梶井基次郎: 城のある町にて
first published:『青空』1925年2月20日発行2月号(第1巻第2号・通巻2号)
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desc: 一部私小说风格的作品,以作者亲身经历为题材:在目睹年幼的异母妹妹离世后,为平复动荡不安的情绪与内心的悲伤,前往居住在三重县松阪町的姐姐夫妇家中,记叙了这段期间的种种经历
ある午後
「高いとこの眺めは、アアッ(と咳をして)また格段でごわすな」
“高处的视野,啊(咳了几声),果然不同凡响。”
片手に洋傘、片手に扇子と日本手拭を持っている。頭が奇麗に禿げていて、カンカン帽子を冠っているのが、まるで栓をはめたように見える。――そんな老人が朗らかにそう言い捨てたまま峻の脇を歩いて行った。言っておいてこちらを振り向くでもなく、眼はやはり遠い眺望へ向けたままで、さもやれやれといったふうに石垣のはなのベンチへ腰をかけた。――
他一手撑着洋伞,一手拿着扇子和日本手巾。他顶着一颗彻底光秃的脑袋,戴着一顶平顶草帽,看起来犹如头上塞着瓶塞一般。——这样的一名老翁,开朗地说出这句话,从峻的身旁走过。说完这句话后,他并未转头望向峻,眼睛仍望向远方的景致,朝石墙边的长椅坐下,无限感慨似的喃喃自语。
町を外れてまだ二里ほどの間は平坦な緑。I湾の濃い藍が、それのかなたに拡がっている。裾のぼやけた、そして全体もあまりかっきりしない入道雲が水平線の上に静かに蟠っている。――
在市街郊外,约八公里远的这段路,是一路平坦的绿地。I 湾的湛蓝朝远方无限延伸。下方形状模糊、整体线条也不太鲜明的积雨云,静静盘踞在水平线上——
「ああ、そうですな」少し間誤つき1ながらそう答えた時の自分の声の後味がまだ喉や耳のあたりに残っているような気がされて、その時の自分と今の自分とが変にそぐわなかった。なんの拘りもしらないようなその老人に対する好意が頬に刻まれたまま、峻はまた先ほどの静かな展望のなかへ吸い込まれていった。――風がすこし吹いて、午後であった。
“嗯,是啊。” 峻有点不知所措,如此回应。他觉得当时自己声音的余音仍在喉咙和耳畔回荡,当时的自己与此刻的自己显得格格不入。对这名无比洒脱的老翁所抱持的好感,深深刻印在峻的脸上,他再度被刚才那宁静的远眺所吸引。——这是个清风徐来的午后。
一つには、可愛い盛りで死なせた妹のことを落ちついて考えてみたいという若者めいた感慨から、峻はまだ五七日を出ない頃の家を出てこの地の姉の家へやって来た。
正值可爱年纪的妹妹,偏偏早逝,他想让自己静下心沉淀思考,基于这样一份年轻人的感慨,五七还没过,他便已离家来到位于此地的姐姐家。
ぼんやりしていて、それが他所の子の泣声だと気がつくまで、死んだ妹の声の気持がしていた。
原本他心不在焉,在发现哭声是别人家的孩子发出的之前,他一直以为那是已故的妹妹发出的声音。
「誰だ。暑いのに泣かせたりなんぞして」
“谁啊!天气这么热,还让孩子哭。”
そんなことまで思っている。
甚至有这样的念头。
彼女がこと切れた時よりも、火葬場での時よりも、変わった土地へ来てするこんな経験の方に「失った」という思いは強く刻まれた。
与妹妹刚过世时,以及在火葬场的时候相比,来到这块奇怪的土地后感受到的经验,反而在他心中深深刻画下 “失去” 的感受。
「たくさんの虫が、一匹の死にかけている虫の周囲に集まって、悲しんだり泣いたりしている」と友人に書いたような、彼女の死の前後の苦しい経験がやっと薄い面紗のあちらに感ぜられるようになったのもこの土地へ来てからであった。そしてその思いにも落ちつき、新しい周囲にも心が馴染んで来るにしたがって、峻には珍しく静かな心持がやって来るようになった。いつも都会に住み慣れ、ことに最近は心の休む隙もなかった後で、彼はなおさらこの静けさの中でうやうやしくなった。道を歩くのにもできるだけ疲れないように心掛ける。棘一つ立てないようにしよう。指一本詰めないようにしよう。ほんの些細なことがその日の幸福を左右する。――迷信に近いほどそんなことが思われた。そして旱の多かった夏にも雨が一度来、二度来、それがあがるたびごとにやや秋めいたものが肌に触れるように気候もなって来た。
“许多虫子聚集在一只将死的虫子周遭哀伤、悲泣。” 就像他在写给友人的信中所述,他是在来到这块土地后,才得以从薄薄的面纱背后感受到妹妹过世时的痛苦经历。随着那份情感的沉淀,以及内心逐渐习惯周遭的新环境,峻难得地迎来了内心的平静。过去他住惯都会,尤其是自从最近无暇让心灵得到休养后,他在这样的宁静中更加显得谦恭。就连走在路上,也都留意避免让自己感到疲惫。不让自己被芒刺刺伤。不让自己割伤手指。微不足道的细微琐事都会影响他一天的幸福。——这是他近乎迷信的想法。就连多旱的夏天,下过一两场雨,每次雨过天晴后的微微秋意,他的肌肤都能感受到,时序也就此缓缓转变。
そうした心の静けさとかすかな秋の先駆は、彼を部屋の中の書物や妄想にひきとめてはおかなかった。草や虫や雲や風景を眼の前へ据えて、ひそかに抑えて来た心を燃えさせる、――ただそのことだけが仕甲斐のあることのように峻には思えた。
他内心的平静与微凉的秋意,使得他无法再沉浸在房内的书本和妄想中。望着眼前的青草、昆虫、白云、风景,他一直暗自压抑的内心就此燃起火焰——不过,峻觉得这么做是有意义的。
「家の近所にお城跡がありまして峻の散歩にはちょうど良いと思います」姉が彼の母のもとへ寄来した手紙にこんなことが書いてあった。着いた翌日の夜。義兄と姉とその娘と四人ではじめてこの城跡へ登った。旱のためうんかがたくさん田に湧いたのを除虫燈で殺している。それがもうあと二三日だからというので、それを見にあがったのだった。平野は見渡す限り除虫燈の海だった。遠くになると星のように瞬いている。山の峡間がぼうと照らされて、そこから大河のように流れ出ている所もあった。彼はその異常な光景に昂奮して涙ぐんだ。風のない夜で涼みかたがた見物に来る町の人びとで城跡は賑わっていた。暗のなかから白粉を厚く塗った町の娘達がはしゃいだ眼を光らせた。
“住家附近有座古城遗址,很适合峻去那里散步。” 姐姐在寄给母亲的信中提到这件事。峻来到这里的隔天晚上,和姐夫、姐姐、外甥女四人第一次前往这座古城遗址。因为干旱,田里冒出许多白背飞虱,人们用除虫灯扑杀。因为已经装设有两三天了,所以他们特地上古城欣赏这幕美景。放眼所及,整片原野都是除虫灯之海。至于远处,则是像繁星般闪烁。亮光朦胧地照耀着山谷,那里看起来就像一条大河。面对眼前奇特的光景,他情绪激昂,热泪盈眶。在平静无风的夜里,古城遗址挤满了到这里纳凉参观的市街人潮,热闹无比。在昏暗的光线下,抹着厚厚香粉的市街姑娘们欢悦的眼瞳光芒闪动。
今、空は悲しいまで晴れていた。そしてその下に町は甍を並べていた。
此刻万里晴空,令人感到落寞。在这片晴空下,市街内屋瓦相连。
白堊2の小学校。土蔵3作りの銀行。寺の屋根。そしてそこここ、西洋菓子の間に詰めてあるカンナ屑めいて、緑色の植物が家々の間から萌え出ている。ある家の裏には芭蕉の葉が垂れている。糸杉の巻きあがった葉も見える。重ね綿のような恰好に刈られた松も見える。みな黝んだ下葉と新しい若葉で、いいふうな緑色の容積を造っている。
白墙搭建的小学。土仓改建的银行。寺院的屋顶。到处都有绿色的植物从屋舍间冒出,看起来就像充填在洋果子间的刨木屑般。某户人家后院,芭蕉叶低垂。也能看到柏木卷曲的叶子。还有被修剪成像棉花般的松树。全都是泛黑的老叶和新长的嫩叶,呈现出赏心悦目的绿色来。
遠くに赤いポストが見える。
可望见远处的红色邮筒。
乳母車なんとかと白くペンキで書いた屋根が見える。
以白漆写着“婴儿车”的屋顶。
日をうけて赤い切地を張った張物板が、小さく屋根瓦の間に見える。――
在日照下,挂着红布的晾衣板,从屋瓦间的缝隙隐约可见。
夜になると火の点いた町の大通りを、自転車でやって来た村の青年達が、大勢連れで遊廓の方へ乗ってゆく。店の若い衆なども浴衣がけで、昼見る時とはまるで異ったふうに身体をくねらせながら、白粉を塗った女をからかってゆく。――そうした町も今は屋根瓦の間へ挾まれてしまって、そのあたりに幟をたくさん立てて芝居小屋がそれと察しられるばかりである。
入夜后,万家灯火纷纷亮起的市街大路上,骑着脚踏车前来的村庄青年,三五成群地朝花街柳巷而去。店里的年轻小伙子也穿着浴衣,展现出同白天不同的举止,与脸上涂着香粉、扭动着身躯的女人调情嬉笑。——白日里的那些市街此时也淹没在屋瓦间,有个地方插着许多旗帜,可以猜出那是剧场。
西日を除けて、一階も二階も三階も、西の窓すっかり日覆をした旅館がやや近くに見えた。どこからか材木を叩く音が――もともと高くもない音らしかったが、町の空へ「カーン、カーン」と反響した。
附近可以看见一家旅馆,为了阻挡西晒,一楼、二楼、三楼,西边的窗户全都挂上了遮阳罩。不知从何处传来敲打木头的声响——似乎原本不是多清亮的声响,却朝市街的天空传来“锵、锵”的回响。
次つぎ止まるひまなしにつくつく法師が鳴いた。「文法の語尾の変化をやっているようだな」ふとそんなに思ってみて、聞いていると不思議に興が乗って来た。「チュクチュクチュク」と始めて「オーシ、チュクチュク」を繰り返す、そのうちにそれが「チュクチュク、オーシ」になったり「オーシ、チュクチュク」にもどったりして、しまいに「スットコチーヨ」「スットコチーヨ」になって「ジー」と鳴きやんでしまう。中途に横から「チュクチュク」とはじめるのが出て来る。するとまた一つのは「スットコチーヨ」を終わって「ジー」に移りかけている。三重四重、五重にも六重にも重なって鳴いている。
寒蝉持续不间断地鸣唱。“这就像是文法语尾的变化一样”,我突然产生这个念头,说来也真不可思议,仔细聆听后,愈听愈起劲。一开始是“唧咕唧咕唧咕”,接着不断反复“欧——西唧咕唧咕”。不久,它转变为“唧咕唧咕欧——西”,然后又变回“欧——西唧咕唧咕”,接着是“斯托叩唧——哟”“斯托叩唧——哟”,最后以一声“唧——”画下句点。途中还会从旁冒出“唧咕唧咕”的叫声。如一此来,又会有另一个“斯托叩唧——哟”结束,转为“唧——”的结尾声。形成三重、四重、五重,甚至是六重合唱。
峻はこの間、やはりこの城跡のなかにある社の桜の木で法師蝉が鳴くのを、一尺ほどの間近で見た。華車な骨に石鹸玉のような薄い羽根を張った、身体の小さい昆虫に、よくあんな高い音が出せるものだと、驚きながら見ていた。その高い音と関係があると言えば、ただその腹から尻尾へかけての伸縮であった。柔毛の密生している、節を持った、その部分は、まるでエンジンのある部分のような正確さで動いていた。
