中島敦: 盈虚
first published:『政界往来』1942年7月
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desc: 取材于左传中定公十四年至哀公十七年关于卫庄公的历史记载,讲述了流亡归国夺权的卫庄公蒯聩,因长期积怨变得暴虐无道,最终众叛亲离、被曾受他羞辱的百姓杀死的故事,尽显人生盛衰无常的 “盈虚” 之理
衞の靈公の三十九年と云ふ年の秋に、太子蒯聵が父の命を受けて齊に使したことがある。途に宋の國を過ぎた時、畑に耕す農夫共が妙な唄を歌ふのを聞いた。
卫灵公三十九年秋,太子蒯聩受父命使齐,途经宋国,听闻田间耕作农夫皆唱一古怪歌曲。
衞の太子は之を聞くと顏色を變へた。思ひ當ることがあつたのである。
卫太子闻之大惊失色,他猜想到了歌中所指为何。
父・靈公の夫人(といつても太子の母ではない)南子は宋の國から來てゐる。容色よりも寧ろ其の才氣で以てすつかり靈公をまるめ込んでゐる1のだが、此の夫人が最近靈公に勸め、宋から公子朝といふ者を呼んで衞の大夫に任じさせた。宋朝は有名な美男である。衞に嫁ぐ以前の南子と醜關係があつたことは、靈公以外の誰一人として知らぬ者は無い。二人の關係は今衞の公宮で再び殆どおほつぴら2に續けられてゐる。宋の野人の歌うた牝豚牡豚とは、疑ひもなく、南子と宋朝とを指してゐるのである。
父亲灵公的夫人(并非太子生母)南子来自宋国。她颇有姿色,才气更是过人,连灵公都对她百依百顺。这位夫人近日劝说灵公将宋国公子朝招至卫国做了大夫。宋朝是出了名的美男子,南子嫁至卫国前与他有过不正当关系,这事除灵公外无人不晓。如今二人竟在卫国宫中再续孽情,更加肆无忌惮。宋国农夫歌中所唱母猪和公猪,毫无疑问是在影射南子和宋朝。
太子は齊から歸ると、側臣の戲陽速を呼んで事を謀つた。翌日、太子が南子夫人に挨拶に出た時、戲陽速は既に匕首を呑んで室の一隅の幕の陰に隱れてゐた。さりげなく話をしながら太子は幕の陰に目くばせをする。
太子自齐国归来后,召侧臣戏阳速共商对策。翌日太子给南子夫人请安,戏阳速已事先口含匕首藏身于房间一角的幕帘后。太子一面佯装寒暄,一面朝幕帘使眼色。
急に臆したものか、刺客は出て來ない。三度合圖をしても、たゞ黒い幕がごそ/\搖れるばかりである。太子の妙なそぶりに夫人は氣が付いた。太子の視線を辿り、室の一隅に怪しい者の潛んでゐるのを知ると、夫人は悲鳴を擧げて奧へ跳び込んだ。其の聲に驚いて靈公が出て來る。夫人の手を執つて落着けようとするが、夫人は唯狂氣のやうに「太子が妾を殺します。太子が妾を殺します」と繰返すばかりである。靈公は兵を召して太子を討たせようとする。其の時分には太子も刺客も疾うに都を遠く逃げ出してゐた。
刺客戏阳速或许忽然心虚了,就是不现身。太子三次示意,回应他的只有黑色幕帘的些微摇摆。夫人意识到太子举止怪异,顺其视线望去,发现角落处藏有可疑人物,随即惊声高呼直奔内室而去。这一来惊动灵公闻声而出,执夫人双手劝慰安抚,夫人仍惊魂未定一般,不住高呼“蒯聩将杀余”。灵公欲派兵讨伐太子,其时太子与刺客皆已远离都城亡命去了。
宋に奔はしり、続いて晋しんに逃れた太子蒯聵は、人毎に語って言った。淫婦刺殺という折角せっかくの義挙も臆病な莫迦ばか者の裏切によって失敗したと。之も矢張衛から出奔した戯陽速が此の言葉を伝え聞いて、斯う酬いた。とんでもない。こちらの方こそ、すんでの事に太子に裏切られる所だったのだ。太子は私を脅して、自分の義母を殺させようとした。承知しなければ屹度私が殺されたに違いないし、もし夫人を巧く殺せたら、今度は必ず其の罪をなすりつけられるに決っている。私が太子の言を承諾して、しかも実行しなかったのは、深謀遠慮の結果なのだと。
太子蒯聩逃亡至宋,继而入晋,逢人便说那戏阳速乃胆小怕事的叛徒,刺杀淫妇的大好义举因他功亏一篑。同样自卫国出逃的戏阳速听闻此言,辩驳曰此乃子虚乌有,自己才是险遭太子陷害。“太子无道,使余杀其母。余不许,将戕于余;若杀夫人,将以余说。余是故许而弗为。”——他说这是自己深谋远虑的抉择。
