芥川龍之介: 羅生門
first published:『帝国文学』1915年11月号
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desc: 以《今昔物语集》为蓝本,刻画一名底层仆人为求生存、被迫染指恶行的模样。作品标题取自平安京朱雀大街的正门 ——罗生门
或日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待つてゐた。
某日黄昏,一名仆役正在罗生门下避雨。
廣い門の下には、この男の外に誰もゐない。唯、所々丹塗の剥げた、大きな圓柱に、蟋蟀が一匹とまつてゐる。羅生門が、朱雀大路にある以上は、この男の外にも、雨やみをする市女笠や揉烏帽子が、もう二三人はありさうなものである。それが、この男の外には誰たれもゐない。
宽阔的城门下,除了这个男人之外别无他人。只不过,在朱漆剥落的大圆柱上,还停着一只蟋蟀。罗生门位于朱雀大街上,按说除了这名仆役,总该有三两个戴着圆竹女笠或是乌布软帽的人来避雨才是,可是此时除了他之外,再没有旁人了。
何故かと云ふと、この二三年、京都には、地震とか辻風とか火事とか饑饉とか云ふ災がつゞいて起つた。そこで洛中のさびれ方かたは一通りでない。舊記によると、佛像や佛具を打砕いて、その丹がついたり、金銀の箔がついたりした木を、路ばたにつみ重ねて、薪の料に賣つてゐたと云ふ事である。洛中がその始末であるから、羅生門の修理などは、元より誰も捨てゝ顧る者がなかつた。するとその荒れ果てたのをよい事にして、狐狸が棲む。盗人が棲む。とうとうしまひには、引取り手のない死人を、この門へ持つて來て、棄てゝ行くと云ふ習慣さへ出來た。そこで、日の目が見えなくなると、誰でも氣味を惡るがつて、この門の近所へは足ぶみをしない事になつてしまつたのである。
若说其中的缘故,这两三年来,京都城中地震、飓风、火灾、饥馑等灾祸连绵不断,因而京畿一带的萧条景象非比寻常。根据古书上的记载,佛像和佛具都被打碎,涂着朱漆、贴着金箔银箔的木料被堆在路边,当作柴薪出卖。京城既然是这般光景,罗生门的修葺之事,自然便无人顾及了。于是这里日益荒芜,狐狸来此栖息,盗贼在此藏身。久而久之,甚至形成了一个惯例,凡是无人认领的尸体,便被运来抛弃在城门上。因此,每当暮色降临,人们都心惊胆寒,不敢走近这座城门。
その代り又鴉が何處からか、たくさん集つて來た。晝間見みると、その鴉が何羽となく輪を描いて高い鴟尾のまはりを啼きながら、飛びまはつてゐる。殊に門の上の空が、夕燒けであかくなる時には、それが胡麻をまいたやうにはつきり見えた。鴉は、勿論、門の上にある死人の肉を、啄みに來るのである。――尤も今日は、刻限が遲いせいか、一羽も見えない。唯、所々、崩れかゝつた、さうしてその崩れ目に長い草のはへた石段の上に、鴉の糞が、點々と白くこびりついてゐるのが見える。下人は七段ある石段の一番上の段に洗ひざらした紺の襖の尻を据ゑて、右の頬に出來た、大きな面皰を氣にしながら、ぼんやり、雨のふるのを眺めてゐるのである。
而另一方面,不知从哪里聚集来大群的乌鸦。白昼时,只见无数的乌鸦成群飞舞,围着高高的鸱尾盘旋环绕,一边高声啼叫。尤其是当城门上空被晚霞染红的时候,乌鸦便如同撒落的芝麻似的清晰可见。自不必说,乌鸦是来啄食城门上的尸体的——不过,今天可能是天色太晚的缘故,一只乌鸦也没有。石阶已经开始崩塌,裂缝中野草疯长,星星点点的白色鸦粪粘在台阶上。仆役垫着他那褪了色的藏青色夹袄的下襟,坐在七级石阶的最高处,一边抚弄着右脸颊上冒出的那个大疱疮,一边茫然凝望着雨景。
