芥川龍之介: 芋粥
first published:『新小説』1916年9月
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desc: 五位是侍奉藤原基经的一名武士,年过四十,模样邋遢散漫。他平日里也受尽周遭众人的刻薄对待。五位的梦想,是尽情喝个够芋头粥。听闻他这份心愿的藤原利仁,决意帮他实现这个梦想,然而……
元慶の末か、仁和1の始にあつた話であらう。どちらにしても時代はさして、この話に大事な役を、勤めてゐない。読者は唯、平安朝と云ふ、遠い昔が背景になつてゐると云ふ事を、知つてさへゐてくれれば、よいのである。――その頃、摂政藤原基経に仕へてゐる侍の中に、某と云ふ五位2があつた。
约摸是元庆末年、仁和初年时的事了,反正不管在哪个年代,对本篇故事并没有多少妨碍。读者只要知道遥远往昔的那个平安朝是故事的背景便足够——当时,在侍奉摄政大臣藤原基经的侍从中,有某位五品。
これも、某と書かずに、何の誰と、ちやんと姓名を明にしたいのであるが、生憎旧記には、それが伝はつてゐない。恐らくは、実際、伝はる資格がない程、平凡な男だつたのであらう。一体旧記の著者などと云ふ者は、平凡な人間や話に、余り興味を持たなかつたらしい。この点で、彼等と、日本の自然派3の作家とは、大分ちがふ。王朝時代の小説家は、存外、閑人でない。――兎に角、摂政藤原基経に仕へてゐる侍の中に、某と云ふ五位があつた。これが、この話の主人公である。
在下并不想称他为“某位”,也想弄清楚他姓甚名谁、来自何方,不巧古书上全无记载,大概他只是个不值一记的平庸之辈吧。看来古书的著者对庸人凡事无甚兴趣,这一点上,他们与日本的自然派作家大相径庭。原来王朝时代的小说家并非有闲之人,这倒是出人意料。总之,在摄政大臣藤原基经的侍从中有某位五品,乃是本篇的主人公。
五位は、風采の甚揚らない男であつた。第一背が低い。それから赤鼻で、眼尻が下つてゐる。口髭は勿論薄い。頬が、こけてゐるから、頤が、人並はづれて、細く見える。唇は――一々、数へ立ててゐれば、際限はない。我五位の外貌はそれ程、非凡に、だらしなく、出来上つてゐたのである。
五品其貌不扬。他身材矮小,鼻子红通通的,眼角耷拉着,髭须自然是稀稀拉拉,脸颊削瘦,下巴颏又异常窄小,嘴唇嘛……若是一一道来,简直没完没了。总之,我们这位五品的相貌便是这么一无是处,全不成个模样。
この男が、何時、どうして、基経に仕へるやうになつたのか、それは誰も知つてゐない。が、余程以前から、同じやうな色の褪めた水干に、同じやうな萎々した烏帽子をかけて、同じやうな役目を、飽きずに、毎日、繰返してゐる事だけは、確である。その結果であらう、今では、誰が見ても、この男に若い時があつたとは思はれない。(五位は四十を越してゐた。)その代り、生れた時から、あの通り寒むさうな赤鼻と、形ばかりの口髭とを、朱雀大路の衢風に、吹かせてゐたと云ふ気がする。上は主人の基経から、下は牛飼の童児まで、無意識ながら、悉さう信じて疑ふ者がない。
五品是何时、因何种缘故来侍奉基经大臣的,无人知晓。不过确凿无疑的是,从老早以前,他就穿一件褪了色的袍子、戴一顶瘪瘪的乌帽,不厌其烦地每天做着同样的差事。结果,现在任是让谁来说,都想象不出五品曾经年轻过(五品已四十开外)。仿佛他一生下来,就有这般寒颤颤的红鼻头、稀拉拉的胡须,吹着朱雀大街上的凉风。在无意识中,上至主公基经,下至放牛的童儿,在无意识中都对此深信不疑。
かう云ふ風采を具へた男が、周囲から受ける待遇は、恐らく書くまでもないことであらう。侍所にゐる連中は、五位に対して、殆ど蠅程の注意も払はない。有位無位、併せて二十人に近い下役さへ、彼の出入りには、不思議な位、冷淡を極めてゐる。五位が何か云ひつけても、決して彼等同志の雑談をやめた事はない。彼等にとつては、空気の存在が見えないやうに、五位の存在も、眼を遮らないのであらう。下役でさへさうだとすれば、別当4とか、侍所の司とか云ふ上役たちが頭から彼を相手にしないのは、寧ろ自然の数である。彼等は、五位に対すると、殆ど、子供らしい無意味な悪意を、冷然とした表情の後に隠して、何を云ふのでも、手真似だけで用を足した。人間に、言語があるのは、偶然ではない。従つて、彼等も手真似では用を弁じない事が、時々ある。が、彼等は、それを全然五位の悟性に、欠陥があるからだと、思つてゐるらしい。そこで彼等は用が足りないと、この男の歪んだ揉烏帽子の先から、切れかかつた藁草履の尻まで、万遍なく見上げたり、見下したりして、それから、鼻で哂ひながら、急に後を向いてしまふ。それでも、五位は、腹を立てた事がない。彼は、一切の不正を、不正として感じない程、意気地のない、臆病な人間だつたのである。
五品既是这般模样,周围人对他的态度自然毋庸多说了。侍从官舍中的同僚们对五品全不在意,仿佛他还不如一只苍蝇。位阶低于五品的侍从,不管有无官品,共有将近二十人,眼见五品出出进进,他们只管漠然以对,态度之冷淡令人诧异。便是五品有所吩咐时,他们也照样闲聊天,决不会停嘴。对他们来说,就像看不见空气一样,五品在他们眼里根本不存在。下级侍从尚且如此,别当、舍监等长官们对五品不瞅不睬,更是理所当然了。对于五品,他们在冷淡的表情底下,隐藏着孩子般无意识的恶意,不管吩咐什么,都用手势一挥了事。但人类之所以需要语言,并非出于偶然,单靠手势无法表达的情形,自然时而有之。此种情况下,他们便归结为皆因五品的悟性不足所致。因此,当五品不能领会时,他们便盯着五品,从他歪扭扭的软乌帽,到破旧的稻草鞋,上看下看,打量千遍万遍,末了鼻子里嗤笑一声,拂袖而去。即便如此,五品也并不气恼。他就是这么怯懦软弱,甚至感觉不到这所有的不公平。
所が、同僚の侍たちになると、進んで、彼を飜弄しようとした。年かさの同僚が、彼れの振はない風采を材料にして、古い洒落を聞かせようとする如く、年下の同僚も、亦それを機会にして、所謂興言利口の練習をしようとしたからである。彼等は、この五位の面前で、その鼻と口髭と、烏帽子と水干とを、品隲5して飽きる事を知らなかつた。そればかりではない。彼が五六年前に別れたうけ唇の女房と、その女房と関係があつたと云ふ酒のみの法師とも、屡彼等の話題になつた。その上、どうかすると、彼等は甚、性質の悪い悪戯さへする。それを今一々、列記する事は出来ない。が、彼の篠枝の酒を飲んで、後へ尿を入れて置いたと云ふ事を書けば、その外は凡、想像される事だらうと思ふ。
可是,同僚侍从们得寸进尺地戏弄他。年纪大的同僚拿他不体面的相貌当噱头,讲些陈词滥调的俏皮话,年轻的同僚也趁机轻嘴薄舌、插科打诨。他们在五品面前评论他的鼻头胡须、乌帽官袍,说个没完。这还不算,就连五六年前已经和五品分开的“地包天”媳妇,以及传说和媳妇有染的酒鬼和尚,都屡屡成为话题。更有甚者,他们还干出不少恶劣的恶作剧,这里无法一一列举。比如他们喝掉五品竹筒里的酒,在里面换上尿,仅举此一例,余下的可想而知。
