分上野停車場前集合、同五十分発車……」こう云う箇条が、学校から渡す謄写版の刷物に書いてある。
那年秋天,学校组织了一次从日光到足尾为期四天三夜的修学旅行。学校发给我们的誊写版印刷材料上写着:“早上六点半在上野停车场前集合,六点五十出发……”
当日になると自分は、碌に朝飯も食わずに家をとび出した。電車でゆけば停車場まで二十分とはかからない。――そう思いながらも、何となく心がせく。停車場の赤い柱の前に立って、電車を待っているうちも、気が気でない。
活动当日,我连早餐都没吃便匆匆出门。即便知道乘坐电车只需不到二十分钟就能到停车场,还是难免心急火燎。站在车站的红柱子前等待电车之际,依旧心神不宁。
生憎、空は曇っている。方々の工場で鳴らす汽笛の音が、鼠色の水蒸気をふるわせたら、それが皆霧雨になって、降って来はしないかとも思われる。その退屈な空の下で、高架鉄道を汽車が通る。被服廠1へ通う荷馬車が通る。店の戸が一つずつ開く。自分のいる停車場にも、もう二三人、人が立った。それが皆、眠の足りなそうな顔を、陰気らしく片づけている。寒い。――そこへ割引の電車が来た。
不巧,天空阴云密布。空气中蒸腾的深灰色水雾,被四周工厂里传来的汽笛声惊动,使人不禁猜想,它们是否会变成蒙蒙烟雨飘落下来。沉闷的天空下,火车从高架铁路上经过,运货马车朝着被服厂驶去,街边的商铺接连开门,我所在之处也已站着两三人。众人的脸上透出困倦不已的神情,正愁眉苦脸地醒着神。寒风刺骨。正在这时,电车来了。
こみ合っている中を、やっと吊皮にぶらさがると、誰か後から、自分の肩をたたく者がある。自分は慌ててふり向いた。「お早う。」
穿过骈肩累迹的人群,我终于攥住了拉手,肩膀却不知被谁从背后拍了一拍。匆忙转身,只听一声“早啊”。
見ると、能勢五十雄であった。やはり、自分のように、紺のヘルの制服を着て、外套を巻いて左の肩からかけて、麻のゲエトル2をはいて、腰に弁当の包やら水筒やらをぶらさげている。
定睛一看,原来是能势五十雄。他同我一样,身着藏青制服,大衣卷起挂于左肩,麻布绑腿,腰间挂着便当包和水壶之类。
能勢は、自分と同じ小学校を出て、同じ中学校へはいった男である。これと云って、得意な学科もなかったが、その代りに、これと云って、不得意なものもない。その癖、ちょいとした事には、器用な性質で、流行唄と云うようなものは、一度聞くと、すぐに節を覚えてしまう。そうして、修学旅行で宿屋へでも泊る晩なぞには、それを得意になって披露する。詩吟、薩摩琵琶3、落語、講談、声色、手品、何でも出来た。その上また、身ぶりとか、顔つきとかで、人を笑わせるのに独特な妙を得ている。従って級の気うけも、教員間の評判も悪くはない。もっとも自分とは、互に往来はしていながら、さして親しいと云う間柄でもなかった。
能势是我的小学同学,我们又上了同一所初中。他虽无擅长的学科,但也并没有感到特别棘手的科目。不过他在某些小事上天赋异禀,比如流行歌曲,只要听一遍便能记住曲调。所以,修学旅行的晚上,他大概会在旅店小露一手。吟诗、萨摩琵琶、落语、讲谈、模仿、魔术,什么都会。此外,他有着独特的肢体语言和面部表情,举手投足之间使人忍俊不禁。因此,他在班里的人缘很好,老师们对他的评价也都不错。不过,我与他虽有往来,却不甚亲密。
「早いね、君も。」
“你来得好早啊。”
「僕はいつも早いさ。」能勢はこう云いながら、ちょいと小鼻をうごめかした。
“我一向起得早。”能势说着,鼻翼翕动。
「でもこの間は遅刻したぜ。」
“可之前你还迟到了。”
「この間?」
“之前?”
