谷崎潤一郎: 细雪(上) 三

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谷崎潤一郎: 细雪(上) 三
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first published:『中央公論』1943年1月号・3月号
audio: https://www.youtube.com/watch?v=CBitQdTVRq4&t=2s`
desc: 在大阪船场坐拥百年老店、历史底蕴深厚的莳冈家,鹤子、幸子、雪子、妙子四姐妹交织出百态人情。小说如华美画卷,循着四季流转,细致描绘出昭和十年间关西上流社会的日常光景。

三女雪子是四姐妹中容貌最为出众之人,婚事却屡屡未果,年过三十依旧独身。幸子夫妇为此忧心不已、四处奔走,性格沉默寡言的雪子却对每一门亲事都无意应允,岁月便这般缓缓流逝。

雪子を縁遠くしたもう一つの原因に、井谷の話の中に出た「新聞の事件」と云うものがあった。

雪子的婚事不顺遂,还有一个原因,就是井谷所说的 “新闻事件”。

それは今から五六年前、当時廿歳はたちであった末の妹の妙子が、同じ船場の旧家である貴金属商の奥畑おくばたけ家の忰と恋に落ちて、家出をした事件があった。雪子をさしおいて妙子が先に結婚することは、尋常の方法ではむずかしいと見て、若い二人がしめし合わして非常手段に出たもので、動機は真面目であるらしかったが、孰方どちらの家でもそんなことは許すべくもなかったので、直きに見つけ出して双方に連れ戻して、そのことはたわいもなく解消したかの如くであったが、運悪くそれが大阪の或る小新聞に出てしまった。しかも妙子を間違えて、雪子と出、年齢も雪子の年になっていた。当時蒔岡家では、雪子のために取消を申し込んだものか、ただしそうすれば半面に於いて妙子がしたことを裏書きするのと同じ結果を招く恐れがあり、それも智慧のない話であるからいっそ黙殺してしまったものかと、当主辰雄が散々考えたのであったが、過ちを犯した者はどうあろうとも、罪のない者に飛ばっちりを受けさせて置く訳には行かぬと思ったので、取消を申し込んだところ、新聞に載ったのはその取消ではなく、正誤の記事で、予想した通り改めて妙子の名が出た。辰雄はその前に雪子の意見も聞いて見るべきであるとは心付いていたのだけれども、聞いたところで取り分け自分に対しては口の重い雪子が、どうせ明瞭な答をしてくれそうもないことは分っていたし、義妹たちに相談すれば利害の相反する雪子と妙子との間が紛糾ふんきゅうすることもあろうしと考え、妻の鶴子に話しただけで、自分一人の責任でそう云う手段に出たのであったが、正直のところを云えば、妙子を犠牲にしても雪子のえんすすぐことに依って雪子によく思われたいと云う底意が、いくらか働いていたかも知れない。それと云うのが、養子の辰雄には、大人しいようでその実いつまでも打ち解けてくれない雪子と云うものが一番気心の分らない扱いにくい小姑こじゅうとめなので、こんな機会に彼女の機嫌を取りたかったこともあろう。しかしその時も当てが外れて、雪子も妙子も彼に悪い感じを持った。雪子に云わせれば、新聞に間違った記事が出たのは私の不運としてあきらめるより仕方がない、取消などと云うものはいつも人目に付かない隅の方に小さく載るだけで、何の効果もありはしない、私達としては、取消にせよ何にせよ一回でも多く新聞に出ることが不愉快なのだから、そっと黙殺してしまうのが賢かったのだ、兄さんが私の名誉回復をしてくれるのは有難いけれども、そうしたらこいさんはどうなるであろう、こいさんのしたことは悪いには違いないが、年歯としはも行かない同士の無分別から起ったこととすれば、責められてよいのは監督不行届な両方の家庭で、少くともこいさんについては、兄さんは勿論私にだって一部の責任がないとは云えない、そう云っては何だけれども、私は自分の潔白は、知る人は知っていてくれると信じているので、あのくらいな記事でそんなにひどく傷つけられる自分であるとは思っていない、それより今度のことが原因で、こいさんがひがみ出して不良にでもなったらどうするか、兄さんのすることは万事理窟詰めで、情味がない、第一これほどのことを、最も利害関係の深い私に一言の相談もせずに実行するとは専横せんおう過ぎる、―――と云うのであったが、妙子は妙子で、兄さんが雪姉ちゃんのためにあかしを立てて上げるのは当り前だけれども、私の名を出さないでも済ませる方法もあったろうではないか、相手は小新聞なのだから、何とか手を廻せば伏せてしまうことが出来たろうものを、兄さんはそう云う場合にお金をしむからいけない、―――と、これはその時分から云うことがませていた。