这段时间,峻在约莫一尺的近距离下聆听寒蝉在这座古城遗迹内的神社樱树上鸣唱。他惊讶地望着寒蝉,心想,这小小的昆虫,纤细的身躯上紧贴着两片薄如肥皂泡的羽翼,竟然能发出如此高亢的声音。说到和它的高亢声音有关联的部分,就属它腹部到尾部这部位的伸缩了。这个长满密毛、呈节状的部位,就像引擎般精确地运作着——当时寒蝉的模样令他产生联想。
――その時の恰好が思い出せた。腹から尻尾へかけてのブリッとした膨らみ。隅ずみまで力ではち切ったような伸び縮み。――そしてふと蝉一匹の生物が無上にもったいないものだという気持に打たれた。
——当时寒蝉的模样令他产生联想。腹部到尾部的浑圆模样,仿佛使出全身力气展开地伸缩——接着,他突然深有所感,认为蝉这种生物实在太大材小用了。
時どき、先ほどの老人のようにやって来ては涼をいれ、景色を眺めてはまた立ってゆく人があった。
有时会有人像刚才那位老翁一样,来这里纳凉,欣赏风景,然后离去。
峻がここへ来る時によく見る、亭の中で昼寝をしたり海を眺めたりする人がまた来ていて、今日は子守娘と親しそうに話をしている。
峻来这里常看到某人在凉亭里午睡、观海,今天他也来了,和帮人照顾孩子的小女孩亲昵地闲聊。
蝉取竿を持った子供があちこちする。虫籠を持たされた児は、時どき立ち留まっては籠の中を見、また竿の方を見ては小走りに随いてゆく。物を言わないでいて変に芝居のようなおもしろさが感じられる。
手拿长竿要粘蝉的孩童东奔西跑。负责拿捕虫笼的小孩,不时停下脚步朝笼里观望,然后又望向手拿竹竿的孩子,快步跟向前。他们没有交谈,感觉就像在看一出戏,别有一番乐趣。
またあちらでは女の子達が米つきばったを捕えては、「ねぎさん米つけ、何とか何とか」と言いながら米をつかせている。ねぎさんというのはこの土地の言葉で神主のことを言うのである。峻は善良な長い顔の先に短い二本の触覚を持った、そう思えばいかにも神主めいたばったが、女の子に後脚を持たれて身動きのならないままに米をつくその恰好が呑気なものに思い浮かんだ。
而在另一边,女孩们抓到一只剑角蝗虫,她们一面说“祢宜先生快捣米,拜托拜托”,一面让蝗虫做捣米的动作。“祢宜”就当地的话来说,是神官的意思。蝗虫那和善的长脸上头长了两根触角,仔细想想,确实和神官颇为神似,峻的脑中悠哉地浮现蝗虫被女孩抓住后脚,无法动弹,就此做出捣米动作的模样。
女の子が追いかける草のなかを、ばったは二本の脚を伸ばし、日の光を羽根一ぱいに負いながら、何匹も飛び出した。
数只蝗虫后腿一蹬,从女孩追逐奔跑的草丛中一跃而出,翅膀上承载了满满的阳光。
時どき烟を吐く煙突があって、田野はその辺りから展けていた。レンブラント4の素描めいた風景が散らばっている。
不时会有升起炊烟的烟囱,田野就从那一带向外扩展开来。如同伦勃朗素描绘制的风景散见于各处。
黝い木立。百姓5家。街道。そして青田のなかに褪赭の煉瓦の煙突。
黑压压的树丛,农家,干道,以及绿油油的农田里红褐色的砖造烟囱。
小さい軽便6が海の方からやって来る。
小火车从大海的方向驶来。
海からあがって来た風は軽便の煙を陸の方へ、その走る方へ吹きなびける7。
吹向陆地的海风,将小火车的煤烟横向吹往火车驶往的陆地方向。
見ていると煙のようではなくて、煙の形を逆に固定したまま玩具の汽車が走っているようである。
望着这一幕,仿佛飘动的不是煤烟,而是将烟的形状固定住,往前驶去的玩具火车。
ササササと日が翳る。風景の顔色が見る見る変わってゆく。
浮云蔽日。风景的颜色逐渐转变。
遠く海岸に沿って斜に入り込んだ入江が見えた。――峻はこの城跡へ登るたび、幾度となくその入江を見るのが癖になっていた。
可以望见远方沿着海岸斜向切入的海口。——峻每次登上这座古城遗址,总会朝海口多看几眼,这已成了习惯。
海岸にしては大きい立木が所どころ繁っている。その蔭にちょっぴり人家の屋根が覗いている。そして入江には舟が舫っている8気持。
虽说是海岸,但处处林木葱葱郁郁。树下隐约露出住家屋顶。海口处有船只停靠。
それはただそれだけの眺めであった。どこを取り立てて特別心を惹くようなところはなかった。それでいて変に心が惹かれた。
就只是如此平凡的景致,没半点特别吸引人之处。但不知为何,就是令他无比神往。
なにかある。ほんとうになにかがそこにある。と言ってその気持を口に出せば、もう空ぞらしいものになってしまう。
一定有什么玄机。这当中肯定有什么。尽管如此,要是说出这样的感受,它马上就显得虚假。
たとえばそれを故のない淡い憧憬と言ったふうの気持、と名づけてみようか。誰かが「そうじゃないか」と尋ねてくれたとすれば彼はその名づけ方に賛成したかもしれない。しかし自分では「まだなにか」という気持がする。
这种感觉就像是一种无来由的淡淡憧憬,不妨就这样命名吧。倘若有人问道 “不就是这样吗”,他或许就是赞成这样的命名。但峻的心里总觉得 “应该还有其他原因”。
人種の異ったような人びとが住んでいて、この世と離れた生活を営んでいる。――そんなような所にも思える。とはいえそれはあまりお伽話めかした、ぴったりしないところがある。
不同的人种住在此地,过着遗世独立的生活。——感觉是这样的一处地方。话虽如此,但这听起来实在像极了童话故事,并不贴切。
なにか外国の画で、あそこに似た所が描いてあったのが思い出せないためではないかとも思ってみる。それにはコンステイブル9の画を一枚思い出している。やはりそれでもない。
他甚至心想,该不会是某幅国外的图画里有类似的场景,是他自己想不起来吧。他想起一幅康斯太勃尔的画,但还是不一样。
ではいったい何だろうか。このパノラマ風の眺めは何に限らず一種の美しさを添えるものである。しかし入江の眺めはそれに過ぎていた。そこに限って気韻が生動している。そんなふうに思えた。――
那么,到底会是什么呢?眼前那全景式的风景,不受任何局限,增添了某种独特的美。不过,这海口景致不止如此。只有这个地方显得生机盎然。这是他心中的感受。
空が秋らしく青空に澄む日には、海はその青よりやや温い深青に映った。白い雲がある時は海も白く光って見えた。今日は先ほどの入道雲が水平線の上へ拡がってザボンの内皮の色がして、海も入江の真近までその色に映っていた。今日も入江はいつものように謎をかくして静まっていた。
在秋高气爽、晴空蔚蓝的日子,大海映照出比蓝天更显温暖的深蓝。天空有白云高挂时,就连大海看起来也泛着白光。今天,积雨云在水平线上扩散开来,呈现出柚子内皮的颜色,整片大海就连海口附近也映照出这种颜色。今天海口仍像平时一样,静谧中暗藏着神秘。
見ていると、獣のようにこの城のはなから悲しい唸声を出してみたいような気になるのも同じであった。息苦しいほど妙なものに思えた。
望着此景,有种想要像野兽一样从这座古城边发出悲戚低吼的心情。感觉那是个几欲令他喘不过气来的诡异之物。
夢で不思議な所へ行っていて、ここは来た覚えがあると思っている。――ちょうどそれに似た気持で、えたいの知れない想い出が湧いて来る。
他在梦里来到一个不可思议的场所,他记得自己来过这里。——刚好就像这样的感觉,一阵来路不明的回忆就此涌现。
「ああかかる日のかかるひととき」
“在那个日子里的那个时刻。”
「ああかかる日のかかるひととき」
“在那个日子里的那个时刻。”
いつ用意したとも知れないそんな言葉が、ひらひらとひらめいた。――
不知道是什么时候准备好的这句话,就此闪过他脑中。
「ハリケンハッチ10のオートバイ」
“哈里根 · 哈奇的摩托车。”
「ハリケンハッチのオートバイ」
“哈里根 · 哈奇的摩托车。”
先ほどの女の子らしい声が峻の足の下で次つぎに高く響いた。丸の内の街道を通ってゆくらしい自動自転車の爆音がきこえていた。
像是刚才那名女孩的声音,在峻的脚下陆续高声响起,传来丸之内大道上的摩托车的轰鸣声。
この町のある医者がそれに乗って帰って来る時刻であった。その爆音を聞くと峻の家の近所にいる女の子は我勝ちに「ハリケンハッチのオートバイ」と叫ぶ。「オートバ」と言っている児もある。
这是市街的医生骑摩托车返回的时刻。听到那轰鸣声,家住附近的女孩争先恐后地喊 “哈里根 · 哈奇的摩托车”。也有小孩在一旁喊着 “摩托”。
三階の旅館は日覆をいつの間にか外した。
三楼的旅馆不知何时已拆下遮阳罩。
遠い物干台の赤い張物板ももう見つからなくなった。
远处晒衣台的红色晾衣板已经看不到了。
町の屋根からは煙。遠い山からは蜩。
市街的屋顶升起炊烟。远山传来暮蝉的鸣唱。
手品と花火
これはまた別の日。
又是另一个日子。
夕飯と風呂を済ませて峻は城へ登った。
吃完晚饭,洗好澡后,峻前往古城。
薄暮の空に、時どき、数里離れた市で花火をあげるのが見えた。気がつくと綿で包んだような音がかすかにしている。それが遠いので間の抜けた時に鳴った。いいものを見る、と彼は思っていた。
薄暮时分的天空,不时可以望见离此数里远的市集在放烟花。猛一回神,耳边隐约听见一阵像是被棉花包裹住的闷闷声响。由于相距甚远,总是在不经意时响起。他心想,这漂亮的东西,我可瞧见了。
ところへ十七ほどを頭に三人連れの男の児が来た。これも食後の涼みらしかった。峻に気を兼ねてか静かに話をしている。
这时,走来三名同行的男子,当中年纪最大的约十七岁。似乎同样也是饭后来这里纳凉的,可能是顾忌峻在场,他们小声地交谈。
口で教えるのにも気がひけたので、彼はわざと花火のあがる方を熱心なふりをして見ていた。
峻也不好意思开口告诉他们烟火的事,所以他佯装很专注地望向烟火的方向。
末遠いパノラマのなかで、花火は星水母ほどのさやけさに光っては消えた。海は暮れかけていたが、その方はまだ明るみが残っていた。
在这片旷远的环绕全景中,烟火像星星水母般,绽放光明后旋即消逝。眼前的汪洋逐渐转为黯淡,但烟火的方向仍留有余光。
しばらくすると少年達もそれに気がついた。彼は心の中で喜んだ。
半晌过后,少年们也发现了烟火。他心中暗喜。
「四十九」
“四十九。”
「ああ。四十九」
“是啊。四十九。”
そんなことを言いあいながら、一度あがって次あがるまでの時間を数えている。彼はそれらの会話をきくともなしに聞いていた。
他们如此说道,默数着一颗烟火升起后,到下一颗烟火再度升起的时间。他若无其事地聆听他们的对话。
「××ちゃん。花は」
“××哥哥,花怎么说?”
