夏目漱石: 夢十夜

30178 words
151 minutes
夏目漱石: 夢十夜
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first published: 1908年连载于『東京朝日新聞』
audio: https://www.youtube.com/watch?v=bVJnRRiaBSA
desc: 夏目漱石的短篇幻想小说集,描绘了十个不可思议的梦境。以经典开篇 “我做了这样一个梦” 起笔,围绕爱、嫉妒、死亡、恐惧等主题,将漱石自身的深层心理与人类社会的矛盾浓缩其中,是一组充满奇幻色彩与诗意的作品

第一夜#

こんな夢を見た。

做了这样一个梦。

腕組をして枕元にすわっていると、仰向あおむきに寝た女が、静かな声でもう死にますと云う。女は長い髪を枕に敷いて、輪郭の柔らかな瓜実うりざねがおをその中に横たえている。真白な頬の底に温かい血の色がほどよく差して、くちびるの色は無論赤い。とうてい死にそうには見えない。しかし女は静かな声で、もう死にますと判然はっきり云った。自分も確にこれは死ぬなと思った。

我抱着胳膊坐在女人枕边,仰躺着的女人温柔地说:我将要死了。女人的长发铺陈在枕上,长发上是她那线条柔美的瓜子脸。白晰的脸颊泛出温热的血色,双唇当然也是鲜红欲滴。怎么看也看不出将要死去的样子。可是,女人却温柔且清晰地说:我将要死了。我也感到,女人真的快要死了。

そこで、そうかね、もう死ぬのかね、と上から覗き込むようにして聞いて見た。

於是,我俯视著她的脸再度问说:是吗?你快要死了吗?

死にますとも、と云いながら、女はぱっちりと眼を開けた。

女人睁大双眸,回我说:是啊,我一定会死。

大きなうるおいのある眼で、長いまつげに包まれた中は、ただ一面に真黒であった。その真黒な眸の奥に、自分の姿が鮮に浮かんでいる。

在那双大又湿润的眸中,细长的睫毛包裹著一片漆黑。而黝黑的眼眸深处,鲜明地浮泛著我的身姿。

自分はとおるほど深く見えるこの黒眼の色沢つやを眺めて、これでも死ぬのかと思った。

我眺望著这双深邃无底的黑瞳色泽,暗忖,这模样真会死吗?

それで、ねんごろ1に枕の傍へ口を付けて、死ぬんじゃなかろうね、大丈夫だろうね、とまた聞き返した。

然后恳切地将嘴凑近枕边再问:你不会死吧!没事吧!

すると女は黒い眼を眠そうにみはったまま、やっぱり静かな声で、でも、死ぬんですもの、仕方がないわと云った。

女人极力张开昏昏欲睡的双眸,依旧温柔地回说:可是,我还是会死的,没办法呀。

じゃ、私わたしの顔が見えるかいと一心いっしんに聞くと、

我接二连三地问她:那,你看得到我的脸吗?

見えるかいって、そら、そこに、写ってるじゃありませんかと、にこりと笑って見せた。

她轻轻笑说:看,在那儿嘛,不是映在那儿吗?

自分は黙って、顔を枕から離した。腕組をしながら、どうしても死ぬのかなと思った。

我沉默地自枕边移开脸庞。抱著胳膊,依旧不解,她真的非死不可吗?

しばらくして、女がまたこう云った。

过了一会,女人又开口:

「死んだら、埋めて下さい。大きな真珠貝で穴を掘って。そうして天から落ちて来る星の破片かけ墓標はかじるしに置いて下さい。そうして墓の傍に待っていて下さい。またいに来ますから」

“我死了后,请你将我安葬。用偌大的真珠贝壳挖掘一个深坑,再用天河降落的星尘碎片做为墓碑。然后请你在墓旁守候,我会回来看你的。”

自分は、いつ逢いに来るかねと聞いた。

我问她说,什么时候会回来。

「日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう。それからまた出るでしょう、そうしてまた沈むでしょう。――赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、――あなた、待っていられますか」

“太阳会升起吧,又会落下吧,然后再升起吧,然后再落下吧……当红日从东向西,从东方升起又向西方落下这当儿……你能为我守候吗?”

自分は黙って首肯うなずいた。女は静かな調子を一段張り上げて、

我不语地点点头。女人提高本来沉稳的声调说:

「百年待っていて下さい」と思い切った声で云った。

“请你守候一百年。”又毅然决然地接道:

「百年、私の墓の傍に坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」

“一百年,请你一直坐在我的墓旁等我。我一定会回来看你。”

自分はただ待っていると答えた。すると、黒い眸のなかに鮮に見えた自分の姿が、ぼうっと崩れて来た。静かな水が動いて写る影を乱したように、流れ出したと思ったら、女の眼がぱちりと閉じた。長い睫の間から涙が頬へ垂れた。――もう死んでいた。

我只回说,一定会守候著。刚说完,那鲜明映照在黑色眼眸深处的我的身影,竟然突兀地瓦解了。宛如静止的水突然荡漾开来,瓦解了水中的倒影一般,我正感到自己的影像好像随泪水溢出时,女人的双眸已嘎然闭上了。长长的睫毛间淌出一串泪珠,垂落到颊上……她已经死了。

自分はそれから庭へ下りて、真珠貝で穴を掘った。真珠貝は大きななめらかなふちの鋭どい貝であった。土をすくうたびに、貝の裏に月の光が差してきらきらした。湿った土の匂もした。穴はしばらくして掘れた。女をその中に入れた。そうして柔らかい土を、上からそっと掛けた。掛けるたびに真珠貝の裏に月の光が差した。

然后,我到院子用真珠贝壳开始挖洞。那是个边缘尖锐,大又光滑的真珠贝壳。每当要掘土时,都可见贝壳里映照著月光闪闪烁烁。四周也飘荡著一阵湿润泥土的味道。深穴不久就挖好了。我将女人放置其中,再轻轻蒙覆上柔软的细土。每当要覆土时,都可见月光映照在贝壳上。

それから星の破片かけの落ちたのを拾って来て、かろく土の上へ乗せた。星の破片は丸かった。長い間大空を落ちているに、角が取れてなめらかになったんだろうと思った。抱き上げて土の上へ置くうちに、自分の胸と手が少し暖くなった。

然后我去捡拾掉落在地的星尘碎片,轻轻搁在泥土上。星片是圆的,或许是在漫长空际坠落时,逐渐被磨去了棱角。当我将星片抱起搁放在土堆上时,觉得胸口及双手有了些许暖意。

自分はこけの上に坐った。これから百年の間こうして待っているんだなと考えながら、腕組をして、丸い墓石はかいしを眺めていた。そのうちに、女の云った通り日が東から出た。大きな赤い日であった。それがまた女の云った通り、やがて西へ落ちた。赤いまんまでのっと落ちて行った。一つと自分は勘定かんじょうした。

我坐在青苔上。抱著胳膊眺望著圆形墓碑,想著,从现在开始我就得这样等候一百年。然后,正如女人所说,太阳从东方升起了。那是个又大又红的太阳。然后,再如女人所说,太阳从西方落下去了。火红地、静谧地落下去了。我在心里数著,这是第一个。

しばらくするとまた唐紅からくれない天道てんとうがのそりとのぼって来た。そうして黙って沈んでしまった。二つとまた勘定した。自分はこう云う風に一つ二つと勘定して行くうちに、赤い日をいくつ見たか分らない。

不久,嫣红的太阳又晃晃悠悠地升起。然后,再默默地西沉。我又在心里数著,这是第二个。如此第一个、第二个地默数著当中,我已记不得到底见了几个红日。

勘定しても、勘定しても、しつくせないほど赤い日が頭の上を通り越して行った。それでも百年がまだ来ない。しまいには、苔の生えた丸い石を眺めて、自分は女にだまされたのではなかろうかと思い出した。

无论我如何拼命默数,数不尽的红日依然持续地越过我的头顶。然而一百年依然还未到。最后,我眺望著满布青苔的圆墓碑,不禁想著,是否是被女人骗了。

すると石の下からはすに自分の方へ向いて青いくきが伸びて来た。見る間に長くなってちょうど自分の胸のあたりまで来て留まった。と思うと、すらりとゆらぐ茎のいただきに、心持首をかたぶけていた細長い一輪のつぼみが、ふっくらとはなびらを開いた。真白な百合が鼻の先で骨にこたえるほど匂った。

看著看著,墓碑下方,竟然斜伸出一条青茎,昂首向我逼近。眨眼间即伸长到我胸前,然后停住。摇摇晃晃的瘦长青茎顶上,一朵看似正微微歪著头的细长蓓蕾,欣然绽放开来。雪白的百合芳香在鼻尖飘荡,直沁肺腑。

そこへはるかの上から、ぽたりとつゆが落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。自分は首を前へ出して冷たい露のしたたる、白い花弁はなびら接吻せっぷんした。自分が百合から顔を離す拍子に思わず、遠い空を見たら、あかつきの星がたった一つまたたいていた。

之后自遥不可知的天际,滴下一滴露水,花朵随之摇摇摆摆。我伸长脖子,吻了一下水灵灵的冰凉雪白花瓣。当我自百合移开脸时,情不自禁仰头遥望了一下天边,远远瞥见天边孤单地闪烁著一颗拂晓之星。

「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。

此刻,我才惊觉:“原来百年已到了。”

第二夜#

こんな夢を見た。

做了这样一个梦。

和尚おしょうの室を退がって、廊下づたいに自分の部屋へ帰ると行灯あんどうがぼんやりともっている。片膝かたひざを座蒲団の上に突いて、灯心を掻き立てたとき、花のような丁子ちょうじがぱたりと朱塗の台に落ちた。同時に部屋がぱっと明かるくなった。

退出师傅房间沿着走廊折回自己房间时,只见房里已点上昏黄的座灯。单膝跪在坐垫,拔去灯芯时,花形的丁香油噗通掉落在朱漆的灯台上。同时房间也顿时明亮起来。

ふすま蕪村ぶそん2の筆である。黒い柳を濃く薄く、遠近おちこちとかいて、寒むそうな漁夫がかさかたぶけて土手の上を通る。とこには海中文殊かいちゅうもんじゅ3じくが懸っている。き残した線香が暗い方でいまだににおっている。広い寺だから森閑として、人気ひとけがない。黒い天井に差す丸行灯まるあんどうの丸い影が、仰向く途端に生きてるように見えた。

纸门上的画出自蕪村之笔。墨色的柳枝浓淡分明,远近散布在画中,打着哆嗦的渔夫斜戴着斗笠,走在堤防上。壁龛上挂着文殊菩萨的挂轴。香已燃尽,但房间角落扔飘荡着香味。这是个偌大的寺庙,附近一带万籁俱寂,冷森森地毫无人迹。圆形座灯地影子映照在黑漆漆地天花板上,仰头一望,总觉得影子活像是有生命似的。

立膝たてひざをしたまま、左の手で座蒲団をめくって、右を差し込んで見ると、思った所に、ちゃんとあった。あれば安心だから、蒲団をもとのごとく直して、その上にどっかり坐った。

我依然单膝跪在座垫,再用左手卷起座垫,右手伸进去一探,那东西果然还在。既然在就不用担心。把座垫铺平,再盘腿坐其上。

お前はさむらいである。侍なら悟れぬはずはなかろうと和尚おしょうが云った。そういつまでも悟れぬところをもって見ると、御前は侍ではあるまいと言った。人間のくずじゃと言った。ははあ怒ったなと云って笑った。

你是武士。既是武士,不可能无法开悟。师傅如此说道。又说,看你修行了这么多天仍无法开悟,你大概不是武士,是人类的渣滓。我笑着回说,您生气了?

