芥川龍之介: 或日の大石内蔵助

15629 words
78 minutes
芥川龍之介: 或日の大石内蔵助
META

first published:『中央公論』1917年9月
audio: https://aozoraroudoku.jp/voice/rdp/rd977.html
desc: 已然完成攻伐复仇这桩大业的大石内藏助,隐居于京都山科。某个风和日丽的春日,他赏览梅花、沉浸在满心的释然之中,却又借由周遭世人的种种评价,生出万般纠葛的心绪,文段细腻刻画了他复杂的内心状态

立てきった障子しょうじにはうららかな日の光がさして、嵯峨さがたる老木の梅の影が、何間なんげんかのあかるみを、右の端から左の端まで画の如くあざやかに領している。元浅野内匠頭あさのたくみのかみ1家来、当時細川家ほそかわけに御預り中の大石内蔵助良雄おおいしくらのすけよしかつ2は、その障子をうしろにして、端然と膝を重ねたまま、さっきから書見に余念がない。書物は恐らく、細川家の家臣の一人が借してくれた三国誌の中の一冊であろう。

和煦的阳光洒在紧闭的拉门上,老梅树参差不齐的影子映在门纸上,从右端至左端一两丈长,梅影鲜明如画。原浅野内匠头的家臣大石内藏助良雄,当时正由细川家监管,他背靠着拉门,双膝并拢,端然正坐,从方才起一直在心无旁骛地观书。书大概是细川家的一名家臣借给他的《三国志》中的一册。

九人一つ座敷にいる中うちで、片岡源五右衛門かたおかげんごえもんは、今し方かわやへ立った。早水藤左衛門はやみとうざえもんは、しもへ話しに行って、いまだにここへ帰らない。あとには、吉田忠左衛門よしだちゅうざえもん原惣右衛門はらそうえもん間瀬久太夫ませきゅうだゆう小野寺十内おのでらじゅうない堀部弥兵衛ほりべやへえ間喜兵衛はざまきへえの六人が、障子にさしている日影も忘れたように、あるいは書見に耽ったり、あるいは消息をしたためたりしている。その六人が六人とも、五十歳以上の老人ばかり揃っていたせいか、まだ春の浅い座敷の中は、肌寒いばかりにもの静である。時たま、しわぶきの声をさせるものがあっても、それは、かすかに漂っている墨の匂を動かすほどの音さえ立てない。

房间中共有九人。片冈源五右卫门刚才如厕去了,早水藤左卫门则去下房说话还未归来。余下吉田忠左卫门、原总右卫门、间濑久太夫、小野寺十内、堀部弥兵卫,以及间喜兵卫六人,他们似乎忘记了拉门上的阳光,有的沉浸于书中,有的在写信。六人都是五十开外的老人,或许出于这个缘故,早春的房间中一片寂静,令人微感寒意。偶尔有咳嗽声响起,但那声音连隐隐飘浮着的墨香都无法搅动。

内蔵助くらのすけは、ふと眼を三国誌からはなして、遠い所を見るような眼をしながら、静に手をかたわらの火鉢の上にかざした。金網かなあみをかけた火鉢の中には、いけてある炭の底に、うつくしい赤いものが、かんがりと灰を照らしている。その火気を感じると、内蔵助の心には、安らかな満足の情が、今更のようにあふれて来た。丁度、去年の極月ごくげつ3十五日に、亡君のあだを復して、泉岳寺せんがくじ4へ引上げた時、彼みずから「あらたのし思いははるる身はすつる、うきよの月にかかる雲なし」と詠じた、その時の満足が帰って来たのである。

内藏助从《三国志》上移开目光,凝望着远处,静静地在身侧的火盆上烤着手。盖着铁丝网的火盆中,用灰埋着的木炭下,美丽的红光照亮了炭灰。感觉到炭火的暖意,内藏助心中再次溢起安宁的满足感。去年腊月十五日,他们为亡故的主君报仇后,撤退到泉岳寺时,他曾吟诗道“舍身雪恨诚快事,浮世无云能蔽月”,此刻,他又体会到了当时的满足感。

赤穂あこうの城を退去して以来、二年に近い月日を、如何いかに彼は焦慮と画策かくさくとのうちに、ついやした事であろう。ややもすればはやり勝ちな、一党の客気かっき5控制こうせいして、おもむろに機の熟するのを待っただけでも、並大抵なみたいていな骨折りではない。しかも讐家しゅうかの放った細作さいさくは、絶えず彼の身辺をうかがっている。彼は放埓ほうらつを装って、これらの細作の眼を欺くと共に、併せてまた、その放埓に欺かれた同志の疑惑をも解かなければならなかった。山科やましな円山まるやまの謀議の昔を思い返せば、当時の苦衷が再び心の中によみ返って来る。――しかし、もうすべては行く処へ行きついた。

自从退出赤穗城以来,将近两年的岁月,他是在何等的焦虑与筹划之中度过的啊。仅仅是抑制那些动辄焦躁、容易冲动的同伴们,耐心地等待时机成熟,所费的辛苦就非同寻常。而且,仇家派出的细作,不断地在他身边窥探。他装作放浪形骸的模样,以瞒过细作们的眼目,但同时,他又必须释去被他的放浪迷惑的同伴的疑虑。回想起昔日在山科和圆山共谋大计,当时的苦衷再次在心头浮现。不过,如今一切都尘埃落定了。

