谷崎潤一郎: 细雪(上) 十五

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谷崎潤一郎: 细雪(上) 十五
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first published:『中央公論』1943年1月号・3月号
audio: https://www.youtube.com/watch?v=Q7671BbPfHA
desc: 在大阪船场坐拥百年老店、历史底蕴深厚的莳冈家,鹤子、幸子、雪子、妙子四姐妹交织出百态人情。小说如华美画卷,循着四季流转,细致描绘出昭和十年间关西上流社会的日常光景。

三女雪子是四姐妹中容貌最为出众之人,婚事却屡屡未果,年过三十依旧独身。幸子夫妇为此忧心不已、四处奔走,性格沉默寡言的雪子却对每一门亲事都无意应允,岁月便这般缓缓流逝。

井谷は十二月になってからはぱったり催促して来なくなったが、事によると形勢の非なることを大凡そ悟ったのかも知れないので、それなら却って都合がよい訳でもあった。貞之助は、他聞を憚ることもあるから美容院でなく、岡本のお宅の方へお伺いしたいと思いますがと、在宅の時間を確かめておいて、夕刻、いつもよりは遅めに事務所を出て、その足で岡本へ廻った。

从十二月起,井谷突然不来催促了。或许她已经意识到了情况不妙。若是如此,反倒是好事。贞之助打电话给井谷说,因为担心别人听见,所以不去美容院,改而去冈本她的住宅登门拜访。事先弄清了她在家的时间以后,这天傍晚,他比平常迟一些离开事务所,径直去往冈本。

通された部屋にはもうあかりがともっていたが、それが濃い緑色の、深いかさの附いたスタンドなので、室内の上半部が薄暗くなっており、その翳の中に、安楽椅子に腰かけている井谷の顔があって、表情が此方にはっきり見分けられないのが、職業柄にもなく文学青年的な純良さを持つ貞之助には切り出しよかった。

贞之助被请进房间,里面已经开了灯,那是一个罩着深绿色大灯罩的台灯,室内空间上半部一片幽暗。井谷坐在阴翳里的安乐椅上,从这里看不清楚她脸上的表情。这对不像个会计师,而具有文学青年的纯真气的贞之助来说,倒容易开口了:

今日こんにちはなはだ申しにくいことを申し上げに参ったような訳でして、………実はその後彼方あちらさんのお国元の方を調べてみましたのですが、外のことは宜しいのですけれども、何分お母さんの御病気が御病気だものですから、………」

“今天来向您说的事情,是很难启齿的……实话说吧,自那以后,我们到那位先生的家乡做了一番调查,其他各方面都很合适,只是他母亲患的是那样一种病……”

「はあ?」と、井谷は小首をかしげたが、

“啊?” 井谷稍偏着头,似乎不解。

「あの、中風を患っておいでのように伺っていましたけれども、人を遣りまして調べましたところでは、精神病でいらっしゃるらしいんですが」と、貞之助が云うと、

“这个……原先听说是中风,可派人去调查,好像是精神病。”

「ああそうですか」と、俄に調子の外れた慌てた声で云って、続けざまに「そうですか」を連発しながら頷いて見せた。

“啊,原来如此!” 井谷突然心慌意乱地连声调都变了,她接连点头,说了好几声 “原来如此”。

貞之助は、井谷が果して精神病の件を知っていたかどうかと云う疑いを抱いていたのであったが、この間から無闇と話を急いだ様子や、たった今の狼狽したような態度を見ると、矢張知っていたのであろうかと思わざるを得なかった。

井谷究竟知不知道精神病这回事,贞之助早有怀疑,根据前一阵子那样卖力催促和现在这一副狼狈相来看,不得不认为她早已知情。

「誤解をなすって下すっては困るのですが、こう云うことを申し上げたからと云って、決して批難がましいことを申しているのではないのです。本来ならば、何か当り触りのない口実を設けてお断りするのが常識なのかも知れないと思うて、考えましたのですけれども、先達せんだってからの一方ならぬあなたの御尽力に対しまして、御納得の行くような理由を挙げてお断りせんことには、僕等として気が済まんように存じましたものですから、………」

“如果您有什么误解就不好办了。今天我向您说这事,毫无责怪您的意思。我也想过,本应该找出一些无伤大雅的借口来回绝更符合常识。但是,我又觉得这一段时间承蒙您竭力斡旋,如果回绝的理由得不到您的理解,我们也过意不去。”