晉では當時范氏中行氏の亂で手を燒いてゐた。齊・衞の諸國が叛亂者の尻押3をするので、容易に埒があかないのである。
晋国当时正疲于应对范氏和中行氏之乱。由于叛乱者得到齐、卫诸国的暗中支持,形势一时间难以明朗。
晉に入つた衞の太子は、此の國の大黒柱たる趙簡子の許に身を寄せた。趙氏が頗る厚遇したのは、此の太子を擁立することによつて、反晉派たる現在の衞侯に楯突かうとしたに外ならぬ。
卫太子入晋后投奔了该国权臣赵简子。赵氏对这名太子礼遇有加,无非是想通过拥立他来对抗反晋势力之一的当今卫王。
厚遇とはいつても、故國にゐた頃の身分とは違ふ。平野の打續く衞の風景とは凡そ事變つた・山勝ち4の絳の都に、侘しい三年の月日を送つた後、太子は遙かに父衞公の訃を聞いた。噂によれば、太子のゐない衞國では、已むを得ず蒯聵の子・輒を立てゝ、位に即かせたといふ。國を出奔する時後に殘して來た男の兒である。當然自分の異母弟の一人が選ばれるものと考へてゐた蒯聵は、一寸妙な氣がした。あの子供が衞侯だと? 三年前のあどけなさを考へると、急に可笑しくなつて來た。直ぐにも故國に歸つて自分が衞侯となるのに、何の造作も無いやうに思はれる。
蒯聩虽受厚待,但身份地位与在故国相比却一落千丈。绛都多山,与一马平川的卫国风情迥异,太子在此地度过了三年寂寥岁月,终闻远方传来其父卫侯的死讯。传闻卫国无太子可立,不得已只能拥立蒯聩之子辄嗣位。那是蒯聩出逃时留下的男孩。蒯聩一直以为卫国将立同父异母的弟弟,眼下这消息使他心中有些不是滋味——那黄毛小儿竟做了卫侯?想到三年前他那副稚气模样,蒯聩忽然觉得此事荒唐,自己应该即刻归国继位卫侯,这看上去是水到渠成之事。
亡命太子は趙簡子の軍に擁せられて意氣揚々と黄河を渡つた。愈〻衞の地である。戚の地迄來ると、しかし、其處からは最早一歩も東へ進めないことが判つた。太子の入國を拒む新衞侯の軍勢の邀撃に遇つたからである。戚の城に入るのでさへ、喪服をまとひ父の死を哭しつゝ、土地の民衆の機嫌をとりながらはひらなければならぬ始末であつた。事の意外に腹を立てたが仕方が無い。故國に片足突つ込んだ儘、彼は其處に留まつて機を待たねばならなかつた。それも、最初の豫期に反し、凡そ十三年の長きに亙つて。
流亡的太子在赵简子军队的护卫下意气昂扬地过了黄河。卫国终于近了。行至戚邑,太子才发现自此地再往东可谓寸步难行。新立卫侯反对太子入国,集结了军队正面抗击。太子一行甚至不得不着丧服,哭先王,以此讨好当地民众,这才勉强入了戚邑。事态的意外发展让太子气愤,却也无能为力。他半只脚踏进了故国,却又不得不就此止步,静待时机。而且事与愿违,这等待竟长达十三年。
最早(曾ては愛らしかつた)己の息子の輒は存在しない。己の當然嗣ぐべき位を奪つた・そして執拗に己の入國を拒否する・貪欲な憎むべき・若い衞侯が在るだけである。曾ては自分の目をかけてやつた諸大夫連が、誰一人機嫌伺ひにさへ來ようとしない。みんな、あの若い傲慢な衞侯と、それを輔ける・しかつめらしい5老獪6な上卿・孔叔圉(自分の姉の夫に當る爺さんだが)の下で、蒯聵などといふ名前は昔からてんで7聞いたこともなかつたやうな顏をして樂しげに働いてゐる。
作为自己儿子(曾经那么可爱)的辄已不在了,有的只是夺走了本该属于自己的王位并执意阻拦自己归国、贪婪而可憎的年轻卫侯。曾在自己麾下的那帮大夫们,甚至无人愿来问候。众人都臣服于年轻傲慢的卫侯,还有那辅佐卫侯的老奸巨猾、道貌岸然的上卿孔叔圉(算起来这老头还是自己姐夫),安于为二人效力。至于蒯聩这名字,他们全当从未耳闻。
明け暮れ黄河の水ばかり見て過した十年餘りの中に、氣まぐれで我が儘だつた白面の貴公子が、何時か、刻薄で、ひねくれた中年の苦勞人に成上つてゐた。
朝霞暮阳,满眼尽是黄河之水。一晃十余年过去,昔日我行我素的白净公子,已悄然成了冷血、乖僻、沧桑的中年人。
荒涼たる生活の中で、唯一つの慰めは、息子の公子疾であつた。現在の衞公輒とは異腹の弟だが、蒯聵が戚の地に入ると直ぐに、母親と共に父の許に赴き、其處で一緒に暮らすやうになつたのである。志を得たならば必ず此の子を太子にと、蒯聵は固く決めてゐた。息子の外にもう一つ、彼は一種の棄鉢な情熱の吐け口を鬪雞戲に見出してゐた。射倖心や嗜虐性の滿足を求める以外に、逞しい雄雞の姿への美的な耽溺でもある。餘り裕かでない生活の中から莫大な費用を割いて、堂々たる雞舍を連ね、美しく強い雞共を養つてゐた。
