谷崎潤一郎: 细雪(上) 十九
first published:『中央公論』1943年1月号・3月号
audio: https://www.youtube.com/watch?v=FRxgsBJXghE
desc: 在大阪船场坐拥百年老店、历史底蕴深厚的莳冈家,鹤子、幸子、雪子、妙子四姐妹交织出百态人情。小说如华美画卷,循着四季流转,细致描绘出昭和十年间关西上流社会的日常光景。
三女雪子是四姐妹中容貌最为出众之人,婚事却屡屡未果,年过三十依旧独身。幸子夫妇为此忧心不已、四处奔走,性格沉默寡言的雪子却对每一门亲事都无意应允,岁月便这般缓缓流逝。
幸子は昔、貞之助と新婚旅行に行った時に、箱根の旅館で食い物の好き嫌いの話が出、君は魚では何が一番好きかと聞かれたので、「鯛やわ」と答えて貞之助に可笑しがられたことがあった。貞之助が笑ったのは、鯛とはあまり月並過ぎるからであったが、しかし彼女の説に依ると、形から云っても、味から云っても、鯛こそは最も日本的なる魚であり、鯛を好かない日本人は日本人らしくないのであった。彼女のそう云う心の中には、自分の生れた上方こそは、日本で鯛の最も美味な地方、―――従って、日本の中でも最も日本的な地方であると云う誇りが潜んでいるのであったが、同様に彼女は、花では何が一番好きかと問われれば、躊躇なく桜と答えるのであった。
当年,幸子和贞之助新婚旅行时,住在箱根的旅馆里,曾谈及对食物的嗜好。贞之助问她最喜欢吃什么鱼?她回答说:“鲷鱼呗。”贞之助笑话了她好一阵,因为他觉得鲷鱼过于平凡。可是据幸子看来,这种鱼无论形态还是味道都是最具日本风味的,不喜欢鲷鱼的日本人简直就不像日本人。在她心目中只有自己生长的京都、大阪地区,才是味道最美的鲷鱼的产地,从而她隐含一种矜耀的心理,认为只有这些地方最能代表日本的风貌。同样,你要问她最喜欢什么花,她会毫不踌躇地回答说:“樱花。”
古今集1の昔から、何百首何千首となくある桜の花に関する歌、―――古人の多くが花の開くのを待ちこがれ、花の散るのを愛惜して、繰り返し繰り返し一つことを詠んでいる数々の歌、―――少女の時分にはそれらの歌を、何と云う月並なと思いながら無感動に読み過して来た彼女であるが、年を取るにつれて、昔の人の花を待ち、花を惜しむ心が、決してただの言葉の上の「風流がり」ではないことが、わが身に沁みて分るようになった。そして、毎年春が来ると、夫や娘や妹たちを誘って京都へ花を見に行くことを、ここ数年来欠かしたことがなかったので、いつからともなくそれが一つの行事のようになっていた。この行事には、貞之助と悦子とは仕事や学校の方の都合で欠席したことがあるけれども、幸子、雪子、妙子の三姉妹の顔が揃わなかったことは一度もなく、幸子としては、散る花を惜しむと共に、妹たちの娘時代を惜しむ心も加わっていたので、来る年毎に、口にこそ出さね、少くとも雪子と一緒に花を見るのは、今年が最後ではあるまいかと思い思いした。その心持は雪子も妙子も同様に感じているらしくて、大方の花に対しては幸子ほどに関心を持たない二人だけれども、いつも内々この行事を楽しみにし、もう早くから、―――あのお水取の済む頃から、花の咲くのを待ち設け、その時に着て行く羽織や帯や長襦袢の末にまで、それとなく心づもりをしている様子が余所目にも看て取れるのであった。