口惜くやしければ悟った証拠を持って来いと云ってぷいとむこうをむいた。しからん。

师傅愤愤回道,不甘心的话拿出你已开悟的证据出来!说完把头转向他方。真是岂有此理。

隣の広間の床にえてある置時計が次のときを打つまでには、きっと悟って見せる。悟った上で、今夜また入室する。

待隔壁大厅壁龛前的座钟下次敲响前,我一定开悟给你看。等我开了悟,再入师傅的房间。

そうして和尚の首と悟りと引替ひきかえにしてやる。悟らなければ、和尚の命が取れない。どうしても悟らなければならない。自分は侍である。

那时,再以我的悟道交换师傅的首级。若无法开悟,便无法夺取师傅的性命。所以,我非要开悟不可。因为我是武士。

もし悟れなければ自刃じじんする。侍がはずかしめられて、生きている訳には行かない。綺麗に死んでしまう。

若无法开悟,只能自刃。武士一旦受辱,怎能苟且偷生?不如死得壮烈。

こう考えた時、自分の手はまた思わず布団の下へ這入った。そうして朱鞘しゅざやの短刀を引き摺り出した。ぐっとつかを握って、赤い鞘を向へ払ったら、冷たい刃はが一度に暗い部屋で光った。凄いものが手元から、すうすうと逃げて行くように思われる。そうして、ことごとく切先きっさきへ集まって、殺気を一点に籠めている。自分はこの鋭い刃が、無念にも針の頭のように縮められて、九寸くすん五分ごぶ4の先へ来てやむをえず尖ってるのを見て、たちまちぐさりとやりたくなった。身体の血が右の手首の方へ流れて来て、握っている束がにちゃにちゃする。唇が顫えた。

想着想着,手又不自觉地伸进座垫下。顺手抽出一把朱鞘短刀。紧握著刀柄,甩掉刀鞘后,冷峻的刀光瞬时划亮昏暗的房间。宛如有一样骇人的东西,自我手中嗖嗖奔逃出去一般,然后再聚集在刀锋上,将所有的杀气凝聚于一个点上。当我凝视着这把被缩聚成针头形状,又在尖端被强迫磨尖的锋利刀刃,顿时兴起一股想扎人的冲动。全身的血液均流向右手手腕,使得握住刀柄的手掌湿黏黏的。双唇抖颤不已。

短刀を鞘へ収めて右脇へ引きつけておいて、それから全伽ぜんが5を組んだ。――趙州じょうしゅう曰くと。無とは何だ。糞坊主くそぼうずめとはがみをした。

将短刀收进鞘内搁置在右后方,我结跏扶坐。… 赵州曰无。何谓无?我咬牙切齿地骂了一声臭和尚。

奥歯を強くみ締めたので、鼻から熱い息が荒く出る。こめかみが釣って痛い。眼は普通の倍も大きく開けてやった。

由于臼齿咬得太用力,鼻孔猛冒热气。太阳穴抽筋得很痛。双眼也睁得比平常大两倍。

懸物が見える。行灯が見える。畳が見える。和尚の薬缶頭やかんあたま6がありありと見える。鰐口わにぐち7を開いて嘲笑あざわらった声まで聞える。しからん坊主だ。どうしてもあの薬缶を首にしなくてはならん。悟ってやる。

我看得到挂轴。看得到座灯。看得到榻榻米。更看得到师傅的光头。甚至听得到师傅咧嘴嘲笑的声音。真是岂有此理的臭和尚。说什么也得砍下他那个光头来。好,我就悟给你看。

無だ、無だと舌の根で念じた。無だと云うのにやっぱり線香のにおいがした。何だ線香のくせに。

舌根不停地念着 “无”、“无”。明明在念着无,我还是闻得到房里的香味。搞什么鬼?也不想想自己只是根香!

自分はいきなり拳骨げんこつを固めて自分の頭をいやと云うほどなぐった。そうして奥歯をぎりぎりと噛んだ。両腋から汗が出る。背中が棒のようになった。膝の接目つぎめが急に痛くなった。膝が折れたってどうあるものかと思った。けれども痛い。苦しい。

我出其不意地握紧拳头不停殴打自己的头。再咯咯作响地咬紧臼齿。两腋汗如雨下。背脊僵硬得像木棒。膝盖骨突然疼痛不堪。即使膝盖骨折了,我也不在乎。可是,好痛。好难受。

無はなかなか出て来ない。出て来ると思うとすぐ痛くなる。腹が立つ。無念になる。非常に口惜くやしくなる。涙がほろほろ出る。ひと思に身を巨巌おおいわの上にぶつけて、骨も肉もめちゃめちゃに砕いてしまいたくなる。

“无” 却久久不愿现出。以为已进入 “无” 的境界了,却立刻被疼痛拉回。气死我了。既懊恼又不甘心。双颊泪如泉涌。我真想一头栽到巨岩上,来个粉身碎骨。

それでも我慢してじっと坐っていた。堪えがたいほど切ないものを胸にれて忍んでいた。その切ないものが身体中の筋肉を下から持上げて、毛穴から外へ吹き出よう吹き出ようとあせるけれども、どこも一面に塞がって、まるで出口がないような残刻極まる状態であった。

不过,我还是强忍著痛苦扶坐著。即使胸腔充满无法忍受的苦闷,我还是忍住了。那股苦闷急躁地想抬高我全身的筋肉,再自毛孔往外逃窜,可是四面八方都被堵住了,找不着出口,状况极为狼狈。

そのうちに頭が変になった。行灯も蕪村の画も、畳も、違棚ちがいだなも有って無いような、無くって有るように見えた。と云って無はちっとも現前げんぜんしない。ただ好加減いいかげんに坐っていたようである。ところへ忽然こつぜん隣座敷の時計がチーンと鳴り始めた。はっと思った。右の手をすぐ短刀にかけた。時計が二つ目をチーンと打った。

不久,我有了异样的感觉。座灯、蕪村的画、榻榻米、棚架,好似都消失了,可是又好似都仍存在著。话虽如此,这并不表示 “无” 已现身在我眼前。我只是马马虎虎坐着而已。然后,隔壁房间的座钟开始响起。我吓了一跳。右手马上搁在短刀上。时钟又敲了第二响。

第三夜#

こんな夢を見た。

做了这样一个梦。

六つになる子供をおぶってる。たしかに自分の子である。ただ不思議な事にはいつの間にか眼がつぶれて、青坊主あおぼうずになっている。自分が御前の眼はいつ潰れたのかいと聞くと、なに昔からさと答えた。声は子供の声に相違ないが、言葉つきはまるで大人おとなである。しかも対等たいとうだ。

我背着一个六岁的小孩。那的确是自己的小孩没错。只是不知何时小孩的双眼竟瞎了,且变成个乳臭未干的小鬼头。我问他,眼睛什么时候瞎的,他回说,好久好久以前就瞎了。声音的确是小孩的声音,说话语气却像大人一样。而且态度与我同等。

左右は青田あおたである。みちは細い。さぎの影が時々闇に差す。

两边都是青嫩稻田。小径很窄。偶尔可见鹭鸶的影子在黑暗中掠过。

田圃たんぼへかかったね」と背中で云った。

“到稻田小径了吧。”背后传来声音说道。

「どうして解る」と顔を後へ振り向けるようにして聞いたら、

“你怎么知道?”我回头问他。

「だって鷺が鳴くじゃないか」と答えた。

“不是有鹭鸶在叫吗?”他答。

すると鷺がはたして二声ほど鳴いた。

果然,鹭鸶叫了两声。

自分は我子ながら少し怖くなった。こんなものを背負しょっていては、この先どうなるか分らない。どこか打遣うっちゃる8所はなかろうかと向うを見ると闇の中に大きな森が見えた。あすこならばと考え出す途端に、背中で、

虽是自己的孩子,我却感到有点恐怖。背着这么个东西,往后的路怎么走?正想找个地方丢了算了,黑暗中恰好隐约可见一座大森林。刚考虑起那或许是个好地方,背后突然传来:

「ふふん」と云う声がした。

“嘿嘿!”

「何を笑うんだ」

“笑什么?”

子供は返事をしなかった。ただ

小孩不回答,只是问道:

御父おとっさん、重いかい」と聞いた。

“爸爸,重不重?”

