谷崎潤一郎: 细雪(上) 二十九

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谷崎潤一郎: 细雪(上) 二十九
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first published:『中央公論』1943年1月号・3月号
audio: https://www.youtube.com/watch?v=NkPH6KVYPEs
desc: 在大阪船场坐拥百年老店、历史底蕴深厚的莳冈家,鹤子、幸子、雪子、妙子四姐妹交织出百态人情。小说如华美画卷,循着四季流转,细致描绘出昭和十年间关西上流社会的日常光景。

三女雪子是四姐妹中容貌最为出众之人,婚事却屡屡未果,年过三十依旧独身。幸子夫妇为此忧心不已、四处奔走,性格沉默寡言的雪子却对每一门亲事都无意应允,岁月便这般缓缓流逝。

中一日置いて、十七日の朝蘆屋へ訪ねて来た陣場夫人は、一昨日無理をしたために幸子が又臥ていると聞くと、さすがに今度は恐縮しながら、三十分ほど枕もとで話して帰ったが、要するに、野村さんから是非お頼みに上ってくれと云われたので来た、大体野村さんの生活程度は家を御覧になったので御想像がつくであろうが、でも現在は独身だからああ云う所におられるので、奥さんを迎えたらもっと家らしい家に移ると云っておられる、殊に雪子さんが来て下さるなら、自分は献身的の愛を捧げるつもりである、自分は豊かではないが、雪子さんに不自由な思いをさせないぐらいなことは出来る、と云っておられる、それで実は浜田さんにもお目に懸って来たのであるが、野村がそんなに執心しゅうしんであるなら、どうか纏まるように尽力してやって貰いたい、当人に財産がないのが、来て下さる人にお気の毒なので、何とか考えてみるが、その点はまあ自分に任して貰いたい、自分として、今具体的にどうすると云う保証をしろと云われても困るが、自分がいる以上決して生活の苦労はさせないから、と云っておられた、ついては、あれだけの方がそう云っておられるのだから、それは信用なさっても大丈夫なのではあるまいか、野村さんと云う人は、風采はああ云う風で、恐い顔つきをしておられるが、非常に情にもろいやさしいところがあり、先の奥さんなども随分大切にした人だそうで、亡くなられた時の看病の仕方などは、他人が見ても涙がこぼれたくらいだと云う噂がある、現にこの間の晩も奥さんの写真がああして飾ってあったではないか、不足を云えば際限がないが、女としては、何より彼より夫に可愛がって貰えることが一番幸福なのだから、何卒くれぐれも考えて下すって、精々早く返事をして下さるように、―――と云うのであった。

隔了一天,十七号上午,阵场夫人又到芦屋来了。听说幸子因为前天勉强活动又卧病在床了,她毕竟有点羞愧了,在枕头旁说了半小时的话才回去。她说:“是野村先生叫我来拜托您的。野村先生的生活状况,你们到他家看过了,大体上想象得出。不过,他现在是单身,将就住在那里。他说,成了家就搬到像样的住宅去。尤其是,如果雪子小姐能俯就的话,他打算奉献出一切的爱。他虽然不富裕,还不至于让雪子小姐感到用钱束手束脚。实际上,我是拜访过滨田先生才来的,他说既然野村那样痴迷,希望我尽力促成这门亲事。他还说了,野村没有财产,对不起下嫁给他的小姐,但是他会为野村想办法的,这件事就交给他了。他现在虽然难以做出具体的保证,但只要有他在,就决不会让小姐受苦。”接着,阵场夫人又说:“既然滨田先生都这样说了,是可以相信他的。野村先生这个人风采就那样,一副可怕的样子,但是感情脆弱,很温柔。听说他很疼爱前妻,妻子弥留之际,他照看得体贴入微,旁人看了都感动得流泪,他现在还把前妻的遗像挂在餐室里,前天晚上你不是看到了吗?要挑毛病可以挑个没完。作为一个女人,最幸福的莫过于能得到丈夫的疼爱。所以请您多加考虑,尽快给我个回话。”

幸子は、あらかじめ断る時の伏線を張って、雪子自身はよいも悪いも私達次第なのだから、その方は面倒はないけれども、肝腎な本家が何と云うか、私達はただ代理を勤めているだけなので、野村さんの身許調べなども一切本家がしているような訳だから、―――と、雪子が悪く思われないように、専ら本家へ責任をなすりつけるような挨拶をして帰したのであったが、