作者はさつき、「下人が雨やみを待つてゐた」と書いた。しかし、下人は、雨がやんでも格別どうしようと云ふ當てはない。ふだんなら、勿論、主人の家へ歸る可き筈である。所がその主人からは、四五日前に暇を出された。前にも書いたやうに、當時たうじ京都きやうとの町は一通りならず衰微すゐびしてゐた。今この下人が、永年ながねん、使はれてゐた主人から、暇ひまを出されたのも、この衰微の小さな餘波に外ならない。だから「下人が雨やみを待つてゐた」と云いふよりも、「雨にふりこめられた下人が、行き所がなくて、途方にくれてゐた」と云ふ方が、適當である。その上、今日の空模樣も少からずこの平安朝の下人の Sentimentalisme に影響した。申の刻下りからふり出した雨は、未に上るけしきがない。そこで、下人は、何を措いても差當り明日の暮しをどうにかしようとして――云はゞどうにもならない事ことを、どうにかしようとして、とりとめもない考へをたどりながら、さつきから朱雀大路にふる雨の音を、聞くともなく聞いてゐた。
作者方才写道“仆役正在避雨”,但实际上即便雨停了,仆役也并没有什么去处。若在平日里,他自然应当回主人家,可是就在四五天前,他刚被主人辞退。正如前文所述,当时京都城中一片凋零,仆役被长年雇用他的主人辞退,实际上无非是这种凋零景象的一个小小的余波。因此,说是“仆役正在避雨”,莫如说“仆役遇雨而无处可去,正是走投无路”更妥当些。而且,今日的天色也颇加深了这名平安朝仆役的阴郁情绪。申时过后便开始下起的雨,直到这时也没有要停歇的模样。但无论如何,仆役先得想想明天的日子该怎么过——这可谓“虽是无可奈何之事,终归得想方设法”,仆役一边茫无头绪地思索着,一边无情无绪地听着敲落在朱雀大街上的雨音。
雨は、羅生門をつゝんで、遠くから、ざあつと云ふ音をあつめて來る。夕闇は次第に空を低くして、見上げると、門の屋根が、斜につき出した甍先に、重たくうす暗い雲を支へてゐる。
雨幕包裹着罗生门,由远及近,皆是哗哗的雨声。暮色渐渐压低了天空,抬头望去,城门那斜挑的飞檐上方,正压着一团浓重的阴云。
どうにもならない事を、どうにかする爲には、手段を選んでゐる遑はない。選んでゐれば、築土の下か、道ばたの土の上で、饑死をするばかりである。さうして、この門の上へ持つて來て、犬のやうに棄てられてしまふばかりである。選ばないとすれば――下人の考へは、何度も同じ道を低徊した揚句に、やつとこの局所へ逢着した。しかしこの「すれば」は、何時までたつても、結局「すれば」であつた。下人は、手段を選ばないといふ事を肯定しながらも、この「すれば」のかたをつける爲に、當然、その後に來る可き「盗人になるより外に仕方がない」と云ふ事を、積極的に肯定する丈の、勇氣が出ずにゐたのである。
若要想方设法解决无可奈何之事,便无暇去顾及手段。如果还挑挑拣拣,只有饿死在墙根下、大道旁,然后像野狗一般被拖来丢在这座城门上。倘若不择手段呢?——仆役反反复复地思来想去,终于想到了这一步。可是,纵使他思虑良久,这个“倘若”却依然是“倘若”。仆役虽然认为不择手段是应当的,但若要亲身践行这个“倘若”,随之而来的势必是“除却成为盗贼、别无他途”,他还没有勇气当真这么干。
