梶井基次郎: 檸檬
first published:『青空』1925年 1月1日発行1月・創刊号
audio: https://www.youtube.com/watch?v=XNsS2vwt-ow&t=32s
desc: 本文以诗意的笔触,将难以名状的忧郁心境与突如其来的恶作剧心绪,同色彩鲜明的事物与内心意象一同描绘。以在三高求学时期、梶井借住京都期间的郁结心理为背景,描写了他与一颗柠檬相遇时的感动,以及幻想将柠檬放在西文书店的书架前,当作一枚鲜亮的 “柠檬炸弹” 布置好后逃走的场景
えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた。焦躁と言おうか、嫌悪と言おうか──酒を飲んだあとに宿酔があるように、酒を毎日飲んでいると宿酔に相当した時期がやって来る。それが来たのだ。これはちょっといけなかった。結果した肺尖カタル1や神経衰弱がいけないのではない。また背を焼くような借金などがいけないのではない。いけないのはその不吉な塊だ。以前私を喜ばせたどんな美しい音楽も、どんな美しい詩の一節も辛抱がならなくなった。蓄音器を聴かせてもらいにわざわざ出かけて行っても、最初の二三小節で不意に立ち上がってしまいたくなる。何かが私を居堪らずさせるのだ。それで始終私は街から街を浮浪し続けていた。
一团来路不明的不祥凝块,始终压在我心头。不知该说那是焦躁,还是厌恶,就像喝完酒后的宿醉一样,只要每天喝酒,就会有一段像宿醉似的时间到来。现在它找上门了。实在不太妙。我指的并非是自己染上肺尖炎或是神经衰弱,也不是因为欠了一屁股债,而是那团不祥的凝块令我觉得不妙。不论是以前多么令我感到心旷神怡的音乐,还是美好的诗篇,现在我都完全无法接受。就算我特地出门请人用留声机放音乐来听,但只听到开头的两三小节,我就会突然生起一股想起身离去的冲动。因为有某个东西令我坐立难安。所以我才会一直在街头徘徊游荡。
何故だかその頃私は見すぼらしくて美しいものに強くひきつけられたのを覚えている。風景にしても壊れかかった街だとか、その街にしてもよそよそしい表通りよりもどこか親しみのある、汚い洗濯物が干してあったりがらくたが転がしてあったりむさくるしい部屋が覗いていたりする裏通りが好きであった。雨や風が蝕んでやがて土に帰ってしまう、と言ったような趣きのある街で、土塀が崩れていたり家並が傾きかかっていたり──勢いのいいのは植物だけで、時とするとびっくりさせるような向日葵があったりカンナ2が咲いていたりする。
不知为何,记得当时那些外表穷酸而又美丽的事物,总是深深吸引着我。以风景来说,我喜欢颓倾残破的街道,比起冰冷生疏的大路,那些给人亲切感、晾着肮脏衣物、满地破烂、可以窥见邋遢房间的小巷弄更得我心。在风雨侵蚀、仿佛很快就会归于尘土的街道上,随处可见土墙崩塌,屋舍斜倾——就只有植物显得生气蓬勃,有时还会看到令人大感惊奇的向日葵,或是恣意绽放的美人蕉。
時どき私はそんな路を歩きながら、ふと、そこが京都ではなくて京都から何百里も離れた仙台とか長崎とか──そのような市へ今自分が来ているのだ──という錯覚を起こそうと努める。私は、できることなら京都から逃げ出して誰一人知らないような市へ行ってしまいたかった。第一に安静。がらんとした旅館の一室。清浄な蒲団。匂いのいい蚊帳と糊のよくきいた浴衣。そこで一月ほど何も思わず横になりたい。希わくはここがいつの間にかその市になっているのだったら。──錯覚がようやく成功しはじめると私はそれからそれへ想像の絵具を塗りつけてゆく。なんのことはない、私の錯覚と壊れかかった街との二重写しである。そして私はその中に現実の私自身を見失うのを楽しんだ。