「国語の時間にさ。」
“上国语课的时候。”
「ああ、馬場に叱られた時か。あいつは弘法にも筆のあやまりさ。」能勢は、教員の名前をよびすてにする癖があった。
“啊,你是说被马场骂的那次吧。那是智者千虑,必有一失。”能势对老师向来都是直呼其名。
「あの先生には、僕も叱られた。」
“我也被那个老师骂过。”
「遅刻で?」
“因为迟到?”
「いいえ、本を忘れて。」
“不是,书忘带了。”
「仁丹は、いやにやかましいからな。」「仁丹」と云うのは、能勢が馬場教諭につけた渾名である。――こんな話をしている中に、停車場前へ来た。
“仁丹也太严了!”“仁丹”是能势给马场老师起的绰号。聊着聊着,电车便到站了。
乗った時と同じように、こみあっている中をやっと電車から下りて停車場へはいると、時刻が早いので、まだ級の連中は二三人しか集っていない。互に「お早う」の挨拶を交換する。先を争って、待合室の木のベンチに、腰をかける。それから、いつものように、勢よく饒舌り出した。皆「僕」と云う代りに、「己」と云うのを得意にする年輩である。その自ら「己」と称する連中の口から、旅行の予想、生徒同志の品隲、教員の悪評などが盛んに出た。
和上车时一样,我们好不容易才从拥挤不堪的人群中挤下了电车,走进停车场。因为时间还早,只到了两三个同学。相互道过早安后,大家便争先恐后地在候车室的木凳上坐下,然后像往常一样滔滔不绝。相较于“我”,这些年纪相仿的学生却更喜欢说“老子”。自称“老子”的他们口如悬河地说着诸如对此次旅行的期望、对同学们的品头论足、对教师们的坏话等:
「泉はちゃくいぜ、あいつは教員用のチョイスを持っているもんだから、一度も下読みなんぞした事はないんだとさ。」
“泉可真贼啊,那小子有教师专用的便利特权,所以从不需要预习。”
「平野はもっとちゃくいぜ。あいつは試験の時と云うと、歴史の年代をみな爪へ書いて行くんだって。」
“平野更贼!听说那小子考试的时候,把历史的年代都写在指甲上作弊呢。”
「そう云えば先生だってちゃくいからな。」
“说起来,是因为就连老师都很贼吧。”
「ちゃくいとも。本間なんぞは receive のiとeと、どっちが先へ来るんだか、それさえ碌に知らない癖に、教師用でいい加減にごま化しごま化し、教えているじゃあないか。」
“都贼得很。本间那家伙就连 receive 的 i 和 e 哪个在前哪个在后都不知道呢,不还是在用教师用书敷衍了事地教书吗?”
どこまでも、ちゃくいで持ちきるばかりで一つも、碌な噂は出ない。すると、その中に能勢が、自分の隣のベンチに腰をかけて、新聞を読んでいた、職人らしい男の靴を、パッキンレイだと批評した。これは当時、マッキンレイと云う新形の靴が流行ったのに、この男の靴は、一体に光沢を失って、その上先の方がぱっくり口を開あいていたからである。
说来说去,不管对谁都说他贼,总之就没一句好话。然后,能势开始对他邻座那个正在看报纸、工匠模样的男人评头论足起来,说他的鞋子是破金莱。因为当时正流行一种名叫麦金莱的新款皮鞋,可这个人的皮鞋不仅暗哑无光,鞋尖还开了个大口。
「パッキンレイはよかった。」こう云って、皆一時に、失笑した。
“破金莱太对了!”说罢,众人一时捧腹大笑。
それから、自分たちは、いい気になって、この待合室に出入するいろいろな人間を物色しはじめた。そうして一々、それに、東京の中学生でなければ云えないような、生意気な悪口を加え出した。そう云う事にかけて、ひけをとるような、おとなしい生徒は、自分たちの中に一人もいない。中でも能勢の形容が、一番辛辣で、かつ一番諧謔に富んでいた。
于是大家都自鸣得意起来,开始从进出候车室的各式人物中物色新的嘲讽目标,口中说着些只有东京中学生才说得出的那些狂妄粗鄙之言。他们可不是什么乖学生,到了这节骨眼,绝无一人甘于落后。其中要数能势最为尖酸刻薄,也最为诙谐可笑:
「能勢、能勢、あのお上さんを見ろよ。」
“能势,能势,快看那个老板娘。”
「あいつは河豚が孕んだような顔をしているぜ。」
“瞧她那样子,活像只肚子鼓起来的河豚。”
「こっちの赤帽4も、何かに似ているぜ。ねえ能勢。」
“喂,能势,你看那边的搬运工像什么?”
