江戸川乱歩: 人間椅子
first published:『苦楽』1925年9月増刊号
audio: https://www.youtube.com/watch?v=zat3ffz08Cs
desc: 寄到某位女作家手中的一封信。本以为是粉丝来信,没想到信中却……
佳子は、毎朝、夫の登庁を見送って了うと、それはいつも十時を過ぎるのだが、やっと自分のからだになって、洋館の方の、夫と共用の書斎へ、とじ籠るのが例になっていた。そこで、彼女は今、K雑誌のこの夏の増大号にのせる為の、長い創作にとりかかっているのだった。
每天早上十点,目送丈夫去官署上班。之后,终于拥有属于自己的时间,于是佳子便把自己关进与丈夫共用的书斋。她目前正着手为 K 杂志的夏季特别号创作一部长篇。
美しい閨秀1作家としての彼女は、此の頃では、外務省書記官である夫君の影を薄く思わせる程も、有名になっていた。彼女の所へは、毎日の様に未知の崇拝者達からの手紙が、幾通となくやって来た。
佳子是个美丽的女性作家,这阵子声名鹊起,锋芒甚至盖过她外务省书记官的夫君。她几乎每天都收到好几封陌生仰慕者的来信。
今朝とても、彼女は、書斎の机の前に坐ると、仕事にとりかかる前に、先ず、それらの未知の人々からの手紙に、目を通さねばならなかった。
今早亦然,她在书桌前坐下,开始工作前,得先浏览一遍那些陌生人士的信件。
それは何れも、極り切った様に、つまらぬ文句のものばかりであったが、彼女は、女の優しい心遣いから、どの様な手紙であろうとも、自分に宛られたものは、兎も角も、一通りは読んで見ることにしていた。
尽管内容一成不变、乏善可陈,但出于女人的温柔体恤,无论什么样的信件,只要是寄给自己的,她都一定会读上一遍。
簡単なものから先にして、二通の封書と、一葉のはがきとを見て了うと、あとにはかさ高い原稿らしい一通が残った。別段通知の手紙は貰っていないけれど、そうして、突然原稿を送って来る例は、これまでにしても、よくあることだった。それは、多くの場合、長々しく退屈極る代物であったけれど、彼女は兎も角も、表題丈でも見て置こうと、封を切って、中の紙束を取出して見た。
今早亦然,她在书桌前坐下,开始工作前,得先浏览一遍那些陌生人士的信件。她从简单的处理起,看过两封信和一张明信片后,仅剩一个疑似稿件的厚重信封。这种不经照会便突然寄来稿子的情形,过去也时常发生。大部分都是冗长沉闷的,可是她想瞄一下标题,便拆了封,取出一沓纸。
それは、思った通り、原稿用紙を綴じた2ものであった。が、どうしたことか、表題も署名もなく、突然「奥様」という、呼びかけの言葉で始まっているのだった。ハテナ3、では、やっぱり手紙なのかしら、そう思って、何気なく二行三行と目を走らせて行く内に、彼女は、そこから、何となく異常な、妙に気味悪いものを予感した。そして、持前4の好奇心が、彼女をして、ぐんぐん、先を読ませて行くのであった。
不出所料,那是一沓装订成册的稿纸。然而不知何故,上面既无标题亦无署名,直接以“夫人”的称呼起首。怪了,那么这还是一封信喽?她心生纳闷,视线却已往下扫了两三行,这一看不打紧,内心隐约升起一股异常恐怖的预感。之后,禁不住好奇心的驱使,她不由自主地往下读。
奥様、奥様の方では、少しも御存じのない男から、突然、此様な無躾な御手紙を、差上げます罪を、幾重にもお許し下さいませ。
夫人。我与夫人素昧平生,此次冒昧去信,望乞海涵。
こんなことを申上げますと、奥様は、さぞかしびっくりなさる事で御座いましょうが、私は今、あなたの前に、私の犯して来ました、世にも不思議な悪を、告白しようとしているのでございます。
突然看到这样的内容,夫人肯定会吃惊不已,但我必须向您坦承至今犯下的种种不可思议的罪行。
私は数ヶ月の間、全く人間界から姿を隠して、本当に、悪魔の様な生活を続けて参りました。勿論、広い世界に誰一人、私の所業を知るものはありません。若し、何事もなければ、私は、このまま永久に、人間界に立帰ることはなかったかも知れないのでございます。
几个月来,我完全从人间销声匿迹,过着真正形同恶魔的生活。当然,世界再广,也没有人知晓我的所作所为。若没有意外,或许我将不再重返人世。
ところが、近頃になりまして、私の心にある不思議な変化が起りました。そして、どうしても、この、私の因果な身の上を、懺悔しないではいられなくなりました。ただ、かように申しましたばかりでは、色々御不審に思召す5点もございましょうが、どうか、兎も角も、この手紙を終りまで御読み下さいませ。そうすれば、何故、私がそんな気持になったのか。又何故、この告白を、殊更奥様に聞いて頂かねばならぬのか、それらのことが、悉く明白になるでございましょう。
然而,最近我的心情发生了奇异的变化。无论如何我都得为这不幸的境遇忏悔。光这么说,夫人一定诧异不解,所以,请务必读完这封信。如此便能理解我为什么会陷入这样的心境,又为什么特意要求夫人聆听这番忏悔之词。
さて、何から書き初めたらいいのか、余りに人間離れのした、奇怪千万な事実なので、こうした、人間世界で使われる、手紙という様な方法では、妙に面はゆくて6、筆の鈍るのを覚えます。でも、迷っていても仕方がございません。兎も角も、事の起りから、順を追って、書いて行くことに致しましょう。
好,我该从哪儿开始说呢?这事太过奇异,于是决定写下来给你。不过以这种人世间通行的交流方式,还挺让人不好意思的,书写过程中亦拖沓许多。但犹豫不决对事情本身也没多大帮助,总之我依序写来吧。
私は生れつき、世にも醜い容貌の持主でございます。これをどうか、はっきりと、お覚えなすっていて下さいませ。そうでないと、若し、あなたが、この無躾な願いを容れて、私にお逢い下さいました場合、たださえ醜い私の顔が、長い月日の不健康な生活の為に、二た目と見られぬ、ひどい姿になっているのを、何の予備知識もなしに、あなたに見られるのは、私としては、堪え難いことでございます。
我是个天生的丑汉,请夫人千万牢记这一点。否则如果您答应我厚颜无耻的见面请求,让您在毫无准备的情况下看到我久经糜烂的生活愈发令人不忍卒睹的丑陋容貌,极度惊讶之下难保您不会有过激的反应,这我实在难以忍受。