自《古今集》以来,有关樱花的诗歌何止千万?很多古人急不可耐地盼着樱花开满枝头,又百般惋惜樱花匆匆凋落,反反复复吟咏这一主题,留下无数诗歌。在少女时代,幸子读这些诗歌时,认为写得平凡,大都毫无感触,匆匆读过完事。随着岁月流逝,自己也亲身感受到昔人盼花、惜花的心声,绝非徒有言辞的自命风雅。因而每逢春暖花开时节,幸子总是邀丈夫、女儿和妹妹们去京都赏花,几年来从未误过一次,不知不觉竟形成了一种惯例。不过,贞之助和悦子有时因为上班和上学而缺席,但是幸子、雪子、妙子三姐妹却是每年必去。幸子在叹惜落花的同时,还痛惜两位妹妹的青春易逝,因此每年赏花时节,幸子口中虽没说,心里却在默念:今年恐怕是最后一次和雪子一起看花了吧。她的这种心情,雪子和妙子似乎同样体察到了,不过大致上不如幸子那样关心花事。可是,她们内心却总是乐于循此惯例踏青看花,而且从过了汲水节,就期盼着樱花开放,甚至连赏花时穿的外褂、腰带以及长衬衫等都在暗中准备着。那情形,旁人一眼就可看出来的。
さて、いよいよその季節が来て、何日頃が見頃であると云う便りがあっても、貞之助と悦子のために土曜日曜を選ばなければならないので、花の盛りに巧く行き合わせるかどうかと、雨風につけて彼女たちは昔の人がしたような「月並な」心配をした。花は蘆屋の家の附近にもあるし、阪急電車の窓からでも幾らも眺められるので、京都に限ったことはないのだけれども、鯛でも明石鯛でなければ旨がらない幸子は、花も京都の花でなければ見たような気がしないのであった。去年の春は貞之助がそれに反対を唱え、たまには場所を変えようと云い出して、錦帯橋まで出かけて行ったが、帰って来てから、幸子は何か忘れ物をしたようで、今年ばかりは春らしい春に遇わないで過ぎてしまうような心地がし、又貞之助を促して京都に出かけて、漸く御室2の厚咲きの花に間に合ったような訳であった。
终于,那樱花时节姗姗来临,虽有消息说哪几天花事最盛,最宜赏玩,但为了将就贞之助和悦子,必须选在星期六和星期日。至于是否正好遇上盛花时分,是否会遇上风雨,她们也不能免俗地和古人同样有种种担心。芦屋的分家附近也有樱花,坐在阪急电车上朝窗外望去,也可以远眺樱花如云的美景,并不一定要去京都。可是,幸子认为鲷鱼不是明石鲷就不鲜美,不是京都的樱花,看了也等于白看。去年春天,由于贞之助唱反调,提议偶尔改换游地,于是到锦带桥去了。可是回来以后,幸子怅然若失,说是“只有今年春天过得不像个春天”,还是逼着贞之助到京都去,总算赶上了观赏御室盛开的晚樱。
で、常例としては、土曜日の午後から出かけて、南禅寺の瓢亭3で早めに夜食をしたため、これも毎年欠かしたことのない都踊4を見物してから帰りに祇園の夜桜を見、その晩は麩屋町の旅館に泊って、明くる日嵯峨から嵐山へ行き、中の島の掛茶屋あたりで持って来た弁当の折を開き、午後には市中に戻って来て、平安神宮の神苑の花を見る。そして、その時の都合で、悦子と二人の妹たちだけ先に帰って、貞之助と幸子はもう一と晩泊ることもあったが、行事はその日でおしまいになる。
按照惯例,他们在星期六下午出门,在南禅寺的瓢亭提早吃了晚餐。观看了每年必不可少的都踊以后,在归途中于祇园夜赏樱花,当晚投宿在麸屋町的旅馆,第二天从嵯峨去岚山,在中之岛的临时茶棚附近打开带来的便当盒用餐,下午返回市内,到平安神宫的神苑赏花。有时会让两位妹妹和悦子先回去,贞之助和幸子再留宿京都一晚,这一年一度的赏花盛事便在当天结束。
彼女たちがいつも平安神宮行きを最後の日に残して置くのは、この神苑の花が洛中5に於ける最も美しい、最も見事な花であるからで、円山公園の枝垂桜が既に年老い、年々に色褪せて行く今日では、まことに此処の花を措いて京洛の春を代表するものはないと云ってよい。されば、彼女たちは、毎年二日目の午後、嵯峨方面から戻って来て、まさに春の日の暮れかかろうとする、最も名残の惜しまれる黄昏の一時を選んで、半日の行楽にやや草臥れた足を曳きずりながら、この神苑の花の下をさまよう。そして、池の汀、橋の袂、路の曲り角、廻廊の軒先、等にある殆ど一つ一つの桜樹の前に立ち止って歎息し、限りなき愛着の情を遣るのであるが、蘆屋の家に帰ってからも、又あくる年の春が来るまで、その一年じゅう、いつでも眼をつぶればそれらの木々の花の色、枝の姿を、眼瞼の裡に描き得るのであった。