事情发生在五六年前。当时只有二十岁的小妹妹妙子和船场的另一世家、珠宝商奥畑家的儿子堕入情网,双双出走。妙子要想越过雪子抢先结婚,用寻常的办法怕不容易,于是两个年轻人合谋采取了非常手段。虽然其动机似乎单纯,却是哪一方家庭都不能容许的,人马上就被双方家庭逮回去了。本以为这件事已是云过风清,却不幸被大阪一家小报捅了出来,而且把妙子错写成了雪子,年龄也写得与雪子一般无二。当时,莳冈家为雪子着想,打算要求报馆取消这条消息,但担心这样做又从反面证实了妙子的绯闻,招致同样的不良后果,也不太明智。所以,莳冈家最初打算不加理睬。当时作为户主的辰雄经过反复考虑,认为无论有过失者将来有何影响,也不能让无辜者横遭连累,仍然要求报馆取消这条消息,但是小报刊登的不是取消而是更正启事,不出所料,改而把妙子的名字登出来了。事前,辰雄也曾想到要征求雪子的意见,但他知道,在自己面前一向寡言少语的雪子,反正不会有明确的答复。另外,他也担心和妻妹们商量说不定会引起本有利害关系的雪子与妙子之间的纠纷,便只和妻子鹤子说了,一人做主,采取了这个举措。这是为雪子着想,即使牺牲妙子也要为其洗刷不白之冤,实话说,辰雄多少也有取悦雪子的意图。身为赘婿的辰雄觉得这位貌似温顺的妻妹,实际上一直对自己心存芥蒂,其脾性又难摸清,不好对付,很想借此机会讨好她。可是,这一次他的指望又落空了,不论是妙子还是雪子都对他产生了反感。雪子认为:报上报道错了,唯有自认倒霉而已。那一小块更正启事,往往是撂在报纸上不引人注目的角落里,不会有什么效果。无论声明取消也好,别的什么也好,再上一次报只是徒增烦恼而已,只有置之不理为好。姐夫想为我恢复名誉,我十分感谢,但是这样一来小妹又将怎样呢?小妹做的事当然不对,但毕竟是年幼无知,做事莽撞,要追究责任的话,在于双方家庭管教不严,别说姐夫,就是我都不能说毫无责任。况且,我相信自己的清白,了解我的人自然心中有数,想来那么一条消息也不会把我伤到哪里去。更重要的是,假如小妹因此而变得乖僻、走上歪门邪道又怎么办呢?姐夫做事一味空谈大道理而少了点人情味。别的且不说,如此大事竟不和利害攸关的我说一声就去办了,未免太独断专行了吧?妙子也认为,姐夫为雪姐洗刷污名理所应当,但是,难道就没有避免自己出乖露丑的方法吗?对方不过是一家小报,完全可以使点手段制伏他们,姐夫无非吝惜几个钱而已,这样就不对了。从这时起,妙子说话就变得世故起来了。

辰雄はこの新聞の事件の時、世間に合わす顔がないと云って辞職願を出した程であった。尤もその方は「それには及ばぬ」と云うことで無事に済んだが、雪子が受けた災難の方は何としても償いようがなかった。たまたま幾人かの人は、正誤の記事に気が付いて彼女の冤罪を知ったでもあろうが、彼女は潔白であったにしても、そう云う妹娘のある事実が知れ渡ったことは、姉娘を、その自負心にも拘らず、いよいよ縁遠くする原因になった。

