梶井基次郎: 蒼穹
first published:『文藝都市』 1928年3月・通巻2号
audio: https://www.youtube.com/watch?v=SK5rIn0GY4o
desc: 这部作品描绘了主人公在白昼辽阔的自然景致中,久久凝望不断变幻生成的云朵,却在澄澈蓝天里窥见虚无之黑暗的不幸感官体验。写实的自然描写化作内心图景,在赋予 “象征色彩” 的同时,诗意地勾勒出“精神的深渊”与“澄澈的虚无主义”
ある晩春の午後、私は村の街道に沿った土堤の上で日を浴びていた。空にはながらく動かないでいる巨きな雲があった。その雲はその地球に面した側に藤紫色をした陰翳を持っていた。そしてその尨大な容積やその藤紫色をした陰翳はなにかしら茫漠とした悲哀をその雲に感じさせた。
某个晚春的午后,我在村庄干道沿线的土堤上晒太阳。空中有一大朵长时间静止不动的浮云。那朵云面向地球的这一侧,形成蓝紫色的阴影。那庞大的体积,以及蓝紫色的阴影,使云朵给人一种淡淡的哀愁感。
私の坐っているところはこの村でも一番広いとされている平地の縁に当っていた。山と溪とがその大方の眺めであるこの村では、どこを眺めるにも勾配のついた地勢でないものはなかった。風景は絶えず重力の法則に脅かされていた。そのうえ光と影の移り変わりは溪間にいる人に始終慌しい感情を与えていた。そうした村のなかでは、溪間からは高く一日日の当るこの平地の眺めほど心を休めるものはなかった。私にとってはその終日日に倦いた眺めが悲しいまでノスタルジックだった。Lotus-eater1の住んでいるといういつも午後ばかりの国――それが私には想像された。
我坐的地方,是村里最宽敞的平地边缘。在这座主要景致不是山峦就是溪谷的村庄,不管望向哪边,入眼尽是有坡度的地形。风景不断受到重力法则的胁迫。而且光和影的转变,让溪谷里的人们始终都带有一种匆忙的气氛。在这样的村庄里,从溪谷仰望整天都沐浴在阳光下的这处平地,没有比这更令人心旷神怡的了。对我来说,整天看着那满是阳光、令人倦怠的景致,是一种带有悲意的乡愁。住有莲花食者,一天的时光只有下午的国度——它给了我这样的想象。
雲はその平地の向うの果である雑木山の上に横たわっていた。雑木山では絶えず杜鵑が鳴いていた。その麓に水車が光っているばかりで、眼に見えて動くものはなく、うらうらと晩春の日が照り渡っている野山には静かな懶さばかりが感じられた。そして雲はなにかそうした安逸の非運を悲しんでいるかのように思われるのだった。
浮云横亘在平地后方的长满杂树林的山上。杂树林中不断传来杜鹃的鸣唱。山麓的水车熠熠生辉,放眼所及,一切事物皆静止,春光和煦的这片山野,只让人感觉到平静的慵懒。而浮云仿佛为如此安逸的不幸感到悲伤。
私は眼を溪の方の眺めへ移した。私の眼の下ではこの半島の中心の山彙からわけ出て来た二つの溪が落合っていた。二つの溪の間へ楔子のように立っている山と、前方を屏風のように塞いでいる山との間には、一つの溪をその上流へかけて十二単衣2のような山褶が交互に重なっていた。そしてその涯には一本の巨大な枯木をその巓に持っている、そしてそのためにことさら感情を高めて見える一つの山が聳えていた。日は毎日二つの溪を渡ってその山へ落ちてゆくのだったが、午後早い日は今やっと一つの溪を渡ったばかりで、溪と溪との間に立っている山のこちら側が死のような影に安らっているのがことさら眼立っていた。三月の半ば頃私はよく山を蔽った杉林から山火事のような煙が起こるのを見た。それは日のよくあたる風の吹く、ほどよい湿度と温度が幸いする日、杉林が一斉に飛ばす花粉の煙であった。しかし今すでに受精を終わった杉林の上には褐色がかった落ちつきができていた。瓦斯体のような若芽に煙っていた欅や楢の緑にももう初夏らしい落ちつきがあった。闌けた3若葉がおのおの影を持ち瓦斯体のような夢はもうなかった。ただ溪間にむくむくと茂っている椎の樹が何回目かの発芽で黄な粉をまぶしたようになっていた。
我的目光移向溪谷的景致。从这座半岛中央的山群流出的两条小溪,在我眼下汇聚。两条小溪中间,有一座像木楔般耸立的高山,而它与如屏风般阻挡在前方的高山之间,有一条小溪流往上游,宛如十二单衣般的山褶交互重叠。尽头处耸立着一座高山,山巅上有一棵巨大的枯树,看起来令人感到情绪激昂。茂密的新叶各自有影子,已不再呈现出如同气体般的梦境。不过,溪谷里生长茂密的苦槠,经过几次的发芽后,宛如抹上了一层黄豆粉。
そんな風景のうえを遊んでいた私の眼は、二つの溪をへだてた杉山の上から青空の透いて見えるほど淡い雲が絶えず湧いて来るのを見たとき、不知不識そのなかへ吸い込まれて行った。湧き出て来る雲は見る見る日に輝いた巨大な姿を空のなかへ拡げるのであった。
