谷崎潤一郎: 细雪(上) 六
first published:『中央公論』1943年1月号・3月号
audio: https://www.youtube.com/watch?v=aCVsoyKlA1Y
desc: 在大阪船场坐拥百年老店、历史底蕴深厚的莳冈家,鹤子、幸子、雪子、妙子四姐妹交织出百态人情。小说如华美画卷,循着四季流转,细致描绘出昭和十年间关西上流社会的日常光景。
三女雪子是四姐妹中容貌最为出众之人,婚事却屡屡未果,年过三十依旧独身。幸子夫妇为此忧心不已、四处奔走,性格沉默寡言的雪子却对每一门亲事都无意应允,岁月便这般缓缓流逝。
立っている幸子には、坐って下を向いている雪子の表情を、どうにも読み取りようがなかった。雪子は出しな1に洋間を覗いて、小女のお花を相手にままごとの道具を並べている悦子に云った。「ええか、あんじょう留守番頼みまっせ」
“小悦,我们出去一趟。” 雪子临出门时,看见西式房间里悦子正和小女佣阿花玩 “过家家” 的游戏。“你要乖乖地在家待着,好吗?”
「お土産分ってるなあ、姉ちゃん」
“二姨,买什么东西送给我,您还记得吗?”
「分ってる。こないだ見といた御飯の炊ける玩具やろ」
“记得。不就是前些日子看中的那套炊事玩具吗?”
悦子は本家の伯母のことだけを「おばちゃん」と呼び、二人の若い叔母のことは「姉ちゃん」「こいちゃん」と呼ぶのであった。
悦子叫本家的大姨为 “姨妈”,对两位年轻的则分别称之为 “二姨” “小姨”。
「きっと夕方までに帰るなあ姉ちゃん」
“二姨,一定要在天黑前回来!”
「ふん、きっと帰る」
“哎,一定回来。”
「きっとやなあ」
“一定啊?”
「きっとや、お母ちゃんとこいちゃんは神戸でお父さんが待ってはるさかい、晩の御飯たべに行くけれど、姉ちゃんは帰って来て悦ちゃんと一緒に内でたべる。何ぞ宿題あるのんやろ」
“一定的。你妈妈和小姨去神户吃晚饭,你爸爸在那里等她们,我回家和你一起吃。你有家庭作业吗?”
「綴方2があるねん」
“有作文。”
「そんなら遊ぶのんええ加減にして、書いときなさいや、帰ってから見たげるよってに」
“那你就少玩一会儿,把作文写好,等我回来给你看看。”
「姉ちゃん、こいちゃん、行ってらっしゃい」 そう云って玄関まで送って来た悦子は、スリッパアのまま土間へ降りて、敷石の上を跳びながら門の際まで二人の叔母の跡を追って出た。
“二姨,小姨,再见!” 悦子送到玄关,接着又趿着拖鞋走下土间,在石板路上又蹦又跳地追到大门边,追着两位姨妈喊道:
「帰るなあ、姉ちゃん、ついたらいかんよ」
“您要回来,可不能骗我呀!”
「何遍一つこと云うてるのん、分ってるがな」
“一件事说了好几遍,我知道了。”
「帰らなんだら悦子怒るよ、ええか姉ちゃん」
“您不回,我要生气的,知道了吗?”
「ああうるさい、分ってる、分ってる」
“真啰唆!知道了,知道了!”
