芥川龍之介: 煙草と悪魔
first published:『新思潮』1916年11月号
audio: https://www.youtube.com/watch?v=0vI0sK5mK4g
desc: 为诱惑日本人而来到日本的恶魔,闲来无事便开始种植烟草。这时来了一位牛贩子。这位信奉基督教的牛贩子,很想知道这种陌生植物的名字。恶魔对他说:若你能在三天之内猜出这植物的名字,这片田地便送你;若是猜不出,我就要夺走你的肉身与灵魂。最终,在这场智慧较量中获胜的,正是那位牛贩子
煙草は、本来、日本になかつた植物である。では、何時頃、舶載されたかと云ふと、記録によつて、年代が一致しない。或は、慶長1年間と書いてあつたり、或は天文2年間と書いてあつたりする。が、慶長十年頃には、既に栽培が、諸方に行はれてゐたらしい。それが文禄3年間になると、「きかぬものたばこの法度4銭法度、玉のみこゑにげんたくの医者」と云ふ落首が出来た程、一般に喫煙が流行するやうになつた。――
烟草这种植物,本是日本所没有的。那么,它是何时舶来的呢?记载中的年代却并不一致。有的说是庆长年间,有的说是天文年间,不过,到了庆长十年左右,已经到处都在栽培烟草。等到了文禄年间,吸烟大为流行,甚至出现了如下这首打油诗:
四无用,请君听,
无用莫过禁烟令,
劣钱屡禁仍通行,
天皇纶音无人听,
傲慢庸医不治病。
そこで、この煙草は、誰の手で舶載されたかと云ふと、歴史家なら誰でも、葡萄牙人とか、西班牙人とか答へる。が、それは必ずしも唯一の答ではない。その外にまだ、もう一つ、伝説としての答が残つてゐる。それによると、煙草は、悪魔がどこからか持つて来たのださうである。さうして、その悪魔なるものは、天主教の伴天連5か(恐らくは、フランシス上人6)がはるばる日本へつれて来たのださうである。
那么,烟草又是经何人之手传入日本的?历史学家都说是西班牙人或葡萄牙人,但那并不是唯一的答案。此外,还有一个传说,即烟草是由魔鬼带来的。而且,那个魔鬼还是一位天主教神父(大约便是方济各神父)万里迢迢带到日本的。
かう云ふと、切支丹7宗門の信者は、彼等のパアテルを誣ひるものとして、自分を咎めようとするかも知れない。が、自分に云はせると、これはどうも、事実らしく思はれる。何故と云へば、南蛮8の神が渡来すると同時に、南蛮の悪魔が渡来すると云ふ事は――西洋の善が輸入されると同時に、西洋の悪が輸入されると云ふ事は、至極、当然な事だからである。
这么一说,天主教信徒也许会责备我诬蔑他们的神父。不过若让我说,这很可能是事实。原因在于,南蛮的神到来的同时,南蛮的魔鬼也到来——引进西洋的善的同时,也引进了西洋的恶,这都是再自然不过的事。
しかし、その悪魔が実際、煙草を持つて来たかどうか、それは、自分にも、保証する事が出来ない。尤もつともアナトオル・フランス9の書いた物によると、悪魔は木犀草の花で、或坊さんを誘惑しようとした事があるさうである。して見ると、煙草を、日本へ持つて来たと云ふ事も、満更嘘だとばかりは、云へないであらう。よし又それが嘘にしても、その嘘は又、或意味で、存外、ほんとうに近い事があるかも知れない。――自分は、かう云ふ考へで、煙草の渡来に関する伝説を、ここに書いて見る事にした。
不过,魔鬼是否真的带来了烟草,在下也没法保证。但阿那托尔·法朗士的书中写过,魔鬼曾经拿木樨草的花朵诱惑一个修道士。据此看来,魔鬼将烟草带入日本的事,便不能说纯属谣传。况且,即便这是个谣言,在某种意味上,或许意外地极其接近真实。出于这个念头,我决定写一篇关于烟草舶入日本的传说。