她们总是把去平安神宫安排在最后一天,因为这里神苑的樱花,在京都之内最是绚丽多姿,引人瞩目,圆山公园的垂枝樱已经衰老、姿色年年减退的今天,可说除了此处的樱花,无处能代表京都的春色。她们在每年赏花的第二天下午,从嵯峨方面回来时,正是春日日暮时分,特别选了这令人平添许多留恋惋惜的黄昏,曳着行乐半日稍感疲乏的双足,在这神苑的樱花树下徘徊。在池畔,在桥头,在花径曲隐深处,在回廊画檐之前,她们几乎在每一株樱花树下流连、欣赏、赞叹,抒发无限的深情。回到芦屋家中后,直到来年春天,一年之中,那众多的樱花颜色、枝条姿态,总是在眼前浮现,宛然一幅图画。
今年も幸子たちは、四月の中旬の土曜から日曜へかけて出かけた。袂の長い友禅の晴れ着などを、一年のうちに数える程しか着せられることのない悦子は、去年の花見に着た衣裳が今年は小さくなっているので、たださえ着馴れないものを窮屈そうに着、この日だけ特別に薄化粧をしているために面変りのした顔つきをして、歩く度毎にエナメル6の草履の脱げるのを気にしていたが、瓢亭の狭い茶座敷にすわらせられると、つい洋服の癖が出て膝が崩れ、上ん前がはだけて膝小僧が露われるのを、「それ、悦ちゃん、弁天小僧7」と云って、大人達は冷やかした。悦子はまだ箸の持ち方がほんとうでなく、子供独得の変な持ち方をする上に、袂が手頸に絡み着いて洋服の時とは勝手が違うせいか、物をたべるのも不自由らしく、八寸8に載って出た慈姑をひょいと挟もうとして、箸の間から落した拍子に、慈姑が濡れ縁から庭にころげて、青苔の上をころころと走って行ったのには、悦子も大人達も声を挙げて笑ったが、それが今年の行事に於ける最初の滑稽な出来事であった。
幸子他们今年也是在四月中旬的星期六和星期日到京都去赏花。悦子穿的印花绸子的长袖和服,一年也穿不上几次,去年赏花时穿的衣裳今年已经小了,加上本来她就穿不惯和服,今天穿来更显拘束。悦子今天破例薄薄地敷了脂粉,容颜为之一变。她每走一步都得提防脚穿的漆皮木屐滑脱。在瓢亭狭窄的茶室里,悦子坐在榻榻米上,因平常习惯穿西装,无意中敞开了衣服前襟,露出了膝盖,大人们打趣她说:“喂,小悦,瞧你像个辩天小僧。”悦子拿筷子的姿势不正确,是小孩子那种特有的奇怪拿法,再加上这身装束,袖子缠紧了手脖子,更加束手束脚,吃东西也不灵便。她想夹食案上摆的一团慈姑,那东西却从筷子中间滑落下地,沿走廊滚到院子里,在青苔上骨碌碌翻滚。悦子和大人一起高声大笑。这是今年赏花第一桩引人发笑的事。
明くる日の朝は、先ず広沢の池のほとりへ行って、水に枝をさしかけた一本の桜の樹の下に、幸子、悦子、雪子、妙子、と云う順に列んだ姿を、遍照寺山を背景に入れて貞之助がライカに収めた。この桜には一つの思い出があると云うのは、或る年の春、この池のほとりへ来た時に、写真機を持った一人の見知らぬ紳士が、是非あなた方を撮らして下さいと懇望するままに、二三枚撮って貰ったところ、紳士は慇懃に礼を述べて、もしよく映っておりましたらお送りいたしますからと、所番地を控えて別れたが、旬日の後、約束を違えず送って来てくれた中に素晴らしいのが一枚あった。それはこの桜の樹の下に、幸子と悦子とが彳みながら池の面に見入っている後姿を、さざ波立った水を背景に撮ったもので、何気なく眺めている母子の恍惚とした様子、悦子の友禅の袂の模様に散りかかる花の風情までが、逝く春を詠歎する心持を工まずに現わしていた。以来彼女たちは、花時になるときっとこの池のほとりへ来、この桜の樹の下に立って水の面をみつめることを忘れず、且その姿を写真に撮ることを怠らないのであったが、幸子は又、池に沿うた道端の垣根の中に、見事な椿の樹があって毎年真紅の花をつけることを覚えていて、必ずその垣根のもとへも立ち寄るのであった。
