谷崎潤一郎: 细雪(上) 二十七

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谷崎潤一郎: 细雪(上) 二十七
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first published:『中央公論』1943年1月号・3月号
audio: https://www.youtube.com/watch?v=q3Wm3NFNoFc
desc: 在大阪船场坐拥百年老店、历史底蕴深厚的莳冈家,鹤子、幸子、雪子、妙子四姐妹交织出百态人情。小说如华美画卷,循着四季流转,细致描绘出昭和十年间关西上流社会的日常光景。

三女雪子是四姐妹中容貌最为出众之人,婚事却屡屡未果,年过三十依旧独身。幸子夫妇为此忧心不已、四处奔走,性格沉默寡言的雪子却对每一门亲事都无意应允,岁月便这般缓缓流逝。

見合いは、場所や時刻は追って御知らせ申しますけれども、八日が日がいようですから、八日にさせて戴きたいと、陣場夫人から云って来たので、そのつもりで雪子を呼び寄せたのであったが、五日の夜中に思いもかけぬ事件が起ったために、又しても延期を申し込むことになってしまった。と云うのは、同日の朝、幸子は有馬温泉で病後の療養をしている或る奥さんを見舞うべく、かねて約束してあった友達二三人と連れ立って、電車にすればよかったのに、バスで六甲ろっこう1越えをして有馬へ行った。尤も帰りは神有電車で帰ったのであったが、その夜寝床へ這入ってから、急に出血を見て苦痛を訴え始めたので、櫛田医師に来診して貰ったところ、意外にも流産りゅうざんらしいと云う。で、直ぐ専門医を呼んで貰ったが、矢張櫛田医師の診察の通りで、明くる朝流産を見たのであった。

阵场夫人说过,相亲的地点和时间另行通知,不过,八号是个吉日,希望定在八号这天。幸子本打算照此安排才叫来了雪子。但是,五号晚上发生了一件意想不到的事情,只得要求对方延期。原来就是这天早晨,幸子约好两三位朋友去有马温泉,探望一位病后在那里疗养的太太。本来乘电车去就好了,她们却坐汽车翻越六甲山前往有马。不过,回来是坐的神有电车。那天夜里上床后不久,幸子突然发现下身流血,颇为痛苦。贞之助急忙请栉田医生来出诊。出人意料地,医生说像是流产,于是立刻请来了产科大夫,结果和栉田医生的诊断一致。第二天早晨就流产了。

貞之助は、夜中に幸子が苦しみ出してから自分の寝床を上げさせてしまい、ずっと枕もとに着き切っていたが、翌日も、流産の後始末の時にちょっと席を外しただけで、妻の苦痛がうすらいでからも、とうとう事務所を休んでしまって病室に詰めていた。そして、胴丸の火鉢に両肘をつき、火箸ひばしの頭に両方の掌を重ねたままの姿勢で、俯向き加減に坐ったきり、一日何をするのでもなくじっとしていたが、時々、一杯涙を溜めた妻の眼が自分の方を見上げているのを感じると、ちらりと見返して、

夜里,幸子开始说难受,贞之助就把自己的铺盖卷了起来,一直在她的枕旁伺候。第二天,只是在做流产后的处理时离开了片刻,妻子的痛苦缓解以后,他还是没有去事务所上班,整天守候在病室里。他两条胳膊撑着圆火盆的边缘,一双手掌叠放在火筷子头上,整天无所事事地低头枯坐在那里,时而感到妻子饱含泪水的眼睛朝自己看来,便稍微别过脸去:

「まあ、ええがな、………」と、慰め顔に云った。「………出来たことはしょうがないが」

“哎,算了吧……”他安慰道,“……已经掉了也没法了。”

「あんた、堪忍してくれはるわな」

“你能原谅我吗?”

「何が?」

“怎么了?”

「あたしが不注意やってんわ」

“怪我没注意呀。”

「そんなことがあるもんか。僕は却って前途に希望が湧いたような気イしているねん」

“哪儿的话?我反而觉得将来有希望呢!”