私という男は、何と因果な生れつきなのでありましょう。そんな醜い容貌を持ちながら、胸の中では、人知れず、世にも烈しい情熱を、燃していたのでございます。私は、お化のような顔をした、その上極く貧乏な、一職人に過ぎない私の現実を忘れて、身の程知らぬ、甘美な、贅沢な、種々様々の「夢」にあこがれていたのでございます。
我何其不幸啊!尽管相貌丑陋,心中却燃烧着不为人知的炽烈热情。我忘记本身怪物般的容颜,以及只是一介贫穷工匠的现实,憧憬着各式各样不自量力、甜美奢侈的“梦”。
私が若し、もっと豊な家に生れていましたなら、金銭の力によって、色々の遊戯に耽けり、醜貌のやるせなさ7を、まぎらすことが出来たでもありましょう。それとも又、私に、もっと芸術的な天分が、与えられていましたなら、例えば美しい詩歌によって、此世の味気なさを、忘れることが出来たでもありましょう。併し、不幸な私は、何れの恵みにも浴することが出来ず、哀れな、一家具職人の子として、親譲りの仕事によって、其日其日の暮しを、立てて行く外はないのでございました。
如果我出生在更富裕的家庭,也许能借助金钱之力沉溺于五花八门的游戏之中,以便排遣这猥琐的形貌带来的悲伤。或者,如果我更有艺术天分,便能通过美丽的诗歌忘却人世的乏味。只是悲哀的我,不具丝毫天赋奇才,仅为一可怜的家具工匠之子,靠继承父亲的工作维持生计。
私の専門は、様々の椅子を作ることでありました。私の作った椅子は、どんな難しい註文主にも、きっと気に入るというので、商会でも、私には特別に目をかけて、仕事も、上物ばかりを、廻して呉れて居りました。そんな上 物になりますと、凭れや肘掛けの彫りものに、色々むずかしい註文があったり、クッションの工合、各部の寸法などに、微妙な好みがあったりして、それを作る者には、一寸素人の想像出来ない様な苦心が要るのでございますが、でも、苦心をすればした丈け、出来上った時の愉快というものはありません。生意気を申す様ですけれど、その心持ちは、芸術家が立派な作品を完成した時の喜びにも、比ぶべきものではないかと存じます。
我擅长打造椅子。我打造的椅子连最挑剔的客户都满意,因此受到老板特别器重,总是交给我高级订单。那些订单不是靠背或扶手部分的雕刻要求特别复杂,就是对坐垫弹性及各部位尺寸有微妙的偏好,制作者耗费的苦心,外人实在难以想象。但付出的心血越大,完工时的喜悦越是无与伦比。这么比喻或许有些狂妄,但我想应该近似艺术家完成杰作时的心境。
一つの椅子が出来上ると、私は先ず、自分で、それに腰かけて、坐り工合を試して見ます。そして、味気ない職人生活の内にも、その時ばかりは、何とも云えぬ得意を感じるのでございます。そこへは、どの様な高貴の方が、或はどの様な美しい方がおかけなさることか、こんな立派な椅子を、註文なさる程のお邸だから、そこには、きっと、この椅子にふさわしい、贅沢な部屋があるだろう。壁間には定めし、有名な画家の油絵が懸り、天井からは、偉大な宝石の様な装飾電燈が、さがっているに相違ない。床には、高価な絨氈が、敷きつめてあるだろう。そして、この椅子の前のテーブルには、眼の醒める様な、西洋草花が、甘美な薫を放って、咲き乱れていることであろう。そんな妄想に耽っていますと、何だかこう、自分が、その立派な部屋の主にでもなった様な気がして、ほんの一瞬間ではありますけれど、何とも形容の出来ない、愉快な気持になるのでございます。
每把椅子完工后,我会先试坐。无趣的工匠生活中,唯独这个时候才有说不出的得意和满足。日后坐在这把椅子上的将是多高贵的绅士,或多美丽的淑女?既然如此大手笔定做,那户人家肯定有足以匹配这把椅子的豪侈的房间吧。墙上想必挂着名家的油画,天花板悬吊着气势恢宏的、如宝石般璀璨的水晶灯。地上则铺着名贵的地毯。然后,和椅子配套的桌上,一定绽放着香气馥郁、夺人眼球的西洋花草。然后,和椅子配套的桌上,一定绽放着香气馥郁、夺人眼球的西洋花草。
私の果敢ない妄想は、猶とめどもなく増長して参ります。この私が、貧乏な、醜い、一職人に過ぎない私が、妄想の世界では、気高い貴公子になって、私の作った立派な椅子に、腰かけているのでございます。そして、その傍には、いつも私の夢に出て来る、美しい私の恋人が、におやかにほほえみながら、私の話に聞入って居ります。そればかりではありません。私は妄想の中で、その人と手をとり合って、甘い恋の睦言を、囁き交しさえするのでございます。
我虚渺的妄念变本加厉,似无止境。这个我——贫穷、丑陋、区区一介工匠的我——在空想世界中化身为优雅的贵公子,坐在亲手制作的奢华椅子上。总是现身梦中的漂亮女子娇羞地微笑着,乖巧地坐在一旁聆听我说的每一句话。甚至与我十指交握,彼此呢喃着爱的甜言蜜语。
ところが、いつの場合にも、私のこの、フーワリとした紫の夢は、忽ちにして、近所のお上さん8の姦しい9話声や、ヒステリーの様に泣き叫ぶ、其辺の病児の声に妨げられて、私の前には、又しても、醜い現実が、あの灰色のむくろをさらけ出すのでございます。現実に立帰った私は、そこに、夢の貴公子とは似てもつかない、哀れにも醜い、自分自身の姿を見出します。そして、今の先、私にほほえみかけて呉れた、あの美しい人は。……そんなものが、全体どこにいるのでしょう。その辺に、埃まみれになって遊んでいる、汚らしい子守女でさえ、私なぞには、見向いても呉れはしないのでございます。ただ一つ、私の作った椅子丈けが、今の夢の名残りの様に、そこに、ポツネン10と残って居ります。でも、その椅子は、やがて、いずことも知れぬ、私達のとは全く別な世界へ、運び去られて了うのではありませんか。
然而,无论何时,我这乐陶陶的粉色美梦总是被一阵邻家大婶的刺耳话声,或附近病童歇斯底里的哭叫声打破,丑恶的现实又在我面前展露出灰色的身躯。回到现实,看见与梦中贵公子毫无共同之处、丑陋得可悲的自己。哪儿还有方才那个可人儿的倩影?附近一天到晚累得灰头土脸的小保姆,都不屑看我一眼。只有我精心制作的椅子孤零零呆立原地,仿若美梦的残骸碎片。可就连这把椅子,不久后也将搬到截然不同的另一个世界去,不是吗?
