梶井基次郎: ある心の風景
first published:『青空』1926年8月・通巻18号
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desc: 这部随笔式作品以作者在京都三高求学时期的心境为素材,记录下自身情感投射于凝望的风景与事物之中,由此造就情景与内心相融的 “心灵风景” 的真切感受。
作品刻画了这样一种自觉意识:在与外物交感共鸣、从阴郁郁结的情绪中获得解脱的瞬间,以超然的另一个自我视角捕捉内心的微妙感触,进而更清晰地体认到这种心灵净化的状态
一
喬は彼の部屋の窓から寝静まった通りに凝視っていた。起きている窓はなく、深夜の静けさは暈となって街燈のぐるりに集まっていた。固い音が時どきするのは突き当っていく黄金虫の音でもあるらしかった。
乔从他的房间窗户凝望着眼前夜阑人静的马路。还醒着没睡的窗户,一扇也没有,深夜的宁静化为光晕,围绕在路灯周围。不时会传来坚硬的声响,似乎是不停冲撞路灯的金龟子发出的嗡嗡声。
そこは入り込んだ町で、昼間でも人通りは少なく、魚の腹綿や鼠の死骸は幾日も位置を動かなかった。両側の家々はなにか荒廃していた。自然力の風化して行くあとが見えた。紅殻が古びてい、荒壁の塀は崩れ、人びとはそのなかで古手拭のように無気力な生活をしているように思われた。喬の部屋はそんな通りの、卓子で言うなら主人役の位置に窓を開いていた。
这是地处内地的一座小镇,就连白天也行人稀少,路上看到的鱼肚或死老鼠,接连好几天仍在原地,没任何变动。两侧的房子似乎都已荒废。可以看出自然风化的痕迹。铁丹的红漆老旧,荒芜的围墙崩塌,感觉人们就像旧手巾般,在里头过着无精打采的生活。乔的房间就位于这条街上,如果以桌子的方位来说,他是在主位上打开窗户。
時どき柱時計の振子の音が戸の隙間から洩れてきこえて来た。遠くの樹に風が黒く渡る。と、やがて眼近い夾竹桃は深い夜のなかで揺れはじめるのであった。喬はただ凝視っている。――暗のなかに仄白く浮かんだ家の額は、そうした彼の視野のなかで、消えてゆき現われて来、喬は心の裡に定かならぬ想念のまた過ぎてゆくのを感じた。蟋蟀が鳴いていた。そのあたりから――と思われた――微かな植物の朽ちてゆく匂いが漂って来た。
不时会有壁钟的钟摆摆动声从门缝间传来。黑压压的风吹向远处的树木。不久,眼前的夹竹桃开始在深夜里摇晃。乔静静凝望这一切。——在黑暗中浮现的房子的泛白屋檐,在他的视野中忽隐忽现,乔感觉到心中那起伏不定的想法再度远去。蟋蟀鸣唱。从那一带——他心里这么想——飘来一阵微微的植物腐朽的气味。
「君の部屋は仏蘭西の蝸牛の匂いがするね」 喬のところへやって来たある友人はそんなことを言った。
“你的房间有一股法国蜗牛的气味呢。”某位来到乔住处的友人曾这样说过。
またある一人は 「君はどこに住んでも直ぐその部屋を陰鬱にしてしまうんだな」と言った。
另一位友人则是说:“你不管住哪儿,都能马上让房间变得阴郁。”
いつも紅茶の滓が溜っているピクニック用の湯沸器。帙1と離ればなれに転っている本の類。紙切れ。そしてそんなものを押しわけて敷かれている蒲団。喬はそんななかで青鷺のように昼は寝ていた。眼が覚めては遠くに学校の鐘を聞いた。そして夜、人びとが寝静まった頃この窓へ来てそとを眺めるのだった。