「重かあない」と答えると

“不重。”

「今に重くなるよ」と云った。

“不久后就会变重喔。”

自分は黙って森を目標めじるしにあるいて行った。田の中の路が不規則にうねってなかなか思うように出られない。しばらくすると二股ふたまたになった。自分はまたの根に立って、ちょっと休んだ。

我默默地以森林为目标向前走着。只是田间小径蜿蜒曲折,怎么走也走不出去。不一会儿,眼前出现两条岔路。我站在岔路口,稍作休息。

「石が立ってるはずだがな」と小僧が云った。

“这里应该有块石碑。”小鬼头说。

なるほど八寸角の石が腰ほどの高さに立っている。表には左りくぼ、右堀田原ほったはらとある。闇だのに赤い字があきらかに見えた。赤い字は井守いもり9の腹のような色であった。

果然有块及腰的八寸角石耸立在路间,上面写着:「左边日窪,右边堀田原。」明明是夜晚,石上的鲜红大字却看得很清楚。颜色类似蝾螈腹部的红色。

「左が好いだろう」と小僧が命令した。左を見るとさっきの森が闇の影を、高い空から自分らの頭の上へげかけていた。自分はちょっと躊躇した。

「往左边吧!」小鬼头下了命令。朝左一看,方才见着的森林黑影,正在上空黑腾腾地彷彿要压落下来。我有点犹豫不决。

「遠慮しないでもいい」と小僧がまた云った。

「不必顾虑了。」小鬼头又开口。

自分は仕方なしに森の方へ歩き出した。腹の中では、よく盲目めくらのくせに何でも知ってるなと考えながら一筋道を森へ近づいてくると、背中で、「どうも盲目は不自由でいけないね」と云った。

我只好无奈地迈向森林方向。心中暗忖,这小瞎眼的怎么料事如神。一直线地走近森林时,背后又说话了:「瞎眼真不方便呢。」

「だからおぶってやるからいいじゃないか」

「有我背著你,哪里不方便?」

「負ぶって貰ってすまないが、どうも人に馬鹿にされていけない。親にまで馬鹿にされるからいけない」

「让你背着真是不好意思。不过瞎眼的会被人看不起,尤其连父母都会看不起,所以不行哪!」

何だか厭になった。早く森へ行って捨ててしまおうと思って急いだ。

听后,我真的感到很厌烦。还是快到森林里把这小鬼给丢了算了,于是我加快脚步。

「もう少し行くと解る。――ちょうどこんな晩だったな」と背中で独言ひとりごとのように云っている。

「再走一会儿你就知道了… 那天也刚好是这样的夜晚吧。」背后在自言自语。

「何が」と際どい声を出して聞いた。

「什麼?」我粗鲁地问。

「何がって、知ってるじゃないか」と子供はあざけるように答えた。

「还问什麼?你不是心里明白?」孩子嘲弄似地回答。

すると何だか知ってるような気がし出した。けれども判然はっきりとは分らない。ただこんな晩であったように思える。そうしてもう少し行けば分るように思える。分っては大変だから、分らないうちに早く捨ててしまって、安心しなくってはならないように思える。自分はますます足を早めた。

他这么一说,我也感到自己好像明白。只是不太知道详情。只感到好像也是这样的夜晚。也感到再往前走的话,就会万事明白了。更感到若真万事明白的话,可了不得,所以得在还不明白时早点丢了这个孩子,这样才能安心下来。我又加快了脚步。

雨はさっきから降っている。路はだんだん暗くなる。ほとんど夢中である。ただ背中に小さい小僧がくっついていて、その小僧が自分の過去、現在、未来をことごとく照して、寸分の事実も洩らさない鏡のように光っている。しかもそれが自分の子である。そうして盲目である。自分はたまらなくなった。

雨已下了一阵子。小径更加昏暗了。我专心一意地往前走。只是背上黏着一个小鬼头,而且这个小鬼头像一面镜子,能把我的过去、现在、未来,即便再些许的事实也能一览无遗地全照出来。不仅如此,这小鬼头又是自己的孩子。且是个瞎子。想着想着,越想越觉得受不了。

「ここだ、ここだ。ちょうどその杉の根の処だ」

「就是这里!就是这里!就是那杉树根处!」

雨の中で小僧の声は判然聞えた。自分は覚えず留った。いつしか森の中へ這入っていた。一間いっけんばかり先にある黒いものはたしかに小僧の云う通り杉の木と見えた。

雨中,小鬼头的声音清晰嘹亮。我不自觉地停住脚步。原来不知何时我们已身置林内。约两公尺前那个黑东西,看起来的确像是小鬼头所说的杉树。

御父おとっさん、その杉の根の処だったね」

「爸爸,是在那杉树下吧?」

「うん、そうだ」と思わず答えてしまった。

「嗯,是的。」我不由自主地这样回答。

「文化五年辰年たつどしだろう」

「是文化五年辰年时吧?」

なるほど文化五年辰年らしく思われた。

想想,好像真是文化五年时。

「御前がおれを殺したのは今からちょうど百年前だね」

「今年正好是你杀了我满百年了呢!」

自分はこの言葉を聞くや否や、今から百年前文化五年の辰年のこんな闇の晩に、この杉の根で、一人の盲目を殺したと云う自覚が、忽然こつぜんとして頭の中に起った。おれは人殺であったんだなと始めて気がついた途端に、背中の子が急に石地蔵のように重くなった。

我一听到这句话,脑中突然浮现出,在一百年前的文化五年那年,也是这样的夜晚,在这株杉树下,我曾经杀死过一个盲人的情景。当我醒悟到原来自己是个杀人犯时,背上的孩子,立刻像一尊地藏菩萨石像般异常沉重起来。

第四夜#

広い土間の真中に涼み台のようなものをえて、その周囲まわりに小さい床几しょうぎ10が並べてある。台は黒光りに光っている。

广阔的水泥地中央,搁置着一个类似纳凉用的长凳,四周并排着几个小折凳。长凳黑得发亮。

片隅には四角なぜんを前に置いてじいさんが一人で酒を飲んでいる。さかなは煮しめらしい。

一隅有个老爹坐在四方形的膳台前,自斟自饮。下酒菜好像是红烧鱼肉。

爺さんは酒の加減でなかなか赤くなっている。その上顔中つやつやして皺と云うほどのものはどこにも見当らない。ただ白い髯をありたけ11やしているから年寄と云う事だけはわかる。自分は子供ながら、この爺さんの年はいくつなんだろうと思った。

老爹酒酣耳热,脸上已泛起红晕。而且他的脸光滑细腻,看不出有一丝皱纹。只是那一大把银白胡须,透露出他是个上了年纪的老爹而已。我虽只是个孩子,却对老爹的年纪萌生兴趣。

ところへ裏のかけひから手桶ておけに水をんで来たかみさんが、前垂まえだれで手をきながら、

这时,在后屋自水管引水进提桶的大娘走了过来,在围裙上边擦手边问老爹:

「御爺さんはいくつかね」と聞いた。

「阿伯您几岁了?」

爺さんは頬張ほおばったしめ12を呑のみ込んで、

老爹吞下含在嘴里的酒菜,装模作样地说:

「いくつか忘れたよ」と澄ましていた。

「我也忘了。」

神さんは拭いた手を、細い帯の間に挟んで横から爺さんの顔を見て立っていた。爺さんは茶碗のような大きなもので酒をぐいと飲んで、そうして、ふうと長い息を白い髯の間から吹き出した。すると神さんが、

大娘把擦干的手夹在细长的腰带中,立在一旁仔细看老爹的脸。老爹用饭碗大的容器大口大口地干酒,然后从银白的长须间呼出一口长长的大气。大娘再问:

「御爺さんのうちはどこかね」と聞いた。

「阿伯您住在哪里?」

爺さんは長い息を途中で切って、

老爹停止呼气,回说:

へその奥だよ」と云った。

「肚脐里头。」

神さんは手を細い帯の間に突込つっこんだまま、

大娘依旧将手夹在腰带中,继续问:

「どこへ行くかね」とまた聞いた。

「您是要到哪里去呢?」

すると爺さんが、また茶碗のような大きなもので熱い酒をぐいと飲んで前のような息をふうと吹いて、

老爹又用那个饭碗般的容器喝下一碗热酒,再像方才那样呼出一口大气,才回说:

「あっちへ行くよ」と云った。

「去那边。」

真直まっすぐかい」と神さんが聞いた時、ふうと吹いた息が、障子しょうじを通り越して柳の下を抜けて、河原かわらの方へ真直まっすぐに行った。

「直走吗?」大娘再问时,老爹呼出的气息,已越过纸窗穿过柳树下,一直线飞到河滩边。

爺さんが表へ出た。自分もあとから出た。爺さんの腰に小さい瓢箪ひょうたんがぶら下がっている。肩から四角な箱を腋の下へ釣るしている。浅黄あさぎ股引ももひきを穿はいて、浅黄の袖無そでなしを着ている。足袋たびだけが黄色い。何だか皮で作った足袋のように見えた。

老爹走到外头。我也紧跟其后。老爹腰下系着一个小葫芦。肩上挂着一个四方形盒子垂在腋下。穿着一件浅黄的窄长裤与浅黄的无袖背心。布袜是黄色的。看上去像是兽皮做的。

爺さんが真直に柳の下まで来た。柳の下に子供が三四人いた。爺さんは笑いながら腰から浅黄の手拭を出した。それを肝心綯かんじんよりのように細長くった。そうして地面じびたの真中に置いた。それから手拭の周囲まわりに、大きな丸い輪をいた。しまいに肩にかけた箱の中から真鍮しんちゅうこしらえた飴屋あめやふえを出した。

老爹笔直走到柳树下。柳树下有三、四个孩子在。老爹边笑边从腰间取出一条浅黄手巾。再将手巾捻成一条细绳,放在地面中央。然后在手巾四周画了个大圆圈。最后从腋下的盒子拿出一间糖果店吹的那种黄铜哨子。

「今にその手拭が蛇になるから、見ておろう。見ておろう」と繰返して云った。

「看好喔!这条手巾会变成一条蛇,看好喔!」老爹反复说着。

子供は一生懸命に手拭を見ていた。自分も見ていた。

孩子们目不转睛地盯着手巾看。我也在一旁盯着看。

「見ておろう、見ておろう、好いか」と云いながら爺さんが笛を吹いて、輪の上をぐるぐる廻り出した。自分は手拭ばかり見ていた。けれども手拭はいっこう動かなかった。

「看好喔!看好喔!好了吗?」老爹边说边吹起哨子,又在圆圈上来回转着。我一直盯看着手巾,可手巾却纹风不动。

爺さんは笛をぴいぴい吹いた。そうして輪の上を何遍も廻った。草鞋わらじ爪立つまだてるように、抜足をするように、手拭に遠慮をするように、廻った。怖そうにも見えた。面白そうにもあった。

老爹一直在哔哔地吹着哨子。也在圆圈上转了好几圈。他垫起草鞋鞋尖、蹑手蹑脚地、回避着手巾似地不停绕圈子。看起来有点可怕,又很有趣。

やがて爺さんは笛をぴたりとやめた。そうして、肩に掛けた箱の口を開けて、手拭の首を、ちょいとつまんで、ぽっと放り込んだ。

然后老爹停住吹哨子。再打开垂挂在肩上的盒子,抓住手巾一角,迅速地抛进盒里。

「こうしておくと、箱の中で蛇になる。今に見せてやる。今に見せてやる」と云いながら、爺さんが真直に歩き出した。

「這样放进盒子里,手巾会变成蛇。等一下再给你们看!等一下再给你们看!」老爹边说边迈开脚步。

柳の下を抜けて、細い路を真直に下りて行った。自分は蛇が見たいから、細い道をどこまでもいて行った。爺さんは時々「今になる」と云ったり、「蛇になる」と云ったりして歩いて行く。しまいには、