私は、そうして、一つ一つ椅子を仕上げる度毎に、いい知れぬ味気なさに襲われるのでございます。その、何とも形容の出来ない、いやあな、いやあな心持は、月日が経つに従って、段々、私には堪え切れないものになって参りました。
于是,每完成一张椅子,一股无法言表的空虚便油然而生。那难以形容、叫人深恶痛绝的心情,随着时间一天天流逝,逐渐积累到让我无法承受的地步。
「こんな、うじ虫の様な生活を、続けて行く位なら、いっそのこと、死んで了った方が増しだ」私は、真面目に、そんなことを思います。仕事場で、コツコツと鑿11を使いながら、釘を打ちながら、或は、刺戟の強い塗料をこね廻しながら、その同じことを、執拗に考え続けるのでございます。「だが、待てよ、死んで了う位なら、それ程の決心が出来るなら、もっと外に、方法がないものであろうか。例えば……」そうして、私の考えは、段々恐ろしい方へ、向いて行くのでありました。
“与其过着这如蝼蚁般的日子,不如死掉算了。”我认真考虑起来。即使在工场埋头敲着凿子、打着钉子,或搅拌气味刺鼻的涂料时,也在执拗地思索着。可是,且慢,既然有一死了之的决心,难道没其他办法吗?例如……”我的思绪渐渐偏离常轨。
丁度その頃、私は、嘗つて手がけたことのない、大きな皮張りの肘掛椅子の、製作を頼まれて居りました。此椅子は、同じY市で外人の経営している、あるホテルへ納める品で、一体なら、その本国から取寄せる筈のを、私の雇われていた、商会が運動して、日本にも舶来品に劣らぬ椅子職人がいるからというので、やっと註文を取ったものでした。それ丈けに、私としても、寝食を忘れてその製作に従事しました。本当に魂をこめて、夢中になってやったものでございます。
恰巧那时接到一份订单,客户指定我制作从未尝试过的大型皮革扶手椅。这批椅子要送到同在 Y 市的一家外国人经营的饭店,原本他们习惯直接由本国运送家具过来,但雇用我的老板从中斡旋,说日本有手艺不输舶来品的工匠,才拿下这次的单子。由于机会得来不易,我废寝忘食地投入制作工作,真的是呕心沥血、全神贯注。
さて、出来上った椅子を見ますと、私は嘗つて覚えない満足を感じました。それは、我乍ら、見とれる程の、見事な出来ばえであったのです。私は例によって、四脚一組になっているその椅子の一つを、日当りのよい板の間へ持出して、ゆったりと腰を下しました。何という坐り心地のよさでしょう。フックラと、硬すぎず軟かすぎぬクッションのねばり工合、態と染色を嫌って灰色の生地のまま張りつけた、鞣革の肌触り、適度の傾斜を保って、そっと背中を支えて呉れる、豊満な凭れ、デリケートな曲線を描いて、オンモリとふくれ上った、両側の肘掛け、それらの凡てが、不思議な調和を保って、渾然として「安楽」という言葉を、そのまま形に現している様に見えます。
看着完成后的椅子,我感到前所未有的满足,觉得简直完美得叫人着迷。一如往常,我将四把一组的椅子搬出一把,放到采光良好的木地板房间,安然坐下。椅子坐起来多么舒服啊。蓬蓬松松、软硬适中的坐垫,故意不染色、直接以原色贴上的灰皮革的触感,维持适度倾斜、轻轻托起背脊的丰满靠背,描绘出细致曲线、饱满鼓起的两侧扶手,一切都是如此完美调和,浑然天成地呈现 “安乐” 这个词汇的实际内涵。
私は、そこへ深々と身を沈め、両手で、丸々とした肘掛けを愛撫しながら、うっとりとしていました。すると、私の癖として、止めどもない妄想が、五色の虹の様に、まばゆいばかりの色彩を以て、次から次へと湧き上って来るのです。あれを幻というのでしょうか。心に思うままが、あんまりはっきりと、眼の前に浮んで来ますので、私は、若しや気でも違うのではないかと、空恐ろしく12なった程でございます。
我深深坐进椅子里,爱抚着浑圆的扶手,陶醉其中。于是我的老毛病发作了,空想源源不绝地带着虹彩般瑰丽耀眼的颜色涌现。那是幻觉吗?由于心中所念过于清晰,我甚至开始担心自己是不是疯了。
そうしています内に、私の頭に、ふとすばらしい考えが浮んで参りました。悪魔の囁きというのは、多分ああした事を指すのではありますまいか。それは、夢の様に荒唐無稽で、非常に不気味な事柄でした。でも、その不気味さが、いいしれぬ魅力となって、私をそそのかすのでございます。
这时,我脑中忽然冒出一个妙计。所谓恶魔的呢喃,大概就是指这样的事吧!如梦般荒唐无稽、骇人无比。但仍有一种难以抗拒的魅力蛊惑着我。
最初は、ただただ、私の丹誠を籠めた美しい椅子を、手離し度くない、出来ることなら、その椅子と一緒に、どこまでもついて行きたい、そんな単純な願いでした。それが、うつらうつら13と妄想の翼を拡げて居ります内に、いつの間にやら、その日頃私の頭に醗酵して居りました、ある恐ろしい考えと、結びついて了ったのでございます。そして、私はまあ、何という気違いでございましょう。その奇怪極まる妄想を、実際に行って見ようと思い立ったのでありました。
起初,我只是不想和精心打造的美丽椅子分开,假如可以,我愿随它去天涯海角。当我迷迷糊糊地伸展梦想的羽翼时,不知不觉竟与平素在胸中发酵的某个异常念头联结。啊,我是个多么可怕的疯子啊!居然考虑实践这古怪的异想。
私は大急ぎで、四つの内で一番よく出来たと思う肘掛椅子を、バラバラに毀してしまいました。そして、改めて、それを、私の妙な計画を実行するに、都合のよい様に造り直しました。
我连忙拆毁四把椅子中自己觉得最为完美的一把。重新修整,以实践那超乎常理的计划。
それは、極く大型のアームチェーアですから、掛ける部分は、床にすれすれまで皮で張りつめてありますし、其外、凭れも肘掛けも、非常に部厚に出来ていて、その内部には、人間一人が隠れていても、決して外から分らない程の、共通した、大きな空洞があるのです。無論、そこには、巌丈な木の枠と、沢山なスプリングが取りつけてありますけれど、私はそれらに、適当な細工を施して、人間が掛ける部分に膝を入れ、凭れの中へ首と胴とを入れ、丁度椅子の形に坐れば、その中にしのんでいられる程の、余裕を作ったのでございます。
那扶手椅相当大,坐垫以下部分做成箱体支撑,替代四条椅腿,外部用皮革包覆,此外,靠背和扶手亦十分厚重,内部各个部件的空间是连通的,即使藏进一个人,外面也绝对看不出来。当然,支撑椅内的是结实的木框,并搭配多枚弹簧以达到舒适的目的。但我适当改造一番,腾出空间,使坐垫部分容得下腿部、靠背部分容得下头部和身躯,只要仿照椅子的形状坐进去,便能潜伏其中。
そうした細工は、お手のものですから、十分手際よく、便利に仕上げました。例えば、呼吸をしたり外部の物音を聞く為に皮の一部に、外からは少しも分らぬ様な隙間を拵えたり、凭れの内部の、丁度頭のわきの所へ、小さな棚をつけて、何かを貯蔵出来る様にしたり、ここへ水筒と、軍隊用の堅パンとを詰め込みました。ある用途の為めに大きなゴムの袋を備えつけたり、その外様々の考案を廻らして、食料さえあれば、その中に、二日三日這入りつづけていても、決して不便を感じない様にしつらえました。謂わば、その椅子が、人間一人の部屋になった訳でございます。
这种加工是我的拿手绝活,我熟练地将椅子调整得便利十足。例如,为了呼吸和听见外面的声响,在皮革一角弄出不易察觉的空隙;靠背里侧、头部所在位置的旁边,则搭上一个储物的小架子,并塞进水壶和干粮。除此之外,还耗费了许多工夫,张罗得只要有粮食,就算在里头待上两三天,也绝不会给生命造成任何威胁。说起来,这张椅子等同于一间单人房。
私はシャツ一枚になると、底に仕掛けた出入口の蓋を開けて、椅子の中へ、すっぽりと、もぐりこみました。それは、実に変てこな気持でございました。まっ暗な、息苦しい、まるで墓場の中へ這入った様な、不思議な感じが致します。考えて見れば、墓場に相違ありません。私は、椅子の中へ這入ると同時に、丁度、隠れ簑でも着た様に、この人間世界から、消滅して了う訳ですから。
