芥川龍之介: 黄梁夢

1991 words
10 minutes
芥川龍之介: 黄梁夢
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first published:『中央文学』1917年10月号
audio: www.youtube.com/watch?v=NwQi00qDRjc
desc: 在邯郸的旅店里,年轻人卢生借了道士吕翁的青瓷枕头入睡。梦中,他娶了美貌妻子,考中进士,官运亨通,享尽荣华富贵。虽遭谗言陷害、流放边疆,后来却沉冤得雪,再度飞黄腾达,年过八十才离世。可他一觉醒来,旅店里煮的黄粱米饭居然还没煮熟。原来人生的荣辱穷达,不过是一场虚幻的梦。

盧生ろせいは死ぬのだと思った。目の前が暗くなって、子や孫のすすり泣く声が、だんだん遠い所へ消えてしまう。そうして、眼に見えない分銅ふんどう1が足の先へついてでもいるように、体が下へ下へと沈んで行く――と思うと、急にはっと何かに驚かされて、思わず眼を大きく開いた。

卢生心想自己就要死了。眼前一片昏暗,子孙的啜泣声渐渐飘远,脚上似乎坠着一个无形的秤砣,身体一点点地向下沉……就在这时,他蓦然惊醒,不由得大睁双眼。

すると枕もとには依然として、道士どうし呂翁ろおうが坐っている。主人のかしいでいたきびも、いまだに熟さないらしい。盧生は青磁の枕から頭をあげると、眼をこすりながら大きな欠伸あくびをした。邯鄲かんたんの秋の午後は、落葉おちばした木々のこずえを照らす日の光があってもうすら寒い。

凝神一看,道士吕翁仍然坐在他的枕边,主人煮的黄米饭,似乎还没有熟。卢生从青瓷枕上抬起头,揉着眼睛,打了一个大呵欠。邯郸的秋日午后,虽有阳光照在落叶的树木梢头,仍令人感到些许寒意。

「眼がさめましたね。」呂翁は、ひげを噛みながら、えみを噛み殺すような顔をして云った。

“你醒了?”吕翁咬着胡须,强忍住笑意,问道。

「ええ」

“唔。”

「夢をみましたろう。」

“做梦了吧。”

「見ました。」

“做了。”

「どんな夢を見ました。」

“梦见什么了?”

「何でも大へん長い夢です。始めは清河せいか崔氏さいしむすめと一しょになりました。うつくしいつつましやかな女だったような気がします。そうしてあくる年、進士しんしの試験に及第して、渭南いなんになりました。それから、監察御史かんさつぎょし起居舎人ききょしゃじん2知制誥ちせいこう3を経て、とんとん拍子に中書門下ちゅうしょもんか平章事へいしょうじ4になりましたが、ざんを受けてあぶなく殺される所をやっと助かって、驩州かんしゅうへ流される事になりました。そこにかれこれ五六年もいましたろう。やがて、えんすすぐ事が出来たおかげでまた召還され、中書令ちゅうしょれいになり、燕国公えんこくこうに封ぜられましたが、その時はもういい年だったかと思います。子が五人に、孫が何十人とありましたから。」

“是个很长的梦。一开始,我娶了清河崔氏的女儿,似乎是个容姿美丽、端庄有礼的姑娘。第二年,我进士及第,授官渭南尉,之后,又升至监察御史、起居舍人知制诏。再后来,我官拜中书门下平章事,却为谗言所害,几乎丢了性命。好不容易逃此劫难,被流放驩州,在彼处约摸过了五六年。最后,冤屈终于得以昭雪,我又被召还回朝,官居中书令,封爵燕国公,此时已经颇有年纪了。有子五人,孙辈则有数十人之多。”

「それから、どうしました。」

“后来呢?”

「死にました。確か八十を越していたように覚えていますが。」

“过世了。寿数似乎八十有余。”

呂翁ろおうは、得意らしく髭を撫でた。

吕翁得意地捋着胡须。

「では、寵辱ちょうじょくの道も窮達きゅうたつの運も、一通りは味わって来た訳ですね。それは結構な事でした。生きると云う事は、あなたの見た夢といくらも変っているものではありません。これであなたの人生の執着しゅうじゃくも、熱がさめたでしょう。得喪とくそうの理も死生の情も知って見れば、つまらないものなのです。そうではありませんか。」

“那么,荣辱之道,穷通之运,你也大略体会过了罢。这就是了。人生在世,与你梦中所见并无丝毫分别。如此一来,我想,你对人生的执着与炙热之心当有所冷却。知晓了得失之理、生死之情,再看人生,终究也无甚意味。你说是也不是?”

盧生ろせいは、じれったそうに呂翁の語を聞いていたが、相手が念を押すと共に、青年らしい顔をあげて、眼をかがやかせながら、こう云った。

听着吕翁的话,卢生脸上现出焦躁的神色,当吕翁叮问他最后一句时,他扬起年轻的脸,双目灿灿生辉,答道:

「夢だから、なお生きたいのです。あの夢のさめたように、この夢もさめる時が来るでしょう。その時が来るまでの間、わたしは真に生きたと云えるほど生きたいのです。あなたはそう思いませんか。」

“正因为那是梦,所以我还想好好活一回。正如彼梦会醒来一般,此梦也终有梦醒之时。在梦醒之时到来以前,我想真正地活一回,要活得不虚此生。老丈以为如何?”

呂翁は顔をしかめたまま、しかりともいなとも答えなかった。

吕翁只是皱着眉头,既没有答“是”,也未曾说“否”。

(大正六年十月)

Footnotes#

  1. 分銅:[名]計量の標準とするおもり

  2. 起居舎人:始于隋代,定型于唐宋,隶属门下省/中书省,专职帝王言行记录,为史官类清要官

  3. 知制誥:中书省原有中书舍人专职草拟诏令,后常以其他官员兼任草拟诏命之事,称知制诰

  4. 平章事:唐宋核心宰相职衔

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