そう云う途端に、妻の眼の中にある涙の玉が大きく膨らんで、破れて、頬に伝わる。―――

听他这样说,妻子两行泪珠夺眶而出,顺着脸颊淌了下来。

「そうかて、残念やわ。………」

“话虽那样说,真可惜呢……”

「もう云わんとき。………きっと又出来るよってに。………」

“不要再说了……一定还会有的。”

夫婦は一日のうちにそんな問答を何回となく繰り返した。そして貞之助は、血の気の失せた青白い妻の顔を視守りながら、自分も落胆の色を隠しきれずにいた。

夫妇俩一日之中不知多少次重复着这样的对话。贞之助注视着妻子失血而苍白的脸色,也不可掩饰地流露出沮丧的神色。

ありていに云うと、幸子はこのところ二度ばかり続けて月のものを見なかったので、ひょっとしたら、と云う予感がしないでもなかったのであるが、何分悦子を生んでから十年近くにもなるし、事に依ったら手術をしないと後が出来ないかも知れないと、医者に云われたこともあったしするので、よもやと思って油断していたのが悪かったのであった。でも、夫が後を欲しがっていることは知っていたし、自分にしても、姉ほどの子福者にはなれないとしても、女の子一人きりでは余り淋しく感じていたので、そうであってくれればよいがと願うところから、三月になったら念のために診て貰う積りではいたのであった。それで昨日、連れの人々が六甲越えをして行こうと云い出した時に、大事を取った方がよくはないかと、ふっとそんな気もしたのだけれども、何を阿呆らしいことをと、それを打ち消す気持の方が遥かに強く働いていたので、折角皆が楽しみにしているらしい計画に、反対する迄もないと思ったのであった。そう云う訳で、油断をしたのには一往いちおう理由のあることなので、必ずしも彼女が責められるべきではないのであるが、惜しいことをしましたねと、櫛田医師にも云われるし、自分も、なぜこんな時に有馬などへ行く約束をしたのか、なぜうかうかとバスへ乗ってしまったのかと、悔し涙が出て仕方がなかった。夫は、もうお前の体には子供は出来ないのであろうと諦めていたのが、図らずも妊娠可能であることが証明されたのだから、僕は悲観するどころではない、むしろ将来に希望が持てるようになったのを喜んでいると云って、慰めてくれるのであるが、そう云う夫自身、内心ではひどくがっかりしていることが様子にも分るので、やさしくいたわってくれるほどなお気の毒で、何と云われても自分の越度おちどであることは、―――それも軽からぬ越度であることは、いなみようもなく思えるのであった。

老实说,幸子这次两个月没来月经,并非没有预感,只因生下悦子已经快十年了,医生也曾说过,不动手术她以后也许不会怀孕了,所以疏忽大意而坏了事。不过,她知道丈夫想要个儿子,自己虽不指望像姐姐那样儿女满堂,可是只有一个女孩,还是觉得太寂寞了,所以她也曾想过要真怀上就好了,并且准备到第三个月时,为了慎重起见去医院检查一次。因此,昨天同行的朋友们提议翻越六甲山时,她也曾想到还是小心一点为好,但又觉得这是胡思乱想,于是打消了这个念头。她想大家都乐意翻山越岭去有马,自己也不必反对。因此,她的疏忽大意情有可原,不一定非受责备不可。但栉田医生也说她做了件可惜的事情。幸子自己也后悔,为什么要在这时候相约去有马呢?为什么竟稀里糊涂地坐公共汽车呢?她不由得流下了悔恨的眼泪。丈夫安慰她说:“我本来已经死了心,认为你不会怀孩子了。但是出乎意料,现在事实证明了你能够怀孕,所以我不但不悲观,反而为将来有希望再生孩子而高兴。”她看得出丈夫尽管嘴上这么说,内心也很失望,丈夫越是温柔地照料和安慰她,她越难受,不管怎样说都是自己的过错——而且不是一般的过错,这是否认不了的。