我脱得只剩一件衬衫,然后打开底部出入口的盖子,钻进椅内。那感觉真是诡异非常,眼前一片漆黑,闷得几乎窒息,心情仿佛踏入坟墓。仔细想想,这确实是座坟墓,爬进椅子的同时,犹如披上隐身衣,从这人世间消失。
間もなく、商会から使のものが、四脚の肘掛椅子を受取る為に、大きな荷車を持って、やって参りました。私の内弟子が(私はその男と、たった二人暮しだったのです)何も知らないで、使のものと応待して居ります。車に積み込む時、一人の人夫が「こいつは馬鹿に重いぞ」と怒鳴りましたので、椅子の中の私は、思わずハッとしましたが、一体、肘掛椅子そのものが、非常に重いのですから、別段あやしまれることもなく、やがて、ガタガタという、荷車の振動が、私の身体にまで、一種異様の感触を伝えて参りました。
没多久,老板派伙计拉着大板车来搬运这四张扶手椅。我的徒弟 (我和他住在这里) 毫不知情地与小伙计寒暄。将椅子搬上车时,一名苦力埋怨道:“这家伙重得离谱。”我不禁吓一大跳,不过扶手椅原本就十分沉重,他们并没有特别怀疑。不一会儿,大板车喀啦啦的震动化成一种奇妙的触感,浸入我的身体。
非常に心配しましたけれど、結局、何事もなく、その日の午後には、もう私の這入った肘掛椅子は、ホテルの一室に、どっかりと、据えられて居りました。それは、私室ではなくて、人を待合せたり、新聞を読んだり、煙草をふかしたり、色々の人が頻繁に出入りする、ローンジとでもいう様な部屋でございました。
我一路忧心忡忡,岂料装着我的扶手椅,当天下午便平安无事地落脚于饭店的某房间。后来我才知道,那并非私人房,而是个类似休息室的大厅,供顾客等候、看报、抽烟时使用,有许多人频繁出入。
もうとっくに、御気づきでございましょうが、私の、この奇妙な行いの第一の目的は、人のいない時を見すまして、椅子の中から抜け出し、ホテルの中をうろつき廻って、盗みを働くことでありました。
夫人可能已经发现,我这古怪行动的首要目的,是趁四下无人的时候,溜出椅子,在饭店里徘徊行窃。
椅子の中に人間が隠れていようなどと、そんな馬鹿馬鹿しいことを、誰が想像致しましょう。私は、影の様に、自由自在に、部屋から部屋を、荒し廻ることが出来ます。そして、人々が、騒ぎ始める時分には、椅子の中の隠家へ逃げ帰って、息を潜めて、彼等の間抜けな捜索を、見物していればよいのです。あなたは、海岸の波打際などに、「やどかり」という一種の蟹のいるのを御存じでございましょう。大きな蜘蛛の様な恰好をしていて、人がいないと、その辺を我物顔に、のさばり歩いていますが、一寸でも人の跫音がしますと、恐ろしい速さで、貝殻の中へ逃げ込みます。そして、気味の悪い、毛むくじゃら14の前足を、少しばかり貝殻から覗かせて、敵の動静を伺って居ります。私は丁度あの「やどかり」でございました。貝殻の代りに、椅子という隠家を持ち、海岸ではなくて、ホテルの中を、我物顔に、のさばり歩くのでございます。
有谁能想到世上还有这么荒唐的事——椅子里竟藏着一个人?我能像影子般自由出入每个房间。引起骚动后,只需逃回椅中那个秘密基地,屏气凝神地观赏大伙愚蠢的搜索行动。夫人知道海边有种寄居蟹吗?外表极似大蜘蛛,没人时就神气地横行霸道,可是一听到脚步声,便以快得惊人的速度躲回壳内。露出恶心的毛茸茸的前脚,窥视敌方的动静。我就好比寄居蟹,虽无外壳,但有椅子这隐蔽的巢穴,我不是在海边,而是在饭店里昂首阔步。
さて、この私の突飛な計画は、それが突飛であった丈け、人々の意表外に出でて、見事に成功致しました。ホテルに着いて三日目には、もう、たんまりと一仕事済ませて居た程でございます。いざ盗みをするという時の、恐ろしくも、楽しい心持、うまく成功した時の、何とも形容し難い嬉しさ、それから、人々が私のすぐ鼻の先で、あっちへ逃げた、こっちへ逃げたと大騒ぎをやっているのを、じっと見ているおかしさ。いざ盗みをするという時の、恐ろしくも、楽しい心持、うまく成功した時の、何とも形容し難い嬉しさ、それから、人々が私のすぐ鼻の先で、あっちへ逃げた、こっちへ逃げたと大騒ぎをやっているのを、じっと見ているおかしさ。それがまあ、どの様な不思議な魅力を持って、私を楽しませたことでございましょう。
我这计划因异想天开的神来之笔,出乎意料地十分成功。抵达饭店第三天,我便狠狠大捞了一笔。下手偷窃时紧张又享受的心情,顺利得手时难以言喻的喜悦,观看众人在我眼前嚷嚷着 “他逃到那边”、“他跑去哪里” 的滑稽好笑。啊,凡此种种都充满不寻常的魅力,令我深深着迷。
でも、私は今、残念ながら、それを詳しくお話している暇はありません。私はそこで、そんな盗みなどよりは、十倍も二十倍も、私を喜ばせた所の、奇怪極まる快楽を発見したのでございます。そして、それについて、告白することが、実は、この手紙の本当の目的なのでございます。
遗憾的是我无暇细细陈述。之后我发现了比盗窃愉快十几二十倍的新奇娱乐。而坦白这件事,才是我写这封信的真正用意。
お話を、前に戻して、私の椅子が、ホテルのローンジに置かれた時のことから、始めなければなりません。
一切要回到当初,从我的椅子摆在饭店休息室时讲起。
椅子が着くと、一しきり、ホテルの主人達が、その坐り工合を見廻って行きましたが、あとは、ひっそりとして、物音一つ致しません。多分部屋には、誰もいないのでしょう。でも、到着匆々、椅子から出ることなど、迚も恐ろしくて出来るものではありません。私は、非常に長い間(ただそんなに感じたのかも知れませんが)少しの物音も聞き洩すまいと、全神経を耳に集めて、じっとあたりの様子を伺って居りました。
椅子送到后,饭店的老板都来试坐,接下来却一片静悄悄,没半点声响。房里应该没人,但刚到就离开椅子实在太冒险,我鼓不起勇气。非常漫长的一段时间(或许那只是我的感觉),我全部神经都集中在耳朵上,不漏掉任何动静,专注地聆听周围的情况。
そうして、暫くしますと、多分廊下の方からでしょう、コツコツと重苦しい跫音が響いて来ました。それが、二三間向うまで近付くと、部屋に敷かれた絨氈の為に、殆ど聞きとれぬ程の低い音に代りましたが、間もなく、荒々しい男の鼻息が聞え、ハッと思う間に、西洋人らしい大きな身体が、私の膝の上に、ドサリと落ちてフカフカと二三度はずみました。私の太腿と、その男のガッシリした偉大な臀部とは、薄い鞣皮一枚を隔てて、暖味を感じる程も密接しています。幅の広い彼の肩は、丁度私の胸の所へ凭れかかり、重い両手は、革を隔てて、私の手と重なり合っています。そして、男がシガーをくゆらしている15のでしょう。男性的な、豊な薫が、革の隙間を通して漾って参ります。
过了一会儿,走廊里隐约传来一阵沉重的脚步声。来到距椅子前两三间远的地方,脚步声就消失了,只剩下低沉的摩擦声,大概是房间里铺着地毯的缘故吧!很快,一阵男性粗重的鼻息靠近,我正在吃惊,一个似乎是西洋人的庞大身躯已一屁股落在我膝上,还轻轻弹了两三下。隔着一层薄薄的皮革,我的大腿和那名男子结实壮硕的臀部几乎鱼水交融地紧紧贴在一起。他宽阔的肩膀正好靠在我的胸膛上,厚重的双掌透过皮革扶手与我的手重叠。然后他抽起雪茄,一股丰盈的男性体香飘进皮革间隙。
奥様、仮にあなたが、私の位置にあるものとして、其場の様子を想像してごらんなさいませ。それは、まあ何という、不思議千万な情景でございましょう。私はもう、余りの恐ろしさに、椅子の中の暗闇で、堅く堅く身を縮めて、わきの下からは、冷い汗をタラタラ流しながら、思考力もなにも失って了って、ただもう、ボンヤリしていたことでございます。
夫人,请站在我的立场想象一下,那情景是多么荒诞离奇。由于过度恐惧,我在黑暗中僵着身子,腋下不停冒冷汗,脑袋里一片空白。