他穿过柳树,笔直走下小径。老爹边走边说着:「等一下会变」、「手巾会变蛇」,最后竟唱起歌来。

「今になる、蛇になる、きっとなる、笛が鳴る、」
「等一下会变,手巾变成蛇 一定会变,哨子会响」

と唄いながら、とうとう河の岸へ出た。橋も舟もないから、ここで休んで箱の中の蛇を見せるだろうと思っていると、爺さんはざぶざぶ河の中へ這入り出した。始めは膝くらいの深さであったが、だんだん腰から、胸の方まで水につかって見えなくなる。それでも爺さんは

老爹唱着唱着,终于走到河滩。河滩沒有桥也没有船。我以为他可能会在此地休息,再给我们看盒子里的蛇。可是他竟然哗啦哗啦地走入河里。起初水深及膝,然后逐渐淹过腰部,最后胸部也浸在水中。可是老爹仍在唱着:

「深くなる、夜になる、真直になる」
「变深了,夜晚了 变成一条直直的路」

と唄いながら、どこまでも真直に歩いて行った。そうして髯も顔も頭も頭巾ずきんもまるで見えなくなってしまった。

老爹依旧往前走去。然后,胡子、脸、头、头巾都消失了。

自分は爺さんが向岸むこうぎしへ上がった時に、蛇を見せるだろうと思って、あしの鳴る所に立って、たった一人いつまでも待っていた。けれども爺さんは、とうとう上がって来なかった。

我以为老爹渡河到对岸上时,会给我们看盒子里的蛇,所以一直站在沙沙作响的芦草丛中等候着。一个人孤单地一直等候着。可是,老爹却始终没有上岸。

第五夜#

こんな夢を見た。

做了这样一个梦。

何でもよほど古い事で、神代かみよ13に近い昔と思われるが、自分がいくさをして運悪く敗北まけたために、生擒いけどりになって、敵の大将の前に引きえられた。

大概是很久很久以前,或许是两千多年前的神话时代吧,那时我是个士兵,不幸打了败仗,被当成俘虏强行拉到敌方大将面前。

その頃の人はみんな背が高かった。そうして、みんな長い髯をやしていた。革の帯をめて、それへ棒のようなつるぎを釣るしていた。弓は藤蔓ふじづるの太いのをそのまま用いたように見えた。うるしも塗ってなければみがきもかけてない。極めて素樸そぼくなものであった。

当时的人们都是高头大马,而且都蓄着很长的胡须。腰上系着皮带,并挂着棒子般的长剑。弓则好像是用粗藤做的,既没涂上黑漆,也没磨亮。看上去很朴实。

敵の大将は、弓の真中を右の手で握って、その弓を草の上へ突いて、酒甕さかがめを伏せたようなものの上に腰をかけていた。その顔を見ると、鼻の上で、左右のまゆが太く接続つながっている。その頃髪剃かみそりと云うものは無論なかった。

敌方大将坐在一个倒置的酒瓮上,右手握着被插在草丛上的弓。我看了他一眼,只见他浓密的粗眉连成一直线。这个时代当然没有刮胡刀之类的东西。

自分はとりこだから、腰をかける訳に行かない。草の上に胡坐あぐらをかいていた。足には大きな藁沓わらぐつを穿いていた。この時代の藁沓は深いものであった。立つと膝頭ひざがしらまで来た。そのはしの所はわらを少し編残あみのこして、ふさ14のように下げて、歩くとばらばら動くようにして、飾りとしていた。

我因是个俘虏,没有位子可坐,便在草丛上盘腿而坐。我脚上穿着一双大草鞋。这个时代的草鞋都很高,立起时,可达膝盖上。草鞋上端一隅还故意留一串稻草,像穗子一样自然下垂着,走起路来晃来晃去,是当装饰用的。

大将は篝火かがりびで自分の顔を見て、死ぬか生きるかと聞いた。これはその頃の習慣で、捕虜とりこにはだれでも一応はこう聞いたものである。生きると答えると降参した意味で、死ぬと云うと屈服くっぷくしないと云う事になる。自分は一言ひとこと死ぬと答えた。

大将借着篝火盯视着我,问我要活亦或要死。这是当时的习惯,每个俘虏都会被问相同的问题。若回说要活,表示愿意投降;回说要死,则代表宁死不屈。我只回说,要死。

大将は草の上に突いていた弓を向うへげて、腰に釣るした棒のようなけんをするりと抜きかけた。それへ風になびいた篝火が横から吹きつけた。自分は右の手を楓のように開いて、たなごころ15を大将の方へ向けて、眼の上へ差し上げた。待てと云う相図である。大将は太い剣をかちゃりとさやに収めた。

大将把插在草丛上的弓抛向远方,并拔出挂在腰上的长剑。此时,随风晃动的篝火凑巧将火舌转向长剑。我将右手手掌张开成枫叶状,手心对着大将,抬到双眼前。这是表示暂停的手势。于是大将又收回长剑。

その頃でも恋はあった。自分は死ぬ前に一目思う女に逢いたいと云った。大将は夜が開けてとりが鳴くまでなら待つと云った。鶏が鳴くまでに女をここへ呼ばなければならない。鶏が鳴いても女が来なければ、自分は逢わずに殺されてしまう。

即使在那遥远的时代,爱情这个东西仍是存在的。我说,希望在临死之前能和我的恋人见一面。大将回说,可以等到翌日天明鸡啼之时。在鸡啼之前,必须把恋人带来。若误了时辰,我就不能跟恋人见面而走向死亡之命运。

大将は腰をかけたまま、篝火を眺めている。自分は大きな藁沓わらぐつを組み合わしたまま、草の上で女を待っている。夜はだんだんける。

大将又坐下来,眺望着篝火。我交叉着自己的大草鞋,坐在草丛上等候恋人赶来。夜,渐渐深沉。

時々篝火が崩れる音がする。崩れるたびに狼狽うろたえたようにほのおが大将になだれかかる。

偶尔会传来篝火崩裂的声音。每当篝火崩裂,流窜的火焰即狼狈不堪般地将火舌转向大将。

真黒な眉の下で、大将の眼がぴかぴかと光っている。すると誰やら来て、新しい枝をたくさん火の中へげ込んで行く。しばらくすると、火がぱちぱちと鳴る。暗闇をはじき返すような勇ましい音であった。

大将的双眸,在浓眉之下闪闪发光。篝火崩裂后,马上会有人再抛下树枝于火中。过一会儿,火势又会啪吱啪吱旺盛起来。那声音,勇猛得似能弹开黯夜一般。

この時女は、裏のならの木につないである、白い馬を引き出した。たてがみを三度撫でて高い背にひらりと飛び乗った。くらもないあぶみもない裸馬はだかうまであった。長く白い足で、太腹ふとばらると、馬はいっさんに駆け出した。

此时,女人正牵着一匹被系在后院橡树的白马出来。她三度轻抚了马的鬃毛,再敏捷地跃上马背。那是一匹没有马鞍亦无脚蹬的裸马。女人用她那修长雪白的双腿,踢着马腹,马儿即往前飞奔。

誰かが篝りをしたので、遠くの空が薄明るく見える。馬はこの明るいものを目懸めがけて闇の中を飛んで来る。鼻から火の柱のような息を二本出して飛んで来る。それでも女は細い足でしきりなしに馬の腹をっている。馬はひづめの音が宙で鳴るほど早く飛んで来る。女の髪は吹流しのように闇の中に尾をいた。それでもまだかがりのある所まで来られない。

可能又有人在篝火中添了树枝,使得远方天色显得几分明亮。马儿正朝着这亮光奔驰在黑暗中。鼻头喷出两道火柱般的气息。不过女人仍拼命以修长的双腿猛踢马腹。马儿奔驰得蹄声都能传到天边。女人的长发更在黑暗中飞扬得宛如风幡。然而,女人与马,仍离目标有一段距离。

すると真闇まっくらな道のはたで、たちまちこけこっこうという鶏の声がした。女は身を空様そらざま16に、両手に握った手綱たづなをうんとひかえた。馬は前足のひづめを堅い岩の上に発矢はっしと刻み込んだ。

突然,黑漆漆的路旁,响起一声。女人往后仰收紧握在手中的缰绳。马儿的前蹄哐啷一声刻印在坚硬的岩石上。

こけこっこうとにわとりがまた一声ひとこえ鳴いた。

女人耳边又传来一声鸡啼。

女はあっと云って、めた手綱を一度にゆるめた。馬は諸膝もろひざを折る。乗った人と共に真向まともへ前へのめった。岩の下は深いふちであった。

女人叫了一声,将收紧的缰绳放松。马儿屈膝往前一冲,与马上的人儿一起冲向前方。前方岩石下,是万丈深渊。

蹄の跡はいまだに岩の上に残っている。鶏の鳴く真似をしたものは天探女あまのじゃく17である。この蹄の痕の岩に刻みつけられている間、天探女は自分のかたきである。

马蹄痕现在仍清晰地刻印在岩石上。模仿鸡啼声的是天探女。只要这马蹄痕还刻印在岩石上期间,天探女永远是我的敌人。

第六夜#

運慶うんけい18護国寺ごこくじの山門で仁王におうを刻んでいると云う評判だから、散歩ながら行って見ると、自分より先にもう大勢集まって、しきりに下馬評げばひょう19をやっていた。

听说运庆正在护国寺山门雕凿仁王像,于是于散步时顺路绕过去看看,不料在我之前早已聚集了许多慕名而来的人,你一言我一语地议论纷纷。

山門の前五六間の所には、大きな赤松があって、その幹がななめに山門のいらかを隠して、遠い青空まで伸びている。松の緑と朱塗しゅぬりの門が互いにうつり合ってみごとに見える。その上松の位地が好い。門の左の端を眼障めざわりにならないように、はすに切って行って、上になるほど幅を広く屋根まで突出つきだしているのが何となく古風である。鎌倉時代とも思われる。

山门前九、十公尺左右处,有一株巨大的赤松,枝干横生,遮蔽了山门的栋瓦,直伸向遥远的青空。绿松与朱门相映成趣,实为一幅美景。而且松树的位置绝佳,不碍眼地挺立于山门左端,再斜切山门往上伸展,越往上枝叶幅度越宽,并突出屋顶,看起来古意盎然。想见是镰仓时代不错。