「フロラ」一番年のいったのがそんなに答えている。――
“Flora。”年纪最大的少年如此回答。
城でのそれを憶い出しながら、彼は家へ帰って来た。家の近くまで来ると、隣家の人が峻の顔を見た。そして慌てたように「帰っておいでなしたぞな」と家へ言い入れた。
他回想着在古城里发生的事,就此回到家附近,这时隔壁邻居看到了他,马上很慌张地向家中的人说道:“他回来了。”
奇術が何とか座にかかっているのを見にゆこうかと言っていたのを、峻がぽっと出てしまったので騒いでいたのである。
之前提到有人要来表演魔术,要不要一起去看表演时,峻突然出门去了,在家人之间引发一阵骚动。
「あ。どうも」と言うと、義兄は笑いながら「はっきり言うとかんのがいかんのやさ」と姉に背負わせた。姉も笑いながら衣服を出しかけた。彼が城へ行っている間に姉も信子(義兄の妹)もこってり化粧をしていた。
“啊,回来了。”姐夫笑着说了一句“话还是得先讲清楚才行啊”,把责任丢给姐姐扛。姐姐也笑着朝峻递上衣服。他上古城的这段时间,姐姐和信子(姐夫的妹妹)都上了浓妆。
姉が義兄に「あんた、扇子は?」
姐姐问姐夫: “老公,扇子呢?”
「衣嚢にあるけど……」
“在衣服口袋里……”
「そうやな。あれも汚れてますで……」
“对哦。那个也是脏的……”
姉が合点合点などしてゆっくり捜しかけるのを、じゅうじゅうと音をさせて煙草を呑んでいた兄は 「扇子なんかどうでもええわな。早う仕度しやんし」と言って煙管の詰まったのを気にしていた。
姐姐点了点头,开始慢条斯理地找起来,这时,在一旁吞云吐雾的姐夫摆弄起堵塞的烟斗,开口道:“扇子的事不重要。快点换装吧。”
奥の間で信子の仕度を手伝ってやっていた義母が 「さあ、こんなはどうやな」と言って団扇を二三本寄せて持って来た。砂糖屋などが配って行った団扇である。
在里头房间帮忙给信子换装的亲家母则说:“喏,这个你看怎样?”然后拿来两三把圆扇。是砂糖铺赠送的圆扇。
姉が種々と衣服を着こなしているのを見ながら、彼は信子がどんな心持で、またどんなふうで着付けをしているだろうなど、奥の間の気配に心をやったりした。
峻望着姐姐很讲究的穿戴行头,心想,信子不知道是怀着怎样的心情换装,不知道会怎么穿。他相当关心房里的气氛。
やがて仕度ができたので峻はさきへ下りて下駄を穿いた。
峻很快便换好装,他率先下楼,穿上木屐。
「勝子(姉夫婦の娘)がそこらにいますで、よぼってやっとくなさい」と義母が言った。
“胜子(姐姐的女儿)在附近,请帮忙叫她回来。”亲家母说。
袖の長い衣服を着て、近所の子らのなかに雑っている勝子は、呼ばれたまま、まだなにか言いあっている。
穿着一件袖子很长的衣服、混在附近的孩子们当中的胜子,在听到喊叫后,仍继续和玩伴们聊天。
「『カ』ちうとこへ行くの」
“你要去那个叫 ‘活’ 什么的地方是吗?”
「かつどうや」
“你说的是活动。”
「活動や、活動やあ」と二三人の女の子がはやした。
“对,是活动,活动。”两三个女孩叫嚷道。
「ううん」と勝子は首をふって
“不对。”胜子摇了摇头。
「『ヨ』ちっとこへ行くの」とまたやっている。
“那么,是要去叫 ‘幼’ 什么的地方吗?”女孩又问。
「ようちえん?」
“幼稚园吗?”
「いやらし。幼稚園、晩にはあれへんわ」
“拜托。幼稚园晚上又没开。”
義兄が出て来た。
这时姐夫走出屋外。
「早うお出でな。放っといてゆくぞな」
“快点过来。不然留你自己在这儿哦。”
姉と信子が出て来た。白粉を濃くはいた顔が夕暗に浮かんで見えた。さっきの団扇を一つずつ持っている。
姐姐和信子也一同出门。抹着浓浓香粉的脸蛋,在黄昏中看起来很显眼。她们各拿着一把圆扇。
「お待ち遠さま。勝子は。勝子、扇持ってるか」
“让你们久等了。胜子人呢?胜子,你有扇子吗?”
勝子は小さい扇をちらと見せて姉に纏いつきかけた。
胜子亮出手中的小扇子,紧跟在姐姐身边。
「そんならお母さん、行って来ますで……」
“那么,妈妈,我们走喽……”
姉がそう言うと「勝子、帰ろ帰ろ言わんのやんな」と義母は勝子に言った。
姐姐说完后,婆婆又对胜子吩咐道:“胜子,你可别嚷嚷着要回家哦。”
「言わんのやんな」勝子は返事のかわりに口真似をして峻の手のなかへ入って来た。そして峻は手をひいて歩き出した。
“别嚷嚷哦。”胜子模仿奶奶的口吻,以此代替回答,又伸手要峻牵她。峻就此牵着她往前走。
往来に涼み台を出している近所の人びとが、通りすがりに、今晩は、今晩は、と声をかけた。
将凉椅搬到道路两旁纳凉的邻居们,在他们路过时,频频打招呼说 “晚上好”。
「勝ちゃん。ここ何てとこ?」彼はそんなことを訊いてみた。
“胜子,这里是什么地方?”他如此问道。
「しょうせんかく」
“松仙阁。”
「朝鮮閣?」
“朝鲜阁?”
「ううん、しょうせんかく」
“不对,是松仙阁。”
「朝鮮閣?」
“朝鲜阁?”
「しょう―せん―かく」
“松——仙——阁。”
「朝―鮮―閣?」
“朝——鲜——阁?”
「うん」と言って彼の手をぴしゃと叩いた。
胜子 “哼” 了一声,朝他手掌用力一拍。
しばらくして勝子から 「しょうせんかく」といい出した。
隔了一会儿,胜子又说道:“是松仙阁。”
「朝鮮閣」
“朝鲜阁。”
牴牾しいのはこっちだ、といったふうに寸分違わないように似せてゆく。それが遊戯になってしまった。しまいには彼が「松仙閣」といっているのに、勝子の方では知らずに「朝鮮閣」と言っている。信子がそれに気がついて笑い出した。笑われると勝子は冠を曲げて11しまった。
两人就像在说 “觉得不耐烦的人是我”,两种念法愈说愈相似,就此成了一种游戏。最后峻说出 “松仙阁”,反倒是胜子不自觉地说成了 “朝鲜阁”。信子察觉后,忍俊不禁。被信子这么一笑,胜子很恼火。
「勝子」今度は義兄の番だ。「ちがいますともわらびます」
“胜子,”这次换姐夫出声了,“说错话,别人当然会笑嘛。”
「ううん」鼻ごえをして、勝子は義兄を打つ真似をした。義兄は知らん顔で
“哼”,胜子发出鼻音,作势要打姐夫。姐夫装没看到,接着道:
「ちがいますともわらびます。あれ何やったな。勝子。一遍峻さんに聞かしたげなさい」
“‘说错话,别人当然会笑嘛。’ 这句话是什么意思,胜子,你再说一遍给峻听。”
泣きそうに鼻をならし出したので信子が手をひいてやりながら歩き出した。
胜子吸着鼻涕,一副快哭了的模样,所以信子牵起她的手往前走。
「これ……それから何というつもりやったんや?」
“喂……你到底打算说什么?”