幸子事先为拒绝这门亲事埋下了伏笔,便说:“雪子本人倒没什么,她听我们的,所以这方面没有什么问题。但是,关键在于本家的意见,我们只是代他们出面,调查了解野村先生身世,也是本家的事。”这样就可将责任全推给本家,以免对方责怪雪子。幸子就这样打发阵场夫人走了。

引き続いて気分がすぐれず、医者の忠告に従って絶対安静を守っていたので、そう早速に雪子の考を探ってみる折もなく過していた。が、見合いの日から五日目の朝であったか、偶然病室が二人だけになった機会を捉えて、「雪子ちゃん、―――どうやねん、あの人?」と、気を引いてみた。そして雪子が、「ふん」と云ったきり後を云わないので、一昨々日さきおとといの朝の陣場夫人の来訪の趣意を話して聞かせて、

随后几天,幸子身体还是不舒服,听从医嘱保持绝对安静,没有机会征求雪子的意见。相亲后的第五天早晨,偶然只有她俩在病室,幸子趁机试探问:“雪妹,怎么样,那个人?”雪子“嗯”了一声便不吭声了。于是幸子就把大前天上午阵场夫人来访的目的告诉雪子,一边说一边窥视雪子的脸色。

「―――まあ、そない云やはるねんけど、雪子ちゃんが若う見えるとこへさして、あの人、えらい老けて見えるよってに、その点がどうやろうか、………」と、顔色を窺いながら云うと、

“哎,虽然她那样说,但是你看上去太年轻,而那个人又太显老了,这该怎么办呢?”

「そんでも、あの人やったら、何でもあたしの云う通りになりやはるやろうし、好きなことして暮せるとは思うねんわ」と、ぽつりとそんな言葉を洩らした。

“不过,我认为假如嫁了他,他大概会一切都听我的,让我由着性子生活吧。”雪子突兀地冒出这样一句话。

幸子は、「好きなことして暮せる」と云う雪子の意味は、聞かずとも分っていることで、つまり、いつでも来たいと思う時に蘆屋へ遊びに来さして貰いたいのであろう、普通の所へ嫁に行ったのではなかなかそうは出来にくいが、あのお爺さんならそのくらいな我が儘をしても大丈夫らしいから、そう云う慰安だけはある、と云うのであろう、そんな考で結婚されたのでは貰う方が遣り切れないであろうが、あのお爺さんの様子ではそれでも構わないから来て下さいと云うかも知れない、まあ行ってしまえばそうそう出て来られるものでもないし、雪子ちゃんのことだから、口ほどにもなくあのお爺さんの情愛にほだされて、此方のことなんぞ直きに忘れてしまうかも知れず、そのうちに子供でも出来るようになれば尚更である、婚期におくれて困っている妹をそれほどに懇望してくれるのは、考えように依っては有難いことで、頭から嫌ったりなどしては勿体ないようでもある、と云った風にも思えたので、

雪子所说的“由着性子生活”的意思,幸子不问也明白,指的是不管什么时候想来芦屋就能来。如果嫁个普通男人难以做到,那么嫁给这位老爷子,即使有点任性也不打紧,有这么一点值得安慰。幸子想,出于这种考虑才嫁过去,对方大概难以接受。那老爷子也许会说:“我不介意,请嫁过来吧!”而一旦嫁过去了就不会那么轻易让她出来了。从雪子的性格看,她虽然现在是这样说,要是日后让那老爷子的爱情羁绊了,说不定很快就把芦屋这边给忘了,有朝一日生了一男半女就更是如此。幸子想到,野村如此恳切要求迎娶迟迟未婚的妹妹,未尝不是一件好事,如果完全摈弃似乎有点可惜,于是幸子问:

「ほんに、考えようやわな。雪子ちゃんがそう云う気イなら、それもええかも知れん。………」と、

“真的,这倒值得考虑,你要是有这种心思,说不定也不错……”

だんだんそんな工合に持って行って、もっとはっきり突き止めようとすると、

幸子见渐渐谈得入港,正想问个究竟,雪子却说:

「………そやけど、あまり執拗うちやほやされたら叶わんやろうし、………」と、ニヤニヤ笑いながらはぐらかして、もうそれ以上は、話に乗って来ないでしまった。

“不过,如果讨好过了头,我也受不了……”她哧哧笑着把话岔开,再也不接这个茬了。

東京へはあの明くる日に、見合いが済んだことだけを臥ながら一筆走らせてやったが、姉からは何の返事もなかった。幸子はお彼岸の間じゅう臥たり起きたりして暮したが、

第二天,幸子躺在床上给东京写了一封信,简单地报告相亲已毕,而姐姐没有回复。“彼岸”期间,幸子在病室里时起时卧地度过了。

或る日の朝、一遍に春らしくなった空の色に惹かれて、病室の縁側まで座布団を持ち出して日光浴をしていると、ふと、階下のテラスから芝生の方へ降りて行く雪子の姿を見つけた。彼女は直ぐ、雪子ちゃん、―――と、呼んでみようかと思ったけれども、悦子を学校へ送り出したあとの、静かな午前中の一時を庭でいこおうとしているのだと察して、硝子戸越しに黙って見ていると、花壇の周りを一と廻りして、池のみぎわのライラックや小手毬こでまりの枝を検べてみたりしてから、そこへ駈けて来た鈴を抱き上げて、円く刈り込んである梔子くちなしの樹のところにしゃがんだ。二階から見おろしているので、猫に頬ずりをするたびに襟頸の俯向くのが見えるだけで、どんな顔つきをしているものとも分らないのであるが、でも幸子には、今雪子のお腹の中にある思いがどう云うことであるのか、明かに読めるのであった。恐らく雪子は、いずれ東京へ呼び戻される日も遠くないのだと云う予感を抱いて、この庭の春にそれとなく名残を惜しんでいるのであろう。そして出来るなら、あのライラックや小手毬の花がもう直ぐ咲き揃うのを見届けるまでは滞在していられますようにと、祈っているのであろう。尤も東京の姉からは、まだいつ帰れとも云って来ている訳ではないが、彼女が内心、今日は云って来るか、明日は云って来るかとビクビクしながら、一日でも多くの時を此方で過したいと願っている様子は、余所眼にもよく分っていた。幸子はこの内気な妹が、見かけに依らず出好きなことを知っているので、自分が出歩けるようになったら、映画やお茶の附合いぐらいは毎日でもしてやるのだがと思っていたのであるが、雪子はそれを待ち切れないで、この間から天気の好い日には妙子を誘って神戸へ出かけて行き、何と云うことなしに元町あたりをぶらついて帰って来ないと、気が済まないらしかった。そして、いつでも、松濤アパートの妙子を電話へ呼び出して、落ち合う先を打ち合せてから、いそいそと出かけて行くのがさも楽しそうで、縁談のことなど全く念頭にないようであった。

有一天早晨,春天青葱的天色撩动了她,她拿了一个棉坐垫,坐在病室外的缘廊上晒太阳,忽然看见雪子正从楼下的阳台向草坪走去。她正想喊住雪子,但是立刻察觉雪子是送悦子上学后,想趁上午安静的时刻,在庭院里休息一会儿,便透过玻璃窗默默地看着。雪子绕花坛缓缓踱了一圈,细细查看水池畔的紫丁香和珍珠梅的枝丫,抱着向她蹦来的铃铃,蹲在修剪得像圆球的栀子树下。从楼上俯视,看见雪子在用面颊去亲小猫,每一低头便露出脖颈,看不到她脸上的表情,但完全能看出她的心事。恐怕雪子已经预感到被召回东京的日子为期不远了,有意无意地在和庭院中的春色告别吧?也许她在祈愿能多待几天,等看到紫丁香和珍珠梅全开后再走。虽然东京的姐姐还没说什么时候叫她回去,但是她成天提心吊胆今天还是明天会来通知。旁观者一眼就看得出来,她希望哪怕是多待一天也好。幸子了解这位内向的妹妹的内心并不似其外表,很喜欢外出,本打算自己能够出去走动时,每天都陪她去看看电影喝喝茶,但雪子等不及了,这些日子每当天气好的时候,就拉着妙子去神户,没事也去元町一带逛逛再回来,好像不这样便不能心安理得似的。而且,她总是先给松涛公寓的妙子打个电话,约好碰头地点,然后兴高采烈地出门,那一股高兴劲儿,像是把婚事什么的全丢到脑后去了。

雪子に始終引っ張り出される妙子は、時々幸子の枕もとへ来て、近頃仕事が忙しいのに、午後の一番大切な時刻にこう頻繁に附合いをさせられるのは叶わない、と云った風な不平を遠廻しに洩らしたが、或る時やって来て、「昨日おかしなことがあってんわ」と、次のような話をした。―――