儿子公子疾是空虚生活里唯一的慰藉。他是当今卫侯辄的异母弟弟。蒯聩一入戚邑,他就跟着母亲来到父亲身边,三人在此团圆生活。蒯聩下定决心,如若大业得成,定要立此子为太子。除了儿子,他还将斗鸡当作发泄心中绝望豪情的一种方式。从中他的侥幸心理和施虐性情得到了满足,同时他也沉溺于雄鸡展现出的骁勇之美。他的生活算不上十分富裕,但还是分出高昂的费用建造一座座华丽的鸡舍,圈养一批雄美强健的斗鸡。
孔叔圉が死に、其の未亡人で蒯聵の姉に當る伯姫が、息子の悝を虚器8に擁して權勢を揮ひ始めてから、漸く衞の都の生氣は亡命太子にとつて好轉して來た。伯姫の情夫・渾良夫といふ者が使となつて屡〻都と戚との間を往復した。太子は、志を得た曉には汝を大夫に取立て死罪に抵る咎あるも三度迄は許さうと良夫に約束し、之を手先としてぬかり無く策謀を運らす。
孔叔圉死了。遗孀伯姬是蒯聩的姐姐,她开始利用儿子悝的身份玩弄权势。对于流亡的太子来说,卫国王都内的形势正逐渐好转。伯姬的情夫浑良夫成了姐弟间的使者,屡次往返于卫都和戚邑之间。太子与浑良夫约定,事成后保其做大夫,免死罪三回,以此换他为己所用,在暗中精心策划。
周の敬王の四十年、閏十二月某日蒯聵は良夫に迎へられて長驅都に入つた。薄暮女裝して孔氏の邸に潛入、姉の伯姫や渾良夫と共に、孔家の當主衞の上卿たる・甥の孔悝(伯姫からいへば息子)を脅し、之を一味に入れてクウ・デ・タア9を斷行した。子・衞侯は即刻出奔、父・太子が代つて立つ。即ち衞の莊公である。南子に逐はれて國を出てから實に十七年目であつた。
周昭王四十年闰十二月某日。蒯聩在浑良夫接应之下秘密进城,扮作女装趁薄暮时潜入孔宅,伙同姐姐伯姬和浑良夫三人挟持孔家家主——同时也是卫国上卿、自己的外甥(伯姬之子)——孔悝,强制其加入己方,果断实施政变。儿子(卫侯)当即出逃,父亲(太子)代而为王,此即卫庄公。当初在南子逼迫之下逃离卫国,到如今已是第十七个年头。
莊公が位に立つて先づ行はうとしたのは、外交の調整でも内治の振興でもない。それは實に、空費された己の過去に對する補償であつた。或ひは過去への復讐であつた。不遇時代に得られなかつた快樂は、今や性急に且つ十二分に充たされねばならぬ。不遇時代に慘めに屈してゐた自尊心は、今や俄かに傲然と膨れ返らねばならぬ。不遇時代に己を虐げた者には極刑を、己を蔑んだ者には相當な懲しめを、己に同情を示さなかつた者には冷遇を與へねばならぬ。己の亡命の因であつた先君の夫人南子が前年亡くなつてゐたことは、彼にとつて最大の痛恨事であつた。あの姦婦を捕へてあらゆる辱しめを加へ其の揚句極刑に處してやらうといふのが、亡命時代の最も愉たのしい夢だつたからである。過去の己に對して無關心だつた諸重臣に向つて彼は言つた。余は久しく流離の苦を嘗め來たつた。どうだ。諸子にもたまにはさういふ經驗が藥だらうと。此の一言で直ちに國外に奔つた大夫も二三に止まらない。姉の伯姫と甥の孔悝とには、固より大いに酬いる所があつたが、一夜宴に招いて大いに醉はしめた後、二人を馬車に乘せ、御者に命じて其の儘國外に驅り去らしめた。衞侯となつてからの最初の一年は、誠に憑かれた樣な復讐の月日であつた。空しく流離の中に失はれた青春の埋合せの爲に、都下の美女を漁つては後宮に納れたことは附加へるまでもない。
庄公即位,首先关注的既非调整外交也非振兴内治。他所行之事,其实是对自己被迫虚度之过往的补偿。或者说是对过去的报复。不得志时无法品尝的快乐,如今必须刻不容缓酣畅淋漓地得到满足。不得志时惨遭践踏的自尊心,如今必须傲然充盈一如当初。当初欺辱过自己的人要处以极刑,轻蔑过自己的人要严加惩戒,不曾怜悯自己的人要冷漠相待。先王的夫人南子——造成自己流亡的直接原因——前年已死了,这是他最大的悔恨。因为,抓住那淫妇,对她施以无尽的羞辱再处以极刑,是流亡在外时最能令他欢愉的梦。至于那些对自己不管不顾的朝廷重臣,他告诉他们:我已在外饱尝流离之苦,偶尔经历一番,对于诸子而言或为良药亦未可知。仅因此言而当即出逃的大夫又何止二三个。按约定姐姐伯姬和外甥孔悝本该重谢,蒯聩却在某夜大摆筵席,将二人灌醉后抬上马车,命车夫直接驱车送到国外去了。成为卫侯后的第一年里,蒯聩如着魔般日夜实施报复。更不必说他为了弥补流离失所中白白逝去的青春,在都城搜罗美女纳入后宫这种事了。