「これ、蕨12とは違いますって言うつもりやったんやなあ」信子がそんなに言って庇護ってやった。
“她应该是想说,才不是 ‘蕨菜’ 呢。” 信子如此说道,想袒护胜子。
「いったいどこの人にそんなことを言うたんやな?」今度は半分信子に訊いている。
“这话到底是在对谁说?” 胜子这次问话有一半是冲着信子。
「吉峰さんのおじさんにやなあ」信子は笑いながら勝子の顔を覗いた。
“应该是对吉峰先生的叔叔吧。” 信子笑着说道,望向胜子。
「まだあったぞ。もう一つどえらいのがあったぞ」義兄がおどかすようにそう言うと、姉も信子も笑い出した。勝子は本式に泣きかけた。
“还没完呢。看我再给你说个厉害的瞧瞧。” 姐夫故意语带恫吓地逗胜子。姐姐和信子听完都笑了。胜子则是差点真的哭起来。
城の石垣に大きな電灯がついていて、後ろの木々に皎々と照っている。その前の木々は反対に黒ぐろとした蔭になっている。その方で蝉がジッジジッジと鳴いた。
古城的石墙上设有大电灯,将后方的树林照得亮晃晃。前方的树林反而形成黑压压的树荫。林中的知了唧唧唧地恣意叫着。
彼は一人後ろになって歩いていた。
他独自一人走在后头。
彼がこの土地へ来てから、こうして一緒に出歩くのは今夜がはじめてであった。若い女達と出歩く。そのことも彼の経験では、きわめて稀であった。彼はなんとなしに幸福であった。
自从来到此地,今晚是他第一次像这样一起出门散步。和年轻女孩一起出外散步,这在他的人生经验中,也算极为少有。他感受到无上的幸福。
少し我が儘なところのある彼の姉と触れ合っている態度に、少しも無理がなく、――それを器用にやっているのではなく、生地からの平和な生まれ付きでやっている。信子はそんな娘であった。
姐姐的个性有些任性,而信子与姐姐相处所秉持的态度,却一点都没勉强自己——并非是她处事巧妙圆滑,而是她天生温和的个性使然。信子就是这样的女孩。
義母などの信心から、天理教様に拝んでもらえと言われると、素直に拝んでもらっている。それは指の傷だったが、そのため評判の琴も弾かないでいた。
信天理教的母亲劝她向天理教的神明膜拜,她也都乖乖膜拜。她手指受了伤,所以再也没弹古琴,尽管过去她的琴艺颇受赞扬。
学校の植物の標本を造っている。用事に町へ行ったついでなどに、雑草をたくさん風呂敷へ入れて帰って来る。勝子が欲しがるので勝子にも頒けてやったりなどして、独りせっせとおしをかけいる。
她制作学校的植物标本。到市街去办事时,会顺便在包袱里塞进许多杂草带回。因为胜子想要,所以她会分一些给胜子,然后自己一个人迅速将杂草压平。
勝子が彼女の写真帖を引き出して来て、彼のところへ持って来た。それを極まり悪そうにもしないで、彼の聞くことを穏やかにはきはきと受け答えする。――信子はそんな好もしいところを持っていた。
胜子曾取出信子的相簿,拿到他面前来。信子对此一点都不觉得尴尬,对于他的询问,信子总是态度从容,回答得很干脆。——信子拥有如此讨喜的一面。
今彼の前を、勝子の手を曳いて歩いている信子は、家の中で肩縫揚げ13のしてある衣服を着て、足をにょきにょき出している彼女とまるで違っておとなに見えた。その隣に姉が歩いている。彼は姉が以前より少し痩せて、いくらかでも歩き振りがよくなったと思った。
此时牵着胜子的手走在他前面的信子,与在家中时穿着肩膀处缩缝的衣服、走路时不时露出脚面来的她判若两人,看起来成熟许多。姐姐走在她身旁。他觉得姐姐比以前更瘦,走起路来多了几分姿色。
「さあ。あんた。先へ歩いて……」
“好了。你走前面……”
姉が突然後ろを向いて彼に言った。
姐姐突然转过身来对他说道。
「どうして」今までの気持で訊かなくともわかっていたがわざと彼はとぼけて見せた。そして自分から笑ってしまった。こんな笑い方をしたからにはもう後ろから歩いてゆくわけにはゆかなくなった。
“为什么?” 照目前这样的感觉来看,不用问也知道,但他还是故意装蒜。接着他自己笑了起来。既然他笑成这副模样,就没理由再走在后头了。
「早う。気持が悪いわ。なあ。信ちゃん」
“快点儿。感觉很不舒服呢。对吧,信子。”
「……」笑いながら信子も点頭いた。
“……” 信子也笑着点了点头。
芝居小屋のなかは思ったように蒸し暑かった。
剧场里比想象中来得闷热。
水番14というのか、銀杏返しに結った、年の老けた婦が、座蒲団を数だけ持って、先に立ってばたばた敷いてしまった。平場15の一番後ろで、峻が左の端、中へ姉が来て、信子が右の端、後ろへ兄が座った。ちょうど幕間で、階下は七分通り詰まっていた。
梳着银杏发髻看顾场子的年事已高的老妇,手里拿着几个坐垫,站在前方急急忙忙地摆向座位。在观众席的最后面,峻坐最左侧,姐姐坐中间,信子坐最右侧,姐夫坐后方。正巧是中场休息时间,楼下的观众已坐了约七成。
先刻の婦が煙草盆を持って来た。火が埋んであって、暑いのに気が利かなかった。立ち去らずにぐずぐずしている。何と言ったらいいか、この手の婦特有な狡猾い顔付で、眼をきょろきょろさせている。眼顔で火鉢を指したり、そらしたり、兄の顔を盗み見たりする。こちらが見てよくわかっているのにと思い、財布の銀貨を袂の中で出し悩みながら、彼はその無躾に腹が立った。
刚才那名老妇拿着烟具盒走来。盒里还点着火,现场就已经够热了,还来添乱,真不识趣。她在这里磨磨蹭蹭,迟迟不肯离去。不知道该怎么形容才好,她有一张这种女人特有的狡猾面相,眼珠总是骨碌碌地左右打转。眼神时而投向火盆,时而移开,还会不时偷瞄姐夫的脸。峻心想,这女人在想什么,我全瞧在眼里。一边犹豫着该不该从衣袖里掏出钱包里的银币,一边对她的无礼感到恼火。
義兄は落ちついてしまって、まるで無感覚である。
姐夫倒是显得很冷静,完全无感。
「へ、お火鉢」婦はこんなことをそわそわ言ってのけて、忙しそうに揉手をしながらまた眼をそらす。やっと銀貨が出て婦は帰って行った。
“需要火盆吗?” 老妇眼神游移地说道,忙碌地搓着手,再度移开目光。最后峻掏出了银币,老妇人这才离开。
やがて幕があがった。
不久后再度开幕。
日本人のようでない、皮膚の色が少し黒みがかった男が不熱心に道具を運んで来て、時どきじろじろと観客の方を見た。ぞんざい16で、おもしろく思えなかった。それが済むと怪しげな名前の印度人が不作法なフロックコートを着て出て来た。何かわからない言葉で喋った。唾液をとばしている様子で、褪めた唇の両端に白く唾がたまっていた。
一位肤色微黑,看起来不像日本人的男子,神情慵懒地搬来道具,不时打量着观众。那吊儿郎当的态度,叫人看了很不是滋味。他摆设完毕后,一位名字古怪的印度人穿着一件很不得体的长外衣走出。说着听不懂的话,讲得口沫横飞,泛白嘴唇的嘴角积了不少白沫。
「なんて言ったの」姉がこんなに訊いた。すると隣のよその人も彼の顔を見た。彼は閉口してしまった。
“他说了些什么?”姐姐问。这一问,隔壁不认识的人也望向峻。问得他哑口无言。
印度人は席へ下りて立会人17を物色している。一人の男が腕をつかまれたまま、危う気な羞笑をしていた。その男はとうとう舞台へ連れてゆかれた。
印度人走下观众席,找寻见证人。一名男子被他抓住手臂,露出不安又难为情的笑容。不过男子最后还是被带上舞台。
髪の毛を前へおろして、糊の寝た浴衣を着、暑いのに黒足袋を穿いていた。にこにこして立っているのを、先ほどの男が椅子を持って来て坐らせた。
男子的头发垂向前额,穿着一件上过浆的浴衣,明明天气炎热,脚下却还穿着黑色的分趾鞋袜。他面带微笑地站着,刚才那名男子拿来椅子请他就座。
印度人は非道いやつであった。
这位印度人实在很不像话。
握手をしようと言って男の前へ手を出す。男はためらっていたが思い切って手を出した。すると印度人は自分の手を引き込めて、観客の方を向き、その男の手振を醜く真似て見せ、首根っ子を縮めて、嘲笑って見せた。毒々しいものだった。男は印度人の方を見、自分の元いた席の方を見て、危な気に笑っている。なにかわけのありそうな笑い方だった。子供か女房かがいるのじゃないか。堪らない。と峻は思った。
他手伸向男子面前,说他想握手。男子犹豫了一会儿,但最后还是伸出手。结果印度人反倒把手缩回,转头望向观众,刻意摆出丑态,模仿男子的动作,耸了耸肩,极尽嘲讽之能事。真恶毒。男子望向印度人,又望向自己原本的座位,不安地笑了笑。那是别有隐情的笑容。他或许有孩子或妻子同行吧。峻心想,真叫人看不下去。
握手が失敬になり、印度人の悪ふざけはますます性がわるくなった。見物はそのたびに笑った。そして手品がはじまった。
握手的事情已经很失礼了,接下来印度人的低级玩笑更加恶劣。每次都逗得观众哈哈大笑。接着开始表演魔术。
紐があったのは、切ってもつながっているという手品。金属の瓶があったのは、いくらでも水が出るという手品。――ごく詰まらない手品で、硝子の卓子の上のものは減っていった。まだ林檎が残っていた。これは林檎を食って、食った林檎の切が今度は火を吹いて口から出て来るというので、試しに例の男が食わされた。皮ごと食ったというので、これも笑われた。
他拿出绳子,表演不管怎么剪,绳子还是连在一起的魔术。拿出金属瓶,表演水源源不绝流出的魔术。——都是很无趣的魔术,只见摆在玻璃桌上的东西愈来愈少。最后还留着苹果。印度人宣称他喷一口火就能把吃下去的苹果复原,于是他请那名男子来吃苹果试试。结果男子连皮全吃了,这引来哄堂大笑。
峻はその箸にも棒にもかからないような笑い方を印度人がするたびに、何故あの男はなんとかしないのだろうと思っていた。そして彼自身かなり不愉快になっていた。
每次见那个印度人面露低俗不堪的笑脸,峻总会心想,那个男人为什么在一旁什么也不做呢?而他自己也觉得很不愉快。
そのうちにふと、先ほどの花火が思い出されて来た。
不久,他突然想起先前看到的烟火。
「先ほどの花火はまだあがっているだろうか」そんなことを思った。
“刚才的烟火,不知道是否还在燃放。” 他想着这件事。
薄明りの平野のなかへ、星水母ほどに光っては消える遠い市の花火。海と雲と平野のパノラマがいかにも美しいものに思えた。
在带有微光的原野中,像星星水母一样忽明忽暗,从远方市集燃放的烟火。大海、浮云、平原所构成的全景景致,着实美不胜收。
「花は」
“花怎么说?”
「Flora.」
“Flora.”
たしかに「Flower.」とは言わなかった。
那孩子说的确实不是 “Flower”。
その子供といい、そのパノラマといい、どんな手品師も敵わないような立派な手品だったような気がした。
不论是那孩子,还是那全景景致,感觉都是任何魔术师都望尘莫及的神奇魔术。
そんなことが彼の不愉快をだんだんと洗っていった。いつもの癖で、不愉快な場面を非人情に見る、――そうすると反対におもしろく見えて来る――その気持がものになりかけて来た。
这个想法逐渐洗去他心中的不愉快。他照自己的习惯,用冷漠无情的眼光来看待这些不愉快的场面——这么一来,反而显得有趣。他这个想法逐渐成形。
下等な道化に独りで腹を立てていた先ほどの自分が、ちょっと滑稽だったと彼は思った。
他开始觉得,面对这种低级搞笑,他自己一个人看得火冒三丈,实在有点滑稽。
舞台の上では印度人が、看板画そっくりの雰囲気のなかで、口から盛んに火を吹いていた。それには怪しげな美しささえ見えた。
舞台上的那位印度人在现场那宛如宣传海报上的气氛下,频频从口中喷火,呈现出一种诡奇之美。
やっと済むと幕が下りた。
最后终于结束,布幕垂落。
「ああおもしろかった」ちょっと嘘のような、とってつけたように勝子が言った。言い方がおもしろかったので皆笑った。――
“啊——真有意思。”胜子有点刻意地说道,听起来带点虚假。但因为她的口吻有趣,众人都笑了。
美人の宙釣り。
美人空中垂吊。
力業。
大力士。
オペレット。浅草気分。
轻歌剧。浅草风情。
美人胴切り。
腰斩美女。
そんなプログラムで、晩く家へ帰った。
在这样的节目安排下,他们看到很晚才回家。
病気
姉が病気になった。脾腹が痛む、そして高い熱が出る。峻は腸チブスではないかと思った。枕元で兄が
姐姐病了。她侧腹发疼,高烧不断。峻怀疑她染上了伤寒。姐夫在她枕边说:
「医者さんを呼びに遣ろうかな」と言っている。
“我去请医生来吧。”
「まあよろしいわな。かい虫かもしれませんで」そして峻にともつかず兄にともつかず「昨日あないに暑かったのに、歩いて帰って来る道で汗がちっとも出なんだの」と弱よわしく言っている。
“也好。也许是肚里有蛔虫。” 她没对峻说,也没对姐夫说,有气无力地自言自语道,“昨天天那么热,但返家的这段路上,我一滴汗也没流。”
その前の日の午後、少し浮かぬ顔で遠くから帰って来るのが見え、勝子と二人で窓からふざけながら囃し立てた。
前一天下午,他看见姐姐闷闷不乐地从远处归来,他和胜子两人在窗边嬉笑逗闹。
「勝子、あれどこの人?」
“胜子,那个人是谁啊?”