その男を手始めに、その日一日、私の膝の上には、色々な人が入り替り立替り、腰を下しました。そして、誰も、私がそこにいることを──彼等が柔いクッションだと信じ切っているものが、実は私という人間の、血の通った太腿であるということを──少しも悟らなかったのでございます。
从那男子一屁股坐下开始,之后一整天不断有形形色色的顾客轮流坐在我膝上。却没人发现我在椅子里。谁都没察觉他们深信是柔软坐垫的东西,其实是人类有血有肉的大腿。
まっ暗で、身動きも出来ない革張りの中の天地。それがまあどれ程、怪しくも魅力ある世界でございましょう。そこでは、人間というものが、日頃目で見ている、あの人間とは、全然別な不思議な生きものとして感ぜられます。彼等は声と、鼻息と、跫音と、衣ずれの音と、そして、幾つかの丸々とした弾力に富む肉塊に過ぎないのでございます。私は、彼等の一人一人を、その容貌の代りに、肌触りによって識別することが出来ます。あるものは、デブデブと肥え太って、腐った肴の様な感触を与えます。それとは正反対に、あるものは、コチコチに痩せひからびて、骸骨のような感じが致します。その外、背骨の曲り方、肩胛骨の開き工合、腕の長さ、太腿の太さ、或は尾骶骨の長短など、それらの凡ての点を綜合して見ますと、どんな似寄った背恰好の人でも、どこか違った所があります。人間というものは、容貌や指紋の外に、こうしたからだ全体の感触によっても、完全に識別することが出来るに相違ありません。
暗无天日,甚至举动维艰的皮革天地,构成一个妖异魅惑的世界。在这里,人类与平日肉眼所见完全不同,是一种奇妙的生物。他们不过是声音、鼻息、脚步声、衣物摩擦声及几个浑圆富于弹力的肉块罢了。我能够以肌肤触感取代视觉识别每个人。有些人又肥又胖,犹如碰触腐烂的鱼肉;相反的,有的人骨瘦如柴,简直像具骸骨。此外,综合背脊弯度、肩胛骨间距、手臂长度、大腿粗细或尾椎骨长短来看,就算身材再相似,人和人也必定有所差异。除了容貌和指纹,人类绝对可以凭触摸全身逐一区别。
異性についても、同じことが申されます。普通の場合は、主として容貌の美醜によって、それを批判するのでありましょうが、この椅子の中の世界では、そんなものは、まるで問題外なのでございます。そこには、まる裸の肉体と、声音と、匂とがあるばかりでございます。
关于异性也是一样。一般而言,大众总会关注容貌的美丑,但在椅中世界,美丑根本构不成话题。这里只有赤裸的肉体、声音和气味。
奥様、余りにあからさまな私の記述に、どうか気を悪くしないで下さいまし、私はそこで、一人の女性の肉体に、(それは私の椅子に腰かけた最初の女性でありました。)烈しい愛着を覚えたのでございます。
夫人,请不要为我这过分露骨的讲述感到冒犯。身处椅子中,我强烈爱上一名女子的肉体 (她是第一个坐上人椅的女性)。
声によって想像すれば、それは、まだうら若い異国の乙女でございました。声によって想像すれば、それは、まだうら若い異国の乙女でございました。そして、私のひそんでいる肘掛椅子の前まで来たかと思うと、いきなり、豊満な、それでいて、非常にしなやかな肉体を、私の上へ投げつけました。そして、私のひそんでいる肘掛椅子の前まで来たかと思うと、いきなり、豊満な、それでいて、非常にしなやかな肉体を、私の上へ投げつけました。
凭着嗓音,我想象她是个豆蔻年华的异国少女。当时房里正好没人,她似乎碰上什么高兴的事儿,小声地哼着奇妙的歌曲,踩着雀跃的步伐进来。她走到我潜伏的扶手椅前,突然将丰满柔软的躯体投向我身上。不知道为什么,她忽然“啊哈哈哈”大笑出声,手舞足蹈,网中鱼似的不住弹跳。
それから、殆ど半時間ばかりも、彼女は私の膝の上で、時々歌を歌いながら、その歌に調子を合せでもする様に、クネクネと、重い身体を動かして居りました。
接着,足有半小时之久,她在我膝上时而歌唱,时而配合歌曲的旋律,微微扭动沉重的身躯。
これは実に、私に取っては、まるで予期しなかった驚天動地の大事件でございました。女は神聖なもの、いや寧ろ怖いものとして、顔を見ることさえ遠慮していた私でございます。其私が、今、身も知らぬ異国の乙女と、同じ部屋に、同じ椅子に、それどころではありません、薄い鞣 皮一重を隔てて肌のぬくみを感じる程も、密接しているのでございます。それにも拘らず、彼女は何の不安もなく、全身の重みを私の上に委ねて、見る人のない気安さに、勝手気儘な姿体を致して居ります。私は椅子の中で、彼女を抱きしめる真似をすることも出来ます。皮のうしろから、その豊な首筋に接吻することも出来ます。その外、どんなことをしようと、自由自在なのでございます。
这实在是我始料未及的惊天动地的大事。对我来说,女人是神圣的,不,简直可以说是恐怖的,我甚至不敢直视她们。对我来说,女人是神圣的,不,简直可以说是恐怖的,我甚至不敢直视她们。尽管如此,她毫无不安,将全身重量托付给我,表现出在四下无人时才有的放松而自由奔放的模样。我甚至能紧紧拥抱她,或亲吻那丰腴的后颈,随心所欲地做出任何举动。
この驚くべき発見をしてからというものは、私は最初の目的であった盗みなどは第二として、ただもう、その不思議な感触の世界に、惑溺して了ったのでございます。私は考えました。これこそ、この椅子の中の世界こそ、私に与えられた、本当のすみかではないかと。私の様な醜い、そして気の弱い男は、明るい、光明の世界では、いつもひけ目を感じながら、恥かしい、みじめな生活を続けて行く外に、能のない身体でございます。それが、一度、住む世界を換えて、こうして椅子の中で、窮屈な辛抱をしていさえすれば、明るい世界では、口を利くことは勿論、側へよることさえ許されなかった、美しい人に接近して、その声を聞き肌に触れることも出来るのでございます。
自从有了这个惊人的发现,偷窃成为次要目的,我完全沉溺于这神秘的触感世界。我心想,这个椅中世界才是上天赐予我的真正归宿。像我这般丑陋又懦弱的家伙,在阳光灿烂的国度里,只能永远怀着自卑,羞耻而悲惨地活下去。可是,只要换个居住的时空,稍微忍耐一下椅子里的拘束,便能亲近在光辉世界里无法交谈,连靠近都不被允许的美丽佳人,还能聆听她们的话语、触摸她们的肌肤。
椅子の中の恋(!)それがまあ、どんなに不可思議な、陶酔的な魅力を持つか、実際に椅子の中へ這入って見た人でなくては、分るものではありません。それは、ただ、触覚と、聴覚と、そして僅の嗅覚のみの恋でございます。暗闇の世界の恋でございます。決してこの世のものではありません。これこそ、悪魔の国の愛慾なのではございますまいか。考えて見れば、この世界の、人目につかぬ隅々では、どの様に異形な、恐ろしい事柄が、行われているか、ほんとうに想像の外でございます。
椅中恋情的魅力有多么独特、多么令人陶醉,不亲身经历是无从体会的。那是只有触觉、听觉及嗅觉的恋情,是黑暗中的恋情,绝不属于人世。那是只有触觉、听觉及嗅觉的恋情,是黑暗中的恋情,绝不属于人世。仔细想来,这世界在人眼不及的各个角落进行着何种异常、惊悚的事情,真是无从想象。
無論始めの予定では、盗みの目的を果しさえすれば、すぐにもホテルを逃げ出す積りでいたのですが、世にも奇怪な喜びに、夢中になった私は、逃げ出すどころか、いつまでもいつまでも、椅子の中を永住のすみかにして、その生活を続けていたのでございます。
当然,按原先的计划,达到行窃目的后便应该逃离饭店,但这举世无双的快乐让我不能自拔,我不想逃离,我打算永远定居在椅内,继续这样的生活。
夜々の外出には、注意に注意を加えて、少しも物音を立てず、又人目に触れない様にしていましたので、当然、危険はありませんでしたが、それにしても、数ヶ月という、長い月日を、そうして少しも見つからず、椅子の中に暮していたというのは、我ながら実に驚くべき事でございました。