天文十八年、悪魔は、フランシス・ザヴイエルに伴いてゐる伊留満10の一人に化けて、長い海路を恙なく、日本へやつて来た。この伊留満の一人に化けられたと云ふのは、正物のその男が、阿媽港11か何処かへ上陸してゐる中に、一行をのせた黒船が、それとも知らずに出帆をしてしまつたからである。そこで、それまで、帆桁へ尻尾をまきつけて、倒にぶら下りながら、私に船中の容子を窺つてゐた悪魔は、早速姿をその男に変へて、朝夕フランシス上人に、給仕する事になつた。勿論、ドクトル・フアウストを尋ねる時には、赤い外套を着た立派な騎士に化ける位な先生の事だから、こんな芸当なぞは、何でもない。
天文十八年,魔鬼变成一个跟随方济各·沙勿略神父布道的传教士,经过漫长的海路,安然无恙地抵达日本。他之所以能变成传教士,是因为那个传教士本人在阿妈港上岸期间,他们乘坐的黑船没有发现,自顾开走了。魔鬼本来用尾巴卷在帆杠上,倒吊着身体偷偷窥探船上的动静,此时赶紧趁机变成那个传教士,每天侍奉方济各神父。不消说,他本就是位变身高手,在拜访浮士德博士时,甚至能变成身穿红衣的体面骑士,所以这点区区小事,对他根本不算什么。
所が、日本へ来て見ると、西洋にゐた時に、マルコ・ポオロの旅行記で読んだのとは、大分、容子がちがふ。第一、あの旅行記によると、国中至る処、黄金がみちみちてゐるやうであるが、どこを見廻しても、そんな景色はない。これなら、ちよいと磔を爪でこすつて、金にすれば、それでも可成、誘惑が出来さうである。それから、日本人は、真珠か何かの力で、起死回生の法を、心得てゐるさうであるが、それもマルコ・ポオロの嘘らしい。嘘なら、方々の井戸へ唾を吐いて、悪い病さへ流行らせれば、大抵の人間は、苦しまぎれに当来の波羅葦僧なぞは、忘れてしまふ。――フランシス上人の後へついて、殊勝らしく、そこいらを見物して歩きながら、悪魔は、私にこんな事を考へて、独り会心の微笑をもらしてゐた。
可是,到了日本一看,魔鬼发现此处的景象,与他在西洋时读过的马可·波罗游记中所载的大相径庭。首先,游记中说,日本国到处黄金满地,可是他四处寻找,也没看到黄金。如此说来,只要自己用指甲搓搓十字架,把它变成黄金,肯定可以诱惑人。而且,游记中还说,日本人通过珍珠还是什么东西的力量,掌握了起死回生之法,这也是马可·波罗在撒谎。既然是谎言,那么只要自己往各处井中吐口唾沫,让恶疾流行,人们就会在痛苦中忘掉未来的天堂。魔鬼跟在方济各神父身后,一脸虔敬地四处观摩,偷偷想到上面的主意,独自露出了得意的微笑。
が、たつた一つ、ここに困つた事がある。こればかりは、流石の悪魔が、どうする訳にも行かない。と云ふのは、まだフランシス・ザヴイエルが、日本へ来たばかりで、伝道も盛にならなければ、切支丹の信者も出来ないので、肝腎の誘惑する相手が、一人もゐないと云ふ事である。これには、いくら悪魔でも、少からず、当惑した。第一、さしあたり退屈な時間を、どうして暮していいか、わからない。――
不过,唯独有一件事甚是棘手,即便神通广大的魔鬼也无计可施。那就是,方济各·沙勿略神父刚到日本,还未广泛布道,没有人信奉天主教。所以,魔鬼最需要的诱惑对象,还一个也没有。如此一来,便是魔鬼也困惑不已,先说眼下这无聊的时间,就不知道如何打发才好。
そこで、悪魔は、いろいろ思案した末に、先園芸でもやつて、暇をつぶさうと考へた。それには、西洋を出る時から、種々雑多な植物の種を、耳の穴の中へ入れて持つてゐる。地面は、近所の畠でも借りれば、造作はない。その上、フランシス上人さへ、それは至極よからうと、賛成した。勿論、上人は、自分についてゐる伊留満の一人が、西洋の薬用植物か何かを、日本へ移植しようとしてゐるのだと、思つたのである。