「あら。お母さんや。お母さんや」
“哎呀,是我妈。我妈。”
「嘘いえ。他所のおばさんだよ。見ておいで。家へは這入らないから」
“骗人。是别人家的阿姨。你看着吧,她不会走进家里的。”
その時の顔を峻は思い出した。少し変だったことは少し変だった。家のなかばかりで見馴れている家族を、ふと往来で他所目に見る――そんな珍しい気持で見た故と峻は思っていたが、少し力がないようでもあった。
峻想起当时姐姐的脸。如果说怪,确实有点怪。平时在家里看惯的家人,此刻突然在马路上以旁人的视角看待——峻心想,可能是因为难得抱持这种心情看她的缘故,但姐姐看起来确实也有点无精打采。
医者が来て、やはりチブスの疑いがあると言って帰った。峻は階下で困った顔を兄とつき合わせた。兄の顔には苦しい微笑が凝っていた。
医生前来诊断后,也说她可能是染了伤寒,说完便离去。峻在楼下一脸不知如何是好的神情,与姐夫互望了一眼。姐夫脸上挂着苦涩的微笑。
腎臓の故障だったことがわかった。舌の苔がなんとかで、と言って明瞭にチブスとも言い兼ねていた由を言って、医者も元気に帰って行った。
后来得知是肾脏出了毛病。医生提到舌苔之类的事,还提到之前无法断言是伤寒的原因,就此神情愉悦地离去。
この家へ嫁いで来てから、病気で寝たのはこれで二度目だと姉が言った。
姐姐说,这是她嫁来之后,第二次病倒。
「一度は北牟婁で」
“第一次是在北牟娄。”
「あの時は弱ったな。近所に氷がありませいでなあ、夜中の二時頃、四里ほどの道を自転車で走って、叩き起こして買うたのはまあよかったやさ。風呂敷へ包んでサドルの後ろへ結えつけて戻って来たら、擦れとりましてな、これだけほどになっとった」
“当时可伤脑筋了。因为附近买不到冰块,半夜两点左右,我骑着自行车跑到十六公里远的地方把店家叫醒才买到,算是很庆幸了。我把冰块包在包巾里,绑在自行车后座上,骑回来的路上一路融化,最后只剩这么一小块。”
兄はその手つきをして見せた。姉の熱のグラフにしても、二時間おきほどの正確なものを造ろうとする兄だけあって、その話には兄らしい味が出ていて峻も笑わされた。
姐夫边说边用手势比出大小。为了画出姐姐发烧的统计图,姐夫每隔两个小时就量一次准确的体温,正因为这故事是从他口中说出,颇像是他会有的作风,峻听了之后也跟着笑了。
「その時は?」
“那次是什么情况?”
「かい虫をわかしとりましたんじゃ」
“后来得知是得了蛔虫。”
――一つには峻自身の不検束な生活から、彼は一度肺を悪くしたことがあった。その時義兄は北牟婁でその病気が癒るようにと神詣でをしてくれた。病気がややよくなって、峻は一度その北牟婁の家へ行ったことがあった。そこは山のなかの寒村で、村は百姓と木樵で、養蚕などもしていた。冬になると家の近くの畑まで猪が芋を掘りに来たりする。芋は百姓の半分常食になっていた。その時はまだ勝子も小さかった。近所のお婆さんが来て、勝子の絵本を見ながら講釈しているのに、象のことを鼻巻き象、猿のことを山の若い衆とかやえんとか呼んでいた。苗字のないという子がいるので聞いてみると木樵の子だからと言って村の人は当然な顔をしている。小学校には生徒から名前の呼び棄てにされている、薫という村長の娘が教師をしていた。まだそれが十六七の年頃だった。――
——因为峻自己平时生活不注意,所以他一度染上肺病。当时姐夫在北牟娄上神社拜神,祈求他能痊愈。后来病情终于好转,峻也曾去过他们位于北牟娄的家。那里是位处深山的一座小村庄,村里住的都是农民和樵夫,也有人养蚕。入冬时,野猪甚至会到家附近的农田里刨掘地瓜。地瓜是农民的半主食。当时胜子年纪还小。附近的老婆婆会到家里来,边看胜子的绘本,边说故事给她听,但老婆婆把大象说成卷鼻象,把猴子说成山里的年轻人或是野猿。村里有些孩子没有姓氏,他询问原因,结果村民们一副理所当然的模样回答说,因为是樵夫的孩子,所以不需要姓氏。小学里有位叫薰的老师,是村长的女儿,学生们都不叫她的姓,而是直接叫她名字。当时她才十六七岁的年纪。
北牟婁はそんな所であった。峻は北牟婁での兄の話には興味が持てた。
北牟娄就是这么一个地方。峻对姐夫在北牟娄的故事很感兴趣。
北牟婁にいた時、勝子が川へ陥ったことがある。その話が兄の口から出て来た。
当初住北牟娄时,胜子曾经掉落河里。姐夫提到过那件往事。
――兄が心臓脚気で寝ていた時のことである。七十を越した、兄の祖母で、勝子の曽祖母にあたるお祖母さんが、勝子を連れて川へ茶碗を漬けに行った。その川というのが急な川で、狭かったが底はかなり深かった。お祖母さんは、いつでも兄達が捨てておけというのに、姉が留守だったりすると、勝子などを抱きたがった。その時も姉は外出していた。
——姐夫曾有一段时间因为罹患脚气性心脏病而卧病在床。他年过七旬的祖母,也就是胜子的曾祖母,带着胜子去河边洗碗。那是一条湍急的河流,河面虽窄,但深不见底。虽然姐夫他们总是叫祖母不必插手,但只要姐姐不在家,她就想抱胜子。当时姐姐正好外出。
はあ、出て行ったな。と寝床の中で思っていると、しばらくして変な声がしたので、あっと思ったまま、ひかれるように大病人が起きて出た。川はすぐ近くだった。見ると、お祖母さんが変な顔をして、「勝子が」と言ったのだが、そして一生懸命に言おうとしているのだが、そのあとが言えない。
“啊,她们出门了吗?”姐夫在病床里这么想着,不一会儿他就听到奇怪的声音,心中一惊,像被人拉着走似的,拖着病躯起身出外查看。河就在附近。姐夫看到祖母,只见她脸色大变,张着嘴说道“胜子她……”,她努力想接着往下说,但迟迟说不出话来。
「お祖母さん。勝子が何とした!」
“奶奶,胜子她怎么了?”
「……」手の先だけが激しくそれを言っている。
“……” 祖母就只是不断伸手比着 “那边”。
勝子が川を流れてゆくのが見えているのだ!川はちょうど雨のあとで水かさが増していた。先に石の橋があって、水が板石とすれすれになっている。その先には川の曲がるところがあって、そこはいつも渦が巻いている所だ。川はそこを曲がって深い沼のような所へ入る。橋か曲がり角で頭を打ちつけるか、流れて行って沼へ沈みでもしようものなら助からないところだった。
姐夫看到胜子一路顺流而下!刚下过雨,水位暴涨。前方有座石桥,河水几乎快要贴到桥下的石板。再过去便是河道转弯处,那里总会形成涡流。河道会在那里转弯,汇入更深的沼泽中。要是在石桥或转弯处撞到头,或是顺着河流沉入沼泽,那就无法挽救了。
兄はいきなり川へ跳び込んで、あとを追った。橋までに捕えるつもりだった。
姐夫突然纵身跃进河中,在后头猛追。想赶在流向石桥前抓住胜子。
病気の身だった。それでもやっと橋の手前で捕えることはできた。しかし流れがきつくて橋を力に上ろうと思ってもとうてい駄目だった。板石と水の隙間は、やっと勝子の頭ぐらいは通せるほどだったので、兄は勝子を差し上げながら水を潜り、下手でようやくあがれたのだった。勝子はぐったりとなっていた。逆にしても水を吐かない。兄は気が気でなく、しきりに勝子の名を呼びななら、背中を叩いた。
他有病在身,但还是成功在流向石桥前抓住了胜子。但因为水势湍急,他想使劲爬上桥,但终究还是力气不够。石板和河水间的缝隙,仅能勉强让胜子的脑袋通过,所以姐夫托举着胜子,自己潜入水中,来到下游处,终于爬上岸。胜子已全身瘫软无力,就算将她整个人倒悬,一样呕不出水来。姐夫担心不已,频频叫喊胜子的名字,并不断拍打她背部。
勝子はけろりと気がついた。気がついたが早いか、立つとすぐ踊り出したりするのだ。兄はばかされたようでなんだか変だった。
胜子霍然醒来。她一醒来,马上便站起身蹦蹦跳跳。姐夫就像被耍了似的,总觉得有哪里不对。
「このべべ何としたんや」と言って濡れた衣服をひっぱってみても「知らん」と言っている。足が滑った拍子に気絶しておったので、全く溺れたのではなかったとみえる。
“臭丫头,你到底做了什么?” 他如此问道,拉扯她湿透的衣服,胜子却回答说“我不知道”。看来她是一时脚下打滑,昏了过去,根本不是溺水。
兄の話のあらましはこんなものだった。ちょうど近所の百姓家が昼寝の時だったので、自分がその時起きてゆかなければどんなに危険だったかとも言った。
姐夫说的故事大致如上。当时是附近的农民们午睡的时间,如果姐夫那时没醒来的话,后果不堪设想。
話している方も聞いている方も惹き入れられて、兄が口をつぐむと、静かになった。
说者和听者都沉浸在故事中,姐夫说完后,现场宁静了半晌。
「わたしが帰って行ったらお祖母さんと三人で門で待ってはるの」姉がそんなことを言った。
“我回家后,看到奶奶他们三人站在门口等我。” 姐姐说。
「何やら家にいてられなんだわさ。着物を着かえてお母ちゃんを待っとろと言うたりしてなあ」
“总觉得在家里待不住。所以我叫她换好衣服后,等妈妈回来。”
「お祖母さんがぼけはったのはあれからでしたな」姉は声を少しひそませて意味の籠った眼を兄に向けた。
“奶奶就是从那之后开始失智的。”姐姐压低声音说道,以别有含意的眼神望向姐夫。
「それがあってからお祖母さんがちょっとぼけみたいになりましてなあ。いつまで経ってもこれに(と言って姉を指し)よしやんに済まん、よしやんに済まんと言いましてなあ」
“因为发生过那件事,奶奶就变得有点失智。不管过了再久,也总是对她(他指向姐姐)说,我对不起良子,对不起良子。”
「なんのお祖母さん、そんなことがあろうかさ、と言っているのに」
“我明明都对她说,奶奶,没事的,用不着向我道歉。”
それからのお祖母さんは目に見えてぼけていって一年ほど経ってから死んだ。
之后祖母的失智愈来愈严重,一年后驾鹤西归。
峻にはそのお祖母さんの運命がなにか惨酷な気がした。それが故郷ではなく、勝子のお守りでもする気で出かけて行った北牟婁の山の中だっただけに、もう一つその感じは深かった。
峻觉得这位祖母的命运有点儿悲惨。那里不是她的故乡,她是想照顾胜子,才来到北牟娄的深山里,正因为如此,峻的感触才特别深。
峻が北牟婁へ行ったのは、その事件の以前であった。お祖母さんは勝子の名前を、その当時もう女学校へ上っていたはずの信子の名と、よく呼び違えた。信子はその当時母などとこちらにいた。まだ信子を知らなかった峻には、お祖母さんが呼び違えるたびごとに、信子という名を持った十四五の娘が頭に親しく想像された。
峻前往北牟娄的时候,是在发生那起事件之前。祖母常把胜子的名字误叫成当时已经在女校就读的信子。信子那时候仍与母亲住在这里。还不认识信子的峻,每次当祖母将胜子叫成信子时,就会在脑中想象那位十四五岁、名叫信子的女孩的模样。
勝子
峻は原っぱに面した窓に倚りかかって外を眺めていた。
峻倚在面向原野的窗边,望着窗外。
灰色の雲が空一帯を罩めていた。それはずっと奥深くも見え、また地上低く垂れ下がっているようにも思えた。