每晚外出我都小心翼翼,避免发出半点声息,神不知鬼不觉在饭店内移动,自然没遇上危险。话虽如此,漫长的数个月中,我竟能安然无恙地生活在椅内,连自己都诧异。
殆ど二六時中、椅子の中の窮屈な場所で、腕を曲げ、膝を折っている為に、身体中が痺れた様になって、完全に直立することが出来ず、しまいには、料理場や化粧室への往復を、躄16の様に、這って行った程でございます。私という男は、何という気違いでありましょう。それ程の苦しみを忍んでも、不思議な感触の世界を見捨てる気になれなかったのでございます。
由于一天二十四小时待在狭小的空间里,弯着手臂曲着膝盖,我浑身麻痹,无法完全直立,最后只得像瘫子似的爬行往返于厨房和化妆室。我这个人是多么疯狂啊,纵然忍受着如此劳苦,仍不愿舍弃玄妙的触感世界。
中には、一ヶ月も二ヶ月も、そこを住居のようにして、泊りつづけている人もありましたけれど、元来ホテルのことですから絶えず客の出入りがあります。随って私の奇妙な恋も、時と共に相手が変って行くのを、どうすることも出来ませんでした。そして、その数々の不思議な恋人の記憶は、普通の場合の様に、その容貌によってではなく、主として身体の恰好によって、私の心に刻みつけられているのでございます。
遗憾有人把这儿当家,一住便是一两个月,不过毕竟是饭店,宾客络绎不绝。我瑰丽的恋情只能无奈地随时间的流逝改变对象。而这无数梦幻的恋人,也不像普通人那样以容貌留存记忆,而是以触感刻画在我心中。
あるものは、仔馬の様に精悍で、すらりと引き締った肉体を持ち、あるものは、蛇の様に妖艶で、クネクネと自在に動く肉体を持ち、あるものは、ゴム鞠の様に肥え太って、脂肪と弾力に富む肉体を持ち、又あるものは、ギリシャの彫刻の様に、ガッシリと力強く、円満に発達した肉体を持って居りました。その外、どの女の肉体にも、一人一人、それぞれの特徴があり魅力があったのでございます。
有些人像小马般精悍,肉体苗条紧实;有些人像蛇般妖艳,肉体灵活自在;有些人像皮球般浑圆,拥有厚厚的脂肪和弹性;又有些人像希腊雕刻般坚实有力,拥有完美发达的肌肉。此外,不管什么样的女性躯体,都各有独到的特征及魅力。
そうして、女から女へと移って行く間に、私は又、それとは別な、不思議な経験をも味いました。
同时,在来来去去的不同女体间,我也尝到了别样的滋味。
その一つは、ある時、欧洲のある強国の大使が(日本人のボーイの噂話によって知ったのですが)其偉大な体躯を、私の膝の上にのせたことでございます。その一つは、ある時、欧洲のある強国の大使が(日本人のボーイの噂話によって知ったのですが)其偉大な体躯を、私の膝の上にのせたことでございます。彼は私の上で、二三人の同国人を相手に、十分ばかり話をすると、そのまま立去て了いました。無論、何を云っていたのか、私にはさっぱり分りませんけれど、ジェステュアをする度に、ムクムクと動く、常人よりも暖いかと思われる肉体の、くすぐる様な感触が、私に一種名状すべからざる刺戟を、与えたのでございます。
有一次,欧洲某强国大使 (我是听服务生聊天得知) 的伟大躯体坐到我膝上。比起政治家的身份,他更是享誉国际的诗人,能触摸到这位大人物的肌肤,令我骄傲不已。他在我身上与几名同胞交谈了约莫十分钟,随即离开。当然,我完全不明白他们在聊些什么,但每回他做手势,那比常人温暖许多的肌肉就跟着收缩隆起,搔痒般的触感带给我一种难以名状的刺激。
その時、私はふとこんなことを想像しました。若し!この革のうしろから、鋭いナイフで、彼の心臓を目がけて、グサリと一突きしたなら、どんな結果を惹起すであろう。無論、それは彼に再び起つことの出来ぬ致命傷を与えるに相違ない。彼の本国は素より、日本の政治界は、その為に、どんな大騒ぎを演じることであろう。新聞は、どんな激情的な記事を掲げることであげることであろう。それは、日本と彼の本国との外交関係にも、大きな影響を与えようし、又芸術の立場から見ても、彼の死は世界の一大損失に相違ない。そんな大事件が、自分の一挙手によって、易々と実現出来るのだ。それを思うと、私は、不思議な得意を感じないではいられませんでした。
当时,我倏地冒出这样的念头:倘若用利刀从皮革后方猛力刺向他的心脏,后果将如何?势必会造成致命伤,使他再也无法起身。为此,他的国家和日本政治圈,将会掀起多么惊心动魄的波澜?报纸会登出多么富于煽情的报道?他的死不仅严重影响日本与他祖国的邦交,从艺术方面来看,也是世界的一大损失。而这么一桩大事,却能在我举手投足间轻易实现。想到这里,我莫名得意起来。
もう一つは、有名なある国のダンサーが来朝した時、偶然彼女がそのホテルに宿泊して、たった一度ではありましたが、私の椅子に腰かけたことでございます。その時も、私は、大使の場合と似た感銘を受けましたが、その上、彼女は私に、嘗つて経験したことのない理想的な肉体美の感触を与えて呉れました。私はそのあまりの美しさに卑しい考えなどは起す暇もなく、ただもう、芸術品に対する時の様な、敬虔な気持で、彼女を讃美したことでございます。
还有一次,某国的知名舞蹈家访问日本,碰巧投宿这家饭店,虽然只有一次,但她确实坐上我的椅子。除了类似大使时的感受外,她更带给我前所未有的理想肉体触感。面对那举世无双的美,我无暇兴起下流的想法,只能怀着看待艺术品的虔敬心情去赞颂她。
その外、私はまだ色々と、珍しい、不思議な、或は気味悪い、数々の経験を致しましたが、それらを、ここに細叙することは、この手紙の目的でありませんし、それに大分長くなりましたから、急いで、肝心の点にお話を進めることに致しましょう。
此外,我还有过许多稀奇古怪、超乎想象和毛骨悚然的经历,不过细述这些事迹并非此信目的,铺叙得太冗长。就让我尽快切入重点吧。
さて、私がホテルへ参りましてから、何ヶ月かの後、私の身の上に一つの変化が起ったのでございます。といいますのは、ホテルの経営者が、何かの都合で帰国することになり、あとを居抜き17のまま、ある日本人の会社に譲り渡したのであります。すると、日本人の会社は、従来の贅沢な営業方針を改め、もっと一般向きの旅館として、有利な経営を目論む18ことになりました。その為に不用になった調度19などは、ある大きな家具商に委託して、競売せしめたのでありますが、その競売目録の内に、私の椅子も加わっていたのでございます。
且说,潜进饭店几个月后,我的命运出现了变化。经营者由于一些原因决定回国,饭店原封不动地转让给某日本公司。接手的老板调整了其奢华的营业方针,打算改造成平民化的旅馆,以追求更大的利润。一些不用的摆设便委托某大型家具行拍卖,我的椅子也名列目录中。
私は、それを知ると、一時はガッカリ致しました。そして、それを機として、もう一度娑婆へ立帰り、新しい生活を始めようかと思った程でございます。その時分には、盗みためた金が相当の額に上っていましたから、仮令、世の中へ出ても、以前の様に、みじめな暮しをすることはないのでした。が、又思い返して見ますと、外人のホテルを出たということは、一方に於ては、大きな失望でありましたけれど、他方に於ては、一つの新しい希望を意味するものでございました。といいますのは、私は数ヶ月の間も、それ程色々の異性を愛したにも拘らず、相手が凡て異国人であった為に、それがどんな立派な、好もしい肉体の持主であっても、精神的に妙な物足りなさを感じない訳には行きませんでした。やっぱり、日本人は、同じ日本人に対してでなければ、本当の恋を感じることが出来ないのではあるまいか。私は段々、そんな風に考えていたのでございます。そこへ、丁度私の椅子が競売に出たのであります。今度は、ひょっとすると、日本人に買いとられるかも知れない。そして、日本人の家庭に置かれるかも知れない。それが、私の新しい希望でございました。私は、兎も角も、もう少し椅子の中の生活を続けて見ることに致しました。