这起新闻事件发生时,辰雄自觉无脸见人甚至提出了辞呈,上司以 “不至于此” 为由劝止,总算平安无事了,但雪子所遭受的损害却无法补偿。究竟有几个人留意了这则更正启事,了解她的冤屈呢?尽管她白璧无瑕,尽管她非常自信,可社会上普遍知道她有这样一个妹妹,这件事就渐渐成为她迟迟不能结婚的原因了。

ただ、雪子自身は内心は兎に角、表面は「それくらいなことで傷つきはしない」と云う建前でいたので、そんな事件のために妙子と感情が齟齬そごする結果にはならず、かえって義兄に対して妙子を庇うと云う風であった。そして、この二人は、上本町うえほんまち九丁目の本家から、阪急蘆屋あしや川の分家、―――幸子の家の方へ、前からも始終、一人が帰れば一人が来ると云う風にして、代る代る泊りに来ていたのが、この事件を切掛けにして段々頻繁ひんぱんになり、二人が一緒にやって来て半月も泊り続けることがあるようになった。

雪子的内心如何暂且不论,表面上她始终认定 “那点儿事伤害不了我”,非但没有因此与妙子闹别扭,相反地倒在姐夫面前百般庇护妙子。她们俩更是经常离开上本町九丁目的本家,住进阪急线芦屋川的分家,即幸子家中。以往总是一人去另一人回,轮换居住,自此以后,姐妹俩常常一同来,一住就是半月。

それと云うのが、幸子の夫の貞之助ていのすけは、計理士けいりし1をしていて毎日大阪の事務所へ通い、外に養父から分けて貰った多少の資産でおぎないをつけつつ暮しているのであったが、厳格一方の本家の兄と違って、商大出に似合わず文学趣味があり、和歌などを作ると云う風であったし、本家の兄のような監督権を持たなかったし、いろいろの点で雪子たちには、そう恐くない人なのであった。ただ余り雪子達の滞在が長くなると、本家へ気がねして「一遍帰ってもろたら」と幸子に注意することはあったが、幸子は毎度、そのことなら姉ちゃんが諒解していてくれるから、心配しやはらんでもよい、今では本家も子供が殖えて家が手狭になったことだし、時々妹達が留守にした方が姉ちゃんも息抜きが出来るであろう、まあ当分は当人とうにん達の好きなようにさせておいても別条べつじょう2はないと云い云いして、いつかそう云う状態が普通になっていたのであった。

幸子的丈夫贞之助是会计师,每天去大阪的事务所上班,除薪金以外,还从岳家多少分得一些财产补贴家用。和一味严厉的辰雄不同,贞之助不像一个商科大学的毕业生,酷爱文学,经常写写和歌什么的,而且他又不像辰雄那样掌有监督权,雪子姐妹并不感到他有何可畏。只是她们住得太久时,他才会提醒幸子说:“该叫她们回去一次了吧?” 幸子却总是说这事儿姐姐会谅解的,不必担心,现在,本家的孩子多,房子窄,妹妹们常来这边住住,姐姐倒能休息休息,暂且就随她们的意愿住在这儿也不打紧。不知不觉,大家都对这种状态习以为常了。

そんな工合にして数年たつうちに、雪子の身の上には格別の変化も起らなかったが、妙子の境遇に思いがけない発展があったので、結局に於いてそれが雪子の運命にも或る関わりを持つに至った。―――