第二天早晨,他们首先来到了广泽池畔,在一株枝叶临水的樱花树下,以整个遍照寺山为背景,贞之助用徕卡相机先后为幸子、悦子、雪子、妙子照了相。关于这株樱花还有一段回忆:有一年春天,他们来这湖旁时,一位陌生绅士手持照相机,恳求她们让他拍照,于是任他拍了两三张,照完后他殷勤致谢,说是效果好的话一定寄给她们,然后记下地址道别而去。他没有爽约,十天以后寄来了其中最好的一张。照片拍的是幸子和悦子伫立在樱花树下凝视湖面的背影。这张照片以泛起涟漪的湖水为背景,将母女俩无意间看得出神的姿态,甚至落花沾在悦子衣袖花纹上的风情,咏叹即将逝去的春天的心情都不假雕饰地表现出来。从那以后,她们每年来赏花时总要来这湖边,忘不了站在这株樱花树下凝望湖水,重拍这种姿势的照片。幸子还记得,湖畔的那条道路边,篱笆内有株好看的山茶花,每年都开出红彤彤的花儿,她也必定到那篱笆前流连一会儿。
大沢の池の堤の上へもちょっと上って見て、大覚寺、清涼寺、天竜寺の門の前を通って、今年もまた渡月橋の袂へ来た。京洛の花時の人の出盛りに、一つの異風を添えるものは、濃い単色の朝鮮服を着た半島の婦人たちの群がきまって交っていることであるが、今年も渡月橋を渡ったあたりの水辺の花の蔭に、参々伍々うずくまって昼食をしたため、中には女だてら9に酔って浮かれている者もあった。幸子たちは、去年は大悲閣で、一昨年は橋の袂の三軒家で、弁当の折詰を開いたが、今年は十三詣り10で有名な虚空蔵菩薩11のある法輪寺の山を選んだ。そして再び渡月橋を渡り、天竜寺の北の竹藪の中の径を、「悦ちゃん、雀のお宿よ」などと云いながら、野の宮の方へ歩いたが、午後になってから風が出て急にうすら寒くなり、厭離庵の庵室を訪れた時分には、あの入口のところにある桜が姉妹たちの袂におびただしく散った。それからもう一度清涼寺の門前に出、釈迦堂前の停留所から愛宕電車で嵐山に戻り、三度渡月橋の北詰に来て一と休みした後、タキシーを拾って平安神宮に向った。
她们走上大泽池的堤上看了一阵,然后走过大觉寺、清凉寺、天龙寺的门前,今年又来到渡月桥的桥头。正值京都赏花人如潮涌的高峰,此时又增添了一种异国情调,许多身着鲜艳的单色朝鲜服的朝鲜妇女,混杂于人流之中。走过渡月桥后,看到附近的水滨花荫里,三三五五的朝鲜妇女正蹲着吃午餐,其中竟有喝得酩酊大醉的。幸子她们去年在大悲阁、前年在桥头的三轩家打开便当盒用膳,今年选在法轮寺的山上。这个寺供奉了以十三朝拜闻名的虚空藏菩萨。餐后他们再次走过渡月桥,踏上了天龙寺北篁竹掩映的一条小路。“小悦,这里是麻雀住的地方!”他们说着朝野宫方向走去。下午起风了,突然有了一些寒意。待走到厌离庵的庵室,那入口处的一株樱花,让风吹落,竟纷纷扬扬飘了不少在姐妹们的衣袂上。后来,他们又一度经过清凉寺的门前,在释迦堂前的车站乘爱宕电车回到岚山。第三次走过渡月桥,在北桥头稍作休息以后,乘出租车前往平安神宫。
あの、神門を這入って大極殿を正面に見、西の廻廊から神苑に第一歩を蹈み入れた所にある数株の紅枝垂、―――海外にまでその美を謳われていると云う名木の桜が、今年はどんな風であろうか、もうおそくはないであろうかと気を揉みながら、毎年廻廊の門をくぐる迄はあやしく胸をときめかすのであるが、今年も同じような思いで門をくぐった彼女達は、忽ち夕空にひろがっている紅の雲を仰ぎ見ると、皆が一様に、「あー」と、感歎の声を放った。この一瞬こそ、二日間の行事の頂点であり、この一瞬の喜びこそ、去年の春が暮れて以来一年に亘って待ちつづけていたものなのである。