もし、まだ片のつかないものがあるとすれば、それは一党四十七人に対する、公儀こうぎ御沙汰ごさただけである。が、その御沙汰があるのも、いずれ遠い事ではないのに違いない。そうだ。すべては行く処へ行きついた。それも単に、復讐の挙が成就じょうじゅしたと云うばかりではない。すべてが、彼の道徳上の要求と、ほとんど完全に一致するような形式で成就した。彼は、事業を完成した満足を味ったばかりでなく、道徳を体現した満足をも、同時に味う事が出来たのである。しかも、その満足は、復讐の目的から考えても、手段から考えても、良心のやましさに曇らされる所は少しもない。彼として、これ以上の満足があり得ようか。……

若说还有什么未决之事,只剩下幕府对他们一伙四十七人的处置命令了。但那命令的下达显然也为期不远了。是的,一切都尘埃落定。这不单单是说他们的复仇大功告成,而且,一切都与他的道德要求几乎完全一致,复仇以此种形式获得了成功。他不仅体会到事业完成的满足,同时还品味到了道德实现的满足。而且,此种满足,无论是从复仇的目的来考虑,还是从复仇的手段来衡量,都没有一丝一毫愧对良心的阴翳。对他而言,还有什么比这更大的满足呢?

こう思いながら、内蔵助くらのすけは眉をのべて、これも書見にんだのか、書物を伏せた膝の上へ、指で手習いをしていた吉田忠左衛門に、火鉢のこちらから声をかけた。

想到这里,内藏助舒展开眉头。他见吉田忠左卫门似乎读书有些倦了,将书放在膝上,正用手指练习书法,遂隔着火盆招呼道:

「今日は余程暖いようですな。」

“今天暖和得很哪。”

「さようでございます。こうして居りましても、どうかすると、あまり暖いので、睡気ねむけがさしそうでなりません。」

“是啊。天气太暖和了,这么待着,人直发困。”

内蔵助は微笑した。この正月の元旦に、富森助右衛門とみのもりすけえもんが、三杯の屠蘇とそに酔って、「今日も春恥しからぬ寝武士かな」と吟じた、その句がふと念頭に浮んだからである。句意も、良雄よしかつが今感じている満足と変りはない。

内藏助微微一笑,他蓦地想起了今年正月初一那天,富森助右卫门喝了三杯屠苏酒,醺醺然吟出俳句一首,“今日逢春至,奇耻已雪心无憾,武士闲睡足”。那俳句的意味,与良雄此时感到的满足并无什么不同。

「やはり本意をげたと云う、気のゆるみがあるのでございましょう。」

“这也是因为我等完成了心愿,心情松缓下来的缘故。”

「さようさ。それもありましょう。」

“是,应是有这个缘故。”

忠左衛門は、手もとの煙管きせるをとり上げて、つつましく一服の煙を味った。煙は、早春の午後をわずかにくゆらせながら、明い静かさの中に、うす青く消えてしまう。

忠左卫门拿起手边的烟管,安静地品味着烟香。淡蓝色的烟在早春的午后停留片刻,便倏忽消失在明朗的寂静之中。

「こう云うのどかな日を送る事があろうとは、お互に思いがけなかった事ですからな。」

“咱们都不曾想到,还能过上如此悠闲的日子哪。”

「さようでございます。手前も二度と、春に逢おうなどとは、夢にも存じませんでした。」

“就是啊,在下也做梦都没想到,还能再次见到春天。”

「我々は、よくよく運のよいものと見えますな。」

“看来咱们的运气不错嘛。”

二人は、満足そうに、眼で笑い合った。――もしこの時、良雄のうしろの障子に、影法師が一つ映らなかったなら、そうして、その影法師が、障子の引手ひきてへ手をかけると共に消えて、その代りに、早水藤左衛門の逞しい姿が、座敷の中へはいって来なかったなら、良雄はいつまでも、快い春の日の暖さを、その誇らかな満足の情と共に、味わう事が出来たのであろう。が、現実は、血色の良い藤左衛門の両頬に浮んでいる、ゆたかな微笑と共に、遠慮なく二人の間へはいって来た。が、彼等は、勿論それには気がつかない。

两人满足地相视而笑。这时,良雄身后的拉门上映出一个人影,人影的手伸到拉门把手上时,影子消失了,健壮的早水藤左卫门走进了房间。若不是他的到来,良雄大概还会久久地品味着愉悦的春日暖阳和自豪的满足感。但眼下,脸色红润的藤左卫门脸上笑眯眯的,毫不客气地闯进了两人之间。不过,两人都没察觉到这一点。

大分だいぶしもは、賑かなようですな。」

“下房里热闹得很哪。”

忠左衛門は、こう云いながら、また煙草を一服吸いつけた。

忠左卫门说着,又装上一锅烟。

「今日の当番は、伝右衛門でんえもん殿ですから、それで余計話がはずむのでしょう。片岡なども、今し方あちらへ参って、そのまま坐りこんでしまいました。」

“今天是传右卫门老爷值班,所以闲谈甚是尽兴。片冈方才也去了下房,结果坐在那里不走了。”

「道理こそ、遅いと思いましたよ。」

“怪不得他一直不回来。”

忠左衛門は、煙にむせて、苦しそうに笑った。すると、しきりに筆を走らせていた小野寺十内が、何かと思った気色けしきで、ちょいと顔をあげたが、すぐまた眼を紙へ落して、せっせとあとを書き始める。これは恐らく、京都の妻女へ送る消息でも、したためていたものであろう。

忠左卫门被烟呛着了,难受地笑了一下。这时,一直在运笔如飞的小野寺十内像是想起了什么,略略抬起头,但目光随即又落回纸上,孜孜地继续写下去。他大概是给京都的妻女写信吧。

――内蔵助も、まなじりしわを深くして、笑いながら、

内藏助笑了起来,眼角的皱纹益发深了,问道:

「何か面白い話でもありましたか。」

“有什么有趣的话吗?”

