谷崎潤一郎: 细雪(上) 十三
first published:『中央公論』1943年1月号・3月号
audio: https://www.youtube.com/watch?v=WPv5xgajy8U
desc: 在大阪船场坐拥百年老店、历史底蕴深厚的莳冈家,鹤子、幸子、雪子、妙子四姐妹交织出百态人情。小说如华美画卷,循着四季流转,细致描绘出昭和十年间关西上流社会的日常光景。
三女雪子是四姐妹中容貌最为出众之人,婚事却屡屡未果,年过三十依旧独身。幸子夫妇为此忧心不已、四处奔走,性格沉默寡言的雪子却对每一门亲事都无意应允,岁月便这般缓缓流逝。
「そんなら、あんたどない云やはった」
“那么,你是怎么跟她说的呢?” 幸子问贞之助。
「ありのままのこと、正直に云うといた。―――いつもあんなに出ているのやないし、何も心配なものやないことは、こうこう云う雑誌にも書いてあったし、外の雑誌でも読んだことがある云うて。そんで僕考えたのんは、どうせレントゲン撮るついでやさかい、矢張阪大へ行って、皮膚科の人に診てもろて、果して雑誌に書いてある通り直るもんかどうか確かめること、―――もう問題になったのんやったら、それだけのことはせんならん思うたよってに、それも僕からそうするように勧めてみます云うてん」
“照实说呗,我说:‘褐斑并不经常出现,某某杂志上也说根本用不着担心,我在别的杂志上也读到过。我想反正要去照 X 光,还是顺便去阪大看看皮肤科,证实一下是否真像杂志所写的那样能够治好。既然已经作为问题提出来了,我想这是必须做的,我去劝一劝她吧。’”
月のうちの大部分を分家の方へ来て暮している雪子であるから、本家の兄夫婦が気が付かないのは当然だとすると、今迄それを知りながら放って置いたのは自分の手ぬかりであったように貞之助は感じたが、何を云うにも最近に始まったことなので、これ迄の見合いには一度も問題になったことがなかったのであるし、それに、貞之助としては、幸子の時に案じる程のこともなく直った事実を見ているために軽く考えていたせいもあった。幸子にしても、雪子の顔にそれが週期的に現れる時期は、前から日を数えて予測することが出来るのであるから、見合いの日取をそう云う期間にきめなくともよかった訳であるが、井谷にせつかれたことが一つと、それから、そこに聊か油断があったと云うのは、あの日あたりなら幾らか消えずに残っていたとしても、人目につく程のことはあるまい、と、たかを括っていたのでもあった。
雪子一月之中大半住在分家,本家的姐夫、姐姐自然不会注意到这件事。贞之助觉得自己明明知道而又置之不理,是自己的过失,但主要还是因为那是最近才出现的,以前每次相亲从未发生什么问题。再说贞之助见幸子的褐斑并不像担心的那样严重,而且不药而愈了,所以他一直没有重视这件事。就幸子而言,雪子的褐斑呈周期性出现,在几天前就可以推测出来,只要把相亲的日期错开就行了。之所以造成上次的失误,一来是井谷催得紧,二来幸子也有点疏忽大意,因为她估计那几天纵然褐斑不能完全消失,也不会怎么引人注目,也就没把它放在心上。
幸子は今朝、夫が事務所へ出て行ったあとで、雪子にそっと昨日の感想を尋ねて見て、大体義兄達や姉達の指図に任せると云う意向を聴き取ったところだったので、折角好い方に向いて来た話を、下手に切り出してこじれさせてはと案じながら、その夜悦子が寝てしまってから、貞之助にも遠慮して貰って、レントゲンの件と、皮膚科の件とを持ち出して見ると、思いの外あっさり承知して、中姉ちゃんが附いて来てくれるなら診て貰いに行ってもよい、と云うことになった。が、そう云ううちに、一日々々と眼の縁の翳りが薄くなって、消えかかって来たので、同じ診て貰うなら次の廻りまで待って、もっとはっきり現れている時の方が、と、幸子は思ったのであるが、井谷の計略が図に中って、今度は貞之助が一日も早くと急き立てるので、明くる日、見合いの報告と身許調べの催促とを兼ねて上本町の本家へ行き、雪子を阪大へ連れて行くことを一往姉に答えて置いてから、その又明くる日、ちょっと雪子ちゃんと三越まで、と、わざと女中達にそう云って出かけた。