得知这件事,一时之间我好不失望,甚至考虑趁机重返花花世界,展开新生活。当时我偷窃存下不少钱,即使回到现实,也不必再过从前的穷酸日子了。可是回头一想,尽管离开异国饭店令人沮丧,却不失为一个新希望。几个月来,虽然恋上无数异性,但全是外国人,因此不管多喜爱、多惊艳于她们的肉体,精神上始终不觉得满足。日本人只能对日本人萌生真正的爱情吧,我渐渐有了这样的感觉。恰好我的椅子送去拍卖,或许这次会是日本人买下,然后放在家里,这就是我的新希望。总之,我决心在椅中继续生活一段时间。
道具屋の店先で、二三日の間、非常に苦しい思いをしましたが、でも、競売が始まると、仕合せなことには、私の椅子は早速買手がつきました。古くなっても、十分人目を引く程、立派な椅子だったからでございましょう。
我在旧货商的店面度过了几天极为难熬的日子。不过幸运的是,拍卖开始后,我的椅子马上被标走。大概因为虽然老旧,却仍是张十分引人注目的豪华椅子吧。
買手はY市から程遠からぬ、大都会に住んでいた、ある官吏でありました。道具屋の店先から、その人の邸まで、何里かの道を、非常に震動の烈しいトラックで運ばれた時には、私は椅子の中で死ぬ程の苦しみを嘗めましたが、でも、そんなことは、買手が、私の望み通り日本人であったという喜びに比べては、物の数でもございません。
买家是个官员,住在离 Y 市不远的另一个城市里。在从旧货商的店面前往宅邸的好几里路上,卡车剧烈震动,我在椅子里真是饱尝痛苦,难受得要命,但与如愿卖给日本人的喜悦相比,这点苦根本算不上什么。
買手のお役人は、可成立派な邸の持主で、私の椅子は、そこの洋館の、広い書斎に置かれましたが、私にとって非常に満足であったことには、その書斎は、主人よりは、寧ろ、その家の、若く美しい夫人が使用されるものだったのでございます。それ以来、約一ヶ月の間、私は絶えず、夫人と共に居りました。夫人の食事と、就寝の時間を除いては、夫人のしなやかな身体は、いつも私の上に在りました。それというのが、夫人は、その間、書斎につめきって、ある著作に没頭していられたからでございます。
那是栋气派的小洋楼,我的椅子被摆在宽敞的书斋里。最让我满意的是,比起男主人,年轻貌美的女主人更常使用。其后的一个月间,我无时无刻不与女主人在一起。除用餐和就寝外,女主人柔软的身体总是坐在我上方。因为这段时日,女主人总是关在书房里埋头写作。
私がどんなに彼女を愛したか、それは、ここに管々しく20申し上げるまでもありますまい。彼女は、私の始めて接した日本人で、而も十分美しい肉体の持主でありました。私は、そこに、始めて本当の恋を感じました。それに比べては、ホテルでの、数多い経験などは、決して恋と名づくべきものではございません。その証拠には、これまで一度も、そんなことを感じなかったのに、その夫人に対して丈け私は、ただ秘密の愛撫を楽しむのみではあき足らず、どうかして、私の存在を知らせようと、色々苦心したのでも明かでございましょう。
我有多深爱她,用不着在信里逐一细述,她是第一个和我的肌肤接触的日本人,且身躯完美无缺。这是我平生第一次感受到真正的爱情,与此相比,饭店里的诸多经验简直不值一提。证据就是,唯独对这个女主人,我心生前所未有的念头。我不甘心限于只是偷偷爱抚,还千方百计地想让她察觉我的存在。
私は、出来るならば、夫人の方でも、椅子の中の私を意識して欲しかったのでございます。そして、虫のいい話ですが、私を愛して貰い度く思ったのでございます。でも、それをどうして合図致しましょう。若し、そこに人間が隠れているということを、あからさまに知らせたなら、彼女はきっと、驚きの余り、主人や召使達に、その事を告げるに相違ありません。それでは凡てが駄目になって了うばかりか、私は、恐ろしい罪名を着て、法律上の刑罰をさえ受けなければなりません。
如果可能,我希望女主人意识到椅子里的我,甚至一相情愿地期盼能得到她的爱。可是,我该怎么暗示她才好?直接说出椅内藏着一个人,她肯定会大惊失色地告诉主人和仆佣吧。这样不仅一切都会毁于一旦,我也将背上可怕的罪名,受到法律惩治。
そこで、私は、せめて夫人に、私の椅子を、この上にも居心地よく感じさせ、それに愛着を起させようと努めました。芸術家である彼女は、きっと常人以上の、微妙な感覚を備えているに相違ありません。若しも、彼女が、私の椅子に生命を感じて呉れたなら、ただの物質としてではなく、一つの生きものとして愛着を覚えてくれたなら、それ丈けでも、私は十分満足なのでございます。
所以我尽最大的努力,至少让女主人觉得舒适无比,可能的话,进而爱上这张椅子。身为艺术家的她,想必较常人更为纤细敏感。如果她从中感觉到生命,不把椅子当成一件物品,而视为一个生命喜爱有加,这样我便心满意足了。
私は、彼女が私の上に身を投げた時には、出来る丈けフーワリと優しく受ける様に心掛けました。彼女が私の上で疲れた時分には、分らぬ程にソロソロと膝を動かして、彼女の身体の位置を換える様に致しました。そして、彼女が、うとうと21と、居眠りを始める様な場合には、私は、極く極く幽に、膝をゆすって、揺籃の役目を勤めたことでございます。
她将身子投向我时,我总是尽量轻柔地接住。她疲倦的时候,我会悄悄挪动膝盖,调整她的姿势。碰上她昏昏沉沉地打盹儿时,我便极其轻微地晃动双膝,担负摇篮的任务。
その心遣りが報いられたのか、それとも、単に私の気の迷いか、近頃では、夫人は、何となく私の椅子を愛している様に思われます。彼女は、丁度嬰児が母親の懐に抱かれる時の様な、又は、処女が恋人の抱擁に応じる時の様な、甘い優しさを以て私の椅子に身を沈めます。そして、私の膝の上で、身体を動かす様子までが、さも懐しげに見えるのでございます。
不知道是我的心血有了回报,抑或只是错觉,最近女主人似乎深爱着我的椅子。她会像婴儿处在母亲怀中,或少女回应情郎的拥抱般,带着一股柔情蜜意窝进椅子。我几乎能看见她在我腿上挪动身体的娇怜模样。
かようにして、私の情熱は、日々に烈しく燃えて行くのでした。そして、遂には、ああ奥様、遂には、私は、身の程もわきまえぬ、大それた願いを抱く様になったのでございます。たった一目、私の恋人の顔を見て、そして、言葉を交すことが出来たなら、其まま死んでもいいとまで、私は、思いつめたのでございます。
于是,我的热情一天比一天炽烈。终于,啊,夫人,我产生了一个自不量力、无法无天的愿望。只要能见心上人一眼,与她说说话,我死而无憾。唉!我竟苦恼到这种地步。
奥様、あなたは、無論、とっくに御悟りでございましょう。その私の恋人と申しますのは、余りの失礼をお許し下さいませ。実は、あなたなのでございます。あなたの御主人が、あのY市の道具店で、私の椅子を御買取りになって以来、私はあなたに及ばぬ恋をささげていた、哀れな男でございます。
夫人,想必您已明白,我所说的心上人(请原谅这不可饶恕的冒犯)其实就是您。自您先生从 Y 市的旧货店买下我的椅子后,可悲的我便一直对您仰慕不已,奉献出无尽的爱。
奥様、一生の御願いでございます。たった一度、私にお逢い下さる訳には行かぬでございましょうか。そして、一言でも、この哀れな醜い男に、慰めのお言葉をおかけ下さる訳には行かぬでございましょうか。私は決してそれ以上を望むものではありません。そんなことを望むには、余りに醜く、汚れ果てた私でございます。どうぞどうぞ、世にも不幸な男の、切なる願いを御聞き届け下さいませ。
夫人,这是我此生唯一的请求,能否见我一面?就算一句也好,请施舍可怜的丑汉一声安慰吧。我绝不敢期望更多,因为我这丑恶肮脏的家伙实在不配再多奢求。请允许这不幸男子最后的恳求吧!