二日目には夫も気を取り直して快活になり、いつもの時刻に事務所へ出かけたが、幸子はひとり二階で臥ていると、悔んでも仕方のないことだと思いながら又一つ所へ考が落ち込むのを防ぎようがなかった。折角おめでたい話のある矢先なので、雪子を始め子供や女中達には見られないようにしていたけれども、ひとりになると、いつか涙が溜って来る。………自分がもし、あんな不注意なことをしなかったら、十一月には生れていたであろうに、そして来年の今頃は、あやせば2笑うくらいにはなっていたであろうに、………きっと今度は、男の児だったのではなかろうか、そうしたら夫は勿論悦子がどんなに喜んだであろうか、………自分として、全然気が付かなかったのなら諦めようもあるけれども、あの時虫が知らしたのに、なぜバスで行くことを止めなかったのか、咄嗟に適当な口実が浮かばなかったせいでもあるが、何とでも云って、自分一人だけ後から行くようにすればよかったし、口実ぐらいいくらでも考え出せたのに、なぜそうしなかったのか、悔んでも悔んでも一番このことが悔み足りない。夫が云うように幸いにして後が出来てくれたらよいが、そうでなかったら、恐らく自分は何年立っても、ああ、今頃生きていたらこのくらいになっているのになあと思い思いして、いつ迄も忘れられないであろう。大方このことが一生癒やし難い悔恨となって附き纏うであろう。………そして幸子は、もう一度強く己れを責め、夫と、失われた胎児とに償いようのない罪を犯したことを謝しつつ、又しても新たな涙が一杯溜って来るのを感じた。

第二天,丈夫也振作起来,也快活一些了,按时上班去了。幸子独自躺在楼上,明知后悔也枉然,还是不免冥思苦索这件事。这当儿好不容易雪子有了喜事,所以还得不让雪子以及悦子、女佣们看见。但是,当她独自一人时,眼泪不知不觉就涌了出来……她想,要自己不是那样粗心大意,十一月份孩子就会生下来……到明年这时候,一逗他就会笑了。这次一定是个男孩,果真如此,丈夫自不必说,悦子又会多么高兴啊!假如我毫无察觉倒也罢了,但是当时已有预兆,为什么还要坐公共汽车去呢?虽然一时间想不出适当的借口,但是借口多的是,当时只要随便找一个,自己随后赶去就行了。为什么不这么做呢?悔之又悔,再也没有比这更令人后悔的事了。如果真像丈夫说的那样,以后有幸怀孕倒也罢了,否则,恐怕自己不论多少年后也不会忘记,那孩子如果还活着的话该有这么大了!这件事大概会使自己懊悔一辈子,纠缠不已,难以消除。于是,幸子再一次强烈地自责,她一边为自己对丈夫和那未能出生的胎儿犯下不可弥补的罪孽而忏悔,一边又感到新的泪水盈满了眼眶。

陣場夫人のところへは、度々のことであるから、本来ならば誰かが出向いて断りを云うべきなのであったが、貞之助は全然面識がないことでもあり、かつ先方は、いつも夫人が交渉の任に当っていて、主人の陣場仙太郎なる人はまだ表面に出て来たことがないので、取りあえず六日の晩に、幸子の代筆として貞之助が書面をしたため、又々延期と云うことはまことに申しにくいのだけれども、生憎な時に妻が風邪で熱を出したので、何とも勝手ながら、さしあたり八日は日延べを願いたい、但し念のために申し添えるけれども、全くそれだけの事情なので、他に何の理由もあるのではないから、その点は誤解のないようにお願い申したく、風邪と云っても大したことはないらしいから、一週間も待って戴いたら大丈夫だと存じますと、速達便を以て申し送った。

对阵场夫人,幸子已经屡屡延期了,所以谁去向她道个歉就行了,但贞之助和她无一面之识,再则对方也总是由夫人担任交涉,她丈夫阵场仙太郎还从没有出面。所以在六号晚上,贞之助出面写了封信给阵场夫人:“再次延期,实在难以启齿,但很不凑巧,内人感冒发烧,请原谅我擅作主张,务请将原定的八号之约再次延期。不过,原因完全在此,并无其他情况,万勿误解。内人感冒似不严重,请再等一个星期就会好转。”写完后用快信寄出了。