魔鬼苦思冥想,终于打算先种点园艺来消磨时间。他从西洋出发时,就在耳朵眼里塞进了五花八门的植物种子。至于土地,借一块附近的田地就行,没什么费事的。何况,方济各神父十分支持这个计划。当然,神父以为,跟随自己的这个传教士是打算把西洋的药草之类移植到日本。
悪魔は、早速、鋤鍬を借りて来て、路ばたの畠を、根気よく、耕しはじめた。
魔鬼很快借来了犁锄农具,耐心地耕种起路边的田地。
丁度水蒸気の多い春の始で、たなびいた12霞の底からは、遠くの寺の鐘が、ぼうんと、眠むさうに、響いて来る、その鐘の音が、如何にも又のどかで、聞きなれた西洋の寺の鐘のやうに、いやに冴えて、かんと脳天へひびく所がない。――が、かう云ふ太平な風物の中にゐたのでは、さぞ悪魔も、気が楽だらうと思ふと、決してさうではない。
那时正值初春,空中水汽氤氲,雾霭缭绕,从远处寺庙中,“硿——”地传来慵懒的钟声。那钟声如此悠闲,全不像魔鬼听惯的西洋教堂的钟声,响亮得震人心腑。可是,若是以为在这一派太平的风物中,魔鬼也会心情愉悦,那就大错特错了。
彼は、一度この梵鐘の音を聞くと、聖保羅の寺の鐘を聞いたよりも、一層、不快さうに、顔をしかめて、むしやうに畑を打ち始めた。何故かと云ふと、こののんびりした鐘の音を聞いて、この曖々たる日光に浴してゐると、不思議に、心がゆるんで来る。善をしようと云ふ気にもならないと同時に、悪を行はうと云ふ気にもならずにしまふ。これでは、折角、海を渡つて、日本人を誘惑に来た甲斐がない。――掌に肉豆がないので、イワンの妹に叱られた程、労働の嫌な悪魔が、こんなに精を出して、鍬を使ふ気になつたのは、全く、このややもすれば、体にはひかかる道徳的の眠けを払はうとして、一生懸命になつたせゐである。 イワンの妹: 听到梵钟的声音,魔鬼比听到圣保罗教堂的钟声更加不快,皱着眉头,一个劲儿地犁地。这是因为,听着宁静悠然的钟声,沐浴着温暖和煦的阳光,心情便不可思议地松缓下来,结果既不想行善,也不想作恶。魔鬼本来最讨厌劳动,甚至到了因为手掌上没有老茧,而被伊凡的妹妹指责的地步。他肯费这么大劲儿挥动锄头,完全是为了驱赶那一不留神就会进入体内的、令他变得有道德的瞌睡。
悪魔は、とうとう、数日の中に、畑打ちを完つて、耳の中の種を、その畦に播いた。
没过几天,魔鬼耕完了地,把耳朵里的种子撒在了田畦里。
それから、幾月かたつ中に、悪魔の播いた種は、芽を出し、茎をのばして、その年の夏の末には、幅の広い緑の葉が、もう残りなく、畑の土を隠してしまつた。が、その植物の名を知つてゐる者は、一人もない。フランシス上人が、尋ねてさへ、悪魔は、にやにや笑ふばかりで、何とも答へずに、黙つてゐる。
几个月后,魔鬼播的种子发了芽,抽茎生长,到了这年夏末,宽阔的绿叶密密实实地遮住了田地。可是,这植物的名称是什么却无人知晓。即便方济各神父询问,魔鬼也只是嘻嘻笑着,不肯回答。
その中に、この植物は、茎の先に、簇々として、花をつけた。漏斗のやうな形をした、うす紫の花である。悪魔には、この花のさいたのが、骨を折つただけに、大へん嬉しいらしい。そこで、彼は、朝夕の勤行をすましてしまふと、何時でも、その畑へ来て、余念なく培養につとめてゐた。
不久,植物的茎尖上开了簇簇花朵,花朵淡紫色,形状像漏斗。魔鬼因为付出了辛苦,看到花开十分欢喜。于是,每日早晚做完祷告后,他总要来到田里,一心一意地培育烟草。
すると、或日の事、(それは、フランシス上人が伝道の為に、数日間、旅行をした、その留守中の出来事である。)一人の牛商人が、一頭の黄牛をひいて、その畑の側を通りかかつた。見ると、紫の花のむらがつた畑の柵の中で、黒い僧服に、つばの広い帽子をかぶつた、南蛮の伊留満が、しきりに葉へついた虫をとつてゐる。牛商人は、その花があまり、珍しいので、思はず足を止めながら、笠をぬいで、丁寧にその伊留満へ声をかけた。