妙子经常被雪子拉出去,有时便到幸子的枕头边,拐弯抹角地发牢骚,说她近来工作很忙,偏偏下午这一段最宝贵的时间,如此频繁地陪着雪子玩,真是受不了。有一次,她来说:“昨天有一件有趣的事呢!”接着她说了事情的经过:

昨日の夕方、雪姉ちゃんと元町を歩いて、スズランの店先で西洋菓子を買っていると、雪姉ちゃんが俄に慌て出して、「どうしょう、こいさん、―――来たはるねんわ」と云うのであった。「来たはるて、誰が来たはるねん」と聞いても、「来たはるねんが、来たはるねんが」と、ソワソワしているだけなので、何のことやら分らずにいると、奥の喫茶室で珈琲を飲んでいた一人の見馴れない老紳士が、その時つかつかと雪姉ちゃんの所へ立って来て、慇懃に挨拶をして、「如何です、お差支えなかったら彼方でお茶でも差上げたいと存じますが、ちょっと十五分ばかりお附合いになって下さいませんか」と云うのであった。雪姉ちゃんはいよいよ慌てて、真っ赧な顔をして、「あのう、―――あのう、―――」とヘドモドするばかりなので、「如何です」と、紳士は二三度そう云いながら立っていたが、とうとう断念したらしく、「や、大変失礼いたしました」と、丁寧にお辞儀をして又行ってしまった。雪姉ちゃんは、「こいさん、早うしょう早うしょう」と、大急ぎで菓子を詰めさせて外へ飛んで出たが、「誰やねん、あの人」と、聞くと、「あの人やがな、この間会うたん」と云うので、それではあれが見合いをした野村とか云う人なのかと、やっと妙子に合点が行った、と云うのである。

“昨天傍晚,我和雪姐在元町散步,在铃兰店前买西式糕点的时候,雪姐突然慌慌张张地说:‘怎么办?小妹……来了!’我问她:‘来了,谁来了呀?’她慌里慌张地连声说:‘啊,来了,来了!’到底她说些什么,我也没弄明白。这时,正在里面茶室喝咖啡的一位素不相识的老绅士,站起来径直朝雪姐走来,殷勤地打了招呼后说:‘怎么样?如果没有什么妨碍,请到里面喝喝茶,就耽误您十五分钟,您看行吗?’雪姐更是慌成一团、脸涨得通红,只是‘那……那……’慌得一句话也说不出来。那位绅士站在那里问了两三次‘怎么样?’最后才死了心,说声‘啊,非常对不起!’彬彬有礼地告辞走了。雪姐说:‘小妹,快点儿,快点儿!’她急忙叫店员装好糕点,飞快地跑出店门。我问她:‘那个人是谁?’她说:‘那个人,就是前不久会面的。’我这时才知道原来他就是相过亲的野村。

「何せ雪姉ちゃんの慌て方云うたらないねん、あんじょう断り云うたらええのんに、あのう、あのう、云うてウロウロしてるねんもん」

“总之,从没见过雪姐那副慌了手脚的样子,本来好好地谢绝他就得了,可她只是‘那……那……’地急得团团转。”

「雪子ちゃんそんな時にてんとあかんねんわ。あの歳になっても十七八の娘と一緒やねん」

“雪子遇到这种场合就不知道该怎么办,到这个岁数了还像个十七八岁的姑娘。”