我不时会走在这样的道路上,然后突然觉得眼前不是京都,而是离京都数百里远的仙台或长崎——我极力让自己产生错觉,以为此刻来到了这样的城市。如果可以,我很想逃离京都,前往一个谁都不认识的城市。首先要安静。还要一间空荡荡的旅馆客房。有干净的垫被。有气味宜人的蚊帐和上过浆的浴衣。我想在那里躺上一个月,什么也不想。但愿这里能在不知不觉间变成那个城市。——当错觉开始成功后,接下来我会为它涂上想象的颜料。这其实没什么,就只是我的错觉和崩毁的街道形成的影像重叠。我让自己迷失其中,以此为乐。
私はまたあの花火というやつが好きになった。花火そのものは第二段として、あの安っぽい絵具で赤や紫や黄や青や、さまざまの縞模様を持った花火の束、中山寺の星下り、花合戦、枯れすすき。それから鼠花火というのは一つずつ輪になっていて箱に詰めてある。そんなものが変に私の心を唆った。
另外,我也喜欢烟火。烟火本身倒是其次,我更喜欢那些用廉价颜料在外观画上红、紫、黄、蓝等各种条纹图案的成束烟火:“中山寺星星下凡” “花合战” “枯芒草”。还有名叫 “鼠花火” 的烟火,一个个圈成圆形装在盒子里。这种东西总是莫名撩拨我心。
それからまた、びいどろという色硝子で鯛や花を打ち出してあるおはじきが好きになったし、南京玉が好きになった。またそれを嘗めてみるのが私にとってなんともいえない享楽だったのだ。あのびいどろの味ほど幽かな涼しい味があるものか。私は幼い時よくそれを口に入れては父母に叱られたものだが、その幼時のあまい記憶が大きくなって落ち魄れた私に蘇えってくる故だろうか、まったくあの味には幽かな爽やかななんとなく詩美と言ったような味覚が漂って来る。
此外,我还喜欢以彩色的吹制玻璃雕出鲷鱼或花朵图案的玻璃弹珠,也喜欢南京玉。对我来说,舔舐这些珠子是难以言喻的无上享受。吹制玻璃那微带冰凉的味道,远非其他东西所能比。打小我就常拿它含在嘴里,结果换来父母的责骂,如今我已长成一个落魄潦倒的大人,可能是因为幼年时甜美的记忆在脑中苏醒,那味道飘荡出一股清淡爽朗、微带诗意的味觉。
察しはつくだろうが私にはまるで金がなかった。とは言えそんなものを見て少しでも心の動きかけた時の私自身を慰めるためには贅沢ということが必要であった。二銭や三銭のもの──と言って贅沢なもの。美しいもの──と言って無気力な私の触角にむしろ媚びて来るもの。──そう言ったものが自然私を慰めるのだ。
想必各位已经看出,我是个穷鬼。话虽如此,当我看到这类东西而为之心动时,为了安慰自己,我需要借助奢侈的东西。像只需两三文钱就能买到——但又很奢侈的东西。像美丽的事物——但是会找上无精打采的我,主动讨好我触角的东西。——这些东西会很自然地为我带来慰藉。
生活がまだ蝕まれていなかった以前私の好きであった所は、たとえば丸善3であった。赤や黄のオードコロンやオードキニン4。洒落た切子5細工や典雅なロココ趣味の浮模様を持った琥珀色や翡翠色の香水壜。煙管、小刀、石鹸、煙草。私はそんなものを見るのに小一時間も費すことがあった。そして結局一等いい鉛筆を一本買うくらいの贅沢をするのだった。しかしここももうその頃の私にとっては重くるしい場所に過ぎなかった。書籍、学生、勘定台、これらはみな借金取りの亡霊のように私には見えるのだった。
在我的生活尚未遭到侵蚀前,我喜欢的是像丸善这类的地方。有红色、黄色的古龙水和顺发水。别致的玻璃雕花工艺、带有典雅的洛可可风格浮雕图案的琥珀色和翡翠色的香水瓶、烟管、小刀、肥皂、香烟。我曾经光是欣赏这些物品就花了一个小时。最后我做了一件奢侈的事情——买下一支上好的铅笔。但对当时的我来说,这里也只是个令人感到沉重的地方。书籍、学生、收银台,看在我眼里,都像是讨债的亡灵。