这样过了好几年,雪子倒没什么变化,但妙子的境遇有了意想不到的改变,到头来对雪子的命运多少有些影响。

と云うのは、妙子は女学校時代から人形を作るのが上手で、暇があるとよく小裂こぎれを切り刻んでいたずらしていたものであったが、だんだん技術が進歩して、百貨店ひゃっかてんの陳列棚へ作品が出るようになるようになった。彼女の作るのは仏蘭西人形風のもの、純日本式の歌舞伎かぶき趣味のもの、その他さまざまで、どれにも他人の追随ついずいを許さない独創の才が閃めいていたが、それは一面、映画、演劇、美術、文学等にわたる彼女の日頃の嗜みを語るものでもあった。兎に角彼女の手から生れる可憐な小芸術品は次第に愛好者を呼び集め、去年は幸子の肝煎きもいり心斎橋しんさいばし筋の或る画廊を借りて個展を開いた程であった。彼女は最初、本家は子供が大勢で騒々しいので、幸子の家へ来て作っていたが、そうなるともっと完全な仕事部屋がほしくなって、幸子の所から三十分もかからずに行ける、同じ電車の沿線の夙川しゅくがわ松濤しょうとうアパートの一室を借りた。本家の兄は妙子が職業婦人めいて来ることには不賛成であったし、殊に部屋借りをするのはどうかと思ったのだけれども、この時も幸子が口をきいてやって、―――過去にちょっとした汚点を持つ妙子は、雪子以上に縁遠い訳であるから、何か一つ仕事を当てがっておく方がよいかも知れない、部屋借りと云っても仕事をしに行くだけで寝泊りをするのではない、幸い友達の未亡人が経営しているアパートがあるから、よく頼み込んでそこを借りることにしたらどうであろう、そこなら近い所だから自分も時々様子を見に行くことが出来る、と云うようなことを云って、やや事後承諾的に運んでしまったのであった。

妙子自读女子中学时起就擅长制作偶人。空闲时,她老喜欢用零碎布头制作偶人,做工也日渐精巧,作品甚至摆上了百货店的货架。她做的偶人,有的颇有法兰西风韵,有的洋溢着纯日本歌舞伎的情趣,各种各样,惟妙惟肖,散发着难以模仿的独特才气,同时也反映了她平素喜好电影、戏剧、美术和文学而积累的深厚艺术素养。总之,经她的手诞生的这些可爱的小艺术品逐渐吸引了众多的爱好者,去年还由幸子一手操办,租借心斋桥附近一个画廊,举办了个人作品展。最初,因为本家的小孩多,过于喧闹,妙子便到幸子家来制作。这样一来二去,她很想要一间正式的工作室,便在夙川的松涛公寓里租了一间房。正好在同一条电车线路上,从幸子家过去只要二十几分钟。辰雄不赞成这件事,一来担心妙子会变为职业女性,更令他疑虑重重的是她在外租房。这时又是幸子帮妙子说好话。幸子说,妙子有那么一个污点,会比雪子更难找婆家,也许让她做点什么工作倒有利无弊;那间房仅用作工作室,并不住在那儿;正好我有位朋友的遗孀经营公寓,拜托她在那里租间房怎么样?那公寓很近,我也可以时不时去瞧瞧。幸子终于先斩后奏地让辰雄认可了既成事实。

元来が陽気な性質の妙子は、雪子とは反対に警句や冗談などを飛ばすと云った風であったのが、事件を引き起した当座は陰鬱になってしまい、変に考え込んでばかりいたが、そう云う新しい世界の開けたのが救いになって、近頃は以前のほがらかさを取り返しつつあったので、その点では幸子の見通しがあたった訳であった。が、本家からは月々の小遣を貰ってい、その外に又作品が相当な値で売れるところから、自然金廻りがよくなって、時々びっくりするようなハンドバッグを提げていたり、舶来品らしい素敵な靴を穿いていたりした。これには上の姉や幸子が心配して貯金をすすめたことがあったが、云われる迄もなく蓄める方も如才なく蓄めていて、ちゃんと郵便貯金の通帳を、上の姉には内証だと云って幸子にだけ出して見せ、「中姉ちゃんお小遣ないなら貸したげるわ」と云ったのには、さすがの幸子も開いた口が塞がらなかった。

和雪子截然不同,妙子本来性格爽朗,谈吐诙谐,常常妙语连珠。只是发生新闻事件后,她变得抑郁寡欢,一反平常,成天心事重重似的。现在,这个新开辟的天地拯救了她,她又逐渐恢复得像以前一样开朗活泼了。在这一点上显示了幸子卓有远见。妙子每月从本家领到零用钱,偶人也卖出相当可观的价钱,手头也宽裕多了,有时拎一个精巧得令人咋舌的提包,有时蹬一双似乎是进口货的漂亮皮鞋。大姐和幸子看在眼里,颇为担心,劝她把钱存起来。其实,根本不用她们劝说,妙子并没有忘记存钱,她煞有其事地把邮政存款的存折拿出来给幸子过目,还要她对大姐保密,甚至还说:“如果你零花钱不够用,我借给你好啦!”听到这里幸子也不由得张口结舌。