这天早晨,丈夫上班之后,幸子悄悄地向雪子探问昨天相亲的感想,得知雪子愿意听姐夫姐姐们的安排。幸子担心这门亲事好不容易朝好的方向发展了,自己可别说话不当又出什么纰漏。这天晚上悦子睡后,幸子连贞之助也让回避了,单独和雪子商量照 X 光、看皮肤科的事情。不料雪子竟爽快答应了,说是只要二姐陪着去就行。这事情讲定以后,雪子眼圈的褐斑却一天一天地淡化、消退了。幸子本想得等到下个周期褐斑明显的时候再去瞧大夫。可正合井谷之意,这一次,贞之助也催促幸子一天都不要耽搁。因此,幸子第二天便去了上本町的本家,一来报告相亲的经过,二来催促他们调查濑越的情况,同时也把带雪子去阪大的事告诉了大姐,征得她的同意。第三天,幸子便带雪子前往阪大,特意对女佣们说是和雪子去三越百货店。
診察の結果は内科の方も皮膚科の方も予想通りで、レントゲン写真は、その日、待っているうちにネガフィルムが現像され、胸部に一点の曇りもないことが明かになったが、数日を経て、血液沈降速度十三、その他の反応も陰性と云う報告が届いた。皮膚科では、診察後幸子が蔭へ呼ばれて、あのお嬢さんは早く結婚させて上げることですな、と、いきなり云われた。注射で直ると云うことを聞きましたのでございますが、と云うと、ええ、注射でも直るには直りますが、あの程度なら分りゃしないじゃありませんか、それより早く結婚させて上げるんですな、それが一番あれを直す良い方法ですよ、
去阪大诊察的结果,内科也好,皮肤科也好,都和原来估计的一样,X光片也当天等着冲洗出来了,胸肺部毫无阴影。几天后,收到了检验报告单,血沉为十三,其他均为阴性。当日皮肤科的诊察完毕之后,医生把幸子叫到一旁毫不避讳地说,这位小姐要尽快让她结婚。幸子询问道,听说打针也能治好。医生回答说,虽然打针也行,但是她的褐斑并不严重,不是看不出来吗?与其打针还不如早点结婚,这是最理想的办法。
と云った風なことで終ってしまったと云う訳で、結局雑誌で読んだことが本当らしいのであった。
这事儿就这么了结了。归根结底,杂志所言非虚。
「そしたら、お前、これ井谷さん所へ持って行ってくれるか」―――貞之助はそう云ったが、持って行ってもよいけれども、先方が、御主人の方が話が早いと云ってあなたを目指して来たのだから、これもあなたから届けてほしい、別に除け者にされたことで気を悪くしているのではないが、実のところ、私はあんな風にセカセカされたのでは話がしにくい、と幸子が云うので、ナニ、それなら訳はない、此方も事務的に運ぶことにしようと、
“那么,你把这些送给井谷女士吧。” 贞之助说。但幸子推辞道:“我送去也可以,不过,井谷说跟你谈更直截了当,人家是冲着你来的,还是由你去送吧。倒不是因为她撇开我了,我心里不痛快,她总是催得这样心急火燎,我很难跟她说话。” “这有什么?没有什么不好办的,我们也把它当工作来办就好了。” 贞之助回答说。
貞之助は明くる日事務所から電話であらまし話して置いて、写真と報告書とを速達書留で井谷へ送った。と、その明くる日の午後四時頃、今から一時間ばかりしたらお伺い致しますと云う電話があって、きっちり五時に井谷が又事務所へ現れた。そして、昨日は早速に有難うございました、あれは直ぐ私から瀬越さんの方へお届け申しましたが、ああ云う明細な報告書と、殊にレントゲン写真までああして態お撮り下さいましたので、大変恐縮しておられまして、もうすっかり安心されましたのは勿論、えらい失礼な勝手なことを申し上げたことに対して、重々お詫びを申してくれと仰っしゃっておられるのでございますが、………と、云うような挨拶の後で、まことに申しかねるけれども、瀬越さんが今一度、お嬢さんと二人きりで、この間よりは少しゆっくり、まあ一時間ぐらい話し合ってみたいと云っておられるのですが、御承諾願えないでしょうか、と云うのであった。