芥川龍之介: 手巾
first published:『中央公論』1916年10月号
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desc: 身为文明人而故作沉稳自持的大学教授,直面亡子之母流露的悲伤演技(紧握手帕的举动),以讽刺的笔触刻画人性心理与世俗「形式」之间矛盾的心理小说佳作
東京帝国法科大学教授、長谷川謹造先生は、ヴエランダの籐椅子に腰をかけて、ストリントベルク1の作劇術2を読んでゐた。
东京帝国大学法科教授长谷川谨造先生坐在檐廊的藤椅上,读着斯特林堡的《表演法》。
先生の専門は、植民政策の研究である。従つて読者には、先生がドラマトウルギイを読んでゐると云ふ事が、聊、唐突の感を与へるかも知れない。が、学者としてのみならず、教育家としても、令名ある先生は、専門の研究に必要でない本でも、それが何等かの意味で、現代学生の思想なり、感情なりに、関係のある物は、暇のある限り、必一応は、眼を通して置く。現に、昨今は、先生の校長を兼ねてゐる或高等専門学校の生徒が、愛読すると云ふ、唯、それだけの理由から、オスカア・ワイルドのデ・プロフンデイス3とか、インテンシヨンズ4とか云ふ物さへ、一読の労を執つた。さう云ふ先生の事であるから、今読んでゐる本が、欧洲近代の戯曲及俳優を論じた物であるにしても、別に不思議がる所はない。何故と云へば、先生の薫陶を受けてゐる学生の中には、イブセンとか、ストリントベルクとか、乃至メエテルリンクとかの評論を書く学生が、ゐるばかりでなく、進んでは、さう云ふ近代の戯曲家の跡を追つて、作劇を一生の仕事にしようとする、熱心家さへゐるからである。
先生的专业是殖民政策研究,因此,说到他读斯特林堡,读者或许会略觉唐突。可是,先生不仅是学者,也是颇有令名的教育家,即便不是专业研究所必要的书,只要在某种意义上与现代学生的思想和感情有关,先生闲暇时也必定会浏览一番。先生兼任一所高等专科学校的校长,学生们正热衷读奥斯卡·王尔德,仅仅因为这一理由,最近,他便不辞辛苦地读了王尔德的《深渊书简》和《意向》。先生的性格既然如此,那他读论述欧洲近代戏剧和演员的书,也就没什么奇怪了。先生熏陶的学生中,不仅有人写易卜生、斯特林堡乃至梅特林克的评论,甚至还不乏有志青年,想要追寻这些近代戏剧家的足迹,将剧作当成自己一生的事业。
先生は、警抜な一章を読み了る毎に、黄いろい布表紙の本を、膝の上へ置いて、ヴエランダに吊してある岐阜提灯5の方を、漫然と一瞥する。不思議な事に、さうするや否や、先生の思量は、ストリントベルクを離れてしまふ。その代り、一しよにその岐阜提灯を買ひに行つた、奥さんの事が、心に浮んで来る。先生は、留学中、米国で結婚をした。だから、奥さんは、勿論、亜米利加人である。が、日本と日本人とを愛する事は、先生と少しも変りがない。殊に、日本の巧緻なる美術工芸品は、少からず奥さんの気に入つてゐる。従つて、岐阜提灯をヴエランダにぶら下げたのも、先生の好みと云ふよりは、寧、奥さんの日本趣味が、一端を現したものと見て、然る可きであらう。
先生读完立意颖异的一章,将黄布封面的书放在膝盖上,漫然瞥了一眼檐廊上挂着的岐阜灯笼。不可思议的是,如此一来,先生的思绪便离开了斯特林堡,与夫人一起去买岐阜灯笼的往事涌上心头。先生留学期间在美国结婚,夫人当然是美国人。不过,夫人对日本、日本人的热爱,与先生毫无二致,尤其是夫人十分喜爱日本精致的美术工艺品。将岐阜灯笼挂在檐廊上,与其说是先生的爱好,莫如说从中夫人的日本趣味可见一斑。