「いえ。不相変の無駄話ばかりでございます。もっとも先刻、近松ちかまつ6甚三郎じんざぶろうの話を致した時には、伝右衛門殿なぞも、眼に涙をためて、聞いて居られましたが、そのほかは――いや、そう云えば、面白い話がございました。我々が吉良きら殿を討取って以来、江戸中に何かと仇討あだうちじみた事が流行はやるそうでございます。」

“嗯,都是些闲话。不过,方才近松说起甚三郎的事时,连传右卫门老爷都听得眼含热泪。另外嘛……对了,说起来,有件有趣的事。据说,自从我们讨伐了吉良之后,江户城中开始流行复仇。”

「ははあ、それは思いもよりませんな。」

“哦?这倒是没有想到。”

忠左衛門は、けげんな顔をして、藤左衛門を見た。相手は、この話をして聞かせるのが、何故か非常に得意らしい。

忠左卫门诧异地望着藤左卫门。后者讲起这个话题,似乎非常得意。

「今も似よりの話を二つ三つ聞いて来ましたが、中でも可笑しかったのは、南八丁堀みなみはっちょうぼり湊町みなとちょう辺にあった話です。何でも事の起りは、あの界隈かいわいの米屋の亭主が、風呂屋で、隣同志の紺屋の職人と喧嘩をしたのですな。どうせ起りは、湯がはねかったとか何とか云う、つまらない事からなのでしょう。そうして、その揚句に米屋の亭主の方が、紺屋の職人に桶で散々なぐられたのだそうです。すると、米屋の丁稚でっち7が一人、それを遺恨に思って、暮方くれがたその職人の外へ出る所を待伏せて、いきなりかぎを向うの肩へ打ちこんだと云うじゃありませんか。それも「主人のかたき、思い知れ」と云いながら、やったのだそうです。……」

“刚才听说了两三桩差不多的事,其中最好笑的,要数南八丁堀的凑町那边发生的一件事。事情的起因是,那附近的一个米店店主和隔壁染坊的伙计在澡堂里打了一架,原因无非是洗澡水溅到身上之类的无聊小事。结果,米店店主被染坊伙计用水桶狠狠地揍了一顿。于是,米店的一个小学徒心里怀恨,黄昏时埋伏在伙计外出的地方,冷不防地用铁钩刺进了伙计的肩膀。据说他一边干,还一边大叫:‘为主人报仇,看我的!’”

藤左衛門は、手真似をしながら、笑い笑い、こう云った。

藤左卫门连说带笑地比画着。

「それはまた乱暴至極ですな。」

“真是粗野之极。”

「職人の方は、大怪我をしたようです。それでも、近所の評判は、その丁稚の方がいと云うのだから、不思議でしょう。そのほかまだその通町とおりちょう三丁目にも一つ、新麹町しんこうじまちの二丁目にも一つ、それから、もう一つはどこでしたかな。とにかく、諸方にあるそうです。それが皆、我々の真似だそうだから、可笑しいじゃありませんか。」

“染坊伙计受了重伤,可是周围人都认为小学徒做得对,难以理解吧。此外,在通町三街有一起,新麴町二街也有一起,还有什么地方也发生了一起。总之,到处都有这样的事。据说都是在效仿我们,你说可笑不可笑?”

藤左衛門と忠左衛門とは、顔を見合せて、笑った。復讐の挙が江戸の人心に与えた影響を耳にするのは、どんな些事さじにしても、快いに相違ない。ただ一人内蔵助くらのすけだけは、僅に額へ手を加えたまま、つまらなそうな顔をして、黙っている。――藤左衛門の話は、彼の心の満足に、かすかながら妙な曇りを落させた。と云っても、勿論彼が、彼のした行為のあらゆる結果に、責任を持つ気でいた訳ではない。彼等が復讐の挙を果して以来、江戸中に仇討が流行した所で、それはもとより彼の良心と風馬牛ふうばぎゅうなのが当然である。しかし、それにも関らず、彼の心からは、今までの春のぬくもりが、幾分か減却したような感じがあった。

藤左卫门和忠左卫门相视而笑。听到复仇影响了江户的人心,无论事件多么微小,无疑都是令人愉快的。不过,内藏助却只是以手扶额,露出索然的神色,沉默不语。藤左卫门的话,在他心中的满足感上,投下了轻微却莫名的阴影。当然,他并无意对自己行为的所有结果都承担责任,他们完成复仇以来,江户城中开始流行复仇,这本来与他的良心是风马牛不相及的事。但尽管如此,此前他心中那春意融融的和煦之感,却像是减却了几分。

事実を云えば、その時の彼は、単に自分たちのした事の影響が、意外な所まで波動したのに、いささか驚いただけなのである。が、ふだんの彼なら、藤左衛門や忠左衛門と共に、笑ってすませる筈のこの事実が、その時の満足しきった彼の心には、ふと不快な種をく事になった。これは恐らく、彼の満足が、暗々のうちに論理と背馳はいちして、彼の行為とその結果のすべてとを肯定するほど、虫の好い性質を帯びていたからであろう。勿論当時の彼の心には、こう云う解剖的な考えは、少しもはいって来なかった。彼はただ、春風しゅんぷうの底に一脈の氷冷ひれいの気を感じて、何となく不愉快になっただけである。

事实上,此时的内藏助,仅是对他们行为的影响力波及了意外的地方,感到有一些惊诧而已。若在平常,他会同藤左卫门和忠左卫门一样,对此事一笑置之。但对于方才还心满意足的他,这种事却蓦地在他心上播下了不快的种子。这恐怕是因为他的满足带有自说自话的性质,暗地里与逻辑背道而驰,想要全面肯定自己的行为和复仇的结果。当然,此时内藏助心中,丝毫没有这种自我解剖的念头。他只是感到春风下有一股冰冷之气,莫名地觉得不愉快而已。