总是堆积着红茶茶渣的野餐用热水壶;与书套分离,随地摆放的书本;纸张;以及把这些东西推向一旁,铺在地上的垫被。乔就像苍鹭般,在这种环境里午睡。醒来后,他听见远方的学校钟声。而入夜后,当人们都进入梦乡时,他会来到窗边,凝望窗外。
深い霧のなかを影法師のように過ぎてゆく想念がだんだん分明になって来る。
像影子般在浓雾中远去的想法,逐渐变得清晰。
彼の視野のなかで消散したり凝聚したりしていた風景は、ある瞬間それが実に親しい風景だったかのように、またある瞬間は全く未知の風景のように見えはじめる。そしてある瞬間が過ぎた。
在他的视野中,时而消散,时而凝聚的风景,在某个瞬间,它无比熟悉,而另一个瞬间,它看起来却又是完全陌生。接着,这瞬间就此消逝。
――喬にはもう、どこまでが彼の想念であり、どこからが深夜の町であるのか、わからなかった。暗のなかの夾竹桃はそのまま彼の憂鬱であった。物陰の電燈に写し出されている土塀、暗と一つになっているその陰影。観念もまたそこで立体的な形をとっていた。
——乔已经分不清楚,究竟到哪里算是他的想法,又是从哪里开始算是深夜的市街。黑暗中的夹竹桃,即是他的忧郁。映照在暗处灯光下的土墙,与黑暗合而为一的阴影。想法也就此化为立体的形体。
喬は彼の心の風景をそこに指呼することができる、と思った。
乔认为他能轻易将内心的风景唤至眼前。
二
どうして喬がそんなに夜更けて窓に起きているか、それは彼がそんな時刻まで寝られないからでもあった。寝るには余り暗い考えが彼を苦しめるからでもあった。彼は悪い病気を女から得て来ていた。
为什么乔三更半夜不就寝,仍站在窗边呢?因为他到这个时刻仍无法入眠。阴郁的想法会在他睡觉时折磨他。他从女人那里染上了恶疾。
ずっと以前彼はこんな夢を見たことがあった。
很久以前,他曾做过这样的梦。
――足が地脹れをしている。その上に、噛んだ歯がたのようなものが二列びついている。脹れはだんだんひどくなって行った。それにつれてその痕はだんだん深く、まわりが大きくなって来た。
——他的脚发肿。而且上面还有两排齿痕,愈肿愈大。那齿痕愈来愈深,周遭逐渐变大。
あるものはネエヴル2の尻のようである。盛りあがった気味悪い肉が内部から覗いていた。またある痕は、細長く深く切れ込み、古い本が紙魚に食い貫かれたあとのようになっている。
有的像脐橙的脐眼,从里头露出隆起的恶心肉芽。而有的伤痕显得细长,纹路深邃,看起来如同旧书被蠹鱼咬穿的痕迹。
変な感じで、足を見ているうちにも青く脹れてゆく。痛くもなんともなかった。腫物は紅い、サボテンの花のようである。
他抱持奇怪的感觉望着自己的脚,眼看它逐渐发肿发青,却不痛不痒。肿起的部位呈红色,好像仙人掌的花朵。
母がいる。
母亲在场。
「あああ。こんなになった」
“啊啊啊……都变成这副模样了。”
彼は母に当てつけの口調だった。
他用朝母亲出气的口吻说道。
「知らないじゃないか」
“这我哪知道啊。”
「だって、あなたが爪でかたをつけたのじゃありませんか」
“还不是因为你用指甲碰的吗?”
母が爪で圧したのだ、と彼は信じている。しかしそう言ったとき喬に、ひょっとしてあれじゃないだろうか、という考えが閃いた。
他深信是母亲用指甲按它的缘故。但乔在说这话的时候,心中同时也闪过一个“莫非是那个?”的念头。
でも真逆、母は知ってはいないだろう、と気強く思い返して、夢のなかの喬は
但他又回过头细想,觉得这不可能,母亲应该不知道吧,梦里的乔向母亲责问道:
「ね!お母さん!」と母を責めた。
“妈!是不是这样?”
