芥川龍之介: 鼻
first published:『新思潮』1916年2月・第4次創刊号
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desc: 禅智内供这位高僧,因鼻子修长,屡屡遭旁人取笑。他设法医治、让鼻子变短,世人的嘲弄却变本加厉。某日清晨,他一觉醒来,发现鼻子恢复了原状。此刻,内供的内心反倒归于平静。这篇名作,刻画了无论任何时代都永世不绝、堪称庸众生存原动力的利己本性,以及虚荣心与自尊执念的愚昧虚妄
禅智内供1の鼻と云えば、池の尾で知らない者はない。長さは五六寸あって上唇の上から顋の下まで下っている。形は元も先も同じように太い。云わば細長い腸詰めのような物が、ぶらりと顔のまん中からぶら下っているのである。
提到禅智内供的鼻子,池尾一带无人不知,无人不晓。那鼻子有五六寸长,从上嘴唇上方一直垂到下巴颏底下,从鼻根到鼻尖皆是一般粗细,打个比方说,活像是一根细细长长的腊肠,摇摇晃晃地挂在脸的正中间。
五十歳を越えた内供は、沙弥の昔から、内道場供奉の職に陞った今日まで、内心では始終この鼻を苦に病んで来た。勿論表面では、今でもさほど気にならないような顔をしてすましている。これは専念に当来の浄土を渇仰すべき僧侶の身で、鼻の心配をするのが悪いと思ったからばかりではない。それよりむしろ、自分で鼻を気にしていると云う事を、人に知られるのが嫌だったからである。内供は日常の談話の中に、鼻と云う語が出て来るのを何よりも惧れていた。
内供已年过五十,从昔日做小沙弥时起,到如今晋升为内道场供奉之职,多年以来他内心中始终为这鼻子所苦。自然,表面上他若无其事,仿佛根本不把这放在心上。这倒不仅因为他是僧侣之身,理应专心致志地欣求来世净土,为区区鼻子操心上火不大合宜。比这更贴切的理由是,内供不希望别人知道他在为鼻子烦忧。日常谈话中,内供最怕的便是“鼻子”这个词儿。
内供が鼻を持てあました理由は二つある。――一つは実際的に、鼻の長いのが不便だったからである。第一飯を食う時にも独りでは食えない。独りで食えば、鼻の先が鋺の中の飯へとどいてしまう。そこで内供は弟子の一人を膳の向うへ坐らせて、飯を食う間中、広さ一寸長さ二尺ばかりの板で、鼻を持上げていて貰う事にした。しかしこうして飯を食うと云う事は、持上げている弟子にとっても、持上げられている内供にとっても、決して容易な事ではない。一度この弟子の代りをした中童子2が、嚏をした拍子に手がふるえて、鼻を粥の中へ落した話は、当時京都まで喧伝された。――けれどもこれは内供にとって、決して鼻を苦に病んだ重な理由ではない。内供は実にこの鼻によって傷つけられる自尊心のために苦しんだのである。
内供对鼻子感到棘手,原因有二。一是鼻子过长,委实不太方便。就说吃饭吧,内供一个人是没办法进食的。若是独自吃饭,鼻子尖便会插到铁碗里的饭中。内供只得让一个弟子坐到食案对面,用一条宽一寸、长二尺的木板帮他托住鼻子。不过用这办法进食,无论托鼻子的弟子,还是被托鼻子的内供,都很不容易。有一回,一个小沙弥代替弟子帮内供托鼻子,童子打喷嚏时手一抖,鼻子便滑进了粥里,这事儿一时间甚至传到了京都。——不过,对内供来说,这决不是他为鼻子伤脑筋的主要理由。说实话,令内供苦恼的,是鼻子伤害了他的自尊心。
池の尾の町の者は、こう云う鼻をしている禅智内供のために、内供の俗でない事を仕合せだと云った。あの鼻では誰も妻になる女があるまいと思ったからである。中にはまた、あの鼻だから出家したのだろうと批評する者さえあった。しかし内供は、自分が僧であるために、幾分でもこの鼻に煩される事が少くなったと思っていない。内供の自尊心は、妻帯と云うような結果的な事実に左右されるためには、余りにデリケイトに出来ていたのである。そこで内供は、積極的にも消極的にも、この自尊心の毀損を恢復しようと試みた。