灰云笼罩天空。云层看起来厚实深邃,感觉就像在朝地面垂落。
あたりのものはみな光を失って静まっていた。ただ遠い病院の避雷針だけが、どうしたはずみか白く光って見える。
四周的景物全都失去光泽,一片死寂。只有远方医院的避雷针,不知为何,看起来白光闪耀。
原っぱのなかで子供が遊んでいた。見ていると勝子もまじっていた。男の児が一人いて、なにか荒い遊びをしているらしかった。
孩子们在原野里嬉戏。仔细看去,胜子也混在里头。有一名男孩似乎正在玩什么粗鲁的游戏。
勝子が男の児に倒された。起きたところをまた倒された。今度はぎゅうぎゅう押えつけられている。
胜子被男孩推倒在地。才刚站起身,又被推倒。接着被紧紧按压在地上。
いったい何をしているのだろう。なんだかひどいことをする。そう思って峻は目をとめた。
这到底是在做什么,这根本是胡来。峻心里这么想,于是目不转睛地观察着。
それが済むと今度は女の子連中が――それは三人だったが、改札口へ並ぶように男の児の前へ立った。変な切符切りがはじまった。女の子の差し出した手を、その男の児がやけに引っ張る。その女の子は地面へ叩きつけられる。次の子も手を出す。その手も引っ張られる。倒された子は起きあがって、また列の後ろへつく。
那游戏结束后,接着换其他女孩——共有三人,就像在检票口排队般,站在男孩面前。奇怪的检票就此展开。女孩伸出手,那名男孩使劲儿往后拉扯。女孩一下子摔向地面。下一个女孩同样也伸出手,然后被拉倒在地。被推倒的女孩站起身,又跑到队伍后面排队。
見ているとこうであった。男の児が手を引っ張る力加滅に変化がつく。女の子の方ではその強弱をおっかな18びっくりに期待するのがおもしろいのらしかった。
峻从中瞧出一些端倪。男孩出手拉扯的力道有所不同。女孩们对于他出力的强弱,显得既害怕又期待,这似乎就是乐趣所在。
強く引くのかと思うと、身体つきだけ強そうにして軽く引っ張る。すると次はいきなり叩きつけられる。次はまた、手を持ったというくらいの軽さで通す。
本以为他会用力拉,但没想到就只是动作显得很用力,其实只是轻轻一拉。不过下一次却冷不防地挨上一记重摔。再一次轮到时,则是像握手一样,轻轻一拉带过。
男の児は小さい癖にどうかすると大人の――それも木挽きとか石工とかの恰好そっくりに見えることのある児で、今もなにか鼻唄でも歌いながらやっているように見える。そしていかにも得意気であった。
男孩明明个头小,却十足的大人样——而且看起来像极了伐木工或石匠,而他现在正边哼着歌边玩游戏,一副趾高气扬的模样。
見ているとやはり勝子だけが一番よけい強くされているように思えた。彼にはそれが悪くとれた。勝子は婉曲に意地悪されているのだな。――そう思うのには、一つは勝子が我が儘で、よその子と遊ぶのにも決していい子にならないからでもあった。
仔细观察后,峻觉得只有胜子被摔得特别用力。他认定男孩不安好心。胜子应该是被拐着弯恶整了——之所以会这么想,是因为胜子是个任性的女孩,和其他孩子一起玩时,她绝不会是个乖乖听话的好孩子。
それにしても勝子にはあの不公平がわからないのかな。いや、あれがわからないはずはない。むしろ勝子にとっては、わかってはいながら痩我慢を張っているのがほんとうらしい。
不过,胜子难道看不出这里头存在的不公平吗?不,她不可能不知道。倒不如说,胜子明知如此,却还是逞强。
そんなに思っているうちにも、勝子はまたこっぴどく叩きつけられた。痩我慢を張っているとすれば、倒された拍子に地面と睨めっこをしている時の顔付は、いったいどんなだろう。――立ちあがる時には、もうほかの子と同じような顔をしているが。
正当他这么想着时,胜子又被重重摔向地面。如果她是在逞强,那么,她被摔倒时,两眼瞪视地面的神情又是怎么回事?——虽然她站起身时,已恢复成和其他孩子一样的神情。
よく泣き出さないものだ。
她忍住没哭,真不简单。
男の児がふとした拍子にこの窓を見るかもしれないからと思って彼は窓のそばを離れなかった。
他心想,那名男孩或许会突然望向他所在的这扇窗,因而始终没离开窗边半步。
奥の知れないような曇り空のなかを、きらりきらり光りながら過ってゆくものがあった。
在深不见底的满天浓云中,有个东西光芒闪动,飞逝而过。
鳩?
是鸽子吗?
雲の色にぼやけてしまって、姿は見えなかったが、光の反射だけ、鳥にすれば三羽ほど、鳩一流のどこにあてがあるともない飛び方で舞っていた。
因为混在浮云中,显得模糊,看不清那东西的身影,但凭借光的反射来看,如果那是飞鸟,应该一共有三只,以鸽子般无与伦比的飞翔方式翱翔。
「あああ。勝子のやつめ、かってに注文して強くしてもらっているのじゃないかな」そんなことがふっと思えた。いつか峻が抱きすくめてやった時、 「もっとぎうっと」と何度も抱きすくめさせた。その時のことが思い出せたのだった。そう思えばそれもいかにも勝子のしそうなことだった。峻は窓を離れて部屋のなかへ這入った。
“啊,胜子那丫头,该不会是自己要求对方摔重一点的吧?” 心中突然闪过这个念头。有一次峻抱紧她时,她嚷着“再用力一点”,一再要他抱紧一点。峻想起当时的情景。想到这里,便觉得这很像胜子会做的事。峻离开窗边,走进屋内。
夜、夕飯が済んでしばらくしてから、勝子が泣きはじめた。峻は二階でそれを聞いていた。しまいにはそれを鎮める姉の声が高くなって来て、勝子もあたりかまわず泣きたてた。あまり声が大きいので峻は下へおりて行った。信子が勝子を抱いている。勝子は片手を電燈の真下へ引き寄せられて、針を持った姉が、掌へ針を持ってゆこうとする。
入夜后,吃完晚饭不久,胜子突然开始哭了起来。峻在二楼听到她的哭声。最后连在一旁安抚的姐姐,也逐渐提高了音量,胜子就此不顾一切地放声号啕。由于实在哭得太大声,峻只好下楼查看。只见信子抱着胜子,胜子一只手被拉向电灯底下,姐姐拿着针,正准备刺向她手掌。
「そとへ行って棘を立てて来ましたんや。知らんとおったのが御飯を食べるとき醤油が染みてな」義母が峻にそう言った。
“她在外面玩,手扎到了刺。原本还没感觉,但吃饭时酱油渗进伤口,这才觉得痛。” 姐姐的婆婆向峻说道。
「もっとぎうとお出し」姉は怒ってしまって、邪慳に掌を引っ張っている。そのたびに勝子は火の付くように泣声を高くする。
“手伸长一点!” 姐姐发火道,一脸凶样地拉扯胜子的手。每次拉扯,胜子就像着火似的放声大哭。
「もう知らん、放っといてやる」しまいに姉は掌を振り離してしまった。
“我不管了,随你去吧。” 最后姐姐甩开胜子的手。
「今はしようないで、××膏をつけてくくっとこうよ」義母が取りなす19ように言っている。信子が薬を出しに行った。峻は勝子の泣声に閉口してまた二階へあがった。
“眼下是没办法了,就暂时先上个药膏,包扎一下吧。” 婆婆在一旁打圆场。信子前去拿药。峻受不了胜子的哭声,又回到了二楼。
薬をつけるのに勝子の泣声はまだ鎮まらなかった。
明明都要擦药了,但胜子仍旧哭个不停。
「棘はどうせあの時立てたに違いない」峻は昼間のことを思い出していた。ぴしゃっと地面へうつっぶせになった時の勝子の顔はどんなだったろう、という考えがまた蘇えって来た。
“刺一定是那时候扎到的。” 峻想起白天的事。胜子朝地面摔了个狗吃屎时,她脸上的表情是怎么回事?这个想法再度浮现脑中。
「ひょっとしてあの時の痩我慢を破裂させているのかもしれない」そんなことを思って聞いていると、その火がつくような泣声が、なにか悲しいもののように峻には思えた。
“或许这让她当时的逞强彻底瓦解了吧。” 他这样想着,再度竖耳细听时,发现那像着火似的哭声,听起来透着一丝悲戚。
昼と夜
彼はある日城の傍の崖の蔭に立派な井戸があるのを見つけた。
一天,他发现古城旁的山崖下有一口大井。
そこは昔の士の屋敷跡のように思えた。畑とも庭ともつかない地面には、梅の老木があったり南瓜が植えてあったり紫蘇があったりした。城の崖からは太い逞しい喬木や古い椿が緑の衝立を作っていて、井戸はその蔭に坐っていた。
感觉像是昔日武士宅邸的遗址。看不出是农田还是庭园的地面,有的地方有老梅树,有的地方种南瓜,有的地方种紫苏。古城的山崖有粗大的乔木与老山茶树形成的绿色屏风,那口井就坐落在树荫下。
大きな井桁20、堂々とした石の組み様、がっしりしていて立派であった。
巨大的井字形木框、宏伟的石块拼接,显得牢靠气派。
若い女の人が二人、洗濯物を大盥で濯いでいた。
两名年轻女子在一个大水盆里洗涤衣物。
彼のいた所からは見えなかったが、その仕掛ははね釣瓶になっているらしく、汲みあげられて来る水は大きい木製の釣瓶桶に溢れ、樹々の緑が瑞みずしく映っている。盥の方の女の人が待つふりをすると、釣瓶の方の女の人は水をあけた。盥の水が躍り出して水玉の虹がたつ。そこへも緑は影を映して、美しく洗われた花崗岩の畳石の上を、また女の人の素足の上を水は豊かに流れる。
从他的位置看不太清楚,但那好像是采吊桶的设计,汲出的水会装满一个木制的吊桶,水面鲜明地映照出树林的绿意。水盆这边的女人像在等候,吊桶那边的女人则把水倒进水盆里。水盆里水花跃动,形成一道水珠的彩虹。绿意同样映照其上,井水流过被清洗得无比洁净的花岗岩石板地以及女人的裸足。
羨ましい、素晴しく幸福そうな眺めだった。涼しそうな緑の衝立の蔭。確かに清冽で豊かな水。なんとなく魅せられた感じであった。
那是一幕令人望而生羡、美好又幸福的景致。看起来凉爽宜人的绿色屏风树荫,冷冽丰沛的清水,令人神往。
国定教科書にあったのか小学唱歌にあったのか、少年の時に歌った歌の文句が憶い出された。その言葉には何のたくみも感ぜられなかったけれど、彼が少年だった時代、その歌によって抱いたしんに朗らかな新鮮な想像が、思いがけず彼の胸におし寄せた。
不知是出现在国定教科书里,还是小学唱的歌曲里,他忆起少年时代唱过的歌曲片段。虽然这段文句平凡无奇,但在他少年时代,因这首歌而产生的爽朗且鲜明的想象,意外涌上心间。
它还附有一幅图画。
また「四方」とかいう題で、子供が朝日の方を向いて手を拡げている図などの記憶が、次つぎ憶い出されて来た。
图画的标题是 “四方”,画中孩子们面向朝阳敞开双臂。那时的记忆陆续被峻回忆起来。
国定教科書の肉筆めいた楷書の活字。またなんという画家の手に成ったものか、角のないその字体と感じのまるで似た、子供といえば円顔の優等生のような顔をしているといったふうの、挿画のこと。
“四方” 二字是国定教科书上手写般的楷书印刷字。还有不知是出自哪位画家之手的插画,感觉就像是没有棱角的字体般,若以小孩来说,就像是长有一张圆脸的模范生。
「何とか権所有」それをゴンショユウと、人の前では読まなかったが、心のなかで仮に極めて読んでいたこと。そのなんとか権所有の、これもそう思えば国定教科書に似つかわしい、手紙の文例の宛名のような、人の名。そんな奥付の有様までが憶い出された。