幸子はちょうど話の出たついでに、妙子が何か聞いていることもあろうかと、雪子ちゃんあの人のことどない思うてるのんか、何ぞ云うてえへなんだやろか、と云うと、そんで、うち、あんたどない思うてるねん云うて聞いてやったら、縁談のことは姉ちゃんと中姉ちゃんに任してあるさかい、行け云われたら何処へなと行くつもりやねんけど、あの人のとこだけはよう行かんさかい、えらい我が儘云うみたいやけど、どうぞこれだけは断ってくれるように、こいさんから中姉ちゃんに云うてほしい云うて、頼まれててんわ、―――と、そう妙子は云うのであった。妙子も野村と云う人を始めて見て、話に聞いたよりもまだ老けているのにびっくりし、なるほどこのお爺さんでは雪姉ちゃんが厭だと云うのも当り前だと感じたくらいで、雪姉ちゃんの嫌う理由はそこにあるのに違いないと思うけれども、雪姉ちゃんは風采や顔つきのことなどは別に何とも云っていないで、それよりは、見合いの晩に青谷の家へ引っ張って行かれた時、仏壇に亡くなった奥さんや子供達の写真が飾ってあるのを見て、ひどく不愉快にさせられたと云う話をした。雪姉ちゃんの云うのには、二度目と云うことを承知で嫁に行くにしても、先妻やその子供達の写真が飾ってあるのを見せられて好い気持がする筈はないではないか、今は独身でいるのだから、密かにそう云うものを飾ってその人達の冥福を祈る心情は分らなくはないが、あたしに家を見て貰おうと云う時に、何もそんなものを見える所へ出して置かなくともよさそうなものだのに、あの人は写真を急いで隠しでもすることか、わざわざあれが飾ってある仏壇の前へ案内するとは何事だろう、あれを見ただけでも、とても女の繊細な心理などが理解出来る人ではないと思う、と云うので、何よりそれで愛憎を尽かしたように云っていた、と云うのであった。

正好说到这件事了,幸子便问妙子听到什么没有,雪子对那个人有什么看法,说过什么没有?妙子说:“我也问过她是怎样想的,她说:‘婚姻大事都是由大姐、二姐做主,她们让我嫁谁我就嫁谁。不过,只是不想嫁给这一位。也许我说话太放肆了,拜托你转告二姐一定回绝掉这门亲事。’”妙子又说,“我昨天看到野村的时候也是大吃一惊,觉得他比听说的还要显老,雪姐讨厌这位老爷子是理所当然的。毫无疑问,这就是雪姐厌恶他的原因。不过,雪姐对他的风度、长相并没说什么,只是说上次相亲的那天晚上,他硬要拉大家进青谷的那个家,看到佛坛上供着他前妻和小孩的遗照,使她很不愉快。雪姐的意思是,即使明知是去续弦,看到他把前妻和孩子们的照片挂在那里,心里也不好受。他现在还是独身,挂着那些遗照,为他们祈求冥福,这种心情也不难理解。但是,邀请雪姐去看他家的时候,不应该把那些东西摆在外面,可是野村不仅没把那些照片急忙收起来,反而特意领她去看佛坛,真是岂有此理!仅凭这一点看,就知道他很不理解女性的细腻心理。从雪姐的语气来看,这一点最令她讨厌。”

それから二三日後、幸子は漸く出歩けるようになったので、或る日昼飯を済ましてから身支度をして、

过了两三天,幸子总算能走动了。有一天吃罢午饭,她收拾打扮了一番,对雪子说:

「そしたら、陣場さんとこへ断り云いに行って来るわな」と、雪子に云った。

“那么,我去阵场夫人那里去回绝人家啦。”

「ふん」

“嗯。”

「あの話、この間こいさんに聞いてんわ」

“这件事,早几天我听小妹说了。”

「ふん」

“嗯。”

幸子はかねて考えていた通り、本家が不賛成だからと云うようなことで、婉曲に断りの意味を通じて帰って来たが、雪子には、円満に話をして来たと云っただけでくわしいことは云わず、雪子も別に聞こうともしなかった。陣場からはその後の節季にこの間の北京楼の勘定書を封入して来て、勝手ながらこの半額を受け持って戴きたいと云って来たので、折り返して為替かわせを送ってやり、それでこの縁談は打切りになった。

按照早就盘算好了的那样,幸子以本家不赞成为借口,委婉地表达了拒绝之意就回来了,对雪子也只是说顺利地回绝了,并未告诉她详情。雪子也不想多问。到年底,阵场寄来了那次在北京楼的账单,说是不揣冒昧希望付一半的金额。幸子立刻寄去一张汇票,这桩亲事就此了结。当然,这是后话。

それらの報告を書いてやったのに対しても、本家からは何とも云って来ないのであったが、幸子は、雪子ちゃんももう一と月になることだし、余り長く留めて置いて後が利かなくなっても困るから、又来るにしても一遍帰ったら、と、ぽつぽつすすめていた。で、四月三日のお節句の日には、悦子が学校の友達を招いてお茶の会を催すのが毎年の例になっており、その時はいつも、雪子が手ずからパイやサンドイッチを作る習わしになっていたので、そのお節句を済ましたら帰る、と、当人も云っていたのであるが、さてお節句が済んでしまうと、もう三四日で祇園ぎおんの夜桜が見頃だそうだから、―――と云うことになった。