ある朝──その頃私は甲の友達から乙の友達へというふうに友達の下宿を転々として暮らしていたのだが──友達が学校へ出てしまったあとの空虚な空気のなかにぽつねんと一人取り残された。私はまたそこから彷徨い出なければならなかった。何かが私を追いたてる。そして街から街へ、先に言ったような裏通りを歩いたり、駄菓子屋の前で立ち留まったり、乾物屋の乾蝦や棒鱈や湯葉6を眺めたり、とうとう私は二条の方へ寺町を下り、そこの果物屋で足を留めた。ここでちょっとその果物屋を紹介したいのだが、その果物屋は私の知っていた範囲で最も好きな店であった。そこは決して立派な店ではなかったのだが、果物屋固有の美しさが最も露骨に感ぜられた。果物はかなり勾配の急な台の上に並べてあって、その台というのも古びた黒い漆塗りの板だったように思える。何か華やかな美しい音楽の快速調の流れが、見る人を石に化したというゴルゴン7の鬼面──的なものを差しつけられて、あんな色彩やあんなヴォリウムに凝り固まったというふうに果物は並んでいる。青物もやはり奥へゆけばゆくほど堆高く積まれている。──実際あそこの人参葉の美しさなどは素晴しかった。それから水に漬けてある豆だとか慈姑だとか。
某日清晨(当时我从朋友甲的住处改换到朋友乙的住处,过着在朋友的住处间辗转投靠的生活),朋友出门上学后,空虚的屋内,只留我孤零零一人。我必须出外游荡。有某个东西驱策着我。我从这街逛到那街,走过我前面提到的小巷弄,在零食店前驻足,干货店里有虾干、鳕鱼干、豆腐皮,我望着它们干过瘾,最后我顺着寺町而下,往二条方向走去,在那里的一家水果店前停步。我想稍微介绍一下这家水果店,就我所知,这是我最爱的一家店。它绝对称不上是什么气派名店,但它最能毫无保留地让人感受到水果店的固有之美。水果摆放在陡斜的台架上,那台架感觉就像是一块涂了黑漆、年代久远的木板。水果的摆放,就像某一首华丽优美的快板曲调,被蛇发女妖点化成石,就此凝固成丰沛的色彩和分量。蔬菜则是往店内深处愈堆愈高。——事实上,那里的胡萝卜叶长得特别好看。还有泡水的豆子和慈姑。
またそこの家の美しいのは夜だった。寺町通はいったいに賑かな通りで──と言って感じは東京や大阪よりはずっと澄んでいるが──飾窓の光がおびただしく8街路へ流れ出ている。それがどうしたわけかその店頭の周囲だけが妙に暗いのだ。もともと片方は暗い二条通に接している街角になっているので、暗いのは当然であったが、その隣家が寺町通にある家にもかかわらず暗かったのが瞭然しない。しかしその家が暗くなかったら、あんなにも私を誘惑するには至らなかったと思う。もう一つはその家の打ち出した廂9なのだが、その廂が眼深10に冠った帽子の廂のように──これは形容というよりも、「おや、あそこの店は帽子の廂をやけに下げているぞ」と思わせるほどなので、廂の上はこれも真暗なのだ。そう周囲が真暗なため、店頭に点けられた幾つもの電燈が驟雨のように浴びせかけびせかける絢爛は、周囲の何者にも奪われることなく、ほしいままにも美しい眺めが照らし出されているのだ。裸の電燈が細長い螺旋棒をきりきり眼の中へ刺し込んでくる往来に立って、また近所にある鎰屋の二階の硝子窓をすかして眺めたこの果物店の眺めほど、その時どきの私を興がらせたものは寺町の中でも稀だった。
此外,这家店的独特之美,是在晚上。寺町通整体算是一条热闹的大街 (话虽如此,感觉却远比东京或大阪还要平静),橱窗灯光明亮地洒向大街。不知为何,就只有这家店四周显得莫名昏暗。原本有一边是街角,连往昏暗的二条通,所以光线昏暗也是理所当然,但隔壁位于寺町通上的人家也一样昏暗,这就叫人费解了。不过,要不是这家店这般昏暗,想必也不会如此吸引我。另一个原因是这家店向外挺出的屋檐,就像深戴的帽檐一般——与其说这是形容,倒不如说会让人联想到“咦,那家店的帽檐压得特别低呢”,所以屋檐上方也一样漆黑。由于四周都黑漆漆一片,所以店门点了好几盏灯,那宛如沐浴在骤雨下的绚烂亮光,照耀出美不胜收的景致,周遭任何人都抢不走。站在街上看,任由灯泡细长的螺旋光束刺进眼中,隐隐作痛,或是隔着附近镒屋二楼的玻璃窗望向这家水果店,让我感到兴致盎然,像这样的景致在寺町可说是寥寥无几。