「はあ、はあ、そのお心持はよく分りますわ。誤解どころか、私こそ十分調べてもみませんで、軽率けいそつなことを致しまして、申訳もございません」

“是啊,是啊,您的心情我很理解呀!哪里有误解?只怪我也没有充分调查,做事轻率,非常对不起。”

「いえ、いえ、そう仰っしゃられては痛み入ります。ただ、僕等としましては、蒔岡家では何か格式と云うようなものに囚われて、恰好な縁談があっても皆断ってしまうと云う風に、世間から思われておりますらしいのが辛いのでして、………決してそんな意味ではない、今度のことはまことに已むを得ない事情なのだと云うことを、世間は兎に角と致しまして、せめてあなたにまで御諒解を願って置きたい、と申しますのも、何卒どうかこのことでお腹立ちにならず、今後ともお世話を願いたいと思うておりますからなのですが、これは勿論あなたのお耳へ入れておきますだけなのでして、先方さんへは、何とでも宜しいように仰っしゃってお断りになって戴きたいのです」

“不,不,您这样说我们就愧不敢当了。只是,人们好像以为莳冈家总是讲究门当户对,多好的亲事也要拒绝,这种看法真使我们痛心……其实绝不是那么回事,这一次也实在是迫不得已。世人说三道四且不管他,至少我们想求得您的谅解,请您不要生气。我想今后还得请您多加关照。当然,这些话我只说给您一个人听。濑越先生那里,就请您替我们婉言谢绝吧。”

「御丁寧な御挨拶で恐縮いたしますわ。実はわたくし、何と思っていらっしゃいますか存じませんが、精神病と云うようなことは只今始めて伺いますので、全く知らなかったのでございますの。でもほんとうにお調べになってようございましたわ。いいえ、そりゃもうそう云う訳でございましたら、仰っしゃるのが御尤もでございます。先方さんへは寔にお気の毒ですけれども、何とか私から巧い工合に申しますから、その点は御心配なく、………」

“您这样客气,真叫我过意不去。我不知道您是怎么个看法,但是,精神病这件事我也是刚才听您说的,完全被蒙在鼓里了。不过,幸亏府上调查了。既然是这样,您是应该这样照直说的。对方确实值得同情,我好好跟他说得了,这个请您放心好了……”

貞之助は相手の如才ない言葉にほっとして、用談を終えると怱々そうそうに辞したが、井谷は玄関へ送って出ながらも、気を悪くしているどころではない、自分こそ済まないと思っていると繰り返して云った。そして、きっとこの埋め合せに良い話を持って行くから待っていて戴きたい、なあに、そんなにお案じなさらないでも、あのお嬢さんなら必ずお引き請けしますから、何卒奥様にもそう仰っしゃって下さるようにと、しきりに云うのが、日頃の井谷の気象として、満更まんざら口先ばかりのようにも受け取れないので、この様子では事実そんなに感情を害してもいないのかと思えた。

听了井谷这番委婉周到的话,贞之助放心了,该说的话一说完,他便匆匆告辞。井谷把他送到门口,反复说请不要难过,该说对不住的是她,还一再说:“我必须弥补过失,您就等着吧!一准再给小姐介绍个好对象。即使你们没有托付我,雪子小姐的事儿我一定得包了,请您对夫人也这样说。” 贞之助觉得,以井谷平素的为人来看,今天说的并不全是敷衍之词,所以,看样子这事并没怎么伤她的感情。

その数日後、幸子は大阪の三越へ進物にする呉服物を調ととのえに行き、それを持って岡本へ廻ったが、井谷がまだ戻っていなかったので、品物だけ置いて、伝言をして帰って来た。と、翌日井谷から幸子へ宛てて慇懃な礼状が来、何のお役にも立たなかったばかりか、自分の不行き届きから却っていろいろと無駄なお手数を掛けた結果に終ったのに、こう云う御心配にあずかって相済まなく思っていると云う文句のあとに、必ずこのお埋め合せは致しますからと云う言葉が、そこにも繰り返して添えてあったが、

几天后,幸子去了大阪的三越百货店,买了和服衣料,亲自送到冈本。井谷尚未回家,幸子把礼物搁在那里,留下几句话便回家了。第二天,井谷给幸子寄来一封措辞恳切的致谢信,信中说:“我并无寸功,反因行事不慎,给你们增添了许多无谓的麻烦,承蒙您这样破费,更使我羞愧不安。” 信中又一再重复 “一定要弥补这次的过失” 这句话。