井谷はそれに附け加えて、瀬越さんはあのお年ですけれども、結婚の経験がおありにならないものですから、初心のお方らしいところがあって、この間は何だか上ってしまってどんなことをしゃべったのやら覚えていない、それにお嬢さんもああ云う内気なお方で、………いえ、その内気は結構なのですけれども、あの時は何分初対面で、遠慮しておいでになったようだから、もう一度お目に懸って、お互にもっと打ち解けて口を利いてみたい、と云うような訳なのでございまして、………と、そう云ってから、それで御承諾願えるのであったら、ホテルや料理屋も目につき易いから、むさくろしい所ではあるけれども、阪急岡本の私の住居の方へでも来て戴いて、お会いになったら如何であろうか、先方はこの次の日曜日あたりを望んでおられるのですが、と云う話なのである。
第二天,贞之助在事务所先在电话里给井谷说了个梗概,随后用加快挂号信寄去 X 光片和诊断报告书。过了一天,下午四点左右,井谷打电话来说是一小时内前来拜访。刚好五点钟,她走进了事务所。井谷说:“昨天承蒙迅速寄来了挂号信,非常感谢!我收到以后马上转给了濑越先生。他说,寄来如此详细的诊断报告书,尤其是还特地照了 X 光片,真是过意不去。现在他当然完全放心了,而且他一再要我向你们道歉,说他提出了过分要求,非常失礼。” 说过这些客套话,井谷又说,“还有一件事,真叫人难以开口。濑越先生想和雪子小姐再单独见次面,比上一次稍微从容一点,哎,也就是一小时左右吧。不知道府上能不能同意。” 井谷还补充说,“别看濑越先生岁数不小了,谈恋爱的经验可一点也没有,还像个情窦初开的小伙子似的,上次有些怯场,都不记得说了些什么,加上小姐也是那样腼腆……不,腼腆当然是好的,不过,那个时候是初次见面,似乎有些拘束,所以濑越先生希望再见一次,双方更畅快地谈一谈。旅馆或饭店过于显眼,如果府上同意,虽然简陋些,可否到阪急线冈本我的住所见面呢?濑越先生希望定在下个星期天。”
「なあ、どうやろか、雪子ちゃん承知してくれるやろか」
“喂,怎么办?雪子会答应吗?”
「雪子ちゃんより、本家がどう云うか知らん。まだはっきり極まった訳でもないのんに、余り深入りせん方がええ、云えへんやろか」
“雪子倒没什么,主要看本家怎么说了。她会不会说事情还没有确定下来,交往不要太深呢?”
「先方の腹は、顔のシミがどんな程度か、もう一遍見たいのやないか知らん」
“对方说不定是想再看看雪子脸上的褐斑。”
「ほんに、そうやわきっと」
“真的,肯定是这样。”
「それやったら、会うた方がええやないか。今やったらちょっとも分らんようになってるよってに、いつもはこんな風や云うこと、見といて貰わな損やないか」
“既然如此,还是见见面为好。现在一点儿也看不出,如果不让濑越看见雪子平常就是这样,我们岂不亏了?”
「そうやわ。それ断ったら、何や見られるのん嫌がってるみたいやわ」
“可不是嘛。如果拒绝的话,像是我们害怕让他看似的。”
夫婦の間にそんな風な会話があってから、翌日幸子は、家の電話では又後が面倒なと思って、近所の公衆電話へ行って本家の姉を呼び出したものだった。と、案の定、何でそんなに何遍も会わんならんねん、と云うようなことなので、五通話も費して訳を話すと、それはそうかも知れないけれども、どうなるとも分らないうちから、二人きりで会うようなことを許してよいかどうか私には分らないから、今夜兄さんと相談して明日返事をしようと云う。
夫妇间这番交谈的第二天,恐怕用家里的电话又惹出麻烦,幸子到附近的公用电话亭和姐姐通了话。不出所料,大姐追问为什么非要再见面。幸子投了五次币跟。她解释。大姐说,虽然不无道理,但是结果如何还不得而知,能否答应两人单独见面,自己也拿不定主意,要等晚上和辰雄商量以后明天再答复。
で、幸子は翌朝、向うから懸って来ないうちにと、又公衆電話へ走って行って、どうやら義兄が―――時間、場所、監督等、いろいろ条件つきではあるが、―――許可したことを確かめてから、雪子の方を当ってみると、これは分りが早くて直ぐ承知した。
第二天,幸子趁本家还没来电话又跑去挂公用电话,得知姐夫总算是许可见面了,只是提出了时间、场所、监督等附加条件。回家后,幸子试着去问雪子,她通情达理地马上答应了。