先生は、本を下に置く度に、奥さんと岐阜提灯と、さうして、その提灯によつて代表される日本の文明とを思つた。先生の信ずる所によると、日本の文明は、最近五十年間に、物質的方面では、可成顕著な進歩を示してゐる。が、精神的には、殆、これと云ふ程の進歩も認める事が出来ない。否、寧、或意味では、堕落してゐる。では、現代に於ける思想家の急務として、この堕落を救済する途を講ずるのには、どうしたらいいのであらうか。先生は、これを日本固有の武士道による外はないと論断した。武士道なるものは、決して偏狭なる島国民の道徳を以て、目せらるべきものでない。却てその中には、欧米各国の基督教的精神と、一致すべきものさへある。この武士道によつて、現代日本の思潮に帰趣を知らしめる事が出来るならば、それは、独り日本の精神的文明に貢献する所があるばかりではない。延いては、欧米各国民と日本国民との相互の理解を容易にすると云ふ利益がある。或は国際間の平和も、これから促進されると云ふ事があるであらう。――先生は、日頃から、この意味に於て、自ら東西両洋の間に横はる橋梁にならうと思つてゐる。かう云ふ先生にとつて、奥さんと岐阜提灯と、その提灯によつて代表される日本の文明とが、或調和を保つて、意識に上るのは決して不快な事ではない。
先生每次放下书本,都会想到夫人和岐阜灯笼,以及灯笼所代表的日本文明。先生相信,最近五十年间,日本文明在物质方面显示出相当显著的进步,但在精神方面,却几乎看不到什么像样的进步。不仅如此,某种意义上,甚至可以说在堕落。那么,现代思想家的当务之急,就是寻求该如何挽救这种堕落。先生断定,为此,除了日本固有的武士道之外别无他途。武士道决不应被视为狭隘的岛国国民道德,相反,在武士道中,甚至存在着与欧美各国的基督教精神相一致的东西。若能通过武士道来认知现代日本思潮的趋势,那不仅对日本的精神文明有所贡献,进而对欧美各国民众与日本民众的相互理解也大有裨益,或许还可以促进国际和平。——先生平日一直希望,在此种意义上,自己成为架在东西方间的桥梁。对先生而言,意识到夫人与岐阜灯笼以及灯笼所代表的日本文明这三者间保有和谐,绝非不愉快的事。
所が、何度かこんな満足を繰返してゐる中に、先生は、追々、読んでゐる中でも、思量がストリントベルクとは、縁の遠くなるのに気がついた。そこで、ちよいと、忌々さうに頭を振つて、それから又丹念に、眼を細い活字の上へ曝しはじめた。すると、丁度、今読みかけた所にこんな事が書いてある。
不过,重复品味了几次这种满足之后,先生察觉到自己在阅读中,思想渐渐偏离了斯特林堡。于是,他稍显心烦地摇摇头,视线移回到密密的铅字上,认真读了起来。他读的正好是这么一段话:
――俳優が最も普通なる感情に対して、或一つの恰好な表現法を発見し、この方法によつて成功を贏ち得る時、彼は時宜に適すると適せざるとを問はず、一面にはそれが楽である所から、又一面には、それによつて成功する所から、動もすれば6この手段に赴かんとする。しかし夫が即ち型なのである。……
当对于最普通的感情,演员发现了一个恰如其分的表达方法,并通过此种方法获得成功时,他往往不会问是否合时宜,就动辄使用此种方法。一方面是因为采用此方法最为轻松,一方面则是由于曾经因此获得成功。但这就是“类型化手法”。
先生は、由来、芸術――殊に演劇とは、風馬牛の間柄である。日本の芝居でさへ、この年まで何度と数へる程しか、見た事がない。――嘗て或学生の書いた小説の中に、梅幸と云ふ名が、出て来た事がある。流石、博覧強記を以て自負してゐる先生にも、この名ばかりは何の事だかわからない。そこで序の時に、その学生を呼んで、訊いて見た。
先生一向与艺术,尤其是戏剧风马牛不相及。即便日本的戏剧,迄今为止他也只看过屈指可数的几次。曾经,有一个学生写的小说中,出现了“梅幸”这个名字,向来以博闻强记自负的先生,却唯独不知道这名字是何意。于是,先生趁便叫来这个学生,问道:
――君、梅幸と云ふのは何だね。
“梅幸是什么?”