それから十日ばかり過ぎて、今年も残り僅かになった或る日の夕刻、例の如く蘆屋の家の前に慌しくタキシーを停めて、ちょっと門口まで御挨拶に伺いましたと、井谷が玄関から声をかけた。幸子は折あしく1風邪を引いて臥ていたけれども、貞之助が戻って来ていたので、ここで失礼致しますと云うのを強いて応接間に請じ入れて暫く話したが、その後瀬越さんはどうしていらっしゃるでしょうか、御当人は寔によい方だのにああ云うことで残念です、………ほんとうにお気の毒なお方で、………などと云ったようなことから、しかしあの方は、お母さんのそう云う御病気のことを此方が既に知っているものと思っておられたのでしょうね、と、貞之助が云うと、そう云えば、最初瀬越さんは妙に遠慮していらしって、気乗りがしない御様子でしたのが、後になる程だんだん熱心になられたのです、矢張最初はお母さんのことがあるので、控え目にしていらしったのかも知れませんね、と、井谷も云った。そうだとすれば此方の調べが手間取ったためにそう云う感違いをさせたわけで、僕達の方が重々悪いのです、と貞之助は云ってから、何卒これにお懲りにならずに是非又お世話をして戴きたく、と、この間も云った台辞せりふを云うと、井谷は急に声をひそめて、「子供が大勢あるのさえお構いなければ、今も一つ話がないことはないんですがねえ」と、ちょっと気を引いてみるように云った。さては井谷はそれを云いたい腹もあって来たのだったかと心づいて、なおよく聞いてみると、その人と云うのは大和の下市しもいちで某銀行の支店長をしてい、子供が五人あるのだけれども、一番上が男の子で、目下大阪の某学校に行っており、二番目のが女の子で、これは年頃になっているから近々何処かへ縁づくとすると、家にいるのは三人に過ぎない、生活の方は、その地方での一流の資産家であるから何の心配もない、と云うようなことなのであったが、五人の子持ちで、下市と聞いただけで、話にも何にもならないと思って、貞之助は途中から興味のない顔つきをした。井谷もそれを看て取って、とてもこんなのはお嫌でしょうからと、直ぐ引っ込めてしまったが、それにしても、何のつもりで此方が承知する筈のない悪条件の話を持ち出したのか、矢張井谷は内心不快を感じていて、こんなところがちょうど相当な御縁なのですよと、暗にふうしたのであるかも知れなかった。

过了十来天,又到年终了。某一天傍晚,在芦屋的家门前,像往常一样突然停了一部出租车。不一会,大门外响起了井谷寒暄的声音,说是 “顺便到门口来问候一下”。不凑巧,幸子患感冒卧病在床,幸好贞之助已经回家。尽管井谷说了 “就此告辞”,贞之助还是硬把客人请进客厅聊了一会儿。贞之助问:“近来濑越先生还好吗?他本人确实很优秀,就因为那点事情而不能结亲,确实有些遗憾……他的身世真是令人同情……” 随后他转过话头问,“不过,他是不是以为我们早已知道他母亲的病情了呢?” 井谷也说:“说来也是,濑越先生最初特别客气,并不是很上心的样子,直到后来才渐渐热乎起来。很可能最初还是因为有母亲的那桩事他才那样谨慎。” 贞之助说:“这样说来,得怪我们调查费了不少时间,才使他产生了那种错觉,全都是我们的错。” 贞之助接着又重复此前说过的话:“请您不要介意,今后还得请您帮忙。” 这时,井谷突然压低声音说:“如果孩子多也不在乎的话,眼下倒是有一门亲事。” 她试探着想打动贞之助似的。贞之助才想到井谷是存心说媒才来的,便仔细问了她一番。井谷说,这个人是奈良县下市町一家银行支行的经理,有五个孩子,最大的是男孩,目前在大阪上学,其次是个女儿,正当妙龄,待她不久出嫁之后,家中不过三个孩子而已。至于生活方面,在当地属一流的有钱人,丝毫不用担心。已有五个孩子,家在下市町,贞之助一听这两条便知根本不必考虑,不待井谷话说完便露出兴趣索然的神情。井谷看在眼里,便说 “这种人家,府上很不乐意吧”,随即把话打住了。贞之助心想,井谷为什么提出这样一门不可能被接受的亲事呢,也许是心怀不满来讥讽一番:只有这样的人家才和你们门当户对吧。