幸子将这些情况写信报告了本家,但本家仍无只言片语回复。幸子一点一点地开导雪子说:“你来这里已经一个月了,把你留在这里太久了,弄得这一招不灵了也不好,为了以后能再来,你先回去一趟吧。”因为每年的女儿节,照例都要为悦子举办茶会招待她的同学,往年都是由雪子亲手做馅饼和三明治,所以她本人也说过了节就回去。等到过了节,又听说再过三四天就是在祇园夜晚挑灯赏樱的大好时候了。

「姉ちゃん、お花見してから帰りなさい、それまできっと帰ったらいかんよ。ええか姉ちゃん」と、悦子は頻りにそう云っていたが、雪子を引き留めることについては、今度は一番貞之助が熱心であった。折角今迄いて、京都の花を見ずに帰るのは雪子ちゃんも心残りであろうし、毎年の行事に大切な役者が一人欠けては不都合であるから、と、そう云うのであったが、実は貞之助は、そんなことよりも、妻がこの間の流産以来妙に感傷的になっていて、たまたま夫婦二人きりになると、胎児のことを云い出しては涙ぐむのに悩まされているので、妹たちと花見にでも行ったら少しは紛れてくれるでもあろう、と云う下心があるからなのであった。

“二姨,看了樱花再回去吧,不看完樱花无论如何也不回去,好吗,二姨?”悦子不断央求着。但是,这一次最热心挽留雪子的是贞之助。他认为既然住到今天了,雪子不看了京都的樱花就回去会感到遗憾,而且,每年的赏花活动雪子都参加了,缺了她这位重要人物也不圆满。但贞之助更真实的意图是:妻子自从流产以来特别多愁善感,偶尔只有夫妇俩在一起时,提起胎儿她就泪汪汪的,使他深感苦恼。和妹妹们去看看樱花,也许可以稍许分解她的愁闷。

京都行きは九日十日の土曜日曜に定められたが、雪子はそれまでに帰るのやら帰らないのやら、例の一向はっきりともせずにぐずぐずしていて、結局土曜日の朝になると、幸子や妙子と同じように化粧部屋へ来てこしらえを始めた。そして、顔が出来てしまうと、東京から持って来た衣裳鞄を開けて、一番底の方に入れてあった畳紙を出して紐を解いたが、何と、中から現れたのは、ちゃんとそのつもりで用意して来た花見の衣裳なのであった。

已经决定了九号、十号(星期六、星期日)上京都赏花,雪子还是像过去一样磨磨蹭蹭地不说清楚九号之前是否回东京去。一直到星期六早晨,她才和幸子、妙子一同走进化妆室,开始打扮起来。化妆完后,她打开从东京带来的衣箱,从底层拿出一个纸盒,解开了带子,原来里面正是她准备赏花时穿的和服。

「何やいな、雪姉ちゃんあの着物持って来てたのんかいな」と、妙子は幸子のうしろへ廻ってお太鼓を結んでやりながら、雪子がちょっと出て行った隙にそう云って可笑しがった。

“原来雪姐把那件和服都带来了呀!”妙子站在幸子身后为她打太鼓结,趁着雪子出去的当儿,觉得可笑似的说着。

「雪子ちゃんは黙ってて何でも自分の思うこととおさなかん人やわ」と、幸子が云った。「―――見てて御覧、今に旦那さん持ったかて、きっと自分の云うなりにしてしまうよってに」

“你别看雪子她不声不响的,什么事都得按照她自己的主张做。”幸子说,“等着瞧吧,结婚以后她一定会让丈夫听她的摆布。”

京都では貞之助が、花見の雑沓の間にあっても、赤児を抱いた人に行き遇わす毎に幸子がはっと眼を潤ませるのに当惑したが、そんな訳なので今年は夫婦が後に残るようなこともせず、日曜の晩に皆一緒に帰って来た。そして、それから二三日過ぎて、四月の中旬に雪子は東京へ立って行った。

在京都,哪怕看见赏花的人群中有抱着婴儿的人,幸子都每每眼睛潮润起来,弄得贞之助不知如何是好。因此,今年他们夫妇俩没多停留,星期天晚上和大家一块儿回家了。过了两三天,到了四月中旬,雪子就动身回东京去了。

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永雏多氢菲
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