と、或る時幸子は、「お宅のこいさんが奥畑の啓坊けいぼんと夙川の土手どてを歩いてはったのを見た」と云って、注意してくれた人があったのではっとした。実はこの間、妙子のポケットからハンカチと一緒にライタアが転げ出したのを見て、妙子が隠れて煙草を吸うことには心づいていたが、廿五六にもなってそのくらいなことは仕方がなかろうかと思っていた矢先だったので、当人を呼んで聞いてみると、本当だと云う答であった。そして、だんだんただして3行くと、あれきり啓ちゃんとは音信不通になっていたのだが、先日人形の個展を開いた時に見に来て、一番の大作を買ってくれたりしたことから、又附き合うようになった、でも勿論清い交際をしているのだし、それもほんのたまにしか会わない、自分も昔と違って大人になっているから、その点は信用して貰いたいと云うのであった。

有一天,有人提醒幸子说:“我看见府上的小妹和奥畑家的启少爷在夙川的大堤上散步。” 幸子大吃一惊。另外,幸子还曾看见妙子从口袋里掏手帕时带出了打火机,便知她背地里吸烟,但她想妙子已经二十五六岁了,有这么些事也不足为奇。只是在这当口又听到这件事,幸子便叫来妙子盘问,不想她竟爽快地承认了。幸子再追问下去,她回答说:“自那以后,我和启哥儿就断了联系。前些日子举办偶人展,他来看了,还买下了一个我最得意的作品,就这样又开始来往了。不用说,我们只是单纯的交际,见面次数也不多。我自己也和过去不同,变成大人了,希望你信任我。”

しかし幸子は、そうなって来ると、アパートに部屋を持たせておくことはちょっと不安で、本家に対しても責任があるように感じた。いったい妙子の仕事と云うものが、気分本位のものであり、そこへ持って来ていっぱし当人は芸術家気取でいるので、製作と云っても毎日詰めて規則的にするのではなく、幾日も続けて休むこともあり、気が向くと徹夜で仕事して翌朝れぼったい顔をして帰って来ることもあり、寝泊りはさせない筈だったのが、だんだんそうも行かなくなっていた。それに、上本町の本家と、蘆屋の分家と、夙川のアパートとで、そう一々、妙子が何時に彼方あちらを出たから何時には此方こちらへ着く筈だと云う風に連絡を取っていなかったことなどを考えると、幸子は少し自分がぼんやり過ぎたか知らんと云う気がして、或る日妙子の留守を窺ってアパートへ行き、友達の女主人に会っていろいろそれとなく聞いてみたりしたが、女主人の云うのには、こいさんも近頃は偉くなって、製作法を習いに来る弟子が二三人も出来たけれども、それは奥様やお嬢様たちで、男の人と云っては、箱の職人が時々注文を取りに来たり品物を納めに来たりするくらいに過ぎない、仕事は、やり始めたら凝る方で、午前三時四時になることも珍しくないが、そんな時には、泊る設備もないことだから一服しながら夜の明けるのを待って、一番電車で蘆屋へ帰って行くと云う話で、時間の点なども辻褄が合っていた。部屋はこの間まで六畳の日本間だったのが、最近広い方へ変ったと云うので、行ってみると、洋間に一段高くなった四畳半の日本間の附いた部屋で、参考書、雑誌、ミシン台、裂地きれじその他の諸材料、末完成の作品等々で一杯になってい、壁に数々の写真がピンで留めてあるなど、芸術家の工房らしく雑然としてはいるけれども、さすがに若い女の仕事場らしい色彩の花やかさも感じられ、掃除もよく行き届いていて、きちんと整理してあり、灰皿の底にも吸殻一つたまっていないと云う風で、その辺の抽出、状挿じょうさし4などを調べてみても、何等訝しく思われる節もなかった。