しかし、五位はこれらの揶揄に対して、全然無感覚であつた。少くもわき眼には、無感覚であるらしく思はれた。彼は何を云はれても、顔の色さへ変へた事がない。黙つて例の薄い口髭を撫でながら、するだけの事をしてすましてゐる。唯、同僚の悪戯が、嵩じ6すぎて、髷に紙切れをつけたり、太刀の鞘に草履を結びつけたりすると、彼は笑ふのか、泣くのか、わからないやうな笑顔をして、「いけぬのう、お身たちは。」と云ふ。その顔を見、その声を聞いた者は、誰でも一時或いぢらしさに打たれてしまふ。(彼等にいぢめられるのは、一人、この赤鼻の五位だけではない、彼等の知らない誰かが――多数の誰かが、彼の顔と声とを借りて、彼等の無情を責めてゐる。)――さう云ふ気が、朧げながら、彼等の心に、一瞬の間、しみこんで来るからである。唯その時の心もちを、何時までも持続ける者は甚少い。
不过,对这些揶揄嘲弄,五品却全无感觉,至少在旁人看来,他像是全无感觉。无论人家说什么,五品都神色不变,默默抚摸着稀拉拉的胡须,若无其事地该干吗干吗。唯有在同僚的恶作剧太过分时,比如把纸片粘到他发髻上、草鞋系在他刀鞘上之类,他会堆起笑脸——其实到底是哭是笑,也看不分明——说,“休要如此啊,诸位兄台”。看到他的模样、听到他的声音的人,一时间都会被一种怜悯感打动(被他们欺负的绝不止红鼻五品一人,他们所不知道的某人——为数众多的某人,借着五品的模样与声音,来谴责他们的无情)。此种感觉尽管朦朦胧胧,但一瞬间确实渗入了他们的心里。不过,能够把这一瞬间的心情长久保持下去的人,就极其稀少了。
その少い中の一人に、或無位の侍があつた。これは丹波7の国から来た男で、まだ柔かい口髭が、やつと鼻の下に、生えかかつた位の青年である。勿論、この男も始めは皆と一しよに、何の理由もなく、赤鼻の五位を軽蔑けいべつした。所が、或日何かの折に、「いけぬのう、お身たちは」と云ふ声を聞いてからは、どうしても、それが頭を離れない。それ以来、この男の眼にだけは、五位が全く別人として、映るやうになつた。栄養の不足した、血色の悪い、間のぬけた五位の顔にも、世間の迫害にべそを掻いた、「人間」が覗いてゐるからである。この無位の侍には、五位の事を考へる度に、世の中のすべてが急に本来の下等さを露すやうに思はれた。さうしてそれと同時に霜げた赤鼻と数へる程の口髭とが何となく一味の慰安を自分の心に伝へてくれるやうに思はれた。……
在这极少数人中,有一个尚无官品的侍从。他来自丹波国,是个鼻子下刚刚长出柔软茸毛的青年。当然,青年一开始也像众人一样,毫无理由地看不起红鼻五品。可是有一天他碰巧听见了“休要如此啊,诸位兄台”,这声音在他头脑里萦绕不去。那之后,在青年眼里五品和从前判若两人。从五品那营养不足、面色苍黄、木讷迟钝的脸上,能够看到一个为世间迫害而哭泣的“人”。每当这位尚无官品的侍从思考五品的问题时,他便感觉世间万物骤然暴露出低劣下作的本质。与此同时,那霜打般的红鼻子、稀疏可数的胡须,却给他心里带来一丝安慰……
しかし、それは、唯この男一人に、限つた事である。かう云ふ例外を除けば、五位は、依然として周囲の軽蔑の中に、犬のやうな生活を続けて行かなければならなかつた。第一彼には着物らしい着物が一つもない。青鈍の水干と、同じ色の指貫8とが一つづつあるのが、今ではそれが上白んで、藍とも紺とも、つかないやうな色に、なつてゐる。水干はそれでも、肩が少し落ちて、丸組の緒や菊綴の色が怪しくなつてゐるだけだが、指貫になると、裾のあたりのいたみ方が一通りでない。その指貫の中から、下の袴もはかない、細い足が出てゐるのを見ると、口の悪い同僚でなくとも、痩公卿の車を牽いてゐる、痩牛の歩みを見るやうな、みすぼらしい心もちがする。それに佩いてゐる太刀も、頗る覚束ない物で、柄の金具も如何はしければ、黒鞘の塗も剥げかかつてゐる。これが例の赤鼻で、だらしなく草履をひきずりながら、唯でさへ猫背なのを、一層寒空の下に背ぐくまつて、もの欲しさうに、左右を眺め眺め、きざみ足に歩くのだから、通りがかりの物売りまで莫迦にするのも、無理はない。現に、かう云ふ事さへあつた。……
但这想法仅限于他一人。除此之外,五品依然在周围人的轻蔑中,继续过着狗一般的生活。先说,他连一件像样的衣裳都没有。他有一件灰蓝袍子,一条同色的宽腿袴,都褪了色,变得蓝不蓝、青不青。袍子倒还罢了,只不过肩膀处塌了些,圆纽的带子和菊花襻变了色,宽腿袴的下裾却已经破碎得不成样子。宽腿袴底下没有穿衬裤,时而露出瘦腿来,看到这番光景,即便嘴巴不刻薄的同僚,也觉得他再寒碜不过,活像拉着落魄公卿破车的瘦牛一般。此外,他的佩刀也不成个体统,刀柄上的贴金褪了色,刀鞘上的黑漆也斑驳剥落。五品便顶着那个红鼻头,踢踢踏踏地拖着草鞋,原本腰板就不直,大冷天里更是拱肩缩背,他迈着小碎步,眼馋似的东张张西望望。就凭这副尊容,难怪连过路的商贩都瞧不起他。实际上,还真就发生了这么一件事。
或る日、五位が三条坊門を神泉苑の方へ行く所で、子供が六七人、路ばたに集つて、何かしてゐるのを見た事がある。「こまつぶり」でも、廻してゐるのかと思つて、後ろから覗いて見ると、何処かから迷つて来た、尨犬の首へ繩をつけて、打つたり殴いたりしてゐるのであつた。臆病な五位は、これまで何かに同情を寄せる事があつても、あたりへ気を兼ねて、まだ一度もそれを行為に現はしたことがない。が、この時だけは相手が子供だと云ふので、幾分か勇気が出た。そこで出来るだけ、笑顔をつくりながら、年かさらしい子供の肩を叩いて、「もう、堪忍してやりなされ。犬も打たれれば、痛いでのう」と声をかけた。すると、その子供はふりかへりながら、上眼を使つて、蔑すむやうに、ぢろぢろ五位の姿を見た。云はば侍所の別当が用の通じない時に、この男を見るやうな顔をして、見たのである。「いらぬ世話はやかれたうもない。」その子供は一足下りながら、高慢な唇を反らせて、かう云つた。「何ぢや、この鼻赤めが。」五位はこの語が自分の顔を打つたやうに感じた。が、それは悪態をつかれて、腹が立つたからでは毛頭ない。云はなくともいい事を云つて、恥をかいた自分が、情なくなつたからである。彼は、きまりが悪いのを苦しい笑顔に隠しながら、黙つて、又、神泉苑の方へ歩き出した。後では、子供が、六七人、肩を寄せて、「べつかつかう」をしたり、舌を出したりしてゐる。勿論彼はそんな事を知らない。知つてゐたにしても、それが、この意気地のない五位にとつて、何であらう。……
那天,五品要去神泉苑,路过三条坊门时,看到五六个孩童围在路边。五品心想或许他们在打陀螺,就从后面瞥了一眼,谁知他们在一只迷路的狮子狗颈上拴了绳子,正抽打着玩呢。五品生性胆小,以前纵然同情什么,顾忌着别人,从来没敢付诸行动。但这一次他看对方是些孩童,遂鼓起了几分勇气,努力做出笑脸,拍拍领头孩子的肩膀,说道:“喏,你们就饶过它吧。就算是只狗,挨打也会疼的哪。”那孩子回过头来,翻着白眼,轻蔑地打量五品,那神气和上司在五品不能领会他意图时的表情,恰恰如出一辙。“要你多管闲事!”孩子退后一步,傲慢地撇着嘴,“你这个红鼻头!”听了这话,五品仿佛被打了一记耳光,但他决不是因为听了恶言恶语感到恼火,而是因为自己多嘴多舌,丢人现眼,觉得羞愧难当。他苦笑着掩饰住自己的尴尬,默默地朝神泉苑方向走去。身后,六七个孩童凑到一起,对着他做鬼脸、吐舌头。当然,五品并没看见,可是就算他知道了,这么没脾气的五品,又能怎么样呢?