井谷を送り出してから、貞之助が二階の部屋へ上って行くと、幸子は臥たまま浴用タオルで顔を覆うて吸入をかけていたが、「井谷さん又縁談を持って来やはったんやて?」と、かけ終えるとタオルで目鼻を拭いながら云った。

送走井谷后,贞之助上了二楼的房间,幸子正躺在床上,用浴巾捂着脸,吸入治疗感冒用的药剂。吸完后,幸子用浴巾揩着眼睛鼻子一边问:“井谷太太又来说媒了?”

「ふん、………誰に聞いたん?」

“嗯……你听谁说的?”

「今悦子が知らせに来てんわ」

“刚才悦子来告诉我的。”

「へえ、何とまあ、………」さっき貞之助が井谷と話しているところへ、すうっと悦子が這入って来て、椅子に腰かけて聞き耳を立て始めたので、お前は彼方へ行っていなさい、子供がこんな話を聞くものではないと云って、貞之助は彼女を追い遣ったのであったが、きっと食堂へ退いて盗み聞きしていたのであろう。―――「やっぱり女の児はこう云う話に好奇心持つねんな」

“唉?这真是……” 刚才,贞之助和井谷说话的当儿,悦子曾悄悄地走进来,坐在椅子上竖耳细听。贞之助说:“你到那边去!这些话不是小孩儿该听的。” 看来,悦子被撵走之后,一定又溜到餐厅偷听了一阵。“到底是女孩子,对这些事好奇。”

「子供が五人あるのんでっしゃろ」

“有五个孩子吧?”

「何と、それも云うたんか」

“怎么,这也对你说了?”

「はあはあ、長男が大阪の学校へ行ってはって、長女がもう直き嫁に行かはる年頃で、………」

“是呀,大儿子在大阪上学,大女儿也到了要出嫁的年龄……”

「ええ?」

“啊?”

「大和の下市の人で、何やら銀行の支店長してはって、………」

“奈良县下市町的人,在一个什么银行当支行经理……”

「こりゃ驚いた、油断も隙もならへんわい」

“这可真没想到,一点都不能疏忽大意。”

「ほんに、これからよっぽど気イ付けなんだら、えらいことになりまっせ、今日は雪子ちゃんが留守やよってによかったけど」

“真的,往后如不加倍小心,会捅大娄子的。幸好今天雪子不在家。”

毎年、年末から正月の三箇日へかけては雪子も妙子も本家へ帰ることにしてあったので、雪子は妙子より一と足先に、昨日帰って行ったのであったが、彼女がいたら全くどんなことになったか知れないと思って、夫婦は胸を撫でおろした。

每年年底到新年头三天,雪子和妙子都回本家过年。今年雪子比妙子先走一步,昨天就回去了。想着如果她在家,还不知会发生什么事情,夫妇俩总算松了一口气。

幸子はいつも冬の間に気管支加答児カタルを患う癖があり、悪くすれば肺炎になりますと医者におどかされて一箇月近くも臥るのが例になっているので、些細な風邪にもひどく用心するのであるが、好い塩梅に今度は咽喉のどで食い止めたらしくて、漸く平熱に復しつつあった。で、いよいよ押し詰まった廿五日に、まだ一日二日は部屋に籠っているつもりで、寝床の上にすわりながら新年の雑誌を読んでいると、これから本家へ帰るのだと云って、妙子が左様ならを云いに来たので、

一到冬天幸子就患支气管炎,医生警告说如果恶化,有可能转成肺炎。幸子被吓坏了,所以,卧床个把月也是常事,哪怕有一点点感冒也加意提防。幸好这次病情只波及咽喉部,体温也好歹恢复正常了。转眼间到了二十五号,年关将近,幸子打算还在房里待一两天,正坐在床上翻看新年杂志,妙子进来道别,说是这就回本家去。

「何でやねん、こいさん、まだお正月には一週間もあるのんに」と、幸子は軽く訝しむように云った。「去年はこいさん、大晦日に帰って行ったやないか」

“怎么了,到新年还有一个星期呢。” 幸子稍感惊讶,“去年你不是除夕那天才回去的吗?”

「そうやったか知らん。………」

“是吗?”