しかし、内蔵助くらのすけの笑わなかったのは、格別二人の注意を惹かなかったらしい。いや、人の好い藤左衛門の如きは、彼自身にとってこの話が興味あるように、内蔵助にとっても興味があるものと確信して疑わなかったのであろう。それでなければ、彼は、更に自身しもへ赴いて、当日の当直とうちょくだった細川家の家来、堀内伝右衛門を、わざわざこちらへつれて来などはしなかったのに相違ない。所が、万事にまめな彼は、忠左衛門をかえりみて、「伝右衛門殿をよんで来ましょう。」とか何とか云うと、早速隔てのふすまをあけて、気軽く下の間へ出向いて行った。そうして、ほどなく、見た所から無骨ぶこつらしい伝右衛門を伴なって、不相変の微笑をたたえながら、得々とくとくとして帰って来た。

不过,内藏助没有发笑,并未引起其他二位的注意。岂止如此,像藤左卫门这样好脾气的人,总以为自己感兴趣的话题,内藏助也会觉得有趣。他对这一点深信不疑,否则他就不必特意跑去下房,请来当值的细川家的家臣堀内传右卫门了。藤左卫门一向凡事不惮辛苦,此时他看看忠左卫门,说了一句“我去请传右卫门老爷吧”,刷地拉开隔扇,高高兴兴地到下房去了。不一会儿,他依旧笑眯眯的,陪着模样憨直的传右卫门,得意洋洋地回来了。

「いや、これは、とんだ御足労を願って恐縮でございますな。」

“哎呀,劳您移步,真是不敢当。”

忠左衛門は、伝右衛門の姿を見ると、良雄よしかつに代って、微笑しながらこう云った。伝右衛門の素朴で、真率しんそつな性格は、お預けになって以来、つとに彼と彼等との間を、故旧こきゅうのような温情でつないでいたからである。

见到传右卫门,忠左卫门连忙代替良雄,微笑着打招呼。传右卫门生性朴素率真,自从众人被细川家暂管以来,他们与传右卫门之间已经产生了老朋友般的温情。

早水氏はやみうじが是非こちらへ参れと云われるので、御邪魔とは思いながら、まかり出ました。」

“早水老爷非得让我过来,所以虽然觉得太过打扰,我还是来拜访了。”

伝右衛門は、座につくと、太い眉毛を動かしながら、日にやけた頬の筋肉を、今にも笑い出しそうに動かして、万遍なく一座を見廻した。これにつれて、書物を読んでいたのも、筆を動かしていたのも、皆それぞれ挨拶をする。内蔵助もやはり、慇懃に会釈をした。ただその中でいささか滑稽の観があったのは、読みかけた太平記を前に置いて、眼鏡をかけたまま、居眠りをしていた堀部弥兵衛が、眼をさますが早いか、慌ててその眼鏡をはずして、丁寧に頭を下げた容子である。これにはさすがな間喜兵衛も、よくよく可笑しかったものと見えて、かたわら衝立ついたての方を向きながら、苦しそうな顔をして笑をこらえていた。

传右卫门坐下后,掀动着浓眉,晒得黑黑的面颊满含笑意,逐个向座中众人致意。众人看书的也好,写信的也罢,都一一同传右卫门寒暄,内藏助也殷勤颔首。不过,其中颇为滑稽的是堀部弥兵卫,他本来把翻开的《太平记》放在面前,戴着眼镜打盹儿,此时一睁开眼,慌忙摘下眼镜,恭恭敬敬地低头行礼。看到这番情景,就连间喜兵卫也忍不住好笑,连忙把头转向旁边的屏风,费力地憋住笑容。

「伝右衛門殿も老人はお嫌いだと見えて、とかくこちらへはおいでになりませんな。」

“看来传右卫门老爷也讨厌老人,所以轻易不到这边来。”

内蔵助は、いつに似合わない、なめらかな調子で、こう云った。幾分か乱されはしたものの、まだ彼の胸底には、さっきの満足の情が、暖く流れていたからであろう。

内藏助用罕见的调侃语气说道。这大概是因为他的心绪虽然被扰乱了几分,但方才的满足之感,还温暖地流淌在心底的缘故。

「いや、そう云う訳ではございませんが、何かとあちらの方々かたがたに引とめられて、ついそのまま、話しこんでしまうのでございます。」

“哎呀,哪有此事。因为那边的诸位老是挽留,结果就在那边说个没完。”

「今もうけたまわれば、大分だいぶ面白い話が出たようでございますな。」忠左衛門も、かたわらから口を挟んだ。

“刚才在下听说,出现了一些极有趣的事。”忠左卫门从旁插话道。

「面白い話――と申しますと……」

“有趣的事……”

「江戸中で仇討あだうちの真似事が流行はやると云う、あの話でございます。」藤左衛門は、こう云って、伝右衛門と内蔵助くらのすけとを、にこにこしながら、等分に見比べた。

“就是江户城中流行复仇的事。”藤左卫门一边说道,一边笑嘻嘻地看看传右卫门,再看看内藏助。

「はあ、いや、あの話でございますか。人情と云うものは、実に妙なものでございます。御一同の忠義に感じると、町人百姓までそう云う真似がして見たくなるのでございましょう。これで、どのくらいじだらくな上下じょうげの風俗が、改まるかわかりません。やれ浄瑠璃じょうるりの、やれ歌舞伎のと、見たくもないものばかり流行っている時でございますから、丁度よろしゅうございます。」