母は弱らされていた。が、しばらくしてとうとう 「そいじゃ、癒してあげよう」と言った。
母亲被他问得不知如何是好。过了一会儿,她才开口道:“那么,我来帮你治疗吧。”
二列の腫物はいつの間にか胸から腹へかけて移っていた。どうするのかと彼が見ていると、母は胸の皮を引張って来て(それはいつの間にか、萎んだ乳房のようにたるんでいた)一方の腫物を一方の腫物のなかへ、ちょうど釦を嵌めるようにして嵌め込んでいった。夢のなかの喬はそれを不足そうな顔で、黙って見ている。
那两道肿痕,不知何时从胸口移向腹部。他望着肿痕,正不知如何是好时,母亲拉扯起他胸前的皮肤(不知何时,它变得像萎缩的乳房一样松弛),像扣上扣子一样,将一边的肿痕塞进另一边的肿痕中。梦里的乔露出不满的表情,不发一语地看着。
一対ずつ一対ずつ一列の腫物は他の一列へそういうふうにしてみな嵌まってしまった。
一排肿痕就这样塞进另一排肿痕里。
「これは××博士の法だよ」と母が言った。釦の多いフロックコートを着たようである。しかし、少し動いてもすぐ脱れそうで不安であった。――
“这是××博士的方法哦。”母亲说。就像穿着上头有很多纽扣的长外衣一样。但似乎只要微微一动就会脱落,令人不安。
何よりも母に、自分の方のことは包み隠して、気強く突きかかって行った。そのことが、夢のなかのことながら、彼には応えた。
为了隐瞒自己的不安,他强硬地顶撞母亲。虽然在梦里,这样的行为仍旧反映在他身上。
女を買うということが、こんなにも暗く彼の生活へ、夢に出るまで、浸み込んで来たのかと喬は思った。現実の生活にあっても、彼が女の児の相手になっている。そしてその児が意地の悪いことをしたりする。そんなときふと邪慳な娼婦は心に浮かび、喬は堪らない自己嫌厭に堕ちるのだった。生活に打ち込まれた一本の楔がどんなところにまで歪を及ぼして行っているか、彼はそれに行き当るたびに、内面的に汚れている自分を識ってゆくのだった。
乔心想,没想到买春的事会如此黑暗地渗透到他的生活中,甚至进入他梦里。在现实生活中,他也会和年轻女孩交往。女孩们会刻意捉弄他。这时候,那些坏心眼的妓女就会突然浮现在他脑海中,乔就此坠入自我厌恶中,难以自拔。那根打进他生活中的木钉,到底是歪斜地跑到哪个地方去了?每次只要碰到那根木钉,他就会意识到那个内在污秽的自己。
そしてまた一本の楔、悪い病気の疑いが彼に打ち込まれた。以前見た夢の一部が本当になったのである。
而另一根木钉,亦即对染上恶疾的怀疑,也深深打进他体内。之前做过的梦,有一部分成真了。
彼は往来で医者の看板に気をつける自分を見出すようになった。新聞の広告をなにげなく読む自分を見出すようになった。それはこれまでの彼が一度も意識してした事のないことであった。美しいものを見る、そして愉快になる。ふと心のなかに喜ばないものがあるのを感じて、それを追ってゆき、彼の突きあたるものは、やはり病気のことであった。そんなとき喬は暗いものに到るところ待ち伏せされているような自分を感じないではいられなかった。
他发现在马路上留意医生招牌的自己,发现会不经意地阅读报纸广告的自己。这是他过去从未意识到的事。会看美丽的事物,而且感到愉快。蓦然间,他感觉到内心有件事让他不开心,他追根溯源,得知这一切都是疾病所造成。当乔得出肇因是那黑暗之物时,他不禁觉得自己宛如遭到埋伏。
時どき彼は、病める部分を取出して眺めた。それはなにか一匹の悲しんでいる生き物の表情で、彼に訴えるのだった。
他不时会将自己生病的部位取出来细看。那东西就像生物般,以悲戚的表情向他诉苦。
三
喬はたびたびその不幸な夜のことを思い出した。――
乔不时会想起那不幸的夜晚——
彼は酔っ払った嫖客や、嫖客を呼びとめる女の声の聞こえて来る、往来に面した部屋に一人坐っていた。勢いづいた三味線や太鼓の音が近所から、彼の一人の心に響いて来た。
他独自坐在面向马路的房间里,耳畔传来酒醉的嫖客和女人揽客的声音。热闹的三弦琴和鼓声,从近处传进他一个人心中。
「この空気!」と喬は思い、耳を欹てる3のであった。ゾロゾロと履物の音。間を縫って利休4が鳴っている。――物音はみな、あるもののために鳴っているように思えた。アイスクリーム屋の声も、歌をうたう声も、なにからなにまで。
“就是这种气氛!”乔心里想,竖耳细听。络绎不绝的脚步声,中间穿插着传来木屐声。——感觉一切声响都是为了某个东西而响起。包括冰激凌小贩的声音以及歌声,无一例外。
小婢の利休の音も、すぐ表ての四条通ではこんなふうには響かなかった。
就连侍女的木屐声也是,听起来和外面四条通的声响就是不一样。
喬は四条通を歩いていた何分か前の自分、――そこでは自由に物を考えていた自分、――と同じ自分をこの部屋のなかで感じていた。
乔在这个房间里感受着几分钟前走在四条通上的自己——在那里自由思考的自己——以及此刻的自己。
「とうとうやって来た」と思った。
“我终于来了。”他心想。
小婢が上って来て、部屋には便利炭の蝋が匂った。喬は満足に物が言えず、小婢の降りて行ったあとで、そんなすぐに手の裏返したようになれるかい、と思うのだった。
侍女走上楼,房里闻到便利炭蜡的味道。乔深感满足,说不出话来,待侍女下楼后,他才心想,我这么轻易就习惯了吗?