池尾街上的人都说,幸好内供是个出家人,否则像他长着这样的鼻子,有哪个女子肯嫁给他呢。甚至还有人议论,或许正是因为内供长着这个鼻子,才出家的吧。但内供并不觉得因为自己是僧人,就能少为鼻子烦心。内供的自尊心格外敏感脆弱,能否娶得上妻室这个问题,足以影响他的心绪。于是内供试图从积极和消极两方面,来恢复受损伤的自尊心。
第一に内供の考えたのは、この長い鼻を実際以上に短く見せる方法である。これは人のいない時に、鏡へ向って、いろいろな角度から顔を映しながら、熱心に工夫を凝らして見た。どうかすると、顔の位置を換えるだけでは、安心が出来なくなって、頬杖をついたり頤の先へ指をあてがったりして、根気よく鏡を覗いて見る事もあった。しかし自分でも満足するほど、鼻が短く見えた事は、これまでにただの一度もない。時によると、苦心すればするほど、かえって長く見えるような気さえした。内供は、こう云う時には、鏡を箱へしまいながら、今更のようにため息をついて、不承不承にまた元の経机へ、観音経をよみに帰るのである。
内供先琢磨的是,有什么办法能让长鼻子显得短一些。趁没人的时候,内供对着镜子,从各个角度照来照去,仔细端详。有时他觉得光靠变化脸的位置不够,便手托脸颊、指按下巴,孜孜不倦地对镜揣摩。可是迄今为止,鼻子还一次没有短得令他满意过。甚至,有时他愈是煞费苦心,鼻子反而显得愈长。每逢这种时候,内供便将镜子收入匣中,长叹一声,怏怏不乐地返回经台前,又去读他的观音经了。
それからまた内供は、絶えず人の鼻を気にしていた。池の尾の寺は、僧供講説などのしばしば行われる寺である。寺の内には、僧坊が隙なく建て続いて、湯屋では寺の僧が日毎に湯を沸かしている。従ってここへ出入する僧俗の類も甚だ多い。内供はこう云う人々の顔を根気よく物色した。一人でも自分のような鼻のある人間を見つけて、安心がしたかったからである。だから内供の眼には、紺の水干も白の帷子もはいらない。まして柑子色の帽子や、椎鈍3の法衣なぞは、見慣れているだけに、有れども無きが如くである。内供は人を見ずに、ただ、鼻を見た。――しかし鍵鼻はあっても、内供のような鼻は一つも見当らない。その見当らない事が度重なるに従って、内供の心は次第にまた不快になった。内供が人と話しながら、思わずぶらりと下っている鼻の先をつまんで見て、年甲斐もなく顔を赤らめたのは、全くこの不快に動かされての所為である。
此外,内供还总是留意别人的鼻子。池尾寺中时常举行讲经说法等佛事,寺庙内禅房挨挨挤挤,浴房里每天都烧热水,所以在此间出入的僧俗人等为数众多,内供便不厌其烦地观察这些人的面孔。哪怕找到一个鼻子与自家相同的人,也可以安心释然。所以,内供对什么藏青外褂、白单衫视而不见,至于橘色僧帽、淡黑僧袍之类,更是早就司空见惯、虽有如无。内供并不看人,只看鼻子——可惜鹰钩鼻固然是有的,自己那样的鼻子却一个也见不到。找来找去,始终无处寻觅,内供心里越发不快活了。在同旁人说话的时候,他总是不由自主地捏住下垂的鼻尖端详,虽是一把年纪,老脸依然臊得通红,这都是拜此种不愉快所赐。
最後に、内供は、内典外典の中に、自分と同じような鼻のある人物を見出して、せめても幾分の心やりにしようとさえ思った事がある。けれども、目連4や、舎利弗5の鼻が長かったとは、どの経文にも書いてない。勿論竜樹6や馬鳴7も、人並の鼻を備えた菩薩である。内供は、震旦8の話の序に蜀漢の劉玄徳の耳が長かったと云う事を聞いた時に、それが鼻だったら、どのくらい自分は心細くなくなるだろうと思った。