雪子はしかし、自分が悦子からそう云う風に慕われているのが嬉しいのであった。どう云う訳か、この児は母親が外出すると云ってもこんなにまで跡を追わないのに、雪子が出かける時はいつも執拗く附き纏って何とか彼とか条件を出さずにはいない。雪子は自分が、兎角上本町の本家の方にいるのを嫌って蘆屋の方にばかり来ているのは、本家の兄と折合が悪いこと、姉のうちでも二番目の姉の方が馬が合うこと、等々が主な原因であるように、世間は勿論自分でも何となくそう思い込んでいたけれども、実は悦子に対する愛情が、前の二つにも勝る原因ではないのだろうかと、近頃心づくようになった。そしてそう心づいてからは、ひとしお愛情がこまやかになるのを感じた。
雪子嘴上这么说,心里还是为悦子这样依恋自己而高兴。不知为什么,她母亲要外出时,这孩子从不这样追着赶着,但是每当雪子要出去时,她总是死乞白赖地缠着,非要雪子答应这样那样的条件不可。且不论别人,雪子自己也深信不疑,她不喜欢住在上本町的本家而老住在芦屋这里,主要是她和姐夫关系不大融洽,在姐妹中间和二姐最投缘。但雪子近来发现,其实对悦子的疼爱是比前二者更主要的原因。自从察觉到这一点后,她对悦子的怜爱也更加强烈了。
そう云えばいつか本家の姉から、雪子ちゃんは幸子ちゃんの子ばかり可愛がって内の子供をさっぱり可愛がってくれないと嫌味を云われたことがあって、返答に困ったのであるが、正直のところ、雪子はちょうど悦子ぐらいの年頃の、悦子のような型に属する女の児が好きなのであって、本家の子供達と云うのは、なるほど大勢いることはいるけれども、女の児は今年二つになる赤ん坊が一人だけで、あとは男の児ばかりであるから、彼女の関心を惹く程度は、とても悦子とは比べものにならないのであった。彼女は早く母親に死なれ、父親にも十年程前に死なれてしまった今、本家と分家との間を往ったり来たりして定った住居もないような身の上であるから、明日が日何処へ縁づこうとも格別心残りはないようなものの、でももし結婚するとなったら、誰よりも一番親しくし、頼みにもしていた幸子と逢えなくなると云うこと、いや、幸子にはまだ逢えもしようが、悦子と逢えなくなってしまうこと、逢えても最早や昔日の悦子ではなくなっているであろうこと、―――自分の及ぼした感化なり、注ぎつくした愛情なりを、次第に悦子が忘れ去って別な悦子になっているであろうこと、―――を思うと、母親としていつまでもこの少女からの愛慕を専有していられる幸子が羨しいような、口惜しい気持がするのであった。彼女が結婚の条件として、二度目の人の許へ縁づくのなら可愛い女の児のある所へ行きたいと云ったのは、そんな理由からなのであったが、たといそう云う条件に当て篏まった所へ行き、悦子以上に可愛らしい女の児の母となることが出来たとしても、とても悦子を愛するようにはその児を愛しられそうもなく思えるので、それを考えると、婚期に後れていると云うことも、端で見るほど自分では淋しく感じていなかった。どうかすれば、強いて身をおとして気のすすまない人の所へ嫁ぐよりは、このままこの家に置いて貰えて、母親の幸子がする役を自分がさせて貰えるのであったら、それで孤独が救われて行きそうに思いさえした。
雪子听说过本家的姐姐曾经埋怨说,雪子只喜欢幸子的孩子,一点都不喜爱本家的孩子,让她真不知怎样回答才好。实话说,雪子似乎偏爱与悦子年龄相仿、悦子型的女孩子。本家的孩子确实不少,但是唯一的女孩今年才两岁,其余都是男孩,没有一个能像悦子那样引起她的关心。雪子早年丧母,父亲也在十年前辞世,至今她还在本家和分家之间往来居住,漂泊不定,纵令将来嫁到任何地方,也似乎不会有什么值得留恋的。只有一件事使她难于割舍。结婚以后,若不能见到比谁都亲近和可靠的幸子,不,幸子倒还能见着,假若不能见到悦子,即算见到了也不是从前的悦子了,自己给了她那么多影响、倾注那么多怜爱,说不定悦子已渐渐忘却,而变成了另一个悦子——一想到这里,雪子便羡慕幸子作为母亲可以永远独占这个少女的爱慕,同时也觉得自己委屈。她提出的结婚条件是:倘若对方是再婚,希望对方有一个可爱的女孩,原因全在于此。但即便嫁到合条件的人家,那女孩子或许比悦子更可爱,她也不可能像爱悦子那样去爱那个孩子。想到这里,雪子对于婚期一再蹉跎,倒不像旁观者想象的那样寂寞凄凉。与其勉强降格以求,嫁一个并不中意的男人,倒不如长此以往留在这个家里,让自己承担起幸子做母亲的那份职责,她甚至觉得,如果能够这样倒可以使自己摆脱孤独之苦。