下人は、大きな嚏をして、それから、大儀さうに立上つた。夕冷えのする京都は、もう火桶が欲しい程の寒さである。風は門の柱と柱との間を、夕闇と共に遠慮なく、吹きぬける。丹塗の柱にとまつてゐた蟋蟀も、もうどこかへ行つてしまつた。
仆役打了一个大喷嚏,无精打采地站起身来。京都夜寒,该围着火盆暖暖身体才好。暮色越发深重,冷风无情地从城门的柱子间穿过。停在朱漆圆柱上的蟋蟀,已经不见了踪影。
下人は、頸をちゞめながら、山吹の汗衫に重ねた、紺の襖の肩を高くして門のまはりを見まはした。雨風の患のない、人目にかゝる惧のない、一晩樂にねられさうな所があれば、そこでともかくも、夜を明かさうと思つたからである。すると、幸門の上の樓へ上る、幅の廣い、之も丹を塗つた梯子が眼についた。上なら、人がゐたにしても、どうせ死人ばかりである。下人は、そこで腰にさげた聖柄の太刀が鞘走らないやうに氣をつけながら、藁草履をはいた足を、その梯子の一番下の段へふみかけた。
仆役内穿棣棠色单衣,外罩藏青夹袄,瑟缩着脖颈,高耸双肩,在城门内外四处张望。他思忖道,若能找到一处遮风避雨又不惹人眼目的地方,可以睡上一宿好觉,那么先在此歇息一晚也罢。幸好,此时他看到了一架通向城楼的朱漆宽梯,城楼上纵然有人,也无非是些死人。于是,仆役一边小心留意不让腰间的木柄佩刀滑出鞘外,一边抬起穿着稻草鞋的脚,踏上了楼梯的第一级。
それから、何分かの後である。羅生門の樓の上へ出る、幅の廣い梯子の中段に、一人の男が、猫のやうに身をちゞめて、息を殺しながら、上の容子を窺つてゐた。樓の上からさす火の光が、かすかに、その男の右の頬をぬらしてゐる。短い鬚の中に、赤く膿を持つた面皰のある頬である。下人は、始めから、この上にゐる者は、死人ばかりだと高を括つてゐた。それが、梯子を二三段上つて見ると、上では誰か火をとぼして、しかもその火を其處此處と動かしてゐるらしい。これは、その濁つた、黄いろい光が、隅々に蜘蛛の巣をかけた天井裏に、ゆれながら映つたので、すぐにそれと知れたのである。この雨の夜に、この羅生門の上で、火をともしてゐるからは、どうせ唯の者ではない。
片刻之后,在通向罗生门城楼的梯子的半腰上,一个男人弓起身子如猫一般,屏息凝神地窥探城楼上的动静。城楼上透出的火光隐约照亮了男人的右脸颊,短短的胡须间,可见那个发红脓肿的疱疮。起初,仆役估摸着城楼上不过是些死人,可是他爬了两三级梯子,便发现城楼上有人点着火,而且火光游移不定。因为那浑浊昏黄的火光,摇摇颤颤地映在布满了蛛丝的顶棚上,一见便可知晓。如此雨夜里,敢在罗生门上点起火光的,绝非是寻常之辈。
下人は、守宮のやうに足音をぬすんで、やつと急な梯子を、一番上の段まで這ふやうにして上りつめた。さうして體を出來る丈、平にしながら、頸を出來る丈、前へ出して、恐る恐る、樓の内を覗いて見た。
仆役像壁虎一般蹑手蹑脚,好不容易爬到了陡急楼梯的最高处,他尽力伏下身体,使劲伸长脖颈,小心翼翼地朝城楼内窥探。
見ると、樓の内には、噂に聞いた通り、幾つかの屍骸が、無造作に棄てゝあるが、火の光の及ぶ範圍が、思つたより狹いので、數は幾つともわからない。唯、おぼろげながら、知れるのは、その中に裸の屍骸と、着物を着た屍骸とがあると云ふ事である。勿論、中には女も男もまじつてゐるらしい。さうして、その屍骸は皆、それが、甞、生きてゐた人間だと云ふ事實さへ疑はれる程、土を捏ねて造つた人形のやうに、口を開いたり手を延ばしたりしてごろごろ床の上にころがつてゐた。しかも、肩とか胸とかの高くなつてゐる部分に、ぼんやりした火の光をうけて、低くなつてゐる部分の影を一層暗くしながら、永久に唖の如く默つていた。