妙子はここのところ、来年早々第三回目の人形の個展を開くためにずっと製作に熱中していて、もう一箇月も前から毎日の大部分を夙川しゅくがわのアパートで暮していたが、その間に又、舞の稽古も捨てられないと云って、一週に一度ずつ大阪の山村の稽古場に通っていたので、幸子は暫くこの妹とおちおち顔を合わしたことがないような気がしていた。彼女は本家が妹たちを大阪へ呼び寄せたがっていることを知っているので、決して手元へ引き留めるつもりはないのだけれども、雪子以上に本家へ行くことを嫌う妙子が、例年になく早く帰ると云い出したのを、何がなし不思議に思ったのであったが、そう云ってもそれは、奥畑との間に何か約束でもしているのではないかと云った風な人の悪い疑念ではなしに、ただこの早熟な末の妹が、一年々々とほんとうの大人になりつつあり、誰よりも一番頼りにしていた自分の側をさえ離れて行きつつあるような、一種の淡い物足らなさを覚えたまでのことなのであった。

近来,妙子为了来年尽早举办第三次个人展览,一直在忙着制作偶人。一个多月以来,每天大部分时间都泡在夙川的公寓里。同时,她说舞蹈学习也不能放弃,每周还去一次大阪的山村舞教习所。因此,幸子觉得好久没有和这位妹妹聊聊天了。幸子也知道是本家想叫妹妹们回大阪过年,并不打算把她留在身边。不过,比雪子更不愿意回本家的妙子,一反往常这么早就要回去,还是令人诧异。尽管如此,幸子并未往坏里想、猜疑她是否和奥畑有什么约会,只是有一种淡淡的惆怅——这位早熟的小妹,原来是最依赖自己的人,随着一年一年长大成人,将离她而去。

「うち、やっと仕事が済んだよってに、大阪へ帰って、当分毎日舞の稽古に通おう思うてるねん」と、妙子は弁解とも付かずに云った。

“我的工作好不容易做完了,我想回大阪后每天去学学舞蹈。” 妙子的话似解释又不似解释。

「今、何習うてるのん」

“最近你学什么舞来着?”

「お正月やよってに、『万歳』教せてもろてるねん。中姉ちゃん、地イ弾ける2やろ」

“快到新年了,现在跟老师学《万岁》舞。二姐能伴奏吧?”

「ふん、大概覚えてるやろ思うわ」と、幸子は直ぐに口三味線で唄い出した。―――

“嗯,大概还记得。” 幸子说着,口里哼起了三味线曲:

徳若とくわか3に御万歳と、御代みよも栄えまします、ツンテントン、愛敬あいきょうありける新玉あらたまの、………」

“青春永长,万寿无疆,圣代荣昌。寸叮咚,敬爱不忘,新春吉祥……”

妙子はそれに乗りながら、立ち上って、身振をし始めたが、「待って待って、中姉ちゃん」と、自分の部屋へ走って行って、手早く洋服を着物に着換えて、舞扇を持って戻って来た。

妙子随着她的节拍站了起来,摆出了跳舞的架势,又叫住了幸子:“等一等,二姐。” 说着跑回自己房里,麻利地脱下西装换上和服,抓了舞扇又跑回来。

「………チッツンチッツン、ツン、チンリン、チンリンやしょめ、やしょめ、京の町の優女やしょめ、………大鯛おおだい小鯛、ぶり大魚おおうおあわび、栄螺、蛤子々々はまぐりこはまぐりこ、蛤々、蛤召ッさいなと、売ったる者は優女。そこを打ち過ぎ傍の棚見たれば、金襴緞子きんらんどんす緋紗綾緋縮緬ひさあやひぢりめん、とんとんちりめん、とんちりめん、………」

“……齐寸齐寸,寸,玎玲,美女还数京都女,美女还数京都女……请吃大小鲷鱼大鰤鱼,还有蝾螺和鲍鱼,蛤子蛤子真美味,叫卖的是大美女!走过一家又一家,隔邻货架美如画,金线织花锦缎靓,丝绸绉绸眼看花,咚咚绉绸咚绉绸……”