最后,内供转念想到,若能从佛经和古籍中觅得鼻子与自家相同的人物,也可获得些许安慰。但无论哪卷经文中,都不曾记载目犍连或舍利弗有个长鼻子,龙树和马鸣自然也是长着正常鼻子的菩萨。从震旦的故事里倒是听说蜀汉的刘玄德耳朵极长,内供心想,倘若是鼻子极长,自己该有多么宽心哪。
内供がこう云う消極的な苦心をしながらも、一方ではまた、積極的に鼻の短くなる方法を試みた事は、わざわざここに云うまでもない。内供はこの方面でもほとんど出来るだけの事をした。烏瓜を煎じて飲んで見た事もある。鼠の尿を鼻へなすって見た事もある。しかし何をどうしても、鼻は依然として、五六寸の長さをぶらりと唇の上にぶら下げているではないか。
内供一方面如此这般消极地煞费苦心,一方面又积极地尝试使鼻子变短的办法,这是不必多说的。内供试遍了诸般方法,煎过土瓜汤喝,往鼻子上涂过老鼠尿,但不管用什么办法,鼻子依然保持着五六寸的长度,从嘴唇上方垂下来,摇摇晃晃地挂在那里呢。
所がある年の秋、内供の用を兼ねて、京へ上った弟子の僧が、知己の医者から長い鼻を短くする法を教わって来た。その医者と云うのは、もと震旦から渡って来た男で、当時は長楽寺の供僧になっていたのである。
终于,一年秋天,内供的弟子去京城办事,从一位熟稔的大夫那里学会了将长鼻变短的良方。那大夫来自震旦,当时在长乐寺为僧。
内供は、いつものように、鼻などは気にかけないと云う風をして、わざとその法もすぐにやって見ようとは云わずにいた。そうして一方では、気軽な口調で、食事の度毎に、弟子の手数をかけるのが、心苦しいと云うような事を云った。内心では勿論弟子の僧が、自分を説伏せて、この法を試みさせるのを待っていたのである。弟子の僧にも、内供のこの策略がわからない筈はない。しかしそれに対する反感よりは、内供のそう云う策略をとる心もちの方が、より強くこの弟子の僧の同情を動かしたのであろう。弟子の僧は、内供の予期通り、口を極めて、この法を試みる事を勧め出した。そうして、内供自身もまた、その予期通り、結局この熱心な勧告に聴従する事になった。
内供一如往常,做出对鼻子不甚在意的模样,故意迟迟不去尝试这个秘方。但另一方面,他又淡然地谈起,每次进膳都要麻烦弟子帮忙,很是过意不去。内供心里自然是期待弟子们能劝说自己试试那个方子。弟子们并非不明白内供的心思,不过他们并不反感,莫如说,内供不得不用这样的计策,他的苦衷勾起了弟子们的同情心。于是,正如内供所期待的,弟子们极力劝他试试这个方子。当然,内供趁机顺水推舟,听从了弟子的热心劝说。
その法と云うのは、ただ、湯で鼻を茹でて、その鼻を人に踏ませると云う、極めて簡単なものであった。
说起来,那秘方简单得很,先用热水烫鼻子,再让人踩踏就行了。
湯は寺の湯屋で、毎日沸かしている。そこで弟子の僧は、指も入れられないような熱い湯を、すぐに提に入れて、湯屋から汲んで来た。しかしじかにこの提へ鼻を入れるとなると、湯気に吹かれて顔を火傷する惧がある。そこで折敷9へ穴をあけて、それを提の蓋にして、その穴から鼻を湯の中へ入れる事にした。鼻だけはこの熱い湯の中へ浸しても、少しも熱くないのである。しばらくすると弟子の僧が云った。
寺庙里的浴房每天都烧热水,弟子立即用小提锅打回热水,水烫得指头都伸不进。若是直接将鼻子伸进提锅,恐怕热气会灼伤脸孔,于是将一个方木盘盖在提锅上,木盘上打了个洞,将鼻子从洞中伸进热水里。只把鼻子浸在热水里,丝毫不觉得烫。过了一会儿,弟子说:
――もう茹った時分でござろう。
“烫好了吧?”