が、先方はそれをどう取ったのか、七日の午後に突然陣場夫人が訪ねて来、お見舞旁お伺いしたのですが、もし奥様にお眼に懸れたらちょっとでもお会いしたいと云い入れたので、兎に角病室へ通って貰った。と云うのは、ほんとうに自分がこうして臥ているところを見せた方が却って先方も安心し、諒解りょうかいしてくれることと思った訳であったが、気心の分った旧友の顔を見ると、幸子はだんだん親しみが湧いて来て、病気と云うのが実は何であるかを、ついでに云ってしまう気になった。で、おめでたい話の折柄であるから、手紙にはああ書いたけれども、あなたには隠す迄もないと思うから、と前置きをして、五日の夜中の出来事を手短かに語り、自分の苦しい胸の中もいくらかは聞いて貰って、これはあなただけに打ち明けるので、先方へは何とか然るべきように云って置いてほしいけれども、事情と云うのは全くそう云う訳なのだから、何卒くれぐれも気持を悪くしないで貰いたい、それに、経過も良好で、一週間もしたら出歩けるでしょうと、医者も云っているくらいだから、そのつもりでもう一度日取りを考え直して貰いたい、と、そう云うと、そら惜しいことをしやはったわなあ、あんたの旦那さん、どんなにがっかりしやはったやろ、と、陣場夫人はそう云いかけたが、途端に幸子の眼の中が潤んで来たのを看て取ると、慌てて話題を変えて、一週間でええのんやったら、十五日はどうか知らん、と云い出した。そして云うのには、今朝速達便を受け取ったので、此処を訪問するまでに先方と打ち合せを遂げて来たのであるが、今月は十八日から二十四日までがお彼岸3なので、その間を避けるとなると、八日以後では十五日より外に適当な日がない、もし十五日が駄目であると、後は来月になってしまうが、今からちょうど一週間あることだからなるべく十五日にして貰えないであろうか、実は浜田さんからもそうお願いするように頼まれたのであるが、と云うので、幸子はこの上我が儘を云う訳にも行かず、まあ、医者もああ云っていることだから、少しぐらいの無理を押しても出られないことはあるまいと思って、夫に相談する迄もなく、大体承諾の旨を答えて帰したのであった。

不知对方是怎样理解的,七号下午,阵场夫人突然来访,说是顺便来探望病情,如果能见夫人则很想见上一面。女佣传进话来,幸子让用人把她请进了病室。幸子想,让她亲眼看见自己卧病在床,她会更加放心,会谅解自己。但是,当幸子看到知心老友之后,越说越亲近,便想顺便和盘道出真实病情。她说:“因为正在谈婚论嫁,所以在信中是那样写的,不过,对您用不着隐瞒。”接着,她简略地讲了五号晚上发生的事,接着说:“我把痛苦的心情也多少说给您听了,这些话只对你一个人讲,请你向对方多多美言。事情就是这样,衷心希望不要弄得对方不高兴。而且,医生也说过经过良好,过一星期就可以外出走动了,所以请你根据这种情况,再考虑一下日期。”阵场夫人说:“真是可惜!你家先生该多么沮丧呀!”她刚说到这里见幸子的眼睛潮润起来,便急忙转换话题说:“如果一个星期就可以的话,定在十五号怎样呢?快信是今天早晨收到的,在来这里之前我已经和对方商量好了。这个月从十八号到二十四号是‘彼岸’,要避开这段日子,八号以后除了十五号就再没有好日子了。如果十五号不行,就要推到下个月。从现在起,正好还有一个星期,尽可能定在十五号吧。实际上,我也是受滨田先生委托来说这件事的。”听她这样说,幸子觉得再依着自己性子来行不通了。既然医生都那样说了,到时候即使稍微勉强点儿还是可以出门的。她没和丈夫商量就大致答应下来,打发阵场夫人回去了。

その後経過は順調に進んでいたものの、十四日になってもまだ時々少量の出血を見、臥たり起きたりしていると云う程度であった。貞之助は初めから、「そんな約束してしもて大丈夫かいなあ」と、危ぶんでいたのであるが、そうなってみると、大切な席で粗相があってはならないし、幸い陣場夫婦だけはほんとうの事情を知っていることでもあるから、陣場にまでよく訳を話して、幸子は欠席することにし、貞之助が一人雪子に附き添って行くと云う方法も考えられた。けれどもそれも不都合であると云うのは、幸子が欠席しては双方を紹介する者がいないのであった。雪子は心配して、私のために何も無理をしてくれないでもよい、もう一度延期を申し込んで、万一そのために破談になるようなことがあったら、それ迄と思って諦めよう、こう云う時にこう云うことが起るのも、もともと縁がないのかも知れない、と云うのであったが、幸子は又、そんな風に雪子に云われてみると、この間から自分の悲しみのために忘れていた妹への同情心が、急に高まって来るのを覚えた。これ迄にも雪子の見合いと云うと、故障が起って一遍にすらすらと運ばないことが多かったので、今度もそれを予期すると云っては可笑しいけれども、何か、そんなようなことがなければよいがと案じていた矢先に、先ず本家の姪の病気と云う邪魔が這入り、それが済んだと思ったら、今度は流産と云う不吉な事件に打つかったところから、幸子は自分たち迄が、繋がる縁で妹に纏わる運勢の中へ捲き込まれたような、薄気味の悪い心持もせざるを得なかったのであるが、案外当人は何とも感じていないらしいので、その顔を見るとなおいじらしさが増して来るのであった。