彼女たちは、ああ、これでよかった、これで今年もこの花の満開に行き合わせたと思って、何がなしにほっとすると同時に、来年の春も亦この花を見られますようにと願うのであるが、幸子一人は、来年自分が再びこの花の下に立つ頃には、恐らく雪子はもう嫁に行っているのではあるまいか、花の盛りは廻って来るけれども、雪子の盛りは今年が最後ではあるまいかと思い、自分としては淋しいけれども、雪子のためには何卒そうであってくれますようにと願う。正直のところ、彼女は去年の春も、去々年の春も、この花の下に立った時にそう云う感慨に浸ったのであり、そのつど、もう今度こそはこの妹と行を共にする最後であると思ったのに、今年も亦、こうして雪子をこの花の蔭に眺めていられることが不思議でならず、何となく雪子が傷ましくて、まともにその顔を見るに堪えない気がするのであった。
进入神宫大门,迎面就是大极殿,从西边的回廊踏进神宫,便有几株红垂樱——这是美名盛传海内外的樱花。今年,那花儿又是怎样一种风姿呢?是不是来迟了不能一睹花容?年复一年,跨进回廊之前,她们的心儿老是令人难以置信地怦怦直跳。她们今年也是怀着同样的心情穿过回廊的门洞,忽地仰头看去,只见傍晚的天空上铺满了锦绣般的红云,大家不约而同惊叹一声“啊!”就在这一瞬间,两天来的赏心乐事达到顶点。这一瞬间的欢乐,正是去年暮春以来漫长的一年中大家所翘首等待的。他们想:啊!这就好了!今年我们赶上了樱花开得最娇妍的时候!在心满意足的同时,他们又愿望明年春天也能欣赏此花的国色天姿。只有幸子暗中思忖:明年我再度站在这花下时,恐怕雪子已经出嫁了吧?花落自有花开日,而雪子的青春却即将消逝,但愿这是她在家做老姑娘的最后一年!我自己虽不免寂寞,但为雪子着想,唯愿那一天早日来临吧。老实说,去年春天,还有前年春天,站在这株树下,幸子也曾沉浸在这种感慨之中,每次都以为这是最后一次和这位妹妹一起赏花。但今年又能在这花荫下看到雪子,真是不可思议!想到这里,她觉得雪子可怜兮兮的,不忍心正面去看她一眼。
桜樹の尽きたあたりには、まだ軟かい芽を出したばかりの楓や樫があり、円く刈り込んだ馬酔木がある。貞之助は、三人の姉妹や娘を先に歩かして、あとからライカを持って追いながら、白虎池の菖蒲の生えた汀を行くところ、蒼竜池の臥竜橋の石の上を、水面に影を落して渡るところ、栖鳳池の西側の小松山から通路へ枝をひろげている一際見事な花の下に並んだところ、など、いつも写す所では必ず写して行くのであったが、此処でも彼女たちの一行は、毎年いろいろな見知らぬ人に姿を撮られるのが例で、ていねいな人は態その旨を申し入れて許可を求め、無躾な人は無断で隙をうかがってシャッターを切った。彼女たちは、前の年には何処でどんなことをしたかをよく覚えていて、ごくつまらない些細なことでも、その場所へ来ると思い出してはその通りにした。たとえば栖鳳池の東の茶屋で茶を飲んだり、楼閣の橋の欄干から緋鯉に麩を投げてやったりなど。
樱花的尽头处,还有刚绽出嫩芽的枫树和橡树以及修剪成圆形的马醉木。贞之助让三姐妹和女儿走在头里,自己拿着徕卡照相机跟在后面;在走到白虎池长满菖蒲的水滨时,在苍龙池的卧龙桥石上人影倒映水中时,从栖凤池西侧的小松山走向大路、在一株株枝丫伸展堆云铺锦的樱花树下四人并排站立时;总之,凡是能够拍照的地方,他都一一摄下了她们的美景倩影。在这里,她们一行每年都要被一些素不相识的人摄入镜头,有礼貌的人会特意请求许可,没教养的人就擅自按下快门。她们对前一年在哪些地方做了什么事情,记得十分清楚,连一些微不足道的小事,走到那个地方,也会原原本本回忆起来,并照样再做一次。譬如,曾经在栖凤池东侧的茶室饮茶,在楼阁的桥栏杆上丢麸饼喂锦鲤。