内供は苦笑した。これだけ聞いたのでは、誰も鼻の話とは気がつかないだろうと思ったからである。鼻は熱湯に蒸されて、蚤の食ったようにむず痒い。
内供不由得苦笑。单听这句话,谁会想到是在说鼻子呢?鼻子被热水烫得痒痒的,像被跳蚤叮咬一般。
弟子の僧は、内供が折敷の穴から鼻をぬくと、そのまだ湯気の立っている鼻を、両足に力を入れながら、踏みはじめた。内供は横になって、鼻を床板の上へのばしながら、弟子の僧の足が上下に動くのを眼の前に見ているのである。弟子の僧は、時々気の毒そうな顔をして、内供の禿げ頭を見下しながら、こんな事を云った。
内供把鼻子从木盘洞中抽出,弟子便用力踩那个还冒着热气的鼻子。内供横卧着,将鼻子搁在地板上,眼前只看到弟子的双脚一上一下。弟子不时露出同情的神色,俯视着内供的光脑袋,说:
――痛うはござらぬかな。医師は責めて踏めと申したで。じゃが、痛うはござらぬかな。
“您疼不疼?大夫说要使劲踩。不过,还是很疼吧?”
内供は首を振って、痛くないと云う意味を示そうとした。所が鼻を踏まれているので思うように首が動かない。そこで、上眼を使って、弟子の僧の足に皹のきれているのを眺めながら、腹を立てたような声で、――痛うはないて。と答えた。実際鼻はむず痒い所を踏まれるので、痛いよりもかえって気もちのいいくらいだったのである。
内供想摇头表示不疼。可是鼻子被踩住了,脑袋如何动得了,他只好翻翻眼珠,盯着弟子脚上的皴裂,气哼哼地答了句“不疼”。其实,鼻子痒丝丝的地方被踩到,岂止不疼,简直舒服得很呢。
しばらく踏んでいると、やがて、粟粒のようなものが、鼻へ出来はじめた。云わば毛をむしった小鳥をそっくり丸炙にしたような形である。弟子の僧はこれを見ると、足を止めて独り言のようにこう云った。
踩了一阵子,鼻子上冒出小米粒似的东西,形状活像烤过的去毛小鸟。弟子停下了脚,自言自语道:
――これを鑷子でぬけと申す事でござった。
“据说得用镊子夹出来。”
内供は、不足らしく頬をふくらせて、黙って弟子の僧のするなりに任せて置いた。勿論弟子の僧の親切がわからない訳ではない。それは分っても、自分の鼻をまるで物品のように取扱うのが、不愉快に思われたからである。内供は、信用しない医者の手術をうける患者のような顔をして、不承不承に弟子の僧が、鼻の毛穴から鑷子で脂をとるのを眺めていた。脂は、鳥の羽の茎のような形をして、四分ばかりの長さにぬけるのである。
内供不满地鼓着腮帮子,默不作声地任凭弟子折腾。他当然明白弟子的好意,但自己的鼻子像一件物品似的被摆弄来摆弄去,让他很不愉快。内供像一个被自己不信任的大夫动手术的病人,不情不愿地看着弟子拿镊子从鼻子的毛孔里拔出脂肪粒。脂肪粒约有四分长,样子像鸟的羽毛根。
やがてこれが一通りすむと、弟子の僧は、ほっと一息ついたような顔をして、
忙活了一通之后,弟子松了一口气,说:
――もう一度、これを茹でればようござる。と云った。
“再烫一遍就好了。”
内供はやはり、八の字をよせたまま不服らしい顔をして、弟子の僧の云うなりになっていた。
内供仍然眉头紧皱,一脸不乐意地由着弟子捣鼓。
さて二度目に茹でた鼻を出して見ると、成程、いつになく短くなっている。これではあたりまえの鍵鼻と大した変りはない。内供はその短くなった鼻を撫でながら、弟子の僧の出してくれる鏡を、極りが悪るそうにおずおず覗いて見た。
鼻子再度烫过之后,拔出来一看,果然比从前短了好多,已经同普通的鹰钩鼻差不多了。内供对着弟子递来的镜子,抚摸着变短的鼻子,羞答答、怯生生地端详着。