女はなかなか来なかった。喬は屈託した気持で、思いついたまま、勝手を知ったこの家の火の見5へ上って行こうと思った。
妓女迟迟没来。乔百无聊赖,突然兴起一个念头,这间屋子有一座火警瞭望台,他想爬上去瞧瞧。
朽ちかけた梯子をあがろうとして、眼の前の小部屋の障子が開いていた。なかには蒲団が敷いてあり、人の眼がこちらを睨んでいた。知らぬふりであがって行きながら喬は、こんな場所での気強さ、と思った。
正当他准备爬上那半腐朽的梯子时,眼前小房间的拉门开启。里头铺着垫被,有个人正望向他。乔装不知道,继续往上爬,心想,在这种地方就得强悍。
火の見へあがると、この界隈を覆っているのは暗い甍であった。そんな間から所どころ、電燈をつけた座敷が簾越しに見えていた。レストランの高い建物が、思わぬところから頭を出していた。四条通はあすこかと思った。八坂神社の赤い門。電燈の反射をうけて仄かに姿を見せている森。そんなものが甍越しに見えた。夜の靄が遠くはぼかしていた。円山、それから東山。天の川がそのあたりから流れていた。
爬上瞭望台后发现,这一带全部覆盖着暗色的屋瓦。隔着竹帘,可以望见许多亮灯的房间。餐厅的高大建筑,从意想不到的地方探出头来。他心想,原来四条通在那里啊。八坂神社的红门,在灯光的反射下若隐若现的森林,隔着屋瓦可以望见这些景致。夜霭使远景显得迷蒙。有圆山,以及东山。银河从那一带流淌而来。
喬は自分が解放されるのを感じた。そして、 「いつもここへは登ることに極めよう」と思った。
乔感觉自己将得到解放。接着他心想:“决定了,日后就常爬上这儿吧。”
五位が鳴いて通った。煤黒い猫が屋根を歩いていた。喬は足もとに闌れた秋草の鉢を見た。
夜鹭引吭鸣叫,从一旁飞过。浑身漆黑的猫走过屋顶。乔看到脚下有一盆枯萎的秋草。
女は博多から来たのだと言った。その京都言葉に変な訛りがあった。身嗜みが奇麗で、喬は女にそう言った。そんなことから、女の口はほぐれて、自分がまだ出て匇々だのに、先月はお花を何千本売って、この廓で四番目なのだと言った。またそれは一番から順に検番6に張り出され、何番かまではお金が出る由言った。女の小ざっぱりしているのはそんな彼女におかあはんというのが気をつけてやるのであった。
女子说她来自博多。她说起京都话来,有种奇怪的口音。女子穿着出众,乔以此夸赞她。女子就此笑逐颜开,说自己虽然刚卖身不久,但上个月卖了几千朵花,在这条花街排名第四。她还说排名会从第一名依序张贴在检番,到第几名之前有奖金可拿。这女子之所以打扮出众,是因为受过妈妈桑的提点。
「そんなわけやでうちも一生懸命にやってるの。こないだからもな、風邪ひいとるんやけど、しんどうてな、おかあはんは休めというけど、うちは休まんのや」
“因为这个缘故,我也相当卖力。像前一阵子我感冒,浑身乏力,妈妈桑叫我休息,我都没休息。”
「薬は飲んでるのか」
“你吃药了吗?”