では、この話の主人公は、唯、軽蔑される為にのみ生れて来た人間で、別に何の希望も持つてゐないかと云ふと、さうでもない。五位は五六年前から芋粥と云ふ物に、異常な執着を持つてゐる。芋粥とは山の芋を中に切込んで、それを甘葛の汁で煮た、粥の事を云ふのである。当時はこれが、無上の佳味として、上は万乗の君の食膳にさへ、上せられた。従つて、吾五位の如き人間の口へは、年に一度、臨時の客の折にしか、はいらない。その時でさへ、飲めるのは僅に喉を沾すに足る程の少量である。そこで芋粥を飽きる程飲んで見たいと云ふ事が、久しい前から、彼の唯一の欲望になつてゐた。勿論、彼は、それを誰にも話した事がない。いや彼自身さへそれが、彼の一生を貫いてゐる欲望だとは、明白に意識しなかつた事であらう。が事実は彼がその為に、生きてゐると云つても、差支ない程であつた。――人間は、時として、充されるか充されないか、わからない欲望の為に、一生を捧げてしまふ。その愚を哂ふ者は、畢竟、人生に対する路傍の人に過ぎない。
不过,若说本篇故事的主人公生下来就是为了被人看不起,心里没有一丁点儿希望,那倒也不尽然。自打五六年前,五品就对一种叫作山药粥的东西异常喜爱。山药粥就是将山药切碎,用甜葛汁煮成的粥,当时被视为无上的美味,甚至被端上万乘之君的御案。因此,像我们五品这等人物,只有在一年一度、摄政大臣家举行大宴之际,方能尝尝山药粥的味道。但即便那种时候,喝到的山药粥也仅够润润喉咙。所以,能将山药粥喝个够,从很久以前便成为五品唯一的愿望。自然,他没有跟任何人说起过这话。不,或许就连五品自己,也没有清晰意识到这是贯穿了他一生的愿望。但其实,甚至不妨说五品就是为了这个活着的。——有时候,人们会为了不知能否实现的愿望,献出自己的一生。有人会嘲笑这种痴傻,可嘲笑者自己也不过是待在人生路边的旁观者罢了。
しかし、五位が夢想してゐた、「芋粥に飽かむ」事は、存外容易に事実となつて現れた。その始終を書かうと云ふのが、芋粥の話の目的なのである。
可没想到,五品的“将山药粥喝个够”的梦想,却出乎意料地轻易实现了。本篇山药粥故事的目的,就是讲一讲这件事的来龙去脉。
或年の正月二日、基経の第に、所謂臨時の客があつた時の事である。(臨時の客は二宮の大饗と同日に摂政関白家が、大臣以下の上達部を招いて催す饗宴で、大饗と別に変りがない。)五位も、外の侍たちにまじつて、その残肴の相伴をした。当時はまだ、取食み9の習慣がなくて、残肴は、その家の侍が一堂に集まつて、食ふ事になつてゐたからである。尤も、大饗に等しいと云つても昔の事だから、品数の多い割りに碌な物はない、餅、伏菟、蒸鮑、干鳥、宇治の氷魚、近江の鮒、鯛の楚割10、鮭の内子、焼蛸、大海老、大柑子、小柑子、橘、串柿などの類である。唯、その中に、例の芋粥があつた。五位は毎年、この芋粥を楽しみにしてゐる。が、何時も人数が多いので、自分が飲めるのは、いくらもない。それが今年は、特に、少かつた。さうして気のせゐか、何時もより、余程味が好い。そこで、彼は飲んでしまつた後の椀をしげしげと眺めながら、うすい口髭についてゐる滴を、掌で拭いて誰に云ふともなく、「何時になつたら、これに飽ける事かのう」と、かう云つた。
且说这年的正月初二,藤原基经的府中举行摄关家大宴(摄关家大宴是由摄政关白家招请大臣以下的高官的宴会,与两宫的大飨宴同日举行,与大飨宴差别不大)。五品也同其他侍从一起享用大宴的残肴剩馔。当时尚没有将酒宴残肴舍给下等人的风习,而是由府中侍从聚集一堂分而食之。说是与大飨宴无甚差别,终究是古时候的酒宴,肴馔种类虽多,却并无什么珍馐,无非是些蒸年糕、炸糕、蒸鲍鱼、干鸡肉、宇治小香鱼、近江鲫鱼、干鲷鱼条、盐渍带籽鲑鱼、烤章鱼、大虾、大柑子、小柑子、蜜橘、柿饼串儿之类。不过,其中就有山药粥。五品年年盼着山药粥,可惜总是人多粥少,能进自己嘴里的没几口。而且今年的山药粥尤其少,或许是心理作用,便觉得比以往更美味。五品恋恋地端详着喝光了的空碗,手掌擦掉稀拉拉胡子上沾着的粥滴,自言自语道:“什么时候才能喝个够哪?”
「大夫殿は、芋粥に飽かれた事がないさうな。」
“大夫阁下还没尽兴喝过山药粥?”
五位の語が完らない中に、誰かが、嘲笑つた。錆のある、鷹揚な、武人らしい声である。五位は、猫背の首を挙げて、臆病らしく、その人の方を見た。声の主は、その頃同じ基経の恪勤になつてゐた、民部卿時長の子藤原利仁としひとである。肩幅の広い、身長の群を抜いた逞しい大男で、これは、煠栗を噛みながら、黒酒の杯を重ねてゐた。もう大分酔がまはつてゐるらしい。
五品的话音未落,便有人嘲笑道。那声音粗豪雄壮,五品挺直驼肩,怯怯地朝那人看去。声音的主人乃是民部卿藤原时长之子藤原利仁,当时同五品一样,担任基经的侍从。利仁是个身长肩宽、高大魁梧的伟男子,他一边嚼着煮栗子,一边一杯接一杯地喝着黑酒,已经醉醺醺的了。
「お気の毒な事ぢやの。」
“好可怜哪。”
利仁は、五位が顔を挙げたのを見ると、軽蔑と憐憫とを一つにしたやうな声で、語を継いだ。
见五品抬起头来,利仁继续说道,语气半是轻蔑,半是怜悯。
「お望みなら、利仁がお飽かせ申さう。」
“阁下要是愿意,在下就让你喝个够。”
始終、いぢめられてゐる犬は、たまに肉を貰つても容易によりつかない。五位は、例の笑ふのか、泣くのか、わからないやうな笑顔をして、利仁の顔と、空の椀とを等分に見比べてゐた。
一直被欺负的狗,就算偶尔给它块肉,它也不会轻易凑过来。五品又露出了那分不清是哭还是笑的笑脸,一会儿看看空碗,一会儿再看看利仁的脸。
「おいやかな。」
“不愿意?”
「……」
「どうぢや。」
“怎样?”
「……」
五位は、その中に、衆人の視線が、自分の上に、集まつてゐるのを感じ出した。答へ方一つで、又、一同の嘲弄を、受けなければならない。或は、どう答へても、結局、莫迦にされさうな気さへする。彼は躊躇した。もし、その時に、相手が、少し面倒臭そうな声で、「おいやなら、たつてとは申すまい」と云はなかつたなら、五位は、何時までも、椀と利仁とを、見比べてゐた事であらう。
五品觉察到,这一会儿工夫,众人的视线都盯在了自己身上。只要他一搭腔,肯定要受到大伙儿的嘲弄。他甚至觉得,不管自己回答什么,都会被看不起。五品踌躇不决,若不是对方有些不耐烦地说“若不愿意,在下决不强求”,他八成会一直对着空碗和利仁的脸看个不休。
彼は、それを聞くと、慌しく答へた。
于是,五品慌忙答道:
「いや……忝うござる。」
“哪里……不胜感激。”
この問答を聞いてゐた者は、皆、一時に、失笑した。「いや……忝うござる。」――かう云つて、五位の答を、真似る者さへある。所謂、橙黄橘紅を盛つた窪坏や高坏11の上に多くの揉烏帽子や立烏帽子が、笑声と共に一しきり、波のやうに動いた。中でも、最、大きな声で、機嫌よく、笑つたのは、利仁自身である。
听到这句回答,众人顿时哄堂大笑。甚至有人模仿五品的腔调,说着“哪里……不胜感激”。在盛着黄橙红橘的高盘矮盏间,一大堆软乌帽、硬乌帽和着笑声,像波涛一样此起彼伏。其中,笑得最响亮、最畅快的,便是利仁自己。
「では、その中に、御誘ひ申さう。」さう云ひながら、彼は、ちよいと顔をしかめた。こみ上げて来る笑と今飲んだ酒とが、喉で一つになつたからである。「……しかと、よろしいな。」
“那么,在下不久便来相邀。”说着,利仁微微皱了皱眉,涌上来的笑和刚咽下去的酒在喉咙处挤成了一团,“如此可好?”