有一天——适逢方济各神父外出传道,好几天不在——一个牛贩子牵着黄牛,从田地边上经过。他看到开满了紫色花的田地围栏中,一个身穿黑色修士服、戴着宽檐帽的南蛮传教士,正孜孜地捉叶子上的虫。牛贩子觉得那花朵实在罕见,不由得停下脚步,摘下斗笠,恭敬地向传教士打招呼。
――もし、お上人様、その花は何でございます。
“神父大人,这是什么花?”
伊留満は、ふりむいた。鼻の低い、眼の小さな、如何にも、人の好ささうな紅毛である。
传教士回过头来。他是个低鼻梁、小眼睛、看上去和蔼可亲的洋人。
――これですか。
“这个吗?”
――さやうでございます。
“是啊。”
紅毛は、畑の柵によりかかりながら、頭をふつた。さうして、なれない日本語で云つた。
洋人靠在围栏上,摇了摇头,然后,用生硬的日语说:
――この名だけは、御気の毒ですが、人には教へられません。
“抱歉,这花的名字不能对人说。”
――はてな、すると、フランシス様が、云つてはならないとでも、仰有つたのでございますか。
“莫非,是方济各神父大人不让说吗?”
――いいえ、さうではありません。
“不,不是。”
――では、一つお教へ下さいませんか、手前も、近ごろはフランシス様の御教化をうけて、この通り御宗旨に、帰依して居りますのですから。
“那么,您告诉我吧。我最近也得到了方济各神父大人的教化,信奉天主教啦。”
牛商人は、得意さうに自分の胸を指さした。見ると、成る程、小さな真鍮の十字架が、日に輝きながら、頸にかかつてゐる。すると、それが眩しかつたのか、伊留満はちよいと顔をしかめて、下を見たが、すぐに又、前よりも、人なつこい調子で、冗談ともほんとうともつかずに、こんな事を云つた。
牛贩子得意地指着自己的胸口,他的颈上果然挂着一个小小的黄铜十字架,在阳光下闪闪发亮。也许嫌它有些晃眼,传教士微微皱了皱眉,垂下眼睛,但马上又用比刚才更和蔼的口气说了一番话,也不知他是开玩笑,还是当真的。
――それでも、いけませんよ。これは、私の国の掟で、人に話してはならない事になつてゐるのですから。それより、あなたが、自分で一つ、あててごらんなさい。日本の人は賢いから、きつとあたります。あたつたら、この畑にはえてゐるものを、みんな、あなたにあげませう。
“即便这样也不行哪。这是我们国家的规矩,不能告诉别人。要不,你自己猜吧。日本人很聪明,一定能猜对。猜对了的话,这块地里生长的东西,全部送给你。”
牛商人は、伊留満が、自分をからかつてゐるとでも思つたのであらう。彼は、日にやけた顔に、微笑を浮べながら、わざと大仰に、小首を傾けた。
牛贩子大概认为传教士在调侃自己,他那被阳光晒得黝黑的脸上泛起了微笑,故意夸张地歪歪脑袋。
――何でございますかな。どうも、殺急には、わかり兼ねますが。
“是什么呢?一时间还真猜不出来。”
――なに今日でなくつても、いいのです。三日の間に、よく考へてお出でなさい。誰かに聞いて来ても、かまひません。あたつたら、これをみんなあげます。この外にも、珍陀13の酒をあげませう。それとも、波羅葦僧垤利阿利の絵をあげますか。
“用不着今天就猜出来。给你三天时间,好好琢磨吧,请教别人也没关系。猜对了的话,我把这些全送给你。另外,我还送你红葡萄酒,或者,送你《地上乐园图》也可以。”
牛商人は、相手があまり、熱心なのに、驚いたらしい。
对方这么热情,牛贩子有点吃惊。
――では、あたらなかつたら、どう致しませう。
“那么,如果我猜不中,怎么办?”