图画下方附有 “××权所有”,他虽然不曾在人们面前把权 “KEN” 误念成 “GON” 的音,但心里确实试着这样念过。现在回头想,这××权拥有人的名字,很适合国定教科书,就像书信范例上的收件人姓名一样。他连版权页的情况也清楚地忆起。
――少年の時にはその画のとおりの所がどこかにあるような気がしていた。そうした単純に正直な児がどこかにいるような気がしていた。彼にはそんなことが思われた。
——少年时代,他总觉得和这种图画一样的地方,似乎就存在于世上某处。也觉得世上会有如此单纯、率真的孩子。这是他心中的想法。
それらはなにかその頃の憧憬の対象でもあった。単純で、平明で、健康な世界。――今その世界が彼の前にある。思いもかけず、こんな田舎の緑樹の蔭に、その世界はもっと新鮮な形を具えて存在している。
这些同时也是他当时憧憬的对象。单纯、简明、健康的世界——此刻这世界就在他面前。没想到那个世界具有更鲜活的形象,而且就存在于这样的乡间绿树下。
そんな国定教科書風な感傷のなかに、彼は彼の営むべき生活が示唆されたような気がした。
在国定教科书风格的感伤下,感觉他该追求的生活已显示在他面前。
――食ってしまいたくなるような風景に対する愛着と、幼い時の回顧や新しい生活の想像とで彼の時どきの瞬間が燃えた。また時どき寝られない夜が来た。
——对眼前风景所抱持的这份喜爱和执着、对年幼时期的回顾、对新生活的想象,点燃了他当下的瞬间。那天夜晚,他难以成眠。
寝られない夜のあとでは、ちょっとしたことにすぐ底熱い昂奮が起きる。その昂奮がやむと道端でもかまわないすぐ横になりたいような疲労が来る。そんな昂奮は楓の肌を見てさえ起こった。――
在经历难以入眠的夜晚后,一点点小事就能激起他火热的亢奋。亢奋平息后,伴随而来的是很想直接就朝路旁躺下的疲惫。这种兴奋,就连看到枫树的表皮也会发生——
楓樹の肌が冷えていた。城の本丸21の彼がいつも坐るベンチの後ろでであった。
枫树的表皮冰凉。他在古城城郭内常坐的那张长椅,后方就是枫树。
根方に松葉が落ちていた。その上を蟻が清らかに匍っていた。
枫叶落向根部。上头爬满蚂蚁。
冷たい楓の肌を見ていると、ひぜんのようについている蘚の模様が美しく見えた。
望着枫树那冰冷的表皮,他觉得像皮藓般附着在上头的苔藓纹路煞是好看。
子供の時の茣蓙22遊びの記憶――ことにその触感が蘇えった。
小时候用草席玩游戏的记忆——尤其是当时的触感,再次浮现脑海。
やはり楓の樹の下である。松葉が散って蟻が匍っている。地面にはでこぼこがある。そんな上へ茣蓙を敷いた。
同样也是在枫树下。枫叶散落一地,上头爬满蚂蚁。地面凹凸不平。草席就铺在上头。
「子供というものは確かにあの土地のでこぼこを冷たい茣蓙の下に感じる蹠の感覚の快さを知っているものだ。そして茣蓙を敷くやいなやすぐその上へ跳び込んで、着物ぐるみじかに地面の上へ転がれる自由を楽しんだりする」そんなことを思いながら彼はすぐにも頬ぺたを楓の肌につけて冷やしてみたいような衝動を感じた。
“小孩子用脚掌感受冰冷的草席下地面的凹凸不平,他们明白那种快感。只要一铺上草席,便马上跳上去,享受穿着衣服直接在地上打滚的自由。” 他心里这么想着,同时感觉到有股冲动,想马上把脸贴向枫树的表皮,让自己冷却。
「やはり疲れているのだな」彼は手足が軽く熱を持っているのを知った。
“我果然是累了。” 他感觉自己的手脚微微发热。
「私はおまえにこんなものをやろうと思う。
我想给你这些东西。
一つはゼリーだ。ちょっとした人の足音にさえいくつもの波紋が起こり、風が 吹いて来ると漣をたてる。色は海の青色で――御覧そのなかをいくつも魚が泳いでいる。
一是果冻。只要有细微的脚步声,就会兴起一道道波纹,每当微风吹来,便会激起阵阵涟漪。颜色是大海的蓝——你看,还有许多鱼儿悠游其中。
もう一つは窓掛けだ。織物ではあるが秋草が茂っている叢になっている。またそこには見えないが、色づきかけた銀杏の木がその上に生えている気持。風が来ると草がさわぐ。そして、御覧。尺取虫が枝から枝を葡っている。
另一个是窗帘。这虽是编织物,但是上面绘着秋草繁茂的草丛。此外,虽然上面看不到,但感觉上面种有银杏树,正开始转为金黄的色泽。一阵风吹来,野草窸窣作响。你看,尺蠖正从这个枝头爬往另一个枝头。
この二つをおまえにあげる。まだできあがらないから待っているがいい。そして詰らない時には、ふっと思い出してみるがいい。きっと愉快になるから。」
这两样东西要送你。因为还没准备好,所以你要再等一阵子。当你觉得无聊时,可以试着回想。一定就会感到心情愉悦。
彼はある日葉書へそんなことを書いてしまった、もちろん遊戯ではあったが。そしてこの日頃の昼となし夜となしに、時どきふと感じる気持のむずかゆさを幾分はかせたような気がした。夜、静かに寝られないでいると、空を五位23が啼いて通った。ふとするとその声が自分の身体のどこかでしているように思われることがある。虫の啼く声などもへんに部屋の中でのように聞こえる。
某天他在明信片上写下这些字句,这当然只是游戏。在这段时间里,他不分昼夜,时常会感受到的那股不自在感,似乎借此得到些许抒解。每当夜里无法静静入睡时,总会有夜鹭的叫声划过天空。蓦然间,他会觉得那声音像是从自己体内发出。就连昆虫的鸣叫,听起来也像是从房内传出。
「はあ、来るな」と思っているとえたいの知れない気持が起こって来る。――これはこの頃眠れない夜のお極りのコースであった。
“啊,别来了。” 每次心里这么想时,就会激起一种来路不明的心境。——这是在最近难以成眠的夜里,固定会经历的过程。
変な気持は、電燈を消し眼をつぶっている彼の眼の前へ、物が盛んに運動する気配を感じさせた。厖大なものの気配が見るうちに裏返って微塵ほどになる。確かどこかで触ったことのあるような、口へ含んだことのあるような運動である。廻転機のように絶えず廻っているようで、寝ている自分の足の先あたりを想像すれば、途方もなく遠方にあるような気持にすぐそれが捲き込まれてしまう。本などを読んでいると時とすると字が小さく見えて来ることがあるが、その時の気持にすこし似ている。ひどくなると一種の恐怖さえ伴って来て眼を閉いではいられなくなる。
当他熄灯合上眼时,这种奇怪的心境让他感觉仿佛有东西动个不停,朝他直逼而来。那感觉像是庞然大物的气息,可一个转身,又变得像尘埃一样渺小。那仿佛在哪儿碰触过,无比熟悉的某种动作。它像旋转机一样不断旋转,如果想象自己沉睡时脚下的情景,就会有置身远方的感觉,整个人被卷入其中。在看书时,有时会觉得字体在变小,这就与他当时的感觉有点类似。情况严重时,甚至会有恐惧感伴随而来,令他不得不闭上眼。
彼はこの頃それが妖術が使えそうになる気持だと思うことがあった。それはこんな妖術であった。
最近他觉得那东西似乎能使妖术。所谓的妖术是这样的:
子供の時、弟と一緒に寝たりなどすると、彼はよくうつっ伏せになって両手で墻を作りながら(それが牧場のつもりであった)
小时候,只要和弟弟同睡,他常会趴在床上,用双手造一面墙(当这里是牧场),并骗弟弟说:
「芳雄君。この中に牛が見えるぜ」と言いながら弟をだました。両手にかこまれて、顔で蓋をされた、敷布の上の暗黒のなかに、そう言えばたくさんの牛や馬の姿が想像されるのだった。――彼は今そんなことはほんとうに可能だという気がした。
“芳雄。这里头看得到牛哦。” 他以双手围成一个圆,以自己的脸当盖子,只要在床单上投下的这片黑暗中这么说,就能想象出成群的牛马——此刻他觉得这种事真的有可能办到。
田園、平野、市街、市場、劇場。船着場や海。そう言った広大な、人や車馬や船や生物でちりばめられた光景が、どうかしてこの暗黒のなかへ現われてくれるといい。そしてそれが今にも見えて来そうだった。耳にもその騒音が伝わって来るように思えた。
田园、平原、市街、市场、剧场、码头和大海。这种无比辽阔,满是人潮、车马、船只、生物的景象,要是能想办法出现在眼前的黑暗中就好了。而现在他就快看见了。仿佛这些景物发出的噪声也传进他耳中。
葉書へいたずら書きをした彼の気持も、その変てこなむず痒さから来ているのだった。
他在明信片上乱写的这种心情,就是源自他那心痒难搔的古怪念头。
雨
八月も終わりになった。
八月终于也宣告结束。
信子は明日市の学校の寄宿舎へ帰るらしかった。指の傷が癒ったので、天理様へ御礼に行って来いと母に言われ、近所の人に連れられて、そのお礼も済ませて来た。その人がこの近所では最も熱心な信者だった。
信子明天似乎要回都市里的学校宿舍了。她手指的伤已痊愈,母亲吩咐她得去跟天理神答谢一声,因而在邻居的带领下,前往答谢致敬。这位邻居是这一带最虔诚的信徒。
「荷札は?」信子の大きな行李を縛ってやっていた兄がそう言った。
“行李吊牌呢?” 帮信子捆绑大行李的姐夫问道。
「何を立って見とるのや」兄が怒ったようにからかうと、信子は笑いながら捜しに行った。
“傻站在那里看什么啊?” 姐夫像在生气似的,出言调侃,信子听了后,笑着前往找寻。
「ないわ」信子がそんなに言って帰って来た。
“找不到。” 信子走了回来说道。
「カフス24の古いので作ったら……」と彼が言うと、兄は
“用旧衣的袖口做一个吧……” 峻提议。
「いや、まだたくさんあったはずや。あの抽出し見たか」信子は見たと言った。
“不,应该还有很多。那个抽屉找过了吗?” 姐夫应道。信子说她找过了。
「勝子がまた蔵い込んどるんやないかいな。いっぺん見てみ」兄がそんなに言って笑った。勝子は自分の抽出しへごく下らないものまで拾って来ては蔵い込んでいた。
“该不会是胜子又拿去藏了吧?你去找找看。” 姐夫笑着说道。胜子会将一些没用的东西捡回家,藏在自己抽屉里。
「荷札ならここや」母がそう言って、それ見たかというような軽い笑顔をしながら持って来た。
“如果是找行李吊牌的话,在这里。” 母亲如此说道,脸上挂着笑容,拿着吊牌前来,那模样就像在说“不就在这儿吗”。
「やっぱり年寄がおらんとあかんて」兄はそんな情愛の籠ったことを言った。
“果然是家有一老,如有一宝啊。” 姐夫的语气中满怀对母亲的敬爱。
晩には母が豆を煎っていた。
当晚,母亲下厨炒豆。
「峻さん。あんたにこんなのはどうですな」そんなに言って煎りあげたのを彼の方へ寄せた。
“峻,这东西你吃得惯吗?” 她将炒好的豆子送到峻面前。
「信子が寄宿舎へ持って帰るお土産です。一升ほど持って帰っても、じきにぺろっと失くなるのやそうで……」
“是信子要带回宿舍的特产。听说就算让她带一升的炒豆回去,也能一下子就吃光……”
峻が語を聴きながら豆を咬んでいると、裏口で音がして信子が帰って来た。
峻一边嚼炒豆一边听她说,这时后门传来声响,信子回来了。
「貸してくれはったか」
“对方肯借吗?”