「あいつはカロロ五世5さ。」
“那家伙啊,像是查理五世!”
しまいには、能勢が一人で、悪口を云う役目をひきうけるような事になった。
最后,倒像是成了能势一个人的讥讽专场。
すると、その時、自分たちの一人は、時間表の前に立って、細い数字をしらべている妙な男を発見した。その男は羊羹色の背広を着て、体操に使う球竿のような細い脚を、鼠の粗い縞のズボンに通している。縁の広い昔風の黒い中折れの下から、半白の毛がはみ出している所を見ると、もうかなりな年配らしい。その癖頸のまわりには、白と黒と格子縞の派手なハンケチをまきつけて、鞭かと思うような、寒竹の長い杖をちょいと脇の下へはさんでいる。服装と云い、態度と云い、すべてが、パンチの挿絵を切抜いて、そのままそれを、この停車場の人ごみの中へ、立たせたとしか思われない。――自分たちの一人は、また新しく悪口の材料が出来たのをよろこぶように、肩でおかしそうに笑いながら、能勢の手をひっぱって、「おい、あいつはどうだい。」とこう云った。
正在此时,有人发现了一个奇怪的男人,他正站在火车时刻表前查看具体时间。那个男人身着一件紫檀色西装,腿细得像是体操器具里的球竿一样,套着条灰色的粗条纹裤子,头戴一顶黑色的老式宽檐礼帽,露出花白的头发,看起来已经上了年纪;可他脖子上却系了条华丽的黑白格纹领巾,腋下还夹着根像鞭子一样的紫竹手杖。无论是穿着打扮,还是气度风采,他好似从画报的插图上剪下来的人物般,被放置于停车场这汹涌的人潮之中。那同学因为发现了新的笑料笑得前仰后合,连肩膀都在耸动,还拉起能势的手说:“喂,你看那个人呢。”
そこで、自分たちは、皆その妙な男を見た。男は少し反り身になりながら、チョッキのポケットから、紫の打紐のついた大きなニッケルの懐中時計を出して、丹念にそれと時間表の数字とを見くらべている。横顔だけ見て、自分はすぐに、それが能勢の父親だと云う事を知った。
于是,大家都看向了那个奇怪的男人。只见他略微挺胸,从背心口袋里掏出一块系着紫色编带的镍壳怀表,正仔细核对火车时刻表上标注的时间。看到那张侧脸的刹那,我立马意识到他是能势的父亲。
しかし、そこにいた自分たちの連中には、一人もそれを知っている者がない。だから皆、能勢の口から、この滑稽な人物を、適当に形容する語を聞こうとして、聞いた後の笑いを用意しながら、面白そうに能勢の顔をながめていた。中学の四年生には、その時の能勢の心もちを推測する明がない。自分は危く「あれは能勢の父だぜ。」と云おうとした。
但大家并不知晓此事,所以都饶有兴致地盯着能势,想从他口中听到打趣这个滑稽人物的连珠妙语,甚至已经做好了发笑的准备。能势此时此刻的心境,我一个初四学生自然无法推断,差点儿就要脱口而出“那是能势的父亲”。
するとその時、
正在这时,能势开了口:
「あいつかい。あいつはロンドン乞食さ。」こう云う能勢の声がした。
“那家伙?那家伙是伦敦的乞丐。”
皆が一時にふき出したのは、云うまでもない。中にはわざわざ反り身になって、懐中時計を出しながら、能勢の父親の姿を真似て見る者さえある。自分は、思わず下を向いた。その時の能勢の顔を見るだけの勇気が、自分には欠けていたからである。
哄堂大笑的结果不言自明,竟还有人特意模仿起能势父亲挺胸掏出怀表的动作。我不敢抬头去看能势当时的表情,不由自主地低下头去。
「そいつは適評だな。」
“这形容真是恰到好处啊。”
「見ろ。見ろ。あの帽子を。」
“看啊,看啊,看他的帽子!”