「忝うござる。」
“不胜感激。”
五位は赤くなつて、吃りながら、又、前の答を繰返した。一同が今度も、笑つたのは、云ふまでもない。それが云はせたさに、わざわざ念を押した当の利仁に至つては、前よりも一層可笑しさうに広い肩をゆすつて、哄笑した。この朔北の野人は、生活の方法を二つしか心得てゐない。一つは酒を飲む事で、他の一つは笑ふ事である。
五品红着脸,吭吭哧哧重复了一句。不必说,众人又大笑了一番。利仁故意叮问,就是为了逗五品说这句话,这回他仿佛觉得比刚才更滑稽,抖动着肩膀哈哈大笑。这个朔北的粗豪汉子,只晓得两种生活之道,一是饮酒,二是大笑。
しかし幸に談話の中心は、程なく、この二人を離れてしまつた。これは事によると、外の連中が、たとひ嘲弄にしろ、一同の注意をこの赤鼻の五位に集中させるのが、不快だつたからかも知れない。兎に角、談柄はそれからそれへと移つて、酒も肴なも残少になつた時分には、某と云ふ侍学生が、行縢12の片皮へ、両足を入れて馬に乗らうとした話が、一座の興味を集めてゐた。が、五位だけは、まるで外の話が聞えないらしい。恐らく芋粥の二字が、彼のすべての思量を支配してゐるからであらう。前に雉子の炙いたのがあつても、箸をつけない。黒酒の杯があつても、口を触れない。彼は、唯、両手を膝の上に置いて、見合ひをする娘のやうに霜に犯されかかつた鬢の辺まで、初心うぶらしく上気しながら、何時までも空になつた黒塗の椀を見つめて、多愛もなく、微笑してゐるのである。……
不过,幸好谈话的中心很快从二人身上移开了。因为尽管是嘲弄取笑,若众人的注意力都集中在这红鼻五品身上,也难免会有人感到不快。总之,话题一个接一个,酒菜也渐渐变少,后来有人说起某个寮生侍从骑马的时候,把两条腿都塞进了护腿袴单侧的裤筒里,才重新聚起了满座的兴致。唯有五品对这些话题似乎全然听而不闻,也许“山药粥”三个字已经占据了他所有的思维吧。烤雉鸡肉放在面前,他不动筷子,黑酒就在手边,他也不沾唇。他只管双手放在膝上,像相亲时的大姑娘似的羞羞答答,脸一直红到了点点染霜的鬓边,一个劲儿盯着空空如也的黑漆碗,傻呵呵地微笑着。
それから、四五日たつた日の午前、加茂川の河原に沿つて、粟田口へ通ふ街道を、静に馬を進めてゆく二人の男があつた。一人は濃い縹の狩衣に同じ色の袴をして、打出の太刀を佩いた「鬚黒く鬢ぐきよき」男である。もう一人は、みすぼらしい青鈍の水干に、薄綿の衣を二つばかり重ねて着た、四十恰好の侍で、これは、帯のむすび方のだらしのない容子と云ひ、赤鼻でしかも穴のあたりが、洟13にぬれてゐる容子と云ひ、身のまはり万端のみすぼらしい事夥しい。尤も、馬は二人とも、前のは月毛、後のは蘆毛の三歳駒で、道をゆく物売りや侍も、振向いて見る程の駿足である。その後から又二人、馬の歩みに遅れまいとして随いて行くのは、調度掛と舎人とに相違ない。――これが、利仁と五位との一行である事は、わざわざ、ここに断るまでもない話であらう。
四五天后的一个上午,两名骑马的男人沿着加茂川河畔,在通往粟田口的大路上缓辔而行。一人身穿缥青色狩衣和同色宽袴,佩一把镶金嵌银的大刀,是个“须黑鬓美”的男人。另一人穿着破旧的深蓝袍,只套了一件薄薄的棉袄,是个约摸四十上下的侍从,不管是那系得歪歪扭扭的衣带,还是沾着鼻涕的红鼻头,通身上下没一处不显得寒碜可怜。不过两匹马倒都是良驹,前面桃花马,后面菊花青,只有三岁牙口,神骏非凡,惹得过路的商贩和差人纷纷注目。此外,还有两人紧紧地跟随在马后,那是背弓和牵马的随从。——不必多说,这正是利仁和五品一行人。
冬とは云ひながら、物静に晴れた日で、白けた河原の石の間、潺湲たる水の辺に立枯れてゐる蓬の葉を、ゆする程の風もない。川に臨んだ背の低い柳は、葉のない枝に飴の如く滑かな日の光りをうけて、梢にゐる鶺鴒の尾を動かすのさへ、鮮かに、それと、影を街道に落してゐる。東山の暗い緑の上に、霜に焦げた天鵞絨のやうな肩を、丸々と出してゐるのは、大方、比叡の山であらう。二人はその中に鞍の螺鈿14を、まばゆく日にきらめかせながら鞭をも加へず悠々と、粟田口を指して行くのである。
虽然正值寒冬,却是个安宁晴和的好天气,一点微风也无,水流潺湲,河滩白色的石子间,艾蒿枯萎的叶子纹丝不动。临河的矮柳树叶子落尽,光溜溜的树枝迎着光滑如饴的阳光,树梢上的鹡鸰鸟尾巴稍稍一动,便在大路上投下清晰的影子。暗绿色的东山上方,露出了一坨圆圆的山肩,仿佛霜打过的天鹅绒,那大概便是比睿山吧。马鞍上的螺钿在阳光下闪闪发亮,两人并不加鞭,向着粟田口悠悠地信马而行。
「どこでござるかな、手前をつれて行つて、やらうと仰せられるのは。」五位が馴れない手に手綱をかいくりながら、云つた。
“您说要带在下出门,要去哪里?”五品手法生涩地拉着缰绳,问道。
「すぐ、そこぢや。お案じになる程遠くはない。」
“马上就到了,不必担心,不远。”
「すると、粟田口辺でござるかな。」
“是粟田口附近?”
「まづ、さう思はれたがよろしからう。」
“暂且这么想也无妨。”
利仁は今朝五位を誘ふのに、東山の近くに湯の湧いてゐる所があるから、そこへ行かうと云つて出て来たのである。赤鼻の五位は、それを真にうけた。久しく湯にはいらないので、体中がこの間からむづ痒い。芋粥の馳走になつた上に、入湯が出来れば、願つてもない仕合せである。かう思つて、予め利仁が牽かせて来た、蘆毛の馬に跨つた。所が、轡を並べて此処まで来て見ると、どうも利仁はこの近所へ来るつもりではないらしい。現に、さうかうしてゐる中に、粟田口は通りすぎた。
今早,利仁邀请五品说东山附近有温泉,不妨去玩玩。五品信以为真。他很久没泡澡了,这一阵子只觉浑身发痒。若能吃过山药粥,再泡泡温泉,真是不敢奢望的福分呢。如此一想,五品便跨上了利仁吩咐人牵来的菊花青。可是,两人并辔来到此地,却发现利仁的目的地似乎并不在这儿附近。实际上,不知不觉中,粟田口已经过了。
「粟田口では、ござらぬのう。」
“不是去粟田口吧?”
「いかにも、もそつと、あなたでな。」
“再稍微往前走一点。”
利仁は、微笑を含みながら、わざと、五位の顔を見ないやうにして、静に馬を歩ませてゐる。両側の人家は、次第に稀になつて、今は、広々とした冬田の上に、餌をあさる鴉が見えるばかり、山の陰に消残つて、雪の色も仄に青く煙つてゐる。晴れながら、とげとげしい櫨の梢が、眼に痛く空を刺してゐるのさへ、何となく肌寒い。
利仁含着微笑,故意不看五品的脸,静静地驱马前行。路两边的人家逐渐稀少,寥廓的冬季田野上,随处可见觅食的乌鸦,山阴处尚未消融的残雪泛着微微的青色。黄栌树尖锐的枝梢直刺入天空,虽是天色晴朗,但也令人感到些许寒意。
「では、山科辺ででもござるかな。」
“那么,是去山科附近?”
「山科は、これぢや。もそつと、さきでござるよ。」
“山科就在这里嘛。再向前些。”
成程、さう云ふ中に、山科も通りすぎた。それ所ではない。何かとする中に、関山も後にして、彼是、午少しすぎた時分には、とうとう三井寺の前へ来た。三井寺には、利仁の懇意にしてゐる僧がある。二人はその僧を訪ねて、午餐の馳走になつた。それがすむと、又、馬に乗つて、途を急ぐ。行手は今まで来た路に比べると遙に人煙が少ない。殊に当時は盗賊が四方に横行した、物騒な時代である。――五位は猫背を一層低くしながら、利仁の顔を見上げるやうにして訊ねた。
的确,说话间已经过了山科。何止如此,不觉中又把关山甩到了身后。稍稍过午时分,终于到了三井寺前。三井寺中有位与利仁私交甚密的僧人,两人拜访了僧人,叨扰了一顿午饭,随后又上马急急赶路。较之方才来时路上,接下来的路段人烟大为稀少,尤其是当时盗贼横行四方,世道并不太平。五品把驼背弯得更低了,仰望着利仁的脸,问道:
「まだ、さきでござるのう。」
“还要往前走?”
利仁は微笑した。悪戯をして、それを見つけられさうになつた子供が、年長者に向つてするやうな微笑である。鼻の先へよせた皺と、眼尻にたたへた筋肉のたるみとが、笑つてしまはうか、しまふまいかとためらつてゐるらしい。さうして、とうとう、かう云つた。
利仁微微发笑,仿佛是恶作剧快要得逞的孩童面对长辈时的微笑。鼻头处堆起的皱纹,眼角上漾着的褶儿,都像是在犹豫到底要不要大笑。终于,他说:
「実はな、敦賀まで、お連れ申さうと思うたのぢや。」
“其实,我是要带阁下去敦贺。”
笑ひながら、利仁は鞭を挙げて遠くの空を指さした。その鞭の下には、的皪15として、午後の日を受けた近江の湖が光つてゐる。
利仁大笑着,举鞭指了指远处的天空。马鞭下方,近江湖水映着午后的阳光,灿灿地闪烁着白光。
五位は、狼狽した。
五品大为惊慌。
「敦賀と申すと、あの越前の敦賀でござるかな。あの越前の――」
“您说的敦贺,是越前的敦贺吗?是那个越前的……”
利仁が、敦賀の人、藤原有仁の女婿になつてから、多くは敦賀に住んでゐると云ふ事も、日頃から聞いてゐない事はない。が、その敦賀まで自分をつれて行く気だらうとは、今の今まで思はなかつた。第一、幾多の山河を隔ててゐる越前の国へ、この通り、僅二人の伴人をつれただけで、どうして無事に行かれよう。ましてこの頃は、往来の旅人が、盗賊の為に殺されたと云ふ噂さへ、諸方にある。――五位は歎願するやうに、利仁の顔を見た。
利仁乃是敦贺的藤原有仁的女婿,经常住在敦贺。五品平日里并非没有听说过这事,但他怎么也想不到,利仁竟要把自己带到敦贺去。先说,要去隔着恁多山山水水的越前国,像这样仅带着两名随从,怎可能平安到达?何况这一阵子,四处都有传言说旅人被盗贼杀害。五品哀求地看着利仁,说:
「それは又、滅相な、東山ぢやと心得れば、山科。山科ぢやと心得れば、三井寺。揚句が越前の敦賀とは、一体どうしたと云ふ事でござる。始めから、さう仰せられうなら、下人共なりと、召つれようものを。――敦賀とは、滅相な。」
“这怎么使得!在下本以为去东山,结果到了山科。以为是山科,结果又去三井寺。最后竟是越前的敦贺,到底怎么回事?若您一开始就说去敦贺,也可多带几名下人。——去敦贺,可怎么使得!”