「うちでくれたけど、一服五銭でな、……あんなものなんぼ飲んでもきかせん」
“他们给我药,一帖要五钱,但服再多帖也不见效。”
喬はそんな話を聞きながら、頭ではS―という男の話にきいたある女の事を憶い浮かべていた。
乔在听她谈这件事的同时,脑中想起 S 这名男子告诉他的关于某个女子的事。
それは醜い女で、その女を呼んでくれと名を言うときは、いくら酔っていても羞しい思いがすると、S―は言っていた。そして着ている寝間着の汚いこと、それは話にならないよと言った。
S 说她是位丑女,每当他指名喊她前来服务时,不管喝得多醉,总还是觉得难为情。他还说,那个女人穿着一件脏兮兮的睡衣,实在很不像话。
S―は最初、ふとした偶然からその女に当り、その時、よもやと思っていたような異様な経験をしたのであった。その後S―はひどく酔ったときなどは、気持にはどんな我慢をさせてもという気になってついその女を呼ぶ、心が荒くなってその女でないと満足できないようなものが、酒を飲むと起こるのだと言った。
S 起初是在偶然际遇下邂逅的那个女人,就此得到那意想不到的奇特经验。从那之后,每当 S 喝得酩酊大醉时,不管怎样努力让自己克制和忍耐,还是忍不住会点那个女人来,只要黄汤下肚,内心变得狂野,就只有那个女人才能让他满意。
喬はその話を聞いたとき、女自身に病的な嗜好があるのなればとにかくだがと思い、畢竟廓での生存競争が、醜いその女にそのような特殊なことをさせるのだと、考えは暗いそこへ落ちた。
乔初次听闻这个故事时心想,如果那个女人自己有病态的嗜好,那就另当别论,但毕竟身在花街,是这里的生存竞争让她去做那种特殊的事情的吧。他的想法就此坠入黑暗的深渊。
その女は瘂のように口をきかぬとS―は言った。もっとも話をする気にはならないよと、また言った。いったい、やはり瘂の、何人位の客をその女は持っているのだろうと、その時喬は思った。
S 说,那个女人像哑巴一样,一句话也不说。不过,S 自己也没有要和她交谈的意思。这时乔心想,这个女人不知道有几位同样是哑巴的恩客。
喬はその醜い女とこの女とを思い比べながら、耳は女のお喋りに任せていた。
乔拿那名丑女和眼前的女人作比较,任凭这个女人喋喋不休,他就只是静静聆听。
「あんたは温柔しいな」と女は言った。
“你可真文静。”女子说。
女の肌は熱かった。新しいところへ触れて行くたびに「これは熱い」と思われた。――
女人的肌肤火烫。每次碰触新的部分,就觉得 “好烫”。
「またこれから行かんならん」と言って女は帰る仕度をはじめた。 「あんたも帰るのやろ」
“我该走了。”女子说道,便准备离去,“你也要走了,对吧?”
「うむ」
“嗯。”
喬は寝ながら、女がこちらを向いて、着物を着ておるのを見ていた。見ながら彼は「さ、どうだ。これだ」と自分で確めていた。それはこんな気持であった。――平常自分が女、女、と想っている、そしてこのような場所へ来て女を買うが、女が部屋へ入って来る、それまではまだいい、女が着物を脱ぐ、それまでもまだいい、それからそれ以上は、何が平常から想っていた女だろう。「さ、これが女の腕だ」と自分自身で確める。しかしそれはまさしく女の腕であって、それだけだ。そして女が帰り仕度をはじめた今頃、それはまた女の姿をあらわして来るのだ。
乔躺在被窝里,望着女子面向他穿衣的模样。他一面看,一面暗自向自己确认:“这样你觉得如何?”就是这样的心情。平时自己满脑子想的都是女人,因而来到这种地方买春,不过,一直到女人走进房内之前都还好,女人在他面前脱衣,这也还好,但若是再进一步想,到底怎样才是他平时所想的女人?“这就是女人的手段”,他自己加以确认。不过,这确实是女人耍的手段,仅此而已。而此刻女人开始收拾准备离去时,又展现出女人原本的姿态。
「電車はまだあるか知らん」
“不知道还有没有电车可坐。”
「さあ、どうやろ」
“不清楚呢。”
喬は心の中でもう電車がなくなっていてくれればいいと思った。階下のおかみは 「帰るのがお厭どしたら、朝まで寝とおいやしても、うちはかましまへん」と言うかも知れない。それより「誰ぞをお呼びやおへんのどしたら、帰っとくれやす」と言われる方が、と喬は思うのだった。
乔暗自心想,要是没电车可坐就好了。楼下的老板娘或许会说 “要是你不想回去的话,可以在这里睡到早上无妨”。不过,乔倒是认为她可能会说“你要是不点姑娘的话,就请回吧”。
「あんた一緒に帰らへんのか」
“你不跟我一起走吗?”