我沉浸在眼前的风景里,在看到区隔两条小溪的杉山上不断涌出的白云,透明得几乎可以望见它背后的蓝天时,我不知不觉间被吸引了过去。山上涌出的白云,逐渐化为光芒万丈的巨大身影,朝天空扩散开来。
それは一方からの尽きない生成とともにゆっくり旋回していた。また一方では捲きあがって行った縁が絶えず青空のなかへ消え込むのだった。こうした雲の変化ほど見る人の心に言い知れぬ深い感情を喚び起こすものはない。その変化を見極めようとする眼はいつもその尽きない生成と消滅のなかへ溺れ込んでしまい、ただそればかりを繰り返しているうちに、不思議な恐怖に似た感情がだんだん胸へ昂まって来る。その感情は喉を詰らせるようになって来、身体からは平衝の感じがだんだん失われて来、もしそんな状態が長く続けば、そのある極点から、自分の身体は奈落のようなもののなかへ落ちてゆくのではないかと思われる。それも花火に仕掛けられた紙人形のように、身体のあらゆる部分から力を失って。――
白云从某一边不断形成,无穷无尽,同时缓缓旋转。而另一边,外围被卷向高空,不断朝蓝天之上消逝。没有任何东西能像白云的变化一样,可以唤起人们心中那难以形容的深厚情感。我看着这些变化,沉溺于那无穷尽的形成与消逝,如此一再反复,而过程中,那近乎恐惧、不可思议的情感,在我胸中愈来愈激昂。这份情感郁结在喉咙处,使我的身体逐渐失去平衡感,倘若这种状态长时间持续下去,我担心自己的身体会在达到某个顶点后,就此落向宛如地狱般的深渊。就像绑在烟火上的纸人一样,力量会从四肢百骸散去。
私の眼はだんだん雲との距離を絶して、そう言った感情のなかへ巻き込まれていった。そのとき私はふとある不思議な現象に眼をとめたのである。それは雲の湧いて出るところが、影になった杉山のすぐ上からではなく、そこからかなりの距りを持ったところにあったことであった。そこへ来てはじめて薄り見えはじめる。それから見る見る巨きな姿をあらわす。――
我的眼睛逐渐超越我与白云间的距离,被卷入这样的情感中。这时,我的目光突然停在某个不可思议的现象上。白云涌出的地方,不是来自形成阴影的杉山上头,而是来自距离它相当远的地方。来到那里之后,才隐约可以看见。接下来,白云逐渐显现它巨大的身影。
私は空のなかに見えない山のようなものがあるのではないかというような不思議な気持に捕えられた。そのとき私の心をふとかすめたものがあった。それはこの村でのある闇夜の経験であった。
空中该不会有一座肉眼看不见的高山吧?这不可思议的感受深深掳获了我。这时,有种东西蓦然掠过我心头。那是某个夜晚我在这村里的经历。
その夜私は提灯も持たないで闇の街道を歩いていた。それは途中にただ一軒の人家しかない、そしてその家の燈がちょうど戸の節穴から写る戸外の風景のように見えている、大きな闇のなかであった。街道へその家の燈が光を投げている。そのなかへ突然姿をあらわした人影があった。おそらくそれは私と同じように提灯を持たないで歩いていた村人だったのであろう。私は別にその人影を怪しいと思ったのではなかった。しかし私はなんということなく凝っと、その人影が闇のなかへ消えてゆくのを眺めていたのである。その人影は背に負った光をだんだん失いながら消えていった。網膜だけの感じになり、闇のなかの想像になり――ついにはその想像もふっつり断ち切れてしまった。そのとき私は『何処』というもののない闇に微かな戦慄を感じた。その闇のなかへ同じような絶望的な順 序で消えてゆく私自身を想像し、言い知れぬ恐怖と情熱を覚えたのである。――
那天晚上,我没提灯笼,走在黑暗的街道上。路上途经只有一户人家的地方,而那户人家的灯光看起来就像是透过门上的猫眼所看见的户外风景般,处在巨大的黑暗中。灯光洒在街道上。突然有道人影出现在灯光中。可能是和我一样,没提灯笼走夜路的村民吧。我并未觉得那道人影有任何古怪。但仍然默默注视着那道人影消失在黑暗中。那人影逐渐失去背后的亮光,就此消失踪影。只在我的视网膜上留下感觉,变成黑暗中的想象——最后连这样的想象也被切断。当时我对不属于“任何地方”的黑暗感到微微的战栗,想象着自己会以同样的绝望顺序消失在黑暗中,我感受到一股难以言喻的恐惧和热情。
その記憶が私の心をかすめたとき、突然私は悟った。雲が湧き立っては消えてゆく空のなかにあったものは、見えない山のようなものでもなく、不思議な岬のようなものでもなく、なんという虚無!白日の闇が満ち充ちているのだということを。私の眼は一時に視力を弱めたかのように、私は大きな不幸を感じた。濃い藍色に煙りあがったこの季節の空は、そのとき、見れば見るほどただ闇としか私には感覚できなかったのである。
当这记忆掠过我心头时,我突然醒悟。白云涌现又逐渐消失的天空中,存在其中的,不是肉眼看不见的高山,也不是神奇的海岬,这是何等的虚无啊!是充斥在白昼中的黑暗。我的双眼就像视力暂时衰退般,让我感到巨大的不幸。这个季节扬起深蓝色烟雾的天空,愈看只会愈让人感到黑暗的存在。