正如传闻所说的,城楼内横七竖八地丢弃着数具尸体,火光所照到的范围比预想的狭窄,所以到底有多少具尸体,倒也看不分明。只是模模糊糊地,能够看到其中有穿着衣服的,也有裸着身体的,当然,男人女人都有。这些尸骸如同泥捏土造的偶人,张着嘴巴、伸手张脚地滚落在地板上,简直令人怀疑他们曾经是活生生的人。朦胧的火光照在尸体的肩膀、胸脯等凸起的部位上,使得凹下部分的阴影越发显得暗淡,它们如同哑人般永远地沉默着。
下人は、それらの屍骸の腐爛した臭氣に思はず、鼻を掩つた。しかし、その手は、次の瞬間には、もう鼻を掩ふ事を忘れてゐた。或る強い感情が、殆悉この男の嗅覺を奪つてしまつたからである。
尸体散发出腐烂的气息,仆役不由自主地掩上了鼻子。可是,下一瞬间,一种强烈的情绪几乎完全夺去了仆役的嗅觉,他的手也忘记了捂鼻子。
下人の眼は、その時、はじめて、其屍骸の中に蹲つている人間を見た。檜肌色の着物を著た、背の低い、痩せた、白髮頭の、猿のやうな老婆である。その老婆は、右の手に火をともした松の木片を持つて、その屍骸の一つの顏を覗きこむやうに眺めてゐた。髮の毛の長い所を見ると、多分女の屍骸であらう。
原来,有一个人蹲在尸体中间,那是一个穿着桧皮色衣裳、矮小瘦削、猴子一般的白发老妇。老妇右手举着点燃的松木片,正凑在一具尸体跟前仔细端详。尸体拖着长长的头发,大概是个女人的尸身。
下人は、六分の恐怖と四分の好奇心とに動かされて、暫時は呼吸をするのさへ忘れてゐた。舊記の記者の語を借りれば、「頭身の毛も太る」やうに感じたのである。すると、老婆は、松の木片を、床板の間に挿して、それから、今まで眺めてゐた屍骸の首に兩手をかけると、丁度、猿の親が猿の子の虱をとるやうに、その長い髮の毛を一本づゝ拔きはじめた。髮は手に從つて拔けるらしい。
仆役心怀六分恐惧、四分好奇,一时间连喘气都忘了。借用古书作者的话,仆役感到“毛骨悚然”。这时,老妇把松木片插在地板缝里,把手伸向她一直打量着的尸体的脑袋,就像母猴替幼猴逮虱子似的,一根一根地拔那长长的头发。随着手的动作,头发一根根地落了下来。
その髮の毛が、一本ずゝ拔けるのに從つて下人の心からは、恐怖が少しづつ消えて行つた。さうして、それと同時に、この老婆に對するはげしい憎惡が、少しづゝ動いて來た。――いや、この老婆に對すると云つては、語弊があるかも知れない。寧、あらゆる惡に對する反感が、一分毎に強さを増して來たのである。この時、誰かがこの下人に、さつき門の下でこの男が考へてゐた、饑死をするか盗人になるかと云ふ問題を、改めて持出したら、恐らく下人は、何の未練もなく、饑死を選んだ事であらう。それほど、この男の惡を憎む心は、老婆の床に挿した松の木片のやうに、勢よく燃え上り出してゐたのである。
随着头发被一根一根地拔下,仆役心里的恐惧也一分一分地消退。与此同时,一种对老妇的强烈憎恶之情则一点一点地涌了上来。——不,说那是对老妇的憎恶之情,可能不太恰当。莫如说,那是对所有罪恶的反感,这种反感正一刻一刻地增强。若是此时有人再次问起仆役方才在城门下思考过的“饿死还是成为盗贼”这一问题,恐怕他会毫不踌躇地选择饿死。这个人对罪恶的憎恨之情,正如老妇插在地板上的松木火把那样熊熊燃烧着。