伊留満は帽子をあみだに、かぶり直しながら、手を振つて、笑つた。牛商人が、聊、意外に思つた位、鋭い、鴉のやうな声で、笑つたのである。
传教士把帽子往脑后推了推,摆了摆手,笑了起来。他的笑声尖锐,像是乌鸦叫,让牛贩子有些意外。
――あたらなかつたら、私があなたに、何かもらひませう。賭です。あたるか、あたらないかの賭です。あたつたら、これをみんな、あなたにあげますから。
“要是猜不对,你就给我点东西。这是赌注,猜对猜不对的赌注。猜对了的话,这些全都归你。”
かう云ふ中に紅毛は、何時か又、人なつこい声に、帰つてゐた。
说话的时候,不知不觉中,洋人的声音又变得和蔼可亲。
――よろしうございます。では、私も奮発して、何でもあなたの仰有るものを、差上げませう。
“好。那么,我也尽我所能,您要什么都可以。”
――何でもくれますか、その牛でも。
“什么都可以吗?要这头牛也行?”
――これでよろしければ、今でも差上げます。
“如果您要这头牛,现在就可以给您。”
牛商人は、笑ひながら、黄牛の額を、撫でた。彼はどこまでも、これを、人の好い伊留満の、冗談だと思つてゐるらしい。
牛贩子笑呵呵地抚摸着黄牛的额头,看起来,他一直以为这好脾气的传教士在同自己开玩笑。
――その代り、私が勝つたら、その花のさく草を頂きますよ。
“要是猜对了,这开花的草就归我了。”
――よろしい。よろしい。では、確に約束しましたね。
“好,好,我们一言为定。”
――確に、御約定致しました。御主エス・クリストの御名にお誓ひ申しまして。
“一言为定。我以主耶稣基督的圣名起誓。”
伊留満は、これを聞くと、小さな眼を輝かせて、二三度、満足さうに、鼻を鳴らした。それから、左手を腰にあてて、少し反り身になりながら、右手で紫の花にさはつて見て、
听到这句话,传教士的小眼睛闪闪发亮,满意地哼了两三声。然后,他左手叉腰,稍微挺起胸,右手抚摸着紫花。
――では、あたらなかつたら――あなたの体と魂とを、貰ひますよ。
“如果猜不对的话……我就要你的身体和灵魂。”
かう云つて、紅毛は、大きく右の手をまはしながら、帽子をぬいだ。もぢやもぢやした髪の毛の中には、山羊のやうな角が二本、はえてゐる。牛商人は、思はず顔の色を変へて、持つてゐた笠を、地に落した。日のかげつたせゐであらう、畑の花や葉が、一時に、あざやかな光を失つた。牛さへ、何におびえたのか、角を低くしながら、地鳴りのやうな声で、唸つてゐる。……
说着,洋人抡起右臂,摘下了帽子。乱蓬蓬的头发中,长着两支山羊角一样的角。牛贩子大惊失色,手里的斗笠掉落在地。也许是斜阳西下的缘故吧,田里的花叶一时间暗淡无光。就连牛似乎也在害怕什么,垂下了牛角,低沉地哼叫着。
――私にした約束でも、約束は、約束ですよ。私が名を云へないものを指して、あなたは、誓つたでせう。忘れてはいけません。期限は、三日ですから。では、さやうなら。
“约定就是约定,你对我的约定也得算数。你已经以那个我不能说的名字起誓了,所以不准忘记!期限是三天。那么,再会。”
人を莫迦にしたやうな、慇懃な調子で、かう云ひながら、悪魔は、わざと、牛商人に丁寧なおじぎをした。
魔鬼殷勤的语调中含着讥讽,一边说着,一边还故意彬彬有礼地对牛贩子鞠了一躬。
牛商人は、うつかり、悪魔の手にのつたのを、後悔した。このままで行けば、結局、あの「ぢやぼ14」につかまつて、体も魂も、「亡ぶることなき猛火」に、焼かれなければ、ならない。それでは、今までの宗旨をすてて、波宇寸低茂15をうけた甲斐が、なくなつてしまふ。