前から考へてゐた通り、己と亡命の苦を共にした公子疾を彼は直ちに太子と立てた。まだほんの少年と思つてゐたのが、何時しか堂々たる青年の風を備へ、それに、幼時から不遇の地位にあつて人の心の裏ばかりを覗いて來たせゐか、年に似合はぬ無氣味な刻薄さをチラリと見せることがある。幼時の溺愛の結果が、子の不遜と父の讓歩といふ形で、今に到る迄殘り、はたの者には到底不可解な氣の弱さを、父は此の子の前にだけ示すのである。此の太子疾と、大夫に昇つた渾良夫とだけが、莊公にとつての腹心といつてよかつた。
蒯聩遵循当初的想法,立了追随自己流亡并共患难的公子疾为太子。他总觉得公子疾还是少年,却发现他不知几时已成了风度翩翩的青年。或许因自幼坎坷不遇、一直揣测人心的缘故,他偶尔还会表现出一丝阴森的冷酷,这并非他的年纪该有。蒯聩自幼对其溺爱,二人之间一直都是儿子傲慢无礼而父亲妥协退让,只有在这个儿子面前父亲才会表现出怯懦,这种怯懦是旁人根本无法理解的。对于庄公而言,可称之为心腹的也只有太子疾和晋升大夫的浑良夫了。
或夜、莊公は渾良夫に向つて、先の衞侯輒が出奔に際し累代の國の寶器をすつかり持去つたことを語り、如何にして取戻すべきかを計つた。良夫は燭を執る侍者を退席させ、自ら燭を持つて公に近付き、低聲に言つた。亡命された前衞侯も現太子も同じく君の子であり、父たる君に先立つて位に在られたのも皆自分の本心から出たことではない。いつそ此の際前衞侯を呼戻し、現太子と其の才を比べて見て優れた方を改めて太子に定められては如何。若し不才だつたなら、其の時は寶器だけを取上げられれば宜い譯だ。……
某夜,庄公向浑良夫提起前任卫侯辄尽携历代国宝出逃一事,问其寻回宝物之计。浑良夫命秉烛侍者退下,亲自持烛至庄公旁低声道:“疾与亡君,皆君之子也,召之而择材焉可也。若不材,器可得也。”
其の部屋の何處かに密偵が潛んでゐたものらしい。愼重に人拂ひをした上での此の密談が其の儘太子の耳に入つた。
当时恰有密探藏于屋内某处,浑良夫自以为心思缜密支开了旁人,殊不知密谈之事原封不动全进了太子耳朵。
次の朝、色を作した太子疾が白刃を提げた五人の壯士を從へて父の居間へ闖入する。太子の無禮を叱咤するどころではなく、莊公は唯色蒼ざめて戰くばかりである。太子は從者に運ばせた牡豚を殺して父に盟はしめ、太子としての己の位置を保證させ、さて渾良夫の如き奸臣はたちどころに誅すべしと迫る。あの男には三度迄死罪を免ずる約束がしてあるのだと公が言ふ。それでは、と太子は父を威すやうに念を押す。四度目の罪がある場合には間違ひなく誅戮なさるでせうな。すつかり氣を呑まれた莊公は唯々として「諾」と答へるほかは無い。
次日早晨,太子疾面有愠色,领壮汉五名手持兵刃直闯父王寝宫。庄公非但不呵斥太子僭越,反而面无血色战栗不已。太子命随从在父亲面前宰杀公猪,要父亲起誓保自己太子之位无恙,并逼他立即诛杀奸臣浑良夫。庄公曰:“其盟免三死。”太子曰:“请三之后有罪杀之。”庄公竟不敢有分毫抵抗,只能唯唯应一声:“诺。”
翌年の春、莊公は郊外の遊覽地籍圃に一亭を設け、墻塀、器具、緞帳の類を凡て虎の模樣一式で飾つた。落成式の當日、公は華やかな宴を開き、衞國の名流は綺羅を飾つて悉く此の地に會した。渾良夫はもと/\小姓上りとて派手好みの伊達男である。此の日彼は紫衣に狐裘を重ね、牡馬二頭立の豪奢な車を驅つて宴に赴いた。自由な無禮講のこととて、別に劍を外しもせずに食卓に就き、食事半ばにして暑くなつたので、裘を脱いだ。此の態を見た太子は、いきなり良夫に躍りかかり、胸倉を掴んで引摺り出すと、白刃を其の鼻先に突きつけて詰つた。君寵を恃んで無禮を働くにも程があるぞ。君に代つて此の場で汝を誅するのだ。