その日私はいつになくその店で買物をした。というのはその店には珍しい檸檬が出ていたのだ。檸檬などごくありふれている。がその店というのも見すぼらしくはないまでもただあたりまえの八百屋に過ぎなかったので、それまであまり見かけたことはなかった。いったい私はあの檸檬が好きだ。レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色も、それからあの丈の詰まった紡錘形の恰好も。──結局私はそれを一つだけ買うことにした。それからの私はどこへどう歩いたのだろう。私は長い間街を歩いていた。始終私の心を圧えつけていた不吉な塊がそれを握った瞬間からいくらか弛んで来たとみえて、私は街の上で非常に幸福であった。あんなに執拗かった憂鬱が、そんなものの一顆で紛らされる──あるいは不審なことが、逆説的なほんとうであった。それにしても心というやつはなんという不可思議なやつだろう。
那天,我心血来潮,在那家店买东西。因为这家店贩售平时难得一见的柠檬。柠檬这种东西随处可见。说起这家店,虽然还不至于到寒碜的地步,但充其量也不过只是家稀松平常的蔬果店,所以之前鲜少在店里看到柠檬。我原本就喜欢柠檬,喜欢那宛如挤出柠檬黄颜料所凝固而成的单纯颜色,还有那纺锤状的外形。最后,我决定买下一颗。搞不清楚我之后去了什么地方。只知道有好长一段时间,我都在街上游荡。始终压在我心头的那团不祥凝块,打从我握住柠檬的瞬间,它便逐渐松解开来,我在街上感觉到无比幸福。一直对我纠缠不休的忧郁,竟然光靠小小一颗柠檬就化解了——或许应该说,一些感到可疑的事,若用相反的角度来看,反而显得真实。不过话说回来,人心还真是不可思议呢。
その檸檬の冷たさはたとえようもなくよかった。その頃私は肺尖を悪くしていていつも身体に熱が出た。事実友達の誰彼に私の熱を見せびらかすために手の握り合いなどをしてみるのだが、私の掌が誰のよりも熱かった。その熱い故だったのだろう、握っている掌から身内に浸み透ってゆくようなその冷たさは快いものだった。
柠檬的冰凉,给人一种难以形容的舒服感。当时我肺尖的毛病恶化,总是浑身发热。事实上,为了向朋友们炫耀我的热度,我会与他们握手,我的手掌比谁都烫。可能是因为发热的缘故,从我紧握柠檬的手掌渗进体内的冰凉,为我带来无比快意。
私は何度も何度もその果実を鼻に持っていっては嗅いでみた。それの産地だというカリフォルニヤが想像に上って来る。漢文で習った「売柑者之言」の中に書いてあった「鼻を撲つ」という言葉が断れぎれに浮かんで来る。そしてふかぶかと胸一杯に匂やかな空気を吸い込めば、ついぞ胸一杯に呼吸したことのなかった私の身体や顔には温い血のほとぼり11が昇って来てなんだか身内に元気が目覚めて来たのだった。……
我一再将柠檬凑近鼻端嗅闻。开始想象起它的产地加州。在汉文课学过一篇《卖柑者言》,里头有句 “扑口鼻” 的描述断断续续浮现我脑中。深吸一口芳香的空气后,我这从未做过深呼吸的身体和脸庞感受到温热的血气往上蹿升,全身的活力缓缓苏醒……
実際あんな単純な冷覚や触覚や嗅覚や視覚が、ずっと昔からこればかり探していたのだと言いたくなったほど私にしっくりしたなんて私は不思議に思える──それがあの頃のことなんだから。
事实上,如此单纯的冰冷感、触觉、嗅觉、视觉,与我竟是如此契合,让我很想说一句 “这就是我一直以来在找寻的”,令我深感不可思议——这就是我当时的感受。
私はもう往来を軽やかな昂奮に弾んで、一種誇りかな気持さえ感じながら、美的装束をして街を闊歩した詩人のことなど思い浮かべては歩いていた。汚れた手拭の上へ載せてみたりマントの上へあてがってみたりして色の反映を量ったり、またこんなことを思ったり、