牛贩子一不小心上了魔鬼的圈套,十分后悔。如此一来,他必定会被那个恶魔抓住,身体和灵魂都会在永不熄灭的烈火中焚烧。那他放弃之前的信仰接受洗礼,就没有意义了。
が、御主耶蘇基督の名で、誓つた以上、一度した約束は、破る事が出来ない。勿論、フランシス上人でも、ゐたのなら、またどうにかなる所だが、生憎、それも今は留守である。そこで、彼は、三日の間、夜の眼もねずに、悪魔の巧みの裏をかく手だてを考へた。それには、どうしても、あの植物の名を、知るより外に、仕方がない。しかし、フランシス上人でさへ、知らない名を、どこに知つてゐるものが、ゐるであらう。……
可是,他既然以主耶稣基督的圣名发过誓,就不能违背誓言。当然,若是方济各神父在,还能有个办法,不巧神父又外出了。于是,他三天三夜没有合眼,思索如何能将计就计,巧妙地挫败魔鬼。无论如何,必须弄清楚那植物的名字,可是,连方济各神父都不知道名字,还有谁会知道呢?
牛商人は、とうとう、約束の期限の切れる晩に、又あの黄牛をひつぱつて、そつと、伊留満の住んでゐる家の側へ、忍んで行つた。家は畑とならんで、往来に向つてゐる。行つて見ると、もう伊留満も寝しづまつたと見えて、窓からもる灯さへない。丁度、月はあるが、ぼんやりと曇つた夜で、ひつそりした畑のそこここには、あの紫の花が、心ぼそくうす暗い中に、ほのめいてゐる。元来、牛商人は、覚束ないながら、一策を思ひついて、やつとここまで、忍んで来たのであるが、このしんとした景色を見ると、何となく恐しくなつて、いつそ、このまま帰つてしまはうかと云ふ気にもなつた。殊に、あの戸の後では、山羊のやうな角のある先生が、因辺留濃16の夢でも見てゐるのだと思ふと、折角、はりつめた勇気も、意気地なく、くじけてしまふ。が、体と魂とを、「ぢやぼ」の手に、渡す事を思へば、勿論、弱い音なぞを吐いてゐるべき場合ではない。
终于,在约定期限即将结束的那个晚上,牛贩子又牵着黄牛,悄悄地来到传教士的房子旁。房子和田地连在一起,面对着大路。传教士像是已经睡下了,窗上没有灯光。虽然有月亮,但月光朦胧不清,静悄悄的田地里,紫色的花朵在昏暗中隐约可见。本来,牛贩子虽然想出了计策,但心里并没有底,好不容易偷偷潜来,看到这寂静的景象,不禁又害怕起来,真想索性回去算了。尤其一想到在那扇门后,那位长着山羊角的先生或许正在做着地狱的梦,牛贩子那拼命鼓起的勇气,又没出息地泄掉了。可是,想到要把身体和灵魂交给那个恶魔,这显然不是灰心泄气的时候。
そこで、牛商人は、毘留善麻利耶17の加護を願ひながら、思ひ切つて、予、もくろんで置いた計画を、実行した。計画と云ふのは、別でもない。――ひいて来た黄牛の綱を解いて、尻をつよく打ちながら、例の畑へ勢よく追ひこんでやつたのである。
于是,牛贩子一边祈祷圣母玛利亚的护佑,一边狠狠心,实施了预先安排好的计划。说是计划,其实并无什么特别,就是解开黄牛的缰绳,狠打一记牛屁股,把牛猛地赶进田地里。
牛は、打たれた尻の痛さに、跳ね上りながら、柵を破つて、畑をふみ荒らした。角を家の板目につきかけた事も、一度や二度ではない。その上、蹄の音と、鳴く声とは、うすい夜の霧をうごかして、ものものしく、四方に響き渡つた。すると、窓の戸をあけて、顔を出したものがある。暗いので、顔はわからないが、伊留満に化けた悪魔には、相違ない。気のせゐか、頭の角は、夜目ながら、はつきり見えた。