鼻は――あの顋の下まで下っていた鼻は、ほとんど嘘のように萎縮して、今は僅に上唇の上で意気地なく残喘を保っている。所々まだらに赤くなっているのは、恐らく踏まれた時の痕であろう。こうなれば、もう誰も哂うものはないにちがいない。――鏡の中にある内供の顔は、鏡の外にある内供の顔を見て、満足そうに眼をしばたたいた。
鼻子——那曾经垂到下巴颏底下的鼻子,如今神话般地萎缩了,蔫头蔫脑地缩在嘴唇上边苟延残喘。鼻子上还留着点点红斑,大概是踩过的痕迹。如此一来,任是谁也不能再嘲笑自己了。镜子中的内供看看镜子外的内供,心满意足地眨了眨眼。
しかし、その日はまだ一日、鼻がまた長くなりはしないかと云う不安があった。そこで内供は誦経する時にも、食事をする時にも、暇さえあれば手を出して、そっと鼻の先にさわって見た。が、鼻は行儀よく唇の上に納まっているだけで、格別それより下へぶら下って来る景色もない。それから一晩寝てあくる日早く眼がさめると内供はまず、第一に、自分の鼻を撫でて見た。鼻は依然として短い。内供はそこで、幾年にもなく、法華経10書写の功を積んだ時のような、のびのびした気分になった。
可是,鼻子会不会再变长呢?一整天,内供忐忑不安,不管是念经还是吃饭,一有工夫就伸手摸摸鼻尖。好在,鼻子端端正正地待在嘴唇上方,并没有要垂下来的意思。过了一晚,内供早早醒来,头一件事就是摸摸鼻子。鼻子依然短短的。内供畅快极了,活像抄完了《法华经》、功德圆满一般,好多年没这么舒心了。
所が二三日たつ中に、内供は意外な事実を発見した。それは折から、用事があって、池の尾の寺を訪れた侍が、前よりも一層可笑しそうな顔をして、話も碌々せずに、じろじろ内供の鼻ばかり眺めていた事である。それのみならず、かつて、内供の鼻を粥の中へ落した事のある中童子なぞは、講堂の外で内供と行きちがった時に、始めは、下を向いて可笑しさをこらえていたが、とうとうこらえ兼ねたと見えて、一度にふっと吹き出してしまった。用を云いつかった下法師たちが、面と向っている間だけは、慎んで聞いていても、内供が後さえ向けば、すぐにくすくす笑い出したのは、一度や二度の事ではない。
可是,过了两三天,内供发现了一个出乎意料的事实。碰巧一个差人来池尾寺办事,他死死盯着内供的鼻子,看个没完没了,话也顾不上说,看他脸上的神气,活像在说内供的鼻子比从前更可笑啦。不仅如此,那个曾经把内供的鼻子掉进粥里去的小沙弥,在经堂外遇见内供时,一开始还低头强忍着笑,有一次终于憋不住,扑哧一声笑了出来。内供有话吩咐底下的僧人时,面对面说话时他们还一脸恭恭敬敬,但只要内供一回头,他们马上哧哧地窃笑,这事儿也不是一回两回了。
内供ははじめ、これを自分の顔がわりがしたせいだと解釈した。しかしどうもこの解釈だけでは十分に説明がつかないようである。――勿論、中童子や下法師が哂う原因は、そこにあるのにちがいない。けれども同じ哂うにしても、鼻の長かった昔とは、哂うのにどことなく容子がちがう。見慣れた長い鼻より、見慣れない短い鼻の方が滑稽に見えると云えば、それまでである。が、そこにはまだ何かあるらしい。
内供一开始认为,这是因为自己模样变化了。但仅靠这个解释,似乎怎么也说不周全。当然,小沙弥和底下僧众发笑的原因确乎在于此,可同样是发笑,和以前鼻子长时相比,如今的发笑似乎意味不同了。若说因为看惯了长鼻子,没看惯短鼻子,所以短鼻子显得更滑稽,那倒也罢了,可是,内供总觉得其中还有别的缘故。
――前にはあのようにつけつけとは哂わなんだて。