――梅幸――ですか。梅幸と云ひますのは、当時、丸の内の帝国劇場の座附俳優で、唯今、太閤記7十段目の操を勤めて居る役者です。
“您说……梅幸?梅幸是丸之内的帝国剧院的专属演员,这一阵子在《太阁记》第十场中扮演‘阿操’这个角色哩。”
小倉の袴をはいた学生は、慇懃に、かう答へた。――だから、先生はストリントベルクが、簡勁な筆で論評を加へて居る各種の演出法に対しても、先生自身の意見と云ふものは、全然ない。唯、それが、先生の留学中、西洋で見た芝居の或るものを聯想させる範囲で、幾分か興味を持つ事が出来るだけである。云はば、中学の英語の教師が、イデイオムを探す為に、バアナアド・シヨウの脚本を読むと、別に大した相違はない。が、興味は、曲りなりにも、興味である。
穿着小仓裙裤的学生恭敬答道。所以,先生对于斯特林堡以简劲的笔调加以评论的各种表演方法,完全说不出自己的意见。他只能联想起留学期间在西方看过的戏剧,产生几分兴趣。这与中学英语教师为了搜寻惯用语而去读萧伯纳的剧本,并没有多大差别。不过,纵然是勉勉强强的兴趣,毕竟也算是兴趣。
ヴエランダの天井からは、まだ灯をともさない岐阜提灯が下つてゐる。さうして、籐椅子の上では、長谷川謹造先生が、ストリントベルクのドラマトウルギイを読んでゐる。自分は、これだけの事を書きさへすれば、それが、如何に日の長い初夏の午後であるか、読者は容易に想像のつく事だらうと思ふ。しかし、かう云つたからと云つて、決して先生が無聊に苦しんでゐると云ふ訳ではない。さう解釈しようとする人があるならば、それは自分の書く心もちを、わざとシニカルに曲解しようとするものである。――現在、ストリントベルクさへ、先生は、中途でやめなければならなかつた。何故と云へば、突然、訪客を告げる小間使が、先生の清興を妨げてしまつたからである。世間は、いくら日が長くても、先生を忙殺しなければ、止まないらしい。……
檐廊的天花板上悬挂着尚未点亮的岐阜灯笼,长谷川谨造先生在藤椅上读着斯特林堡的《表演法》。我只要写下这幅场景,读者大约很容易想象,那是一个何等悠长的初夏午后。但这决不是说先生无所事事、百无聊赖,若有人如此解释,便是故意曲解,误会我在嘲讽先生。——现在,连斯特林堡,先生也不得不暂且放下,因为女佣忽然报告有客来访,打扰了他的清兴。看来,无论白昼多么悠长,世人却是不把先生累坏,便不肯罢休。
先生は、本を置いて、今し方小間使が持つて来た、小さな名刺を一瞥した。象牙紙に、細く西山篤子と書いてある。どうも、今までに逢つた事のある人では、ないらしい。交際の広い先生は、籐椅子を離れながら、それでも念の為に、一通り、頭の中の人名簿を繰つて見た。が、やはり、それらしい顔も、記憶に浮んで来ない。そこで、栞代りに、名刺を本の間へはさんで、それを籐椅子の上に置くと、先生は、落着かない容子で、銘仙8の単衣の前を直しながら、ちよいと又、鼻の先の岐阜提灯へ眼をやつた。誰もさうであらうが、待たせてある客より、待たせて置く主人の方が、かう云ふ場合は多く待遠しい。尤も、日頃から謹厳な先生の事だから、これが、今日のやうな未知の女客に対してでなくとも、さうだと云ふ事は、わざわざ断る必要もないであらう。
先生放下书,瞥了一眼女佣拿来的小小名片,象牙纸上笔画纤细地写着“西山笃子”。好像并不认识这个人。交际广阔的先生从藤椅上站起,又慎重地回想了一遍头脑中的姓名簿,但记忆中依然没有这个人浮现出来。于是,先生把名片夹在书里,把书放在藤椅上,一边有点不安地整理着平纹绸单衣的前襟,一边又瞟了一眼头顶的岐阜灯笼。说起来,比起等待主人的客人来,让客人等待的主人往往更加心焦,这大概是人之常情。况且先生一向严谨,纵然不是像今天这样面对未知的女客,他也是一样。