翌年春,庄公在郊外观光果园中建成一亭,垣墙、器具、帷幔等皆以虎纹装饰。亭苑建成当日,庄公大宴宾客,卫国名流皆盛装出席聚于此地。浑良夫出身低下而平步青云,本就是讲求排场爱慕虚荣之徒。当日他着紫衣,裹狐裘,赴宴车驾有两头公马在前,极为奢华。由于当日宴席事先声明不拘礼数,他入座时也未摘佩剑,宴席过半觉得闷热又脱了裘袍。太子见状登时奔至浑良夫座前,揪其胸口拎将出来,长剑直指鼻尖,怒斥其自恃君宠不讲礼数,全然没有分寸,今日便要代替君王诛杀之。
腕力に自信の無い良夫は強ひて抵抗もせず、莊公に向つて哀願の視線を送りながら、叫ぶ。嘗て御主君は死罪三件まで之を免ぜんと我に約し給うた。されば、假令今我に罪ありとするも、太子は刃を加へることが出來ぬ筈だ。
浑良夫自知臂力不如,并无过多抵抗,而是以眼神向庄公示以哀求,并高喊说大王曾允其免死罪三回。所以即便今天有罪,太子也不可下杀手。
三件とや? 然らば汝の罪を數へよう。汝今日、國君の服たる紫衣をまとふ。罪一つ。天子直參の上卿用たる衷甸10兩牡の車に乘る。罪二つ。君の前にして裘を脱ぎ、劍を釋かずして食ふ。罪三つ。
三回?太子不以为然,便要细数其罪状——汝今日着紫衣,国君服方可用紫,此一罪。汝今日所乘双骏马车,乃天子近身上卿座驾,此二罪。汝于君王前脱裘袍,食而不释佩剑,此三罪。
それだけで丁度三件。太子は未だ我を殺すことは出來ぬ、と、必死にもがきながら良夫が叫ぶ。
浑良夫垂死挣扎,高呼仅此三件,太子仍不可杀我。
いや、まだある。忘れるなよ。先夜、汝は主君に何を言上したか? 君侯父子を離間しようとする佞臣奴!
太子道,还有一罪。莫要忘记那夜的谗言,你这妄想离间君臣父子的佞臣!
良夫の顏色がさつと紙の樣に白くなる。
浑良夫面色惨白如纸。
之で汝の罪は四つだ。といふ言葉も終らぬ中に、良夫の頸はがつくり前に落ち、黒地に金で猛虎を刺繍した大緞帳に鮮血がさつと迸る。
如此便有四罪——话音未落,浑良夫已人头落地,血喷溅在黑底金丝猛虎刺绣的帷幔上。
莊公は眞蒼な顏をした儘、默つて息子のすることを見てゐた。
庄公面色苍白,目睹儿子行为哑口无言。
晉の趙簡子の所から莊公に使が來た。衞侯亡命の砌11、及ばず乍ら御援け申した所、歸國後一向に御挨拶が無い。御自身に差支へがあるなら、せめて太子なりと遣はされて、晉侯に一應の御挨拶がありたい、といふ口上である。かなり威猛高な此の文言に、莊公は又しても己の過去の慘めさを思出し、少からず自尊心を害した。國内に未だ紛爭が絶えぬ故、今暫く猶豫され度い、と、取敢へず使を以て言はせたが、其の使者と入れ違ひに衞の太子からの密使が晉に屆いた。父衞侯の返辭は單なる遁辭で、實は、以前厄介になつた晉國が煙たさ故の・故意の延引なのだから、欺されぬやうに、との使である。一日も早く父に代り度いが爲の策謀と明らかに知れ、趙簡子も流石に些か不快だつたが、一方衞侯の忘恩も又必ず懲さねばならぬと考へた。
晋国赵简子遣使者向庄公传话——卫侯亡命之际,虽不足道但也曾出手相助,如今顺利归国却杳无音信。倘若实在分身乏术,至少应使太子拜见晋侯。庄公感受到对方字里行间尽显威严,又回忆起自身惨淡的过去,自尊心极为受挫。他姑且使人回话,只说国内纷争未定,尚需些许时日。岂料太子密使紧随那使者到了晋,禀告说那都是庄公的推托之词,实因他不愿提及过去曾受晋国恩惠一事而有意拖延,勿受愚弄。赵简子当然明白太子此举只为尽早取代父亲,对这拙劣计策也确实心生不快,但又觉得忘恩负义的卫侯必须惩戒。
其の年の秋の或夜、莊公は妙な夢を見た。
是年秋某夜,庄公做了个怪梦。
荒涼たる曠野に、檐も傾いた古い樓臺が一つ聳え、そこへ一人の男が上つて、髮を振り亂して叫んでゐる。「見えるわ。見えるわ。瓜、一面の瓜だ。」見覺えのあるやうな所と思つたら其處は古の昆吾氏12の墟で、成程到る所累々たる瓜ばかりである。小さき瓜を此の大きさに育て上げたのは誰だ? 慘めな亡命者を時めく衞侯に迄守り育てたのは誰だ? と樓上で狂人の如く地團駄を踏んで喚いてゐる彼の男の聲にも、どうやら聞き憶えがある。おやと思つて聞き耳を立てると、今度は莫迦にはつきり聞えて來た。「俺は渾良夫だ。俺に何の罪があるか! 俺に何の罪があるか!」