黄牛屁股吃痛,一蹦老高,撞破了围栏,胡乱践踏起田里的植物。牛角接二连三地撞在房子的板壁上,再加上牛蹄声、吼叫声,搅动着夜晚的薄雾,闹腾得不可开交。这时,窗子打开,有人探出头来,昏暗中看不清面孔,但定是那个化身传教士的魔鬼无疑。也许是牛贩子的心情使然,他只觉得魔鬼头上的两支角,即便在夜晚,也看得清楚着呢。
――この畜生、何だつて、己の煙草畑を荒らすのだ。
“你这畜生,竟敢践踏我的烟草!”
悪魔は、手をふりながら、睡むさうな声で、かう怒鳴つた。寝入りばなの邪魔をされたのが、よくよく癪にさはつたらしい。
魔鬼挥着手臂,用睡意蒙眬的声音怒吼着。可能刚刚入睡就被吵醒的缘故,他的脾气大得很。
が、畑の後へかくれて、容子を窺つてゐた牛商人の耳へは、悪魔のこの語が、泥烏須の声のやうに、響いた。……
可是,对藏在田地后窥探的牛贩子而言,魔鬼的这句话,却仿佛是上帝的声音一般。
――この畜生、何だつて、己の煙草畑を荒らすのだ。
“你这畜生,竟敢践踏我的烟草!”
それから、先の事は、あらゆるこの種類の話のやうに、至極、円満に完つてゐる。即、牛商人は、首尾よく、煙草と云ふ名を、云ひあてて、悪魔に鼻をあかさせた。さうして、その畑にはえてゐる煙草を、悉く自分のものにした。と云ふやうな次第である。
像所有类似故事一样,接下来故事的发展极为圆满。牛贩子顺利说出了烟草的名称,赌赢了魔鬼。田地里生长的烟草全部归他所有。
が、自分は、昔からこの伝説に、より深い意味がありはしないかと思つてゐる。何故と云へば、悪魔は、牛商人の肉体と霊魂とを、自分のものにする事は出来なかつたが、その代に、煙草は、洽く日本全国に、普及させる事が出来た。して見ると牛商人の救抜が、一面堕落を伴つてゐるやうに、悪魔の失敗も、一面成功を伴つてゐはしないだらうか。悪魔は、ころんでも、ただは起きない。誘惑に勝つたと思ふ時にも、人間は存外、負けてゐる事がありはしないだらうか。
可是,我一直觉得这个传说有着更深的含义。魔鬼虽然没能得到牛贩子的身体和灵魂,却得以使烟草普及日本全国。因此,牛贩子的得救,同时伴随着堕落;同样,魔鬼的失败,同时也伴随着成功。魔鬼是不会白白吃亏的。当人们认为战胜诱惑的时候,却没想到自己也在某种意义上失败了。
それから序に、悪魔のなり行きを、簡単に、書いて置かう。彼は、フランシス上人が、帰つて来ると共に、神聖なペンタグラマの威力によつて、とうとう、その土地から、逐払はれた。が、その後も、やはり伊留満のなりをして、方々をさまよつて、歩いたものらしい。或記録によると、彼は、南蛮寺の建立前後、京都にも、屡々出没したさうである。松永弾正を飜弄した例の果心居士18と云ふ男は、この悪魔だと云ふ説もあるが、これはラフカデイオ・ヘルン19先生が書いてゐるから、ここには、御免を蒙る事にしよう。それから、豊臣徳川両氏の外教禁遏に会つて、始の中こそ、まだ、姿を現はしてゐたが、とうとう、しまひには、完く日本にゐなくなつた。――記録は、大体ここまでしか、悪魔の消息を語つてゐない。唯、明治以後、再、渡来した彼の動静を知る事が出来ないのは、返へす返へすも、遺憾である。……
顺便简略说说魔鬼的下落。方济各神父回来后,依靠神圣五芒星的威力,终于把魔鬼赶出了这片土地。可是那之后,魔鬼依然化作传教士四处逡巡。有记载,在天主教堂建立的前后,他还屡次在京都出没。捉弄松永弹正的那位果心居士,据说就是这个魔鬼。关于这件事拉夫卡迪奥·赫恩先生曾经写过,在此恕不赘述。后来,丰臣、德川二人颁令禁遏外教,魔鬼起先还时有露面,最后终于彻底离开了日本。有关魔鬼消息的记载,大致到此为止。明治之后,他再度来到日本,但对此间的情形,我就一无所知了,实在遗憾得很。