下人には、勿論、何故老婆が死人の髮の毛を拔くかわからなかつた。從つて、合理的には、それを善惡の何れに片づけてよいか知らなかつた。しかし下人にとつては、この雨の夜に、この羅生門の上で、死人の髮の毛を拔くと云ふ事が、それ丈で既に許す可らざる惡であつた。勿論、下人は、さつき迄自分が、盗人になる氣でゐた事なぞは、とうに忘れてゐるのである。
当然,仆役并不知道老妇为何要拔死人的头发,因此,从理性上说,他无法断定这究竟是善还是恶。但是在仆役看来,这样的雨夜中,在罗生门上拔死人的头发,这一行为本身已经是不可饶恕的罪恶。自不必说,仆役早已忘记了就在刚才,自己还动过去当盗贼的念头。
そこで、下人は、兩足に力を入れて、いきなり、梯子から上へ飛び上つた。さうして聖柄の太刀に手をかけながら、大股に老婆の前へ歩みよつた。
仆役双足一用力,纵身从梯子蹿上城楼,摁住木柄腰刀,大步流星地走到老妇面前。
老婆が驚いたのは、云ふ迄もない。老婆は、一目下人を見ると、まるで弩にでも弾かれたやうに、飛び上つた。
老妇当然十分惊骇,一见到仆役,她活像被弓弩弹出去似的蹦了起来。
「おのれ、どこへ行く。」
“老太婆,哪里走!”
下人は、老婆が屍骸につまづきながら、慌てふためいて逃げようとする行手を塞いで、こう罵つた。老婆は、それでも下人をつきのけて行かうとする。下人は又、それを行かすまいとして、押しもどす。二人は屍骸の中で、暫、無言のまゝ、つかみ合つた。しかし勝敗は、はじめから、わかつている。下人はとうとう、老婆の腕をつかんで、無理にそこへ扭ぢ倒した。丁度、鷄の脚のやうな、骨と皮ばかりの腕である。
看到老妇踉踉跄跄,磕绊着尸体,狼狈奔逃,仆役猛地挡住她的去路,喝骂道。老妇奋力去推仆役,仆役又把她推回去,一时间,两人在尸体堆里沉默地扭打着。可是胜败显然早已注定,终于,仆役拧着老妇的手腕,蛮横地把她按倒在地。老妇的手腕像鸡爪一样瘦骨嶙峋。
「何をしてゐた。さあ何をしてゐた。云へ。云はぬと、これだぞよ。」
“你在作甚?快说!若是不说,看着!”
下人は、老婆をつき放すと、いきなり、太刀の鞘を拂つて、白い鋼の色をその眼の前へつきつけた。けれども、老婆は默つてゐる。兩手をわなわなふるはせて、肩で息を切りながら、眼を、眼球が眶の外へ出さうになる程、見開いて、唖のやうに執拗く默つてゐる。これを見ると、下人は始はじめて明白にこの老婆の生死が、全然、自分の意志に支配されてゐると云ふ事を意識した。さうして、この意識は、今まではげしく燃えてゐた憎惡の心を何時の間にか冷ましてしまつた。後に殘つたのは、唯、或仕事をして、それが圓滿に成就した時の、安らかな得意と滿足とがあるばかりである。そこで、下人は、老婆を見下しながら、少し聲を柔げてかう云つた。
仆役猛然推开老妇,刷地拔刀出鞘,将闪着白光的钢刃横在老妇面前。可是老妇一声不吭,两只手抖抖索索,肩膀一耸一耸地喘息着,双目大睁,眼珠子几乎要滚出眼眶,像哑巴一样执拗地沉默着。看到这番情景,仆役清晰地意识到,眼下这老妇的生死全在自己的一念之间。这一意识不知不觉中冷却了他方才熊熊燃烧的憎恶之心,余下的只是一种安然的得意与满足,仿佛圆满地成就了某项事业一般。于是,仆役俯视着老妇,稍稍缓和了一下声音,说道:
「己は檢非違使の廳の役人などではない。今し方この門の下を通りかゝつた旅の者だ。だからお前に繩をかけて、どうしようと云ふやうな事はない。唯、今時分、この門の上で、何をして居たのだか、それを己に話しさへすればいいのだ。」
“我并不是巡查衙门的捕吏,只是路过此地的行人,所以不会把你捆绑起来然后怎么样。不过你要如实说,这个时分,你在城门上作甚?”