荒凉的旷野,一座房檐歪斜的古旧楼台。一男子拾阶而上,披头散发,口中怪叫“看啊,看啊,瓜,尽是瓜”。庄公觉得此地似曾见过,忽而想起此乃上古昆吾氏之墟,再定睛一看,地上果然长满了瓜。将瓜自小养大的人是谁?又是谁守护那凄惨流亡之人当上威风的卫侯?——楼上男子捶胸顿足如狂人般吼叫。庄公闻其声又觉似曾相识,不禁心中诧异,侧耳倾听,那声音便如洪钟一般:“余为浑良夫,余何罪之有!余何罪之有!”
莊公は、びつしより汗をかいて眼を覺した。いやな氣持であつた。不快さを追拂はうと露臺へ出て見る。遲い月が野の果に出た所であつた。赤銅色に近い・紅く濁つた月である。公は不吉なものを見たやうに眉を顰め、再び室に入つて、氣になるままに灯の下で自ら筮竹を取つた。
庄公惊醒,浑身冷汗。梦境令他烦闷。他走到露台想散一散心。夜月晚升,此时刚出现在原野尽头。月色近似赤铜,泛着浑浊红色。庄公眉头紧蹙,仿佛见到了什么不祥之物,又回至屋内,心事重重地在灯下拿起筮竹。
翌朝、筮師を召して其の卦を判ぜしめた。害無しと言ふ。公は欣び、賞として領邑を與へることにしたが、筮師は公の前を退くと直ぐに倉皇として國外に逃れた。現れた通りの卦を其の儘傳へれば不興を蒙ること必定故、一先づ僞つて公の前をつくろひ、さて、後に一散に逃亡したのである。公は改めて卜した。その卦兆の辭を見るに「魚の疲れ病み、赤尾を曳きて流に横たはり、水邊を迷ふが如し。大國これを滅ぼし、將に亡びんとす。城門と水門とを閉ぢ、乃ち後より踰えん」とある。大國とあるのが、晉であらうことだけは判るが、其の他の意味は判然しない。兎に角、衞侯の前途の暗いものであることだけは確かと思はれた。
翌日,筮师占卦曰:“不害。”庄公大喜,当即封赏田邑,但筮师告退后就仓皇出逃国外了。他明白若如实道出卦象吉凶必定难逃一死,才决定先虚言稳住庄公,立即逃命。庄公又卜一卦。对照卦辞曰:“如鱼窥尾,衡流而方羊。裔焉大国,灭之将亡。阖门塞窦,乃自后踰。”庄公只知这“大国”当指晋国,剩下的意思却不甚明了。不过他总算认定了一点——作为卫侯的前路是堪忧了。
殘年の短かさを覺悟させられた莊公は、晉國の壓迫と太子の專横とに對して確乎たる處置を講ずる代りに、暗い豫言の實現する前に少しでも多くの快樂を貪らうと只管にあせるばかりである。大規模の工事が相繼いで起され過激な勞働が強制されて、工匠石匠等の怨嗟の聲が巷に滿ちた。一時忘れられてゐた鬪雞戲への耽溺も再び始まつた。雌伏13時代とは違つて、今度こそ思ひ切り派手に此の娯しみに耽る事が出來る。金と權勢とに饜かして國内國外から雄雞の優れたものが悉く集められた。殊に、魯の一貴人から購め得た一羽の如き、羽毛は金の如く距14は鐵の如く、高冠昂尾、誠に稀に見る逸物である。後宮に立入らぬ日はあつても、衞侯が此の雞の毛を立て翼を奮ふ状を見ない日は無かつた。
庄公无奈接受了时日无多的现实,全然不顾晋国的威胁和太子的专横这些实际问题该如何解决,只想趁晦气的预言成真之前不顾一切纵情享乐。他大兴土木,强迫人民参与过重的劳动,工匠、石匠等苦不堪言,怨声载道。斗鸡的把戏被冷落了一段时间,如今他又开始沉溺其中了。今日不同当初落难之时,他可以想尽一切手段,在这点娱乐上极尽奢靡。他不惜动用金钱和权势,从国内外搜集一切品质上乘的雄鸡。当中有一只从鲁国贵族手上买来的尤为罕见,羽毛澄黄如金,趾爪坚硬如铁,冠高尾昂,实属珍品。卫侯有不入后宫之日,却无一日不去观赏这雄鸡抖擞羽毛振翅昂扬。
一日、城樓から下の街々を眺めてゐると、一ヶ所甚だ雜然とした陋穢な一劃が目に付いた。侍臣に問へば戎人の部落だといふ。戎人とは西方化外の民の血を引いた異種族である。眼障りだから取拂へと莊公は命じ、都門の外十里の地に放逐させることにした。幼を負ひ老を曳き、家財道具を車に積んだ賤民共が陸續と都門の外へ出て行く。役人に追立てられて慌て惑ふ状が、城樓の上からも一々見て取れる。追立てられる群集の中に一人、際立つて髮の美しく豐かな女がゐるのを、莊公は見付けた。直ぐに人を遣つて其の女を呼ばせる。戎人己氏なる者の妻であつた。顏立は美しくなかつたが、髮の見事さは誠に輝くばかりである。公は侍臣に命じて此の女の髮を根本から切取らせた。後宮の寵姫の一人の爲にそれで以て髢を拵へようといふのだ。丸坊主にされて歸つて來た妻を見ると、夫の己氏は直ぐに被衣を妻にかづかせ、まだ城樓の上に立つてゐる衞侯の姿を睨んだ。役人に笞打たれても、容易に其の場を立去らうとしないのである。