やがて、時刻をはかつて、先生は、応接室の扉をあけた。中へはいつて、おさへてゐたノツブを離すのと、椅子にかけてゐた四十恰好の婦人の立上つたのとが、殆、同時である。客は、先生の判別を超越した、上品な鉄御納戸の単衣を着て、それを黒の絽の羽織が、胸だけ細く剰した所に、帯止めの翡翠を、涼しい菱の形にうき上らせてゐる。髪が、丸髷に結つてある事は、かう云ふ些事に無頓着な先生にも、すぐわかつた。日本人に特有な、丸顔の、琥珀色の皮膚をした、賢母らしい婦人である。先生は、一瞥して、この客の顔を、どこかで見た事があるやうに思つた。
片刻之后,先生估摸着时间,打开客室的门走了进去,随即放开握着的门把手。与此同时,坐在椅子上的一位四十上下的妇人也站起身来。客人身穿超出了先生辨别范围的、优雅的铁青色单衣,罩着黑罗纱外褂,胸前细细的衣缝处缀着一个翡翠带扣,带扣的菱形纹样清新鲜明。妇人梳的是圆髻,即便对这些琐事全不在意的先生也一见便知。她长着日本人特有的圆脸,琥珀色的皮肤,看上去是一位贤妻良母。先生一瞥之下,便觉得这位客人似曾相识。
――私が長谷川です。
“我是长谷川。”
先生は、愛想よく、会釈した。かう云へば、逢つた事があるのなら、向うで云ひ出すだらうと思つたからである。
先生和蔼地颔首致意。他想,如此一来,如果以前曾经见过,对方就会先说出来。
――私は、西山憲一郎の母でございます。
“我是西山宪一郎的母亲。”
婦人は、はつきりした声で、かう名乗つて、それから、叮嚀に、会釈を返した。
妇人声音清晰地自报身份,恭敬地鞠躬还礼。
西山憲一郎と云へば、先生も覚えてゐる。やはりイブセンやストリントベルクの評論を書く生徒の一人で、専門は確か独法だつたかと思ふが、大学へはいつてからも、よく思想問題を提げては、先生の許に出入した。それが、この春、腹膜炎に罹つて、大学病院へ入院したので、先生も序ながら、一二度見舞ひに行つてやつた事がある。この婦人の顔を、どこかで見た事があるやうに思つたのも、偶然ではない。あの眉の濃い、元気のいい青年と、この婦人とは、日本の俗諺が、瓜二つと形容するやうに、驚く程、よく似てゐるのである。
先生记得西山宪一郎,那是写易卜生、斯特林堡评论的学生之一,专业好像是德国法律,进入大学之后,经常向先生请教思想问题。今年春天,西山宪一郎罹患腹膜炎,住进了大学医院,先生也曾顺便去探望过一两次。先生觉得这位妇人似曾相识,并非出于偶然。那位神采奕奕的浓眉青年,和眼前的妇人惊人地相似,正如俗语说的“一个模子印出来似的”。
――はあ、西山君の……さうですか。
“哦,西山君的……这样啊。”
先生は、独りで頷きながら、小さなテエブルの向うにある椅子を指した。
先生点着头,指了指小桌对面的椅子。
――どうか、あれへ。
“您请坐。”
婦人は、一応、突然の訪問を謝してから、又、叮嚀に礼をして、示された椅子に腰をかけた。その拍子に、袂から白いものを出したのは手巾であらう。先生は、それを見ると、早速テエブルの上の朝鮮団扇をすすめながら、その向う側の椅子に、座をしめた。
妇人先为突然来访致歉,又礼貌地道谢,才坐到先生指的椅子上,顺势从袖兜里取出一块白色的东西,好像是手绢。先生见状,赶紧请她用桌上的朝鲜团扇,自己也坐到对面椅子上。
――結構なおすまひでございます。
“府上真气派啊。”
婦人は、稍、わざとらしく、室の中を見廻した。
妇人稍有些刻意地环顾室内。
――いや、広いばかりで、一向かまひません。
“哪里,只是大一些,全不足道。”
かう云ふ挨拶に慣れた先生は、折から小間使の持つて来た冷茶を、客の前に直させながら、直に話頭を相手の方へ転換した。
这种应酬是先生谙熟的,女佣端来凉茶,先生放到客人面前,立刻将话题转到了对方身上。
――西山君は如何です。別段御容態に変りはありませんか。
“西山君怎样了?病好些了吧?”