五位は、殆どべそを掻かないばかりになつて、呟いた。もし「芋粥に飽かむ」事が、彼の勇気を鼓舞しなかつたとしたら、彼は恐らく、そこから別れて、京都へ独り帰つて来た事であらう。
五品嘟嘟囔囔,几乎要哭出来。若不是有“将山药粥喝个够”来鼓舞他的勇气,他恐怕会就此作别,独自回京都去。
「利仁が一人居るのは、千人ともお思ひなされ。路次の心配は、御無用ぢや。」
“有我利仁一人在,足可当得千人。旅途中的事,你不必担忧。”
五位の狼狽するのを見ると、利仁は、少し眉を顰めながら、嘲笑つた。さうして調度掛を呼寄せて、持たせて来た壺胡籙を背に負ふと、やはり、その手から、黒漆の真弓をうけ取つて、それを鞍上に横へながら、先に立つて、馬を進めた。かうなる以上、意気地のない五位は、利仁の意志に盲従するより外に仕方がない。それで、彼は心細さうに、荒涼とした周囲の原野を眺めながら、うろ覚えの観音経を口の中に念じ念じ、例の赤鼻を鞍の前輪にすりつけるやうにして、覚束ない馬の歩みを、不相変とぼとぼと進めて行つた。
看到五品的狼狈模样,利仁微蹙起眉毛嘲笑道。随后,他唤来背弓的随从,取过箭壶背在背上,又拿过黑漆雕弓横在鞍上,一马当先往前走去。如此一来,怯懦的五品别无他法,只能服从利仁的意志。五品战战兢兢地张望着四周荒凉的原野,嘴里念叨着模糊记得的观音经,红鼻头几乎蹭到了马的前鞍桥上,跌跌撞撞地前行。
馬蹄の反響する野は、茫々たる黄茅に蔽はれて、その所々にある行潦も、つめたく、青空を映したまま、この冬の午後を、何時かそれなり凍つてしまふかと疑はれる。その涯には、一帯の山脈が、日に背いてゐるせゐか、かがやく可き残雪の光もなく、紫がかつた暗い色を、長々となすつてゐるが、それさへ蕭条たる幾叢の枯薄に遮られて、二人の従者の眼には、はいらない事が多い。――すると、利仁が、突然、五位の方をふりむいて、声をかけた。
马蹄声回荡在原野上,野地里覆盖着苍茫的黄茅草,随处可见的水洼里清冷地倒映着蓝天,使人疑心这冬日的午后会在不知不觉间被冰冻住。原野尽头是一带山脉,或许是背阴的缘故,山体被抹上了连绵悠远的暗紫色,丝毫不见残雪闪耀的荧光。不过,这景色被数丛萧瑟的枯芒草所遮蔽,无法映入两名随从的眼中。——忽然,利仁转向五品,说:
「あれに、よい使者が参つた。敦賀への言づけを申さう。」
“看,那边来了个好使者,命它去敦贺传话吧!”
五位は利仁の云ふ意味が、よくわからないので、怖々ながら、その弓で指さす方を、眺めて見た。元より人の姿が見えるやうな所ではない。唯、野葡萄か何かの蔓が、灌木の一むらにからみついてゐる中を、一疋の狐が、暖かな毛の色を、傾きかけた日に曝しながら、のそりのそり歩いて行く。――と思ふ中に、狐は、慌ただしく身を跳らせて、一散に、どこともなく走り出した。利仁が急に、鞭を鳴らせて、その方へ馬を飛ばし始めたからである。五位も、われを忘れて、利仁の後を、逐つた。従者も勿論、遅れてはゐられない。しばらくは、石を蹴る馬蹄の音が、戞々として、曠野の静けさを破つてゐたが、やがて利仁が、馬を止めたのを見ると、何時、捕へたのか、もう狐の後足を掴んで、倒に、鞍の側へ、ぶら下げてゐる。狐が、走れなくなるまで、追ひつめた所で、それを馬の下に敷いて、手取りにしたものであらう。五位は、うすい髭にたまる汗を、慌しく拭きながら、漸、その傍へ馬を乗りつけた。
五品没听明白,怯怯地顺着弓所指的方向望去。那里本就不见人迹,只有野葡萄之类的藤蔓缠绕着一丛灌木,其间有一只狐狸,一身暖融融的毛色,沐浴着西斜的日光,正慢悠悠地走着。突然,狐狸惊慌腾身,拼命奔逃起来,原来是利仁猛然挥起响鞭,纵马冲了过去。五品也忘乎所以,跟在利仁身后追去,随从们当然不肯落后。一时间,马蹄嗒嗒地踢着石子,打破了旷野的宁静,片刻之后,利仁止住了马,却见狐狸已不知何时被抓住,被提着后腿倒悬在马鞍旁。想必是利仁将狐狸逼得无路可逃,将它制伏在马下,从而擒获的吧。五品慌忙擦着稀疏胡子上的汗珠,赶到利仁身旁。
「これ、狐、よう聞けよ。」利仁は、狐を高く眼の前へつるし上げながら、わざと物々しい声を出してかう云つた。「其方、今夜の中に、敦賀の利仁が館へ参つて、かう申せ。『利仁は、唯今俄に客人を具して下らうとする所ぢや。明日、巳時頃、高島の辺まで、男たちを迎ひに遣はし、それに、鞍置馬二疋、牽かせて参れ。』よいか忘れるなよ。」
“呔,狐狸,你听好了!”利仁把狐狸高高地举到眼前,一脸威严,吩咐道,“今天夜里,你到敦贺的利仁府上,传我的话,就说‘利仁正与客人一道归来。明日巳时,派遣家人到高岛迎接,并带上两匹备好鞍的马’。明白了?休要忘记!”
云ひ畢ると共に、利仁は、一ふり振つて狐を、遠くの叢の中へ、抛り出した。
话音刚落,利仁猛地一挥手,把狐狸抛向远处的草丛。
「いや、走るわ。走るわ。」
“嗬,跑了,跑了!”