“哈,原来是这件事啊。人情实在是奇怪的东西,世人感受到诸位的忠义,就连庶民百姓也想效仿。如此一来,这上上下下堕落的风俗,不知会有多么大的好转。且说,眼下净流行些说唱故事啦、歌舞伎啦,这些让人看都不想看的东西,现在正应当改变风气。”

会話の進行は、また内蔵助にとって、面白くない方向へ進むらしい。そこで、彼は、わざと重々しい調子で、卑下ひげの辞を述べながら、たくみにその方向を転換しようとした。

谈话又朝着内藏助不想听的方向进行下去,于是,他故意语气沉重地说了如下这番谦卑之辞,试图巧妙地转换谈话方向。

「手前たちの忠義をおめ下さるのは難有ありがたいが、手前一人ひとりの量見では、お恥しい方が先に立ちます。」こう云って、一座を眺めながら、「何故かと申しますと、赤穂一藩に人も多い中で、御覧の通りここに居りまするものは、皆小身者しょうしんものばかりでございます。もっとも最初は、奥野将監おくのしょうげんなどと申す番頭ばんがしらも、何かと相談にのったものでございますが、中ごろから量見を変え、ついに同盟を脱しましたのは、心外と申すよりほかはございません。そのほか、新藤源四郎しんどうげんしろう河村伝兵衛かわむらでんびょうえ小山源五左衛門こやまげんござえもんなどは、原惣右衛門より上席でございますし、佐々小左衛門ささこざえもんなども、吉田忠左衛門より身分は上でございますが、皆一挙が近づくにつれて、変心致しました。その中には、手前の親族の者もございます。して見ればお恥しい気のするのも無理はございますまい。」

“十分感激您赞赏我等的忠义,不过依在下看来,我们倒应该先感到羞耻。”内藏助环顾满座,续道,“若论其中缘故,如您所见,赤穗藩众多的藩士中,坐在这里的却皆是身份低微之人。本来,一开始番头奥野将监曾与我们共商大计,中途却变了主意,终于脱离了同盟,只能说令人好生意外。另外,进藤源四郎、河村传兵卫、小山源五左卫门等人,席位都在原总右卫门之上,佐佐小左卫门等人也比吉田忠左卫门地位来得高,但这些人都在举事前夕,改变了主意。其中还有在下的亲戚。因此,感到羞耻也是理所当然的。”

一座の空気は、内蔵助のこのことばと共に、今までの陽気さをなくなして、急に真面目な調子を帯びた。この意味で、会話は、彼の意図通り、方向を転換したと云っても差支えない。が、転換した方向が、果して内蔵助にとって、愉快なものだったかどうかは、おのずからまた別な問題である。

随着内藏助的这番话,座席中失去了先前快活的气氛,遽然变得严肃起来。在此意义上,的确可以说,谈话按照内藏助的意图改变了方向。不过,转换后的方向是否真的使他愉快,就另当别论了。

彼の述懐じゅっかいを聞くと、まず早水藤左衛門は、両手にこしらえていた拳骨げんこつを、二三度膝の上にこすりながら、

听了内藏助的感慨,早水藤左卫门双手握拳,在膝盖上连连磨蹭,道:

彼奴等きゃつらは皆、揃いも揃った人畜生にんちくしょうばかりですな。一人として、武士の風上かざかみにも置けるような奴は居りません。」

“那些家伙全是衣冠禽兽,没有一个配当武士的。”

「さようさ。それも高田群兵衛たかたぐんべえなどになると、畜生より劣っていますて。」忠左衛門は、眉をあげて、賛同を求めるように、堀部弥兵衛を見た。

“就是。而且,说到高田群兵卫之流,比畜生还不如。”忠左卫门扬起眉,看向堀部弥兵卫,寻求他的赞同。

慷慨家こうがいかの弥兵衛は、もとより黙っていない。「引き上げの朝、彼奴きゃつった時には、唾を吐きかけても飽き足らぬと思いました。何しろのめのめと我々の前へつらをさらした上に、御本望ほんもうを遂げられ、大慶の至りなどと云うのですからな。」

生性激昂的弥兵卫本来就不会一声不响,遂道:“我们撤回来的那天早晨,遇到了高田那厮,当时觉得啐他两口也不解气。他居然还能恬不知耻地来到我们面前,说什么夙愿得偿,真是可喜可贺云云。”

「高田も高田じゃが、小山田庄左衛門おやまだしょうざえもんなどもしようのないたわけ者じゃ。」間瀬久太夫が、誰に云うともなくこう云うと、

“高田确实不像话,小山田庄左卫门之流也是一无是处的浑蛋。”间濑久太夫自言自语道。

原惣右衛門や小野寺十内も、やはり口をひとしくして、背盟はいめいの徒を罵りはじめた。寡黙な間喜兵衛でさえ、口こそきかないが、白髪しらが頭をうなずかせて、一同の意見に賛同の意を表した事は、度々どどある。

于是,原总右卫门和小野寺十内也异口同声地骂起背弃盟约的人来。就连沉默寡言的间喜兵卫,虽然没有开口,却频频点着白发苍苍的头,表示赞同众人的意见。

「何に致せ、御一同のような忠臣と、一つ藩に、さようなやからろうとは、考えられも致しませんな。さればこそ、武士はもとより、町人百姓まで、犬侍いぬざむらい8禄盗人ろくぬすびとのと悪口あっこうを申してるようでございます。岡林杢之助おかばやしもくのすけ9殿なども、昨年切腹こそ致されたが、やはり親類縁者が申し合せて、詰腹つめばら10を斬らせたのだなどと云う風評がございました。またよしんば11そうでないにしても、かような場合に立ち至って見れば、その汚名も受けずにはられますまい。まして、余人は猶更なおさらの事でございます。これは、仇討あだうちの真似事を致すほど、義に勇みやすい江戸の事と申し、かつはかねがね御一同の御憤おいきどおりもある事と申し、さような輩を斬ってすてるものが出ないとも、限りませんな。」