幸子那以后的经过还算顺利,但是到十四号还有少量出血,只能时卧时起地休息。贞之助一开始就为她担心,曾说过她:“你这样答应人家不要紧吗?”如果真要十五号相亲的话,在那种重要的宴席上可不能出纰漏。幸好只有阵场夫妇知道真相,好好向阵场先生解释解释,决定幸子不去而让贞之助一人陪雪子去,也未尝不是一个办法。但是,这也有不合适之处,因为幸子不去连介绍双方见面的人都没有了。雪子担心地说:“用不着为了我去勉强自己,要求再一次延期就是了。万一吹了也就算了。这个时候发生这种事情,也许本来就没有什么缘分。”听雪子这么一说,幸子觉得对妹妹的同情心突然高涨起来——这些天,由于自己的悲伤竟忘记了她。迄今为止,每逢雪子相亲,多半会发生阻碍,总不太顺利。如果说这一次也预计到了未免可笑,可是幸子一直在担心别发生什么事情,恰恰在这当口,先是本家的外甥女得病耽搁了时间,她的病好了自己又流产了。又撞上了不吉利的事,连幸子都不禁感到恐惧,会不会因为血缘关系而被卷入妹妹的厄运中去。意外的是,雪子本人竟像毫无感觉似的,叫人看着更添许多怜悯。

それで、十四日の朝、貞之助が事務所へ出て行く時は、彼は幸子を欠席させる方へ傾き、幸子自身はどうしても出席したいと云っていて、孰方とも決定が付かずにいたが、三時頃に陣場夫人から電話があって、あんた、あれからどんな工合、と云われてみると、ふん、もう大方ええねんわ、と、幸子はついそう答えてしまった。そんなら明日よろしいなあ、と、先方は直ぐ追っかけてそう云ってから、明日、時間は午後五時、集合場所はオリエンタルホテルのロビーと云うことに、野村氏の方からきめて来たからそうして貰いたい、尤もホテルへは集合するだけで、簡単にお茶を飲んでから、何処かの料理屋へ席を移して晩餐を取ることになる筈であるが、何処にするかはまだ極まっていない、見合いと云っても形式張らない小人数の会合のことだから、明日ホテルへ落ち合ってから相談の上で行く先をきめてもよいと云っている、野村氏の方は、当人一人だけ、それに私達夫婦が浜田氏の代理として附き添うことになるので、あなた方の方が三人とすると、六人である、と云うのであった。幸子はそれを聞いている間にいよいよ行くことに腹をきめたが、そんならそれでよろしいなあと、先方が駄目を押すのを、ちょっと、と云って呼び止めて、実は殆ど全快したようなものだけれども、外出するのは明日が始めてであり、まだ完全に出血が止っている訳ではないから、まことに申しかねるけれども、あなたが気を利かして、なるべく歩くところがないように、短い距離を行く時でも必ずタキシーへ乗せるようにしてほしい、それさえ含んで置いてくれたら差支えないから、と、その点をよく頼み込んで置いた。

十四号早晨,贞之助临去上班时还倾向于不让幸子赴会,幸子却说无论如何都要去,双方意见相持不下。三点钟左右,阵场夫人打来电话问:“这几天你的情况怎样呢?”幸子脱口而出答道:“嗯,已经大体好了。”对方立刻追问:“那么,就定在明天好吗?下午五点在东方饭店的候客厅集合,这是野村先生决定的,就这样吧。只是在东方饭店会合,先随便喝点茶,再决定到哪家饭店去吃晚饭,现在还没想定去哪一家。虽说是相亲,实际是几个人不拘形式的聚会,等明天到饭店会面后再商量到哪里去也行。野村先生方面只有他一个人,我们夫妇俩代表滨田先生作陪,你们那边三个人的话,一共就是六个人。”幸子在听她说话时已在心中决定了明日要出席。对方最后又叮问:“那么,就这么办了?”这时,幸子没让她挂电话,再三求对方照顾,说:“说实话,我虽然快好了,但是,出血还没有完全停止,明天是第一次外出。这话真难说出口,明天请您多费点心,尽量不要走路,哪怕是短距离也希望坐出租车。只要你能把这一点放在心上就没有大碍了。”