やつと、追ひついた二人の従者は、逃げてゆく狐の行方を眺めながら、手を拍つて囃し立てた。落葉のやうな色をしたその獣の背は、夕日の中を、まつしぐらに、木の根石くれの嫌ひなく、何処までも、走つて行く。それが一行の立つてゐる所から、手にとるやうによく見えた。狐を追つてゐる中に、何時か彼等は、曠野が緩い斜面を作つて、水の涸れた川床と一つになる、その丁度上の所へ、出てゐたからである。
两名随从总算撵了上来,望着狐狸逃走的方向,拍手叫嚷着。那小兽背上披着落叶般的色泽,顾不得避开树根石子,在夕阳中一溜烟地奔逃。从一行人所在之处看去,这光景历历在目。在追逐狐狸时,他们不觉来到了旷野的高处,野地伸展开舒缓的斜面,正与干涸的河床连为一体。
「広量の御使でござるのう。」
“真是个靠不住的使者啊。”
五位は、ナイイヴな尊敬と讃嘆とを洩らしながら、この狐さへ頤使する野育ちの武人の顔を、今更のやうに、仰いで見た。自分と利仁との間に、どれ程の懸隔があるか、そんな事は、考へる暇がない。唯、利仁の意志に、支配される範囲が広いだけに、その意志の中に包容される自分の意志も、それだけ自由が利くやうになつた事を、心強く感じるだけである。――阿諛は、恐らく、かう云ふ時に、最自然に生れて来るものであらう。読者は、今後、赤鼻の五位の態度に、幇間16のやうな何物かを見出しても、それだけで妄にこの男の人格を、疑ふ可きではない。
五品流露出纯真的尊敬与赞叹,对利仁这位粗生野长、连狐狸都能颐指气使的豪杰,五品再度肃然起敬。他已经无暇思考自己和利仁之间是何等天悬地隔,只一味地感到安心。利仁的意志所掌控的范围越广,包含在这一意志中的自己的意志,仿佛也就能够得到越多的自由。——阿谀这一行为恐怕就是在此种情况下,极为自然地产生出来的。列位看官,即便从今后五品的态度中发现某些奉承讨好的成分,也不可凭此就对他的人格妄加怀疑。
抛り出された狐は、なぞへの斜面を、転げるやうにして、駈け下りると、水の無い河床の石の間を、器用に、ぴよいぴよい、飛び越えて、今度は、向うの斜面へ、勢よく、すぢかひに駈け上つた。駈け上りながら、ふりかへつて見ると、自分を手捕りにした侍の一行は、まだ遠い傾斜の上に馬を並べて立つてゐる。それが皆、指を揃へた程に、小さく見えた。殊に入日を浴びた、月毛と蘆毛とが、霜を含んだ空気の中に、描いたよりもくつきりと、浮き上つてゐる。
狐狸被抛出去后,连滚带爬地奔下斜坡,敏捷地跳过干涸河床的石子间,迅速冲向对面的斜坡。它一边朝上跑,一边回头望去,抓捕过自己的武者一行,还在远远的斜坡上并马伫立,看上去都只有巴掌大小。桃花马和菊花青沐浴着落日的余晖,浮现在包含着霜意的空气中,比描画出的还要清晰鲜明。
狐は、頭をめぐらすと、又枯薄の中を、風のやうに走り出した。
狐狸转过头去,在枯萎的芒草间风一般地疾驰而去。
一行は、予定通り翌日の巳時ばかりに、高島の辺へ来た。此処は琵琶湖に臨んだ、ささやかな部落で、昨日に似ず、どんよりと曇つた空の下に、幾戸の藁屋が、疎にちらばつてゐるばかり、岸に生えた松の樹の間には、灰色の漣漪をよせる湖の水面が、磨くのを忘れた鏡のやうに、さむざむと開けてゐる。――此処まで来ると利仁が、五位を顧みて云つた。
翌日,一行人如期于巳时到达高岛附近。这是个毗邻琵琶湖的小村落,与昨日不同,天空阴沉沉的,几间草屋稀疏地点缀其间,透过岸边松树的枝叶间隙,可以看到湖面荡漾着灰色的涟漪,像一面疏于拂拭的镜子,泛出清冷的气息。利仁回头看看五品,说:
「あれを御覧じろ。男どもが、迎ひに参つたげでござる。」
“看那边,下人们来迎接了。”
見ると、成程、二疋の鞍置馬を牽いた、二三十人の男たちが、馬に跨がつたのもあり徒歩のもあり、皆水干の袖を寒風に翻へして、湖の岸、松の間を、一行の方へ急いで来る。やがてこれが、間近くなつたと思ふと、馬に乗つてゐた連中は、慌ただしく鞍を下り、徒歩の連中は、路傍に蹲踞して、いづれも恭々しく、利仁の来るのを、待ちうけた。
的确,有二三十名家仆正从岸边的松树间匆匆赶来,他们有的骑马,有的徒步,牵着两匹备好鞍的马,衣袖在寒风中翻动。片刻之间,他们已到了近前,骑马的人慌忙滚鞍下马,徒步的人屈膝蹲踞道旁,都恭恭敬敬地静待利仁。
「やはり、あの狐が、使者を勤めたと見えますのう。」
“看来,狐狸确实去报信了。”
「生得、変化ある獣ぢやて、あの位の用を勤めるのは、何でもござらぬ。」
“那畜生生来通灵,办这点事根本不算什么。”
五位と利仁とが、こんな話をしてゐる中に、一行は、郎等17たちの待つてゐる所へ来た。「大儀ぢや。」と、利仁が声をかける。蹲踞してゐた連中が、忙しく立つて、二人の馬の口を取る。急に、すべてが陽気になつた。
五品和利仁说着话,走到家仆们跟前。“辛苦了。”利仁慰劳了一句,蹲踞着的家仆们慌忙站起来,为两人牵马,气氛顿时轻松起来。
「夜前、稀有な事が、ございましてな。」
“昨夜发生了一件稀奇事。”
二人が、馬から下りて、敷皮の上へ、腰を下すか下さない中に、檜皮色の水干を着た、白髪の郎等が、利仁の前へ来て、かう云つた。
两人下了马,正要坐到皮褥子上时,一个身穿桧皮色袍子、白发苍苍的仆人走到利仁面前,禀告道。
「何ぢや。」
“何事?”
利仁は、郎等たちの持つて来た篠枝や破籠を、五位にも勧めながら、鷹揚に問ひかけた。
利仁一边示意五品享用家仆们带来的竹筒酒和点心,一边漫不经心地问道。
「さればでございまする。夜前、戌時ばかりに、奥方が俄に、人心地をお失ひなされましてな。『おのれは、阪本の狐ぢや。今日、殿の仰せられた事を、言伝てせうほどに、近う寄つて、よう聞きやれ。』と、かう仰有るのでございまする。さて、一同がお前に参りますると、奥方の仰せられまするには、『殿は唯今俄に客人を具して、下られようとする所ぢや。明日巳時頃、高島の辺まで、男どもを迎ひに遺はし、それに鞍置馬二疋牽かせて参れ。』と、かう御意遊ばすのでございまする。」
“有一事禀告大人,约摸在昨晚戌时,夫人忽然不省人事,口中说道:‘我乃坂本之狐,今日受大人吩咐前来传话,你等上前来,仔细听着。’于是众人上前聆听,夫人的话大意为,‘大人如今正偕同客人归来,你等派人明日巳时到高岛迎接,且带上两匹备好鞍的马。’”
「それは、又、稀有な事でござるのう。」五位は利仁の顔と、郎等の顔とを、仔細らしく見比べながら、両方に満足を与へるやうな、相槌を打つた。
“这真是稀有之事哪。”五品看看利仁,又看看家人,讨好似的附和道。
「それも唯、仰せられるのではございませぬ。さも、恐ろしさうに、わなわなとお震へになりましてな、『遅れまいぞ。遅れれば、おのれが、殿の御勘当をうけねばならぬ。』と、しつきりなしに、お泣きになるのでございまする。」
“还有,夫人不仅说了这番话,还瑟瑟发抖,仿佛十分惶恐,说:‘莫要去迟了。若是去迟了,我会被大人休弃。’说着哭泣起来。”
「して、それから、如何した。」
“然后呢?”
「それから、多愛なく、お休みになりましてな。手前共の出て参りまする時にも、まだ、お眼覚にはならぬやうで、ございました。」
“然后夫人就昏昏睡去,直到小人们出门时,夫人还未醒来。”
「如何でござるな。」郎等の話を聞き完ると、利仁は五位を見て、得意らしく云つた。「利仁には、獣も使はれ申すわ。」
“怎样?”听仆人说完,利仁得意地看着五品,“咱家连畜生都使唤得动。”
「何とも驚き入る外は、ござらぬのう。」五位は、赤鼻を掻きながら、ちよいと、頭を下げて、それから、わざとらしく、呆れたやうに、口を開いて見せた。口髭には、今飲んだ酒が、滴になつて、くつついてゐる。
“真真匪夷所思。”五品搔着红鼻头,微微低下头,随后,他故意惊愕地张开嘴巴,胡须上还沾着刚才喝过的酒滴。
その日の夜の事である。五位は、利仁の館の一間に、切燈台の灯を眺めるともなく、眺めながら、寝つかれない長の夜をまぢまぢして、明してゐた。すると、夕方、此処へ着くまでに、利仁や利仁の従者と、談笑しながら、越えて来た松山、小川、枯野、或は、草、木の葉、石、野火の煙のにほひ、――さう云ふものが、一つづつ、五位の心に、浮んで来た。殊に、雀色時18の靄の中を、やつと、この館へ辿りついて、長櫃に起してある、炭火の赤い焔を見た時の、ほつとした心もち、――それも、今かうして、寝てゐると、遠い昔にあつた事としか、思はれない。五位は綿の四五寸もはいつた、黄いろい直垂19の下に、楽々と、足をのばしながら、ぼんやり、われとわが寝姿を見廻した。
那天晚上,利仁府中的一间屋子中,五品在长夜里辗转难眠,不经意地眺望着矮灯台的火苗。想起傍晚抵达此处之前,自己和利仁、随从们一边谈笑,一边经过松林茂密的山丘、小河、枯野,还有草丛、树叶、石子、野火的烟味儿……这些风景一一浮现在五品心头。尤其当在茶褐色的雾霭中终于抵达利仁府时,看到长火盆中那红红的火苗,心里是多么安泰——如今躺在这里,那种安泰的心情似乎也成了十分久远前的事了。盖着四五寸厚的黄棉被,五品舒舒服服地伸开腿,蒙眬地打量着自己的睡姿。
直垂の下に利仁が貸してくれた、練色の衣の綿厚なのを、二枚まで重ねて、着こんでゐる。それだけでも、どうかすると、汗が出かねない程、暖かい。そこへ、夕飯の時に一杯やつた、酒の酔が手伝つてゐる。枕元の蔀一つ隔てた向うは、霜の冴えた広庭だが、それも、かう陶然としてゐれば、少しも苦にならない。万事が、京都の自分の曹司にゐた時と比べれば、雲泥の相違である。が、それにも係はらず、我五位の心には、何となく釣合のとれない不安があつた。第一、時間のたつて行くのが、待遠い。しかもそれと同時に、夜の明けると云ふ事が、――芋粥を食ふ時になると云ふ事が、さう早く、来てはならないやうな心もちがする。さうして又、この矛盾した二つの感情が、互に剋し合ふ後には、境遇の急激な変化から来る、落着かない気分が、今日の天気のやうに、うすら寒く控へてゐる。それが、皆、邪魔になつて、折角の暖かさも、容易に、眠りを誘ひさうもない。
在棉被底下,五品还穿着两件利仁借给他的淡黄色厚棉衣,身上暖融融的,一动就要出汗。枕边的一窗之隔,外面就是寒霜凛冽的宽阔庭院,可自己是如此陶然自得,全无苦寒之感。比起自己在京都的寒舍,一切都如同云泥之别。但尽管如此,我们五品心里却七上八下,隐隐有种不安。他盼望时间快点过,但与此同时,他又希望天亮——也就是吃山药粥的时刻不要那么快到来。这两种矛盾的情感相互冲突,境遇的剧烈改变使心境也不得安稳,正如今日的天气似的,令人感到些许寒意。这一切都困扰着五品,结果,眼下难得的温暖也难以使他酣然入梦。
すると、外の広庭で、誰か大きな声を出してゐるのが、耳にはいつた。声がらでは、どうも、今日、途中まで迎へに出た、白髪の郎等が何か告れてゐるらしい。その乾からびた声が、霜に響くせゐか、凛々として凩のやうに、一語づつ五位の骨に、応へるやうな気さへする。
就在这时,五品听到外面宽阔的庭院中,有人在大声说话。听那声音,似乎是今天在路上迎接他们的那位白发老仆。老仆正在吩咐什么,干涩粗哑的声音在寒霜中回响,仿佛寒冷的北风,一字一句地刺进了五品的骨头中。
「この辺の下人、承はれ。殿の御意遊ばさるるには、明朝、卯時までに、切口三寸、長さ五尺の山の芋を、老若各、一筋づつ、持つて参る様にとある。忘れまいぞ、卯時までにぢや。」
“下人们听好了!大人吩咐,明早卯时前,每人各带一根五尺长、三寸粗的山药来。莫要忘记,卯时前带来!”