すると、老婆は、見開いてゐた眼を、一層大きくして、ぢつとその下人の顏かほを見守つた。眶の赤くなつた、肉食鳥のやうな、鋭い眼で見たのである。それから、皺で、殆、鼻と一つになつた唇を、何か物でも噛んでゐるやうに動かした。細い喉で、尖つた喉佛の動いてゐるのが見える。その時、その喉から、鴉の啼くやうな聲が、喘ぎ喘ぎ、下人の耳へ傳はつて來た。
听了这话,老妇圆睁的双眼越发瞪大了。她死死盯着仆役的脸,眼眶发红,眼神像鸷鸟一般锐利,随后,她动了动和鼻子皱成一团的嘴唇,仿佛在啃噬什么东西。她尖尖的喉结在细喉管上蠕动了几下,喉管里发出乌鸦嘶叫般的声音,断断续续地传到仆役的耳中。
「この髮を拔いてな、この女の髮を拔いてな、鬘にせうと思うたのぢや。」
“拔头发、拔她的头发……拿来做假发。”
下人は、老婆の答が存外、平凡なのに失望した。さうして失望すると同時に、又前の憎惡が、冷な侮蔑と一しよに、心の中へはいつて來た。すると、その氣色が、先方へも通じたのであらう。老婆は、片手に、まだ屍骸の頭から奪とつた長い拔け毛を持もつたなり、蟇のつぶやくやうな聲で、口ごもりながら、こんな事を云つた。
出乎意料,老妇的回答如此平淡无奇,令仆役颇为失望。在失望的同时,刚才的憎恶感伴随着一股冷漠的轻蔑,一起涌上仆役的心头。老妇大概觉察到了他的神色,一只手攥着从尸体脑袋上攫来的长发,像蛤蟆低哼似的,嗫嚅着说出了以下这番话。
成程、死人の髮の毛を拔くと云ふ事は、惡い事かも知しれぬ。しかし、かう云ふ死人の多くは、皆、その位な事を、されてもいゝ人間ばかりである。現に、自分が今、髮を拔いた女などは、蛇を四寸ばかりづゝに切つて干したのを、干魚だと云つて、太刀帶の陣へ賣りに行つた。疫病にかゝつて死ななかつたなら、今でも賣りに行つてゐたかもしれない。しかも、この女をんなの賣る干魚は、味あぢがよいと云ふので、太刀帶たちが、缺かさず菜料さいれうに買つてゐたのである。自分は、この女のした事が惡いとは思はない。しなければ、饑死をするので、仕方がなくした事だからである。だから、又今、自分のしてゐた事も惡い事とは思はない。これもやはりしなければ、饑死をするので、仕方がなくする事だからである。さうして、その仕方がない事を、よく知つてゐたこの女は、自分のする事を許してくれるのにちがひないと思ふからである。
“是哩,拔死人的头发或许是干坏事,不过这里的死人都不是什么好人,对他们干这种事并不过分哩。就说我刚才拔头发的那个女人,她把蛇切成四寸一段晒干了,拿到禁卫军营地里当干鱼卖。要不是她染上瘟病死了,这会儿肯定还去卖哩。而且禁卫军们还说这女人卖的干鱼味道好,每顿都少不了拿它下饭。我不觉得这女人干了坏事,她不那么干就得饿死,是没办法的。所以,我也不觉得我刚才干了坏事,我不这么干也得饿死,都是没办法的事,对不?这女人很明白都是没办法的事,我想她会宽恕我的。”