我走在街上,因轻松亢奋而满心雀跃,甚至有种骄傲感,脑中想着自己是身穿漂亮服饰,在街上昂首阔步的诗人。时而将柠檬摆在肮脏的手巾上欣赏,时而抵在披风上观看,感受颜色的呈现,同时在心里想:
──つまりはこの重さなんだな。──
——这就是它的重量。
その重さこそ常づね尋ねあぐん12でいたもので、疑いもなくこの重さはすべての善いものすべての美しいものを重量に換算して来た重さであるとか、思いあがった諧謔心からそんな馬鹿げたことを考えてみたり──なにがさて私は幸福だったのだ。
这重量正是我一直遍寻不着的东西,毋庸置疑,这重量正是所有良善、美丽的事物换算出的重量。我基于志得意满的戏谑心态,脑中净想着这些蠢事——不管怎么说,当时的我确实很幸福。
どこをどう歩いたのだろう、私が最後に立ったのは丸善の前だった。平常あんなに避けていた丸善がその時の私にはやすやすと入れるように思えた。
不知道我走过哪些地方,最后我站在丸善门前。平常我对丸善避之不及,但当时我觉得自己可以轻松走进店内。
「今日は一つ入ってみてやろう」そして私はずかずか入って行った。
“今天就进去逛逛吧!”我就此大摇大摆走进。
しかしどうしたことだろう、私の心を充たしていた幸福な感情はだんだん逃げていった。香水の壜にも煙管にも私の心はのしかかってはゆかなかった。憂鬱が立て罩めて来る、私は歩き廻った疲労が出て来たのだと思った。私は画本の棚の前へ行ってみた。画集の重たいのを取り出すのさえ常に増して力が要るな!と思った。しかし私は一冊ずつ抜き出してはみる、そして開けてはみるのだが、克明にはぐってゆく気持はさらに湧いて来ない。しかも呪われたことにはまた次の一冊を引き出して来る。それも同じことだ。それでいて一度バラバラとやってみなくては気が済まないのだ。それ以上は堪らなくなってそこへ置いてしまう。以前の位置へ戻すことさえできない。私は幾度もそれを繰り返した。とうとうおしまいには日頃から大好きだったアングル13の橙色の重い本までなおいっそうの堪えがたさのために置いてしまった。──なんという呪われたことだ。手の筋肉に疲労が残っている。私は憂鬱になってしまって、自分が抜いたまま積み重ねた本の群を眺めていた。
但不知为何,原本充盈我心中的幸福感开始纷纷溃散。不论是香水瓶还是烟管,我都已提不起兴趣。忧郁朝我笼罩而来,刚才四处走动的疲劳逐渐涌现。我前往摆画册的层架前,心想,就连拿出厚重的画册,也需要比平时使出更大的力气!但我仍将画册一本一本抽出来看。虽然打开了书本,却始终提不起劲儿翻页细看。而我就像遭到诅咒似的,竟然又接着抽出下一本。情况还是一样。尽管如此,我还是大致翻看了一遍,感觉要是不这么做,心里会很不安。后来我再也无法按捺,就此把书搁下,可连把书放回原位都办不到。这样的动作一再反复。最后,就连平时我最喜欢的安格尔那本橘色的厚重画册,我也因为觉得难受而不得不搁下。——多么可怕的诅咒啊。我双手的肌肉疲劳。我深陷忧郁中,望着被我抽出的堆叠如山的书本。
以前にはあんなに私をひきつけた画本がどうしたことだろう。一枚一枚に眼を晒し終わって後、さてあまりに尋常な周囲を見廻すときのあの変にそぐわない気持を、私は以前には好んで味わっていたものであった。……
以前深深吸引我的这些画册到底是怎么了?一页一页看完画册后,环视周遭平凡无奇的景物时,那种格格不入的感觉,以前我明明很乐在其中啊……
「あ、そうだそうだ」その時私は袂の中の檸檬を憶い出した。本の色彩をゴチャゴチャに積みあげて、一度この檸檬で試してみたら。「そうだ」
“啊,对了,对了。”这时,我想起自己藏在衣袖里的柠檬。将画册的色彩胡乱堆叠后,要是试着用柠檬来重新看待它们呢?“就这么办!”