“真是难以想象,诸位这样的忠臣,竟和那些卑劣之徒同处一藩。但也正因如此,武士们自不必说,就连庶民百姓都骂那些人是尸位素餐的草包武士。冈林杢之助老爷去年切腹自尽,可据说那是亲属们合计,迫使他自杀的。但若是不死,到了如今这个地步,也不得不承受污名。至于其他人,就更不必说了。江户人本来就好见义勇为,甚至仿效诸位复仇,况且那是诸位早就义愤填膺之事,因此,没准会有人出头,将那些卑劣之徒斩杀呢。”

伝右衛門は、他人事ひとごととは思われないような容子で、昂然とこう云い放った。この分では、誰よりも彼自身が、その斬り捨ての任に当り兼ねない勢いである。これに煽動せんどうされた吉田、原、早水、堀部などは、皆一種の興奮を感じたように、いよいよ手ひどく、乱臣賊子を罵殺ばさつしにかかった。――が、その中にただ一人、大石内蔵助だけは、両手を膝の上にのせたまま、愈つまらなそうな顔をして、だんだん口数をへらしながら、ぼんやり火鉢の中を眺めている。

传右卫门昂然断言,浑如在说自家的事似的。看那样子,他没准儿会一马当先,担起斩杀那些人的任务。吉田、原、早水、堀部等人受到他的鼓动,都兴奋起来,越发严厉地痛骂那些乱臣贼子。只有大石内藏助一人把双手放在膝盖上,神情更加索然,渐渐不再开口,只茫然地望着火盆。

彼は、彼の転換した方面へ会話が進行した結果、変心した故朋輩の代価で、彼等の忠義がますますめそやされていると云う、新しい事実を発見した。そうして、それと共に、彼の胸底を吹いていた春風は、再び幾分のぬくもりを減却した。勿論彼が背盟の徒のために惜んだのは、単に会話の方向を転じたかったためばかりではない、彼としては、実際彼等の変心を遺憾とも不快とも思っていた。が、彼はそれらの不忠の侍をも、憐みこそすれ、憎いとは思っていない。人情の向背こうはいも、世故せこの転変も、つぶさに味って来た彼のまなこから見れば、彼等の変心の多くは、自然すぎるほど自然であった。もし真率しんそつと云うことばが許されるとすれば、気の毒なくらい真率であった。従って、彼は彼等に対しても、終始寛容の態度を改めなかった。まして、復讐の事の成った今になって見れば、彼等に与う可きものは、ただ憫笑びんしょうが残っているだけである。それを世間は、殺しても猶飽き足らないように、思っているらしい。何故我々を忠義の士とするためには、彼等を人畜生にんちくしょうとしなければならないのであろう。我々と彼等との差は、存外大きなものではない。――江戸の町人に与えた妙な影響を、前に快からず思った内蔵助は、それとはややちがった意味で、今度は背盟の徒が蒙った影響を、伝右衛門によって代表された、天下の公論の中に看取した。彼が苦い顔をしたのも、決して偶然ではない。

他发现了一个新的事实,即话题朝着他的方向转换的结果,就是以变节的前同僚们为代价,自己这伙人的忠义获得了越发热烈的赞颂。与此同时,吹拂于他心底的春风,再度减却了几分暖意。当然,他对背弃盟约之人的惋惜,并非仅仅为了转换话题,对于那些人的变节,他的确感到遗憾和不快。但是,对于那些不忠的武士,他心中存有怜悯,却并无憎恨。他早已阅尽人心的向背、世情的流转,在他看来,那些人改变主意,多半属于再自然不过的事。若是允许使用“率真”这个词,那就是一种可怜的率真。因此,他对那些人,始终没有改变宽容的心态。何况如今复仇已经成功,他给予那些人的,只剩下怜悯的微笑而已。可是世间对那些人,却杀之犹嫌不足。难道为了将我等尊为忠义之士,就必须将他们贬为衣冠禽兽吗?我们与他们的差别,其实未必有多么大。——从方才起,内藏助就为复仇给江户的庶民百姓带来的奇特影响而感到不快,此时,在略有不同的意义上,他又从传右卫门所代表的天下公论中,看到了背弃盟约的同僚们因复仇而蒙受的影响。他神情苦涩,决不是偶然的。

しかし、内蔵助の不快は、まだこの上に、最後の仕上げを受ける運命を持っていた。

可是,内藏助不快的心情,还需要在此之上,承受最后的折磨。

彼の無言でいるのを見た伝右衛門は、大方それを彼らしい謙譲な心もちの結果とでも、推測したのであろう。愈彼の人柄に敬服した。その敬服さ加減を披瀝ひれきするために、この朴直な肥後ひご12ざむらいは、無理に話頭を一転すると、たちまち内蔵助の忠義に対する、盛な歎賞の辞をならべはじめた。

传右卫门见他沉默不语,以为这是内藏助谦逊的品性所致,于是越发敬佩他的为人。为了表白自己的敬重之心,这位淳朴的肥后武士硬生生地转换了话题,对内藏助的忠义大加赞颂。

「過日もさる物識りから承りましたが、唐土もろこし13の何とやら申す侍は、炭を呑んでおしになってまでも、主人のあだをつけ狙ったそうでございますな。しかし、それは内蔵助殿のように、心にもない放埓をつくされるよりは、まだまだ苦しくないほうではございますまいか。」