――はい。
“是。”
婦人は、つつましく両手を膝の上に重ねながら、ちよいと語を切つて、それから、静にかう云つた。やはり、落着いた、滑な調子で云つたのである。
妇人端正地将双手叠放在膝上,稍稍停顿了一下,然后静静开口,语调依然沉稳而流利。
――実は、今日も伜の事で上つたのでございますが、あれもとうとう、いけませんでございました。在生中は、いろいろ先生に御厄介になりまして……
“实际上,今天我正是为了小儿的事才来府上拜访。他终于过世了。他活着的时候,蒙先生多方照料……”
婦人が手にとらないのを遠慮だと解釈した先生は、この時丁度、紅茶茶碗を口へ持つて行かうとしてゐた。なまじひに、くどく、すすめるよりは、自分で啜つて見せる方がいいと思つたからである。所が、まだ茶碗が、柔な口髭にとどかない中に、婦人の語は、突然、先生の耳をおびやかした。茶を飲んだものだらうか、飲まないものだらうか。――かう云ふ思案が、青年の死とは、全く独立して、一瞬の間、先生の心を煩はした。が、何時までも、持ち上げた茶碗を、片づけずに置く訳には行かない。そこで先生は思切つて、がぶりと半碗の茶を飲むと、心もち眉をひそめながら、むせるやうな声で、「そりやあ」と云つた。
这时,先生正好将红茶的茶碗端向口边。他以为妇人不端茶碗是出于客气,心想与其多费唇舌劝客人用茶,不如自己率先喝茶更好些。可是,茶碗还没有碰到先生柔软的髭须,妇人的话突然在他耳边震响。这茶是喝,还是不喝?这一念头完全独立于青年的死,一瞬间扰乱了先生的心绪。可是,已经端起来的茶碗,总不能永远端着不动。先生狠狠心,猛地喝了半碗茶,微微皱着眉,声音沉重地“啊”了一声。
――……病院に居りました間も、よくあれがお噂など致したものでございますから、お忙しからうとは存じましたが、お知らせかたがた、お礼を申上げようと思ひまして……
“小儿在医院期间,经常念叨先生,所以虽然知道您一定很忙,我还是前来打扰,除了告诉您小儿的事,再就是向您道谢……”
――いや、どうしまして。
“哪里,实不敢当。”
先生は、茶碗を下へ置いて、その代りに青い蝋を引いた団扇をとりあげながら、憮然として、かう云つた。
先生放下茶碗,拿起涂了青蜡的团扇,恻然说道:
――とうとう、いけませんでしたかなあ。丁度、これからと云ふ年だつたのですが……私は又、病院の方へも御無沙汰してゐたものですから、もう大抵、よくなられた事だとばかり、思つてゐました――すると、何時になりますかな、なくなられたのは。
“终于还是回天无力啊。正是前途无量的年龄……我很久没有医院那边的消息,一直以为大概已经痊愈了……是什么时候的事?”
――昨日が、丁度初七日でございます。
“昨天正好是头七。”
――やはり病院の方で……
“是在医院里过世的?”
――さやうでございます。
“是的。”
――いや、実際、意外でした。
“唉,真意外。”
――何しろ、手のつくせる丈は、つくした上なのでございますから、あきらめるより外は、ございませんが、それでも、あれまでに致して見ますと、何かにつけて、愚痴が出ていけませんものでございます。
“无论如何,我们能做的事,都已经尽力了,所以只能认命。到了这个地步,也不能再抱怨什么了。”
こんな対話を交換してゐる間に、先生は、意外な事実に気がついた。それは、この婦人の態度なり、挙措なりが、少しも自分の息子の死を、語つてゐるらしくないと云ふ事である。眼には、涙もたまつてゐない。声も、平生の通りである。その上、口角には、微笑さへ浮んでゐる。これで、話を聞かずに、外貌だけ見てゐるとしたら、誰でも、この婦人は、家常茶飯事を語つてゐるとしか、思はなかつたのに相違ない。――先生には、これが不思議であつた。
两人交谈的时候,先生发现了一个意外的事实。那就是,妇人的态度和举止,完全不像在谈论自己孩子的死。她的眼中并没有泪水,声音如常,甚至嘴角还浮现出微笑。若是不听谈话的内容,仅仅看外表的话,谁都会以为妇人只是在闲聊些家常话。先生觉得难以理解。