——以前他们笑得可没这么肆无忌惮哪。
内供は、誦しかけた経文をやめて、禿げ頭を傾けながら、時々こう呟く事があった。愛すべき内供は、そう云う時になると、必ずぼんやり、傍にかけた普賢の画像を眺めながら、鼻の長かった四五日前の事を憶おもい出して、「今はむげにいやしくなりさがれる人の、さかえたる昔をしのぶがごとく」ふさぎこんでしまうのである。――内供には、遺憾ながらこの問に答を与える明が欠 けていた。
内供放下念了一半的经文,歪着光溜溜的脑袋,时不时地嘀咕一句。每逢此种时候,这位可爱的内供必定呆呆望着旁边挂着的普贤菩萨画像,回忆起四五天前长鼻子的自己,心中郁郁不乐,正可谓“恰似今朝零落人,回首往昔繁华日”。遗憾的是,内供欠缺解答这一疑问的睿智。
――人間の心には互に矛盾した二つの感情がある。勿論、誰でも他人の不幸に同情しない者はない。所がその人がその不幸を、どうにかして切りぬける事が出来ると、今度はこっちで何となく物足りないような心もちがする。少し誇張して云えば、もう一度その人を、同じ不幸に陥れて見たいような気にさえなる。そうしていつの間にか、消極的ではあるが、ある敵意をその人に対して抱くような事になる。――内供が、理由を知らないながらも、何となく不快に思ったのは、池の尾の僧俗の態度に、この傍観者の利己主義をそれとなく感づいたからにほかならない。
人们心中有相互矛盾的两种感情。当然,对他人的不幸,人们莫不表示同情。可是一旦那人勉力摆脱了不幸,别人又感到有点索然无味。稍稍夸张一点说,人们甚至会希望那人再次陷入同样的不幸。不知不觉地,人们虽非有意为之,却对那人怀有了一种敌意。——内供虽然不明了原因何在,却感到不愉快,正是因为他从池尾僧俗的态度中,隐隐地察觉出了这种旁观者的利己主义的缘故。
そこで内供は日毎に機嫌が悪くなった。二言目には、誰でも意地悪く叱りつける。しまいには鼻の療治をしたあの弟子の僧でさえ、「内供は法慳貪の罪を受けられるぞ」と陰口をきくほどになった。殊に内供を怒らせたのは、例の悪戯な中童子である。ある日、けたたましく犬の吠える声がするので、内供が何気なく外へ出て見ると、中童子は、二尺ばかりの木の片をふりまわして、毛の長い、痩せた尨犬を逐いまわしている。それもただ、逐いまわしているのではない。「鼻を打たれまい。それ、鼻を打たれまい」と囃しながら、逐いまわしているのである。内供は、中童子の手からその木の片をひったくって、したたかその顔を打った。木の片は以前の鼻持上げの木だったのである。
因此,内供的心绪日益恶劣,不管对谁,动辄便横加训斥。最后,连替内供治疗鼻子的弟子都在背地里说:“内供犯了嗔戒,要遭报应的。”尤其大大触怒内供的,是那个淘气包小沙弥。一天,内供听到一阵高亢尖锐的犬吠声,出门一看,原来那个小沙弥正挥舞着一根二尺长的木条,追打一只瘦弱的长毛狮子狗。若光是追赶倒也罢了,那小沙弥偏偏一边追一边嚷:“看我不打你鼻子!嘿,看我不打你鼻子!”内供从小沙弥手里夺下木条,狠狠打了他的脸。木条正是以前给内供托鼻子的那一根。
内供はなまじいに、鼻の短くなったのが、かえって恨めしくなった。
长鼻子变短,反倒使内供懊恼不已。
するとある夜の事である。日が暮れてから急に風が出たと見えて、塔の風鐸の鳴る音が、うるさいほど枕に通って来た。その上、寒さもめっきり加わったので、老年の内供は寝つこうとしても寝つかれない。そこで床の中でまじまじしていると、ふと鼻がいつになく、むず痒いのに気がついた。手をあてて見ると少し水気が来たようにむくんでいる。どうやらそこだけ、熱さえもあるらしい。