女は身じまいはしたが、まだ愚図ついていた。「まあ」と思い、彼は汗づいた浴衣だけは脱ぎにかかった。
女子虽然已着装完毕,但仍磨蹭着没走。他心里想着“不急”,开始脱去满是湿汗的浴衣。
女は帰って、すぐ彼は「ビール」と小婢に言いつけた。
女子离去后,他马上吩咐女侍拿啤酒来。
ジュ、ジュクと雀の啼声が樋7にしていた。喬は朝靄のなかに明けて行く水みずしい外面を、半分覚めた頭に描いていた。頭を挙げると朝の空気のなかに光の薄れた電燈が、睡っている女の顔を照していた。
麻雀在导雨管旁唧唧叫个不停。乔半睡半醒间,想象着外面是在朝雾下逐渐转为明亮、充满朝气的世界。抬头一看,在清晨的空气中,昏黄的灯光照着一名女子熟睡的脸庞。
花売りの声が戸口に聞こえたときも彼は眼を覚ました。新鮮な声、と思った。榊の葉やいろいろの花にこぼれている朝陽の色が、見えるように思われた。
当卖花小贩的叫卖声传来时,他就此醒来。那是很清亮的声音,感觉仿佛能看见满照着红淡比树叶和各种花朵的旭日晨光。
やがて、家々の戸が勢いよく開いて、学校へ行く子供の声が路に聞こえはじめた。女はまだ深く睡っていた。
不久,家家户户都打开大门,孩童们出门上学的声音从街上传来。女子仍在熟睡。
「帰って、風呂へ行って」と女は欠伸まじりに言い、束髪の上へ載せる丸く編んだ毛を掌に載せ、「帰らしてもらいまっさ」と言って出て行った。喬はそのまままた寝入った。
“要回去泡澡了。” 女子边伸懒腰边说道,将摆在束发上装饰的圆形发髻拿在手上,说了一声“那我回去了”,就此离去。乔则是继续躺在被窝里睡觉。
四
喬は丸太町の橋の袂から加茂磧へ下りて行った。磧に面した家々が、そこに午後の日蔭を作っていた。
乔从丸太町的桥边往下来到加茂川的河滩。面向河滩的人家,午后就此成了遮荫的去处。
護岸工事に使う小石が積んであった。それは秋日の下で一種の強い匂いをたてていた。荒神橋の方に遠心乾燥器が草原に転っていた。そのあたりで測量の巻尺が光っていた。
这里堆积了许多护岸工程会用到的石头。它们在秋阳下散发出强烈的气味。荒神桥方向的草原上摆着一台离心干燥器。测量用的卷尺在那一带闪着亮光。
川水は荒神橋の下手で簾のようになって落ちている。夏草の茂った中洲の彼方で、浅瀬は輝きながらサラサラ鳴っていた。鶺鴒が飛んでいた。
河水在荒神桥的下游像竹帘般流淌。夏草茂密的远方沙洲,浅滩光芒闪动,传出潺潺水声。鹡鸰振翅飞翔。
背を刺すような日表は、蔭となるとさすが秋の冷たさが跼っていた。喬はそこに腰を下した。
阳光照向背后犹如针刺,可来到遮荫处后,便能发现秋天的冷冽蜷缩躲在此处。乔在此地坐下。
「人が通る、車が通る」と思った。また 「街では自分は苦しい」と思った。
“这里人车通行。” 他心想。“在街上,我觉得很难受。”
川向うの道を徒歩や車が通っていた。川添の公設市場。タール8の樽が積んである小屋。空地では家を建てるのか人びとが働いていた。
行人和车辆走在河川对岸的道路上。河川沿岸的公共市场。堆满柏油桶的小屋。许多人在空地上工作,可能是在盖房子吧。
川上からは時どき風が吹いて来た。カサコソと彼の坐っている前を、皺になった新聞紙が押されて行った。小石に阻まれ、一しきり風に堪えていたが、ガックリ一つ転ると、また運ばれて行った。
一阵风吹来。一张皱巴巴的报纸被风吹跑,从他坐的位置前方掠过,发出沙沙声。后来在石头的阻挡下,暂时挺住风的吹袭,但接着一个翻滚,又被吹跑了。
二人の子供に一匹の犬が川上の方へ歩いて行く。犬は戻って、ちょっとその新聞紙を嗅いで見、また子供のあとへついて行った。
两名孩童带着一只狗,走向上游。那只狗往回走,朝报纸嗅了嗅,又继续跟在孩童身后走。
川のこちら岸には高い欅の樹が葉を茂らせている。喬は風に戦いでいる9その高い梢に心は惹かれた。ややしばらく凝視っているうちに、彼の心の裡のなにかがその梢に棲り、高い気流のなかで小さい葉と共に揺れ青い枝と共に撓んでいるのが感じられた。
河川这侧的岸上,高大的山毛榉枝叶繁茂。那随风摇曳的高大树梢,吸引了乔的注意力。他凝望良久,感觉心中有某个东西停在那处树梢上,在高处飘动的气流下,与嫩叶一同摇曳,与翠绿的枝丫一同飘荡。