「日かげ町か。」
“日影町二手店淘来的吧!”
「日かげ町にだってあるものか。」
“怕是连日影町里都没有吧!”
「じゃあ博物館だ。」
“那,就是博物馆的喽!”
皆がまた、面白そうに笑った。
说罢,又放声大笑起来。
曇天の停車場は、日の暮のようにうす暗い。自分は、そのうす暗い中で、そっとそのロンドン乞食の方をすかして見た。
阴天的车站此刻昏暗得仿佛日落时分。在那片混沌之中,我悄悄朝那个“伦敦乞丐”的方向望去。
すると、いつの間にか、うす日がさし始めたと見えて、幅の狭い光の帯が高い天井の明り取りから、茫と斜めにさしている。能勢の父親は、丁度その光の帯の中にいた。――周囲では、すべての物が動いている。眼のとどく所でも、とどかない所でも動いている。そうしてまたその運動が、声とも音ともつかないものになって、この大きな建物の中を霧のように蔽っている。しかし能勢の父親だけは動かない。この現代と縁のない洋服を着た、この現代と縁のない老人は、めまぐるしく動く人間の洪水の中に、これもやはり現代を超越した、黒の中折をあみだにかぶって、紫の打紐のついた懐中時計を右の掌の上にのせながら、依然としてポンプの如く時間表の前に佇立しているのである……
不知不觉,晨光熹微,一道狭长的光线透过高高屋顶上的天窗,若隐若现地斜射下来,正照在能势父亲的身上……周身的一切都在运动。目光所及或未及之处,人头攒动。而后,这种运动变得悄无声息,庞大的建筑像是被薄雾笼罩一般,唯能势的父亲岿然不动。这个穿着与现代堪称绝缘的西服、和现代绝缘的老人,超脱于熙熙攘攘的人潮,后脑勺上扣着那顶礼帽,右掌托着系有紫色编带的怀表,像消防栓一样傲然屹立于时刻表前……
あとで、それとなく聞くと、その頃大学の薬局に通っていた能勢の父親は、能勢が自分たちと一しょに修学旅行に行く所を、出勤の途すがら見ようと思って、自分の子には知らせずに、わざわざ停車場へ来たのだそうである。
后来,我依稀听说,当时能势的父亲在学校药房任职,只因想在上班途中顺道看一眼儿子和同学们一起去修学旅行的模样,便瞒着儿子,特地赶到停车场来的。
能勢五十雄は、中学を卒業すると間もなく、肺結核に罹って、物故した。その追悼式を、中学の図書室で挙げた時、制帽をかぶった能勢の写真の前で悼辞を読んだのは、自分である。「君、父母に孝に、」――自分はその悼辞の中に、こう云う句を入れた。
能势五十雄初中毕业后不久,便因罹患肺结核而与世长辞。在中学图书馆中为他举办的追悼会上,宣读悼词的人,正是我。面对着头戴制服帽的能势遗像,我加上了这样一句话:“你,孝敬父母……”
(大正五年三月)