私にまた先ほどの軽やかな昂奮が帰って来た。私は手当たり次第に積みあげ、また慌しく潰し、また慌しく築きあげた。新しく引き抜いてつけ加えたり、取り去ったりした。奇怪な幻想的な城が、そのたびに赤くなったり青くなったりした。
刚才那轻松的亢奋感又回来了。我随手拿起书就叠,然后匆匆将它们推倒,再匆匆地重新堆叠。时而重新抽书出来添上,时而拿掉几本。这座充满幻想气氛的怪奇城堡,不时变换颜色,时红时蓝。
やっとそれはでき上がった。そして軽く跳りあがる心を制しながら、その城壁の頂きに恐る恐る檸檬を据えつけた。そしてそれは上出来だった。
最后终于完成了。我压抑自己雀跃的心,战战兢兢地将柠檬摆在这座城堡的顶端,就此大功告成。
見わたすと、その檸檬の色彩はガチャガチャした色の階調をひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまって、カーンと冴えかえっていた。私は埃っぽい丸善の中の空気が、その檸檬の周囲だけ変に緊張しているような気がした。私はしばらくそれを眺めていた。
放眼望去,柠檬的色彩悄悄地将那零乱的色调吸进它纺锤形的身体内,变得鲜艳无比。我感觉到丸善内尘埃弥漫的空气,就只有这颗柠檬四周显得异常紧绷。我朝它凝望良久。
不意に第二のアイディアが起こった。その奇妙なたくらみはむしろ私をぎょっとさせた。
我突然又有了新点子。这个奇妙的阴谋,反而令我自己大吃一惊。
──それをそのままにしておいて私は、なに喰わぬ顔をして外へ出る。──
——我就这样维持原状,若无其事地走出店外。
私は変にくすぐったい気持がした。「出て行こうかなあ。そうだ出て行こう」そして私はすたすた出て行った。
有种心痒难搔的感觉。“就这样走出去吧。没错,走吧。”我就此快步走出店外。
変にくすぐったい気持が街の上の私を微笑ませた。丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けて来た奇怪な悪漢が私で、もう十分後にはあの丸善が美術の棚を中心として大爆発をするのだったらどんなにおもしろいだろう。
那心痒难搔的感觉,令走在街上的我嘴角上扬。在丸善的层架上装设一颗金光闪闪的可怕炸弹,那名古怪的恶徒就是我,如果十分钟后,以丸善的美术书籍层架为中心,引发大爆炸的话,一定妙不可言。
私はこの想像を熱心に追求した。「そうしたらあの気詰まりな丸善も粉葉みじんだろう」
我热衷于追求心中的想象。“这么一来,那令人喘不过气来的丸善,也会被炸得灰飞烟灭吧。”
そして私は活動写真の看板画が奇体な趣きで街を彩っている京極を下って行った。
之后,我沿着京极往南而行,一路上,电影的海报画点缀着街道,呈现出一番奇特的风情。
Footnotes
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カタル ([独] Katarrh):[名]組織を破壊しない粘膜の滲出性炎症 ↩
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カンナ (canna): 美人蕉,产于美洲、非洲和亚洲的热带和亚热带地区 ↩
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丸善: 丸善株式会社,著名大型连锁书店和文具用品店 ↩
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オードキニン (eau de Quinine): 含有奎宁的洗发水,香水等 ↩
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切子:[名]彫刻や切り込み細工を施した透明度の高い鉛ガラス ↩
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湯葉:[名]大豆を原料として作られる加工食品で、豆乳を煮つめたときに表面にできる薄皮です ↩
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ゴルゴン (Gorgōn): 美杜莎 ↩
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夥しい:[形]程度がはなはだしい ↩
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廂:[名]建物の内部で、母屋の外側の部分 ↩
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目深:[形動]目が隠れるほど、帽子などを深くかぶるさま ↩
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ほとぼり:[名]さめきらないで残っている熱 ↩
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尋ねあぐむ:[動マ五(四)]目的の場所を尋ねあてることができず、どうしたらよいか困る ↩
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アングル (Jean-Auguste-Dominique Ingres, 1780-1867): 安格尔,法国新古典主义画派的巨匠,代表作《大宫女》(La Grande Odalisque) ↩