(大正五年十月)
Footnotes
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慶長:1596-1615安土桃山末期至德川幕府初期后阳成天皇和后水尾天皇的年号 ↩
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天文:1532-1555战国时代后奈良天皇的年号 ↩
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文禄:1592-1596安土桃山时代后阳成天皇的年号 ↩
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法度:[名]禁じられていること ↩
-
伴天連 ([葡] padre):[名]キリスト教が日本に伝来した当時の宣教師・神父に対する呼称 ↩
-
フランシス上人:圣方济各,天主教方济各会和方济各女修会的创始人 ↩
-
切支丹 ([葡] christão):[名]戦国時代の末期から江戸時代における日本人キリスト教信者 ↩
-
南蛮:日本室町末期到江户时代,用来统称越南、泰国、菲律宾等东南亚地区的古语 ↩
-
アナトオル・フランス (Anatole France, 1844-1924):法国作家、文学评论家、社会活动家,代表作《波纳尔之罪》(Le Crime de Sylvestre Bonnard) ↩
-
伊留満 ([葡] irmão):[名]宣教師のうち司祭でない者 ↩
-
阿媽港:指澳门 ↩
-
棚引く:[動カ五(四)]雲や霧また煙が横に長くただよう ↩
-
珍陀 ([葡] vinho tintoから):[名]ポルトガルから輸入された赤ぶどう酒 ↩
-
ジャボ ([葡] diabo):[名]キリスト教の悪魔 ↩
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波宇寸低茂 ([葡] baptismo): キリスト教徒となるために教会が執行する儀式。全身を水にひたすか、または頭部に水を注ぐことによって罪を洗い清め、神の子として新しい生命を与えられるあかしとする ↩
-
因辺留濃 ([葡] inferno):[名]地獄 ↩
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毘留善麻利耶 ([葡] Virgem Maria):圣母玛丽亚 ↩
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果心居士:松永弹正即松永久秀,日本战国时代的武将,因任官为弹正少弼,通称松永弹正。果心居士是当时的幻术师,据传曾经在织田信长、丰臣秀吉、明智光秀等战国大将面前表演过幻术。据说,松永弹正要求他表演,于是四周变得一片幽暗,一名女子出现在松永面前,向他喃喃低语,松永定睛一看,竟是自己亡故多年的妻子,不觉毛骨悚然 ↩
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ラフカデイオ・ヘルン:小泉八云的原名 ↩