「はあ。裏へおいといた」
“借了。我放在后院。”
「雨が降るかもしれんで、ずっとなかへ引き込んでおいで」
“也许会下雨,朝里头放比较好。”
「はあ。ひき込んである」
“嗯,已经往里头放了。”
「吉峰さんのおばさんがあしたお帰りですかて……」信子は何かおかしそうに言葉を杜断らせた。
“吉峰的阿姨问我明天是不是回去……”信子似乎觉得哪里不对,话说到一半打住。
「あしたお帰りですかて?」母が聞きかえした。
“明天回去吗?” 母亲问。
吉峰さんのおばさんに「いつお帰りです。あしたお帰りですか」と訊かれて、信子が間誤ついて「ええ、あしたお帰りです」と言ったという話だった。母や彼が笑うと、信子は少し顔を赧くした。
吉峰的阿姨问信子时用了敬语,信子刚刚学的话也顺着吉峰的阿姨用了敬语,所以母亲刚刚也用敬语学着信子的话,婆婆和峻都笑了,信子脸上微微一红。
借りて来たのは乳母車だった。
她借了一辆婴儿车回来。
「明日一番で立つのを、行李乗せて停車場まで送って行てやります」母がそんなに言ってわけを話した。
“她搭明天一早的电车,我们要用这个载行李送去车站。” 奶奶道出缘由。
大変だな、と彼は思っていた。
真辛苦啊,峻心想。
「勝子も行くて?」信子が訊くと、
“胜子也去吗?” 信子问。
「行くのやと言うて、今夜は早うからおやすみや」と母が言った。
“她说要去,所以今天晚上很早就睡了。” 母亲说。
彼は、朝も早いのに荷物を出すなんて面倒だから、今夜のうちに切符を買って、先へ手荷物で送ってしまったらいいと思って、
他心想,明天一大早就要出门,还要搬运行李,相当费事,要是能趁今晚先买好票,把行李运送过去就好了。
「僕、今から持って行って来ましょうか」と言ってみた。一つには、彼自身体裁屋25なので、年頃の信子の気持を先廻りしたつもりであった。しかし母と信子があまり「かまわない、かまわない」と言うのであちらまかせにしてしまった。
“我现在就帮你运过去吧。” 他开口道。他是个重面子的人,所以他认为自己是替年轻的信子着想。但母亲和信子都很坚持地说“没关系,没关系”,所以他也就顺从她们的决定。
母と娘と姪が、夏の朝の明け方を三人で、一人は乳母車をおし、一人はいでたちをした一人に手を曳かれ、停車場へ向かってゆく、その出発を彼は心に浮かべてみた。美しかった。
在夏天的黎明时分,奶奶、女儿、孙女三人,一人推婴儿车,一人由出远门的另一人牵着,朝车站而去。这幕景象浮现他心头,美不胜收。
「お互いの心の中でそうした出発の楽しさをあてにしているのじゃなかろうか」そして彼は心が清く洗われるのを感じた。
“她们彼此心中应该都很期待这份出发的欢乐吧。” 他感觉自己内心就此得到洗涤。
夜はその夜も眠りにくかった。
那天晚上,同样难以入眠。
十二時頃夕立がした。その続きを彼は心待ちに寝ていた。
十二点左右下起雷阵雨。他躺在床上,心里期盼这场雨继续下。
しばらくするとそれが遠くからまた歩み寄せて来る音がした。
过了一会儿,有个声音从远方一步步走近。
虫の声が雨の音に変わった。ひとしきりするとそれはまた町の方へ過ぎて行った。
虫鸣声转变为雨声。下了一阵后,就此往市街的方向远去。
蚊帳をまくって起きて出、雨戸を一枚繰った。
他掀起蚊帐起身,打开一扇防雨板。
城の本丸に電燈が輝いていた。雨に光沢を得た樹の葉がその灯の下で数知れない魚鱗のような光を放っていた。
古城的城郭亮着电灯。因雨水而得到光泽的树叶,在灯光下像无数片鱼鳞般,光芒四射。
また夕立が来た。彼は閾26の上へ腰をかけ、雨で足を冷やした。
又来了一场雷阵雨。他在门槛上坐下,雨水令他的双脚变得冰凉。
眼の下の長屋の一軒の戸が開いて、ねまき姿の若い女が喞筒へ水を汲みに来た。
不远处的长屋有一户人家打开了门,一个身穿睡衣的年轻女子来到水泵前汲水。
雨の脚が強くなって、とゆ27がごくりごくり喉を鳴らし出した。
雨势转强,导雨管发出咕噜咕噜的声响。
気がつくと、白い猫が一匹、よその家の軒下をわたって行った。
他蓦然发现有一只白猫沿着别人家的屋檐而行。
信子の着物が物干竿にかかったまま雨の中にあった。筒袖の、平常着ていたゆかたで彼の一番眼に慣れた着物だった。その故か、見ていると不思議なくらい信子の身体つきが髣髴とした。
信子的衣物晾在竹竿上,任凭雨淋。那是信子平常穿的窄袖浴衣,也是他最常看到的一件衣服。可能是这个缘故,看着看着,他竟然联想起信子的身形。
夕立はまた町の方へ行ってしまった。遠くでその音がしている。
雷阵雨再度朝市街的方向远去。可以听见远处传来的声响。
「チン、チン」
“唧、唧。”
「チン、チン」
“唧、唧。”
鳴きだしたこおろぎの声にまじって、質の緻密な玉を硬度の高い金属ではじくような虫も鳴き出した。
蟋蟀的鸣叫声,混杂了另一种虫子的叫声,声音如同用高硬度的金属敲打质地细密的玉石。
彼はまだ熱い額を感じながら、城を越えてもう一つ夕立が来るのを待っていた。
他仍感到额头微烧,等候另一波雷阵雨越过古城前来。
Footnotes
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間誤つく:[動カ五(四)]迷ってうろうろする ↩
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白亜:[名]イギリス・フランス・アメリカなどの白亜系から産する灰白色のもろい泥灰岩 ↩
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土蔵:[名]盗難・火災に備えて、四面を土や漆喰しっくいなどで塗り固めた倉庫 ↩
-
レンブラント (Rembrandt Harmenszoon, 1606 – 1669): 伦勃朗,荷兰画家,代表作《夜巡》(De Nachtwacht) ↩
-
百姓:[名]農業に従事する人 ↩
-
軽便:[名]「軽便鉄道」の略 ↩
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靡く:[動カ五(四)]風や水の勢いに従って横にゆらめくように動く ↩
-
舫う:[動ワ五(ハ四)]船と船をつなぎ合わせる ↩
-
コンステイブル (John Constable, 1776 – 1837): 康斯太勃尔,19 世纪英国最伟大的风景画家之一,代表作《干草车》(The Hay Wain) ↩
-
ハリケンハッチ (Hurricane Hutch): 美国早期的动作冒险电影系列 ↩
-
冠を曲げる: 不機嫌になる ↩
-
胜子想说姐夫将 わらい 说成了 わらび ↩
-
肩縫揚げ :[名]子どもなどの着物の裄を、その成長に応じて調節できるように肩の所に縫い上げること ↩
-
水番 :[名]灌漑用水が盗まれるのを防ぐために見張りをすること ↩
-
平場:[名]劇場で大衆席をいう ↩
-
ぞんざい :[形動]言動が乱暴で礼を失しているさま ↩
-
立会人:[名]あとの証拠のために、その場に立ち会う人。 ↩
-
おっかない:[形]怖い ↩
-
取りなす:[動サ五(四)]対立する二者の間に立って、事態が好転するようにうまくとりはからう ↩
-
井桁:[名]井戸の上部のふちを、地上で井の字形に組んだ木の囲い ↩
-
本丸:[名]日本の城郭建築で、最も主要な部分 ↩
-
茣蓙:[名]藺草の茎で織った敷物 ↩
-
五位:[名]「五位鷺」の略 ↩
-
カフス:[名]袖の先につける袖口布 ↩
-
体裁屋:[名]相手に迎合したり、ご機嫌をとる振る舞いや言葉をする人 ↩
-
閾:[名]門の内と外をくぎる境目の木 ↩
-
とゆ:[名]屋根に降った雨水を地面や下水に排水する役割を担っています ↩