一日,庄公自城楼俯瞰城区,见街道一隅脏乱无序,询问侍臣得知是戎人部落。戎人乃异族,出自西方治外地域人种之血脉。庄公遂以碍眼为由下令取缔,一直驱逐至距城门十里之外的地方。贱民们将财产工具全部装车,拖老带幼出城门而去,他们受官兵驱赶时的慌张与困惑,城楼上的庄公尽数看在眼里。他发现流放人群中有一女子,青丝如瀑甚是美丽,当即遣人去寻。女子为戎人己氏之妻,容貌虽平平,长发却光泽秀美。庄公命侍臣将此女头发连根剃净,说要留给后宫一宠妃做假髻。己氏看到妻子被剃了光头,立即替她包裹遮蔽,转而怒视仍观望于城楼之上的卫侯,哪怕受官兵鞭笞也不肯就此离去。
冬、西方からの晉軍の侵入と呼應して、大夫・石圃なる者が兵を擧げ、衞の公宮を襲うた。衞侯の己を除かうとしてゐるのを知り先手を打つたのである。一説には又、太子疾との共謀によるのだともいふ。
该年冬,卫大夫石圃倒戈,兵指卫都以接应自西方入侵的晋军。石圃知卫侯欲将自己铲除,这才先下手为强。又一说他此举乃是与太子疾同谋作乱。
莊公は城門を悉く閉ぢ、自ら城樓に登つて叛軍に呼び掛け、和議の條件を種々提示したが石圃は頑として應じない。やむなく寡い手兵を以て禦がせてゐる中に夜に入つた。
庄公下令关闭所有城门,独自登楼向叛军喊话,承诺种种议和条件,石圃态度十分坚定,不予理会。庄公无奈只得遣寥寥数名禁卫死守,僵持至入夜。
月の出ぬ間の暗さに乘じて逃れねばならぬ。諸公子・侍臣等の少數を從へ、例の高冠昂尾の愛雞を自ら抱いて公は後門を踰える。慣れぬこととて足を踏み外して墜ち、したたか股を打ち脚を挫いた。手當をしてゐる暇は無い。侍臣に扶けられつつ、眞暗な曠野を急ぐ。兎にも角にも夜明迄に國境を越えて宋の地に入らうとしたのである。大分歩いた頃、突然空がぼうつと仄黄色く野の黒さから離れて浮上つたやうな感じがした。月が出たのである。何時かの夜夢に起されて公宮の露臺から見たのとまるでそつくりの赤銅色に濁つた月である。いやだなと莊公が思つた途端、左右の叢から黒い人影がばら/\と立現れて、打つて掛つた。剽盜か、それとも追手か。考へる暇もなく激しく鬪はねばならなかつた。諸公子も侍臣等も大方は討たれ、それでも公は唯獨り草に匍ひつつ逃れた。立てなかつたために却つて見逃されたのでもあらう。
若想出逃,只有趁月色未明前的昏暗之际,于是庄公领诸公子和侍臣,怀抱他那只冠高尾昂的雄鸡,至后城门翻墙而出。卫侯哪做过这种事,稍不留神一脚踏空摔得仰面朝天,还扭了脚,但此时根本无暇顾及,只有让侍臣搀扶,疾行于黑暗的旷野之中。他计划必须赶在夜明前进入宋国。走了许久,忽觉一缕朦胧黄光,仿佛游离于漆黑的荒野,浮在了半空。是月亮升起了。浑浊的赤铜色月亮正如曾经梦中惊醒后在露台上所见。庄公正暗道晦气,左右草丛中忽现许多黑影扑将而来。已无暇多想是强盗还是追兵,只得奋力迎战。公子们和侍臣们几乎全灭,唯独庄公匍匐在草地里得以逃脱。或许因他一直未起身,不曾被注意到。
氣が付いて見ると、公はまだ雞をしつかり抱いてゐる。先程から鳴聲一つ立てないのは、疾うに死んで了つてゐたからである。それでも捨て去る氣になれず、死んだ雞を片手に、匍つて行く。
庄公回过神时,发现仍怀抱那只雄鸡。鸡早已死了,所以方才一声未啼。即便如此他还是不忍丢弃,单手抓着匍匐前进。
原の一隅に、不思議と、人家らしいもののかたまつた一郭が見えた。公は漸く其處迄辿り着き、氣息奄々たる樣でとつつきの一軒に匍ひ込む。扶け入れられ、差出された水を一杯飮み終つた時、到頭來たな! といふ太い聲がした。驚いて眼を上げると、此の家の主人らしい・赭ら顏の・前齒の大きく飛出た男がじつと此方を見詰めてゐる。一向に見憶えが無い。