ところが見ているものは、みんな自分と同じく、明治の人間である。そのうちでも車夫が一番多い。辻待つじまち20をして退屈だから立っているに相違ない。

可是四周观赏的人,竟与我同样,都是明治时代的人。而且大半都是人力车车夫。大概是等候载客无聊,跑到这里来凑热闹。

「大きなもんだなあ」と云っている。

“好大啊!”有人说。

「人間をこしらえるよりもよっぽど骨が折れるだろう」とも云っている。

“这个一定比雕凿一般人像还要辛苦吧!”又有人说。

そうかと思うと、「へえ仁王だね。今でも仁王をるのかね。へえそうかね。わっしゃまた仁王はみんな古いのばかりかと思ってた」と云った男がある。

“喔,是仁王。现在也有人在凿仁王啊?我还以为仁王像都是古时凿的。”另一个男子如此说。

「どうも強そうですね。なんだってえますぜ。昔から誰が強いって、仁王ほど強い人あ無いって云いますぜ。何でも日本武尊やまとだけのみこと21よりも強いんだってえからね」と話しかけた男もある。

“看起来很威武的样子。要说谁最厉害,从古至今人们都说仁王最厉害。听说比日本武尊更强呢!”另一个男子插口道。

この男は尻を端折はしょって、帽子を被らずにいた。よほど無教育な男と見える。

这男子将和服后方往上折进背部腰带,又没戴帽子,看起来不像是受过教育的人。

運慶は見物人の評判には委細頓着とんじゃくなくのみつちを動かしている。いっこう振り向きもしない。高い所に乗って、仁王の顔の辺をしきりにいて行く。

运庆丝毫不为围观者的闲言闲语所动,只专心致意挥动着手中的凿子和棒槌。他甚至连头也不回,立在高处仔细雕凿着仁王的脸部。

運慶は頭に小さい烏帽子えぼしのようなものを乗せて、素袍すおう22だか何だかわからない大きなそでを背中でくくっている。その様子がいかにも古くさい。わいわい云ってる見物人とはまるで釣り合が取れないようである。自分はどうして今時分まで運慶が生きているのかなと思った。どうも不思議な事があるものだと考えながら、やはり立って見ていた。

运庆头上戴着一顶小乌纱帽般的东西,身上穿着一件素袍之类的衣服,宽大的两袖被缚在背部。样子看起来很古朴。和在四周喋喋不休看热闹的人群格格不入。我仍旧立在一旁,心里奇怪运庆为何能活到现在,真是不可思议。

しかし運慶の方では不思議とも奇体ともとんと感じ得ない様子で一生懸命に彫っている。仰向あおむいてこの態度を眺めていた一人の若い男が、自分の方を振り向いて、

可是运庆却以一付理所当然,不足为奇的态度拼命雕凿着。一个仰头观看的年轻男子,转头对我赞赏道:

「さすがは運慶だな。眼中に我々なしだ。天下の英雄はただ仁王とれとあるのみと云う態度だ。天晴あっぱ23だ」と云ってめ出した。

“真不愧是运庆,目中无人呢!他那副态度好像在说,天下英雄唯仁王与我。真有本事!”

自分はこの言葉を面白いと思った。それでちょっと若い男の方を見ると、若い男は、すかさず、

我觉得他说得很有趣,回头看了他一眼,他立刻又说:

「あの鑿と槌の使い方を見たまえ。大自在だいじざいの妙境に達している」と云った。

“你看他那凿子和棒槌的力道!真是达到运用自如的境界!”

運慶は今太い眉を一寸いっすんの高さに横へ彫り抜いて、鑿の歯をたてに返すや否やすに、上から槌をおろした。堅い木をひときざみにけずって、厚い木屑きくずが槌の声に応じて飛んだと思ったら、小鼻のおっぴらいた怒り鼻の側面がたちまち浮き上がって来た。そのとうの入れ方がいかにも無遠慮であった。そうして少しも疑念をさしはさんでおらんように見えた。

运庆正凿完约有三公分粗的眉毛,手中的凿子忽横地转变角度,再自上头敲打棒槌。看他刚在坚硬的木头上凿开一个洞,厚厚的木屑应着棒槌声飞落,再仔细一看,仁王鼻翼的轮廓已乍然浮现。刀法异常利落,且力道丝毫没有迟疑的样子。

「よくああ無造作むぞうさに鑿を使って、思うようなまみえや鼻ができるものだな」と自分はあんまり感心したから独言ひとりごとのように言った。

“真行!他怎能那样运用自如,凿出自己想凿的眉毛与鼻子的形状?”我由于太感动,不禁自言自语地说着。

するとさっきの若い男が、

刚刚那个年轻男子回我说:

「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中にうまっているのを、鑿と槌の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだからけっして間違うはずはない」と云った。

“不难啊!那根本不是在凿眉毛或鼻子,而是眉毛与鼻子本来就埋藏在木头中,他只是用凿子和棒槌将之挖掘出来而已。这跟在土中挖掘出石头一样,当然错不了。”

自分はこの時始めて彫刻とはそんなものかと思い出した。はたしてそうなら誰にでもできる事だと思い出した。それで急に自分も仁王がってみたくなったから見物をやめてさっそくうちへ帰った。

这时,我才恍悟原来所谓的雕刻艺术也不过是如此。若真是如此,那不管是谁,不是都能雕凿了?想到此,我突然兴起也想雕凿一座仁王像的念头,于是,决定不再继续观赏下去,打道回府。

道具箱から鑿と金槌かなづちを持ち出して、裏へ出て見ると、せんだっての暴風あらしで倒れたかしを、まきにするつもりで、木挽こびき24かせた手頃なやつが、たくさん積んであった。

我从工具箱找出凿子和棒槌,来到后院,发现前一阵子被暴风雨刮倒的橡树,因为想用来当柴火烧,请伐木工人锯成大小适中的木块,被堆积在一隅。

自分は一番大きいのを選んで、勢いよくり始めて見たが、不幸にして、仁王は見当らなかった。その次のにも運悪く掘り当てる事ができなかった。三番目のにも仁王はいなかった。自分は積んである薪をかたぱしから彫って見たが、どれもこれも仁王をかくしているのはなかった。ついに明治の木にはとうてい仁王はうまっていないものだと悟った。それで運慶が今日きょうまで生きている理由もほぼ解った。

我选了一块最大的,兴致勃勃地开始动工,不幸的是,凿了老半天仍不见仁王的轮廓浮现。第二块木头也凿不出仁王。第三块木头里也没有仁王。我将所有木头都试过一次,发现这些木头里都没有埋藏仁王。最后我醒悟了,原来明治时代的木头里根本就没有埋藏仁王。同时,也明白了为何运庆至今仍健在的理由。

第七夜#

何でも大きな船に乗っている。

我搭上一艘大船。

この船が毎日毎夜すこしの絶間たえまなく黒いけぶりを吐いてなみを切って進んで行く。すさまじい音である。けれどもどこへ行くんだか分らない。ただ波の底から焼火箸やけひばしのような太陽が出る。それが高いばしらの真上まで来てしばらくかかっているかと思うと、いつの間にか大きな船を追い越して、先へ行ってしまう。そうして、しまいには焼火箸のようにじゅっといってまた波の底に沈んで行く。そのたんびにあおい波が遠くの向うで、蘇枋すおう25の色に沸わき返る。すると船は凄じい音を立ててその跡をおっかけて行く。けれども決して追つかない。

这艘船日夜无休无止尽地吐着黑烟,破浪前行。船发出很响亮的声音。可是我不知道这艘船将驶往何方。只是每天可见烧红火箸般的太阳,从浪底升上来。升到高耸的帆柱上空时,会驻足不动,但不一会儿又会超越船身,渐行渐远。最后再像烧红火箸浸入水中般,发出嗤嗤声沉入浪底。每当太阳沉入浪底时,远方的绿波会滚滚沸腾成酡红色。大船也会发出震耳欲聋的声响奋力直追,总是瞠乎其后。

ある時自分は、船の男をつらまえて聞いて見た。

某天,我抓住一位船上的男子问:

「この船は西へ行くんですか」

“这艘船是在往西行吗?”

船の男は怪訝な顔をして、しばらく自分を見ていたが、やがて、

男子讶异地观看了我一会儿后,才回问:

「なぜ」と問い返した。

“为什么?”

「落ちて行く日を追かけるようだから」

“因为看上去好像在追落日。”

船の男はからからと笑った。そうして向うの方へ行ってしまった。

男子呵呵笑了起来。然后径自走远。

「西へ行く日の、はては東か。それは本真ほんまか。ひがし出る日の、御里おさとは西か。それも本真か。身は波の上。かじ26まくら。流せ流せ」とはやしている。

尔后,耳边传来一阵喝彩。“西行之日,尽头是东吗?这是真的吗?日出东方,娘家是西吗?这也真的吗?身在浪上,以橹为枕,漂啊漂吧!”

へさきへ行って見たら、水夫すいふが大勢寄って、太い帆綱ほづな手繰たぐっていた。

我循声走至船首,原来是许多水手们正在合力拉着粗重的帆绳。

自分は大変心細くなった。いつおかへ上がれる事か分らない。そうしてどこへ行くのだか知れない。ただ黒いけぶりを吐いて波を切って行く事だけはたしかである。

我感到非常不安。既不知何时才能靠岸,也不知将往何方。只知道船只吐着黑烟一直前行。

その波はすこぶる広いものであった。際限もなくあおく見える。時にはむらさきにもなった。ただ船の動く周囲まわりだけはいつでも真白にあわを吹いていた。自分は大変心細かった。こんな船にいるよりいっそ身を投げて死んでしまおうかと思った。

巨浪滔天,蔚蓝得无可言喻,有时又会化为紫色。只有船身四周总是白沫飞腾。我感到非常不安。心想,与其待在船上,不如纵身海底。

乗合のりあいはたくさんいた。たいていは異人のようであった。しかしいろいろな顔をしていた。空が曇って船が揺れた時、一人の女がてすりりかかって、しきりに泣いていた。眼を拭く手巾ハンケチの色が白く見えた。しかし身体には更紗さらさ27のような洋服を着ていた。この女を見た時に、悲しいのは自分ばかりではないのだと気がついた。

船上乘客很多。但大半是外国人。不过容貌各异。某天,天色阴霾,船身摇晃不定,我瞧见一个女子在倚栏低泣。更瞧见她擦拭眼泪时那条白色手帕。她身穿印花洋装。看到她时,我才恍悟原来船上悲伤的人不只是我一个。

ある晩甲板かんぱんの上に出て、一人で星を眺めていたら、一人の異人が来て、天文学を知ってるかと尋ねた。自分はつまらないから死のうとさえ思っている。天文学などを知る必要がない。黙っていた。するとその異人が金牛宮きんぎゅうきゅういただきにある七星しちせいの話をして聞かせた。そうして星も海もみんな神の作ったものだと云った。最後に自分に神を信仰するかと尋ねた。自分は空を見て黙っていた。