ありていに云うと、雪子をそう云う風に悦子に結び着けたのには、いくらか幸子の仕向け方もあったかも知れない。たとえば蘆屋の家にも、雪子と妙子とが共同で使う部屋を一つ当てがってあったが、妙子がそこを始終仕事場に利用するようになった機会に、幸子のはからいで雪子を悦子と同居させることに定めた。悦子の部屋と云うのは二階の六畳の日本間で、畳の上に背の低い小児用の木製の寝台が置いてあり、今まで夜は女中が一人その寝台の下に寝床を敷いて悦子に附き添って寝ていたのであるが、それからは女中の代りに、雪子が折り畳み式になった寝台用の藁布団の上にパンヤの敷布団を二枚重ね、悦子の寝台とほぼ同じ高さに寝床を敷かせて寝るようにした。そんなことが始まりで、病気の時の介抱、学課の復習、ピアノの練習、弁当のお数やお三時の心づかい、等々の役目がだんだん幸子から雪子の方へ移って行った。それは一つには、雪子の方が幸子よりもいろいろそういうことにかけて適任であったからとも云える。悦子は見たところ血色も肉づきも健康そうでありながら、母親に似た体質で何処か抵抗力の弱いところがあるらしく、淋巴腺を脹らすとか扁桃腺を患うとかして、よく高熱を出すことがあったが、そんな時に二日も三日も徹夜で看護して氷嚢や湿布を取り換える、と云うような仕事に、誰よりも堪えられるのは、雪子なのであった。いったい三人の姉妹のうちでは、雪子が一番体つきがきゃしゃで、腕などは悦子とあまり違わないくらいの太さしかなく、いかにも胸の病などありそうな恰好に見えるので、あまり違わないくらいの太さしかなく、いかにも胸の病などありそうな恰好に見えるので、そんなことも彼女を今迄縁遠くしていた原因の中に数えられるのであるが、それでいて消極的な抵抗力は最も強く、家じゅうの者が順々に流感に感染するような時でも彼女だけは罹らずにしまうと云う風で、今迄ついぞ病気らしい病気をしたことがなかった。その点になると一番丈夫そうに見える幸子が、実は悦子と同様に見かけ倒しで、一番意気地がなく、少し無理な看病が続けば結局自分が倒れてしまって、余計端の者に厄介をかけた。それと云うのが、幸子は先代の蒔岡家が全盛を極めた時代に育ち、亡くなった父の寵愛を一身に鍾めて成人したので、七つになる児の母親である今日でも、何処かだだっ児じみた所があって、精神的にも体質的にも怺え性3がなく、ややともすれば二人の妹からあべこべ4に窘められると云う風なのであるが、そんな調子であるから、病気の看護に限らず、総べて子供をしつけることには甚だ不向きで、よく悦子を相手に本気で喧嘩することがあった。
说实话,雪子和悦子如此密不可分,也许幸子的安排多少起了推波助澜的作用。譬如,在芦屋的家里,原来分配雪子和妙子共用一间房,但是妙子经常用以做工作室,幸子就改而安排雪子和悦子同居一室。悦子的寝室在楼上,是一间六铺席的日本式房间,榻榻米上摆一张儿童用矮木床。从前,夜里有一个女佣在床下开个铺陪悦子睡觉。从此以后,雪子代替了女佣。雪子让女佣在折叠床用的草垫上加两块木棉垫褥,便和悦子的床差不多高矮,自己就睡在那里。从兹伊始,悦子生病时的照看护理,平时陪她复习功课,练习钢琴,安排带到学校的便当和下午点心等事,便逐步从幸子手里转移给雪子了。原因之一是雪子远比幸子更能胜任。表面看来悦子气色良好,肌肉丰满,似乎很健康,但是其体质如她母亲一般,抵抗力很弱,不是淋巴结肿大就是扁桃腺炎,动辄发高烧。每逢这种时候,需要没日没夜地看护两三天,换冰袋,换湿布,这只有雪子能担负得了。本来在三姐妹中雪子身子骨最单薄,胳膊和悦子差不多粗细,乍一看像是患了肺痨似的。这或许也是她迄今未能出嫁的原因之一。但是,她的抵抗力却最强,有时全家接二连三得了流行性感冒,唯独她安然无恙。长这么大从未生过什么大病。而看似最健康的幸子实际上却和悦子一样虚有其表,最不争气,只要连续护理悦子、稍许劳累一点,她自己就病倒了,反倒给别人增添麻烦。因为幸子生长在莳冈家的鼎盛时代,被故世的父亲视为掌上明珠,独享宠爱。时至今日,虽说孩子都七岁了,却还有很多被宠坏了的孩子的毛病,精神上体质上都没有什么韧性,动不动反要受两个妹妹的责备。就因为如此,不仅是护理生病的孩子,凡是管教孩子的事儿,她都极不称职,甚至她还经常和悦子一本正经地斗嘴。