私は昨夜、この手紙を書く為に、お邸を抜け出しました。面と向って、奥様にこんなことをお願いするのは、非常に危険でもあり、且つ私には迚も出来ないことでございます。
昨晚为了写信,我溜出府上。因为当面向夫人开口请求太过危险,何况我实在鼓不起勇气。
そして、今、あなたがこの手紙をお読みなさる時分には、私は心配の為に青い顔をして、お邸のまわりを、うろつき廻って居ります。
当您读这封信时,我正担忧得脸色苍白,在府上周围徘徊着。
若し、この、世にも無躾なお願いをお聞き届け下さいますなら、どうか書斎の窓の撫子の鉢植に、あなたのハンカチをおかけ下さいまし、それを合図に、私は、何気なき一人の訪問者としてお邸の玄関を訪れるでございましょう。
若您肯答应这冒昧至极的请求,请将手帕盖在书斋窗户的石竹盆栽上。看到后,我会装成平凡的访客,到贵府玄关。
そして、このふしぎな手紙は、ある熱烈な祈りの言葉を以て結ばれていた。
这封诡异的信以一句热烈的祈愿作结。
佳子は、手紙の半程まで読んだ時、已に恐しい予感の為に、まっ青になって了った。
读到一半,佳子已被心中骇人的预感吓得惊慌失色。
そして、無意識に立上ると、気味悪い肘掛椅子の置かれた書斎から逃げ出して、日本建ての居間の方へ来ていた。手紙の後の方は、いっそ読まないで、破り棄てて了おうかと思ったけれど、どうやら気懸りなままに、居間の小机の上で、兎も角も、読みつづけた。
她不由自主地站起身,逃出摆着那张恶心扶手椅的书斋,跑进日式卧房。她真想不再往下读那封信,直接撕掉,却又挂着心,便姑且再往下看几行。
彼女の予感はやっぱり当っていた。
她的预感果然成真。
これはまあ、何という恐ろしい事実であろう。彼女が毎日腰かけていた、あの肘掛椅子の中には、見も知らぬ一人の男が、入っていたのであるか。
啊,这是多么惊悚的事实!她每天坐着的那把扶手椅里,竟藏有一名陌生男子!
「オオ、気味の悪い」彼女は、背中から冷水をあびせられた様な、悪寒を覚えた。そして、いつまでたっても、不思議な身震いがやまなかった。
“哦,太可怕了!”她背后仿佛被浇了一盆冷水,浑身直打哆嗦。这没来由的颤抖怎么都无法停息。
彼女は、あまりのことに、ボンヤリして了って、これをどう処置すべきか、まるで見当がつかぬのであった。椅子を調べて見る(?)どうしてどうして、そんな気味の悪いことが出来るものか。そこには仮令、もう人間がいなくても、食物その他の、彼に附属した汚いものが、まだ残されているに相違ないのだ。
她惊吓过度,茫然失措,完全不知如何是好。检查椅子?那么恐怖的事,她怎么做得了。纵然里面已空无一人,也必定残留着食品和他的秽物。
「奥様、お手紙でございます。」ハッとして、振り向くと、それは、一人の女中が、今届いたらしい封書を持て来たのだった。
“太太,有您的信。”佳子赫然一惊,回头一看,女佣拿来一封似乎刚刚才送达的信。
佳子は、無意識にそれを受取って、開封しようとしたが、ふと、その上書を見ると、彼女は、思わずその手紙を取りおとした程も、ひどい驚きに打たれた。そこには、さっきの無気味な手紙と寸分違わぬ筆癖をもって、彼女の名宛が書かれてあったのだ。
佳子无意识地接下,就要拆开时,不经意地望向上头的字,吓得忍不住松了手。写着她的姓名、住址的笔迹,与那封怪诞信件的一模一样。
彼女は、長い間、それを開封しようか、しまいかと迷っていた。が、とうとう、最後にそれを破って、ビクビクしながら、中身を読んで行った。手紙はごく短いものであったけれど、そこには、彼女を、もう一度ハッとさせた様な、奇妙な文言が記されていた。
良久,佳子犹豫着究竟该不该开封。最后她仍撕开封口,战战兢兢地读起来。来信很短,但内容奇妙得令她不禁再次一惊。
突然御手紙を差上げます無躾を、幾重にもお許し下さいまし。私は日頃、先生のお作を愛読しているものでございます。別封お送り致しましたのは、私の拙い創作でございます。御一覧の上、御批評が頂けますれば、此上の幸はございません。ある理由の為に、原稿の方は、この手紙を書きます前に投函致しましたから、已に御覧済みかと拝察致します。
唐突去信,还望海涵。我平素即十分喜爱老师的作品,之前附寄的稿件是我生涩的创作,若老师能够一读,予以指教批评,实是不胜荣幸之至。出于某些原因,稿件在此信提笔前先行投函,老师或已阅览完毕。不知感觉如何?假使拙作能感动老师一二,我将无限欣喜。
稿には、態と省いて置きましたが、表題は「人間椅子」とつけたい考えでございます。
稿件上故意略去未写,但标题预定命名为《人间椅子》。
では、失礼を顧みず、お願いまで。匆々。
那么,不揣冒昧,伏乞赐教。草草。
Footnotes
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閨秀:[名]学問・芸術にすぐれた女性 ↩
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綴じる:[動ザ上一]ひとつに縫いつける ↩
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はてな:[感]怪しんだり、考え惑ったりするときなどに発する語 ↩
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持前:[名]生まれつきのもの ↩
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思召す:[動サ五(四)]物事を理解したり、感受したりするために心を働かせなさる ↩
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面映ゆい:[形]顔を合わせるのが恥ずかしい ↩
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遣る瀬無い:[形]心中の思いを晴らす場・方法・対象がない ↩
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上さん:[名]商人・職人などの妻、また、その家の女主人を呼ぶ語 ↩
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姦しい:[形]大いに耳障りである ↩
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ぽつねん:[副]ひとりだけで何もせず寂しそうにしているさま ↩
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鑿:[名]木材・石材・金属などに穴をあけたり、溝を刻んだりするのに用いる工具 ↩
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空恐ろしい:[形]将来どうなるかと、言いようのない不安を感じてこわい ↩
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うつらうつら:[副]疲労などのために浅い眠りにひきこまれるさま ↩
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毛むくじゃら:[名]毛深いこと。また、そのような人 ↩
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燻らす:[動サ五(四)]煙や匂いなどを立ちのぼらせる ↩
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躄:[名]足が不自由で立てない人 ↩
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居抜き:[名]引き続き、もとのままでいること ↩
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目論む:[マ行五(四)]物事を行なう方法について、あれこれと計画をめぐらす ↩
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調度:[名]手まわりの道具 ↩
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管々し:[形]事が繁雑でわずらわしい ↩
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うとうと:[副]ちょっとの間浅く眠るさま ↩