“从前,在下曾经听一位博学多识的人讲过,唐土有一位勇士为了替主君报仇,宁肯吞炭致哑。可是,比起内藏助老爷违心地放浪形骸,他就算不得有多苦了。”

伝右衛門は、こう云う前置きをして、それから、内蔵助が濫行らんこうを尽した一年前の逸聞いつぶんを、長々としゃべり出した。高尾たかお愛宕あたごの紅葉狩も、佯狂ようきょうの彼には、どのくらいつらかった事であろう。島原しまばら祇園ぎおんの花見のえんも、苦肉の計に耽っている彼には、苦しかったのに相違ない。……

传右卫门先说了这段引子,然后长篇大论地讲起一年前内藏助极尽放浪时的逸闻来:去高尾和爱宕山观赏红叶时,他装傻佯狂,该有多么痛苦啊。岛原和祗园的赏樱之宴,对于沉溺于苦肉计中的他,又是多大的煎熬!

承れば、その頃京都では、大石かるくて張抜石はりぬきいし14などと申す唄も、流行りました由を聞き及びました。それほどまでに、天下を欺きおおせるのは、よくよくの事でなければ出来ますまい。先頃天野弥左衛門あまのやざえもん様が、沈勇だと御賞美になったのも、至極道理な事でございます。」

“听说京都当时流行一句顺口溜,‘大石轻且空,原是纸灯笼”。内藏助老爷居然这般瞒过天下人的眼目,实在非常人所能为。先前天野弥左卫门老爷称赞您沉毅英勇,的确极为中肯。”

「いや、それほど何も、大した事ではございません。」内蔵助は、不承不承ふしょうぶしょうに答えた。

“哪里,实在愧不敢当。”内藏助勉强答道。

その人にたかぶらない態度が、伝右衛門にとっては、物足りないと同時に、一層の奥床しさを感じさせたと見えて、今まで内蔵助の方を向いていた彼は、永年京都勤番きんばんをつとめていた小野寺十内の方へ向きを換えると、ますます、熱心に推服の意をもらし始めた。その子供らしい熱心さが、一党の中でも通人の名の高い十内には、可笑しいと同時に、可愛かわいかったのであろう。彼は、素直に伝右衛門の意をむかえて、当時内蔵助が仇家きゅうか細作さいさくを欺くために、法衣ころもをまとって升屋ますや夕霧ゆうぎりのもとへ通いつめた話を、事明細に話して聞かせた。

内藏助毫无倨傲之态,传右卫门未免有些不满足,但另一方面却越发感到他品格高尚。他本来面对着内藏助,此时索性转向长年在京都奉职的小野寺十内,更加热烈地表达自己的崇敬之心。对于传右卫门这种孩子气的热情,以人情练达著称的十内觉得既好笑,又颇为可爱。于是,十内厚道地顺着传右卫门的心意,详细讲起当时内藏助为了哄骗仇家细作,裹着僧衣流连于升屋名妓夕雾香闺的逸事。

「あの通り真面目な顔をしている内蔵助が、当時は里げしきと申す唄を作った事もございました。それがまた、中々評判で、くるわ中どこでもうたわなかった所は、なかったくらいでございます。そこへ当時の内蔵助の風俗が、墨染の法衣姿ころもすがたで、あの祇園の桜がちる中を、浮さま浮さまとそやされながら、酔って歩くと云うのでございましょう。里げしきの唄が流行ったり、内蔵助の濫行も名高くなったりしたのは、少しも無理はございません。何しろ夕霧と云い、浮橋うきはしと云い、島原や撞木町しゅもくまちの名高い太夫たゆうたちでも、内蔵助と云えば、下にも置かぬように扱うと云う騒ぎでございましたから。」

“这么严肃的内藏助老爷,当时甚至写了一首《花街风情》的小调,而且大受称赞,整个花街就没有一家不传唱的。内藏助老爷当时总是一身墨色僧衣,祗园赏樱时,他醺醺欲醉,走在飘落的樱花中,众人都称他是‘浮官人’。《花街风情》大为流行,内藏助老爷放荡的名声也越发响亮,这没什么奇怪。什么夕雾呀、浮桥呀,那些岛原和撞木町有名的花魁娘子,一听说内藏助的名头,纷纷青眼相看,奉为上宾。”

内蔵助は、こう云う十内の話を、殆ど侮蔑されたような心もちで、苦々にがにがしく聞いていた。と同時にまた、昔の放埓の記憶を、思い出すともなく思い出した。それは、彼にとっては、不思議なほど色彩の鮮な記憶である。彼はその思い出の中に、長蝋燭ながろうそくの光を見、伽羅きゃらの油の匂を嗅ぎ、加賀節かがぶしの三味線のを聞いた。いや、今十内が云った里げしきの「さすが涙のばらばら袖に、こぼれて袖に、露のよすがのうきつとめ」と云う文句さえ、春宮しゅんきゅうの中からぬけ出したような、夕霧や浮橋のなまめかしい姿と共に、歴々と心中に浮んで来た。如何に彼は、この記憶の中に出没するあらゆる放埓の生活を、思い切って受用した事であろう。そうしてまた、如何に彼は、その放埓の生活の中に、復讐の挙を全然忘却した駘蕩たいとうたる瞬間を、味った事であろう。彼はおのれを欺いて、この事実を否定するには、余りに正直な人間であった。勿論この事実が不道徳なものだなどと云う事も、人間性に明な彼にとって、夢想さえ出来ない所である。従って、彼の放埓のすべてを、彼の忠義を尽す手段として激賞されるのは、不快であると共に、うしろめたい。