それが、二三度、繰返されたかと思ふと、やがて、人のけはひが止んで、あたりは忽ち元のやうに、静な冬の夜になつた。その静な中に、切燈台の油が鳴る。赤い真綿のやうな火が、ゆらゆらする。
如此这般吩咐了两三遍,不一会儿,人声消散,四周顿时像方才一样,恢复了冬夜的寂静。一片寂静中,矮灯台的灯油嗞嗞作响,红丝绵般的火苗轻轻摇动。
五位は欠伸を一つ、噛みつぶして、又、とりとめのない、思量に耽り出した。――山の芋と云ふからには、勿論芋粥にする気で、持つて来させるのに相違ない。さう思ふと、一時、外に注意を集中したおかげで忘れてゐた、さつきの不安が、何時の間にか、心に帰つて来る。殊に、前よりも、一層強くなつたのは、あまり早く芋粥にありつきたくないと云ふ心もちで、それが意地悪く、思量の中心を離れない。どうもかう容易に「芋粥に飽かむ」事が、事実となつて現れては、折角今まで、何年となく、辛抱して待つてゐたのが、如何にも、無駄な骨折のやうに、見えてしまふ。出来る事なら、突然何か故障が起つて一旦、芋粥が飲めなくなつてから、又、その故障がなくなつて、今度は、やつとこれにありつけると云ふやうな、そんな手続きに、万事を運ばせたい。――こんな考へが、「こまつぶり」のやうに、ぐるぐる一つ所を廻つてゐる中に、何時か、五位は、旅の疲れで、ぐつすり、熟睡してしまつた。
五品把一个呵欠憋了回去,又沉浸在漫无边际的遐想中。要下人们带山药来,不用说是为了做山药粥。如此一想,方才因为注意外面的动静而忘却了的不安,不知不觉又回到了五品心中。不想那么快吃到山药粥——这种心理比先前越发强烈,执拗地占据着五品的思绪,不肯消退。若是“将山药粥吃个够”这一愿望如此轻而易举地实现,那么他这许多年来苦苦忍耐,一直期盼到今天,又是多么无谓的辛劳!如果可能的话,最好是突然出现某种障碍,无法喝到山药粥,后来障碍又消除,费尽周折终于完成心愿,事情能这么进展就好了。这些念头像陀螺似的骨碌碌旋转着,不知不觉中,由于旅途的疲劳,五品酣然入睡。
翌朝、眼がさめると、直に、昨夜の山の芋の一件が、気になるので、五位は、何よりも先に部屋の蔀をあげて見た。すると、知らない中に、寝すごして、もう卯時をすぎてゐたのであらう。広庭へ敷いた、四五枚の長筵の上には、丸太のやうな物が、凡そ、二三千本、斜につき出した、檜皮葺の軒先へつかへる程、山のやうに、積んである。見るとそれが、悉く、切口三寸、長さ五尺の途方もなく大きい、山の芋であつた。
翌日一早,五品睁开眼睛,立即记起了昨晚山药的事,急忙将房间的悬窗推起,往外张望。他不觉睡过了头,此时大约已经过了卯时。宽阔的庭院里铺了四五张长草席,上面堆着两三千根圆木似的东西,像小山一般,几乎与斜挑的柏木皮屋檐一般高。定睛一看,那全都是五尺长、三寸粗、大得不像话的山药。
五位は、寝起きの眼をこすりながら、殆ど周章に近い驚愕に襲はれて、呆然と、周囲を見廻した。広庭の所々には、新しく打つたらしい杭の上に五斛納釜を五つ六つ、かけ連ねて、白い布の襖を着た若い下司女が、何十人となく、そのまはりに動いてゐる。火を焚きつけるもの、灰を掻くもの、或は、新しい白木の桶に、「あまづらみせん」を汲んで釜の中へ入れるもの、皆芋粥をつくる準備で、眼のまはる程忙しい。釜の下から上る煙と、釜の中から湧く湯気とが、まだ消え残つてゐる明方の靄と一つになつて、広庭一面、はつきり物も見定められない程、灰色のものが罩めた中で、赤いのは、烈々と燃え上る釜の下の焔ばかり、眼に見るもの、耳に聞くもの悉く、戦場か火事場へでも行つたやうな騒ぎである。
五品揉着惺忪的睡眼,心头袭来一阵近乎骇然的惊愕,只怔怔地看着四周。宽阔的庭院里有数处新打上了木桩,架起了五六口能盛五石米的大锅,几十名穿着白布夹袄的年轻女仆在那里忙活。她们有的生火,有的拨灰,有的把甜葛汁从新白木桶中舀到锅里,都在准备熬山药粥,忙得团团转。锅下冒起的烟,锅里腾起的热气,与尚未全然消散的晨雾融在一起,使宽阔的庭院笼罩在一团灰蒙蒙之中,连视线也变得不甚分明,只有锅下熊熊燃烧的火焰红彤彤的。眼前所见、耳中所闻的皆是一片喧闹,仿佛到了战场或是火场一般。
五位は、今更のやうに、この巨大な山の芋が、この巨大な五斛納釜の中で、芋粥になる事を考へた。さうして、自分が、その芋粥を食ふ為に京都から、わざわざ、越前の敦賀まで旅をして来た事を考へた。考へれば考へる程、何一つ、情無くならないものはない。我五位の同情すべき食慾は、実に、此時もう、一半を減却してしまつたのである。
时至如今,五品才寻思道,这些巨大的山药,就要在巨大的五石米大锅里变成山药粥,而自己正是为了吃这山药粥,特地长路迢迢地从京都来到越前的敦贺。五品越想越觉得,这些事没一件不令自己难堪。实际上,我们五品那值得同情的胃口,此时已经倒掉了一半。
それから、一時間の後、五位は利仁や舅の有仁と共に、朝飯の膳に向つた。前にあるのは、銀の提の一斗ばかりはいるのに、なみなみと海の如くたたへた、恐るべき芋粥である。五位はさつき、あの軒まで積上げた山の芋を、何十人かの若い男が、薄刃を器用に動かしながら、片端から削るやうに、勢よく切るのを見た。それからそれを、あの下司女たちが、右往左往に馳せちがつて、一つのこらず、五斛納釜へすくつては入れ、すくつては入れするのを見た。最後に、その山の芋が、一つも長筵の上に見えなくなつた時に、芋のにほひと、甘葛のにほひとを含んだ、幾道かの湯気の柱が、蓬々然として、釜の中から、晴れた朝の空へ、舞上つて行くのを見た。これを、目のあたりに見た彼が、今、提に入れた芋粥に対した時、まだ、口をつけない中から、既に、満腹を感じたのは、恐らく、無理もない次第であらう。――五位は、提を前にして、間の悪さうに、額の汗を拭いた。
半个时辰后,五品、利仁,以及利仁的岳父有仁,一同坐到了早膳的案前。面前的银提锅里满满地盛着约一斗山药粥,如海水一般洋洋欲溢,令人望而生畏。先前,五品看到几十个年轻人灵巧地挥着薄刀刃,把堆到房檐高的山药,从一端麻利地切碎,女仆们则跑来跑去,捧起碎山药放入大锅,拾掇得干干净净。最后,长草席上一根山药也没有了,大锅中热腾腾地冒出几股气柱,混着山药味儿、甜葛味儿,直升入早晨晴朗的天空中。五品亲眼目睹了这番情景,所以当他看到提锅中的山药粥时,嘴里还没有尝到,腹中却已感到饱胀——这怕是也在情理之中吧。五品面对提锅,难为情似的擦拭着额头的汗水。
「芋粥に飽かれた事が、ござらぬげな。どうぞ、遠慮なく召上つて下され。」
“听闻阁下还没有尽情喝过山药粥,请多用些,莫要见外。”
舅の有仁は、童児たちに云ひつけて、更に幾つかの銀の提を膳の上に並べさせた。中にはどれも芋粥が、溢れんばかりにはいつてゐる。五位は眼をつぶつて、唯でさへ赤い鼻を、一層赤くしながら、提に半分ばかりの芋粥を大きな土器にすくつて、いやいやながら飲み干した。
岳父有仁吩咐童儿,又将几只银提锅摆到食案上,每只锅里都满满地盛着山药粥。五品闭了闭眼,原本红通通的鼻子越发红得厉害,他将大约半提锅山药粥舀进一只大陶碗里,硬着头皮喝了下去。
「父も、さう申すぢやて。平に、遠慮は御無用ぢや。」
“正如家父所言,请您务必不要客气。”
利仁も側から、新な提をすすめて、意地悪く笑ひながらこんな事を云ふ。弱つたのは五位である。遠慮のない所を云へば、始めから芋粥は、一椀も吸ひたくない。それを今、我慢して、やつと、提に半分だけ平げた。これ以上、飲めば、喉を越さない中にもどしてしまふ、さうかと云つて、飲まなければ、利仁や有仁の厚意を無にするのも、同じである。そこで、彼は又眼をつぶつて、残りの半分を三分の一程飲み干した。もう後は一口も吸ひやうがない。