可是这样一来,幸子便对迁就妙子租借公寓颇为不安,也感到对本家负有责任。说到底,妙子的这份工作本是个随性的事儿,她也一直有艺术家的脾气,并不是每天工作,也毫无规律可言,有时她会连休几天,有时兴致来了便彻夜不眠不休,次日早晨才浮肿着脸回来。本来是不准她在那里过夜的,不过,这也渐渐行不通了。而且,上本町的本家、芦屋的分家和夙川公寓这几个去处,妙子什么时候从哪里出来,什么时候该在哪里,并不与幸子联络以告知行踪。想到这些,幸子觉得自己未免太糊涂了。有一天,她瞅准妙子不在,赶到公寓去会那位朋友,不露声色地从她那里问了个究竟。女主人说:“近来令妹可了不得了,有两三个学徒跟她学习做偶人,都是些太太和小姐。至于男人,只有做包装箱的工匠时不时来征求订货或交货。说到工作,她一动手就像入了迷,干到凌晨三四点钟也是常事,到了那时候,一无被子二无褥子,就坐着抽烟挨到天亮,说是等第一班电车回芦屋。”听了此话,幸子发现时间倒是对得上。女主人又说:“她原来的房子只有六铺席 。”幸子走去一看,是一间西式房间附带一个高出一层的四铺席半大的日本式房间,房间内摆满了参考书、杂志,缝纫机,碎布头和各种材料及半成品,壁上用图钉钉着许多照片。这儿如同艺术家的工作室一般杂乱,但毕竟是青年女子的工作场所,让人感受到色彩的华美。看来主人勤于清扫,收拾得很齐整,连烟灰缸里也不见一个烟头。幸子查看了抽屉、信插,也没发现任何可疑之点。

幸子は実は、何か証拠のようなものを発見するのではあるまいかと思って、それが恐さに出かけて来る時は気が進まなかったのが、これなら来てみてよかったと心からほっとして、反動的に前よりもなお妙子を信じてしまったが、

实际上,幸子原来担心会在这里发现什么证据,来时还有点无精打采的。现在看到一切正常,她立刻放心了,庆幸自己没有白跑一趟,反而比以前更加信任妙子了。

そのまま一二箇月過ぎて、もうそのことが忘れられた時分、或る日妙子が夙川へ行っている留守に、奥畑がひょっこり訪ねて来て、「奥様にお目に懸りたい」と云い入れた。船場時代にはお互の家が近い所にあった関係から、幸子も満更まんざら知らない顔ではなかったので、兎に角面会してみると、突然で失礼だとは思ったけれども折入って御諒解を願いたいことがありましてと云う前置きの後で、先年自分達の取った手段は過激であったとは思うが、決して一時の浮気心から出た行為ではなかったこと、あの時自分達は引き離されてしまったが、自分はこいさん(―――「こいさん」とは「小娘さん」の義で、大阪の家庭で末の娘を呼ぶのに用いる普通名詞であるが、その時奥畑は妙子のことを「こいさん」と云うばかりか、幸子のことを「姉さん」と呼んだ)との間に、父兄ふけいの諒解を得られるまで何年でも待とうと云う固い約束をしたのであること、自分の方の父兄は、最初はこいさんを不良か何かのように誤解していたが、芸術的才能のある真面目なお嬢さんであることを知り、又自分達の恋愛が健全なものであることをも知って来たので、今日では結婚に反対ではないらしいこと、

这样过了一两个月,幸子也把这事儿忘了。一天,妙子已去夙川,奥畑突然来访,说是 “想来看望太太”。从船场时代两家就是近邻,幸子对他并不陌生,好歹得见他一见。奥畑见面便说:“这样突然造访,未免失礼,但是,有一件事特地来恳求您的谅解。” 说过开场白后他又说:“几年前我们采取的做法有些过激了,但绝不是一时的轻浮行为。当时虽然我们硬被拆开了,但是,我和小妹(‘小妹’ 就是 ‘小女儿’ 的意思,这是大阪人称呼一家中最小女儿的普通名词,那时奥畑不仅称妙子为 ‘小妹’,还管幸子叫 ‘姐姐’)已经约好一定要等到双方家长的谅解,不管等多少年都行。家父家兄最初曾经错误地认为小妹行为不端,现在已经知道她是一个有艺术才华的正派姑娘,也知道我们的恋爱是健康的,现在看来已经不会反对我们结婚。