他意外发现荒原一隅似有一小村落,聚集了许多住户,于是勉强进了村子,奄奄一息地爬进了头一户人家。他被搀扶进屋,将递来的水一饮而尽,随即听到一个粗犷的声音——终于落入我手!庄公惊惶之中抬眼观望,说话者似是一家之主,面色发红,门牙硕大而外翻,正直勾勾地瞪着自己。他对此人并无印象。
「見憶えが無い? さうだらう。だが、此奴なら憶えてゐるだらうな。」
“不认识?也罢。不过你总该识得此人!”
男は、部屋の隅に蹲まつてゐた一人の女を招いた。其の女の顏を薄暗い灯の下で見た時、公は思はず雞の死骸を取り落し、殆ど倒れようとした。被衣を以て頭を隱した其の女こそは、紛れもなく、公の寵姫の髢のために髮を奪はれた己氏の妻であつた。
男人让蜷缩在房间角落的女子上前来。庄公借灯火微光辨识一番,不禁扔下手中死鸡,险些瘫倒在地。此女以布缠头,正是当初为给宠妃制作假髻而夺其秀发之女——己氏之妻无疑。
「許せ」と嗄れた聲で公は言つた。「許せ。」
“算了——”庄公的声音沙哑,“都算了。”
公は顫へる手で身に佩びた美玉をとり外して、己氏の前に差出した。
他颤抖着取下随身佩戴的美玉,递到己氏面前。
「これをやるから、どうか、見逃して呉れ。」
“活我,吾与汝璧。”
己氏は蕃刀の鞘を拂つて近附きながら、ニヤリと笑つた。
己氏手中番刀早已出鞘,正步步逼近,听闻此言咧嘴一笑。
「お前を殺せば、璧が何處かへ消えるとでもいふのかね?」
“杀汝,璧其焉往?”
これが衞侯蒯聵の最期であつた。
这就是卫侯蒯聩的下场。
Footnotes
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まるめ込む:[動マ五四]他人を自分の思い通りにだきこむ ↩
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大っぴら:[形動]人目をはばからないさま ↩
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尻押:[名]陰で助勢すること ↩
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がち:[接尾]…が多い ↩
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鹿爪らしい:[形][文]まじめくさっていて堅苦しい ↩
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老獪:[名・形動]いろいろ経験を積んでいて、悪賢いこと ↩
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てんで:[副]まるっきり。まったく ↩
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虚器:[名]名目だけで実権の伴わない地位 ↩
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クーデター ([仏] coup d’État):[名]支配階級とされる公権力や資本家が公然と暴力等の非合法手段によって強制力を掛けて政権を転覆させること ↩
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衷甸:两马驾辕的卿车称中乘,天子诸侯驾四马称上乘 ↩
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砌:[名]そのころ ↩
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昆吾:夏朝最重要的方国、技术部族与诸侯之长,以制陶、铸铜、制玉闻名,为夏桀羽翼,被商汤所灭 ↩
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雌伏:[名]人に屈服すること ↩
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距:[名]キジ目の雄の鳥のすねのうしろ側に生じる突起 ↩