で、世間では、幸子が雪子を家庭教師のように扱っていて、手放したがらないものだから、そのために一層縁談が纏まりにくいのだ、良い話があっても幸子が傍から壊してしまうのだ、などと云う者もあり、そんな噂が廻り廻って本家の方へ聞えたりしたが、本家の姉はそこまで幸子を誤解するようなことはなかったものの、雪子ちゃんがいれば重宝だものだから、それで此方へ帰らしてくれないのだ、と云うくらいな蔭口はきいた。
于是有人说,幸子把雪子当家庭教师用,不愿放她走,因此雪子的婚事更加难以成功。即使有了好对象,幸子也要从中作梗等。这些流言蜚语,七拐八弯地传到本家的耳中,姐姐虽然没有轻信流言而误解幸子,但是背地里还是嘀咕:“雪子都成大宝贝了,所以不放她回这边来。”
貞之助もそれを気にして、雪子ちゃんが此方に泊っているのはよいとしても、自分達親子三人の関係の中へ割り込んで来られるのは面白くないから、悦子との間をもう少し遠ざけたらどうであろうか、悦子がお前を疎んじて雪子ちゃんを慕うようになったら困る、と云ったことがあったが、
贞之助也顾虑到了这点,他说:“雪子住在这里也未尝不可,只是她插在我们家三人之间毕竟有些令人不快。她和悦子的关系是否可以稍微疏远一点?而且,如果悦子变得疏远你而亲近雪子可就麻烦了。”
幸子に云わせると、それは貞之助の思い過しで、悦子はああ見えて子供相応に如才5ないところがあり、雪子に甘えてはいるけれども、本心は矢張あたしを一番好いてもいるし、何かの場合私に縋り着かなければ駄目だと云うことも、結局姉ちゃんはお嫁に行くべき人だと云うことも知っている、あたしも雪子ちゃんのお蔭で子供の面倒を見る手間が省けて、助かっているには違いないけれども、そんなことは雪子ちゃんがお嫁に行く迄の、当座の間のことだ、それより私は、あんなに雪子ちゃんは子供の世話をすることが好きなのだから、今のところ悦子と云うものを当てがって置いて、いくらかでも婚期に後れた不仕合せを忘れさせようと思っているのだ、こいさんには人形の製作と云う仕事もあり、それに伴う収入もあるのに、(そして密かに云い交している人もあるらしいのに)雪子ちゃんには何もそう云うものはないし、極端に云えば身の置き所もないような境涯なのだから、あたしとしてはあの人が可哀そうでならない、それで悦子に雪子ちゃんの孤独を慰める玩具の役をさせてあるのだ、と云うのであった。
幸子回答说:“你这是过虑了。别看悦子还是个孩子,也有她的乖巧之处,她喜欢在雪子面前撒娇,但内心里还是最爱我的。她知道关键时刻还得靠我,雪子早晚还得嫁人,这些悦子都是知道的。托雪子的福,有她来照料孩子,为我省了很多事,帮了大忙。但这只是暂时的事,最多到雪子出嫁。更重要的是,雪子比我喜欢照料孩子,所以我想,把悦子交她照管,多少会使她忘掉婚期延误带来的不幸。小妹有制作偶人的工作可做,而且也有收入(似乎还有了私订终身的意中人),这一切,雪子一样也没有,说得严重一点,她到了没有安身之所的境地,我对她极为怜惜,所以情愿让悦子起到玩具的作用,抚慰她的孤独。”
雪子は幸子のそこまでの考を酌み取っていたかどうか知れないが、実際悦子が病気などの時には、母親でも看護婦でもとてもこうは行くまいと思えるほど献身的に介抱に努めた。そして悦子がいるために誰か一人留守をしなければならない場合、なるべく自分がその任に当って、幸子夫婦や妙子を出してやるようにした。だから今日の日曜なども、いつもならば彼女は居残るところなのであるが、生憎今日の会と云うのは、阪急御影の桑山邸にレオ・シロタ6氏を聴く小さな集りがあって、それに三人が招待されていると云う訳で、雪子は外の会ならば喜んで棄権するのだけれども、ピアノと聞くと行かずにはいられないのであった。で、幸子と妙子とは会が終ってから、有馬方面へハイキングに出かけた貞之助と落ち合って、神戸で晩飯をたべる約束になっていたのであるが、雪子はその方だけを棄権して先に帰ることにしたのであった。
雪子是否体察到了幸子这种苦心,不得而知,但实际上当悦子生病时,无论是她母亲还是护士,都不会像雪子那样富有献身精神地去护理她。每当悦子在家须留人陪伴时,雪子总是让幸子夫妇和妙子出去,由自己来承当此任务。像今天这样的星期天,以往总是雪子留在家里。不凑巧,今天的小型集会是到阪急线御影的桑山邸宅,听雷奥 · 希罗达的钢琴演奏,并且她们三人都受到了邀请。若是其他聚会,雪子定会乐于弃权,但钢琴演奏却不可不听。散会之后,幸子和妙子约好了,与去有马一带远足的贞之助会合,一起在神户吃晚饭。唯独雪子,放弃了这份享受,一人先行回家。