その日も幸子が、手土産に切り花を一束提げて井谷の家まで附き添って行き、最初に紅茶の接待に与って四人で暫く雑談をしてから、瀬越と雪子は二階へ案内され、幸子は階下で井谷と話しながら待っていたが、一時間ばかりと云う約束が三四十分超過した頃に、二人は降りて来た。帰りは瀬越が一と足後に残ることになり、姉妹が先に暇を告げたが、今日は日曜で悦子が家にいることを慮って、幸子はそのまま神戸へ出、オリエンタルホテルのロビーへ行ってもう一度お茶を飲みながら、会見の模様を雪子に聞くと、
到这一天,幸子也带上一束鲜花当礼物,陪雪子上井谷家。最初,四人一块儿喝红茶聊了一会。随后,井谷把濑越和雪子请到二楼,幸子就在楼下和井谷边谈边等。本来约定一小时,但超过了三四十分钟之后,两人才下来。濑越说是要晚一点走,姐妹俩便先行告辞了。这天是星期日,考虑到悦子在家,幸子便直接从井谷家去了神户,到东方饭店的候客厅喝茶,向雪子打听双方会面的情况。
「今日はほんまによう話しやはったわ」と、そう云う雪子も、
“今天确实说了不少话。” 雪子说。
その日はわりにいろいろと気軽にしゃべった。先ず、瀬越から四人の姉妹の間柄について質問があったこと。なぜ雪子や妙子が本家よりも分家の方で多く暮しているかと云うことや、妙子のいつかの新聞の事件のことや、その後それがどうなっているか等々のことについても、相当突っ込んで尋ねられたので、差支えない限りは答えたけれども、本家の兄が悪く取られるようなことは一言も云わなかったこと。瀬越は、僕にばかり質問させないで、あなたの方からも聞いて下さいと云うことであったが、雪子が遠慮しているので、進んで自分のことを語り出したこと。自分は所謂「近代的な」感じの人より「古典的な」感じの人を求めていたために今日まで結婚が晩れたのであるが、あなたのような方に来て戴ければ勿体ないと思っている、と云って、「身分違い」と云う言葉を二度も三度も繰り返したこと。それから、自分は婦人関係について過去に何の引っ懸りもないけれども、一つお耳に入れて置きたいことがあると云って、意外な事を洩らしたのは、―――巴里時代に百貨店の売り児をしていた或る仏蘭西の婦人と云い交したことがあったと云うこと。そして、委しい話はしなかったけれども、結局その婦人に欺かれたらしいので、彼がホームシックに罹ったのも、純日本趣味に憧れるようになったのも、その反動であると云うこと。―――瀬越はこの話を知っているのは旧友の房次郎君だけで、それ以外に話すのは今日が始めてであると云い、但しその婦人とは清い交際で終ったのであるから、その点は信用して戴きたいと云ったこと。―――幸子が雪子から聞き得たのは大体そんな事柄であったが、そこまで雪子に打ち明けて懸っている瀬越の心持は、問う迄もなく分っていることであった。
雪子今天也比较轻松,杂七杂八地说了不少。据她说,濑越问了四姐妹之间的关系、雪子和妙子为什么多半日子住在分家、妙子曾经发生的新闻事件及其后续发展等,问得十分深入。凡是雪子认为没有妨碍的,都尽量作了回答,但是,对本家姐夫不利的话她一句也没说。濑越说不要光等他提问,也请雪子提出问题。见雪子一再谦辞,濑越就主动地谈起自己的事。他说,自己追求的不是 “现代美” 而是 “古典美” 的女性,以致迟迟没有结婚。雪子这样的女性,配自己委屈了。他说了两三次 “身份不同”,表示实在是高攀了。他还说,过去自己和任何女人都无瓜葛,只有一件事想告诉雪子。他透露了一件意外的事,说他在巴黎的时候,曾和一个法国的百货店女售货员有过交往。他虽未说出详情,最后似乎是受了那女人的骗,他也因此患了思乡病,开始寻求纯日本趣味的女性,这都是那件事的反作用。濑越还说,那件事只有他的老朋友房次郎知道,并未告诉其他任何人。不过,他和那女人的交往是清白的,希望雪子务必相信——幸子从雪子那儿听到的大体就是这些。濑越对雪子说得如此坦诚、深入,其心思不问可知。