「あ、お母ちゃん、お嫁さんやわ」と、突然悦子が声を挙げた。見ると、神前結婚を済ました一組が斎館から出て来るところで、花嫁が自動車に乗り移るのを、弥次馬共が両側に列んで覗き込んでいるのである。此方からは白い角かくしと、きらびやかな裲襠の後姿が、硝子戸の中でちらと光ったのを見ただけであったが、実は此処でこう云う一組に行き合わすことも、今年が始めてなのではなかった。そして、いつでも、幸子は何か胸を衝かれるように感じてその前を通り過ぎるのであるが、雪子や妙子は案外平気で、時には弥次馬の中に交って花嫁の出て来るのを待っていたり、花嫁がどんな顔をしていたとか、どんな衣裳を着ていたとか、あとで幸子に話して聴かすのであった。
“啊!妈妈,瞧新娘子!”突然,悦子叫了起来。原来,一对在神社举行了结婚仪式的新人从斋馆出来,准备上汽车,两旁挤满了兴致勃勃瞧热闹的人群。从这儿仅仅看见蒙着白色盖头、身穿礼服的新娘的背影,在汽车玻璃窗内晃了一下。实际上,他们在这里遇见新婚夫妇已经有好多次了。每逢这种场合,幸子总感到心里受到巨大的冲击,急忙走开。但雪子和妙子却意外地平静,有时还混在人群中等着看新娘走出来,事后还要详细告诉幸子新娘长相怎样,衣着如何。
その夕、貞之助と幸子とは、二人だけ残ってもう一晩京都に泊った。夫婦は明くる日、幸子の父が全盛時代に高尾の寺の境内に建立した不動院という尼寺があるのを訪ね、院主の老尼と父の思い出話などをして閑静な半日を暮したが、ここは紅葉の名所なので、今は新緑にも早く、わずかに庭前の筧の傍にある花梨の莟が一つ綻びかけているのを、いかにも尼寺のものらしく眺めなどしながら、山の清水の美味なのに舌鼓を打ちつつコップに何杯もお代りを所望したりして、二十丁の坂路を明るいうちに下った。
那天晚上,贞之助和幸子留在京都又住了一宿。第二天,夫妇俩访问了幸子父亲在其全盛时期出资修建于高尾的神护寺境内的尼庵不动院,和院主老尼追忆亡父的生平,度过了闲静的半日。这里以霜天红叶享有盛名,但是现在为时尚早,树头一片新绿,只有庭院水管旁的花梨树,刚刚绽出一个花骨朵儿。他们一边欣赏这俨然世外的尼庵景致,一边喝了不少杯清冽甘美的山泉,然后趁着天还未黑,赶完两公里多山路,走下山来。
帰りに御室の仁和寺の前を通ったので、まだ厚咲きの桜には間があることが分っていたけれども、せめて枝の下にでも休息して木の芽田楽12をたべるだけでもと、幸子は貞之助を促して境内に這入ったが、ぐずぐずしていて日が暮れると、又もう一晩泊りたくなることが、毎度の経験で知れているので、嵯峨にも、八瀬大原にも、清水にも、方々に心を残しながら、七条駅に駈け付けたのはその日の五時少し過ぎであった。
归途中,他们从御室的仁和寺门前经过,明知这里的樱花盛开尚需时日,幸子还是催促贞之助到树下休息一阵,尝一尝花椒芽酱烤豆腐串,于是又进了仁和寺。根据以往的经验,贞之助知道,这样磨磨蹭蹭到日暮时,幸子会想在外面再睡一宿。所以,随后在嵯峨、八濑大原和清水各处都未停留,意犹未尽地赶到七条车站时,已是下午五点多钟了。
それから二三日立って、或る朝幸子は、貞之助が事務所へ出かけて行ってから、いつものように書斎の整理をしに這入ったが、ふと、夫の机の上に、書翰箋の書き潰しが展べてあって、余白に鉛筆でこんな文句が走らしてあるのを見つけた。―――
两三天后,有一天早晨,贞之助上班去了,幸子像往常一样去整理书房,偶然发现丈夫桌上摆着一张写坏了的信笺,空白处用铅笔写下了这样的和歌:
女学校時代に自分もひとしきり作歌に凝ったことのある幸子は、近頃又、夫の影響で、ノートブックの端などへ思いつくままを書き留めたりして、ひとり楽しんでいたのであったが、それを読むと俄に興が動いて、先日、平安神宮で詠みさしたまま想が纏まらないでしまったものを、暫く考えて次のように纏めてみた。―――