一天夜晚,我独自在甲板上眺望星空时,有个外国人走近问我懂不懂天文学。我心想,我正无聊得想自杀了,根本没必要学天文学。所以我不回话。可是这个外国人竟提起金牛宫上有七姊妹星团的事,又说,星空与大海都是上帝的创作。最后问我,信不信上帝。我只是沉默不语地望着星空。

或時サローンに這入はいったら派手はで衣裳いしょうを着た若い女が向うむきになって、洋琴ピアノいていた。そのそばに背の高い立派な男が立って、唱歌をうたっている。その口が大変大きく見えた。けれども二人は二人以外の事にはまるで頓着とんじゃくしていない様子であった。船に乗っている事さえ忘れているようであった。

又有一次,我到沙龙喝酒,看见一个衣着入时的年轻女子,背对着沙龙入口正在弹钢琴。她身旁立着一个高大英俊的男子,正在引吭高歌。男子的嘴巴看起来大得吓人。两个人的样子,看上去像是完全无视他人存在似的,也看上去像是忘了身置船上之事似的。

自分はますますつまらなくなった。とうとう死ぬ事に決心した。それである晩、あたりに人のいない時分、思い切って海の中へ飛び込んだ。ところが――自分の足が甲板かんぱんを離れて、船と縁が切れたその刹那せつなに、急に命が惜しくなった。

我越来越感到无聊。终于下定寻死的决心。因此某天夜晚,趁着四下无人时,断然纵身跳入海里。然而,当我双脚离开甲板,与船只绝缘的那一刹那,突然感到就这样死的话太可惜了。

心の底からよせばよかったと思った。けれども、もう遅い。自分はいやでも応でも海の中へ這入らなければならない。

我衷心后悔起我做的行动。可是,一切都太迟了。再怎么后悔,我终究得沉入海底。

ただ大変高くできていた船と見えて、身体は船を離れたけれども、足は容易に水に着かない。しかしつかまえるものがないから、しだいしだいに水に近づいて来る。いくら足をちぢめても近づいて来る。水の色は黒かった。

只是船只似乎很高,我的身子已离开船只了,双脚却久久都不能着水。身旁又没有可抓的东西,于是我的身子逐渐逼近海面。我拼命缩起脚,但海面仍一步步向我逼近过来。水面一片漆黑。

そのうち船は例の通り黒いけぶりを吐いて、通り過ぎてしまった。自分はどこへ行くんだか判らない船でも、やっぱり乗っている方がよかったと始めて悟りながら、しかもその悟りを利用する事ができずに、無限の後悔と恐怖とをいだいて黒い波の方へ静かに落ちて行った。

然后,船只一如平常地吐着黑烟,从我身边驶过。此时,我才醒悟到,即使不知船只将往何方,我仍应该待在船上的。遗憾的是,我已无法实行了悟后的道理,只能怀抱着无限悔恨与恐怖,静静地落入黑浪中。

第八夜#

床屋の敷居をまたいだら、白い着物を着てかたまっていた三四人が、一度にいらっしゃいと云った。

跨进理发店门檐时,三、四个穿着白色制服的员工异口同声地喊着欢迎光临。

真中に立って見廻すと、四角な部屋である。窓が二方に開いて、残る二方に鏡が懸っている。鏡の数を勘定したら六つあった。

我站在理发店中央环顾四周,这是一间四方形的房间。两边有窗,另两边挂着镜子。数了数,共有六面镜子。

自分はその一つの前へ来て腰をおろした。すると御尻おしりがぶくりと云った。よほど坐り心地ごこちが好くできた椅子である。鏡には自分の顔が立派に映った。顔の後には窓が見えた。それから帳場格子ちょうばごうし28はすに見えた。格子の中には人がいなかった。窓の外を通る往来の人の腰から上がよく見えた。

我坐到其中一面镜子前,刚坐下椅子就发出噗嗤声。看来这是张挺舒服的椅子。镜子清晰地映照出我的脸。镜中的脸后,可见窗户,也可见斜后方的柜台。柜台里没有人。倒是窗外来来往往的行人的上半身,看得很清楚。

庄太郎が女を連れて通る。庄太郎はいつの間にかパナマの帽子を買って被っている。女もいつの間にこしらえたものやら。ちょっと解らない。双方とも得意のようであった。よく女の顔を見ようと思ううちに通り過ぎてしまった。

我看到庄太郎带着一个女人走过。他戴着一顶不知何时买回的巴拿马草帽。那女人也不知何时钓上的。两人看上去一脸春风得意的样子。本想再仔细瞧瞧女人长得什么样,可惜两人已走远了。

豆腐屋とうふや喇叭らっぱを吹いて通った。喇叭を口へあてがっているんで、ほっぺたが蜂にされたように膨れていた。膨れたまんまで通り越したものだから、気がかりでたまらない。生涯しょうがい蜂に螫されているように思う。

再来是豆腐小贩吹着喇叭经过。他把喇叭含在嘴里,因此双颊像被蜜蜂蛰过似地鼓得肿肿的。正因为鼓着双颊经过,害我老记在心上,总觉得他这辈子一直像被蜜蜂蜇到一样。

芸者が出た。まだ御化粧おつくりをしていない。島田の根がゆるんで、何だか頭にしまりがない。顔も寝ぼけている。色沢いろつやが気の毒なほど悪い。それで御辞儀おじぎをして、どうも何とかですと云ったが、相手はどうしても鏡の中へ出て来ない。

有个艺妓出来了。脸上还没上妆。本来梳成岛田髻的发型也松落了,看起来懒懒散散的样子。不但睡眼惺忪,脸色也非常苍白。我向她点了个头,道了几句寒暄话,可惜对方老是不出现在镜中。

すると白い着物を着た大きな男が、自分の後ろへ来て、はさみくしを持って自分の頭を眺め出した。

然后有个穿着白色制服的高大男子,来到我身后,他手持梳子剪刀,仔细地端详着我的脑袋。

自分は薄い髭をひねって、どうだろう物になるだろうかと尋ねた。

我捻着下巴上的薄须,问他:怎样?能不能剪成个样子?

白い男は、にも云わずに、手に持った琥珀色こはくいろの櫛で軽く自分の頭を叩いた。

白衣男子,不发一言,只用手中的琥珀色梳子轻轻敲着我的头。

「さあ、頭もだが、どうだろう、物になるだろうか」と自分は白い男に聞いた。

“头呢?能不能理成个样子?”我再问白衣男子。

白い男はやはり何も答えずに、ちゃきちゃきと鋏を鳴らし始めた。

白衣男子依然不回话,喀嚓喀嚓地开始动剪。

鏡に映る影を一つ残らず見るつもりで眼をみはっていたが、鋏の鳴るたんびに黒い毛が飛んで来るので、恐ろしくなって、やがて眼を閉じた。すると白い男が、こう云った。

我睁大着双眼,本想不想遗漏任何镜中的头发的,可是剪刀每响一声,就会有黑发落在眼前,担心黑发掉进眼里,只得闭上眼。谁知白衣男子竟在这时开口:

旦那だんなは表の金魚売を御覧なすったか」

“先生,你看到外面那卖金鱼的吗?”

自分は見ないと云った。白い男はそれぎりで、しきりと鋏を鳴らしていた。すると突然大きな声で危険あぶねえと云ったものがある。はっと眼を開けると、白い男の袖の下に自転車の輪が見えた。人力の梶棒かじぼうが見えた。と思うと、白い男が両手で自分の頭を押えてうんと横へ向けた。自転車と人力車はまるで見えなくなった。鋏の音がちゃきちゃきする。

我回说,没瞧见。他也就没再开口,继续操作着剪刀。突然我听到有人在大喊危险。赶忙睁开双眼。只见白衣男子的衣袖下出现一个脚踏车轮子。也看到人力车的车把。才刚看到,白衣男子即双手抓住我的头,把我的头扭向别处。脚踏车及人力车都消失了。耳边又响起剪刀的喀嚓喀嚓声。

やがて、白い男は自分の横へ廻って、耳の所をり始めた。毛が前の方へ飛ばなくなったから、安心して眼を開けた。粟餅あわもちや、餅やあ、餅や、と云う声がすぐ、そこでする。小さいきねをわざとうすへあてて、拍子ひょうしを取って餅をいている。粟餅屋は子供の時に見たばかりだから、ちょっと様子が見たい。けれども粟餅屋はけっして鏡の中に出て来ない。ただ餅を搗く音だけする。

不久,白衣男子绕到我旁边,开始剃起耳朵旁的头发。头发不再在眼前乱舞,我安心地睁开眼。外面传来栗糕啊、糕啊、糕啊的叫卖声。卖糕的特意将小杵击在臼上,配合着叫卖声拍子在捣糕。我因为只在儿时曾看过卖栗糕的,所以很想再看一眼,可是卖糕小贩却不肯出现在镜中。我只听得见捣糕声。

自分はあるたけの視力で鏡の角を覗き込むようにして見た。すると帳場格子のうちに、いつの間にか一人の女が坐っている。色の浅黒い眉毛まみえの濃い大柄おおがらな女で、髪を銀杏返いちょうがえしにって、黒繻子くろじゅす半襟はんえりのかかった素袷すあわせ29で、立膝たてひざのまま、さつの勘定をしている。札は十円札らしい。女は長いまつげを伏せて薄いくちびるを結んで一生懸命に、札の数を読んでいるが、その読み方がいかにも早い。しかも札の数はどこまで行っても尽きる様子がない。膝の上に乗っているのはたかだか百枚ぐらいだが、その百枚がいつまで勘定しても百枚である。

我将全部视力集中在镜角。发现柜台内不知何时坐了一个女子。肤色微黑,浓眉大眼,身材高大,头上梳了个银杏发,穿着一件黑缎白领有衬里的和服,半蹲半坐地正在数钞票。好像是十元钞票。女子垂下长长的睫毛,抿着双唇,专心数着钞票,而且数得很快。可是那叠钞票竟像是永远都数不完似的。膝上那叠钞票,看上去至少有百张以上,一百张钞票再怎么数应该也还是一百张才对。

自分は茫然としてこの女の顔と十円札を見つめていた。すると耳の元で白い男が大きな声で「洗いましょう」と云った。ちょうどうまい折だから、椅子から立ち上がるや否や、帳場格子ちょうばごうしの方をふり返って見た。けれども格子のうちには女も札も何にも見えなかった。