――昔、先生が、伯林に留学してゐた時分の事である。今のカイゼルのおとうさんに当る、ウイルヘルム第一世が、崩御された。先生は、この訃音を行きつけの珈琲店で耳にしたが、元より一通りの感銘しかうけやうはない。そこで、何時ものやうに、元気のいい顔をして、杖を脇にはさみながら、下宿へ帰つて来ると、下宿の子供が二人、扉をあけるや否や、両方から先生の頸に抱きついて、一度にわつと泣き出した。一人は、茶色のジヤケツトを着た、十二になる女の子で、一人は、紺の短いズボンをはいた、九つになる男の子である。子煩悩9な先生は、訳がわからないので、二人の明い色をした髪の毛を撫でながら、しきりに「どうした。どうした。」と云つて慰めた。が、子供は中々泣きやまない。さうして、洟をすすり上げながら、こんな事を云ふ。
从前,先生在柏林留学的时候,如今的德皇威廉二世的父亲威廉一世驾崩。先生是在一家熟识的咖啡店里听到这个讣闻的,当然,他只是寻常地感慨了一下,便像平时一样,将手杖夹在肋下,精神饱满地回住处了。可是当他一打开门,房东家的两个孩子便一边一个扑上来,抱住先生的脖子,哇哇大哭起来。一个是十二岁的女孩,穿着茶色夹克衫,一个是九岁的男孩,穿着藏青色短裤。先生不明所以,但他最疼爱孩子,忙抚摸着两个孩子色泽明亮的头发,连连安慰“不哭,不哭”。可是,孩子们怎么也止不住哭声,过了好一会儿,才抽抽搭搭地说:
――おぢいさまの陛下が、おなくなりなすつたのですつて。
“陛下爷爷去世了!”
先生は、一国の元首の死が、子供にまで、これ程悲まれるのを、不思議に思つた。独り皇室と人民との関係と云ふやうな問題を、考へさせられたばかりではない。西洋へ来て以来、何度も先生の視聴を動かした、西洋人の衝動的な感情の表白が、今更のやうに、日本人たり、武士道の信者たる先生を、驚かしたのである。その時の怪訝と同情とを一つにしたやうな心もちは、未に忘れようとしても、忘れる事が出来ない。――先生は、今も丁度、その位な程度で、逆に、この婦人の泣かないのを、不思議に思つてゐるのである。
先生大为不解,一国元首的死居然能让小孩子这么悲伤。这不能仅仅认为是皇室与民众的关系的问题。自从来到西方,西洋人冲动的感情数次使先生有所触动,而这一次经历,更加令身为日本人、且是武士道信徒的先生震惊。至今,先生仍无法忘怀当时惊讶与同情相交织的心情。——而此时恰恰相反,眼前的妇人没有落泪,先生的不解实不亚于当年。
が、第一の発見の後には、間もなく、第二の発見が次いで起つた。――
在这个发现之后,没过一会儿,先生又有了第二个发现。
丁度、主客の話題が、なくなつた青年の追懐から、その日常生活のデイテイルに及んで、更に又、もとの追懐へ戻らうとしてゐた時である。何かの拍子で、朝鮮団扇が、先生の手をすべつて、ぱたりと寄木10の床の上に落ちた。会話は無論寸刻の断続を許さない程、切迫してゐる訳ではない。そこで、先生は、半身を椅子から前へのり出しながら、下を向いて、床の方へ手をのばした。団扇は、小さなテエブルの下に――上靴にかくれた婦人の白足袋の側に落ちてゐる。
主客的话题从对过世青年的追忆,说到日常生活的细节,然后,又回到了原来的怀念主题。就在这时,先生手中的朝鲜团扇一滑,啪地落在了拼木地板上。谈话当然没有急切到刻不容缓的程度,于是先生将上半身探到椅子前,把手伸向地板。团扇落在小桌下,就在穿着室内鞋的妇人的白布袜旁边。
その時、先生の眼には、偶然、婦人の膝が見えた。膝の上には、手巾を持つた手が、のつてゐる。勿論これだけでは、発見でも何でもない。が、同時に、先生は、婦人の手が、はげしく、ふるへてゐるのに気がついた。ふるへながら、それが感情の激動を強ひて抑へようとするせゐか、膝の上の手巾を、両手で裂かないばかりに緊く、握つてゐるのに気がついた。さうして、最後に、皺くちやになつた絹の手巾が、しなやかな指の間で、さながら微風にでもふかれてゐるやうに、繍のある縁を動かしてゐるのに気がついた。――婦人は、顔でこそ笑つてゐたが、実はさつきから、全身で泣いてゐたのである。
这时,先生的目光偶然看到了妇人的膝盖,她的手放在膝盖上,手里握着手绢。当然,仅仅如此,并不算什么发现,可是,先生察觉到妇人的手正在剧烈地颤抖,也许她想极力抑制激动的情绪。她的双手一边颤抖,一边紧紧地攥着膝盖上的手绢,几乎要把手绢撕裂。皱巴巴的丝绸手绢攥在妇人柔韧的手指间,仿佛被微风吹拂似的,绣花的边缘在微微抖动。——妇人脸上在微笑,但其实从刚才起,她的全身都在哭泣。