井谷からは、直ぐ追っかけて翌日貞之助に電話があり、昨日十分な機会を与えて下すったので、瀬越さんはもう何も云うところはない、お顔のシミのことも仰っしゃる通り問題にする程のものでないことが昨日でよく分った、この上は自分があのお嬢さんの夫として及第するかどうか、御返事の来るのるのを待つばかりである、と云う先方の言葉を伝えると同時に、まだ御本家の方のお調べは済まないのでしょうか、と云う催促であった。井谷にして見れば、最初にこの話があってから既に一箇月以上にもなるのだし、先日蘆屋を訪ねた時にも、その数日後オリエンタルホテルの見合いの時にも、「あと一週間ぐらいお待ち願えれば」と云う挨拶を聞かされているのであるから、好い加減痺れを切らす1のも尤もなのであるが、事実は幸子が始めて本家へこの事件で相談に行ったのがやっと十日か半月程前のことなので、それでなくてもこう云う調査には大事を取りたがる本家が、そう早速に返事をする筈はないのであった。要するに幸子が井谷に攻め立てられてつい出まかせに「あと一週間」と云ってしまい、貞之助が又仕方なくそれに口を合せたのが悪かったので、正直のところ、本家では瀬越の戸籍謄本を取り寄せるべく原籍地の役場へ云ってやったのが、漸く両三日前に届いたなどと云っている始末で、興信所の報告も、国元の方を調べるのだとすると相当暇が懸るであろうし、まだその後で、いよいよ極めると云うことになれば、もう一度念のために然るべき人を国元へ遣るなどと云っているのである。
第二天,井谷迫不及待地给贞之助挂来电话说:“濑越先生说昨天承蒙赐予机会,他也没什么可说的了。小姐脸上的褐斑,昨天他也看清楚了,正像您说的,根本不成问题。现在他一心等候府上的答复,看够不够格做小姐的丈夫。” 转达了濑越的意思之后,她又催问本家方面的调查完了没有。在井谷看来,从最初提起这门亲事已过去一月有余,前些日子她来芦屋拜访时,还有后来在东方饭店相亲时,这边都是说 “希望再等一星期”,她有些等得不耐烦了,也是理所当然。事实上,是在十天或半个月以前,幸子才去和本家商量的这件事。纵令不是如此,本家对婚姻调查历来郑重其事,也不会很快答复。总之,都怪幸子被井谷逼急了,随口说了 “再等一个星期”,贞之助无奈也只得妻云亦云,把话说死了。实际情况是,据本家大姐说,她去信请求濑越原籍地的村公所寄来其户籍的抄本,迟至两三天前才收到。而信用调查所关于他家乡情况的报告还需要一些时间,最终要拍板时,为了慎重起见,还必须派人去他家乡实地调查。
貞之助夫婦は今更困って、もう四五日もう四五日と云って引っ張っているより外はなかったが、井谷はその間にも蘆屋へ一度と大阪の事務所へ一度催促に見え、こう云う話は早いに越したことはございませんよ、兎角邪魔が這入り易いものですからねとか、いいとなったら今年のうちにでも式をお挙げになることですねとか、云うようなことまで云って帰った。そして、よくよく待ちかねたと見えて、まだ会ったこともない本家の姉を直接電話口へ呼び出して催促をしたとやらで、驚かされた姉が直ぐその後から幸子に電話で知らせて来た。幸子は自分より又一層気の長い、物を尋ねられると五分も立ってから返答をするような本家の姉の、面喰った顔が眼に見えるようで可笑しかったが、井谷は姉に向っても、好い話は邪魔が這入り易いからと云う文句を使って、いつもの早口で大いに説き付けたらしいのであった。
贞之助夫妇更加为难了,除了一再请求再迟延四五天以外,别无他法。在这期间,井谷上芦屋来催了一次,又去大阪的事务所问了一次。她说这门亲事最好快点给办了,好事多磨,要是合适的话,最好在年内举行婚礼。到后来,井谷似乎不耐烦到了极点,竟直接打电话催促从未谋面的本家的大姐。鹤子大为惊愕,事后马上打电话告诉幸子。鹤子比幸子还要慢条斯理,问她一件事儿,至少要过五分钟才回答。幸子这时似乎看见了电话那头她那副惊慌失措的样子,忍不住笑了起来。据说井谷对大姐也说了那句话 “好事多磨”,这张快嘴,像是极力劝说了大姐一番。
Footnotes
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痺れを切らすのも:あまりに長く待たされて、我慢できなくなる ↩