――老婆は、大體こんな意味の事を云つた。
老妇说的意思大致便是如此。
下人は、太刀を鞘におさめて、その太刀の柄を左の手でおさへながら、冷然として、この話を聞いてゐた。勿論、右の手では、赤く頬に膿を持つた大きな面皰を氣にしながら、聞いてゐるのである。しかし、之を聞いてゐる中に、下人の心には、或勇氣が生まれて來た。それは、さつき、門の下でこの男に缺けてゐた勇氣である。さうして、又さつき、この門の上へ上つて、この老婆を捕へた時の勇氣とは、全然、反對な方向に動かうとする勇氣である。下人は、饑死をするか盗人になるかに迷はなかつたばかりではない。その時のこの男の心もちから云へば、饑死などと云ふ事は、殆、考へる事さへ出來ない程、意識の外に追ひ出されてゐた。
仆役把腰刀归鞘,左手按着刀柄,冷冷地听着老妇的话。当然,他听的时候,右手还不忘抚弄着脸颊上那个发红脓肿的大疱疮。不过,听着听着,一股勇气从仆役心中油然生起。那是方才他在城门下所欠缺的勇气,而且,那勇气与他刚才爬上城门、抓住老妇时的勇气截然不同,简直背道而行。仆役再也不为“饿死还是为盗”而踌躇迷惑,岂止如此,此时这个男人的心里,根本不再考虑饿死云云,那个念头已经被他驱赶到了九霄云外。
「きつと、そうか。」
“真是这么回事?”
老婆の話が完ると、下人は嘲るやうな聲で念を押した。さうして、一足前へ出ると、不意に、右の手を面皰から離して、老婆の襟上をつかみながら、かう云つた。
老妇的话音一落,仆役嘲讽地追问了一句,心中主意已定。他跨前一步,右手不再抚弄疱疮,而是猛地揪住了老妇颈后的头发,恶狠狠地说:
「では、己が引剥をしようと恨むまいな。己もさうしなければ、饑死をする體なのだ。」
“那么,我剥你的衣裳,你也休要怨恨!否则,我也会饿死!”
下人は、すばやく、老婆の着物を剥ぎとつた。それから、足にしがみつかうとする老婆を、手荒く屍骸の上へ蹴倒した。梯子の口までは、僅に五歩を數へるばかりである。下人は、剥ぎとつた檜肌色の着物をわきにかゝへて、またゝく間に急な梯子を夜の底へかけ下りた。
仆役三下两下扯掉老妇的衣裳,把抱住他大腿的老妇一脚踹倒在死尸堆上。他只五步便蹿到了楼梯口,把夺来的桧皮色衣裳夹在肋下,眨眼间顺着陡急的梯子溜下,消失在夜色最深处。
暫、死んだやうに倒れてゐた老婆が、屍骸の中から、その裸の體を起したのは、それから間もなくの事である。老婆は、つぶやくやうな、うめくやうな聲を立てながら、まだ燃えてゐる火の光をたよりに、梯子の口まで、這つて行つた。さうして、そこから、短い白髮を倒にして、門の下を覗きこんだ。外には、唯、黒洞々たる夜があるばかりである。
过了片刻,仿佛倒地死去的老妇光赤着身体,从尸体堆里坐了起来。老妇低低地呻吟着,借着尚在燃烧的火光爬到楼梯口,垂下短短的白发,朝城门下窥探。外面唯有一片黑沉沉的夜。
下人の行方は、誰も知らない。
仆役的去向,再无人知晓。
――四年九月――