在女子中学时代,幸子也曾一度热衷于写诗,近年来受到丈夫的影响,也常在笔记本上记下不假推敲的诗句,自得其乐。现在读了这首诗,忽地萌动了诗兴,早几天在平安神宫吟咏的一些句子,还未整理成篇,琢磨了一会儿,她想出来了:
彼女はそれを夫の歌のあとの余白へ鉛筆で書き添えて、もとの通り机の上にひろげておいたが、貞之助は夕方帰って来て、それに気が付いたのかどうか何の話もせず、幸子も忘れてしまっていた。が、その明くる朝、彼女が書斎を片附けに行くと、机の上に昨日の通り紙きれが載っていて、彼女の歌の又あとへ、貞之助の手で、それをこう訂正してはと云うつもりなのでもあろうか、次のような歌が記されていた。―――
她用铅笔把诗抄在丈夫那几行诗后的空白处,照原样摆在桌上。贞之助晚上回家后,不知看到没有,什么也没说,幸子也忘记了。第二天早晨,幸子去收拾书房时,发现桌上那信笺还像昨天那样摆着,在幸子的诗后,贞之助像是为她修改似的,写了如下一首:
Footnotes
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古今集:古今和歌集,平安初期首部敕撰和歌集。全 20 卷。延喜五年,奉醍醐天皇敕令,由纪贯之、纪友则、凡河内躬恒、壬生忠岑四人编撰完成 ↩
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御室:位于京都市右京区的地域。地处市区西北部,以仁和寺为核心,范围北至大内山、南达双丘。宇多天皇退位后,于仁和寺设置御居所,由此得名 ↩
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瓢亭:南禅寺前的日本餐馆,自古以南禅寺的门前茶屋闻名 ↩
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都踊:每年4月1日到5月中旬,京都的艺伎在祇园花见小路的歌舞练场举办的舞蹈表演 ↩
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洛中: [名] 京都の市街地の中をさす ↩
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エナメル (enamel): [名] 顔料を含む塗料の総称 ↩
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弁天小僧:歌舞伎『{青砥稿花紅彩画|あおとぞうしはなのにしきえ}』中的登场人物 ↩
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八寸:八寸见方、杉木制成的浅边方盆 ↩
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だてら: [接] 性別や身分・立場などを表す語に付いて、それらの性や身分・立場などにふさわしくない、不相応の意を表す ↩
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十三詣り:虚岁年满十三岁的男女,前往供奉虚空藏菩萨的寺社参拜,祈求消厄除灾、获得智慧与福运的传统仪式 ↩
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虚空蔵菩薩:如同虚空无限包容万物一般,具备无量智慧与福德的菩萨 ↩
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木の芽田楽:以春季山椒嫩芽为核心,搭配豆腐、蔬菜等,裹特制味噌酱烤制 ↩