「ああこの気持」と喬は思った。「視ること、それはもうなにかなのだ。自分の魂の一部分あるいは全部がそれに乗り移ることなのだ」
“啊……就是这种心情。”乔暗忖,“凝望也算是这样的某个东西。我灵魂的一部分,或是全部,都要移往那里去。”
喬はそんなことを思った。毎夜のように彼の坐る窓辺、その誘惑――病鬱や生活の苦渋が鎮められ、ある距りをおいて眺められるものとなる心の不思議が、ここの高い欅の梢にも感じられるのだった。
乔想到了这件事。就像他几乎每晚都坐在窗边感受到的诱惑——病态的忧郁和生活的苦闷都得到抑制,保持距离凝望,内心得到的那种不可思议的感觉,从这棵高大的山毛榉树梢也能感受得到。
「街では自分は苦しい」
“在街上,我觉得很难受。”
北には加茂の森が赤い鳥居を点じていた。その上に遠い山々は累って見える。比叡山――それを背景にして、紡績工場の煙突が煙を立登らせていた。赤煉瓦の建物。ポスト。荒神橋には自転車が通り、パラソル10や馬力が動いていた。日蔭は磧に伸び、物売りのラッパが鳴っていた。
北边的加茂森林,有红色鸟居坐落其中。远山错落有致。以比睿山为背景,纺织工厂的烟囱升起袅袅白烟,红砖建筑,邮筒,荒神桥上通过的脚踏车,还有遮阳伞、马车。阳光的阴影朝河滩延伸,小贩的喇叭声响起。
五
喬は夜更けまで街をほっつき歩くことがあった。
乔在街上漫无目的地游走,直到深夜。
人通りの絶えた四条通は稀に酔っ払いが通るくらいのもので、夜霧はアスファルトの上までおりて来ている。両側の店はゴミ箱を舗道に出して戸を鎖してしまっている。所どころに嘔吐がはいてあったり、ゴミ箱が倒されていたりした。喬は自分も酒に酔ったときの経験は頭に上り、今は静かに歩くのだった。
不见人踪的四条通,只偶尔有醉汉路过,夜雾朝柏油路笼罩而来。两侧的店家将垃圾桶摆到柏油路上,大门深锁。到处都有呕吐的秽物,垃圾桶也被翻倒。乔想起自己也有酒醉的经验,此刻他静静地走着。
新京極に折れると、たてた戸の間から金盥を持って風呂へ出かけてゆく女の下駄が鳴り、ローラースケートを持ち出す小店員、うどんの出前を運ぶ男、往来の真中で棒押し11をしている若者などが、異様な盛り場の夜更けを見せている。昼間は雑閙のなかに埋れていたこの人びとはこの時刻になって存在を現わして来るのだと思えた。
转进新京极后,从一户户大门紧闭的屋子中走出捧着脸盆朝澡堂而去、脚下木屐作响的女子,拿出溜冰鞋的店员,送乌龙面外卖的男子,在马路中央玩着顶木棒游戏的年轻人,他们展现着深夜另一种不同的热闹样貌。感觉这些人白天隐没在喧闹中,到了这个时刻,才展现他们的存在感。
新京極を抜けると町はほんとうの夜更けになっている。昼間は気のつかない自分の下駄の音が変に耳につく。そしてあたりの静寂は、なにか自分が変なたくらみを持って町を歩いているような感じを起こさせる。
走出新京极后,市街这才化为真正的深夜。白天对自己的木屐声浑然未觉,现在却觉得莫名响亮。而周遭的寂静,让他觉得自己似乎是怀着什么怪异的企图走在市街上。
喬は腰に朝鮮の小さい鈴を提げて、そんな夜更け歩いた。それは岡崎公園にあった博覧会の朝鮮館で友人が買って来たものだった。銀の地に青や赤の七宝がおいてあり、美しい枯れた音がした。人びとのなかでは聞こえなくなり、夜更けの道で鳴り出すそれは、彼の心の象徴のように思えた。
乔的腰间挂着朝鲜的小铃铛,在夜半时分走在街上。那是在冈崎公园举办的博览会朝鲜馆里,友人买来送他的。银色质地上加上蓝红两色的七宝工艺,发出凄美而古老的声响。在人群中听不到,只有半夜在路上才会发出的这个声响,感觉像是他内心的象征。
ここでも町は、窓辺から見る風景のように、歩いている彼に展けてゆくのであった。
市街犹如他从窗边看到的风景一样,当他行走时,在他面前扩展开来。
生まれてからまだ一度も踏まなかった道。そして同時に、実に親しい思いを起こさせる道。――それはもう彼が限られた回数通り過ぎたことのあるいつもの道ではなかった。いつの頃から歩いているのか、喬は自分がとことわ12の過ぎてゆく者であるのを今は感じた。
他有生以来从未踏足过的道路,同时也是让他产生亲近感的道路。——这已不是他多次搭车走过的道路。是从什么时候开始走这条路的呢?乔此刻觉得自己是一位恒久不变的过路者。