この「やしょめ、やしょめ」と云う文句や、トントンチリリン、トンチリリンの三味線の手に合せて唄う「とんとんちりめん、とんちりめん」と云う文句などが面白くて、子供の時分に幸子たちはこれを口癖のように唄ったので、この地唄だけは未だに忘れないのであるが、今もそうして唄っていると、二十年前の船場の家の記憶が鮮かに甦って来、なつかしい父母の面影が髣髴ほうふつとして来るのであった。妙子はその時分も舞を習わせられていて、正月にはよく母や姉の三味線で、この「万歳」を舞ったものなので、「正月三日、寅の一天に、ツンテン、まします若夷4 、………」と、可愛い右の人差指を真っ直ぐに立てて天を指した頑是がんぜない5姿なども、つい昨日のことのようにはっきりと眼に残っているのに、自分の前で今舞扇をかざしているこの妹がその人なのか、(―――そして、この妹も上の妹も、まだ二人ながら「娘ちゃん」でいる有様を、両親達は草葉の蔭からどのように眺めておいでか)と思うと、幸子は妙にたまらなくなって涙が一杯浮かんで来たが、

这些 “美女、美女” 的歌词,还有合着三味线乐音 “咚咚齐里门、咚齐里门” 一起唱的 “咚咚绉绸咚绉绸”,由于 “齐里门” 和日语 “绉绸” 的发音相似,特别有趣。小时候,幸子姐妹就把这首地呗念得滚瓜烂熟,所以至今还未忘记。今天这样一唱,对二十年前船场时代家庭的记忆,重新清清楚楚地苏醒过来,父母慈祥的面容仿佛又浮现在眼前。那时家里也在让妙子学习舞蹈,一到新年,经常由母亲和姐姐用三味线伴奏,她来跳这段《万岁》乐舞。当唱到 “元月三日,正当寅时,叮咚,手捧若夷……” 的时候,她伸直可爱的右手食指直指天空,一副天真烂漫的神态,那情景仿如昨天,历历如在目前。然而,自己面前这位手持舞扇翩翩起舞的妹妹,还是当年那个小姑娘吗(而且,不论是这个妹妹还是雪子妹妹,两人都还待字闺中,九泉之下的双亲是用怎样的目光看着她们)?幸子想到这里,不由得热泪盈眶:

「こいさん、お正月はいつ帰って来る」と、強いてその涙を隠そうともしないで云った。

“你过了年哪天回来呢?” 幸子说着,任凭自己的泪珠簌簌滚下。

「四日には帰るわ」

“初四就回来。”

「そんならお正月に舞うて貰うさかいに、よう覚えて来なさいや。あたしも三味線稽古しとくよってにな」

“新年还得跳《万岁》舞,可要好好练呀,我也得练一练三味线。”

蘆屋に家を持ってからは、大阪にいた時のようには年始の客も来ず、まして二人の妹たちまで留守になるので、近年は正月と云うと、ひっそりとした、間の抜けたような日を送ることになっているのが、夫婦の者にはたまにしんみりしてよかったけれども、悦子はひどく淋しがって、「姉ちゃん」や「こいちゃん」の帰って来るのを待ちあぐんだ。幸子は元日の午過ぎから三味線を持ち出して、爪弾きで「万歳」のおさらいをして、三箇日の間ずっと続けたが、しまいには悦子も聞き覚えて、「緋紗綾緋縮緬、………」のところへ来ると、「とんとんちりめん、とんちりめん」と、一緒になって唄った。

幸子自从在芦屋安家以来,与在大阪时大不相同,拜年的客人寥寥无几。加之两位妹妹也不在家,近几年的新年都过得寂寥冷清,马马虎虎打发着日子。夫妇俩偶尔安静几天倒也不错,只是悦子特别寂寞难耐,急不可待地盼着二姨和小姨回来。元旦这天过了中午,幸子就拿出三味线,用指甲弹奏《万岁》这段舞乐,反复温习,一直持续了三天。到后来,悦子也听会了,一弹到 “咚咚绉绸咚绉绸” 时,她就一块儿唱起来:“咚咚齐里门、咚齐里门。”

Footnotes#

  1. 折悪しく: [副] 時機が悪いことに

  2. 地弾き: [名] 舞踊の伴奏の三味線を弾く人

  3. 徳若: [名・形動ナリ] いつまでも若々しいこと

  4. 若夷:江户时代、京阪一带正月初一清晨沿街叫卖的、印有惠比须神像的小纸片

  5. 頑是ない: [形] まだ幼くて物の道理がよくわからないさま

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永雏多氢菲
∴さて····どこへ行こうか?
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