内藏助极不愉快地听着十内的这番话,感觉几近受到了侮辱。同时,昔日放浪生活的记忆,却又无意识地浮上心头。对他来说,那记忆色彩出奇地鲜明。他在那段回忆中,看到了长蜡烛的光亮,嗅到了沉香油的芬芳,听到了弹唱加贺小调的三弦声。不仅如此,刚才十内提到的《花街风情》中的词句“珠泪盈盈湿香袖,露水情缘,将生涯、欢场度送”,连同那仿佛春宫图中走出来的一般、娇艳妩媚的夕雾和浮桥的身姿一道,历历浮现在他的心头。这记忆中的放浪生活,他曾经多么尽情地享受过!而且,在放荡的生活中,有多少次他品味着那春风骀荡的瞬间,全然忘记了复仇!他太过正直,无法欺骗自己,否认这个事实。当然,深谙人性的他,做梦也不会认为这一事实是不道德的。因此,当他所有的放浪都被当作尽忠手段而被大加赞誉时,他既感到不快,也心怀愧疚。

こう考えている内蔵助が、その所謂佯狂苦肉ようきょうくにくの計を褒められて、にがい顔をしたのに不思議はない。彼は、再度の打撃をうけて僅に残っていた胸間の春風しゅんぷうが、見る見る中に吹きつくしてしまった事を意識した。あとに残っているのは、一切の誤解に対する反感と、その誤解を予想しなかった彼自身の愚に対する反感とが、うすら寒く影をひろげているばかりである。彼の復讐の挙も、彼の同志も、最後にまた彼自身も、多分このまま、勝手な賞讃の声と共に、後代まで伝えられる事であろう。――こう云う不快な事実と向いあいながら、彼は火の気のうすくなった火鉢に手をかざすと、伝右衛門の眼をさけて、情なさそうにため息をした。

既然内藏助心存这一念头,当众赞扬他的所谓装傻苦肉计时,他脸色难看,也就不足为怪了。他意识到,经过再次打击之后,心中残存的一点春风,眼看就要消失殆尽。剩下的只有对一切误解的反感,以及对未曾预想到会招致误解的、愚蠢的自己的反感。这两种反感漫开微寒的阴影。他的复仇之举,他的志同道合的伙伴们,甚至他自己,大概也会与那些自以为是的赞扬声一起,流传到后世去吧。——面对这令人不快的事实,他把手放到热气渐渐微弱的火盆上,避开传右卫门的目光,悲凉地长叹一声。

―――――――――――――――――――――――――

それから何分かののちである。かわやへ行くのにかこつけて、座をはずして来た大石内蔵助は、独り縁側の柱によりかかって、寒梅の老木が、古庭のこけと石との間に、的皪てきれきたる花をつけたのを眺めていた。日の色はもううすれ切って、植込みの竹のかげからは、早くも黄昏たそがれがひろがろうとするらしい。が、障子の中では、不相変面白そうな話声がつづいている。彼はそれを聞いている中に、おのずからな一味の哀情が、おもむろに彼をつつんで来るのを意識した。このかすかな梅の匂につれて、さえ返る心の底へしみ透って来る寂しさは、この云いようのない寂しさは、一体どこから来るのであろう。――内蔵助は、青空に象嵌ぞうがんをしたような、堅くつめたい花を仰ぎながら、いつまでもじっとたたずんでいた。

片刻之后,大石内藏助托言起身如厕,离开了座席。他独自倚在檐廊的柱子上,望着寒梅老树在古庭院的青苔与石头间开出皎白的花朵。日色已经暗淡,黄昏从庭院中的竹阴下弥漫开来。可是,拉门内依然谈笑风生。听着那谈笑声,他感到一抹哀伤之情缓缓地裹住了他。伴随着梅花淡淡的清香,寂寞渗入了他清冷的心底,这难以名状的寂寞,究竟从何而来?——内藏助仰望着那像镶嵌在蔚蓝天空中一般的、坚硬冰冷的花朵,久久地伫立在那里。

(大正六年八月十五日)

Footnotes#

  1. 浅野内匠頭:浅野长矩,江户时代中期赤穗藩的第三代藩主,官位为内匠头

  2. 大石内蔵助良雄:大石良雄,赤穗藩浅野家的家臣首领,内藏助是官职名

  3. 極月:[名]12月の異称

  4. 泉岳寺:浅野家的菩提寺,因大石内藏助等人将吉良上野介的首级供奉在主君浅野内匠头墓前一事而闻名于世

  5. 客気:[名]血気さかんでものにはやりやすいこと

  6. 近松:四十七义士之一的近松勘六行重,甚三郎是近松的仆人

  7. 丁稚:[名]商工業の家に年季奉公をする幼年者をいう

  8. 犬侍:[名]武士道をわきまえない、臆病な武士を軽蔑し、ののしっていう語

  9. 岡林杢之助:赤穗藩的重臣,大石内藏助等人为主君报仇后,被兄长强迫切腹殉死

  10. 詰腹:[名]他から強いられて切腹すること

  11. 縦んば:[副]たとえそうであったとしても

  12. 肥後:日本旧国名,位于现在的熊本县

  13. 唐土:指中国,春秋时期晋国的豫为了替主公智伯报仇,吞炭成哑改变面貌来刺杀仇人

  14. 張抜き:木型に紙を糊で重ねて張り、乾燥後、中の木型を抜き取って作ること

Comments

Profile Image of the Author
永雏多氢菲
∴さて····どこへ行こうか?
公告
随缘分享喵
Music
Cover

Music

No playing

0:00 0:00
No lyrics available
Categories
Tags
Site Statistics
Posts
144
Categories
6
Tags
9
Total Words
2,255,454
Running Days
0 days
Last Activity
0 days ago

Table of Contents