我茫然地盯视着女子与十元钞票。突然耳畔响起白衣男子大声的吆喝:“洗头吧!”这正是个好机会,于是我从椅子上站起来,顺便回头看了一下柜台。岂知柜台内不但没有女子的身姿,也没有十元钞票。

だいを払って表へ出ると、門口かどぐちの左側に、小判こばんなりのおけが五つばかり並べてあって、その中に赤い金魚や、斑入ふいりの金魚や、痩せた金魚や、ふとった金魚がたくさん入れてあった。そうして金魚売がその後にいた。金魚売は自分の前に並べた金魚を見つめたまま、頬杖ほおづえを突いて、じっとしている。騒がしい往来の活動にはほとんど心を留めていない。自分はしばらく立ってこの金魚売を眺めていた。けれども自分が眺めている間、金魚売はちっとも動かなかった。

付了钱,走出店外,我看到门口左侧并排着五个椭圆形木桶,里面有许多红色的金鱼、有斑纹的金鱼、瘦骨嶙峋的金鱼、肥金鱼。金鱼贩站在木桶后方。他托着腮,目不转睛地望着眼前的金鱼,完全不为四周的喧哗景物所动。我看了一会儿金鱼贩。可是在我盯看着他的当儿,他依旧纹风不动。

第九夜#

世の中が何となくざわつき始めた。今にも戦争いくさが起りそうに見える。焼け出された裸馬はだかうまが、夜昼となく、屋敷の周囲まわりまわると、それを夜昼となく足軽共あしがるどもひしめ30ながらおっかけているような心持がする。それでいて家のうちはしんとして静かである。

这个社会逐渐动荡不安,眼看战争即将爆发。好比遭遇空袭无处可归的无鞍马,不分昼夜地在住家四周狂奔,而走卒们也不舍昼夜地猛追马只一样混乱。可是在住家中却呈现一片死寂。

家には若い母と三つになる子供がいる。父はどこかへ行った。父がどこかへ行ったのは、月の出ていない夜中であった。とこの上で草鞋わらじ穿いて、黒い頭巾ずきんを被って、勝手口から出て行った。その時母の持っていた雪洞ぼんぼり31が暗い闇に細長く射して、生垣いけがきの手前にある古いひのきを照らした。

家中有一个年轻母亲与一个三岁小孩。父亲出门不知往何方去了。父亲是在一个不见星月的深夜离家的。他是在房里穿起草鞋,戴上黑头巾,再从厨房后门离家的。那时,母亲手持纸罩蜡灯,灯火细长地在黑夜中晃动,映照出篱笆前那株古柏。

父はそれきり帰って来なかった。母は毎日三つになる子供に「御父様は」と聞いている。子供は何とも云わなかった。しばらくしてから「あっち」と答えるようになった。母が「いつ御帰り」と聞いてもやはり「あっち」と答えて笑っていた。その時は母も笑った。そうして「今に御帰り」と云う言葉を何遍となく繰返して教えた。けれども子供は「今に」だけを覚えたのみである。時々は「御父様はどこ」と聞かれて「今に」と答える事もあった。

父亲从此没再回来。母亲每天问三岁的孩子:“爸爸呢?”,孩子无言以对。这一阵子,孩子才学会回说:“那边。”母亲问孩子:“爸爸什么时候回来?”,孩子也只会笑着回答:“那边。”这时母亲也会跟着笑开来。然后母亲反复地教孩子说:“不久就会回来。”,可是孩子只学会了“不久”这句话。有时问孩子:“爸爸在哪里?”,孩子会回答:“不久”。

夜になって、四隣あたりが静まると、母は帯をめ直して、鮫鞘さめざやの短刀を帯の間へ差して、子供を細帯で背中へ背負しょって、そっとくぐりから出て行く。母はいつでも草履ぞうりを穿いていた。子供はこの草履の音を聞きながら母の背中で寝てしまう事もあった。

每天夜晚,等人声俱寂后,母亲会系紧腰带,在腰间插上一把鲛鞘短刀,用细长背带将孩子背在背上,再蹑手蹑脚从小门溜出去。母亲总是穿着草屐。孩子在背上听着母亲的草屐声,有时不知不觉便在母亲背上睡着了。

土塀つちべいの続いている屋敷町を西へくだって、だらだら坂をくすと、大きな銀杏いちょうがある。この銀杏を目標めじるしに右に切れると、一丁ばかり奥に石の鳥居がある。

穿过一连串水泥墙围绕的宅邸往西走,再越过漫长的斜坡,即可见一株高大的银杏树。以此为目标右转,往里走一百多公尺即有座神社的鸟居。

片側は田圃たんぼで、片側は熊笹くまざさばかりの中を鳥居まで来て、それを潜り抜けると、暗い杉の木立こだちになる。

走在一边是田圃,另一边是丛生的山白竹小径来到此鸟居后,钻进鸟居便是一大片杉林。

それから二十間ばかり敷石伝いに突き当ると、古い拝殿の階段の下に出る。

再走过三十公尺的石板路,便可到一株陈旧的神殿阶下。

鼠色ねずみいろに洗い出された賽銭箱さいせんばこの上に、大きな鈴のひもがぶら下がって昼間見ると、その鈴の傍に八幡宮はちまんぐうと云う額が懸っている。八の字が、はとが二羽向いあったような書体にできているのが面白い。そのほかにもいろいろの額がある。たいていは家中かちゅうのものの射抜いた金的きんてき32を、射抜いたものの名前に添えたのが多い。たまには太刀たちを納めたのもある。

被风雨吹洒成灰白色的捐献箱上,垂挂着一条顶端系着铜铃的粗绳,白天来的话,可见铜铃旁悬挂着一个写有“八幡宫”的匾额。“八”字像是两只相望的鸽子,很有趣。其他还有许多信徒献纳的匾额。多是诸侯臣下弓赛中获胜的靶子,靶子旁刻有射手名字。也有献纳大刀的。

鳥居をくぐると杉のこずえでいつでもふくろうが鳴いている。そうして、冷飯草履ひやめしぞうり33の音がぴちゃぴちゃする。それが拝殿の前でやむと、母はまず鈴を鳴らしておいて、すぐにしゃがんで柏手かしわで34を打つ。

每次钻过石牌坊,总可以听见杉树枝头上传来猫头鹰的叫声。当然也夹着母亲那破旧草屐的啪嗒啪嗒声。草屐声在神殿前戛然而止,然后母亲会先拉一下铜铃,再蹲下身擎掌合十。

たいていはこの時梟が急に鳴かなくなる。それから母は一心不乱に夫の無事を祈る。母の考えでは、夫がさむらいであるから、弓矢の神の八幡はちまんへ、こうやって是非ないがんをかけたら、よもや聴かれぬ道理はなかろうと一図いちずに思いつめている。

此时,猫头鹰通常会停止鸣叫。母亲再全心全意地祈求夫君平安无事。母亲认为,夫君是武士,因此在弓箭之神的八幡宫拜求,应该没有不应验的道理。

子供はよくこの鈴の音で眼を覚まして、四辺あたりを見ると真暗だものだから、急に背中で泣き出す事がある。その時母は口の内で何か祈りながら、背を振ってあやそうとする。するとうまく泣きやむ事もある。またますます烈しく泣き立てる事もある。いずれにしても母は容易に立たない。

孩子常被铃声惊醒,眼一睁看到四周一片漆黑,有时会突然在背上哭泣起来。这时母亲会一边嘴里祷告,一边摇哄着背上的孩子。孩子有时会安静下来,有时会哭得更厉害。不管是安静或哭得更厉害,母亲都不会放弃祷告而站起身来。

一通ひととおり夫の身の上を祈ってしまうと、今度は細帯を解いて、背中の子をりおろすように、背中から前へ廻して、両手に抱きながら拝殿をのぼって行って、「好い子だから、少しの、待っておいでよ」ときっと自分の頬を子供の頬へりつける。そうして細帯を長くして、子供を縛っておいて、その片端を拝殿の欄干らんかんくくりつける。それから段々を下りて来て二十間の敷石を往ったり来たり御百度おひゃくどを踏む。

待母亲为夫君祷告完毕后,会解开腰带,把背后的孩子放下抱到胸前,再登上拜殿,一面哄着孩子说:“乖孩子,你等等喔!”,一面用脸颊抚摸孩子的脸颊。然后把细长的腰带一方绑在孩子身上,另一方绑在神殿的栏杆上。最后走下阶梯来到三十多公尺长的石板路上,来回反复拜祭踏上一百次。

拝殿に括りつけられた子は、暗闇の中で、細帯のたけのゆるす限り、広縁の上を這い廻っている。そう云う時は母にとって、はなはだらくな夜である。けれどもしばった子にひいひい泣かれると、母は気が気でない。御百度の足が非常に早くなる。大変息が切れる。仕方のない時は、中途で拝殿へあがって来て、いろいろすかしておいて、また御百度を踏み直す事もある。

被绑在拜殿上的孩子,在黑暗的廊上,尽带子所能伸展的长度四处爬动。这种时候,对母亲来说是最轻松的夜晚。但若当孩子哭得惊天动地的夜晚,母亲就会焦虑万分,踏石板的脚步更显得急促,时常上气不接下气。真没办法时,也只得半途而废回到殿廊把孩子哄安静后,再下去重踏一百次。

こう云う風に、幾晩となく母が気をんで、の目も寝ずに心配していた父は、とくの昔に浪士ろうしのために殺されていたのである。

如此让母亲昼夜牵挂,夜晚更不能安眠的父亲,其实早就因流浪武士的身份而丧命了。

こんな悲い話を、夢の中で母から聞いた。

这个悲哀的故事,是母亲在梦中告诉我的。

第十夜#

庄太郎が女に攫われてから七日目の晩にふらりと帰って来て、急に熱が出てどっと、床にいていると云ってけんさんが知らせに来た。

阿健告诉我,庄太郎被女人迷走后,于第七天晚上突然回来了,一回来就发高烧,卧床不起。

庄太郎は町内一の好男子こうだんしで、至極しごく善良な正直者である。ただ一つの道楽がある。パナマの帽子を被って、夕方になると水菓子屋みずがしやの店先へ腰をかけて、往来の女の顔を眺めている。そうしてしきりに感心している。そのほかにはこれと云うほどの特色もない。

庄太郎是镇内长得最俊的男子,而且善良老实。只是有个癖好。黄昏时,他喜欢戴着巴拿马草帽坐在鲜果店前,眺望着路上的行人女子。然后频频赞叹那些女子。除此以外,其他也没什么特点。