そんな時朝鮮の鈴は、喬の心を顫わせて鳴った。ある時は、喬の現身は道の上に失われ鈴の音だけが町を過るかと思われた。またある時それは腰のあたりに湧き出して、彼の身体の内部へ流れ入る澄み透った溪流のように思えた。それは身体を流れめぐって、病気に汚れた彼の血を、洗い清めてくれるのだ。
这时,朝鲜的铃铛发出令乔内心震颤的声响。有时乔会觉得自己的肉身会在这条路上消失,就只有铃铛声通过市街。而有时那声音会从他腰间涌出,宛如流入他体内的清澈溪流。行遍他周身百骸,洗净他因生病而污染的浊血。
「俺はだんだん癒ってゆくぞ」
“我会渐渐痊愈的。”
コロコロ、コロコロ、彼の小さな希望は深夜の空気を清らかに顫わせた。
丁零、丁零。他那渺小的希望,令深夜的空气为之颤动。
六
窓からの風景はいつの夜も渝らなかった。喬にはどの夜もみな一つに思える。
窗外的风景,不管是哪个夜晚,都没有什么不同。乔觉得每个夜晚都一样。
しかしある夜、喬は暗のなかの木に、一点の蒼白い光を見出した。いずれなにかの虫には違いないと思えた。次の夜も、次の夜も、喬はその光を見た。
但某个夜里,乔在漆黑中,从某棵树上看到一个蓝白色的光点。他认为那肯定是某种昆虫。第二天晚上,第三天晚上,乔一样看到那个光点。
そして彼が窓辺を去って、寝床の上に横になるとき、彼は部屋のなかの暗にも一点の燐光を感じた。
而当他离开窗边,躺向被窝时,他感觉到房屋内的黑暗中,也有一粒磷光。
「私の病んでいる生き物。私は暗闇のなかにやがて消えてしまう。しかしお前は睡らないでひとりおきているように思える。そとの虫のように……青い燐光を燃しながら……」
“我这抱病的生物。我很快就会消失在黑暗中。但感觉你似乎独自醒着,迟迟不肯睡。就像外面的虫子一样……燃烧蓝色的磷光……”
Footnotes
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帙:[名]書物の損傷を防ぐために包む覆い ↩
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ネエヴル (navel):[名]ネーブル、オレンジの一種 ↩
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欹てる:[動タ下二](耳を)かたむける ↩
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利休:[名]「利休形」「利休下駄」などの略 ↩
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火の見:[名]「ひのみやぐら(火見櫓)」の略 ↩
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検番:[名]明治以後、その土地の料理屋・待合・芸者屋の業者が集まってつくっている三業組合の事務所の俗称。芸妓の斡旋や料金に関する事務を処理する ↩
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樋:[名]屋根面の雨水を排水するための施設 ↩
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タール:[名]石炭・木炭などの固体有機物の乾留によって生じる黒色または褐色の粘性の油状物質 ↩
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戦ぐ:[動ガ五(四)]風が吹いたりして木の葉などがそよそよと音をたてる ↩
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パラソル (parasol):[名]日よけ用の洋傘 ↩
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棒押し:[名]丈夫な棒の両端を持って互いに押し合う遊び ↩
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とことわ:[名・形動]永久に変わらないこと ↩