団扇を拾つて、顔をあげた時に、先生の顔には、今までにない表情があつた。見てはならないものを見たと云ふ敬虔な心もちと、さう云ふ心もちの意識から来る或満足とが、多少の芝居気で、誇張されたやうな、甚、複雑な表情である。
先生拾起团扇,抬起头来,他的脸上露出一种前所未有的表情。那是看到了不该看到的事物的虔敬之心,以及意识到此种心情而带来的满足感,这两种情绪经过少许粉饰夸张之后,形成了一种极为复杂的表情。
――いや、御心痛は、私のやうな子供のない者にも、よくわかります。
“唉,虽然我没有孩子,但非常理解您的心痛。”
先生は、眩しいものでも見るやうに、稍、大仰に、頸を反らせながら、低い、感情の籠つた声でかう云つた。
先生像看某种耀眼的东西似的,稍稍夸张地仰起脖颈,用低沉而饱含感情的声音说道。
――有難うございます。が、今更、何と申しましても、かへらない事でございますから……
“非常感谢您。事到如今,再说什么,都已经无法挽回了……”
婦人は、心もち頭を下げた。晴々した顔には、依然として、ゆたかな微笑が、たたへてゐる。――
妇人略略低头致意,表情开朗的脸上依然漾着端庄大方的微笑。
それから、二時間の後である。先生は、湯にはいつて、晩飯をすませて、食後の桜実をつまんで、それから又、楽々と、ヴエランダの籐椅子に腰を下した。
两小时后,先生洗过澡,用罢晚餐,吃过了餐后的樱桃,又舒舒服服地坐到了檐廊的藤椅上。
長い夏の夕暮は、何時までも薄明りをただよはせて、硝子戸をあけはなした広いヴエランダは、まだ容易に、暮れさうなけはひもない。先生は、そのかすかな光の中で、さつきから、左の膝を右の膝の上へのせて、頭を籐椅子の背にもたせながら、ぼんやり岐阜提灯の赤い房を眺めてゐる。例のストリントベルクも、手にはとつて見たものの、まだ一頁も読まないらしい。それも、その筈である。――先生の頭の中は、西山篤子夫人のけなげな振舞で、未だに一ぱいになつてゐた。
悠长夏日的黄昏,空中久久地浮动着微光,宽阔的檐廊上,玻璃窗大开着,天色并不容易黑沉下来。先生坐在微明之中,将左膝交叠在右膝之上,头靠在藤椅背上,望着岐阜灯笼的红流苏出神。斯特林堡的那本书拿在手上,却一页没有读。这也难怪,先生的头脑中还满满的都是西山笃子女士那充满勇气的举止。
先生は、飯を食ひながら、奥さんに、その一部始終を、話して聞かせた。さうして、それを、日本の女の武士道だと賞讃した。日本と日本人とを愛する奥さんが、この話を聞いて、同情しない筈はない。先生は、奥さんに熱心な聴き手を見出した事を、満足に思つた。奥さんと、さつきの婦人と、それから岐阜提灯と――今では、この三つが、或倫理的な背景を持つて、先生の意識に浮んで来る。
晚餐时,先生将事情的来龙去脉告诉了夫人,并称赞那是日本女性的武士道。夫人热爱日本和日本人,听了这番话,自然心生同情。先生见夫人认真地倾听,感到很满意。夫人、下午的妇人,以及岐阜灯笼——如今,这三者在某种伦理背景下,浮现在先生的意识中。
先生はどの位、長い間、かう云ふ幸福な回想に耽つてゐたか、わからない。が、その中に、ふと或雑誌から、寄稿を依頼されてゐた事に気がついた。その雑誌では「現代の青年に与ふる書」と云ふ題で、四方の大家に、一般道徳上の意見を徴してゐたのである。今日の事件を材料にして、早速、所感を書いて送る事にしよう。――かう思つて、先生は、ちよいと頭を掻いた。
先生沉浸在幸福的回想中,不知道过了多久,他忽然想起有家杂志向自己约稿。那杂志就《给现代青年的书》这一题目,向各界大家们征求道德上的意见。就以今天的事情为材料,写一篇感想寄过去吧。这么想着,先生搔了搔头。
掻いた手は、本を持つてゐた手である。先生は、今まで閑却されてゐた本に、気がついて、さつき入れて置いた名刺を印に、読みかけた頁を、開いて見た。丁度、その時、小間使が来て、頭の上の岐阜提灯をともしたので、細い活字も、さほど読むのに煩はしくない。先生は、別に読む気もなく、漫然と眼を頁の上に落した。ストリントベルクは云ふ。――