この電話があった時、雪子は井谷の美容院へ明日の頭髪を拵えに行っていて留守であったが、帰って来て話を聞くと、外のことは承知したけれども、集合の場所をオリエンタルホテルにしたことについて難色を示した。この前、瀬越の時にオリエンタルであったのに、又同じ所にするのは、幸先が悪いとか何とか云うことは問題でないとしても、ボーイや女給たちがあの時のことを覚えていて、ああ又あのお嬢さんが見合いしてはる、と云う風な眼で見られたら不愉快である、と云うのであったが、幸子もさっき申込みを聞いた時にそう云う異議が出ないであろうかと思わないでもなかったし、雪子が一度そう云い出したらなかなか機嫌を取りにくいことは分っているので、夫の書斎から陣場夫人を呼び出して、ありのままの理由を述べ、オリエンタルだけを考慮し直して貰うように申し入れた。と、二時間ばかり立って先方から懸って来、いろいろ野村氏とも相談をしてみたのであるが、オリエンタルがいけないとなると、さしあたり適当な場所を思い付かない、それなら直接料理屋へ集ればよい訳であるが、さてその料理屋をきめるについても、此方の独断できめてしまって又差障りがあってもならないし、何かそちらによい案があれば聞かして貰いたい、此方の勝手を云えば、ほんの集合の場所に使うだけなのだから、げて雪子さんに承知して貰って、オリエンタルにしてくれると大変好都合なのだけれども、そう云う訳に行かないであろうか、………何もそんなに気にしやはる程のこともないように思うけれども、………と云うのであった。幸子は、ちょうど貞之助が帰宅したので、夫とも話し合った結果、矢張雪子の心持を尊重した方がよいと云うことになり、強情を張るようで済まないけれども、………と、押し返して先方へ譲歩を求めると、では尚よく考えて、明朝改めて打ち合せをしましょう、と云う挨拶であったが、十五日の朝電話があり、トーアホテルでは如何と云って来たので、漸うそれに話が落ち着いた。

通电话时,雪子上井谷美容院为明日的事做头发去了,回来听幸子一说,其他的事她都同意,只是对在东方饭店会合一事面有难色。雪子说,上次和濑越相亲就是在那个饭店,且不说兆头不好,那些男女招待是会记得的。“瞧,又是那位小姐来相亲了”,被他们以那种眼光瞅着会令人不愉快。幸子刚才听阵场夫人说时,也曾想过雪子可能有意见,她也知道,雪子一旦说出口了,如果不换地方雪子会不高兴,于是走到丈夫书房里打电话给阵场夫人,如实说明了理由,希望改变地点。过了两个小时,阵场夫人回电话说:“和野村先生谈过了,如果东方饭店不适合,眼下也想不出一个适当地点,那就直接去餐馆好了。至于去哪家餐馆,这方面单独决定恐怕又会生出什么障碍,所以想听听你们的意见,看在哪里为好。说句唐突的话,东方饭店只是会合的地点,如果雪子小姐能将就一下就再好不过了,不知道行不行?……我看,雪子小姐大可不必介意……”正好这时贞之助回来了,幸子和丈夫商量以后,认为尊重雪子的意愿为好,于是对阵场夫人说:“这样未免固执了一点,很对不起,但是……”就这样把她顶了回去,要求对方让步。阵场夫人回答说:“那么,让我好好考虑一下,明天早晨再商量吧。”十五号早晨,她打来电话问定在东亚饭店如何,终于把这件事谈妥了。

Footnotes#

  1. 六甲: 六甲山地,日本兵库县神户市北部至芦屋市、西宫市后方的山脉

  2. あやす:[動サ五(四)]機嫌をとってなだめすかす

  3. 彼岸: 春分/秋分日的前后各3天,共7天。是为期一周的祭祖扫墓、供养祖先的佛教民俗活动期

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永雏多氢菲
∴さて····どこへ行こうか?
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