利仁坏心眼地笑着,劝他再喝一锅。五品吃不消了,若是真的不必客气,他根本连一碗山药粥也不想喝。刚才他努力忍耐,好不容易喝了半锅,要是再喝的话,恐怕没等下咽,就要吐出来。但若是不喝,便会辜负利仁和有仁的盛情厚意。于是,五品又闭着眼,喝下了剩下半锅粥的三分之一。然后,他一口也喝不动了。
「何とも、忝うござつた。もう十分頂戴致したて。――いやはや、何とも忝うござつた。」
“实在感激不尽,在下已经足够了。哎呀,实在感激不尽。”
五位は、しどろもどろになつて、かう云つた。余程弱つたと見えて、口髭にも、鼻の先にも、冬とは思はれない程、汗が玉になつて、垂れてゐる。
五品语无伦次地说道。看上去他确实已经忍受不了,胡须上、鼻尖上汗珠滚滚,简直不像是在大冬天里。
「これは又、御少食ぢや。客人は、遠慮をされると見えたぞ。それそれその方ども、何を致して居る。」
“您用得太少,客人还是太见外了。喂,你们愣着干什么?”
童児たちは、有仁の語につれて、新な提の中から、芋粥を、土器に汲まうとする。五位は、両手を蠅でも逐ふやうに動かして、平に、辞退の意を示した。
听了有仁的话,童儿们又从新的提锅中为五品舀粥。五品挥舞着双手,像赶苍蝇似的,坚决辞谢。
「いや、もう、十分でござる。……失礼ながら、十分でござる。」
“不要不要,已经足够了……失礼了,在下已经足矣。”
もし、此時、利仁が、突然、向うの家の軒を指して、「あれを御覧じろ」と云はなかつたなら、有仁は猶、五位に、芋粥をすすめて、止まなかつたかも知れない。が、幸ひにして、利仁の声は、一同の注意を、その軒の方へ持つて行つた。檜皮葺の軒には、丁度、朝日がさしてゐる。さうして、そのまばゆい光に、光沢のいい毛皮を洗はせながら、一疋の獣が、おとなしく、坐つてゐる。見るとそれは一昨日、利仁が枯野の路で手捕りにした、あの阪本の野狐であつた。
这时,利仁突然指着对面的屋檐,说了声“看那边”!若不是如此,恐怕有仁还会没完没了地劝五品喝粥。谢天谢地,利仁的叫声把众人的注意力引到了屋檐那边。柏树皮修葺的屋檐上晨晖洒落,一只动物规规矩矩地端坐在屋檐上,润泽的皮毛沐浴在灿烂的阳光里——正是前天利仁在荒野中捉住的坂本野狐。
「狐も、芋粥が欲しさに、見参したさうな。男ども、しやつにも、物を食はせてつかはせ。」
“狐狸也想来喝粥哩。喂,你们给它点吃的。”
利仁の命令は、言下に行はれた。軒からとび下りた狐は、直に広庭で芋粥の馳走に、与つたのである。
利仁一声吩咐,下人们立刻照办,狐狸从房檐上跃下,也到庭院里喝山药粥了。
五位は、芋粥を飲んでゐる狐を眺めながら、此処へ来ない前の彼自身を、なつかしく、心の中でふり返つた。それは、多くの侍たちに愚弄されてゐる彼である。京童にさへ「何ぢや。この鼻赤めが」と、罵られてゐる彼である。色のさめた水干に、指貫をつけて、飼主のない尨犬のやうに、朱雀大路をうろついて歩く、憐む可き、孤独な彼である。しかし、同時に又、芋粥に飽きたいと云ふ慾望を、唯一人大事に守つてゐた、幸福な彼である。――彼は、この上芋粥を飲まずにすむと云ふ安心と共に、満面の汗が次第に、鼻の先から、乾いてゆくのを感じた。晴れてはゐても、敦賀の朝は、身にしみるやうに、風が寒い。五位は慌てて、鼻をおさへると同時に銀の提に向つて大きな嚔をした。
五品望着正在喝粥的狐狸,心里不无怀恋地想起了来到此处之前的自己。那是被许多侍从愚弄的他,那是连京城的儿童都敢骂“你这个红鼻头”的他,那是穿着褪色的外褂和宽腿袴,像流浪的狮子狗似的在朱雀大街上彷徨的、孤独可怜的他。但同时,那又是独自一人珍重地守护着“把山药粥喝个够”这一愿望的、幸福的他。——总算不必再喝山药粥了,五品放下心来,这时,他感觉到满脸的汗水渐渐从鼻尖处开始干起。尽管天气晴朗,敦贺的清晨还是寒风沁骨。五品慌忙捂住鼻子,却忍不住对着银提锅,打了一个大大的喷嚏。
(大正五年八月)
Footnotes
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仁和:元庆 (877-885),仁和 (885-889),平安时期的年号 ↩
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五位:日本古代官阶第五等 ↩
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自然派:明治中后期出现的文艺思潮,关注凡人琐事,主张纯客观描线,代表人物岛崎藤村,田山花袋 ↩
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別当:[名]本務のある者が別の職務を担当すること ↩
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品隲:[名]事物の優劣や品質などを論じ定めること ↩
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嵩ずる:[動サ]程度がひどくなる ↩
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丹波:[名]旧国名の一。大半は現在の京都府中部と兵庫県東部にまたがる地域 ↩
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指貫:[名]指貫の袴の略語。裾に紐を差抜く意で,裾を締めくくることができるように紐を通した袴をさす ↩
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取食み:[名]大饗などの後で、庭に投げられた料理の残りを拾い食べる下賤な者 ↩
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楚割:[名]魚肉を細く裂いて乾燥したもの ↩
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高坏:[名]食物を盛るのに用いた長い脚の付いたうつわ ↩
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行縢:[名]武士が旅や猟をする際に、袴の上から着装する服飾品の一種 ↩
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洟:[名]腔の粘膜から分泌する液 ↩
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螺鈿:[名]貝殻を荒砥やグラインダーなどで各種の厚さに摺ったものを文様に切り、木地や漆地の面に貼り付けたり、はめ込んで装飾する技法 ↩
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的皪:[ト・タル]あざやかに白く輝くさま ↩
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幇間:[名]遊客に従って宴席の座興をとりもつ男 ↩
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郎等:[名]従者。身分的に主人に隷属する従僕 ↩
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雀色時:[名]夕方 ↩
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直垂:[名]直垂衾、領えりと袖とをつけた、直垂の形に似た夜具 ↩