先生搔头的手,本来是拿着书的。先生察觉到自己一直没理会那本书,于是循着先前放进去的名片,翻开了读到的那一页。正好这时女佣过来点亮了头上的岐阜灯笼,密密的铅字读来也就不费劲了。先生漫不经心地将视线落到书页上,斯特林堡如此写道:
――私の若い時分、人はハイベルク夫人の、多分巴里から出たものらしい、手巾のことを話した。それは、顔は微笑してゐながら、手は手巾を二つに裂くと云ふ、二重の演技であつた、それを我等は今、臭味と名づける。……
我年轻的时候,听人说过海贝尔克夫人的手绢的故事,那大概是从巴黎传出来的——就是脸上微笑、手却将手绢撕成两半的双重演技。现在,我们称那为“习气”……
先生は、本を膝の上に置いた。開いたまま置いたので、西山篤子と云ふ名刺が、まだ頁のまん中にのつてゐる。が、先生の心にあるものは、もうあの婦人ではない。さうかと云つて、奥さんでもなければ日本の文明でもない。それらの平穏な調和を破らうとする、得体の知れない何物かである。ストリントベルクの指弾した演出法と、実践道徳上の問題とは、勿論ちがふ。が、今、読んだ所からうけとつた暗示の中には、先生の、湯上りののんびりした心もちを、擾さうとする何物かがある。武士道と、さうしてその型と――
先生把书放到膝盖上。书是敞开的,西山笃子的名片还放在书页的正中间。可是,先生思考的已经不再是那位妇人,而且,也不是夫人或日本文明。先生思索的是那试图破坏这三者间的稳定和谐的、来历不明的东西。斯特林堡所指责的表演法,与实践道德上的问题当然不同。可是,从刚才那段话获得的暗示中,有某种东西扰乱了先生沐浴后的悠闲心情。武士道与类型化表演……
先生は、不快さうに二三度頭を振つて、それから又上眼を使ひながら、ぢつと、秋草を描いた岐阜提灯の明い灯を眺め始めた。……
先生不快地连连摇头,又抬起眼睛,一动不动地望着描绘着秋草图案、明亮的岐阜灯笼。
(大正五年九月)
Footnotes
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ストリントベルク (Johan August Strindberg, 1849-1912):瑞典作家、剧作家,瑞典现代文学的奠基人,代表作《被放逐者》 ↩
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ドラマトウルギイ ([独] Dramaturgie):编剧学 ↩
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デ・プロフンデイス ([拉] De Profundis):王尔德于1897年在雷丁监狱服刑期间,写给他的同性恋人阿尔弗雷德·道格拉斯的一封长信。信中充满了爱恨交织的复杂情感,既有对道格拉斯挥霍、虚荣、背叛的愤怒指责,也包含了对自身过往行为的深刻反省与忏悔 ↩
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インテンシヨンズ:王尔德的散文集,文艺评论随笔集,唯美主义核心文论 ↩
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岐阜提灯:日本有名的传统工艺品。通常为椭圆形吊灯,在细骨上张以美浓和纸等薄纸,绘有美丽图案 ↩
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動もすれば:[副]とかくある状況になりやすいさま ↩
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太閤記:以丰臣秀吉为主人公的戏剧。尾上梅幸是一个歌舞伎演员世家的称号,此处指第六代 ↩
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銘仙:[名]玉糸・紡績絹糸などで織った絹織物 ↩
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子煩悩:[名・形動]自分の子を大変かわいがるさま ↩
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寄木:[名]木片や木材を組み合わせること ↩