一天晚上,日暮之后骤然起风,僧塔上的风铃发出阵阵鸣声,传到内供的枕边,扰得他心思烦乱。加上寒气沁人,年老的内供再也难以入睡。在床上辗转反侧之际,内供蓦地察觉到鼻子痒丝丝的,十分异样。用手一摸,鼻子潮乎乎地肿胀着,似乎还有点发烫。
――無理に短うしたで、病が起ったのかも知れぬ。
“硬是把鼻子弄短,或许出毛病了吧。”
内供は、仏前に香花を供えるような恭しい手つきで、鼻を抑えながら、こう呟いた。
内供按着鼻子自言自语,手法宛如在佛前烧香供花一般恭敬。
翌朝、内供がいつものように早く眼をさまして見ると、寺内の銀杏や橡が一晩の中に葉を落したので、庭は黄金を敷いたように明るい。塔の屋根には霜が下りているせいであろう。まだうすい朝日に、九輪11がまばゆく光っている。禅智内供は、蔀12を上げた縁に立って、深く息をすいこんだ。
翌日清晨,内供照例早早醒来,寺里的银杏和七叶树一夜之间落叶飘散,庭院中仿佛铺了一层黄金,明丽耀眼。塔顶上或许是落了霜的缘故,在熹微的晨光中,九轮灿然生辉。悬窗已经推起,禅智内供站在檐廊上,深深地吸了口气。
ほとんど、忘れようとしていたある感覚が、再び内供に帰って来たのはこの時である。
就在此时,那几乎已被遗忘的某种感觉,又在内供身上复苏。
内供は慌てて鼻へ手をやった。手にさわるものは、昨夜の短い鼻ではない。上唇の上から顋の下まで、五六寸あまりもぶら下っている、昔の長い鼻である。内供は鼻が一夜の中に、また元の通り長くなったのを知った。そうしてそれと同時に、鼻が短くなった時と同じような、はればれした心もちが、どこからともなく帰って来るのを感じた。
内供慌忙去摸鼻子。手所触及的并非昨夜的短鼻子,而是从前那根五六寸长、从上唇直垂到下颏的长鼻子。内供明白了,鼻子一夜之间又变回了原样。与此同时,正如鼻子变短时一样,那种欢畅愉悦的感觉也失而复归。
――こうなれば、もう誰も哂うものはないにちがいない。
“如此一来,必然再无人嘲笑我了。”
内供は心の中でこう自分に囁いた。長い鼻をあけ方の秋風にぶらつかせながら。
内供喃喃自语。长鼻子在清晨的秋风中晃晃悠悠。
(大正五年一月)
Footnotes
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禅智内供:禅智是人名,内供即内供奉僧,指日本古时供职于内道场的僧官 ↩
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中童子:[名]寺で、給仕や高僧の外出時の供などの雑用に使った 12、3 歳の少年 ↩
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椎鈍:[名]椎の樹皮からとった染料で染めた色 ↩
-
目連:目犍连,释迦牟尼佛十大弟子之一,神通第一 ↩
-
舎利弗:释迦牟尼佛十大弟子之首,智慧第一 ↩
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竜樹:佛教史上著名的大乘佛教论师 ↩
-
馬鳴:佛教诗人和哲学家,被尊为天竺第十二祖 ↩
-
震旦:古印度对中国的称呼 ↩
-
折敷:[名]檜ひのきのへぎで作った縁つきの盆 ↩
-
法華経:《妙法莲华经》,大乘佛教核心经典,被誉为 “经中之王” ↩
-
九輪:佛塔顶部的九重金轮,是塔顶标志性装饰 ↩
-
蔀:[名]日本建築で上から吊り下げた格子戸 ↩