あまり女が通らない時は、往来を見ないで水菓子を見ている。水菓子にはいろいろある。水蜜桃すいみつとうや、林檎や、枇杷びわや、バナナを綺麗にかごに盛って、すぐ見舞物みやげものに持って行けるように二列に並べてある。庄太郎はこの籠を見ては綺麗だと云っている。商売をするなら水菓子屋に限ると云っている。そのくせ自分はパナマの帽子を被ってぶらぶら遊んでいる。

若行人女子不多,他就看水果。店里有各色各样的水果,水蜜桃、苹果、枇杷、香蕉等,都被整齐地装在篮内,而且排成两列,可让买主买了后提着篮子去探病。庄太郎看着这些篮子,老是称赞说好看。又说,将来若要开店一定只开水果店。说归说,他却成天老戴着草帽四处游荡。

この色がいいと云って、夏蜜柑なつみかんなどを品評する事もある。けれども、かつてぜにを出して水菓子を買った事がない。ただでは無論食わない。色ばかり賞めている。

他有时也会称说这个橘子色泽好之类的话,但是从未花钱买过水果。要给他白吃,他绝对不吃。只是称赞色泽。

ある夕方一人の女が、不意に店先に立った。身分のある人と見えて立派な服装をしている。その着物の色がひどく庄太郎の気に入った。その上庄太郎は大変女の顔に感心してしまった。そこで大事なパナマの帽子をって丁寧に挨拶をしたら、女は籠詰かごづめの一番大きいのを指して、これを下さいと云うんで、庄太郎はすぐその籠を取って渡した。すると女はそれをちょっとげて見て、大変重い事と云った。

某天傍晚,一个女子出其不意地来到店头。衣着华丽,想必是有身份地位的人。庄太郎非常中意她身上衣服的颜色。而且,对女子的容貌也心动不已。于是他脱下草帽恭谨地打了招呼。女子指着最大一篮水果要买下,庄太郎立刻提起来给她。女子接过后提了一提,说太重了。

庄太郎は元来閑人ひまじんの上に、すこぶる気作きさくな男だから、ではお宅まで持って参りましょうと云って、女といっしょに水菓子屋を出た。それぎり帰って来なかった。

庄太郎本就无所事事,人又爽朗,便回说“我帮你送到府上”,然后和女子一起离开店头。那以后,就没再回来过。

いかな庄太郎でも、あんまり呑気過ぎる。只事じゃ無かろうと云って、親類や友達が騒ぎ出していると、七日目の晩になって、ふらりと帰って来た。そこで大勢寄ってたかって、庄さんどこへ行っていたんだいと聞くと、庄太郎は電車へ乗って山へ行ったんだと答えた。

不管庄太郎人再爽朗,这未免太不像话了。正当亲朋好友议论纷纷说这事非同寻常时,第七天晚上,庄太郎突然回来了。于是大伙儿聚集在他家,追问这七天到底去哪儿了,庄太郎竟回答说搭电车到山上去了。

何でもよほど長い電車に違いない。庄太郎の云うところによると、電車を下りるとすぐと原へ出たそうである。非常に広い原で、どこを見廻しても青い草ばかりえていた。女といっしょに草の上を歩いて行くと、急に絶壁きりぎしの天辺へ出た。その時女が庄太郎に、ここから飛び込んで御覧なさいと云った。底を覗いて見ると、切岸きりぎしは見えるが底は見えない。庄太郎はまたパナマの帽子を脱いで再三辞退した。すると女が、もし思い切って飛び込まなければ、豚に舐められますが好うござんすかと聞いた。

那一定是很长一段旅途。根据庄太郎描述,他下了电车后发觉来到一片草原。那草原非常辽阔,眼底下尽是青草。他跟女子走在草原上,走着走着来到峭壁顶上,这时女子对庄太郎说,你从这里跳下去看看。庄太郎往下一瞧,虽可见峭壁岩石,但深不见底。庄太郎这时又脱下草帽,恭谨地辞退了女子的建议。女子又说,如果不愿意跳,你会被猪舔,好吗?

庄太郎は豚と雲右衛門35が大嫌だった。けれども命にはえられないと思って、やっぱり飛び込むのを見合せていた。

庄太郎最讨厌猪和云右卫门。可是性命毕竟是宝贵的,他仍选择不跳。

ところへ豚が一匹鼻を鳴らして来た。庄太郎は仕方なしに、持っていた細い檳榔樹びんろうじゅ洋杖ステッキで、豚の鼻頭はなづらった。豚はぐうと云いながら、ころりと引っ繰り返って、絶壁の下へ落ちて行った。

岂知竟真的出现了一头哼哼直叫的猪。庄太郎不得已只好用手上那支槟榔树枝制成的细长拐杖,往猪鼻头打下。猪哀鸣了一声,翻滚了几下,掉落到绝壁下。

庄太郎はほっと息接いきついでいるとまた一匹の豚が大きな鼻を庄太郎にりつけに来た。庄太郎はやむをえずまた洋杖を振り上げた。豚はぐうと鳴いてまた真逆様まっさかさまに穴の底へ転げ込んだ。するとまた一匹あらわれた。この時庄太郎はふと気がついて、向うを見ると、遥の青草原の尽きるあたりから幾万匹か数え切れぬ豚が、むれをなして一直線に、この絶壁の上に立っている庄太郎を目懸けて鼻を鳴らしてくる。

庄太郎松了一口气,不料又有一头猪用它那大鼻子蹭过来。庄太郎不得不又挥舞着拐杖。猪又哀叫着四脚朝天滚落到谷底。然后又一头猪出现了。这时庄太郎才惊觉到遥遥对面草原尽头,有数以万计的猪群排成一直线,以立在悬崖上的庄太郎为目标,正在耸动着鼻子。

庄太郎はしんから恐縮した。けれども仕方がないから、近寄ってくる豚の鼻頭を、一つ一つ丁寧に檳榔樹の洋杖で打っていた。不思議な事に洋杖が鼻へさわりさえすれば豚はころりと谷の底へ落ちて行く。覗いて見ると底の見えない絶壁を、逆さになった豚が行列して落ちて行く。

庄太郎打心底慌起来。可是没有其他法子,只好用槟榔树拐杖小心谨慎地一头一头驱打挨近来的猪群。不可思议的是,拐杖只要稍稍碰到猪鼻,猪便会滚落谷底。往下看看,只见四脚朝天的猪群排成一列掉进不见谷底的深渊。

自分がこのくらい多くの豚を谷へ落したかと思うと、庄太郎は我ながら怖くなった。けれども豚は続々くる。黒雲に足がえて、青草を踏み分けるような勢いで無尽蔵むじんぞうに鼻を鳴らしてくる。

庄太郎想到原来自己已推落了这么多头猪至谷底,不由得更觉恐惧。可是猪群仍接二连三挨近来。像是一大片乌云长了脚,万马奔腾般蹚开草丛鸣着无穷尽的鼻子直飞过来。

庄太郎は必死の勇をふるって、豚の鼻頭を七日なのか六晩むばん叩いた。けれども、とうとう精根が尽きて、手が蒟蒻こんにゃくのように弱って、しまいに豚に舐められてしまった。そうして絶壁の上へ倒れた。

庄太郎拼命奋勇地打猪鼻,整整打了七天六夜。最后终于体力不支,手足像蒟蒻般软弱无力,结果被猪舔了,然后倒躺在峭壁上。

健さんは、庄太郎の話をここまでして、だからあんまり女を見るのはくないよと云った。

阿健只说到这里,又加一句:所以最好不要随便看女人。

自分ももっともだと思った。けれども健さんは庄太郎のパナマの帽子が貰いたいと云っていた。

我也觉得阿健说得很有道理。又想起,阿健曾说过想跟庄太郎要那顶巴拿马草帽。

庄太郎は助かるまい。パナマは健さんのものだろう。

我想,庄太郎可能会回天乏术。帽子大概是阿健的吧!

Footnotes#

  1. 懇ろ:[形動]心がこもっているさま

  2. 与謝蕪村 (1716 - 1783):江户时代中期的文人画家与俳句诗人,与松尾芭蕉、小林一茶并称日本俳句三大家

  3. 海中文殊:指文殊菩萨从大海龙宫现身的典故

  4. 九寸五分:[名]刃の部分の長さが9寸5分(約29センチ)の短刀

  5. 全伽:[名]両足を深く組む、座禅の最も正しい姿勢

  6. 薬缶頭:[名]はげて薬缶のようにつるつるになった頭

  7. 鰐口:[名]人の横に広い口をあざけっていう語

  8. 打っ遣る:[動ラ五(四)]投げ捨てる

  9. 井守:守宮,蠑螈

  10. 床几:[名]室内で臨時に着席する際に用いる一種の腰掛け

  11. 有りっ丈:[副]可能な限り多く

  12. :和制汉字,等于しめ

  13. 神代:[名]神が治めていたという時代

  14. :[名]糸・毛・草などの束

  15. たなごころ:[名]てのひら

  16. 空様:[名]仰向きになるさま

  17. 天探女:又名天邪鬼,佛教中被二王、毗沙门天王踩在廊底下专门与人作对的小鬼

  18. 運慶:镰仓时代著名的佛像雕刻师

  19. 下馬評:[名]第三者が興味本位にするうわさ・批評

  20. 辻待:[名]車夫などが道ばたで客を待つこと

  21. 日本武尊:日本古代传说人物,景行天皇之子

  22. 素袍:镰仓时代的庶民麻布便服

  23. 天晴れ:[感]ほめたたえる気持ちを表すときに発する語

  24. 木挽:[名]樹木を伐採すること。また、材木を大鋸で挽き割って、角材、板などに製材すること。また、その人

  25. 蘇枋:苏木,活血祛瘀的常用中药,也是历史悠久的红色染料

  26. :[名]船の進行方向を操作するため船尾に設ける操船上最も重要な装置

  27. 更紗:印度对高级印花布的称呼,在十六世纪传入日本

  28. 帳場格子:[名]商店などで帳場のかこいに立てる衝立格子

  29. 素袷:[名]肌着を着ないでじかに袷を着ること

  30. 犇めく:[動カ五(四)]大勢の人が1か所にすきまなく集まる

  31. 雪洞:[名]灯火具の一種。木や竹のわくに白い紙を貼り、その一部に窓をあけ、茶炉などの上をおおうもの

  32. 金的:[名]射的の一種。約三センチメートル四方の金紙を貼った板の中央に、直径約一センチメートルの円を描いたもの

  33. 冷飯草履:[名]緒も台もわらで作った粗末なわら草履

  34. 柏手:[名]神を拝むとき,両掌を打ち合わせて音をたてる作法

  35. 雲右衛門:通常指桃中轩云右卫门,明治时代著名的浪曲师

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