などを語り、それで、こいさんから伺ったところでは、此方はまだ雪子姉さんの御縁がきまらないそうであるが、それがおきまりになってからなら、私達の結婚も許して戴けると思うと云うことなので、こいさんとも相談の上で僕がお願いに出たのである、自分たちは決して急ぎはしない、適当な時期が来るまで待つが、ただ自分達がそう云う約束をした間柄であることを、此方の姉さんだけは分っていて戴きたい、そして自分達を信用していて戴きたい、尚又、いつの日にか本家の兄さんや姉さん達の方をしかるべくして5、自分達の希望を遂げさせて下さるなら更に有難い、此方の姉さんは一番理解がおありになり、こいさんの同情者であられると伺っていたので、こんな勝手なお願いをするのだけれども、―――と云うのであった。

“听小妹说,府上雪子姐姐的婚事还没定下来,她认为定下来以后府上也会同意我们结婚的。我是和小妹商量过了才来拜托您的。我们决不着急,会耐心等到适当的时候。只是希望姐姐知道我们立有婚约,信任我们。今后,还得请您去本家的姐夫、姐姐那儿多多美言,如果能让我们如愿以偿,那就更加感激不尽了。听说姐姐是最能理解和同情小妹的,我才冒昧地提出了这个请求。”

幸子は一往伺ってだけおきますと云う風な挨拶をして、承知したともしないとも云わずに帰したが、奥畑が話した程度のことなら、まるきり想像していないでもなかったので、そんなに意外には感じなかった。正直のところ、一度新聞にまで謳われてしまった間柄である以上、二人を一緒にさせるのが最良の道であることは分っていたし、本家の兄や姉達も結局は同じ考に落ち着くことと思っていたのであるが、ただ雪子の心理に及ぼす影響をおもんぱかって、出来ればその問題は先へ延ばして置きたかったのであった。

幸子回答说“我已大体听明白了”,应允不应允一概不说,把他打发回去了。她认为,奥畑说的话如果属实,也并非完全不可想象,她也不感到怎样意外。实话说,既然两人的关系曾一度公诸报纸,让他们结合显然是最好的选择,本家的姐夫和姐姐归根结底也会得出同样的结论。她只是顾虑对雪子心理的影响,想尽可能把妙子的事往后拖一拖。

で、その日、奥畑を送り出したあとで、しょざいない時にはそうするのが癖の、ひとり応接間のピアノに向ってあれかこれかと譜本ふほんを引っぱり出しながら弾いているところへ、頃合を測って夙川から戻ったのであろう、妙子が何気ない顔をして這入って来たのを見ると、幸子はちょっと手を休めて、

这一天,把奥畑送走以后,像往常闲着无事的时候一样,幸子独自坐在客厅钢琴前随意地翻着曲谱弹着。此时,只见妙子若无其事似的走了进来,她大概是估摸着时间从夙川回来的,幸子停下手说:

「こいさん」と云った。 「―――今奥畑の啓ぼんが帰って行かはった」

“小妹,奥畑家的启少爷刚来过了。”

「そうか」

“是吗?”

「あんた達のこと、あたしには分ってるけれど、―――今のとこ何も云わんと、任しといてえな」

“你们的事我知道了。不过,现在什么也别说,都交给我好了。”

「ふん」

“嗯。”

「今持ち出したら、雪子ちゃんが可哀そうやよってにな」

“如果现在提出来,雪妹太可怜了!”

「ふん」

“嗯。”

「分ってるやろ、こいさん」

“明白了吧?”

妙子は間が悪いらしく、強いて無感覚な表情をして「ふん」「ふん」とばかり云っていた。

妙子像是难为情似的,只是木然地勉强地 “嗯嗯” 答应着。

Footnotes#

  1. 計理士:[名]会計に関する検査・鑑定・証明・計算などをすることを業とした者

  2. 別条:[名]他と変わったこと

  3. 質す:[動サ五(四)]不明な点などを聞いて、明らかにする

  4. 状挿:[名]柱や壁に掛けて、受け取った手紙・はがきなどを入れておくもの

  5. 執り成す:[動サ五(四)]対立する二者の間に立って、事態が好転するようにうまくとりはからう

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永雏多氢菲
∴さて····どこへ行こうか?
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